2022年03月22日

MUSIC&ARTS盤の良質なリマスタリングで積年の不満が解消!ワルターの最高傑作の一つと評しても過言ではない凄まじい《ミサ・ソレムニス》


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「第9」に比べて演奏頻度が極端に低く、ポピュラリティに欠ける《ミサ・ソレムニス》だが、芸術的な感動の深さはむしろ「第9」を上回る。

それだけに演奏はむずかしく、フルトヴェングラーでさえ演奏がうまくいかなかったということで録音もないのが実情だ。

同曲随一の名演と評されるクレンペラー盤(ワーナー)は遅いテンポを一貫させた静的な表現だが、もっと速いテンポを基本にしながら自在な緩急を駆使したドラマティックな演奏があっても良い。

いや、むしろその方がベートーヴェン的なのだが、その要求にぴったり適ったワルター/ニューヨーク・フィル(伊ウラニア)はあまりにも音が悪く、聴くに耐えなかった。

これ以上残念なことはなかったわけだが、この度M&A盤が出て積年の不満が解消したのである。

もっとも、元来が音の良くないディスクで、当時(1948年)の他のライヴに比すると明晰度が不足するが、ひどい歪みや音の割れがなくなったので、十分にワルターの表現を享受できる。

とくにウラニア盤のピッチが半音高かったのを正常に戻したのは何といっても大きい。

それにしても凄まじいベートーヴェンで、ワルターの最高傑作と評しても過言ではない。

第1曲の「キリエ」から彼の気迫と情熱は際立っており、ひびきが実に立派だ。

中間部のテンポがかなり遅く、スケールの大きさと風格を感じさせるのが独特である。

つづく「グローリア」はたいへんなスピードだが、決して上滑りせず、とくに最後のプレストの手に汗を握るような速さと、その直前のアッチェレランドはまさに最高。

録音の分離が悪く、細部を聴きとれないのがかえすがえすも惜しまれるが、決めどころにおけるティンパニのとどろきと金管の最強奏が絶妙のアクセントとなり、テンポも曲想の移りや言葉の意味にしたがって微妙に変化してゆく。

クレンペラーに比して、少なくとも筆者にとっては理想の「グローリア」だが、前記の特徴はワルターの《ミサ・ソレムニス》全体にいえることであり、わけてもオーケストラの雄弁さはその比を見ない。

「クレド」は一転して遅いテンポで開始される。

構えが大きく、まことに壮麗だが、音楽の局面に応じて無限に変化する。

たとえばキリストの受難の場面で、オーケストラの音を一つ一つはっきり切って、異常な苦しみを表出したり、とくに復活の後“天に昇りて御父の右に座し”のコーラスの途中に現われる最後の審判のトロンボーンで、大きくテンポを落としつつ最強奏させるなど、ワルターならではといえよう。

というより、ここはこうなくてはならぬ!と長年の鬱憤が晴らされた思いで、なぜ他の指揮者が簡単に通り過ぎてしまうのか筆者にはまるで理解できない。

つぎの「サンクトゥス」では“オザンナ”のフーガをクレンペラー同様ソロの四重奏にしているが、ここはコーラスの方が良いと思う。

最後の「アニュス・デイ」はワルターらしくよく歌った名演で、聴いていて音楽のみを感じさせ、なんの抵抗もない。

後半の“ドナ・ノービス”の部分は速めだが、終結はちょっとあっさりしすぎるようだ。

ベートーヴェンの書き方はたしかにこの通りだし、その方がミサの儀式の途中なので正しいのかも知れないが、コンサート形式による大曲の結びとしては物足りなさが残る。

ワルターの《ミサ・ソレムニス》で気になったことといえば、この終わり方だけであった。

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classicalmusic at 11:20コメント(0)ベートーヴェン | ワルター 

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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