2022年05月25日

ウィーン・フィルという豊麗極まりない音を生み出す名器を手にしたバーンスタインが、シベリウスの音楽の新しい魅力を教えてくれる、交響曲第1・2・5・7番


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ウィーン・フィルという豊麗極まりない音を生み出す名器を手にしたバーンスタインが、シベリウスの音楽の新しい魅力を教えてくれる。

新録音でのバーンスタインは、ウィーン・フィルの自発性に任せて、のびのびとした音楽をつくっている。

バーンスタイン自身がウィーン・フィルの美音を味わい楽しんで指揮しているのが目に浮かぶようだ。

それでいて全編が「バーンスタイン節」で貫かれている。

第2番は堂々とした巨匠的風格を、実に彫りの深い表現の中に示している。

間もたっぷりととられており、表情が濃密だ。

第1楽章の冒頭から牧歌的な明るさと清澄な感覚美、第2楽章の悠然とした歩み、第3楽章の各部の対照の鮮烈さ、そして、終楽章における孤独に連なる哀愁感。

これはバーンスタインの演奏の中でも、最も創造的な名演といえる。

バーンスタインの指揮は、第5番の牧歌的なホルンと木管の音色が美しく、この曲によく合っており、ホルンと木管による印象的な出だしから素敵だ。

あらゆる音が彼の巨大な音楽性を通過することによって生命を帯びるのだ。

シベリウスの個性的なオーケストレーションが生む神秘的とも言える美しさを見事に表現している。

北欧的な民族色を抜け出した洗練された響きがこの作品の交響曲としての価値を不滅のものしている。

甘美なロマン主義ではなく現代的都会的な感覚に強く訴える。

バーンスタインの第7番は、非常に美しく、作品に対する愛情が悲痛なまでに伝わってくる。

第7番は正直言ってどうも得体の知れない作品だが、バーンスタインの手にかかると見事なまでに有機的な関連が示される。

そして調性を信じながら20世紀を生きたシベリウスとバーンスタインの最後の叫びを聴くようだ。

バーンスタインはこの曲で調性音楽の痛みを甘受しようとしていたと言えるのではないだろうか。

第1番はバーンスタインの最後の年となった90年2月の録音であるが、バーンスタインの表現は冒頭からユニークで、確信に満ちた音楽が作られている。

強烈な推進力とアクセントを駆使しながら、スケールの大きな構築で曲をまとめ、終楽章では過剰なほどのアゴーギクで、緊張と解放の様相を作り出しているが不自然になることはない。

作曲家への強い共感に支えられたシベリウスであり、今更ながら、バーンスタインが鋭く豊かな感受性の持ち主であったことを如実に感じさせる演奏だ。

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classicalmusic at 08:23コメント(0)シベリウス | バーンスタイン 

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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