2022年05月29日

伝説のスピリットと史実の確執!『ハーメルンの笛吹き男――伝説とその世界』阿部謹也 (著)


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およそあらゆる伝説と言われるものには何がしかの原体験や史実があり、それを核にした多くの人々の心理的な昇華がその形成に深く関わっているということが本書によって理解できる。

それは著者の言葉「庶民は苦難を無意識のうちに濾過させ、突き放した形でひとつの伝説の中に凝縮させる」に要約されていると思う。

更に伝説の非合理性を暴いてこれを大衆の無知がゆえに信じられた虚構とする啓蒙主義者達に対して、「民衆にとって長い年月の辛苦の中から滴り落ちるようにして生み出されてきた虚構の方が、無味乾燥な史実よりも重い意味を持っている」と述べている。

伝説はまた口述という形で伝えられていく宿命を持っている。

それが筆記され、不特定多数の人に読まれる時点で既に伝説本来の姿は変容せざるを得ない。

何故ならそれによって語り手のスピリットは失われ、往々にして読者は物語の展開にのみ興味をそそられてしまうからだ。

それゆえ研究者も伝説を育んだ社会とその時代の庶民の心情を無視して厳密な事実関係だけを合理的なデータで調査しようとすると、その姿はごく稚拙なものに見えてくるだけでなくストーリーの精神的な支えが雲散霧消してしまう。

それが『ハーメルンの笛吹き男』の研究で著者が最も力を入れて訴えていることではないだろうか。

伝説にはそれを生み出すだけの強いスピリットが宿っていて、その謎を解明するには史実はもとより彼らの精神史を辿る方法が不可欠だと著者は考える。

ここではむしろ130人の子供たちが消え去った時代の社会的な検証と、貧窮に喘いでいた人々の燻ぶるような情念への一種の共感が、過去とは異なった方面からの研究を前進に導いたと信じたい。

それまでとは異なった包括的な究明を試みたのが、最後の章に詳述されているシュパヌートとヴァンの2人だ。

彼らはハーメルンの伝説が示している本質的な部分が本来考察されるべき道筋から逸脱し、安っぽい教訓話に陥っていることを図らずも認識したことから新たな展開をみせる。

しかしそれはようやっと20世紀になってからのことだ。

この著書はこれまで自分自身が漠然と抱いていた伝説解明への明晰な方向を示してくれた研究として高く評価したい。

それは本書の執筆に携わった阿部氏自身の発見でもあり、また彼が痛感した過去のさまざまな解釈に関する歪曲の実態を強く警告しているように思える。

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classicalmusic at 22:45コメント(0)書物 | 筆者のこと 

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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