2022年05月19日

小澤征爾様、歯に衣着せたくもなく、慇懃無礼になることをお許しください 敬具


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本稿執筆のため、小澤のCDを山のように積んで試聴を始めたが、相手がボストン響であろうとベルリン・フィルだろうと、挑む作品がベートーヴェンだろうとマーラーであろうと、どれも最初の数分を聴いて耐えられなくなった。

これらの演奏を最後まで聴かされるなら筆者には拷問に近い。

ここに水戸室内管を振ったビゼーとラヴェルのCDがある。

驚くほどピッチが正確で、各声部が極細の糸のように細く、それらが整然と整理されている。

音楽的なイントネーションも模範的だし、何より音が美しい。

しかし、だから何なのだ?それがどうした?というのが正直な感想である。

華々しく燃えているかに見える炎も、表面の薄い皮膜が燃えているだけで、中身は熱くも冷たくもない。

それはサイトウ・キネンも同じで、《英雄》《田園》は最悪のベートーヴェンだ。

作曲家の顔はおろか気配すら見えない。

まるでミネラル分を徹底的に除去した無味無臭の水。

透明な以外に何の存在価値もないコクや旨味に無縁の水だ。

《英雄》のCDが出たとき、『レコード芸術』の月評で、「人気は高いが味のうすいアサヒ・スーパードライのよう」と亡き評論家が書かれて物議をかもしたが、ベートーヴェンの音楽とはあのように汗一つかかず、無感動に演奏するものだろうか。

少数の例外のひとつはドヴォルザーク、バルトークの弦楽合奏を合わせた一枚。

響きが派手で情報量ゼロだが、ゴージャスなサウンドに文句はない。

音楽的に完全武装し、文句のつけようのない小澤と、演奏の欠点を挙げたらキリのない(それを隠そうともしない)無手勝流の朝比奈と、結局朝比奈に惹かれてしまうのだから、音楽とは面白い芸術である。

団塊の世代以上の人にとっては小澤は日本のホープだったのだろう。

しかし、熱いだけでは人も世界も動かなくなってしまった。

その原因は、おそらく小澤が音楽のリズムを一様に普遍的なものと見ているからなのではないか。

音楽には作曲者固有の生理的ともいえるリズムがあるはずで、それを捉えることが音楽の緊張感に結び付くのだと思う。

結局、方法論は方法論でしかないのだろうか。

先人に対して失礼なことを言って申し訳なく思うが、どんなに引き際が悪くとも小澤の役割は終わることはない。

熱く世界や音楽を語ったりするよりも微視的な差異にこだわる私たちを、誠実な情熱でやりこめてくれる日本の頑固オヤジであり続けてほしい。  

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classicalmusic at 14:45コメント(0)小澤 征爾  

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Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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