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ブルックナー

2008年05月07日


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「温故知新」というライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の伝統を地で行ったコンヴィチュニーという名指揮者を偲ぶために、現在わが国で入手可能なディスクは、残念ながらごく少数である。

この深酒のため働き盛りで死去した指揮者について大書しておきたいのは、彼がライプツィヒでブルックナーの交響曲を積極的に採り上げて、その際に当時はまだ評価が決定していなかった「原典版」をもっぱら使用したことである。

このブル5は、ゲヴァントハウス固有の響きと、コンヴィチュニーの強固な音楽性とがくっきり出た、この組み合わせならではの豪快な演奏。

コンヴィチュニーの音楽は現代神経症の片鱗もみえぬ骨っぷしの強い演奏だが、オーケストラのバランスのとり方、音力の加減など細部の彫琢には配慮がうかがえる。

弦の音がやや硬質だが、独特の響きはゲヴァントハウスそのもので、全体の表現の強さに大きく作用している。

最も感動的なのは、全曲を貫く強い緊張の持続と、その緊張の質がひたすら音楽の生成、発展、完結のひと筋道を走り続ける質実で剛健なものであることだ。

また、現代の管弦楽技法のさまざまな装いがないことに、逆に驚異的な新鮮さを覚える。

古武士的なブルックナー演奏であり、ドイツ的なブルックナーの典型である。

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2008年05月03日


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美しく磨かれた響きで、繊細な表情と力強いトゥッティを交錯させたブルックナーだ。

カラヤンの技術・音楽性両面の蘊蓄を傾けての演奏といった感がある。

実に達者な演奏で、すべてが演奏そのものをスムーズ成らしめるために仕組まれている。

いかにもカラヤン風で、交響的な効果を生み出すことに全力を傾けたかのようだ。

随所にカラヤンの自我の表明があり、それが作品との間に違和感を感じさせる点がなくもないが、総じて音楽の形としては分かりやすい表現である。

カラヤン独特の、しっとりした漂うような響きの味わい、大きな呼吸でフレーズの抑揚をつくる流動感、対位法のなめらかな処理など、実に手に入った感じを与える。

指揮者の狙いもオーケストラの表現もおそろしいほどの精密性をもち、どんな細かな幽明の対比もおよそ考えられる限りでの克明な表情で描き分けられている。

カラヤンは各部で管弦のバランスを巧みに整えており、多彩な表情を作っているが、そのなかでブルックナーにあるワーグナー風の要素を表出しているのが興味深い。

構造を綿密に配慮した設計によって、ブルックナー特有のディティールの明細や劇性の高潮が巧みに配合され、感銘を与える部分が少なくない。

全体に感覚的な美感が目立つが、彼なりに深く共感した真摯な姿勢があり、内面的な充実が強い。

ブルックナーのステージにおいて、19世紀と現代とをひとつのものに結合させるという大仕掛な仕事をたくらみ、それに成功した演奏。

さすがにカラヤン、と思わせる箇所を随所に発見できる名演集である。

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2008年04月30日


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素晴らしく感動的な出来映えで、これ自身およそ類例のない表現様式をもって屹立する感がある。

この作品のもつ構成的な美しさをよくあらわした演奏で、淡々と音楽を運びながらも、ベームの強い意志が貫かれている。

緊張感の強い劇性に富んだ表現で、その造形力はさすがベームである。

すべての音の仕組みと音楽運びとが一瞬も指揮理念の統括下から離れず、およそ信じがたいほどの明確な精度と清浄な緊張とをもって貫きとおされている。

響きのぐあいがまずわれわれを驚かせるし、ポリフォニックな表現の密度と明快さも素晴らしい。

ベームは昔からブルックナーを得意としていた指揮者だけに、そうした自信が、この演奏からもよく感じられる。



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音楽が縦にも横にも完全に透視されつくしていて、信じられないほどの明確な精度と清浄な緊張をもって貫き通されている演奏。

何より音が美しい。

ブルックナー独自の心に沁み入るような旋律が冒頭から感動的に歌われるとともに、あらゆるパートが晴朗・透明に処理され、ウィーン・フィルならではの響きによって、ブルックナーにふさわしい表情を作っている。

ベームとしてはきわめて柔軟に歌う抒情的な表現だ。

テンポを微妙に動かしながら、明暗の度合いをくっきりと打ち出した第1楽章。

厚味のある弦楽器の音色を生かしてゆったりと表現した第2楽章。

一分の隙もなく金管楽器を壮麗に鳴らした第3楽章。

ロマン的雰囲気を柔らかに表出した第4楽章。

ウィーン・フィルの豊かな響きとともに、ベームの音楽設計が光る。

ブルックナーに固有の楽想の転換や唐突さ、やや理解しがたい並列性とが、すべて理にかなって聴こえ、特有の構成論理がそれ自体固有のものであり古典的な変容としての独自性に至っていることを見せてくれる。

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堂々とした風格を感じさせる名演。

ベームならではの質実剛健な音楽づくりにひかれる演奏だ。

ベームは悠揚迫らぬ足どりで、素朴といえるほど素直に旋律を歌わせ、間をたっぷりとって雄大に音楽を構築し、そのなかに内面の感動を彫りの深い表情で表している。

ベームは武骨なほどにブルックナーの形式感覚だけをとらえて演奏している。

彼は、例えばカラヤンのように、現代的な演奏効果などを考えに入れていない。

そして、この演奏を聴いていると、音の洪水の中で一種の陶酔を覚えてくる。

それは、ブルックナーの音楽そのものにもよることだが、それ以上に、直観的に指揮するベームの力のある演奏によるのである。

全4楽章のどの部分をとっても素晴らしく、自然なたたずまいをもって聴き手を説得せずにはおかない演奏だ。

ベームの貴重な遺産のひとつといえよう。

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2008年04月29日


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驚異的な名演奏。

きわめて質の高いみごとな演奏である。

第一にウィーン・フィルの表現力の多様さと底力は超絶的なもの。

加えてベームの指揮により、強い緊張の糸が全体に張りめぐらされ、パースペクティヴも完璧といって過言ではない。

金管の威力も素晴らしく立派の一語につきる。

ベームはいささかの曖昧さも乱れもみせず、大きな風格を備えた峻厳な表現。

総体的にテンポはゆったりとしており、その傾向は両端楽章に顕著に表れているが、第1楽章の冒頭のホルンによる音楽の開始には柔らかさとおおらかさが溢れている。

それに続くオーケストラの全合奏は、実に堂々とした風格がある。

これだけ聴いただけでも、このコンビによるブルックナーの素晴らしさがよくわかるだろう。

終始ロマン的な詩情をたたえ、音楽の盛り上がりもごく自然である。

すべてに自信のある落ち着きが表れ、同時に音楽のきめ細かさや表情のデリケートさも充分に備えている。

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インバルによるブルックナー/交響曲全集は、ブルックナーが最初に完成させた稿のみを用いるというユニークなコンセプトで作られた全集で、歴史的価値も極めて高い。

特に第3,4,8番の第1稿は通常に用いられる稿と大きく違っており、ブルックナーに関心のある人は必聴である。

第3番の版の問題は複雑だが、この初版は通常の版と比較しても豊饒多彩で、未来的な示唆を多分に含んでいる。

こちらの方が面白いとさえいえる。

ここには引用魔ブルックナーのワーグナーからの多量の引用があるが、これを削った通常の版よりも、21世紀の人間にはこちらのほうが、近代、現代の交響曲作法のはしりと見ることができる。

演奏もそれにふさわしい名演。

第4番は現在ふつうに聴かれる版と違い、スケルツォは全く別の曲と入れ替えられ、あとの楽章も現在の第2稿とは相当異なる。

小節数も全体で312小節も多い。

もし、この第1稿のままだったら、ブルックナーの交響曲の中で現在これが別格の人気をかち得ているか疑問だ。

演奏は、こうした作品の姿をかなり客観的にとらえ、充分音楽的に表しており、資料価値も高い。

第8番の初稿が他の稿と決定的に異なる点は、第1楽章のコーダが高揚して第1主題が再現されて、フォルティッシモで終結することだ。

初めて聴いたときの衝撃と感銘はその後もいささかも薄らいでいない。

インバルの演奏も何故ブルックナーが改訂せざるをえなかったのか疑問に思わずにはいられないような完成度の高さを示す秀演を繰り広げている。

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ブルックナーとワーグナーに定評のあった、巨匠クナッパーツブッシュが1960年にウィーン・フィルを指揮したライヴで、乗りに乗った演奏を聴かせる。

確信にみちたゆるぎない表現で、随所に個性的な表情も見られるが、それがブルックナーの音楽的様式を少しも損ねないところは、さすがクナッパーツブッシュだ。

深さのある演奏とは、こうした表現の場合をいうのであろうか。

耳と心とで感じとる以外に説明のしようがない、美しい象徴だけが体をしびれさす。

両端楽章の生気に満ちたダイナミックスや、第2楽章の悠揚とした歌の大きさはまさに巨匠の音楽。

ウィーン・フィルもそれによく応え、彼らの最善を発揮している。

クナッパーツブッシュとウィーン・フィルはブルックナーを心で感じつくしている。

そして、この共感と魂の一致がなかったならば、いかにたくみに計算された演奏でも、ブルックナーは生きた姿として、我々に訴えてこない。

演奏には改訂版を用いているが、これはノヴァーク版とあまり変わらない。

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2008年03月11日


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第5番はまことに気宇の大きい劇的なブルックナーで、マタチッチの作曲者に対する熱い共感が聴く者の心を強く揺さぶる。ハース原典版によるが、一部にマタチッチ独自の変更もあり、細部の表情にも個性的な工夫が施されている。線の太い表現にもかかわらず、ブルックナーの音楽が作る対位法的な線が巧みに整理され、オケも厚い響きの中で少しの乱れもみせない。宗教的感情を大きく歌い上げる第4楽章後半の表現は絶妙である。


第7番はいかにもマタチッチらしくどっしりと腰を据えた正攻法のブルックナー。チェコ・フィルの分厚い響きも深々としたオルガン的な厚みを感じさせる。作曲中にワーグナーの死を知り、その霊に捧げたといわれる第2楽章では、同じようにワーグナーを崇拝するマタチッチ自身の祈念の感情が濃く漂う。全曲を通しては抒情性と同時に劇的な緊張力があり、マタチッチのスケールの大きな芸風が伝わってくる見事な演奏である。


第9番はライヴながら演奏は素晴らしくよく整っている。第3楽章は数ある録音の中でも最高の演奏のひとつで、大きな呼吸でゆったりと流れ、ふくよかな表情が強靭な生命力を宿しながら少しも晴朗な趣を失わない。テンポの配分が的確を極め、対位法的な線が常に明瞭に表出されてゆくのがその理由だろうが、最後の13小節の神々しいばかりの美しさにいたっては形容する言葉もない。

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78年のウィーン・フィルとの演奏はとにかく美しい演奏である。

カラヤン風の劇性と主張のある演奏だが、ベルリン・フィルの場合ほどそれが生々しく表されないのは、やはりウィーン・フィルの伝統の力といえるだろう。

第1,2楽章はテンポの設定に一部疑問が残るものの、集中力が強く、表情は控え目で、音そのものが素晴らしく磨かれている。

第3楽章はライヴらしい傷があるが、長大な楽章がきりりと引き締まってまとめあげられている。

カラヤン晩年のベルリン・フィルとのライヴは美しく磨かれた響きで、繊細な表情と力強いトゥッティを交錯させたブルックナーだ。

カラヤンは各部の管弦のバランスを巧みに整えており、多彩な表情を作っているが、そのなかでブルックナーにあるワーグナー風の要素を表出しているのが興味深い。

全体に感覚的な美感が目立つが、彼なりに深く共感した真摯な姿勢があり、内面的な充実が強い。

カラヤンのブルックナーでは、最晩年のウィーン・フィルとの第7,8番に次ぐ優れた演奏といえよう。

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2008年03月08日


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3曲とも滅多に聴くことのできない精彩にみちたブルックナーで、ライヴ特有の生命力と熱気が聴き手を説得せずにはおかない。

ヴァントの解釈は趣味がよいが、それは頭で考えたものではなく、指揮者とオーケストラが本来的に保有する体質だろう。

そのため第7番第2楽章のように存分に音楽に没入しても、少しも異様な感じを与えないのがいい。

全体的に造形は堅実で、表情もかなり大きい演奏となっている。

粘着力はあまりないが、それがまたヴァントの長所ともなっている。

第8番の演奏では、ヴァントは第1楽章冒頭から、この音楽をすっかり手中に収めている。

緊張と解放の設定がきめ細かく、各パートの立体的な処理も自然だ。

第2楽章も音符の時価をきっちり処理した内容の濃い表現であり、第3楽章も抒情性豊かな表現で情緒的に歌っている。

終楽章のテンポの設定と変化も的確。

第9番は自然で大らかな演奏である。

何もせずに流れに任せているのではなく、むしろ逆に、独特のブロック的に併置される楽想を巧みに接続して、自然な生成のドラマのように音楽の流れを作り出しているのだ。

特に第1楽章は終結の緊張感が高く、ふくよかな歌も、強靭な歌も、そこに聴くことができる。

3曲ともヴァント自身の旧盤に比べて、いっそうスケールの大きい演奏になっている。

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2008年03月07日


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第4番の演奏はほの暗く重厚な音色で一貫しており、しかも生気溌剌とした音楽になっている。

第1楽章は冒頭の響きが素晴らしく、実に堂々とした音楽が展開する。

第2楽章では深い想念をもって旋律を歌わせ、着実なリズムがゆとりのある足取りとなって独自の運動性を生み出し、スケルツォ楽章もきわめて音楽的。

終楽章はテンポが非常に明快で推進力が強く、凄いほどの威力とみずみずしい表情が交錯する。

第5番は冒頭から早くも魅惑的な響きと歌が現れ、そこにヴァントらしい重厚さが感じられる。

第2楽章も豊かな共感をはらんだ演奏で、主題のおおらかな歌の表情がこのうえなく見事だ。

ヴァントは各部の意味と効果を存分に発揮させており、終楽章ではテンポやリズムの変化が巧妙で、整った美感とともにバランスをもって配置されているのもよい。

コーダの息の長い壮麗な高揚も素晴らしい。

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2008年02月15日


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ディジタル・リマスタリングにより録音がリフレッシュされたためか、ワルターの名演がたいへん聴き易くなった。

第4番では金管群は力強さを増し、そのため終楽章などいっそう雄大な音楽と感じられる。

第1楽章も壮麗で、展開部は部分的にやや緊張力が乏しいが、音楽的には常にゆとりがあり、対旋律もよく歌っている。

第2楽章も端正でありながら、情緒豊かな表現もワルター的といえる。

第7番は作品自体が抒情性を前面に表した曲なので、作品とワルターの音楽的本質が深く関わり合った演奏といえる。

特に第1楽章は響きの量感を別にすれば、非常にワルター的といえる。

ただ、ワルターの感性と作品の抒情性が重畳したためか、演奏が歌謡的に傾斜し、造形的な厳しさという意味では問題も残す。

このような弱点もあるが、やはり捨てがたい優美な演奏である。

第9番はワルターの個性を強く表しながら、極めて格調が高い。

特に第3楽章は改めてワルターの深遠な芸術を感じさせるが、それと同時に人間的な情味を色濃く残しているのがユニーク。

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ヨッフムのブル5ライヴでは、その生涯の最後に録音されたCDが神々しいまでの名演だが、入手しづらいこともあり、ここでは1964年5月にオットーボイレンのベネディクト修道院で行われたライヴ録音を紹介したい。

真正面から作品に対しすべてを燃焼させたような感動的な表現で、流動感が強く、ヨッフムの性格的な弱さも感じさせない。

特に第2楽章には心なごむ静けさがあり、スケルツォ楽章で突き進む鋭さが強い説得力を生み出している。

また終楽章はやさしく柔らかい表情が魅力的で、しかも終結部の高潮が壮大だ。

全体を通して端正な中にも豊かな共感をもった演奏であり、亡き指揮者の注目すべき遺産である。

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2008年02月12日


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1989年7月16日に81歳で没したカラヤン最後の遺産。

第8番は恐ろしく自信にみちた表現で、雄渾、壮麗、きわめてスケールが大きい。ダイナミックレンジが非常に広く、トゥッティでの金管強奏やティンパニの強打は凄絶この上ない。

楽譜の読みは細かく、深く、ディティールまで徹底した表情に味わいと意味深さが感じられる。

第3楽章は見事な表現である。ウィーン・フィルの管弦の美しさには形容の言葉もない。

第4楽章は実に克明に3つの主題の性格が表出され、テンポやデュナーミクもスコアの指示に忠実だ。コーダの壮麗さは比肩するものがない。

カラヤンは作品のドイツ的な強靭さをそのまま表そうとしているが、しかも本来の歌謡性はまったく失われず、それが感興豊かに音楽を流動させる。

カラヤンが最後に到達した晴朗な境地が、、ここに示されている。

第7番はカラヤンの最後の録音である。

演奏は清澄で自然、素晴らしく美しい。実に豊かな《自然さ》をもっている。

この指揮者にしばしば見られた強引な自我の表出がまったく感じられない。どの楽想にも、またどの楽想の転換にもこの指揮者がよくみせる思い入れがない。つかみかたに曲折したものがない。いつも心から歌い出され、必然の流れのようにしてさまざまな局面へと入ってゆく。

第1楽章はカラヤンらしいリズムの鋭さはあるものの、表現がごく自然で各パートが美しく整頓されている。

第2楽章ではウィーン・フィルの弦が魅力的で、音楽にふくらみといぶし銀の光沢を加え、第3楽章も明快で虚飾がない。

終楽章も音楽的に密度の高い自然な表現をもち、カラヤンはこの曲で彼の卓越した音楽性を珍しく素直に見せている。

大指揮者カラヤンの最後を飾るにふさわしい名演といえる。

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2008年01月15日


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これほど精緻で無駄がなく、心情の深さと歌に満ちたブルックナーは滅多に聴けるものではない(旧盤)。

決して威圧的にはならず、表情は控え目ながらも、堂々とした器量の大きさが伝わってくる。

スコアを忠実に音にしながら、そこに内面の真実が示されており、すべてにバランスのよい純粋な音楽が表現されている。

もはや完璧と表現したい名演であり、第3楽章のコーダは感動的である。

新盤ではジュリーニの指揮は第1楽章からすこぶる大きな起伏を示しており、激しい共感を表し、フルトヴェングラーもかくやと思わせるほどでトゥッティも雄大このうえない。

第2楽章も透徹した表現で、豪壮に、また冴えた感触で表出される。

第3楽章も厳しく磨き抜かれており、楽想の彫りが深く構築的であるのは特筆に値する。

コーダも独自の説得力と風格を持った演奏で、円熟の名演とはこのことであろう。


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第7番は素晴らしく美しいブルックナーだ。

ウィーン・フィルの響きは、つややかな光沢におおわれ、しかも奥床しさを失わない。

すべての余裕が安定感と明晰な表情につながるみごとなアンサンブルだ。

ジュリーニは、譜面上にないテンポを適当におりまぜて、さらに旋律の歌わせ方の優しさ、感情の豊かさ、アクセントの絶妙さのすべてを洗練された節度をもって表している。

第8番は非常にスケールが大きく、しかも隅々まで神経が行き届いた演奏である。

ジュリーニのこれまでのレコーディングの中でも、これは特にすぐれたものといえる。

使用版はノヴァーク版(1890年版)をそのまま使い、ほとんどの指揮者が行っているような他の版との混用を行っていない。

全体から受ける印象はクレンペラーを思わせるものがあるが、演奏の緻密さ、完全主義のレヴェルの高さはそれ以上といえる。


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第4番は実に壮麗な演奏で、ブロムシュテットの解釈には誇張や無用の作為がない。

しかも響きや表情が確信にみちあふれている。

特にテンポがよく、一種独特の推進力を感じさせるが、同時に金管の処理に厚味と華麗さをもっているのが、作品にふさわしい。

従って、開始から終結まで文字通り交響的であり、威容と抒情を兼ね備えている。

もちろん、こうした演奏を可能としたのは、シュターツカペレ・ドレスデンあってのことである。

第7番もすばらしく均整のとれた造形とまろやかにブレンドされた響きによる、充実した素晴らしいブルックナーである。

冒頭のトレモロから磨き上げたように彫りの深い表情をもち、第1主題は心にしみ込むようなニュアンスをもっている。

最強音でも鋭くならず、それでいて広大なディナーミクを表出している。

精妙でありながら、しかも人為の屈折を微塵も漂わせない。

これほど晴朗なブルックナーは滅多にない。

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2007年12月20日


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第5番はコントラストの明快な、厳しい表現のブルックナーである。

むろんシューリヒトは、音楽のかたちを崩すことはなく、大きな息づかいの中に、独自の細かい表情付けもある。

第1楽章の第2主題や第2楽章などには、感興を湛えた音楽のノリとうねりがあり、第3楽章は激烈な表情が速いテンポで連続している。

終楽章では旋律を感興豊かに歌わせながら、壮麗な音楽をつくる。

コーダがことのほか素晴らしく、金管も凄い。

第7番でもシューリヒトの演奏は、ブルックナーの本質を衝いた表現で、冒頭からこの指揮者特有の高雅な音楽性に引き込まれる。

その孤高の美と枯淡に通じる味わいの深さは、他の指揮者には求められないもので、ブルックナーの音楽美と内面性をこれほど端正に示した演奏も少ないだろう。

ハーグ・フィルも親密なアンサンブルで答えている。

まさに傑作である。

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カール・シューリヒトは特にモーツァルトとブルックナーを得意とした名匠で、まったく装飾のない贅肉をそぎ落としたような厳しい表現の中に、一種の即興性とニュアンスの豊かさがあり、そこが玄人好みする所以だった。

抑制のきいた、何度聴いても飽きない、それでいて最も意味深く、有機的な名演だ。

第3番はシューリヒトの淡白でほとんど枯淡とでもいうべき音楽がよく表された、率直でありながら極めて味わい深い表現である。

第8番も演奏の晴朗さは比類がなく、まさに孤高の気品にあふれ、厳しくも内省的な音楽が歌われている。

第9番もやはり淡白だが、ブルックナー晩年の高貴な心情をあふれんばかりに表現した感動的な演奏である。

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2007年11月18日


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フルトヴェングラーは、今日の標準からみると遅いテンポを採る指揮者である。

それはある程度当たっているのであるが、ブルックナーの交響曲においては、総体的にいえば、彼のテンポはむしろ速い。

ことにスケルツォ楽章のテンポは著しく個性的で、作品にデモーニッシュな力を与えている。

とはいっても、緩徐楽章ではまことに悠然たる足取りで時間を超えた無限の広がりを感じさせる。

またフルトヴェングラーは前述のように、ロマン的な指揮者とされ、事実ワーグナーやブラームスなどのロマン派後期の作品ではその特性が見事な成果を生むのであり、ブルックナーの場合も同様であることは否定できない。

しかし同時に彼はブルックナーから感情過多、感傷性を徹底的に排撃しており、その演奏はむしろ古典的というべきものである。

意外にもテンポの延び縮みはなく、イン・テンポで押し通し、それでいながら表情は豊かである。

ことに経過句部分の音楽的意味の説得力に漲った表現は天才的という他ない。

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それゆえ彼がドイツ・ブルックナー協会の総裁になったことは不思議ではない。

1939年、彼はブルックナーについての講演を行い、ブルックナーの交響曲の原典版について、その価値を強調し、ブルックナーの音楽の持つ精神的内容の充実していることを認めた。

彼は『音と言葉』で次のように述べている。

「この音楽の言葉の敬虔さ、深さ、純粋さは、一度経験したことのある人にとっては、もはやそれから逃れることのできぬものである。」

「彼は音楽家ではなかった。この音楽家は、真実はエッケハルトやヤコブ、ベーメのようなドイツ神秘家の後裔であった。」

「ブルックナーの音楽は聴者が完全に帰依し、無我の境に入ることを期待し、要求する。」

「ブルックナーの持つ力強く素朴なものと高い精神性との混合はドイツ音楽家に珍しいものではない。ブルックナーはその点、シューベルト、ハイドン、ベートーヴェン、ブラームスなどを先輩としている。」

「ブルックナーの偉大な芸術はまさに超時間的なものを志向しているゆえに、現代的なものである。」

「彼は今日のために作曲したのではない。彼はその芸術において永遠を考え、永遠のために作曲した。それゆえ彼は大作曲家のうちで最も誤解される人となった。」




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2007年11月17日


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1906年、当時二十歳のフルトヴェングラーが指揮者としてデビューした時、指揮したのはブルックナーの交響曲第9番であった。

ミュンヘンにおいてカイム管弦楽団の共演を得たこの演奏会は、指揮者としてのフルトヴェングラーを世に認めさせるのに充分な成功を収めた。

またフルトヴェングラーの自作自演の交響曲第2番を聴けば、種々の点で彼がいかにブルックナーに私淑していたかは明白であろう。

1910年代ばかりでなく、続く20年代においても、ブルックナーの真価はまだ世に認められていなかったが、フルトヴェングラーは努めてこの楽匠の交響曲を多くプログラムに取り入れた。

1922年から彼は、特に交響曲第4番と交響曲第7番を盛んに演奏している。ブルックナーの交響曲を世に知らしめるには、まずは親しみやすい曲からということで選んだのだろう。


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フルトヴェングラーのレパートリーの中で、ブルックナーの交響曲は最も重要なものの一つであった。

ベートーヴェン、ワーグナー、ブラームスを本領とした彼がブルックナーを指揮したのではない。

『音と言葉』の「ブルックナーについて」のなかで、「晩年になるにつれ、他の多くの作曲家よりもますますブルックナーを深く愛するようになった。」と述べた彼は、ブルックナーの交響曲を極めて高く評価していた。

愛国心の強かったフルトヴェングラーはドイツ音楽の輝かしい伝統と誇りとし、しかもその真髄が交響曲であるとして、交響曲の三大「B」である、ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナーの作品の演奏を自己の使命と感じていた。



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2007年10月07日


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しかし、これらを満足しうる演奏は少ない。

20世紀最高のワーグナー指揮者であるとともにブルックナー指揮者として一世を風靡したハンス・クナッパーツブッシュにしても、ライヴ録音には粘り強いロマン的な表情があり、ブルックナー様式とややかけ離れた感を与える。

従って、クナとカール・シューリヒトの正規録音が最高である。

その他日本には馴染みが深くて定評のあるロヴロ・フォン・マタチッチには優れたライヴ録音がある。

録音の多い朝比奈隆とオイゲン・ヨッフムは前者にはオケの弱さ、後者にはムラッ気があるが、廉価で交響曲全集の一つを揃えられたい向きにはうってつけ。目安としては朝比奈は最近のもの程良く、ヨッフムは新旧両盤どちらとも言いがたい。

交響曲全集よりもまず、ブルックナーの音楽の特質であるスケールの大きさ、オルガン的な響きの美しさ、宗教的な深さを感じられたい向きには、朝比奈指揮大阪フィルの名高き聖フローリアンでの実況録音(7番)をお薦めする。

これはブルックナーの入門であり、深奥でもある。これこそ日本人の誇りである。

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ここでまず強調しておきたいのは、作曲家を解釈する演奏家の問題についてであり、これについては後々私のブログのテーマになるのだが、特にブルックナーの演奏についてで、特にブルックナーはナイーヴなのだ。演奏家によって生きも死にもする。それがただ単に凄い指揮者と優秀なオケだと名演奏になりえるとは必ずしも限らない点がユニークなのである。

私は、一時期まで宇野功芳氏の批評に全面的に賛同であった。しかし最近になって宇野氏が批判するフルトヴェングラーやカラヤンのブルックナー演奏にも素直に感動できるようになった。前者の精神性の高さと深さ、後者の良く彫琢された美しい表現も、ブルックナーは許容しうるだけの懐の深さはある作曲家ではないだろうか。

とはいえ、大自然の寂寥と人間の孤独を表現したブルックナーは、ドライな感情の人間には演奏できるか甚だ疑問であるし、即物的な演奏態度によっては必ずしもその本質を具現しない。徹底的に心象の世界の音楽だからである。そこで、私は以下のような基本的な考え方を変えていない。

1 厳しい客観性をもち、効果を狙いすぎず、あるがままを再現する。

2 透明な音感と、響きの透明度が必要。

3 「詩情」がほしい。

ブルックナーの名演へ

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