ハイドン

2009年03月15日


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作曲者をして「この曲が生涯で最も大きな成功を収めた自作のひとつである」といわしめた名作の弦楽四重奏版による最高の名演奏である。

ズスケが加わった新編成のメンバーによるゲヴァントハウスSQの初のレコードだった。

この曲はオラトリオとして書かれただけに、弦の動きは弦楽四重奏曲風でなく弦楽合奏風。

つまりきめの細かい動き、軽快な素早い動きといったものはない。

ドイツ古典、ロマン派に優れた演奏を聴かせるゲヴァントハウス管弦楽団を母体とするこのカルテットは、ここでも伝統に基づいた穏健な解釈と地味ではあるが落ち着いた運びで、じっくりとこの作品を再現しながら、熱のこもった演奏が展開される。

ただ熱気だけで押しきったものではなく、いかにもゲヴァントハウス管弦楽団のがっちりとしたまとまりを思わせるような整然としたアンサンブルの中で、表現への意欲を積極的にみせている。

こうした意欲があるだけに、全体がロマン的な傾向をおびてくるのも当然のことだが、それでいて、そこに作品に適した様式と節度があるために、古典的な格調が維持されている。

オラトリオ版ではなかなかこれほどの劇的求心力の強い演奏は生まれなかっただろう。

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2009年03月13日


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アーベントロートという、文字通り"夕映え"のように美しい名前を持ち、一説によると西ドイツのブラント元首相の実父といわれるこの往年の名指揮者は、第2次大戦後東ドイツに住んだため、存命中は日本に知られることはなかったが、幸い、ドイツ・シャルプラッテン・レーベルの数多くの録音が紹介されてからは、その人間味あふれる名演を聴けるようになった。

彼は晩年、ワイマール音楽院の院長をつとめ、同市の名誉市民でもあったが、豪奢な車などには乗らず、いつも愛用の自転車で町を走りまわっていたので、子供から老人にいたるまで市民の人気を一身に集めていたという。

ハイドンの「第88番」は彼の数多いシンフォニーの最高傑作の一つであり、フルトヴェングラー、ワルター、クレンペラー、クナッパーツブッシュなどの名指揮者が競って録音しているが、いずれもアーベントロートの敵ではない。どうか聴き比べてみてほしい。

とりわけ両端楽章の、速いテンポでたたみかけるように進めてゆく緊張感が抜群であり、音楽が生きていることは比肩するものがない。

しかも、現今の若い指揮者の皮相なスピード感とは異なり、音楽の内容が次々と掘り起こされ、抉り出されてくるさまは圧巻といえよう。

「悲愴」はもっとも、第1、4の両楽章はあまりにも遅いテンポによる主観的な演奏ゆえ、抵抗をおぼえる人もいるだろうが、第1楽章のクライマックスの迫力、第4楽章の悲しみの歌など、他のCDからは絶対に聴くことのできないものだ。

文句なしにすばらしいのはスケルツォである。これ以上彫りの深い、緊密な、細部まで生きた表現は例があるまい。ティンパニの阿修羅のような轟きや、驚嘆すべきテンポの動かし方なども言語に絶する。  

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2009年01月20日


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ヘルムート・コッホ(1908-75)の晩年の録音のひとつ。コッホの実に3度目の録音。

コッホには1960年の旧録音もあるが、独唱の質がより高い新録音を選びたい。

コッホが亡くなって既に30年以上になるが、この「天地創造」は、彼の残した多くの録音の中でも断然光っている。

これは素朴な中に古典的格調の高さを見事に示した会心の演奏といって良い。

ハイドンの音楽の古典的な格調の高さを、ごく自然にひき出した演奏である。

実直なハイドンだ。昔ながらのドイツのオラトリオといった気概が全曲にわたって流れている。

とくに演出的工夫を凝らしてあるわけではなく、コッホは何の飾り気もなく、創造の日々としてここに描き出す。

それだけに天地創造の敬虔な驚きと喜びが素朴に聴き手の心に伝わってくる。

ドラマだからといって、決して過度にドラマティックにならず、また派手さもねらわず、ただ淡々とすすめながら、深々とした呼吸で、内面的に深みのある音楽をつくりあげている。

全体を室内楽的にまとめており、独唱陣ではソプラノのヴェルナー、テノールのシュライアー、バスのアダムなど、いずれも充実したハイドンを聴かせてくれる。

シュライアー、アダムのソロは、カラヤン盤の独唱たちに比べると、一歩引いた客観的ともいえる歌唱をしているが、コッホの端正な表現にはむしろ適合しておりバランスが良い。

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2008年12月26日


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ブレンデルが1979年から85年にかけて取り組んだディスクである。

ハイドンのピアノ・ソナタは、曲の内容にそうとうムラがあるので、ブレンデルは、50曲あまりのなかから、音楽的に充実した11曲を選んで録音している。

ハイドンのピアノ・ソナタというと、ハイドン当時の古い楽器を用いて演奏するやり方や、グールドのようにハープシコードのようにピアノを弾くような演奏方法もある。

だが、ブレンデルは、あくまでもピアノ本来の弾き方をしており、すこぶるダイナミックで現代的な表現となっている。

ブレンデルは、極めて表現力の豊かな現代のピアノを用いて、ハイドンの音楽を、その様式内でコントロールする方法を完全に手中に収めている。

彼の手にかかると、なまじハンマーフリューゲルを用いた歴史的解釈による演奏よりも、ハイドンの"実像"に迫っていく。

すべての反復を演奏しても、決して冗長ではないのもその様式観のせいだ。

感心するのは、明快なリズム処理で、いずれの曲もハイドンの音楽が生き生きと息づいていることだ。

このニュアンス豊かな表現は、ハンマーフリューゲルでは決して達成できない類のもので、ブレンデルのピアノによって初めて聴くことのできる表現である。

ハイドン自身がピアノの名手ではなかったため、曲の内容が比較的地味なものが多いが、こうしたブレンデルの演奏を聴くと、ことに晩年につくられた曲での音楽的な充実ぶりには目をみはらされる。

いま現代ピアノで聴く最も魅力的なハイドンがここにある。

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2008年12月02日


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ハイドンと同時代の、フランスのある批評家はこう言った。

「ハイドン氏の宗教音楽はたとえそれから言葉を除いたとしても、見事な音楽だろう」と。

ハイドンの合唱音楽は、音処理の点で特徴がある。

当時隆盛をきわめていたヘンデルのオラトリオの声楽部分の作風が、あくまでも声楽的であるのに対し、ハイドンの手法は徹底して器楽的だった。

それだけに言葉をのぞいたとしても、立派な管弦楽作品でもあるのである。

マリナーの演奏は、まさに、そうした点に重きをおいたもので、この曲の標題音楽的な性格をあまり強調せず、楽曲の構成的な美しさを存分にひき出している。

特に劇的表出、スペクタキュラーな効果を狙わず、極めて穏当な中庸を得た演奏である。

各曲の対比は均質化され、流麗な音の流れの中にハイドンが描かれていく。

オーケストラは終始一貫して古典的な格調の高さを保ち、合唱団も充実しており、決して過度な表現におちいらず、均斉のとれた歌唱をおこなっている。

独唱者も、そうしたマリナーの意図を忠実に把握しており、ことにマティスの端正なうたいかたが光っている。

通奏低音にハープシコードではなく、ピアノの前身の楽器ハンマーフリューゲルを用いているのも、当時の雰囲気を伝えていてこころよい。

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2008年10月17日


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1987年、多発性硬化症という難病のため、42歳の若さで亡くなった不世出の女性チェリスト、デュ・プレの貴重な遺産である。

彼女が演奏活動していた時期というのは、10代の半ばからわずか10年ほどの間にすぎなかったが、その間に多くの曲をレコーディングしている。

それは、あたかも自らの病を予期したかのような精力的なもので、なにか痛ましい感じがする。

このボッケリーニの演奏は、そうした彼女のベストともいえるディスクで、すこぶるスケールが大きく、のびやかな演奏となっている。

女流らしい繊細さと、"歌心"にあふれた旋律の美しさ、そして、緩急の起伏を大きくとったダイナミックな表情づけ、これほどこの作品の魅力を最大限に引き出した人というのも、少ない。

また、このレコーディングのあとすぐ結婚するバレンポイムの伴奏ものびのびとして豊か。

ハイドンは、優美、繊細さの中の表情の多彩さがさすが。ハイドンの古典的品格をとらえた、スケールの大きな演奏だ。

1音ごとにニュアンスを変え、機械的なスケールさえ魅惑の限りを尽くし、音楽をあらゆる部分が歌っている。

バルビローリのバックも、デュ・プレを支えて好演。

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2008年09月30日


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ベームとウィーン・フィルは、1970年代からベームの最晩年まで、指揮者とオーケストラの時代最高の組み合わせとしてわが国でもきわめて人気が高かったが、確かにちょうどその時代、ウィーン・フィルはひとつの(今のところ最後の)輝かしい時代を迎えていたと思う。

奏者たちの世代の交代も徐々に、だが違和感やレヴェルの低下もなくスムーズに進行していた。

当時の若い力、すなわち現在のこのオーケストラの屋台骨を担っている中心奏者たちの若き日の溌剌とした演奏が、ベームのしっかりとした音楽のうえに伸び伸びと羽ばたく協奏交響曲は、この美しくも実り多い一時代を永遠に記録する珠玉の録音だ。

交響曲のほうも味わいに富んでいる。

ベームはウィーン・フィルの響きに構造的な堅固さを加え、ハイドンのもつ古典美を音楽的に格調高く表現している。

5つの交響曲のどれもが克明・着実で、しかも流麗な名演だ。

協奏交響曲はコンチェルト・グロッソ風の美しさが和気あいあいとした雰囲気の中に示され、これまた晩年のベームの芸術性を端的に示した秀演。

おそらくベームはワルター以後、ウィーン・フィルの魅惑的な響きを最もよく生かした指揮者であろう。

いずれもベームの唯一の録音で、彼はこのほかにはハイドンの交響曲を録音しなかった。

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2008年08月18日


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高雅で格調高く、しかも音楽を聴く楽しみを満喫させてくれるハイドンである。

第88番は旋律のひとつひとつが息づく魅惑的な表現で、終曲のテンポが実に効果的だ。

冒頭の序奏から主部への移行が絶妙な第98番、実にチャーミングな「時計」、作品の容姿を完全に把握した表現の第95番、そして素朴だが気品の高い「軍隊」など、感動的なほど美しい。

第104番も偉大な表現で、メヌエットには非常な精気がある。

ロビンズ・ランドンは第95番をあまり高く評価していない。

しかしそんなことはつゆ知らぬまま、初めて聴いた途端にその偉容に痺れてしまったのが、クレンペラーのこの演奏だった。

ザロモン・セット中唯一序奏を持たない第1楽章冒頭から、アポロ的殿堂が打ち立てられる。

第2楽章はエレガント。しかし媚態のかけらもない。簡潔さがこれほど深い味わいを持つ音楽、演奏も珍しい。

素晴らしく恰幅のいいメヌエットに続き、ハ長調に転じる終楽章は、あのジュピター交響曲と同様のカタルシスが待っている。

ここでのクレンペラーは"ヴィヴァーチェ"おかまいなしのスタティックな姿勢に徹し、格調を崩さない。

約半世紀たっても敬服に値する演奏だ。

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2008年04月17日


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いずれもカラヤンの第1回録音。カラヤンの才気の感じられる優れた演奏である。

カラヤンはあまりハイドンを演奏しなかったが〈ロンドン〉は演奏回数が多く録音も3回行なっているので、いわばハイドンの十八番と言える。

そのためか表現に余裕があって緻密な中にも恰幅の良いスケールの大きさがあり聴き応えがある。

スマートでキレのよい、洗練されたハイドンで、アンサンブルはすっきりと整い、あらゆる点が明晰で隙がない。

急速楽章はリズムがきびきびして迫力があり、颯爽と進んでゆき、しばしば見られる対位法的な箇所の処理も極めて明快だ。

一方、第1楽章の序奏や緩徐楽章などはやや硬い印象を伴うが、ダイナミックでスケールが大きい。

ウィーン・フィルの優雅な音色が、カラヤンによりさらに磨かれ、音質的に今聴いても魅力的だ。

当時(1960年頃)のカラヤンは後年よりはるかに素直な演奏様式で演奏していたため、それがハイドンの古典形式とうまく適合したと感じられる。

2曲とも柔軟・流麗な歌の甘美さと端正な造形を見事に一致させた名演である。

カラヤンのおびただしい録音の中でも注目したい傑作。

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2008年04月15日


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スメタナ四重奏団は、1945年に創立され、1988年に解散したチェコの代表的なカルテットである。

創立以来4人のメンバーは全く変わっておらず、しかも数多いレパートリーをもっていたが、それらの作品のほとんど全てを暗譜で演奏する。

これは簡単にできる技ではない。

だからこそ、あのような細部にいたるまで磨き抜かれた柔軟性のある精緻な演奏が生まれるのである。

この「ひばり」もそうしたスメタナ四重奏団の特色がよくあらわれた演奏で、みごとなアンサンブルときめこまかい流麗な表現は絶品である。

テンポの設定も的確で、フレーズの切り方もすこぶるうまい。

第1楽章の有名な第1主題を聴いただけでもそれがよくわかる。

第3楽章のメヌエットの対位法的な処理の巧みさや、第4楽章の緊張した迫力のある演奏も抜群だ。

この「ひばり」と「鳥」のハイドンの2曲は、極めてさわやかな演奏で、テンポ設定にも無理がなく、音楽の流れも自然だ。

「ひばり」は、まるで春の陽光を感じさせるようで出色の出来。

「鳥」にも愛らしさと端正さがある。

メンデルスゾーンの八重奏曲は、スメタナとパノハ両団の音楽的年齢差にかかわらず、見事なアンサンブルで、厳しくすさまじい緊張感をみなぎらせており、しかも表情も豊かだ。

そこには、ロマン的な詩情と熱気もある。

1980年来日公演時のライヴ録音だが、その演奏には少しも古さがなく、むしろ聴くたびごとに新鮮さを感じる。

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2008年03月30日


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(前項の続き)とはいえ一部の音楽家を別とすれば、大音楽家たちの収入もそれほど恵まれてはいなかった。

ウィーン楽派の形成者といえるハイドンはモルツィン伯爵やエステルハージー候に仕えたが、モルツィン家は財政窮乏のためにハイドンや楽団員を保護できなくなってしまったし、エステルハージー家のハイドンに対する報酬も給金の一部に現物支給が採られていたほどである。

また残存する契約書の記録によれば、楽長としてのハイドンの職務は、作曲の義務や、楽団員や楽器の管理など徹底して規則にしばられたものであった。ハイドンは言う、「私は社会から遮断されていた。そして私は独創的であることを余儀なくされた」。

幼少の頃よりヨーロッパ各地の音楽界を渡り歩いていたアマデウス・モーツァルトは1772年よりザルツブルグの大司教伯爵ヒエロスミス・フォン・コロレードーのもとで宮廷に仕えた。しかしこの関係は、音楽に無理解なコロレードー大司教とモーツァルトとの反目と離反についえてしまう。

モーツァルトの気質はハイドンの場合のような雇用形態には全くそぐわなかったのである。1777年にはミュンヘンを訪れ、選帝侯マックス・ヨーゼフ3世の謁見をゆるされるが、欠員が無かったため楽団員に任命されることはなかった。

やがてザルツブルグを離れたモーツァルトはウィーンに定住する。彼は特定の職につかないまま、貴族や宮廷のためにそのつど自由な音楽家として作曲や演奏を続けた。だがこの生活は経済的には自立とは程遠いものであり、彼は終生貧困と借金に苦しんだ。

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2008年03月26日


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これは春風のようになごやかでまた香り高いハイドンであり、実にふくよかな感情を古典の造形に融合させたワルターならではの名演。

ワルターはハイドンの中に抒情詩を発見して、それを楽しんで吟じている。

これはワルターの遺産にふさわしい。

特に「軍隊」は知・情・意の均衡が素晴らしい。

「V字」は第2楽章の遅いテンポの歌が、現在の演奏には求められぬもので、その味わいは豊かで、深い。

ワルターでなければ演奏できないハイドンである。

聴く者の心をあたたかな愛情で満たしてくれる、こうした柔らかに微笑んだハイドンを演奏する指揮者はもう求められなくなった。

CD化によってオーケストラのバランス感もかなり高められ、演奏全体がより澄明に生彩を増している。

CD化された往年の名指揮者の演奏のなかでも、ワルターはことに成功したものが多い。

遅めのテンポで朗々と歌わせた旋律や、こまやかなニュアンスが、CD化されたことによって、より明瞭に伝わってくる。

半世紀近く前の録音とはとても思えないほどだ。

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2008年03月01日


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旧盤はカラヤンが完璧な技術を超えたところで、率直な人間ハイドンの神への感謝を受け取り、そこに作為を施さずに、音楽の命ずるままにハイドンと共働している。

緻密な描写力と、多分にシンフォニックだが各楽器の音色の絶妙な融合には、さすがにカラヤンの目配りの精緻さがある。

丁寧な音作りで、美しい音像としては最高。

オーケストラとコーラスは譜面に忠実にしかも説得力のある音楽を奏でている。

独唱陣はヤノヴィッツが清澄な声で天使ガブリエルを歌い、ベリーのラファエルも広い声域を駆使してアリアを立派にこなしている。

ウリエルは、ヴンダーリヒの不慮の事故死によりクレンに代わったが、これがヴンダーリヒの最後の録音となった。

合唱はまったく危な気なく、フーガなど見事な構築ぶり。

新盤は"ハイドン生誕250年"を記念して、1982年のザルツブルグ音楽祭でおこなわれたライヴ録音である。

これは、神々しいほどの輝きを放つ、歴史的名演である。

旧盤も壮大な名演だったが、この演奏は、前回とはやや異なり、この曲のもつ古典的な造型の美しさを表出している。

ウィーン・フィルのしなやかな響きにもひかれるが、合唱が圧倒的にうまく、各部の最後のフーガを巧みに歌い上げていて聴かせる。

独唱者ではマティスがよい。

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2008年02月17日


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音そのものが形容を絶する美しさを持った素晴らしく魅惑的な演奏だ。

特に「驚愕」のまろやかな音色は、ウィーン・フィルとしても滅多にないものだろう。

バーンスタインの表現も溌剌として、自然な歌にみちあふれていて、ハイドンの最もハイドンらしい面を聴かせてくれる。

「V字」も素晴らしい。

精密さを求めるより、楽しさに重点を置くバーンスタインが、ニューヨーク・フィル時代には成し得なかったオーケストラとの阿吽(あうん)の呼吸を実現し、メヌエット楽章のスフォルツァンドや強弱の対照を面白く聴かせてくれる。

これこそパパ・ハイドンの真骨頂である。

いかにもユーモリストのバーンスタインらしい、明るく健康的なウィットに富んだ演奏で、新鮮な味わいをもった清々しい表現だ。

"パパ・ハイドン"と呼ばれた和やかなハイドンの音楽が、そのままバーンスタインの人柄に乗り移ったように聴こえてきて、気持ちがよい。

第92番もそうだが、底抜けの明るさの中にも時としてかげりが生じ悲しみがよぎるのを彼は豊かな感情をこめて表現している。

ウィーン・フィルを起用したのも成功で、そのまろやかな音色と流麗さは、他のオーケストラからは求められないものだ。

ライヴ録音ならではの熱気にみちあふれている。

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2008年02月05日


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前者はゴルトベルク変奏曲、ベートーヴェンの後期3大ソナタでセンセーショナルにデビューしたグールドが、ハイドンとモーツァルトにおいてもみずみずしい感性を強く印象づけた初期の録音。

ソナタは2曲とも再録音しているが、彼の唯一の録音となった「幻想曲とフーガ」も含め、グールドの精妙なタッチが生み出す音と表現は少しも鮮度を失っていない。

天才グールドならではの高貴な美しさに魅了されてしまう。

後者はグールド最晩年の録音で、初のデジタル録音アルバムだった。

グールドは、独自の解釈による演奏を行うことで有名な人だが、ここでも、ノン・レガートで、ハープシコードのようにピアノを弾き、硬質なタッチで演奏している。

実にスピード感にあふれた、爽快でたくましい表現で、ブレンデルとは実に対照的だ。

演奏は演奏家が創る作品である、このことを最も強く聴き手に実感させるのがグールドであろう。

彼はハイドンの作品の書かれた時代の音楽様式をふまえたうえで、現代の音楽として蘇らせる。

6曲中「ソナタ第62番変ホ長調」が最も興味深い。

ペダル使用を控え、ノン・レガートで颯爽と弾き切ると、聴き慣れた温和なハイドン像が、たくましい意志をさらけだし、精悍に変わる。

その意表を衝く発想が、なんとも快い。

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2008年01月15日


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カラヤンとベルリン・フィルの実力をもってすれば、ハイドンの演奏では技術的問題を感じさせることはまったくない。

率直で明快、激しい気力に満ち溢れた演奏だ。

カラヤンはモーツァルトを演奏する時と異なって、ディテールの色付けがなく、アンサンブルや造形を極力整えながら率直にハイドンを再現する。

それでもカラヤンの風格や音楽性がにじみ出ており、第84番以降の4曲は円熟した指揮者の手腕が生き生きとした音楽を作っている。

「ロンドン交響曲集」でも大部分の曲が端麗な秀演であるのも当然である。

カラヤンは、モーツァルトではひたすら突き進むだけの場面が多いが、ハイドンではゆったりと構えた音楽運びで素直で中身の濃い充実した音楽を味わわせてくれる。

トランペットとティンパニが含まれる後期の作品ではカラヤンとベルリン・フィルの器と作品の器のサイズが合い、スケールの大きい正攻法の表現が見事に生きている。

とにかく全体が格調高く、カラヤン本来の純粋な音楽性と晩年の巨匠的風格が自ずから投影されていることは疑う余地がない。

いずれも現代的なハイドンの典型と言えよう。

現代の演奏会場におけるハイドンとしては素晴らしい全集で、モダン・オーケストラによる最も優れたハイドン演奏と言えよう。

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2007年11月23日


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フルトヴェングラーのハイドン(とモーツァルト)は、それらを古典主義時代の枠から外して広く交響楽の見地から判断し直さなければならない。

「フルトヴェングラーの」と形容せずにはおけない強い個性を持っているのである。

それはロマンティックな解釈の基盤に立った古典派交響曲の表現といってすまされない独自のものである。

テンポは遅めであるが決して重くならない。細部のフレーズが柔らかく微妙な表情をたたえながら、聴く者をハイドンのつくりの大きさのなかに包みこんでしまう。

このような包容力をもったハイドン演奏はフルトヴェングラー以前には聴かれなかったし、彼の以後にもない。巨匠の名演というに相応しい、古典とロマンのバランスが見事に保たれたハイドンである。

彼が残したもう一つのスタジオ録音、第94番「驚愕」の演奏も本当に立派なもので、すっきりとした表情の中に、深い厚みが隅々にまで刻み込まれ、高い品格と風格が備わっており、この一曲でフルトヴェングラーの偉大さを証明するにたるものである。

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フルトヴェングラーのハイドンも数少ないが、交響曲第88番「V字」は見事な演奏の一語につきる。

彼はこの曲を1951年のベルリン・フィル定期に取り上げている。11月30日と12月3日である。

ドイツ・グラモフォンへの録音への録音は12月5日に行われているから、コンサート直後に正式のレコーディングセッションが行われた例は珍しいものである。

このハイドンは、軽やかさを前面に押し出しつつ、四つの楽章のそれぞれの性格を巧みに描き分けてゆく。

そうして生まれた立体的で彫りの深いハイドンの世界。

とかく平面的なものに終わりがちなハイドンとは、ひと味もふた味も違っている。

言うなれば、引き締まった軽やかさ。隠し味として雄渾さ、スケールの大きさを背後に秘めているフルトヴェングラーならではの演奏である。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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