バーンスタイン
2008年06月23日
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ミュージカル「ウェスト・サイド・ストーリー」初の完全全曲盤。数多くのミュージカルを手がけてきたバーンスタインが1984年に、満を持して自作の録音をしたものである。
オリジナル・キャスト盤でも省略されていた台詞を全て収録しており、マリアの台詞はニーナ・バーンスタイン、トニーはアレキサンダー・バーンスタインが担当している。
この作品は、商業的な娯楽ミュージカルなのか、広義のオペラなのかという論争が以前からあるが、ここでは後者の立場によって、カレーラス以下一流オペラ歌手によって演奏している。
つまりバーンスタインは、この作品を単なるブロードウェイのヒット作の舞台の再現としてではなく、広い意味でのオペラ作品として取り組んでいる。
それは、主役のマリアとトニーに、テ・カナワとカレーラスを、脇役にも、トロヤノスやホーンらオペラ畑の歌手たちを起用していることからもよくわかるだろう。
主役のふたりは、こうしたミュージカルを歌うにはやや品が良すぎるきらいもあるが、バーンスタインの期待に十分に応える歌唱を行っている。
全体に、ミュージカルの舞台のあの独特の熱気といったものは希薄なものの、すこぶるノリがよい仕上がりで、ポピュラー音楽とか、クラシック音楽といった狭い枠にとらわれない、新鮮で美しい音楽を楽しむことのできるディスクとなっているところは、バーンスタインならではだ。
そのため、視覚を伴った映画から受けた印象とはかなり異なった感じを与えることは事実だし、主役にはもっとパンチの利いた歌を歌ってほしい気もするが、「アメリカ!」などは最高に愉しく、オペラ的再現としては成功している。
ことに、この録音のためにわざわざ集められたブロードウェイ内外の一流ミュージシャンたちによるオーケストラと合唱は、さすがに達者な演奏を聴かせてくれる。
作曲者自身の演奏だけに、貴重な録音といえよう。
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2008年06月16日
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バーンスタインの新しいマーラー/交響曲全集の完結篇。但しアナログ録音で、第8番は先に発売されていたLDと同一音源である。
マーラー自身、友人の大指揮者メンゲルベルクに宛てた手紙のなかで、「大宇宙が鳴り響きはじめるとお考えください」と述べているように、交響曲第8番は、形式的にも、内容的にも、それまでのマーラーの音楽の集大成とでもいうべき超大作となっている。
バーンスタインは、この大曲を、実にスケールの大きな表現で描き上げており、フィナーレに向かって突き進む迫力は類をみない。楽器と声部とのバランスも素晴らしい。
第1部から驚くほど豊かな生命力にあふれている。
声楽部の力量も素晴らしく、合唱のアンサンブルや情熱に満ちた表情は感動的で、白熱の輝きを放つコーダまで聴く者を圧倒する。
第2部も豊かな感興に満ちたバーンスタインならではの世界であり、雄渾・壮大をきわめたこの演奏は凄絶な力を放射している。
堂々とした風格と共に高まる終結部の「神秘の合唱」は、聴く者を恐るべき感動の渦に巻き込むに違いない。
交響曲第10番〜アダージョは作品の内面を深く味わわせる名演だ。
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2008年06月14日
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新盤はこれ以上は考えられないような秀演である。バーンスタインはマーラーの楽譜を読み尽くしている。
そしてデュナーミクの細かな指示よりも旋律の自然さを尊重し、古き良き時代の暖かさと大らかさを存分に表現している。
これこそバーンスタインによって再創造されたマーラーだ。
同じニューヨーク・フィルを指揮した旧盤に比べると、華やかな表現をいくぶん抑えた演奏となっており、バーンスタインがじっくりとこの作品に取り組んでいるのがよくわかる。
ここでは、マーラーが指示したテンポの揺れ動きや強弱の激しい交代、立体的な対位主題の大胆な併置、管弦楽の強烈な色彩が、ここまでやれるのかと思えるほどに激しくデフォルメされているが、それでいてこの表現主義的な身振りが、一個の「自然」に達していると思えるほどに演奏者の血肉と化したような自在さを伴っている。
ユダヤ的というべきアクの強いアーティキュレーションやスフォルツァンドの感覚など、見事の一語に尽きる。
ニューヨーク・フィル起用の選択の成功も大きい。ことに、オーケストラの力強い合奏力を生かした終楽章の盛り上げ方は秀逸だ。
特にフィナーレの爆発的高揚にはこのオーケストラの底力が不可欠のものなのだ。
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2008年06月13日
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1991年9月にニューヨーク・フィルと再録予定の第8番を残してバーンスタインは世を去ったため、マーラーに関しては、この第6番が遺作となってしまった。
バーンスタインにとっての21年ぶりの第6番は、冒頭から凄いほどの推進力で突き進む嵐のような表現だ。
バーンスタインは、この作品のもつ構成的な強さを明確に打ち出した演奏を行っており、ことにオーケストラの対位法的処理が見事である。
暗い情感をよくあらわれた表情も迫力があり、その気迫には打たれる。
音楽が自然で響きに重量感があり、ディティールまで表情が鮮明な上に、マーラー独自の音構造やモチーフを的確に表現しながら、一瞬の渋滞もない劇的迫力で聴き手を圧倒する。
特に第1楽章のメイン・テンポが非常に快調なので、晩年のバーンスタインを敬遠していた向きにも薦められよう。
アルマの主題を、指定通り粘らないで歌い出す等、随所で楽譜の読みの深さが示されているが、それでいて、細部に足枷を嵌められたような窮屈さはない。
第1楽章などは、バーンスタインの再録のチクルス中、最も前進エネルギーの強い、剛毅な表現といえよう。リズミックに進む第2楽章も同様だ。
アンダンテは、たっぷりと旋律を歌わせているものの、一人よがりな微速前進というほどには粘らないので、第1楽章の中間部や、第2楽章のトリオ同様、バーンスタインのナイーヴな感性と、祈りの感情が程よくミックスされ、アット・ホームな音楽に仕上がっている。
しかし、この演奏の聴き所は、何といっても第4楽章にある。曲が盛り上がってきて、様々な要素が輻輳してくるほど、スケールが広がり、表現の重みが増してくるのがレニーの真骨頂。
展開部あたりからの、白兵戦さながらの凄絶なモティーフのぶつかりあい、394小節の大見栄等、山場の連続となる。
「亡き児」のハンプソンは表現的・文学的な歌を聴かせ、オケとの対照と融合が絶妙だ。
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2008年06月11日
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旧盤はバーンスタインの名声を高めたディスクであり、極めて啓蒙的解釈といえるが、そこにこの指揮者の激しい共感が示されている。
率直に感情を表面化した身ぶりの大きな音楽で、テンポもかなり動く。
現在聴いてみるとやや古めかしい解釈とも思えるが、それが作品への強い共感から生み出されているので不自然な印象は受けない。
新盤は1987年、新しいマーラーシリーズで初めてウィーン・フィルを起用したフランクフルトでのライヴ録音。
バーンスタインは、この曲のもつさまざまな情感を、スケールの大きな表現で描き出していて、一種異様な熱気をはらんだ演奏となっている。
第1楽章と第2楽章から形成される第1部で、バーンスタインが表現したものは未聞の沸騰である。感情のあらゆる動きがマーラーとの同化を相克を経て直接音化されて具現化されるさまは、筆舌に表し難い激しさをもっている。
第3部の終わりの2楽章だが、名高い第4楽章の耽美的表情や、フィナーレにかけての盛り上げ方は、凄まじい迫力だ。
ことに有名なアダージェットから生の希望に燃えたロンド・フィナーレに入っていくあたり、壮絶なまでに、死を乗り越えた人間の喜びがあふれている。
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2008年06月10日
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旧盤はバーンスタインのマーラー・シリーズの中でも特に印象的だ。
演奏は19世紀的な名残りをとどめるといってよい。旋律を息長く、たっぷりと歌わせ、テンポも自在に伸縮しており、非常に温かい響きをもっている。
しかし、ディティールは詳細に描かれ、音楽の流れは合法則的といってよく、その中にバーンスタインの感興が明滅するのが面白い。
第1楽章はリズミカルで安定した進行を示し、第3楽章は繊細に歌う弦がことのほか美しく、その悠揚とした歩みは、さすがにこの指揮者のスケールの大きさを示している。
終楽章のグリストの独唱は素朴だが、快活で晴れやかな気分がある。
新盤はコンセルトヘボウの威力を最大限に発揮させながら、マーラーの精緻なオーケストレーションを、卓越した表現力で再現した力演である。
ディティールをすみずみまで考えぬき、自由自在に表情づけを行うなど、独自の感性が示されているが、すべての音が解放感をもって鳴り響いて素晴らしい。
第1楽章第1主題など実に爽やかなリズムをもって生き生きと歌われているし、第2楽章は一層主観的だがデュナーミクは正確で的確、木管やヴァイオリンの色彩感覚なども特筆に値する。
ただ第4楽章のボーイ・ソプラノの起用は、興味深い解釈とはいえ、やはり疑問が残る。
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2008年06月08日
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旧盤は、この曲のもつ田園風で天国的な憧れの気分を入念に表現しつくしている。第1楽章は明るい響きで抒情を描き、第3,6楽章は柔らかな表情のなかに緊張感がみなぎっている。ソロも美しい。
新盤でのバーンスタインは、持ち前の劇的な自我の表出を抑え、枯淡に近づくような抑制力を感じさせる。
第1楽章などそれでも線が太く、逞しく、自在な表情を駆使している。
マーラー固有の悲劇的色彩の濃い第1楽章の深々とした呼吸もさることながら、天国的ななごやかな美しさと、あどけなさをもった第2楽章以下は絶妙なうまさで、感動的だ。
バーンスタインと組んで、数々のマーラー作品を歌ってきたルートヴィヒの、キャリアの深さを感じさせる卓越した歌唱も素晴らしい。第4楽章では、ルートヴィヒが年齢を感じさせぬ美声で深沈した表情の歌を繰り広げる。
また、第5楽章の少年と女声の合唱団の、透明で、表情豊かな歌声もすぐれ、すべてが高度の熟達をもってスムーズに進行していく。
圧巻は終楽章で、従来の演奏とは異なった、清楚な悲哀の感情をたたえた歌が大きくふくらんでゆく。バーンスタインの人間的一面を見るような驚くべき演奏である。
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2008年06月03日
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グローフェはバーンスタイン唯一の録音。いかにもバーンスタインらしい、シンフォニックな表現で、この作品から、壮大なスケールを引き出している。
これは、バーンスタインが、ニューヨーク・フィルの音楽監督として最も脂の乗っていた頃に録音されたものだけに、大変骨格の立派な音楽となっているが、幾分彼特有の粘りが強く、そこに抵抗を覚える人もいよう。
「ウェスト・サイド・ストーリー」からの「シンフォニック・ダンス」はバーンスタインの実力が最高に発揮された快演で、どんな部分を聴いても音楽が豊かに息づいており、その湧き立つようなリズムと熱っぽい表現には強く惹かれる。
またバーンスタインの弾き振りによる「ラプソディー・イン・ブルー」もジャズ的なフィーリングを生かした実に鮮やかな演奏だ。
バーンスタインは「ラプソディー・イン・ブルー」をこの録音の20年後にもロスアンジェルス・フィルと、やはり弾き振りで録音していて、音質も良くうまい演奏ではあるのだが、この録音ほど積極性というかインプロヴィゼーションは感じられない。
ジャジーなセンスやブルーなムードなどをとてもうまく表出しているし、「ウェスト・サイド・ストーリー」で大成功を収め、ニューヨーク・フィルの音楽監督になって間もない若いバーンスタインの颯爽とした弾き振りの姿が目に浮かぶような演奏である。
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2008年05月22日
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ウィーン・フィルが持つ伝統的様式に、バーンスタインの燃え上がるような生命力を加えた演奏で、今もベートーヴェンの交響曲全集を選ぶ場合に真先にあげなければならないものだ。
どの曲もフレッシュそのもので、ベートーヴェンなど聴き飽きた、という人にも強くアピールする表現。どの曲をとっても造形は端正を極め、ベートーヴェン演奏の定石がきちんと守られている。
バーンスタインのライヴに特有の、激しさと優しさの交錯も魅惑的だ。
第1番は冒頭から中期のベートーヴェンを予感させる、厳しい構成意志が表出された演奏だ。4つの楽章の均衡感、古典的ともいえる造形や弾力的なリズムも、作品の性格とそのまま合致している。
第2番は実に表情が豊かで多彩、わずかなアゴーギグや部分的なメリハリが驚くほどの効果を挙げている。そして第2楽章の歌が何と広々と広がることか。
「エロイカ」は光彩あふれる名演である。冒頭から一瞬の沈滞もなくいきいきとした動感と流れるような歌が晴朗な音楽を織り上げ、そこには観念的あるいは文学的なものの影はない。第2楽章の葬送行進曲が実に抒情的に表現され、両端楽章の構築性と見事な対照をつくるのも作品をよく理解した見事な解釈である。
第4番は健康な青春の光彩にあふれた演奏だ。
第5番は求心的で古典主義的、とはいえ音楽構造の主体と背景が綿密に整理され、鮮やかなコントラストを保っている。
「田園」は実に爽やかな、明るい陽光に映える緑と吹き抜けるような風を思わせる音楽である。第1楽章提示部を反復しているが、音楽の瑞々しさを少しも弱めない。ウィーン・フィルの自発性に富むアンサンブルもこの曲の場合大きな魅力となる。これはバーンスタイン自身が言っているように、ウィーン以外の場所では表出不可能な味わいをもった演奏である。
第7番はディティールの明細が見事で、リズムが軽く、どの楽章も的確に決まったテンポで進み、どこから眺めても妥当である。
第8番は特筆すべき名演で、この作品のきりりと引き締まった様相を優美・典雅に描きながら、その内部が堅固に固められているのが素晴らしい。作品の真髄を衝いた演奏である。
第9番は室内楽的とさえいえる透徹した演奏で、ニュアンスも豊富だ。それでも音楽は生きて動き、古典主義の帰結として作品を捉えている。合唱は少人数だがプロフェッショナルな発声と確実さで、バーンスタインの意図によく応えている。しかし4人の独唱者は重唱のアンサンブルはよいのだが、それぞれの声や表現力が十全とはいえない。
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2008年05月21日
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この全集はバーンスタインの録音の中でも傑出した1組であり、指揮者とオーケストラがそれぞれの持ち味を発揮しながら、素晴らしく充実した音楽をつくっている。
第1番の熱気を秘めた気宇の大きい構成、第2番のみずみずしい美感、第3番のゆとりを持った音楽性、第4番のあふれるようなロマンティシズムの中に古典的格調をもった明澄な表現、とそれぞれが見事な演奏だ。
第1番の熱気に満ちた雄渾な表現はバーンスタインならではの生命力を感じさせ、ウィーン・フィルの魅惑的な音の美しさは例えようもない。
バーンスタインは、ウィーン・フィルのもつ伝統的な様式感覚を全面的に信頼しているのだろう。ディティールの表情は一層陰影と繊細さを増し、透明な弦の響きにも各パートの自発性を伴い、第2番では春風のような温かさと瑞々しさを印象づけている。
第2番は明朗さのなかにも、一抹の不安や哀愁をこまやかに表現した第1楽章が抜きん出ている。
最も個性的な表現は終楽章で、乗りに乗った演奏ながら、細部を克明に、デリケートに描いていて格調高く、色濃く表れてくるロマン性のため、ひとつのドラマを聴く思いだ。
第3番でのバーンスタインは、流麗さと克明さを自然に共存させており、彼の静から動への志向を表していて興味深い。
第1楽章では、独自のルバートや細かいアゴーギグが駆使されテンポも遅いが、第2主題など実に味わい深く、歌の明滅が美しい。
第2楽章のかなり自由なアゴーギグも合法則的で、第3楽章ではウィーン・フィルの弦の美しさを満喫させる。
第4番も熱気に満ちた演奏で、しかもしなやかさも柔らかさもある。ウィーン・フィルも実にいい音で、弦は艶やかで張りを持っているし、管は自発性に満ちている。
ブラームスに対する伝統的な自信が、オーケストラの中にしみこんでいるといった感じだ。細かいところでは、バーンスタインがウィーン・フィルの自発性に任せている所もかなりあり、それが成功している。
4曲すべてがこれほどの高水準でまとめられた全集はあまり例がない。
管弦楽曲も交響曲にまさるとも劣らない秀演である。
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2008年05月05日
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青少年向きの作品を集めたディスク。
ひとりでも多くの人に音楽の魅力を伝えたい、という気持ちから、バーンスタインは、1959年に「音楽のよろこび」という著書を出版した。
誰にでもよくわかるように楽しい工夫をこらした、さまざまな曲の解説をあつかったこの一冊で、彼は著作の面でも人気者になった。
3曲ともバーンスタインのあたたかな人柄のよくにじみ出た演奏で、特に「動物の謝肉祭」が楽しめる。
1曲1曲を絵画風に描きながら、それぞれの曲の面白さを十全に表出しており、そのしゃれたセンスはなんとも好ましい。
バーンスタイン自身が語りを入れた「ピーターと狼」も情景描写が巧みで後半の変化にとんだ表現のうまさは格別だし、「青少年のための管弦楽入門」も綿密に仕上げられていてよい。
それは、楽員たちの個性や自発性を巧みに生かしたバーンスタインの配慮の成果と考えられる。
とにかく聴き手を楽しませてくれる演奏であり、バーンスタインの名エンターテイナーぶりを偲ばせてくれる。
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2008年04月03日
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旧盤は部分的に荒っぽい箇所があるものの、マーラーの若き日の詩と情熱に率直に共感したような、魅力的な表現だ。
バーンスタインは、この曲の中に自らの肌で感じたマーラーへの熱い愛情を注ぎ込み、あらゆる部分をデリケートに、そして時には奔放に表現している。
そのため音楽が力強く起伏し、スケールも極めて大きい。
特に終楽章はバーンスタインの性格を反映して、ダイナミックで劇的な効果を最大限に発揮している。
それはバーンスタインがこの作品を知りつくしているだけでなく、本質的にマーラーと共通したものをもっているからだろう。
新盤を聴いて、バーンスタインは本当にマーラーが好きなのだとつくづく感じた。
第1楽章の序奏部から、それこそいとおしむように音を大切に扱い、主部はひとつひとつのの楽句を吟味するように歌わせている。
そして長大な終曲が、また一段とすごい。
強い緊張感と息の長い起伏が交錯し、その情緒の豊かさ、感興の激しさは形容の言葉もない。
あらゆる「巨人」の中で最も個性的でありながら、構築的であり彫りの深い表現で、稀有の名演である。
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きわめてロマンティックな表現のマーラーだ。
冒頭から楽想の一つ一つを入念に表出し、濃厚な表情で全体を堅固に組み上げている。
当然感情的な思い入れも強いが、それがまた交響的な壮大さをいやが上にも高めている。
この曲は世界中で好んで演奏されるゆえ、録音も多々あるし、効果的に書かれているため、どれを聴いてもそれほど印象は変わらない。
そんな中、バーンスタインの演奏は、じっくりと作品の情感を迫っていくという点では、極めてユニークで説得力がある。
第2楽章では、甘美な世界が、まるですでに失われたものを回顧するかのような色調で描かれている。夢のような美しさだ。
声楽が登場する第4,5楽章も静かで深い祈りをこめたような演奏である。
そしてしばしば軽薄なお祭り騒ぎになってしまう最後の部分は、むしろ盛り上がりを抑え、そのためにかえって真剣さ、深刻さがよく伝わるのである。
これほどまでに宗教的な雰囲気を出した演奏はほかにあるまい。
特に「原光」と題された第4楽章と合唱の登場以降のフィナーレにおける感動の深さは比類のないものであり、終末合唱の終曲的高まりは、有無をいわせぬ驚異的説得力がある。
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2008年03月29日
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ツィマーマンは第1番をラトルと再録音しているが、私はバーンスタインとの旧盤を採りたい。
オーケストラが全くすばらしい。
第1楽章の何という濃厚な生々しさだろう。
第2楽章のピアニッシモも効いているし、フィナーレではウィーン・フィルの柔らかい情感や優美な魅力を最大限に発揮する。
ツィマーマンのピアノも訴える力は強く、第1楽章の終わりや第2楽章などは、当時26歳の青年の演奏としては絶賛に値する。
ブラームスの哀しい独り言やかきくどき、青白い寂しさを充分に表現し得ている。
ツィマーマンの磨き抜かれたタッチは、1つ1つのフレーズを明確なアーティキュレーションではっきりと浮かび上がらせる。
解釈はブラームスのロマンティシズムを生かしながら現代風の明晰な知性を感じさせるもので、遅めのテンポと相まって演奏に落ち着きを与えている。
バーンスタインとウィーン・フィルも圧巻で、強い緊張感と持続力を維持しながら、オーケストラから美しい響きと広がりを引き出している。
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2008年03月25日
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全体を通じてバーンスタインの感性は、年齢を越えたみずみずしさを感じさせる。
第5番はやや遅めのテンポで始まるが、次第に熱気と興奮を加え、主部は速めのテンポと切れのよいリズムで、緊迫した音楽を聴かせる。
金管を朗々とならし、精力的にアゴーギグを駆使したアメリカ的ともいえる華麗な演奏は、いかにもバーンスタインらしい。
「ロメオとジュリエット」はいかにも物語風に、全体の起承転結が見事に構成された優れた表現だ。
このディスクのメインは「悲愴」。
これほど見事に《悲愴》感を表出した「悲愴交響曲」の演奏は稀である。
いま、まさに、息の絶えんとする臨終の人を見るかのような、あまりにも、重く、暗い、表現である。
特筆すべきは第1楽章第2主題のテンポの動きだが、作曲者の指示どおり(緊張・弛緩・保持)に完璧に演奏されている。
オーケストラを意のままにドライヴして感情表現の揺さぶりをかけてくるテクニックは、バーンスタイン独特のものがある。
その一貫した重たい気分は独特で、これまでの指揮者のどのような表現にもなかった、絶望的なうめきが聴こえてくる。
フィナーレもすごい演奏で、特にエンディングのデクレッシェンドが素晴らしく、最後の最弱音を聴くと、死に対面したような気持ちになり、恐ろしいほどである。
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2008年02月21日
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私がクラシック音楽に目覚め始めた1980年代にその生涯の最高の時期を迎えていた指揮者をひとり挙げるとしたら、迷うことはない、レナード・バーンスタインの名前を挙げよう。
ウィーン・フィルのライヴによるブラームス全集の密度の高い演奏、やはりシューマンの全集、また新しいマーラーの全集、自作自演のCDなど、まさに生涯のピークに至っていた観があった。
指揮者として、またジャズ等のイディオムを生かした交響作品の作曲家として高名な彼は、また、大ヒットしたブロードウェイ・ミュージカルの古典的名作「ウェスト・サイド・ストーリー」の作曲者でもある。
「現代のルネサンス人」等と呼ばれながらも、彼は器用なだけの万能人ではない。
彼の演奏は感情過多だとか、指揮のジェスチュアが大げさだとか言うのは簡単だ。
しかし彼に肩を並べる程に瞬間瞬間に音楽の中に生きる指揮者は、歴史的に見ても数える程しかいない。
彼はひとりひとりのプレーヤーを最高度にまで生かしながら総体としての合奏を豊かにかたちづくっている。
ひとつひとつの音が、フレーズが、自然に歌っている。
無理強いなどひとつもせずに、彼の演奏はただならぬ高揚から狂気的乱舞にまで至るのである。
せっかく同じ時代に生みあわされているのだから、これを見逃さずには、いや聴き逃さずにはいられなかったのだが…。
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2008年02月17日
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音そのものが形容を絶する美しさを持った素晴らしく魅惑的な演奏だ。
特に「驚愕」のまろやかな音色は、ウィーン・フィルとしても滅多にないものだろう。
バーンスタインの表現も溌剌として、自然な歌にみちあふれていて、ハイドンの最もハイドンらしい面を聴かせてくれる。
「V字」も素晴らしい。
精密さを求めるより、楽しさに重点を置くバーンスタインが、ニューヨーク・フィル時代には成し得なかったオーケストラとの阿吽(あうん)の呼吸を実現し、メヌエット楽章のスフォルツァンドや強弱の対照を面白く聴かせてくれる。
これこそパパ・ハイドンの真骨頂である。
第92番もそうだが、底抜けの明るさの中にも時としてかげりが生じ悲しみがよぎるのを彼は豊かな感情をこめて表現している。
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2008年02月14日
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「未完成」は驚くべき秀演である。
バーンスタインはこの聴き古された作品から今つくられたかのような新鮮さを感じさせる。
豊かな歌謡性が瑞々しく、トゥッティは素晴らしく交響的である。
造形も極めて端正で、澄みきった美感と温かさが両立している。
「ザ・グレイト」は超絶的な名演だ。
第1楽章の冒頭から一句一節が生きて呼吸し、ニュアンスも豊かの一語に尽きる。
テンポの設定、各楽章のコントラストも万全で、非常に速いアレグロ・ヴィヴァーチェで息もつかせぬ動感を表出するフィナーレに至るまで、起伏の的確さと起承転結の構成力には、もはや賞賛の言葉を思いつかないほどだ。
バーンスタインの数多い録音でもトップ・クラスに置くべきものに違いあるまい。
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2008年02月12日
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ベルリンの壁開放を祝って1989年12月25日に東ベルリンのシャウシュピール・ハウスにおいて行われたバーンスタイン指揮の「第9」演奏会の実況録音。
バイエルン放送響と同合唱団を中心に、東西ドイツと米英仏ソ連のオケと東西ドイツの合唱団のメンバーが参加し、独唱者もアメリカ(ソプラノ)、イギリス(メゾ・ソプラノ)、東ドイツ(テノール)、西ドイツ(バス)と国際色豊かな演奏である。
バイエルン放送協会による録音で、西側だけでなく東側でも同時に発売されたという。
《壁》が崩壊した年のクリスマス・コンサートとして記念碑的企画であり、混成メンバーによる演奏そのものが「第9」の理念を実践したものといえよう。
急遽集まったオケのアンサンブルは最上のものとはいえないが、そうしたことよりもあらゆる思いをこめたその内容を聴き取るべきだ。
第4楽章は、バーンスタインの堂々とした風格豊かな音楽が聴きもので、作品の祝祭的な性格を最大限に発揮させている。
なお、合唱部分では歌詞を「歓喜(Freude)」から「自由(Freiheit)」に変更して歌っている。
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2008年02月06日
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前者の第5番は、バーンスタイン初のショスタコーヴィチ交響曲録音だった。
誠実な姿勢で率直に演奏されている。
楽天性が前面に押し出され、それだけに聴きやすく、わかりやすい音楽になっている。
第9番は純音楽的な明るさが強調された表現だ。
聴かせ上手な演奏ともいえるが、ディティールの表現を無理のないテンポで着実に表しており、それがしたたかといえるほど線の確かな音楽を作っている。
後者の第5番は79年来日時のライヴ。
大きな起伏をもった極めて充実感の強い表現で、その中からヒューマンな熱気がふつふつと湧き上がり、意志的な力と悲劇的な様相がたくましく描かれている。
第3楽章のラルゴの抒情性も悠揚とした流れで歌われ、バーンスタインの風格の大きさを反映している。
終曲の高揚し続ける音楽も見事だ。
チェロ協奏曲第1番は完成されきった逸品。
精妙を極めた音質と技巧・音程はマの独壇場で、オーマンディの指揮も相変わらず間がいい。
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いずれも驚くべき秀演だが、特に第6番が素晴らしく、長大な第1楽章はかつてない抒情的豊かさにあふれている。
第2楽章も尖鋭な感覚にとってかわり、真摯に音楽の内部を抉り出す感があり、同時に構造をよく理解した立体的表現がつくられている。
終曲の活力に満ちた演奏とともに、ウィーン・フィルも絶妙なアンサンブルを展開している。
第9番も洗練された表情と合奏美が、ロシア臭のない純音楽的なショスタコーヴィチを聴かせる。
第1番と第7番はバーンスタインとシカゴ響との37年ぶりの顔合わせだが、長年コンビを組んでいたのではと思わせるほどよく息が合っており、音楽的にもこれ以上求められないほど雄渾な表現だ。
第1番は冒頭から指揮者の堂々とした風格が示され、全体にデュナーミクや色彩のコントラストが強い。
第7番の演奏は作品にふさわしくスケールが大きい。
第1楽章から巨大な重量物が押し進むような推進力と充実した力感がある。
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2008年02月04日
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バーンスタインのシューマンに寄せる感興の強さが感じられる全集。
第4番では幻想的な趣を深刻に表出したかつてない素晴らしい表現で、全集中の最高傑作だ。
バーンスタインは、切れ目なく続く4つの楽章の互いに関連しあう循環主題を、曲の構成に従い、意味や感情を様々に変えて表現する。
「春」の冒頭などもバーンスタインの面目躍如たるもの。
ライヴのためか気持ちの動きが次第に高揚し、音楽を加熱していくのも極めて自然。
第2番は前半の2楽章にバーンスタインらしい活気が見られる。
第1楽章は素晴らしく表情が豊かで、リズムの弾力性や入念さが個性的だ。
第2楽章はウィーン・フィルの弦合奏が見事。
「ライン」は冒頭から力がこもっていて、非常に情熱的な演奏である。
祝典的な壮麗さより、その圏外に身をおく作曲者の憂愁を表しているようだ。
これは全篇をおおっていて、憂鬱な印象をぬぐい去ることができないが、これが本当のシューマン像ともいえる。
どの曲もウィーン・フィルのアンサンブルは驚くほど精妙で、テンポやリズムにも独特の主張が感じられる。
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2008年01月07日
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素晴らしい名演。
バーンスタインとワーグナーがお互いに強い親密感で結ばれてしかるべき特質を共有しあっていることを痛感させられる。
冒頭の前奏曲からテンポの遅さに驚かされる。
しかし聴き進むうちに、その異常な遅さと粘っこさはバーンスタインの強い意図なのだとわかる。
バーンスタインの、音楽の中に身も心もたっぷりひたり込む豊かな感情移入は比類なく、それを大きく豊かな表情と起伏をもって表現する。
ここではワーグナーのエロスが、文字通り大きく豊かな起伏と表情で、精妙な美感と息づかいの中に表現されている。
その雄弁で巨大なドラマの展開から生まれる感動は驚異的だ。
オーケストラも力演。
歌手もほぼ全面的に満足できる。
特に主役のホフマンとベーレンスは第一級のワーグナー歌手としてとび抜けた存在。
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2008年01月02日
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ニューヨーク・フィル盤はバーンスタインの名声を高めたディスクであり、今日のマーラー・ブームの先駆的役割を果たした演奏だ。
第9番は作品への強い共感が示された演奏で、その情熱的で彫りの深い劇的表現はマーラー音楽のひとつの真実を表している。
有名なベルリン・フィルとの演奏は、ベルリン芸術週間においてバーンスタインがベルリン・フィルを初めて指揮した伝説的な名演のCD化である。
これが両者の唯一の共演となった。
これは最初の1音からマーラーの、そしてバーンスタインの世界に聴き手を引き込まずにはおかない演奏だ。
第1楽章でバーンスタインは、内在する情緒のすべてに共感し、濃密に表出している。
第2楽章は生気に満ちた表現で、第3楽章ではオケもまた指揮者と共に息づき、輝かしいソノリティと柔軟性を持って演奏している。
終楽章のテンポも緊迫感があり、抒情的な歌の陰影は人間の声を思わせる美しさである。
コンセルトヘボウ盤でのバーンスタインの感情移入の激しさは、聴き手の心情をゆさぶらずにはおかない入魂の出来だ。
第1楽章の冒頭から、一音一節の意味を探り、すべての音符に熱気を漲らせた音楽が流れ出す。
第2,3楽章は各部の性格を鮮明に表した表現で、彼の多様な感受性を物語っている。
終楽章のアダージッシモでは、ついに一篇の抒情詩となり、大気のなかに溶解していくような、作品と一体となった演奏だ。
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2007年11月15日
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福島章恭氏がバーンスタインのマーラーについて、
「全裸の男が両腕を広げて立っているようで、まだそこに飛び込む気になれないでいる。」
と氏の著書で述べておられた。思わず笑ってしまった。確かに晩年のバーンスタインのマーラーを聴くと苦手な人には嫌悪感さえもよおすと思われるが、一方ファンには禁断の悦びが待っている。
私はバーンスタインとホモジェニティしかねる部分はあるのだが、基本的に嫌いではない。
指揮者に限らず、一般に演奏家は若い頃大暴れをしても、歳をとるにしたがって、表現が抑制され、枯淡になってゆくのが普通だが、バーンスタインは違う。晩年になればなるほど、かみしもを脱ぎ、裸になっていったのだ。他人がどう思うとか、曲の時代的なスタイルがどうだとか、批評家にほめられるとか、けなされるとか、そんなことは一切気にせず、自分の思うままを指揮棒に託すことに決めたんだと思う。
私は気分によっては、そんなバーンスタインに心底共感する時がある。そこで「カラヤン・アダージョ」にならって、「バーンスタイン・アダージョ」を、持ってるCDからMDに3枚作成した。その一つは以下の通りの濃厚すぎるプログラム!
・ショスタコ「革命」の3楽章
・シベリウス 交響曲第2番第2楽章
・「新世界より」第2楽章
・「悲愴」第4楽章
・モツレクより「ラクリモーサ」
いずれも新しい方の録音。これで75分強。
勿論彼のマーラーのアダージョは別に収録している。上記のCDは絶妙な選曲だと思う。
一度はまると抜けられないような底知れぬ深みに引きずり込まれる。
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2007年11月14日
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実際には、この曲に第9という番号がないのは、代わりに「大地の歌」という表題があるせい、つまり交響曲と歌曲のハイブリット作品であるせいである。マーラーの交響曲のなかで、作曲者自身がタイトルをつけ、それを最後まで残したのはこの曲だけである。
作曲の過程を見ても、この曲が番号付きの他の交響曲とは違う手順で作曲されたことがよく分かる。マーラーの交響曲は、これまで主として夏休み休暇中にパルティチェルが書かれ、オペラのシーズンに入ってから、暇を見つけては、それをフルスコアに仕上げてゆくという手順で書かれていた。
しかるに、「大地の歌」の場合、最初に書かれたのはピアノ伴奏譜である。ピアノ伴奏譜からフルスコア用の草稿のが作られ、オーケストレーションされる一方で、実際にピアノで弾くには難しすぎる最初のピアノ伴奏譜からは、より弾きやすい出版用のピアノ伴奏譜が作られる。
これはマーラーの歌曲手順とまったく同じであり、その結果、彼の管弦楽伴奏歌曲のすべてには、ピアノ伴奏譜も存在している。
ただし、「大地の歌」の場合は、出版用ピアノ伴奏楽譜の作成は途中で中断されてしまい、そのために現在は出版され、演奏や録音にも使用されているピアノ伴奏譜は演奏至難なものとなっている。
これは、この曲が当初、歌曲として作曲され始めながら、やがて交響曲へと、つまり交響曲と歌曲というマーラーが生涯にわたって作曲し続けた二大ジャンルを統合する意欲作といったことを示している。
ちなみにだからといって、マーラーの交響曲全集に「大地の歌」を外すのは指揮者の見識を疑う。ノイマン、マゼール、アバド、ギーレン、シノーポリ(後に「大地の歌」だけ単発された)らは何故「大地の歌」を録音しないのか?
晩年のバーンスタインも「大地の歌」以外の交響曲とほとんどの歌曲は録音したのに「大地の歌」だけ録音せずに逝去した。かえすがえすも残念なことである。上記はバーンスタインが初めてウィーン・フィルを指揮した記念すべき録音。
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