アシュケナージ

2016年02月26日


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2度に渡ってピアノ・ソナタを録音するなどラフマニノフを十八番としているグリモーであるが、本盤には有名なピアノ協奏曲第2番や前奏曲、練習曲等の小品が収められている。

いずれも、グリモーならではの素晴らしい名演と高く評価したい。

グリモーのピアノは、ピアノ・ソナタでもそうであったが、力強い打鍵から繊細な抒情に至るまで、表現の幅が桁外れに広いと言える。

これは、感情の起伏が激しいラフマニノフの演奏にとっては大きなアドバンテージであると言えるだろう。

とりわけ、力強い打鍵は、男性ピアニスト顔負けの強靭さを誇っており、その圧倒的な迫力は我々聴き手の度肝を抜くのに十分だ。

他方、繊細な抒情は、女流ピアニストならではの清澄な美しさに満ち溢れており、各旋律の端々から湧き上がってくる豊かな情感には抗し難い魅力に満ち溢れている。

そして、ここまでならば、同様のピアニズムを展開する女流ピアニストは他にも存在しているが、グリモーの素晴らしいのは、これだけの表情の起伏の激しい演奏を行っても、いささかも格調の高さを失わない点であると考えられる。

ラフマニノフの楽曲は、甘美な旋律に満ち溢れているが、あまり感情移入し過ぎると、感傷的で陳腐なロマンティシズムに陥ってしまう危険性がある。

しかしながら、グリモーの場合は、前述のように情感の豊かさが演奏全体を支配しているが、同時にどこをとっても気高い気品に満ち溢れているのが素晴らしい。

厚手の衣装をまとったような感傷的で重々しい従来型のラフマニノフ演奏とは一線を画するものであり、その演奏に清新さを与えたという意味では、本演奏は、前述の2度にわたるピアノ・ソナタの演奏も含め、新時代のラフマニノフ演奏像を確立したと言っても過言ではない。

また、ピアノ協奏曲第2番の指揮はアシュケナージであるが、これまた素晴らしい。

アシュケナージは、指揮者としてもピアニストとしてもラフマニノフを得意としているが、ここではグリモーの清新にして気高いピアニズムを引き立て、フィルハーモニア管弦楽団とともに最高のパフォーマンスを発揮している点を高く評価したい。

録音は、2000〜2001年のスタジオ録音であり従来盤でも十分に高音質であるが、グリモーによる至高の名演でもあり、今後はSHM−CD化を図るなど、更なる高音質化を大いに望んでおきたいと考える。

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2015年06月21日


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アシュケナージの体質に最も合うラフマニノフの、それも名盤中の名盤で、現代最高のラフマニノフ弾きを象徴する最高の録音である。

ホロヴィッツ以降ラフマニノフをこれだけ聴かせる人は彼ぐらいだろう。

もちろんリヒテルの豪快で弾き跳ばすような演奏も、捨て難く素晴らしいが、繊細で表現豊かなアシュケナージの演奏は、優るとも劣らない。

ラフマニノフの前奏曲集はアシュケナージの最も得意なレパートリーの1つであり、ロシア出身の名ピアニストであったラフマニノフのピアニズムを生かしきった、アシュケナージの共感あふれる名演。

スラヴの体臭を消さず、その上に知的にコントロールされた音楽をブレンドした名人ならではの芸が聴ける。

アシュケナージについては、一部評論家の間では、厳しさがないとか甘口であるとか芳しくない批評がなされている。

確かに、最近、エクストンに録音したシベリウスやエルガーの交響曲などを聴いていると、そのような批評もあながち不当なものとは言い切れない気もする。

しかし、ラフマニノフの交響曲やピアノ協奏曲を指揮したり、ピアノ協奏曲やピアノ独奏曲を演奏する限りにおいては、アシュケナージは堂々たる大芸術家に変貌する。

本盤の前奏曲集も、卓越した技量の下、力強い打鍵からラフマニノフ特有の憂愁に満ち溢れた繊細な抒情に至るまで、緩急自在のテンポを駆使した圧倒的な名演を成し遂げている。

アシュケナージは、多彩な響きと表現、高度な技巧が要求されるラフマニノフの前奏曲集を完璧に再現している。

ただ陰鬱なのとも、叙情的なのとも違う、伝えたいけれど言葉にならないような叫びを音に綴ったラフマニノフ。

亡命し、死ぬまで故国ロシアへの望郷の念を抱き続けたラフマニノフの音楽に、時代背景は異なるものの、同じく亡命を経験したアシュケナージは深く共感を覚えるのだろう。

逆に言えば、作品への深い共感と愛着がないと、本盤のような血の通った超名演を成し遂げることは出来なかったと言うべきだろう。

その柔らかなタッチは至福の極地であり、さまざまな苦難を乗り越えてきたアシュケナージだからこそ出せる「味」が感じられる。

色彩と陰影の織り成す、アシュケナージの真骨頂と言える演奏で、ひとつひとつの音が微妙に絡み合って心に染み入ってくる感覚は最上のものである。

当盤は発売時、吉田秀和氏が「ここ最近聴いた中でもっとも美しいアルバム」と語ったもので、前奏曲集のなかでももっともスタンダードに相応しい演奏と言えよう。

ラフマニノフに特に大きな尊敬の念を抱いているアシュケナージにとって、ラフマニノフのピアノ作品を録音することには、とりわけ意味があると思われる。

哲学的な細部にこだわりすぎず、曲全体の有機的統一感を重んじるアシュケナージの演奏は、聴く者がどれだけ幸せになれるかを熟慮しながら弾いていると感じられる。

近年リサイタルを開かないのも、そのためであろう。

酷使された手は、もしかすると、リサイタルにはきびしいのかもしれない。

わずかなミスで聴く者に満足感を与えられないのだとしたら、リサイタルを開かないことは、アシュケナージ自身のプロ意識なのかもしれない。

しかし、こうしてディスクを通して彼の演奏に触れることができるのは、ファンにとってはうれしい限りである。

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2015年04月21日


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アシュケナージは、プレヴィン指揮のロンドン交響楽団ともラフマニノフのピアノ協奏曲全集を完成していたが、15年後のこの演奏には、この間のアシュケナージの豊かな経験が余すところなく示されている。

指揮者としても交響曲全集を完成するなど、ラフマニノフの音楽に強い愛着と自信をもつアシュケナージの作品に対する熱い共感が、いっそう味わい美しく歌われていると言って良いだろう。

プレヴィンとの前作も、この協奏曲のロシア的な情感を若々しい感覚で陰翳美しく表現していたが、この演奏は、音も表現もさらに幅広く柔軟に磨き抜かれているし、すばらしく洗練された多彩なタッチによって、ラフマニノフの音楽を精妙に、かつしなやかな強さをもって彫りなしている。

アシュケナージはスケールの大きな技法で、ラフマニノフの旋律を朗々と歌い上げて見事というほかはなく、その美しく深い味わいは、やはり40代後半という円熟期のアシュケナージならではのものである。

またアシュケナージ自身祖国へのノスタルジアを込めたかのように、憧れに満ちたかのような独特の粘り気のあるフレージングで、分厚く積み重なった和音を叩き出している。

ことに第2番は秀演、力演ひしめく中で、本演奏はいつ聴いてもすばらしく、大きな充実感と新鮮な感動をもたらしてくれる。

独自の爽やかなロマンティシズムと豊かな音楽性が全編に溢れ、どこまでも屈託のないしなやかなラフマニノフの世界を繰り広げている感。

量感もあり、木管楽器との絡み合いには極上のリリシズムが漂う。

アシュケナージは純粋にピアノという楽器でものを言える数少ない1人であろう。

また、本物のロマンとは知的なものなのである。

それにしても何てゆったりとした大きなうたなのだろう。

このこぼれんばかりの情緒を湛えた第2番の協奏曲以上に、磨き抜かれた、厳しい美しさを誇る第3番の協奏曲は、意外に名盤が少ない。

そんな中で、常に最高の位置を占めてきた名盤が、既にこの協奏曲を4回も録音しているアシュケナージだ。

実に4度目となるこの録音でも、輝かしく、また張りと潤いに溢れたピアノの音色も魅力的だが、アシュケナージの演奏には、聴き手を作品の世界に嫌がうえにも導き入れて陶酔させてしまうドラマティックな吸引力があるし、抒情的味わいも一段と濃く、深く、しかも演奏全体が暖かい点が素晴らしい。

オーケストラとの間に醸される充実した空気が何よりも魅力的だし、アシュケナージがこの曲を完全に手中にし、余裕と豊かなニュアンス表現のうちに振幅の大きいソロを聴かせている点も見逃せない。

第1番と第4番も、十全の円熟味と安定感を示した秀演と言って良いだろう。

それにハイティンクとコンセルトヘボウ管弦楽団がそうしたソロを手厚く支えて、演奏をいっそう充実したものにしている。

ハイティンクの指揮も、アシュケナージに劣らずスケールが大きく、シンフォニックに作品のオーケストラ・パートを歌わせている。

そして英デッカならではの録音の優秀さも、このCDの大きな特色で、アシュケナージとハイティンクの演奏をよりリアルに、引き立てていると言えよう。

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2015年04月02日


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本盤の売りは、同じくエクストンレーベル(オクタヴィア)から発売されたアシュケナージ&チェコ・フィルによるR・シュトラウスの管弦楽曲集の名演盤(1998年)と同様に、何と言ってもシングルレイヤーによるマルチチャンネル付きのSACDによる臨場感溢れる極上の音質のあまりの素晴らしさであろう。

数年前には殆ど絶滅の危機に瀕していたSACDであるが、2010年よりユニバーサルがシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化シリーズ開始したことや、EMIが2011年よりSACDに参入したことによって、急速に息を吹き返しつつある。

ネット配信が隆盛を極める中で、パッケージメディアの最後の砦はSACDと考えるところであり、今後とも、大手メーカーが引き続きSACDの発売を積極的に行っていただくことを強く要望しておきたいと考える。

ところで、ユニバーサルやEMIによるSACD盤は、その殆どはマルチチャンネルが付いていない2チャンネル方式となっている。

SACDが発売された当初はマルチチャンネルが売りであっただけに、SACDの復活は嬉しい反面で、いささか複雑な思いがしているところでもある。

オクタヴィアも数年前からマルチチャンネル付きのSACDの発売を取りやめてはいるが、本盤のような圧倒的な高音質SACDを聴くと、このままマルチチャンネル付きのSACDが衰退していくのは大変惜しい気がするところだ。

マーラーの交響曲のような立体的とも言うべき豪壮華麗なオーケストレーションの魅力を満喫するためには、何と言ってもマルチチャンネル付きのSACDは必要不可欠とも言えるところであり、マーラーの交響曲第7番のマルチチャンネル付きのSACD盤が、他にはシャイーなどの一部の演奏に限られていることに鑑みても(バーンスタインの旧盤は3チャンネル)、本盤の価値は極めて高いと言わざるを得ないのではないかと考えられる。

演奏内容については、マーラーの交響曲の中でも特に奥深い内容を湛えた第7番だけに、必ずしも名演との評価をすることは困難と言えるかもしれない。

もっとも、並み居るスタープレイヤーが揃ったチェコ・フィルによる名演奏も相俟って、後述のようなアシュケナージによる音楽そのものを語らせる指揮ぶりが、マーラーの交響曲第7番の魅力を浮かび上がらせることに成功しているとも言えるところであり、少なくとも佳演の評価は可能であると言えるのではないだろうか。

本演奏の特徴を一言で言えば、楽曲の魅力をダイレクトに表現した自然体の演奏ということになるのではないかと考えられる。

本演奏においては、特別な個性などは全く存在していない。

奇を衒うことなど一切排して、ただただ音楽そのものを語らせる演奏に徹しているとさえ言える。

楽曲の聴かせどころのツボを心得た語り口の巧さも見事に功を奏しており、表情づけの巧みさや各楽器セクションのバランスの良い鳴らし方なども相俟って、マーラーの交響曲第7番の美しさ、魅力を、安定した気持ちで心行くまで満喫することが可能な演奏に仕上がっているとも言えるだろう。

むろん、アシュケナージのマーラーだから深い味は期待できないが、優秀な録音と相俟ってオーケストラの音が実に瑞々しく雄大に捉えられており、感覚的ではあるがそれなりに楽しめる。

いずれにしても、本盤は、演奏内容としては佳演であるが、シングルレイヤーによるマルチチャンネル付きのSACDによる臨場感溢れる極上の鮮明な高音質録音であることに鑑みれば、総体として推薦に値するディスクではないかと考える。

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2015年03月25日


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ショパンのピアノ曲に関しては、アシュケナージが素晴らしい全集を録音しているので、各曲についてはおそらくアシュケナージの本セットを求めれば、最上のショパン・コレクションが出来上がると言える。

世にはあまたショパン弾きと言われるピアニストが存在しているが、最もスタンダードな演奏と評せるのはアシュケナージであろう。

アシュケナージは無類の技巧とセンスで、ショパンの作品をきわめてオーソドックスに弾き上げているからである。

小品まで網羅した大規模な全集で、完成に15年以上要したアシュケナージのライフ・ワークのひとつであり、新しいワルシャワのパデレフスキー版による、優れた解釈が聴かれる。

言ってみれば、聴き比べをしようと思わせない見事な名演奏であり、いわゆる基本的なライブラリーには、アシュケナージが最も相応しいと言えよう。

筆者にとってアシュケナージの弾くショパンは、まさに「啓示」であった。

音楽の世界に分け入る里程標であり、1曲1曲を聴き込むごとに、深い情緒が得られた。

ショパンは「ピアノの詩人」と呼ばれるが、技術だけで弾きこなしても、ショパンの音楽は人の心を揺さぶることはない。

演奏家の卓越した感性が必要であり、アシュケナージのピアノは、技術、音色とも見事だが、それ以上に痛切とも思えるショパンへの共感が伝わる。

もちろん、アシュケナージは同時に現代的な感性を持ち合わせているので、共感といってもむせび泣いたり、叫んだりという単純なものではない。

西欧モダニズムの教養を背景とした外的均衡を保ちながらショパンの光と影を描いており、それは、稀有のピアニズムの証左である。

どのような未知の小品にでも、ベストのコンディションで臨むアシュケナージの姿勢には頭が下がる思いである。

アシュケナージの程よい陰翳をたたえた暖かく美しい響きは、ショパンの音楽にきわめて似つかわしい。

テクニックが優れているのはもちろん、音色といいタッチといい文句のない出来を示している。

エキセントリックなところはまったくなく、ショパンに天才的な閃きを求める人には物足りないところがあるかもしれないが、初期の作品やどんな小さな曲にも真正面から取り組み、作品の持ち味を生かしきるところにはまったく敬服させられる。

華麗な曲はそこそこ華麗に、内面的な曲は彫りの深い表現で、実に的確にショパンのプロポーションを余すところなく、再現し尽くしている。

なかでもマズルカ、ポロネーズといった民族的な舞曲に基づく作品の仕上がりは申し分ない。

これほどのレベルで「全集」が聴けるというのは、まさに音楽愛好家にとって、ショパン・ファンにとって福音である。

また、録音時期のためアナログ録音とデジタル録音が混在しているが、英デッカの素晴らしい録音技術のため、これもまったく問題とはならない。

清潔にして立派、そして格調も高く、これらのCDは現代ショパン演奏の最高水準を後世に伝える、20世紀の偉大な遺産であり、現代を代表するピアニストによる一大記念碑と言えるだろう。

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2015年03月10日


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アシュケナージによるNHK交響楽団とのチャイコフスキー交響曲全集の完結篇で、最後を飾るに相応しい秀演であると思う。

アシュケナージについては、一般大衆はともかくとして、いわゆるクラシック音楽の通を自認する者の評判が芳しくないのは事実である。

語り口が甘すぎるとか、表情付けだけは巧みであるとか、芸術家としての厳しさに欠けるなど。。。

確かに、そのような批判にも一理あるとは思うが、だからと言って、アシュケナージの指揮(あるいは演奏)する楽曲のすべてが凡演ということにはならないのではなかろうか。

例えば、ラフマニノフの名演奏。

交響曲などを指揮しても、ピアノ協奏曲を演奏しても、いずれも、トップの座を争うほどの名演を成し遂げているではないか。

少なくとも、ラフマニノフを指揮(演奏)する限りにおいては、アシュケナージはまぎれもない巨匠と言うことができると考えている。

次いで、筆者は、チャイコフスキーを採りたいと思う。

ピアノ協奏曲第1番の演奏では、既に名演を遺しているが、交響曲も、ムラがあるものの、曲によってはなかなかの演奏を行ってきていると言える。

本盤の「第5」も、もちろん、ムラヴィンスキーやカラヤンなどの高みには達してはいないものの、なかなかの佳演と言ってもいいのではなかろうか。

アシュケナージはNHK交響楽団の精緻なアンサンブル力を存分に生かして、自然な流れの中でチャイコフスキーの力強い響き、叙情的な歌を描き出している。

取り立てて指摘すべき強烈な個性があるわけではないが、オーケストラを巧くドライブして、チャイコフスキーの音楽の素晴らしさを余すことなく表現した嫌みのない演奏であり、よき中庸を得た佳演と言ったところではなかろうかと思う。

演奏のスタイルは、この曲にありがちな劇場型、熱血型ではなく、シンフォニックで端正な佇まいを示したものだ。

第1楽章の盛り上がる部分も、コントロールが利いていて、過度に色を示していない。

逆に言うと、踏み込みが浅いと感じられる面もあるだろうが、終結部のシンフォニックなバランス感覚はレベルが高い。

第2楽章、第3楽章ともメランコリーにのめり込むことのない運びである。

もっとも美しいのは終楽章で、やや速めのインテンポで弦の小刻みなニュアンスを消さない配慮がシックな色合いを呈する。

このようなアプローチの結果、楽曲のイメージはやや悲しみの領域にシフトしていると考えられる。

NHK交響楽団の熱演ぶりも素晴らしく、アシュケナージの同曲に対する確信と、そこに導かれるオーケストラの絶妙な機能美を聴き取ることのできる演奏である。

また、エクストンによるSACDマルチチャンネル録音であるという点も、本盤の価値を高めることに貢献している。

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2014年08月17日


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アシュケナージについては、とある高名な音楽評論家による悪意さえ感じさせる罵詈雑言によって不当に貶められているが、ラフマニノフの演奏については、指揮者としてもピアニストとしても、他の追随を許さないような素晴らしい名演の数々を成し遂げてきていると言えるところだ。

同じくロシア人であるということに加えて、旧ソヴィエト連邦からの亡命を図ったという同じような境遇が、アシュケナージのラフマニノフに対する深い共感に繋がっていると言えるのかもしれない。

アシュケナージは、ピアノ協奏曲史上最高の難曲とも称されるピアノ協奏曲第3番を4度にわたってスタジオ録音している。

本盤の1963年の演奏は、チャイコフスキー国際コンクールで優勝した翌年のデビューしたばかりの頃のものであるが、その後は、プレヴィン&ロンドン交響楽団とともに行ったスタジオ録音(1971年)、オーマンディ&フィラデルフィア管弦楽団とともに行ったスタジオ録音(1975年)、そしてハイティンク&コンセルトヘボウ・アムステルダムとのスタジオ録音(1984年)と続いているところだ。

いずれ劣らぬ名演であるが、この中で、畳み掛けるような気迫と強靭な生命力を有した演奏は、本盤の最初の録音であると考えられるところだ。

前述のように、チャイコフスキー国際コンクールで優勝し、飛ぶ鳥落とす勢いであったアシュケナージの好調ぶりを窺い知ることが可能な演奏とも言えるところであり、そのなりふり構わぬ音楽の進め方には、現在の円熟のアシュケナージには考えられないような、凄まじいまでの迫力を感じさせる。

オーケストラは、チャイコフスキーのバレエ音楽の名演で名高いフィストゥラーリの指揮によるロンドン交響楽団であるが、若きアシュケナージのピアノ演奏をしっかりと下支えするとともに、同曲の有するロシア風のメランコリックな抒情を情感豊かに表現しているのが素晴らしい。

併録のラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番は、ラフマニノフを得意としたアシュケナージとしては意外にも唯一の録音であるが、ピアノ協奏曲第3番と同様に、演奏の根源的な迫力や畳み掛けていくような気迫、強靭な生命力などにおいて見事な演奏に仕上がっており、グリモーなどによる名演も他には存在しているが、本演奏を同曲の最高の名演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

本盤の演奏は、いずれもアナログ期の録音ではあるが、さすがは英デッカとも言うべき極めて鮮明で極上の高音質を誇っている。

そして、今般、ついに待望のシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化がなされることによって、これ以上は求め得ないような圧倒的な高音質に進化したところだ。

音質の鮮明さ、音圧、音場の拡がりのいずれをとっても圧倒的であり、とりわけアシュケナージのピアノタッチが鮮明に再現されるのは殆ど驚異的であるとさえ言える。

いずれにしても、アシュケナージ、そしてフィストゥラーリ&ロンドン交響楽団による素晴らしい名演を、シングルレイヤーによるSACD&SHM−CDという現在求め得る最高の音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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2014年08月15日


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本盤はダイレクトカットによるSACD盤であるが、筆者の財力からするとあまりにも高額であり、おそらくは今後も未聴であると思われる。

以下に記すレビューは、現在は廃盤であり中古CD店でしか手に入らないが、かつて発売されていたシングルレイヤーによるSACD盤についてのレビューであることを冒頭に記しておきたい。

当該盤は、SACDの音質の素晴らしさ、とりわけオクタヴィアによる初期のSACD盤(シングルレイヤーによるSACD盤)の極上の高音質を堪能することが可能な名SACDであった。

アシュケナージによるR・シュトラウスによる管弦楽曲集については、他にもチェコ・フィルとともに演奏を行った、交響詩「ティルオイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」や交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」等を収めた盤(1998年)が発売(マルチチャンネル付きのシングルレイヤーによるSACD盤で発売)されており、それは素晴らしい名演であったが、本盤の演奏もそれに優るとも劣らない名演と評価したい。

アシュケナージは指揮者としてもピアニストとしても一流の存在であるが、その評価については賛否両論がある。

楽曲の聴かせどころのツボを心得た演奏をするとともに、表情づけなどの巧みさにおいても申し分がないアシュケナージであるが、とある影響力の大きい某音楽評論家を筆頭に、アシュケナージを貶す者からすれば、かかる芸風は、楽曲の内容への追求度が甘いとか、はたまた甘口で厳しさが足りないなどと言った批判に繋がるものと考えられるところだ。

確かに、アシュケナージの芸風に不向きな楽曲があるのは事実であろう。

ベートーヴェンやブラームスの交響曲などの演奏においては、アシュケナージの演奏の場合、美しい演奏ではあるが今一つ踏み込み不足の感が否めないと言えるところだ。

しかしながら、ラフマニノフやチャイコフスキーなどの交響曲や協奏曲などにおいては、他の大指揮者や大ピアニストとも互角に渡り合えるだけの名演を成し遂げており、筆者としては、アシュケナージの芸風を甘口などと言って、その一切を否定してしまうという見解には全く賛成し兼ねるところである。

それはさておき、本盤に収められたR・シュトラウスの管弦楽曲についても、アシュケナージの芸風に適合する楽曲と言えるのではないだろうか。

本演奏の特徴を一言で言えば、楽曲の魅力をダイレクトに表現した自然体の演奏ということになるのではないかと考えられる。

本演奏においては、特別な個性などは全く存在していない。

奇を衒うことなど一切排して、ただただ音楽そのものを語らせる演奏に徹しているとさえ言える。

前述のような、楽曲の聴かせどころのツボを心得た語り口の巧さも見事に功を奏しており、表情づけの巧みさや各楽器セクションのバランスの良い鳴らし方なども相俟って、R・シュトラウスによるこれらの各楽曲の美しさ、魅力を、安定した気持ちで心行くまで満喫することが可能な演奏に仕上がっているとも言えるだろう。

加えて、チェコ・フィルの弦楽合奏をはじめとした豊穣な音色や、特に、交響詩「ドン・キホーテ」におけるマイスキーによる人間味溢れるチェロ演奏が、演奏全体に独特の潤いと温もりを付加するのに大きく貢献していることも忘れてはならない。

いずれにしても、かつて発売されていたシングルレイヤーによるSACD盤は、演奏内容が優れていることに加えて、シングルレイヤーによるSACDによる極上の鮮明な高音質録音であることに鑑みれば、これまでの様々な指揮者によるR・シュトラウスの管弦楽曲集の中でも上位を占める名盤であると高く評価したい。

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2014年04月26日


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チャイコフスキーのピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出」は、必ずしも室内楽曲を得意とはしていなかったチャイコフスキーの作曲した室内楽曲の中でも異例の名作であるだけでなく、古今東西の作曲家によるピアノ三重奏曲の中でも、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲「大公」と並ぶ傑作と言えるのではないだろうか。

ベートーヴェンの楽曲ほどの深みはないかもしれないが、それでも旋律のロシア風の憂愁に満ち溢れた美しさは実に魅力的であり、楽曲全体の構成的にも非常によく書けた作品である。

これだけの名作だけに、チョン・トリオやウィーン・ベートーヴェン・トリオによる名演、そして、いわゆる百万ドルトリオ(ルービンシュタイン、ハイフェッツ、ピアティゴルスキー)による歴史的な超名演など、数々の素晴らしい名演が成し遂げられてきているところだ。

また、アルゲリッチ、マイスキー、クレーメルによる現代的なセンスに満ち溢れた名演も存在しており、おそらくは、今後も、名うてのピアニストやヴァイオリニスト、チェリストによる様々な個性的名演が生み出されていく可能性を秘めた懐の深い名作と言っても過言ではあるまい。

本盤には、アシュケナージ、パールマン、ハレルの3者による同曲の演奏が収められている。

本演奏は、個性という意味においては、前述の海千山千の個性的な錚々たるピアニストやヴァイオリニスト、チェリストによる名演と比較すると、若干弱いと言わざるを得ないところだ。

しかしながら、聴かせどころのツボを心得た語り口の巧さには出色のものがあり、加えていい意味でのヴィルトゥオーゾ性も見事に発揮している。

要は、同曲の美しさ、魅力を十二分に描出した演奏を行っていると言えるところであり、我々聴き手が同曲の魅力を安定した気持ちで味わうことが可能な演奏と言えるのではないかと考えられる。

いずれにしても、本演奏は、前述のように強烈な個性にはいささか欠けるところがあるが、いい意味での演出巧者ぶりを十二分に発揮した素晴らしい名演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

音質については、1980年のスタジオ録音であり、従来CD盤でも比較的満足できる音質であった。

しかしながら、今般のSACD化で大変驚いた。

従来CD盤とはそもそも次元が異なる見違えるような、到底信じられないような鮮明な音質に生まれ変わって、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

アシュケナージのピアノタッチや、パールマンによるヴァイオリン演奏、ハレルによるチェロ演奏の弓使いまでが鮮明に再現されるのは殆ど驚異的ですらある。

いずれにしても、アシュケナージ、パールマン、そしてハレルによる素晴らしい名演を、SACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2013年11月25日


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アシュケナージは、我が国ではNHK交響楽団の音楽監督をつとめるなど御馴染みの存在であるが、識者の評価については必ずしも芳しいとは言い難いものがある。

これには、筆者の音楽仲間も含め、とある高名な音楽評論家がことある毎にアシュケナージを貶していることによるところが大きいと言えるが、果たしてアシュケナージはそこまで貶められなければならない指揮者(ピアニスト)と言えるのであろうか。

とある高名な音楽評論家の批評には、殆ど悪意さえ感じさせられるが、少なくとも、ラフマニノフは他の指揮者(ピアニスト)の追随を許さない名演を成し遂げてきているし、そして本盤に収められたプロコフィエフなどのロシア音楽については、そのすべてが名演とは言えないまでも、常に水準以上の演奏を聴かせてくれると言えるのではないだろうか。

アシュケナージは、現在の手兵であるシドニー交響楽団とともに、既にプロコフィエフの交響曲第1番&第5番、そしてピアノ協奏曲全集などを録音しており、それらはいずれもなかなかに優れた演奏と言えるところである。

とりわけ、ピアノ協奏曲全集については、素晴らしい名演と筆者としては高く評価しているところだ。

本盤に収められたプロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」は、久々に登場したアシュケナージ&シドニー交響楽団による演奏であるが、素晴らしい名演だ。

このコンビが漸くいい状態になってきたことの証左とも言うべき演奏とも言えるだろう。

同曲については、かつては全曲盤があまり多くなく、マゼール&クリーヴランド管弦楽団の名演などが掲げられる程度であったが、近年では、全曲盤が数多く録音されるようになるなど、人気が高まってきている。

アシュケナージも、そうした人気上昇の潮流にのって録音したものと想定されるが、そうした近年の名演の中にあっても、いささかも存在価値を失わないだけのレベルの高さを有している。

何か聴き手を驚かすような奇抜な解釈を施したりすることはなく、いささかも奇を衒わないオーソドックスとも言うべきアプローチで一貫しているが、テンポの振幅などを効果的に駆使して各曲を巧みに描き分け、まさにいい意味で聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりを発揮していると言えるだろう。

シドニー交響楽団も、アシュケナージの薫陶の下、見事なアンサンブルをベースとした好演を行っており、アシュケナージの指揮と一体となって持ち得る実力を最大限に出し尽くした最高のパフォーマンスを発揮していると評価したい。

いずれにしても、本盤の演奏は、アシュケナージ&シドニー交響楽団の素晴らしいコンビぶりを窺い知ることが可能な素晴らしい名演である。

音質がこれまた実に素晴らしい。

エクストンも今やシドニー・オペラハウスの絶好の録音ポイントを獲得するに至ったと言っても過言ではあるまい。

いずれにしても、本盤はSACDによる素晴らしく良好にして鮮明な高音質であり、本演奏の価値を高めるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

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2013年10月17日


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楽興の時が超名演だ。

卓越したテクニックの下、力強い打鍵と、それと対照的な情感あふれる耽美的とも言うべきロシア的抒情の美しさ。

これらを駆使した各楽章の描き分けは見事と言うほかはない。

前奏曲と比較すると、録音の点数も少なく、知る人ぞ知る地位に甘んじている同曲ではあるが、このような超名演に接すると、そうした評価が非常に不当なもののように思えてくる。

SACDによる極上の高音質も、この超名演の価値をより一層高めることに貢献しており、おそらくは、同曲の録音史上のベストワンの地位に君臨する至高の超名演と高く評価したい。

他方、メインのピアノ協奏曲第3番は、決して凡演とは言えないものの、このコンビならば、もう一段レベルの高い演奏を成し遂げることが可能だったのではないかと、少々残念な気がした。

かつてのホロヴィッツや、最近では、キーシンやヴォロドス、ランランなどの名演が次々に生まれている状況に鑑みれば、そのような中で存在感を示すには、少々のレベルの演奏では困難だというのは自明の理である。

断わっておくが、本盤も決して凡庸な演奏ではなく、いい演奏ではある。

清水が尊敬するアシュケナージの抜群のサポートを得て、清水本人にとって最も特別なレパートリーである同曲を渾身の演奏で繰り広げていることは確かだ。

しかしながら、前述のような名演に慣れた耳からすると、インパクトがあまりにも少ないということだ。

SACDによる録音も、楽興の時に比べると、いささか鮮明さに欠ける気がした。

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2013年07月05日


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本盤には、若き日のアシュケナージのピアノによる協奏曲が2曲収められている。

このうち、特に、素晴らしい超名演は、アシュケナージが若干26歳の時の演奏であるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番だ。

アシュケナージについては、音楽評論家の間でも賛否両論があるのは周知の事実だ。

特に、とある影響力の大きい有名な某音楽評論家が、アシュケナージの演奏を甘口で厳しさが微塵も感じられないなどと酷評しており、それを真に受けた相当数の聴き手がアシュケナージに対してある種の偏見を抱いていることは十分に想定されるところだ。

某音楽評論家の見解の真偽はさておき、本演奏におけるアシュケナージは、そのような見解を一喝してしまうような凄みのあるピアニズムを披露している。

楽曲の核心に向かって畳み掛けていくような凄みのある気迫や生命力は、圧倒的な迫力を誇っている。

卓越した技量は当然のことであるが、技量一辺倒の薄味な演奏に陥ることはいささかもなく、どこをとっても、切れば血が吹き出てくるような灼熱の如き情感に満ち溢れている。

こうした阿修羅の如きアシュケナージのピアノを下支えしているのが、若き日のマゼールとロンドン交響楽団による豪演だ。

1960年代のマゼールは、楽曲の核心に鋭く切り込んでいくような前衛的な指揮を行っていたところであり、本演奏でも、そうしたマゼールの凄みのある指揮を堪能することが十分に可能だ。

いずれにしても、本演奏は、若きピアニストと若き指揮者の才能が奇跡的な化学反応を起こした一世一代の超名演と高く評価したい。

これに対して、シューマンの方は、アシュケナージはなお若いとはいえ、チャイコフスキーから14年後の録音であり、随分と落ち着いた演奏のように聴こえる。

もちろん、演奏自体は決して悪い演奏ではなく、アシュケナージの美しさの極みとも言うべきピアニズムを味わうことが可能な演奏には仕上がっているとは言えるが、チャイコフスキーほどの魅力がないことは指摘しておかなければならない。

録音は、かつて発売されていたSACDハイブリッド盤でも十分に高音質であったが、今般のシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤はそもそも次元が異なる極上の超高音質である。

特に、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の超名演を、このような至高の超高音質録音で味わうことができることを大いに喜びたい。

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2013年06月10日


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本盤の売りは、同じくエクストンレーベル(オクタヴィア)から発売されたアシュケナージ&チェコ・フィルによるR・シュトラウスの管弦楽曲集の名演盤(1998年)と同様に、何と言ってもシングルレイヤーによるマルチチャンネル付きのSACDによる臨場感溢れる極上の音質のあまりの素晴らしさであろう。

数年前には殆ど絶滅の危機に瀕していたSACDであるが、2010年よりユニバーサルがシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化シリーズ開始したことや、EMIが2011年よりSACDに参入したことによって、急速に息を吹き返しつつある。

ネット配信が隆盛を極める中で、パッケージメディアの最後の砦はSACDと考えるところであり、今後とも、大手メーカーが引き続きSACDの発売を積極的に行っていただくことを強く要望しておきたい。

ところで、ユニバーサルやEMIによるSACD盤は、その殆どはマルチチャンネルが付いていない2チャンネル方式となっている。

SACDが発売された当初はマルチチャンネルが売りであっただけに、SACDの復活は嬉しい反面で、いささか複雑な思いがしているところでもある。

オクタヴィアも数年前からマルチチャンネル付きのSACDの発売を取りやめてはいるが、本盤のような圧倒的な高音質SACDを聴くと、このままマルチチャンネル付きのSACDが衰退していくのは大変惜しい気がするところだ。

マーラーの交響曲のような立体的とも言うべき豪壮華麗なオーケストレーションの魅力を満喫するためには、何と言ってもマルチチャンネル付きのSACDは必要不可欠とも言えるところであり、マーラーの交響曲第9番のマルチチャンネル付きのSACD盤が、他にはシャイーなどの一部の演奏に限られていることに鑑みても(バーンスタインの旧盤は3チャンネル)、本盤の価値は極めて高いと言わざるを得ないのではないかと考えられる。

演奏内容については、マーラーの交響曲の中でも最も奥深い内容を湛えた第9番だけに、必ずしも名演との評価をすることは困難と言えるかもしれない。

もっとも、並み居るスタープレイヤーが揃ったチェコ・フィルによる名演奏も相俟って、後述のようなアシュケナージによる音楽そのものを語らせる指揮ぶりが、マーラーの交響曲第9番の魅力を浮かび上がらせることに成功しているとも言えるところであり、少なくとも佳演の評価は可能であると言えるのではないだろうか。

本演奏の特徴を一言で言えば、楽曲の魅力をダイレクトに表現した自然体の演奏ということになるのではないかと考えられる。

本演奏においては、特別な個性などは全く存在していない。

奇を衒うことなど一切排して、ただただ音楽そのものを語らせる演奏に徹しているとさえ言える。

楽曲の聴かせどころのツボを心得た語り口の巧さも見事に功を奏しており、表情づけの巧みさや各楽器セクションのバランスの良い鳴らし方なども相俟って、マーラーの交響曲第9番の美しさ、魅力を、安定した気持ちで心ゆくまで満喫することが可能な演奏に仕上がっているとも言えるだろう。

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2013年06月05日


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アシュケナージは、ハイティンクなどと同様に賛否両論が分かれる指揮者であるが(ピアニストとしても)、アシュケナージに厳しい評価をするクラシック音楽ファンでも、ラフマニノフの演奏に関しては高い評価をする人も多いのではないだろうか。

ベートーヴェンやブラームスの交響曲においては、過不足のない演奏を行ってはいるものの、今一つ踏み込み不足の感が否めないアシュケナージではあるが、ラフマニノフの楽曲を指揮する際には(そして、ピアニストとしてピアノ演奏する際には)、まさに大芸術家に変貌すると言っても過言ではあるまい。

ラフマニノフと同様に旧ソヴィエト連邦から亡命をしたロシア人であり、ピアニストであるという同じような経歴を有するということが、アシュケナージのラフマニノフへの深い愛着とともに畏敬の念に繋がっているとも考えられる。

アシュケナージが指揮したラフマニノフの交響曲や管弦楽曲、協奏曲、合唱曲、そしてピアニストとして演奏した協奏曲やピアノ曲については、相当数の膨大な録音が存在しているが、いずれも素晴らしい名演であり、それらに優劣を付けるのは困難である。

本盤には、ラフマニノフが自称最高傑作と評していた合唱交響曲「鐘」を軸に、「6つの合唱曲」、カンタータ「春」、そして「3つのロシアの歌」が収められているが、ラフマニノフに私淑するアシュケナージならではの圧倒的な名演に仕上がっていると高く評価したい。

アシュケナージは、合唱交響曲「鐘」を、1980年代前半にもコンセルトヘボウとともにスタジオ録音を行っており、それも名演ではあったが、筆者としては、後述の音質面をも含めて総合的に勘案すると、本演奏の方をより上位に掲げたい。

そして、同曲には、デュトワやポリャリンスキーなどによる演奏以外に目ぼしい演奏が乏しいことに鑑みれば、本演奏こそは、同曲演奏史上最高の超名演との評価もあながち言い過ぎではあるまい。

アシュケナージによる本演奏は、テンポの緩急、表情づけの巧みさ、ロシア風のメランコリックな抒情に満ち溢れた旋律の歌わせ方、壮麗にして重厚な迫力のすべてにおいて、これ以上は求め得ないような見事な演奏を繰り広げている。

このように述べると、あたかもとある影響力の大きい某音楽評論家がアシュケナージを貶す際に使用する「優等生的な演奏」のように思われるきらいもないわけではないが、アシュケナージの演奏の場合は、アシュケナージがラフマニノフの本質をしっかりと鷲掴みにしているため(というよりも、アシュケナージがラフマニノフ自身と化しているため)、本演奏こそが同曲演奏の理想像の具現化のように思われてならないのだ。

これは、バーンスタインがマーラーの交響曲や歌曲を演奏する時と同様であるとも言えるだろう。

まさに、指揮者と作曲家の幸福な出会いというのが、本演奏を超名演たらしめた最大の要因であると考えられる。

「3つのロシアの歌」、「6つの合唱曲」、そしてカンタータ「春」についても、合唱交響曲「鐘」と同様のことが言えるところであり、ラフマニノフの音楽を自らの血とし肉としたアシュケナージならではの圧倒的な超名演と高く評価したい。

アシュケナージの指揮の下、豊穣で極上の美を誇る弦楽合奏をベースとした渾身の名演奏を繰り広げたチェコ・フィルにも大きな拍手を送りたい。

マリーナ・シャーグチ(ソプラノ)、イリヤ・レヴィンスキー(テノール)、そしてセルゲイ・レイフェルクス(バリトン)の各独唱陣や、プラハ・フィルハーモニー合唱団も最高のパフォーマンスを発揮していると高く評価したい。

「6つの合唱曲」におけるアシュケナージのピアノ演奏の素晴らしさは、もはや言わずもがなである。

音質は、従来CD盤でもDSDレコーディングということもあって極めて良好なものと言えるが、ベストの音質は、同時期に発売されたシングルレイヤーによるマルチチャンネル付きのSACD盤である。

何よりも、マルチチャンネルが付いていることもあって、音質の極上の鮮明さに加えて音場に圧倒的な臨場感があるのが大きなメリットである。

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2013年03月12日


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アシュケナージはマーラーを好んで指揮しているようであり、これまでもチェコ・フィルなどとのCDが既に発売されている。

今後、シドニー交響楽団との全集の録音を考えているようであり、本盤は、その第1弾ということになる。

演奏の評価は、可もなく不可もなくと言ったところではないかと思う。

要するに、凡演ではないが、かといって、名演とか佳演といった評価をするのには大いに躊躇する。

なぜ、そういう評価をするかと言えば、本盤の演奏には、アシュケナージならではの個性が感じられないのだ。

マーラーの「第1」には、古くはワルターの古典的な名演があり、バーンスタインやテンシュテット、さらには小澤(ボストン交響楽団との旧盤)、最近ではホーネックなど、海千山千の指揮者による名演が目白押しであり、こうした名演の中で存在意義を見出すのは容易ではない。

これまで、アシュケナージのマーラー、シドニー響のマーラーを誰が積極的に聴きたいと切望していただろうか? 

本盤は完全に「招かれざる客」であり、この不況下にあって敢えて市場に投入する意図が全く判らない。

これで演奏が空前の素晴らしさなら文句は言うまい。素直に「恐れ入りました」と負けを認めよう。

しかし、本盤は演奏自体極めて没個性的であり、無為に時間のみが流れていく。

アシュケナージが個性を売りにする指揮者ではないと言われれば、もはや何も言えないが、それはショパンやラフマニノフに通用しても、マーラーには必ずしも通用しまい。

アシュケナージは、本盤を皮切りとしてマーラーの交響曲全集を録音していくとのことであるが、今後に大きな課題を残したとも言える。

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2013年01月22日


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アシュケナージについては、一般大衆はともかくとして、いわゆるクラシック音楽の通を自認する者の評判が芳しくないのは事実である。

語り口が甘すぎるとか、表情付けだけは巧みであるとか、芸術家としての厳しさに欠けるなど…。

確かに、そのような批判にも一理あるとは思うが、だからと言って、アシュケナージの指揮(あるいは演奏)する楽曲のすべてが凡演ということにはならないのではなかろうか。

例えば、ラフマニノフの演奏。

交響曲などを指揮しても、ピアノ協奏曲を演奏しても、いずれも、トップの座を争うほどの名演を成し遂げているではないか。

少なくとも、ラフマニノフを指揮(演奏)する限りにおいては、アシュケナージはまぎれもない巨匠と言うことができると考えている。

次いで、筆者は、チャイコフスキーを採りたいと思う。

ピアノ協奏曲第1番の演奏では、既に名演を遺しているが、交響曲も、ムラがあるものの、曲によってはなかなかの演奏を行ってきていると言える。

本盤の「第5」も、もちろん、ムラヴィンスキーやカラヤンなどの高みには達してはいないものの、なかなかの佳演と言ってもいいのではなかろうか。

取り立てて指摘すべき強烈な個性があるわけではないが、オーケストラを巧くドライブして、チャイコフスキーの音楽の素晴らしさを余すことなく表現した嫌みのない演奏であり、よき中庸を得た佳演と言ったところではなかろうかと思う。

フィルハーモニア管弦楽団の演奏も素晴らしい。

アシュケナージはフィルハーモニア管の精緻なアンサンブル力を存分に生かして、自然な流れの中でチャイコフスキーの力強い響き、叙情的な歌を描き出している。

アシュケナージの曲に対する確信と、そこに導かれるオーケストラの絶妙な機能美を聴き取ることのできる演奏と言える。

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2013年01月10日


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アシュケナージの弾き振りによる久々のピアノ協奏曲で、気心知れた音楽仲間、パドヴァ管弦楽団との成熟を極めたモーツァルト。

アシュケナージのピアノや指揮については、評論家によっては没個性的だとして貶す者が少なからずいるのは承知している。

筆者としては、そうした意見に全面的に賛同するものではないが、しかし、そうした個性を殺した演奏が、楽曲によっては逆にプラスに働くことがあることも十分に留意すべきであろう。

そのプラス面に働いた好例が、本CDに収められたモーツァルトのピアノ協奏曲だと思われる。

両曲の演奏のどの部分をとっても、嫌みがない美しさ、高貴さを漂わせており、モーツァルトの音楽の魅力がダイレクトに伝わってくる。

確かに、アシュケナージならではの解釈というのはあまり見当たらないように思うが、これだけ楽曲の魅力を堪能させてくれれば文句は言えまい。

アシュケナージ曰く、「素晴らしい室内オーケストラがある。本当に彼らは音楽を心から楽しみ、感じて演奏をするオーケストラなんだ。演奏中に笑顔でコンタクトがとれる。互いに理解しあえ、団員全員とコミュニケートできるんだ。本当に素晴らしい!!」

アシュケナージが個々の団員を褒め上げることや、オーケストラを賛美することはよくあることだが、ここまで感情をむき出しにしてオーケストラに対する思いを伝えていることは稀とも言える。

室内オーケストラだけあって、大編成のオーケストラのようなパワーで聴衆を圧倒するということはできないが、今回モーツァルトの協奏曲の演奏には欠かせない繊細なニュアンス付けは、モーツァルトの様々な表情を表現するための考え抜かれたデュナーミク、アゴーギクによって表現、線の細い音では表現しきれないモーツァルトの純粋な世界を、アシュケナージ独特のタッチで表現されている。

基本的に演奏会の模様を収録していることもあり、特にニ短調協奏曲のカデンツァでは、その場で即興演奏されているアシュケナージ版カデンツァを聴くことが出来ることなどもライヴ収録ならではと言える。

SACDマルチによる高音質録音も、本CDの価値に華を添えている。

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2013年01月06日


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プロコフィエフの親しみやすい小品の名作を集めた好企画CDだ。

そして、その演奏も、ピアノ協奏曲をピアノと指揮の両方で全曲録音するなど、プロコフィエフを得意としたアシュケナージならではの名演と高く評価したい。

アシュケナージとシドニー交響楽団によるプロコフィエフ・シリーズは、なかなか快調に進展していて、先般紹介した交響曲第1番と第5番、それにガヴリリュクとのピアノ協奏曲全集と良質な先行盤に続き、今回は管弦楽曲集となった。

アシュケナージ&シドニー交響楽団による近代的な機能美と溢れんばかりの表現力で描き出したプロコフィエフの管弦楽名曲集である。

アシュケナージが大絶賛する2人の歌手の豊かな表現力に彩られ、聴く者をプロコフィエフの独特な音楽へ導く演奏が繰り広げられている。

「キージェ中尉」と「3つのオレンジへの恋」は、親しみやすい旋律が散りばめられた名曲であるが、アシュケナージはこれらの各組曲の描き分けを巧みに行い、各場面の描写を非常に精緻に行っているのが素晴らしい。

「キージェ中尉」の<ロマンス>や<トロイカ>におけるラプデフによるバリトン独唱も見事であり、シドニー交響楽団も、アシュケナージの統率の下、最高のパフォーマンスを示していると言える。

「みにくいアヒルの子」は、プロコフィエフとしては珍しいオーケストラ伴奏付き歌曲であり、名作にしては録音が少ないが、本盤の名演の登場で、長年の渇きが漸く癒されたと言えるだろう。

ポーターによる非常に美しいソプラノ独唱が見事であり、アシュケナージ&シドニー交響楽団による合わせ方も非の打ちどころがない完璧さだ。

SACDによる高音質録音も、さすがはエクストンと言えるだけの高水準であり、シドニー・オペラハウスにおける録音も完全に板に付いてきたとものと思われる。

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2012年12月04日


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既に発売されたピアノ協奏曲第1、2、4番も名演であったが、本盤も類稀なる名演だ。

何よりも、プロコフィエフを知り尽くしたアシュケナージがバックをつとめている点が大きい。

ピアニストとして既にプロコフィエフのピアノ協奏曲全集を録音しているアシュケナージにしてみれば、同協奏曲は自家薬籠中の作品と言っても過言ではないのだろう。

「第3」の冒頭の独特の開始部からして、他の演奏とは次元が異なるような抒情に満ち溢れている。

このロシア的な抒情と20世紀的なモダニズムが高次元で融合した傑作を、アシュケナージは確かなタクトで精緻に描き出していく。

この豪華なバックに支えられて、若き才能豊かな気鋭ピアニストのガヴリリュクは、最高のピアニズムを展開している。

唖然とするようなテクニックの下、強靭な打鍵と情感溢れる優美さのコントラストが抜群である。

まさに、指揮者とピアニストの最高の競演がここにあると言えるだろう。

アルゲリッチ&アバド盤もとても良かったが、ガヴリリュク&アシュケナージによる本盤の方が、リズム及び演奏の精度とキレ、ソロとオーケストラのグルーブ感が高いように感じる。

「第5」も、「第3」に匹敵するような名演に仕上がっていると言える。

SACDによる高音質録音も素晴らしい。

シドニー・オペラハウスコンサートホールの録音ポイントを、トリトーンも漸く掌握したと言えるのではかなろうか。

エルガーやラフマニノフの交響曲ではイマイチだった音質も、ここではいささかの不満を抱かせないようなハイレベルの高音質録音に仕上がっている。

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俊英ピアニスト、アレクサンダー・ガヴリリュクが、アシュケナージのサポートの下に行った、プロコフィエフ・シリーズの一環、ピアノ協奏曲全集の1枚目の登場だ。

ウクライナに生まれ、ロシア・ピアニズムを受け継ぎ、浜松国際ピアノコンクールで16歳という若さで優勝。

「20世紀後期最高の16歳のピアニスト」と絶賛を受け、国際的な活躍に加え、定期的な来日で日本でも人気を博してきた。

これは素晴らしい名演だ。

この演奏では、明晰なタッチで曲の輪郭をくっきりと表現し、しなやかで圧倒的なテクニックを存分に魅せる。

かつてピアニストとしてプロコフィエフのピアノ協奏曲全集を完成したアシュケナージの名サポートを得て、ガヴリリュクは抜群のピアニズムを披露していると言える。

曲のすみずみまで深い造詣があるアシュケナージが、ガヴリリュクに絶大なる信頼を託した演奏だ。

特に、ピアノ協奏曲の第1番と第2番はプロコフィエフとしても初期に当たる作品あり、現代を代表するモダニストとも称された前衛時代のものだけに、かなりの技巧を要する難曲である。

こうした難曲を、ガヴリリュクは、作品の特色に相応しい明晰なタッチで、曲想を精緻に描き出しており、そうした抜群のテクニックに裏打ちされた明快なアプローチが、両曲の魅力を最大限に表現するのに大きく貢献していると言える。

まだまだ若く、伸びしろが多分にあるガヴリリュクだけに、今後の更なる成長が楽しみな逸材であると考えたい。

アシュケナージも、これらの作品の細部に至るまでを深く理解し尽くしているだけに、前述のように名サポートを行っており、アシュケナージの統率の下、シドニー交響楽団も最高のパフォーマンスを示していると高く評価したい。

SACDによる高音質録音も、エクストンとしても最高の部類に入る出来栄えであり、本名演の価値を大いに高める結果となっている点を見過ごしてはならない。

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2012年11月27日


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2009年10月31日、11月2日 シドニー、オペラ・ハウス、コンサート・ホールに於けるDSDレコーディング。

プロコフィエフの交響曲の中で、最も人気のある2大交響曲を収めた好企画CDだ。

いずれも、楽曲の魅力をダイレクトに聴き手に伝えてくれる佳演であると思う。

いわゆる個性的な表現には乏しいが、だからと言って演奏が平板ということにはならない。

アシュケナージによるプロコフィエフの見事な構築力と、オーケストラの引き締まった音色、きらびやかで機能性に満ちたプロコフィエフの音楽を聴くことができる。

「第1」も「第5」も、やや速めのテンポをとりつつ、ここぞという時の力強い迫力や、抒情的な箇所の歌い方にもいささかの不足はなく、何と言う素晴らしい曲だろうと思わせる。

こういった、楽曲の魅力を、オーソドックスな表現によって、ダイレクトに聴き手に伝えるということが、実はアシュケナージの個性と言えるのかもしれない。

シドニー交響楽団の健闘も称賛しておかなければならない。

2009年1月に首席指揮者兼アーティスティック・アドヴァイザーに就任したアシュケナージであるが、シドニー交響楽団とはますます信頼関係を深めていることがこの演奏から窺える。

エルガーやラフマニノフの交響曲・管弦楽曲集では、オーケストラの力量にいささか疑問符をつけたくなるような箇所も散見されたが、本盤の両曲の演奏を聴く限りにおいては、そのような不安は微塵も感じられなかった。

これは、アシュケナージ&シドニー交響楽団のコンビが軌道に乗ってきたことを表す証左であり、今後録音される他の交響曲やピアノ協奏曲にも大いに期待を持てるものと言える。

SACDによる極上の高音質も素晴らしいの一言であり、エクストンも、漸く、このコンビの録音会場であるシドニー・オペラハウスでのベストのマイクポイントを会得したのではないかとも感じた。

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2012年10月09日


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キーシンの進境には著しいものがあるが、そのことをあらためて思い知らされる1枚だ。

キーシンのソロは、アバドとの旧盤を超える名演。

キーシンのテクニックの切れ味は最高で、粒立ちの良さと音色の美しさを併せ持っている。

プロコフィエフのピアノ協奏曲の演奏に要求される超絶的な技巧を力強い打鍵で弾きぬき、それでいて、決して技術偏重の無機的な演奏に陥ることなく、ロシア的な抒情の表現にいささかの不足もない。

キーシンの完璧なメカニックとそれに優るとも劣らぬほどに横溢するポエジーがよく伝わってくる。

切れ味が鋭く、第3番のリファレンスとなる演奏だろう。

かつて、ピアノ協奏曲全集に名演を残したアシュケナージが指揮し、音が美しくダイナミックで十分な好サポートをしている。

筆者の中でプロコフィエフのピアノ協奏曲といえば、ユンディ&小澤/ベルリン・フィル(第2番)やアルゲリッチ&アバド/ベルリン・フィル(第3番)である。

それは今でも変わらないが、このプロコフィエフはどちらも高水準の演奏だと感じた。

ロシアの空気が漂い、その雄大な風景が目の前に現れたようであった。

前述の2つの演奏とはまた違う雰囲気があり、さらにキーシンの成長ぶりが伺える1枚だと思う。

このCDで驚くのは録音の素晴らしさ。

EMIとは思えない、クリアで広がりがあり、キレのある録音で、いつもの分厚い緞帳越しに聴いているような音とは大違いだ。

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2012年09月05日


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2008年11月12-14日 シドニー、オペラ・ハウス、コンサート・ホールに於ける録音。

巨匠アシュケナージが抜群のセンスで導く見事な英国音楽と、シドニー交響楽団の絹のような弦の響き、機能美が隅々まで楽しめる1枚。

イギリスで指揮者としてのキャリアを築いたアシュケナージ、そして英国人指揮者による創設時から75年という歴史の中で、常に英国との関係を持っていたシドニー交響楽団。

この両者ならではの魅力溢れる響きがあり、本盤は、作品の魅力を十分に満喫させてくれる名演だと思う。

エルガーの作曲家としての卓越を決定的にした名曲「エニグマ変奏曲」を含んでいる。

すでにリリースされている2曲の交響曲はまだ聴いていないが、このディスクに収められた2曲の管弦楽曲は快演だ。

アシュケナージのアプローチは力強く、雄渾なサウンドであり、弦を中心とするエモーショナルな表現も卓越している。

「エニグマ変奏曲」は、各変奏の描き分けが実に巧みであり、特に、第7変奏の雷鳴のようなティンパ二の轟きや猛烈なアッチェレランドは我々の度肝を抜くのに十分な迫力。

他方、第9変奏の壮麗な旋律の歌いあげは実に感動的であり、第13変奏の中間部の不気味さ、そして、第14変奏の堂々たる終結も立派な限りだ。

「南国にて」も、緩急自在のテンポを駆使して、移りかわる曲想を見事に表現し尽くしている。

シドニー交響楽団もなかなかの力量を示しており、「エニグマ変奏曲」ともども、アシュケナージ&シドニー響のレコーディングの中では、ラフマニノフ・シリーズに劣らぬ最高の名演と言うことが出来よう。

SACDならではの高音質も本盤の大きな魅力の一つであり、これまでやや低調であった音質の渇きが漸く癒されたような気がする。

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2012年08月27日


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アシュケナージの新たな手兵、シドニー響と描くラフマニノフの世界。

シドニー響のブリリアントな響きと、アシュケナージの統率力、構成力が一体となって、魅力的なラフマニノフ・ワールドを築き上げている。

ロイヤル・コンセルトヘボウ管との全集に次ぐ2度目の全集である。

オーケストラの質や力量の違いもあって、筆者としては、旧全集の方を今なお上位に置きたいが、ラフマニノフはアシュケナージの得意の楽曲だけあって、本盤でも、決して一流とは言えないシドニー交響楽団を見事に統率し、抒情溢れる名演を成し遂げている。

旧盤と比較すると、やや角が取れ丸くなった印象があるが、それは、アシュケナージの円熟と無関係ではないだろう。

これは名演だ。大いに堪能した。

ラフマニノフの作品は陰鬱な抒情と纏綿たる情緒が特徴だから、それらを照れずに表現すればそれだけでかなりの満足度が保証される。

アシュケナージの指揮は旧盤より一層語り口がうまくなって歌も迫力も申し分なし。

オーケストラの精度は、ランク付け的には旧盤のロイヤル・コンセルトヘボウ管にかなわないだろうけど、ここでは不満はなし。

併録の「カプリッチョ・ボヘミアン」のようなラフマニノフの初期の曲を、魅力あふれる楽曲に仕立て上げるのも、ラフマニノフを得意とするアシュケナージならではの力量だと言える。

全てにおいて、巨匠アシュケナージの音楽的底力である、テンポ感、リズム感、前進力、構成力には脱帽だ。

ともかくこれからの両者のレコーディング活動に存分に期待できる新鮮な録音となった。

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2011年12月31日


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アシュケナージのベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集は、後のメータ&ウィーン・フィル、クリーヴランド管との弾き振りの録音によって、最初のショルティ&シカゴ響との録音は影が薄くなった感は否めないが、ここでのアシュケナージは(もちろん極めてすぐれたものであるが)、比較的標準的なスタイルに近く、特に《皇帝》では最も万人向きの名演を聴かせる。

アシュケナージはまだこの録音時35歳であり、彼の最後のコンクールである、1962年のチャイコフスキーからはまだ10年しか経っていない。

全体的にはフレージングといい、フィーリングといい、優等生のそれであって、際立って個性的というわけではない。

とはいえ、もちろん、後の彼を思わせるような部分は萌芽として存在しており、磨かれた音色と無理のない表情、きっぱりとした中に多様なニュアンスを秘めている。

ことに第3番では、30代のアシュケナージが完成された大家のような深みのある表現を行っている。

第4番では彼は意識してピアノの音色を変えておりペダルを多用し、音量の変化に幅を持たせ、強弱の起伏をくっきりとつけている。

なかでも第2楽章は練り上げられた美しさと精神的な深さを感じさせる演奏だ。

これに対するショルティは、すでに将軍格の指揮者であり、シカゴ響は世界でトップを行く最強のオーケストラであり、この新人を迎えて、いつものように見事な統制と、輝かしい音とで歓迎の意志表示をしている。

全体の作り方はシンフォニックであり、弱音でオーケストラがピアノをバック・アップする時でも、重要な動機などはショルティは十分に歌わせて、単なる伴奏の役ではないオーケストラ作りをしている。

ショルティの棒は切れ味のよいリズムで、ベートーヴェン的な雄大な性格が見事に再現されている。

指揮者とオーケストラに関しては、全3回の録音で、この時のものが最もすばらしいといえる。

ただ、時にピアノはオーケストラの波に巻き込まれるようなところもあり、ソリストと指揮者の年齢差、貫禄の差を感じさせることもあるが、それは致し方のないところであろう。

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2011年01月21日


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全曲ともショルティの棒の特質と相俟って、鋭い切り込みとエネルギッシュで無駄のない曲作りがひとつの魅力となっている。

説得力豊かで、かつまたヴィヴィッドな現代感覚に富んだバルトークである。

アシュケナージのピアノは、バルトークの音楽のもつ荒々しさという点では、やや物足りないが、どの曲も、きわめて洗練された美しいタッチで、表情豊かに弾きあげているところに惹かれる。

終始落ち着いた足取りで風格豊かな音楽を展開している。

輝く音色美と冴えた迫力、弱音のニュアンスはまさにアシュケナージの独壇場だ。

第1番でアシュケナージは、卓越した技巧と、ずばぬけた美しさをもった音色で、この曲をロマンティックに表現している。

豊かな心で弾きあげているあたり、いかにもこの人らしい。

第2番でもショルティの素晴らしいバックに支えられ、この曲のもつ激しい情感を見事に表出している。

第3番は第2番を上回る立派な出来で、美しい音色と、すぐれた技巧を駆使し、スケールの大きな音楽を作り上げている。

メリハリのきいたショルティのバックは唖然とするほどうまく、特筆に値する。

その中で第2番、第3番の協奏曲に特によく現われているような豊かな感情と音色美の世界、ピアニッシモの情感はまさにアシュケナージならではの持ち味であり、彼のピアノの美点が浮き彫りにされた例となっている。

それに完璧主義者としてのショルティは、これらのスコアを読み尽くし、痒いところに手が届くような、微細な部分にもスポットを当てて、曲のディテールの面白さを味わわせてくれる。

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2010年12月28日


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名ピアニストのアシュケナージが指揮を始めた頃の演奏。

というと、ピアノの余技のように思う人もいるかもしれないが、決して片手間の指揮ではなく、スケールの大きな巨匠風の表現だ。

第1、3、6番が高く評価したい秀演。

フィルハーモニアでの10年間はアシュケナージの指揮者としての修業時代にあたるが、この間、彼は外面的な自己主張を抑制し、作品の姿を尊重するように変わってきた。

アンサンブルもそれに応じて洗練された。

彼のシベリウスは健康で明快、北欧的な雰囲気にとらわれず、交響的な側面を強調している。

したがって若々しい情熱的な起伏が示され、生き生きとした音楽を楽しませてくれる。

アシュケナージはロシア人である。

ここでは、そうした彼と同じ北国の作曲家に対する、あつい情熱がみなぎっており、きわめて民族色の濃い演奏となっている。

北欧のたくましさと抒情を、巧みな棒さばきで表現したもので、たっぷりと旋律をうたわせながら、きわめて感受性ゆたかな音楽をつくりあげている。

北国の人でなければ表出できない味わいが全篇にあふれており、雄大なスケールとこまやかな詩情が魅力だ。

楽想の変化に対する瞬間的な対応もよく、弱音をあまり強調せず、金管や打楽器をのびやかに扱っているのも健康的。

したがって全体に音楽が率直でありながら入念、妙な小細工やひ弱さがないのが大きな長所といえる。

アシュケナージの音楽には、さまざまな相反する要素が不思議なほどバランスよく共存している。

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2010年08月28日


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ラフマニノフの全集の1970年代の名盤。

アシュケナージはラフマニノフを得意としているピアニストで、このプレヴィンとの全集は1970年から71年にかけて完成させたもの。

まだ彼がソヴィエト国籍にあった若い時代の、華麗なまでに鮮やかな演奏だ。

アシュケナージは1980年代半ばに、ハイティンク&コンセルトヘボウ管と2度目の全集を完成して、より精妙に円熟した演奏を聴かせてくれたが、若々しい力を存分に発揮するとともに、みずみずしく豊かな情感をたたえたこの旧盤の演奏も、それに劣らず魅力的である。

ダイナミックな表出力とロシア的な情趣の深さを見事に合わせた演奏には、アシュケナージのラフマニノフへの共感がストレートに示されているといってよいだろう。

しかも、その演奏はお国ぶりに流れたり、感傷に溺れたりすることなく、あくまで真摯に作品に対して、各曲を存分かつ巨細に描ききっている。

そうしたアシュケナージを緩急巧みにバックアップしたプレヴィンの指揮も見事である。

ハイライトは何といっても第2番と第3番。

第2番はアシュケナージがとことん弾き込んだ曲だけあって随所にひらめきが感じられるし、表情も豊か。

第3番はこの曲のもつロマン的情感を見事に表出したもので、アシュケナージらしい繊細透明な音色と抒情味豊かな表現が光っている。

アシュケナージと同じく、ラフマニノフを自家薬籠中のものとしていたプレヴィンの棒の巧さにも拍手を贈りたい。

15年後に録音されたハイティンクとの共演盤の円熟には及ばないが、これは若きアシュケナージの、ラフマニノフへの深い共感がうかがわれる全集だ。

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2010年05月18日


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《超絶技巧練習曲》を核にしたプログラミングだが、全12曲中7曲のみというのがいかにも惜しい。

この演奏が今ある全曲盤のどれにも勝る素晴らしい出来映えだからだ。

完璧な技巧を駆使しながら、この曲集のピアニスティックな美感をあますところなく表現した演奏である。

技巧を前面に押し立てたりは決してしないが、ここぞという箇所では絢爛たるピアニズムを披瀝して聴き手を存分に楽しませてくれる。

こんなところに彼の人気の秘密があるのだろう。

アシュケナージかベルマンかと聴く側を唸らせるリストで、ここでのアシュケナージの腕の冴えはまったく素晴らしい。

ほとんど凄絶な出来映えで、まさしくここにはヴィルトゥオーゾとしての彼が存在し、華麗さと絢爛さを余すところなく繰り広げている。

その上で、言うまでもなく彼のピアノには技巧一辺倒のところが全くなく、ハッタリ的な匂いもまるでない。

すべからく自然体で、各作品の要所を確実に押さえ、音楽性あふれる地平を作り出している。

聴き手を決して突き放さぬ、それでいて超人的な指運びを通して豪壮に構築してみせるその才能に感激と驚きを禁じえない。

アシュケナージが弾くリストは、すこぶる清純である。

普通リストでは、"豪放にして華麗な"演奏が好まれる。だがアシュケナージのリストは、豪放より精緻と清純を重視する。

いわゆる"リスト弾き"と目されるピアニストとは、決定的に異なる。

けれど頼りない、か弱いリストでは決してない。ただ聴き手にアピールする姿勢が野性的でない。

そのため柄の大きい重量級でなく、中・軽量級のリスト、とのイメージが植え付けられやすくなっている。

崩れの全くない冴えた技巧が生み出す《メフィスト・ワルツ》や《超絶技巧練習曲》には、さわやかな気品が漂っている。

これこそアシュケナージが誇って然るべき持ち味、と考える。

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2010年04月27日


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アシュケナージの3枚のスクリャービン・アルバムからのソナタをすべて収めたもの。

1972年から84年にかけて収録されたアシュケナージの名盤のひとつ。

アシュケナージはこの母国の作曲家のソナタを、12年かけて全曲録音した。

ショパンやベートーヴェンの大部の全集の影に隠れがちだが、スクリャービンのソナタの全貌を広く世界に知らしめた意味はきわめて大きい。

研磨されたピアノの響きは言うまでもなく、演奏の完成度の高さは、名だたる国際コンクールを制覇した稀代のヴィルトゥオーゾの面目躍如である。

1曲1曲、吟味を重ねたのであろう、完成度はいずれもきわめて高く、時代とともにスタイルを変えていくスクリャービンの音楽の姿を忠実、かつスケール大きく表現し尽くしている。

そこでは重厚さと精妙な響きを兼ね備えたアシュケナージの音が雄弁な効果を発揮しているのは言うまでもない。

どの1曲をとってもそれぞれの作品にスクリャービンが託した抒情、激情、あるいは超越への意思に翼を与える、スケールの大きな名演といえる。

真正面から音楽に向き合い、1音たりとて雰囲気で流してしまわないのはアシュケナージらしい。

第1番は真にヴィルトゥジティの魅力に溢れ、甘美なロマンティシズムが息づき、《幻想ソナタ》の透徹したリリシズムと純度の高い表現が大きな感動を誘う。

大きくファンタジーのはばたくスクリャービンの世界を実現したこの演奏を越える全集は、当分望めないだろう。

アシュケナージによるスクリャービンへのオマージュ。

余談だが、LPで発売されたときに余白に収録されていた小品も見事だった。それらについても、ぜひCD化していただきたいものだ。

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2009年08月28日


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一目惚れである。理屈も何もあったものではない。

ためらいがちのオープニングから何かゾクゾクしてくるが、一途に何かに立ち向かっていく、その真剣さに磁力にも似た力で引き寄せられてしまった。

そしてチェロによって第2主題が奏されるのだが、予想もしない美しさと大胆さに魅了されてしまうし、それがヴァイオリンによって繰り返される頃には、もう離れられなくなっている自分を確認するだけである。

40分弱の大作だが、第1楽章で聴かれる憧れに満ちた第2主題こそは聴く者をたちまち詩人にしてしまう媚薬のような名旋律であり、カリンニコフはこの旋律だけでも音楽史に残ると言いたくなるほどである。

円熟を前に35歳で他界したカリンニコフだが、残された交響曲は聴き手を永遠の夢追い人にしてしまう。

かつてはトスカニーニも指揮していたほどだが、その後しばらくなぜか忘れられた格好になってしまった。

だが2003年にヴラディーミル・アシュケナージが録音、燃え上がるような情熱と初々しい詩情をたたえた演奏で作品の真価を全開させてくれた。

以来、テレビCMにもこの曲が用いられるなど、カリンニコフ・ルネサンスにも似た状況が生まれている。

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2009年08月15日


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約10年の歳月をかけて完成した全集で、アシュケナージは、ピアノと指揮を受け持っている。

ピアニストとしてのアシュケナージが、指揮者として活躍をはじめた第一歩が、モーツァルトのピアノ協奏曲だった。

ソロと伴奏指揮を兼ねたアシュケナージの多才ぶりが、存分に発揮されている演奏で、フレッシュな若々しさにあふれているのが魅力だ。

アシュケナージのモーツァルトは最も万人向きの美しい演奏だ。

アシュケナージは持ち前の粒のそろった柔軟な美音、磨き抜かれたタッチを駆使して、誰が聴いても快く美しいモーツァルトを奏で、楽しませてくれる。

情感、テンポもほどほどで、リズムもダイナミクスも極めて快い。

一見常識的で大人しい演奏だが、細かい配慮がすみずみまで行き届き、モーツァルトに対する彼の愛情がひしひしと感じられる。

ここでは、この人ならではの、まろやかな美しい音色とロマンティックな表情が、そのままオーケストラの響きにも生かされていて、情感豊かで繊細な音楽をつくりあげている。

またピアノとオーケストラのバランスが、実によくとれている演奏である。

極めて透明な音色の、みずみずしい表情の演奏は、まさに優等生的美演、秀演の極といえよう。

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2009年06月06日


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アシュケナージのピアノ、パールマンのヴァイオリン、それにハレルのチェロによる演奏を、現代を代表する名演として推薦したい。

1980年頃、ソリストとして最も人気が高かった3人による演奏だけに聴きごたえがある。

3人の名手はそれぞれ、独自のコンセプトの持ち主で、豪快に競い合い、まさにコンチェルトのような派手さを聴かせるが、また同時にインティメート(親密)なアンサンブルも楽しく、室内楽的な親しみも感じさせる。

おもにピアノのアシュケナージがリードしているが、色彩にとんだ豊麗なパールマンのヴァイオリンともよく溶け合っており、ハレルのチェロも端正で無駄がない。

3人のリズム感も素晴らしく、細部にいたるまでよく神経の行き届いた演奏である。

この3人による演奏はほれこんでしまうような巧さがある。

単にテクニック抜群の3人が集まっているというだけでなく、見事な意思統一があるのだ。

「大公」は聴く者に安心感を与えるような、よくまとまった好演で、第3楽章など心に訴えかけるおだやかな情感をたたえていて、さすがと思わせる。

協奏曲的に演奏した3名人の共演は、この曲のスタンダードともいうべき、素晴らしい名演になっている。

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2009年04月22日


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1971年から80年にかけて、つまりアシュケナージが34歳から43歳にかけて録音したこの全集は、見事な彫琢が際立っていて、ベートーヴェンのこれらの作品の魅力を存分に表出している。

アシュケナージが1980年に全32曲をまとめ上げた頃はまだベートーヴェンのソナタと言えば、バックハウスやケンプ、アラウといった巨匠の時代であった。

しかし、彼らの演奏は、それぞれ個性豊かではあっても、シュナーベル以来のドイツ精神主義がその底流にあった。

しかし、ベートーヴェンの音楽の本質が構造と主題法にあることを最も明確に浮き彫りにしたアシュケナージの演奏は、ベートーヴェン・ソナタの解釈と演奏の歴史に一線を画すものであった。

ピアノを最もピアノらしく響かせ、実に鮮やかに仕上げられており、耳に快く響く。

ともすれば、堅苦しくなりがちなこうした作品を、実にみずみずしく、しかも、うるおいのある表情で弾きあげているところなど、アシュケナージのなみなみならぬ天分がうかがえる。

アシュケナージはこれらの作品を忠実に再現し、ベートーヴェンらしいファンタジーと、構成感を大切にしたオーソドックスな表現を成し遂げている。

テクニックはどこまでも男性的で逞しく、骨太のベートーヴェンである。

またロマン的な感情にも不足せず、全体を大きな流れの中に捉える、スケールの大きさも窺える。

円熟味を増し、深奥まで共感できたアシュケナージの芸術が、ここに見事に開花したといっていいだろう。

アシュケナージはその後指揮活動を優先してゆくが、そうした感性と知性がベートーヴェンの音楽の本質を見抜き、全32曲のソナタにある様式転換の特徴をも見事に捉えて、スケールの大きな音楽に仕立てている。

32曲のソナタに加え、もともと「ワルトシュタイン」の第2楽章として書かれた「アンダンテ・ファヴォリ」も収録しているのも心憎い。

これは、基本的ライブラリーに最もふさわしい名演といえよう。

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2009年04月14日


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ラフマニノフを得意とするアシュケナージの録音のなかでも、その長所が端的に発揮された名盤。

まず、肉厚で暖かみがあり、ほのかな陰影をたたえた彼のピアノの音がこの作曲家の作品にぴったり。

そして、それぞれの曲が持つ雰囲気を表現し尽くすのには彼が持つロシア人のテンペラメントが大きく役立っているように思われる。

アシュケナージのラフマニノフはスケールの大きい演奏ではないが、外見的な壮麗さを排し、精神の慰めと調和を作り出すことによって、1曲1曲に音楽としての生命を吹き込んでゆく。

同じようにラフマニノフを得意とするピアニストでも、ホロヴィッツの場合など奏者の個性が強く出る場合が多いが、アシュケナージの場合は、作品自体に語らせるという姿勢に貫かれている。

「前奏曲集」では、アシュケナージの響きによってラフマニノフの清新なイメージが喚起されてくるのを感じる。

ロシア的なロマンティシズムを濃厚に漂わせた演奏で、各曲をすこぶる多彩な音色で弾き分けている。

技巧面でも内容面でも、大家を思わせるかのような風格と、威厳があり、アシュケナージの円熟ぶりを示した好演である。

「ソナタ第2番」はきわめて大言壮語な装いをもった作品だが、彼はここでも真のリアリティを甦らせている。

1913年の原典版を使った演奏で、アシュケナージは、華麗なホロヴィッツの演奏と比べると、音楽の内面に深く沈潜した表現で、じっくりと聴かせる。

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2009年02月17日


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「第1番」から「第16番」までを2枚に分けて収めたディスクである。

どの曲も絶品である。

アシュケナージの美しい音の数々が織りなす響きのテクチュアは、ごく細部から大きなフレージングにいたるまで、幾重にも階層を成す見事なアーティキュレーションによって、起伏に富んだ表現を生み出している。

柔軟だが一瞬も気を抜かない緊密さに満ちた演奏は、まさにアシュケナージならではのものといえよう。

艶のある美しい音色が魅力の演奏で、各曲を勇壮に弾きながらも、こまやかなニュアンスを大切にしており、暗いロマン的な短調の曲がことにうまい。

アシュケナージは、たとえば「英雄」では勇壮に弾いて、それはそれで聴き手を満足させてくれる。

しかしむしろ暗い情熱を発散させている第4番や第5番の方が、深さを感じさせて魅力的だ。

「幻想」での流麗な、時には飛翔するかのようなファンタスティックな表現も極めて印象的で、アシュケナージの円熟がうかがえる。

録音もたいへんよく、ソフトなピアノの音色を忠実にとらえている。

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マズルカは作品番号のついていない曲と「第49番」の改訂版をも収めた全59曲収録した豪華盤である。

マズルカは男性的な踊りであるポロネーズに比べて、女性的な性格がよくあらわされているが、アシュケナージの演奏は、リズミカルななかにも、女性的なしなやかさを表出しているのが特徴だ。

都会的に洗練されたフレッシュさが魅力で、録音も優秀である。

マズルカといえばまず思い出すのがホロヴィッツ。

自由奔放、濃厚なロマン的感情表出は彼独自のもので決して他の追随を許さない。

アシュケナージのマズルカはそのタイプでなく意外性は少ないが、このCDでは録音の新しいものほど、動意・動感を重視した演奏になっていてその分表情も大きくなってきている。

これはアシュケナージが従来の型から抜け出そうとする前兆であるかもしれない。

ワルツは19曲が1枚に収められた魅力的なディスクだ。

アシュケナージは例によって、しっとりとした美音で、ショパンを歌いあげてみせる。

しかし決して主情主義になりずぎず、どこか醒めた眼を感じるが、その姿勢が今日的なものとして多くの支持を得ているのだろう。

リパッティ同様、詩的な表現だが、アシュケナージの場合はかなり醒めた眼で客観的にみつめている。

すこぶる艶やかな音色で、各曲を丹念に演奏しており、表情のしなやかな美しさに惹かれる。

ことに短調の作品がよい。

「華麗なる大円舞曲」では、表現が大きくなることを極力抑え、伸びやかに弾き進め、コーダにおいて一直線に華麗な終結へと向かう。

その計算されつくした鮮やかさが見事。

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全21曲を収めたディスクである。

潤いのある音色で、各曲をロマンティックに弾きあげており、これらの曲の夢見るような曲想を、豊かに歌わせながら、見事に表現している。

アシュケナージの潤いのる美音は、夜想曲のようにゆったりとファンタスティックに歌われる楽曲では特に効果的だ。

しかも彼の歌は決して主情的になりすぎず、妙な癖もなく、淡々とショパンを表出して聴き手をやすらぎの世界へと誘ってくれる。

柔らかい響きと流暢な音楽の流れが、この曲集の魅力をいっそう引き立てる。

アシュケナージのショパンには定評があるが、とりわけこれらの「夜想曲」では音色のビロードのような手触りが魅力だ。

だから同じ「夜想曲」がならんでいても、決して飽きることがない。

崇高な気分を表出した「第5番」、精緻な表現の「第8番」、暗い感傷的な性格を巧妙に表現した「第15番」がよい。

アシュケナージは、ショパンの"楽器"からの表現のニュアンスのくみ取り方と、具体的に響きとして実現するテクニックの両方に、充実しきっている。

深い喜びを味わうことができるアルバムだ。

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2009年02月16日


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アシュケナージもまた、ルービンシュタイン同様「ショパン全集」を録音しており、その中にはルービンシュタインが録音できなかった、前奏曲、練習曲なども含まれている。

幅広いレパートリーとショパンを知りつくしているという点では、二代目ルービンシュタインといってもよいだろう。

アシュケナージの演奏は、ショパンに限らず知と情のバランスが巧みにとれているのが特色。そこが幅広い人気となっているのだろう。

そのアシュケナージが「24の前奏曲」では従来のスタイルから一歩踏み出し、以前より幅広い感情表出を目指しはじめたのが読みとれる。

テンポのゆったりした曲、たとえば第7,13,23番などにその傾向がはっきりと出ている。

この人固有の美麗な音楽づくりが光った演奏で、ピアニスティックな美感を生かしながら、各曲をロマンティックに弾き分けている。

録音のよさとともに、その柔らかな音色に魅了される。

即興曲は各曲ともロマンティックな情感を表出しながら、抑制をきかせたバランスのよい表現をおこなっているのがこの演奏の特色で、構成的な美しさを存分にひき出している。

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達者というか隙がないというか、実に整然とまとまった演奏だ。

しかもアシュケナージは、そこに清新の抒情を漂わせており、激情が吹きあげる瞬間ですら、香気を失わない。

このようなあまりに整然たる演奏は、ともするとその反動として破格・格調の美を恋しがらせるもの。

だが、それは一方の極に達したものの宿命といわざるをえないだろう。

「ショパンの楽譜をまったく変えないで、彼の音楽がオーケストラに編曲されるときがいつかくるであろう」とジュルジュ・サンドは言っている。

この演奏はバラードのシンフォニックな性格を、うまくつかんだもので、各声部を鮮明に浮き彫りにしながら、様式的な美しさをひき出した、きわめてロマンティックな表現である。

ことに旋律的に入りくんだ曲は見事で、「第4番」は傑出している。

スケルツォは詩的情緒にあふれた表情豊かな演奏で、香り高いショパンの旋律美を、こまやかに表現しているところが魅力だ。

響きはどこまでも美しく、隅々までじゅうぶんに考えぬかれている。

ことに各曲の中間部の精妙な表現は見事だ。

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アシュケナージが得意とする精妙なピアニズムを駆使して、ショパンの抒情性、内に秘めた情熱、多様な情趣などを鮮やかに再現。

かつて第1番をこれほど見事にこなしたピアニストはいなかったが、そういう演奏でもこの曲は習作という観が免れず、第2番や第3番との隔たりは大きい。

アシュケナージは、「葬送」が情熱的であるのに対し、第3番は抒情を重んじるというように、曲の性格をはっきりと対比させている。

ピアノ・ソナタ第2番は情熱的に表現しながらも、よく計算された設計のうまさが感じられる。

第1楽章からして激しい情熱をぶつけており、低音から高音にいたるまでバランスは実によく、音色はどこまでも美麗で、響きも明澄である。

ショパンの音楽の美感を味わうには最高の演奏だ。

ピアノ・ソナタ第3番は、この曲のピアニスティックな美感を、存分にひき出した演奏で、音楽の隅々にいたるまで磨きあげられている。

ニークスは第1楽章について「第1楽章には、多くの作曲家にいくつもの楽章をつくらせることができるほど、たくさんの優美な旋律にみちている」と述べているが、アシュケナージは全篇にわたって、こうした旋律美をよく表現していて聴かせる。

特に第3楽章は、情に流されない演奏を目指している彼がかつてないほどロマン的な感情表出に傾いている珍しい例だ。

練習曲は"ピアノの詩人ショパン"という、そのショパン像に最も近い演奏で、ロマン主義的な性格を表出しながら、これらの曲の詩情を存分にひき出し、きわめて繊細な音楽をつくりあげている。

演奏は魅力にあふれ、1曲1曲がまさに"ショパンの世界"という響きとニュアンスに満ちている。

心ないピアニストなら、単に指のトレーニングに終わってしまうような曲などにも優雅な趣が流れ、技巧の冴えを前面に押し出すことがない。

表現としては昔のコルトーの演奏に近く、即興的な性格を生かした、情感豊かな演奏だが、各曲の隅々にいたるまでアシュケナージならではの設計が光っており、すこぶる玲瓏な音楽で、高音から低音にいたるまでバランスがよい。

作品10は「第3番(別れの曲)」、「第6番」、「第12番(革命)」。作品25は「第5番」、「第11番(木枯らし)」、「第12番(大洋)」など、全体に標題のついた曲がうまい。

緻密で完璧な響きと、それらの響きをショパンの世界に変えるアシュケナージの情趣とは、わかちがたく結びついているのだ。

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2009年02月05日


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まず、パールマンとアシュケナージのふたりの卓越した技巧と美しい音色に魅了されてしまう。

パールマンのヴァイオリンは、やや線が細いが、美しく流麗に弾きあげており、アシュケナージの明快で力強いピアノが、しっかりと支えている。

ふたりの呼吸がぴったりと合った端正な演奏である。

両者とも卓越した技巧を示しているが、それが単に表面的な技巧にとどまらず、素晴らしい熱気や内面的充実感をもっている。

時には2人が極めて奔放に演奏しているかのように思わせながら、少しも粗さを感じさせない。

「クロイツェル」のほうが断然素晴らしく、その気概と熱気に圧倒されるが、抒情ときらめくような輝かしさもある。

熱っぽい迫力で全曲を弾き通し、手に汗を握らせる緊迫感を見せるが、デモーニッシュな魅力と変化にやや不足する。

とはいえ、フレッシュな情熱をぶつけた真摯な演奏ぶりには好感がもてる。

「春」も素晴らしく、よく歌う演奏だが、節度と端正さが音楽を引き締めている。

ふたりがともに豊かな美音と、決して深刻ぶらない表現をとるタイプだけに、この「春」は特に理想的な名演となっている。

透明感に溢れたアシュケナージのピアノに乗って、パールマンがまさに自在に多彩な表情を聴かせるが、特に緩徐楽章の美しさは絶品。

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アシュケナージとしては、前2つの録音よりも、最も納得の行く会心の出来に違いない。

3度目の全集にしてようやくアシュケナージが到達した、ロマンティックな幻想や夢を捨て去った現実的なピアノである。

卓越した技術の追求による感覚の喜びがここにある。

オーケストラ・パートがあまりにも無機的に響くのが気になるところだが、これこそアシュケナージが意図したことなのだろう。

自分でソロをとりながら、自分で指揮もとることで、心技一体を極めた円熟の名演を実現させている。

つまり彼の全責任によって、このような総合的な緊密感を持った、ベートーヴェンが実現したともいえる。

自ら指揮もかって出たアシュケナージの演奏は、テクニック、味わい、音色の美しさなど、あらゆる点で充実をきわめており、まさに代表的名演とよぶに相応しい。

積極的な表現意欲とみずみずしい生命力、そして類例のない壮麗な響きにあふれた演奏であり、そのスケール、輝きに心奪われる。

幾度にもわたる試行錯誤の結果、到達した結論的な名演といっていいだろう。

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2009年01月07日


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アシュケナージの円熟を示す名演集だ。どの曲も磨き抜かれた音色で、ロマンティックに仕上げた演奏であり、人肌の温もりとしっとりとした叙情をたたえた秀演である。

アシュケナージの演奏は、これまでと変わらぬ純音楽的表現の高さと円熟味を示しており、今日のシューマン演奏のきわめてすぐれたスタンダードを示す。

隅々にまで、神経のよく行き届いた演奏で、すこぶる繊細な音楽をつくりあげながら、シューマンのロマン的表現を過不足なく、率直に具現している。

ここでのアシュケナージはシューマンの音色の限りなくよき理解者であって、およそ作品として書かれたものの何ものをも見過ごさず、また何ものをも付け加えようとはしない。

表現様式における装飾性は完全に切り捨てられており、シューマンの音楽の本質に迫っている。

彼のシューマンからは気負いや熱中は感じられず、むしろ淡々としているが、それでいて味わい深い。

曲それぞれ、楽想それぞれの性格や気分を充分に生かしきった演奏で、タッチの質、強弱、アーティキュレーションの細やかさが、各曲の各部分にくっきりとしたプロフィールを与え、全体の設計も見通しもよく行き届いている。

ピアニストとして最も脂の乗ったころの演奏で、聴き手に誠実で清潔感の溢れた音楽性と、さらにはるかなるものへの憧れの気持ちを感じさせる。

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2008年12月01日


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アシュケナージは、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を3度録音しているが、これは、その2度目のもので、最も普遍性が高い名演。

ベートーヴェン協奏曲全集の中でも、最も優れたディスクであろう。

アシュケナージのタッチは文字通り美しく、安心して身をまかせられる演奏だ。

繊細華麗で、かつ、スケールの大きな表現となっているところが大きな特徴である。

なんともフレッシュなベートーヴェンだ。

第1番は自然で、珠をころがすような美音は彼の独壇場だ。

第2番は落ち着いた風格を加え、第3番は遅めのテンポに大家の芸風が生きている。

第4番の円熟ぶりも見事で、豊かな音楽をいっぱいに溢れさせている。

「皇帝」では宝石のような美音ながら、メリハリの効果を与え、特にフィナーレにおけるウィーン風の8分の6拍子がこれほど生きた演奏は他にない。

メータの指揮も、力強く、また非常にしなやかで、奥行き深く、新しいロマンティシズムともいえる感触を自然に発散させている。

柔らかなウィーン・フィルの音色も素晴らしい。

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2008年11月14日


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アシュケナージの作品に寄せる心の優しさが滲み出ている演奏だ。

これらの作品からアシュケナージがひき出すロマンティシズムは、実にしっとりとした手ざわりを持っており、また無垢の新しさを示している。

アシュケナージの、知情意のバランスのとれた演奏は、隙のない美しさを印象づけると同時に、爽やかな後味を残す。

「子供の情景」では譜面に忠実で、心がこもっており、作品を構成する1曲1曲が、きめ細かく構築されている。

そして、表情は変化に富んでいるが、過度に飾らずに、この作品の本質にみあった、清らかで爽やかな表現が、演奏者の意図として伝わってくる。

「アラベスク」はピアニストの人間的な温もりとしっとりとした詩情に湛えられた秀演で、所々、揺り籠のようにリズムを揺らす。

表現の幅を広く大きくとり、ロマンティシズムにあふれた演奏を聴かせている。

音色は相変わらず美しく、清潔感が漂っているが、その調和を保つことから一歩はみ出して、自身の感じたままに思いきりよく表現する姿勢も、ここにはみえている。

シューマンのたゆとうようなロマンティシズムを詩情豊かに、しかも円熟した味わいを伴って表した演奏といえよう。

その他の曲でも表面的なアプローチではなく、シューマンの作品の中に深く沈潜し、そこからあたかも時が満ちて花が開くように立ち現れる表現は、この上ない喜びを与えてくれる。

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2008年10月14日


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スクリャービンのソナタを得意とするだけに、アシュケナージの演奏は表現意欲を前面に打ち出した緊迫感に富んでいる。

作品のロシア的性格を、ドイツ風の堅固さをもって表出した演奏で、すこぶる構築的で響きが暗く、集中力が強い。

ややほの暗い響きにテクチュアが埋もれているきらいはあるが、壮大で迫力に富む。

そして堅固なまでに引き締まった造形のうちに、ほとんど忘我に近い高揚した世界を開示していく。

この見事な劇的な展開に加え、華麗な音色の魅力も特筆できよう。

「神聖な詩」は旋律線が明快で、リズムの処理も絶妙、劇性が自然に表されるのもよい。

「法悦の詩」も激しい表現意欲を率直に示した演奏で、鮮やかな音彩と独自の主張と個性をもった、スクリャービンの本質と触れ合った素晴らしい表現である。

小品「夢」も歌心がよく表されていて美しい。

ピアノ協奏曲は若きスクリャービンの詩情を見事にとらえた演奏だ。ソロはフレッシュなセンスと輝かしいテクニックの冴えに支えられて、透明な情感と音色も豊かに紡ぎ出している。

オケが奏でる夢見るような歌も最高だ。

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2008年05月15日


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全曲ともアシュケナージの唯一の録音である。

アシュケナージのみずみずしい、澄みきったタッチが魅力的な、詩情あふれるプロコフィエフだ。

極めて力強く、それでいて打楽器的用法の部分でさえ少しも美感を失うことがない。

リズムは閃きに満ち、洒落っ気も豊かだ。

特筆すべきはプレヴィンの指揮で、どこもかしこもセンス満点。ほとんどオーケストラの出す音と思えないようなニュアンス豊かな響きには、ただ脱帽するほかないだろう。

第3番は特に傑出しており、この曲のロシア的情感と、プロコフィエフ固有の抒情性とを、あますところなく表出した演奏である。

プロコフィエフのピアノ曲は、ともすると技巧的に華やかな効果を狙ったものが多いが、アシュケナージは、抑えるべきところはぐっと抑え、温かい感触をもった演奏をおこなっている。

ロシア物を得意とするプレヴィンの棒もあざやかだ。

第4番ではアシュケナージは、きわめてダイナミックに、かつ詩情豊かに弾きあげていて、すばらしい。

プレヴィンの指揮も特筆すべきうまさだ。

第5番ではアシュケナージは、この作品の変化にとんだ曲想をあざやかに弾きわけており、ことに、抒情的な表現の美しさは、アシュケナージならではのものだ。

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2008年04月13日


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フランク:ヴァイオリン・ソナタの屈指の名盤である。

パールマンは、1945年にテル・アヴィヴで生まれたイスラエル出身のヴァイオリニストである。

1958年にアメリカの人気テレビ番組「エド・サリヴァン・ショー」に出演して一躍有名になり、ニューヨークのジュリアード音楽院で名教師ガラミアンとディレイに師事した。

現在、彼は主にニューヨークを中心に、欧米各地で活躍しており、ズーカーマンやチョン・キョンファ、クレーメルらとともに、現代のヴァイオリン界をリードしている逸材のひとりである。

一方、アシュケナージは、最近は指揮者としても活動しているが、ピアニストとしても近年ますます円熟味を増してきている。

これは、現在、最高の2人の名コンビによる二重奏である。

両者ともたいへん音色的に美しく、テクニックも完璧で、アンサンブルも精妙だ。

こまかな部分にも神経がよく行き届いており、そのデリケートな表情には魅了される。

この作品のもつ古典美と詩情とをこれほど見事に表出した演奏というのも珍しい。

なかでも、第1楽章の落ち着いた気品のある表現や第2楽章の情熱にあふれる演奏は素晴らしい。

アシュケナージのピアノが演奏の大きな支柱となっており、室内楽奏者としての鋭敏さとデリカシーが光っている。

彼の姿勢に呼応するパールマンの姿勢も見事で、耽美と抒情にあふれている。

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2008年03月03日


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アシュケナージのソロは、力強さとともに音の美しさが常に保たれている。ひとつひとつの音が磨きぬかれ、しかも人工的な感じがまったくない。

解釈も落ち着きと余裕があり、多くのピアニストのように感情の動きに押し流されることがない。

したがって感情の細かな動きが明快な造形と結びついて、充実したエネルギーを生み出す。

ハイティンク/ウィーン・フィルもスケールが大きく、優美な雰囲気で好演している。

4楽章とも遅めのテンポで演奏しているのが大きな特徴。これはアシュケナージがブラームスというロマン派の巨匠の音楽を、新古典主義としての局面よりも、ロマン主義者としての側面を重要視して捉えている証拠である。

指定のテンポを無視してキープしては、これだけ情報量の多い曲では、個々の音はどうしても飛ばして聴かれる傾向が避けられないだろう。

ハイティンクの入念極まる棒に従ったウィーン・フィルの演奏は、この楽団の最も得意とする所を充分に生かした名伴奏となっている。ピアノのパートを十全に浮かび上がらせて、一つ一つの音を、一つ一つのフレーズを、丹念に演奏している。

これとほぼ同じコンセプトが独奏パートにも認められるのだが、オーケストラ以上に情感豊かに、たっぷりとした音量で弾くアシュケナージのピアノには、後にも先にもこの曲で体験したことのない、ほのぼのと暖かな、しかも明るく多彩な色感が感じられるのである。

ブラームスにしては珍しいピアノピアニッシモのところでの繊細な表情には、ハイティンク独特の高度な洗練が感じられるのだが、独奏ピアノがこの情趣を引き継ぐ時、更に情感が深まるのが凄い。鍵盤楽器でこれだけのデリカシーが出るのは滅多にないことなのである。

こうした反面で、ハイティンクがソロのピアノを引き締めにかかって、フレーズの隅々まで行き届いた神経で、しかも全体の構図の中での各フレーズの価値付けが完璧なのである。

まことに良い相棒であり、これならアシュケナージとの絶妙なアンサンブルが実現して当然かもしれない。

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