F=ディースカウ
2008年07月01日
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同曲の初演翌年(1963年)に録音されたもので、ブリテンの代表作の、作曲者自身の指揮による歴史的演奏である。
名曲ゆえに世界各地で演奏され録音も少なくないが、初演当時の熱気を収めた作曲者指揮の録音は、ドキュメンタリーとして貴重なだけにどんな名演奏が現れても存在価値を失わない。
文字通り渾身の力をこめた凄まじい迫力をもった演奏で、ブリテンがこの作品にこめた死者への鎮魂と平和への祈念の深さは、聴く者の心を打たずにはおかない。
ブリテンが作曲にあたって想定したが、初演の時には揃わなかった、英・独・ソの3人のソリスト(ピアーズ、フィッシャー=ディースカウ、ヴィシネフスカヤ)の、緊張とドラマにあふれた熱い歌が感動をよぶ。
誠実さを絵に描いたようなブリテンの指揮も音楽の訴えかけるメッセージを聴き手に伝えてくれる。
敵同士の魂が「さぁ、みんな眠ろう」と静かに歌い出す最後のくだりは、天使の声を象徴するような児童合唱の歌声とともに、胸を締めつけられながらも自らの魂が救済されるかのようで、最も感動的な部分だ。
歴史に残る名盤のCDとしての復活には大きな意義がある。
ちなみに根っからの人道主義者のブリテンは、第2次世界大戦の際にも兵役を自ら拒否した反戦主義者でもあった。
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2008年05月15日
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F=ディースカウはごく初期からブラームスを繰り返し録音しており、エンゲル、デムス(当盤)、ムーア、バレンボイム、そしてリヒテルと、多くのピアニストとアルバムを録音していた。
また1970〜73年にかけてはムーア、サヴァリッシュ、バレンボイムとEMIに全集を録音、次いで1972〜81年にはバレンボイムとDGのブラームス全集のための録音を行っていた。
このディスクは、F=ディースカウ33歳のときの録音で、25曲収録されており、ほんの数曲聴いただけでも、この人の精神的な燃焼度の凄さに圧倒される。
F=ディースカウのブラームスは、思念の奥深い所から誰の耳にも優しく、また烈しいメッセージを届けてくれる。
言葉への傾斜を強めていた彼だけに、多分にシューマネスクなブラームスだが、そこから"内に向けられたロマン性"を解放し、情感の襞の中から、ブラームスをつかみ出してくるのだ。
F=ディースカウは、最晩年のブラームスの境地がしみじみと語られた「4つの厳粛な歌」を劇的求心力の強い、彫りの深い歌唱で展開している。
ともすると晦渋の色濃いブラームスの歌曲を、聴き手がどうしたら楽しんでくれるかという、彼の優しい心がそのまま伝わってくるような1枚だ。
デムスのピアノも配慮がいきとどき、しなやかに和している。
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F=ディースカウとリヒテルの夢の共演盤。声とピアノが、まさに対等の立場で競い合うようなスリリングな演奏だ。
曲の細分化に関してF=ディースカウの右に出る歌手はいない。ディクションの細やかなニュアンスが最大に力を発揮して、ヴォルフの変幻自在な歌の命を燃焼させている。
F=ディースカウほどヴォルフを楽しませてくれる歌手はいない。
言葉のもつイメージの多彩な働きが、素晴らしい力をもって、ドイツ語を解さない聴き手をも無条件に呪縛してしまうのだ。
それにリヒテルのピアノによる、ヴォルフ・エネルギーの凄まじいまでの噴出が相乗作用し、理想的なメーリケ歌曲集を生んでいる。
F=ディースカウというと、ムーアやバレンボイムと組んだ演奏も名演だったが、それらの演奏よりも、さらに情熱を外に向けて発散させているような歌唱で光っている。
F=ディースカウは絶妙な語り口と心理的な表現で、時には数分の短い歌にオペラの1幕を思わせるようなドラマを織り込んで歌っている。
「癒えたものが希望に寄する歌」での深い表情、「明け方に」での激情、「出会い」「あばよ」での達者さなども驚くほど。
プログラミングの周到さも名歌手ならではだ。
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2008年03月21日
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青年F=ディースカウと巨匠フルトヴェングラーの歴史的名盤「さすらう若人の歌」は、幾度となく装いを新しくしては発売され、不朽の声価を保ち続けている。
フルトヴェングラーは、1950年のザルツブルグ音楽祭で、F=ディースカウを独唱者としてこの曲を演奏し、聴衆に多大な感銘を与えた。
そのとき彼は、F=ディースカウにこう言ったという。
「私はいままで、マーラーの音楽を好きになれなかったが、あなたのおかげでそのよさがわかった」と。
このディスクは2人のマーラーに対する深い共感によって貫かれた感動的な名演奏で、フルトヴェングラーのロマンティックな解釈に支えられた、F=ディースカウの、沈潜した歌唱のうまさは比類がない。
こまやかな情感を引き出す語り口の見事さ、美しさ、それによる旋律線に弱体化のないことが、唯一無二の名演たらしめている。
モノーラルなので音の劣るのが残念だが、この密度の高い演奏は、マーラー歌曲史上の偉大な金字塔のひとつといえよう。
「亡き児をしのぶ歌」も細心の配慮をもって歌い上げた名唱。
ただこちらのほうは、いまひとつ暗い情念の沈潜が欲しい。
「さすらう若人の歌」には、この若きF=ディースカウと晩年のフルトヴェングラーによる伝説的な名演があり、さすがのF=ディースカウも28歳の時のこの奇蹟的な演奏以上の録音をその後行っていない。
クーベリックとのものも、もちろんそれ自体は大変な名唱だが、かつてのデモーニッシュさはない。
とはいえ、他のどの歌手をも遥かに凌駕している。
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2008年02月18日
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戦後最大の歌手といえば、恐らく、ほとんどのひとが彼、フィッシャー=ディースカウの名前をあげるだろう。
それほどまでに、彼は幅広い分野(リート、オペラ、宗教曲など、声楽すべての分野に及んでいる)で獅子奮迅の大活躍をし、また膨大な数にのぼるレコーディングをおこなっているのである。
このような歌手は、これまでに存在しなかったし、今後も容易にはあらわれないであろう。
彼は1925年ベルリンで生まれている。父親は高名な教育家で、家庭はゆたかな芸術的雰囲気に満ちていたという。彼自身、芸術一般に対して強い関心をもつ少年であった(彼は画家としても玄人はだしであり、文筆もよくすることは、広く知られているところだ)。
早くから声楽家としての才能を開花させ、戦後、本格的に歌手として活動するようになる。
フルトヴェングラーをはじめとする多くの音楽家、その他文化人などと出会うことで、彼はいっそう大きく成長。大歌手への道を邁進することになる。
彼の数々のディスクは、いずれも比類ない名盤の誉れ高いものばかりだし、各種の舞台においても、今では語り種となっているような名舞台の数も限りない。
まさに、彼の栄光は、歌うことの栄光そのものといっても、決して過言ではないだろう。
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2008年02月06日
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EMI盤はF=ディースカウの最絶頂期の録音で、いかにも若々しくみずみずしい歌いぶりが聴かれる。
特の「白鳥の歌」は、声のパワーとしては最高の状態にあるといってよく、1語1語その意味するところをつきとめようとする意欲がひしひしと伝わってくる。
円熟という点ではまだ距離があるにせよ、F=ディースカウは若い頃から完成度の高い歌を歌ってきた声楽家であり、その時々の録音を比べるのも楽しみというものだろう。
グラモフォン盤の「白鳥の歌」はF=ディースカウにとっては3度目の録音。
この後ブレンデルのピアノで4度目の録音を行っているが、声の状態はこの3度目のほうがはるかにいい。
特に後半のハイネの詩による6曲に示す理解の深さは驚嘆すべきものがある。
しかも、以前のものに見うけた過度の文学的傾斜は是正されている。
「別離」での言葉の誤り(62年のエンジェル盤のみ)ももとに戻っている。
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EMI盤はF=ディースカウが37歳の時の録音で、その声の最も充実した美しさが聴かれ、歌自体の表現にも若さがあふれている。
特にこの「水車小屋の娘」は、若者の青春の挫折をストレートに歌っているだけに、声の若さが必要なのだ。
ただ初回発売で収録されていた、彼自身の朗読によるプロローグとエピローグが入っていないのが残念だ。
F=ディースカウの「美しき水車小屋の娘」は、グラモフォン盤以前の彼の録音では後半が散漫だったのが、この録音ではぐんとしまり、最も正統的で安心して聴けるものになっている。
デュナーミクの対比も旧盤ほどではなく、表現が極めて自然でナイーヴになってきた。
声楽的見地からいっても洗練の極みに達しているのである。
何種かある彼の「水車小屋の娘」のベストといってもよい。
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2007年12月25日
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数多いF=ディースカウの「冬の旅」の中で、4回目のムーアとのグラモフォン盤が最も完成度が高い演奏だ。
これ以前のものは詩を意識的に分析したり、言葉の表現に声の技巧が偏ったりしがちなところがあり、どれもが精緻な演奏でありながら、どこかに計算された表出のパターンが感じられた。
だが、ここではそれまでの枠から解き放たれた、F=ディースカウそのものの心の歌を聴くことができる。
5回目の録音はバレンボイムの描き出す陰影の深さ、絵画的描写力、色彩的表現は、ともすればモノトナスな心象風景として捉えられがちな「冬の旅」を、挫折し絶望のどん底へ落とされた青年の心理劇としてリアリスティックに構成している。
その心理的描写力の鋭さは、4回目録音のムーアの淡々としたピアノとよい対照だ。
F=ディースカウはピアニストを代えるごとに新しい境地をひらいている。
6回目の録音はブレンデルのピアノが凄い。
どんなフレーズにもシューベルトの魂がこもっているかのようで、鬼気迫る一瞬が訪れる。
F=ディースカウもピアノにふさわしい骨太の声でブレンデルと拮抗する。
F=ディースカウの状態は彼のベストとはいえないが、新しい「冬の旅」を創り出そうとするその意志が、ストレートに伝わってきて感動的である。
7回目の録音はF=ディースカウの結論である。
本人は、
「シューベルトこそ何回歌っても、何回録音しても、満足できた試しがない。機会あるたびに何度も録音を重ねていきたい。」
と語っていたという。
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2007年11月15日
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1840年頃には、シューマンは独唱歌曲(リート)を書くようになる。彼が文学に造詣の深かったことを考えれば、これは当然のことと思われるが、それだけで説明がつくものではない。いくら文学的素養があろうとも、音楽的な才能がなければすぐれた歌曲は書けないからである。
代表作「詩人の恋」は、シューベルトの「冬の旅」とともに歌曲集の傑作となっているが、ここではピアノが単なる伴奏ではなく、いわば「歌とピアノのデュエット」となっている。
第1曲「美しい5月に」の音楽は長調の明と短調の暗が微妙に交錯し、さりげなく明朗に歌っているようでいて、その陰にはいいようのない寂しさが鋭い感受性で表現されている。
ダントツの特選盤がフィッシャー=ディースカウとエッシェンバッハのグラモフォン盤。
F=ディースカウは、素晴らしい声のコントロールと、詩の内奥に斬り込んだ鋭い心理描写で聴く者の胸を打つが、それと同程度かそれ以上に素晴らしいのがエッシェンバッハのピアノである。
このふたりによって、シューマンの歌曲は幾重にも屈折したところで自閉的な世界をあやしく光らせる。この歌曲集に秘められた「にがい苦しみ」をこれほど噴き出させた歌手、ピアニストは例がない。
この他、2つの「リーダークライス(連鎖歌曲集)」、「女の愛と生涯」もすぐれた歌曲集である。
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