ドヴォルザーク

2014年07月26日


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本盤には、カラヤンがウィーン・フィルを指揮して演奏したドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」及びスメタナの交響詩「モルダウ」が収められている。

両曲ともにカラヤンは十八番としており、これまでに何度もスタジオ録音を繰り返し行っている。

交響曲第9番「新世界より」については、手兵ベルリン・フィルとの4つの演奏(1940年、1957年、1964年及び1977年)、交響詩「モルダウ」についても、同じく手兵ベルリン・フィルとの3つの演奏(1958年、1967年、1977年)が存在している。

いずれ劣らぬ名演であるが、これらの名演の中でとりわけカラヤンの個性が発揮された演奏は、ベルリン・フィルとの全盛期の1970年代の演奏であった。

この当時のカラヤン&ベルリン・フィルの演奏は、分厚い弦楽合奏、ブリリアントなブラスセクションの響き、桁外れのテクニックをベースに美音を振り撒く木管楽器群、そして雷鳴のように轟きわたるティンパニなどが、鉄壁のアンサンブルの下に融合し、およそ信じ難いような超絶的な名演奏の数々を繰り広げていた。

カラヤンは、このようなベルリン・フィルをしっかりと統率するとともに、流麗なレガートを施すことによっていわゆるカラヤンサウンドを醸成し、オーケストラ演奏の極致とも言うべき圧倒的な音のドラマを構築していた。

したがって、両曲についても、いずれも1977年盤においてかかる圧倒的な音のドラマが健在であるが、この稀代の黄金コンビも1982年のザビーネ・マイヤー事件の勃発を契機として、大きな亀裂が入ることになった。

加えて、カラヤン自身の健康悪化もあり、カラヤン&ベルリン・フィルの演奏にもかつてのような輝きが失われることになったところだ。

そのような傷心のカラヤンに温かく手を差し伸べたのがウィーン・フィルであり、カラヤンもウィーン・フィルに指揮活動の軸足を動かすことになった。

本盤の演奏は、そのような時期(1985年)のカラヤンによる演奏であり、ここには1977年盤のようなオーケストラを圧倒的な統率力でドライブして音のドラマを構築したかつてのカラヤンの姿はどこにも見られない。

ただただ音楽そのものを語らせる演奏であるとさえ言えるだろう。

したがって、カラヤンの個性の発揮という意味においては1977年盤と比較していささか弱いと言わざるを得ないが、演奏が含有する独特の味わい深さや奥行きの深さという意味においては、本演奏の方をより上位に掲げたいと考える。

特に、交響曲第9番の第2楽章。

有名な家路の旋律をカラヤンは情感豊かに演奏するが、中間部は若干テンポを落として心を込めて歌い抜いている。

この箇所の抗し難い美しさはこれまでの他の演奏からは決して聴けないものであり、これこそカラヤンが最晩年になって漸く到達し得た至高・至純の境地と言えるだろう。

ウィーン・フィルも、名誉指揮者であるカラヤンに心から敬意を表して、持ち得る実力を最大限に発揮した渾身の大熱演を披露しているのが素晴らしい。

いずれにしても、本演奏は、重厚さと優美さ、ドヴォルザークやスメタナならではのボヘミア風の抒情、そして、カラヤンが最晩年になって漸く到達し得た至高・至純の境地とも言うべき独特の味わい深さと言ったすべての要素を兼ね備えた、まさに完全無欠の超名演と高く評価したい。

音質は、リマスタリングがなされたこともあって本盤でも十分に満足できるものである。

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2014年07月23日


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ドヴォルザークのスラヴ舞曲集の全曲録音は、これまで様々な指揮者によってなされてきた。

同じチェコ人指揮者ならばノイマンが3度にわたり録音しているし、ハンガリー人ならば、セルやドラティ、フィッシャーの名演が忘れ難い。

プレヴィンの聴かせどころのツボを心得た演奏や、マゼールの個性的な演奏も頭に浮かぶ。

このように、綺羅星のように輝く様々な名演の数々の中でも、クーベリックの録音は、ダントツの名演と言ってもいいのではないかと思う。

チェコ人指揮者ならではの民族色豊かな情感にもいささかの不足はないが、決して民俗的なローカル色を強調するのではなく、むしろ、バイエルン放送交響楽団を統率して、より普遍的でシンフォニックな演奏を心掛けている。

言うなれば、チェコ的な情感と普遍的な重厚さを併せ持つというバランスの良さが、本盤を最高の名演たらしめているのだと考える。

どの曲も、緩急自在のテンポを駆使した重厚な名演であるが、特に、第16番のスケールの雄大さは特筆すべきだと思う。

チェコの民族色溢れる情感の豊かさと、一般的な音楽としてのシンフォニックな重厚さを兼ね備えた、いい意味での剛柔バランスのとれた名演との本演奏の評価については、現在でもいささかも変わりがないところである。

したがって、ドヴォルザークのスラヴ舞曲全集の名演としては、本盤のクーベリック&バイエルン放送交響楽団による演奏(1973〜1974年)とともに、本演奏と同格の名演として、セル&クリーヴランド管弦楽団による演奏(1962〜1965年)、ノイマン&チェコ・フィルによる演奏(1985年)が掲げられると考えており、これら3つの演奏が同曲の様々な指揮者による演奏の中でもトップの座を争う至高の超名演と評価したい。

本盤の音質については、リマスタリング(ルビジウムカッティング)されただけあって、従来盤でもかなり満足できる音質であったが、スラヴ舞曲全集の中でもトップの座を争う至高の超名演でもあり、SHM−CD化など、更なる高音質化を望んでいたところであった。

そのような中で、今般、ユニバーサルがシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化を図ったと言うのは、本演奏が至高の超名演であることに鑑みても、歴史的な快挙と言えるだろう。

本シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤は、これまでの既発のリマスタリングCDとは次元が異なる極上の高音質であり、音質の鮮明さ、音圧、音場の広さのどれをとっても一級品の仕上がりである。

クーベリックによる歴史的な超名演、そしてドヴォルザークのスラヴ舞曲全集の演奏史上トップの座を争う至高の超名演を、このような極上の高音質SACD盤で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2014年07月05日


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カラヤンは、特にお気に入りの楽曲については何度も録音を繰り返したが、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」についてもその例外ではない。

DVD作品を除けば、ベルリン・フィルとともに本演奏を含め4度にわたって録音(1940、1957、1964、1977年)を行うとともに、ウィーン・フィルとともに最晩年に録音(1985年)を行っている。

いずれ劣らぬ名演であるが、カラヤンの個性が全面的に発揮された演奏ということになれば、カラヤン&ベルリン・フィルが全盛期にあった頃の本演奏と言えるのではないだろうか。

カラヤン&ベルリン・フィルは、クラシック音楽史上でも最高の黄金コンビであったと言えるが、特に全盛期でもあった1960年代から1970年代にかけての演奏は凄かった。

この当時のカラヤン&ベルリン・フィルの演奏は、分厚い弦楽合奏、ブリリアントなブラスセクションの響き、桁外れのテクニックをベースに美音を振り撒く木管楽器群、そして雷鳴のように轟きわたるティンパニなどが、鉄壁のアンサンブルの下に融合し、およそ信じ難いような超絶的な名演奏の数々を繰り広げていた。

カラヤンは、このようなベルリン・フィルをしっかりと統率するとともに、流麗なレガートを施すことによっていわゆるカラヤンサウンドを醸成し、オーケストラ演奏の極致とも言うべき圧倒的な音のドラマを構築していた。

本演奏においてもいわゆる豪壮華麗なカラヤンサウンドを駆使した圧倒的な音のドラマは健在。

冒頭のダイナミックレンジを幅広くとった凄みのある表現など、ドヴォルザークの作品に顕著なボヘミア風の民族色豊かな味わい深さは希薄であり、いわゆるカラヤンのカラヤンによるカラヤンのための演奏とも言えなくもないが、これだけの圧倒的な音のドラマの構築によって絢爛豪華に同曲を満喫させてくれれば文句は言えまい。

筆者としては、カラヤンの晩年の清澄な境地を味わうことが可能なウィーン・フィルとの1985年盤の方をより上位の名演に掲げたいが、カラヤンの個性の発揮という意味においては、本演奏を随一の名演とするのにいささかの躊躇をするものではない。

併録のスメタナの交響詩「モルダウ」も、カラヤンが何度も録音を繰り返した十八番とも言うべき楽曲であるが、本演奏も、聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりを伺い知ることが可能な素晴らしい名演だ。

音質は、従来CD盤が今一つの音質であったが、数年前に発売されたHQCD盤は、若干ではあるが音質が鮮明になるとともに、音場が幅広くなったと言えるところであり、筆者も当該HQCD盤を愛聴してきたところだ。

しかしながら、今般、ついに待望のSACD化が行われることによって大変驚いた。

従来CD盤やHQCD盤とは次元が異なる見違えるような、そして1970年代のEMIによるスタジオ録音とは到底信じられないような鮮明な音質に生まれ変わった。

いずれにしても、カラヤンによる至高の名演を、SACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年06月26日


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交響曲は1976年5月17日、エアランゲン・シュタートハレでのステレオ・ライヴ録音、管楽セレナーデは1977年5月27日、ミュンヘン、ヘルクレスザールでのステレオ・ライヴ録音。

この「第8」はかつて海賊盤などでもリリースされていた強烈な演奏で、マニア筋から高い評価を受けていたが、今回は正規盤での登場。

しかも機材を入れ替えてのリマスタリングが功を奏して音質的には以前の海賊盤とは比較にならない快適さである。

演奏は、ライヴ特有の緊迫感溢れる秀演で、冒頭チェロから濃厚な感情移入の聴かれるテンションの高いもの。

民族的な旋律がふんだんに投入された作品のイメージにふさわしい仕上がりが絶品である。

ラファエル・クーベリックという指揮者は、録音とライヴではまったく違う、というのが有名だが、このバイエルン放送局のライヴ音源で聴くと、それが納得できる。

ドヴォルザークは、ベルリン・フィルとの全集が定番で、クーベリックとしては熱演の部類に入るが、スタジオ録音であるためか、基本的なスタイルはやはりクールでスポーティである。

しかし、このライヴは実に熱い演奏だ。

バイエルン放送響とも、15年以上の付き合いだからか、すでに阿吽の呼吸で、1つの乱れもなく弾ききっている。

それにベルリン・フィル(DG)盤とは違い「手兵とのライヴ」であるため、ここぞというところでのテンポの溜めが効いている。

ベルリン・フィル(DG)盤と比較しても弦の響きの柔らかさが際だち、とにかく美しい自然な流れで、間然とするところのない名演である。

しかしアポロン的な性格の演奏なら、ジュリーニ&シカゴ響やアバド&ベルリン・フィルのほうが凄い。

ただし別のクーベリックが鮮烈に燃えに燃えた演奏と比較されると、これはどれがいいか、持ち味が違うので、筆者には甲乙つけがたい。

ヴァイオリン両翼型の楽器配置にしており、バイエルン放送響のしなやかで抒情性すら感じさせる弦楽パートは魅力的。

管楽セレナーデに関しては、今回初めてこの曲の魅力を改めて感じられるほどに素晴らしい演奏だ。

そして、どこかクーベリックの祖国への熱い思いが、あふれ出るように感じるのは、筆者だけであろうか。

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交響曲が1978年4月2日、協奏曲が1979年11月2日、ともにミュンヘン、ヘルクレスザールでのステレオ・ライヴ録音。

交響曲第7番は、モノラル期の1951年にフィルハーモニア管弦楽団とEMIに、ステレオ最初期の1956年にウィーン・フィルとDECCAに、1971年にベルリン・フィルとDGにそれぞれスタジオ・レコーディングをおこなっており、今度のライヴ録音はクーベリック4種類目の「第7」ということになる。

もともとドヴォルザークの交響曲第7番は、後期3大交響曲の中でも最もドイツ・ロマン派的色合いの濃い作品として知られており、民俗的リズムや素朴さの強調よりは、緊迫感とマッシヴで荒々しい迫力、ヴァイオリンの高域を多用した強靭で情熱的なカンタービレといったファクターが重要視される傾向にあったのは周知の事実。

クーベリックは作品のそうした傾向を重視したのか、あるいは2つのヴァイオリン・セクションが束ねられた勁いサウンド(第4楽章第2主題確保部分など実に効果的)を求めたためか、バイエルン放響を指揮した演奏では珍しく、ここでは第2ヴァイオリンを右側に置いた通常スタイルの楽器配置を採用しているのがポイント。

全体に、クーベリックの実演ならではの高いエネルギー・レヴェルと自在なアゴーギクが印象的な演奏で、冒頭から凄いパワーと集中力である。

特に第3楽章主部でのヴァイオリン・セクションの導きによる高揚感や、第4楽章におけるマッシヴな力感、情熱の激しさは圧倒的。

大詰めのルバートに興奮した聴衆のブラヴォーも強烈だ。

やはりクーベリックを聴くならライヴかと感じさせる演奏で、熱演と言えるのではないか。

カップリングのヴァイオリン協奏曲でも、ヴァイオリン両翼型の楽器配置が採用されている。

なお、ソロの塩川悠子は、クーベリックの父で伝説的な名ヴァイオリニストだったヤン・クーベリックが使用していたヴァイオリン(ストラッド)を、ラファエル・クーベリックから贈られるほど親しい間柄だったとのこと。

ここでの演奏もオーケストラとピタリと息の合った実に見事なもので、派手さや華麗さこそないけれど、独奏者と指揮者とオケと三位一体となった好感の持てる仕上がりとなっているようである。

なお、リマスター音質は、スタジオの機材を一新しただけあって大変に良好なものとなっている。

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2014年06月25日


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ドヴォルザーク作品の中でも屈指のボヘミア的作品と言われる「第6」交響曲と、同じく民族的ながらもきわめて壮麗なヤナーチェクの《シンフォニエッタ》の組み合わせ。

 
どちらもクーベリックの得意なレパートリーであり、いずれの作品においてもまずは指折られるべき名演奏と言えるだろう。

このオルフェオから出されたライヴ録音は、ただでさえ筆者の垂涎のカップリングである上に、演奏も空前の名演であるとされているから、完全に溺愛しているCDである。

クーベリックのヤナーチェク《シンフォニエッタ》のCDは正規盤だけで5種類に及ぶ。

1946年の亡命前のチェコ・フィルとのもの、ウィーン・フィルとの1955年頃のモノラルのスタジオ録音と、時期を接したライヴ録音、1970年代に入ったばかりのDGへのバイエルン放送響とのスタジオ録音に、この1980年代のバイエルン放送響とのライヴである。

録音の時期も適当にばらついており、比較しやすい特徴もあるが、ウィーン・フィルとの2種類は出来が芳しくない。

むしろ、若いときに残したチェコ・フィルとの録音に魅力を感じる。

DGとのものは、定評のある名盤であり、とても優れた演奏で、客観的な安定した標準的名演として永く語られるであろう録音である。

この1981年のライヴは、少々バランスはDG盤に劣ると思われるが、ヤナーチェクへのクーベリックの思いが、よりストレートに表出されている点で優れている。

その分、リズムが幾らか刺激的に刻まれており、ヤナーチェクの語法が生々しく語られるさまは、好きな者にとって快感ですらある。

筆者がイメージするボヘミアの情景に最も近いのが、クーベリックのドヴォルザーク「第6」であるという基本的な考え方は、DG盤を聴いて以来、個人的には未だに変わってはいない(少なくともこの曲におけるクーベリックの絶対的優位性は、筆者にとって一度も崩されていない)。

当盤のドヴォルザークの「第6」は特にその感が強く、熱心な愛好家以外にはあまり馴染みのないこの作品が、ドヴォルザークならではの美しい旋律美にあふれた魅力作であることを教えてくれる。

特にアダージョ楽章の質朴な味わいは、バイエルン放送響木管セクションの巧さも手伝って秀逸、続く第3楽章もさながら“スラヴ舞曲”の趣きで楽しめる。

もちろん、前半の《シンフォニエッタ》も含め、溢れかえる民族的要素を決して泥臭くならずに表出するクーベリックなればこその名演であることは言うまでもないことであろう。

特に弦楽セクションの瑞々しさはこれまでにない美点で、クーベリックの採るヴァイオリン両翼型配置の妙味もなおさら際立つ。

ただ、DG盤とこのライヴ録音を比較すると、細部で相当な心境の変化がクーベリックに生じたことを吐露した録音とも言え、とても興味深い。

それが彼の本質的な解釈の変化なのか、それともDG盤がベルリン・フィルで、このオルフェオ盤が直前まで手兵だったバイエルン放送響によるものかは、分からない。

しかし、クーベリックは本質的な解釈自体をライヴであるからといって変えることはなかったので、クーベリックの心境の変化だと捉えている。

ドヴォルザークの「第6」をクーベリックで聴くと後期3大交響曲を上回る大名作に聴こえるから不思議だ。

巨匠が晩年敢えて取り上げた曲だけに値千金の重みがある。

音質が大変に良好なことも朗報で、《シンフォニエッタ》終曲のフィナーレなど素晴らしい響きだ。

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2014年04月29日


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ドヴォルザークが作曲した協奏曲は、作曲年代順にピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲、チェロ協奏曲の3曲が知られている。

ピアノ協奏曲については、若書きであるせいもあって、リヒテル&クライバーによる名演で知られてはいるものの、いささか魅力に乏しい作品と言わざるを得ない。

チェロ協奏曲が、あらゆる作曲家によるチェロ協奏曲の中でも玉座の地位を獲得している不朽の名作であることは衆目の一致するところであるが、ヴァイオリン協奏曲も、ドヴォルザークならではのチェコ風の民族色溢れる美しい旋律に満ち溢れた名作であり、録音もチェロ協奏曲ほどではないものの、比較的多いところだ。

本盤には、そうしたチェロ協奏曲とヴァイオリン協奏曲をカップリングするという極めて珍しいCDであるが、両演奏ともに、演奏者がチェコ出身者で固められているということもあり、まさにチェコの民族色を感じさせる魅力的な名演奏であると言えるのではないだろうか。

とりわけ、チェロ協奏曲については、かつてのカザルスをはじめとして、ロストロポーヴィチ、マイスキーなど、世界的なチェリストがスケール雄大な名演の数々を成し遂げてきているが、本盤に収められたフッフロの演奏は、そうした海千山千のチェリストの演奏と比較すると、雄大なスケール感とか超絶的な技量という点においては、はっきり言って太刀打ちはできないと言わざるを得ないところだ。

しかしながら、演奏の端々から漂ってくる野趣溢れるとも言うべきチェコ風の情感豊かさと言った点においては、そうした世界的チェリストによる演奏よりも味わい深いと言えるところであり、演奏内容の総体としては、決して劣っているものではない。

少々表現は悪いが、豊かな自然に囲まれたチェコの片田舎を思わせるようなひなびた情緒があるとも言えるところであるが、こうした独特の味わい深さこそが本演奏の最大の魅力であると言っても過言ではあるまい。

人工的な美の世界に毒されている都会人である多くの聴き手に一服の清涼剤を与えるかの如き演奏とも言えるところであり、筆者としては、現代においてこそ希少価値のある極めて優れた名演と評価するのにいささかの躊躇をするものではない。

ヴァイオリン協奏曲については、フッフロのチェロ演奏と同様のことがスークのヴァイオリン演奏にも言えるところであり、楽曲の性格からしても、チェロ協奏曲以上にその性格に合致した素晴らしい名演と高く評価したい。

ノイマン&チェコ・フィルによる演奏も、フッフロのチェロ演奏やスークのヴァイオリン演奏を見事にサポートするとともに、両曲のチェコ風の民族色を全面に打ち出した見事な名演奏を繰り広げている点を評価したい。

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2014年04月24日


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ケルテス指揮、ウィーン・フィルのドヴォルザークの「新世界より」は今でも非常に人気の高い名盤のひとつで、英デッカの名録音によって今でも瑞々しい鮮度を誇っている。

ケルテスは1973年4月、イスラエルの海岸で海水浴中に高波にさらわれて43歳の若さで命を落としたが、それがクラシック音楽界にとっていかに損失であったのかは、遺された数々の名演でよく理解できるところだ。

かかる名演は、コダーイの管弦楽曲集などのお国ものからブラームスの交響曲全集などに至るまで多岐に渡っているが、それら数々の名演に冠絶するケルテス最大の遺産は、本盤に収められたウィーン・フィルとのドヴォルザークの「第9」であるというのは論を待たないところだろう。

それどころか、古今東西の様々な指揮者による同曲の名演の中でも、トップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

本演奏で素晴らしいのは何よりも、ウィーン・フィルの美しさの極みとも言うべき名演奏にある。

ホルンをはじめとする金管楽器の朗々たる奥行きのある響きは抗し難い魅力に満ち溢れており、木管楽器の温もりのある響きも極上の美しさを誇っている。

そして弦楽合奏の重厚にして優美な音色が演奏全体に適度の潤いを与えていることを忘れてはならない。

このような美しさの極みとも言うべき名演奏は、ウィーン・フィルとしてもなかなか成し遂げられるのは困難なものと言えるところであり、それだけ本演奏においてはウィーン・フィルが持ち得る実力を最大限に発揮している。

ケルテスはこの時は若干31歳の若さであったが、ウィーン・フィルにこれだけの名演奏をさせたということは、ケルテスの類稀なる才能と同時に、ウィーン・フィルがケルテスの才能を深く敬愛していたことの証左であると考えられる。

ケルテスの指揮は、いささかも奇を衒うことなく、むしろオーソドックスな自然体のものとさえ言えるが、ウィーン・フィルに前述のような最美の演奏をさせることによって、同曲の魅力を最大限に発揮させることに成功している点を高く評価したい。

まさに本演奏は、我々聴き手が同曲に求めるすべての要素を兼ね備えていると言っても過言ではあるまい。

私見では、同曲の最高峰の名演は、本演奏とクーベリック&ベルリン・フィル(1972年)、カラヤン&ウィーン・フィル(1985年)による名演が3強を形成していると考えているが、同曲の魅力を存分に味わうことができるという意味においては、本演奏こそが随一であると考えている。

ケルテスは、後年にロンドン交響楽団とともに同曲を録音(1966年)しており、それも名演に値するとは思うが、とても本演奏のような魅力は備わっていない。

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2014年04月03日


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伝説のデュ・プレ、1969年プロムスのドヴォルザークが悲願のリリース!

ドヴォルザークはバレンボイム盤(1970年スタジオ / EMI)、チェリビダッケ盤(1967年ライヴ / DG)に次いで3種目。

ところが、まさにそのために数年越しの交渉でもデュ・プレ協会の許可が下りずに、皮肉にもとびきりの遺産として最後まで手付かずだったもの。

こうして今また良好なステレオで聴けるとは大きな喜びである。

ドヴォルザークのチェロ協奏曲と言うと、同曲を何度も録音したロストロポーヴィチによる演奏がいの一番に念頭に浮かぶ。

遺された録音はいずれ劣らぬ名演であるが、とりわけ、カラヤン&ベルリン・フィルと組んだ演奏(1968年)は、指揮者とチェリストががっぷり四つに組んだ絢爛豪華な超名演として、現在においても同曲演奏史上最高の名演としての地位を譲っていないと考えている。

このように、ロストロポーヴィチによる数々の名演の印象があまりにも強い同曲であるが、録音がやや冴えないという難点はあるものの、演奏内容だけをとれば、デュ・プレによる本演奏は、前述のロストロポーヴィチによる1968年盤にも十分に対抗し得るだけの名演と評価できるのではないだろうか。

それは、デュ・プレによる渾身の気迫溢れる力強い演奏によるところが大きいと言える。

本演奏は1969年のものであるが、これはデュ・プレが不治の病を発症する直前の演奏でもある。

デュ・プレが自らをこれから襲うことになる悲劇的な運命を予知していたのかは定かではないが、本演奏には何かに取り憑かれたような底知れぬ情念のようなものを感じさせるとも言えるだろう。

いや、むしろ、我々聴き手が、デュ・プレをその後襲った悲劇を思って、より一層の深い感動を覚えるのかもしれない。

それにしても、本演奏における切れば血が出てくるような圧倒的な生命力と、女流チェリスト離れした力感、そして雄渾なスケールの豪演は、我々聴き手の肺腑を打つのに十分な迫力を誇っており、このような命がけの体当たりの大熱演を繰り広げていたデュ・プレのあまりにも早すぎる死を惜しむ聴き手は筆者だけではあるまい。

グローヴズの骨太で雄大なバックにのせて、たっぷりと思いのたけを込めて歌うチェロ、惜しみなく続く暖かいブラーヴォ、心をかきむしられるこれほどの演奏が、どうしてこれまで眠ったままだったのか謎だ。

一方、イベールはデュ・プレとしては初出のレパートリーで、他ならぬ彼女が弾いていることに大きな価値があると言える。

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2014年02月27日


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ノイマンは、ドヴォルザークの交響曲全集を2度完成させるとともに、交響曲第7番〜第9番については、全集以外にも何度も録音している。

いずれの演奏も、ノイマンの温厚篤実な性格があらわれた情感豊かな名演であるが、一般的には、2度目の交響曲全集や、ポニーキャニオン(現在は、エクストンから発売)に録音した第7番〜第9番、そして、ドヴォルザーク生誕100年を記念した第9番あたりの評価が高い。

それ故に、1度目の交響曲全集の旗色が悪いが、それでも尋常ならぬ完成度の高さがあり、まさにノイマン自家薬朧中の至芸である。

本盤は、その旧全集から、第7番と第8番を収めているが、筆者としては、後年の名演にも優るとも劣らない名演と高く評価したい。

全体的に格調の高い情感の豊かさを保っている点は、後年の名演と同様の傾向ではあるが、ここには、後年の名演には見られない若々しい生命力と引き締まった独特の造形美がある。

誇張を排した純正で格調高い表現の中に、豊かな民族的情感が滲み出ており、また後年の演奏にないきりりとした若々しさがある。

極めてオーソドックスな演奏だが、緻密に譜読みして真摯に演奏することが本当の意味での(=ドヴォルザークが表現したかった)「民俗」を奏でる唯一の手段であり、嚊めば嚊むほど味が出てくる模範的な表現だ。

両曲とも最後まで緊張が緩むことがなく、このドヴォルザークの傑作を最も精確に堪能できる素晴らしい名演奏だ。

手兵のチェコ・フィルも、そうしたノイマンとともに最高のパフォーマンスを示しており、この時代のチェコ・フィルの古雅な音色美も絶品。

これぞ正調ドヴォルザークの決定盤と言いたい。

本盤は、Blu-spec-CD盤であるが、従来盤と比較してさらに鮮明度がアップしており、ノイマンの若き日の名演を高音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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2014年02月23日


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前述したように、筆者はトスカニーニ&NBC響の《新世界より》XRCD盤を、この交響曲のほぼ理想的な再現と考えている。

しかし、トスカニーニ&NBC響に限りなく肉迫したライナー&シカゴ響の絶頂期の名演《新世界より》が、XRCD&SHM-CDで蘇ったことも我々には大きな朗報と言って良いだろう。

ライナーが残した唯一の《新世界より》は、聴き慣れた作品から新たな魅力を引き出し、音楽的な純度を際立たせるライナーの手腕が発揮された名演。

民族的な粉飾を脱し、純音楽的に極められたライナーならではの《新世界より》が聴かれる。

ドヴォルザークの音楽に特有のローカルな雰囲気を感じさせず、絶対音楽としての美しさを極めた演奏で、特にイングリッシュ・ホルンの名ソロが聴ける第2楽章の静かな美しさは、惚れ惚れするほど素晴らしい。

シカゴ響の完璧なアンサンブルと重厚で引き締まったサウンドを生かして綴られたこの演奏は、揺るぎない造型的美観や、異常なまでに張り詰めた緊迫感を特色とした怖ろしく純度の高い名演であり、そこに繰り広げられている少しの妥協もない磨き上げられた表現は、何度接しても常に新鮮な感動を授けてくれるのである。

この演奏の完成度の高さはいくら言葉で表そうとしても伝えきれない。

当時は機能的すぎるといった的外れなことを言っていた人もいたが、3チャンネル・オリジナル・マスターから最高の技術でデジタル・マスタリングされた当盤をぜひ聴いてみてほしい。

第2楽章の木管の鮮度の高い音色、弦の澄んだ響きと見事なバランス。

ライナーの要求にオケがいかにも見事に応えており、まさにトスカニーニ&NBC響に匹敵するような一糸乱れぬアンサンブルだ。

ピアニッシモも非常に美しく、これが1957年のステレオ録音だとはおよそ信じられない。

いずれにしても、ライナー&シカゴ響による同曲の超名演を、このような高音質のXRCD&SHM-CD盤で聴くことができるのを大いに喜びたい。

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2014年02月21日


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まさに強烈無比な演奏だ。

フルトヴェングラーはトスカニーニによるベートーヴァンの交響曲の演奏を指して、「無慈悲なまでの透明さ」と評したとのことであるが、従来CD盤のような劣悪な音質で本演奏を聴く限りにおいては、そうした評価もあながち外れているとは言えないのかもしれない。

ドヴォルザークの交響曲第9番と言えば、米国の音楽院に赴任中のドヴォルザークのチェコへの郷愁に満ち溢れた楽曲であるだけに、チェコの民族色溢れる名旋律の数々を情感豊かに歌い抜いた演奏が主流であると言えるが、トスカニーニは、そうした同曲に込められたチェコの民族色豊かな味わいなど、殆ど眼中にないのではないかとさえ考えられるところだ。

演奏全体の造型はこれ以上は求め得ないほどの堅固さを誇っており、その贅肉を全て削ぎ落としたようなストレートな演奏は、あたかも音で出来た堅牢な建造物を建築しているような趣きすら感じさせると言えるだろう。

そして、速めのテンポを基調とした演奏の凝縮度には凄まじいものがあり、前述のように音質が劣悪な従来CD盤で聴くと、素っ気なささえ感じさせる無慈悲な演奏にも聴こえるほどだ。

しかしながら、音質については後述するが、本XRCD盤で聴くと、各フレーズには驚くほど細やかな表情づけがなされているとともに、チェコ風の民族色とはその性格が大きく異なるものの、イタリア風のカンタービレとも言うべき歌心が溢れる情感が込められているのがよく理解できるところであり、演奏全体の様相が強烈無比であっても、必ずしも血も涙もない無慈悲な演奏には陥っていない点に留意しておく必要があるだろう。

そして、このようなトスカニーニの強烈無比な指揮に、一糸乱れぬアンサンブルを駆使した豪演を展開したNBC交響楽団の卓越した技量にも大きな拍手を送りたい。

いずれにしても、本演奏は、トスカニーニの芸風が顕著にあらわれるとともに、ドヴォルザークの交響曲第9番を純音楽的な解釈で描き出した演奏としては、最右翼に掲げられる名演と高く評価したい。

音質については、従来CD盤が様々なリマスタリングやK2カッティングなどが行われてきたところであるが、前述のようにいずれも劣悪な音質で、本演奏の真価を味わうには程遠いものであった。

トスカニーニ=快速のインテンポによる素っ気ない演奏をする指揮者という誤った見解を広めるには格好の演奏であったとさえ言えるところだ。

ところが、本XRCD盤の登場によって、ついに本演奏の真価のベールを脱いだと言っても過言ではあるまい。

音質の鮮明さ、臨場感、音圧の凄まじさのどれをとっても、従来CD盤とは別格の高音質であり、トスカニーニの演奏が、決して無慈悲な演奏ではなく、各フレーズにどれほどの細やかな表情づけが行われているのか、そして情感が込められているのかを理解することが漸く可能になったと言えるところだ。

いずれにしても、本XRCD盤は、トスカニーニの演奏に関する前述のような誤解を解くに当たっても大変意義の大きいものであり、トスカニーニによる同曲の圧倒的な名演を、このような高音質のXRCD盤で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年02月12日


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本盤は、ドヴォルザークの「第9」とマルティヌーの「第2」という、チェコの作曲家による名作をカップリングしているが、いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

特に、マルティヌーの「第2」については、チェコ出身の指揮者やオーケストラ以外ではあまり演奏がなされていないこともあり、このカップリングは大いに歓迎すべきだと考える。

これは、父ネーメ・ヤルヴィ譲りの広範なレパートリーを誇るパーヴォ・ヤルヴィの面目躍如たるものと言えるだろう。

両曲ともに、いわゆるチェコの民族色を全面に打ち出した演奏ではなく、曲想を精緻に丁寧に描き出していくという純音楽的な演奏ということができる。

恣意的な解釈は薬にしたくもなく、どこをとっても嫌みのない情感の豊かな音楽が滔々と流れていく。

したがって、これらの楽曲に、チェコ風の民族色豊かな演奏を期待する聴き手にとっては、肩透かしを喰らうことにもなりかねないと思われるが、音楽自体が有する魅力を深い呼吸の下でゆったりとした気持ちで満喫することができるという意味においては、古今東西の様々な名演と比較しても、十分に存在意義がある名演と言える。

そして、本演奏において何よりも素晴らしいのは、シンシナティ交響楽団の好パフォーマンスであろう。

かつては、必ずしも一流とは言えなかったシンシナティ交響楽団であるが、パーヴォ・ヤルヴィの薫陶によって、数々の素晴らしい演奏を繰り広げるようになってきている。

このコンビによるかなりの点数にのぼる既発売CDの演奏の水準の高さが、それを如実に物語っているが、本盤においても、そうした薫陶の成果が存分に発揮されている。

管楽器や弦楽器、そして打楽器の技量には卓抜としたものがあり、両曲を名演たらしめるのに大きく貢献していることを忘れてはならない。

また、テラークによる極上の高音質録音によって、パーヴォ・ヤルヴィによる精緻なアプローチが鮮明に再現されている点も大いに歓迎したい。

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2014年02月02日


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全盛時代のセル&クリーヴランド管弦楽団による演奏の凄さを味わうことができる圧倒的な超名演だ。

セル&クリーヴランド管弦楽団は、「セルの楽器」とも呼称されるほどの鉄壁のアンサンブルを誇った名演奏の数々を展開した稀代の黄金コンビであった。

すべての楽器セクションがあたかも一つの楽器のように聴こえるという精緻にしてまさに完璧な演奏の数々を繰り広げていたのである。

もっとも、そうした完全無欠の演奏が、ある種の技量に偏ったメカニックな冷たさを感じさせたのも否めない事実であり、とりわけ1960年代の半ば頃までの演奏にはそうした演奏があまた散見されていた。

もっとも、理由はよくわからないが、ドヴォルザークやスメタナなどのチェコ音楽、そして独墺系の作曲家の中ではとりわけシューマンの音楽については、1960年代後半以降の最晩年の演奏において垣間見せた、情感豊かで柔軟性のある円熟の名演の数々を披露していた。

特に、ドヴォルザークやスメタナなどのチェコ音楽には、ハンガリーの隣国の音楽ということもあり、深い愛着と理解を有していたと言えるのかもしれない。

本盤に収められたドヴォルザークのスラヴ舞曲全集も、実に素晴らしい圧倒的な超名演だ。

いずれの楽曲も一糸乱れぬ鉄壁のアンサンブルを駆使した、まさに完全無欠の演奏を展開しており、おそらくはオーケストラ演奏としてパーフェクトなものとさえ言えるだろう。

それでいて、1962〜1965年にかけての演奏であるが、この時期のセルの欠点でもあったある種のメカニックな冷たさなどはいささかも感じさせず、どこをとってもチェコの民族色溢れる豊かな情感に満ち溢れているのが素晴らしい。

ドヴォルザークのスラヴ舞曲全集の名演としては、クーベリック&バイエルン放送交響楽団による演奏(1973〜1974年)や、ノイマン&チェコ・フィルによる2度目の演奏(1985年)などが掲げられるが、本盤のセル&クリーヴランド管弦楽団による演奏も、これらの名演に肉薄する圧倒的な超名演と高く評価したい。

音質は、1960年代のスタジオ録音であるものの、従来盤でも比較的良好な音質であり、セル&クリーヴランド管弦楽団による鉄壁のアンサンブルを駆使した完全無欠の演奏の凄みを味わうには十分な音質である。

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2014年02月01日


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セル&クリーヴランド管弦楽団によるドヴォルザークの楽曲の演奏はいずれも素晴らしい。

全盛時代のセル&クリーヴランド管弦楽団は、各楽器セクションが一つの楽器のように聴こえるような一糸乱れぬ鉄壁のアンサンブルを誇ったことから、「セルの楽器」とも称された完全無欠の演奏を展開していたが、1960年代半ば頃までの演奏は、そうした完全無欠の演奏が、ある種の技量に偏ったメカニックな冷たさを感じさせたのも否めない事実である。

そのようなセルも1960年代後半の最晩年に差し掛かると、クリーヴランド管弦楽団の各奏者にも一定の自由を与え、芸風により柔軟性が垣間見られるようになり、円熟の味わい深い名演奏を成し遂げるようになった。

もっとも、ドヴォルザークやスメタナなどのチェコ音楽については、何故か1960年代半ば以前の演奏においても、そうした晩年の演奏にも比肩し得るような情感豊かな味わい深い演奏を行っていており、これは、ドヴォルザークやスメタナなどのチェコ音楽には、ハンガリーの隣国の音楽ということもあり、セル自身が深い愛着と理解を有していた証左なのかもしれない。

本盤に収められたドヴォルザークの後期交響曲集(第7〜第9番)やドヴォルザーク及びスメタナの管弦楽曲(弦楽四重奏曲第1番のセルによるオーケストラバージョンを含む)の各演奏においてもそれは健在であり、表面上は鉄壁のアンサンブルを駆使した完全無欠の演奏でありつつも、各フレーズの端々には、前述のようなチェコ音楽への深い愛着と理解に根差した豊かな情感が込められていて、いずれも味わい深い素晴らしい名演に仕上がっていると高く評価したい。

もっとも、ドヴォルザークの交響曲第8番については、1970年にEMIにスタジオ録音した同曲演奏史上でもトップの座を争う至高の超名演が存在しており、最晩年の演奏ならではの味わい深さと言った点において本演奏はいささか分が悪いが、それでも本盤に収められた演奏を名演と評価するのにいささかの躊躇をするものではない。

音質は1949〜1963年のスタジオ録音であり、従来盤では今一つの音質であったが、セルによるドヴォルザークやスメタナの楽曲の演奏はいずれ劣らぬ名演揃いであり、今後はすべての楽曲について、最低でもBlu-spec-CD化、そして可能であればSACD化を図るなど、更なる高音質化を大いに望んでおきたい。

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2013年12月27日


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ノイマン&チェコ・フィルのキャニオン・クラシックス録音をハイブリッドSACD化するシリーズ「ノイマン・ハイブリッド・シリーズ」の第2弾は、第1弾『新世界より』に続いてドヴォルザークのシンフォニー。

ファンにとって忘れ難い、同コンビ最後の来日公演からのライヴ・レコーディングである。

この頃のノイマンは、22年間務めてきたチェコ・フィル首席指揮者のポストを後輩ビエロフラーヴェクに託して自由な客演活動をしていた時期。

来日直前の10月にはウィーン・フィルの定期公演でヤナーチェクの『グラゴル・ミサ』を振って大成功を収めるなど、円熟の最中にあった。

当盤に収録された2曲からも、そんな両者の充実ぶりを感じ取ることができる。

特に第7番は、実況ならではの熱気も加わって気迫満点、遅めのテンポ設定による重量級アプローチで壮大なドヴォルザークを聴かせてくれる。

重厚で熟成されたチェコ・フィル・サウンドも格別で、首席の座を退いたとはいえ、名誉桂冠指揮者の称号を送って変わらぬ協調関係を保っていたノイマンとの名コンビぶりにはさすがに隙がなく、密度の高い、堅牢かつ深い味わいに富む見事な演奏で聴き手を魅了する。

第8番では、作品の性格を反映してか細部のニュアンスが豊富。

ソロ楽器の巧さ、第3楽章における弦楽セクションの美しさ、煽り立てるようなそぶりは示さないにもかかわらず感興を高めていく終楽章など魅力的である。

楽曲の隅々まで指揮者の意志と気力が横溢した1970年代の演奏とは趣が異なり、どこか懐古的な響きで満たされてるが、聴きながら、やはりドヴォルザークはノイマン&チェコフィルが最高、と納得してしまう名演奏だと思う。

そんなノイマンが最晩年に残した東京ライヴが、EXTONのリマスタリングでSACD化された。

20年以上前のライヴ録音なので、最新のDSD録音のような美麗かつ鮮明な録音ではないが、収録バランスは良好で、気になるような演奏上のミスもなく、楽章間の客席のノイズや終演後の拍手もカットされており、じっくりと演奏に浸ることが出来る。

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以前にキャニオン・クラシックスからリリースされていた音源をSACDハイブリッド化する「ノイマン・ハイブリッド・シリーズ」の第1弾で、今後はドヴォルザーク交響曲第7&8番、スラヴ舞曲や、一連のマーラーの交響曲が続々登場、とのこと。

1995年1月、チェコ・フィルとの終生の記録を永遠のかたちとして残したいという巨匠ノイマンの強い希望で実現した、最後の『新世界より』。

定番ともいえるノイマンとチェコ・フィルのコンビによる『新世界より』。

端正で細部まで磨き抜かれた演奏は、幾分玄人好みともいえるが、ノイマンの手腕には感服する。

メンバー全員との熱い絆で結ばれたノイマンの“うた”には、民族、歴史、社会など、人間を取り巻く全ての世界観がそこにあり、言葉では語れない音楽の底力に感動できる伝説の一枚となった。

チェコ・フィルの名手、ティルシャル(ホルン)、ケイマル(トランペット)、ヴァーレク(フルート)、キメル(オーボエ)等、ノイマンが信頼を寄せていた名手が勢ぞろいし、音楽音色ともに聴くものをしびれさせてくれる。

この作品のいろいろな演奏を聴く機会に恵まれてきたが、こんなにも慈しむような演奏は想像すらできなかった。

澄んだ響きで、ほとんど力むことも煽ることもなく、やや遅めのテンポでじっくりと丁寧に音が紡ぎ出されていく。

ダイナミックな楽章すら孤高の余情に打たれる。

ドヴォルザーク最後の交響曲が、あたかもマーラーやブルックナー晩年の作品を思わせるような深さを伴って再現されているようにすら思えた。

一聴して何の変哲もないようでありつつ、実にこの作品を愛し続けてきたノイマンとチェコ・フィルの驚くべき深みが、問わず語りのように静かに深く歌われている。

1993年の凛としたライヴ録音も素晴らしいが、この最後の録音はまた別格の味わいがある。

交響的変奏曲では対照的なまでにダイナミックでスケールの大きい迫力に満ちた響きで圧倒する力演である。

そして、本盤で素晴らしいのは、SACDによる極上の高音質録音である。

最晩年のノイマンとチェコ・フィルによる素晴らしい名演をSACDによる高音質で味わうことができるのを大いに噛み締めたい。

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2013年12月25日


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もう晩年のバーンスタインの演奏に関して、優等生的に評するのは止めにしたい。

バーンスタインの芸風は、1980年代に入ってから大きく変化したように思われる。

テンポが著しく遅くなるとともに、表現は雄弁できわめて大仰なものとなったからである。

こうした変化は、バーンスタインの健康の衰えによるものなのか、それとも晩年になって感情移入の度合いが高くなってきたためなのか定かではないが、いずれにしても、その変化の大きさは、常識をはるかに超えているとさえ言えるだろう。

バーンスタインには、熱烈な愛好者も多く存在しており、そのような人からすれば、かかる演奏を持って、晩年になって新境地を開いたとか、スケールが雄大になったとか、あるいは真の巨匠になったなどと評価するのであろう。

しかしながら、一般の愛好者の中には、とてもついていけないと感じる人も相当数いるのではないだろうか。

かく言う筆者もその一人である。

マーラーや、精神分裂気質がマーラーと似通っているシューマンの楽曲の演奏については、筆者は高く評価している。

それどころか、特にマーラーについては、バーンスタインこそは史上最高のマーラー指揮者として高く評価しているところだ。

しかしながら、その他の作曲家による大半の楽曲の演奏については、雄弁であるが内容は空虚。

スケールはやたら大きいが、いわゆるウドの大木の誹りは免れないのではないかと考えている。

本盤に収められたドヴォルザークの「第9」も、そのようなバーンスタインの欠点が露骨にあらわれた凡演と言えるだろう。

バーンスタインは、最晩年になって、あらゆる楽曲がマーラー作曲の楽曲のように感じるようになったのであろうか。

粘ったような進行や表情過多とも言える大仰さはほとんど場違いな印象を与えるところであり、とりわけ第2楽章のあまりにも前に進んで行かない音楽にはほとほと辟易とさせられた。

バーンスタインは、1962年にニューヨーク・フィルと同曲を録音しているが、そちらの方がよほど優れた演奏であり、いかにもヤンキー気質の力づくの箇所もないわけではなく名演と評価するには躊躇するが、若武者ならではの爽快な演奏であった。

本盤での救いは、併録のスラヴ舞曲集であろう。

これとて、大仰さが気にならないわけではないが、交響曲よりはよほどまともな演奏と言える。

録音は交響曲が1988年、スラヴ舞曲集が1986年のライヴ録音であり、従来盤でも十分に満足し得る高音質であったが、今般のSHM−CD化によって、若干鮮明さを増すとともに音場が広がったように感じられる。

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2013年12月21日


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クーベリックは、ドヴォルザークの交響曲、とりわけ「第8」及び「第9」については何度も録音しているが、その中でも最も優れた演奏は、本盤に収められたベルリン・フィル盤であると考える。

「第8」については、その後、バイエルン放送交響楽団とともにライヴ録音(1976年)、「第9」については、バイエルン放送交響楽団(1980年)、次いでチェコ・フィル(1991年)とともにライヴ録音しているが、バイエルン放送交響楽団との演奏は、いずれも演奏自体は優れた名演に値するものであるが、ノイズの除去のために低音域を絞ったオルフェオレーベルの音質が演奏のグレードを著しく貶めていることになっており、筆者としてはあまり採りたくない。

「第9」のチェコ・フィル盤は、ビロード革命後のチェコへの復帰コンサートの歴史的な記録であり、演奏全体に熱気は感じられるが、統率力にはいささか綻びが見られるのは否めない事実である。

こうした点からすれば、クーベリックによるドヴォルザークの「第8」及び「第9」の決定盤は、本盤に収められた演奏ということになる。

それどころか、他の指揮者による名演と比較しても、トップの座を争う名演と高く評価し得るのではないだろうか。

このうち「第8」は、1966年と録音年がいささか古いが、それだけにベルリン・フィルが完全にカラヤン色に染まっていない時期の録音であり、チェコの大自然を彷彿とさせるような情感の豊かさや瑞々しさが演奏全体に漲っているのが特徴だ。

テンポなども随所で変化させており、トゥッティに向けて畳み掛けていくような気迫が漲っているが、音楽の自然な流れをいささかも損なっていないのが素晴らしい。

本盤の4年後に、セル&クリーヴランド管弦楽団による同曲最高の超名演(1970年)が生まれているが、本演奏はそれに肉薄する超名演と高く評価したい。

これに対して、「第9」は1972年の録音で、ベルリン・フィルがほぼカラヤン色に染まった時期の録音だ。

それだけに、全体的にはチェコ風の民族色がやや薄まり、より華麗で明瞭な音色が支配しているように感じるが、それでも情感の豊かさにおいてはいささかの不足もなく、「第9」の様々な名演の中でもトップの座を争う名演であることには変わりはない。

ただ、名演としての評価は揺るぎがないものの、クーベリックらしさと言う意味においては、「第8」と比較するとややその個性が弱まっていると言えるところであり、このあたりは好き嫌いが分かれるのかもしれない。

ベルリン・フィルも、両演奏ともにクーベリックの指揮の下、素晴らしい演奏を繰り広げており、各管楽器奏者の卓越した技量には惚れ惚れするほどだ。

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2013年11月11日


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本盤には、チョン・ミュンフン&ウィーン・フィルによるドヴォルザークの交響曲第6番及び第8番が収められている。

このうち、第6番についてはチョン・ミュンフンにとって初めての録音ということになるが、他方、第8番については、エーテボリ交響楽団との演奏(1989年)以来2度目の録音ということになる。

いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

それにしても、この当時のチョン・ミュンフンの演奏は凄かった。

最近では、その芸風に円熟味が加わったものの、やや元気がないチョン・ミュンフンではあるが、1980年代後半から1990年代にかけては、本演奏を含め圧倒的な名演の数々を成し遂げていたと言えるだろう。

本演奏におけるチョン・ミュンフンは、この時期の他の演奏にも共通しているが、ひたすら曲想を前に進めていこうという気迫と、灼熱のように燃え上がる情熱に裏打ちされた圧倒的な生命力に満ち溢れていた。

それ故に、テンポは若干速めのものであるが、それでいて演奏が上滑りになったり、薄味の演奏に陥るということはいささかもなく、どこをとっても豊かな情感に満ち溢れているのが素晴らしい。

また、チョン・ミュンフンは必ずしもインテンポに固執しているわけではない。

一聴すると、音楽はやや速めのテンポでごく自然に滔々と進行していくが、随所においてテンポを微妙に変化させたり、はたまた格調の高さをいささかも損なうことなく個性的な表情づけを行ったりするなど、演奏の密度の濃さには尋常ならざるものがある。

そして、本演奏をさらに魅力的なものにしているのは、ウィーン・フィルによる美しさの極みとも言うべき名演奏であると言えるだろう。

チョン・ミュンフンの音楽性豊かな指揮の下、極上の美演を展開したウィーン・フィルに対しても大きな拍手を送りたい。

チョン・ミュンフンは、ウィーン・フィルとともに既にドヴォルザークの交響曲第3番及び第7番の録音(1995年)を行っているが、本演奏以後は録音が途絶えているところである。

本演奏の素晴らしい出来具合などに鑑みれば、チョン・ミュンフンには是非ともウィーン・フィルとともに、ドヴォルザークの交響曲全集を完成させて欲しいと思っている聴き手は筆者だけではあるまい。

録音は、従来盤でも十分に満足できる音質ではあるが、チョン・ミュンフンによる素晴らしい名演でもあり、今後はSHM−CD化、そして可能であればシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化を図るなど、更なる高音質化を大いに望んでおきたい。

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2013年10月16日


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2008年に発売され、名演の誉れ高かったスタジオ録音の直後に行われたライヴ録音の待望の発売だ。

スタジオ録音と比べて基本的な解釈には変更はないが、終楽章を除いてテンポが速くなっており、いかにもライヴにおいて燃えまくる「炎のコバケン」の面目躍如たる劇的な名演と高く評価したい。

第1楽章冒頭は、ドヴォルザークの指示どおりゆったりとしたテンポで開始するが、主部に入ると小林節が全開。

テンポはめまぐるしく変化し、うねるような音楽が連続する。

それでいて全体の造型にいささかの狂いもないのは、小林が「新世界より」の本質をしっかりと掴んでいるからにほかならない。

第2楽章は深沈たるテンポで情感溢れる指揮ぶりであるが、中間部の終結部分での対旋律の生かし方は実にユニークな解釈。

第3楽章は決然とした開始で力強い解釈であるが、特に、終結部の盛り上がりはいかにも小林ならではのド迫力だ。

終楽章も小林ならではの熱狂的な指揮ぶりで、小林のうなり声もついに頂点に達する。

演奏終了後の聴衆の熱狂、そしてスタンディングオベーションも当然のことのように思われる。

それにしても、これだけ個性的な解釈を示した小林に、ぴたりと付いていったチェコ・フィルの好演も特筆すべきである。

むしろ、チェコ・フィルの小林への絶大なる信頼感がこれだけの名演を成し遂げることに繋がったと言えるのではないか。

録音は、マルチチャンネルはないもののSACDによる極上の音質であり、エクストンとしてもかなりの成功例と言える名録音である。

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2013年10月05日


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スケールの雄大な異色の名演だ。

確かにユニークだが、この上なく格調高い演奏。

ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」と言えば、ボヘミア風の民族色豊かな演奏を期待されるところであり、これまでに成し遂げられた名演の多くも、そうした点に主眼を置いてきたような感がある。

しかしながら、クレンペラーには、そのような民族色など、いささかも眼中にはないのではないかと思われる。

クレンペラーは、同曲を、ベートーヴェンやブラームスの大交響曲に接するのと同様のアプローチで、指揮していると言える。

冒頭のおどろおどろしい導入や、弱いティンパニの音色の響かせ方など、いかにもドイツ音楽風の重厚な響きがするし、第3楽章のゆったりとしたインテンポによる進軍も、あたかもブルックナーの交響曲のような重量感のある迫力だ。

遅めのテンポで堂々と、しかし鈍臭くなく、リズムの刻みもしっかりしていて、木管の音色も実に鮮明に響いており素晴らしく、トゥッティの響きは力強くもふくよかで立派。

ひたすらドイツ的な響きを徹底したクレンペラーはすごい。

誰もが思いつくようでそれを実践したのはクレンペラーだけなのだ。

クレンペラーは、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」という国民楽派の交響曲を、ベートーヴェンの交響曲にも匹敵する大芸術作品に引き上げたのだ。

したがって、同曲に、ボヘミア風の民族色豊かな演奏を期待する聴き手からすれば、野暮ったさや場違いな印象を与えることも考えられるが、前述のように国民楽派の範疇にとどまらず、後期ロマン派を代表する至高の芸術作品に引き上げたクレンペラーの功績は、やはり讃えられてしかるべきであろう。

模範的な「新世界より」に飽きてしまった人には特に強く薦めたい。

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2013年10月04日


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カラヤンは、特にお気に入りの楽曲については何度も録音を繰り返したが、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」についてもその例外ではない。

DVD作品を除けば、ベルリン・フィルとともに本演奏を含め4度にわたって録音(1940、1957、1964、1977年)を行うとともに、ウィーン・フィルとともに最晩年に録音(1985年)を行っている。

いずれ劣らぬ名演であるが、カラヤンの個性が全面的に発揮された演奏ということになれば、カラヤン&ベルリン・フィルが全盛期にあった頃の本演奏と言えるのではないだろうか。

カラヤン&ベルリン・フィルは、クラシック音楽史上でも最高の黄金コンビであったと言えるが、特に全盛期でもあった1960年代から1970年代にかけての演奏は凄かった。

この当時のカラヤン&ベルリン・フィルの演奏は、分厚い弦楽合奏、ブリリアントなブラスセクションの響き、桁外れのテクニックをベースに美音を振り撒く木管楽器群、そして雷鳴のように轟きわたるティンパニなどが、鉄壁のアンサンブルの下に融合し、およそ信じ難いような超絶的な名演奏の数々を繰り広げていた。

カラヤンは、このようなベルリン・フィルをしっかりと統率するとともに、流麗なレガートを施すことによっていわゆるカラヤンサウンドを醸成し、オーケストラ演奏の極致とも言うべき圧倒的な音のドラマを構築していた。

本演奏においてもいわゆる豪壮華麗なカラヤンサウンドを駆使した圧倒的な音のドラマは健在。

冒頭のダイナミックレンジを幅広くとった凄みのある表現など、ドヴォルザークの作品に顕著なボヘミア風の民族色豊かな味わい深さは希薄であり、いわゆるカラヤンのカラヤンによるカラヤンのための演奏とも言えなくもないが、これだけの圧倒的な音のドラマの構築によって絢爛豪華に同曲を満喫させてくれれば文句は言えまい。

筆者としては、カラヤンの晩年の清澄な境地を味わうことが可能なウィーン・フィルとの1985年盤の方をより上位の名演に掲げたいが、カラヤンの個性の発揮という意味においては、本演奏を随一の名演とするのにいささかの躊躇をするものではない。

併録のスメタナの交響詩「モルダウ」も、カラヤンが何度も録音を繰り返した十八番とも言うべき楽曲であるが、本演奏も、聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりを伺い知ることが可能な素晴らしい名演だ。

音質は、従来CD盤が今一つの音質であったが、数年前に発売されたHQCD盤は、若干ではあるが音質が鮮明になるとともに、音場が幅広くなったと言えるところであり、筆者も当該HQCD盤を愛聴してきたところだ。

しかしながら、今般、ついに待望のSACD化が行われることによって大変驚いた。

従来CD盤やHQCD盤とは次元が異なる見違えるような、そして1970年代のEMIによるスタジオ録音とは到底信じられないような鮮明な音質に生まれ変わった。

いずれにしても、カラヤンによる至高の名演を、SACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2013年06月25日


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凄まじい演奏だ。

ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」に、チェコの民族色豊かな抒情性などを期待する聴き手には、全くおすすめできない演奏であるとさえ言える。

いや、それどころか、殆どの指揮者がこのような演奏をすること自体が許されない雰囲気があるが、怪演という名の個性的な名演を数多く成し遂げてきた大指揮者スヴェトラーノフだけに許される演奏であると言えるのかもしれない。

しかしながら、それにしても凄い。

もちろん、スヴェトラーノフの指揮であり、しかも、ロシア国立交響楽団との豪演を聴いているだけに、聴く前から十分に覚悟して本演奏を聴いたのだが、冒頭から完全に圧倒されてしまった。

ブラスセクションの咆哮のとてつもないド迫力、地響きがするようなティンパニの凄まじいまでの強靭さ、うなりをあげる低弦の迫力など、よくぞここまで思い切った演奏をさせるものだとほとほと感心してしまった。

テンポの振幅は激しく、アッチェレランドなども随所に施してはいるが、演奏全体のスケールはこれ以上は考えられないような雄大なもの。

同曲は、新世界であるアメリカ合衆国からのお土産便りのような意味合いを有しているが、スヴェトラーノフによる本演奏は、あたかもロシアの悠久の広大な大地を思わせるものであり、同曲の演奏としては他のどの指揮者の演奏よりも濃厚で特異な性格を有するもの。

まさに尋常ならざる演奏とさえ言えるのではないだろうか。

とりわけ、終楽章終結部の強烈な最強奏という超個性的な解釈には、完全にノックアウトされてしまった。

しかしながら、聴き終えた後の充足感については、これまた尋常ならざるものがあり、これだけ聴き手を満足させてくれれば文句は言えまい。

もちろん、前述のように、チェコの民族色豊かな抒情性を同曲に希求する聴き手には全くおすすめできないが、同曲を何度も繰り返し聴き込んだ聴き手には、むしろ新鮮ささえ感じさせるとも言えるところであり、聴き終えた後の充足感などを総合的に考慮すれば、筆者としては、本演奏をスヴェトラーノフならではの超個性的な名演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

併録のスラヴ舞曲第3番も、交響曲第9番「新世界より」と同様に濃厚の極みと言うべき超個性的な名演だ。

これまた、スヴェトラーノフが演奏すると、チェコの舞曲というよりはロシアの舞曲になっているとも言えるが、演奏全体の濃密さや聴き終えた後の充足感は、他のどの指揮者による同曲の演奏にもいささかも劣っていない。

スウェーデン放送交響楽団も、こうしたスヴェトラーノフの個性的な指揮に、アンサンブルを殆ど乱すことなくしっかりとついていっており、見事な名演奏を繰り広げている点についても高く評価したい。

音質も素晴らしく、今から約30年前のライヴ録音ではあるが、現在でも十分に通用する素晴らしい音質であり、スヴェトラーノフ&スウェーデン放送交響楽団による同曲の超個性的な名演が鮮明に再現されるのが見事である。

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2013年02月22日


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驚天動地の超名演だ。

テンシュテットが咽頭癌に倒れる直前の演奏会の記録であるが、まさに命がけの鬼気迫るような凄まじい豪演とも言える。

ムソルグスキーの「はげ山の一夜」は、スタジオ録音も遺されているが、大きく違うのは本盤ではオリジナル版を採用している点。

オリジナル版に拘った指揮者としてはアバドがあり、同じくベルリン・フィルとの録音を遺してはいるが、本盤と比べると、演奏にかける気迫、力強い生命力や表現力において、雲泥の差があると言えよう。

冒頭から、何事が始まったかと思われるような、大地が鳴動するが如きド迫力であり、演奏終了後は、あまりの凄さに聴衆が拍手を一瞬ためらっているような様子も記録されている。

プロコフィエフも凄い。

グティエレスのピアノも、圧倒的な技量の下、最高のパフォーマンスを示しているとは言えるが、ここでの主役はやはりテンシュテットだ。

緩急自在のテンポ設定や思い切った強弱の変化をつけて、プロコフィエフのピアノ協奏曲の中でも難解と言われる同曲を見事に解析してくれている。

そして、メインの「新世界より」。

同曲にはスタジオ録音があるが全く問題にならない。

これほどまでにオーケストラを追い立てていく圧巻の指揮ぶりは、殆ど狂気ですらある。

いわゆるチェコの民俗色など薬にもしたくはなく、テンシュテットの手にかかると、同曲は、ベートーヴェンの交響曲にも匹敵するような大芸術作品のように聴こえる。

終楽章など、主部は阿修羅のような勢いで突進していくが、それでいて、中間部の抒情も実に美しくて感動的だ。

演奏終了後の熱狂も当然のことのように思われる。

録音も非常に鮮明で素晴らしい。

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壮絶な超名演だ。

テンシュテットは、もし現在も存命であれば、今年は86歳(これは、スクロヴァチェフスキよりも若い)になったはずで、咽頭癌で若くして死去したのは、音楽界にとって大きな損失であったが、本盤のような燃焼度の高い演奏を繰り返していた点にかんがみれば、心身ともに相当に負担がきていたのではないかと思われるほどだ。

それほどまでに、本盤の演奏は豪演だ。

メインのドヴォルザークの第8番は、スタジオ録音がなく、数年前にBBCからライヴ音源が発売されたが、演奏の質は本盤の方がはるかに上。

このように劇的な名演は、他には類例を見ないものと思われる。

第1楽章は、うねるようなテンポ設定と、随所に噴き出てくるようなパッションの爆発が圧巻だ。

第2楽章も、緩急自在のテンポ設定を駆使した一大叙事詩のようなスケールの雄大さが素晴らしい。

第3楽章は、感傷には陥らない高踏的な美しさが見事である。

そして、終楽章は、おそらくは史上最速とも言えるハイテンポで全曲を駆け抜ける。

ベルリン・フィルの重量感溢れる演奏も相俟って、圧倒的な迫力の下、全曲を締めくくるのである。

次いで、プフィッツナーの序曲が素晴らしい。

この生命力に満ち溢れた劇的な名演は、テンシュテットだからこそ可能な至芸と言える。

モーツァルトのピアノ協奏曲第23番は、ピアニストのヒアーホルツァーのサポートを最優先させた感もあるが、それでも第2楽章の悲劇的な表現などにテンシュテットならではの個性も散見され、名演と評価するのにやぶさかではない。

録音も、非常に鮮明であり、十分に満足できる。

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2013年01月14日


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チェロで弾いても難しいドヴォルザークを、コントラバスで独奏するというのももちろん世界初の試み。

ドヴォルザークのチェロ協奏曲をコントラバス(1611年製アマティ)で弾くという、一歩間違えるとゲテモノ扱いされかねない企画ではあるが、そのような懸念を一挙に吹き飛ばしてしまうような素晴らしい、そして感動的な名演だ。

まずは、朝比奈の指揮が見事で、スケールの大きさとダイナミックの豪快さによって際立っている。

冒頭からして深沈としたテンポがいかにも巨匠的表現であるし、第2楽章の抒情的表現も、溢れんばかりの情感の豊かさだ。

終楽章の終結部に向けた盛り上がりも、さすがは朝比奈と言うべき重量感溢れる迫力に満ち溢れている。

その朝比奈の重厚な伴奏の下、ゲリー・カーは実に感動的な演奏を繰り広げている。

しかし、チェロパートをコントラバスで弾いたことに感動したわけではない。

もちろん、そうしたカーの技量は十分に感服には値するとは思うが、そのようなことは二の次で、カーが奏でる情感豊かな演奏、表現に胸を打たれ、感動を覚えるのだ。

何よりも腹の底からの歌、涙を湛えた歌が最高。

特に、第2楽章の抒情的表現は、チェロによる過去の様々な名演でも、果たして太刀打ちできるかどうかというほどのハイレベルな次元の演奏を繰り広げている。

本当に驚くべき名演がここに刻みつけられている。

録音も素晴らしいの一言。

SHM−CDとXRCDの組み合わせは、さすがに、SHM−CDとSACDの組み合わせには勝てないが、十分に鮮明なハイレベルの高音質に仕上がっていると言える。

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2012年12月31日


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素晴らしい名演の登場だ。

ドヴォルザークの交響曲第7番は、その後に作曲された第8番や第9番と比較すると、録音の点数が非常に少ない。

楽曲の内容からすれば、第8番や第9番に優るとも劣らぬような充実した名作であるだけに、大変残念なことである。

ただ、ドヴォルザークには珍しい心の内面に踏み込んでいく、いわば精神的な深みを感じさせる作品だけに、第8番や第9番とは異なり、演奏するに当たって一筋縄ではいかないという点もあるのかもしれない。

私見であるが、これまでの第7番の最高の名演は、クーベリック&ベルリン・フィルであると考えているが、なかなかこのレヴェルの名演にお目にかかることはなかった。

その渇きを漸く癒すCDこそ、本盤のフィッシャー盤であると考えたい。

演奏の性格は、既に録音した第8番や第9番と同様に、その豊かな音楽性と言えるだろう。

どこをとっても、情感豊かな美しい音楽が鳴っており、そうしたアプローチが、ドヴォルザークの音楽との相性抜群なのである。

これまでどのディスクからも聴かれることのなかった様々なディテールが明瞭に聴きとれる感覚は実に新鮮。

かといって伝統に背を向けた独自の解釈では決してないところがフィッシャーのセンスの良いところであろう。

SACDマルチチャンネルによる極上の高音質は、オーディオ的快感のスパイスを程よく効かせたセンスの良いもので、この名演のグレードをさらにアップするのに貢献している点も見過ごしてはならないだろう。

併録のアメリカ組曲も、親しみやすい作品であり、フィッシャー&ブダペスト祝祭管弦楽団も肩の力を抜いて、演奏を楽しんでいるかのような趣があり、それが見事に功を奏していると言える。

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2012年12月21日


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ブラームスは、交響曲や協奏曲などにも傑作を遺したが、作品を大観したところ、やはり室内楽曲に本領を発揮した作曲家と言えるのではなかろうか。

にもかかわらず、室内楽曲の王道とも言うべき弦楽四重奏曲はたった3曲しか作曲していない。

それも、交響曲第1番を書き上げるまでに、すべてを作曲し終えている。

ブラームスは、その後は、弦楽六重奏曲やクラリネット五重奏曲、ヴァイオリン・ソナタなどの傑作を生み出していくことになるので、もしかしたら、弦楽四重奏曲というジャンルに限界を感じたのかもしれない。

それとも、ベートーヴェンという存在があまりにも偉大に過ぎたのであろうか。

それはともかくとして、ブラームスの弦楽四重奏曲も、決して凡作ではなく、室内楽曲に数々の名作を遺したブラームスの名声に恥じない佳作であると思う。

その佳作のトップを争う名演が、このアマデウス弦楽四重奏団による本盤だと考える。

この録音はアマデウス弦楽四重奏団結成10年程の時期のもので、颯爽として若々しいパワフルさと、ポルタメントやルバートなどを流麗に使いこなす演奏はこの時期ならではのもので、ブラームスの楽想を再現するのに最適と言える。

また、一分の隙もなく、旋律線と内声のバランスも非常に良い演奏は、内声の比重の高いブラームスの世界を見事に表現している。

さらにアマデウス弦楽四重奏団の素晴らしさは、決してメカニックな音を出すことはなく、たとえて言うならば、演奏に手作りのぬくもりがあるということだ。

これは、今をときめく現代の弦楽四重奏団には望みえない境地と言えるだろう。

そして、このような温かいアプローチが、ブラームスの音楽にぴったりなのだ。

ドヴォルザークは、旧録音であり、新録音があまりにも素晴らしい名演であるため、どうしても影が薄いが、生命力溢れる前進性という意味では、本盤に軍配があがるであろう。

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2012年11月20日


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これは、ドヴォルザークの「新世界より」という交響曲の魅力を、ゆったりした気持ちで味わうことができる名演だ。

第2楽章の中間部の微妙なテンポの変化や、終楽章の第1主題のレガートのかけ方などに、やや個性的な箇所も散見されるが、それ以外はいかにも模範的な解釈。

奇を衒うということはいささかもなく、中庸のテンポで、交響曲の全体像を描き出していく。

要するに、指揮者の個性というよりは、楽曲の素晴らしさを存分に味わうことができる演奏ということが出来るだろう。

したがって、「新世界より」に何か特別な個性的解釈や、意味深さなどを求める聴き手からすると、物足りないと感じる人もいるとは思うが、これだけ、「新世界より」の魅力を心ゆくまで堪能させてくれるのであれば文句は言えないのではないかと思われる。

この演奏、確かに「新世界」なのだが、これまでのどの演奏とも異なる、文字通りの「新世界」だ。

さらにいえば「別世界」。

ポピュラーすぎてどれを聴いても同じようにしか聴こえてこなかったこの曲であるが、あらためてその魅力と奥深さを気付かせてくれた現代の名演と言えよう。

ヤンソンスによって鍛え抜かれた手兵コンセルトヘボウ管弦楽団の好演も特筆すべきであろう。

弦楽器も、そして、金管楽器や木管楽器も実に巧く、ここぞという時のティンパニをはじめとする打楽器群の迫力も圧倒的だ。

名門オーケストラ、コンセルトヘボウ管弦楽団がヤンソンスを得て黄金時代の到来を予感させる。

そして、SACDマルチチャンネルによる極上の高音質録音も、コンセルトヘボウのシートで聴いているかのような錯覚を覚える名録音であり、本名演の価値をより一層高めることに大きく貢献している。

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ドヴォルザークの「レクイエム」は名曲で、今回、ヤンソンスの演奏が出たことはまことに喜ばしい限り。

本盤は、ヤンソンス&コンセルトへボウ管弦楽団の黄金コンビの絶好調ぶりをあらわす名演だと思う。

「レクイエム」は、ドヴォルザークの最円熟期に作曲された傑作であるが、そのわりには録音が極めて少ない。

これは大変残念なことであると思うが、その渇きを十分に癒す本名演の登場は、大変に歓迎すべきことであると考える。

期待通り、この美しい曲をまことにこの上なく美しく仕上げた立派な出来映え。

大曲であるが、聴き惚れてしまって、あっという間に終わってしまった。

ヤンソンスは、めまぐるしく移り変わる各局面の描き分けが実に巧みであり、なかなか統率が困難とも言われているウィーン楽友協会合唱団にも、その力強い統率力を発揮して、見事な歌唱をさせているのが素晴らしい。

独唱のストヤノヴァや藤村も最高のパフォーマンスで、この名演に華を添えている。

ドヴォルザークの「第8」も名演だ。

アプローチとしては指揮者の個性を全面に打ち出すというよりも、楽曲の魅力や美しさを引き出した演奏と言うことができる。

だからと言って、没個性的な演奏ということではない。

例えば、第1楽章や終楽章の終結部の猛烈なアッチェレランドや、第2楽章の他のどの指揮者よりもゆったりとしたテンポによる抒情豊かな演奏など、ヤンソンスならではの個性的な解釈も見られる。

録音は、SACDマルチチャンネルによる極上の高音質であり、本盤の価値をより一層高めることに大きく貢献している。

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2012年09月01日


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1966年11月7日 ロンドン、ワトフォード・タウン・ホールでのスタジオ録音。

『新世界より』はオーマンディお得意のレパートリーであったが、スラヴ風の憂愁を重厚でスケールの大きな響きで表現した名演と言えよう。

オーマンディが珍しくロンドン交響楽団を指揮した『新世界より』は、冒頭から終結まで一分の隙もなく充実しきった音楽性に満たされており、素晴らしい。

誠心誠意、心をこめて演奏をしているといった趣きであり、こうしたオーマンディの『新世界より』という、いわば通俗名曲に対する真摯な姿勢が、我々の心を打つ。

何の変哲もない表現だが、要所を手堅く押さえた構成は模範的といってよく、歌うべきところも過不足ない表情である。

しかし、よく聴くとその中に巨匠的な円熟があり、終楽章など堂々としたスケールの大きさを感じさせる。

ローカル色やノスタルジーにはやや遠いが反面、普遍的な音楽美という点では最も高い水準にある演奏のひとつだろう。

それにしても、このオーマンディ&ロンドン交響楽団の『新世界より』のなんと迫力満点で爽快なことか。

歯切れ良くノリのよいテンポ、オケ全体の息がぴったり合った緊迫感、1966年の録音だがまったく音の古さも感じさせない。

聴かせどころのツボを心得た名演というべきであり、最円熟期の名匠の高踏的なゆとりの境地すら感じさせる。

オーマンディがフィラデルフィア管弦楽団との長年のコンビで多数の録音を残していると、どうしても「ビジネス」としての商業録音という気がして、あまり好んで聴くことがなかったが、この『新世界より』はフィラデルフィア管との一連の録音よりもリアリティを感じる素敵な演奏だと思った。

奇しくもケルテスが同年に同オケで同曲を録音しているが、指揮者による鳴りの違いが如実に現れていて面白く聴くことができた。

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2012年03月19日


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かつてフィリップスから発売され、現在は廃盤となっていたSACDの再発売である。

ユニバーサルは、数年前にSACDから撤退したが、最近、再びSACDの発売を開始した。

それは、レコード業界にとっても大変に素晴らしいことだと思うが、このフィッシャー盤が再発売される可能性は、フィリップスレーベル自体が消滅した今となっては、なかなか望むべくもないのかもしれない。

その意味では、チャンネル・クラシックからの再発売は、演奏の水準の高さからしても、快挙と言ってもいいだろう。

いずれも名演だが、特に、高く評価したいのは「第8」の方だ。

冒頭の何という情感の豊かな豊穣さだろう。

フィッシャー&ブラペスト祝祭管弦楽団は、これ以上は求め得ないような流れるような美演を行っている。

第2楽章の変化の著しい場面毎の描き方も実に巧みであり、第3楽章の抒情の豊かさも感動的。

終楽章の速めのテンポによるリズミカルな進行も実に音楽性豊かであり、様々な「第8」の名演中、上位にランキングされる名演と高く評価したい。

「第9」も、音楽性豊かな名演と言えるが、こちらの方は、ライバルの多さもあって、「第8」ほどの高みには達していないように思われる。

とはいえフィッシャー&ブラペスト祝祭管弦楽団のベスト・ディスクの一つであり、「第9」はクリティカル・エディションの使用云々を超えて説得力がある。

かつて聴いたフィリップスのSACDマルチチャンネルは極上の高音質であったが、本盤も優るとも劣らぬ高音質を維持していると言える。

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2012年01月29日


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ヨーヨー・マは、既に大家としての名声を博しているが、1955年生まれと意外なほど若い。

ヨーヨー・マのドヴォルザークは、彼の抜群のテクニックと楽譜の深い読みによって、他のチェリストでは到底到達できないような高みに達している。

リズム処理もすばらしい演奏で、マはどんなに複雑に入り組んだ曲想になっても、驚嘆すべきテクニックで楽々とひきあげている。

気持ちを十分に込めながらそれでいて品格を失っていない。

たとえば、第1楽章の第2主題(トラック1の6分11秒から)や第2楽章の出だし(トラック2の0分40秒から)、あるいはトラック2の10分56秒からは、すべてピアニッシモかピアノの指示があるが、マは、弱音を保ちながらも高らかに歌い上げる。

弱音に気持ちを込めていきながらも、音を解放していくなどということは、超絶的なテクニックに裏打ちされた深い音楽理解によってはじめて可能となる。

第3楽章のラスト(トラック3の12分25秒から41秒)において、マは信じられないようなスケールの大きなクレッシェンドを、他のチェリストの倍くらいの時間をかけて行なう。

こんな芸当はマにしかできない。

マは、驚異的なテクニックを発揮しながらも音楽の品格を失わず、完璧なまでのドヴォルザークを描き出している。

マゼールの指揮は、全体に遅めのテンポでオケを十分に響かせ、力強く演奏している。

小品の2曲も好演で、「ロンド」の洒落たリズムと節まわしが素晴らしく、「森の静けさ」では厚いカンタービレと音楽が楽しめる。

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2012年01月19日


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チェコを誇る最後の巨匠であったノイマンは1995年に惜しまれつつ他界した。

ノイマンは晩年にこの曲をチェコ・フィルと2度(85年、93年)録音しているが、どちらも彼ならではの語り口で、他の追随を許さない稀代の名演である。

甲乙付け難いところだが、この曲の性格上、ここでは敢えて最晩年の方を選んだ。

スラヴ舞曲の魅力を存分に味わうことができる名演。

あふれるようなスラヴの抒情をすばらしく表現し、発売以来同曲集の決定盤として定評のあるものだ。

この曲集は言うまでもなくチェコの様々な地方の舞曲スタイルを借りて組まれているが、ノイマンは晩年になるにつれ、より自然にこれら舞曲のイントネーションを身につけて、あたかもウィーン人がウィンナ・ワルツのあの独特の3拍子を身体で表現するように、彼らも自国の音楽を身体と心の中から紡ぎ出していった。

スラヴの語法を肌で感じながら演奏する彼らの演奏には抜群の説得力があふれている。

一聴すると何の変哲もないような演奏に思えるが、じっくり聴き込んでいくと様々なリズムの動きの中から表情が滲み出る、味わい深い演奏である。

世評高いクーベリックがバイエルン放送響を振った録音は、この全集を聴いたあとでは少し作為的な演奏に思えてくる。これも本当の本場ものの威力だろう。

ノイマンがチェコ・フィルの首席指揮者になった頃は低迷していたこのオーケストラをノイマンが再建し、1990年代再び黄金期を迎えていたチェコ・フィルの音色美と機能美をノイマンが100%生かしきった充実の名演である。

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2012年01月13日


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22年間にわたってチェコ・フィルの首席指揮者を務めた名匠ターリッヒが残したドヴォルザーク録音の名品のひとつ。1950年代の代表的名盤。

録音も古さが目立つし、音感覚的にもやや古いけれども、これらの舞曲が民俗的特徴をきめのこまかな表現のうちに生かしてゆくのが味わい深い。

このような味わいのある《スラヴ舞曲集》の演奏は、残念ながら近年のチェコ・フィルからは聴けなくなってしまった。

ターリッヒが振っていた頃は、チェコ・フィルも戦前からの楽員が多少とも残っていて、1970年代以降のやる気のないオーケストラにはなっていなかった。

それにターリッヒ自身も、ニキシュ門下の合理主義者で、決してローカルな感覚の田舎指揮者ではなかった。

この《スラヴ舞曲集》も、いわゆるローカルカラーに寄り掛かった、方言丸出しのスタイルではなく、なかなかモダンですっきりした快演になっている。

ボヘミア的要素が単なる田舎臭さを超え、品格を保って高く薫ってくるのはさすが大家。

リズムが弾んで湧き立つような快活さもあり、旋律は実によくうたっているが、少しもセンチメンタリズムに陥ることがない。

モノーラル録音だが、ナロウ・レンジなだけで、本場によるものでは、最も魅力的といえるのではないか。

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2011年11月21日


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結成当初からドヴォルザークをレパートリーにしていたABQは、この曲を2度目のベートーヴェン全集と同年に本拠のコンツェルトハウスでライヴ録音した。

ABQの《アメリカ》は最初から最後まで豊かなメロディ、親しみを感じさせるハーモニー、生気に富んだリズムが現れては消え、息つく間もないほど。

精緻なアンサンブルと透徹した表現は彼らならではのものだが、ここでの彼らは、作品への共感をまことにしなやかに、存分に歌い尽くしている。

特に4人が織りなす澄んだ歌と精妙な変化の美しさは息を飲むばかりで、その演奏は生彩にとむとともに、神韻たる深さをたたえている。

第1楽章冒頭のヴィオラが提示する第1主題をはじめ、全員の心からの共感が豊かに感じられる演奏には、まったく隙がなく、いつもながら緊密なアンサンブルも見事である。

特に、この曲にあふれる豊かな詩情がしなやかな表情とともに瑞々しく表現されていて、郷愁を誘う第2楽章も過度にならない高貴な抒情も美しく、全曲に新鮮な魅力があふれている。

奏者と作品がまさしく一体となっていることを、聴き手に強く意識させる演奏ぶりである。

まさに円熟期の彼らならではの技であり、境地だろう。

また一緒に収録されているスメタナの第1番《わが生涯より》も熱い共感が伝わってくる名演である。

《わが生涯より》は内省的な傾向をより強めているが、情熱をほとばしらせた演奏である点は《アメリカ》と同じである。

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2011年07月09日


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演奏は、まったく正統的であり、この作品のスタンダードとして強くお薦めできるものである。

さすがに自国作品にみせるアンチェルの指揮は、内側からの表出力を支えとした力強さがあり、他のレパートリーにはない張りと輝きがある。

もちろん、抒情的味わいも豊かだ。

不思議に素朴さといったものはあまり感じられず、ドヴォルザークが残した最高の傑作を感動的に歌いあげた気迫に圧倒される思いだ。

全体に音楽が比較的淡々とした流れを持ち、各楽想の表現が明確で、テンポの大きな揺れといった作為的な表現がなく、いわゆる直截という感じがする。

現在ではこのような演奏が多くなっているが、この演奏はそれでいてこの曲から実に豊かな情感を引き出しているのが改めて感じられ、その辺が他の同様の演奏には見られない特色で、改めて見直されてよい。

オーケストラも積極性溢れる演奏を聴かせており、ライヴ的興奮を湛えている。

この《新世界より》は、1961年の録音であるから、チェコ・フィルが完全にアンチェルの楽器として機能していた黄金時代の記録ということになる。

後年のノイマン時代、さらにはクーベリックの歴史的帰国コンサートと較べても、弦の厚みといい、アンサンブルの精度といい、オーケストラの実力は、断然上であることが分かるだろう。

1939年、ナチスがチェコに介入すると、ユダヤ人だったアンチェルは家族共々アウシュヴィッツに移送され、家族を皆殺しにされてしまった。

この世の地獄を体験しながら、その嘆きや苦しみ、あるいは憤りを微塵も演奏に反映させず、このように健全で逞しい演奏ができたアンチェルに心からの敬意を表したい。

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2011年05月09日


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1980年代のウィーン・フィルとの録音も確かに素晴らしいのだけれど、カラヤンのドヴォルザーク演奏の典型的な表現は、その前のベルリン・フィルとの録音の方がはっきりしている。

あるがままに、という姿勢が全然なく、すべてをつくり込んだ、ある意味ではとても強引な演奏だ。

もしも、この曲にボヘミアの作曲家のどこか牧歌的な味わいを求めるとするなら、当てが外れることになる。

しかし、先入観を捨て、指揮者の美学、時代の美学の反映をそこに聴きとろうとするなら、このカラヤンとベルリン・フィルの演奏は理想的じゃないだろうか。

ことに「新世界より」はカラヤン得意の曲であるだけに、演奏には寸分の隙もなく、ベルリン・フィルの優秀な機能を駆使して、鮮やかな音楽に仕上げている。

反面、民族性の表出や古典的な造形を打ち出すことよりも、中庸の安定と演奏の洗練が重視されているようで、そのため快適な音の魅力と流暢な表情が耳に快い。

それが一種の楽天性を感じさせるのもカラヤンらしさといえるのだろう。

ドヴォルザークは田舎の作曲家なんぞじゃなく、交響曲第9番は巧みに効果を組み込んだ名曲……でもあった。

第8番でもカラヤンは、ベルリン・フィルの精巧・緻密な合奏力を駆使して、純音楽的な演奏を聴かせる。

音彩の美しさもさることながら、全曲が優雅・上品によく歌い、端正にまとめられている。

リズムは独自の浮揚性をもって躍動し、トゥッティでは十分な力感を出している。

終楽章でカラヤンは、明確なクライマックスを設定して、華麗に曲を盛り上げている。

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2011年03月27日


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スーク・トリオの屈指の名盤で、ドヴォルザーク/ピアノ三重奏曲全曲の初録音。

第2次世界大戦後に活動したピアノ三重奏団の中で、各楽器のソリスティックな味わいと室内楽的密度の濃さが最高にバランスされた団体が、このスーク・トリオだった。

彼らは代表的なピアノ三重奏曲をほとんど録音し、それらのすべてに高い成果をあげているが、中でも彼らならではの傑作といえるのがこのドヴォルザークの全集。

この4曲の中で、普通演奏会に取り上げられるのは「ドゥムキー」くらいで、他はほとんど顧みられないが、その全曲を録音していることに、彼らのドヴォルザークと同郷人としての心意気が現われている。

演奏もまさにこれしかないというほどこなれ、共感に満ち溢れている。

作品そのものの質まで見直させるほどの演奏である。

どの曲も、きわめて緊張度の高く、実に躍動感あふれた演奏である。

しかも情熱をみなぎらせてはいるが、ときには温かいやさしさもあり、その演奏はきわめて多面的で、そのリズムは完全にボヘミア的である。

第1番は堅固な構成をみせ、それに対して第2番では旋律美を重視している。

第4番「ドゥムキー」は、テンポの変換もよく、さすがにボヘミア的情感をみなぎらせた好演だ。

ことに第2楽章の静と動のコントラストのつけ方の見事さ、第5、第6楽章の民族色豊かな表現の素晴らしさなど、この曲を十分にひきこんだ自信と余裕が感じられる。

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2010年08月04日


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ドヴォルザークの交響曲といえば、なんといっても最後の3つの作品が広く親しまれているが、若き日に書かれた《第3番》はそれらにはない素朴さと初々しいロマンティシズムの香りに満ちあふれており、私は強く心惹かれる。

1874年にスメタナの指揮で初演されているから、ドヴォルザーク32歳のときの交響曲ということになるが、ふくらみ続ける憧れ、果てしない夢、未来への希望といったメッセージが盛り込まれており、実にさわやかである。

円熟期の名作は世評が高い。しかし知られざる若き日の作品には円熟では語れない若葉のような詩情がある。

演奏しているのはチェコ人音楽家同士の組み合わせ、マーツァル率いるチェコ・フィルハーモニー管弦楽団である。

マーツァルは1968年のソ連軍のプラハ侵攻を機に国外に亡命、二度と祖国の土を踏むことは叶わないと、望郷の念を胸にアメリカで指揮活動を続けてきたマエストロだが、2003年についにチェコ・フィルの音楽監督に迎えられた。

奇跡的復帰である。

チェコ・フィルの育ての親ターリヒ時代のサウンドに戻すことが自分の使命と任ずるマーツァルのもとで、チェコ・フィルは確かに息を吹き返した。

この《第3番》の演奏からはそんな両者の決意と意欲とが音の結晶となって湧き出てきており、美しさもどこか誇り高い息づかいが感じられる。

使用する楽譜も通常の出版譜ではなく、チェコ・フィルが所有しているジムロック版(ドヴォルザークの生前に出されたもの)に拠っており、やるからにはこだわった、チェコ人音楽の心意気を見せた演奏である。

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2010年06月10日


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ポピュラー名曲の常だが、この曲の場合にも慣習的な解釈が独り歩きしてしまっている部分が多い。

初演はニューヨークだが、たとえばチェコを代表する名門チェコ・フィルの場合、細部を検証してみると明らかに"チェコ・フィルの「新世界」"という伝統を見出すことができる。

それが、こうした曲の場合、"伝承的"的な重みも無視できない。

その代表として、ノイマン盤を挙げておこう。

ノイマンは構築優先の中庸な解釈が特色で、さすがにチェコの指揮者だけあって、民族的な情緒を色濃くあらわした演奏だ。

スメタナ四重奏団でヴィオラを弾いていたせいか、常に各パートを見据えたバランス感覚に富んだ指揮をする。

局部的なデフォルメをしたり、劇的効果を煽ったりする場面は皆無なので、入門者にも安心して薦められよう。

適度に重厚で、カンタービレも感傷的になり過ぎることはない。

チェコ・フィルの指揮者は、当然のことながら、代々この曲を看板にしているが、ノイマンの場合は決して力まず、楽員の自発性を大切にしながら、こく自然体で音楽をつくりあげている。

初演100年記念コンサートであるこの1993年の演奏は人間的な優しさと美しさ、そして1回の演奏にかける情熱が凝縮された熱演であり、ノイマン色が濃く、熱い。

チェコ・フィルの状態もよく、感動はどこまでも素朴で晴れやかだ。

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2010年05月01日


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チェコの名ヴァイオリン奏者ヨゼフ・スーク(1929年生まれ)は、ドヴォルザーク直系の音楽家である。

同姓同名の祖父も優れた名ヴァイオリン奏者だったが、ドヴォルザークの娘と結婚しているから、ドヴォルザークは曾祖父になる。

スークは決して民族色を強調しようとはせず、民族的な要素に安易に寄りかかる演奏を避けているかのようだ。

その結果、上品な音楽が生み出されている。

しかしそこには自然に滲み出てくる民族の情感、民族の詩情があり、それを聴き手に訴えかけずにはおかない。

ことに《4つのロマンティックな小品》はスークの最愛の作品で、ただ単に作品を美しく再現していく誘惑から脱して、作品とより一体感を強めた結果としての名演を聴かせてくれる。

「ラルゲット」の得も言われぬ哀しさ、切なさなど、以前の演奏では聴くことのできなかった境地であり、円熟の賜と言いたくなる。

ボヘミア音楽の真髄を、また純度の高い気品のある演奏を生むには何が必要かを、このディスクは教えてくれる。

ドヴォルザークはチェコのシューベルトとたとえたくなる。ことに温かい室内楽にはそうした名作が数多い。

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2010年04月10日


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コリン・デイヴィスはイギリスの多くの指揮者がそうであるように、何事も極端に走ることのない妥当な演奏を聴かせる人だが、オペラでの活躍にも示されるように、無難なだけでない表情の豊かさが、その演奏を魅力的にしている。

コンセルトヘボウ管を指揮してのドヴォルザークでも、民俗的な香りを前面に押し出すことなく、節度を保ったきわめてノーブルな演奏を展開しているのだが、その端々に聴かれる直截ながら愛情を感じさせる表情の美しさは、作品の魅力を伝えて余すところがない。

デイヴィスはコンセルトヘボウ管と、ドヴォルザークの交響曲は最後の3曲を録音しているが、いずれも大変に美しい演奏となっている。

当時(1970年代後半)のデイヴィスはより率直で切れ味の鋭い音楽を作っていたが、それがこれらを交響的に表現して余すところがない。

3曲とも堅固に構築された演奏であり、これらが19世紀の交響曲としても傑出した作品であることを改めて感じさせる演奏でもある。

即ち、民族性などに頼らずとも、充分な存在価値を持つ作品であることを証明している。

「新世界より」はデイヴィスが真正面から真摯に取り組んでいる演奏で、いかにもダイヴィスらしく克明、堅実である。

彼がコンセルトヘボウを指揮した場合特にそういう特徴が表れるが、この演奏はその好例といえる。

従って、作品の古典的な形式を生かした実に力強い音楽となっている。

小手先の細工を弄せず、妥協を許さぬストレートなアプローチで、ダイナミックに音楽を進める。

ときおり個性的な解釈が顔を出すものの、基本的には決して奇を衒わない正攻法。

第1楽章の提示部を反復しているのもデイヴィスらしいが、これは交響的、純音楽的な姿勢で首尾一貫した演奏である。

それをコンセルトヘボウの豊かな響きが包み込んで、音楽的な充実感の極めて高い名演奏が実現している。

「交響的変奏曲」も同じ傾向の表現。

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2010年03月21日


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ハンガリー出身のドラティは、民族色の濃い作品の演奏を大変得意としていた。

そうした彼の指揮したこの《スラヴ舞曲集》は、力強く活気に溢れた曲と抒情的な美しさに満ちた曲との対比が見事で、大変聴き応えがある。

ドラティはこの曲の千変万化する曲想の特性をよくつかみ、実にうまく処理しており、民族的な情感と逞しさが見事に調和している。

ドラティは、決してスター的な存在ではなかったが、玄人好みのする名匠であり、聴き込むほどに味わいが深まる得難い名演によってファンの根強い支持を得ていた。

そして、この《スラヴ舞曲集》は、オーケストラの巧みなコントロールと表現の美学のグレードの高さといった観点から、この指揮者の持ち味が十二分に発揮された演奏になっている。

ドラティは、ロイヤル・フィルから持てる可能性をフルに引き出し、強靭で密度の高いアンサンブルを実現させているが、そこで表現されているひとつひとつのスラヴ舞曲は、それぞれの舞曲としての特徴が鮮やかに把握されているだけでなく、瑞々しい生命感情や生き生きとしたエネルギーに溢れる鮮烈なアピールを放っている。

ドラティのアプローチは、作品独特の土俗性を尊重しながら、そこに秘められた高度で普遍的な芸術性をも浮き彫りにすることに成功を収めており、恐るべき読みの深さを印象づけているのである。

この曲には名盤が多いが、民族的な情感豊かなこのドラティの演奏も、特に優れたもののひとつに数えてよいだろう。

なお、このディスクに一緒に収められている《アメリカ組曲》は、滅多に聴くことのできない作品だけに、なかなか考えられた選曲だ。

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2010年03月16日


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ジュリーニならではの懐の深い音楽に思わず引き込まれる名盤。

ジュリーニにとって2曲とも3度目の録音だけに、隅々まで磨きあげた表現をつくっている。

特にドヴォルザークは旋律を晴朗かつ伸びやかに歌わせながら、構成力が強い。

繊細と豪快を合わせ持ち、決して煽情的にならない格調の高さがあり、これこそ巨匠の音楽といえるだろう。

オーケストラのアンサンブルはきわめて緻密に構築されており、しかも堅苦しさは微塵もない。

ドヴォルザークの音楽の源泉であるボヘミアの民族的要素を適度に表出しながら、音楽はまったく弛緩することなく進んでいく。

チェコの指揮者とオーケストラによるそうした民族的要素をより生の形で表出した演奏も魅力的だが、交響曲という形式のなかに織り込み、高い次元に昇華させたジュリーニの解釈はより含蓄に富んでいる。

格調高い語り口で進行していく音楽は細かな作為とは無縁。その総体としてこけおどしではない大きな劇的起伏が作り上げられるのには驚かされる。

それは無欲の境地に到達した巨匠のみに可能な演奏といえるだろう。

ラヴェルも優雅な表現で、洗練の極みともいえる音と表情がユニークで、各曲の特色が判然と示された秀演だ。

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のしっとりとした美しい響きと高いアンサンブル能力も特筆に値する。

共感豊かな演奏によってジュリーニの伴侶となっている。

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2010年03月07日


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オーソドックスでしかも、シンフォニックなスケールと緻密さに於いて、やはりドホナーニ=クリーヴランドは凄いと思う。

クリーヴランド管弦楽団の素晴らしい響きをよくとらえた録音が鮮やかで、現代のオーケストラ演奏の最高水準を示した、究極のドヴォルザークに違いない。

ドホナーニは、セルと同じくクリーヴランド管弦楽団を指揮しても、きわめて柔らかい音色としなやかな表情を引き出している。

カラヤンらの録音に比べて、ドホナーニの録音は、より客観的に、また知的な角度からのアプローチを見せたものである。

端正なスタイルの中で繰り広げられる風通しのよい演奏だが、いささかも冷たくならず、また引き締まった表情のすがすがしさがあり、もっとも現代的なスマートな演奏といえよう。

3曲共に豊かな感興を表した清新な表現で、楽想のそれぞれの性格が端的に示されている。

これは鋭い分析と緻密な造形力があってはじめて生まれる質の音楽だが、「新世界より」はそうしたことがこのポピュラーな名曲の真価を改めて教えてくれる。

ドホナーニは、大きなスケールで、この作品のもつ魅力をあますところなく描き出している。

ことに、そのリズム処理の巧みさ、色彩感の豊かさには驚く。

第2楽章の、瑞々しい表現など出色だ。

聴き古された曲に新しい血を注入し、瑞々しく蘇らせた演奏といってもよいだろう。

第8番も明快な解釈と表現で全体はすこぶる自然に流されており、作品の民族的な性格もわきまえられている。

第7番も同じくドホナーニの知性と、抒情性豊かな感性が見事に一体となった名演だ。

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2010年02月19日


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カラヤンの1961年の録音は、オケがウィーン・フィルであることが大きな魅力であり、同じウィーン・フィルとの1985年の録音よりもよりストレートな表現で、みずみずしく感興豊かな溌剌とした演奏を展開している。

カラヤンらしく旋律をしなやかに歌わせており、随所に個性的な表情があるが、さすがに音楽的には一分の隙もない。

カラヤン=ベルリン・フィルの演奏は、ときに技に溺れすぎるというのか、精妙さが突出しすぎてしまい、それがいかにも作りものめいた印象を強めてしまうことがある。

例えば、このコンビによる1979年録音の「第8番」がその一例ではあるまいか。

ところが、カラヤン=ウィーン・フィルの場合には、ベルリン・フィルのときほど人工的な精妙さが突出しない。

思うに、ウィーン・フィルの弦の響きの艶と厚みが、精妙さの前面に出てくるためだろう。

この弦の特質を生かして、カラヤンはドヴォルザークの親密感あふれる田園的な"歌"を、心ゆくまで奏でている。

このウィーン・フィルとの演奏は高度なアンサンブルに加えて、優美な歌と音色の魅惑に満ちている。

ウィーン・フィルがもつ歌い方の妙と音の美感が十全に発揮され、この曲の魅力が全開といったところだ。

ともすると音の仕上げに磨きをかけすぎて音楽の中に脈打つ生命感を殺してしまうことのあるカラヤンだが、この曲では、しなやかに歌いつつ、音楽が自然でつねに生きている。

カラヤンがウィーン国立歌劇場に在任して、ウィーン・フィルとの緊密な仕事を続けていた時代の最高の成果のひとつであると思う。

その後のふたつの録音も見事だが、この演奏には華がある。

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2010年02月06日


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クーベリック盤とともに、ドヴォルザーク交響曲全集の基本とするべき盤であるが、私は、クーベリックに取り憑いた暗い情念が苦手なので、本全集を座右としている。

ケルテスの瑞々しいアプローチが本全集の命だ。

1973年に夭逝したケルテスの労作だが、演奏は精力的で若々しく、情熱的な鋭い感受性と色彩的な郷土色の表出が作品の性格を深く掘り下げる。

有名な第7〜9番はもとより、普段聴く機会の少ない初期の作品も実に音楽的に興味深く聴かせる。

第1番「ズロニツェの鐘」のなんと愉しいこと!

いかにも実直なドヴォルザークらしく、くそ真面目に書かれた作品だけれど、後期作にはない素朴な魅力が何とも言えないのだ。

それを、ケルテスがほんとうにチャーミングに聴かせてくれる。

もちろん、「第6」以降の後期作も魅力満点だ。

特に「第8」は説得力が強く、鋭い感受性で曲を着実かつ流麗に表出しており、確信のこもった表情が若々しく、作品に内在する民族性もごく自然に表われている。

ケルテスの数多い演奏の中でも注目すべき秀演といえる。

音楽の構成的なかたちを内容とともにくっきりと表出した、よく練られた演奏であり、全集としても優れたものと評価したい。

ドヴォルザークの邪気のなさ、素直さを最良の形で聴かせてくれる全集である。

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2010年01月16日


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1937年4月28日のプラハのスロヴァンスキ・ホールでの録音。

最充実期のカザルスの名演だ。

当時カザルスはカタロニア政府の芸術大臣をつとめており、チェコ・フィルとこのドヴォルザークの協奏曲を演奏するためにチェコを訪れたのだった。

その大成功を収めた演奏会の直後に、ジョージ・セルの指揮以下、同じ顔ぶれで録音されたのがこの演奏である。

音質は決してよいとはいえないが、カザルスの気迫と至芸が手にとるように伝わってくるし、セルとチェコ・フィルの無類の精彩もうかがうことができる。

ここにはドヴォルザークのチェロ協奏曲の今日まで続く、将来の展開となる精神が一杯に漲った演奏が聴かれる。

カザルスのチェロは万感の思いを込めて力強く深く歌われ、聴く者の共感と感動を誘う。

第2楽章の感銘度など、現今の諸演奏からは決して味わえない、スケールの大きいリリシズムに支えられている。

そのチェロの音はあくまで明るく健康的で、音楽の細部にまでグイグイと入り込んで、その真髄を素晴らしい魅力をもって伝える。

ブルッフ「コル・ニドライ」の奥深さも、音質の悪さを越えて、忘れ難い名演といえよう。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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