バルトーク

2016年06月15日


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ピエール・ブーレーズは早くも1960年代から、20世紀の音楽体系とも言うべき現代音楽作品集に取り組み、その意欲的な試みをソニーに残している。

このバルトークに当てられた4枚も1967年から10年間かけて制作されたもので、逸早く20世紀の音楽の芸術的な価値を認識したブーレーズの先見の明と、その演奏に賭けた情熱と意気込みが当シリーズにも明瞭に感じられる。

この頃はまだこうした作曲家の作品群を系統的に録音する指揮者は少なく、それまで単発的なセッションはあっても余白を埋める予備のように扱われていた作品が、彼が先鞭をつけたことによって、やがてコンサートのレギュラー・プログラムや新譜のCDにも採り上げられるようになった。

その後ブーレーズは1990年代からソロ協奏曲も加えて新境地を示した、よりインテグラルな2度目のセッションを果たして、そちらも高く評価されている。

しかしバルトークに関して言えば、フリッチャイによるセンセーショナルな先例は別格としてブーレーズの壮年期特有の覇気に漲った先鋭的な演奏と、それぞれの曲の構造を浮き彫りにする解析力に優れたこのセットの演奏をお薦めしたい。

何故ならそうした表現が、作品が創られた時代の作曲家の野心をも率直に伝えているように思えるからだ。

中でもバレエ音楽『かかし王子』はストラヴィンスキーの『春の祭典』を始めとする当時の前衛的な音楽がクラシック楽壇を騒然とさせていた時期に上演された作品だけに、バルトークの筆にもそれを充分に意識した、時代の最先端を行く作曲家としての自負と情熱の迸りがある。

このセッションは1975年に行われたが、ブーレーズの精緻な指揮によって独特の透明感と同時にメルヘンチックな色彩豊かな雰囲気が醸し出され、バレエの舞台を彷彿とさせるような絵画性とファンタジーに富んでいる。

手兵ニューヨーク・フィルのパワフルな音響も全開で『4つの管弦楽曲』や『中国の不思議な役人』と並んでオーケストラの醍醐味を味わえる演目だ。

またエスニカルな魅力を引き出したものとしてはCD2の『田舎の情景』及び最後に収められている『舞踏組曲』が同じメンバーによって堪能できる。

ソニー・クラシカル・マスターズの廉価盤シリーズで、ライナー・ノーツは付いていないが、このセットには曲目と演奏者が一覧できる6ページのパンフレットが挿入されている。

リマスタリングの効果は上々で音質はこの時代のものとしては極めて良好。

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2016年06月09日


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一昨年2014年はラファエル・クーベリック生誕100周年に当たり、これまでにリリースされていなかった音源がCD化されるのはオールド・ファンにとっては幸いだが、この演奏はそれ以上に普遍的な高い価値を持っていると思う。

1962年8月15日のルツェルン音楽祭からのライヴ録音で、モノラルだが音質自体は良好である。

ライナー・ノーツによればこの日の演目はベートーヴェンの『エグモント序曲』とモーツァルトの交響曲第40番ト短調及びここに収められたバルトークのオペラ『青髭公の城』の演奏会形式によるドイツ語上演で、本来予定されていたフリッチャイの容態が悪化したために奇しくも同い年だったクーベリックが指揮台に立ったようだ。

フリッチャイにとっては師に当たるバルトークの作品の上演が実現されていれば、それはそれで貴重なライヴになったには違いないが、クーベリックは作曲家の野太く鮮烈な音響の再現と同時に、フィッシャー=ディースカウとゼーフリートの歌唱を鮮やかに引き立てている。

血塗られた暗い雰囲気のオペラだが、クーベリックがスイス祝祭管弦楽団から導き出す音色は色彩感に富んでいて、バルトークが単に不気味なオーケストレーションを施しているのではないことが理解できる。

そこには音響による闇と光りの世界の強烈な対比が描かれ、また心理描写では人後に落ちないフィッシャー=ディースカウによる青髭公の精緻な歌唱が彼の閉ざされた心理状態を克明に再現し、ゼーフリートの清楚な声での絶唱がかえってユディットの奔放な性格を引き出させて、この作品のおぞましさを際立たせている。

尚オーケストラは現在のルツェルン祝祭管弦楽団の前身になるが、流石に名立たる指揮者やソリストとの協演が多いために音楽的な水準は極めて高く、終曲の後も長く余韻を残す弛緩のない演奏が素晴らしい。

デジパックに挿入された35ページほどのライナー・ノーツにはクーベリックのキャリアと、この作品についてのコメントが独、英、仏語で掲載されている。

また演奏会当日の貴重なスナップも数葉加えてこの手のCDとしては充実した内容になっているが、残念ながら歌詞対訳は省略されている。

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2016年02月08日


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ダヴィッド・オイストラフが1966年、69年及び72年に行ったプラハ・ルドルフィヌム・ドヴォルザーク・ホールでのそれぞれのステレオ・ライヴ録音からカップリングされたリサイタル盤で、このCDでは総て20世紀の作品のプログラムが組まれているのが特徴だろう。

このうちの何曲かは以前同じくプラガからリリースされていたものだが、ライヴ特有の客席からの雑音は若干あるにしても、SACD化により音質が素晴らしく蘇っており、臨場感にも不足していない。

勿論2015年に新しくリマスタリングされているが、この時期に東欧でこれだけのライヴ録音が可能だったことに驚かされる。

演奏曲目の中でも最も注目すべきは、バルトークのヴァイオリン・ソナタ第1番、イザイの無伴奏ソナタ第3番『バラード』、そしてラヴェルのソナタト長調の3曲で、全く異なった性格のソナタを万全の表現力で弾くオイストラフの才能が縦横無尽に示されていると言っても過言ではないだろう。

バルトークのソナタでは作曲家の宇宙観を表した神秘性に支配された無調の楽想が聴く者にある種の戦慄を起こさせるが、オイストラフの演奏には鬼気迫るような厳しさの中にも人間性を感じさせる呼吸が常に息づいている。

そして第1、第2楽章の持続した緊張感が終楽章に向かって一気に解放され噴出するバルトークの構想を、彼は非凡な情熱を持って再現している。

ここでは明らかにハンガリーの舞曲に由来するリズムとメロディーを感知させる、大地の底から湧き上がるようなパワフルな表現と躍動感に漲った演奏が秀逸だ。

またこのライヴの総ての伴奏を引き受けているピアニスト、フリーダ・バウアーの感性の鋭さとそれぞれの曲の解釈への積極的な介入も聴きどころだ。

彼女のピアノ・パートはコラボとして充実しているだけでなく、自身の強い主張が感じられ、これらの作品を一層精彩に富んだものにしている。

音色の美しさや和音の響きを損なうことなく完璧なダブル、トリプル・ストップや滑るような6連音や8連音が連続するイザイの無伴奏を聴いていると、オイストラフがこの曲集どころかバッハの無伴奏ソナタ&パルティータ全曲さえも遺してくれなかったことが悔やまれる。

もしそれらが実現していれば、音楽的にもヴァイオリン史上非常に価値の高いサンプルになっていただろう。

オイストラフが1937年のイザイ国際コンクールの覇者であることからも明らかなように、彼にとってイザイは縁の深い作曲家だ。

ここで演奏されている第3番はジョルジェ・エネスコに献呈された曲で、エネスコはまたこのCDの最後に収録されたラヴェルのソナタト長調の初演者にもなる。

ラヴェルはこのソナタの第2楽章にグリッサンドを頻繁に使った「ブルース」を挿入しているが、オイストラフのそれは決してあざとくならない、しかし演奏効果を最大限活かした洗練された表現に成功しているし、終楽章「無窮動」とのコントラストも見事だ。

ちなみに「ブルース」は昨年リリースされた同シリーズのギドン・クレーメル・プラハ・ライヴ盤にも入っていて、師弟の解釈の違いを聴き比べるのも面白い。

クレーメルは官能的だが、師匠の演奏はより軽快かつリズミカルでグロテスクな雰囲気になることを完璧に避けている。

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2015年10月01日


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チェコ・プラガからの新シリーズ、ジェヌイン・ステレオ・ラブの1枚で、ギドン・クレーメルが1974年から78年にかけて行った4回のプラハ・ライヴからの5曲が収録されている。

シューベルトの『華麗なロンド』とフランクのソナタは意外にも端正な演奏で、どちらもクレーメルの研ぎ澄まされた音楽的な造形美が明らかになっている。

フランクでは彼らしい思い切った激しい表現も随所で聴かれるが、渦巻くような情念の燻りというより、楽想にのめりこまない高踏的なアプローチによって、すっきりした明確な様式を感知させていて、師オイストラフの絶大な影響下にあったことが想像される。

一方ラヴェルのソナタの第2楽章は、おそらくアンコール・ピースとして演奏されたものと思われるが、もう少しブルースらしい熱っぽさと軽妙なノリがあってもいいと思う。

いずれもハイ・テンションのライヴだが、セッション録音となんら変わらない完成度の高い表現力は流石にクレーメルだ。

このCDで最も彼らしい音楽性が表れているのがバルトークのソナタ第2番だろう。

若かったクレーメルの野心的な選曲だが、民族的なモチーフから導かれる原初的なパワーの表出手段としての微分音やフラジオレットなどの技巧が必然性を帯びていて、ライヴにありがちな即興的な印象を与えない、かなり綿密にオーガナイズされた説得力のあるスケールの大きな演奏だ。

クレーメルのような個性派のヴァイオリニストには、彼に逼迫するだけの音楽性とテクニックを持ったピアニストが相応しいが、ここでのマイセンベルクのピアノも実に巧みで、ソロに敏感に呼応しながら堂々と自身の個性を主張している。

このアルバムの中でも両者の力量が最も良く示された、聴き応えのあるレパートリーと言えるだろう。

最後に置かれたシュニトケの『モズ・アート』は機知に富んだパロディー風のヴァイオリンのためのデュオで、エレナ・クレーメルが相手をつとめている愉快な小品だ。

演奏会場は総てがプラハ・ルドルフィヌムのドヴォルザーク・ホールで、チェコ・フィルのホームだけあって音響にも恵まれた極めて良好な音質が特徴で、若干客席からの雑音が入っているが、高度な鑑賞にも充分に堪え得るものだ。

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2015年09月14日


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いずれも20世紀に活躍した作曲家の作品をラインナップした世界的ヴィオリスト、今井信子の渾身の意欲作。

しかも、バルトークとヒンデミットのオーケストラ伴奏の傑作とくれば、必聴の1枚と言えよう。

バルトークとヒンデミットによるヴィオラのための協奏曲を前後におき、中間に豊かな情念をたたえた美しいシェーンベルクの『浄夜』を置くというカップリングの妙にも感心させられる。

日本を、そして世界を代表するヴィオラ奏者となった今井信子は、アルバムにも名演が多いが、今回の演奏も秀逸で、聴き慣れない作品ではあるけれど、品格のある演奏で作品の魅力を引き出している。

今井信子は、ヴァイオリンとチェロの間にあって地味な存在に甘んじているヴィオラの魅力を世に広めようと地道に活動しながら、ヴィオラのレパートリー開拓に大きく貢献してきただけに、彼女にとっても本盤の組み合わせは会心の1枚ということになるであろう。

先ず、バルトークのヴィオラ協奏曲であるが、いかにも今井信子らしく、繊細で丁寧な音楽づくりだ。

それでいて、起伏に富んだ同曲の各楽章の描き分けも実に巧みに行っており、彼女の表現力の幅の広さを痛感させられる。

また、これまで使用されてきたシェルイによる補筆完成版ではなく、1995年に出版された新校訂版による初録音であるが、このヴァージョンは、バルトークの残した草稿に立ち返ることで、シェルイ版を見直し、大小いくつかの変更をおこなったというもので、よりバルトーク的な方向を目指したというのも、本演奏の価値をより一層高めることに貢献している。

今井信子がからんでいない『浄夜』は弦楽合奏版であり、本版にはカラヤン&ベルリン・フィルによる超弩級の名演があるだけにどうしても旗色が悪いが、タカーチ=ナジ指揮ジュネーヴ高等音楽学校の学生による弦楽合奏は、メリハリの利いた重厚な音楽づくりを行っており、非常にこなれた演奏で充実していて、実に聴きごたえのある佳演に仕上がっている。

ヒンデミットは、民謡を素材としているだけに、ヒンデミットにしては非常に親しみやすい旋律に満ち溢れた作品であるが、今井信子は、このような作品でも耽溺には陥らず、どこまでも格調の高さを失わない点を高く評価したい。

音質も実に優秀で、これだけ低音を巧みに捉えた録音も、通常CD盤にしては珍しいと思われる。

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2015年08月30日


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本盤に収録された3曲の音源のうちバルトークの『弦楽、チェレスタと打楽器のための音楽』はライナー・ノーツによると1967年5月24日にチェコ・フィルの本拠地、プラハ・ルドルフィヌムのドヴォルザーク・ホールでのコンサート・ライヴからのリマスタリングで、既にSACD化されている1965年のモスクワ・ライヴとは別物らしい。

ある程度信用の置けるディスコグラフィーにも出ているので、本当かも知れない。

ステレオ録音だし音質や音の分離状態は極めて良好で、若干のヒス・ノイズを無視すればSACD化によって更に高音部の伸展と臨場感が得られていて高度な鑑賞にも充分堪え得るものになっていることは評価したい。

またムラヴィンスキーの常套手段だった第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが向かい合わせになる両翼型配置のオーケストラから、丁々発止のやり取りが聞こえてくるのも特徴的だ。

2曲目のオネゲルの交響曲第3番『典礼風』は、良く知られている1965年にモスクワで行われた一連のライヴ録音のひとつで、こちらも良質のステレオ音源でライヴ特有の雑音も殆んどない。

問題はストラヴィンスキーのバレエ音楽『アゴン』で、ライナー・ノーツの記載では1968年10月30日のモスクワ・ライヴとなっているが、どこを調べてもこのデータでの演奏記録は見つからない。

SACD化で音質はかなり向上しているが、モノラル録音なので普及している1965年の同地での同一音源であることにほぼ間違いないだろう。

プラガは過去にムラヴィンスキーの振ったチャイコフスキーの第4番で音源とデータを改竄し、あたかも新発見された録音のようにリリースして物議を醸したレーベルなので、書かれてあるデータを鵜呑みにできないところがファン泣かせだ。

この作品はオネゲルと並んでブラス及びウィンド・セクションが大活躍する。

またいずれの曲にもレニングラード・フィルのメンバーの黒光りするような鍛え抜かれた底力が示されている。

確かに当時の西側のオーケストラに比べると管楽器群やティンパニの音響が垢抜けない部分もあり、華麗なサウンドとは形容し難いが冷徹とも言える天下一品の機動力と統率美を誇っている。

ムラヴィンスキーの表現は至って辛口でおよそ遊び心などとは無縁だが、決して硬直した演奏ではなく、透明感のあるしなやかさも共存している。

これは現代物に強いムラヴィンスキー&レニングラード・フィルの象徴的なコレクションになるだろう。

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2015年08月20日


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1992年夏に惜しくも事故で亡くなったウィーン・フィルの名コンサート・マスター、ヘッツェルの記念アルバム。

1984年のザルツブルク・フェスティバルのライヴで、やや解像度に欠けるが歴としたステレオ・デジタル録音。

ヘッツェルは衝撃的なアタックは避け、いつもの彼の流儀に従って実に流麗な曲作りを試みている。

迫力で押しまくる演奏ではないので、バルトークのヴァイオリン協奏曲第2番としては意外な印象を受けるかも知れないが、聴き込んでいくに従ってその味わいの深さが堪能できる。

ヘッツェルの演奏を聴くと作曲家が取り入れた民族色が見事に普遍的な音楽に昇華されていることにも納得できるし、第1楽章後半のカデンツァや終楽章の超絶技巧も、これ見よがしの押し付けがましいものではなく、あくまでも洗練された音楽性に則った技巧が冴えている。

また第2楽章のヴァリエーションでの高貴とも言えるカンタービレの美しさも、ヴァイオリンを歌わせる楽器と心得ていたヘッツェルならではの表現だ。

一方モーツァルトのディヴェルティメントは1983年の同音楽祭のもので、気さくな雰囲気の中に演奏者自身が楽しんでいるのが目に浮かぶような、まさにウィーン室内ならではの持ち味が出色の演奏だ。

ヘッツェルが遺した録音は、ウィーン・フィルやウィーン室内のコンサート・マスターとしてはかなりの量にのぼるが、純粋なソリストとしてはそれほど多くない。

勿論彼が1992年に不慮の事故死を遂げなければ、計画されていたモーツァルトとベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集も完成していたであろう。

バルトークに関しては特別な愛着を持っていたためか、このライヴの後も1991年にアダム・フィッシャーとのセッションで全2曲のヴァイオリン協奏曲をニンバス・レーベルに録音している。

それは彼の父親がハンガリー人だったからかもしれない。

いずれにせよ、このCDではウィーン・フィルが強力にバックアップしているのが特徴だ。

マゼールもこのオーケストラとは良好な関係にあった時期のもので、彼の鮮やかな棒捌きも聴き所のひとつだ。

またヘッツェルをコンサート・マスターに迎えていたウィーン・フィルの余裕さえも感じさせる。

この時代には彼だけでなく、クラリネットのプリンツ、フルートのシュルツそしてホルンのヘーグナーなど際立った演奏家が首席奏者に名を連ねていた頃で、ウィーン・フィルにとっても幸福なピリオドだったと言える。

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2015年08月07日


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このSACDのライナー・ノーツ表紙の右側にパリ・シャンゼリゼ劇場、1952年5月25日という表示があり、あたかもフリッチャイがパリ・デビューを飾ったセンセーショナルな凱旋コンサートのライヴ音源がリリースされたかと一瞬思わせる。

しかしケースの裏面を良く読むと、実はその夜のプログラムを同時期の同じメンバーによるセッション録音を集めて再構成したものであることが書かれている。

フリッチャイ・ファン達が早とちりをしてこのディスクを購入し、プラガにクレームをつけたためと思われるが、このサイトのページにはファンの誤解を招かないように日本語で擬似再現と大きく断り書きがしてある。

確かに擬似再現のジャケットとしては随分凝った演出だが、プラガは過去にもこの種の問題で徹底的に叩かれたレーベルなので、珍しい音源については一応疑ってみる必要がある。

しかしながらここに収録された演奏については決して羊頭狗肉的なものではなく、むしろSACD化に相応しい充実した内容を誇っていることを保証したい。

プログラムはバルトークの作品で統一されていて、新しい潮流の芸術の牙城であったパリに乗り込んでお国ものを披露したフリッチャイの自負とその実力のほどは想像に難くないが、そうしたエピソードを全く無視したとしても、この演奏は不滅の価値を持っている。

選曲とその配列にもパフォーマンス的に非の打ちどころがないほど頭脳的な配慮がなされているし、次第に収斂していくアンサンブルの一体感と、フリッチャイの高度な音響構想による眩しいほどの色彩感が刺激的だ。

『舞踏組曲』や最後の『弦楽のためのディヴェルティメント』ではスパイシーなアクセントをつけたエスニカルな躍動感が炸裂して聴き手を完全に自分達の世界に引き込んでしまう。

特に後者は弦楽合奏だけでこれだけのパワーを創造した作曲家の力量にも感嘆するが、それを凄絶を極めた集中力と音響のダイナミズムで描き出したフリッチャイには脱帽せざるを得ない。

『ピアノ協奏曲第2番』でソロを弾くゲザ・アンダもやはりハンガリーの出身で、彼のテクニックは精緻であるにも拘らず、現在ではなかなか聴けない土の薫りが立ち昇るような演奏が興味深い。

彼のブダペスト音楽院時代の師はドホナーニとコダーイで、如何に彼が同時代の自国の俊英作曲家の影響を自己の演奏に色濃く反映させていたかが納得できる。

尚オーケストラのRIAS放送交響楽団は当時としては信じられないほどの腕前を示していて、フリッチャイに鍛え抜かれた先鋭的で触れれば切れるような音色とアンサンブルの連係プレーが縦横無尽に駆使されている。

全曲モノラル録音だが、SACD化による音質向上と解像度の良さも特筆される。

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2015年07月31日


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2003年10月にオープンしたロサンゼルス・フィルハーモニーの本拠地であり、音響に定評のあるウォルト・ディズニー・コンサート・ホールにて2006年1月に行われたライヴを収録したアルバム。

素晴らしい音質のSACDの登場だ。

本演奏については、既にSACDハイブリッド盤が発売されており、マルチチャンネルも付いていたこともあって、魅力的なものであった。

ユニバーサルは、一度SACDから撤退したが、撤退前の最後のCDということもあり、本盤さえ聴かなければ、素晴らしい音質のSACDと高く評価できるものであった。

しかしながら、本盤の音質は、そもそも次元が異なる。

マルチチャンネルが付いていないのに、ここまで臨場感溢れる音場を構築することが可能とは、大変恐れ入った次第だ。

ムソルグスキーの雷鳴のようなティンパニは、少なくとも通常CDでは表現し得ないような、ズシリと響いてくるような重量感であるし、バルトークに至っては、複雑怪奇なオーケストレーションが明晰に聴こえるのが素晴らしい。

そして、何よりも、今回の超高音質化に相応しいのはストラヴィンスキーの《春の祭典》であろう。

各管楽器の音の分離は驚異的であり、弦楽器の弓使いさえ聴こえてくるような鮮明さには、戦壊ささえ感じるほどだ。

どんなに最強奏に差し掛かっても、各楽器の分離が鮮明に鳴り切るのは、まさに空前絶後の高音質化の成果と言えよう。

演奏は、サロネンならではの若武者の快演である。

劇的な緊張感を孕んだリズム処理や、細部まで明晰に響く洗練された音色の重なり合いから新鮮な作品像が浮かび上がる楽曲が並ぶ1枚。

メインのストラヴィンスキー《春の祭典》は、新鮮な感覚で、この曲の持つ野性味をダイナミックに表現した演奏だ。

サロネンは、若々しさで押した感があり、それが快い。

サロネンの演奏は、十分に野性的でダイナミックなのだが、それでいてその響きを含めクールな感触があり、それが新鮮である。

しかもタクトの切れは鋭く、その精緻なリズム構築を見事に解きほぐし、明快な運びで作品のエネルギーを放射させていく。

「春の兆し」のあの猛烈なスピード! それは現代的なツービート感覚であろうか。

軽やかな「ハルサイ」の幕開けかもしれない。

第1部はややゆっくりとしたテンポで始めるが、途中からから激しく熱っぽく運び、しかもきりりと引き締まっている。

第2部もサロネンの棒は鋭く、しかもミステリアスな気分をよく描出している。

「選ばれた処女への讃美」から始まる原始的なリズム処理は素晴らしく、その熱気と迫力には圧倒される。

最早、何も堰き止めるもののない颯爽としたプロポーションの、駆け抜ける音楽と化している。

ここでは、大地に眠る神もいなくなったかのようだ。

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2015年07月28日


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2013年亡くなったコーラスの権威、エリック・エリクソンへの追悼としてワーナーからリリースされた6枚組のバジェット・ボックスで、まさに合唱の最高峰、エリクソン畢生の名演がここに蘇った。

CD1−3が『5世紀に亘るヨーロッパの合唱音楽』そしてCD4−6が『華麗な合唱音楽』というタイトルが付けられた1968年から75年に録音されたふたつの曲集をまとめてある。

ルネサンスから現代までのナンバーを網羅し、とくに近・現代曲については難曲揃いで実際に音になっているものも少ないだけに、資料的価値のある曲集であるとも言える。

エリクソンは生涯をコーラスに捧げた合唱界の大御所というべき指揮者だけに、いずれも彼のスピリットとテクニックの真髄を感じさせる演奏が圧巻だ。

コーラス・グループはエリクソンによって鍛えられたストックホルム放送合唱団及びストックホルム室内合唱団で、彼らは一流どころの指揮者やオーケストラとも多く協演しているが、実際音楽の精緻さと表現力の多彩さは混声合唱の魅力を満喫させてくれる。

尚、この作品集では殆んどの曲がア・カペラ、つまり器楽伴奏なしで歌われている。

エリクソンはバーゼル・スコラ・カントールムで古楽を修めた指揮者でもあり、バード、ダウランド、タリスなどでも機智と抒情に富んだ豊かなファンタジーが聴き逃せないが、このセットの中でも20世紀の合唱曲は難易度から言えば最高度のアンサンブルの技術を問われる作品ばかりで、シェーンベルク、バルトーク、ピッツェッティ、メシアン、ジョリヴェ、ペンデレツキなどの創造した斬新な音響に耳を奪われる。

透明感を醸し出す和声とその思いがけない進行、微分音やグリッサンド、そして要所要所で響かせる純正調和音の深みなどはコーラスならではの味わいを持っている。

また楽音だけでなく叫び声や呟き、巻き舌や音程のない息の音など、あらゆる歌唱法の試みが駆使されているのも興味深いところだ。

まさしくエリクソンとその手兵によるこれらの演奏は、すべての合唱団の規範となるべきものであろう。

合唱音楽について何か言おうと思うなら、これを聴いていなければ発言も憚られるだろうし、どの1曲を取り上げても、その美しさだけではない、得も言われぬ説得力を強く感じる。

ライナー・ノーツは15ページで演奏曲目と録音データ、独、英語による簡易な解説付で、いくらか古いセッションになるが、リマスタリングの効果もあって音質は極めて良好。

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2015年05月29日


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ここ数年間は大病を経験するなど体調が思わしくなくて、ファンを焼きもきさせている小澤であるが、本盤に収められたバルトークの最も有名な楽曲である管弦楽のための協奏曲とバレエ「中国の不思議な役人」 の演奏は、小澤が最も精力的に活動していたボストン時代のものだ。

それだけに、演奏全体にエネルギッシュな力感が漲っており、いずれも素晴らしい名演に仕上がっている。

バルトークの楽曲は、管弦楽曲にしても、協奏曲にしても、そして室内楽曲などにしても、奥行きの深い内容を含有しており、必ずしも一筋縄ではいかないような難しさがある。

したがって、そうした楽曲の心眼を鋭く抉り出していくような演奏も、楽曲の本質を描出する意味において効果的であるとは言える。

またその一方で、各楽曲は、ハンガリーの民謡を高度に昇華させた旋律の数々を効果的に用いるなど巧妙に作曲がなされており、それをわかりやすく紐解いていくような演奏もまた、バルトークの楽曲の演奏として十分に魅力的であるのも事実である。

小澤のアプローチは、明らかに後者の方であり、両曲の各楽想を精緻に、そして明朗に描き出して行くという姿勢で一貫していると言えるだろう。

全盛時代の小澤ならではの躍動するようなリズム感も見事に功を奏しており、両曲をこれ以上は求め得ないほどに精密に、そしてダイナミックに描き出すことに成功したと言えるところだ。

それでいて、抒情的な箇所は徹底して歌い抜くとともに、目まぐるしく変転する曲想の表情づけも実に巧みに行われており、スコアに記された音符の表層だけをなぞっただけの薄味な演奏に陥っていないのが素晴らしい。

そして、壮年期の小澤ならではの、トゥッティに向けて畳み掛けていくような気迫と、前述のようなエネルギッシュな力感に溢れた強靭な生命力においてもいささかの不足はない。

前述のように、かつてのライナー(管弦楽のための協奏曲)やドラティ(バレエ「中国の不思議な役人」)の演奏のような楽曲の心眼に切り込んだいくような鋭さは薬にしたくもない。

しかし作品のもつ冷徹な音のドラマを生々しく表現し、これら両曲のオーケストラ音楽としての魅力を存分に満喫させてくれるという意味においては、そして、これら両曲を安定した気持ちで味わうことができるという意味においては、素晴らしい名演と高く評価したいと考える。

特にオーケストラの各パートを独奏楽器に起用した、華やかな演奏効果で知られる管弦楽のための協奏曲は、ボストン交響楽団が初演したゆかりの作品であるだけに、この演奏では、ひとつひとつの音に血が通っているかのように音楽が息づき、実に彫りの深い表現を生み出している。

動的な曲想をもつがゆえに、ワイルドなサウンドがもてはやされがちなバルトークであるが、小澤の音に接すれば、それがいかに偏った解釈かよくわかる。

小澤34歳時のEMIレーベルへのデビュー録音も管弦楽のための協奏曲であり、それは「若武者」として勢い充分にオーケストラをドライヴする小澤の指揮姿を彷彿とさせる演奏であったが、この再録音ではさらにスコアが透けて見えるような緻密さも併せ持っている。

そして、曲に込められた哀しみや自虐の歌が克明に浮かび上がるのは、小澤&ボストン交響楽団の20年の成果を示す見事な演奏と言えるだろう。

小澤の精緻にしてエネルギッシュな指揮の下、渾身の名演奏を繰り広げたボストン交響楽団にも大きな拍手を送りたい。

小澤は2004年にもサイトウ・キネンと管弦楽のための協奏曲(カップリングは弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽)をライヴ録音しており、そちらも名演ではあるが、完成度においてボストン盤に軍配をあげたい。

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2015年05月20日


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益々その活動に輝きが増す生ける伝説、20世紀音楽の巨人ブーレーズによるバルトーク協奏曲プロジェクトの最終章。

クレーメル、バシュメット、エマール、名実共に現代最高のソリスト達、世界トップのオーケストラ、ベルリン・フィル、ロンドン響を従え、鉄壁の布陣で臨んだ演奏。

本盤には遺作となったヴィオラ協奏曲及びヴァイオリン協奏曲第1番を軸として、2台のピアノ、打楽器と管弦楽のための協奏曲のオーケストラバージョンが収められている。

名演であると考えるが、とりわけヴィオラ協奏曲については素晴らしい超名演であると高く評価したい。

それどころか、ヴィオラ協奏曲には競合する目ぼしい名演が殆ど見当たらないことから、本演奏の登場によって漸く同曲の真価がそのベールを脱いだと言っても過言ではあるまい。

それにしても、本演奏におけるバシュメットのヴィオラ演奏は圧倒的だ。

変幻自在のテンポ設定や思い切った強弱の変化など、実に多彩な表現を見せており、その桁外れの表現力の幅の広さは圧巻というほかはない。

同曲は、バルトークの最晩年の作品だけに、その内容の深遠な奥深さには尋常ならざるものがあると言えるが、バシュメットの多彩な表現力を駆使した彫りの深い演奏は、まさに同曲の心眼を鋭く抉り出していくに足る凄みさえ感じさせるところであり、我々聴き手の肺腑を打つのに十分である。

ベルリン・フィルの卓越した技量をベースにした名演奏も、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

ヴァイオリン協奏曲第1番は、クレーメルの超絶的な技量をベースにしたいささかも歌わない冷徹とも言える表現が同曲の性格に見事に符号している。

バルトークの楽曲に特有の、ハンガリー風の民族色の表現にはいささか不足しているとは言えるが、同曲を純粋な現代音楽として捉えると、かかるクレーメルのアプローチにも十分な説得力があり、何らの遜色があるわけではないと考えられる。

また、本演奏でもベルリン・フィルの圧倒的な名演奏は健在だ。

さらに、本盤には2台のピアノ、打楽器と管弦楽のための協奏曲が収められているが、これはオーケストラバージョンとしての作品の出来としてはいささか問題がある。

もっとも、ピアノや打楽器パートについては見事な書法であり、純粋なソナタとしては傑作の名に値する楽曲であると言えるであろう。

これをエマールなどの豪華ソリストがこれ以上は求め得ないような名演奏を繰り広げているのが素晴らしい。

音質は、2004年及び2008年の録音ということもあって鮮明で素晴らしいものであると言えるが、とりわけヴィオラ協奏曲については同曲演奏史上でもトップの座に君臨する超名演であることもあり、今後はSHM−CD化、そして可能であればシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化を図るなど、更なる高音質化を大いに望んでおきたいと考える。

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2015年04月27日


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完成度の高い技術と、洞察の深い肉太の音楽性をもつアメリカのエマーソンSQにとって、バルトークの弦楽四重奏曲は自らの音楽的資質を表現する最適な素材だった。

リーダーの1人、ドラッガーは、バルトークと親交のあったフェリックス・ガリミールからバルトークの真髄を1970年代に伝授され、次第にレパートリーに加えて、1988年、カーネギー・ホールでのデビューに当たり全6曲を1回の公演で演奏して注目を集め、そのライヴの余勢をかって一気に全曲録音を完成させた。

曲により第1と第2ヴァイオリンが交替し、一晩に全6曲を奏き通すこともあるという彼らの精力的なバルトーク演奏には、鋭い知性と豊かな感性とが見事に調和した、エマーソンSQの理想のアプローチを垣間見る思いがする。

この団体は、バルトークが見せる妥協のない厳しい造形を明確に浮き彫りにして、いささかの曖昧さも残さない。

そして、優れて集中的なバルトークの表現を、迫真の緊迫感をもって再現している。

音楽の振幅を思い切って幅広く拡大した演奏である。

その拡大は強奏はもとより、ことに弱音の表現力を心底から信頼して行なわれているのが特徴である。

激しい求心力と頼り甲斐のある安定感とともに、弦楽器ならではのテクスチュアの多様さも耳を引き付ける。

第5番のフィナーレなど、その典型である。

その反面、第2番や第6番の終楽章がそうなのだが、しなやかな、しかし聴き手の肺腑を抉らないではおかない深々とした歌が歌われ、演奏がひとつの要素に片寄って単調に陥るのを防いでいる。

これは彼らの純粋で温厚な性格と、疲れを知らない精気を鼓舞させて完成した極めてダイナミックにして情熱的なバルトークであり、彼らの類い稀な芸術性の高さを証明している。

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2015年04月20日


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バルトークの弦楽四重奏曲については、最近ではカルミナ弦楽四重奏団やアルカント弦楽四重奏団など名演が目白押しであるが、このミクロコスモス弦楽四重奏団による全集の演奏の性格を一言で言えば、ハンガリーの民族色を全面に打ち出した名演と言うことができるのではなかろうか。

タカーチ弦楽四重奏団の創設者である第1ヴァイオリンのタカーチやチェロのミクロシュ・ペレーニらハンガリー代表する演奏家が集結したミクロコスモス弦楽四重奏団が祖国の大作曲家の大傑作を真摯に演奏している。

バルトークの作品が、ハンガリー民謡を基にしていることはよく知られているが、なんとよく歌う演奏であろうか。

お国訛りの強く出た演奏で、弾かれると言うよりは語られるような、微妙なニュアンスが表現の隅々に行き渡っていて、テンポもそれに寄り添って微妙に揺れて、時には踊るようなリズムを刻み、尖っても金属的にはならず、不協和音の中にも歌を見つけ出して歌い上げている。

バルトークの弦楽四重奏曲は、20世紀を代表する弦楽四重奏曲として、ハンガリー音楽という狭隘な範疇にはとどまらず、むしろ、20世紀において人類が経験しなければならなかった未曾有の悲劇の数々の縮図のような深遠な内容を有する傑作であるが、これら一連の傑作の根底にあるのは、コダ−イとともにハンガリー国内を巡って、民謡などの採集を行った成果であることも忘れてはならない事実なのである。

したがって、ミクロコスモス弦楽四重奏団のアプローチも、これらの傑作が含有している民族的な側面に光を当てるものとして、高く評価されるべきものであると考える。

特にタカーチのヴァイオリンが墨絵の筆遣いのような微妙なニュアンスでアンサンブルを率いており、それがとても魅力的。

アルバン・ベルク弦楽四重奏団やハーゲン弦楽四重奏団の鋭利な演奏を聴き慣れている耳には新しい発見があり、闇の中から挑んでくるようなバルトークではないが、とても感動的な演奏である。

更に、本盤の魅力は、SACDマルチチャンネルによる極上の高音質録音であり、バルトークの傑作を、現在望み得る最高の音質で鑑賞できることの意義は大変大きいと言える。

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2015年02月16日


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本盤は、小澤征爾のEMIレーベルへのデビュー録音となったもので、録音当時34歳、「若武者」として勢い充分にオーケストラをドライヴする小澤の指揮姿を彷彿とさせる演奏であり、さらにスコアが透けて見えるような緻密さも併せ持っている。

バルトークの「管弦楽のための協奏曲」は、作曲家晩年の皮肉や苦みがふんだんに盛り込まれた作品であるが、小澤は実はそのような面にはあまり反応していない。

筆者は基本的には、内在する皮肉や苦みが演奏に際してきちんと表現されるのが一番よいとは思う。

しかし、世の中には皮肉や苦みがわからない人間もいるし、そういう人たちは、演奏家として、音楽家として否定されねばならないのか? 音楽を聴いてはならないのか? そうではあるまい。

作品を発表するというのは、作品を無理解な人間に対しても開放するということでもあり、別の人格に委ねるということだ(極論を言えば、作品を放棄すること、それどころか破棄することだ)。

作品とは演奏家にとってみれば、いかに親しげに感じられようとも、所詮他人の音楽である。

ゆえに、それぞれの人間が己の理解力の中で最大限の可能性を求める、それが大事なのだ。

だから筆者としては、小澤がベストを尽くしたこの録音を高く評価したい。

小澤が振る「管弦楽のための協奏曲」は、彼の尊敬するカラヤン同様、スムーズで、格好よくて、楽天的で、とても綺麗な音響で、その冷たい美しさはモダンインテリアのようで、録音後40年以上を経た現在でも一級品であり、まったく古びていないように思える。

だが、まさにこのような演奏に対して、アーノンクールやラトルが異議を唱えているのだということ、その点において、この演奏は過去になりつつあるということはわかっていてよい。

小澤には小澤のやり方があり、彼は今でもそのやり方をサイトウ・キネン・オーケストラとともに続けているが、その一徹さは彼には不可避であり、またそれでよいのである。

誰しも、歴史の中で自分に振り当てられた役割を果たすほか、別の選択はないのだから。

正直な気持ちを記すなら、筆者はとびきりの名人オーケストラが間然するところのない技量を見せつけるこの演奏を、不毛に贅沢な退屈であると感じることを告白しておく。

しかし、シカゴ交響楽団がいくら名人揃いだからといって、常にこのような演奏をするわけではないこと、まさに小澤の力でこのような演奏が実現されたことについては、髪の毛一筋ほども疑わない。

なかんずくフィナーレでは若かった小澤がいささかの破綻も恐れず躍動しているのが聴こえ、胸のすくような瞬間がある。

最後の金管楽器の決めは、まるで雄々しい若者の雄叫びのようであり、パリやアメリカの聴衆が、このエキゾチックな青年が作り出すストレートで屈託のない音楽に魅了されたのが理解できるのである。

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2015年01月20日


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ハンガリー弦楽四重奏団は、1934年にブダペストにて結成された歴史的な団体。

創始者は、シャードル・ヴェーグであり、当初は第1ヴァイオリンをつとめた。

その後、バルトークの友人であり、ヴァイオリン協奏曲第2番の初演や、弦楽四重奏曲第6番の作曲にも委嘱の形で加わったセーケイ・ゾルターンが第1ヴァイオリンに就任(ヴェーグは第2ヴァイオリンとなった)し、弦楽四重奏曲第5番の初演を行った。

1940年には、ヴェーグの退団(ヴェーグは、自らの名前を冠したヴェーグ弦楽四重奏団を結成)によってメンバーが固まり、以後、米国を拠点に1972年まで活動を行った。

このように、ハンガリー弦楽四重奏団は、バルトークと極めて縁が深いだけに、その演奏もバルトークへの深い愛着と思慕があらわれたものとなっているのは自明の理であると言えるところだ。

バルトークの弦楽四重奏曲全集の様々な団体による名演の中でも極めて名高い存在であるアルバン・ベルク弦楽四重奏団の演奏(1983〜1986年)と比較すると、そして、当該演奏を聴き込んだクラシック音楽ファンからすると、バルトークの弦楽四重奏曲において特徴的な不協和音や、強烈なバルトーク・ピッツィカートなどを徒に強調していない本演奏には、その角の取れた刺激のなさに物足りなさを感じるかもしれない。

しかしながら、奇を衒わない正攻法のアプローチによって、各楽器間のバランスに留意しつつ豊饒な音色を醸成した本演奏は、聴けば聴くほどに心に染み込んでくる演奏と言える。

このようなハンガリー弦楽四重奏団の演奏を一言で言えば、同曲に込められたハンガリーの民謡を高度に昇華させた旋律の数々に徹底して光を当てた演奏と言えるのではないだろうか。

バルトークの心の中を覗き込むような、マジャール人の血のたぎりを感じさせる演奏と言えるところであり、同曲を前衛的な要素を多分に持った現代音楽として位置づけるのではなく、むしろ、19世紀の終わり頃から隆盛期を迎えた国民楽派の系譜に連なる音楽として位置付けているような趣きさえ感じさせる演奏と言っても過言ではあるまい。

これほどまでに、同曲の持つ美しさや民族楽的な要素に徹底して光を当てた演奏は類例を見ないとも言えるところであり、いささか極論に過ぎるかもしれないが、弦楽四重奏曲が数多く作曲されていたハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンなどいわゆる古典派の時代に回帰するような演奏と言えるのかもしれない。

いずれにしても、本演奏は、同曲に込められたハンガリーの民族色を大いに感じさせてくれるとともに、その根源的な美しさ、そして、弦楽四重奏曲の原点を想起させてくれる古典的とも言うべき名演と高く評価したい。

諸説はあると思われるが、筆者としては、同曲を初めて聴く人には、先ずは、アルバン・ベルク弦楽四重奏団による演奏を聴いた上で、本盤のハンガリー弦楽四重奏団による演奏を聴くと、同曲への理解がより深まるのではないかと考えているところだ。

音質は、1961年のスタジオ録音であるが、リマスタリングがなされたこともあって、十分に満足し得る良好なものと評価したい。

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2014年12月07日


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数年前に惜しくも解散してしまったアルバン・ベルク弦楽四重奏団(ABQ)であるが、本盤に収められたバルトークの弦楽四重奏曲全集は、ABQが遺した数々の名演の中でも最上位にランキングされる代表盤の1つであると考える。

録音から既に30年近く経過しており、本演奏に触発されたような同曲の名演も散見されるが、今もなおその存在感は色褪せていない。

本演奏においてABQは、その持ち味である卓越した技量を駆使しつつ、バルトークの複雑極まりない曲想を細部に至るまで精緻に紐解いていく。

これほど完璧に同曲を音化したことはないのではないかとさえ思われるほどの精密な演奏とさえ言える。

その徹底した精密さは、どこをとっても力強い気迫と独特の緊張感が漲る演奏に仕立て上げるのに大きく貢献しており、全体としてクールな演奏とさえ感じさせるほどだ。

しかしながら、ウィーンの音楽家で構成されたことに起因するABQの各奏者の美しい音色が、演奏全体に適度の潤いを与えることに貢献しており、クールでありながらも決して血も涙もない演奏に陥る危険性を回避している。

このような本演奏に対しては、知情兼備の完全無欠な演奏との評価もあながち言い過ぎではあるまい。

もっとも、バルトークは、盟友コダーイとともに民謡の採取を行い、採取した民謡を高度に昇華させた上で積極的に自作に取り入れており、同曲においてもそれを随所に聴くことが可能であるが、かかる民族色的な側面に重心を置いた表現という意味においては、ABQの演奏よりも優れた演奏が存在していると言えなくもない。

とある影響力の大きい某音楽評論家は、本演奏について同曲を「当たり前の音楽」にしているとして酷評しているが、かかる評価の是非はさておき、この複雑怪奇な同曲を、同曲の演奏史上初めて「当たり前の音楽」にしたことを評価するのか、それとも「当たり前の音楽」以外のもの(例えば前述のような民族色的な側面)を求めるのかによって、評価が分かれる演奏と言えるのかもしれない。

筆者としては、前述のような知情兼備の完全無欠な演奏を行うことによって、前衛的な同曲を史上初めて「当たり前の音楽」として聴き手にその魅力を認知させるとともに、その後の演奏に多大な影響を及ぼしたという意味において、ABQによる本演奏を画期的な名演と高く評価したいと考えている。

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2014年10月18日


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バルトークの最晩年の傑作である管弦楽のための協奏曲にはこれまで多数の録音がなされ、その中には名演との評価がなされているものも数多く存在している。

そのような中で、録音から50年以上が経過してもなお、これまでの同曲のすべての名演に冠絶する至高の超名演こそは、本盤に収められたライナーによる演奏であると考える。

本演奏におけるライナーのアプローチは、テンポは幾分速めであり、全体として引き締まった筋肉質の演奏である。

他の指揮者による演奏が、聴かせどころのツボを心得たわかりやすい表情づけを随所に施しているのに対して、ある意味ではいささかも微笑まない辛口の演奏で一貫しているとさえ言えるほどだ。

しかしながら、演奏全体に漲っている気迫や張り詰めた緊張感には尋常ならざるものがあり、我々聴き手の心胆を寒からしめるのに十分なものがある。

また、一聴とすると何の飾り気もない各フレーズの随所から滲み出してくるような奥深い情感には、抗し難い魅力が満ち溢れていると言えるところである。

これは、ライナーの同曲への深い理解や愛着とともに、同曲に込められたバルトークの心底にあった寂寥感や絶望感などを敏感に感じ取っていたからに他ならない。

このような楽曲の心眼に鋭く切り込んでいくような彫りの深い表現は、バルトークと親交があり、バルトークと同じ苦難の時代を生きたライナーだけが成し得た究極の演奏とさえ言えるだろう。

ライナーの確かな統率の下、これ以上は求め得ないような完全無欠の演奏を披露したシカゴ交響楽団の卓越した技量も、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽もまた、強烈無比な演奏と言える。

本演奏でのライナーのアプローチは、やや速めのテンポで曲想を描き出しているが、全体として引き締まった音楽が特徴であり、飾り気がいささかもないいわば辛口の演奏で一貫しているとさえ言える。

そして、演奏全体に漲っている気迫や張り詰めた緊迫感には尋常ならざるものがあると言えるところであり、我々聴き手も本演奏の始まりから終わりまで手に汗握るような緊張感を強いられるほどだ。

もっとも、このように強烈無比な演奏とは言っても、決していわゆる血も涙もない演奏には陥っていない。

一聴すると素っ気ない表情の各フレーズの端々から聴き取ることが可能な奥深い情感は、抗し難い魅力に満ち溢れていると言えるところである。

古今東西の指揮者による同曲の演奏の中でも、これほどまでに楽曲の心眼に鋭く踏み込んだ彫りの深い演奏を行ったものは、ムラヴィンスキー&レニングラード・フィル(1965年)以外には類例を見ないところであり、ムラヴィンスキー盤の音質がいささか良好とは言い難いことを考慮に入れると、本演奏こそは、同曲のあらゆる名演に冠絶する至高の超名演との評価をするのにいささかも躊躇するものではない。

ライナーによる確かな統率の下、素晴らしい演奏を成し遂げたシカゴ交響楽団による超絶的な技量も、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

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2014年08月04日


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本盤は、バルトークの最も有名な管弦楽作品を2曲カップリングしたものであるが、いずれも素晴らしい名演だ。

名演となった要因は、何よりもシカゴ交響楽団の卓越した技量にあると考える。

本演奏の録音は1989年のスタジオ録音であるが、この当時のシカゴ交響楽団はショルティの圧倒的な統率の下に全盛期を誇っていた時代である。

各ブラスセクションには、ハーセスやクレヴェンジャーなどのスタープレイヤーを数多く揃え、その圧倒的な大音量とブリリアントな響きには抗し難い魅力があった。

木管楽器のテクニックも桁外れであったし、オーケストラのアンサンブルも鉄壁のものがあった。

オーケストラの力量だけに限ってみれば、かのカラヤン指揮下のベルリン・フィルにも匹敵する実力を誇っていたと言える。

本演奏でも、シカゴ交響楽団は圧巻の技量を披露しており、弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽における厚みのある弦楽合奏や、管弦楽のための協奏曲における各管楽器の卓越した技量は唖然とするほどだ。

そのようなスーパー軍団たるシカゴ交響楽団に対峙して、レヴァインも見事な統率を示していると言える。

両曲ともに指揮によっては深刻な演奏になりがちであるが、レヴァインは、そのような深刻に陥ることを極力避け、各旋律を情感豊かに歌い上げることによって、極めて明瞭でわかりやすい作品に昇華させているのが素晴らしい。

両曲には、同じくシカゴ交響楽団を指揮したライナーやショルティの名演やカラヤンやムラヴィンスキー(弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽のみ)による名演などが目白押しであるが、とかく複雑で難解とされるバルトークの楽曲(特に、弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽)を親しみやすく聴かせたという意味においては、本レヴァインによる演奏を名演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

録音は、従来盤でも定評のある素晴らしい音質であり、このような名演を高音質の録音で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2014年07月21日


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これは素晴らしい名演だ。

ショルティは、ライナーやオーマンディ、セルなどと言った綺羅星の如く輝くハンガリー系の累代の指揮者の系譜に連なる大指揮者であるだけに、こうした偉大なる先達と同様にバルトークの最晩年の傑作である管弦楽のための協奏曲を十八番としていた。

ショルティは、本盤の演奏の前にも、ロンドン交響楽団とともにスタジオ録音(1963年)しており、当該演奏は既にシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤として発売されるなど、圧倒的な名演と高く評価されているところだ。

本盤の演奏は、当該演奏から17年の時を経てスタジオ録音されたものであるが、再録音の成果が十二分にある素晴らしい名演と高く評価したい。

ショルティのアプローチは、これは管弦楽のための協奏曲だけでなく、併録の舞踏組曲についても言えるところであるが、強靭なリズム感とメリハリの明瞭さを全面に打ち出したものであり、その鋭角的な指揮ぶりからも明らかなように、どこをとっても曖昧な箇所がなく、明瞭で光彩陸離たる音響に満たされていると言えるところだ。

こうしたショルティのアプローチは、様相の変化はあっても終生にわたって殆ど変わりがなく、それ故に演奏全体的な様相は1963年の旧録音にも共通しているが、1980年代に入ってショルティの指揮芸術にも円熟の境地とも言うべきある種の懐の深さ、奥行きの深さが付加されてきたところであり、1981年の本演奏にもそうした点が如実にあらわれている。

要は、ショルティを貶す識者が欠点と批判してきた力づくとも言うべき無機的な強引さが本演奏においては影を潜め、いかなる最強奏の箇所に至っても、懐の深さ、格調の高さを失っていないのが素晴らしい。

楽曲によっては、ショルティらしい力強さ、強靭な迫力が損なわれたとの問題点も生じかねないが(例えば、マーラーの交響曲第5番)、本盤に収められたバルトークによる両曲の場合は、そうした問題点はいささかも顕在化していない。

そして、本演奏においてさらに素晴らしいのはシカゴ交響楽団の超絶的な技量であろう。

ショルティの指揮にシカゴ交響楽団が一糸乱れぬアンサンブルを駆使してしっかりとついていっているところが見事であり、ショルティ統率下のシカゴ交響楽団がいかにスーパー軍団であったのかを認識させるのに十分なヴィルトゥオジティを最大限に発揮(特に終楽章)している。

かかるシカゴ交響楽団の好パフォーマンスが、本演奏を壮絶な名演たらしめるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

音質も英デッカによる極めて優秀なものであり、ルビジウム・クロック・カッティングによって更に鮮明さが増している。

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2014年07月14日


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若き日の自信にあふれたコチシュが、自国の作曲家の作品に見せる鋭い感性が眩しく、余裕すら感じさせる名盤。

コチシュは、バルトークを得意とし、指揮者として、そしてピアニストとしても数々の演奏を行っており、CDも数多く発売されているが、本盤は、来日時に収録を行った若き日の名演である。

バルトークは、盟友のコダーイとともに、ハンガリー(及びその周辺諸国)の民謡採集を行い、それを自分のものとして昇華したうえで、様々な自作に活かしていった。

特に、バルトークの場合、ピアノ作品に、そうした作風が顕著にあらわれていると言える。

コチシュの演奏は、決して個性をひけらかすようなものではなく、むしろ、正統派のアプローチと言える。

もちろん、卓越した技量は持ち合わせているのだが、それをベースとして、バルトーク特有のハンガリーの民謡の語法が散見される各曲を、情感豊かに描き出していく。

実にリズミカルな運動性の中に、バルトークの歌がさりげなく、しかも十分に歌われており、音の響きは鋭く研ぎ澄まされ、透明であるのが効果的だ。

アプローチが正統的であるが故に、聴き手はゆったりとした気持ちで、バルトークの音楽の美しさ、素晴らしさをダイレクトに満喫することができる。

特に、「3つのハンガリー民謡」や「古い踊りの歌」は、そうしたコチシュのアプローチが楽曲と見事に符合し、感動的で清澄な名演に仕上がっている。

他方、「組曲」や「ピアノ・ソナタ」は、若きコチシュならではの勢いのある生命力と卓越した技量が全面に出た豪演と言える。

このCDは、コチシュの代表盤となる1枚だろう。

Blu-spec-CD化によって、音質が実に鮮明になったのも素晴らしい。

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2014年06月27日


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ドホナーニは、かつてのニキシュにはじまり、その後、多くの大指揮者を生み出したハンガリー人指揮者の系譜に連なる指揮者である。

マゼールの後任として、かつてセルが世界一流のオーケストラに育て上げたクリーヴランド管弦楽団の首席指揮者に就任し、数々の名演を生み出したことは、今なお記憶に新しいところだ。

もちろん、ドホナーニほどの指揮者だけに、ドホナーニはクリーヴランド管弦楽団以外のオーケストラとともに名演を遺している。

本盤に収められたウィーン・フィルとのスタジオ録音も、そうしたドホナーニによる貴重な名演である。

巷間、ドホナーニとウィーン・フィルの相性は必ずしも良くなかったと言われている。

その理由は定かではないが、特に、ドイツ系の音楽を指揮する際には、ウィーン・フィルの楽員の反応が芳しくなかったようだ。

さすがにショルティほどではないものの、ドホナーニの知的とも言うべきアプローチが、ウィーン・フィルの演奏志向と必ずしも一致しなかったということは容易に推測できるところである。

しかしながら、本盤に収められたストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」のような、オーケストレーションの華麗さを売りにした楽曲や、いわゆるお国ものとも言うべきバルトークのパントマイム「中国の不思議な役人」のような楽曲においては、ドホナーニの知的なアプローチが、演奏全体を引き締まったものとするとともに、ウィーン・フィルの美質でもある美しい響きが演奏を冷徹なものに陥ることを避け、いい意味での潤いや温もりを付加するのに貢献するなど、まさに、指揮者とオーケストラがそれぞれ足りないものを補い合った見事な名演を成し遂げるのに成功していると言えるのではないだろうか。

もちろん、これらの楽曲には、他にも優れた名演はあまた存在しているが、少なくとも、相性が今一つであったドホナーニとウィーン・フィルの息が統合した数少ない演奏の一つとして、本盤の両演奏は稀少な存在とも言えるところだ。

さすがのプライドの高いウィーン・フィルの楽員も、ストラヴィンスキーやバルトークの楽曲の演奏に際しては、ドホナーニに余計な注文も付けなかったであろうし、逆に、ドホナーニも自信を持って演奏に臨んだことが窺い知れるところだ。

いずれにしても、筆者としては、本盤の両曲の演奏は、ドホナーニがウィーン・フィルと行った演奏の中でも最も優れた名演として、高く評価したい。

本盤の演奏は、デジタルに切り替わる直前のアナログの末期の録音ではあるが、さすがは英デッカとも言うべき極めて鮮明で極上の高音質を誇っている。

そして、今般、ついに待望のシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化がなされることによって、これ以上は求め得ないような圧倒的な高音質に進化したところだ。

いずれにしても、ドホナーニ&ウィーン・フィルによる素晴らしい名演を、シングルレイヤーによるSACD&SHM−CDという現在求め得る最高の音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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2014年03月02日


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これはハンガリーの民族色を全面に打ち出した素晴らしい名演だ。

弦チェレとディヴェルティメントは弦楽にケレメンやペレーニが加わっているというデラックスバージョン。

それだけとも言えないのかもしれないが、優秀な演奏の多いこのシリーズの中でも最高にテンションが高くなっているアルバムである。

先ずは、弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽であるが、この曲には、同じハンガリー人指揮者によるライナー&シカゴ交響楽団の超名演があった。

同じ境遇に置かれた同郷の指揮者による演奏ということで、説得力においても抜群のものがあり、この超名演のみがあらゆる同曲の名演の中で一つ抜けている存在と言えるかもしれない。

しかしながら、本演奏は、尖鋭的なブーレーズや、音質はいささか古いものの超凝縮型のムラヴィンスキー、聴かせどころのコツを心得たカラヤンやショルティの名演などと比較しても、十分に対抗し得るだけの名演と高く評価したい。

その名演の性格を一言で言えば、前述にようにハンガリーの民族色を全面に打ち出した明快なアプローチということだと思う。

オーケストラに手兵のハンガリー国立フィルを採用したことも大きな要素であると言える。

明晰でありながら分析的にならず、自由自在に曲が進展する。

他の盤ではピアノは適当に扱われているように思われる盤があるが、指揮者がピアニストであるためか、ピアノがいつになく雄弁に思え、それが演奏にアクセントを与えている。

併録のディヴェルティメントやハンガリーの風景は、弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽におけるアプローチをさらに追求したものであり、民謡採取に熱心だったバルトークの研究成果が如実にわかるような見事な名演に仕上がっている。

やはりこのシリーズの強みは、死語になりつつあるお国物、ハンガリーの血統とでもいうべきものなのだと思う。

録音は、SACDマルチチャンネルによる極上の高音質であり、本盤の価値をより一層高めることに大きく貢献している。

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2014年02月16日


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これは驚きの1枚である。

バルトークの弦楽四重奏曲は傑作ではあるが、決して耳当たりのいい曲ではなく、ポピュラリティを獲得をしているわけではないため、各弦楽四重奏団が採り上げる際には、余程の自信がないとCD化に逡巡する例が散見される。

それだけに、この新しいアルカント・カルテットが、バルトークの、しかも、その中でも傑作であり、より深みのある「第5」と「第6」を録音したという点に、並々ならぬ自信と決意があらわれている。

そして、その演奏内容は、それに恥じぬ超名演に仕上がっている。

「第5」は、冒頭から、アグレッシブで強烈な迫力に圧倒される。

第1楽章冒頭の激しいリズム、第2楽章のチェロの極端に低いどこか無機質な響き、その後現われる柔らかな旋律、第3楽章の複雑なリズムの絡み合いは名手たちの真骨頂で、そして第4、第5楽章でも、エッジの効いた演奏に圧倒される。

各奏者の思い切った凄みさえ感じさせるアプローチが、バルトークの音楽にこれ以上は望めないような生命力を与えている。

「第6」も、悲劇的な抒情と、バルトーク特有の諧謔的でシニカルな表情のバランスが実にすばらしく、それでいて、「第5」で垣間見せたようなアグレッシブさにもいささかの不足はない。

タベア・ツィンマーマンによる冒頭のヴィオラ・ソロの深みのある歌に、一気に晩年のバルトークの世界に引き込まれる。

第3楽章の四分音の掛け合いも、絶妙なことこの上ない。

終楽章、静寂へと帰ってゆく終結部は、死者の魂が天へと静かに昇ってゆくような神聖さに満ちている。

アルカント・カルテットの将来性を大いに感じさせるとともに、この団体による今後のバルトークの弦楽四重奏曲全集の完成を大いに期待させる1枚と言える。

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2014年02月15日


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コチシュと手兵ハンガリー国立フィルによるバルトークSACDシリーズ最新盤で、今回は初期の3作品を収録している。

万人向けの明朗な名演だ。

まず、“ハンガリーのクレーメル”の異名をとるケレメン独奏のヴァイオリン協奏曲。

コチシュと一体となって、バルトークの傑作を明瞭に、美しく弾き抜いている点を評価したい。

しっとりと美しく歌い上げる第1楽章から一転、第2楽章では火花散る激しさがなるほどあだ名のとおり。

ソリストはもちろん、指揮者そしてオケともに全編を彩る民俗主題の扱いもじつに堂に入っている。

使用楽器は1742年製グァルネリ・デル・ジェス。

さらに、コチシュ自身のピアノ、フィッシャー&ブダペスト祝祭管という顔ぶれによるカップリング。

注目は「スケルツォ」で、タイトルに反して、演奏時間30分とあまりに大規模、あまりに複雑な内容は、録音の珍しさと理想的な演奏陣からまさに極めつけと言えるものである。

バルトークの作品はいずれも内容が濃いが、その分、必ずしもわかりやすい曲想とは言えない。

最晩年の管弦楽のための協奏曲は別格として、他の諸曲は、聴き手を容易には寄せ付けない峻厳さがある。

いずれも傑作ではあるが、曲想は相当に輻輳しており難解さの極み。

コチシュは、そのような複雑極まる楽想を紐解き、聴き手に、これら各曲の魅力をわかりやすく伝えてくれている点を高く評価したい。

本盤とほぼ同時期に、フリッチャイによるバルトーク作品集(独アウディーテ)が発売され、当該盤には本盤と同じ作品も収められているが、その演奏の違いは明らか。

フリッチャイは、作品の本質に鋭く切り込んでいく気迫あふれるアプローチであったが、コチシュは、作品の本質を理解した上で、旋律線を明瞭にわかりやすく、美しく描き出していくもの。

筆者としては、こうしたコチシュのアプローチも、バルトークの演奏様式として、十分に説得力のあるものと考える。

さらに素晴らしいのは、SACDマルチチャンネルによる極上の高音質録音であり、バルトークの複雑な曲想を明瞭に紐解いていくというコチシュのアプローチの一助になっている点も見過ごしてはならない。

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2014年02月13日


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先ずは、有名なバルトークの管弦楽のための協奏曲と、知る人ぞ知るルトスワフスキによる同名の楽曲をカップリングしたセンスの良さを高く評価したい。

大方の指揮者は、バルトークの管弦楽のための協奏曲と組み合わせる楽曲は、弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽や「中国の不思議な役人」組曲など、バルトークが作曲した有名曲であるのが通例であるが、敢えて、このような特異なカップリングを行ったところに、前述のようなセンスの良さとともに、父ネーメ・ヤルヴィ譲りの広範なレパートリーを誇る指揮者の面目躍如たるものがあると考える。

演奏も、これまた素晴らしい名演と高く評価したい。

パーヴォ・ヤルヴィのアプローチは、何か特別な個性があるわけではなく、聴き手を驚かすような奇を衒ったような演奏はいささかも行っていない。

では、没個性的で内容のない浅薄な演奏かというと、決してそのようなことはないのである。

要は、恣意的な解釈を施すことを一貫して避けていると言うことであり、その結果、嫌みのない、あざとさのない自然体の美しい音楽が醸成されるのに繋がっている。

そして、細部に至るまでニュアンスが豊かであり、どこをとっても豊かな情感に満たされているのが素晴らしい。

もちろん、ルトスワフスキの第1楽章及び終楽章、ファンファーレなどに聴かれるように強靭な力強さにもいささかの不足はなく、パーヴォ・ヤルヴィの卓越した表現力の幅の広さを感じさせてくれるのも見事である。

バルトークの管弦楽のための協奏曲には、ライナーやオーマンディ、セル、ショルティなどのハンガリー系の指揮者による名演や、カラヤンなどによる演出巧者ぶりが発揮された名演が目白押しであるが、ルトスワフスキの作品も含め、ゆったりとした気持ちで音楽それ自体の魅力を満喫させてくれるという意味においては、本演奏を過去の名演と比較しても上位に掲げることにいささかの躊躇もしない。

これは、まさに、パーヴォ・ヤルヴィの類稀なる豊かな音楽性の勝利と言えるだろう。

シンシナティ交響楽団も卓越した技量を示しているのも素晴らしい。

なお本作は同一音源でハイブリッドSACD盤もリリースされている(未聴)が、こちらのCD盤でも充分なクオリティで聴ける。

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2013年10月11日


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バルトークの最晩年の傑作である「管弦楽のための協奏曲」にはこれまで多数の録音がなされ、その中には名演との評価がなされているものも数多く存在している。

そのような中で、録音から50年以上が経過してもなお、これまでの同曲のすべての名演に冠絶する至高の超名演こそは、本盤に収められたライナーによる演奏であると考える。

本演奏におけるライナーのアプローチは、テンポは幾分速めであり、全体として引き締まった筋肉質の演奏である。

他の指揮者による演奏が、聴かせどころのツボを心得たわかりやすい表情づけを随所に施しているのに対して、ある意味ではいささかも微笑まない辛口の演奏で一貫しているとさえ言えるほどだ。

しかしながら、演奏全体に漲っている気迫や張り詰めた緊張感には尋常ならざるものがあり、我々聴き手の心胆を寒からしめるのに十分なものがある。

また、一聴すると何の飾り気もない各フレーズの随所から滲み出してくるような奥深い情感には、抗し難い魅力が満ち溢れている。

これは、ライナーの同曲への深い理解や愛着とともに、同曲に込められたバルトークの心底にあった寂寥感や絶望感などを敏感に感じ取っていたからに他ならない。

このような楽曲の心眼に鋭く切り込んでいくような彫りの深い表現は、バルトークと親交があり、バルトークと同じ苦難の時代を生きたライナーだけが成し得た究極の演奏とさえ言えるだろう。

ライナーの確かな統率の下、これ以上は求め得ないような完全無欠の演奏を披露したシカゴ交響楽団の卓越した技量も、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

これだけの歴史的な超名演だけに、これまでSACD化やXRCD化など高音質化への取り組みがなされているが、筆者としてはXRCD盤の方をより上位に置きたいと考える。

前述のように50年以上も前のスタジオ録音であるが、XRCD化によってきわめて鮮明な音質に蘇ったところであり、ライナーによる超名演をこのようなXRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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本盤に収められた「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」は、まさに強烈無比な演奏と言える。

本演奏でのライナーのアプローチは、やや速めのテンポで曲想を描き出しているが、全体として引き締まった音楽が特徴であり、飾り気がいささかもないいわば辛口の演奏で一貫しているとさえ言える。

そして、演奏全体に漲っている気迫や張り詰めた緊迫感には尋常ならざるものがあり、我々聴き手も本演奏の始まりから終わりまで手に汗握るような緊張感を強いられるほどだ。

もっとも、このように強烈無比な演奏とは言っても、決していわゆる血も涙もない演奏には陥っていない。

一聴すると素っ気ない表情の各フレーズの端々から聴き取ることが可能な奥深い情感は、抗し難い魅力に満ち溢れている。

古今東西の指揮者による同曲の演奏の中でも、これほどまでに楽曲の心眼に鋭く踏み込んだ彫りの深い演奏を行ったものは、ムラヴィンスキー&レニングラード・フィル(1965年)以外には類例を見ないところであり、ムラヴィンスキー盤の音質がいささか良好とは言い難いことを考慮に入れると、本演奏こそは、同曲のあらゆる名演に冠絶する至高の超名演との評価をするのにいささかも躊躇するものではない。

ライナーによる確かな統率の下、素晴らしい演奏を成し遂げたシカゴ交響楽団による超絶的な技量も、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

併録の「5つのハンガリー・スケッチ」は、民謡の採取に生涯をかけたバルトークならではの比較的親しみやすい民族色溢れる名作であるが、ここでは、ライナー&シカゴ交響楽団が「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」とは別人のような温もりのある演奏を繰り広げているのが素晴らしい。

今から50年以上も前のスタジオ録音であるが、XRCD化によってきわめて鮮明な音質に蘇ったところであり、ライナーによる超名演をこのようなXRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2013年09月11日


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本盤に収められたバルトークのピアノ協奏曲全集は、近年においては円熟の境地に入りつつあるハンガリー出身のピアニストであるシフと、バルトークの様々な楽曲において比類のない名演を成し遂げている同じくハンガリー出身のイヴァン・フィッシャー&ブダペスト祝祭管という現代最高の組み合わせによる演奏であるが、聴き手の期待をいささかも裏切らない素晴らしい名演と高く評価したい。

ハンガリー出身のコンビによるバルトークのピアノ協奏曲全集の名演としては、ゲーザ・アンダとフリッチャイ&ベルリン放送響(1960、1961年)による同曲演奏史上でもトップの座に君臨する歴史的な名演が名高い。

さすがに、本演奏は当該名演には敵わないと言えるが、それでも新時代の名演として高く評価してもいいのではないだろうか。

シフは、本演奏の当時は45歳であったが、若手ピアニストの演奏に聴かれがちな、畳み掛けていくような気迫や力強い生命力でひたすら遮二無二突き進んでいくような演奏を行っているわけではない。

むしろ、バルトークのスコアの徹底したリーディングを行ったことに基づく精緻な表現を行っている。

そして、シフは一音一音を蔑ろにすることなく、透明感あふれるタッチで曲想を明瞭に描き出して行くことに腐心しているようにさえ感じさせる。

それでいて、単なるスコアに記された音符の表層をなぞっただけの薄味の演奏には陥っておらず、各旋律の端々からはシフのバルトークへの深い愛着に根差した豊かな情感が滲み出てきているところであり、いい意味での知情兼備のピアニズムを展開している。

こうしたシフのピアノをしっかりと下支えするとともに、同曲の深層にあるハンガリーの民族色豊かな味わい深さを描出することに貢献しているのが、イヴァン・フィッシャー&ブダペスト祝祭管による名演奏である。

同曲には、バルトークが盟友コダーイとともに採取したハンガリー民謡を高度に昇華させて随所に取り入れているが、イヴァン・フィッシャーはそれを巧みに表現するとともに、雄渾なスケールによる懐の深い演奏でシフのピアノを引き立てているのが素晴らしい。

音質は、1996年のスタジオ録音でもあって音質的には全く問題はないが、シフとイヴァン・フィッシャー&ブダペスト祝祭管が組んだ素晴らしい名演でもあり、今後はSHM−CD化、そして可能であればSACD化を図るなど、更なる高音質化を大いに望んでおきたい。

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2013年08月12日


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本盤にはブーレーズが、各曲毎に異なったピアニスト、オーケストラと組んで演奏を行ったバルトークのピアノ協奏曲全集が収められているが、いずれも素晴らしい名演と評価したい。

それどころか、バルトークのピアノ協奏曲の演奏史上でも、フリッチャイがゲーザ・アンダと組んでベルリン放送交響楽団を指揮した歴史的な超名演(1960、1961年)に次ぐ至高の超名演と高く評価したい。

ブーレーズは、1960年代から1970年代にかけては、前衛的で先鋭的なアプローチによって聴き手を驚かすような衝撃的な名演の数々を成し遂げていた。

しかしながら、1990年代に入ってDGと専属契約を締結した後は、すっかりと好々爺となり、かつてと比較すると随分とノーマルな装いの演奏を繰り広げるようになった。

もちろん、ブーレーズの芸風の基本は徹底したスコアの読み込みにあることから、そのスコアに対する追求の度合いはより深まったと言えなくもない。

ただ、それを実際に音化する際には、おそらくは円熟の境地に去来する豊かな情感が付加されるようになってきたのではないだろうか。

かかるブーレーズの円熟のアプローチが今一つしっくりこない楽曲(とりわけ、ストラヴィンスキー、ドビュッシー、ラヴェル)もあるが、他方、バルトークについては、各楽曲が含有する深遠な世界がより巧みに表現されることになり、むしろ功を奏していると側面もあると考えられる。

とりわけ、ピアノ協奏曲については、バレンボイムと組んで行った演奏(1967年)(ただし、第1番及び第3番のみ)が、指揮者とピアニストの呼吸が今一つであったことからしても、本演奏の圧倒的な優位性にいささかの揺らぎはないものと考えられる。

それにしても、本盤における各曲におけるピアニストやオーケストラの使い分けには抜群のセンスの良さを感じさせる。

第1番は、3作品の中では最も前衛的な装いの楽曲であるが、ツィマーマンの卓越した技量や、トゥッティに向けて畳み掛けていくような気迫と強靭さは、同曲のアプローチの規範となるべきものと言える。

シカゴ交響楽団の超絶的な技量も本名演に華を添えているのを忘れてはならない。

第2番は、気鋭の若手ピアニストであるアンスネスが、強靭で迫力ある演奏を行いつつも、祖国の大作曲家グリーグの抒情小曲集で披露したような繊細なピアニズムを随所に聴かせてくれるのが素晴らしい。

バルトークが「親しみやすく気楽な性格を持っている」と評したわりには、きわめて晦渋な音楽との印象を受ける同曲ではあるが、ベルリン・フィルの圧倒的な技量も相俟って、おそらくは同曲演奏史上最も明瞭で美しい演奏に仕上がっていると言えるのではないだろうか。

第3番は、バルトークの最晩年の作品だけにその内容の奥深さには尋常ならざるものがあるが、グリモーの強靭な打鍵から繊細な抒情に至るまでの桁外れの表現力の幅の広さが、本演奏における彫りの深い表現の醸成に大きく貢献していると言えるだろう。

ロンドン交響楽団も、最高のパフォーマンスを発揮していると評価したい。

いずれにしても、バルトークのピアノ協奏曲各曲の性格を的確に把握し、それぞれに最適のピアニストとオーケストラを配したキャスティングの巧妙さにも大きな拍手を送りたい。

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2013年07月17日


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ここ数年間は大病を経験するなど体調が思わしくなくて、ファンを焼きもきさせている小澤であるが、本盤に収められたバルトークの最も有名な2大管弦楽曲の演奏は、小澤の体調が良かった頃(2004年)のものだ。

それだけに、ライヴ録音ということもあるが、演奏全体にエネルギッシュな力感が漲っており、いずれも素晴らしい名演に仕上がっている。

バルトークの楽曲は、管弦楽曲にしても、協奏曲にしても、そして室内楽曲などにしても、奥行きの深い内容を含有しており、必ずしも一筋縄ではいかないような難しさがある。

したがって、そうした楽曲の心眼を鋭く抉り出していくような演奏も、楽曲の本質を描出する意味において効果的である。

また、その一方で、各楽曲は、ハンガリーの民謡を高度に昇華させた旋律の数々を効果的に用いるなど巧妙に作曲がなされており、それをわかりやすく紐解いていくような演奏もまた、バルトークの楽曲の演奏として十分に魅力的であるのも事実である。

小澤のアプローチは、明らかに後者の方であり、両曲の各楽想を精緻に、そして明朗に描き出して行くという姿勢で一貫していると言えるだろう。

体調が良かった小澤ならではの躍動するようなリズム感も見事に功を奏しており、両曲をこれ以上は求め得ないほどに精密に、そしてダイナミックに描き出すことに成功したと言えるところだ。

それでいて、抒情的な箇所は徹底して歌い抜くとともに、目まぐるしく変転する曲想の表情づけも実に巧みに行われており、スコアに記された音符の表層だけをなぞっただけの薄味な演奏に陥っていないのが素晴らしい。

そして、実演における小澤ならではの、トゥッティに向けて畳み掛けていくような気迫と、前述のようなエネルギッシュな力感に溢れた強靭な生命力においてもいささかの不足はない。

前述のように、かつてのライナーやムラヴィンスキー(弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽のみ)の演奏のような楽曲の心眼に切り込んでいくような鋭さは薬にしたくもないが、これら両曲のオーケストラ音楽としての魅力を存分に満喫させてくれるという意味においては、そして、これら両曲を安定した気持ちで味わうことができるという意味においては、素晴らしい名演と高く評価したい。

小澤の精緻にしてエネルギッシュな指揮の下、渾身の名演奏を繰り広げたサイトウ・キネン・オーケストラにも大きな拍手を送りたい。

音質は、2004年のライヴ録音でもあり、従来盤でも十分に満足できる音質であるが、数年前に発売されたマルチチャンネル付きのSACDハイブリッド盤が臨場感溢れるベストの音質である。

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2013年05月31日


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凄い超名演だ。

このような超名演をまとめてCD化した独アウディーテに対して敬意の念を表したい。

録音は、マスターテープ音源を使用したのにしては、お世辞にもあまり良いとは言えず、音場は一向に広がらないが、聴いているうちに全く気にならなくなり、演奏自体の魅力に一気に惹きこまれてしまった。

これは、演奏自体が素晴らしいからに他ならない。

フリッチャイは、20世紀において綺羅星のごとく誕生したハンガリー人の偉大な指揮者の一人であるが、ニキシュのような伝説的な大指揮者は別格として、フリッチャイの前後の世代の指揮者とは全く異なる芸風を有していた。

その前後の指揮者とは、アメリカで大きな成功をおさめたライナー、オーマンディ、セル、ショルティのことを言っているのだが、これらの指揮者に聴かれるような、いわゆるオーケストラの機能性や音色美に重点を置いた芸風は薬にしたくもない。

むしろ、同じく早世したケルテスや、現代のフィッシャーに連なっていくような、音楽の内容の追求に重点を置いた芸風と言えるだろう。

本盤に収められた演奏は、いずれも、フリッチャイが白血病を発症する前の録音ではあるが、いずれも、各作品の本質を抉り出していくような鋭さと、作品の核心に向かって畳み掛けていくような気迫に満ち溢れている。

例えば、有名な「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」においては、バルトークの絶望感に苛まれた心の深淵から湧き上がってくるような情念のようなものも感じられるなど、尋常ならざる音楽が描出されているのが素晴らしい。

また、「2つの肖像」の第1部に聴かれるように、情感の豊かさにおいてもいささかの不足もなく、カンタータのオペラ的な壮麗さは圧巻の迫力を誇っている。

「舞踏組曲」の民族色溢れる自由闊達な音楽も痛快さの極みであり、フリッチャイの桁外れの表現力の幅の広さを大いに痛感させられる。

ピアノのゲーザ・アンダ、ルイス・ケントナー、ヴァイオリンのティホル・ヴァルガを配したピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲においても、ソリストの名技を際立たせつつも、作品の本質を鋭く追求した気迫溢れる豪演を披露している。

いずれにしても、音質面におけるハンディを除けば、本盤は、現在における最も優れたバルトーク作品集であり、フリッチャイの畢生の大傑作と言えるだろう。

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2013年03月07日


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選曲、演奏、録音の3拍子そろった素晴らしい名演集であると高く評価したい。

まず、いかにもグリモーならではのセンス満点の選曲の妙が見事だ。

モーツァルトからリスト、ベルク、そしてバルトークに至る作品の変容の系譜を1枚のCDで味わうことができるのは、何と言う素晴らしいことであろうか。

バルトークの選曲に当たって、ピアノ・ソナタではなく、ルーマニア民俗舞曲を採用したのも大変興味深いところだ。

そして、演奏内容も凄い。

モーツァルトなど、他のピアニストによる演奏とはまるで異なる、いわゆる崩した演奏であるが、グリモーの心の込め方が尋常ならざるレベルに達しているため、非常に説得力のある名演に仕上がっている。

ベルクやリストの、超絶的なテクニックも凄いの一言。

特に、リストは、卓越したテクニックを要するだけでなく、幅広い表現力をも必要とするが、グリモーは、力強い打鍵から天国的な抒情の美しさに至るまで完璧に表現し、実にスケール雄大な名演を成し遂げている。

特に、強靭な打鍵は、女流ピアニストの常識を覆すような圧倒的な迫力に満ち溢れている。

ルーマニア民俗舞曲の各曲の巧みな描き分けも、前3曲のピアノ・ソナタを総括するようなドラマティックなアプローチで巧みに行うことに成功している。

どの曲も唯一無二のグリモー色に染まっており、各曲に嵌っているか否かにつき聴き手の印象が大きく異なるものの、有名曲の新たな解釈の面白さという点で非常に興味深く聴ける1枚だと思う。

録音も鮮明であり、特に、ピアノ曲との相性抜群のSHM−CD化は、本盤の価値を高めるのに大きく貢献していると言える。

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2013年02月05日


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ナクソスレーベルは、低価格であるが故に、決して一流とは言えない指揮者やオーケストラを活用して、非常に広範囲にわたるレパートリーの作曲家の作品について多数の録音をする傾向にあり、それ故に中には粗製乱造の誹りを免れない凡演もあると言わざるを得ない。

しかしながら、ブレイナー&ニュージーランド交響楽団によるヤナーチェク・シリーズや、本盤のオールソップ&ボーンマス交響楽団によるバルトーク・シリーズは、実に水準の高い名演の数々を成し遂げている。

低価格である点を考慮すれば、ナクソス・レーベルは実にいい仕事をしていると高く評価したい。

本盤の歌劇「青ひげ公の城」も素晴らしい名演で、ブーレーズ盤と比較するとややオケの表現に物足りない感じはするが、特別なバルトーク好きでなければ、オールソップ盤の方がマイルドで聴き易い演奏かもしれない。

同曲は、バルトークの初期の作品であり、後年の作品のように前衛的な要素は少なく、バルトークにしては珍しい幻想的で神秘的な雰囲気を有した作品であるが、オールソップは手兵ボーンマス交響楽団を見事に統率して、雰囲気豊かで、なおかつ情感溢れる演奏を行っており、各7つの扉を開けた後の描き分けについても卓抜したものがある。

熱にうなされたようなオーケストラの夢幻の響き、2人の歌手による官能的な声の対話、室内楽の繊細さと爆発的な大音量を併せ持つ精緻な管弦楽。

バルトークの書いた20世紀最大の名作の一つであるこのオペラをオールソップが理想的な形で音にしたのである。

べラチェクとメラスによる独唱も、最高のパフォーマンスを示していると言える。

空間の奥行きを感じさせる録音も鮮明で素晴らしく、本名演に華を添える結果となっている点を見過ごしてはならない。

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2013年01月17日


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久々にしびれる新録音を聴いた。

バルトークの弦楽四重奏曲はベートーヴェン以降に作曲された弦楽四重奏曲の中でも最高峰に位置するものと考えているが、それだけに、現在の四重奏団にとっては欠かせないレパートリーとなりつつある。

そんな中で、満を持してカルミナSQが録音したバルトークは、高度な演奏技術を土台にしながらも、随所に繊細さも併せ持つ名演となった。

カルミナSQが20世紀に出したCDとは比較にならない完成度であり、20世紀音楽を高密度で聴かせてくれる。

バルトークの作品は現代の四重奏団の必須楽曲であり、それを想像以上の水準でクリア、新ヴィーン学派と並ぶ高密度の現代音楽を壮絶に聴かせてくれて、ハイテンションの世界を楽しめた。

また、この録音に臨み、バルトーク演奏には重要な人物といえるシャンドール・ヴェーグからも作品について様々な事を学び、演奏に生かしているのが素晴らしい。

そして、カルミナSQは個々の音の表現力を限界まで追求しようとするスタンスでバルトークにも取り組んでいる。

国際基準の様式を崩してでも、音の表現に拘る。

結果、西洋音楽の伝統的な拍子感では説明の付かない、複雑な拍の揺らぎが音になって出てくる。

機械的ではない、身体感覚的な拍の処理。

バルトークが指定する拍の複雑な事情を、彼らなりに見事に再現し、西洋音楽的とも民俗音楽的とも異なる「身体感覚としての音楽」を触知することに成功している。

バルトークの持つ独特な拍子の性質が、彼らなりの方法で再現されているところに筆者は強く惹かれる。

このような視点の音楽をやらせると、カルミナSQは現代最高のカルテットに間違いないだろう。

この名演をSACDで発売したデンオンにも拍手!

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2012年12月28日


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バルトークの6曲の弦楽四重奏曲は、ベートーヴェンが作曲した16曲の弦楽四重奏曲にも匹敵する殊玉の傑作である。

必ずしも親しみやすい作品とは言えないが、自ら足を運んで採取したハンガリーの民謡などを高い次元で昇華させて効果的に活用するとともに、前衛的な作風をも盛り込んでおり、弦楽四重奏曲という形式の可能性を最大限に発揮させた、非常に充実した内容を誇る音楽であると言える。

作曲年代が、バルトークの初期から後期へと多岐に渡っている点も、ベートーヴェンのそれと同様である。

これだけの傑作だけに、これまで様々な弦楽四重奏団によって数多くの録音がなされてきたが、本盤のフェルメール四重奏団による演奏も素晴らしい名演であると高く評価したい。

演奏の特徴を一言で言えば、非常にわかりやすい明快な演奏と言えるのではなかろうか。

もちろん、だからといって明快さ一辺倒ではなく、緩徐楽章などにおける悲劇的な表情にもいささかの不足も感じられないが、どこをとっても曖昧模糊な感じがしないのが素晴らしい。

およそ気分とか即興性とかに無関係な、計算され尽くした演奏で、細部に至るまで実に丁寧に表現されている。

まさに、バルトークがスコアに記した複雑な音型を完璧に表現している点が見事だ。

その分聴き手にも息詰まる緊迫感を強いる演奏だが、決して飽きることはない。

これほどの質の演奏を成し遂げるには、一流の団体をもってしても、大変な研究と練習量を必要としたことであろう。

フェルメール四重奏団の熱意とバルトークへの愛情に敬意を表したい。

録音も非常に鮮明であり、ナクソスならではの低価格を考慮すれば、費用対効果の観点からも、本盤の価値は相当に高いものと言える。

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2012年12月20日


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驚異的な高音質SACDの登場だ。

SACDから既に撤退していたユニバーサルが、再びSACDのプレスを開始したというのは、ネット配信に押されつつある現状の中で、大朗報とも言うべきであるが、単なるプレス再開に過ぎないのがさすがはユニバーサル。

SACDを発売するに当たって、一般的となっていたハイブリッドではなく、シングルレイヤーを採用したということ、更には、数年前から好評なSHM−CD仕様としたということで、これによって、SACDの性能を余すことなく発揮することになったことが何よりも素晴らしい。

かつて発売されたSACDハイブリッド盤と聴き比べてみたが、その音質の違いは明白。

例えば、本盤の場合、「管弦楽のための協奏曲」の第1楽章冒頭のヴァイオリンやヴィオラによる最弱音がいささかも曖昧模糊に聴こえない。

また、各楽器が見事に分離して、あたかも眼前で演奏しているかのような実在感に満ち溢れているのも、本盤だけに許された優位性と言えるだろう。

「舞踏組曲」や「中国の不思議な役人」組曲に特有のダイナミックレンジの広い雄大なスケールも、本盤に大きく軍配が上がるといえる。

「管弦楽のための協奏曲」は、定評ある名演。

ショルティは作品の性格をしっかりとつかみ、曲の内面を深く掘り下げながら、中身の濃い音楽を作り上げている。

オーケストラも好演だ。

ショルティはこの曲をシカゴ交響楽団と再録音しているが、これはその名演に勝るとも劣らない優れた演奏である。

後年の演奏は、シカゴ交響楽団の名技に任せた角のとれた面もあり、個性的という意味においては、本盤の方をより高く評価したい。

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2012年11月17日


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2004年7月 コンサートホール、ライトハウス、プーレでの録音。

オールソップとボーンマス交響楽団の充実ぶりを示す意欲的なレパートリーで、オーケストラ作品を堪能する楽しみを聴き手に与えてくれる、都会的な演奏になっている。

オールソップのバルトークは実にすばらしい。

以前に発売されたバレエ音楽「木製の王子」も超名演であったが、本盤のバレエ音楽「中国の不思議な役人」も名演だ。

何よりも、各場面の描き分けが実に巧みであり、バルトークの書いたバレエ音楽ではありながらシニカルな側面を併せ持つ同作品を、聴き手にわかりやすく、そして優しく語りかけてくれるような趣きがある。

同曲のストーリーは、いかにも20世紀の現代音楽ならではのグロテスクなストーリーであるのだが、オールソップの手にかかると、そのようなストーリーを忘れて、ただただバルトークの音楽の素晴らしさのみに浸ることができるのだから、いかに本演奏が優れたものかがわかろうというものだ。

他方、併録の「舞踏組曲」と「ハンガリーの風景」は、「中国の不思議な役人」とは異なり、ハンガリー民謡風のきわめて親しみやすい音楽であるが、ここでもオールソップは、情感豊かな表現で、各楽曲を描き出している。

その緩急自在のテンポを駆使した巧みな表現力の豊かさは、オールソップのバルトーク指揮者としての適性を如実にあらわしていると言えよう。

録音は、SACDマルチチャンネルによる極上の高音質。

しかも、これだけの低価格、そして演奏の素晴らしさを考慮すれば、本CDほどお買い得の商品は他に類例を見ないのではなかろうか。

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2011年12月23日


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《オケ・コン》はバルトークの作品のなかでは、比較的おだやかで洗練されている。

これまでの徹底的に突き詰めてゆく集中力よりは、全体の空間的な広がりとバランスを重視した構想が前面に出ている。

だからバルトークの他の作品に息詰まる思いをさせられる聴き手も、この曲ではほっと一息つけるし、また逆に物足らない思いもさせられる。

バーンスタインはこうした二面性によく気づいているのだろう、この曲に欠けがちな緊張感を最大限に引き出す一方で、エンターテインメントの要素が弛緩を引き起こさぬよう気を配り、いわばサーカスの綱渡りに似たスリルに富んだ緊張と面白さで聴かせる。

それは本来作曲家自身の構想だったと思わせるほどの巧みさだ。

バーンスタインは、例えば第2楽章「対の遊び」を聴けばよくわかるが、この曲のもつコンチェルタンテ風のスタイルを相当意識して曲をまとめている。

表現は、綿密で計算がよく行き届いており、ニューヨーク・フィルの練達の楽員たちを思う存分に振りまわしている。

この演奏を聴くと、彼の魔術がいかに楽員たちに徹底しているかがよくわかる。

バーンスタインの《弦チェレ》にはバイエルン放送響を振った新盤もあり、優劣つけがたい名演だ。

新盤の方がより厳しくより深いが、旧盤の方がより豪華、より濃厚である。

表情という表情をつけられるだけつけた第2楽章など、さながら現代のメンゲルベルクといえようし、終結部のテンポの変化がなんとも物すごい迫力をよぶ。

すごいメリハリの効果、ティンパニの威力、オケの腕の冴え、色彩の燦き、まるで《オケ・コン》を聴いているような愉しさがあり、娯楽音楽となる。

雄弁なアゴーギクも比類がない。

第3楽章も舞踊音楽を思わせるし、フィナーレは後期ロマン派の世界だ。

したがって嫌う人がいても不思議ではない。

第1楽章など、ときにストコフスキー=フィラデルフィア管を彷彿とさせるのだから……。

バーンスタインの表現には抑制がまったくみられない。

個性的な表現で、すべてをぶちまけている。

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2011年02月16日


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ブーレーズにとって2度目の《青ひげ公の城》だが、1976年のBBC交響楽団との演奏に対して、これが、バルトーク演奏に抜群のキャリアと適応性をもつシカゴ交響楽団との顔合わせであるという点に、まず注目されよう。

もちろん声楽陣も異なり、ハンガリーのポルガールにノーマンを加えた、現代きっての強烈な個性と美声を誇る2人の名歌手を主役に迎え、すこぶる性格的な歌唱が聴きものだ。

ブーレーズの精妙きわまりない音楽により、バルトークのこの作品の真髄が味わえる。

ブーレーズは、民族的というよりも、音楽をかなり緻密にとらえ、ある種の抑制とともにその流れを保ち、青ひげ公とユディットの心の動きと、7つの扉の内側に秘められた世界を、オーケストラの見事な音色的推移とともに描き出している。

その心理描写の妙、管弦楽の精緻な美しさ、さらに1時間以上のドラマを1本に紡ぎ上げる音楽的俯瞰力と持続力の素晴らしさは、まったく驚嘆に値する。

ポルガールの歌唱はやや控えめな歌いぶりの中で見事に孤独感を浮かび上がらせ、その性格描写の巧みさと母国語であるという利点も加えて、一層の冴えを見せている。

ノーマンは発声に不十分な部分もみられるが、ユディットのの情熱と不安を絶妙に歌い上げ、ドラマに対する強い共感を示す演唱を聴かせてくれる。

ノーマンはイタリア・オペラ風のニュアンスもみせるが、やはり稀少の好演だ。

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2011年01月28日


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ペローのおとぎ話集『マ・メール・ロワ』に出てくる『青ひげ公』の物語を、バルトークの友人バラージュが台本化したものに基づいて作曲されたバルトーク唯一のオペラである。

物語は、理性的で孤独な男、青ひげ公と、その男のすべてを知りたいと考える好奇心の強い若妻ユディットを中心としたもので、城の中の複雑怪奇な部屋の扉を開けるごとに夫の正体がわからなくなる妻が、最後の扉を開けたとき、夫の残忍な姿を知る、という内容。

このディスクは、1973年に事故死したハンガリー出身のケルテスによるもので、歌手たちのハンガリー語の発声法がしっかりしているところが魅力だ。

演奏は、この作品全体を支配する、暗く、幻想的な雰囲気を見事に引き出したもので、ケルテスの棒は終始鋭い。

ケルテスは精緻でたくましい音楽運びで、全体をオペラティックにまとめ上げてゆくが、その明晰極まりないドラマの世界は、強い説得力を持っている。

ケルテスは、精妙な音色的効果を神経質に鋭く描くことにより、大きなドラマティックな起伏の中に神秘的ムードを強調した点で、オペラティックな表情の濃厚な演奏である。

青ひげ公のベリーは、この役の冷たい性格をうまく表現しているし、ユディットのルートヴィヒも、好奇心旺盛な若妻が、恐怖にふるえるありさまを鬼気せまる迫力で演じている。

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2010年11月17日


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バルトークの2作のバレエ音楽にいち早く目を向け、全曲録音したのはドラティだったが、その次の功労者はブーレーズといえるかもしれない。

彼はストラヴィンスキーの3大バレエ同様、先鋭的な解釈と表現で刻み直し、同作品の真価を再認識させたのである。

思えばこの《中国の不思議な役人》はディアギレフの依頼によって書かれた作品。

作風にしてもストラヴィンスキーの《春の祭典》や《ペトルーシュカ》を彷彿とさせるものがある。

ブーレーズの興味は、オーケストラをマキシマムまで駆使した逸品を掘り起こすという意味で一貫性がある。

この演奏によってバルトークの作品群がさらに潤沢になり、またオケの演目に新たな名品が加えられたのも事実である。

ブーレーズは、シカゴ響の名人芸をフルに使って、現代のリファレンス的な名演を実現させた。

緻密な合奏力といい、音色の変化といい、抜群のニュアンスの豊かさを聴かせる。

そしてブーレーズ自身の円熟味が、かつてのラディカルさを間引く結果にもなった。

《中国の不思議な役人》では、マジャール的な土俗感には目もくれずに、スコアから、鮮やかなリズムと峻烈なハーモニーを引き出すことに成功。

エロスと欲が渦巻くストーリーを表面的になぞることなく、名人集団のシカゴ響を縦横に操りながら、のっぴきならない緊張感を放射しつつ、高揚感に富んだ瞬間を形成している。

《弦チェレ》も、曖昧さが介在する余地のないアプローチを繰り広げながら、BBC響と吹き込んだ旧盤に比べて、随所にしなやかな表現が盛り込まれている。

とりわけ、第3楽章では、緻密な響きの大海原の表情を刻々と変化させ、平均律の殻を打ち破るように、ティンパニや弦のグリッサンドが精妙に明滅していくのが印象的である。

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2010年11月12日


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レヴァインはシカゴ響の実力を最高度に発揮させており、ことに《オケ・コン》ではオケのソリストたちの活躍が素晴らしく、第1楽章の金管の響きや第3楽章の輝かしさは息をのむほど見事。

《弦・チェレ》では主題をきわめてリリカルに扱い、特に抒情性が強い。

2曲とも交響的であると同時に、ひとつのドラマを思わせるような起伏と躍動感があり、このような感興をもたらした演奏は他にないといってもよいだろう。

レヴァインは、生まれつきの劇場指揮者だと思う。だからどのような作品からも、ドラマを抉り出して止まない。

そしてまた、音楽のダイナミック・レンジが、途方もなく広いのも特色になっている。

特に《弦・チェレ》の第3楽章など、肺腑を抉られるような悲痛さが感じられる。

その点《オケ・コン》の方は、レヴァインのアプローチが幾分生真面目で、もう少し天衣無縫さがあれば、理想に近い名演になっていただろう。

広大なダイナミック・レンジに加えて、シカゴ響の超絶技巧のアンサンブルに支えられているので、演奏の豪快さはこの上もない。

レヴァインはバルトークの大規模な作品の中で、最も親しみやすく明るい(?)と考えられているこの作品に数々の名演奏を残してきたシカゴ響を率いて、全く異なった《オケコン》像を提示した。

確かに「楽しい」部分は楽しくやっている、ようではあるのだけれども、過度な管弦楽の効果に頼ることなく、また、ソロ・パッセージが与えられたパートの力量に頼りすぎることなく、より男性的な彫塑を試み、成功しているように思われる。

この作品がバルトークにとっての交響曲であることを認識させてくれる名盤。

やはりバルトークのこの2曲は、昔からシカゴ響の十八番的な名曲になっているのだろう。

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2010年09月13日


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ハンガリー生まれのドラティはバルトークを大変得意としており、ドラティが尊敬してやまなかったバルトークに対する熱い思いのこめられた名演である。

この演奏には、高齢に達したドラティとは思えぬ、若々しく熱のこもった指揮ぶりで、寸分の隙もない組み立ても素晴らしい。

全体にハンガリーの血のたぎりが感じられる民族色の濃い表現で、熱っぽい音のつくりかたやエネルギッシュなもりあげかたなど、この人ならではの訴えかける力の強い演奏だ。

デトロイト響の水際立ったうまさも見事の一言につきる。

単にドラティが、ハンガリーの出身でバレエ音楽を得意を得意としていたという皮相な見地からだけでなく、「中国の不思議な役人」は素晴らしい。

ドラティはこの曲を3回録音しているが、これは、その最後の録音。

ドラティの表現は、精妙、かつダイナミックなもので、この曲のもつ魅力を万全に伝えていて素晴らしい。

ここではそのユニークな語法の中に、ステージに対する洞察力、音色に対する配慮が十分に行き届き、この非常なドラマをメカニカルなだけの世界にとどめていない。

原曲通りのコーラス入りの演奏。

「弦、チェレ」も屈指の名演で、一点一画をもおろそかにせず、各楽章を入念に練り上げながら、全体を精妙に仕上げている。

緊張感にあふれた大変精度の高い演奏であり、特に第2,4楽章が見事だ。

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2009年08月30日


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ショルティ指揮シカゴ響と対照的なのがデュトワ指揮モントリオール響で、デュトワは「管弦楽のための協奏曲」から民俗臭を抜き取り、実に洗練された都会的な感覚で、透明なサウンドの音楽に仕上げている。

「オケ・コン」は木管、金管、打楽器のプレイヤーたちの腕が達者でないと、どうにもサマにならない演奏になる。

しかし、この演奏にはそうした心配は少しもない。デュトワの綿密で、しかも鋭い棒が、楽員たちの実力を充分に発揮させているからだ。

第4楽章など、緩急の対比をくっきりとつけながらハンガリー的熱狂を見事に表出しているし、第5楽章も目の覚めるようなアンサンブルでたたみこんでいく。

これほどエレガントなバルトークは、そんじょそこらにあるものではない。

しなやかに各フレーズは歌われ、協奏的な名人芸もやり過ぎることなく、あくまで上品に典雅にソロを聴かせる。

「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」でもデュトワは極めて洗練された表現で、美感に溢れた都会的なアンサンブルに特色がある。

デュトワの卓抜な演出の光る演奏で、第1楽章の、あのミステリアスで不安定な表情づけからして、ひきつけられるし、熱っぽくエネルギッシュな第2楽章や、打楽器とチェレスタの妙技の光る第3楽章など、実に素晴らしい。

いわゆる民族的な雰囲気に寄り掛からぬ、純音楽的な要素だけで、これ程の名演を達成したデュトワの実力は本当に凄い。

モダン・ミュージック嫌いは、ぜひこれに一度耳を傾けて欲しい。

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2009年06月14日


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オーマンディが尊敬してやまなかったバルトークに対する熱い思いのこめられた名演である。

この演奏でのオーマンディは、バルトーク固有の、あの特異なリズムと旋律線の動きなどを的確につかみ、演奏の上にしっかりと浮き彫りにしている。

第3楽章のしっとりとした味わいや、第4楽章のリズムの扱い方、また第5楽章の色彩豊かな音のつくり方などに、彼の体内に流れるハンガリーの血が、いかに大きくものをいっているかがよくわかる。

晩年のオーマンディは、まさに天衣無縫ともいうべき境地に達していたらしい。

すべての欲とか得とかにこだわらず、本当に自分の気に入ったレパートリーだけを録音していたようだ。

この《管弦楽のための協奏曲》は、尊敬する祖国の先輩作曲家に対するオマージュだったのだろう。

フィラデルフィア管弦楽団にすべてを委ね、実にメロウなサウンドで包んだ美しい演奏になっている。

ここにはバルトークのラディカルさはさらさらなく、洗練されたオーマンディの職人芸が光り輝いている。

改めてこのコンビの凄さを、垣間見たような素晴らしい演奏である。

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2009年05月06日


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ブーレーズはこのところ、随分角がとれておとなしくなった。

このバルトークも極めて洗練された表現で、モダン・ミュージックの古典のようにアプローチしている。

だがスコアの読みの深さはさすがで、曖昧な箇所は一つもなく、書かれてある音符はすべて耳に届く趣向になっている。

ブーレーズの演奏は、バルトークの管弦楽法の精髄を示すような、極めて緻密な曲づくりである。

それぞれの楽器の動きが細部にいたるまで明晰に描かれ、立体感のある音響空間を作り出している。

まるでスコアの透かし彫りをみるような演奏で、いかにも頭脳明晰なブーレーズらしい表現だ。

そして何度かおとずれる恍惚とした美しい響きの瞬間。すみずみまで現代的な感覚を生かした演奏といえよう。

シカゴ響のアンサンブルも精緻そのもので、その腕の確かさはまさにこの曲向きというべきだろう。

その名人芸的なアンサンブルも緻密この上なく、コンチェルタンテな部分では、このシカゴ響の凄さが威力を発揮する。

現時点でのリファレンスともいうべき、揺るぎないスタンダードといえるだろう。

組み合わされた《4つの小品》も、見事というほかはない名演といえる。

円熟のブーレーズの手にかかると、実に都会的に洗練された音楽になってしまう。

歳月の経過を、改めて感じさせる1枚ではある。

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2009年01月25日


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アルバン・ベルク四重奏団が、その創設以来20世紀の音楽に大きな関心と注意を払ってきたことは、どなたにもご存じだろう。

今や現代作品のみをレパートリーとする弦楽四重奏団もあるご時勢だが、古典から同時代のものまでを等しく高い水準でこなせる団体となると、やはり彼らをおいて他にはない。

そうした彼らの現代音楽に対する実力の程が遺憾なく発揮されたのが、20世紀最高の弦楽四重奏曲集であるバルトークの全集である。

彼らが満を持して取り組んだこの全集は同曲盤のなかでも傑出したものといってもさしつかえないだろう。

まずその第一の特色は、一音符たりとも疎かにしない精密な合奏力と、眼光紙背を貫くばかりに研ぎ澄まされた全く隙のない解釈である。

そこにはバルトークが作曲時に置かれていた極限状況をまのあたりにさせるような、厳しくも鮮烈な表現が満ち満ちている。

しかしそれと並んで忘れてはならないのは、やはり彼らが持つ音色である。

核心に切り込んでくる厳しいスタイルは、とかくすさんだ響きを生み出しがちだが、かれらの響きはアタックの強い、鋭い切れ味を持ちながら、決してしなやかさを失わず、どこまでも透明感と温かさを兼ね備えている。

それがこの演奏に人間的な温もりを与えている最大の要因だろう。

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2008年08月09日


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ワシントンにおけるシゲティとバルトークのコンサートのライヴであるこの録音は、情けないほどに音質が悪く、最も肝心なバルトークのピアノの音色がかなり不鮮明で、ゴボゴボと割れがちであり、何とも耐え難いものとなっている。

しかしこの録音は、そうした劣悪な条件にもかかわらず、それが残されたことに深く感謝したい桁はずれの内容を示している。

ここで第1に指摘されることは、極限まで磨きあげられたシャープでしなやかなバルトークのピアニズムが、奇跡的な純度の高さを誇る音楽表現を可能たらしめている事実である。

そしてこれに触発されたシゲティも、情熱をみなぎらせ緊迫した名演を展開しているのである。

「クロイツェル」は音楽の流れがあまりよくなく、決して好演とはいえないが、バルトークの2曲はさすがに面白く、シゲティのヴァイオリンも冴えている。

この演奏を聴くと、表現の精神が現代の演奏よりも幅広く、表情も多様だ。

ドビュッシーのソナタも、シゲティの鋭く研ぎ澄まされた表現が興味深い。すこぶる硬質なドビュッシーだが、作曲者がこの楽器に託したイメージの芯のところを確かに捉えているようだ。

バルトークのヴァイオリンとソナタのためのラプソディ第1番はシゲティに捧げられている。両者はハンガリー以来の親友だった。

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2008年08月03日


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私は、フリッツ・ライナーこそはこれまでの最高のバルトーク指揮者であったと考えている。

そしておそらくライナーが理想とするオーケストラは、トスカニーニ/NBC交響楽団ではなかったかと推測するが、それに最も切迫する水準に達していたのは、ライナー/シカゴ交響楽団であった。

バルトークの2大名曲を収めたこのアルバムは、その名作の最も本来的でオーソドックスな名演であるばかりでなく、ライナー/シカゴ響の奇跡的な至芸をこれ以上なく痛感させてくれる名演でもあるのだ。

この演奏では、単にアンサンブルがパーフェクトなだけでなく、テンポとデュナーミクの設定や音色配合のバランスもがパーフェクトであり、さらにそのアーティキュレーションの精確さもが非の打ちどころのないものになっている。

精巧なバトン・テクニックと鋭敏な耳を兼備したライナーは、それを駆使して希代のヴィルトゥオーゾ・オーケストラといえるシカゴ響からそのあらん限りの力を引き出し、この2曲のほとんど理想に近い再現を可能たらしめているのである。

「オーケストラのための協奏曲」では、厳しくコントロールされた表現のなかで繰り広げられるブリリアントな管楽器の名人芸などが素晴らしく、「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」では、その完璧で研ぎ澄まされた表現から滲み出る恐ろしいまでの緊迫感の持続が聴き手を圧倒する。

この2曲の再現の規範となり得る演奏であり、今後も不滅の価値を失うことはないだろう。

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