セル

2009年12月24日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



3曲ともすみずみまでコントロールされた表現であり、現代的ともいえる鋭い感覚がみなぎっている。

テンポといい表情といい、よく整っているその中にセルの情感がテンポの動きやダイナミックな変化の中に浮かびあがってくる。

特に第40番はいつものセルと比較してテンポの緩急の変化が大きく、時におやっと思えるほど際立った動きを見せる。

ジョージ・セルとその手兵クリーヴランド管弦楽団の古典派の作品の演奏は、ロマン的なテンポの揺れ動きのまったくない、明快そのものの演奏が特色で、たとえばどんな演奏でも心もちテンポが伸びてしまうベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調の第1楽章の第2主題を導入するホルンの音型も完全にイン・テンポで奏されているのは、彼と同世代の指揮者の中では珍しいと思った。

ところがこの第40番の第1楽章は、何回も繰り返し現れる有名な第1主題が絶妙のテンポの揺れをもち、しかもそれが1回ごとに異なった現われ方をするのがまさに見事である。

まさにこの曲がロマン的といわれる本質をうかがった表現で、他に比類のない独自の境地に達している。

第40番の共感に満ちた歌と悲愴美は音楽を豊かに色どっており、説得力が強い。

「ジュピター」は速いテンポで率直にあっさりと表現している。情緒というよりは感覚的で明快な表現を志しているようだ。

全4楽章が激しく引き締められているが、第2楽章ではほのぼのとした温かさも感じさせる。

両端楽章もリズミックで威風堂々としており、セルの面目躍如とした好演といえよう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 18:24コメント(0)トラックバック(0) 

2009年05月05日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



「指環」の聴き方であるが、最初から全曲を聴いたのではわけがわからない。

ワーグナーは舞台をみずに音楽だけ聴いても情景がわかるよう、100種ものライト・モティーフ(動機)を作り、それを全曲にちりばめた。

たとえば〈ジークフリートの動機〉〈眠りの動機〉〈不機嫌の動機〉〈呪いの動機〉〈死の動機〉〈愛の決心の動機〉などである。

これらの全部でなくてもよいから、せめて30でも40でも暗記すれば、知っている動機が出てくるたびに懐かしく、たのしく、筋がよくわかる。

動機をおぼえるのは「指環」のハイライト盤を聴くにかぎる。セル指揮クリーヴランド管弦楽団がベストだ。

聴きどころ全6曲が舞台の進行順にオーケストラだけで演奏されており、これを耳にタコができるくらい聴きまくるとよい。

セルのワーグナーは、ドイツの指揮者たちと違って、ドイツ・ロマン主義の伝統や因習などワーグナー演奏につきものの、一切の虚飾や無駄を排し、曲の核心に真っ向から鋭い刃物で切り込んでいくものである。

1968年、セルの晩年の録音なので、老熟した芸風がよくあらわれており、フルトヴェングラーやクレンペラーのようなドイツ的な演奏とは対照的に、現代風に明快に表現している。

ドイツ風のワーグナーに慣れた耳には異質に聴こえるかもしれないが、これはこれで現代のひとつの解釈として受容できる。

これらの中では、堂々とした表現の「ジークフリートの葬送行進曲」やセルのリズム感覚の素晴らしさが示されたスケールの大きい「ワルキューレの騎行」が特に見事だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:06コメント(0)トラックバック(0) 

2009年04月20日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



この清澄な響きとすみずみまで彫琢され尽くした音楽美は他に比べるものがない。

そのはつらつとした歯切れの良いリズム処理は独自のもので、響きの透明度の高さ、デュナーミクの効果も見事というほかない。

セルの音楽性の根底がここにあるといえるほどだ。

ランドン版等を用いた最近の演奏とは異なるが、ハイドンの古典的な真髄をよく味わうことができる。

ここにおける指揮者セルとクリーヴランド管弦楽団は、一方では通俗性に流されぬように慎重にふるまいながらも、全体としては神経質になることなく、堂々とした対処の仕方で自分たちの音楽をつくりあげている。

どの交響曲も各楽章を通してのバランスはよく整い、危うさなど見つけようとしても見つからない。

それぞれの表情は充分に練り上げられており、強い存在感を示すものばかり。

洗練されたきりりとした感覚で、全体を隙なく仕上げていく手腕は実に鮮やかである。

ハイドンの交響曲がもつ古典的様式観とでもいうべきものが、水ももらさぬ鉄壁さで具現化された演奏内容であろう。

セルの指揮は、彼の求める音、バランスなどの表現が、ハイドンの交響曲の場合に最も的確に実行できる。

アレグロとアレグロ・モデラートとのテンポの相違をセルほど明確にハイドンの表現に表した指揮者はきわめて稀である。

おそるべき正確な演奏で、20世紀の指揮法の最も高い展示でもある。

セルとクリーヴランド管弦楽団の到達点の高さが、改めてよく納得できる。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 02:14コメント(0)トラックバック(0) 

2009年04月11日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ロベール・カサドシュというピアニストは、私自身、特に深く魅了されているとか、よく理解しているというような存在ではない。フランス音楽を中心にして、個性的な活動を行なったことは知っているものの、だからといって、そのレコーディングのひとつひとつが最良のものと思っているわけでは、必ずしもない。

だが、指揮者セルと組んだモーツァルトのピアノ協奏曲第27番の素晴らしさは特別である。ここにおけるカサドシュのピアノになら、私は心底魅了されているといってもはばからない。なんとも充実した演奏内容である。

周知のように、モーツァルトのピアノ協奏曲の中でも最後に位置する第27番は、名作揃いの彼のピアノ協奏曲でも傑出した作品として知られている。まさに、傑作中の傑作とでもいうべき作品だ。

そのせいか、以前から、この曲には名盤と評価すべきレコーディングが少なくない。すぐにでも3つ、4つの名をいうことができる。

しかしながら、それらのなかでも、私自身、このカサドシュ盤が特に好きだ。

カサドシュ独特の、やや硬質で、個々のツブだちのよい音が、ここでは最良の成果に結実しているように思える。その底光りするような澄んだ音が、モーツァルト最晩年の音楽の姿を克明に映し出しているような様子が、実に素晴らしい。

カサドシュの全貌に通じているわけではないのだけれど、この演奏ひとつでも、彼のピアニストとしての名前はいつまでも残るように思える。それほど価値のある演奏内容だ。

もちろん、ここではセルによる伴奏の見事さについても、忘れずに指摘しておかねばなるまい。きりりとした構成力によって、少しも無理もなく整然と仕上げられたセルのモーツァルトは、きわめて含蓄豊かで、独奏者を鮮やかに支えきっている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 03:30コメント(0)トラックバック(0) 

2009年03月28日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



「イタリア」はセルの新古典主義的な芸術と、作品の様式とが完全に一致した名演である。

「イタリア」は驚くべき速さで全曲が演奏されているが、オーケストラは一瞬たりとも破綻を露呈していない。

完全に縦の線―和音とリズムの線が整っている。

セルはクリーヴランド管弦楽団を信頼し、その能力を最高度に発揮させることによって、このような演奏をつくりあげることができたのだ。

そしてメンデルスゾーン特有の匂うように爽快な、若々しいロマン主義を表現している。

第3楽章のみならず、第1楽章の反復も行い、速目のテンポと厳しい造形の中に意外な温かさやデリケートな情感(特に第3楽章)を折り込むことに成功している。

「真夏の夜の夢」も徹底的に磨かれたアンサンブルが一種の爽快感を与える。

「フィンガルの洞窟」も対旋律を明確に浮かび上がらせ、音構造をしっかりと見つめた演奏だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 11:28コメント(0) 

2009年02月02日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ヴィルトゥオーゾ的要素が目立ちやすい曲だけに、その部分を強調したような演奏も少なくないけれど、やはりそれだけでは繰り返してたのしむというわけにはいかない。

すぐにCDケースの奥でほこりをかぶってしまうことになるだろう。

この協奏曲の本質的魅力というのは、もっと深いものなのだ。

そのことは、セル指揮によるベルリン・フィルの伴奏を得たフルニエ盤を聴くとよくわかる。

ドヴォルザークのゆたかな抒情性が、協奏曲という形式のなかでのびやかに開花しており、間然としたところがない。

チェロ協奏曲の一方の雄たる所以だろう。

フルニエの木目細やかで、柔軟性のある語り口は説得力充分で、伴奏も筋金入りだ。

フルニエのチェロは、朗々と歌いながらも温かい気品に満ち、細部まで神経を使いながら弱々しくならない。技巧的にも素晴らしく、音楽美にあふれている。

セルの指揮は素朴な土俗感を基本としながら、絶対に踏み外すことがなく、歌と情熱と輝かしさを過不足なく表出していく。

フルニエは、いかにもフランス人らしい高貴でエレガントな芸風を持ち味にした得難いチェリストであったが、このアルバムはそうした彼の芸風を伝える最高の記録の一つといえる録音である。

セル指揮のベルリン・フィルをバックに得たドヴォルザークは、フルニエのまろやかで上品な表現とセルのあたたかくも引き締まった音楽づくりが見事な調和を実現させている演奏であり、この名作の数ある録音のなかでも最も上品で格調の高い名演になっている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:58コメント(0)トラックバック(0) 

2008年11月03日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



この交響曲の演奏はたいそう難しい。

可能な限り表情たっぷりと再現してしまうと、辟易としてしまうし、かといって、あまり深入りしないように距離を置いて再現されると、今度は物足りなくなってしまう。

そのあたりの兼ね合いといったものが、なんとも難しい。と同時にそれはR.シュトラウスという作曲家の作品全体を通じていえる難しさであると考えることもできよう。

というわけで、当然ながら、この交響曲のディスク選びも難しい。

カラヤン盤のようにオーソドックスなアプローチで、表情豊かにやりすぎてしまうと、この交響曲の「私小説」にもならないような私小説的要素をあまりに無批判に通してしまう結果になり、一方、フルトヴェングラー盤になると、そうした批判性はあるのだけれど、出来ることなら、もう少しよい音の状態で聴きたいと思ってしまう。

あれやこれやと考えていると、すべて一長一短で、なかなか決めにくいのだが、最も素直に聴くことができるという点ではセル盤が最右翼にくるだろう。

R.シュトラウス自身から直接教えを受けたこともあるセルは、この作曲家の他の演奏においてもすぐれた演奏を残している。

ここにおいても、セルがつくりあげた演奏は知・情・意のバランスがとれたものといえよう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 03:29コメント(0)トラックバック(0) 

2008年09月02日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



セルが好んでいたシューマンだが、この全集は彼の全ての録音の中でもトップに挙げられよう。

実に清潔な、そして楽想を丹念に歌わせたシューマンだ。

セルは解釈家としての非凡な才能を見事に発揮している。そして、いささかの誇張もなく、シューマンの音楽を再構築することに成功している。

テンポの設定のうまさ、各パートの非凡な正確さ、そしていかにもシューマンその人の情感をじかに感じさせる音色の美しさ!

これこそ、クリーヴランド管弦楽団にして初めて可能になった新しい表現の領域といえる。

セルは鍛え上げたクリーヴランド管弦楽団と一切の無駄口をたたくことなく作品の核心へと分け入っているが、結果としての演奏はこぼれるばかりの喜びと美しさに満ちあふれており、シューマン熱い情熱と甘美な夢に浸らせてくれる。

作品の世界を音楽家としての責任と愛情をもって歌い上げた、まさに大家のみに可能な名演であり、何度聴いても新しい。

しかもセルの姿勢には自身を自ら律するような高潔な気品があり、聳え立つ樹木を仰ぎ見るような美しさもたたえていて、この存在感に学ぶべきものは大きい。

作曲者の生誕150周年を飾った名盤である。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:01コメント(0)トラックバック(0) 

2008年08月23日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



セルはしばしば厳格主義者といわれるように、その演奏は細部にまで徹底された室内楽のような精緻な響きと厳しい造形が特徴的であり、そのためにロマン派の音楽などでは、禁欲的ともいえるほど抑制された表現が物足りなく感じさせることもあったのだが、最晩年にはかなり変わり、表現もより開放的になってきた。

そうしたセルのいい意味での変化が最も端的に示されているのが、このドヴォルザークであり、精緻な構成に加え、従来より開放的な響きで旋律ものびやかに歌わせている。

そのために表情もしなやかになり、この交響曲にみなぎる民族色やロマン的な情感などもみずみずしさを増している。

第8番は、セル最晩年の晴朗な境地を表しており、以前の演奏よりスケールが大きい。

しかも自己主張を以前ほど抑制しなくなったためか、演奏に暖かさが加わっている。

ことに第3楽章の流麗な旋律の歌わせ方は実に素晴らしい。

もちろんクリーヴランド管弦楽団のアンサンブルは、この楽団の歴史上、最高水準にあるといってよく、実に感動的で音楽的な演奏だ。

2曲の「スラヴ舞曲」も、ゆとりと味わいを感じさせる佳演。

味わい豊かな格調高い名演といえよう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:04コメント(0)トラックバック(0) 

2008年04月26日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



シュヴァルツコップとセルのこのR.シュトラウスは、真に不朽の名演と呼ぶにふさわしい1枚である。

R.シュトラウスの精緻をきわめたオーケストレーションと声の融け合いは意外に難しいが、シュヴァルツコップ&セル盤では両者の融け合いは自然で絶妙。

オケは人生最後の輝きを深い想いを込め、スケール大きく、繊細かつ色彩豊かに染め上げ、声は気高くしみじみとして説得力に富む。

彼女の場合、なんといっても言葉の表現力の確かさ、豊かさが大きな魅力だ。

たんにソプラノと管弦楽のための4つの歌ではなく、「最後の」であるところの意味の深さと、表面的な歌を超えたところでの人の生の余情を、シュヴァルツコップとセルの精妙な棒は余すところなく表出している。

人間的な温かさと、精神的な重みを感じさせるような見事な歌いぶりで、R.シュトラウスの最晩年の悟りきった心境を淡々とした表情で深ぶかと掘り下げた名唱である。

オペラ《ばらの騎士》の幕切れでのあの彼女得意の元帥夫人の歌から芝居気を取り去って、より痛切に聴かせるシュトラウスの世界である。

音や響きが豊かでありながら、聴こえてくるのは静寂な魂だという点が、何とも素晴らしい。

シュヴァルツコップという歌手が第2次大戦後のある時期を代表する名歌手というだけではなく、永遠に語り継がれるべき大歌手であることを、このディスクは見事に証明している。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 01:17コメント(0)トラックバック(0) 

2008年03月04日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。

 

「未完成」は作品に内在する孤高の厳しさを清潔な音楽として表現した名演。

精緻という言葉がぴったりと当てはまる完璧な演奏である。

しかも堂々とした風格を持っており、セルの傑作のひとつといえるだろう。

すべてのフレージングは厳格に守られ、和声のニュアンスはオーケストラの奏者たちによって正確に描き出される。

これほどスコアの読みの深い「未完成」は滅多にない。

しかもそこに若々しいロマン主義の息吹きが常に新しく噴きあげている。

「ザ・グレイト」も端然としているうえに表情が生気に満ち、輝かしい。

明確な線を強く出して、ダイナミックに鮮やかな技巧をもって仕上げた演奏。

細部ではかなり表情の動きを巧妙にとらえて表現しているが、全体としては知的に整えている。

リズムも軽くどこにも重苦しいところがない。

第3楽章などは、そのセルのうまさを率直に表したものだ。

しかし、聴き進めるうちに機械的な動きが感じられ、それがまた冷たいと感じられる。

最盛期のセルの音楽をよく表した好演である。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:31コメント(0)トラックバック(0) 

2008年02月15日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。

 

コダーイとプロコフィエフのユーモラスな名作の魅力満点のカップリングだ。

いかにも晩年のセルらしい、円熟したうまさにひきつけられる演奏で、セルの巧緻な演出と、オーケストラのアンサンブルの緊密さには圧倒される。

晩年のセルには音楽のなかにゆとりや遊びといったものが感じられるようになったが、これもそうした円熟の芸風をあますところなく伝えている。

「ハーリ・ヤーノシュ」では、この曲のユーモラスな味を、これほど見事に、しかもゆとりをもって表出した演奏というのも珍しい。

コダーイと同じハンガリー出身のセルだけに、同国人ならではの民族性が、あたたかく、深く伝わってくる。

クリーヴランド管弦楽団の、抜群の合奏力の光った「前奏曲」、東洋風な旋律をたっぷりと歌わせた「歌」、コミカルなシーンを実に生き生きと描いた「戦争とナポレオンの敗北」、セルのハンガリー人としての特色がことに強くあらわれた「間奏曲」。

いずれもあ然とするほどうまい演出だ。

「キージェ中尉」も遊びの精神が全編にみなぎった楽しい演奏で、どれをとっても心憎いまでに素晴らしい。

「ロマンス」の笑いを誘うオーバーな悲しみのあらわし方、「キージェの結婚」の巧みな遠近法を用いた描写、そして、速いテンポで爽快に描いた「トロイカ」など、どれをとっても、心憎いほど音楽のなかにゆとりと遊びが感じられる。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 09:06コメント(0)トラックバック(0) 

2008年01月07日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



セルとの1969年盤は、オイストラフ全4回の同曲録音中最後のものであり、これに9年ほど先立つクレンペラーとの共演盤に優るとも劣らぬ見事な出来を示す。

指揮者との息の合い方、曲全体のまとまり、音楽構築の隙のなさ等を考え合わせると、やはり当盤が一層充実した仕上がりのように思える。

オイストラフならではの蠱惑的な美音を駆使し、人の心を捉えずにはおかないカンタービレと大家の安定感をもったブラームスだ。

ここでのオイストラフの円熟は驚くべきもので、くだんの艶やかな美音と大らかな曲把握が、まさに豊饒きわまりないブラームスの世界を生み出している。

音色もふくよかで温かく、旋律の歌いまわしなども大柄で深々としたロマン性に溢れている。

オイストラフはこの曲の壮麗な曲想とスケールの大きい造りを、悠揚迫らぬ堂々たる演奏で骨太に描き出している。

わけても彼のカンタービレは無類。ブラームスのロマン派作曲家たる所以を改めて実感させる名演といえよう。

しかし、そうした大柄で温かい人間味が楽天につながらず、きりりと締まった音楽の像を結んでいる。

それがときに底知れぬ魂を実感させ、さらには胸に熱いものをこみあげさせもする。

ずっしりとした存在感のある演奏であり、加えて合わせものの名手、セルとの呼吸にも一分の隙も感じられない。

セルのサポートも完全無欠に近く、すこぶる高い凝集力と精緻さによってオイストラフのソロを完璧に支えている。

オーケストラもヴォルテージが高く、ヴァイオリン好きのファンには必聴の名盤だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 18:36コメント(0)トラックバック(0) 

2008年01月04日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。

  

3点ともセルの傑作であり、ドヴォルザークを愛していた指揮者らしく、セルとしては類例がないほどのびやかな表情で、共感豊かな演奏を聴かせる。

民族的な旋律はその性格を保ちながら美しく磨かれており、独自の整頓されたアンサンブルが精緻な表現をつくっている。

まさにこれらの曲の規範ともいうべき名演である。

「モルダウ」もこの曲では1,2を争う名演。抒情的な表情の美しさが光っている。

「新世界」はいかにもセルらしく虚飾のない表現である。

端正で清潔で、しかも直截な表情の中に豊かな感興が示され、メロディも歌うべきところは存分に歌っている。

セルにしては珍しくルバートを多用しているのも、曲に対する共感の深さを物語っている。

両端楽章での構築力の強さと劇性の明快な整理も特筆すべきもの。

「スラヴ舞曲」の演奏を聴くと、セルがいかにドヴォルザークの音楽を大切にしていたかがよくわかる。

どの曲も、民族の血の躍動するよう熱っぽい演奏で、特に第1,8番のような激しい情熱をもった曲にそれがはっきりうかがわれる。

また第2,13番では緩急の起伏を大きくとり、設計の巧みな演奏を行っている。

クリーヴランド管弦楽団の技術も実に優秀だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 22:34コメント(0)トラックバック(0) 

2007年12月17日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



幸いなことにセルの最晩年の来日公演がCD化されている。

これを聴けば当時の聴衆が興奮したすごさが伝わってくるはずだ。

セルの音楽は室内楽的である。

100人で演奏していても、行われているのは分業ではなく、共同作業ということ。

たとえ10人でヴァイオリンを弾いてもひとりで弾いているように聞こえる、たとえ50人で弦楽合奏をしていても、数人で弾いてるように聞こえるということなのだ。

まさに、究極の合奏であり、これがたいへんな密度感を生み出す。

そして、このような正確な合奏=機械的な冷たさになっていないところが素晴らしい。

音楽は熱く呼吸している。

特に、シベリウス交響曲第2番の最後の部分など、物凄いクライマックスが築かれる。

まさに入魂の演奏であり、当時の聴衆がこれを聴いて肝をつぶし、突如としてセルを崇拝しだしたのもまったく不思議ではない。

私もおそらく、この最後の部分を生で聴いたら、すっかり放心状態になってしまったことだろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 13:12コメント(0)トラックバック(0) 
メルマガ登録・解除
 

Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ