スメタナ

2017年08月05日


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作曲家スメタナはこの連作交響詩『わが祖国』をチェコの首都プラハに捧げている。

歴史的に外部からの度重なる苦難を強いられ、そして奇しくもこの曲が作曲された後の時代にも、更に国家的な危機を迎えなければならなかったチェコの民衆の愛国心を鼓舞し続けた、まさにチェコの象徴とも言える作品だ。

この演奏は1975年にプラハのルドルフィヌム、ドヴォルザーク・ホールで録音されたもので、ヴァーツラフ・ノイマン&チェコ・フィルハーモニー管弦楽団のコンビの底力を見せたセッションとしても高く評価したい。

ノイマンは冷静なアプローチの中に緻密なオーケストレーションを再現し、しっかりした曲の造形を示している。

テンポの取り方も中庸をわきまえた、ごく正統的な解釈を貫いているところに本家の強みを思い知らされる。

ここでもチェコ・フィルは弦のしなやかな響きと管、打楽器の機動性が相俟って鮮烈な情景描写を表出している。

チェコ勢以外の演奏者の場合、こうした曲にはかえって厚化粧を試みて、シンプルな美しさと新鮮さを失ってしまう可能性が無きにしも非ずだ。

この曲を祖国への滾るような想いを秘めて演奏したのはカレル・アンチェルで、1968年のプラハの春音楽祭のオープニングで彼が亡命直前にチェコ・フィルを指揮したライヴのDVD及びCDの双方がリリースされている。

アンチェルの後を継いで同オーケストラの主席指揮者として返り咲いたのが、当時ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の音楽監督だったノイマンで、彼はラファエル・クーベリック亡命後の一時期、常任指揮者としてチェコ・フィルを委ねられていた。

そしてアンチェル亡命後もソヴィエトの軍事介入を受けながらオーケストラを守り抜いて彼らの全盛期を築き上げた功績は無視できない。

ライナー・ノーツは10ページほどで英、独、仏及びチェコ語で作品と指揮者について簡単な解説付。

音質は鮮明で、欲を言えばもう少し低音が欲しいところだが、この時代のものとしては極めて良好だ。

尚この録音は1975年の日本コロムビア・ゴールデン・ディスク賞を受賞している。

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2015年05月16日


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1974年6月30日 東京文化会館に於ける伝説的名演のライヴ録音。

ノイマンは同曲を4度にわたってスタジオ録音しているが、ノイマンの最も脂の乗り切っていた時期に収録された本ライヴ録音こそ、永遠の名盤であると言うべきであろう。

スメタナの交響詩「わが祖国」はチェコ音楽の1丁目1番地とも言える国民的作品である。

それだけに、チェコ・フィルにとっても名刺代わりの作品であり、累代の常任指揮者や錚々たる客演指揮者などがこぞって同曲を録音してきた。

かつてのターリッヒをはじめ、アンチェル、クーベリック、スメターチェクなどの大指揮者の名演は燦然と輝いているし、小林研一郎などによる個性的な名演も記憶に新しいところだ。

こうした個性的な名演の中で、いぶし銀とも言うべき渋い存在感を有している名演こそが、本盤に収められたノイマンとのライヴ録音である。

ノイマンは、実力の割には必ずしも華々しい経歴を有しているとは言えず、チェコ・フィルとの演奏も今や、知る人ぞ知る存在に甘んじているとさえ言えるが、本演奏は、そうした地味な存在であったノイマンの実力を窺い知ることが可能な稀代の名演奏であると言っても過言ではあるまい。

本演奏も、ノイマンの華麗とは言い難い経歴を表しているかのように、華麗さとは無縁の一聴すると地味な装いの演奏である。

テンポもどちらかと言うとやや速めであると言えるところであり、重々しさとは無縁とも言えるところだ。

しかしながら、各フレーズに盛り込まれたニュアンスの豊かさ、内容の濃さ、そして彫りの深さには尋常ならざるものがあり、表面上の美しさだけを描出した演奏にはいささかも陥っていない。

そして、ノイマンも、同曲の込められた愛国的な情熱に共感し、内燃する情熱を傾けようとはしているが、それを直截的に表現するのではなく、演奏全体の厳しい造型の中に封じ込めるように努めているとも言えるところであり、そうした一連の葛藤が、本演奏が、一聴すると地味な装いの中にも、細部に至るまで血の通った内容の豊かな演奏になり得ているとも言えるのかもしれない。

加えて、本演奏で優れているのは、演奏全体に漂っている格調の高さ、堂々たる風格である。

同曲は、チェコの民族色溢れる名旋律の宝庫であるが、ノイマンは、陳腐なロマンティシズムに陥ることなく、常に高踏的な美しさを保ちつつ、まさに大人の風格を持ってニュアンス豊かに描き出していく。

ノイマンの指揮は決して奇を衒うものではなく、あくまでも自然体の正統的なアプローチであり、楽曲によっては時として物足りなさを感じることもあるが、「わが祖国」のようないわゆるお国ものを採り上げた時は、こうしたアプローチが見事に効を奏し、チェコ以外の指揮者や団体では到底達しえないような境地の名演に仕上がっている。

その境地とは、まさに祖国への愛や民族の誇りであり、それが本盤を聴いた我々を深く感動させるのだと思う。

これぞ、まさしく巨匠の至芸と言うべきであり、累代の常任指揮者による同曲の名演と比較しても、いささかも遜色のない名演に仕上がっていると評しても過言ではあるまい。

本演奏については、これだけの名演であるにもかかわらず、これまで発掘されず埋もれていたため発売はおろか高音質化の波から取り残されてきた。

そのような中で、今般、かかる名演がSACD化がなされ発売されたということは、本演奏の価値を認識させるという意味においても大きな意義がある。

いずれにしても、ノイマン&チェコ・フィルによる素晴らしい名演を現在望み得る最高の音質SACDで味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2015年02月28日


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クーベリックの『わが祖国』と言えば、ボストン交響楽団とスタジオ録音した1971年盤や、手兵のバイエルン放送交響楽団とライヴ録音した1984年盤の世評が非常に高い。

近年では、来日時にチェコ・フィルとライヴ録音した1991年盤の感動も忘れ難い。

特に、バランスや解釈の普遍性に鑑みれば、1971年盤こそ随一の名演と評価すべきであるが、本盤の演奏は格別の感動がある。

それは、ビロード革命によりチェコが自由化された後の初の「プラハの春」音楽祭のオープニングコンサート、しかも、クーベリックが祖国を離れてから(冷戦時代を西ドイツで過ごした)42年ぶりに、再び祖国に戻っての演奏会という、特別な事情があるからである。

民主化した祖国の土を再び踏むこととなった1990年の「プラハの春」音楽祭での演奏は、同曲の演奏史に記念すべき1章を刻む名演となった。

まさに、歴史的な演奏会の記録と言うべきであり、ここには、自由を謳歌し、演奏する喜びに満ち溢れたクーベリック&チェコ・フィル、そして聴衆の熱気が大きく支配している。

クーベリックも楽団員も聴衆もチェコの物悲しい伝統的旋律に必ずしも幸福ばかりでなかったチェコの歴史を思い出しながら、やっと訪れた自由の味を噛み締めているのに違いない。

ここに立ち昇る並々ならぬ熱い空間は、完璧な集中力に研ぎ澄まされた演奏と情感を、聴衆と一体となって映し出しているようで、祖国への熱い想いはとても言葉では表せないに違いない。

特に、馴染み深い「モルダウ」は、祖国に対する深い愛情が感じられる至極の名演奏で、「ターボル」の力強いド迫力なども出色であり、「ブラニーク」冒頭の重量感は初めて耳にするような力強さだ。

終曲部の「ヴィシェラフト」の主題が再現される箇所は、あまりの迫力にただただ圧倒されるのみであり、演奏終了後の聴衆の熱狂も当然のことのように思われる。

世にライヴ録音のCDは数多くあろうけれど、この作品のように真に歴史のページに金字塔を建てた演奏はほとんどないだろうし、今後ともなかなかありえないだろう。

今や平和にどっぷりと浸かり切っている日本人にはおよそ想像もつかない、人々の思いが散りばめられた1枚とも言えるだろう。

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2015年02月05日


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祖国の大作曲家スメタナの名を冠したスメタナ四重奏団にとって、格別の思い入れのある作品2曲。

彼らにとっての3回目の録音であり、発売当時からスメタナの決定的名盤としてよく知られている演奏だ。

これは掛け値なしに同曲の演奏史上、最高の超名演であり、チェコの至宝であったスメタナ四重奏団が、チェコ音楽の父であるスメタナの作品を共感に満ちて奏でている。

弦楽四重奏団の名として掲げられた作曲家ということもあるが、祖国の偉大な作曲家に対する深い畏敬の念に満ち溢れている。

これだけでも、演奏が悪いわけがないのであるが、それに加えて、スメタナ四重奏団のアンサンブルの見事さ。

見事と言っても、単にアンサンブルが揃っているだけではない。

2つのヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの各音色が完全に融合しているのである。

そうした音色の完全な融合が、スメタナの美しくも悲しい音楽を完璧に表現し尽くしている。

しかも、曲の内容からすれば慟哭にも近い響きがあってもしかるべきであるが、スメタナ四重奏団は、悲しみはあっても、いささかも感傷的にはならない。

どのような局面に差し掛かっても、高踏的な美しさを湛えており、スメタナへの深い畏敬の念も相俟って、同四重奏団だけが描出し得る至高・至純の音楽を奏でている。

また、スメタナ四重奏団の優れているところは、この2曲を綺麗ごとでもなければ誰の真似事でもない自分達が直接受け継いだ直伝の音楽として取り組んでいることだ。

そこには同郷の作曲家に対する敬意や自負が感じられるし、何よりもチェコの音楽の伝統を引き継いでいこうとする情熱的な使命感が漲っている。

それは偏狭なナショナリズムではなく、むしろ作曲家の目指した普遍的な音楽芸術への昇華ではないだろうか。

筆者はこの演奏を聴く度に胸が熱くなるところであり、ディスクの帯にある「果たしてこれ以上の演奏が可能だろうか」に全く同感してしまう。

さらにスメタナの自筆譜から新たに作り直した新校訂楽譜を使用していることもこの盤の価値を高めており、今後とも、本盤を凌駕する名演があらわれるのは相当に困難だと考える。

音質は、かつて発売されたSACDマルチチャンネル盤がベストであったが、本Blu-spec-CD盤も相当に鮮明な音質となっており、費用対効果を考えると、十分に推薦に値する。

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2014年09月27日


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スメタナの連作交響詩「わが祖国」は、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」と並んで、累代のチェコ出身の指揮者にとっては、最も重要なレパートリーとして位置づけられる名曲中の名曲という存在であり、それらの累代のチェコ出身の指揮者によって優れた名演の数々が生み出されてきた。

チェコ・フィルとの演奏に限ってみても、録音年代については本レビューにおいては省略するが、往年の名指揮者ターリッヒにはじまり、アンチェル、ノイマン、クーベリック、スメターチェクなど、枚挙にいとまがない。

アンチェルによる演奏は1963年のものであるが、ナチスによって家族を虐殺されるという悲劇的な経験をしたアンチェルにとっても、同曲は極めて重要な作品であったと言っても過言ではあるまい。

本盤に収められたアンチェルによる同曲の演奏は、やたらチェコの民族色を振りかざしたものではない。

即物的な解釈で知られたターリッヒほどではないが、後年のクーベリックやノイマンなどと比較すると、華麗さなどは薬にしたくもなく極めて地味な解釈に徹しており、純音楽的なアプローチによる質実剛健さが持ち味の演奏であるとさえ言えるのではないかと考えられる。

しかしながら、一聴すると淡々と流れていく各旋律の端々には、祖国チェコへの深い愛着、そして、自らが悲惨な経験をしたからこそ強く希求する平和への願いが込められていると言えるところであり、端正にして質実剛健な様相の演奏でありつつも、内に秘めた強靭な生命力、そして祖国チェコへの深い愛着に基づいた豊かな情感には尋常ならざるものがあると言えるところだ。

こうした真に味わい深い演奏こそは、まさに悲劇の指揮者アンチェルだけに可能な彫りの深い表現とも言えるところであり、その意味では、累代のチェコ出身の指揮者による同曲の数々の名演と比較しても、いささかも遜色のない素晴らしい名演に仕上がっていると高く評価したい。

音質については、1963年のスタジオ録音であり、筆者はこれまで1995年に発売された国内CD盤を愛聴してきたが、音場があまり拡がらず、いささかデッドで今一つの音質であったことは否めないところだ。

しかしながら、先般発売された新リマスタリング盤は、音質の鮮明さ、音場の幅広さなど、既発CDを遥かに上回るの仕上がりである。

いずれにしても、アンチェル&チェコ・フィルによる歴史的とも言うべき素晴らしい名演を、高音質の新リマスタリング盤で味わうことができるのを歓迎したい。

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2014年09月26日


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スメタナの交響詩「わが祖国」はチェコ音楽の一丁目一番地とも言える国民的作品。

それだけに、チェコ・フィルにとっても名刺代わりの作品であり、累代の常任指揮者や錚々たる客演指揮者などがこぞって同曲を録音してきた。

かつてのターリッヒをはじめ、アンチェル、クーベリック、ノイマンなどの大指揮者の名演は燦然と輝いているし、小林研一郎などによる個性的な名演も記憶に新しいところだ。

こうした個性的な名演の中で、いぶし銀とも言うべき渋い存在感を有している名演こそが、本盤に収められたスメターチェクとのスタジオ録音である。

カラヤンと同年に誕生した指揮者ではあるが、実力の割には必ずしも華々しい経歴を有しているとは言えず、チェコ・フィルとの演奏もあまり遺しているとは言い難い。

今や、知る人ぞ知る存在に甘んじているとさえ言えるが、本演奏は、そうした地味な存在であったスメターチェクの実力を窺い知ることが可能な稀代の名演奏であると言っても過言ではあるまい。

本演奏も、スメターチェクの華麗とは言い難い経歴を表しているかのように、華麗さとは無縁の一聴すると地味な装いの演奏である。

テンポもどちらかと言うとやや速めであると言えるところであり、重々しさとは無縁とも言えるところだ。

しかしながら、各フレーズに盛り込まれたニュアンスの豊かさ、内容の濃さ、そして彫りの深さには尋常ならざるものがあり、表面上の美しさだけを描出した演奏にはいささかも陥っていない。

そして、スメターチェクも、同曲の込められた愛国的な情熱に共感し、内燃する情熱を傾けようとはしているが、それを直截的に表現するのではなく、演奏全体の厳しい造型の中に封じ込めるように努めているとも言えるところであり、そうした一連の葛藤が、本演奏が、一聴すると地味な装いの中にも、細部に至るまで血の通った内容の豊かな演奏になり得ているとも言えるのかもしれない。

加えて、本演奏で優れているのは、演奏全体に漂っている格調の高さ、堂々たる風格である。

同曲は、チェコの民族色溢れる名旋律の宝庫であるが、スメターチェクは、陳腐なロマンティシズムに陥ることなく、常に高踏的な美しさを保ちつつ、まさに大人の風格を持ってニュアンス豊かに描き出していく。

これぞ、まさしく巨匠の至芸と言うべきであり、累代の常任指揮者による同曲の名演と比較しても、いささかも遜色のない名演に仕上がっていると評しても過言ではあるまい。

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2014年09月17日


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『わが祖国』は第2次大戦以後、「プラハの春」音楽祭のオープニングで必ず演奏されるようになったこともあって、一部の人々にとっては、特別の意味合いを持つ曲ともなっている。

バイロイト復興コンサート初日のフルトヴェングラーの「第9」や、ベルリンの壁崩壊を記念するバーンスタインの「第9」と同様の意味で、特異な価値を持たされてしまったクーベリック&チェコ・フィルの1990年ライヴは、確かに、その独特の雰囲気など、別格といってよい演奏だが、クーベリックにとっても、チェコ・フィルにとっても、必ずしもベストの演奏ではないと思う。

クーベリックは、その意図の明確さが率直に音として実現されているウィーン・フィル盤(1958年録音)が、多少作為が見え隠れするものの、最もこの指揮者の特質を伝えているように思う。

クーベリックとウィーン・フィルのCDは、ブラームスの4曲の交響曲をはじめいずれもすばらしいものばかりで、特にこのスメタナはお国ものという以上の稀にみる演奏を聴かせてくれる。

クーベリックとしては意外と淡々と運んだ柔らかな表現で、「モルダウ」や「ボヘミアの森と草原より」は作品への愛情が強くにじみ出た好演だ。

ただ、手兵バイエルン放送響と組んだ4度目の録音の熱気に溢れた民族色豊かな名演に比べると、男性的な迫力は不足気味だ。

これはむしろウィーン・フィルを聴くべきディスクだろう。

しなやかなヴァイオリン、上品なトランペット、こくのあるホルンなど、いずれも絶品だ。

音質はステレオ初期のスタジオ録音であるが、英デッカによる優秀録音であることもあって、十分に満足できるものとなっている点についても付記しておきたい。

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2014年08月13日


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スメタナの交響詩「わが祖国」については、楽曲の性格もあり、かつてはチェコ出身の指揮者による名演が幅を利かせていた。

古くはターリッヒにはじまり、アンチェル、スメターチェク、クーベリック、ノイマン、コシュラーなど、錚々たる重鎮指揮者が民族色溢れる名演を繰り広げてきたのである。

もちろん、ドラティ、マタチッチや小林研一郎などの名演もあったが、「わが祖国」の演奏様式に大きな影響を与えるほどではなかったのではないかと考えられる。

このような中で、2001年に録音されたアーノンクール盤は、これまでの演奏において主流であった民族色を全面に打ち出す演奏とは異なり、かかる民族色を極力排した純音楽的なアプローチによって、同曲に新しい光を当てた斬新的な名演であり、同曲の演奏様式にある種の革命を起こすような衝撃的な演奏でもあった。

チェコの音楽界も、前述のようなお歴々が鬼籍に入り、新しい世代が活躍するようになったこともあって、アーノンクール盤の影響を反映したかのように、民族色をやたら強調するという同曲の演奏様式にも大きな変化の波が押し寄せてきているのではないだろうか。

そのような変化の息吹を感じさせる名演が、先般発売されたフルシャ&プラハ・フィル盤であった。

本盤に収められた、チェコの期待の若手指揮者ネトピルによる演奏も、このような一連の変化の流れの中で生み出された素晴らしい名演と高く評価したい。

ネトピルは、もちろんベースには祖国への深い愛着や、それから生じる民族色の濃さがあると思われるが、かつてのお歴々の演奏のようにそれをいささかも強調していない。

この点は、前述のフルシャの演奏と同様であろう。

大きく違うのは、フルシャは、楽曲の持つ美しさを際立たせた優美な演奏を心掛けていたが、ネトピルは、各交響詩の性格の違いを強調させた、メリハリのある演奏を行っている点であると考える。

トゥッティにおける強靭さから、繊細な抒情に至るまで、表現の幅は桁外れに極大であり、畳み掛けていくような気迫や若さ故の力強い生命力にも不足はない。

まさしく、前述のフルシャ盤と並ぶ、21世紀における「わが祖国」の新時代を象徴する演奏の具現化であり、今後の同曲の演奏の基調となっていくことが大いに期待される名演とも言える。

録音も鮮明であり、素晴らしい高音質に仕上がっている点も高く評価したい。

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2014年05月18日


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クーベリックは連作交響詩『わが祖国』を何度も録音しているが、衆目の一致するところ、ライヴ録音では、東西冷戦終結後にチェコ・フィルに復帰し、その際にライヴ収録された歴史的な演奏(1990年)、スタジオ録音では、安定感のある本盤のボストン交響楽団(1971年)との演奏がベスト2と言われている。

筆者としても、こうした評価に異論差し挟む気は毛頭ない。

クーベリックは、実演において本領を発揮する指揮者と言われているが、スタジオ録音であっても、スメタナやドヴォルザークなどのお国ものを指揮した時は、ライヴ録音と見間違うような熱い演奏を成し遂げることが多い。

本盤を、安定感ある演奏と評したが、それは安全運転という意味では決してない。

それどころか、クーベリックのチェコへの深い愛着と望郷の念をうかがわせる実に熱い演奏と言うことができる。

「ヴィシェフラト」の終結部で冒頭主題が回帰する箇所の、いわゆる「兵どもが夢のあと」といった風情をこれ以上情緒豊かに歌い上げた例がほかにあったであろうか。

「シャールカ」や「ボヘミアの森の草原より」の決然とした開始は我々の度肝を抜くのに十分な迫力であるし、特に、「シャールカ」の変幻自在のテンポ設定の実に巧みなこと。

「ターボル」の怒りの進軍の重量感は、他の指揮者が束になってもかなわないド迫力。

「ブラニーク」の圧倒的な高揚にはもはや筆舌には尽くし難い深い感動を覚える。

まさに、『わが祖国』の演奏のトップの座を争う至高の超名演と評価したい。

音質については、リマスタリングされただけあって従来CD盤でも、かなり満足できる音質であったが、連作交響詩『わが祖国』の中でもトップの座を争う超名演でもあり、SHM−CD化など、更なる高音質化を望んでいたところであった。

そのような中で、今般、ユニバーサルがシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化を図ったと言うのは、本演奏が至高の超名演であることに鑑みても、歴史的な快挙と言えるだろう。

本シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤は、これまでの既発のリマスタリングCDとは次元が異なる極上の高音質であり、音質の鮮明さ、音圧、音場の広さのどれをとっても一級品の仕上がりである。

クーベリックによる歴史的な超名演、そしてスメタナの連作交響詩『わが祖国』の演奏史上トップの座を争う至高の超名演を、このような極上の高音質SACD盤で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2014年04月13日


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2009年2月のNHK交響楽団定期公演のラドミル・エリシュカ指揮「わが祖国」はFMやテレビでも放送され、全国的な大反響を呼んだ。

その圧倒的な演奏でCD化を待ち望む声が大きく高まってきていたが、彼が最も信頼を寄せる札幌交響楽団とのセッション録音が実現。

既にドヴォルザークとヤナーチェクの組み合わせの2枚のライヴ・アルバムをリリースしているラドミル・エリシュカと札幌交響楽団であるが、ついに待望のセッション録音が発売された。

エリシュカと札幌交響楽団が真摯に織り成す、まさにスラヴの叙事詩「わが祖国」は、聴くものをチェコの自然、チェコの歴史へと深く誘う、心に響き、心揺さぶる名演だ。

「高い城」の冒頭からオーケストラの弦のシックな音色を背景に微細を尽くした表現となっている。

金管はやや抑制を効かしているが、その分ほの暗いグラデーションの幅が広がっていて、耳をそばだてて聴き込む演奏。

札響の特徴として、やや渋い配色の弦の中で、木管を浮き立たせ、空高らかに鳴るようなところがあり、筆者はこれが北国の音色の様に思い、気に入っているが、その特性はよく捉えられている。

「モルダウ」は速いテンポが良い。

この曲はちょっとテンポを落とすと、通俗的な感じになってしまう。

速いテンポで締めた方が新鮮だし、全6曲を続けて聴いた場合の、軽重が的確に思える。

下手に分かりやすく情緒的にやり過ぎると胃もたれしてしまう。

「ボヘミアの森と草原から」ではもっと燃え立つようなものを期待するかもしれないが、この演奏も決して内省的に過ぎるというわけではない。

十分に内燃性の情感をはらんでいて、聴けばそれが伝わってくる。

「ターボル」と「ブラニーク」ではいくぶん開放的な音色となり、オーケストラも意気揚々といった演奏になる。

これは楽曲の性格とともに、ここでややカラーを変えるという演出にも思える。

決してガラッと変わるわけではないが、少しギアを変えた感じだ。

ここでも内面性豊かで、楽器のバランスには十全な配慮があり、木管の高らかな音色は様々にアクセントを添えている。

フィナーレは壮麗で、幸福感に満ちている。

録音は2009年、札幌コンサートホール、Kitaraで収録されたもので、CD2枚組となっているが、総収録時間は77分程度なので、CD交換の手間を考えると1枚でまとめてほしかった。

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2014年03月27日


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1996年5月の「プラハの春」音楽祭のオープニングは、初めてチェコ、スロヴァキア人以外で登場し、チェコ国民の聖典のようなこの曲の演奏を、ロジャー・ノリントンらイギリス人に任せて大成功を収めた。

当盤は、その直後のロンドンで収録されたスタジオ録音であるが、本番の演奏同様に、冒頭に「チェコ国歌」が収録されている。

後期ロマン派の作品を以前から取り上げていたノリントンではあるが、ピリオド楽器のオーケストラで、版の見直しもあり、極めて刺激的な演奏となった。

今までどちらかというと情感たっぷり、思いっ切りロマン派な演奏が良しとされてきた「わが祖国」。

しかし、今や歴史的名演となった半世紀前のターリッヒやアンチェルの演奏は、後の録音に比べると驚くほど飾り気が少ない。

100年前の楽器、100年前の編成を用いたこの録音は単なる懐古趣味ではなく、「わが祖国」が本来持つ繊細さ、深い情感の世界に我々を誘ってくれる。

個々の楽器の音色も流麗で、民族色のある国民楽派と呼ばれる時代の音楽には、こうした爽やかにして深みのあるピリオド楽器の音色が合うのかもしれない。

オケのアンサンブルも精緻であり、標題音楽として情景が流れるように伝わってくる。

これを聴けば、新たな再発見があるはずで、熱に浮かれぬ清新な演奏を、このCDで確かめてみることをお薦めしたい。

音質も1996年のスタジオ録音ということもあって、鮮明で優秀なものである。

なお、当ディスクの解説によれば、ザ・ロンドン・クラシカル・プレイヤーズは1997年初めに解散したという。

ということで、これは、この団体最後のCDということになったそうである。

ノリントン自身もこれから現代楽器(主にシュトゥットガルト放送響)を用いた演奏に傾斜していくことになる。

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2014年03月17日


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チェコの民主化後、今は亡きチェコの名指揮者ズデニェク・コシュラーのもとに編成されたチェコ・ナショナル交響楽団と巨匠との『わが祖国』で、死の1年前のコシュラーの遺言ともいうべき録音である。

数ある『わが祖国』の中でもユニークな位置にあるのが、このコシュラー&チェコ・ナショナル響盤である。

とはいえ、チェコの楽団によるスメタナの『わが祖国』の録音には、圧倒的にチェコ・フィルの演奏が多い。

ターリッヒとノイマンのそれぞれ新旧2種類をはじめ、アンチェル、スメターチェク、ビエロフラーヴェク、そしてクーベリック、小林研一郎、ペシェク、マッケラスと、現役のCDだけでも11種類ある。

しかし、これらに優るとも劣らないのが、この演奏であると思う。

チェコ・ナショナル響は、コシュラーとの関係を深めてから、彼が指揮する時にはいつも素晴らしい演奏を聴かせた。

ただ、その録音が非常に少ないのだが、幸いなことに、この『わが祖国』の演奏で、そのことを充分に理解することができる。

スケールが大きく、しかも雰囲気豊かで、指揮者、オーケストラ双方の意気込みが隅々にまで感じられる。

しかし、コシュラーは決して感情に押し流されることなく、自然な流れの中で生き生きと音楽を再現している。

しかもコシュラーはなるべくスメタナの原典に近い演奏をすることを意図しているのも特色である。

解説にもあるように、有名な「モルダウ」における叙情たっぷりのメロディーと、眠いクラシックと一線を画す歯切れの良いリズミカルな奏法の両立が素晴らしい。

他に色々なディスクを聴いてみて、その両立が出来る理由を納得した。

チェコ・ナショナル響はまだ若い楽団であるが、かつての音楽での存在を再びという願いを元に、既存のチェコの楽団からメンバーを募ったという事で、技術でも精神性においても第一級なのであろう。

実に統制のとれた演奏を聴かせてくれ、オケの性質上幾分無骨な肌ざわりの荒さがあるが、ムードに酔いしれない、骨太で意志的な演奏はこのコシュラー&チェコ・ナショナル響盤の魅力であり、身上である。

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2014年02月18日


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1999年、プラハの春音楽祭、オープニング・コンサートでのライヴ録音。

スメタナの交響詩「わが祖国」はチェコ音楽の一丁目一番地とも言える国民的作品。

それだけに、チェコ・フィルにとっても名刺代わりの作品であり、累代の常任指揮者や錚々たる客演指揮者などがこぞって同曲を録音してきた。

かつてのターリッヒをはじめ、アンチェル、クーベリック、ノイマンなどの大指揮者の名演は燦然と輝いているし、小林研一郎などによる個性的な名演も記憶に新しいところだ。

こうした個性的な名演の中で、いぶし銀とも言うべき渋い存在感を有している名演こそが、本盤に収められたマッケラスとの録音である。

マッケラスは実力の割には必ずしも華々しい経歴を有しているとは言えないが、1996年から1997年のシーズンにはチェコ・フィルの首席客演指揮者を務めた。

今では、ヤナーチェクのエクスパートという印象ばかりが強いとさえ言えるが、本演奏は、そうした地味な存在であったマッケラスの実力を窺い知ることが可能な稀代の名演奏であると言っても過言ではあるまい。

本演奏も、マッケラスの華麗とは言い難い経歴を表しているかのように、華麗さとは無縁の一聴すると地味な装いの演奏である。

テンポもどちらかと言うとやや速めであり、重々しさとも無縁だ。

しかしながら、各フレーズに盛り込まれたニュアンスの豊かさ、内容の濃さ、そして彫りの深さには尋常ならざるものがあり、表面上の美しさだけを描出した演奏にはいささかも陥っていない。

そして、マッケラスも、同曲の込められた愛国的な情熱に共感し、内燃する情熱を傾けようとはしているが、それを直截的に表現するのではなく、演奏全体の厳しい造型の中に封じ込めるように努めているところであり、そうした一連の葛藤が、本演奏が、一聴すると地味な装いの中にも、細部に至るまで血の通った内容の豊かな演奏になり得ているのかもしれない。

加えて、本演奏で優れているのは、演奏全体に漂っている格調の高さ、堂々たる風格である。

同曲は、チェコの民族色溢れる名旋律の宝庫であるが、マッケラスは、陳腐なロマンティシズムに陥ることなく、常に高踏的な美しさを保ちつつ、まさに大人の風格を持ってニュアンス豊かに描き出していく。

これぞ、まさしく巨匠の至芸と言うべきであり、累代の常任指揮者による同曲の名演と比較しても、いささかも遜色のない名演に仕上がっていると評しても過言ではあるまい。

録音も、盤によってはかさついて聴こえるチェコ・フィルであるが、ここでは柔らかな音色が非常に美しく捉えられている。

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2014年02月06日


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1982年1月15日/ウィーン、ムジークフェライン大ホールでのライヴ・ステレオ録音。

物凄くスケールの大きい、途轍もなく懐が深い『わが祖国』である。

テンポは遅く、最初の2曲は不器用ささえ感じさせるが、3曲目にはそういうことも気にならなくなってくる。

曲が進むにつれ、マタチッチが創り出すひびきの重量感、ものものしさ、スケールの大きさに圧倒される。

ヴァイオリンはむせるように歌うが、つねに深い苦味を湛えているのである。

全体が巨大なスケールで描き出され、テンポが遅く2枚組であるにも関わらず、6曲で1つの巨大な建造物であることがひしひしと伝わってくる。

「ブラニーク」の最後で1曲目の主題が折り重なってくるところなどは、対位法的に響くというより、撚り合わさってさらに巨大な何かにでもなろうとしてるかのようだ。

終結部では、この遅いテンポの中で、ティンパニ奏者が完全に老巨匠の手足となり完結する。

それに何という巨大さであろう。

マタチッチの人間の大きさ、芸術家としての巨きさが終始ものを言っている。

この連作交響詩で、これほど熱い感動を与えてくれたのは、クーベリック&チェコ・フィルの東京ライヴを聴いて以来だ。

有名な「モルダウ」のみならず、「高い城」「ターボル」といった熾烈な民族の歴史がうねりのように押し寄せてくる楽音では、マタチッチでこそ作品の本質がわかるとさえ思われた。

終曲「ブラニーク」の純音楽的な感興は圧巻で、そこでは細部のニュアンスも豊かであり、ヤン・フスの思い出が巨大な流れのなかに憩っているようだ。

マタチッチの『わが祖国』の録音はこのほかにNHK交響楽団との演奏もあり、オケの違い、年代の違いもあるが、N響盤よりどっしりとした落ち着いた演奏で、マタチッチらしい豪快さも兼ね備えている。

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2014年02月04日


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1980年9月8-12日、プラハ、芸術の家での録音。チェコ・フィルは8回目の録音。文化庁芸術祭優秀賞受賞盤。

チェコの巨匠として知られたスメターチェク(1906-1986)だが、晩年の当演奏が「わが祖国」の初録音だった。

細部に至るまで丁寧に彫琢された完成度の高い秀演である。

スメターチェクは、チェコが生んだ最高の巨匠指揮者であるが、ディスクの数は極端に少なく、しかもライヴでこそ真価を発揮するタイプだけに、スタジオ録音はもうひとつだ。

その中にあって、《わが祖国》全曲盤だけは彼の実力が充分に発揮された名演であり、そうなると当然同曲CD中のベスト・ワンを数種のクーベリック盤と競うことになる。

スメターチェクは、習慣版を用いることで、伝統的なスタイルといったアプローチを示している。

時おり用いられるルフトパウゼや、彼独自のアゴーギクなどはその一端だ。

スメターチェクの指揮は、感傷を排し、たくましく堂々としたもので、どの曲も切れば血の出るような、内容的、有機的な響きに満ち、土くさい生命力、雄弁な表情、巨匠ならではの風格が漂っており、各楽器、各音型の生かし方が抜群だ。

全体の曲の流れを大切にした爽やかな演奏で、「モルダウ」の中間部など実にロマンティックな気分の盛り上げも素晴らしく、弦の音色の美しさも、さすがチェコ・フィル。

「ターボル」「ブラニーク」も、要所を押さえた指揮で聴き手を作品に引き込む。

とくに後半の3曲がすばらしく「ボヘミアの森と草原より」「ターボル」「ブラニーク」に筆者はしびれている。

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2013年09月20日


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ストコフスキーほど、楽曲を面白く楽しく聴かせてくれる指揮者は他にはいないのではないか。

どの曲もストコ節満載で、スコアに忠実ということはなく、大胆なカットや、粘ったテンポ設定、思い切った強弱の変化など、ありとあらゆる演出を施す。

恣意的と言ってもいい解釈であるが、ストコフスキーの場合、嫌みが全く感じられないのだ。

これは、ストコフスキーの、楽曲への深い理解と、聴き手に演奏を心から楽しんでもらおうという旺盛なサービス精神の賜物であると考える。

要は、根っからの舞台人ということなのであろう。

例えば、有名なリストのハンガリー狂詩曲第2番など、ミュラー=ベルクハウス版を使用しているが、大胆な表現や大幅なカットなどによって、まさにストコフスキー編曲のような演奏に仕上がっている。

それでいて、こってりした叙情と激しい情熱で、これだけ堪能させてくれるというのは、ストコフスキーの指揮芸術の素晴らしさと言えるだろう。

ショーマンシップを発揮するタイプだというと、つい俗っぽいものを想起してしまうが、ストコフスキーの演奏は決して下品にならない。

むしろ、曲への愛着が聴き手にダイレクトに伝わる素晴らしさがある。

「ラプソディーズ」というカテゴリーのCDの中に、エネスコや、リストと親交のあったスメタナの楽曲をカップリングしたセンスの良さも抜群のものがある。

録音も1960年代初頭のものであるが、これまた実に鮮明で素晴らしい。

XRCD&SHM−CD盤の超高音質を十分に体現できる1枚だ。

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2013年07月29日


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1975年に、チェコ・フィルと再録する前の、1967年録音のゲヴァントハウス管弦楽団との演奏で、ノイマン初の《わが祖国》(テルデック盤)である。

《わが祖国》の指揮者としては当然、ノイマンの存在も重要。

そしてノイマンなら当然、チェコ・フィルというのが常識的な流れかもしれないが、ここで取り上げるのは懐かしいゲヴァントハウスとの全曲盤である。

ノイマンはコンヴィチュニーが死去したあと、1964年、44歳の年にライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席指揮者に迎えられた。

そうした経緯の中で、このレコーディングはごく自然な形で誕生したものではないだろうか。

もっとも「プラハの春」事件が起きたのはおそらくちょうどその直後のこと。

当時、ノイマンの胸中は複雑だったはずであり、ライプツィヒで母国を思って録音したスメタナの《わが祖国》と言えるかもしれない。

しかしこのあくまで格調高い《わが祖国》の演奏が、彼の音楽家としての揺るぎない信念を物語っている。

ノイマンの《わが祖国》は、後年のチェコ・フィルとの演奏も素晴らしいが、ライプツィヒ時代の、より強固な造形意志に貫かれた演奏も忘れられない。

推進力と構成美に富んだ高質の交響世界が構築されており、今となっては、この演奏スタイルは、望んでも得がたいものと言えるだろう。

自然に対する畏敬の念からか、ノイマンの《わが祖国》では、全6曲いずれも、湧き出てくる素朴な感情と感謝の念に溢れている。

重厚にして精緻な、この時代のゲヴァントハウスはいい。

ゲヴァントハウス管弦楽団の飾らぬ音色が、より深い色彩を感じさせてくれるので、何度でも聴きたくなる不思議な魅力を持っている。

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2013年07月20日


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《わが祖国》は6曲から構成されているが、はっきり言って、どれも似たような音楽だ。

よって、普通はいちばん変化に富んでいる〈モルダウ〉ばかりが演奏される。

だが、《わが祖国》は6曲まとめて聴いたほうがいい。

とにかく、荒々しいシーンが多いことがわかるだろう。くどいと思うだろう。暑苦しいほどだ。弾くほうも聴くほうもまさにスタミナの曲なのだ。

パーヴォ・ベルグルンド指揮シュターツカペレ・ドレスデンで聴こう。

実はモルダウを下っていくとドレスデンに達する。このCDはその町のオーケストラの演奏なのですばらしい、と言うと出来過ぎた話だが、実際すごい演奏である。

弦楽器の表現力の多彩さ、自由自在さには度肝を抜かれること請け合いだ。

このうまさは、縦線がきっちり合っているというようなうまさではない。

人間の声のように豊かな表情を使い分けるといううまさなのだ。

昨今、機械的な合奏の精度ばかり気にする人が多い。

なるほど、その種のうまさによって成り立っている音楽もある。

だが、ドレスデンの音楽は別種のうまさによって成り立つ音楽なのである。

これを聴けば、まず弦楽器があってこそオーケストラなのだとブラスバンド少年にもわからせてくれよう。

また、管楽器の何ともいえないローカルっぽい音色も味がある。

祝祭的なリズムの生気といい、場面場面での音色の切り替わりといい、一気呵成の熱気といい、恐ろしいまでの迫力だ。

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2012年06月20日


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ノイマンは手兵チェコ・フィルを引き連れて何度も来日を行ったが、単身で来日してNHK交響楽団を指揮して数々の名演を成し遂げたことでもよく知られているところだ。

本盤に収録されたスメタナの「わが祖国」とドヴォルザークのスラヴ舞曲全曲は、ノイマンが1978年及び1990年に来日した際にNHK交響楽団を指揮した際の演奏であり、1986年の来日時の演奏よりもはるかに優れた素晴らしい名演に仕上がっていると高く評価したい。

特に、スメタナの交響詩「わが祖国」は、録音年代はいささか古いが、圧倒的な名演と言っても過言ではあるまい。

ノイマンによる同曲の録音は意外にもあまり遺されていない。

最初の録音はライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団との演奏(1967年)、2度目のものはチェコ・フィルとの演奏(1975年)、そして3度目は、チェコ・フィルとの来日時のライヴ録音(1982年)ということになる。

クーベリックが6種類もの録音を遺していることに鑑みれば少ないと言えるが、今般、NHK交響楽団との1978年のライヴ録音が加わったことは実に素晴らしいことである。

ノイマンによる交響詩「わが祖国」の代表盤は何と言っても1975年のスタジオ録音盤であるというのが衆目の一致するところであると思われるが、本演奏は、それにライヴ録音ならではの気迫や熱き生命力が付加されたものと言っても過言ではあるまい。

ノイマンによる同曲の演奏は、民族色をやたら振りかざしたあくの強いものではなく、むしろ、淡々と曲想が進んでいく中で、各旋律の随所からチェコの民族色や祖国への深い愛情の念が滲み出てくるような演奏と言えるところだ。

NHK交響楽団も、さすがに技量においてはチェコ・フィルには及ばないが、その渾身の名演奏ぶりにおいてはいささかも引けを取っておらず、ノイマンともどもチェコの楽団とたとえてもいいような味わい深い演奏を繰り広げていると言ってもいいのではないだろうか。

他方、スラヴ舞曲全曲については、ノイマンは、いずれもチェコ・フィルとともに3度にわたってスタジオ録音を行っている(1971〜1972年、1985年、1993年)。

いずれ劣らぬ名演であるが、本演奏は、ライヴ録音ならではの畳み掛けていくような気迫や強靭な迫力が全体に漲っており、演奏の持つ根源的な力強さという意味においては、ノイマンによる随一の名演と言っても過言ではあるまい。

1990年代に入って、その技量を格段に向上させたNHK交響楽団も、ノイマンの統率の下、最高のパフォーマンスを発揮している。

音質は、名指揮者の来日公演の高音質での発売で定評のあるアルトゥスレーベルがマスタリングを手掛けているだけに、十分に満足できる良好な音質に仕上がっているのが素晴らしい。

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2012年02月15日


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既に指揮の小林研一郎はチェコ・フィルと組んでこれまでも数枚のCDを出しているが、スメタナの《わが祖国》はチェコ・フィルにとっては母国語で語る音楽であり特別な意味があることを思うと、結局小林が彼らから多大の音楽的信頼を得ていると言うことになろうか。

チェコの人達にとってこの曲集は国歌以上に愛着があると言われており、事実これまでチェコ・フィルのチェコ人以外の指揮者との録音はなかった。

それゆえ、この新録音ではチェコ・フィルの楽員たちの小林研一郎への信頼の高さをうかがい知ることができる。

実際この演奏を聴いてみると小林が恣意的にこの曲から何か新しい表現を作り出そうとしているのではなく、チェコ・フィルのメンバーの中に熟成され眠っていたこの曲への愛情を小林が優れた音楽的センスできめ細かに美しく引き出しているという感じが強い。

弦をしなやかに使ってたっぷりと旋律を歌い、管と弦のフレーズの呼吸が完全に一体化する。

これはまさに彼らの音楽と実感する。

チェコ・フィルがこの曲を小林と録音すること自体、ひとつの事件だと思うが、実際ここで小林は自己を強引に顕示するのではなく、彼らのなかから自然にこの曲の語法を引き出し美しくまとめあげている。

小林とチェコ・フィルの関係はきわめて充実しており、全編のびやかでスケールの大きい指揮でチェコ・フィルも共感ゆたかにこれに応えている。

これは実に音楽的な《わが祖国》と言えるだろう。

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2012年01月02日


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1988年10月12-14日、フランクフルト、アルテ・オーパーでの録音。

インバル初のスメタナ。

インバルがスコアを徹底的に再構築した秀演。

ボヘミアの作曲家スメタナが祖国への深い愛を込めて作曲した連作交響詩だけあって、チェコ・フィルなどの本場物の数多くの《わが祖国》の録音があるが、インバル&フランクフルト放送交響楽団のディスクはそれらと比しても最右翼に位置し得る演奏のひとつだ。

鬼才とうたわれる指揮者インバルは、安易な民族色にもたれることなく、スコアを徹底的に見直した独自の視点からこの名曲の真価を世に問うている。

インバルらしい、骨組みのしっかりしたメリハリの強い表現で、重厚なドイツ風ともいえる響きが作品の交響性を強調しており、知的で構築的だ。

どの部分を採っても緻密なところまで神経が細かく張りめぐらされた、基本的には筋肉質ともいえる引き締まった音楽だが、硬直化するようなことはまったくない。

作品の起承転結を巧みに表現した、聴かせ上手な演奏である。

遅めのテンポでじっくり仕上げた「モルダウ」など、音楽作りの抜群のうまさが際立った素晴らしい演奏だが、6曲の中では後半3曲の演奏が特にすぐれており、中でも「ボヘミアの森と草原より」は秀演といえる。

インバルを首席指揮者に迎えてからこの録音時で10余年、フランクフルト放送交響楽団の発展ぶりは注目すべきものがあったが、この録音でもそうした美点がフルに生かされている。

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2012年01月01日


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この曲を看板曲としているカルテットだけあってズバ抜けてうまい。練れたアンサンブルとその彫琢された豊かな表現には魅了される。

その名を冠する彼らにとって特別の作品であることをまざまざと知らしめる、親密な共感と圧倒的な感動に裏付けられた名演。

スメタナ四重奏団にとって両曲とも3回目の録音だが、録音のたびごとに、その演奏には円熟度が増してきており、お手のものの作品に新しい気迫をもってのぞんでいる。

アンサンブルのよさはいまさら強調するまでもないが、堅固なまとまりを少しもくずすことなく、表現はきわめて積極的だ。

お国ものの強みはここでも存分に発揮されており、両曲の第2楽章でのポルカのリズムの切れ味のよさ、素朴な民族性の発露などは、その好例。

ボヘミア風ともいえるリズムや楽想の処理のうまさには、このカルテットならではのものがある。

そのボヘミアの香り漂う抒情味豊かな歌いまわしのうまさはやはり比類のないものだ。

4人で合奏していることを忘れさせるくらい、アンサンブルは精妙で隙がなく、しかも音楽が完全に彼らの言葉として熟れきっている。

こうした演奏にこめられた気迫は音楽を情熱のこもったものに仕上げ、特に第2番に迫力がある。

また第1番第4楽章の後半の絶望的な暗い響きは聴き手の胸を強く締めつける。

この2曲の演奏史に加えるべき1枚。

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2011年12月19日


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小林研一郎の《わが祖国》と言えば、チェコ・フィルと録音した1997年盤が頭に浮かぶが、これはそれから12年ぶりの録音である。

チェコ・フィルとの演奏と比べ、小林研一郎ならではの解釈を随所で聴くことができるが、決して爆演とならず、スケールが大きく熱いながらも正攻法な演奏から逸脱していないのは流石である。

「ヴィシェフラド」は、小林としてはいま一つの出来。東京都交響楽団ともども、エンジンがかかっていないきらいがある。

「モルダウ」に入って、漸く小林らしさが出てくる。特に、終結部の雷鳴のようなティンパ二の鳴動は圧倒的なド迫力。

「シャールカ」は、中間部のゲネラルパウゼが実に効果的で、緩急自在のテンポが曲想を巧みに描き尽くすのに貢献している。

「ボヘミアの森と草原から」は、静けさよりは小林の熱い血がそこらじゅうにたぎっている感じ。

「ターボル」の重量感溢れる巨象の進軍にはもはや抗するものは何もなく、「ブラ二ーク」における圧倒的な高揚感に繋がっていく。

特に、終結部のティンパ二の強打と、「ヴィシェラフド」の再現の崇高な歌いあげは、小林の唸り声も聴こえるなど、小林の独壇場と言っても過言ではあるまい。

東京都交響楽団も、「ブラ二ーク」のホルンの旋律の野太さなど、《わが祖国》の内包する郷愁の哀感を的確に表現するなど、持てる力を存分に発揮しており、小林の指揮ともども名演であると評価したい。

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2011年12月17日


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クーベリックがチェコを離れてから4年後の1952年にシカゴ響と録音したクーベリック最初の「わが祖国」録音。

交響詩としてのスコアをきちんと聴衆に伝えることに主眼が置かれているようだ(特に、リズムや内声の動きの強調)。

その姿勢は、この録音の38年後のチェコ・フィルとの演奏でも基本的には変わらない。

フリッツ・ライナーが音楽監督に就任する前年のシカゴ響だが、30代後半のクーベリック(彼は1914年生まれだから、この録音当時はわずか38歳である)とオケのパワーのせいもあって若々しくエネルギー感に満ちた演奏になっている。

若いクーベリックは自在にオケを操っており、どの交響詩も気力の充実を反映して素晴らしい出来映えだ。

クーベリックがこれほど気負い立って演奏した「わが祖国」はCDでは他になく、シカゴ響の金管楽器は咆哮し、シンバルの炸裂、ティンパニの強打など大迫力で、オケのトゥッティではあらん限りのフォルティッシモが聴ける。痛快でもある。

クーベリックの「わが祖国」は、晩年に近づくにつれて後半の交響詩に表現の重点が置かれるようになっていくが、この録音では全ての楽章に手抜きがなく、かつ熱さ一辺倒に陥らずに叙情も忘れていない。

表現が豊かだし、迫力もあって今でも十分に魅力的な演奏だが、モノラルであり、最強音が割れているのが残念だとはいえ、そこはマーキュリー・リビング・プレゼンス、基本的に音質はいい。

これは最も劇的なアプローチをした「わが祖国」の例として語り継がれるべき演奏である。

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2011年12月16日


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1964年2月26〜28日、ロンドン、アビー・ロード第1スタジオでの録音。

実は『わが祖国』で、筆者が秘かに愛聴しているのが、このサージェント盤である。

故サージェントはビーチャムと並ぶ高名かつ典型的なイギリスの音楽家である。

音楽はあくまでジェントル、強烈な個性には欠けるが穏やかな味わいと気品を持つ。

サージェントの指揮は、いかにもイギリス紳士らしい品の良い堅実なもので、自国イギリスや北欧の作品には手腕を発揮したものだが、こうした民族色の濃い作品はどうやら肌に合わなかったようだ。

このCD、名演目白押しの大名曲だけに較べられると少々つらいが、かといって音楽が違うという事はない。

6曲とも明確な棒で丁寧に仕上げているが、全体に表情が端正すぎ、人によっては、もう少しスラヴ的な熱っぽさ、たくましさが欲しいところであろう。

スメタナやドヴォルザークなどの、いわゆるスラヴ系の音楽は、郷愁をソソるような節回しが特徴で、それを「誇り高きわれらが民族」的な解釈の熱い演奏に仕上げて成功したのが、名盤で知られるクーベリックだと思う。

ただ、郷愁とは情熱であると同時に「やすらぎ」でもあるはずだ。

このサージェントの演奏は、決して最上の録音ではない。

しかし安心して耳を傾け、大人の視線で見守られている、みたいな、静かな気持ちになれる。

数々の熱演型名演盤に辟易した方にお薦めしたい。

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2011年11月28日


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チェコ・フィル育ての親である名指揮者ヴァーツラフ・ターリッヒ(1883-1961)が晩年LPに残したチェコ音楽のなかでもとりわけ注目すべき名盤のひとつ。

1929年にチェコ・フィルを指揮してこの組曲の最初の全曲録音を行ったターリッヒの25年後の円熟の極の演奏の記録。

ターリッヒが生前最も得意としていた作品だけあって、非の打ちどころがない堂々たる出来映えだ。

第1曲〈ヴィシェフラド〉からして訴えかける力は極めて強い。

全曲とも民族的色彩豊かな熱っぽい表現で、線の太い逞しい足取りには聴く者を激しく惹きつけるものがある。

チェコ・フィルの《わが祖国》がいろいろあるなかでも、様式的にはいちばん古いロマン的民族主義の範疇に入るものであろうが、それなりに明晰で目のつんだ気品の高い表現で、オケ自体の力も上がっている。

〈ターボル〉と〈ブラニーク〉などのチェコの歴史を取材した曲では、荘厳な寺院で壁画を仰ぎ見るような雰囲気のなかでの雄渾そのものの盛り上がりなど、ナチス占領下からの解放感がまだ風化する以前のチェコ人の共感が支えになっていたとしても、後続のチェコ人の名指揮者たちにも容易に超えられない高みに達したものであった。

特にスラヴの血の躍動を感じさせる〈シャールカ〉や〈ターボル〉は圧巻で、その壁画のなかの人物たちが生き返って壮絶なドラマを繰り広げる。

1954年録音のモノーラルだが、まだ今のように演奏力が低下する前のチェコ・フィルが、巨匠の指揮のもとで懸命の熱演を展開している。

ターリッヒはモダンで、引き締まった表情のインターナショナルな芸風の持ち主だった。

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2011年11月22日


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1982年11月5日に東京文化会館で行なわれた《わが祖国》初演100周年記念コンサートのライヴ録音である。

ノイマンにとって3度目の《わが祖国》全曲盤だが、いずれも基本的な解釈の上で変わりはなく、彼の温厚で誠実な人柄がそのまま滲み出た演奏である。

決して大仰にならず、抑制のきいた表現、それぞれの曲の核心を鋭く衝いている。

オーケストラを意のままに動かしながら、それぞれの曲の性格を鮮やかに浮き彫りにしているあたりは、この人ならではの手腕といえよう。

特に「モルダウ」は描写力が巧妙で、いかにもノイマンが声高らかに歌っているような感じがする。

さらに、気宇壮大な「ボヘミアの森と草原より」、そして大きなスケールでたたみ込んでいく「ブラニーク」の激しさには心を揺さぶられる。

こうした演奏は、ほかの国の指揮者やオーケストラでは、なかなか真似のできないものだ。

ライヴだけにオーケストラに多少のキズはあるが、それらが気にならないほど緊張度が高く、密度の濃い演奏で、聴いたあとに深い感動が残る。

ノイマンとチェコ・フィルとの完全な精神的一致と、この作品に対する彼らの自信と誇りから生まれた名演である。

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2011年11月20日


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チェコ・フィルにとって《わが祖国》がいつの時代も最も大切なレパートリーのひとつであることは言うまでもない。

古くはターリッヒから、比較的最近のものでは小林研一郎まで、全曲盤は枚挙にいとまがないし、おそらくそのすべてが名盤と言っても過言ではあるまい。

そんな中で愛好家が第一に挙げるのは、比較的上の世代はアンチェル、若い人はビエロフラーヴェクといった線が予想される。

ビエロフラーヴェクの開放的な明るい性格が演奏によく表れており、スラヴ的な情感を巧みに生かしながら若々しくすっきりとまとめ、演出過剰と思われる曲はひとつもない。

そのせいか、全曲を聴き終わった後に爽やかな感動が残る。

ビエロフラーヴェクは、ここで最初からクリティカル・エディションを用いようとせず、慣用版に自己の主張を加えて自らのエディションを確立している。

彼は〈モルダウ〉をも含めて楽器編成やその処理にも配慮を加え、声部をそれで補強することによって旋律を明確に掘り起こそうとしているところもあるし、アクセントを生かしてリズムの変化を強調するなど、表現をより明快なものにしようとしている。

特に〈ヴィシェフラド〉の冒頭の部分、〈モルダウ〉の月夜の部分、〈ボヘミアの森と草原より〉の舞曲調の部分など、細かな気配りが光っている。

およそ小細工を弄さず、スメタナの音楽を誇り高くまっすぐに再現している。

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2011年11月19日


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1991年11月2日、サントリーホールに於けるライヴ録音。

クーベリックの指揮する《わが祖国》は、基本的にはアメリカのオケを振った録音の方が優れていると思う。

だが1991年の来日公演のライヴは、前年に42年ぶりに祖国に帰ったクーベリックが、かつての手兵チェコ・フィルに復帰した、いわば一種の祝典イヴェントなのだ。

確かに演奏の完成度としては、シカゴやボストンを指揮したものの方が高いが、ここにはあらゆる恩讐を越え、無心に達した巨匠の心境が、聴く者の心にひしひしと伝わってくる。

最初の〈ヴィシェフラド〉のハープから、ノスタルジアが一杯という雰囲気であり、クーベリック自身の郷愁を聴く思いがする。

すでに1986年に引退していたクーベリックを迎えながら、チェコ・フィルも輝かしくかなりの緊張感と最善のアンサンブルをもって応えている。

そこでは、クリティカルな面と慣習的な変更との双方が採り入られているが、6曲の交響詩のそれぞれが生気に満ちた表情を見せているのは、当時の心情の反映でもあろうし、後半への高揚ぶりも魅力だ。

どの曲の演奏においても、堅固な構成力と、無理なく整えられた表現力とがあり、信頼しきって聴き入ることができる。

ほんのちょっとしたフレーズに至るまで、ゆたかなニュアンスに染めあげられている様子が、なんともすばらしい。

ヴェテランならではの優れた演奏で、あらゆる欲得から解き放たれ、澄み渡った晩年の巨匠の芸風を味わって欲しい。

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2011年11月18日


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クーベリックが42年ぶりに祖国に帰り、かつての手兵チェコ・フィルを指揮した1990年の「プラハの春」音楽祭における記念すべきライヴ録音である。

クーベリックは52年のシカゴ響とのモノーラル録音に始まって、58年のウィーン・フィル、71年のボストン響、84年のバイエルン放送響、そして当録音と、全部で5種類の全曲録音を残しており、中でも後半の3つの録音は、甲乙つけがたい名演になっている。

ボストン響盤は、その精緻に透徹した表現としなやかに引き締まったバランスなど最も完成度が高いし、スメタナ没後100年記念演奏会におけるバイエルン放送響とのライヴ録音は、逞しい音楽の流れと表出力が強い説得力をもっている。

その点ではこの演奏は、録音を含めて細部のバランスに多少問題があるかもしれない。

しかし、万感の思いをこめて、くっきりと始まる第1曲〈ヴィシェフラド〉のしなやかな集中力にとんだ表現を聴くだけでも、この演奏にかけるクーベリックの熱い思いが強く伝わってくるだろう。

42年ぶりにチェコ・フィルの指揮台に立ったクーベリックの表現は、聴衆の喜びと興奮を背に受けてか、全体にややテンポを速めにとった情熱的なもので、祖国を愛する感情がどの曲のすみずみにまで表れている。

オケも緊張感を持って、最善のアンサンブルで指揮者に応える。

チェコ・フィルの真摯な反応とこのオーケストラならではの民族的な旋律や色彩の巧みな表出が、この稀有な演奏をいっそう美しく味わい深く彩っているし、特に後半3曲の情熱的な盛り上がりと晴朗にして高貴な意志力に貫かれた表現力は圧倒的である。

ことにスケールの大きく構築のしっかりした〈ヴィシェフラド〉、広大な草原を思わせる〈ボヘミアの森と草原より〉、ドラマティックに盛り上げた〈ターボル〉が素晴らしい。

ロシアと東欧の民主化は、さまざまな特筆すべき音楽シーンをもたらしたが、それらの中でも最も感動的な記念すべき記録というべきだろう。 

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2011年11月17日


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これは、指揮者クーベリックと深い関係をもっていたバイエルン放送響とのライヴ盤で、スメタナ没後100年、クーベリック70歳の誕生日を記念してのコンサートであった。

演奏内容は、クーベリックのどの同曲異演盤よりも重厚、熱い想いの丈が押し寄せてくる。

クーベリックが残してくれたスメタナの《わが祖国》は、いずれも聴きどころをもったものばかり。

ボストン響を指揮した盤は完成度が高いし、チェコ・フィルとの1990年のライヴ盤には独特の高揚した雰囲気が濃い。

その点で言うと、当バイエルン放送響とのライヴ盤は、条件的にも最も優れており、スケールの大きさと、ライヴ固有の熱っぽさとが際立つ演奏内容といえよう。

70歳のクーベリックの祖国への深い愛が、驚くべきスケールの大きさと強い気迫をもって綴られている。

線の太い、たくましい音楽性をグイと貫き通し、安定した構成力は抜群で、各曲とも、メリハリの効いた起承転結がつけられている。

論理的一貫性がある、とでもいうべきか……。

しかも、全6曲を通して満ちている強い民族色といったものに対する配慮も万全。

各リズムや旋律、色彩感などといった要素を色濃く前面に押し出しながらも、力が空転してしまうようなところがなく、落ちついたよさがあり、バランスがとれている。

この音楽が書かれた精神を、ごく自然のうちにそこに表出したものとしても忘れることができない。

オーケストラの底力も過不足なく示されており、胸をワクワクさせて聴くことができる演奏といえるだろう。

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2011年11月16日


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クーベリックは、祖国チェコへの讃歌ともいうべきこの連作交響詩を5回録音している。

中でもチェコの自由化がなった1990年の「プラハの春」音楽祭におけるチェコ・フィルとのライヴ録音は、歴史的な記録として知られているし、スメタナの没後100年を記念した1984年のバイエルン放送響とのライヴ盤も、逞しい音楽の流れと強い表出力をもった名演である。

しかし、演奏の細部まで最もバランス良く整っているのは、このボストン響との1971年のスタジオ録音であろう。

クーベリック&ボストン響盤は、チェコのローカル・カラーを充分に身に付け、しかもそれだけではないインターナショナルな感覚で、スケール大きく表現し尽くした名演である。

内容、外観ともに充実した出来ばえで、ディスクとしての完成度の高さは、このスタジオ録音盤が屈指のものといえるのかもしれない。

その演奏は、クーベリックならではの透徹した読みが細部まで的確に行きわたるとともに、きりりとひき締まった構成の中に共感ゆたかな表現がいかにもくっきりと気品高く織りなされている。

明快で誇張のない運びと全曲を通してのしなやかな起伏と緊張感もすばらしく、精緻な美しさとゆたかなスケールを見事に合わせそなえた演奏は、いかにも彫り深く新鮮である。

腰のすわった語り口で、この交響詩の魅力が的確に語られている。

演奏全体の緻密な表現や音質といったことまで含めると、やはりボストン響との演奏が最高だと思う。

脂ののりきった時期の堂々たるクーベリックの指揮、全曲を見通す揺るぎのない構成力、音楽を支える精神の強靭さと平衡感覚、そして演奏の完成度の高さとオーケストラ表現のスケールにおいて、やはりこの全曲盤には傑出したものがあると思う。

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2011年11月15日


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2010年5月13,4日 プラハの春国際音楽祭でのライヴ録音。

実になだらかで美しい演奏だ。

録音のせいや、小編成のオーケストラということもあるのかもしれないが、これほど、ドラマティックさを抑制した《わが祖国》も珍しいと言えるのではなかろうか。

《わが祖国》といえば、チェコ出身の指揮者による定番プログラムであり、古くはターリッヒ、アンチェル、そして、クーベリックやノイマンなどに至るまで、民俗色豊かな、そして愛国心の高揚を掲げたドラマティックな名演を成し遂げてきた。

チェコ出身以外の指揮者にしても、小林研一郎の劇的な名演や、アーノンクールによる切れ味鋭い名演などがあった。

こうした海千山千の数々の名演の中にあって、チェコ期待の20代の若手指揮者フルシャの演奏は、むしろ、きわめて新鮮に響くと言えるのではなかろうか。

前述のように、ドラマティックという性格は薬にもしたくなく、やたら愛国心を振りかざした演奏ではないが、《わが祖国》の根源的な音楽の美しさ、魅力を自然体で表現したという意味では、まさに、新世代による名演と評価してもよい。

あたかも、埃をかぶった名画から、長年の埃を取り払ったようなイメージであり、フルシャ&プラハ・フィルハーモニアによるこのような新鮮な名演を、プラハの春国際音楽祭のオープニングに選ばれたこと自体が、チェコの音楽界の新たな方向性を示唆しているとも言える。

このコンビの今後の更なる発展を大いに期待したい。

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2010年03月26日


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2001年11月3〜7日、ムジークフェラインザール、ウィーンで行なわれたアーノンクールによる当曲の初ライヴ録音。

ウィーン・フィルにとって、レヴァイン盤以来約15年ぶりとなる全曲録音となる。

《わが祖国》に新しい光を当てた素晴らしい名演である。

モダン・オーケストラを振り始めた頃のアーノンクールのイメージは"過激"の一語に尽きたものだが、当盤では、そうした姿勢が意識的に排されている点が興味深い。

いずれも遅めのテンポ設定をとり、民族色の表出や目先の描写にはこだわらずに、スコアをしっかりと見据えた演奏が行なわれており、同曲を純粋な交響詩として、もっぱら純音楽的なアプローチを心掛けている。

スメタナをチェコの作曲家という範疇におさめず、リストと親交が深く、ワーグナーにも多大な影響を受けたインターナショナルな大作曲家として捉えているとも言える。

ウィーン・フィルのふくよかな響きもプラスに働いて、全体を美しい音楽で包み込むことに成功し、まさに、純音楽的な美しさを誇る異色の名演を成し遂げることに成功したと言えよう。

また、「シャールカ」では、慣習的な改訂を排除するなど、アーノンクールらしいこだわりも投影されている。

ヴァイオリンを両翼配置にして、伴奏音型やオスティナートをきめ細かく演奏させつつ、各声部を立体的に処理していくことを通じて、新たな《わが祖国》像を形づくることに成功している。

このような名演は、最近話題となったチェコの若手指揮者であるフルシャなどの名演にも少なからず影響を与えているのは明らかであるとも言えるところであり、本盤は、《わが祖国》の演奏史に少なからぬ影響を与えた稀有の名演であると言っても過言ではない。

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2009年06月28日


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全体に構成が緻密で、なかなかよく考えられた演奏。現役盤では最も優れた演奏として推薦できる。

レヴァインはウィーン・フィルの響きと表現力をくっきりと生かして、爽やかに劇性にとんだ表現をつくっており、完成度が高い。

ややボヘミアの土の匂いには乏しいが、語り口のうまい演奏で仕上がりもきれいだ。

レヴァインはオーケストラを存分にドライヴし、ウィーン・フィルもその棒によく応えている。

レヴァインはオペラで鍛えた劇的なセンスで、これらの交響詩集を実に巧妙に語り尽くしている。

伝説を主題にしたもの、風物を主題としたもの、それぞれに最も適切なアプローチを聴かせ、特に「モルダウ」における、各場面の推移と情景描写の巧みさは、彼の独壇場といえるだろう。

また「ターボル」とか「ブラニーク」のような伝説上の出来事を描いた曲では、その劇的な性格を見事に把握して、一遍の叙事詩のように語り尽くしている。

そして「ヴィシェフラト」では、じっくりと歌い込んでこの曲のノスタルジックな一面を見事に描き上げている。

全体的にはかなりドラマティックでスケールの大きいものとなっているが、オペラでの劇的な構想に対する蓄積と、その一面で常に要求されている客観性がここでもはっきりと生かされている。

慣用版に必要な変更を加えての演奏だが、オーケストラにまったく妥協をみせないほど自信ににみちた演奏を聴かせるレヴァインは、それでも、決してウィーン・フィルのもつ性格や機能を弱めていない。

ドラマティックでスケールの大きい熱演が聴ける。

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2008年10月04日


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チェコ・オペラ界を代表する名手を集めた名盤で、本場の演奏家たちによる完全全曲盤である。

この作品は、交響詩「わが祖国」以上にチェコ的情感を湛えているが、コシュラーは洗練と機能美を身上とする緻密な音楽づくりの中に、民族的共感を盛り込んでいる。

しかし、コシュラーの指揮は、決してボヘミアの民族色を強調せず、きわめて繊細で洗練された表現を行っており、そのため、全体にたいへんすっきりとした仕上がりとなっている。

マジェンカ役にベニャチコヴァー、イェーニクにドヴォルスキーという国際的に活躍する名手を配しているのも嬉しい。

イタリア・オペラ界で活躍するドヴォルスキー、イタリア・オペラ、ドイツ・オペラの双方で実力を発揮するベニャチコヴァーだが、母国語であるチェコ語での演唱は、通常の彼らとはまた異なった、より共感度の高い自在な歌唱を示している点で興味深い。

ことにドヴォルスキーの演唱は光っている。

この2人以外にも、クルシナ役にインドラーク、ケツァールにノヴァーク、ハータにムラゾヴァーといったチェコ・オペラ界のヴェテラン、中堅を揃えて万全の体制で録音されている点でも、この曲の代表的名盤と呼ぶにふさわしい。

現在唯一のオリジナル・チェコ語の録音として、大きな存在感を示している。

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2008年05月11日


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コリン・デイヴィスの初レパートリーとなる《わが祖国》は、デイヴィス渾身の指揮ぶりで、手兵ロンドン交響楽団を率いての、かなり熱い、情念渦巻く堂々の名演となっている。

デイヴィスの《わが祖国》への共感がこの演奏からは感じられ、聴き込むたびに新たな感動が得られる、味わい深い演奏である。

少し速めのテンポで、強奏は豪胆に、弱音は繊細に聴かせる。

《わが祖国》をここまで一息に聴かせる演奏は稀だと思う。

デイヴィスの年齢に関係なく新たなレパートリーに取り組む姿勢、意欲が現れた演奏だ。脱帽。

1曲目の『ヴィシェフラド』のなんと勇壮なこと! プラハを守る城は、フォルティッシモで地平線に堂々とそびえたっている。

そして起伏に富み、激しくうねる『モルダウ』。

『ターボル』や『ブラニーク』では期待通りの質実剛健な音楽を堪能できるし、また『シャールカ』のクライマックスの金管を思いっきりテンポを落として重々しい効果を挙げていると思えば、『ボヘミアの森と草原より』では中盤から速めのテンポ設定でドラマティックに展開、各曲の魅力を存分に引き出している。

名手揃いのロンドン響が、デイヴィスと息もぴったり、スメタナの愛した故郷の母なる自然の偉大さを、時に優しく時に激しく見事に歌い上げている。

チェコ・フィルをはじめとしたチェコの指揮者、チェコの団体の演奏は、確かに彼らの中に染み付いた節回しとリズム感で、これ以外にどうしようもないだろうという説得力を与えてくれる。

そういった説得力をデイヴィスに求めることはお門違いだ。

この演奏に腹を立てる人も、残念に思う人もいるだろう。しかし、デイヴィスが本気でスコアから鳴らそうとした音が、しっかりと生まれてきていることをこのCDからは聴くことができる。

デイヴィスは音楽の根源的な楽しさについて気づかせてくれる数少ない指揮者だと改めて思った。

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2008年03月22日


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チェコ音楽の代名詞ともいうべきスメタナの傑作をノイマンは3度録音しているが、これは第2回目の1975年のスタジオ録音である。

後の来日公演のライヴ盤に比べてより格調が高く彫りの深い表現が特徴的。

全体によく練り上げられた民族的な色彩豊かな表現で、ノイマンとチェコ・フィルの楽員達の、自国の偉大な先輩スメタナに対する尊敬の念と愛情とが強く滲み出ている。

チェコの大自然のたたずまいを感じさせる「ボヘミアの森と草原より」、劇的で熱気にあふれた「ターボル」、たくましく雄渾に描き上げた「ブラニーク」は特に素晴らしく、感動的な名演奏だ。

ノイマンの気力が充実していたころの録音で、チェコ・フィルも彼に全幅の信頼を置いて演奏していることが、曲の細部でのいきいきとした表情からも推察される。

この時期のチェコ・フィルには、いまだに昔ながらの街並みを残す古都プラハを彷彿とさせるかのような風味あふれる音色や音質を聴けることが魅力だ。

同オケには金管や打楽器などにパワフルさや野趣味が潜在するが、ノイマンは要所要所にそうした特性をちらつかせ、独特の味わいを滲み出させている。

さらには整ったアンサンブルや自在な表現など、同オケとの緊密さが如実に表われているところも魅力のひとつと言える。

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2008年02月05日


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戦後のチェコ・フィルの黄金時代を築き上げたアンチェルによる最良の録音である。

チェコ・フィルにとってもベストは、何といってもアンチェルとの盤だろう。

その自然でなだらかな、しかも彫りの深い表情は、この曲の最もスタンダードな名演と呼ぶにふさわしい。

アンチェルの表現は、各曲の持つ標題性よりはむしろ音楽の内面に光を当てているのが特色で、スラヴ民族の血の躍動を感じさせる。

アンチェルは民族色と同時に、現代的なシャープな音楽性も併せ持つマエストロで、それがいわゆる民族主義を超えた普遍的魅力を彼の演奏に与えている。

「わが祖国」もそんな魅力はいかんなく発揮されており、作品を緻密に再構築しながら、アンチェルは全霊を注ぎ込んだ熱演を披露、破格の劇的起伏と求心力とで聴き手を圧倒する。

それは穏やかな抒情の喜び以上に、どこか使命感すらたたえた白熱的演奏であり、全6曲それぞれから熱い生命の鼓動が聞こえるかのようだ。

アンチェルの演奏は、たんに母国が誇る名作を熱い思い入れで演奏するといった次元を越えた、音楽的完成度の高さが聴きもの。

精緻なアンサンブルと強固な造形意識からつくられる強く求心的な演奏によって、音楽そのものから自然に熱い劇性が生じている。

ことに「シャールカ」と「ブラニーク」の2曲は、その緊張感と吹きあげるような情熱に圧倒されてしまう。

チェコ・フィルも破格の水準にあり、クリーヴランド管弦楽団にも似た機能美すら感じさせる。

指揮者と楽員たちとの精神的な結びつきの強さが示された名演奏だ。

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2007年12月27日


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スメタナがチェコの岩山や森をとおして人間(民族)の奥深い感情を表現した彼の作曲家としての頂点を飾る傑作《わが祖国》。

この演奏はこの作品に特別な愛着を寄せていた巨匠ドラティが最晩年に名門コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮した屈指の名盤である。

オーケストラのうまさと、ドラティの年輪の厚みをつくづく感じさせる老巧な演奏である。

ドラティの表現は全体に淡白で、作為的なところがなく、ごく自然に旋律を歌わせながら、びしっと急所をおさえた演奏をおこなっている。

全体にスケールが大きく、彫りが深く、しかも自然体で、各曲の性格をくっきりと浮き彫りにしている。

直截な表現で響きを充実させた演奏で、すっきりと聴かせる。

「高い城」からして、その崇高さに魅せられるし、「ボヘミアの森と草原より」のスケールの大きさもすばらしく、「ブラニーク」の劇的なもりあげかたも最高だ。

とても80歳を超えた人とは思えないほど、若さと情熱にあふれた指揮ぶりである。

ドラティの指揮するコンセルトヘボウは本当にいい音がする。

そして熱い!

いくつあるか分からないチェコ製の《わが祖国》よりもスケールが大きく濃厚な想いが伝わってくる。

この曲の最高の録音は、クーベリック&ボストン響盤であるが、このドラティ盤も捨てがたい。

「シャルカ」の終結部でテンポを落とした結果、音楽の推進力が奪われていたり、「モルダウ」のテーマを弾くときの弦が薄味だったり、不満がないわけではないが、「高い城」や、後半の3曲は、繊細かつ雄渾にまとめており、完成度は高い。

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