ラヴェル

2017年06月12日


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この作品集ではレギュラー・メンバーのピアニスト、エリック・ル・サージュが参加しない、純粋な管楽器のみのアンサンブル作品10曲を採り上げているが、レ・ヴァン・フランセーの面目躍如たる名演と評価したい。

メンバーの5人は言わずと知れた名ソリスト達だが、アンサンブルの難しさは個人の技量よりもむしろ個性を抑制して相手に合わせる協調性にあるため、名人が集ったからといって理想的な演奏になるとは限らない。

しかし彼らはそれぞれがヨーロッパの名立たるオーケストラに所属している首席奏者であるためにそのあたりも絶妙に心得ていて、合奏としての高度な愉悦と優れた芸術性も体験させてくれるのは流石だ。

このCDに収録された作品は、他に比較鑑賞する同時代の優れたサンプルが少ないので、やはりフランスのモラゲス五重奏団がリリースした20世紀のウィンド・アンサンブル集と聴き比べてみた。

そちらのアルバムにもリゲティ、バーバー及びヒンデミットの3曲の同一曲が収録されていて、ウィンド・アンサンブル入門者には有力な選択肢と言える。

両者を聴き比べてみると、確かにレ・ヴァン・フランセーの音色にはスター性を持った華やかさがあり、幅広い表現力も魅力的だが、アンサンブルの巧みさではモラゲスも決して劣ってはいない。

しかも彼らがこのアルバムを録音したのが1991年であることを考慮すると、より前衛的な曲目を積極的に採り入れた斬新な啓蒙性ではモラゲスが優っていると言えるだろう。

それに比べるとレ・ヴァン・フランセーのレパートリーはやや万人向けの傾向が無きにしも非ずだ。

レ・ヴァン・フランセーは1993年に南フランスの小都市サロン・ド・プロヴァンスでの国際室内楽音楽祭を企画したエマニュエル・パユ達によって同年に結成されたウィンド・アンサンブルだが、20年を経過して彼らの演奏活動は益々インターナショナルなものになっているし、その芸術性も一層成熟してレパートリーも豊富だ。

一般的に管楽器に関しては歴史的にもフランス系のソリストが圧倒的な能力を発揮していて、ソロ、アンサンブル、オーケストラル・ワークのジャンルを問わず、彼ら特有の音色と奏法でその存在感を示している。

こうしたスター・プレイヤーの多くはレギュラーのアンサンブルの中で定期的な演奏活動をしているのはむしろ例外で、機会に応じて集う臨時の室内楽団が多い。

古くはランパル、ピエルロ、ランスロなどによるフランス管楽アンサンブルがその例だが、一方固定したメンバーによる室内楽では前記したモラゲス兄弟を中心とするモラゲス五重奏団が少ないながら優れたCDをリリースしている。

そうした中でより継続的なアルバムを制作しているのがレ・ヴァン・フランセーで、これからの彼らの演奏活動にも期待したい。

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2017年06月02日


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パリ生まれのバリトン、ジャック・ジャンセン(1913-2002)が1952年にデッカに録音したLP2枚分の音源を1枚のCDに纏めたアルバム。

ここに収録された総てのレパートリーがフランスの作曲家の作品であることに象徴されているように、彼の歌唱はフランス語の持つ言葉としての表現力を多彩に引き出し得た演奏だ。

彼が歌詞から紡ぎ出す千変万化の微妙なニュアンスは、他の言語を母国語に持つ歌手には殆んど不可能に近いほどの独自の美学を体験させてくれる。

イタリアのバリトンのように輝かしくもなくヒロイックでもないが、それは作曲家達がそうした効果を求めていないからである。

こうした価値観を共有できる人にとってはジャンセンの軽やかな語り口やテノールのようなファルセットーネを巧みに使った歌い回しにコケティッシュな魅力やそれほど深刻さのない喜怒哀楽、皮肉等が見事に捕らえられていることが理解できるだろう。

ベル・エポック期を代表するアーンの歌曲集ではベルレーヌの詩による『灰色の歌』が全曲でないのが惜しまれるが、「秋の日のヴィオロンのため息の・・・」や「恍惚の時」の憂愁や抒情が美しい。

当時のデッカが誇ったフル・フリークエンシー・レンジ・レコーディング(ffrr)の音質は極めて良好でノイズも殆んどないが、一部で板起こしと思われる隣の音溝の音が直前にかすかに聞こえる現象が起きている。

簡易なライナー・ノーツが付いているが、廉価盤の宿命で歌詞対訳は掲載されていない。

ジャンセンはピエール・ベルナックやシャルル・パンゼラの後に続くフランス系バリトン歌手で、彼自身パンゼラの高弟でもある。

比較的軽い硬質で高音にも恵まれていたために、テノールで歌われることも多いドビュッシーのオペラ『ペレアスとメリザンド』のペレアス役で決定的な成功を収めている。

このCDでの演奏の殆んどがジャクリーヌ・ボノーのピアノ伴奏によるものだが、ラヴェルの『マダガスカル島民の歌』3曲ではフルートのランパルとチェロのジャンドロンが助奏に回ってのサポートで華を添えている。

一方得意のペレアス役はやはりモノラル録音ながら、クリュイタンスがフランス国立放送管弦楽団を振った1956年の全曲録音があり、可憐で神秘的なメリザンドをデ・ロス・アンへレス、またゴローをほぼ同世代のスゼーとの協演で堪能することができる。

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2015年11月15日


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このディスクに収録された曲目はオープン・リール磁気テープに録音されたデッカの音源だが、プラガ・ディジタルスの新シリーズで現在続々とリリースされているDSDリマスタリングによるSACD化された歴史的名演のひとつだ。

これを聴いての第一印象は、オーケストラのそれぞれの楽器の音像が明瞭に感知されることと、ホールの空気感を伝える音響空間も極めて立体的で、この時代のセッションとしては驚異的に鮮明な音質が再現されていることだ。

勿論古いアナログ録音なのでテープ・ヒスは聞こえるが、広めの空間で再生するのであれば煩わしさは全く感じられない。

この企画の成功例のひとつと言えるだろう。

ピエール・モントゥーの指揮は、同じフランスものを指揮してもミュンシュのような作品にのめり込むような白熱感とは一線を画した、シックでしかも精緻なオーケストレーションを手に取るように聴かせてくれる。

この作品集ではモントゥーのオリジナリティーに富んだ解釈だけでなく、冷静とも思えるきめ細かい几帳面な指示と、フランスの指揮者特有の大らかなセンスが共存していて、ラヴェルの管弦楽法の面白みを堪能させてくれる。

そうしたモントゥーの勤勉さはここに収められた『ダフニスとクロエ』を始めとする多くの新作の初演を彼自身が果たしていることからも立証されている。

またモントゥーの手兵だったロンドン交響楽団は、フランスのオーケストラに較べればやや醒めた感じがするが、その統率された機動力の素晴らしさも聴きどころになっている。

ラヴェルらしい、細密画のように明朗な『スペイン狂詩曲』、目の前にイメージを喚起させるような天上的な美しさの『亡き王女のためのパヴァーヌ』や、色彩感と幻想に満ちた超自然的な『ダフニスとクロエ』のいずれもが名演の名に恥じない音楽的な質の高さを示していて、モントゥーの実力が歴然としたセッションのひとつだ。

最初の2曲が1961年、『ダフニス』が1959年にそれぞれロンドンで録音されている。

1959年および1961年ということでモントゥーの比較的晩年の演奏であるが、旋律のデュナーミクの施し方も実に息が長く、自然。

ロンドン交響楽団の、見事に融け合う管楽器の音色、そしてモントゥーが引きだす弦楽器の高貴な音色も素晴らしい。

尚このアルバムと全く同じ内容のCDがデッカからもオリジナルス・シリーズとしてリリースされているが、音質的にはこちらに軍配が上がる。

ライナー・ノーツは11ページほどで、曲目及びモントゥーについての簡易な解説が英、仏語で掲載されている。

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2015年10月05日


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さまざまな理由から、右手が困難になったピアニストのために書かれた左手作品を集めたシリーズ第1弾。

このジャンルと言えば挙げられるオーストリアのピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタイン(1887-1961)は、第一次世界大戦で負傷し右手切断というピアニストにとっては致命的な半生を送ることを余儀なくされたが、彼は果敢にも左手のみで演奏することを決意し、楽壇に復帰した。

それ以前は左手のためのピアノ作品なるものはごく際物的な存在でしかなかったが、ヴィトゲンシュタインの委嘱によって当時第一線で活躍していた作曲家達がその可能性を探って書き下ろしの新曲を次々に彼に献呈した。

本盤には、ヴィトゲンシュタインの依頼で作曲されたラヴェル、プロコフィエフ、ブリテンの協奏曲をメインに、スクリャービンとバルトークの小品が収められた魅力的なラインナップ。

それらは音楽的な傾向も趣味や音響も全く異なっていて、中にはプロコフィエフの協奏曲のようにヴィトゲンシュタイン生前中には演奏されなかった作品もあるが、こうして集められると壮観なアルバムが出来上がる。

このCDではラヴェル、プロコフィエフ、ブリテンへの委嘱作品と、左手ソロ用のスクリャービン及びバルトークがそれぞれ1曲ずつ選ばれているが、演奏陣が超豪華。

ラヴェルがフランソワとクリュイタンス、プロコフィエフがゼルキンとオーマンディ、ブリテンがカッチェンと作曲者という定評のある音源であり、さらにガヴリーロフが弾くスクリャービンも未知の音源。

こうした演奏者の充実ぶりにもこれらの左手のための楽曲が決して際物ではない、第一級の芸術作品として評価されていることが興味深い。

いずれも作曲者たちがピアニズムのトリックと職人芸を駆使して両手以上の効果をあげているのが驚きで、左手のためのピアノ音楽をじっくり聴くのに最適なアルバムと言えるだろう。

特にカッチェンがソロを弾くブリテンの『主題と変奏』はヴィトゲンシュタインが称賛した曲だけあって、左手の能力を最大限に引き出した効果的な音楽構成と、ヴァリエーションでの変化の豊かさは際立った仕上がりを見せている。

ごく初期のステレオ録音ながら、作曲者自身の指揮でカッチェンの演奏を堪能できるのは幸いだ。

ひとつだけ残念なのは、この新シリーズで誇っていた音質の良さがこのCDではいくらか劣っていることで、歴史的な録音を集めたアルバムなのである程度は致し方ないが、ハンガリーの名手、ガボール・ガボシュの弾くバルトークは不鮮明な音質に加えて音揺れがあり、演奏が優れているだけに惜しまれる。

尚左手のためのピアノ作品集は既に第2集もリリースされている。

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2015年06月20日


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フランソワというピアニストは、天性のラヴェル弾きではないかと思う。

ラヴェルのピアノ独奏曲を決して理詰めで演奏するのではなく、これほどまでに詩情豊かに弾いた例は他にあったであろうか。

それくらい、ラヴェルの音楽を自らの血や肉として、それこそ天性の赴くまま、自らの感性の赴くままに弾いているような感じがする。

そういった意味では、自由奔放とも言えるが、アルゲリッチのようにドラマティックというわけでもない。

そこはフランス人ピアニストの真骨頂とも言うべきであるが、自由奔放に弾きつつも、フランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいを失うことがないのだ。

思い切った強弱やテンポの変化など、あくの強ささえ感じさせるほど相当に崩して弾いているのに、そこから生み出される音楽の何と言う味わい深さ。

これはフランソワというピアニストの類まれなる芸術性の高さの証左であると考える。

ここには理詰めと言った概念は薬にしたくもなく、即興性といった言葉がぴったりくるような思い切った強弱やテンポの変化が連続している。

いわゆる崩して弾いているというものであり、思い切ったテンポ設定や強弱の変化など、下手をすれば、楽曲の全体像を崩してしまいかねないような即興的な表現を垣間見せている。

ところが、出てきた音楽のフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいが、そのような危険に陥ることを回避し、それこそ、前述のような詩情豊かな音楽が構築されているのだ。

これは、まさにフランソワの天賦の才能と言うべきであり、天性のラヴェル弾きと評しても過言ではあるまい。

これほどまでに崩して弾いているのに、やり過ぎの印象をいささかも与えることなく、随所にフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいに満ち溢れているというのは驚異的ですらあり、フランソワの芸術性の高さを窺い知ることが可能だ。

どの曲をとっても詩情の塊のような素晴らしい名演揃いであるが、特に、夜のガスパールは、そうしたフランソワの芸風がてきめんに表われた名演である。

夜のガスパールを得意としたピアニストとしてはアルゲリッチがおり、アルゲリッチも自由奔放な、ドラマティックな名演を成し遂げたが、フランソワの場合は、加えて、前述のようなセンス満点の瀟洒な味わいがプラスされているという点に大きな違いがある。

優雅で感傷的な円舞曲やクープランの墓も、その即興性豊かな演奏によって、他のピアニストによる演奏とは全く異なる表情が随所に聴かれるなど、実に新鮮味溢れる名演に仕上がっている。

亡き王女のためのパヴァーヌも、センス満点に弾いているが、それでいて情感の豊かさにいささかの不足もないのは、殆ど至芸の領域に達している。

そして、特に感動的なのは鏡の5曲であろう。

ラヴェルの華麗なオーケストレーションを思わせるような色彩感溢れる各曲を、フランソワは、詩情豊かな絶妙なピアニズムで弾き抜いて行く。

各曲の描き分けも完璧であり、ピアノ独奏版としては、最高の名演と言ってもいいのではないか。

4手のためのマ・メール・ロワも、バルビゼとの相性が抜群であり、その優美で繊細な抒情美には出色のものがある。

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2015年06月17日


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これは全盛期のミュンシュ&ボストン交響楽団という黄金コンビによる類い稀なる音の饗宴である。

演奏は闊達にして生命力に溢れ、同時にフランス的な上品さも醸し出しており、こんな名演を何度でも行うことができるというのが、まずもって驚きである。

先ず、「ダフニスとクロエ」についてであるが、本盤は、ミュンシュ&ボストン交響楽団にとって第2回目の録音で、第1回目の録音から6年後の再録音となったものであるが、何というゴージャスな響きだろう。

基本的なコンセプトは同じものの、円熟味を増しスケールが大きくなったミュンシュの解釈が、より鮮明なステレオ録音によって克明に記録され、微弱なピアニッシモによる冒頭から圧倒的なクライマックスを築く「全員の踊り」まで、息もつかせぬ緊張感が持続する。

合唱も実に巧く、オーケストラともども、ミュンシュの圧倒的な統率力の下、実に巧みな情景描写を行っている。

あたかも、眼前で劇的なドラマが進行するかのようであり、Blu-spec-CD化による鮮明な音質が、その演出効果をより一層際立たせてくれている。

同コンビには1955年に収録した同じ曲の初期ステレオでの名盤があるのだが、そのときの録音と比べると、現在聴くことができる通常のステレオ録音のイメージに近くなっている。

またホールの残響音も取り入れられており、左側で打楽器が打ち鳴らされると、右チャンネルから豊かな響きが返ってくるのを聴くことができる。

解釈そのものや、各奏者の素晴らしいテクニシャンぶりは1955年盤をほぼ踏襲しており、劣ったところはみじんもない。

LP時代にミュンシュの「ダフニスとクロエ」と言えばこちらの演奏だったのだが、CD時代になって1955年盤が復刻され、そちらが主流になってしまっていた。

第2幕終盤の「クローエの嘆願」から第3幕の「夜明け」に至る部分は、繊細で美しい表現が聴かれ、1955年盤よりこちらの方を好まれる方もおられるだろう。

1958年録音のピアノ協奏曲は、ニコレ・アンリオ=シュヴァイツァーとの共演。

アンリオはシュヴァイツァーの甥と結婚したフランスのピアニストで、第2次大戦中レジスタンス活動に参加し、その頃からミュンシュとは旧知の仲。

演奏会でも録音でも共演は多く、ラヴェルのピアノ協奏曲も3種類残されている。

当盤は2度目の録音で、テンポはやや速めであるが、その中でのミュンシュの重心のいささか低めの重厚な演奏と、シュヴァイツァーのセンス満点の演奏が、我々聴き手を深い感動を誘う。

特に、ラヴェルの作品の中でも最も美しい第2楽章の味わい深さは格別である。

それにしても、両曲ともに、ミュンシュのスタジオ録音とは思えないほどの情熱的かつ熱狂的な指揮ぶりが際立っており、聴き終えた後の充足感という点からすれば、いずれの曲も随一の名演の1つと言っても過言ではあるまい。

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2015年06月10日


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新ウィーン楽派とフランス印象派というグールドらしからぬ組み合わせに聴かずにはいられないアルバムである。

いずれも曲の骨格がはっきりと分かる素晴らしい演奏だ。

特に素晴らしいのが、クルシェネクのピアノ・ソナタ第3番とラヴェルの《ラ・ヴァルス》だと思う。

まず、クルシェネクのピアノ・ソナタ第3番だが、作曲者がこの演奏を評して、『プロコフィエフ作品のような「ヴィルトゥオーゾ作品」と解釈している』と非難したことで有名だ。

クルシェネクは自身の正統的な解釈を後世に残すべく、ピアニストのジェフリー・ダグラス・マッジに演奏し残させているという徹底的な否定ぶりだったが、結局マッジの演奏は埋もれ、グールドのこの演奏が光を浴びている結果となっているのが、なかなか皮肉である。

ベルクのピアノ・ソナタは、ポリー二の名演があるにも拘らず、この乾いた音が織り成すヨーロッパの危機感のようなものは、やはり尋常ではない。

バッハの世界もグールドなら、これもまたグールドの真骨頂ではないだろうか。

本来、聴きにくいはずの近代ピアノ曲ではあるが、そうした聴かず嫌いの人のためにも、こういう演奏が大切であり、凡庸な現代の演奏を聴くよりも遥かに充実感があるので、現代人にとってはもしかしたら必須の演奏かもしれない。

次に《ラ・ヴァルス》であるが、本当に筆舌につくしがたい凄い名演で、筆者としては全ピアニストの演奏の中でもトップに掲げたい。

おそらく過去に聴いてきた音楽の蓄積がある人ほど、このグールド編曲版を聴くなり、言葉を失うほどの衝撃を受けるだろう。

今後、この演奏を思い浮かべることなく「1台ピアノ版の《ラ・ヴァルス》」の演奏を聴くことは2度とできなくなる危険もある。

本来、演奏に「決定版」などありえるはずはなく、どれほど楽譜に忠実で、なおかつ音楽に奉仕するかたちでの解釈であろうと、奏者が変われば楽器から出てくる音や響きは十人十色で、だからこそ、どんな曲でも違う奏者で聴いてみる価値がある。

とはいえ、《ラ・ヴァルス》に限っては特殊な事情もあり、ストラヴィンスキーが《ペトルーシュカ》のアレンジにあたってアルトゥール・ルービンシュタインからのアドバイスを得たのに対し、ラヴェルは独力で編曲作業を進めた。

オーケストレーションの天才でも、あいにくピアニストとしてはイマイチだったので、奏者がその才能(=イマジネーション)次第でどれだけオーケストラ的な音を楽器から引き出すことができるかという点について、逆にラヴェルは頭が固かったようだ。

すべてを書法のレベルで処理しようとし、だからこそ「楽譜が真っ黒に見えるほど」の音符を全頁にちりばめ、しかも譜面上で3種類もの選択肢を残したのだ。

《夜のガルパール》の「スカルボ」を上まわる音の多さに惹かれ、近年は特に腕自慢の若いピアニストがよくこの曲を演奏する。

確かに、リズムやテンポを(たいていは)崩しながらでも、目まぐるしい指さばきと大音量だけでもそれなりに派手な演奏効果はある。

だが、原曲での「まばゆいシャンデリア、人々のざわめき、勢いを増していくワルツ、それらのすべてが渦に飲みこまれていく」をきちんした説得力で聴かせることは、編曲がまずいせいもあり不可能に近い。

グールドの《ラ・ヴァルス》は、冒頭からしてラヴェルの「音つくり」とはまったく違うが、聴いてしまうとまさに「これしかない」と思わされる。

かといって、ホロヴィッツの録音を聴いたピアニストたちがラフマニノフ協奏曲などでの「ホロヴィッツ版」を弾きたくて楽譜を探し求めたような騒ぎが、いまさらこのグールド版で起こるとも考えにくい。

編曲まで含めて、グールドだけの確固たるオリジナリティがこの演奏に息づいているからだ。

グールドを知る人はグールドのタッチが近現代音楽の曲に向かないと思う人はいないと思うが、むしろピッタリなくらいである。

にもかかわらずグールドは近現代音楽の録音をほとんど残していない。

それがグールドの意思であり、アイデンテティなのだとも思う。

にもかかわらず弾き残さずにはいられなかったこれらの曲の素晴らしさに、グールドの人間らしさを感じてしまうのだ。

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2015年02月24日


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1964年5月7日 東京文化会館に於けるライヴ録音。

クリュイタンスがパリ音楽院管弦楽団とスタジオ録音した4枚にもわたるラヴェルの管弦楽曲全集は、フランス風のエスプリに満ち溢れた不朽の名盤として名高い。

本盤は、当該全集が録音された直後の来日時のライヴ録音であるが、演奏は実に素晴らしい。

いずれの曲も、スタジオ録音と同様に、フランス風のエスプリに満ち溢れているが、それに加えて、ライヴならではの圧倒的な迫力や即興性があるのが特徴だ。

ここには、優雅さの表出にかけては右に出るもののいないクリュイタンス&パリ音楽院管弦楽団のコンビが作り出すフランス本場物の“熱さ”が聴ける。

スペイン狂詩曲やラ・ヴァルス、ダフニスとクロエの第2組曲の終結部の猛烈なアッチェレランドと劇的な大強奏や、マ・メール・ロワやクープランの墓での絶妙に揺れ動くテンポ設定の下、各楽章を巧みに描き分けをしていくという、いわゆる即興性は、スタジオ録音には見られない本盤の特徴と言うことが出来よう。

有名な亡き王女のためのパヴァーヌも、決して通俗には陥らず、クリュイタンスが指揮すると、高貴にして優美な抒情で満ち溢れるのはさすがと言うべきであろう。

『日本のファンはパリ音楽院の最後の香りを味わった。ラヴェルは彼らの最も得意とする曲目だけに僕も体がしびれる思いがしたものだ。「亡き王女」はなんとまたエレガントに始まることだろう、これぞ王朝の音楽だ。「ラ・ヴァルス」における多彩な表現力「ダフニスとクロエ」における木管の震えるような魅力についてはどんな絶賛してもしすぎることはないだろう』(宇野 功芳)

かつて発売されていたモノラル録音は、やや音質に難があったが、リマスタリングによりかなり聴きやすい音質に生まれ変わった。

更に、嬉しいのは、本盤には、新たに発見されたステレオ音源が収録されていることで、より一層音質に臨場感が加わったのは素晴らしい限りだ。

クリュイタンス&パリ音楽院管弦楽団が日本でラヴェルを演奏した記録が高音質で再現される衝撃は大きく、このコンビがEMIにスタジオ録音したラヴェルと同水準のものが、ライヴで再現されるのをCDで聴くのは素晴らしいことだ。

特に、ラ・ヴァルスの劇的な終結部が、モノラルではやや籠った音であったが、かなり鮮明な音質に変化した点が印象的であった。

この演奏を実際に聴いた人にはもちろん、そうでない人にもこれはかけがえのない「アルバム」となることであろう。

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2015年02月04日


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フランスの伝統的なスタイルを正統的に継承するカントロフ&ルヴィエという2人のアーティストが、透徹した知性と薫り立つエレガンスをもって2大名曲の真の魅力を改めて浮き彫りにした素晴らしい名演だ。

フランクのヴァイオリン・ソナタは、得も言われぬ独特な色彩感が魅力だと思う。

理路整然とした古典的なタイプの曲とは違って、美しい混濁と繊細且つ絶妙なニュアンスを持ち合わせたロマン的なタイプの曲とでも言うべきであろうか。

この2人の演奏は、実に自然であり、誇張的な表現もなく、純粋に美しく綺麗で、温かみのある響きを奏でていて、第1楽章の冒頭を聴いただけでも、このセンス満点の情感の豊かな世界に惹き込まれてしまう。

また、フランクのヴァイオリン・ソナタは、哀愁ある、かきくどくヴァイオリンの音色が魅力的な、人気の高いソナタでもあるが、カントロフの、むせび泣くようなヴァイオリンは、まさに、この曲にうってつけで、聴いていて思わず身がとろけそうになる。

しかも、陳腐なセンチメンタルさは皆無であり、抒情的でありながら、常に高踏的な透徹した音楽が全体を貫いている。

何よりもカントロフ&ルヴィエというフランス人コンビが、いかにもフランス風のエスプリに満ち溢れた瀟洒な味わいを見せてくれるのが素晴らしい。

もちろん、瀟洒な味わいだけが持ち味ではなく、例えば第2楽章の圧倒的な技量をベースとした力感のある迫力は、演奏全体にいい意味でのメリハリを与える結果となっている点も見過ごしてはならない。

終楽章は、第1楽章と同様の演奏傾向であり、このセンス満点の硬軟併せ持つ美演を終えるのにふさわしい締めくくりとなっている。

ルヴィエも、時にしっとりと、時に力強くヴァイオリンをサポートしており、聴き終えれば、おそらく、幸福な溜め息が漏れてくるに違いない。

うって変わって、ラヴェルのヴァイオリン・ソナタは、演奏自体は非常に素晴らしいのだが、曲自体に作曲家の強烈な個性が宿っているためか、古典的クラシックが好きな人には少々アクが強く、聴いてしまうと、きっと腰を抜かされるような思いになるだろう。

でも、これはこれで面白いし、そんな名曲に触れてみるのもいいのではないだろうか。

この名演を聴くと、2人が怖じ気もせずに、この名曲を楽しそうに演奏しているのが目に浮かぶようである。

ラヴェルのヴァイオリン・ソナタは、フランクのそれと比較すると、必ずしも有名曲ではないが、この両者の手にかかると、フランクのヴァイオリン・ソナタに匹敵する傑作に聴こえるのだから、いかに演奏が優れているかを表わしているとも言える。

ガラスで作った雪の結晶みたいに明快で奇跡のような透明感を持つカントロフのヴァイオリンと、冬がけ布団みたいに慈愛に満ちていて、なおかつ正確なルヴィエのピアノ。

情感豊かさと抜群のテクニックをベースとした力強さが持ち味であるが、全体から漂ってくる瀟洒な味わいは、さすがはフランス人コンビの真骨頂と言える。

Blu-spec-CD化によって、音質がより鮮明になったのも素晴らしく、ぜひとも聴いてもらいたい1枚である。

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本盤に収められたラヴェルの管弦楽曲集は、マルティノンによるドビュッシーの管弦楽曲集と並ぶ最良の遺産である。

マルティノンは、シカゴ交響楽団の音楽監督時代にもラヴェルの管弦楽曲集をスタジオ録音(1964〜1968年)しており、不遇とされていた時代にあっては、決して良好な関係にあったとは言い難いこのコンビによる演奏の中では最高の名演と言えるものであった。

しかしながら、本盤の演奏のレベルの高さは、当該演奏の比ではないと言える。

何よりも、不遇であったシカゴ交響楽団の音楽監督を離任し、愛する祖国フランスの最高峰のオーケストラ、パリ管弦楽団を指揮しての演奏だけに、マルティノンも得意のラヴェルの管弦楽曲の演奏に臨んで、気持ちの高揚がないということはあり得ないことである。

当時のパリ管弦楽団は、初代監督のミュンシュが急逝し、その後、カラヤン、ショルティと他国の大指揮者を監督に頂いたが、同国人であるマルティノンの下でこそ、その本領を十二分に発揮し得たと言えるだろう。

指揮者によっては、事なかれ主義的な演奏に終始するパリ管弦楽団ではあるが、本盤の演奏は、マルティノンを指揮者に頂いて、持ち得る実力を最大限に発揮した渾身の名演奏を展開していると言えるところだ。

マルティノンも、持ち味である力強さ、メリハリのついた明快さ、そして繊細な抒情などを全て併せ持つ多種多彩な表現力を駆使した剛柔のバランスのとれた演奏ぶりが際立っており、そうした指揮芸術が、ラヴェルの華麗にして精緻な極上のオーケストレーションの魅力をより引き立てるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

また、各楽曲の細部における入念な表情づけも抜かりなく行われており、スコアに記された音符の表層だけをなぞっただけの浅薄な演奏にはいささかも陥っていない。

そして、それら細やかな表情づけが施された各旋律の端々からほのかに漂ってくる独特の瀟洒な味わいは、これぞフランス風のエスプリと評し得るものであり、その何とも言えない美しさには抗し難い魅力が満ち溢れている。

いずれにしても、本盤のマルティノン&パリ管弦楽団によるラヴェルの管弦楽曲全集は、クリュイタンス&パリ音楽院管弦楽団による全集と並んで、古今東西の指揮者による多種多様なラヴェルの管弦楽曲全集に冠絶する至高の名全集と高く評価したい。

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2015年01月04日


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ミュンシュの最後期に残された至高の遺産。

名人揃いのパリ管弦楽団を駆使して、オネゲルの交響曲第2番では白熱し、高揚感に満ちた音楽を、女流アンリオ=シュヴァイツァーをソロに迎えたラヴェルのピアノ協奏曲では色彩と詩情豊かな音楽を聴かせてくれる。

ミュンシュはフランス系の指揮者の中では、珍しいくらいにレパートリーの広い指揮者であった。

というのも、ドイツ音楽を得意とした点が大きいと思われる。

もちろん、多くのフランス音楽を得意としており、数々の名演を遺してきたが、その中でも、他のフランス系の指揮者の追随を許さない名演を遺してきたのはオネゲルではないかと考える。

ミュンシュはオネゲル作品の紹介に情熱を注いでおり、この交響曲第2番の白熱し、高揚感に満ちた演奏はその最後を飾るにふさわしいものとなった。

オネゲルは、フランス系の作曲家の中では珍しく、ドイツ音楽に多大な影響を受けるとともに、交響曲を5曲も遺したが、そうした点も、ミュンシュがオネゲルを得意とした要因の1つではないかと考える。

オネゲルもミュンシュを信頼して、いくつかの交響曲の初演を委ねている点をも注視する必要がある。

本盤の「第2」も超名演。

全体の厳しい造型をしっかりと構築した上で、第1楽章の悲劇から、終楽章終結部の盛り上がりに至るまで、隙間風のいささかも吹かない内容豊かな音楽が紡ぎだされていく。

否応なしに曲の背後にある時代と、作曲家の心の内を感じさせる壮絶な演奏であり、指揮者の曲と作曲家に対する共感の度合いがいかに深いことか。

「第2」には、他にも名演はあるが、内容の深さ等を考慮すれば、ミュンシュ盤こそ最高の王座に君臨する最高の名演と高く評価したい。

ラヴェルのピアノ協奏曲も、フランス風のエスプリよりは、シンフォニックな重厚さを全面に打ち出したユニークな名演で、透明で色彩豊かな音響が感興に満ちた演奏により繰り広げられる。

音質は従来CD盤では満足のいく出来映えではなかったが、HQCD化によって、音場は広がるとともに、音質がさらに鮮明になったところである。

しかしながら、今般、SACD化されるに及んで大変驚いた。

凄味のある低弦、艶のある高弦、伸びがありしかも部屋に拡散する金管、木管と両曲の演奏の特色をスケール大きく見事に再現されていて、改めてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、ミュンシュ&パリ管による素晴らしい名演をSACDによる名録音で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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カルミナ四重奏団は、現代における気鋭の弦楽四重奏団であり、その驚異のアンサンブルで、世界を瞠目させた。

弦楽四重奏の新たな可能性を追求するこの革新的なアンサンブルの手にかかると、どんな作品もまるで洗い立ての名画のように本来の輝度と純度を取り戻す。

カルミナ四重奏団の中にある冒険者と完全主義者との相克は、演奏に異常なまでに高いテンションを与え、聴く者にも知的・感覚的な受容力を求めるのである。

その前衛的とも言うべき切れ味鋭い演奏は、品格をいささかも失うことなく、高踏的な芸術性を維持している点が素晴らしい。

本盤のドビュッシーとラヴェルというフランス印象派の2大巨頭による弦楽四重奏曲についても、そうしたカルミナ四重奏団ならではの前衛的とも言うべき切れ味鋭い名演と高く評価したい。

ドビュッシーの弦楽四重奏曲は、作品番号は10番という若い番号ではあるが、かの牧神の午後への前奏曲という最高傑作と同時期の名作である。

それだけに非常に充実した書法で作曲されているが、カルミナ四重奏団の手にかかると、第1楽章の緊張感溢れる演奏の凄まじさからして圧巻だ。

第3楽章の抒情も、哀嘆調には陥らず、どこまでも現代風の知的な表情を失うことがない。

終楽章の締めくくりのテンションも異常に高く、いかにもカルミナ四重奏団らしい革新的とも言うべき名演に仕上がっている。

ラヴェルの弦楽四重奏曲も名演。

特に、第2楽章のリズミカルな楽想や、終楽章の異常なテンションの盛り上がりは、まさにカルミナ四重奏団の真骨頂とも言うべき前衛的な表現と言える。

このカルミナ四重奏団演奏のドビュッシー、ラヴェルは、どちらも吹きわたる風のような清冽なさわやかさを持っているように思える。

彼等ほど、柔軟性に富んだ生き生きとした歌心を持つカルテットが他にあるだろうか。

張りのある潤いに満ちた音色も素晴らしいし、ふっくらと柔らかなものから、芯のあるものまで、自在に表現する力量も抜群で、若草のようなすがすがしい印象を残すフレッシュな好演だ。

Blu-spec-CD化によって、音質が更に鮮明さを増したのも嬉しい。

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2014年12月30日


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1967年、鳴り物入りで創設されたパリ管弦楽団であったが、音楽監督・ミュンシュが翌68年に死去してしまったため、両者の録音はわずか4枚しか残っていないが、ミュンシュがその最晩年にパリ管弦楽団とともに遺した数少ない録音は、いずれも至高の名演揃いと言える。

パリ管の発足間もなくミュンシュが急死したことは、音楽界にとっても大きな損失であったが、この最晩年の4枚のCDを聴いていると、ますますそうした損失の大きさを思い知ることになる。

本盤のラヴェル作品集も超名演であり、精緻な内にも力強く燃え上がるような高揚感を表出するミュンシュの魅力が満載の演奏内容と言えるだろう。

創立後間もないパリ管の熱気と、指揮者のコントロールの効いた情熱とが相俟って、ゴージャスなラヴェルに仕上がっている。

ミュンシュは、フランス人でありながら、ドイツ音楽、特に、ブラームスを得意とした指揮者である。

それ故に、ミュンシュの指揮するフランス音楽は、他のフランス系の指揮者が醸し出すフランス風のエスプリを売りにするというよりは、楽曲の全体の造型美や、ドイツ風の重厚さを全面に打ち出すという特異性を有している。

本盤でも、そうしたミュンシュの特徴がよく出ている。

ボレロも、オーケストラの粋な音色のみならず、全体の造形美に配慮しており、フランス風の瀟洒な味わいよりも、重厚な迫力が際立っている。

スペイン狂詩曲は、むせ返るようなラテン風の味わいよりは、シンフォニックな荘厳さが全面に出ている。

ダフニスとクロエもスペイン狂詩曲と同様の傾向で、感傷には陥らず、高踏的な美しさを保っているのが素晴らしい。

確かに、一聴するとフランス音楽らしからぬミュンシュのラヴェルに異を唱える聴き手もいるとは思うが、このような重心の低いラヴェルも、むしろ新鮮な魅力に満ち溢れていると言えるのではないか。

音質は、従来CD盤が今一つの音質であったが、数年前に発売されたHQCD盤は、若干ではあるが音質が鮮明になるとともに、音場が幅広くなったと言えるところであり、筆者も当該HQCD盤を愛聴してきたところだ。

しかしながら、今般、ついに待望のSACD化が行われることによって大変驚いた。

従来CD盤やHQCD盤とは次元が異なる見違えるような、そして1960年代のEMIによるスタジオ録音とは到底信じられないような鮮明な音質に生まれ変わった。

いずれにしても、ミュンシュによる至高の名演を、SACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年12月09日


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ラヴェルやドビュッシーの管弦楽曲については、これまで様々な指揮者によって素晴らしい名演の数々が成し遂げられてきている。

フランス系の指揮者に限ってみても、クリュイタンスやマルティノン、アンセルメ、プレートル、そして近年のデュトワなど、錚々たる指揮者による名演が存在しており、そうした多種多彩な名演の中にあっては、パレーによる名演は、残念なことでもあるが、前述の綺羅星の如き指揮者による名演とは異なり、今や知る人ぞ知る存在に甘んじているとも言える。

しかしながら、演奏の内容については間違いなくトップクラスの水準を誇っており、今般の本演奏の高音質盤の低価格による販売を契機に、多くのクラシック音楽ファンの間で、本演奏について正当な評価がなされることを心より願うものである。

それにしても、パレーの指揮芸術は、例えて言えば、書道における名人の一筆書きのようなものであると言えるだろう。

テンポはやや速めであり、一聴すると淡々と曲想が進行していくような趣きがあり、いささかも華美には走らない即物的で地味な様相の演奏である。

しかしながら、スコアに記された音符の表層をなぞっただけの薄味の演奏では決してなく、各旋律の端々には細やかなニュアンスが施されており、演奏に込められた内容の濃さにおいては、クリュイタンス盤と比較しても遜色はないものと思われるところだ。

パレーについては、一部の音楽評論家がフランスのシューリヒトと称しているが、まさに至言とも言うべきであり、その指揮芸術には、シューリヒトのそれと同様に、神々しいまでの崇高ささえ湛えていると言えるだろう。

それにしても、本盤に収められたラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲や高雅にして感傷的なワルツ、ボレロ、そしてドビュッシーの夜想曲や小組曲の演奏における、淡々と進行していく各旋律に込められたニュアンスの独特の瀟洒な味わい深さには、フランス風のエスプリ漂う抗し難い魅力が満ち溢れていると言えるところであり、これぞフランス音楽の粋とも言うべきものではないかと考えられるところだ。

もちろん、ボレロにおける圧倒的な高揚感など、強靭な迫力のおいてもいささかも欠けることがないことについては付記しておく必要がある。

また、デトロイト交響楽団という、最もアメリカ的なオーケストラがこのようなフランス風のエスプリ漂うセンス満点の演奏を展開していることが大変な驚きであると言えるところであり、これはまさしくパレーによる不断の薫陶とともに、その類稀なる統率力の賜物であると言っても過言ではあるまい。

音質は、今から50年以上も前のスタジオ録音であるが、今般のルビジウム・クロック・カッティングによって、極めて鮮明な音質に改善されたことも、本盤の価値をより一層高めるのに大きく貢献していることを忘れてはならない。

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2014年11月25日


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フランス系カナダ人の名チェリストであるジャン=ギアン・ケラスが、世界最高の女流ヴィオリストとも評されるタベア・ツィンマーマンや、古楽器演奏にも通暁したダニエル・セペックなど、各種ソロ活動でも実績のある3名のドイツ人弦楽器奏者とともに結成したアルカント弦楽四重奏団の結成10年を記念して、既発売の名演を集大成したシングルレイヤーによるSACD盤が発売された。

前述のように、メンバー全員が世界的な若手一流弦楽器奏者で構成されており、ソロ活動に繁忙なこともあって、常にともに活動している団体ではないが、結成されてからの10年間にリリースされた本盤の演奏は、バルトークの弦楽四重奏曲第5番及び第6番や、ドビュッシー&ラヴェル等による弦楽四重奏曲など、途轍もない超名演揃いであると言っても過言ではあるまい。

本盤に収められた楽曲からも窺い知ることができるように、そのレパートリーは極めて広範なものがあり、アルバン・ベルク弦楽四重奏団が解散した今日においては、準常設団体ながら、カルミナ弦楽四重奏団などと並んで、最も注目すべき弦楽四重奏団であると言えるところだ。

バルトークの弦楽四重奏曲第5番及び第6番は、アルカント弦楽四重奏団のデビュー盤となった記念碑的な名演。

とりわけ、第5番は、2002年の結成時に初めて演奏した同団体にとっても大変に思い入れの深い楽曲であるだけに、演奏全体に途轍もない気迫と緊迫感、そしてどこをとっても切れば血が噴き出てくるような熱き生命力を有しているのが素晴らしい。

他方、第6番についても、同様のスタイルではあるが、バルトークの弦楽四重奏曲の掉尾を飾るのに相応しい神々しいとも言うべき崇高さをも絶妙に表現しており、この団体が技量一辺倒ではなく、情感豊かな演奏をも成し遂げるだけの力量を備えていることがよく理解できるところである。

ブラームスの弦楽四重奏曲第1番は、ドイツ風の重厚な演奏を行っており、この団体の多彩な表現力に圧倒されるのみ。

ピアノ五重奏曲も、ジルケ・アーヴェンハウスの巧みなピアノ演奏も、本名演に一躍買っているのを忘れてはならない。

そして、本盤の白眉は、何と言ってもドビュッシー、デュティユー、ラヴェルの弦楽四重奏曲。

驚天動地の名演であり、名演の前に超をいくつか付け加えてもいいのかもしれない。

それくらい、弦楽四重奏曲の通例の演奏様式の常識を覆すような衝撃的な解釈、アプローチを示している。

ドビュッシーとラヴェルの有名なフランスの2大弦楽四重奏曲の間に、デュティユーの弦楽四重奏曲をカップリングするという選曲のセンスの良さも光るが、ドビュッシー&ラヴェルの弦楽四重奏曲が含有する奥深い内容への追求が尋常ではない。

強弱の思い切った変化、極端とも言うべきテンポの振幅を駆使して、ひたすら両曲の内実に迫っていく彫りの深いアプローチには、ただただ頭を垂れるのみ。

それでいて、例えばラヴェルの弦楽四重奏曲の第3楽章の演奏などに見られる情感豊かな表現には、筆舌には尽くし難い美しさを誇っている。

また、デュティユーの弦楽四重奏曲の各楽章(部と言ってもいいのかもしれない)毎の思い切った描き分けは、難解とも言える同曲の本質を聴者に知らしめるという意味において、これ以上は求め得ないような理想的な演奏を行っていると言えるところである。

それにしても、これらの3曲の演奏における4人の奏者の鉄壁のアンサンブルは、何と表現していいのであろうか。

各奏者がいまだ若手であるにもかかわらず、単なる技術偏重には陥らず、常に作品の内面を抉り出そうと言う真摯な姿勢で演奏を行っていることに深い感銘を覚えるとともに、この団体の今後の更なる発展を予見させるものと言えよう。

そして、最後に収められているのがシューベルトの最晩年の傑作、弦楽五重奏曲ハ長調だ。

第2チェロを、この団体のリーダー格のジャン=ギアン・ケラスの高弟、オリヴィエ・マロンがつとめている。

同曲には、ウィーン風の抒情に満ち溢れた情感の豊かさに加えて、その後の新ウィーン派の音楽にも繋がっていくような現代的な感覚を付加させたアルバン・ベルク弦楽四重奏団による名演もあるが、本盤の演奏もその系譜に連なる演奏と言っても過言ではあるまい。

第1楽章冒頭からして、切れ味鋭いシャープな表現に驚かされる。

その後も、効果的なテンポの振幅や強弱の変化を駆使して、寂寥感に溢れたシューベルトの音楽の本質を鋭く描き出しているのが素晴らしい。

細部における表情づけも過不足なく行われており、この団体のスコア・リーディングの確かさ、厳正さを感じることが大いに可能である。

第2楽章は一転して両端部において情感豊かな表現を行っているが、耽溺し過ぎるということはなく、常に格調の高さを失っていない。

中間部は、同団体ならではの切れ味鋭いシャープな表現が際立っているが、同楽章全体の剛柔のバランスの取り方が見事であり、各奏者の類稀な音楽性を感じることが可能だ。

第3楽章は、非常に速いテンポによる躍動感が見事であるが、畳み掛けていくような気迫と切れ味鋭いリズム感は、この団体の真骨頂とも言うべき圧倒的な迫力を誇っている。

終楽章は、シューベルトの最晩年の心底に潜む闇のようなものを徹底して抉り出すような凄い演奏。

終結部の謎めいた終わり方も、この団体にかかると、歌曲集「冬の旅」の作曲などを通して、「死」というものと人一倍向き合ってきたシューベルトの「死」に対する強烈なアンチテーゼのように聴こえるから実に不思議なものであると言えるところだ。

いずれにしても、本盤の各楽曲の演奏は、アルカント弦楽四重奏団の実力が如何なく発揮されるとともに、今後のこの団体のますますの発展を予見させる超名演であると高く評価したい。

音質についても、いずれもハルモニア・ムンディならではの鮮明で良好なものであったが、今般のシングルレイヤーによるSACD化によって更に圧倒的な超高音質に生まれ変わった。

各奏者の弓使いが鮮明に再現されるとともに、その演奏が明瞭に分離して聴こえるのは、室内楽曲を聴く醍醐味とも言えるところであり、今般のシングルレイヤーによるSACD化が、本盤の価値を高めるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

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2014年11月10日


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フランスの名指揮者パレーの偉大な遺産とも言うべき素晴らしい名演集だ。

パレーについては、一部のコアなクラシック音楽ファンのみが高く評価している知る人ぞ知る名匠の地位に甘んじているが、タイプは異なるとはいえ、実際にはモントゥーやミュンシュ、クリュイタンスなどにも十分に比肩し得るほどの高度な芸術性を誇っていると言えるだろう。

今般の「コンサート・ホール」レコーディングスの販売を契機に、多くのクラシック音楽ファンの間で、パレーについて正当な評価がなされることを心より願うものである。

それにしても、パレーの指揮芸術は、例えて言えば、書道における名人の一筆書きのようなものであると言えるだろう。

テンポはやや速めであり、一聴すると淡々と曲想が進行していくような趣きがあり、いささかも華美には走らない即物的で地味な様相の演奏である。

しかしながら、スコアに記された音符の表層をなぞっただけの薄味の演奏では決してなく、各旋律の端々には細やかなニュアンスが施されており、演奏に込められた内容の濃さにおいては、他のフランス系大指揮者と比較しても遜色はないものと思われるところだ。

この指揮者ならではの、フランス系指揮者の曲線的なイメージとは完全に一線を画した剛毅闊達なアプローチがきわめて壮快な演奏揃いであるが、とりわけ『ラ・ヴァルス』の豪快な白熱ぶりは一聴に値する見事さである。

パレーについては、一部の音楽評論家がフランスのシューリヒトと称しているが、まさに至言とも言うべきであり、その指揮芸術には、シューリヒトのそれと同様に、神々しいまでの崇高ささえ湛えていると言えるだろう。

それにしても、淡々と進行していく各旋律に込められたニュアンスの独特の瀟洒な味わい深さには、フランス風のエスプリ漂う抗し難い魅力が満ち溢れていると言えるところであり、これぞフランス音楽の粋とも言うべきものではないかと考えられるところだ。

本盤は、パレーならではの老獪とも言うべきセンス満点の指揮芸術の魅力を十二分に味わうことができる素晴らしい名演集と評価したい。

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2014年11月05日


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詩情溢れるラフマニノフと切れ味の良いラヴェル。

若きグリモーの才気が横溢する協奏曲集である。

充実の活動を続けるフランスの中堅ピアニスト、エレーヌ・グリモーが、そのキャリアの初めにDENONに残した協奏曲集。

若さよりもむしろ内向的で音楽そのものを優先する演奏姿勢が、その後の彼女の活躍を約束するかのようだ。

グリモーは超絶的な技巧を全面に打ち出すピアニストではない。

もちろん、高度な技量は持ち合わせているのだろうが、むしろ、女流ピアニストならではの繊細さとか、フランス人のピアニストならではの瀟洒なエスプリに満ち溢れているだとか、高貴な優美さと言った表現がふさわしいピアニストであると考えている。

本盤は、グリモーの23歳の時の録音で、現在のグリモーのような円熟からはほど遠いとは思うが、若さ故の勢いで演奏するのではなく、前述のようなグリモーならではの個性の萌芽が垣間見られるのが素晴らしいと思う。

後年の再録音盤(ラヴェルはジンマン&ボルチモア響、ラフマニノフはアシュケナージ&フィルハーモニア管)も所持しているが未だに何故か当盤の方を手に取ってしまう。

確かに当盤では「途上まだしも」の感は否めないが、多少の瑕疵を理由に捨て置くにはあまりに惜しいのではないか。

ソツ無く御行儀の良い演奏もそれなりに良いとは思うが、許容範囲のキズであれば少々荒削りであっても清々しくてイキのいい演奏を筆者は好む。

ロペス=コボスの指揮は、音質によるのかもしれないが、グリモーのピアノとは正反対の荒削りで激しいものである。

しかし、このアンバランスさが、かえってグリモーの演奏の性格を浮き彫りにするのに大きく貢献しているという点については、特筆すべきであろう。

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2014年09月29日


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巨匠マルティノンがシカゴ交響楽団とRCAに遺した、極上のラヴェル管弦楽曲集の復活だ。

マルティノンのアルバムは、フランスのオーケストラを指揮したものが多く取り上げられているに違いないし、シカゴ交響楽団とコンビを組んでいた時代の彼は、必ずしも実力に見合うだけの評価を得ることができず、不遇だったとも伝えられている。

事実マルティノンは、シカゴ交響楽団の音楽監督時代を思い出したくない日々だったと回想したと伝えられており、シカゴ交響楽団にとってもマルティノンの時代をライナー時代とショルティ時代に挟まれた低迷期と位置づけているところだ。

このようにお互いに不幸な関係にあったとされている両者ではあるが、この両者が成し遂げた数少ない名演の1つが、本盤に収められたラヴェルの管弦楽曲集であると言えるのではないだろうか。

筆者にとっては、このアルバムは繰り返し聴いてきた思い出深い1枚であり、マルティノンはアメリカのオーケストラからラテン的な輝きを帯びた色彩と余韻のある音色を、巧みに導き出している。

マルティノンは生前のラヴェルと親交があっただけに、ラヴェルの楽曲を十八番としており、特に管弦楽曲集としては、パリ管弦楽団を指揮した演奏(1974年)が名演として誉れ高いが、本演奏も決して遜色がない名演に仕上がっていると高く評価したい。

マルティノンの演奏はオーケストラのテクスチュアの透明さに特徴があり、繊細なリズムやフレージングの感覚によって際立っていた。

なかでも、自家薬篭中とも言えるフランス近代音楽の演奏においては、現代のインターナショナルになりすぎた指揮者では及びもつかない独特のニュアンスがあり、マルティノンの演奏を不滅のものとしている。

本演奏においてもマルティノンは、ラヴェルによる光彩陸離たる華麗なオーケストレーションを精緻に表現しているが、どこをとっても気品あふれる情感に満ち溢れており、随所に聴くことが可能なフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいは、これぞフランス音楽を鑑賞する醍醐味があると言えるだろう。

ミュンシュ&ボストン交響楽団の解釈とは対照的な、クールでしかもデリケートな音色感と、シカゴ交響楽団の底力のある名技性が一体となった名演である。

マルティノンの指揮の下、シカゴ交響楽団も卓越した技量を披露していると言えるところであり、とりわけ管楽器のブリリアントな響きと名技にはほれぼれさせられるほどだ。

それにつけても、もう少し長く活躍してほしかった指揮者である。

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2014年09月09日


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これは素晴らしい名演だ。

鬼才とも称されたミケランジェリは完全主義者として知られ、それ故にレコーディングには厳しい姿勢で臨んだことから、録音の点数は限られている。

その分、遺された録音はいずれ劣らぬ名演と言えるが、そうした名演の中でも、おそらくは本盤こそは、その中でも最高のアルバムの一つと言えるのではないだろうか。

ミケランジェリは、超絶的な技巧はさることながら、その透明感溢れるピアノタッチには出色の美しさがある。

完全主義者故に、即物的な演奏をするとの印象を与えがちであるが、本盤の両曲の演奏を聴くと、むしろイタリア人ピアニストならではの歌心溢れる情感豊かな演奏をも行っていたことが理解できるところだ。

特に、ラヴェルのピアノ協奏曲の第2楽章のこの世のものとは思えないような極上の美しさは、ミケランジェリだけに可能な至高の表現と言えるところであり、抗し難い魅力に満ち溢れている。

この第2楽章と両端の第1楽章及び終楽章との表現の対比は実に巧みであり、卓越した技量も相俟って、同曲の様々なピアニストによる名演の中でもトップの座を争う至高の名演に仕上がっていると高く評価したい。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第4番は、若書きの第1番は別として、有名な第2番や第3番と比較すると、不当にも目立たない存在に甘んじているが、本演奏を聴くと、本演奏以外に名演に恵まれなかったことが原因ではないかとも思われるところだ。

それほどまでに、本演奏の優秀性はずば抜けたものがあると言えるだろう。

ラフマニノフの楽曲特有のロシアへの望郷の念に根差したメランコリックな抒情と、ラフマニノフとしては稀とも言える近現代音楽としてのある種の革新性が、同曲には併存していると考えられるが、ミケランジェリは、テンポの効果的な振幅などを駆使して、同曲の魅力を見事に描き出すのに成功している。

いずれにしても、本演奏こそは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第4番の真の魅力を十二分に表現し得た唯一の名演と高く評価したい。

指揮者のエットレ・グラチスは殆ど無名の存在であるが、本盤の両曲の演奏では、ミケランジェリの卓越したピアノ演奏を引き立てつつ、フィルハーモニア管弦楽団をしっかりと統率して、持ち得る実力以上のものを発揮した稀代の名演奏を展開していると評価したい。

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2014年08月25日


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これは素晴らしい超名演だ。

アバドが最も輝いていたのは、ベルリン・フィルの芸術監督就任前の1970年代〜1980年代にかけて、ロンドン交響楽団やシカゴ交響楽団とともに数々の演奏を繰り広げていた時期というのが大方の見方であるが、本盤の演奏はその頂点にも位置づけてもいいくらいの至高の超名演と高く評価したい。

冒頭の「ボレロ」からして、途轍もない気迫と強靭な生命力が漲っている。

加えて、アバドの歌謡性豊かな指揮ぶりは健在であり、主旋律をこれ以上は求め得ないような豊かな情感を込めて歌い抜いている。

そして終盤に向けて畳み掛けていくようなエネルギッシュな高揚感は圧巻の迫力を誇っており、あまりの演奏の壮絶さに終結部にはロンドン交響楽団の団員の絶叫(この表現が適切か否かについては議論の余地があるが、とりあえず本レビューではこの表現を使用させていただくこととする)までが記録されているほどだ。

この自然発生的な絶叫は、アバドの許可を得て敢えてそのままにしたということであり、これはアバド自身が本盤の会心の超名演の出来にいかに満足していたかの証左であると言えるだろう。

「スペイン狂詩曲」も素晴らしい。

同曲特有のむせ返るようなスペイン風の異国情緒満載の各旋律を、アバドは徹底して歌い抜いており、その極上の美しさには抗し難い魅力に満ち溢れている。

各曲の描き分けの巧さも卓抜したものがあり、これはオペラを得意としたアバドの真骨頂とも言えるだろう。

そして、祭りの終結部のトゥッティに向けて畳み掛けていくような気迫と強靭な生命力は「ボレロ」と同様であり、あまりのド迫力に完全にノックアウトされてしまうほどだ。

バレエ「マ・メール・ロワ」と「亡き王女のためのパヴァ―ヌ」は一転して繊細な抒情が際立っている。

それでいて、アバドは弱音を重視するあまり演奏が薄味になるというようなことにはいささかも陥っておらず、どこをとっても内容の濃さと持ち前の歌謡性の豊かさを損なっていないのが素晴らしい。

いずれにしても、こうして本盤全体を聴き終えると、この当時のアバドがいかに凄みのある名演奏を繰り広げていたかがよくわかるところであり、ベルリン・フィルの芸術監督にマゼールを差し置いてアバドが選出されたのも十分に理解できるところだ。

アバドの統率の下、ラヴェルの管弦楽曲に相応しいフランス風の洒落た味わいのある名演奏を繰り広げたロンドン交響楽団に対しても大きな拍手を送りたい。

音質については、従来CD盤でも十分に良好なものであったが、今般のSHM−CD化によって、若干ではあるが音質が鮮明になるとともに、音場が幅広くなったように思われる。

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2014年07月12日


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ケーゲルという音の匠が創り出した最高のガラス細工のようなラヴェル作品集。

オペラ「子供と魔法」全曲を録音しているくらい、ラヴェルには思い入れが強く、その完璧な作曲を精緻なガラス細工のような演奏で具現化している。

絶美なのはピアノ協奏曲で、ラトルともスタジオ録音しているウーセの魅力的なピアノを得て、夢見るような解釈が楽しめる。

ピアノ協奏曲史上、最高傑作のひとつと言われているラヴェルのこの曲は、ケーゲルの予想以上の生々しい色彩感とエキゾシズムに最後まで耳が離せない。

この曲でオーケストラ・パートをここまで有機的に人間臭く鳴らしきった演奏は他に類例を見ないが、一方のウーセのピアノは、それに比べるとかなり地味に聴こえ、ケーゲルの醸し出す雰囲気とぴったりのニュアンスで、絶妙な味わいを残す。

タッチは硬質で、スタイルも洗練されているが、音の粒立ちから芳醇な香りが立ち込める。

その両者のコントラストと溶け合いの妙こそがこの演奏の醍醐味である。

第1楽章後半、不必要に力まず、音楽を一気に高揚させる両者の連携は完璧。

そして第2楽章が絶品だ。

いかなる感傷をもそぎ落とした氷のように静寂な音楽だが、そこから白い冷気のように哀しみが立ち昇ってくる。

一見淡々としたウーセのフレージングがかえって忘我的な雰囲気を引き出し、聴けば聴くほど内面から湧き出る共感が細やかなアゴーギクとなって現われているのに気付き、味わいもひとしおであり、木管が長いソロを吹く静かなシーンも、他に類例がないほど感動的で、ピアノとオーケストラの相性もよい。

終楽章の機械的な無機質さを感じさせないコクのある表情も、心にしっかり印象づけられる。

この演奏に関して言えば、ピアノの音が冷たいのは確かで、一聴して固い印象だったが、それは、ある意味で間違いだった。

時をおいて聴き直すと、オーケストラの演奏が、まぁ何と表情豊かな演奏をしていることか。

他の演奏が単調に聴こえてしまうほどであり、改めてピアノをオケの一部として捉え直して聴くと、この演奏が別の魅力豊かな表情を有して聴こえてくるのに気付く。

通常協奏曲の名演奏は、ソロの素晴らしさ+伴奏の確かなフォローという形で論じられることが多いのだが、この演奏はそういう図式では収まらない不思議なニュアンスが満ち溢れている。

カップリングの2曲も必聴と言えるものであり、「ボレロ」では、伴奏部分の強調など個性的で、最初のフルート・ソロが不気味なクレッシェンドをするところからただならぬ予感。

管の各奏者の高い技量の素晴らしさに加え、「東独的」とも言うべき独特のアクが自然と顔を覗かせるあたりが何とも味わい深い。

ラヴェルの魔法的な色彩術の象徴と言えるチェレスタが加わる箇所は、精緻さを目指さず、むしろ大掴みな感じであるが、自然とハ−モニーとして溶け合っているのは、オケの技量の賜物であろう。

しかし12分位から、トランペットが主役になって以降のリズムの野暮ったさはメンゲルベルクの同曲の録音を思い起こさせ、思わず吹き出してしまうほどフランス的な洗練とは正反対と言えるものであり、しかもそれを大真面目でやってのけているので、この上なく痛快で「教科書的な名演」に飽きた人は必聴である。

合唱つきの「ダフニスとクロエ」は、克明でたくましく分厚いハーモニーが素晴らしい名演で、 本当にフランス的な良い雰囲気を醸し出した、まさにラヴェルしか書けなかった音楽が存分に堪能できる。

弦楽器が力強くうねっては鎮まるが、特に最後の壮大な盛り上がりが圧巻で、鮮烈かつ痛快、硬派にして官能的、切れのいいリズムで、すべての音がエネルギーの放出を目指して高まっていく。

合唱の存在感も適切で、これでこそわざわざ人声を組み込んだ意味があるというものだ。

ケーゲルはラヴェル作品としては「子供と魔法」を録音していたが、こちらの盤のほうがあらゆる面ですぐれている。

ケーゲルに鍛え上げられたオケの技量も素晴らしく、鳴っている音楽に耳を傾けて欲しい。

これほどまでに暗黒を感じさせるラヴェルは他に無いだろうし、これからも生まれないだろう。

ラヴェル・ファン、ケーゲル・ファンのどちらにも聴いてもらいたいCDである。

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2014年02月25日


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本盤にはプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番とラヴェルのピアノ協奏曲が収められているが、両曲ともにピアニスト、指揮者、オーケストラの3拍子が揃った素晴らしい名演と高く評価したい。

特に、優れているのはプロコフィエフの方だ。

プロコフィエフのピアノ協奏曲では第3番があまりにも有名であり、第2番はその陰に隠れている存在に甘んじているが、本名演はそうした不当な評価を一変させるだけのインパクトがあるものと言える。

第2番は、プロコフィエフがぺテルブルク音楽院在学中に作曲されたいわゆるモダニズムを追求していた時代の野心作であり、弾きこなすには超絶的な技量を要する楽曲だ。

ユンディ・リの卓越した技量は本演奏でも冴えわたっており、小澤指揮のベルリン・フィルとの丁々発止のやり取りは、これぞ協奏曲を聴く醍醐味と言えるだろう。

もっとも、ユンディ・リは技量一辺倒には陥っていない。

とりわけ第3楽章において顕著であるが、ロシア風の抒情の表現にもいささかも不足はなく、その情感溢れる美しさには抗し難い魅力があり、ユンディ・リの表現力の幅の広さを大いに感じることが可能だ。

他方、ラヴェルについては、本演奏だけを聴くと素晴らしい演奏には違いがないのだが、同曲にはフランソワやアルゲリッチ、ツィマーマン、エマールなどの個性的な名演が目白押しであり、それらと比較するとやや特徴がない無難な演奏になってしまっているように思われてならない。

もっとも、それは高い次元での比較の問題であり、本演奏を名演と評価するのにいささかの躊躇もしない。

前述のように、小澤&ベルリン・フィルは、協奏曲におけるピアニストの下支えとしては十分過ぎるくらいの充実した名演奏を繰り広げており、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

録音は、特にプロコフィエフについてはライヴ録音ではあるが、従来盤でも十分に満足し得る音質を誇っていた。

しかしながら、今般のSHM−CD化によって、音質がさらに鮮明になるとともに音場がやや幅広くなったように感じられるところだ。

いずれにしても、このような素晴らしい名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年02月05日


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まさにエネルギッシュという形容がぴったりのカリスマ指揮者ゲルギエフ。

最新アルバムは、オール・ラヴェル・プログラム。

すべてゲルギエフにとって初のレパートリーとなる注目の内容であり、ゲルギエフがロンドン響を率いて新境地を開くラヴェルの作品集である。

何よりも評価したいのは、SACDマルチチャンネルによる極上の高音質録音だ。

特に、合唱が加わる「ダフニスとクロエ」が凄い。

合唱付きのオーケストラ曲は、従来から、録音が極めて難しいとされており、これまでのCDを見ても満足のいく音質に達しているのは、数少ないと言えるが、本盤は、これ以上は求め得ないようなハイレベルの音質に達している。

要は、オーケストラが主体か、それとも合唱が主体かと言ったレベルではなく、オーケストラと合唱が一つの音楽として、完全に融合しているのだ。

その上で、オーケストラも合唱も完全に分離して聴こえるのは驚異でもあり、マルチチャンネルによって、それぞれの楽器や合唱の位置までが完璧に聴き取れるほどだ。

演奏も、素晴らしい名演。

ゲルギエフは、もともとオペラを得意とする指揮者であるが、こうした標題音楽における巧さは格別。

各曲の描き分けは、殆ど名人芸の域に達しており、録音の素晴らしさと相俟って、あたかも眼前に情景が思い浮かぶかのようだ。

併録の「亡き王女のためのパヴァーヌ」は、ゲルギエフとしては普通の出来だと思うが、むしろ「ボレロ」が超名演。

各楽器を完璧に鳴らし、この曲の魅力、そして、ラヴェルの巧みなオーケストレーションを完璧に再現してくれている。

極上の高音質録音がこの名演を大きく後押ししているのも素晴らしい。

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2013年11月24日


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きわめて個性的な指揮法から、端正ながらも巧みな音楽作りを得意としたヤコフ・クライツベルクが、2003年から音楽監督をしていたオランダ・フィルハーモニー管弦楽団を振ったフランス音楽集。

フルートが活躍する作品を選んだようで、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」やラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲やフォーレの「ペレアスとメリザンド」組曲などが収められている。

「ボレロ」以外は比較的穏やかな音楽を選曲しているが、どの曲もクライツベルクが、北ヨーロッパのオーケストラならではのややくすんだ音色で、フランス風のエスプリに満ち溢れた演奏というよりも、むしろがっしりとしたゆるぎない造型の下、ドイツ音楽風の渋く、かつ重厚な演奏を繰り広げている。

ロシアの指揮者がフランス物というと、どうも色眼鏡で見られてしまうようであるが、もともと本場物というものを余り信用しない筆者は、クライツベルク生前の来日公演の評判がよかったこともあって、興味を持っていたのだ。

そしてその結果はまさに筆者好みでとてもうれしく思った。

したがって、フランス音楽としてはやや異色の演奏とも言えるが、筆者としては、クライツベルクのドイツ音楽風の個性的なアプローチには、新鮮な魅力を大いに感じる。

全く聴いていて安心感のある運びで、エキセントリックなことをやって話題を攫おうなどという山っ気はない本格派の演奏で、こうした演奏でこそこうした作品は生きてくるのだと思う。

しかしクライツベルクは、2011年3月15日、長年治療していた癌の容態が急変し、モナコ公国のモンテカルロにて51歳という若さで死去してしまった。

兄であるセミヨン・ビシュコフのその時の心境はいかばかりであっただろうか。

だからこそ尚更、早世したクライツベルクによる素晴らしい遺産を、SACDによる極上の高音質で味わうことができる喜びを大いに噛み締めたい。

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2013年10月31日


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ラヴェルの有名な管弦楽曲を収めたCDであるが、いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

ラヴェルの管弦楽曲は、その光彩陸離たる華麗なオーケストレーションからきわめて人気が高く、これまで数多くの指揮者によって名演が成し遂げられてきた。

クリュイタンスやアンセルメ、マルティノン、デュトワなどのフランス系の指揮者によるフランス風のエスプリに満ち溢れた瀟洒な味わいのある名演、歌謡性豊かなジュリーニやアバドによる名演、ラヴェルの心眼を鋭く抉り出すようなインバルによる異色の名演、オーケストラ演奏の醍醐味を味わうことが可能なカラヤンによる重厚な名演など、多種多様な名演が目白押しである。

こうしたあまたの個性的な名演の中で、本盤のパーヴォ・ヤルヴィによる名演の特徴を掲げるとすれば、楽曲の魅力をダイレクトに表現した純音楽的な名演と言うことになるのではないだろうか。

パーヴォ・ヤルヴィは、同じく印象派のドビュッシーの管弦楽曲集で行ったアプローチと同様に、ラヴェルの光彩陸離たる華麗なオーケストレーションが施された曲想を精緻に、そして丁寧に描き出していく。

確かに、ここには聴き手を驚かすような特別な個性があるわけではなく、奇を衒ったり恣意的な解釈など薬にしたくもないが、どこをとっても豊かな情感に満ち溢れており、常にコクのあるニュアンス豊かな音楽が流れていく。

このような自然体とも言える純音楽的なアプローチによって、我々聴き手は、ラヴェルの光彩陸離たる華麗なオーケストレーションを深い呼吸の下で、ゆったりとした気持ちで満喫することができるのが素晴らしい。

これは、パーヴォ・ヤルヴィの類稀なる豊かな音楽性の証左である。

パーヴォ・ヤルヴィの薫陶を受けたシンシナティ交響楽団も、その圧倒的な統率の下、最高のパフォーマンスを示しており、金管楽器や木管楽器、そして弦楽器なども卓越した技量を披露しているのが素晴らしい。

また、このようなラヴェルの光彩陸離たる華麗なオーケストレーションを精緻に表現した名演を、マルチチャンネル付きのSACDという望み得る最高の鮮明な音質で味わえるという点についても、高く評価したい。

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2013年10月02日


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カラヤンは、ミュンシュの急逝によって窮地に陥ったパリ管弦楽団の音楽監督にほんのわずかの期間ではあったが就任した。

したがって、このように短期間ということもあって、パリ管弦楽団との録音は、本盤に収められたラヴェルの管弦楽曲や、フランクの交響曲ニ短調、ワイセンベルクと組んだチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番、そしてDVD作品としてベルリオーズの幻想交響曲といったわずかのものしか遺されていない。

それでも、カラヤンがフィルハーモニア管弦楽団と最後のスタジオ録音を行った1960年以降においては、ウィーン交響楽団とのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番、シュターツカペレ・ドレスデンとのワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」等を除けば、ベルリン・フィルかウィーン・フィルとの演奏・録音に限られているだけに、むしろパリ管弦楽団との録音は必ずしも少ないとは言い難いのかもしれない(今後、ライヴ録音の発掘が行われれば、そうした事情に変化が見られるのかもしれない)。

そして、その演奏も素晴らしい名演と高く評価したい。

この当時のカラヤンは気力・体力ともに最も充実していた全盛期であり、手兵ベルリン・フィルとともに、オーケストラ演奏の極致とも言うべき圧倒的な音のドラマの数々を構築していた。

ベルリン・フィルによる鉄壁の演奏に流麗なレガートが施された磨き抜かれた音色は、カラヤンサウンドとも称される極上の絶対美を誇っていたとも言える。

本演奏では、オーケストラがパリ管弦楽団だけに、さすがにこのようないわゆるカラヤンサウンドを聴くことは困難ではあるが、演奏の重厚さや劇的な緊張感、そして、各フレーズ間を繋ぐ流麗なレガートは、まさしくカラヤンによる演奏以外の何物でもない。

このようなカラヤンならではの重厚にして華麗な演奏に、フランス風の洒落た味わいを付加することに成功したのが、パリ管弦楽団による名演奏である。

いずれにしても、本演奏は、カラヤン&パリ管弦楽団だけに可能な、ドイツ風とフランス風が見事に融合した稀有の名演と高く評価したい。

とりわけ、スペイン狂詩曲については1986年にベルリン・フィルと再録音を行っているものの、道化師の朝の歌や組曲「クープランの墓」については、本盤の演奏はカラヤンによる唯一の演奏と言うべき存在であり、その意味でも希少価値があると言えるところだ。

音質については、本盤が長らく単独盤として手に入らない状況にあり、生誕100年を記念して発売されたセット盤の中で聴くしか方法がなかったところであるが、当該従来CD盤は今一つ冴えない音質であったところだ。

しかしながら、今般、ついに待望のSACD化が行われることによって、見違えるような鮮明な音質に生まれ変わった。

音質の鮮明さ、音場の幅広さ、そして音圧のいずれをとっても一級品の仕上がりであり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、カラヤン&パリ管弦楽団による素晴らしい名演を、SACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2013年09月30日


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稀代のピアニストであったワルター・ギーゼキングによる名演としては、ドビュッシーのピアノ作品集が名高い。

そして、それに優るとも劣らない名演との評価を勝ち得ているのが、同じくフランス印象派の大作曲家であるラヴェルのピアノ曲全集である。

ギーゼキングによるラヴェルのピアノ作品の本演奏は、特別な個性を発揮したり、はたまた奇を衒った解釈を施したりするということは薬にしたくもなく、緻密なスコアリーディングに基づき、曲想を精緻に、そして丁寧に描き出していくという、ある意味ではオーソドックスなアプローチに徹したものと言える。

卓越したテクニックにも出色のものがあると言えるものの、モノラル録音ということも多分にあるとは思うが、素っ気なささえ感じさせるところもあり、即物的な演奏とさえ言えるところだ。

しかしながら、一聴すると淡々と流れていく各旋律の端々には、独特の細やかなニュアンスやフランス風のエスプリ漂う豊かな情感に満ち溢れており、決して無機的な演奏には陥っていない。

そして、ギーゼキングの演奏で素晴らしいのは、1950年代の演奏であるにもかかわらず、いささかも古臭さを感じさせるということがなく、むしろ、その演奏は清新さに溢れていると言えるところであり、その気高い格調の高さにおいても卓抜としたものがあったと言えるだろう。

ラヴェルのピアノ曲を得意とするピアニストは、その後数多く誕生しているが、それらのピアニストによる数々の名演を耳にした上で、ギーゼキングによる本演奏を聴いても、録音の古さは感じても、演奏内容自体には違和感など全く感じさせず、むしろ新鮮味さえ感じさせるというのは殆ど驚異的ですらある。

本全集の演奏も、前述のようなギーゼキングによる芸風が見事にあらわれた名演と言えるところであり、まさに古くて新しい、現代においてもラヴェルのピアノ作品演奏の規範とも言うべき至高の名演と高く評価したい。

このように、ギーゼキングによるラヴェルのピアノ作品全集の演奏は、演奏自体は素晴らしいが、モノラル録音というハンディもあって、その音質は、従来CD盤では鮮明さに欠ける音質であり、時として音が歪んだり、はたまた団子のような音になるという欠点が散見されたところであった。

ところが、今般、ついに待望のSACD化が行われることによって大変驚いた。

従来CD盤とは次元が異なる見違えるような、そして1950年代前半のモノラル録音とは到底信じられないような鮮明な音質に生まれ変わった。

ギーゼキングのピアノタッチが鮮明に再現されるのは殆ど驚異的であり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、ギーゼキングによる至高の名演を、SACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2013年09月06日


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果たしてこれ以上の演奏が可能と言えるであろうか。

ラヴェルの管弦楽曲は、光彩陸離たる華麗なオーケストレーションが魅力の一つであり、それ故に多くの指揮者によってオーケストラ曲としての醍醐味を味わわせてくれる数々の華麗な名演が成し遂げられてきているところであるが、クリュイタンスの演奏は別格の素晴らしさを誇っていると言えるのではないだろうか。

もちろん、他の指揮者による演奏と同様に華麗さにおいてもいささかも不足はないが、どこをとってもフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいと独特の気品に満ち溢れているという点において、他の指揮者による演奏とは一線を画している。

そして、一聴すると曲想を精緻に描き出して行くというオーソドックスな演奏のように聴こえなくもないが、よく聴くと各フレーズには独特の洒落たニュアンスと瑞々しいまでの感性が満ち溢れており、常にコクのある響きが全体を支配しているのが素晴らしい。

しかも、コクのある響きと言っても厚手の衣装をまとったような重苦しさなどはいささかもなく、むしろ現代的な清新さを兼ね備えていると言えるところであり、こうしたいささかも古色蒼然としていない清新さが、本管弦楽曲集を普遍的な価値を有するものとするのに大きく貢献している。

本盤に収められた各小品もそうしたクリュイタンスの芸風が顕著にあらわれた超名演であり、華麗さと繊細さを併せ持つ剛柔のバランス、フランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいと格調の高さ、そして瑞々しいまでの清新さといった、望み得るすべての要素を兼ね備えた完全無欠の演奏と言っても過言ではあるまい。

とりわけ、有名な亡き王女のためのパヴァ―ヌの冒頭のホルンソロの美しさには、身も心も蕩けてしまいそうになるほどだ。

そして、クリュイタンスの統率の下、美しさの極みとも言うべき名演を繰り広げたパリ音楽院管弦楽団にも大きな拍手を送りたい。

いずれにしても、本盤を含め、クリュイタンスがパリ音楽院管弦楽団とともに録音したラヴェルの管弦楽曲集は、クリュイタンスの遺した最良の遺産であるとともに、様々な指揮者によるラヴェルの管弦楽曲集の中でも随一の名演と高く評価したい。

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クリュイタンスのラヴェルは素晴らしい。

クリュイタンスがパリ音楽院管弦楽団とともに録音したラヴェルの管弦楽曲集は、クリュイタンスの遺した最良の遺産であるとともに、様々な指揮者によるラヴェルの管弦楽曲集の中でも随一の名演と高く評価してもいいのではあるまいか。

他のフランス人指揮者によるラヴェルと比べても群を抜いて素晴らしいとも言えるだろう。

ラヴェルの管弦楽曲は、光彩陸離たる華麗なオーケストレーションが魅力の一つであり、それ故に多くの指揮者によってオーケストラ曲としての醍醐味を味わわせてくれる数々の華麗な名演が成し遂げられてきているところだ。

クリュイタンスのラヴェルにも、そうした華麗さを有していると言えるが、どこをとってもフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいと独特の気品に満ち溢れているという点において、他の指揮者による演奏とは一線を画している。

そして、一聴すると曲想を精緻に描き出して行くというオーソドックスな演奏のように聴こえなくもないが、よく聴くと各フレーズには独特の洒落たニュアンスと瑞々しいまでの感性が満ち溢れており、常にコクのある響きが全体を支配しているのが素晴らしい。

しかも、コクのある響きと言っても厚手の衣装をまとったような重苦しさなどはいささかもなく、むしろ現代的な清新さを兼ね備えていると言えるところであり、こうしたいささかも古色蒼然としていない清新さが、本管弦楽曲集を普遍的な価値を有するものとするのに大きく貢献している。

本盤に収められたバレエ音楽「マ・メール・ロア」や高貴で感傷的な円舞曲もそうしたクリュイタンスの芸風が顕著にあらわれた超名演であり、華麗さと繊細さを併せ持つ剛柔のバランス、フランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいと格調の高さ、そして瑞々しいまでの清新さといった、望み得るすべての要素を兼ね備えた完全無欠の演奏と言っても過言ではあるまい。

クリュイタンスの統率の下、美しさの極みとも言うべき名演を繰り広げたパリ音楽院管弦楽団にも大きな拍手を送りたい。

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ラヴェルの管弦楽曲集は、その光彩陸離たる華麗なオーケストレーションの魅力もあって、様々な指揮者による主要なレパートリーとなり、これまで多種多様な演奏が繰り広げられてきているところだ。

そのようなあまた存在する演奏の中には名演と評価し得るものも数多くあるが、かかるあまたの名演に冠絶する至高の超名演こそは、本盤に収められたクリュイタンス&パリ音楽院管弦楽団による演奏である。

録音から約50年が経過したにもかかわらず、現在でも本演奏を凌駕する名演があらわれていないというのは殆ど驚異的である。

本盤に収められた各曲の演奏におけるクリュタンスのアプローチは、意外にもゆったりとしたテンポにより曲想を精緻に描き出して行くというオーソドックスなものと言える。

しかしながら、一聴すると何の変哲もない演奏の各フレーズの端々からほのかに漂ってくるフランス風のエスプリには抗し難い魅力があると言えるところであり、演奏全体が醸し出す瀟洒な味わいにおいては、他の演奏の追随を許さないものがあると言えるだろう。

また、ボレロ、ラ・ヴァルス、スペイン狂詩曲ともに、終結部に向けて圧倒的な盛り上がりを見せる楽曲であるが、本演奏では強靭さにおいては不足がないものの、かかる箇所においても洒落た味わいをいささかも失うことがないのは、クリュイタンスのラヴェルの音楽への深い理解・愛着と同時に、その抜群の相性の良さを感じることが可能だ。

まさに、クリュイタンスによる本演奏こそは、ラヴェルの管弦楽曲演奏の理想像の具現化とも評価し得るところである。

このように洒落た味わいが際立つ演奏ではあるが、パリ音楽院管弦楽団の卓越した技量も、ラヴェルの華麗なオーケストレーションを色彩感豊かに描き出すのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

このような演奏を聴いていると、クリュイタンスが62歳という指揮者としては比較的若くしてこの世を去ってしまったことを大変に残念に思う聴き手は筆者だけではあるまい。

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クリュイタンスがパリ音楽院管弦楽団とともに録音したラヴェルの管弦楽曲集は、クリュイタンスの遺した最良の遺産であるとともに、様々な指揮者によるラヴェルの管弦楽曲集の中でも随一の名演と高く評価したい。

ラヴェルの管弦楽曲は、光彩陸離たる華麗なオーケストレーションが魅力の一つであり、それ故に多くの指揮者によってオーケストラ曲としての醍醐味を味わわせてくれる数々の華麗な名演が成し遂げられてきているところだ。

クリュイタンスもそうした指揮者の列に連なるものと考えるが、クリュイタンスの演奏はそうした華麗さにとどまらず、どこをとってもフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいと独特の気品に満ち溢れているという点において、他の指揮者による演奏とは一線を画している。

そして、一聴すると曲想を精緻に描き出して行くというオーソドックスな演奏のように聴こえなくもないが、よく聴くと各フレーズには独特の洒落たニュアンスと瑞々しいまでの感性が満ち溢れており、常にコクのある響きが全体を支配しているのが素晴らしい。

しかも、コクのある響きと言っても厚手の衣装をまとったような重苦しさなどはいささかもなく、むしろ現代的な清新さを兼ね備えていると言えるところであり、こうしたいささかも古色蒼然としていない清新さが、本管弦楽曲集を普遍的な価値を有するものとするのに大きく貢献している。

本盤に収められたバレエ音楽「ダフニスとクロエ」も、そうしたクリュイタンスの芸風が顕著にあらわれた超名演であり、華麗さと繊細さを併せ持つ剛柔のバランス、フランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいと格調の高さ、そして瑞々しいまでの清新さといった、望み得るすべての要素を兼ね備えた完全無欠の演奏と言っても過言ではあるまい。

そして、クリュイタンスの統率の下、美しさの極みとも言うべき名演を繰り広げたパリ音楽院管弦楽団や、最高のパフォーマンスを発揮したルネ・デュクロ合唱団にも大きな拍手を送りたい。

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2013年08月25日


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驚天動地の名演だ。

名演の前に超をいくつか付け加えてもいいのかもしれない。

それくらい、弦楽四重奏曲の通例の演奏様式の常識を覆すような衝撃的な解釈、アプローチを示している。

アルカント弦楽四重奏団は、以前にもバルトークの弦楽四重奏曲の超名演を成し遂げているが、本盤の衝撃は、その比ではない。

ドビュッシーとラヴェルの有名な弦楽四重奏曲の間に、デュティユーの弦楽四重奏曲をカップリングするという選曲のセンスの良さも光るが、この有名曲であるドビュッシー、ラヴェルの弦楽四重奏曲が含有する作品の内面への追求が尋常ではない。

ダイナミックレンジの桁外れの幅の広さや、極端とも言うべき緩急自在のテンポの変化を駆使して、ひたすら作品の内実に迫っていくアプローチには、ただただ頭を垂れるのみ。

それでいて、例えばラヴェルの第3楽章などに見られる情感豊かさは、筆舌には尽くしがたい美しさを誇っている。

デュティユーの各楽章(部と言ってもいいのかもしれない)毎の思い切った描き分けは、難解とも言える同曲の本質を聴者に知らしめるという意味において、これ以上は求め得ないような理想的な演奏を行っている。

それにしても、これらの各楽曲の演奏における4人の奏者の鉄壁のアンサンブルは、何と表現していいのであろうか。

それぞれが若手奏者であるにもかかわらず、単なる技術偏重には陥らず、常に作品の内面を抉り出そうと言う真摯な姿勢には深い感銘を覚えるとともに、この団体の今後の更なる発展を予見させるものと言えよう。

録音も素晴らしい。

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2013年05月07日


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凄い演奏だ。

アルゲリッチはスタジオ録音の時でさえ、自由奔放でスリル満点の豪演を展開するのが常であるが、ライヴ録音においてはとてもその比ではない。

まして、本盤に収められた録音は今から30年以上も前の若き日のアルゲリッチのコンサートのライヴであり、切れば血が出てくるような灼熱のように燃え上がる生命力に満ち溢れた壮絶な豪演を堪能することが可能だ。

いずれもアルゲリッチが得意とする楽曲で構成されているが、特にラヴェルの2曲は、他のいかなるピアニストによる名演に冠絶する至高の超名演と高く評価したい。

両曲ともに、華麗にして繊細なラヴェルのピアノ曲の縮図のような楽曲であり、弾きこなすには卓越した技量と表現力が必要だ。

アルゲリッチは、人間離れした超絶的な技量をベースとしつつ、変幻自在のテンポ設定や思い切ったアッチェレランド、リタルダンドを駆使している。

強靭な打鍵から繊細な抒情に至るまで、表現の幅は桁外れに広く、まさに圧倒的な音のドラマの構築に成功している。

これだけ自由奔放でドラマティックな演奏を行っているにもかかわらず、全体の造型はいささかも弛緩することはなく、それでいてスケールの雄渾さを失わないのは、アルゲリッチだけに可能な圧巻の至芸であろう。

シューマンの幻想小曲集は、ラヴェルと異なり他のピアニストの名演を凌駕するとまではさすがに言えないが、同曲の演奏における情感に満ち溢れた詩情の豊かさは至純の美しさを誇っていると言えるところである。

また、構成する各曲の描き分けも実に巧みに行っており、アルゲリッチの卓越した表現力の幅の広さを感じることが可能だ。

本盤の録音については、1970年代後半のライヴ録音であるが、リマスタリングによってある程度は満足できる音質であった。

ところが、今般のSACD化によって、最新録音にも匹敵するような鮮明な超高音質に生まれ変わった。

クラシック音楽業界が不況にある中で、EMIが果敢にSACD化を進めていることを心から讃えるとともに、アルゲリッチによる歴史的な超名演を望み得る最高の音質で味わうことができることを大いに歓迎したい。

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2013年04月22日


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ラトル&ベルリン・フィルの好調ぶりがうかがえる素晴らしい名演だ。

ラトルもベルリン・フィルの芸術監督就任後数年間は、ベルリン・フィルの掌握にかなり苦しんだと思われるが、一昨年のマーラーの交響曲第9番あたりから、漸くその掌握に成功し、名演の数々を繰り広げるようになった。

ベルリン・フィルも、アバド時代から続いていた世代交代が漸く一段落し、かつての輝きを取り戻してきたように思われる。

その意味では、今や、ラトル&ベルリン・フィルは最も実り多き黄金時代に突入したと言えるだろう。

歌劇「子供と魔法」は、ラトルの作品の本質に切り込んでいく鋭いアプローチが光る。

当該オペラは、表面上は、あくまでも子供を主人公としたコメディであるが、その内実はとてもコメディには分類し切れない、人の深層心理を様々な動物や物質を活用して風刺するという、心眼を覗きこむが如き奥深い内容を有した作品と言える。

ラトルは、思い切ったテンポの緩急や、幅広いダイナミックレンジの活用などを駆使して、ドラマティックに作品を描出しており、作品に内在する本質を捉えた深みのある濃密な名演に仕立てあげた点を高く評価したい。

ラトルの卓越した統率の下、ベルリン・フィルも圧巻の技量を披露していると言える。

コジェナーやジョセ・ヴァン・ダムなどの一流の歌手陣は圧倒的な歌唱を披露しており、ベルリン放送合唱団も最高のパフォーマンスを示していると言える。

バレエ「マ・メール・ロワ」も素晴らしい名演。

我々聴き手は、どうしてもラヴェルの華麗なオーケストレーションに耳が奪われがちになるが、ラトルは、同曲に内在する憂いの描出にもいささかの抜かりはなく、彫りの深い情感豊かな音楽の構築に成功している点を高く評価したい。

ここでも、ベルリン・フィルは卓越した技量を披露しており、そのあまりの上手さには唖然とするほかはないほどだ。

HQCD化によって、音質は鮮明であるとともに音場に広がりがあるのが実に素晴らしく、本盤の価値を高めるのに大きく貢献していると言える。

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2013年03月20日


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プレートルは、数年前までは、名指揮者ではあるものの、お国もののフランス音楽(特にオペラ)を得意とする名指揮者という評価がせいぜいであったが、ヴァイトブリックから発売されたマーラーの「第5」&「第6」、ベートーヴェンの「第9」、ブルックナーの「第7」&「第8」が発売され、それらすべてが名演と高く評価されたこともあり、今や、現代を代表する巨匠の一人と目されるに至ったと言える。

また、2010年のニュー・イヤー・コンサートでも、2008年に続いて2度目の登場を果たし、既発売CDもその瀟洒な味わいから大絶賛を浴びたのも記憶に新しいところだ。

そのような巨匠プレートルの指揮するラヴェルの管弦楽曲集(『展覧会の絵』は、ムソルグスキーの作品の編曲であるが)が発売されたのは、何と言う時宜を得た素晴らしいことであろうか。

前述のように、プレートルは、今やドイツ音楽も、そしてフランス音楽も見事に表現し得る大巨匠であるが、本盤は、ドイツのオーケストラを指揮したこともあり、ドイツ風とフランス風を見事に融合させた名演と高く評価したい。

プレートルの持ち味である開放的な音楽性と明るいサウンドが楽しめる演奏だ。

重厚で重量感溢れる演奏を基本としつつ、随所に漂うフランス風の瀟洒な味わい。

おそらく、現代においては、巨匠プレートルにしか成し得ない稀有の至芸と言えよう。

ライヴならではの即興的なテンポの揺れ(これもプレートルの本領)にオーケストラが戸惑いながらも何とかついていっている様子が窺えて面白い。

文句なく素晴らしいのが『ダフニスとクロエ』第2組曲で、眩いばかりの輝きと濃密な表情が一体となった名演。

『ボレロ』における各ソロ奏者の濃厚な吹かせ方なども、実に味わい深く大変に魅力的だし、『展覧会の絵』の「キエフの大門」や、『ダフニスとクロエ』第2組曲の終結部も、聴き手の度肝を抜くような圧倒的なド迫力だ。

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2013年02月10日


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期待を裏切らない名演だと思う。

ブーレーズとエマールの組み合わせは、これまでもリゲティのピアノ協奏曲などの共演で既に名コンビぶりを発揮していたが、今回は、ラヴェルの傑作協奏曲をいかに料理するのか、聴く前から大変興味を抱いていた。

若き日の前衛的なアプローチが影をひそめ、すっかりと好々爺になったブーレーズであるが、フランスの若手ピアニストでありながら、非常に個性的な解釈で知られるエマールとの共演で、この傑作協奏曲をいかに解釈するのか……。

結果は、意外にも正統派のアプローチであった。

ブーレーズは相変わらずの分析的な表現が、ラヴェルの巧緻なオーケストレーションでは奏功。

もちろん、左手のためのピアノ協奏曲において時折見られる無機的になる寸前の最強奏など、若き日の前衛時代を一部に垣間見ることもできるが、ピアノ協奏曲ト長調、特に第2楽章などの繊細にして優美な指揮は、若い日に先鋭的なラヴェルの管弦楽曲集を遺した指揮者とは思えないような情感の豊かさだ。

エマールのピアノもただただ美しい。

エマールは予想通りのクールで客観的な表現で、それ以上でも以下でもない。

こういう行き方だと、まるでブーレーズ自身がピアノを弾いているかのように、オケと一体化している。

2つのピアノ協奏曲における繊細にして情感豊かなタッチも美しいが、「鏡」における諸作品におけるエスプリに満ち溢れたセンス満点の弾きぶりは、改めてエマールがフランス人であることを再認識させられた。

ツィメルマンとの録音も同じブーレーズ&クリーヴランド管のコンビがバックであったが、今回の方がさらに良い出来映えだと思う。

録音も非常に鮮明であり、素晴らしい。

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2013年01月11日


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非常に色彩感溢れる素晴らしい名演だ。

まさに、ラトルとかつての手兵バーミンガム市交響楽団の最高の結実の一つと言えるのではないか。

息の長いフレーズの歌わせ方や、手作りの味といえるほど丁寧な音の扱いなど、聴き込むほどに味わいの深まる類の演奏だろう。

『ダフニスとクロエ』では、ラトルは、各場面毎の描き分けを巧みに行い、ラヴェルが作曲した魔法のような華麗な管弦楽の世界を、これ以上は求め得ないような色彩感で描き出していく。

綿密に計算された演奏で、とかく冗長になりがちな第1部では、「序奏と宗教的な踊り」の神秘的ムードにの作り方からして聴き手を引きつける魅力を持っている。

第3部の「日の出」から「全員の踊り」にかけては、合唱団とのバランスもよく、「全員の踊り」での迫力に圧倒される。

音の強弱や緩急自在のテンポ設定も思い切って行っているが、この当時はまだまだ若手指揮者に過ぎなかったにもかかわらず、勢いに任せたいわゆる青臭さなど微塵も感じられない。

このあたりは、さすがはラトルのその後の成長・発展を予見させる類稀なる才能の証左と言えるだろう。

『ダフニスとクロエ』では、合唱も重要な働きを示すが、バーミンガム市交響楽団合唱団も、最高のパフォーマンスを示していると言える。

『ボレロ』も丹念に仕上げた名演。

こちらの方は、比較的ゆったりとしたテンポで、おなじみの旋律を必要以上にきらびやかにせず、じっくりと豊かに歌いあげていく。

こうした落ち着きさえ見せるような堂々たる指揮は、既に若くして未来の大指揮者の貫録十分である。

音質は、従来のCDでは極端に小さな音や、霞のかかったような細部を聴き取るのが少々つらい面もあったが、HQCD化によって、音場の奥行きが広くなり、音質にも若干ではあるが鮮明さを増した点は素晴らしい。

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2012年09月26日


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2009年3月4日に80歳の誕生日を迎えた現代屈指の巨匠ハイティンク。

最強の手兵シカゴ響の首席指揮者としてすでに3シーズン目に入り、ますますの充実ぶりをみせるマエストロによるCSO RESOUND最新アルバムは、プーランクにラヴェルというシリーズ初のフランスもの。

録音のレベルがかなり低いのではじめはどうなのかなと思ったが、ボリュームをあげると、この演奏の素晴らしさが伝わってきた。

最初、中ぐらいの音量で聴いたところぱっとしなかったが、大音量で聴くと音楽は一変し色彩豊かで繊細なフランス音楽が広がっていた。

プーランクはシカゴ響のCDは初めてかと思われるが、繊細な名演。

「ダフニスとクロエ」全曲は文句なしの名演奏で、ハイティンクはフィリップスにCDを録音している頃とは異なる巨匠になったようだ。

どちらかと言えばプーランクの出来の方がいいと思うが、「ダフニスとクロエ」の、特に第3部の合唱が入ってくる箇所の夕映えのような美しさは、さすがは巨匠ハイティンクだと思った。

シカゴ響の技術レベルの高さも特筆もので、ソロの名人芸も聴きごたえがあり完璧。

これがシカゴ響かと思われるほどフランスのデリカシーに満ちていて、シカゴ響がハイティンクの薫陶で、ショルティやバレンボイム時代とは全く異なる個性を持っていることに驚かされた。

弱音でも強音でもオケと合唱のバランスが素晴らしく、細部まで神経が行き届いている感じで好感が持てた。

ハイティンクとシカゴ響のコンビといえば、2009年2月、アジア・ツアーの一環として行なった来日公演の大成功がまだ記憶に新しいところだが、ここまでの流れを見る限り、今後の動向も目が離せないものといえそうである。

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2012年08月25日


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マゼールはオーケストラを音楽的に煽り立て、聴き手を興奮させるのが巧みな、いわば"演出"に長けた指揮者といっていいだろう。

それが彼の音楽的共感の反映なのか、それとも職業的経験がなせる業なのか、判断しかねるけれど、多分両々相俟ってそうなるのではないか。

ただしここでのマゼールは、オーケストラを煽るのではなく、その自発性を引き出そうとしているかのよう。

名門集団は煽らずとも音楽的成果を上げ得ると確信していたからに違いない。

従って演奏全体には、いつもの彼より悠揚とした感じが漂っているような気がする。

フランス風のエスプリでもなければ、ラヴェルのスペイン趣味も聴かれない、鬼才マゼールの独壇場!

しかし一度聴いたらもう二度と忘れられないマゼール&ウィーン・フィルのラヴェル。

全曲通して、悪夢を見ているような濃厚さが強烈そのもので、これは、鬼才マゼールならではの個性的なラヴェルである。

もっとも《ラ・ヴァルス》と《ボレロ》は、いつものマゼールだ。

ただ、ウィーン・フィルのどこまでも美しく繊細で、なおかつ最強奏になっても決して気品を失わない演奏が、本盤の演奏を過激なものとしてしまう寸前で止める結果になっていると言える。

したがって、いわゆる名演というのには躊躇するが、ひと味もふた味も違う個性的なラヴェルを味わえるという意味では、一聴の価値が十分にあるものと考える。

ラヴェルの曲に落ちた黒い影を異常なまでにえぐり出した面白い1枚である。

SHM-CD化によって、相当な音質改善が図られているように感じた。

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2012年03月01日


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音楽史上、屈指の大器晩成型作曲家であるセザール・フランクの最高傑作がヴァイオリン・ソナタである。

というより筆者個人にとっては、全てのこの形式の中での最高傑作である。

何しろ、筆者が死ぬ時には必ずこの曲を聴きたい、と今から思い詰めているくらいなのだ。

全4楽章を貫く、循環主題による統一の妙と対位法の極致のような見事な処理。

めくるめく転調。

第2、3楽章の闘争と苦悩を、圧倒的に超克する第4楽章のキリスト教的昇華……。

とまあ、ほとんど何を書いているのかわからないが、そういう作品である。

とくにあの終楽章のカノンには絶句するしかない。

この名作の名演というとティボー&コルトーをはじめいくつも思いつくが、筆者はカントロフをイチオシだ。

カントロフは現役のフランスのヴァイオリニストの中で断然の名手。

彼には2種の名盤があり、特にこのデンオン盤は美しい。

近年の彼はもっと奔放に弾くかもしれないが、ここでは音色の高貴さと表情の厳しさとが美しく同居している。

新鋭と思っていたこのフランスの2人の演奏家も既に60歳を越えている。

この録音は今から20年近く前のもので、彼らの若き新鮮な感覚でフレッシュな演奏を聴かせている。

しかしただ新鮮というだけではなく、ここには研ぎ澄まされた両者の感性が火花を散らし、また都会的な側面も多々ある。

このラヴェルのヴァイオリン・ソナタも様々な側面を持っているが、彼らの演奏はクールでやや神秘的な第1楽章、ブルースの要素を含む第2楽章、スリリングでスピード感溢れる終楽章、それぞれにシャープで輝きを絶やさない技巧的な表現は、単に技術に偏ったものではなく、真にこの曲の美しさと直結している。

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2011年09月10日


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1978年1月10日、ベルリン、フィルハーモニー・ホールに於けるライヴ録音。

ジュリーニの全盛時代は、ロサンゼルス・フィルの音楽監督をしていた1970年代後半から1980年代前半にかけてではないだろうか。

1980年代も後半になると、極端に遅いテンポによる粘着質の演奏に陥ることもあり、曲によって出来にムラが出来てくる傾向にあった。

しかし、全盛時代のジュリーニは、イタリア人指揮者ならではの豊かな歌謡性と、ドイツ音楽にも通暁するような重厚な造型美が織りなす堂々たる素晴らしい名演の数々を生み出していた。

本盤におさめられた3曲は、1978年という全盛時代。しかも、楽団史上最高の状態にあった天下のベルリン・フィルを指揮したということで、演奏が悪かろうはずがない。

特に、ラヴェルの『マ・メール・ロウ』とドビュッシーの『海』は、ジュリーニが何度もスタジオ録音を行った十八番とも言える楽曲であるが、本盤の演奏は、ライヴならではの熱気も相まって、ジュリーニによる両曲の最高の名演と評価したい。

特に、『マ・メール・ロワ』の気品ある優美さは、この時代のジュリーニ、そしてベルリン・フィルだからこそ成し遂げられた至高の美演と言えよう。

特にラストの「妖精の園」では慈愛に満ちた優しさを感じ取ることが出来る。

『海』の情感に満ち溢れた繊細な歌い方、そしてここぞという時の重量感溢れる演奏も大指揮者の風格が漂っているし、初登場の『左手のためのピアノ協奏曲』も、重厚さと繊細なタッチが見事に融合した稀有の名演である。

音質は、アナログ的な柔らかさに適度のホールトーンを含んであたかもコンサート会場に居るようである。

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2011年05月18日


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この近代フランスを代表する2つの四重奏曲の演奏は、往年のカペー以来、フランスの四重奏団が他を圧していたが、第2次大戦後はさまざまな四重奏団が個性豊かな演奏を聴かせるようになったのも時代の流れだろう。

最近でもアルバン・ベルク、エマーソン、東京クヮルテットなどが作品の多様な魅力をそれぞれ明らかにしているが、カルミナSQもその一つである。

2曲とも4つの楽器が調和した響きが見事であり、その重厚すぎたり軽すぎることのない透明な音の美しさと緻密な表情、旋律のしなやかな歌わせ方も素晴らしい。

生き生きとした生気とみずみずしい情感を豊かにたたえた洗練された表現が、とても新鮮で魅力的な演奏である。

ドビュッシーはデリケートな曲想なので、アプローチする弦楽四重奏団はつい慎重になりすぎる傾向もあるのだが、ここに聴くカルミナSQは4人全員がはつらつとしており、意欲十分。

消極的にならず、かといって雑にもならず、難曲とすがすがしく取り組んでおり、好ましい。

ラヴェルはフレッシュに発想されたものが、そのままの勢いを保って、小気味よくまとめ上げられたような演奏である。

緩急、強弱の変化への対応もスムーズで、各表現には曖昧さがない。

小型ながら、エネルギッシュな特色をもつアンサンブルと言えよう。

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2011年05月08日


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クリュイタンスとパリ音楽院管弦楽団の最初で最後の来日公演は、1964年5月であった。

その中で、ベルリオーズの《幻想交響曲》と、この『ラヴェル・フェスティヴァル』が録音されたのは、実に幸いなことである。

《スペイン狂詩曲》、《マ・メール・ロワ》、《ラ・ヴァルス》、《クープランの墓》、《亡き王女のためのパヴァーヌ》、《ダフニスとクロエ》第2組曲というプログラムで、そのすべてがすばらしい演奏だ。

どの曲でもクリュイタンスの端正で想像力に富んだ解釈が、パリ音楽院管弦楽団の繊細で典雅な響きと結びついて芳醇なシャンパンを思わせる演奏を行ない、聴く人を快い酔いに誘ってくれる。

とくに《ラ・ヴァルス》で、混沌のうちにワルツの旋律が少しずつ形をとりながら浮かび上がってくる時の洗練されたニュアンスは忘れ難い。

また、《ダフニスとクロエ》の冒頭「夜明け」で、オーケストラの管と弦がキラキラと輝きを放ちながら、しだいに音量を加えていく時の解釈は、実に繊細で喚起力に富んでいる。

ラヴェルの音楽の古典的な性格、明晰な造型、洗練された感覚を、これほど鮮やかに再現した演奏はない。

クリュイタンスは、決してオーケストラを強い意志で引っ張ってゆくタイプの指揮者ではない。

むしろ、オーケストラの個性を引き出し、自発的な演奏に向けてまとめてゆくタイプである。

このような彼の資質が、一つ一つの情景を生き生きと再現していた。

実際、いま久々にクリュイタンスのラヴェルを聴いてみても、オーケストラの芳香、デリカシーにみちたディテールの仕上げなど、その魅力は、時代を経てもいささかも失われていない。

来日の翌年、クリュイタンスは癌で亡くなり、パリ音楽院管弦楽団は解散してパリ管弦楽団に変わってしまった。

62歳の死は、指揮者として円熟期を迎えたばかりの彼にとっては悲劇であった。

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2011年03月19日


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《ボレロ》だけがベルリン・フィルで、《ラ・ヴァルス》や《スペイン狂詩曲》《クープランの墓》などはパリ管弦楽団との演奏である。

フランスの威信をかけて設立されたパリ管弦楽団は、フランスが誇る大巨匠シャルル・ミュンシュの急逝の後、カラヤンが短期間その任に当たった時代の録音の中でも、ラヴェルの管弦楽曲を集めた1枚は、この両者の組み合わせのユニークな味わいが最も面白く発揮された快演であった。

カラヤンのつくり出す構築的で重厚な造型に対し、パリ管弦楽団はフランス的な軽快さと爽やかな味わいを加えていく。

なかでも《道化師の朝の歌》では、この双方の特性がぶつかり合い、濃厚でありながらも決して胃にもたれないまったく独特の魅力を持つ名演が生まれた。

こうしてみると、カラヤンとパリ管弦楽団の組み合わせによるフランス物は実に良いコンビだったわけで、もっとたくさんの録音が残されなかったのが惜しまれる。

ドイツとフランスの幸福な結婚とも呼ぶべき演奏である。

ラヴェルの全作品をパリ管弦楽団と録音してくれていたらと思わずにはいられない素晴らしい演奏だが、ベルリン・フィルとの《ボレロ》も文句のつけようがない。

ピアニッシモで開始し、終結部でフォルティッシモが炸裂するまでの長いクレッシェンドは見事に計算され、寸分の狂いもなく前進する。

ベルリン・フィルの管楽器の名手たちがつぎつぎに登場してくるこの演奏は聴き手にも緊張感が伝わってくる。

聴き手にある種の陶酔感を与えるオスティナート・リズムと主題の魔力はまさにカラヤンならではの魔力と言えよう。

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2010年11月18日


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私はチェリビダッケのライヴに接したことはないが、多くの海賊盤を所有している。

私がなぜこれまでチェリビダッケの正規盤を採り上げてこなかったかというと、METEORやAUDIORなどのレーベルの海賊盤の方が、実際の生演奏の印象に近いと感じられるからである。

EMIやDGの正規盤は、デリケートなニュアンスにやや欠落が見られ、生前、チェリビダッケがあれだけ録音を嫌いつづけたわけも理解できるというもの。

けれどもディスクに収録された音楽だけといってもやはり傑出した演奏であることは間違いない。

こうして記録が残されたことに心から感謝したい。

チェリビダッケの初回の"公式リリース"のなかでも、このディスクはもっとも注目すべき録音の一つ。

《展覧会の絵》では、冒頭のプロムナードから、チェリならではの強烈な印象を与える。

でも、当初はその遅いテンポに戸惑いを覚えたとしても、この指揮者の精妙で懐の大きな世界にいったん馴染んでしまうと、その豊かさは他の人の演奏では決して体験できないものがある。

《ボレロ》は、小太鼓のpp(限りなくpppに近い)から始まって、ラストの終始にいたる18分11秒という間、聴き手は息をつくことすら許されない。

ぴんと張り詰めた緊張感がその比較的遅いテンポとともに指揮者の不屈の意志をもって堅持される。

その徹底ぶり! ボレロのリズムを軸として次々と様々な楽器を加えてゆく、その作業はあたかもスローモーション画像を見ているかのよう。

それらのすべてが克明で印象深く提示される。

この演奏はチェリビダッケの演奏の特徴の一つである、「繊細な段階づけをもつダイナミズムやオーケストラの響きの室内楽的明晰さと透明性」をはっきりと示している演奏もないだろう。

これもまた、チェリビダッケ伝説の記録の一つ。

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2010年02月14日


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アメリカのオーケストラ・ランキングで常に1位を保っているシカゴ響の、今日の姿をつくり上げた指揮者はフリッツ・ライナーだったと言われるが、それはショルティの指揮する来日公演の放送でも時折、レコードで聴く昔のライナーの音が顔を出して、興味深い体験をしたことから納得できる。

ライナーの指揮はいわゆる職人タイプの広いレパートリーに対応したものだが、オーケストラの機能を知りつくし、どんな表現でも可能な指揮法の大家だったライナーがつくり出すサウンドは、独特の鮮やかな効果と充実した手触りを持っていて、その音で演奏されれば、どんな曲でも立派に聴こえてしまう一種のマジックとも言えるものだった。

一般にライナーの名演はバルトークやR.シュトラウスだと言われているが、フランス音楽やスペインものも得意にしていたことは意外に知られていない。

そうした曲には「本場もの」演奏が不可欠の要素だと思われがちだが、強烈な色彩で描かれた絵よりも微妙な色合いの変化で楽しませる作品の方が印象的であることを、彼の指揮したラヴェルは教えてくれる。

特に「スペイン狂詩曲」の冒頭でオーケストラが柔らかい漂うような音で透明に重なり合うのを聴くと、今まで気付かなかった曲の効果に驚く。

もちろんオーケストラが大きく炸裂する部分ではいつも通りのシカゴ響の圧倒的な力が発揮されるが、繊細な表現により重点が置かれていることは確かだ。

そしてそうした細部をリアルな存在感を持って表現した録音が重要な意味を持っていることに改めて気付く。

フルトヴェングラーやストコフスキーのような強烈な個性で圧倒するタイプの指揮者は、どんな録音の状態も越えて表現が伝わってくるが、つくり出すサウンドが重要な指揮者は、こうした演奏行為の空間がそのまま収録されなければ、表現の多くが失われてしまうからだ。

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2009年09月26日


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ラヴェルの生誕100年を記念して録音されたアルバムで、マルティノン&パリ管の初レコードでもあった。1975年度の仏ACC&ADFディスク大賞を受賞している。

マルティノン盤は、本場の演奏者の強味が十二分に発揮された極めて本来的な名演である。

クリュイタンス盤と比較すると、官能性やファンタジーには少し乏しい反面、それ以上のラテン的な明晰さとキメ細かさを示しており、パリ管の管楽器の絶妙な音色もたまらなく美しい。

ラヴェルの音楽のもつ、精緻できらりと光るオーケストレーションを、鮮やかに再現したもので、音色の華麗な美しさと、その品のよい表現には魅せられる。

「マ・メール・ロワ」は実に巧妙な棒さばきで、この曲の幻想的な世界を整然とまとめており、そのキメ細やかなセンスのよい音楽のつくり方には強く惹きつけられる。

「亡き王女のためのパヴァーヌ」はこの作品のもつ色彩的で、香り高い音色を、もののみごとに表現した演奏。

「道化師の朝の歌」ではパリ管から実に柔らかく、色彩感のあふれた音色を引き出しており、しかも精緻で品のよい表現でまとめていて素晴らしい。

「ラ・ヴァルス」はマルティノンの、知的で、しかもラテン的な色彩にあふれた演奏ぶりのよくあらわれたもので、ことに終結部にかけての、優美で繊細な表情の美しさは、何とも言えない味わいだ。

「クープランの墓」はマルティノンならではの綿密な演出の光った演奏で、その気品にみちた表現には、心を打たれる。ことに色彩感豊かな弦楽器の響きが素晴らしい。

「高雅にして感傷的なワルツ」でも、知的でありながら、きわめてラテン的な色彩美にあふれた音楽を作り出している。マルティノンならではの、気品のただようその表現は、見事としかいいようがない。

「古風なメヌエット」はフランス的な知性に裏づけられた、しなやかで鋭い棒さばきで、曲の雰囲気を見事に表現したものである。ことにオーケストラから引き出される、多彩な音色の美しさは、格別だ。

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2009年09月24日


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クリュイタンスのラヴェルについては、「パリ音楽院管弦楽団とは」の項でも述べたが、特別な魅力のある名盤なので、改めて記す。

ここに聴くクリュイタンスのラヴェル解釈は、とても垢抜けしており、エレガント。

力強さは充分にあるものの、力みすぎるようなことがないし、デリケートな部分はたいそうデリケートに対処しながらも、弱々しくなってしまうようなことがない。

ラヴェルのコンテクスト固有の、気むらな感じで突如として流れが変わってしまうようなところへの対応の仕方が、少しも不自然さがなく、スムーズ。

おしゃべりになりすぎたりせず、それでいて必要なことはきちんと語り尽くしている。

パリ音楽院管弦楽団の個性を巧みに駆使しており、音色が自在で、多彩。

耳にキラキラとするような部分と、抑えたような部分とのバランスがよい。

どの曲の演奏においても、随所に出てくる管楽器のソロがたいそう効果的で、うまく演出されているという感じだ。

指揮者にとっても、オーケストラにとっても、ラヴェルの音楽が無理なく血肉化していると思える演奏内容である。

全4枚のCD、そのいずれからも洗練されたラヴェルを聴くことができるといえよう。 

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2009年07月21日


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フランソワ&クリュイタンスのディスクは、既に半世紀も前の録音ではあるが、その洗練度とエスプリ、柔軟自在なファンタジーは現在も少しも鮮度を落としていない。

というよりはむしろ、ここまで詩的なセンスを飛翔させた演奏が激減している現在、より一層フレッシュな感覚を我々に与えてくれるものとさえ言えそうである。

ラヴェルは作品の好き嫌いの激しいフランソワの十八番の一つでもあったが、フランソワが名匠クリュイタンスの共演を得て録音した2つのピアノ協奏曲は、まさにその豪華な顔合わせの成果というにふさわしい歴史的名演になっている。

ほろ苦くコクのある音色で音符を深く味わいながら語り継いでいくフランソワの表現は、これ以上はあり得ないほどのファンタジーとポエジーを内在させており、そこから滲み出る濃密な情念は、聴き手の神経をしびれさせるようなデモーニッシュな魅力さえも放っている。

天才と狂気―これはラヴェルとフランソワに共通した資質だ。

即興性を孕みながら、ラプソディックで奔放な表情、密度の高い情緒を一貫して維持して奏されるピアノ、それをサポートし、ときには協調し、ときにはコントラストをつけてすすむオーケストラの鮮烈な、ときには神秘的なみずみずしさ。

フランソワのラヴェルに、そしてこの2曲の演奏にみなぎるポエジー、それも今後この2曲の演奏からたちのぼるとは考えられないような高度に結晶したポエジーである。

《ピアノ協奏曲》でのフランソワは、クリュイタンスの名人的な好伴奏に支えられて、フランス的な感性にあふれた演奏を繰り広げている。

ことに、ラヴェル独特の洒落た感じを表出しているところは、この人ならではのものだ。

第1楽章のホルン、最高音のピアニッシモの甘さはフランスならでは。クリュイタイスのオーケストラとフランソワのピアノは、上品対上品、エレガンスの火花を散らせて、大人の味わいである。

《左手のためのピアノ協奏曲》は、出来不出来が明瞭にわかれるフランソワの演奏のなかでも、特によく出来たもののひとつで、作品全体にただよう不思議な気分を、繊細なタッチと、大きなスケールで表現していて、フランソワの芸術の真価を堪能させてくれることだろう。

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2009年06月25日


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ブーレーズは作曲家としての厳しい目で各曲を鋭く分析し、どの曲も寸分の隙もなくすこぶる精緻に仕上げている。

作品を客観的に見詰めながらも、演奏のすみずみにまでこまやかな情趣を浸透させるようになったブーレーズ。

そんな彼がベルリン・フィルから精妙な響きを引き出し、それに熟した熱っぽい情念を注ぎ込んで、なんともいえぬ見事なラヴェルを生み出している。

カラヤン後のベルリン・フィルは響きの精妙さが少し失われてきたような気がしていたが、しかしブーレーズはラヴェルに必要な極上の響きを再び取り戻しており、《マ・メール・ロワ》《スペイン狂詩曲》《ボレロ》はいずれもすこぶるスマート、かつ新鮮である。

なかでも《ボレロ》は、最初の淡白な表現から徐々にクライマックスを導いていく絶妙な手腕に、ただただ圧倒される。

《マ・メール・ロワ》も、この曲のもつメルヘン的な世界を精妙な筆致で生き生きと描き上げていて秀抜だ。

《ダフニスとクロエ》はいかにも作曲家ブーレーズらしい演奏で、このバレエ音楽のスコアを深く読み、一つ一つの音を的確に引き出し、作品のすみずみにまで神経を通わせている。

演奏は、組み立てがしっかりしており、鋭い棒さばきで各場面を活写し、旋律の歌わせ方もきわめて巧みである。

ことに第3場は聴かせどころをぴしりと押さえた演奏で、ラヴェルの考えた音色を生き生きと再現していて見事だ。

ベルリン・フィルも指揮者の意図にしっかりと応えていて立派だ。

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