ヴェルディ

2010年12月23日


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ミラノ・スカラ座の1985~86年のシーズンのオープニングに上演された際に、ほぼ同じ顔ぶれでスタジオ録音されたもの。

久しぶりに《アイーダ》の真価を存分に堪能させてくれる名演だ。

劇としての醍醐味と歌手陣の均衡、オケの充実が聴きものになっている。

まず、イタリア屈指のアイーダ歌い、キアーラが素晴らしい。

単に声の威力にまかせた歌の誇示ではなく、聴き手を優しく包み込んでしまう独特の魅力は、フレーニを除いては他に比肩するものを見出すのが難しい。

このキアーラと多彩な表現力をもつディミトローヴァという充実の女声陣に、ラダメスの名唱を聴かせるパヴァロッティ、ヌッチ、ブルチュラーゼ、ローニというベスト・メンバーによる熱演を、マゼールは、意欲あふれる指揮ぶりで、見事に統率し、悲劇的緊張と気迫にみちた、密度の高い音楽ドラマを生み出している。

歌手陣もマゼールの棒によく応えており、愛と憎しみが織りなすドラマを、オケと人声が一体となって浮かびあがらせている。

とくにパヴァロッティのラダメスの端正な歌いぶりは風格のある堂々としたものだ。

全体の聴き応えの点で先ず特筆すべきものであろうが、これほど充実した《アイーダ》はめったに聴けない。

いろいろな意味で《アイーダ》の演奏にはそれぞれの時代のイタリア・オペラ界の総力が結集されるとすれば、これは1980年代と90年代を代表する《アイーダ》と言ってよい。

キアーラのアイーダもまさにそれ。ディミトローヴァの両声具有的アムネリスもいい。

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2010年12月20日


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1994年5月のミラノ・スカラ座での公演をライヴ録音したCDである。

ムーティの2度目の全曲録音に当たるこの1組は、彼の円熟が示されている。

歌手はとても立派だ。現時点でおそらくこれ以上望みようのない最高の演唱であろう。

ブルゾンのリゴレットはこの役を歌う歴代の名歌手のなかではかなりまっとうではないかと思う。

つまりゴッビのように異常な性格でもなく、カプッチッリのように圧倒的でもない。

スタイルで大見得を切ったりスタイルで押し切ってしまうところがないので、大人しい印象を受けるかもしれない。

しかし聴き込むほど、噛みしめるほどに、ブルゾンの歌唱からは豊かな人間味が伝わってくる。

やや地味だけれど決してつくりものではないので、聴き返すたびに感動してしまう。

この円熟したブルゾンがいるからこそ、共演する2人の若者たちの新鮮な歌唱が余裕をもって楽しめるのだ。

ロストは可憐で透明な美声で端正に歌い、アラーニャは極めてスタイリッシュで小気味よく歌い、若々しく艶のある声を颯爽と響かせる。

しかし、これは歌手だけの名人芸で成り立つ《リゴレット》ではなく、ムーティの強力な指導力が前面に出た演奏だ。

時にブルゾンの歌の個性が主張を強めることがあっても、ムーティはあくまで全体がひとまとまりになったオペラ《リゴレット》像を追求する。

次はレチタティーヴォ、次はアリア、といった聴き方をしてはならないとさえ思えてくる。

悲劇はまっしぐらに進行し、ヴェルディの、もしかしたら最も力と技が充実した作品かもしれないオペラのパワーを引き出す。

鋭い劇的緊張感から繊細な響きまで多様な要素をオーケストラで雄弁に表現するさまは素晴らしくて、とてもライヴとは思えないほどの完成度。

精度に重きを置く方向もあるけれど、これはこれ。戦慄する、戦慄できる《リゴレット》だ。

ムーティはいつもの基本方針に従って歌手には慣習的なヴァリアンテではなく、ヴェルディが書いた楽譜どおりの音符を歌わせている。

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2010年12月19日


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名作中の名作、ではあるけれど、《リゴレット》はヴェルディの若々しい活力がふんだんに注がれたオペラであると、シャイー指揮の演奏は強く感じさせてくれる。

じっくり、丁寧に聴かせるというより、たとえここをゆっくりと聴きたいと思っていても、かまわず走り抜けてゆく演奏だ。

聴く者はまっすぐこのオペラの世界へ入っていける。

シャイーのヴェルディ・オペラ録音はまだ多くはないが、このオペラを作曲したときのヴェルディとほぼ同じ年齢という特別の共感もあって、劇的な力と情熱の表現がひときわ魅力的だ。

シャイーはどっしりと落ち着いた歩みの中に、自由で伸びやかな音楽表現を展開し、単によく整った若々しい活気と生気に満ちた演奏というだけではなく、ドラマと音楽の中から湧き上がってくる力とエネルギーをしっかり捉え、それを大きな劇場空間に解放している。

ボローニャ市立歌劇場のオケの響きとアンサンブルは以前よりずっと整備されてシャイーの意図に敏感に反応している。

歌手陣もよくそろっているが、中ではヌッチのリゴレットが、大変表情豊かでいちばん聴き応えがある。

やがて名人芸を披露するようになるヌッチが、まだ若く、ずっとストレートにリゴレットを歌っているのも、この演奏の長所と考えるべきだろう。

一方、パヴァロッティのマントヴァ公は、絶好調の時期に歌われた良さがある。

くせのあるアンダーソンのジルダは人によって好き嫌いが出るはず。

いずれにせよ、名人たちを集めて豪華に、という路線よりも、適材適所を考慮してのキャスティングとなっていて、これがシャイーの指揮に沿った、駆け抜ける《リゴレット》の悲劇表現に役立っている。

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2010年11月09日


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非常に充実した、聴きごたえのある演奏だ。

シノーポリの強い意思のもとに、オーケストラ、合唱団、歌手たちが一体となって作り上げたドラマが、まことに見事である。

シノーポリの指揮のもと、音楽はごく自然に、しかも彫りの深い性格的な把握と鮮やかな表情を保持しながら展開され、悲劇としての統一の中にまとめあげられている。

ことに、つぶのそろった独唱陣の歌唱はそれぞれに素晴らしく、流麗でしかも悲劇的な性格を表出したドン・アルヴァーロのカレーラス、円熟した歌唱を聴かせるカルロのブルゾン、美しく清純でのびやかな声のレオノーラのプラウライト、切れ味が鋭く個性的で卓越した歌唱の光るプレツィオシッラのバルツァなど、申し分ない。

1980年代半ばのシノーポリの登場は衝撃的だった。

ヴェルディの中でも、初期などのあまりメジャーではないオペラで聴かせたその斬れ味は、ともすれば保守的な伝統や慣習に傾きやすいイタリア・オペラの演奏に、新たな地平を開くことが期待された。

この《運命の力》も、ミトロプーロスが得意としていたことでも窺えるように、慣習的な解釈とは別の切り口から鮮烈なドラマを引き出すことの可能なオペラである。

その意味で中期以降のヴェルディ作品では、シノーポリにはうってつけのものだった。

惜しむらくは歌手陣の線が細いことだが、このあたりは複雑な要素の絡みあう、オペラという形式自体の難しさだろう。

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2010年11月08日


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急逝したイタリアの名指揮者シノーポリの初めてのオペラ録音であった。録音時37歳、1981年のウィーン国立歌劇場デビューで大成功を収めた翌年に録音された。

シノーポリは、個性的ともいえるテンポや緩急のとり方などで、まったく新鮮なヴェルディのオペラを作り出している。

シノーポリはアゴーギグを動かしながらも、ヴェルディのスコアの粗削りな音楽の中に託されたドラマのメッセージを浮かび上がらせる。

シノーポリの表現は何ともユニークで新鮮な面白さを持っており、緩急自在なテンポ、ルバートの多用などに独特のものを示すが、それらは彼の解剖学的な分析・構成によると思われ、聴きなれた因習的ヴェルディ演奏とは違う新鮮な効果を生み出している。

シノーポリの熱い血潮の洗礼を受けていない音は、1音たりともない。

恐るべき熱気と気迫、そして律動と色彩に満ち満ちた演奏は、聴き手の心に強く迫ってくる。

カプッチッリのタイトル・ロールは、圧倒的な声の威力を抑制しつつ、見事な心理ドラマを歌い上げていき、ずばぬけた声の威力と的確で雄弁な表現力で深い感動を味わわせてくれる。

ドミンゴのイズマエーレも贅沢な配役。

ディミトローヴァのアビガイレも当時を代表する存在であった。

ネステレンコのザッカリア以下歌手陣も粒揃い。

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2010年10月31日


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ジュリーニが15年ぶりに指揮したオペラ上演のライヴ録音。

ジュリーニは、その若い時期にはミラノ・スカラ座などの指揮者として数多くのオペラを指揮していたが、複雑な要素がからみあって安定しにくい歌劇場という場所に肌が合わず、1960年代後半から実際の舞台を敬遠し、セッション録音だけでオペラを指揮するようになっていた。

そのジュリーニが久しぶりにピットに入ってライヴ録音されたのが、この《ファルスタッフ》である。

ジュリーニらしく真摯で格調の高い《ファルスタッフ》で、このオペラとしては笑いが少ないかもしれないが、巨匠の下で初めてオペラに取り組んだロスアンジェルス・フィルの生き生きとした演奏から、その喜びが伝わってくるようである。

彼とは相性のよかったロスアンジェルス・フィルが珍しくオペラを演奏したのも、この指揮者を励ます結果となったのだろう。

同時期のセッション録音よりも生気豊かで、しかも充実した演奏になっている。

この一見なんの変哲もなさそうな朴訥としたジュリーニの音楽のなかから、老ヴェルディがシェイクスピアのドラマのなかに託した安直な笑いを超越したメッセージが届いてくる。

ブルゾンやリッチャレッリらの歌手陣も新鮮で隙がなく、のびのびと整った歌唱とアンサンブルを聴かせてくれる。

他に類のないアプローチという点で、トスカニーニやカラヤンの録音に次ぐ3組目の《ファルスタッフ》にふさわしい1枚である。

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2010年09月02日


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このオペラにはとくに有名なアリアはなく、どちらかというと渋い味わいの作品だが、音楽も非常にすばらしく、また題名役はバリトンなら誰もが歌いたがる役のひとつでもある。

しかし、シモン・ボッカネグラ役とヤーコポ・フィエスコ役には声の力より豊かな表現力が要求され、すぐれた指揮者でないと作品の本質を表現できないという難しさもある。

これまでの録音で、そうしたすべてをもっとも満たし、感動させてくれる演奏はアバド盤と、忘れ去られつつあるこのカヴァッツェーニ盤である。

トスカニーニ、セラフィン、デ・サーバタ、グイ、カプアーナ、ヴォットー……、きら星の如くいた"イタリア・オペラの黄金時代"を支えた名指揮者の系譜の最後のひとりが、ガヴァッツェーニであった。

ヴェルディの時代からプッチーニの時代の空気を吸ったこれらの人々の音楽は"伝統"という二文字の重さをわれわれに教えてくれる。

ガヴァッツェーニはただのオペラ指揮者ではなく、作曲家、評論家としての活動した見識ある音楽家で、アバド以前のミラノ・スカラ座の重鎮的な存在だった。

《シモン・ボッカネグラ》は、アバド盤の美しい演奏が知られているが、この"男のドラマ"としてのオペラを、最も男性的な骨太さ、逞しさでまとめあげているのは、このガヴァッツェーニ盤だろう。

その彼は演奏の手綱をしっかりと引き締めつつ、ゴッビ(題名役)、ジェンチル(マリア役)、トッツィ(フィエスコ役)、ザンピエリ(アドルノ役)らに奔放な歌と声による演技の場を解放し、それを引き立てている。

オケがウィーン・フィルというのも魅力で、その豊かな表現力には感嘆の他はない。

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2010年07月26日


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明快な音の中に聴くアバド/スカラ座管弦楽団の演奏の豊麗さ、輝かしさは格別で、それだけでも大きな喜びと満足を味わうことができる。

すこぶる音がよく、スカラ座管の豊麗な音を充分に堪能することができる。

アバドは《アイーダ》の模範演奏ともいえる名指揮ぶりで、硬質な中に今だかつて聴いたことのない鮮明さを持って、愛と憎しみの織りなすドラマを浮かび上がらせている。

アバドとスカラ座の演奏、個々の歌手たちの歌唱も素晴らしいが、歌手ではリッチャレッリが十全の歌唱を聴かせるし、ドミンゴはまさにはまり役、ヌッチも敢闘賞ものの好演。

この《アイーダ》の録音セッションでは、本来《ドン・カルロ》が録音されるはずだったという説がある。

アバドにとって《ドン・カルロ》は《シモン・ボッカネグラ》や《マクベス》とともに、ミラノ・スカラ座で大成功した演目だった。

しかし彼は録音の際、オリジナルのフランス語で演奏しようとして、合唱団の拒否にあったのだという。

そして代替案として当初から用意してあったのが、この《アイーダ》だというのだ。

そのせいなのかどうか、劇場的興奮よりも完成度の高さを心がけたような、一種独特の演奏になっている。

ある種の「屈折」がこの世代の特徴だとすれば、その象徴かも知れない。

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2009年09月11日


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ムーティ指揮フィルハーモニア管は、スコットのヴィオレッタ、クラウスのアルフレード、ブルゾンのジェルモンで、スコット=クラウスというヴェテランコンビが絶妙の歌唱を聴かせ、またムーティが劇的な情熱を感じさせる指揮で、いかにもイタリア・オペラの醍醐味を味わわせる。

ムーティの指揮は、ヴェルディの剛の部分を見つめた厳しい演奏で、このオペラが豊かで新鮮な内面的ドラマの世界を目指したヴェルディの画期的な意欲作だったということを、明確に立証し、強調している。

2人の主役が実に素晴らしい。2人の息の合った歌唱を聴いていると陶然としてしまう。

スコットのヴィオレッタは、女らしいやさしさと悲しみの陰影に満ちた豊かな表現の中に、ヒロインの悲劇的な姿をくっきりと歌い出している。

そしてクラウスの磨き上げられた声とスタイリッシュな歌唱も見事としかいいようがない。

ブルゾンのジェルモンも、真情溢れる父親の心境を吐露して、聴く者の涙を誘わずにはおかない。

またここではムーティの指揮が実にうまく、彼は、歌手たちをのびのびと歌わせながら、情感豊かに仕上げている。

このあたり、イタリアの指揮者ならではの味である。

特に、彼の巧みな演出の光る第3幕はすぐれた演奏だ。

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2009年07月18日


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クライバーによる劇的表現と精妙な音楽づくりを堪能できる。

クライバーの音楽特性のよくあらわれた演奏で、彼は、ヴェルディの音楽に現代的な感覚を盛り込み、彼独自の音楽の世界をつくりあげている。

イタリア・オペラにしては、造形が厳しすぎる気もするが、大変精度の高い演奏だ。

ここにあるのは、単に流麗で感傷的なメロドラマではなく、切実な感情によって動かされ、生きていく人間たちのドラマであり、ヴェルディの真の意図が感じとれる。

クライバーならではのまことに生彩あふれる演奏である。

と同時にクライバーは、第1幕の前奏曲から、このオペラの悲劇性を精妙きわまりない表現によって明らかにし、常に生き生きとした流れと劇的で鮮やかに変化をそなえた演奏によって、音楽の最深部にまで的確な光を当てつくしている。

バイエルン国立歌劇場管からこのように精緻な陰翳に富んだ響きと表現を引き出した手腕も、まさに至芸というべきだろう。

歌手陣は必ずしも最強力とはいえないが、コトルバスのヴィオレッタは、そのいく分暗い声とこまやかな表現によって、悲劇のヒロインを繊細に演じていて、非常に細かい感情表現とセンチメンタルな歌唱で胸を打つ。

他の歌手もクライバーの指揮に応えてそれぞれベストの歌唱を聴かせてくれる。

LP4枚を機械的にCD2枚にするのではなく、幕や場の設定を考えた制作にも拍手を送りたい。

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2009年06月11日


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《椿姫》というオペラは、その大衆性と裏腹に、名演・名盤と呼べる録音が驚くほど少ない。

このオペラに今なお決定的な名演がないのは、第2次大戦後、最高のヴィオレッタだったカラスが最盛期に録音する機会を逸したためである。

カラスはこの1955年に行なわれた録音の4ヵ月前に、スカラ座でジュリーニ指揮の《椿姫》で大成功をおさめたばかりだったから、もしこの録音で歌っていたら素晴らしい名演が残っただろう。

しかし、カラスは2年前にチェトラに録音していたので、同じ曲を6年間は他社に録音できないという厳しい専属契約があった当時、EMIに録音できなかった(現在、カラスのヴィオレッタの名唱はライヴ録音で聴けるが音質はよくない)。

だが、この録音にセラフィンが抜擢したステッラのヴィオレッタも、カラスには及ばないとはいえ素晴らしい。

ステッラはこの録音の前年にスカラ座の《オテロ》のデスデーモナで成功をおさめ、EMIに《ドン・カルロ》のエリザベッタを録音しているように、本来の声質はリリコ・スピントだが、カラス同様セラフィンの指導を受けたのだろう、ここでは若々しい柔軟な声でヴィオレッタの悲劇を見事に表現している。

やはり最盛期だったディ・ステファノのアルフレードとゴッビのジェルモンの歌唱も素晴らしく、さらにセラフィンの作品の本質に迫る劇的な緊張感をたたえた指揮、それに鋭く反応しているスカラ座の管弦楽団と合唱団、充実したキャストのオペラティックな感興豊かな表現力も非常に味わい深い。

セラフィン盤は、指揮の玄人好みとも呼べる渋い音楽作りが楽しめる。

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2009年06月05日


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1950年代から60年代前半にかけてのビッグ・レーベルのオペラ全曲録音は、新進気鋭と専属契約し、自らスターを育成する意欲と情熱と誇りにあふれ、各レーベルが凌ぎ合ってユニークな名盤を生んだ。

英デッカは強烈な個性を擁するとともに、耳で勝負のオペラとしての声の音色の調和も入念に配慮したが、「運命の力」は他社に先駆けたステレオ録音により、戦後のオペラ黄金時代の中心となったオール・イタリア人のベスト・メンバーを結集し、熟練のモリナーリ=プラデッリに指揮を任せた。

当時の最高のキャストを集めた名盤である。

テバルディのレオノーラの歌唱がきれいごとにすぎ、デル・モナコは愛に生きる男としての心情が弱いうらみがあるが、声の輝きと威力が僅かの不満を吹き飛ばす。

これほど充実した「運命の力」は滅多に聴くことができない。

それは単にキャストの表面的な豪華さのためではない。

全盛期のテバルディやデル・モナコの声は確かに素晴らしいが、聴き手を感動に導くのはその声自体の美しさではなく、その豊かな響きによって明らかにされたヴェルディの音楽の魂であり、そこに結実したドラマの見事さに他ならないのだ。

このオペラの全貌を知ることができる貴重な記録といってよい。

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2009年05月18日


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こと、《トロヴァトーレ》に関しては、セラフィン盤をぬきにしては考えられない。

何よりも指揮の素晴らしさに圧倒され、聴けば聴くほどに味わいを増す名演である。

ステッラ、コッソット、ベルゴンツィ、バスティアニーニの4人によるものは、戦後のイタリア・オペラ界が《トロヴァトーレ》のために組めた最強のキャストであった。

このセラフィン盤ほど4人の主役の声のバランスが見事な演奏もない。

これに匹敵するのは、ほぼ同時期に録音されたトゥッチ、シミオナート、コレッリ、メリルによるシッパース盤だが、惜しむらくは指揮がいささか単調すぎる。

それに対し前記4人のキャストを揃えたセラフィン盤は、作品のスタイルと性格を明快に表現する指揮に加えて、スカラ座のオーケストラと合唱団も素晴らしく、このオペラの魅力を満喫することができる。

特にコッソットのアズチェーナ、バスティアニーニのルーナ伯爵は最高であり、殊に後者の存在感は、他に比肩できる者なしの名唱。

《トロヴァトーレ》をつらぬく激情が、この時代のオペラならではのスタイルを明らかにしつつ、炎と化している。

これほど何度聴いても魅了される名演もそう多くはないが、これがまだ国内盤CD未発売とは!

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2009年05月09日


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シェークスピアの同名の劇に基づくヴェルディ10番目のオペラだが、18年後に改訂を施し、全体を整理し充実させた。

このオペラは、ヴェルティ自身「わたしがいままでに書いたもののうちで、最上のもの」と自負した意欲作で、マクベス夫人をはじめ、登場人物の内面的な描写が一段と深くなっているところに、大きな進歩がみられる。

主人公マクベスもさることながら、音楽的にもドラマ的にもマクベス夫人が重要である。

録音は悪いが表現の素晴らしさ・凄さにおいて空前絶後のカラスのマクベス夫人が聴けるデ・サバータ盤は一度は聴くべきディスクだ。

このディスクは、カラスの歌ったマクベス夫人の唯一の記録としてかけがいのない価値をもったもの。

カラスならではの鋭い劇的・心理的表現がいたるところに示されている。

晩年の円熟した彼女ならば、さらに深く鋭利なマクベス夫人も可能だったであろう。

当時彼女はまだ29歳の新進で、しかもカラスにとっては初シーズン・オープニングだったので、いささか落ち着き不足と彫りの浅さはしかたがないが、若々しい豊麗な美声が聴ける。

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2009年03月24日


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アバドの指揮とスカラ座管・合唱団の演奏は完璧としか言いようがない。

精緻で禁欲的な引き締まった音楽をつくりながら、まさにそのことによって作品がメロドラマに堕することを徹底的に排除し、全体をきわめて高い芸術水準にまとめ上げたアバドの指揮にまず感嘆する。

この作品のもつ、ダイナミックで、かつ抒情的な性格を、アバドは完璧ともいえる見事さで再現している。

オーケストラ、合唱ともにスケールの大きな表現で、申し分のない出来だ。

人と人の織りなす綾を、明から暗への変化を、破局という坂をころげ落ちるドラマの勢いを、見事に描いている。

歌手もアバドの解釈と合致して、音楽的なまとまりが良く、ドラマのすべてをヴェルディのスコアの中から引き出そうという態度だ。

まずレナートのブルゾンが素晴らしく、気品のある声と歌唱は役にうってつけで、知的で端正な歌唱を聴かせ、傑出している。

リッチャレッリのアメリアも力のこもった歌いぶりで健闘している。

ドミンゴもやや生真面目なリッカルドであるが、申し分ない。

脇役に、オブラスツォワ、グルベローヴァといったそうそうたるメンバーを配しているのも、素晴らしい。

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2009年02月15日


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ヴェルディ初期の第3作目のオペラながら、情熱的な序曲や、今日でもイタリア人の心情を鼓舞してやまない合唱「行け、わが思いよ、金色の翼に乗って」をはじめ、魅力的な音楽が随所にあふれる。

初演から大成功をおさめ、ヴェルディの出世作となったのも当然と思える。

演奏はムーティが最高だ。

ムーティのもっとも得意とする作品のひとつだけに、その熱気とドラマティックな迫力は比類のないものである。

テンポを速めにとり、切れのよいリズムでたたみこむように進め、ヴェルディ初期のオペラのみずみずしい情感を、万全に表現していてすばらしい。

ムーティの長所、すなわち躍動するリズム感、メリハリのきいた音楽づくり、そしてえもいわれぬ音楽的高揚感は、まさに「ナブッコ」のためにあるといってもけっして過言ではない。

それほどにムーティの資質に合った作品といえる。

配役もそろっており、ことに、アビガイレのスコットが傑出している。

そのムーティの「ナプッコ」は、CDではフィルハーモニア管とのもの、DVDではスカラ座での上演ライヴがあるが、歌手も一枚上で、圧倒的な舞台が見られるDVDが広く薦められる。 

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2009年02月14日


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今では伝説となった1959年の第2次イタリア・オペラ公演ライヴ。

この「オテロ」は前後20年にわたるイタリア・オペラ公演の中でも、とりわけ白熱的な名演のひとつであり、デル・モナコとゴッビという極めつけの名コンビが顔を合わせた他にかけがいのない記録である。

デル・モナコの剛毅で直情的な歌と、技巧の限りをつくしたゴッビの性格的表現が絶妙に絡み合った記念碑的名演、名唱といって良い。

デル・モナコの作りあげたオテロ像は今だに鮮烈である。今でも「オテロ」のディスクを選ぶにあたっても、まず彼のもとに気持ちがいってしまう。

デル・モナコ以後ヴィッカーズ、ドミンゴ、アトラントフらがこの難役に挑んできたが、声、キャラクター、風格のいずれにおいてもその右に出る者はいない。

もし仮にこのスーパースターを除外して考えるなら、トスカニーニ、セラフィン、クライバー盤も推薦の対象になるのであろうが、彼らのその素晴らしい指揮能力、音楽能力をもってしても、やはりデル・モナコと他のテノールとの差を埋めることはできないように思われる。

ただし純粋に「オテロ」という戯曲を考えた場合、デル・モナコのイメージは余りにも英雄的で颯爽としすぎているように感じられるのも事実であろう。

その点ではドミンゴの方がむしろ、好計に陥りどこまでも凋落してゆくヒーローの姿を浮き彫りにしているようだ。

にもかかわらずデル・モナコのオテロを掲げたのは、ひとえに彼の声と特異かつ強烈な役作りが文字通り有無を言わさぬ凄さを保っているからである。

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2009年02月05日


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シノーポリは、オペラの指揮でもたいへん活躍していただけあって、こうした序曲だけの演奏でも、彼の主張がはっきりと打ち出されている。

いかにもシノーポリらしい、緩急起伏の大きな、旋律をたっぷりとうたわせた表現は、まことにダイナミックな迫力にみちている。

シノーポリはウィーン・フィルのもてる力を遺憾なく発揮させ、自己の主張を充分に示している。

それはこれらのレパートリーに対する彼の自信と余裕にもとづくのだろう。

たとえば打楽器のパートに対する考え方などが明確だし、クレッシェンドに対する概念とそれへの配慮もはっきりしている。

そして曲をとことん掘り下げ、練りに練って細かな点まで計算しつくしている。

それにオケの弦が大変美しい。

「運命の力」など11曲を収録。

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2009年01月14日


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数あるこの曲の名盤の中でも際立ったものであり、アバドのイタリア人気質が、よい意味で最良に発揮された演奏である。

アバドはこの大曲の骨格をしっかり踏まえ、その枠組の中で精緻な音づくりをしている。

細かい部分にも配慮の行き届いた繊細なニュアンスの歌心があり、イタリア人アバドを久しぶりに思い出させてくれる。

全篇にわたってこの指揮者の冷静な眼が光った演奏で、どのような激しい曲想になっても、決して音楽のバランスをくずさず、巧みな抑制をきかせながら存分に旋律をうたわせている。

カラヤンが緻密な設計でまとめているのに対し、アバドは各部の自然な流れを大切にしているのが魅力だ。

スカラ座管弦楽団、合唱団共、アバドの巧みなまとめぶりによってまさに生きた音を聴かせる。

ことに「怒りの日」は劇的にまとめている。

独唱陣も素晴らしく、特にドミンゴが美しく聴かせる。

いたずらに劇的効果を狙わず、作曲者への誠実な姿勢に貫かれたこの演奏を凌駕するディスクはそう簡単に現れまい。

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2009年01月09日


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シカゴ・オーケストラ・ホールとカーネギー・ホールで行われた演奏会形式上演のライヴ録音。

パヴァロッティ初のオテロとして注目されたもの。

何しろオテロ役は、テノールの難役中の難役といわれていて、かつての名テノール、デル・モナコや、近年ではドミンゴなど、オテロ役を演じることのできる歌手は、きわめて少ない。

このディスクはパヴァロッティが初めて挑戦したオテロが聴きもので、彼の軽やかな声が、細やかでいきいきとした感情と性格をもつ人間を歌い出すことに成功しており、そこには音色と内容への慎重な配慮がうかがわれる。

演奏会形式の上演のため、純粋に歌唱のみに意識を集中することができたのが功を奏したのかもしれない。

テ・カナワのデスデモナは、彼女としては無難な出来だ。

ショルティの指揮するイタリア・オペラには、確固たる造形性に支えられた強い説得力があり、鋭敏な指揮に見事に反応して血肉を与えていくシカゴ響も名演だ。

シカゴ響の磨き抜かれた美音に圧倒され、名将ショルティと強力無比の軍団の到達点がこれだったのかと、感動さえ覚えてしまう演奏である。

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2008年12月18日


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シノーポリ盤は、まるで名医の整形手術を受けて、美人に生まれ変わった「リゴレット」だ。

シノーポリの主観が強く正面に打ち出された演奏で、彼は、歌手たちを自分の意のままに動かしながら、全体を極めてドラマティックにまとめている。

その緊張感にあふれたコクのある表現は、この人ならではのものである。

しかも神経は細やかに行き届き、その語り口は生き生きとした魅力にあふれ、息もつかせずリゴレットの悲劇に一部始終を聴かせてしまう。

シノーポリのテンポ設定はまさに絶妙で、リコルディ新校訂譜に基づいており、しかも歌手たちは慣習的なヴァリアンテを行わない。

彼の入念なスコア解釈と強い表出意欲によって、独特の存在感を持っている。

特に第3幕の演出のうまさは格別だ。

ブルゾンのリゴレットも充実し、数あるこの曲の録音でも最良のひとつ。

ブルゾンの知性と暗さ……それが暴力を誘発する……には凄味がある。

豊麗なグルベローヴァも魅力的。

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2008年11月30日


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オペラのなかの合唱は、ヴェルディが登場するまで単に歌手たちの聴かせどころの歌と歌とをつなぐものでしかなかったが、ヴェルディは、それを力強く豊かな感情表現をもつものにまで高め、「アイーダ」や「椿姫」「ナブッコ」などでは、その合唱が実によく生かされている。

これはアバドがミラノ・スカラ座の音楽監督であった時代の録音で、初期の「ナブッコ」から最晩年の「オテロ」に至るまでの、ヴェルディの主要なオペラの有名な合唱曲が収録されている。

聴いていると、胸がスカッとしてくるディスクである。

これらの演奏は、アバドのスカラ座時代10数年の輝かしい成果といえるもので、力強く色彩的な表現、どの曲も、イタリア的な明るさと熱気にあふれていて、大変素晴らしい。

端正な造形力、アンサンブルの精緻な美しさ、適度の熱気と抑制が共存するアバド芸術の典型といえるものがここにある。

彼はヴェルディの音楽自体が内包する激しく熱い情熱に対して、あえて必要以上に胸襟を開こうとしない。

そのため演奏は一分の隙もない見事なものだが、この演奏とヴェルディの本質との間にはある種の溝を感じてしまう。

とはいえアバドのヴェルディ演奏の美質とエッセンスが、ここに集約されているといっても過言ではない。

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2008年10月19日


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19歳で初めて「椿姫」を指揮したというトスカニーニが、プロフェッショナルとして最後に取り組んだ「椿姫」である。

音楽というのは、その曲についてであれ、演奏についてであれ、出会いのしかたで印象がかなり違ってしまう。

この「椿姫」など、トスカニーニも歌手もガチガチに硬くなってしまった本番の演奏(RCA盤)のゲネ・プロの演奏を聴けることは幸いであった。

軽やかさ、響きの立体感、躍動、いずれも本番には聴けないものだからである。

トスカニーニのリハーサルはその激怒ぶりだけが有名だが、演奏者たちにとって、しばしば本番以上の充実感を得られるものだったという。このゲネ・プロはまさにその実例。

ここには美しい歌声と涙を誘うストーリーとしう表層的な魅力ではなく、声と音楽そして劇的な力を調和させて、力強くドラマティックなオペラの真髄を求めるトスカニーニの、果敢な気迫がもたらす感動が溢れている。

自分が熱望する表現を求めて、彼は全曲を通じて自分自身も声を出して歌いづめで、その声は時にアリアを歌う歌手より大きく聴こえたりする。

ハーヴェイ・ザックスが「『椿姫』はトスカニーニにとって彼の時代のオペラであり、現代的な芝居だった」と言う通り、生きた血の通う刺激的な名演奏だ。

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2008年08月11日


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何という生命の充実だろう。ヴェルディ最晩年の傑作をこの演奏で聴くと、生きる力が心と体にみなぎってくる。

第1声のハーモニーからの純度の高さに驚かされる。

しかも、少しの妥協もないきびしい表情の中に、何というあたたかさ。この緊張力、音楽の凝集力の上にヴェルディが描かれていく。

これはまた当代比肩するもののない合唱名指揮者エリクソンの力でもある。

リッカルド・ムーティが世界から敬愛される合唱指揮者、エリクソンが育てたスウェーデン放送合唱団、ストックホルム室内合唱団と、ベルリン・フィルを鮮やかにまとめ、無伴奏混成合唱曲「アヴェ・マリア」から、快く融合した合唱のハーモニーと各声部が織り成す音の流れを入念な扱いによって最良の演奏を展開している。

次の「スターバト・マーテル」も秀演で、静かな哀しみと劇的な音楽の対比が見事に生きている。

また無伴奏女声合唱曲「聖母マリアへの讃歌」での繊細な音の扱い、終曲「テ・デウム」での奥行きのある壮大な表現にも圧倒される。

ヴェルディ最晩年の偉大さを実感させる名演。

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2008年06月17日


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旧盤は顔ぶれの豪華さだけでなく、ヴェルディでもとりわけ輝かしい旋律美の上にドラマが成立するこのオペラの特質を、これほど十全かつ燦然と総合的に表現しつくした名演は稀だ。

カラヤンの姿勢は後年と変わっているわけではないが、純イタリア的でありながら、イタリア人も及ばないほど輝かしい音楽を作り出すことに成功している。

カラスとディ・ステファノの歌もどんなに絶賛してもしすぎることはない。

新盤での主役はベルリン・フィルで、その演奏は豊麗きわまりない。ゆったりとしたテンポで濃艶に歌うかと思えば、ドラマの緊迫と共にクレッシェンドとアッチェレランドを重ねてゆくダイナミズムの凄まじさなど、オケの独り舞台の感がある。

しかし、カラヤンが自分の思うまま濃厚な音楽をオケだけで作っているため、至る所で歌と管弦楽との微妙なズレが生じ、この作品独特の面白さは薄れてしまった。

ザルツブルグ音楽祭におけるライヴは、実演特有のキズは多少あるが、当時を代表する最高のキャストを集めた舞台ならではの魅力にあふれている。

カラヤンの指揮は晩年ほどのゲルマン的色彩への傾斜もなく、バランスのよい仕上がりだ。

歌手では何よりもバスティアニーニの気品ある名唱が聴きものだし、コレッリも力と輝きに満ちた声で互角の存在感を示す。シミオナートも素晴らしく、プライスも水準の高い歌唱だ。

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2008年05月24日


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カラヤンにとって2度目のもので、1973年に録音されている。

前述したデッカ盤の主役は、あくまでもデル・モナコだったが、これは、キャスティングから音楽のつくりかたに至るまで、完全にカラヤンの意志によって貫かれたもので、その表情豊かな彫りの深い表現は実にみごとだ。

カラヤンがベルリン・フィルとよりぬきの歌手たちによって生み出す音は、これ以上考えられないほど徹底的に磨かれた美しさをもっている。

この美の追究は、そっくりそのままヴェルディの音楽のドラマの追究となり、異常なほどの力と緊張に満ちたオペラとなった。

ゲルマン的色彩は濃厚になっているが、この冒頭からの劇的表現の凄さと緊張感といったらどうだろう。

キャストでは、フレーニのデスデモナが素晴らしい。こまやかな情感とうるおいに満ちた輝かしい歌唱で、最高の出来といえるだろう。

ヴィッカーズのオテロはやや弱い。

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2008年04月11日


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ヴェルディのオペラから序曲と前奏曲を作曲年代順に収録された好企画。

ヴェルディは、その生涯に26のオペラを作曲しているが、それらの序曲や前奏曲は、ロッシーニやワーグナーの作品と同じように、単独でもしばしば取り上げられる。

いずれも、ヴェルディらしい個性のあふれた、すこぶる美しい音楽となっている。

オペラを振っても超一流の腕をもっていたカラヤンだけあって、このアルバムを聴けばドイツ・オペラはもちろんのこと、イタリア・オペラでもその実力を遺憾なく発揮し、いかによくヴェルディの音楽を手中に収めていたかがよくわかる。

まさにオペラ舞台経験の豊かなカラヤンの実力がはっきりと示された名演で、演出のうまさと多彩な表現力に圧倒される。

どの曲の演奏をとってもオペラの指揮を得意としていたカラヤンらしい、きわめて演出巧者なもので、たっぷりと歌わせながら、それぞれの曲想を的確に描出している。

「ナブッコ」「シチリア島の夕べの祈り」「運命の力」などはその好例。

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2008年03月27日


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4幕版で、カラヤン唯一の録音。

この作品のもつ魅力をあますところなく表現した圧倒的な名演である。

カラヤンの「ドン・カルロ」に対する並々ならぬ傾倒と熱意と練磨の行きつく果てに生まれた名演で、完璧な精錬と充実の中に、異常な手応えと感銘を与えてくれる。

まさにカラヤンのヴェルディ演奏の精髄を示したものだ。

ベルリン・フィルの卓越したアンサンブルを駆使してのカラヤンの指揮は、ここでは歌とオーケストラとが見事に融合して、まれにみる壮大なドラマを作り上げている。

歌手たちもまた無類の充実ぶりで、美しい声とこまやかで力強い劇的表現を求めるカラヤンの妥協を知らぬ姿勢に応え、見事な成果をおさめている。

ドン・カルロのカレーラスやエリザベッタのフレーニをはじめ、その充実ぶりは比類がない。

カラヤンの「ドン・カルロ」は、カレーラス、フレーニ、カプッチッリといった歌手陣がカンタービレたっぷりに歌っているが、オーケストラがベルリン・フィルだけあって同じヴェルディの「トロヴァトーレ」や「オテロ」と同様に全体としては必ずしもベルカントに満ちたものではない。

しかし、暗い悲劇のドラマを壮麗にそして劇的に構築していくのは見事という他ない。

完璧なドラマとして描き切っているためにイタリア的ヴェルディ表現ではなくても普遍的な説得力がある。

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カラヤンにとって2度目の録音。

輝かしい響きを伴う祝典的オペラには違いないが、《アイーダ》には円熟したヴェルディが成し得た精緻な音楽劇という面もある。その両方を、徹底的に表現できたのがカラヤンだった。

カラヤンはベルリン・フィルではなく、ウィーン・フィルの甘美な音色を利用して、南の風が吹く官能的な面を強める。

カラヤンが歌手たちに、リリカルな歌の美しさと繊細でデリケートな抒情を要求したことは、キャストの選定からも明らかだ。

常識的に考えれば「アイーダ」には軽すぎ、細すぎる声を起用し、より透明で精妙な抒情的表現を生み出している。

カラヤンはアイーダにフレーニ、ラダメスにカレーラス、アムネリスにバルツァ、アモナスロのカップッチルリと、自分の考える理想的なキャストを組み、それぞれの歌手たちの実力を最高度に発揮させながら、雄渾かつ壮麗にまとめている。

なかでも、ドラマティックなソプラノが歌うことの多いアイーダに、あえてフレーニを起用することで、繊細で情感に富んだ性格を全面に出す。

この時期のカラヤンのやり方が、すべて成功したわけではないが、この《アイーダ》は成功だった。

フレーニのアイーダ以上に、この全曲演奏の要となったのはカレーラスのラダメスで、2人の純愛がくっきりと描かれ、大がかりだが同時に大味であるような演奏とは大きく隔たった《アイーダ》をつくり上げている。

むろんこのオペラの壮麗でもある面はカラヤンの得意中の得意だったわけで、他にひけをとらない。

これは、このオペラの楽しさを満喫することのできる名演奏であり、カラヤンの指揮したオペラ全曲録音の中でも、ひときわ傑出したものだ。

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ウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任したカラヤンの最初のオペラ録音となった《アイーダ》は、オペラ指揮者としてのカラヤンの盛名を高めたものである。

カラヤンの後のEMI録音への全曲録音に比べると、ここでは歌手と指揮者の力関係のバランスがよく、また強いゲルマン的色彩への傾斜もそれ程見られない。

カラヤンの《アイーダ》ではなく、ヴェルディの《アイーダ》としては、この旧録音の方が好ましいだろう。

この演奏は名歌手の名人芸や美声を土台として成立したものというよりも、カラヤンのシンフォニックな《音楽劇》として統一されている点に最大の特色がある。

オケと人声を雄弁に駆使した劇的な効果と表現の卓越においては抜群であり、いいかえるなら、こんなにドラマティックで面白い「アイーダ」は他にない、ということだ。

豪華キャストたちもカラヤンの棒によく応えており、テバルディをはじめとする歌手陣の歌唱も、今日でも魅力を全く失っていない。

特にシミオナートのアムネリスは最上の出来。

緻密な表現の徹底という点では、新盤に一歩譲るところはあるが、壮年期のカラヤンがダイナミックで厳しく劇的な演奏によって、輝かしい歌の競演をスケール大きく支えているのも大きな魅力である。

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2008年03月26日


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一世を風靡したデル・モナコのオテロが実にすごい。

この役は、彼の最高の当たり役のひとつだけあって、第1幕で「喜べ、敵の艦隊は潰滅した」と歌う第一声からして、その輝かしく威厳にみちた声のすばらしさに圧倒されてしまう。

とくに終幕、最後の死の場面の、真に迫った絶唱は圧巻だ。

デル・モナコのオテロは、その前にも後ろにも並ぶ者のない絶対的な名唱であり、その声の真に輝かしい力、率直で剛毅な情熱、威厳と気品、そして悲劇的な緊張の素晴らしさに及ぶものは他にない。

加えて、豊麗なテバルディのデスデモナも、このデル・モナコに勝るとも劣らない名唱だし、プロッティのイアーゴもよく歌いこまれている。

カラヤンとウィーン・フィルの協力ぶりも緊密で、両者の志向する音楽を進めている。

ことにカラヤンの表現力豊かな指揮にも舌を巻く。

カラヤンは1973年に再録音しており、そちらも必聴だが、再発されたら記すことにする。

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2008年02月19日


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伝説的名演とされるカラス絶品のヴィオレッタは不幸にも、完成の域に遠い最初期の放送録音とプライヴェートによる録音しかない。

レコード会社が録音するタイミングを逸したためもあって、カラスの《椿姫》はCD時代になっていくつものライヴ録音が発売されたのは、それぞれ演奏と音質が一長一短のためだろう。

極端な言い方をすれば、どれをとってもこの不世出のソプラノの役づくりのうまさを味わうことができる。

音質もよく若いカラスの声の威力が最もよくわかるのは、フォニト・チェトラ盤だが、共演者と指揮に不満が残り、演奏だけならディ・ステファノ、バスティアニーニと共演したジュリーニ指揮の1955年のスカラ座でのライヴ録音がベストだろう。

このギオーネ盤はその3年後、1958年のリスボン・サン・カルロ歌劇場でのライヴ録音で、比較的音の状態は良好で、声と管弦楽のバランスもまずまずだし、貴重な演奏の記録としての価値は充分にある。

カラスの声は絶頂期で、しかもヴィオレッタを歌った最後の年となった。

ここで示されるのは感情の起伏の激しい、人生への愛着と不安に揺れ動く一人の女の叫びであり、愛らしさやコケットとは無縁のヴィオレッタだ。

カラスの声は文字どおりトップ・コンディションで、どの音域も透明で自然で伸びやかに響く。

ことに第2幕での苦悩に満ちた歌と、幕切れで息を引きとる寸前の不思議な恍惚の鬼気迫るばかりの素晴らしさは筆舌につくしがたい。

また当時無名に近い新人のクラウスが、カラスの相手役を努めているのも興味深い。

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2008年02月18日


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1955年5月28日、大好評を博したミラノ・スカラ座での公演のライヴ録音で、カラスのヴィオレッタを不滅のものとした演奏がこれである。

音質上の不備はあるものの、ジュリーニの棒の切れ味と緊迫感を背景に、この永遠のプリマドンナの熱気に満ちた世紀の至芸が光り輝き、異様なほどの気迫と感銘を持った演奏になっている。

ジュリーニの晩年とは異なった生気躍動するオペラティックな表現とオケの巧みさは断然傑出している。

特に劇的表現の粋を示したのは第2幕フィナーレで、多彩で華麗な表情が外面的効果に終わらないのは、ジュリーニの音楽の持つ独特の持続力と緊張が内側からしっかりと支えてるからだ。

また、カラスのデリケートで的確極まりない表情が、これほど完璧に実現されていることも驚嘆に値する。

この時、ヴィオレッタを歌ったカラスは32歳、まさに脂ののりきった最盛期の、熱のこもった演唱には、息をのむ。

表現の幅の広さ、甘美と激情の間を揺れ動く見事な心理描出、カンタービレとアジリタ双方における完璧なテクニック、悲劇的結末への求心力等々、ここにはカラスの感性と技術のすべてが、きわめて激しいエネルギーとともにそそぎ込まれている。

まさにヴィオレッタ歌唱の金字塔であろう。

以後ヴィオレッタ像は、まさにこのカラスの超名演の薫陶を受けることとなった。

ディ・ステファノのアルフレード、バスティアニーニのジェルモンという、黄金の組み合わせも、カラスと遜色のない名唱で、ジュリーニのエネルギッシュな棒とあいまって、非のうちどころのない名演となっている。

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2008年02月14日


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カラヤンの「仮面舞踏会」初録音で、最後のオペラ録音となったものである。

カラヤンは1989年夏にザルツブルグで当曲を上演する予定だったが、その直前に急逝し、舞台での指揮は果たせなかった。

カラヤンの指揮はいつにも増して、管弦楽の響きが文字どおり豊麗きわまりない。

ある時はズシリと下腹に響き、ある時は鋭いアタックとアクセントでドラマティックな緊張感を高め、ある時は肉声と一体になって抒情を大きく歌い出し、堂々とした足取りの中に、管弦楽と人声をフルに駆使した音楽のドラマを展開している。

グスターヴォ役のドミンゴも充実した歌唱でカラヤンの要求に応えている。

カラヤン最後のオペラ録音なので、つい終幕の死んでゆくグスターヴォ(これはスウェーデンを舞台にした版)に万感の思いなど聴きとってしまうのだけれど、むろんカラヤンにそんなつもりはなかったはず。

それでもカラヤンにとってのヴェルディの、いわば中核的作品である。

このオペラが最後になったのは、ただの偶然とは思えない。

実際、ここには音楽の力を主軸にして、さまざまな要素が集結する、カラヤン型ヴェルディの極致がある。

ドミンゴはその方向にぴったりだし、他の歌手陣だって、ちゃんと自分の責任を果たしている。

指揮者がつくり出すヴェルディ。ここまでくると、好き嫌いを言うのは後回しにするほかない。

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2008年01月14日


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いまさら何も語るほどのないほど、あらゆる賛辞が寄せられた名盤の集成である。

これらの演奏は今やヴェルディ解釈の規範とも呼ぶべき絶対的な高みに到達し得たものであり、その完璧な様式美の凝集性、内面を流れる情熱、繊細さにあふれたカンタービレの美しさは不滅の生命を保っている。

特に「ファルスタッフ」と「レクイエム」の素晴らしさは、あらゆる賛辞を呈しても不十分なほどである。

トスカニーニのヴェルディの骨格には、どの指揮者も到達し得ないような、冒し難い骨格が具わっている。

現在のどの指揮者も工夫を凝らす《演出》の巧みな設計、デュナーミクの振幅、テンポの緩急などの遠近は、最小限度に抑えられている。

特筆すべきは合唱団で、ことに「レクイエム」におけるロバート・ショウ合唱団は1音符の乱れもなく、素晴らしい情熱で歌い切っている。

「椿姫」は随所にトスカニーニならではの、厳しくも美しいドラマの真実を聴くことができる。

歌手はアルバネーゼの歌唱スタイルと発声の古さは気になるが、メリルの若々しい美声の柔軟でスタイリッシュな歌唱は、今でも全く輝きを失っていない。

ピアースも一応の水準に達している。

歌手の技量のばらつき、オケの粗さはあるものの、「椿姫」の演奏史におけるこの盤の存在価値は依然として高い。

「アイーダ」でもトスカニーニの表現のすばらしさには驚嘆せずにはいられない。

ここに示された美と力、表現の密度、劇的な効果の的確さは、他の追随を許さぬ高さにある。

トスカニーニのオペラ演奏の場合、歌手の出来ばえは単に普通の尺度だけでは計ることができないのだが、ここではまず充実した歌といっていい。

聳え立つ造形の大きさ、圧倒的迫力を伴って押し進む音楽の奔流、その中に満ち満ちた豊かな情緒によって、トスカニーニの「オテロ」は他に類を見ない大きな感動を与えてくれる。

特に様式美にあふれた生き生きとした音楽運びは、他のどの録音からも聴くことのできない素晴らしさだ。

歌手も当時最高の顔ぶれで、ヴィナイの力強い声と集中力に満ちた感情移入による歌唱と、ヴァルテンゴの絶妙な役作りは忘れ難い。

「仮面舞踏会」はトスカニーニの最後のオペラ全曲録音。

トスカニーニの厳しい造形性、様式美の凝縮された美しさ、そして内面にみなぎる情熱が大きな感動を与える。

アメリア役のネッリ、ウルリカ役のターナー、リッカルド役のピアースといった、トスカニーニ晩年の手兵をはじめ、レナート役の若きメリルや脇役に至るまで、歌手陣も全身全霊を込めて、ヴェルディの精神を具現するトスカニーニの音楽に奉仕している。

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ジュリーニ盤は、血湧き肉踊るひたすらの熱狂や昂奮のみに走ることをきびしく拒否して、音楽とドラマの深奥をしっかりと見つめ、そこに生まれ出る感動と美とを精妙きわまりない表現に結実させた独特の気品にあふれた演奏である。

これはひとえに、指揮者ジュリーニの功績だろう。

ジュリーニの表現は、全体にややクールな感じもするが、精緻によくまとめており、カプッチッリとともに心理的な面で究極の演奏を繰り広げる。

それと、カプッチッリのリゴレットが絶品だ。

彼は、このリゴレットの性格を深く彫り下げ、屈折した人物像をあますところなく表出している。

声量が豊かなのも大きな魅力で、第2幕の「悪魔め、鬼め」は名唱だ。

コトルバスのジルダもこの薄幸の女を美しく表現している。その清純にして意志的なジルダはほぼ理想に近い。

ドミンゴの公爵はやや曇った声ながら好演。

またオブラスツォワのマッダレーナは、いかにもドスの利いた悪女ぶりが際立っている。

2つの幕を1枚ずつ収録している。

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2007年12月19日


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私がこれまで聴いたアバドの実演、録音の中で、最も感動したのが、スカラ座とグラモフォンに録音した、ヴェルディ「シモン・ボッカネグラ」である。

アバドは近年ムソルグスキーのオペラを頻繁に演奏しているが、この「シモン」こそは、アバドによって広く認識させられた傑作オペラだ。

その功績だけでも大きい。

この録音のもとになったスカラ座でのアバド指揮ストレーレル演出の上演が現代における「シモン」評価を呼び起こしたとさえ言え、また、この録音によって「シモン」の真価を知った人も多い。

これはあらゆるイタリア・オペラの中でも、最も深い感動を与える傑出した名演だ。

アバドがスカラ座音楽監督時代の最も気力が充実していた時期に、カプッチッリ、フレーニ、ギャウロフというかけがえのない名歌手を得て、この「シモン」を録音してくれたことを感謝せずにはいられない。

アバドの指揮も、精緻にして情熱がたぎり、甘さに堕さない清純なカンタービレが要所に光る。

今デジタルでもう一度再録音をといっても、とてもこれほどの名演は生まれないだろう。

20世紀前半の最大のヴェルディ指揮者がトスカニーニならば、後半のそれがアバドであるとさえ思えてくる超名演だ。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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