シュトラウス

2015年07月27日


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ニューイヤー・コンサートが最も輝いた時(1987年1月1日)の歴史的なライヴ録音である。

惜しくも、たった1度しか実現しなかったカラヤン指揮ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートのライヴ録音が音源だ。

思えば今から四半世紀以上前のものだが、おそらく歴代ニューイヤー・コンサートの録音の中でも随一の出来だと思われる。

これは、ウィーン・フィルの楽団長が、最も思い出に残るニューイヤー・コンサートとして、この演奏会をあげていたことでも分かる通り、カラヤンの下、ウィーン・フィルが溢れんばかりの美音を提供し、カラヤンの意図を十全に汲み出していて、オーケストラとしても会心の演奏と言える。

1曲目、「こうもり」序曲の冒頭を聴いただけで、他の演奏との格の違いが実感される。

しかも、ニューイヤーというと、毎年曲が変わるので、どうしても初めて聴くような、あえて繰り返し聴かなくても……という曲が混じってしまうのだが、ここでは曲目を見て頂ければ分かるように、1曲残らず名曲がきら星のごとく並んでおり、シュトラウス・ウィンナ・ワルツ・ベストと何ら変わらない選曲であり、これも、カラヤンだけが許されたウィーン・フィルからの特別な計らいなのである。

したがって、これを、全てのクラシックファン、ことに初めてワルツ・ポルカを聴かれる方に、強く推薦したい。

リチャード・オズボーンの伝記によると、カラヤンは、この指揮の直前は、健康状態も最悪で、気力も相当に萎えていたというが、本盤を聴くと、どの楽曲とも生命力に満ち溢れた演奏を行っており、老いの影など微塵も感じさせない。

充分でない体調を押してなのだが、馥郁たるウィーン・フィルのサウンドを重厚に引き出して、しかもシュトラウス・ワルツの極意というか独特の呼吸が伴っているのは流石同国オーストリア人同士の阿吽なのかも知れない。

それにしても、カラヤンの指揮するウィンナ・ワルツは、実に豪華絢爛にして豪奢。

それでいて、高貴な優美さを湛えており、ウィーン・フィルも水を得た魚の如く、実に楽しげに演奏をしている。

ウィンナ・ワルツが持つ独特の『間』と『アクセント』を見事に体現しており、その1音1音に命を吹き込んだこの演奏は、どの楽曲にも生命力が満ち溢れている。

そして何よりも、ウィーン・フィルとカラヤン自身が音楽することを楽しんでいることが伝わってくる演奏である。

カルロス・クライバーもこんな演奏がしたくて、2回もニューイヤー・コンサートを引き受けたのかもしれない。

バトルの「春の声」での独唱も見事であり、このように役者が揃ったニューイヤー・コンサートは、まさに空前にして絶後であり、今後ももはや決して聴くことはできないだろう。

残念なのは、当時演奏されたはずの「皇帝円舞曲」が収録されていないことであるが、それを除けば、あまた市場に溢れている各種のニューイヤー・コンサートのCDの中でも、随一の名盤と言うべきであろう。

幸運にも筆者はこのライヴをテレビ中継で見ることができたのだが、その緊迫感ある演奏は以後(例えばクライバーやムーティが登場した折にも)お目にかかれなかったと記憶している。

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2015年07月09日


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オーストリア生まれのカラヤンによるシュトラウス・ファミリーの名曲集。

カラヤンが元旦恒例の「ニュー・イヤー・コンサート」に登場したのはその最晩年であったが、録音においては、既に50代の頃にこの素敵な名盤を遺していた。

何れもウィーン・フィルの伝統的な演奏スタイルと、カラヤン独特の美学が融合した名演に仕上がっている。

シュトラウス一家に代表されるウィンナ・ワルツは、あの3拍子の第2拍の後にごくわずかな間が入る独特のリズムが特徴であり、それはウィーンの人によれば、「学べるものではなく、感じなければならない」ということになる。

実際、ウィンナ・ワルツの微妙なリズムばかりでなく、そのリズムにのって歌われる流麗な旋律なども、すぐれた指揮者の演奏によると、とても粋な、ウィンナ・ワルツ特有の魅力が生まれることになる。

だが、だからといって、ウィーンの音楽家しかウィンナ・ワルツの独特の魅力は伝えられないかというと、そんなことはなく、また、例えばこの数年のウィーン・フィルの「ニュー・イヤー・コンサート」を聴いてもわかるように、同じウィーン・フィルでも指揮者によって、それぞれの個性が演奏に微妙に反映されている。

カラヤンも、周知のようにウィーンとは関係が深く、彼はザルツブルク生まれだが、父はウィンナ・ワルツの全盛期にウィーンに生まれているし、カラヤンも幼少期からしばしばウィーンを訪れ、また音楽の勉強の総仕上げをしたのもウィーンである。

そしてカラヤンがシュトラウスの音楽を知ったのは、まだ作曲家とそのテンポを知っている演奏家が活躍していた時代であった。

指揮者になってからも、その最初のオーケストラであるドイツのウルム時代から、《こうもり》をはじめシュトラウスの音楽をしばしば演奏した。

録音もカラヤンの初期から晩年まで、かなり頻繁に行い、それぞれの時期を代表する名演を遺していることは、改めて言うまでもないだろうが、このウィーン国立歌劇場の総監督時代のウィーン・フィル(1959年)との録音は忘れることができない。

カラヤンのシュトラウス・ファミリーの作品の演奏は、実際に踊るためのものではない聴くためのコンサート・スタイルの最右翼と言える。

殊に、このカラヤン全盛時代に演奏されたウィーン・フィルとの録音は、きわめてシンフォニックで豪華な響きに満たされており、ワルツ、ポルカといった軽い作品の中に新たな魅力を発見することができる。

モノゴトは“全力投球”をすると、優美さとか優雅な雰囲気、洒落た気分などという要素は、なかなかに出し難いものだ。

全力投球をすると、モノゴトはつい体に力が入り過ぎてしまい、柔軟性を失ってしまいがちであるが、ここにおけるカラヤンはそうではなく、シュトラウスの作品に対し、カラヤンはまさに全力投球をしており、手をゆるめるようなところは少しもない。

それでいて、ここに聴く演奏には、曲が強く要求してやまない優美な、洒落た雰囲気に満ち満ちていて、体に力が入り過ぎるような傾向がない。

なるほど、カラヤンという指揮者は、ややもすると通俗的なポピュラー曲と扱われかねないシュトラウスの作品でさえ、少しも力を抜くことなく、他の曲と同じような姿勢で取り組み、しかも作品が要求するものは的確に表現し得たのだと、改めて感服してしまう。

ここで注目されるのは、ほとんどの指揮者があまり取り上げないヨーゼフの《うわごと》である。

これはおそらくカラヤンの好みなのだと思うが、またウィーン・フィルのような大編成のシンフォニー・オーケストラの演奏ということも関係している。

「ワルツ王」も弟の《うわごと》をとりわけ愛していたそうだが、カラヤンもまた非常に好きだったに違いない。

このダンス音楽の枠を越えた幻想的な音楽の美しさをカラヤンほど素晴らしく表現した指揮者はいないし、ことにこのウィーン・フィルとの演奏は見事である。

他の曲もすべて洗練の極にある演奏であり、シュトラウスの音楽の魅力を堪能させてくれるのである。

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2015年06月04日


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これは素晴らしい名演だ。

ウィンナ・ワルツを収めたCDは数多く存在しているが、本盤は、その中でも最も魅力的な名演の1つと言ってもいいのではないだろうか。

どの曲も大変優れた演奏で、出世街道を驀進し、欧米を股に掛けて演奏活動を行いつつあったケンペの自信に満ちた音楽作りが味わえる。

立派な演奏だし、オケがウィーン・フィルなのだから、商品価値は十分高いと考えられるが、音源を保有するEMI本体はなぜか発売していない。

おそらくはケンペという地味な指揮者では売れないと踏んでいるのだろうが、これは素晴らしいワルツで、活きの良さが素晴らしく、オケをダイナミックに響かせる指揮ぶりが堪らない。

ケンぺは、ベートーヴェンやブラームス、そしてブルックナーの交響曲などにおいて、ドイツ風の重厚な名演の数々を成し遂げていた指揮者だけに、どちらかと言えば謹厳実直で質実剛健な演奏を行うというイメージが付きまとっていると言っても過言ではないところだ。

しかしながら、本盤のような愉悦に富んだ名演を聴いていると、ケンペは必ずしも質実剛健一辺倒の演奏を行っていたわけではなく、むしろ、ケンペという指揮者の表現力の幅広さ、多彩さ、そしてその豊かな音楽性を窺い知ることが可能だ。

ケンペのウィンナ・ワルツと言えば、シュターツカペレ・ドレスデンとの録音が有名であるが、この旧盤におけるウィーン・フィルとの録音も美しい。

ケンペの手にかかると、さらに丁寧 上品さが際立ち、ドレスデンとの再録音とはまた違ったウィーン独特の音色が堪らない。

それにしても、演奏全体に漲っているリズミカルな躍動感は、ウィンナ・ワルツの演奏としては申し分がない理想的なものと言えるところであり、とりわけ喜歌劇「こうもり」序曲の畳み掛けていくような気迫や強靭さは圧倒的な迫力を誇っており、聴いて思わず度肝を抜かれるほどだ。

それでいて、ケンペならではのドイツ風の重厚さも随所に聴かれるところであり、レハールのワルツ「金と銀」やヨゼフ・シュトラウスのワルツ「天体の音楽」の重心の低い深沈たる味わいの深さには抗し難い魅力がある。

ケンペのワルツは軽やかなウィーン風ではなく、堅固ないわゆるドイツ風であるが、その極めつけがこの「金と銀」。

純ドイツ風に堅実で真面目一途、にこりともしないようなケンペだが、なぜか「金と銀」が大好きで、ステレオになってからウィーン・フィルでまずレコーディング、さらにシュターツカペレ・ドレスデンで再録音している。

どちらも曲への思いのたけをすべて吐露したような名演で、ケンペ得意の曲なのであろう、堂々と自信たっぷりに演奏しており、そのドラマティックな演奏は、これを凌駕する演奏にまだお目にかかってない。

一部オーケストレーションを変えているところさえあるが(そのセンスがまた素晴らしいのだ)、シュトラウスのワルツよりも魅力的な「金と銀」を、ケンペぐらい真正面からシンフォニックに取り組み、しかも絶品のニュアンスでロマンティックに歌わせ、燦めかせた演奏は、他に皆無と言えよう。

その他の演奏も名演であり、かかる演奏は、もはやウィンナ・ワルツという領域を超えた、ベートーヴェンやブラームスの交響曲などにも比肩し得る至高の芸術作品のレベルに達していると言っても過言ではあるまい。

そして、このようなドイツ風の重厚な演奏を行っているにもかかわらず、いわゆる野暮ったさなどはいささかも感じさせず、愉悦性を失わないというのは、大芸術家ケンペだけに可能な圧巻の至芸とも言うべきであろう。

そして、ウィンナ・ワルツを演奏させたら他の追随を許さないウィーン・フィルによる名演奏が、ケンペによる重厚な演奏に独特の潤いと温もりを付加させているのを忘れてはならない。

オケが上手いというのは当然として、現在のウィーン・フィルではなかなか聴けない当時の豊かなオケのサウンドと、ケンペのメリハリを付けた音楽による名演が連続する。

いずれにしても、本演奏は、あまた存在するウィンナ・ワルツ集の中でも、トップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

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2015年05月28日


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かの有名歌手であるシュヴァルツコップが「無人島に持っていく1枚」と称賛したとの曰くつきのCDであるが、確かに素晴らしい名演だ。

機能的でパワフルと思われがちなシカゴ交響楽団と、怖い名匠と思われがちなフリッツ・ライナーのウィンナ・ワルツ集だが、これが意外や意外にふくよかなウィーンの響きを気持ち良く聴かせてくれる、とても楽しく心休まるウィンナ・ワルツ集になっている。

SACD化によって、後述のように、この演奏の凄さが際立った感もあり、録音も含めて高く評価したい名演と言える。

まず、何よりも凄いのは、アンサンブルの超絶的な正確さだ。

シカゴ交響楽団と言えば、今でこそショルティ時代の鉄壁のアンサンブルとパワフルで輝かしい音色が、どうしても脳裏をよぎってしまうが、本盤を聴くと、そのルーツは、ライナー時代に遡ることがよくわかる。

金管楽器も木管楽器も実に巧いし、しかもそのどれかが目立つということはなく、見事に揃っている。

パワーも凄まじいものがある。

そして、弦楽器も鉄壁のアンサンブルを見せ、全体として、あたかも眼前に巨大な建造物が構築されているかのような印象を受ける。

では、このような硬質とも言える演奏は、ウィンナ・ワルツと水と油ではないかと言う考え方もあるが、よく聴くと、必ずしもそうではないのだ。

それは、ライナーの指揮が、歌うべきところは実に優雅に歌うなど、実にコクのある演奏を繰り広げているからだ。

ヨハン・シュトラウスなど、ウィンナ・ワルツは、結局、ウィーン・フィルに限ると思っていたが、そんなことは全くない。

ウィンナ・ワルツの演奏と言えば、ウィーン・フィルに代表されるように、アンサンブルの僅かなズレを逆手に取って、あたかも踊り子のフリルのような柔らかさを醸す演奏が一般的だ。

ライナーの演奏は、そうした女性的なものとは実に対照的で、ものがウィンナ・ワルツだろうが何だろうが、一糸乱れぬ合奏と几帳面な3拍子で、引き締まったサウンドを聴かせてくれる。

この地味なオケの音色は、そして縦の揃ったこのアンサンブルは、本当に素晴らしいし、ライナーはしっかりウィーンらしい“崩し”も振り分けていて,見事である。

もし、足りないものと言えば、ちょっとしたユーモアや遊び心、ちょっと芝居がかったウィーンらしいノリのようなものだろう。

音楽に対する厳格な姿勢ばかりが強調されてきたライナーも、こんなに楽しいウィンナ・ワルツやポルカの演奏を残していたのだ。

とにかく、ライナーらしさは影を潜め、肩の力を抜いて、なだらかに、丁寧に、情感豊かに、全体をメゾフォルテとメゾピアノで演奏しているのだ。

したがって、繰り返し聴いて嫌にならない。まさに、夢のような1枚と言えよう。

もっとも、これは、従来CDでは聴き取れなかった音質とも言える。

その意味では、今般のSACD化によって、初めてこの名演の真価が明らかにされたと言えるだろう。

クレジットこそなく推測の域を出ないが、舞踏への勧誘のチェロはシュタルケルであろうか。

この曲でのチェロは特に絶品の美しさだ。

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2015年02月15日


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これはユニークなCDで、全て{原典版}の楽譜を使用した演奏。

随所から通常の楽譜を使用したのとは全く違った響きが耳に入ってくるのも面白いし、いつもと打って変って静かな表現を見せる指揮者にも惹かれる。

2001年の元旦、アーノンクールはニュー・イヤー・コンサートを指揮したのであるが、考えてみると存命している指揮者でシュトラウスの作品を計画的に録音しているのは世界的に見ても彼だけであって、いわば当然の人選だったのである。

アーノンクールは、シュトラウスを、ウィーン古典派から初期ロマン派を経てブラームスに到る管弦楽曲の作家の系譜に連なる一級の作曲家であると述べている。

そして彼は各曲を「一級の管弦楽作品」として最大限の敬意をもって扱っており、その意味で彼の<言説>と演奏という<実践>は、全く矛盾なく一致している。

オーケストラはベルリン・フィルであるが、当時のアーノンクールであれば古巣のウィーン交響楽団も選択肢であったはずだが、意図的に避けたようである。

ベルリン・フィルは、ウィーンのオケよりシュトラウスの演奏経験が相対的に少ない(=先入観が少ない)ので、彼の主張「ブラームスに連なる一級の管弦楽作品」にふさわしい真摯な演奏態度を、より容易に実現できると考えたようだ。

もっともアーノンクール流の徹底的なアナリーゼと再構築を経て実現されるテクスチュアの明晰さを、過不足なく実現できたのは当時ベルリン・フィルだけだったという現実問題もあるだろう。

異常に統制されたフレージングといい、徹底的にアーノンクール流で歌われる旋律といい、ベルリン・フィルの強靭な低弦といい、これはまさに立派な交響詩である。

驚くべ高貴さと透明感に満ちた演奏であり、「クリスタルガラスの輝き」を持つシュトラウスとでも表現できよう。

明晰なテクスチュアが浮かび上がらせたのは、シュトラウスの才能の豊かさ、作品の作り込みの精緻さ、作曲家としての真摯さ、まさにブラームスに匹敵するのだと言わんばかりの前代未聞のシュトラウス像である。

観光都市ウィーンのシュトラウスのプロたちのする観光客向けの甘口の演奏に比較し、キリリと辛口に徹している。

このCDに聴かれるシュトラウスは、ウィーンの伝統の中に生まれてきた作曲家である。

シュトラウスの音楽は「ハプスブルグ王朝の連綿たる芸術音楽の系譜の中にあり、19世紀後半の精神を受け入れ、少しだけポピュラリティーに流れているが、その根っこは完全にして完璧な芸術音楽である」と理解した演奏である。

ブラームスがシュトラウスの作品を愛していたという事実が、極東の音楽ファンにすぎない筆者にもなんとなく体感できる。

極彩色で薄ぼやけたウィーンの夜会みたいな風景に背を向けたアーノンクールが何もない黒ベタを向いて瞑想にふけっている構図のジャケット・デザインも考え抜かれたものだ。

なおこの演奏が気に入ったら、コンセルトヘボウとのCD、ニュー・イヤー・コンサートのCDも買って損はない。

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2015年02月12日


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晩年のベームが残した唯一にして極上のJ.シュトラウス2世のワルツ・ポルカ集。

オーストリアの“第2の国歌”とも称される「美しく青きドナウ」ほか、ウィーンの伝統と気品が漂うアルバムとなっている。

ウィンナ・ワルツというと、長い間ウィーン・フィル、とりわけニューイヤー・コンサートの専売特許となってきた。

確かに本場ではあろう。

だが、ボスコフスキー引退後、クオリティゆえにさすがと納得させてくれたのは、カラヤン、クライバー、アーノンクール、プレートルぐらいであったことも事実だ。

何よりも、中継の際に頻繁に挿入されるウィーンの観光映像には食傷してしまって、オーストリアという国の悲しさを感じてしまった。

大した産業もなく、昔日の栄光を切り売りするだけの国、世界各地に中継されるこの映像を通して観光宣伝に余念がないのだろう。

シュトラウスのワルツやポルカはそんな観光絵はがきの香りがするし、コンサート後すぐにCD化という売り方も含め、あまりに露骨に商業化しすぎた。

これでは真の愛好者にそっぽを向かれるのも当然である。

この演奏はベームの“老いのすさび”といった風情漂うものだ。

まるで19世紀後半の絢爛たるウィーンの宮廷舞踏会を頭に描きながら指揮しているかのようで、かつてのワルターと一脈通じるところがあり、ウィーン・フィルの特徴がプラスに作用している。

傑出しているのは「南国のバラ」で、ゆったりとしたテンポで優雅にまとめている。

固い音楽を作りがちなベームとの相性もあってか、「皇帝円舞曲」も絶品である。

この演奏からは、上品かつ流麗な馥郁たるウィーンの香りのようなもので満ちているのだ。

もともとウィーン・フィルは、崩れ出すと止めどもなく崩れる傾向があり、時に品位を失うほど(それはそれで魅力的であるが)厚化粧の音楽を奏でてしまう。

それゆえに、ベームのような厳しく禁欲的な指揮者が外側から枠をはめてやると、その範囲内で十全を尽くそうとするが、それがいいのである。

弦楽器群が、古い高級家具のように艶々としているのも美しい。

やはりこのような名演を聴いていると、最近のニューイヤー・コンサートは、伝統にあぐらをかいた弛緩しているような演奏に聴こえてしまうのだ。

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2015年02月09日


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ごく標準的なウィンナ・ワルツの演奏では、ボスコフスキー指揮ウィーン・フィルがいいだろう。

指揮者がヴァイオリンを弾きながら、優雅な身振りでオーケストラを指揮する、そんなウィンナ風の弾き振りで、ウィンナ・ワルツの数々を楽しませてくれたのが、このボスコフスキーである。

ウィーン・フィルを指揮してシュトラウス・ファミリーの世界を伝統的かつ魅力的に再現できたウィーン出身の指揮者と言えば、19世紀末に生まれたE.クライバーとC.クラウスの名が思い出されるが、このふたりに続くのが20世紀初頭に生まれたボスコフスキーだろう。

C.クラウスのあとを継いで、ニュー・イヤー・コンサートを指揮するようになったのが、このボスコフスキーである。

これはボスコフスキーがもっとも精力的に活躍していた頃に録音されたもので、どの曲も粋で優雅で洗練されていて実に素晴らしい。

表現はあくまで現代的で、メリハリを利かせたリズミカルで、快調なワルツになっている。

ボスコフスキーならではの、ウィンナ・ワルツの心をよく捉えた表現で、ウィーンの馥郁たる香りにあふれた素敵なものばかりだ。

たとえば、J.シュトラウスの「美しく青きドナウ」、「芸術家の生活」、「ウィーンの森の物語」、弟ヨゼフの「天体の音楽」など、どの曲を聴いても溜息のでるような美しさであり、その旋律の歌わせ方や間のとり方の巧さに魅了されてしまう。

伴奏に使ってもそのまま踊れるような演奏を行っており、現代的な感覚をもった優雅さが魅力で、生粋のウィーンっ子らしい、絶品といえる演奏ぶりだ。

ポルカの演奏はワルツよりもさらに上回る秀逸なもので、粋で生気にあふれ、表情が若々しく、みずみずしく生き生きとしていて、大変楽しい。

そのリズムの扱いと間のとり方の巧さは、この人ならではのもので、どれもこれも素敵でごきげんな演奏ぶりである。

はじめヴァイオリニストとして世に出た彼は、シュトラウス同様、自ら演奏しながら、指揮することができた。

ヴァイオリンを弾きながら指揮をとるボスコフスキーは、シュトラウスの再来を思わせるとして、全ヨーロッパで人気が高かった。

先輩たちより庶民的な感じが強い演奏になっているゆえんであろう。

ボスコフスキーとウィーン・フィルの息のあった演奏はこのコンビならではのもので、まずこれさえあれば、ウィンナ・ワルツやポルカを親しむには充分といえるCDアルバムである。

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2015年01月14日


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1960年という、カラヤンがウィーン国立歌劇場の監督をしていた、名実ともにヨーロッパの楽壇の帝王であった全盛時代の精力を注ぎ込んだ名演である。

まずは主役級に当時のウィーンで活躍していたギューデンのロザリンデ、クメントのアイゼンシュタイン、ケートのアデーレなど、芝居して良し、歌って良しのウィーンっ子達を揃えているのが見逃せない。

当時のウィーン国立歌劇場の日常のアンサンブルをそのまま起用したせいで、そのまとまりとアンサンブルは、抜群の良さを示している。

それだけでも豪華なのに、カラヤンがただ者でないのは、第2幕の晩餐会のシーンで30分以上にも及ぶ「ガラ・パフォーマンス」を挿入していることである。

ここでは英デッカ専属のスター歌手を動員、テバルディ、二ルソン、デル・モナコ、ビョルリンク、バスティアニーニ、ベルガンサ、プライスなど、オペラの主役級の超豪華歌手陣を揃えている。

例えばニルソンが《マイ・フェア・レディ》の「一晩中踊れたら」、コレナがシャンソンの《ドミノ》、プライスが《サマー・タイム》を歌ったりと隠し芸大会が展開されるのだ。

《2人で習った英語で歌ってみようよ》というバスティアニーニとシミオナートの掛け合いも楽しい。

多彩なゲストたちのガラ・パフォーマンス付きのこのゴージャスな1組は贅沢な一時を楽しませてくれるので、その部分だけをとりだして聴くことも多い。

まさに当時の帝王カラヤンの有無を言わせぬ圧倒的な権威を象徴するものと言えるだろう。

そして、これら超豪華歌手陣を圧倒的な統率力で纏め上げたカラヤンの力量も驚異的の一言であり、「こうもり」という娯楽作を一流の芸術作品にまで引き上げた手腕は、さすがという他はない。

カラヤンの指揮は序曲から切れ味のある速めのテンポで進み、歌劇の臨場感を味わわせてくれる。

ウィーン・フィルも、実に躍動感溢れる演奏を行っており、「こうもり」に必要不可欠の、「会議は踊る」といった表現に相応しいウィーン風の高貴かつ優美な雰囲気の醸成にもいささかの不足はない。

ただカラヤンの旧盤に比べると、表現の柄がいくぶん大きくなっていて、その点が気にならなくもないが、いかにもカラヤンらしい、絢爛豪華な「こうもり」と言えるだろう。

「こうもり」には、クライバーの名演もあるが、歌手陣の豪華さ、そしてカラヤンの圧倒的な統率力、ウィーン・フィルの高貴にして優美な演奏に鑑みれば、カラヤンの2度目の録音となる本盤の演奏を、同曲随一の名演と評価することに躊躇しない。

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2014年12月05日


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「こうもり」の名演としては、カラヤン&ウィーン・フィルと本盤のクライバー&バイエルン国立管が2大双璧であると言っても過言ではないのでなかろうか。

筆者としてはカラヤン盤が、豪華絢爛にして豪奢な名演であるのに対して、クライバー盤は、生命力溢れる若武者の快演と評価したい。

クラシック音楽のファン、オペラファン、シュトラウスの「こうもり」のファン、クライバーのファンだったら、この一盤の存在意義については言葉は要らないだろう。

クライバーの最高傑作のひとつであり、誰もが絶賛する演奏で、今まで批判的な評価を聞いたことがないし、結局この盤が彼のオペラ録音では最も好きな演奏だ。

クライバーの指揮が最大の魅力であり、集中力のある演奏で一気に聴かせる。

躍動感溢れるリズムと音楽の推進力、即興性や陶酔などその天才的手腕を随所で発揮するとともに、第2幕に「雷鳴と電光」を挟むサービスも楽しいものだ。

冒頭の有名な序曲からして、湧き立つような生命力の迸りにただただ圧倒されるのみである。

随所に見られるセリフのみの箇所も、もたれることは決してなく、終始クライバーの華麗な棒の下、実にテンポ良く筋書きが展開していく。

第2幕のポルカ「雷鳴と電光」など、切れば血が吹き出てくるような熱い演奏を繰り広げており、合唱陣の巧みな扱い方もカラヤンに一歩も引けを取っていない。

曲の様式を考えるとスタイルは表現が鋭く先鋭的でもう少し優美さというかおっとりした品の良さを加えたくもなるが、これはかなりお門違いな考えなのだろう。

弾むような生気溢れるテンポとリズム感こそがこの演奏な最大の美点なのだから。

そして、歌手陣はカラヤン盤に優るとも劣らない豪華さで、声楽的に純度の高い歌唱も聴きもの。

主役のアイゼンシュタイン役のプライ、アルフレート役にルネ・コロ、そしてアデーレ役にルチア・ホップを配しており、ロザリンデ役のヴァラディや、ファルケ役のヴァイクル、そしてオルロフスキー役のレプロフなども、クライバーの卓越した統率の下、最高のパフォーマンスを示していると言えよう。

ただ、オルロフスキ−の裏声は好みが分かれるところであるが、クライバ−の音楽の枠内では破状をきたすようなことはない。

後世に語り継がれるだけではなく、決して色褪せることのない“クライバー伝説”を確立した名盤である。

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2014年07月08日


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ヨハン・シュトラウスのワルツによる編曲作品の名演を集めた1枚。

編曲作品を、精巧な模型作品とみるか、独立した作品とみるかは難しいところだが、個人的には当盤のような演奏内容は非常に楽しめる。

このCDでは、グリュンフェルト、ドホナーニ、ローゼンタール等、編曲者自身の演奏で聴くことができる。

さらにタウジッヒ編の『人生ただ一度』はラフマニノフ、ゴドフスキー編の『こうもり』はモイセヴィッチの演奏。

有名なレヴィーンの「美しく青きドナウによるコンサートアラベスク」(シュルツ=エヴラー編)やサパートンの「芸術家の生涯による交響的変容」(ゴドフスキー編)、モイセイヴィッチの「こうもりの主題による交響的変容」(ゴドフスキー編)など、ピアノ好きならば一度は聴いておきたい素晴らしい演奏の数々が収録されている。

ドホナーニとグルンフェルトに関しては、編曲者自身の自演が収録されており、これは貴重だろう(どちらも上手い)。

ラフマニノフとボレットのタウジッヒ編ももちろん素晴らしいが、圧巻は何と言ってもローゼンタールの「幻想曲」であろう。

『美しく青きドナウ』の有名な旋律に絡み合う急速な重音の連続、後半ではそれに『こうもり』が左手に加わってきて、ローゼンタールの面目躍如と言ったところだ。

少し残念な事ではあるが、いくつかの曲で部分的にカットされている演奏もある。

しかし全体的に見ればそれを補って余りある選曲とヴィルトゥオジティに満ち溢れた演奏だ。

ヨハン・シュトラウスのファンにも、「古き良き時代」のファンにも、また超絶技巧マニアにも、十分に楽しんでもらえる内容となっている。

ボレット以外は20世紀前半の録音であるため、ヒストリカルな録音を聴き慣れていないと初めはノイズが気になるかもしれない。

しかし聴き進めるうちに、その華麗なテクニック、ウィンナ・ワルツのリズムに魅せられ、思わず時を忘れて演奏に聴き入ってしまうこと間違いなしと言い切ってもいいような内容である。

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2014年06月19日


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カラヤン&ベルリン・フィルは、ヨハン・シュトラウス祇さ擇哭鏡ぁ▲茱璽奸Ε轡絅肇薀Ε垢作曲した主要なウィンナ・ワルツ集を晩年にデジタル録音(1980年)した。

カラヤンは、ウィンナ・ワルツを得意としており、若い頃から何度も録音を行ってきた。

筆者の手元にあるものを調べてみても、古くは1946〜1949年(EMI)や1959年(英デッカ)のウィーン・フィルとのスタジオ録音、そして、1966年及び1969年(DG)、1975年(EMI)と本盤(1980年)のベルリン・フィルとのスタジオ録音、さらにはウィーン・フィルとのニューイヤーコンサート(1987年ライヴ)と相当点数にのぼっているところだ。

その他にもまだまだありそうな気がするが、これらの演奏は、いずれも素晴らしい名演に仕上がっている。

1940年代や1959年のウィーン・フィルとの演奏は、若き日のカラヤンならではの颯爽とした装いの名演であると言えるし、最晩年の1987年盤は、人生の辛酸を舐め尽くした巨匠ならではの味わい深さが際立った超名演であると言えるところだ。

そして、その間に挟まれたベルリン・フィルとの演奏は、本盤の演奏も含め、カラヤン&ベルリン・フィルの黄金コンビが成し遂げた圧倒的な音のドラマが構築されていると言えるだろう。

カラヤン&ベルリン・フィルの全盛時代は1960年代〜1970年代であるというのが一般的な見方であり、この時期の演奏は、ベルリン・フィルの一糸乱れぬ鉄壁のアンサンブル、ブリリアントなブラスセクションの朗々たる響き、桁外れのテクニックを披露する木管楽器の美しい響き、雷鳴のようなティンパニの轟きなどが一体となった圧倒的な演奏に、カラヤンならではの流麗なレガートが施された、まさにオーケストラ演奏の極致とも言うべき圧倒的な音のドラマの構築に成功していた。

1982年にザビーネ・マイヤー事件が勃発すると、両者の関係には修復不可能なまでの亀裂が生じ、この黄金コンビによる演奏にもかつてのような輝きが一部を除いて殆ど見られなくなるのであるが、1966年盤や1969年盤、1975年盤、そして本盤にしても、いずれもこの黄金コンビの全盛時代における超絶的な名演奏を堪能することが可能である。

もっとも、ウィンナ・ワルツらしさという意味においては、その前後の演奏、すなわち1959年のウィーン・フィルとの演奏、または1987年のニュー・イヤー・コンサートにおける演奏の方を上位に掲げたい(本盤の演奏で言えば、ラデッキー行進曲の生真面目さや常動曲の愉悦性の無さなど、もう少し何とかならないのかとも思われるところだ)が、これだけの圧倒的な音のドラマを構築した本盤や1966年盤、及び1969年盤、そして1975年盤との優劣は容易にはつけられないと考える。

そして、本盤、1975年盤、そして1966年盤及び1969年盤の比較については、録音会場(ベルリン・イエス・キリスト教会VSベルリン・フィルハーモニーザール)、ティンパニ奏者(テーリヒェンVSフォーグラー)、DGとEMIの音質の違いなど様々な相違点が存在しているが、いずれも高いレベルでの比較の問題であり、あとは好みで選ぶしかあるまい。

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2014年06月16日


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これは素晴らしい名演だ。

ウィンナ・ワルツを収めたCDは数多く存在しているが、本盤は、その中でも最も魅力的な名演の一つと言ってもいいのではないだろうか。

ケンぺは、ベートーヴェンやブラームス、そしてブルックナーの交響曲などにおいて、ドイツ風の重厚な名演の数々を成し遂げていた指揮者だけに、どちらかと言えば謹厳実直で質実剛健な演奏を行うというイメージが付きまとっていると言っても過言ではないところだ。

しかしながら、本盤のような愉悦に富んだ名演を聴いていると、ケンペは必ずしも質実剛健一辺倒の演奏を行っていたわけではなく、むしろ、ケンペという指揮者の表現力の幅広さ、多彩さ、そしてその豊かな音楽性を窺い知ることが可能だ。

それにしても、演奏全体に漲っているリズミカルな躍動感は、ウィンナ・ワルツの演奏としては申し分がない理想的なものと言えるところであり、とりわけ喜歌劇「こうもり」序曲の畳み掛けていくような気迫や強靭さは圧倒的な迫力を誇っており、聴いて思わず度肝を抜かれるほどだ。

それでいて、ケンペならではのドイツ風の重厚さも随所に聴かれるところであり、レハールのワルツ「金と銀」やヨゼフ・シュトラウスのワルツ「天体の音楽」の重心の低い深沈たる味わいの深さには抗し難い魅力がある。

かかる演奏は、もはやウィンナ・ワルツという領域を超えた、ベートーヴェンやブラームスの交響曲などにも比肩し得る至高の芸術作品のレベルに達していると言っても過言ではあるまい。

そして、このようなドイツ風の重厚な演奏を行っているにもかかわらず、いわゆる野暮ったさなどはいささかも感じさせず、愉悦性を失わないというのは、大芸術家ケンペだけに可能な圧巻の至芸とも言うべきであろう。

そして、いぶし銀の音色を有するシュターツカペレ・ドレスデンによる名演奏が、ケンペによる重厚な演奏に独特の潤いと温もりを付加させているのを忘れてはならない。

いずれにしても、本演奏は、あまた存在するウィンナ・ワルツ集の中でも、トップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

音質は、1970年代のスタジオ録音ではあるが、リマスタリング、HQCD化等が行われたことや、聖ルカ教会の残響を活かした名録音であったこともあり、十分に満足できるものであった。

しかしながら、今般、ついにシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤が発売される運びになった。

本シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤は、従来CD盤やHQCD盤などとはそもそも次元が異なる極上の高音質であり、音質の鮮明さ、音圧、音場の広さのどれをとっても一級品の仕上がりである。

いずれにしても、ケンペ&シュターツカペレ・ドレスデンによる至高の超名演を、このような極上の高音質SACD盤で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2014年05月11日


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ウィーン・フィルによる2003年のニュー・イヤー・コンサートはニコラウス・アーノンクールの指揮で行われた。

2002年は小澤であったが、アーノンクールは、2001年のニュー・イヤー・コンサートに続いて2回目の登場となる。

指揮者を選ぶ権限は楽員にあるということを考えると、アーノンクールはウィーン・フィルの楽員に人気があるということになる。

コンサートの雰囲気は小澤のときとは、かなり異なっていたと感じた。

会場に飾られた花にしても、小澤のときは赤が目立っていたのに今年は白一色と様相が一変していたのだ。

さて、注目すべきは曲目。

このニュー・イヤー・コンサートではヨハン・シュトラウス一家の作品を取り上げるのが基本原則なのだが、今回はウェーバーとブラームスの次の作品が取り上げられている。

これはかなり珍しいことである。

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 ウェーバー作曲、「舞踏への勧誘」作品65
 ブラームス作曲、「ハンガリー舞曲集」より第5番嬰ヘ短調
            「ハンガリー舞曲集」より第6番変ニ長調
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ウェーバーのこの曲は、ワルツのお手本ともいうべき曲でありヨハン・シュトラウスはこの曲をベースにワルツを作曲したといわれていること、それにブラームスはヨハン・シュトラウスと親交が深く、ブラームスは彼の音楽を高く評価していたということ――これがアーノンクールが取り上げた理由なのだ。

こういうウィーン音楽に精通しているアーノンクールをウィーン・フィルの楽員たちは尊敬しているのである。

しかし、残念なことに、アーノンクールはコンサートの冒頭に「舞踏への勧誘」を持ってきたのだが、曲が終わる前に大拍手が入ってしまったのだ。

この曲は、もともとはピアノ曲なのだが、ベルリオーズが管弦楽用に編曲してオーケストラで演奏されることが多い。

最初に紳士が若い婦人に舞踏の相手を申し込む部分があり、オケではチェロがその部分を担当する。

そして、華やかに踊りがはじまり、終了するのだが、そのあと紳士の感謝の言葉を表す部分があり、ここもチェロで演奏される。

ところが、踊りが終わったところで大拍手が入ってしまったのだ。

アーノンクールはまずチェロに停止を命じ、観客に手で拍手を制してから、チェロに演奏を指示していた。

よく知られた曲であることに加え、由緒あるウィーンのニュー・イヤー・コンサートでの出来事であり、また、あとでCDやDVDとして商品化されたことも考えると、大変残念なことだと思う。

しかし、その後の演奏は立派なものであり、小澤のときよりも、ウィーン・フィルの楽員たちが大変楽しく演奏しているのが印象に残った。

アーノンクールといえば、ベルリン生れで、オーストリアを中心に活躍している指揮者であり、今やウィーンでは飛ぶ鳥を落とすほどの人気指揮者なのだ。

また、アーノンクールはエキストラとしてだが、ウィーン・フィルでチェロ奏者をしていたこともあり、楽員にとってはいわばかつての仲間なのである。

アーノンクールのように、ウィーン・フィルの内部で演奏をしたことのある音楽家が、ニュー・イヤー・コンサートを指揮するのはボスコフスキー以来のことであった。

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2014年05月10日


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ニューイヤー・コンサートの常連、ムーティが初登場した1993年の記念すべきデビューの華麗なライヴ演奏である。

ムーティによる初のニューイヤー・コンサートとのことであるが、まずはどの曲も若々しく瑞々しくエネルギッシュでフレッシュな演奏である。

演奏の隅々に至るまで生命力に満ち溢れていて聴いていてとても愉快な気持ちになる。

また、選曲の大胆さにも驚かされる。

大半が、あまり知られていない曲であり、そうした選曲を行った点にムーティの確固たる自信が窺える。

そうした確固たる自信の下、ムーティは各楽曲ともに濃厚な表情付けを行っているが、それが決していやではない。

これは、ムーティが、イタリアオペラを得意とするだけに、決してウィーン風とは言えないのかもしれないが、旋律を歌い抜くという点では一流と言うことなのではないだろうか。

例えば、ポピュラーな「美しき青きドナウ」の中間部など、テンポを著しく遅く演奏するが、全く違和感を感じさせないのは、ムーティのウィンナ・ワルツへのアプローチが、決して的を外れたものではないということの証左であると考えられる。

ムーティもリラックスして、ウィーン・フィルに多くをゆだね、ワルツの優雅さとポルカの快活さをうまく表現している。

ムーティというとオケにムチ打って驀進する印象が強いが、相手がウィーン・フィルのせいか驚くほどしなやかな美しさを出している。

中でも印象に残ったのが「エジプト行進曲」で、スエズ運河開通記念に作曲されたこの作品はオリエントな雰囲気漂う印象的な旋律が聴きもの。

ウィーン・フィルのメンバーが大きな声で旋律を歌うところもあってとても素晴らしい。

SHM−CD化によって、音質は鮮明さや重量感が著しく増したと言える。

このニューイヤー・コンサートのライヴ盤も、指揮者による違いが楽しめるくらいにかなりの種類が出てきた。

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2014年04月01日


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本盤は、全盛時代のセル&クリーヴランド管弦楽団による演奏の凄さを味わうことができる名SACDと言える。

本盤には、この黄金コンビによるヨハン・シュトラウス2世やヨゼフ・シュトラウスによるウィンナ・ワルツの演奏(1962年のスタジオ録音。歌劇「こうもり」序曲のみ1958年のスタジオ録音)が収められているが、一般的ないわゆるウィンナ・ワルツ的な演奏とは随分と様相の異なった演奏に仕上がっていると言えるだろう。

セル&クリーヴランド管弦楽団による全盛時代の演奏はそれは凄まじいものであり、オーケストラの各楽器セクションが一つの楽器が奏でるように聴こえるという、「セルの楽器」との呼称をされるほどの一糸乱れぬ鉄壁のアンサンブルを誇っていた。

米国においては、先輩格であるライナーを筆頭に、オーマンディやセル、そして後輩のショルティなど、自らのオーケストラを徹底して鍛え抜いたハンガリー人指揮者が数多く活躍しているが、オーケストラの精緻な響きという意味においては、セルは群を抜いた存在であったと言っても過言ではあるまい。

もっとも、そのようなセルも、オーケストラの機能性を高めることに傾斜した結果、とりわけ1960年代半ば頃までの多くの演奏に顕著であるが、演奏にある種の冷たさというか、技巧臭のようなものが感じられなくもないところだ。

本盤に収められた演奏も、そうしたセルの欠点が顕著であった時期の演奏であるが、楽曲がウィンナ・ワルツという小品であるだけに、技巧臭などは殆ど感じられないところである。

もっとも、前述のように、いわゆるウィンナ・ワルツ的な演奏とは様相が異なっていることから、ウィーン風の抒情に溢れた情感豊かな演奏を期待する聴き手には、いささか不満が残る演奏と言えなくもない。

しかしながら、演奏全体の引き締まった造型美や響きの精緻さにおいては、他の演奏には類例を見ない完全無欠の演奏に仕上がっており、聴き終えた後の充足感には並々ならないものがある。

いずれにしても、本盤に収められた各楽曲の演奏は、全盛期のセル&クリーヴランド管弦楽団によるオーケストラ演奏の極致とも言うべき圧倒的な名演に仕上がっていると高く評価したい。

音質は、今から約50年前のスタジオ録音だけに、本従来盤はいささか不満の残るものであったが、数年前に発売されたシングルレイヤーによるSACD盤は圧倒的に鮮明な高音質であり、セル&クリーヴランド管弦楽団による演奏の精緻さを味わうには望み得る最高のものである。

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2013年11月19日


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小澤征爾指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏による、2002年1月1日にウィーン・ムジークフェラインザールで行われたニューイヤー・コンサートの模様を完全収録した2枚組ライヴ盤。

小澤征爾が日本人、いやアジア人として初めて、60余年の歴史を誇る伝統のニューイヤー・コンサートに登場した記念碑的な佳演である。

ハプスブルク王朝時代からの伝統文化を継承する世界最高のオーケストラ、ウィーン・フィルは、ユーロ通貨開始の国際的記念の年に、ヨーロッパを代表し、三顧の礼をもってアジアの偉大なマエストロを迎え入れたのである。

この録音はその歴史的なドキュメントでもある。

この重大な演奏会にあたって小澤は普段にも増して綿密な準備で臨み、ウィーン・フィル楽員もそれに最高の演奏で応えている。

小澤は、決してウィンナ・ワルツを得意とする指揮者とは思えないが、ここでは、相性のいいウィーン・フィルを巧みにドライブして、気品のある優雅な円舞曲の饗宴を演出している。

「こうもり」序曲でのロザムンデのアリアの哀愁のメロディでの滴り落ちるような美音、「悪魔のダンス」でのたたみかけるようなエネルギッシュな迫力、「ウィーン気質」での弧を描き、弓がしなるような独特の緩急自在なリズム、「チック・タック・ポルカ」での息を呑むスピード感、そして「美しく青きドナウ」で微妙に甘く漂う葡萄酒のような芳香、「ラデツキー行進曲」での小澤ならではの楽しさいっぱいの和やかさ、すべてが素晴らしい。

多くの批評家も同様の見解を示しているようであるが、これらの中で最も小澤らしい名演は、初登場の「悪魔のダンス」ということになろう。

ブラボー入りの熱狂的な拍手もなるほどと思わせるほどの、圧倒的な迫力である。

それにしても、小澤の全身から発される生命力のオーラは本当に凄い。

人種も文化の違いも越えて、誰もが魅惑されてしまう。

ウィーンで小澤が聴衆にも音楽家たちにも絶大な人気を誇るのは当然だろう。

この演奏全体で特に感じられたのは、音楽全体に「愛と幸福のしるし」が満ち満ちていることである。

困難と不安のなかで迎えた2002年の冒頭にあたって、「これから再び明るい時代がきっとやってきます! 希望に満ちたいい年になりますように!」という熱くポジティヴなメッセージがここで発信されたことの精神的意味はとても大きかったのかもしれない。

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2012年11月28日


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毎年行われているニューイヤー・コンサートの中で、名演と称されるのは、かつてのクレメンス・クラウスは別格として、1987年のカラヤンと、1989年及び1992年のクライバーであると考えているが、今般のプレートルの2度目のコンサートは、これまでの名コンサートに匹敵する超名演であると高く評価したい。

そもそも選曲のセンスの良さに感心させられるばかりだ。

様々な見方もあろうとは思うが、第5曲目のワルツ「酒・女・歌」が全体を通じたテーマと言えるのではないか。

酒(シャンパン)や女性、そして歌こそが生きていく上の最大の活力。

プレートルは85歳の老齢ではあるが、そのような老いの影など微塵も感じられない。

どの曲にも、プレートルの溢れんばかりの力強い活力が漲っている。

それでいて、ウィンナ・ワルツとフランスのエスプリが絶妙にコラボレーションした雰囲気豊かな高貴な優美さ。

初登場の「ライン川の水の精」など、他の指揮者が演奏すれば、とてもニューイヤー・コンサートで採り上げるのもはばかるような演奏に陥る可能性もあるが、プレートルの手にかかると、そのような違和感を全く感じさせないのだから、その高踏的な至芸がいかに凄いものかがわかろうというものだ。

また、有名な「美しき青きドナウ」をこれほどまでに思い入れたっぷりに演奏した例は他にあったであろうか。

ウィーン・フィルも、雰囲気豊かな実に美しい音色を出しており、巨匠プレートルとの抜群の相性の良さを感じさせる。

前述のように、ニューイヤー・コンサートはカラヤンとクライバー以降、凡演が続き、中には1曲聴くのも億劫なほどつまらない演奏も少なくなかったのだが、プレートルの名演によって、長年の渇きが癒された思いである。

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2012年10月03日


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このSACDはロシア系アメリカ人指揮者、ヤコフ・クライツベルク(ビシュコフの弟)と、ウィーン交響楽団によるもので、皆さんおなじみのウィーン・フィルのニューイヤーコンサートとは若干異なる演奏である。

収録内容はシュトラウス鏡い裡饗腑錺襯弔里澆如■横娃娃看6月ホームグラウンド(コンツェルトハウス)でのセッション録音である。

演奏といい、選曲といい、そしてSACDによる高音質録音といい、正に3拍子揃った名盤だと思う。

クライツベルクがいつもの手兵のオランダ・フィルではなく、ウィーン交響楽団を起用したのも大きい。

どれも華やかさはないものの、大変きちんとした演奏スタイルで、まじめな音作りが施されている。

だが決して堅苦しいとか野暮ったいものではなく、ウィンナ・ワルツ独特のテンポとリズムのゆらぎは随所に聴かれ、エスプリの効いた雰囲気はやはり本場ものである。

もちろん、ウィーン・フィルなどと比べてどうという批評は簡単だが、クライツベルクは、ウィーン交響楽団を見事に統率して、ウィンナ・ワルツの数々の美しい旋律を雰囲気満点に謳いあげ、眼前でウィーンの宮殿での舞踊が行われているかのような典雅な雰囲気を醸し出している。

毎年ニューイヤーコンサートは、一度映像を見るかCDを聴いたらもう十分だが、このCDならウィンナ・ワルツのスタンダードとして、優れた録音とも相俟ってリピート鑑賞に耐えうるもの思う。

難を言えば、「コンセプトは異なるが、ポルカやマーチなどの他のジャンルも入れたアルバムにしても良かったかな」、と思われるが、これはこれでお薦めできるCDだ。

できれば第2集をと思っていた矢先、クライツベルクは2011年3月15日、モンテカルロの病院で癌のため、51歳の若さで亡くなってしまった。

1ヶ月前の2月14日にはアムステルダムでオランダ・フィルを指揮するほどの体調だったらしいが、非常に急に病状が悪化したものと思われる。

この場を借りて心よりご冥福をお祈り致します。

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2012年07月02日


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本盤には、カラヤンがベルリン・フィルを指揮して1966年に録音したヨハン・シュトラウス、同2世、ヨゼフ・シュトラウスによるウィンナ・ワルツ集が収められている。

オーストリア人であったカラヤンは、ウィンナ・ワルツを得意中の得意としており、録音の点数もかなりの数にのぼっている。

ベルリン・フィルとは、本演奏の3年後にもヨハン・シュトラウス2世やヨゼフ・シュトラウスのその他のワルツ集をスタジオ録音しているし、1980年にも3枚にわたるウィンナ・ワルツ集のスタジオ録音を行っている。

そして、ウィーン・フィルとの演奏では、1959年のスタジオ録音と、最晩年の1987年のニュー・イヤー・コンサートのライヴ録音が名高いところである。

この他にも数多くの録音が遺されているが、これはカラヤンが、自分の祖国の音楽として、ウィンナ・ワルツに深い愛着を持っていた証左と考えられる。

それだけに、いずれの演奏も名演であるが、特に、カラヤンの個性が全面的に発揮された名演ということになれば、カラヤン、そしてベルリン・フィルが全盛期にあった本演奏(加えて1969年の演奏)を掲げたい。

全盛期のカラヤン&ベルリン・フィルの演奏は、分厚い弦楽合奏、ブリリアントなブラスセクションの響き、桁外れのテクニックをベースに美音を振り撒く木管楽器群、そして雷鳴のように轟きわたるティンパニなどが、鉄壁のアンサンブルの下に融合し、およそ信じ難いような超絶的な名演奏の数々を繰り広げていた。

カラヤンは、このようなベルリン・フィルをしっかりと統率するとともに、流麗なレガートを施すことによっていわゆるカラヤン・サウンドを醸成し、オーケストラ演奏の極致とも言うべき圧倒的な音のドラマを構築していた。

本盤に収められた各楽曲の演奏においてもそれは健在であり、どこをとってもいわゆるカラヤン・サウンドに満たされた極上の美演に仕上がっていると言っても過言ではあるまい。

そして、これらの各楽曲におけるカラヤンの聴かせどころのツボを心得た語り口の巧さは筆舌に尽くし難いものがあり、まさに本盤に収められた各楽曲の演奏は、あらゆる意味で非の打ちどころがない圧倒的な超名演と言える。

聴き手によっては、ウィンナ・ワルツの演奏としてはシンフォニックでゴージャスに過ぎると言った批判も十分に予測できるところであるが、筆者としては、これだけの圧倒的な音のドラマで楽曲の魅力を堪能させてくれた本名演に文句は言えないのではないか。

本盤については、国内盤が長らく廃盤であり入手難が続いており、リマスタリングの対象にもならなかったことから、必ずしも満足な音質とは言い難い初期盤を長らく愛聴してきたところである。

しかしながら、今般、ついにシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化が図られることによって、従来CD盤をはるかに凌駕するおよそ信じ難いような圧倒的な高音質に生まれ変わった。

本シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤の艶やかな鮮明さや臨場感にはただただ驚愕するばかりであり、あらためて当該シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤の潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、カラヤン&ベルリン・フィルの全盛期の至高の超名演を、現在望み得る最高の高音質を誇るシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2011年04月17日


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ウィーン・フィル恒例のニューイヤー・コンサートの創始者として知られるC・クラウス。

それらの曲目を収めたモノーラル録音は今も不朽の名演奏として有名で、今なお、シュトラウスのワルツやポルカの優美な美しさ、粋な愉悦感を、クラウスほど気品をたたえながら表現できた指揮者はいないと思う。

その"古き良き時代のウィーン"としかいいようのない独特の香気やウィーン・フィルの響きも、クラウスの指揮がとくに際立って美しい。

この《こうもり》も例外ではなく、けっして忘れることができない。

LP初期の録音のため台詞はカットされているが、それもシュトラウスの音楽のすばらしさを一層ひきたてていると、いえなくもない。

淀みなく流れるワルツやポルカ、チャルダーシュなどのリズムによって展開される極上のオペレッタの楽しさと美しさを満喫できる。

もしオペレッタの演奏に時代を超えた規範的演奏というものがあるとするならば、まずこの演奏に指を屈するべきだ。

なによりも音楽的純度が高い。

なんと品よくエレガントなのであろう。

しばしばウィーン風演奏の極致と評されてきたが、やはり本物はクサクない。

アイゼンシュタインのパツァーク、アルフレートのデルモータ、ロザリンデのギューデン、アデーレのリップなど、ウィーン国立歌劇場黄金時代の名歌手たちの歌も申し分なく、この演奏で聴けるような優雅な雰囲気や独特の官能性は、もはや時代とともに失われてしまったことを実感させる。

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2011年03月24日


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このアルバムは、名歌手シュヴァルツコップが、「無人島への1枚」に選んでから突然話題になったものだが、ライナーの棒はノスタルジックな憧れに溢れ、シカゴ響の名人芸ともあいまって、実に雰囲気豊かなウィンナ・ワルツの名演といえる。

ライナーとシカゴ響によるワルツとポルカは、積年の汚れを洗い落した名画のように、シュトラウスの音楽本来の美しさが際立っている。

よく人間は顔や噂で判断してはいけないというが、このライナーとシカゴ響によるワルツ集など、そのもっともよい例かもしれない。

映画などに残されたライナーの厳めしい顔と指揮ぶりからは想像もできないような魅力あふれる演奏である。

とはいえ、彫りの深い響きと精妙なリズムによってシュトラウスのワルツやポルカの真髄に迫っているあたりは、やはりライナーである。

曲の隅々まであの鋭い眼光がゆきとどいた正攻法でシンフォニックな演奏は、まったく隙がなく、それでいて少しも野暮にならず、粋でありながら格調も感じさせる。

リズムやフレージングは、ウィーン独特のものとは少し違うものの、この演奏を聴いていると、音楽から思わず姿勢を正したくなるような格調の高さと他の演奏では味わえない美しさがあり、シカゴ響の名手たちのソロのうまさもまたとても味わい豊かである。

やはりJ.シュトラウスが生きた19世紀のウィーンを知る巨匠ならではの、香り高いワルツ・アルバムである。

ライナー独特の魅力あふれる演奏であり、現在の《舞踏への勧誘》と《ばらの騎士》も入ったCDではワルツの変容も楽しめる。

さらにSACD化による高音質も、本名演の価値を高めることに貢献していることを忘れてはならない。

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2009年09月27日


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ヨハン・シュトラウス鏡い離錺襯弔筌櫂襯を演奏して、ウィーン・フィルの右に出るオーケストラがないことは誰もが認めるところだろうが、ウィンナ・ワルツに絶対の自信をもつこの名門オーケストラを指揮して、カルロス・クライバーのように音楽的な喜びと躍動感にあふれた演奏を引き出すことができる指揮者もまた、いないだろう。

クライバーがウィーン・フィル恒例のニュー・イヤー・コンサートに登場したのは、1989年と92年の2回だが、その演奏はともに数あるニュー・イヤー・コンサートのライヴ録音の中でも出色の聴きものになっている。

特に初登場の1989年のコンサートは、その興奮を見事に伝えている。

恒例の《美しく青きドナウ》や《ラデツキー行進曲》などはあるとしても、その曲目の選び方にもいかにもクライバーらしいところがみられる。

開始曲が《加速度ワルツ》というのもクライバーらしい選曲で、生き生きと流麗な指揮がいやが上にも期待を高めてくれる。

はじめは、さすがのクライバーも少し緊張している感じだが、曲が進むにつれて持ち前の個性と即興性が加わって、いかにもしなやかに音楽を湧き立たせてゆく。

この曲に限らず、新鮮な喜びにあふれた演奏の生命感がなんとも素晴らしい。

快く弾み、切れ味美しいポルカも見事だが、ワルツにおけるしなやかな歌や絶妙な間も、クライバーとウィーン・フィルならではの魅力だろう。

その音楽にみられるあふれるような躍動感は、まれにみるものといえるし、また久しぶりにウィーン音楽の伝統的な大スタイルが再現されたといった思いもある。

そして、再登場の1992年では、いっそう自在な指揮でオーケストラをしなやかにドライヴしており、ウィーン・フィルの自発性に富んだ演奏も絶品である。

クライバーの指揮は明確ですこぶる切れがよく、しかもラテン的な明るさと情熱がある。

《田園のポルカ》《とんぼ》《ハンガリー万歳》《おしゃべりなかわいい口》といった、弾むような活気に満ちたポルカは、まさに胸のすくような快演だ。

ワルツでは《芸術家の生涯》《春の声》など、旋律を巧みに歌わせて聴かせる。

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2009年09月17日


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1987年1月1日、カラヤンが最初で最後"ニュー・イヤー・コンサート"の指揮台に立ったときのライヴ録音である。

まさに"帝王カラヤン"らしい貫録と余裕にあふれた指揮ぶりだ。

流麗にして香り高い名演ぞろいで、喜びの中に感慨を噛みしめるようなカラヤンの表情も大変印象的である。

全体にテンポは概して遅く、強弱の幅は大きくとられ、旋律はレガートを強調して甘美に歌われ、時には濃密なルバートも現れる。

壮麗・壮大な響きがいっぱいに拡がり、華やかさも充分だ。

カラヤンの指揮するウィンナ・ワルツはあくまでも聴くためのワルツとして演奏しているのが大きな特色で、美しい旋律をたっぷりと歌わせながらどの曲も豊麗に仕上げている。

とにかく巧い演奏で、古き良き時代のウィーンの宮廷舞踏会の場面を思わせる華麗さと流麗さをもち、そこにソフトなムードが加味されている。

冒頭からカラヤンは、旋律を実に美しく歌い流していて、彼の魔術に魅了されてしまう。

「美しく青きドナウ」も、全編に粋で馥郁たるウィーンの香りがあふれ、その情緒に酔わされる。

「春の声」でのバトルは、美しく晴朗な声で生き生きと、表情豊かに歌い上げていて立派。

その他の曲も生々しい迫力に満ち、難しいことを言わずに愉しむことができる。

これほどよく流れ、愉悦感に満ちたウィンナ・ワルツも珍しい。

これはコンサート・スタイルによるウィンナ・ワルツやポルカのすぐれた演奏といえよう。

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2009年08月16日


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ごく標準的なウィンナ・ワルツの演奏では、ボスコフスキー指揮ウィーン・フィルがいいだろう。

表現はあくまで現代的で、メリハリを利かせたリズミカルで、快調なワルツ演奏になっている。

ボスコフスキーが最も精力的に活躍していた頃に録音されたもので、どの曲も粋で優雅で実に素晴らしい。

クラウスのあとを継いで、ニュー・イヤー・コンサートの指揮をするようになったのが、このボスコフスキーである。

ヴァイオリンを弾きながら指揮をとるボスコフスキーは、シュトラウスの再来を思わせるとして、全ヨーロッパで人気が高かった。

シュトラウス一家の作品がほぼ網羅されており、ワルツでは伴奏に乗ってそのまま踊れるような演奏をおこなっている。

ボスコフスキーならではの、ウィンナ・ワルツの心をよく捉えた表現で、ウィーンの馥郁たる香りにあふれた素敵なものばかりだ。

粋で、しかも表情が若々しく、大変楽しい。

現代的な優雅さが魅力で、たとえば、J.シュトラウスの「美しく青きドナウ」「ウィーンの森の物語」、弟ヨゼフの「天体の音楽」など、溜息のでるような美しさだ。

どの曲を聴いてもその旋律の歌わせ方や間のとり方のうまさに魅了されてしまう。

生粋のウィーンっ子のボスコフスキーらしい、絶品といえる演奏ぶりだ。

ボスコフスキーのウィンナ・ワルツは優雅で洗練されていて実に素晴らしいが、ポルカの演奏はそれをさらに上回る見事なもので、粋で生気にあふれ、大変楽しい。

そのリズムの扱いと間のとり方の巧さは、この人ならではのものだ。

生き生きとした「爆発のポルカ」「雷鳴と雷光」「狩り」、表情豊かな「アンネン・ポルカ」「クラップフェンの森で」、それに弟ヨゼフの「休暇旅行で」「かじやのポルカ」など、どれもこれも素敵でごきげんな演奏である。

録音も優れていて、本場ウィーン・フィルの演奏ということで、まずこれさえあれば、ウィンナ・ワルツに親しむには充分といえるCDアルバムである。

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2009年07月13日


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いかに天才ヨハン・シュトラウスといえどもこの《こうもり》を凌ぐオペレッタを残すことはできなかった。

というより、《こうもり》はオペレッタとかオペラという枠を越えた極上の音楽劇であり、そして、そのことを初めてはっきりと証明したのが、このカルロス・クライバーの演奏であったといってもよいだろう。

このウィーン生まれのオペレッタにあふれる独特のウィーン情緒や粋な味わいなら、1950年代のクレメンス・クラウスやカラヤン指揮によるウィーンの名歌手たちの録音の方が楽しめる。

そして、それはそれでまたなかなか捨て難いのだが、クライバーの演奏は、最初の序曲から最後まで、一瞬といえども隙がなく、この作品にみなぎる愉悦感とはじけるような生命力を完璧なまでに表現しているので、クライバーの天才的な指揮もさることながら、ヨハン・シュトラウスの音楽の素晴らしさも再認識することになる。

もちろん指揮だけでなく、キャストも非常に充実していて、ヴァラディ、ポップ、プライ、コロ、ヴァイクルなどの芸達者な名歌手たちの歌が見事であり、ロシア民謡歌手レブロフがファルセットで歌うオルロフスキーも絶妙である。

そのためにこのクライバーの《こうもり》は、聴く者に極上のシャンパンのような素敵な酔心地と陶酔感を満喫させる。

その輝かしい音楽の魅力が、普遍的なものであることを初めて明らかにした名演として忘れることができない。

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2009年01月10日


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クレメンス・クラウスは、オーストリア帝国のヨハン・サルヴァドール大公と、女優のクレメンティーヌ・クラウスのあいだに生まれた庶子であった。

つまり爛熟のウィーンの申し子のような存在で、彼が振るウィンナ・ワルツには、宮廷舞踏会の雰囲気が感じられると評された。

だがこのCDに聴かれる演奏は、テンポが速く颯爽としていて、むしろ後のボスコフスキーのワルツに近い。

いわゆるノスタルジックなムードは、ロベルト・シュトルツやエドゥアルト・シュトラウスの指揮に、より濃厚に感じられた。

クラウスのワルツは感傷味を排したエレガントそのものの演奏で、どこまでも気品の高い貴族趣味が身上でもあった。

特にヨーゼフ・シュトラウスの《オーストリアの村つばめ》や《わが生涯は愛と喜び》などでの独特のリズムさばきと旋律の歌わせ方には、まさに宮廷趣味を彷彿とさせるものがある。

また同じヨーゼフのポルカ《とんぼ》では、とんぼが羽ばたきながら静止する姿を実に洒落たリアルさであらわしているのも、クラウスならではの芸といえる。

彼のワルツは都会的な洗練味を売り物にしているが、それは崩壊間近なオーストリアの宮廷的なエレガンスだった。

こうした上品で、やや取り澄ましたコケットリーは、戦後生まれの指揮者には望むべくもない資質だろう。

ただ意外にセンティメンタリズムと縁のないのは、クラウスが高貴の出だったからだろうか。

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2008年12月05日


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数ある「こうもり」のレコードの中でも、1955年に録音されたこのカラヤンの指揮の演奏は、とりわけ素晴らしいものだと思う。

テンポがウィーン風に軽快で、全体にワクワクするような楽しさがあふれている。

また若いカラヤンの指揮ぶりはキビキビしていて、この作品に不可欠の軽妙さ、機知、そしてエレガンスにあふれている。

のちに彼が再度録音したガラ・パフォーマンス付きの新盤は、この旧盤に比べると鈍重で生彩がない。

シュヴァルツコップのロザリンデ、シュトライヒのアデーレ、クンツのファルケなどキャストも最高。

シュヴァルツコップ(ロザリンデ)の気合いのこもった歌、シュトライヒ(アデーレ)の声の色気ある風情、クンツ(ファルケ)の軽妙さなど、文句なしのすばらしさだ。

せりふの部分にもしかるべき雰囲気が漂っていて、前後の曲を盛り立てているし、せりふと歌とのつながりぐあいも、非常にしっくりいっている。

モノラルとはいえ、録音の状態も非常にいいように思う。

「こうもり」全曲盤をひとつ選ぶとしたら、私はやっぱりこれだ。

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2008年03月22日


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豪華なガラ・パフォーマンスの顔ぶれでも有名なステレオ最初期1960年の名盤でカラヤン2度目の録音。

ウィーン情緒に満ち溢れた、楽しいディスクで、カラヤンの巧みな指揮もさることながら、ウィーン・フィルの優美艶麗な音がたまらない魅力となっている。

最大の魅力は当時デッカの専属だった11人の名歌手たちが思い思いにお得意の歌を披露するガラ・シーンの面白さにつきる。

11人のうち、モナコ、ビョルリンク、バスティアニーニなどほとんどの人はすでにこの世になく、現役で活躍しているのはベルガンサくらいだということを思うと、今昔の念に堪えないが、今聴きなおしてもなおそれは最上のエンターテイメントとして充分に楽しめる。

そうしたデッカのスタッフによる見事な録音と演出、第2幕の名歌手達によるガラ・パフォーマンスが大きな魅力なのは事実だが、それらを度外視してもこの「こうもり」は屈指の名盤だ。

カラヤンの指揮は序曲から切れ味のある速めのテンポで進み、オペレッタの臨場感を味わわせてくれる。

カラヤンの恰幅のよい上品な音楽作りは、作品にふさわしいスケールを生み出し、その中で名歌手達が、なんと楽しげな世界を作り出していることか。

これは当時のウィーン・オペラ界の栄光の時代の素晴らしい記録である。

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2008年03月15日


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(ディスク1)カラヤンのウィンナ・ワルツはあくまでも聴くためのものとして演奏しているので、全体に遅めのテンポでじっくりと曲を練り上げている。彼の卓抜な棒さばきによって、どの曲も艶麗な仕上がりで実に美しい。特に「芸術家の生涯」がカラヤン節が冴えているし、「美しく青きドナウ」の前奏の部分の詩的な表現も素晴らしい。「こうもり」序曲も絶品でカラヤンの面目躍如たる演奏。

(ディスク2)第1集の場合と同じく、カラヤンは全体に遅めのテンポにとり、丹念に練り上げている。聴かせどころをわきまえた、心憎いばかりの棒さばきによって、どの曲も艶麗に仕上がっており、その美しさは無類のものである。ワルツもさることながら、さらに素晴らしいのが「ジプシー男爵」序曲で、こうした曲を振らせたらまさにカラヤンの独壇場である。

(ディスク3)カラヤンのウィンナ・ワルツは、例えばボスコフスキーのように実際の踊りを考えながら、速めのテンポですっきり仕上げたワルツとは根本的にスタイルが違う。遅めのテンポで、艶麗に、溜息のでるような美しさを表わす。特に「ウィーンの森の物語」の最初の部分の木管の扱い方のうまさ、その音色の優美さには惚れ惚れとしてしまう。2曲のマーチは爽快な演奏。

カラヤンの指揮するウィンナ・ワルツの演奏はコンサート形式によるものの中でも最右翼に置いてよい。

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2007年12月19日


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シュトラウスの原点であり、かつ究極の姿を示す永遠の名盤だ。

ウィンナ・ワルツを愛する人なら是非聴いておきたいディスクである。

「踊る世紀」といわれた19世紀の息吹きを感じさせるような、優雅な雰囲気にあふれている。

その絶妙なリズムと、間の取り方のうまさは決して他の追随を許さない。

どの曲にもこぼれるようなウィーン情緒があり、実にロマンティック。

その反面、感覚はこの上なく洗練されて、外見上は淡白を極める。

それらが相まって、心からいつくしみたくなるような演奏になっている。

どの曲を聴いてもそこにはウィーンの芳酵な香りが漂い、特に「美しく青きドナウ」には、これこそ本物!と思わせるウィンナ・リズムが満ちている。

「オーストリアの村つばめ」は特に抜群で、ことによるとクラウスの最高傑作かもしれない。

その他もすべて素晴らしく、上品で、しかもウィーンの伊達男のような洒落た表現には完全に魅了されてしまう。

いずれもクラウスの本領が遺憾なく発揮された名演奏。

ウィーン・フィル特有の、甘美で艶のある弦の美しさは筆舌に尽くしがたい。

聴いていて現代の喧騒を忘れ、こんな良き時代はもう2度と戻ってこないのだ、という想いが胸をしめつける。

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