リスト

2015年09月19日


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フィリップス音源のアラウのリスト・レパートリーを6枚のCDにまとめたエロクエンスからのリイシューで、演奏曲目一覧が印刷されたリーフレットだけがついた簡易な廉価盤。

リスト直系の弟子を自負していた彼だけに、作曲家の芸術的高みとアラウ独自のオリジナリティーが相俟って、他のピアニストとは常に一線を画した解釈を示している。

それはリストの作品に往々にしてつきまとう内容よりも技巧誇示の音楽という印象を完全に払拭した、高い音楽性と本来のテクニックが示されているのが特徴で、リストを敬遠する方でも是非一度は聴いて欲しい曲集だ。

ちなみにボーナス・トラックの『スペイン狂詩曲』のみがモノラルで、それ以外は総て質の良いステレオ録音になる。

ここに収められたピアノ協奏曲や超絶技巧練習曲では一にも二にも音楽が優先されている。

リストを弾きこなすには当然相当のピアニスティックな技術が要求されるし、多くの演奏家は指の動く若いうちにこうしたレパートリーを録音してしまうがアラウの演奏には技巧誇示に陥らないだけの有り余るほどの音楽性の裏付けと騎士道的ロマンティシズムが感じられる。

このセットに収められた録音は彼の円熟期から晩年のセッションだが、それは彼が80歳代までリストを演奏し得た、そして稀有なスケールを持ったサンプルとして聴き継がれている理由だろう。

6枚の中には際物的に扱われているオペラからのアレンジになるパラフレーズ集も1枚含まれている。

薄っぺらなアンコール・ピースになりがちなこうした音楽でもアラウの表現力は卓越していて、極めて集中度の高い、しかも味わい深い曲集に仕上がっていることに驚かされる。

また彼の弾く「エステ荘の噴水」は、滾々と湧き出て絶え間なく降り注ぐ水の描写の中に、リスト自身の深い失恋の痛手を伝えた殆んど唯一の演奏ではないだろうか。

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2015年08月12日


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本盤は、「音譚詩」とも称され深遠な難曲であるショパンのバラードを中心に据えた、河村尚子のショパン作品への強い親和性を継承する作品であるが、途轍もなく素晴らしい超名演だ。

超名演の前に超をいくつかつけてもいいのかもしれない。

さらに成長を重ね、深まりを見せる河村尚子の現在の音楽性を投影した3枚目のアルバムということであるが、録音に慎重な彼女であればこその久々のアルバムの登場であり、まさに満を持してと言った言葉が見事に当てはまると言っても過言ではあるまい。

本盤には、ショパンの傑作であるバラード全集、リストの編曲集が収められているが、出来不出来に差はなく、いずれ劣らぬ至高の超名演に仕上がっていると高く評価したい。

河村尚子は、既にデビューアルバムでショパンの夜想曲集を録音しているが、本盤のバラード全集の演奏においては、更にその芸風が深化していると言えるだろう。

何よりも、河村尚子のピアノタッチが実に美しい。

1つ1つの音が宝石のように煌めいているとも言えるところであり、それは女流ピアニストならではの美質とも言えるが、河村尚子の場合には一部の女流ピアニストにありがちな線の細さは微塵も感じさせず、一本の芯が通ったような力強さを感じさせるのが素晴らしい。

もっとも、いわゆる武骨さとは無縁であり、どこをとっても格調の高い優美さを失わないのが河村尚子のピアニズムの偉大さと言えるだろう。

バラードの演奏に必要不可欠な文字通り「音」で物語を「語る」ストーリーテリングの技量も確かであり、とかく旋律の美しさに傾斜した焦点の甘い演奏とは一線を画しているのも本演奏の大きな強みである。

また、心の込め方にも尋常ならざるものがあると思うが、陳腐なロマンティシズムに陥ることがなく、どこをとっても前述のような格調の高さを失うことなく、演奏全体が常に高踏的な美しさに貫かれているのが見事であると言えるところだ。

このような素晴らしい超名演を聴いていると、河村尚子にはバラードや前作のピアノ・ソナタ第3番のみならず、他のショパンのピアノ作品の演奏を聴きたいと思う聴き手は筆者だけではあるまい。

他方、リストが編曲したショパン、シューベルト、ワーグナー諸曲も素晴らしい名演だ。

リストのピアノ曲の演奏はなかなかに難しく、卓越したテクニックと楽曲の持つファンタジーの飛翔のようなものをいかに的確に表現するのかが問われている。

そして、リストが編曲した作品は、更に演奏のハードルが高い難曲と言えるが、河村尚子は、持ち前の卓越した表現力を駆使して、各作品の持つファンタジックな要素を含有するとともに、楽曲の心眼に鋭く切り込んでいくような奥行きの深さを湛えた見事な名演奏を展開していると評価したい。

いずれも演奏されること自体が珍しい作品であるが、ここでも河村尚子は、格調の高さを有した見事な名演を成し遂げている。

そして、何と言っても素晴らしいのはSACDによる極上の高音質録音である。

カラヤン&ベルリン・フィルの録音で馴染み深く、しかもその優れた音響で知られるベルリン・イエス・キリスト教会の豊かな残響を活かした録音は素晴らしいという他はない。

そして、河村尚子のピアノタッチが鮮明に再現されるのはSACDの潜在能力の高さの証左と言えるところであり、本名演の価値を高めるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

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2015年07月17日


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若くして「巨匠の風格を備えつつある」と、ここ数年の演奏がきわめて高い評価を獲得しているロシア出身の実力派メジューエワ。

メジューエワと言えば、最近ではシューベルトのピアノ・ソナタ全集の録音に取り組んでいるところであり、タイミング的にもそろそろその第4弾の登場と思っていたところであるが、2011年のリスト生誕200年を記念してのリストのピアノ作品集の登場とは、メジューエワの芸風やこれまでのレパートリーからしても大変意外であったと言わざるを得ない。

というのも、2010年のショパンイヤーでは、ショパンの作品の数々の名演を聴かせてくれたこともあって、メジューエワにリスト弾きのイメージを見出すことがいささか困難であると言えるからである。

したがって、本盤を聴く前は、一抹の不安を抱かずにはいられなかったところであるが、聴き終えて深い感銘を覚えたところだ。

メジューエワによる本演奏は、一聴すると地味な装いをしているところであるが、聴き進めていくうちに、じわじわと感動が深まっていくような趣きのある演奏と言えるのではないだろうか。

派手さや華麗さなどとは無縁であるが、どこをとっても豊かな情感と独特のニュアンスに満ち溢れており、いわゆるヴィルトゥオーゾ性を全面に打ち出した一般的なリストのピアノ曲の演奏様式とは、一味もふた味も異なった性格を有していると言っても過言ではあるまい。

各楽曲の造型、とりわけ大曲でもあるピアノ・ソナタロ短調の造型の堅固さは、女流ピアニスト離れした重厚さを兼ね備えていると言えるところであり、強靭な打鍵から繊細な抒情に至るまで、持ち前の桁外れの表現力を駆使して、同曲の魅力を完璧に音化し尽くしているとさえ言えるだろう。

古今の大ピアニストたちが個性豊かな名演を刻んできたこの傑作ソナタに真っ向から挑み、正攻法の解釈で作品の素晴らしさを伝えてくれる。

例によって、1音1音を蔑ろにすることなく、曲想を精緻に、そして情感豊かに描き出して行くという正攻法のアプローチを軸としてはいるが、メジューエワの詩情に満ちた卓越した芸術性が付加されることによって、リストのピアノ曲が、単なる卓越した技量の品評会的な浅薄な作品ではなく、むしろロマン派を代表する偉大な芸術作品であることをあらためて認知させることに成功したと言ってもいいのではないだろうか。

「悲しみのゴンドラ」第2番や「暗い雲」の底知れぬ深みは、メジューエワの芸術家としての偉大さの証左と言っても過言ではあるまい。

いずれにしても、本盤の演奏は、メジューエワの卓越した芸術性を証明するとともに、今後の更なる発展を大いに予見させるのに十分な素晴らしい超名演であると高く評価したい。

音質は、「愛の夢」及び「カンツォーネとタランテラ」を除くすべての楽曲がDSDレコーディングとなっており、メジューエワの透徹したピアノタッチが鮮明に再現される申し分のないものとなっている。

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2015年03月26日


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“ピアノの魔術師”と呼ばれたリスト珠玉のピアノ曲ばかりを集めた名曲集で、演奏しているのはリスト弾きとして人気を博した巨匠ホルヘ・ボレット。

リストの直系の孫弟子と言われているボレット特有の優しく、そして微妙な強弱の駆け引きに長けた名演奏が存分に味わうことのできる、リストを聴くに打ってつけのアルバムである。

音の魔術師と言われたリストの音楽の魅力が、ボレットの確実な技巧で余す所無く表現されていると名盤と言えるだろう。

言うまでもなく、リストはショパンと並んで、ロマン派を代表するピアニストであり、ピアノ曲を数多く作曲した大芸術家であるが、これは気のせいかもしれないが、古今東西のピアニストでも、いわゆるショパン弾きに対して、リスト弾きというのは決して多いとは言えないのではないだろうか。

リスト弾きで頭に浮かぶのは、大物ではシフラ、ボレット、アラウ、ベルマンと言ったところか。

ボレットは、異論はあろうが、筆者としては、このリスト弾きの巨匠の中でも、比較的癖の少ないオーソドックスな演奏をしているのではないかと考えている。

本盤は、リストのピアノ作品の中でも有名な小品を収めており、リスト弾きとしてオーソドックスなボレットの芸風を知る上でもベストの選曲となっている。

「鬼火」や「狩り」の力強い打鍵、「ペトラルカのソネット」、「ため息」、「コンソレーション」、「愛の夢」の繊細な抒情、「メフィスト・ワルツ」や「タランテラ」のリズミカルな舞踊、そして超有名な「ラ・カンパネラ」の超絶的な技巧など、リストのピアノ曲の多種多彩な魅力を存分に満喫させてくれる。

ピアニストにとっては、高度で超絶的テクニックを必要とする曲群であるが、ボレットはテクニック偏重を感じさせず、理屈をこねるよりも、もっと素直に単純に聴き手を楽しませる。

リスト弾きのボレットならではの勘どころを押さえた演奏となっていて、テクニックだけで押しまくる今どきのピアニストとは違ってしっとりとしたスケールの大きい演奏を聴かせてくれる。

その美しい高旋律や魔術的な技巧、ボレットはすべての曲において正しい解釈をしてくれていると言えよう。

ボレットのピアノの音は優しくて温かみがあるので、聴いていて疲れない。

技巧的なリストの曲をこうも内容の濃いものに仕上げてしまったボレットの腕には感嘆する。

ボレットのピアノは、テンポはやや遅めであるが、1音1音に濁りがなく、丁寧に演奏されている印象があり、音の輪郭をはっきりさせるところと曖昧なところなど非常に細やかな表現をしている。

また、ベヒシュタインの透明感ある音色の美しさが非常に楽しめる、リストのピアノ名曲集としての価値も高い。

ボレットの名をすでに知っている者も、知らない人も、ここでの演奏は彼の特質を表しており、技巧や激しさよりも作品本来の美しさに出会うことができる。

ボレットは超絶技巧を要する曲でも柔らかいタッチでまとめ上げていて、ベルマンの荒々しい演奏や、アラウの切れのある演奏、アシュケナージのコンピューターのような演奏と比べてみるのも一興ではないだろうか。

ボレットの演奏はひょっとするとあまり日本人好みではない演奏なのかもしれないが、フジコ・ヘミングが評価されるようになった昨今、ボレットの演奏を聴いてみるのも良いかもしれない。

そのきらめくような、まさにブリリアントと表現するのが一番しっくりくる演奏は、まさに“リストの曲”といった感じだ。

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2015年01月24日


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ポリーニは華麗で技巧的な作品には目もくれず、リストのもっとも実験的な作品をリストアップした。

リストの最高傑作の構造を完璧に解き明かした演奏で、リリース当時は大変な評判になったアルバムである。

曲自体も、ポリーニにぴったりな曲であり、まさに素晴らしいと思う曲しかリリースしない、そしてリリースしたからにはその演奏は頂点の演奏であるというポリーニのポリシーが今日まで貫かれているのを感じる。

リストのピアノ曲といえば、超絶技巧が有名であるが、このピアノ・ソナタは、ワーグナーと親交のあったリストのロマン派的叙情性に満ちた美しさが魅力である。

超絶技巧なら、ポリーニは難なく弾きこなせるのだが、敢えてロマン溢れるピアノ・ソナタを録音したのは、ポリーニ自身、技巧派で押し通す事を避け、レパートリーを拡げ、その音楽性を世界に知らしめたかったのではないだろうか。

リストのピアノ・ソナタは、超絶的な技巧と、強靭なトゥッティから繊細な抒情に至るまでの幅広い圧倒的な表現力を必要とする傑作だけに、古今東西のピアニストが数々の名演を遺してきた。

それ故に、同曲のあまたの名演の中で、存在感のある名演を成し遂げるのは至難の業とも言えるが、ポリーニの演奏は、いささかもその存在価値を失うことのない名演と高く評価したい。

ポリーニの演奏における超絶的な技量はまさに圧倒的だ。

ただ、近年のポリーニの演奏において、大きな欠点の1つとなっている、技量一辺倒の無機的な演奏には決して陥っていない。

それどころか、近年のポリーニには珍しいくらい思い入れたっぷりの熱い表現を垣間見せてくれている。

この録音は、ロマンティックなリストが充分表現され、その中に、ポリーニの持つ技巧と情熱のバランス感覚が発揮された名演である。

その完成度の高い演奏技術から、機械的だとか冷徹と言われ続けてきたポリー二であるが、このピアノ・ソナタを聴けば、彼がこれを弾くために存在したのだと確信する名演である。

とにかく演奏自体に隙もなければ無駄もなく、この単一楽章形式に書かれた複雑でデモーニッシュな音楽を、絶妙なバランス感覚と構築感で聴かせてくれる。

この曲は、テンポも強弱も著しく変化する劇的な楽曲であるが、ポリーニは、思い切った表現で、この激しく変転する楽想を見事に駆け抜けていく。

抒情的な箇所の美しさも出色のものであり、まるで近年の技巧派ポリーニとは別人のような芸術的な深みのある表現を成し遂げている。

情感を楽しむことはもちろんできるが、まさにこのピアニストのピアニスティックな部分が最大限楽しめる演奏とも言える。

併録の小品も、ピアノ・ソナタに優るとも劣らない名演であり、ポリーニのリストへの適性を大いに感じさせるアルバムに仕上がっている。

今後のリスト演奏を考えるとき無視できない1枚となるだろう。

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2015年01月08日


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リストのピアノ・ソナタを弾きこなすことは、あらゆるピアニストの1つの大きな目標であるが、リストのソナタ録音で鑑賞に堪えうるものは実に少ないと言わざるを得ない。

この世のものとは思えない超絶的なテクニックを要するとともに、各場面の変転の激しさ故に、楽曲全体を1つのソナタに纏め上げるのが至難の業であるという点において、海千山千のピアニストに、容易に登頂を許さない厳しさがあると言えよう。

そうした難曲だけに、天才ピアニストであるポゴレリチがどのようなアプローチを見せるのか、聴く前は興味津々であったが、その期待を決して裏切らない超個性的な名演であった。

このポゴレリチのリストのソナタの演奏を聴くと、彼がどれほど卓越したピアニストであるかがよく分かる。

演奏の特徴を一言で言えば、表現の振幅がきわめて激しいことであり、最弱音から最強音まで、これほどまでにダイナミックレンジの広く、激情さと繊細さが同居した演奏は、他の名演でも例はあまりないのではなかろうか。

テンポ設定も自由奔放とも評すべき緩急自在さであり、たたでさえ各場面の変転が激しいのに、ポゴレリチは、うまく纏めようという姿勢は薬にしたくもなく、強弱やテンポの緩急を極端にまで強調している。

それ故に、全体の演奏時間も、同曲としては遅めの部類に入る33分強もかかっているが、それでいて間延びすることはいささかもなく、常に緊張感を孕んだ音のドラマが展開する。

そして楽譜の指示通りに、表層と速度を打鍵が可能になるように徹底的に吟味し調整した演奏と言えるが、楽譜で指定された音符の高さを、現代楽器そのまま、改造なしで弾ききっている。

リストのピアノ・ソナタは途方も無く底が深いが、それを表出させてしまうポゴレリチの音楽性と技術も凄く、個人的には、曲の解釈としても演奏史上屈指のものであると考える。

つまり、リストがもっていた内省的で陰鬱な側面が、この華麗なソナタにどのように含まれているのか、それを聴く者にはっきりと理解させてくれるからである。

これは、まさに天才の至芸であり、ポゴレリチとしても会心の名演と言っても過言ではあるまい。

ひたすらヴィルトゥオジティと悪魔性を追求したホロヴィッツや、情熱的なアルゲリッチの演奏とは対極にある。

併録のスクリャービンも、力強さと繊細な抒情を巧みに織り交ぜたポゴレリチならではの名演だ。

スクリャービンの音楽は狂気と繊細さを持ち合わせているが、筆者としては狂気に光を当てた演奏よりも、繊細さをより大切にした演奏を好む。

その意味では、この演奏は理想的で、こういう曲は、感性の赴くまま即興風に演奏されるのもいいが、ポゴレリチのように、分析され、隅々までコントロールされきった繊細さをもって提示されるのも、また素晴らしい。

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2014年07月14日


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リスト直系のクラウゼ門下だったピアニスト、クラウディオ・アラウの最円熟期の名盤として知られる1枚。

ユニバーサルミュージックが手掛けたSACD&SHM−CDシリーズの第1弾であり、当盤こそついに理想が実現した画期的なディスクであった。

それまでSHM−CDとXRCDとの組み合わせはあったが、理論的には可能なSACDとの組み合わせをなぜ行わないのか疑問を感じていただけに、当時のユニバーサルによるSACD&SHM−CDの発売は、大変喜ばしいことであった。

しかも、SACDが、一般的なハイブリッドではなくシングルレイヤーであることも、SACDの潜在能力を最大限に活かすものとして素晴らしい。

ガラスCDはともかくとして、コストパフォーマンスを考慮すれば、現在望み得る最高の高音質の可能性を秘めた、まさに理想のディスクということが言えるだろう。

ネット配信がこれだけ普及し、CDがすたれていく傾向にある中で、しかも一度SACDを撤退したユニバーサルが、このような理想のSACDを発売したことは快挙であり、大いに歓迎したい。

SACDという高音質を追求する規格と、コスト面でガラス円盤より圧倒的優位に立ちながら、透明性と流動性に優れたSHM素材の組み合わせは、音楽配信が普及する昨今においてCDという媒体に新たな付加価値を与えている。

そして、実際に聴いてみたところ、そうした期待を裏切らないような別次元の音質であった。

今から約40年前の録音であるが、そのような音質の古さなどいささかも感じさせず、眼前でピアノが演奏されているのではないかとの錯覚を起こさせるような、クリアで重量感溢れる音質が再現されている。

今後とも、ユニバーサルには、こうしたSACD&SHM−CDをシリーズで発売していただくことを心よりお願いしたい。

演奏は、既に定評ある超名演であるが、これだけの鮮明な音質を聴くと、もちろん超名演との評価はいささかも変わることがないものの、これまで聴いていたのとは異なる別の演奏を聴いているような気がしたが、そう感じたのはおそらくは筆者だけではあるまい。

それにしても1970年録音というアラウ最盛期と思われる時期の録音がSACDになったことは大変喜ばしい。

ピアノ・ソナタはアラウのテクニックと音楽性が十分に響き渡っている。

また、「孤独の中の神の祝福」も彼独特の間の取り方や、情緒が伝わってくる。

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2014年07月06日


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20世紀最後のロマン派ピアニストと呼ばれていた、ホルヘ・ボレットの演奏によるリスト名演集を収録した、1972〜73年録音盤。

伝説的なピアニスト、ボレットの思わず聴きたくなる名盤の一つで、後年の英デッカへの一連の演奏・録音より音色がより明るく、ロマンティックな情感が瑞々しく漲っている作品集であり、英デッカ盤を持っているファンにも是非聴き比べてもらいたい名盤と言えよう。

まず、音色がとても綺麗で、基本に忠実、中身が濃い演奏内容ありながらも滑らかな流れの演奏だ。

曲の解析は原曲に忠実であるため、オーソドックスでありながら嫌味がない。

なかでも、「スペイン狂詩曲」が、冴えたリズム感と技巧を堪能できる名演。

「愛の夢」や「ラ・カンパネラ」といったポピュラーな曲でも、そのグランドマナーに彩られたピアニズムが心にしみわたってくる。

リストはピアノの魔術師と言われているが、演奏会は常に超満員だったそうだ。

作曲よりも、ピアノ編曲に熱心だった時期が長く、有名な曲を作り変えてしまうのであるが、果たしてそんなことをしてもいいのか、という議論が起きたそうだ。

シューマンがその著書でリストを擁護しており、良いか悪いかは、聴衆が決める、と論じていた。

リストの名曲というと、作曲家自身もややするとそうであったように、とかく技巧一辺倒に陥りがちである。

しかし、ボレットの演奏はどうであろう。

リストが、まごうことなきロマン派の大巨匠であることが、ひしひしと伝わってくるではないか。

「溜め息」のアルペジオの鮮やかさや「森の囁き」の幻想味はもとより、「愛の夢」や「ラ・カンパネラ」といった超名曲でさえ、紡ぎ出される音楽は上質そのもので、有名な英デッカ盤を遥かに凌ぐ華麗かつ繊細な表現である。

リストはロマン派時代の音楽家なので、19世紀の流れを汲むロマンティックなヴィルトゥオーゾ・ピアニストと称されていたボレットには、リストに対しては特別な思いがあったようだ。

おそらく聴く人は、そのことを1曲目の「愛の夢」で、納得がいくであろう。

凡人には決して辿り着くことのできない深遠な境地を極めたピアニストだけに可能な演奏だと思う。

なお、このアルバムは構成がかなり凝らされており、センスの良い企画で、工夫してリストの曲集を組んだような気がする。

オリジナルの音源が良かったのもあろうが、ルビジウム・クロックジェネレーター使用最新カッティングを施したリマスターも成功のようで、微妙なタッチの差を明瞭に捉え切る録音は優秀そのものと言えよう。

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2013年12月23日


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ユンディ・リ初の協奏曲アルバムが遂に登場した。

2000年第14回ショパン国際ピアノ・コンクールの覇者、ユンディ・リ待望のショパン:ピアノ協奏曲第1番。

カップリングはリストのピアノ協奏曲第1番。

ロマン派ピアノ協奏曲で、最も有名なこれら2曲はまさに黄金の組み合わせ。

ショパン・コンクール優勝以来、着実な歩みを続ける人気・実力共に抜群のユンディ・リの詩情と情熱溢れる演奏は、6年間の実りに満ちている。

まさに録音の機が熟したといえる演奏は期待通りのものだ。

いずれも名演ではあるが、筆者としては特にショパンの方をより高く評価したい。

これまでにもマズルカ集やスケルツォ集などで数々の名演を成し遂げてきたユンディ・リにとっては、ショパンは特別な作曲家であるのではないだろうか。

ショパンならではのロマンティシズムに満ち溢れた名旋律の数々に彩られた同曲を、ユンディ・リは、その持前の卓越した技量をベースとしつつ、変幻自在のテンポ設定や、特に各楽章の頂点に向けての畳み掛けていくような強靭な打鍵、それと対置する繊細な抒情的表現などを駆使して、実に表情豊かに描き出しているのが素晴らしい。

特に、ユンディ・リの特徴でもある詩情に満ち溢れた情感の豊かさは、抗し難い美しさを湛えていると言えるところであり、いい意味での剛柔バランスのとれた素晴らしい名演に仕上がっている。

他方、リストについては、さすがにショパンほどの魅力はないが、それでも卓越したテクニックと強靭な打鍵をはじめとした表現力の豊かさは健在であり、本演奏を名演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

アンドリュー・デイヴィス&フィルハーモニア管弦楽団も、ユンディ・リのピアノを下支えする素晴らしい演奏を繰り広げており、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

音質は本盤でも十分に満足し得る高音質録音である。

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2013年09月20日


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ストコフスキーほど、楽曲を面白く楽しく聴かせてくれる指揮者は他にはいないのではないか。

どの曲もストコ節満載で、スコアに忠実ということはなく、大胆なカットや、粘ったテンポ設定、思い切った強弱の変化など、ありとあらゆる演出を施す。

恣意的と言ってもいい解釈であるが、ストコフスキーの場合、嫌みが全く感じられないのだ。

これは、ストコフスキーの、楽曲への深い理解と、聴き手に演奏を心から楽しんでもらおうという旺盛なサービス精神の賜物であると考える。

要は、根っからの舞台人ということなのであろう。

例えば、有名なリストのハンガリー狂詩曲第2番など、ミュラー=ベルクハウス版を使用しているが、大胆な表現や大幅なカットなどによって、まさにストコフスキー編曲のような演奏に仕上がっている。

それでいて、こってりした叙情と激しい情熱で、これだけ堪能させてくれるというのは、ストコフスキーの指揮芸術の素晴らしさと言えるだろう。

ショーマンシップを発揮するタイプだというと、つい俗っぽいものを想起してしまうが、ストコフスキーの演奏は決して下品にならない。

むしろ、曲への愛着が聴き手にダイレクトに伝わる素晴らしさがある。

「ラプソディーズ」というカテゴリーのCDの中に、エネスコや、リストと親交のあったスメタナの楽曲をカップリングしたセンスの良さも抜群のものがある。

録音も1960年代初頭のものであるが、これまた実に鮮明で素晴らしい。

XRCD&SHM−CD盤の超高音質を十分に体現できる1枚だ。

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2013年08月30日


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“リストの再来”とも言われたシフラが弾く超絶技巧練習曲集という聴き応えのある1枚。

リストと同じハンガリー生まれのシフラの、知性と作品に対する誠実さにあふれた演奏である。

随所に彼独特のラプソディ的な持ち味が強く出ており、かなり古い録音にもかかわらず、輝かしいピアノの音色が存分に伝わってくる名盤である。

全般的に楽曲に忠実で、機械的な演奏に陥らず、完全に音楽を自分のものにしており、シフラの超絶的な技量に唖然とさせられる。

ペダルの使用を極力抑えた清潔なテクニックで、ひたすら作品に忠実に弾き進んでいることが実感できる。

叩きつけるような力強い打鍵や、夢見るような美しい抒情、堂々たる楽曲の進行など、幅広い表現力を駆使して、リストのピアノ曲の魅力が盛り込まれた難曲である超絶技巧練習曲集を完璧に表現し尽くしている。

例えば、「風景」の抒情豊かな美しさと、有名な「マゼッパ」の重量感溢れる迫力の著しい対比など、各楽曲毎の描き分けも見事であり、シフラが、圧倒的な技量だけでなく、表現力の幅の広さ、スケールの大きさにおいても、圧倒的な存在であったことがわかる。

超絶的な技量とともに、圧倒的な表現力を必要とするが故に、いわゆるリスト弾き以外のピアニストには弾きこなすことが困難ではないかと考えられた難曲である超絶技巧練習曲集を、これだけ完璧に弾きこなしたことにかんがみれば、シフラが“リストの再来”との評価もあながち言いすぎではないと考える。

録音はモノラルでイマイチ冴えないが、近年における、より高音質の同曲の演奏と比較しても、同曲のあらゆる名演中のトップの座を譲ることはいささかもなく、そして、今後も現れるとは考えにくところである。

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2013年08月19日


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リストは交響詩の創始者として、管弦楽曲の分野においても多大なる貢献をしたにもかかわらず、その録音はさほど多いとは言えないのではないだろうか。

リストの管弦楽曲の中でも特に有名な交響詩「前奏曲」なども、近年では新録音さえ途絶えている状況にあると言えるところであり、その人気の凋落ぶりは著しいと言わざるを得ないだろう。

そのような嘆かわしい現状にはあるが、2001年に51歳の若さで急逝したシノーポリが、しかも天下のウィーン・フィルを指揮して、リストの代表的な管弦楽曲のスタジオ録音を遺してくれたのは何という素晴らしいことであろうか。

本盤に収められた演奏は、いずれもそのような期待をいささかも裏切られることがない素晴らしい名演と高く評価したい。

本演奏におけるアプローチは、いかにも精神医学者出身で作曲家でもあるシノーポリならではのものだ。

各演奏ともに、楽曲の細部に至るまで彫琢の限りを尽くした明晰さが際立っており、いずれの楽曲についても、その隅々に至るまで楽想がこれほどまでに明瞭に描き出された演奏は史上初めてと言えるのではないだろうか。

テンポもややゆったりとしたものであり、スケールも極めて雄大である。

このような細部に拘った演奏は、時として音楽の自然な流れを損なってしまう危険性があるが、かかるシノーポリの精神分析的な演奏に適度の潤いと情感の豊かさを付加し、音楽がごく自然に滔々と流れるように仕向けているのが、ウィーン・フィルによる名演奏であるということも忘れてはならない。

録音は従来盤でも十分に満足できる高音質であったが、今般のSHM−CD化によって若干ではあるが鮮明さが増すとともに、音場が幅広くなったように感じられるところである。

シノーポリによる素晴らしい名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2013年08月15日


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本盤は、リストの最高傑作の一つであるピアノ・ソナタロ短調を軸として、いくつかの有名な小品等で構成されている。

我が国を代表するピアニストである清水和音がデビュー30周年を記念(そしてリスト・イヤーを記念)して昨年1月に演奏を行ったスタジオ録音であるが、いずれの楽曲もその実力を存分に発揮した素晴らしい名演に仕上がっている。

ピアノ・ソナタロ短調は超絶的な技量と卓越した表現力を要する難曲であり、古今東西の様々な有名ピアニストがその高峰の高みに向けて登頂を挑んできた。

各ピアニストが自らの実力の威信をかけて演奏を行っているだけに、数多くの個性的な名演が目白押しであり、そのような海千山千の名演の中で存在感を発揮するのは並大抵の演奏ではかなわない。

ところが、清水和音による本演奏は、これまでの過去の名演にも必ずしも引けを取らない存在価値を十分に発揮している。

というのも、本演奏は、その超絶的な技量よりもリストの音楽そのものの美しさが伝わってくるからである。

もちろん、清水和音の技量が劣っているというわけではない。

それどころか清水和音は、超絶的な技量を持って曲想を描き出しているとさえ言えるほどであるが、清水和音は持ち前の技量を、リストの音楽をいかに美しく響かせるのかという点に奉仕させているように思えるのだ。

例えば、同曲は一つの主題が数々の変奏を繰り返していくが、その描き分けが実に巧妙になされている。

そして、変幻自在のテンポ設定や思い切った強弱、そして大胆な表情づけを駆使して、変化に富む曲想を多彩とも言うべき表現力で豊穣に描き出している。

また、強靭な打鍵にも圧倒的な力感がこもっているが、いささかも音が割れたりすることがなく、常に透明感溢れる美しい音色で満たされているのも本演奏の見事な点である。

いずれにしても、本演奏は、同曲の美しさに主眼を置いた稀有の名演として高く評価したい。

併録の巡礼の年第2年「イタリア」からの抜粋であるペトラルカのソネットやコンソレーション「慰め」も、ピアノ・ソナタと同様のアプローチによる名演である。

ここでも技量よりは楽曲の持つ美しさを際立たせているのが見事であり、こうした点にデビュー30周年を迎えた清水和音の円熟を感じることが可能であるとも言えるだろう。

そして、本盤で素晴らしいのはSACDによる極上の高音質録音である。

オクタヴィアによるピアノ録音で一般的な富山北アルプス文化センターでの録音ではないが、会場(埼玉県の三芳町文化会館)の残響を的確に生かした見事な音質に仕上がっており、清水和音の楽曲の美しさを全面に打ち出した本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

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2013年08月07日


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エマールが、リスト生誕200年を記念して2晩にわたって行ったコンサートのライヴ録音の登場だ。

本盤には「ザ・リスト・プロジェクト」との標題が付されているが、収められている楽曲はリストの諸作品にとどまらず、リストの影響が見られる作品が含まれているとともに、それらを交互に配するというきわめて独創的なアルバムとなっているのが特徴である。

このような意表を衝くコンサートの演目の構成を行ったのは、いかにも近現代音楽を得意とするエマールならではの抜群のセンスの良さであると言える。

そして演奏内容も素晴らしい。

前述のように、昨年はリスト生誕200年ということもあって、様々なピアニストによるリストのピアノ作品集が発売されているが、本盤はその中でも最右翼に掲げられるものではないだろうか。

ディスク1においては、ワーグナーの死を予感して作曲された「悲しみのゴンドラ」で開始されるという尋常ならざる演目構成に驚かされるが、その演奏の彫りの深さ、そして演奏の持つ高踏的な美しさには抗し難い魅力が満ち溢れている。

その後は、リストの「灰色の雲」や「凶星」を挟んで、ワーグナー、ベルク、スクリャービンの各ピアノ・ソナタを配列するという演目構成の何という巧みさ。

いずれの楽曲も決して明るいものではないが、エマールの場合は深刻で重々しくなることはなく、音楽は滔々と淀みなく流れるとともに、センス満点の味わい深さをいささかも失わないのが素晴らしい。

そして、スコアに記された音符の表層をなぞっただけの美しさにとどまらず、楽曲の心眼を鋭く抉り出していくような奥行きの深さも健在であり、知情兼備の名演に仕上がっていると評価したい。

リストのピアノ・ソナタロ短調は凄い演奏だ。

超絶的な技量を要する楽曲であるが、エマールの演奏を聴いているといわゆる技巧臭をいささかも感じさせず、ただただ音楽の美しさ、素晴らしさのみが伝わってくるのが見事というほかはない。

随所に聴くことが可能な強靭な打鍵などは圧倒的な迫力を誇ってはいるものの、エマールの場合は、そのような箇所においても独特の洒落た味わいに満ち溢れた美しさを失うことがないのが素晴らしい。

おそらくは、同曲演奏史上でも、美しさや味わい深さにおいてはトップの座を争う至高の超名演と評価しても過言ではあるまい。

ディスク2は、ディスク1の延長線上にある楽曲として、重くて暗いリストの「エステ荘の糸杉に−哀歌」で開始されるが、その後は、バルトークやラヴェルなどの諸作品を経て、メシアンの『鳥のカタログ』からの抜粋である「カオグロヒタキ」、そしてリストの「オーベルマンの谷」という、崇高な美しさを湛えた楽曲に繋げていくという巧みな演目構成にはただただ圧倒されるのみである。

いずれの楽曲も彫りの深い表現とともに、エマールならではのフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいと優美さを湛えており、いい意味での剛柔バランスのとれた素晴らしい名演に仕上がっていると評価したい。

音質は、ウィーン、コンツェルトハウスの豊かな残響を生かしたものであり、SHM−CD仕様であることもあって、エマールのピアノタッチが鮮明に再現されるなど、十分に満足できる高音質である。

いずれにしても、本盤は、カップリングの抜群のセンスの良さ、そして演奏内容の素晴らしさにおいて非の打ちどころがないものであり、リスト生誕200年を記念して発売されたCDの中ではダントツに優れた至高の名CDと高く評価したい。

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2013年01月15日


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リスト弾きのベルマンの面目躍如たる素晴らしい名演だ。

ベルマンは抜群のテクニックでもって豪壮かつ華麗な演奏を繰り広げており、技巧的な面だけでなく繊細さも持ち合わせ素晴らしい仕上がり。

特に、ピアノ協奏曲については、シフラなどの名演と並んで最上位にランクされる名演と言える。

リストのピアノ協奏曲は形式も独特で、演奏にも超絶的な技巧が要求され、纏めるのが非常に難しい作品とされている。

ベルマンは、超絶的な技量は当然のこととして、表情がめまぐるしく変化する各楽章を非常に巧みに描き分けている。

それでいて、各楽章がバラバラになることを避け、全体の造形にも十分に配慮していると言える。

もちろん、全体の確固たる造型美には、指揮者のジュリーニの貢献も大きいと言わざるを得ない。

イタリア・オペラだけではなく、ドイツ音楽をも得意とした巨匠は、ここでも全体の造型を意識した演奏を行っており、第1番の第2楽章など、抒情的な箇所の歌い上げも、さすがはジュリーニとも言うべき歌謡性が豊かである。

ウィーン交響楽団はそれほど色彩感が無いオケだが、ジュリーニは格調高く引き締めて最良のサポートで聴かせる。

併録の「巡礼の年」は、ベルマンの独壇場だ。

リストの標題音楽の傑作を、類稀なる技量をベースとして、実に巧みに各楽曲を情感豊かに描き出していく。

本盤は、「巡礼の年」の有名曲のみが収められているが、あの長大な「巡礼の年」全体を聴くための準備としては、格好の選曲であると考える。

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2012年11月29日


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リストの超絶技巧練習曲集は、文字通り超絶的な技巧を要するとともに、ダイナミックレンジの広さやテンポの激しい変化など非常に振幅の激しい楽曲であり、弾きこなすためには卓越した技量はもちろんのこと、幅の広い豊かな表現力を要する難曲と言える。

このような難曲をデビュー曲に選んだだけでも、アリスのピアニストとしての底知れぬ才能とその器の大きさを感じざるを得ない。

第1曲や第2曲のたたみかけるような火の玉のような激しさはどうだろう。

打鍵も力強く、快速のテンポにいささかの弛緩もしない圧倒的な技量にも圧倒される。

第3曲の「風景」で、我々は漸く、アリスが女流ピア二ストであることを知ることになる。

ここの抒情は実に美しい。

有名な第4曲の「マゼッパ」は、堂々たる威厳に満ち溢れており、とても19歳のピアニストとは思えないスケールの雄大さだ。

第5曲の「鬼火」の軽快さも見事だし、第6曲の「幻影」や第8曲の「狩り」の重厚さも特筆すべきだ。

長大な第9曲の「回想」は、女流ピアニストならではの繊細な抒情が感動的だし、第11曲の「夕べの調べ」のまさに夕映えのような美しさや第12曲の「雪かき」の寂寥感の嵐にも大きく心を揺り動かされる。

ボーナストラックの「ラ・カンパネラ」も繊細さと重厚さのコントラストが見事な名演だ。

このように、アリスは、既に豊かな表現力を備えており、単なるテクニックだけのピアニストではない。

もしかしたら、我々は何十年に一人しか出てこない名ピアニストのデビュ−の時代に運良く居合わせているのかも知れないのだ。

例えば現役世代であればポリ−ニとか、故人ではリパッティとか、彼らに共通するのは、完璧なピアノ技巧と高い音楽性の両方を持ち合わせている点。

彼女もまさにこの2つ持ち合わせたピアニストであり、将来が楽しみな逸材と言えるだろう。

これからまた、どんなレパ−トリ−が聴けるのか楽しみだ。

今後のアリスの更なる成熟をあたたかく見守りたい。

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2012年11月26日


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リストのピアノ・ソナタを弾きこなすことは、あらゆるピアニストの一つの大きな目標。

この世のものとは思えない超絶的なテクニックを要するとともに、各場面の変転の激しさ故に、楽曲全体を一つのソナタに纏め上げるのが至難の業であるという点において、海千山千のピアニストに、容易に登頂を許さない厳しさがあると言えよう。

そうした難曲だけに、天才ピアニストであるポゴレリチがどのようなアプローチを見せるのか、聴く前は興味津々であったが、その期待を決して裏切らない超個性的な名演であった。

演奏の特徴を一言で言えば、表現の振幅がきわめて激しいこと。

最弱音から最強音まで、これほどまでにダイナミックレンジの広い演奏は、他の名演でも例はあまりないのではなかろうか。

テンポ設定も自由奔放とも評すべき緩急自在さ。

ただでさえ、各場面の変転が激しいのに、ポゴレリチは、うまく纏めようという姿勢は薬にしたくもなく、強弱やテンポの緩急を極端にまで強調している。

それ故に、全体の演奏時間も、同曲としては遅めの部類に入る33分強もかかっているが、それでいて間延びすることはいささかもなく、常に緊張感を孕んだ音のドラマが展開する。

このソナタは途方もなく底が深いが、それを表出させてしまうポゴレリチの音楽性と技術も凄い。

ともかく、この演奏は、この難曲の演奏の可能性を開拓した素晴らしいもので、激情と繊細が同居している。

これは、まさに天才の至芸であり、ポゴレリチとしても会心の名演と言っても過言ではあるまい。

併録のスクリャービンも、力強さと繊細な抒情を巧みに織り交ぜたポゴレリチならではの名演だ。

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2012年11月13日


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エデルマンが満を持して録音に臨んだリストのピアノソナタロ短調である。

カップリングに、対照的な性格のシューベルトの「さすらい人幻想曲」を配したのも、エデルマンの強いこだわりが感じられる。

リストのピアノ・ソナタは、とにかく凄い演奏だ。

名演であるが、いわゆる凄演と言った表現が適切なのかもしれない。

リストのピアノ・ソナタは、強弱のダイナミズムや緩急自在のテンポが駆使され、しかも、超絶的な技巧を要することから、古今の著名なピアニストの目標とする楽曲の一つとされてきたが、エデルマンは、こうした過去の名演に引けを取っていない。

一般にロシア系のピアニストのリスト演奏はダイナミクスの強弱変化が大きく、その分不自然なアゴーギクも鼻につく場合が多いが、エデルマンの場合はダイナミクスこそ凄まじいものの、テンポの揺れは少なく、これみよがしの恣意的な表現も無いので安心して聴くことができる。

冒頭の雷鳴のような重厚で力強い打鍵とその後に続く詩情豊かさ。

これらを抜群のテクニックをベースにして、まさに入魂の演奏を繰り広げている。

切れば血が出るような生命力溢れる演奏と言うのは、まさにこのような凄演のことを言うのだと思う。

録音は、SACDであるが、マルチチャンネルは入っていない。

にもかかわらず、これだけ臨場感溢れる音響がするのは、録音が素晴らしいだけでなく、エデルマンの演奏がそれだけ優れていることの証左であると考える。

他方、シューベルトの「さすらい人幻想曲」も名演だ。

この曲は、後年のピアノ・ソナタの傑作群に繋がっていく作品であるが、エデルマンは、各楽章の描き分けなど実に巧みに行っており、シューベルト特有の豊かな抒情の歌い方にもいささかの不足はない。

このような名演を聴いていると、エデルマンのシューベルトのピアノ・ソナタの演奏も聴きたくなったのは筆者だけではあるまい。

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2012年10月31日


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アリス=紗良・オットの初の協奏曲録音であるが、とても20歳のピアニストとは思えないような威風堂々たる名演だ。

アリスとヘンゲルブロックはこの手垢にまみれた2曲を洗い流し、ヴィルトゥオーゾ性よりも音楽としての魅力を引き出す。

チャイコフスキーのピアノ協奏曲は情熱と、ロシアの情念、ドイツの剛直さを兼ね備えた名演であり、ミュンヘン・フィルの重厚なサウンドとも相まって理想的な仕上がりで、満足できる出来映えだ。

特に、第1楽章冒頭のホルンの朗々たる旋律の後に続く、女流ピアニストとは思えないような強靭な打鍵は、聴き手を圧倒するのに十分な迫力を有している。

特に、低音の残響の響かせ方など、はじめて耳にするような新鮮さだ。

それでいて、チャイコフスキーならではの抒情豊かな旋律も、繊細であたたかなタッチで弾いており、その硬軟併せ持つバランス感覚が見事である。

カデンツァにおける、卓越した技量に裏打ちされたゆったりとしたテンポによる重厚な演奏は実に感動的で、アリスのピアニストとしてのスケールの大きさを感じさせる。

第2楽章の繊細な抒情も美しさの極みであり、終楽章も、例えばアルゲリッチのようにアッチェレランドをかけたりすることはしていないが、強靭な打鍵にはいささかも不足はなく、それでいて、どんなに力奏しても気品を失うことがないのは、アリスの最大の長所と言えるのかもしれない。

リストのピアノ協奏曲も、重厚さと繊細さのコントラストが見事な秀演と評価したい。

特筆すべきは録音の素晴らしさであり、ピアノの音が実に鮮明な音質で捉えられているのは大変嬉しい限りだ。

これからの活躍が楽しみなピアニストの一人ではないだろうか。

アリスという美貌の若きピアニストの前途洋々たる将来性に今後も大いに期待したい。

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2012年07月10日


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若き39歳のラトルが、初めてベルリン・フィルと録音した1枚。

今や世界をリードする組み合わせとなったラトル&ベルリン・フィルの1994年の初顔合わせであり、ラトル飛躍の原点となった録音。

リストのファウスト交響曲は、名曲とされるわりには録音の数も限定的であり、ポピュラリティーを獲得しているとは言えない。

そのような曲をベルリン・フィルとの最初の録音に選んだラトルの並々ならぬ自信のほどが伺える(数年前にベルリン・フィルの自主レーベルにより、87年のマーラーの「第6」のライヴ盤が発売されたことから、厳密に言うと最初の録音ではない)。

実にクリアなディテール、曖昧さのない響き、シャープなリズムで、音楽の肥大さなどまったく感じさせない見事な演奏だ。

第1楽章と第2楽章は非常に丁寧な演奏というイメージだ。

全く対照的な性格を有する両楽章であるが、ラトルの丁寧なアプローチが、両楽章の描き分けを見事に成し遂げるということに繋がっている。

第3楽章になると、ここでラトルはエンジン全開し、ベルリン・フィルを豪快に鳴らすなど、これまでの鬱憤を全て晴らすかのような圧倒的な迫力で曲想を描いていく。

終結部の合唱も実にうまく、ザイフェルトの独唱とあいまって、感動的にこの大曲を締めくくる。

演奏後の拍手喝采も当然のことと思われる。

ラトルは、その後、ベルリン・フィルの首席に就任し、一時は低迷した時期もあったが、2007年のマーラーの「第9」あたりから、漸く持ち前の才能が開花し、ラトル&ベルリン・フィルの黄金時代の幕開けが始まっている。

本盤の録音当時、ラトルはまだ39歳であるが、現在の栄光を予見させてくれるような名演である。

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2011年01月08日


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おそらくは譜面に忠実なアプローチにより、堅実に構築されている一方、デュナーミクの幅広さがきわ立つ豪快な演奏であり、ピアニスティックな傑作にふさわしい高い演奏効果がもたらされている。

また、強奏にあっても響きは濁っておらず、音色に対するツィマーマンの繊細な感覚がうかがえる。

さらに、このリスト作品に秘められた内省的な側面ないし瞑想性についても、ツィマーマンは、奥深いところまで追求している。

ツィマーマンのすばらしいテクニックと澄んだ輝きと絶妙なニュアンスをそなえた音が最高度に生かされているとともに、作品に対する深い読みが少しの逡巡も、また誇張もなく示されている。

スリリングであるとともに、これほど美しく生き生きと安定した《ロ短調ソナタ》の演奏も珍しいだろう。

真っ正面からリストの全体像に挑みながら、道を踏みはずさないのがツィマーマンだ。

堂々たる構築性に突き進むのではなく、情念のおもむくまま、ロマン的な世界に没入するのでもない。

確かに、どこかの方向に焦点を合わせ、走ってしまうのもリストの音楽の魅力を引き出すことにはなるはずだが、あれもこれも求め、どちらも得てしまうツィマーマンに舌を巻く。

ピアノという楽器の威力を存分に示し、幅の広い演奏をつくりながら、一方で溺れんばかりにロマン的情感に浸る。

それでいながら、どこか覚めていて、調和をとる。

至極まっとうに聴こえるリストなのだが、同時に見事に成功した離れ業なのではないだろうか。

4曲の小品も傾聴に値する。

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2010年05月18日


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《超絶技巧練習曲》を核にしたプログラミングだが、全12曲中7曲のみというのがいかにも惜しい。

この演奏が今ある全曲盤のどれにも勝る素晴らしい出来映えだからだ。

完璧な技巧を駆使しながら、この曲集のピアニスティックな美感をあますところなく表現した演奏である。

技巧を前面に押し立てたりは決してしないが、ここぞという箇所では絢爛たるピアニズムを披瀝して聴き手を存分に楽しませてくれる。

こんなところに彼の人気の秘密があるのだろう。

アシュケナージかベルマンかと聴く側を唸らせるリストで、ここでのアシュケナージの腕の冴えはまったく素晴らしい。

ほとんど凄絶な出来映えで、まさしくここにはヴィルトゥオーゾとしての彼が存在し、華麗さと絢爛さを余すところなく繰り広げている。

その上で、言うまでもなく彼のピアノには技巧一辺倒のところが全くなく、ハッタリ的な匂いもまるでない。

すべからく自然体で、各作品の要所を確実に押さえ、音楽性あふれる地平を作り出している。

聴き手を決して突き放さぬ、それでいて超人的な指運びを通して豪壮に構築してみせるその才能に感激と驚きを禁じえない。

アシュケナージが弾くリストは、すこぶる清純である。

普通リストでは、"豪放にして華麗な"演奏が好まれる。だがアシュケナージのリストは、豪放より精緻と清純を重視する。

いわゆる"リスト弾き"と目されるピアニストとは、決定的に異なる。

けれど頼りない、か弱いリストでは決してない。ただ聴き手にアピールする姿勢が野性的でない。

そのため柄の大きい重量級でなく、中・軽量級のリスト、とのイメージが植え付けられやすくなっている。

崩れの全くない冴えた技巧が生み出す《メフィスト・ワルツ》や《超絶技巧練習曲》には、さわやかな気品が漂っている。

これこそアシュケナージが誇って然るべき持ち味、と考える。

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2010年05月03日


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今は故人となったジョルジュ・シフラについて一言しよう。

何しろ、この、ある意味では一代の名匠だったハンガリーのピアニストは、今日では忘れられかけた存在になっているのだから。

1921年ブダペストに生まれたシフラは、名高い作曲家=ピアニストのドホナーニに学び、第2次世界大戦によりキャリアを阻まれながらも、1950年代から、とりわけ"リスト弾き"として名を上げた。

シフラのリスト演奏は、いうならば往年のグランド・マナーを引き継ぐ、豪快かつ華麗なもので、戦後の即物主義に傾く演奏家のパノラマ中では異彩を放っていたといえる。

外面的なヴィルトゥオーゾ趣味に傾き、内容に乏しいといった批評もあったが、技の切れとともにハンガリー独特の情感を強く浮かび上がらせる演出には、他の追随を許さぬものがあったのも事実で、忘れるには惜しい往年の"リスト弾き"である。

さすがにハンガリー出身だけあって、シフラは、この曲のハンガリー・ジプシー音楽の感じを見事に表出している。

シフラは、ピアノをあたかもツィンバロンのように響かせ、そのヴィルトゥオーゾ風の身ぶりたっぷりの弾きぶりと相まって、この作品の特徴である疑似民族的な味わいを楽しませてくれる。

全体に即興性にとみ、生き生きとしているところが特色だ。

ことに第2番、第6番といった有名どころに、シフラの持ち味は申し分なく輝いている。

ただ曲によってはスケールの大きさに不足を感じるのも事実である。

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2010年04月26日


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ムーティがみずみずしい音楽性で、素晴らしい成功を収めた秀演だ。

ムーティ42歳の時の鬼気迫る演奏である。

ピリピリとした神経が全曲に張りめぐらされており、曖昧なところは何もなく、あくまでドラマティックに、そして神秘的にファウスト、グレートヒェン、メフィストフェレスの世界が描き出されていく。

ムーティが握りしめている絵筆は、インスピレーションと感動に打ち震えているのであり、導き出される色彩も鮮烈かつ過激であり、聴き手は抑制し難い興奮の中で、リストがゲーテ作品に寄せた切実な想いを追体験していくことになる。

ムーティのドラマに対する非凡な感性が、このユニークな交響曲を、卓越した緊張感と豊かな情感のもとに楽しませてくれる。

痛烈で端的、情熱的で鮮やかな色彩感をもち、きりりと引き締まった音楽で、長大な第1楽章から存分に劇的で、聴き手を退屈させることがない。

第2楽章は純音楽的な響きと表情の美しさが特筆され、第3楽章は情緒的にもうるおいがあり、終楽章の堂々とした終結感も聴き手を満足させることだろう。

しかも「グレートヒェン」では室内楽的緻密さで純なる清らかさも描き出すなど、表現の奥行きも深い。

4つの楽章それぞれが、完全にその性格を把握され、対照感をもって描かれているにもかかわらず、そこには一貫した音楽のイディオムが聴かれる。

スケールの大きさや、鮮やかな色彩感もプラスしている。

リストのオーケストラ作品はピアニスト的な感覚で書かれている部分もあって、作曲家が望んだ効果をオーケストラでうまく表現するのは難しいという。

下手なオーケストラでは骨折り損のくたびれもうけになる確率も多そうだが、ムーティとフィラデルフィア管弦楽団はそうした点を難なくクリアーして、この曲に内在するドラマを生き生きと色鮮やかに描き出す。

たとえば、出だしのファウストの主題からして、ムーティは増三和音に秘められたファウストの、自分ではどうしようもない欲求を明らかにする。

随所で旋律美を際立たせ存分に歌わせながらも音楽が停滞することはなく、76分がたちまちのうちに過ぎていく。

ムーティの才能と同時に怖さすら知らしめた記念碑的演奏だ。

ムーティのフィラデルフィア管弦楽団時代の代表的録音として特筆される。

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2009年11月09日


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リストは、オーケストラ曲やピアノ曲などのジャンルで華麗な色彩感にあふれる作品を多く書いているが、歌曲の分野でも、抒情的で、多彩な情感にみちた、魅力ある作品を残している。

これは、フィッシャー=ディースカウの2度目のリスト歌曲集で、リストの最も完備した歌曲集である。

3枚のCDにはリストが書き残した70曲余りの歌曲の中から44曲が収められている。

ここでのF=ディースカウの声にはやや年齢的な陰りが感じられるが、表現力の幅は増大しており、甘美な旋律による抒情的な歌も、劇的な内容に彩られたバラードも、深い思考を宿した歌も、すべて万全に表現されている。

《3人のジプシー》《ペトラルカの3つのソネット》などでは以前よりも表現が大胆で、スケールが大きくなっているように思う。

バレンボイムも美しい音色と雄弁な弾きぶりで、リストが書き残したピアノ・パートを伸びやかに生かしており、リストの歌曲の素晴らしさを改めて実感する。

リストの最も甘美な抒情的世界をストレートに表出したF=ディースカウのこまやかな表情を、バレンボイムが何と巧妙に迫っていることだろう。

ここにはこけおどしの絢爛たるピアニズムもなければ、意表を衝く前衛的和声進行も見られない。

バレンボイムの名演中の名演を得て、ここでF=ディースカウが理想的な歌唱を聴かせている。

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2009年06月25日


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リストをかなり聴き込んでいる人でなければ関心をそそられそうもないリスト晩年の作品集だが、ブレンデルの真価はこういう曲でこそ発揮される。

ここでのブレンデルは、リストの内面を映し出そうとして、それに成功している。

ブレンデルは、例によって、磨き抜かれた美しい音色で、1曲1曲を丹念に弾いている。

音楽の内面に光りをあてているところなどは、"リストのスペシャリスト"と呼ぶにふさわしい卓抜な演奏である。

ブレンデルは、どこまでも知的で内省的、テクニックを感じさせない静かなアプローチに特色がある。

音の探究者としてのリストを前面に出し、詩的で思索的な表現といえよう。

かといって、決してテクニックが劣っているわけではなく、充分テクニックを保持しながら、それを目的とせず、あくまで表現の手段と割り切っている。

もちろん構成感・色彩感とも不足はなく感覚的にも磨きあげられた演奏だが、音の探究者リストの姿が、よりストレートに感じられる点、ブレンデルの説得力は大きい。

年輪の厚さのよくあらわれた演奏で、なんとなく渋い感じを受けるが、聴いていると、胸の奥底まで、ジーンと響いている力と強さが感じられる、説得力のある表現となっていて、凄い。

ここにもブレンデルらしい、誠実さと芸術家魂を改めて窺うことができよう。

この演奏を聴けば、華やかな衣装の陰に隠されているリストの一面を知ることができ、リストを技巧主義の権化とする見方は修正を余儀なくされるはずである。

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2009年04月19日


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真のヴィルトゥオーゾでなければできない演奏を披露しているのがリヒテル。多彩で緊密なリストである。

エネルギーの激しい放出、いかにも雄渾で剛直な表現、演奏全体を支配している熱気、など聴き手を圧倒するに充分。

とかく突っ走りがちな並みの技巧家とは違って、リヒテルは多少遅めのテンポで重厚に弾き進んでゆき、その中で大きく伸縮させている。

しかも他の演奏にはみられない高貴な雰囲気ですべてを包んでいるところまで、リストそのひとの演奏をすら思わせるものである。

いずれの曲も情緒を大切にした彫りの深い表現で、雄大なスケールと詩情が理想的にミックスされており、技巧的にも間然とするところがない。

第1番は、終楽章に向かっての劇的な音楽づくりにひかれるし、第2番は、ソロとオーケストラとの絶妙なかけあいが光る。

特に第2番は一段と細かいところまでみがきがかかっていて、しかも様式統一が見事に行われている。

こんなスケールの大きな、また深い味わいをもった演奏は今までに聴いたことがない。

コンドラシンのサポートも卓抜で、何より音楽的。

味があるリストだから、何度聴いても飽きがこないだろう。

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2009年02月20日


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「まさに君そのもののように、信じられぬ程美しく、偉大でかつ愛らしく、深遠で高貴である」とこの曲についてワーグナーは、リストに宛てた手紙の中で述べた。

リストはこの曲をシューマンが「幻想曲」を自分に捧げてくれた返礼として、シューマンに献呈した。

単一楽章で書かれている幻想曲ふうのこのソナタは、5つのテーマが変容し、拡大し、複雑な構造を基盤とした巨大な建造物と言ったほうがふさわしい作品である。

ポリーニは、そのような構成を完璧な技巧によってあらわにしているが、例えば、楽譜に「グランディオーソ」と記されたところで、リストがロマン主義的情感を最大限に込めた主題(愛の主題と呼んでもよいだろう)の所になると、全体を形づくっている一つの素材といった印象しか与えず、情感に欠けているのである。

ギレリスの演奏は、逆巻く奔流、嵐のようでありながら、愛の主題では、美しい音色に支えられ、音楽が一瞬止まってしまうのではないかと思われるような弾き方で、息づまるような心の動きを伝えている。

リストの高邁な思考、ロマン主義的激情を、ギレリス盤ほど見事に表現した演奏もあるまい。

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2008年12月21日


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このソナタは、超絶技巧的な要素と瞑想的な要素をどのように結びつけるか、どのようにバランスをとるか、ということが極めて難しい作品であり、経験不足とか中途半端な状態では決して立ち向かうことのできない厳しい音楽ということができる。

これは聴き手にも要求されることで、このソナタを聴こうというときにはある種の緊張感が生ずるが、その緊張感を曲が終わるまで持続させ、聴き終わった後の満足感と疲労感を強く覚えさせるのがブレンデルである。

ソナタは少しも背伸びしたところのない、緩急自在の堂に入った演奏であるが、それでいて内面的な緊張は鋭く、このソナタを長すぎると感じさせない。

この曲の技巧的な華麗さを強調せず、内面的に深く掘り下げた演奏をおこなっている。

ブレンデルならではの音色の美しさも聴きものだ。

たいていのリスト弾きがこのソナタを拡散した感じで弾くのに対し、ブレンデルは凝縮した感じの演奏をしている。

このあたりが彼の優れた解釈、感覚であろう。

彼の爽やかな技巧は他の曲にもよく表れており、冷静に音を運びながらもつねに思索的なブレンデルの名演の前には、リスト嫌いといえども耳を傾けたくなろう。

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2008年10月20日


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ホロヴィッツがRCAに録音したリストを集めたもので、ホロヴィッツの弾くリストの凄まじさを目のあたりにできるアルバムである。

ホロヴィッツが最も面目躍如としていた「メフィスト・ワルツ」は、人間を嘲笑するかのようなこの作品にホロヴィッツぶしを交えつつ、躍動的に、華麗に演奏していて、凄まじいの一語につきる。

またソナタでも、緩急自在の呼吸が鮮やかで、実に豊かな表情を見せ、ホロヴィッツの巨匠ぶりを伝えている。

「あらゆる概念を超えて、美しく、好ましく、深刻で気高い」とワーグナーが評したとおりを、見事に再現した演奏である。

1977年、ホロヴィッツ73歳の時のライヴ録音だが、その超絶的なテクニックは相変わらず凄い。

しかも、スケールが大きく、すこぶる音楽性の高い表現となっているあたりは、この人ならではのものだ。

リストがこの曲に盛り込んだ詩的情緒を、きりりとした緊張感をもって弾きあげている。

ボレットのヴィルトゥオジティが19世紀型なら、ホロヴィッツは20世紀型のヴィルトゥオーゾだ。

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2008年10月05日


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これを聴くと作曲家のリスト自身、鋼鉄の筋肉とビロードのタッチを持つ鬼神のごときピアニストではなかったかと想像されるほどで、それだけに普通の構築ではこのソナタの真の光は出てこないようだ。

それをアルゲリッチは野生、魔力ともいうべき動物的、呪縛的な力を以て、一瞬にして曲に血を与え、破滅寸前ともいうべき極限の演奏で、疾風怒濤のように曲を駆け抜ける。

アルゲリッチの演奏の魅力は、作品誕生の瞬間に立ち会うような新鮮な感動を味わえることで、彼女はいわば緩急自在な楽想を展開して止めることがない。

それでいて作品の構造的な要はしっかりと踏まえていて、表現のスケールは限度がないかと思うほど広く、ファンタジーが渦巻く。

すこぶる力感のみなぎった、エネルギッシュな演奏である。

もう一つのシューマンがまた凄い。

リストももちろん素晴らしいが、シューマンの奔放な表現は絶品で、これはこの作品の名演中の名演である。

あるピアニストがこれを聴き、余りの才能に呆然となったとか。

これは単なる演奏ではなく、シューマンの発見といえる。

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2008年09月19日


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バーンスタインのドイツ・グラモフォンへの正式なレコーディングの第1作であった。

バーンスタインがボストン響を指揮しているのは珍しいが、演奏・録音ともにやや乾いた鮮明さが感じられ、それがひとつひとつの楽想の性格を明瞭に印象づける。

ファウスト、グレートヒェン、メフィストフェレスの3楽章のそれぞれの個性的特徴を見事に描き出して、この大曲を非常に聴きやすいものにしている。

細部まで克明に分析して、まるで曲をコンピューターを通して説明しているように演奏する。

しかも力強い構成力を発揮して、熱情と抒情の対照を実に美しく表した。

メリハリの強い個性的な解釈ではあるが、第2楽章を始めとして、リストの音楽にはさらにロマン的なうるおいが欲しい。

きわめて精力的で豊かな感興をもちながら、いま一歩、表面的なところで止まっていると感じられるのだ。

とはいえ、今までなかなか正当な評価を受けることがなかったこの名曲の優れた内容を再認識させる演奏だ。

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2008年05月08日


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リストの管弦楽曲集を収録したディスクで、カップリングもよい。

リストの演奏にかけては定評のあったカラヤンだけに、演奏は8曲とも極上で、その力量のほどがはっきり示された名盤。

どの曲も作品の持ち味を余すところなく表出した巧緻を極めた表現で、カラヤンの棒の魔術に完全に魅了されてしまう。

カラヤンの指揮する交響詩や舞台の付随音楽などは、抜群のうまさで他の追随を許さない。

ここに収められている交響詩3曲も、そうした彼の実力が最高度に発揮された、文句のつけようがない見事な演奏だ。

「前奏曲」は彼独特の綿密な設計と巧妙な演出に魅了される。カラヤンとしては比較的淡白な表現で、まるでエッチング画でもみるかのような精巧な音楽を作り上げている。静と動の対比のつけ方は、まことに見事なもので、ことに「戦いと勝利」の部分は、巨人の歩みを思わせるように、力強く、たくましい。

また、英雄マゼッパの生涯をドラマティックに描き上げた「マゼッパ」の劇的な表現にも強くひかれる。

メリハリを効かせながら劇的にまとめた「タッソー、悲劇と勝利」も他の2曲に劣らない語り口のうまい名演で、リスト独特の色彩的なオーケストレーションを万全に表出している。

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2008年05月01日


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ポリーニ初にして唯一のリスト・アルバムは、このピアニストの本領が十二分に発揮された圧倒的な名演である。

ポリーニはブレンデル同様、リストを名人芸や過大なロマンティシズムから解放したピアニストである。

演奏は、鍛え抜かれた音の構築物と呼ぶにふさわしい。

間然するところのないコントロールという点でクールな凄さをもっており、聴いていて苦しくなるほどに凝縮した音の世界をつくり出している。

ポリーニは虚飾を捨て、楽曲本体のみを見据えながら、明らかに熱いエネルギーを注いで演奏している。

余分な思い入れを一切入れない潔さで弾き通されたこのリストは、名演中の名演だ。

強靭で自在なテクニックと桁はずれの集中力をもってこの大作に臨んだポリーニは、凄まじい緊迫感やドラマティックな表情の起伏を実現させると同時に、すこぶるキメ細やかで精妙な表現力をも示し、最も理想に接近したこの作品の再現を可能たらしめている。

難曲中の難曲として知られるソナタだが、ポリーニは、その超凡な技に少しも角立てることがない。

むしろ、精妙な弱音での表現や音色の美しく多様な表現力が大変に雄弁に生かされており、それだけに演奏のしなやかな切れ味がいっそう印象に残る。

しかも、その透徹した表現は、常に美しくひき締まった緊張感をたたえており、深く澄んだ歌を秘めている。

スケールの大きさや豊かさは、単に超絶技巧と大音量からではなく、音色やタッチの精妙を極めた使い分けから生ずることを、この演奏ほど効果的に教えてくれるものはあるまい。

ポリーニの演奏は、前人未踏の境地に至ったリストの実像に迫るにはこれしかないことを教える説得力がある。

名手が全存在を賭けて世に問うた名演である。

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2008年04月05日


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ボレットは1914年キューバ生まれのアメリカ人。

師ローゼンタールを通じ、リストにもつながる人である。

ボレットは19世紀ロマン派の演奏様式の数少ない直系であり、いわゆるリスト弾きでもある。

「超絶技巧練習曲」を録音した時は72歳だったが、そうした高齢にもかかわらず、この難曲を、息をのむような技巧で弾きあげている。

しかも、音楽の内面に光りをあてた、彫りの深い演奏となっているところが、凄い。

「超絶技巧練習曲」では個々の曲は完全に掌握されており、ボレットの神経はすみずみにまで行き渡ると同時に全体の構図は明瞭に示される。

前景と背景はみごとに弾き分けられ、立体感と深みのある表現が生み出されているのだ。

ボレットのリストは決してテクニックを前面に出さず、あくまで音楽的な、しかも奥深いひとつの世界である。

「シューベルト歌曲トランスクリプション」でも彼の演奏は情感豊かで、これ以上は歌えないところまで歌いこんでみせる。

曲は随所にパターン化された名人芸発揮のための仕掛けを持つが、ボレットはそれを利用して、やたらと表現をあおりたてることはひかえている。

むしろ、あくまでもオリジナルのシューベルトの《歌》をひきたてるためのバックグラウンドとしている。

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いずれの演奏でも聴き手を圧倒的に捉えるのは、単にテクニックを聴かせるのではなく、充分に歌う、しっかりと心棒の通ったスケールの大きな表現だ。

ボレットの演奏するリストでは、1音1音の細やかな響きが、決して表面的な響きの装飾に終わることなく、表現の本質へとつながっている。

しかもそこから生まれる表現の幅の広さと息の長さ。

ここでは彼の芸の至上の部分をたっぷりと聴くことができる。

何といってもロ短調ソナタが見事で、聴かせどころをピシッと押さえた豪快な演奏だ。

ボレットは聴き手を自らの音楽の世界に引き込む、良い意味でのエンターテイナーの資質を持ち、その世界に豊かなロマンティシズムの香りが立ちこめていることも事実だ。

このような作品では、いったんとらえた聴き手の心を次々とドラマの展開へ導くことが演奏者の務めだが、それをまったく抵抗なしに行うことは一種の名人芸である。

ここでもボレットは表情豊かに演奏しており、味わい深い。

他の小曲もツボを得た見事な演奏で、作品にこめられたデリケートな味わいを、すぐれた技巧と情感豊かな表現で弾きあげた演奏で、ボレットの芸術性がよくあらわれている。

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リストは、ボレットのレパートリーの核となっている作曲家で、それだけに、リストの音楽に対する研究と情熱は恐るべきものだ。

これも、そうした彼の姿勢がよくあらわれた演奏で、悠然と弾き流しながらも、きわめて彫りの深い表現となっている。

ボレットは、驚嘆すべきテクニックで、ひとつひとつの曲を、心をこめてひきあげている。

ボレットは「スイス」の示す本質的にはきわめて孤独な詩情に深く立ち入り、そこに込められた表現を本質的に解釈しきっている。

また、その演奏はラテン的な明晰さとともに、きわめてデリケートなバランス感覚をもつもので、その均衡のとり方は一貫して見事だ。

いかなる場合でも響きに対する配慮を決して失わず、響きからつぎの響きへと、ファンタジーを飛翔させる。

全9曲、興味を持続させて飽きさせない。

ことに〈ウィリアム・テルの聖堂〉〈泉のほとりで〉〈夕立〉などを聴いていると、それらの曲の標題の内容が、眼前に浮かんでくるような、実に巧妙な表現で、素敵だ。

ボレットの演奏には、「イタリア」のロマンティックな情念を完全に楽譜からくみ取っているという自信と、表現を作るうえでの余裕すら感じられる。

ボレットの演奏は、とても70歳とは思えないほど、音楽に張りと艶と若さがあり、まことに新鮮だ。輝かしい音色も、大変魅力的である。

「ダンテを読んで」はたくましく激しい表現で、ここでボレットが聴かせる壮大な演奏は、さすが《リスト弾き》の名に恥じないものだ。

サーカス的に書かれていないリストの作品から、そのエッセンスを見事に引き出した名演といえよう。

*ベヒシュタインのEW280を使用。

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ボレットは、リストのピアニズムの魅力を存分に引き出している。

リストのピアニスティックな美感を十二分に生かした演奏で、あくまでも甘く、詩情豊かに演奏しているところに惹かれる。

表現のスケールは大きく、しっかりとした構成感の中に、細部まで研ぎ澄まされた美しい音で、グランドマナーの華やかさとはこういうものだ、とその神髄を聴かせてくれる。

リストを弾くときのボレットは自信にあふれ、自在に歌い、聴き手を自分の中に吸い寄せてしまう。

ロマンの香り豊かなボレットのヴィルトゥオーゾ・スタイルの演奏は、リストを単調な表現から救い出す。

ボレットはしばしば楽譜に対しても自由にふるまうが、それは作品への深い共感があるからこそ、演奏に際しての自由さが生まれるのだ。

聴かせどころのツボをしっかりと手中にした演奏からは、ぞくぞくするような生理的快感さえ伝わってくる。

これぞまさしくリスト、といった味わいだ。

*ピアノはベヒシュタインのモデルEN-280を使用している。

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円熟期のボレットによる選集である。

《メフィスト・ワルツ》第1番や《愛の夢》第3番などの11曲を収めたディスク。

技巧的な性格を前面に押し出しながら、旋律をよく歌わせたロマンティックな演奏である。

ボレットが長年愛奏し、手になじんだレパートリーだけに、表情は伸びやかで美と力に満ちている。

ボレットはローゼンタールに師事したことで、リストの孫弟子としてその直系につらなるが、演奏はさすがにぴったりと決まり、リストのグランド・マナーによる表現のツボを見事に体得した正に絵になる演奏を聴かせる。

ボレットの演奏は実に振幅が大きいが、それは決して大げさな誇張に終始するたぐいのものではなく、リストが意図した音楽の実体を失うことなく、限りない広がりを生み出していく。

その演奏のグランディオーソな味わいには格別のものがあり、リスト演奏の貴重な記録であることは間違いない。

さまざまな楽想の作品を取り上げていて、選曲もよいので、リストのピアノ音楽入門としては格好の1枚である。

特に《ラ・カンパネラ》をフジコ・ヘミング氏の演奏で洗脳されてしまっている方などに、真のリストはこういうものだと言っておきたい。

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2008年02月04日


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ブレンデルはその鉄壁のピアニズムと明晰な解釈に裏打ちされた知的で含蓄のある解釈によって、単なる名人芸を売り物にした従来のリストのイメージを変えた人だ。

ブレンデルはリストを好んで弾くが、世の常のリスト弾きとは違い、その演奏はけばけばしい誇張癖とは無縁のものだ。

巡礼の年第1年でのブレンデルは、いかにも自在、リストの楽譜が誘い込みがちな誇大な表現へと向かうことなく、常にその眼差しが内面的な世界へと向けられているようだ。

そして表現が実に若々しい抒情を味わわせてくれ、この聴きなれた音楽が極めて新鮮に感じられる。

巡礼の年第2年でのブレンデルは、表面的な華麗さを重視せず、さりとて痩せた音に満足するわけでもなく、常に音楽の内面の緊張を維持している演奏が生み出されている。

リストの正当かつ合理的な解釈による内面の緊張、これがブレンデルの目指しているものだろう。

内面に緊張のある演奏は、作品が長すぎると感じさせない。

全7曲それぞれが緊張を秘めつつ、表情豊かに、個性豊かに描き出されてゆく。

こんな見事なリストは滅多に聴けるものではない。

巡礼の年第3年でもブレンデルは、リストを作品として評価し、演奏することを固持しており、「エステ荘の噴水」や「忘れられたワルツ」など、リストのピアノ音楽を好まぬ人さえもいつしか耳を傾けてしまうのでは、と思えるような清新な趣にあふれている。

これはブレンデルの持ち味がよく生かされた優秀盤である。

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2008年01月07日


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リストは社交界では常に中心人物であった。

持ち前の義侠心を発揮し、若い芸術家の援助を惜しまなかった。

慈悲深く、世話好きで、包容力があった。

これぞと思う人には金銭も惜しみなく与え、活躍の場を用意し、無報酬で慈善事業のための演奏も行った。

「君の名前はFranzではなく、Helfer(援助者)と変えるべきだ」と評した友人の言葉は有名である。

こうした義理人情にあふれたリストの熱い友情に浴した作曲家は多い。

リストが親交を結んだ作曲家はワーグナー、メンデルスゾーン、シューマン等があげられる。

同時に、リストは彼等から多大な影響を受け、それを自分の芸術のなかにどん欲に取り入れたのだ。

彼が面倒をみた作曲家に到っては、枚挙に暇がない。

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2007年12月21日


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音楽表現の原点に立ち帰るようなところがあった晩年のアラウの演奏に比べると、70年の演奏は表現者としての覇気を感じさせる。

ピアノ・ソナタにしても他の作品にしても、ここでは大きく気持ちを羽ばたかせた表現で、聴き手を別世界へと誘う強い力が感じられるのだ。

もちろんドイツ的な伝統の継承者として、極めて的確で、構成力に富むことはいうまでもない。

力強い説得力を持った演奏だ。

85年の再録音はアラウの深い精神性に満ちた表現とともに、衰えをしらぬ技巧の強靭さには、驚くばかりだ。

ピアノ・ソナタでは決して表面的な演奏効果に向かうことなく、極めて骨太に作品の本質、その内面に実在するものをしっかりと引き出す。

他の3曲の演奏も当然その同一線上にあり、アラウの響きの饗宴や名人芸の披歴にとどまらず、そうした響きにしっかりと肉付けをして、まさしく肉声で奏でられた音楽を聴かせてくれる。

超絶技巧練習曲の第9曲「回想」から第12曲「雪かき」に至る4曲は、若いリスト弾きとは異なり、技巧を誇示することはせず、円熟した表現力で聴き手に何かをアピールする。

これは、アラウがリストを長い間演奏し続けた中から、つかみとったものが物を言っている。

技巧的難曲を演奏する以上の、表現力の幅の広さや味わい深さを示した演奏といえるだろう。

豪快さは物足りないが、彼の音楽は傾聴に値する。

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