ストラヴィンスキー

2017年02月07日


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本盤には《ペトルーシュカ》《春の祭典》という、ストラヴィンスキーの3大バレエ音楽を構成する人気曲が収められているが、小澤は、ストラヴィンスキーを得意中の得意としていることもあり、いずれも驚くべき超名演だ。

両演奏ともに、小澤がボストン交響楽団の音楽監督に就任する前の録音であり、いまだ30代の若き小澤としてもこれから世界に羽ばたいて行こうとする熱き情熱に満ち溢れていた時期である。

この当時の小澤の演奏は、豊かな音楽性を生かしつつ、軽快で躍動感溢れるアプローチに加えて、エネルギッシュで力強い生命力に満ち溢れていた。

トゥッティに向けて畳み掛けていくような気迫と力強さは圧倒的な迫力を誇っており、切れば血が噴き出てくるような熱い情感に満ち溢れている。

バレエ音楽《ペトルーシュカ》の随所で聴かれるロシア風の抒情的な旋律の歌い方もいささかも重々しくなることはなく、瑞々しさを感じさせてくれるのが素晴らしい。

ボストン交響楽団も、この当時は音楽監督に就任することなど夢想だにはしなかったであろうが、若き才能溢れる指揮者の統率に導かれて、力感溢れる大熱演を披露している。

後に現代を代表する指揮者に成長するティルソン・トーマス(MTT)によるピアノ演奏も、小澤の指揮ともどもノリノリの爽快さが素晴らしい。

バレエ音楽《ペトルーシュカ》は、現在までにこれが小澤にとっての唯一の貴重な録音であり、若き小澤の才気が爆発した稀有の超名演と高く評価したい。

小澤は、バレエ音楽《春の祭典》を十八番としており、本盤に収められた録音のほかにもボストン交響楽団とともに再録音(1979年)を行っているほか、コンサートでもたびたび採り上げているところだ。

冒頭からテンションは著しく高くパワー全開であり、若き小澤ならではの凄まじいまでの燃焼度の高い演奏を展開している。

快速のテンポやスローテンポなどの変幻自在のテンポ設定や猛烈なアッチェレランド、部屋がぶっ飛ぶのかと思うほどの大音響を炸裂させるなど、ありとあらゆる大胆な表現を駆使して才気溢れる圧倒的な爆演を展開しており、これこそまさに切れば血が噴き出てくるような渾身の大熱演と言えるのではないだろうか。

本演奏はスタジオ録音であるが、とてもスタジオ録音とは思えないような灼熱のような燃焼度を誇っており、第2部の終結部ではあまりのド迫力に完全にノックアウトされてしまった。

このように終始ハイテンションの小澤の凄まじい指揮に、一糸乱れぬアンサンブルで最高の演奏を展開したシカゴ交響楽団のとてつもない超絶的な技量にも大いに拍手を送りたい。

音量といい、技量といい、シカゴ交響楽団はこの当時からスーパー軍団であったことがよく理解できるところだ。

本盤最後に収められた併録の幻想曲《花火》も、若き小澤ならではの素晴らしい名演だ。

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2016年03月05日


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プラガ・ディジタルスの新リリースの中でも版権の切れた、いわゆるヴィンテージ・コレクションに当たる音源をDSDリマスタリングしてSACDで蘇らせるシリーズは、音質に関しては玉石混交でかなりノイズの煩わしいものに出くわしたこともある。

またプラガは以前ソースやデータの改竄や表記ミスなどで物議を醸したレーベルなので、オールド・ファンでも用心してその出所を見極めなければならないのが実情だが、ここに紹介する曲集のように優れた音源の蘇生に成功している例も少なくない。

イーゴリ・マルケヴィチ指揮によるムソルグスキーの歌曲集は当時全盛期のソプラノ、ガリーナ・ヴィシネフスカヤの端正でスケールの大きな歌唱が卓越している。

それはロシアの風土とは離れがたい特有の感触を持っているが、また彼女の磨き抜かれた美声と多彩な表現が黒光りするような演奏で、更にこの作品を色彩化しているのがマルケヴィチ自身のオーケストレーションだ。

作曲家としてのプロフィールを持つ彼の繊細な感性と巧みな管弦楽法がアレンジに活かされている。

尚オーケストラはRUSSIAN SYMPHONY ORCHESTRAと表示されているが、当時のソヴィエト国立交響楽団と思われる。

1962年のフィリップス音源で『子守唄』『お喋りカササギ』『夜』『星よ、何処へ』『いたずら小僧』『ドニエプル河で』の6曲が収録されている。

ムソルグスキーの『展覧会の絵』はオーソドックスなラヴェル編曲版で、ベルリン・フィルとの1953年のモノラル録音によるセッションだが、録音もマスター・テープの保存状態も良好で、リマスタリングの効果で充分な音場の広がりと芯のある立体的で鮮明な音質が得られている。

マルケヴィチの指揮は厳格で細部にもその鋭利で几帳面な指示が行き届いているが、ベルリン・フィルの巧妙なアンサンブルとスペクタクルな音響が良く呼応して演奏が萎縮している印象はない。

またテンポはいくらか速めで全曲を通して30分強だが、それぞれの曲の特徴が凝縮されていて、輪郭の明瞭な組曲に仕上がっている。

マルケヴィチが指揮した多くの『展覧会の絵』の原点とも言うべき筋の通った力強さが感じられる演奏だ。

音源はドイツ・グラモフォン。

最後のストラヴィンスキーの『詩篇交響曲』の録音は、このCDのライナー・ノーツでは1960年と表示されているが、フィリップスからは1962年の音源としてリリースされていた。

どちらも同じメンバーによるセッションなので同一音源であることにほぼ間違いない。

このあたりがプラガのミステリーで予断を許さないところかも知れない。

いずれにせよ現代音楽を得意としたこの指揮者の典型的なサンプルで、少年合唱を含むコーラス陣と大編成のオーケストラを扱った二重フーガの第2楽章や、かなり難解な終楽章「アレルヤ」を鮮烈な色彩と張り詰めた緊張感で貫いた表現が秀逸だ。

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2016年01月31日


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プラガ・ディジタルスからのムラヴィンスキー演奏集のSACD化はこのディスクで既に4枚目になる。

今回はストラヴィンスキー・アルバムで、1曲目『ペトルーシュカ』の1947年稿にも期待したが音質、演奏ともに必ずしも名盤とは言えない。

『ペトルーシュカ』の音源は1964年のレニングラード・ライヴと記載されているが、音場が遠く劇場の天井桟敷で演奏を聴いているような印象を受ける。

しかもオフ・マイクということもあって、楽器ごとの分離状態が明瞭でなくムラヴィンスキーが採用していた両翼型の弦楽部もステレオ効果に乏しい。

これも録音の技術的な問題だが、パーカッション及びブラス・セクションが突出したように聞こえバランス的にもいまひとつだ。

また演奏について言えばトランペットのソロ部分ではいくらかぎこちなさが露呈して余裕が感じられない。

ムラヴィンスキーのエネルギッシュな推進力と統率感は充分に伝わってくるが、皮肉にも結果的には演奏終了後の拍手が最も良く聞こえるといった状態だ。

はっきり言ってこれまでのムラヴィンスキー演奏集のSACDシリーズに比べて多少期待外れだった。

ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルの本領が発揮されているのはむしろバレエ音楽『妖精のくちづけ』の方で、こちらも同様にレニングラード・ライヴだが、ライナー・ノーツによると1983年収録で確かに音質もずっと良くなっている。

ストラヴィンスキーはアンデルセンの童話『氷姫』のストーリーにチャイコフスキーの旋律を豊富に取り入れて、ロシアの先輩作曲家へのオマージュ的な流麗でロマンティックな4つのシーンのバレエに仕上げた。

ストラヴィンスキーの他のバレエ音楽に共通する原初的なパワーや前衛的な刺激が少なく、またこの40分を上回るコンプリート・バージョンに関してはバレエを観る視覚的な愉しみが省かれてしまうので、どちらかと言えばクラシックの玄人向けのレパートリーかも知れない。

しかしムラヴィンスキーの堅固な構成力とレニングラード・フィルの緊密なアンサンブルの連続する隙のない音楽にまとめられていて、第3部後半のクライマックスを創り上げている歌曲『ただ憧れを知る者だけが』のメロディーが現われる部分は物語の悲劇的な結末を象徴していて感動的だ。

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2015年08月18日


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イタリア弦楽四重奏団の現代音楽のレパートリーを集めた1枚で、1954年から60年にかけてコロンビアに入れたモノラル録音のライセンス・リイシューになるが、英テスタメントのデジタル・リマスタリングによって得られた明瞭な音質は鑑賞に全く煩わしさがない。

曲目はプロコフィエフの弦楽四重奏曲第2番Op.92、ストラヴィンスキーの『3つの小品』、ミヨーの同第12番及びマリピエロの同第4番で、イタリア弦楽四重奏団のディスコ・グラフィーを見ると、これらの曲は1度しか録音されていないので、彼らの貴重なコレクションにもなる。

端的に言って彼らの解釈はドイツ系のアンサンブルとは一線を画した感覚的に捉えたカルテットで、しかもそれが4人の隙の無いチームワークによって完璧に鍛え上げられ、極めて情熱的に処理されている。

演奏に辛気臭さが全くなく、覇気に貫かれた合奏から導き出される多彩な音色やリズムの変化の面白みを外側に向けて発散させる、セオリー云々よりも先ず感性に訴えてくる魅力がある。

ロシア、フランス、イタリアのそれぞれの作曲家の作品をレパートリーにしていたことも興味深いし、実際彼らはしばしば一晩のコンサートのプログラムにラテン系とドイツ系の作品を抱き合わせた。

要するに彼らにとって作曲スタイルの相違は問題ではなく、むしろその対比の妙を聴かせることによって演奏会を変化に富んだものにしていた。

ところでイタリア弦楽四重奏団は、1945年結成当初から現代音楽をレパートリーに取り入れていた。

それは戦後の一時期聴衆の間で物議をかもしたが、彼らの積極的で果敢な演奏活動と説得力のある解釈によって、次第に受け入れられるようになった。

その好例がここに収められた4曲で、また彼らの自己研鑽と長いキャリアの節目になったのが1970年のフィリップスへのウェーベルンの弦楽四重奏曲全曲録音だろう。

残念ながらこのウェーベルンについては現在入手困難になっている。

ロマン派以降のレパートリーとして彼らが頻繁に取り上げた作曲家は他にドビュッシー、ラヴェル、レスピーギなどが挙げられる。

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2015年07月31日


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2003年10月にオープンしたロサンゼルス・フィルハーモニーの本拠地であり、音響に定評のあるウォルト・ディズニー・コンサート・ホールにて2006年1月に行われたライヴを収録したアルバム。

素晴らしい音質のSACDの登場だ。

本演奏については、既にSACDハイブリッド盤が発売されており、マルチチャンネルも付いていたこともあって、魅力的なものであった。

ユニバーサルは、一度SACDから撤退したが、撤退前の最後のCDということもあり、本盤さえ聴かなければ、素晴らしい音質のSACDと高く評価できるものであった。

しかしながら、本盤の音質は、そもそも次元が異なる。

マルチチャンネルが付いていないのに、ここまで臨場感溢れる音場を構築することが可能とは、大変恐れ入った次第だ。

ムソルグスキーの雷鳴のようなティンパニは、少なくとも通常CDでは表現し得ないような、ズシリと響いてくるような重量感であるし、バルトークに至っては、複雑怪奇なオーケストレーションが明晰に聴こえるのが素晴らしい。

そして、何よりも、今回の超高音質化に相応しいのはストラヴィンスキーの《春の祭典》であろう。

各管楽器の音の分離は驚異的であり、弦楽器の弓使いさえ聴こえてくるような鮮明さには、戦壊ささえ感じるほどだ。

どんなに最強奏に差し掛かっても、各楽器の分離が鮮明に鳴り切るのは、まさに空前絶後の高音質化の成果と言えよう。

演奏は、サロネンならではの若武者の快演である。

劇的な緊張感を孕んだリズム処理や、細部まで明晰に響く洗練された音色の重なり合いから新鮮な作品像が浮かび上がる楽曲が並ぶ1枚。

メインのストラヴィンスキー《春の祭典》は、新鮮な感覚で、この曲の持つ野性味をダイナミックに表現した演奏だ。

サロネンは、若々しさで押した感があり、それが快い。

サロネンの演奏は、十分に野性的でダイナミックなのだが、それでいてその響きを含めクールな感触があり、それが新鮮である。

しかもタクトの切れは鋭く、その精緻なリズム構築を見事に解きほぐし、明快な運びで作品のエネルギーを放射させていく。

「春の兆し」のあの猛烈なスピード! それは現代的なツービート感覚であろうか。

軽やかな「ハルサイ」の幕開けかもしれない。

第1部はややゆっくりとしたテンポで始めるが、途中からから激しく熱っぽく運び、しかもきりりと引き締まっている。

第2部もサロネンの棒は鋭く、しかもミステリアスな気分をよく描出している。

「選ばれた処女への讃美」から始まる原始的なリズム処理は素晴らしく、その熱気と迫力には圧倒される。

最早、何も堰き止めるもののない颯爽としたプロポーションの、駆け抜ける音楽と化している。

ここでは、大地に眠る神もいなくなったかのようだ。

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2015年06月22日


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本盤は、現在ではあまり演奏される機会に恵まれないオネゲルの交響曲第2、3番とストラヴィンスキーの協奏曲(弦楽合奏のための)を収録したアルバム。

いずれもカラヤン唯一の録音で、手兵ベルリン・フィルと1960年代末に編み出した豊饒な音空間、深刻で神秘的な響きに酔いしれる1枚。

カラヤンは新ウィーン楽派やバルトークあたりを除いてさほど20世紀音楽を録音していないので、彼が録音したストラヴィンスキーの《春の祭典》とかショスタコーヴィチの交響曲第10番やプロコフィエフの交響曲第5番、そしてこのオネゲルの交響曲第2、3番あたりは例外的な珍品に属するのかも知れない。

しかし、第2次世界大戦の苦渋を純楽器交響曲に昇華させたオネゲルの名作2曲を、カラヤンは手兵ベルリン・フィルの緊張感溢れる弦のサウンドも相俟って、きわめて高純度な演奏で聴かせる。

とりわけこのCDは、カラヤンの現代音楽への取り組みの初期の録音だけあって貴重なもので、戦争中・戦争直後の時代が色濃く反映された作品を、高い集中力と緊張感で表現している。

一般的にはそれほど馴染みのないオネゲルの交響曲も、カラヤンの手にかかると実に説得力のある演奏になる。

2曲とも実に鮮やかなアンサンブルで、音楽の輪郭が明快だ。

第2番は弦楽合奏の表現がとても多彩で、しかも劇的な彫りが深く、音楽をおもしろく、しかもわかりやすく聴かせる演奏と言える。

第3番ではカラヤンの読みが常に鋭く、抒情と劇性の配分とその音楽的な効果が見事に表現されており、終楽章が特に傑出した演奏だ。

オネゲルの交響曲第2、3番は第2次世界大戦前後に書かれただけあって、重苦しい曲だが、カラヤンはそれだけで終始せず、この両曲の美しさと悲しみを巧みに表現している。

弦楽オーケストラの張り詰めたドラマの最後にかすかな救いのようにトランペットが聞こえる第2番、「怒りの日」や「深き淵より」が呼応する第3番、いずれも素晴らしい。

とりわけ弦楽器の緊密なアンサンブルが生み出す濃厚な官能性と輝きは、R.シュトラウスやマーラーの場合と同じで、地中海風というよりむしろウィーン世紀末風なオネゲル像が聴かれる。

この演奏は他の演奏に比べて粘着性が高く、演奏速度もかなり遅い部類に入り、まさにデュトワの演奏とは対極にあるようだ。

ヴェルディやチャイコフスキーばりに歌われる旋律については賛否もあろうが、交響曲第2番終楽章のくすんだトランペットや、交響曲第3番の中間楽章では、ゴールウェイのふくよかなフルートの音色を楽しむことができ、そうした色彩感だけでも至福の気分を味わうことができる。

特に第3番では、全体がきわめて劇的に表現されているだけでなく、その中に何時になく深い悲しみの表情が宿っているのが強く印象に残る。

カラヤンは「怒りの日」では重厚かつ凶暴に荒れ狂い、「深き淵より」では地の底で深く苦悩・思索し、「我らに平和を」では絶望に打ちひしがれ、救いを求めてのたうち回り、すべてに疲弊し果てた後に、ソロヴァイオリンによって奏でられる「天からの一筋の光」にかすかな救いを感じるという静謐さを高度な精神性を持って描いていて、聴き手の胸を抉る。

第2次世界大戦の悲惨な経験した1人として、カラヤンにとっても共感の持てる作品だったのだろう、同曲をこれほどまでに深く表現し、聴くたびに何かを考えさせられる深淵な演奏は珍しい。

それにしてもオーケストラの旨さ、ふくよかさ、きめの細かさはどうだろう。

当時のベルリン・フィルの弦楽器の粘ったテクスチュア感も凄い。

音響美だけに終わらず、カラヤンとしては珍しく曲への深い共感が感じられる1枚で、作品のツボを心得たカラヤンの流麗な解釈も改めて聴き手をひきつける。

ストラヴィンスキーの協奏曲(弦楽合奏のための)も傑出した演奏で、これらはカラヤン&ベルリン・フィル最盛期の名演と高く評価したい。

カラヤンも戦争体験者、懺悔の1枚であろうか。

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2015年05月25日


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本盤には、ブーレーズが指揮したストラヴィンスキーの3大バレエ音楽のうち、「春の祭典」のシングルレイヤーによるSACD盤が収められているが、驚天動地の衝撃的な超高音質である。

通常のボリュームで聴いても部屋が吹っ飛んでしまうようなとてつもない音圧であり、その圧倒的な超高音質に完全にノックアウトされてしまうことは必定である。

このような高音質化により、本盤は、様々な指揮者による同曲の演奏史上でも今なおトップの座に君臨する至高の超名演と高く評価したい。

ブーレーズは、同曲を本演奏も含め3度に渡って録音を行っている。

最初の録音はフランス国立放送交響楽団との演奏(1964年)であり、クリーヴランド管弦楽団との本演奏(1969年)が続き、そしてDGへの録音となった同じくクリーヴランド管弦楽団との演奏(1991年)が存在している。

このうち、最初の1964年盤については、圧倒的な名演との評価がなされてはいるものの一般配布されていなかったこともあって現在でも入手難。

3度目の1991年盤は、一般論としては立派な名演と言えるのではないかと考えられる。

もっとも、ブーレーズの芸風は、1990年代に入ってDGに自らのレパートリーを再録音するようになってからは、かつての前衛的なアプローチが影を潜め、すっかりと好々爺となり、比較的オーソドックスな演奏をするようになってきたように思われる。

もちろん、スコアリーディングについてはより鋭さを増しているものと思われるが、当該指揮によって生み出される音楽は比較的親しみやすいものに変容しており、これはまさしくブーレーズの円熟のなせる業ということになるのではないだろうか。

したがって、立派な円熟の名演ということには間違いないが、いわゆる普通の演奏になってしまっているとも言えるところであり、ブーレーズならではの強烈な個性が随分と失われてきていると言えるのではないかと思われる。

これに対して、本演奏は徹頭徹尾、ブーレーズならではの個性が全開の快演であると言えるところだ。

思い切った強弱の変化や切れ味鋭い強烈なリズムを駆使するなど、これ以上は求め得ないような斬新な解釈を施すことによって、ストラヴィンスキーによる難解な曲想を徹底的に鋭く抉り出しており、その演奏のあまりの凄まじさには戦慄を覚えるほどである。

これほどの先鋭的な解釈が施されたのは、おそらくは同曲演奏史上でも空前にして絶後であり、ブーレーズによる本演奏によって初めて、同曲が完全に音化されたと言っても過言ではあるまい。

まさに若き日の脂が乗り切ったブーレーズならではの先鋭的な超名演であり、これほど楽曲の細部に至るまで彫琢の限りを尽くした精緻な表現が施された演奏は比類がない。

ブーレーズの凄みのある指揮の下、一糸乱れぬアンサンブルで持ち得る実力を十二分に発揮し、最高の演奏を繰り広げているクリーヴランド管弦楽団にも大いに拍手を送りたい。

このような豪演を聴いていると、セル時代の全盛期のクリーヴランド管弦楽団の鉄壁のアンサンブルと超絶的な技量の凄さをあらためて認識させられるところだ。

音質は、前述のようにブーレーズによる衝撃的な超名演を味わうには不可欠のシングルレイヤーによるSACD盤であり、音質の鮮明さ、そして音場の幅広さ、音圧などのどれをとっても一級品の仕上がりであり、あらためてSACD盤の潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、ブーレーズによる圧倒的な超名演を現在望みうる最高の高音質SACDで味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2015年04月22日


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カラヤンの生誕100周年を契機に、様々なライヴの名演盤が発掘されているが、本盤も、カラヤンがライヴの人であることを証明する素晴らしい名演だ。

近年発売された様々な伝記でも明らかにされているが、カラヤンは、スタジオ録音とコンサートを別ものと捉えていた。

そして、コンサートに足を運んでくれる聴者を特別の人と尊重しており、ライヴでこそ真価を発揮する指揮者だったことを忘れてはならない。

カラヤン&ベルリン・フィルの全盛時代は一般的に1960年代及び1970年代と言われているが、この当時の弦楽合奏は鉄壁のアンサンブルと独特の厚みがあり、いわゆるカラヤンサウンドの基盤を形成するものであった。

本ライヴ録音はまさにその全盛期の真っ只中に演奏されたものだけに、いわゆるカラヤンサウンド満載の演奏と言える。

冒頭のモーツァルトからして、絶妙のレガートによる極上の美演が繰り広げられており、ディヴェルティメントのような軽快な楽曲を超一流の高貴な芸術作品に仕立て上げているというのは、カラヤンならではの魔術という他はない。

一糸乱れぬアンサンブルを駆使した重量感溢れる分厚い弦楽合奏は圧巻の迫力を誇っていると言えるところであり、カラヤンは、このような重厚な弦楽合奏に流れるようなレガートを施すことによって、曲想を徹底して美しく磨き抜いている。

これによって、おそらくは同曲演奏史上最も重厚にして美しい演奏に仕上がっていると言えよう。

古楽器奏法やピリオド楽器の使用が主流となりつつある今日においては、このようなカラヤンによる重厚な演奏を時代遅れとして批判することは容易である。

しかしながら、ネット配信の隆盛によって新譜CDが激減し、クラシック音楽界に不況の嵐が吹き荒れている今日においては、カラヤンのような世紀の大巨匠が、特にディヴェルティメントのようなモーツァルトとしては一流の芸術作品とは必ずしも言い難い軽快な曲を、ベルリン・フィルの重量感溢れる弦楽合奏を使って大真面目に演奏をしていたという、クラシック音楽界のいわゆる古き良き時代(それを批判する意見があるのも十分に承知しているが)が少々懐かしく思われるのもまた事実であり、このような演奏を聴くとあたかも故郷に帰省した時のようにほっとした気持ちになるというのも事実なのだ。

このように賛否両論はある演奏であると言えるが、筆者としては、同曲を安定した気持ちで味わうことができるという意味において、素晴らしい名演と高く評価したい。

ストラヴィンスキーの「春の祭典」は、同曲演奏史上でもトップの座に君臨する超弩級の名演である1978年ライヴ録音(パレクサ盤)に連なる確かな道程を感じることのできる名演である。

「春の祭典」は、まずは管楽器奏者の抜群の技量に圧倒される。

これがライヴ録音なんて信じられない。

弦楽合奏の厚みも桁外れのド迫力であり、こうしたベルリン・フィルの猛者を圧倒的な統率力で纏め上げていくカラヤンの凄さ。

しかも、技術偏重には陥らず、音色に妖気のようなものが漂っているところが見事であり、「春の祭典」の本質を射抜いた史上初の演奏と言っても過言ではないのではないか。

名うての名プレーヤーが揃うベルリン・フィルを、カラヤンが圧倒的な統率力でドライブし、緩急自在のテンポを駆使して、難曲の代表格である同曲の聴かせどころを心得た心憎いまでの巧みな演奏を行っており、同曲を実にわかりやすく聴かせてくれる点を高く評価したい。

音質は、1972年のライヴとは思えないくらい鮮明である。

カラヤンのライヴ録音は、今後もいろいろと発掘されていくと思われるが、おそらくは、それらのライヴ録音によって、カラヤンの凄さがあらためて再認識されるのではないかと大いに期待している次第だ。

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2015年02月20日


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中堅指揮者の代表格となったパーヴォ・ヤルヴィの見通しのいい指揮ぶりと、シンシナティ交響楽団の高い機能性を堪能できる1枚で、明晰な「春の祭典」もさることながら、北欧のロマンに彩られたニールセンも秀逸である。

パーヴォ・ヤルヴィは、父ネーメ・ヤルヴィ譲りの非常にレパートリーの広い指揮者であるが、近年発売されるCDの多種多様ぶりには目を見張るばかりである。

しかも、どの演奏も水準の高い名演に仕上がっており、その音楽性の高さを考慮すれば、今や父ネーメ・ヤルヴィをも凌ぐ存在となったと言えるだろう。

本盤は、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」と、ニールセンの最高傑作との呼び声の高い交響曲第5番という異色のカップリングであるが、こうした点にも、パーヴォ・ヤルヴィの広範なレパートリーの一端を大いに感じることが可能だ。

演奏は、パーヴォ・ヤルヴィの豊かな音楽性を感じさせる素晴らしい名演だ。

確かに、バレエ音楽「春の祭典」で言えば、ブーレーズのようないわゆる前衛的な凄みであるとか、あるいはニールセンの交響曲第5番で言えば、ホーレンシュタインやデイヴィスのような個性的な解釈が施されているわけではない。

したがって、両曲ともに、それぞれ本盤を上回る名演がいくつもあるというのは否めない事実である。

しかしながら、両曲ともに、パーヴォ・ヤルヴィが手塩にかけて薫陶したシンシナティ交響楽団から好パフォーマンスを引き出し、オーケストラ演奏の醍醐味を満喫させてくれる点を高く評価したい。

「春の祭典」は、テラークの優秀録音と相俟って、作曲者が施したオーケストレーションの妙味が、不必要な力みを排しつつ、あますところなく再現されている。

鋭い音がぶつかり合う荒々しさや、聴き手を煽り立てる不協和音ばかりを強調する時代は終わった。

だからといって、20世紀初頭の音楽を精緻に分析するような演奏もどうかと思う。

パーヴォ・ヤルヴィはストラヴィンスキーの書いた不規則なリズムを、巧みに刻みながらスムーズな音楽に変えていく。

音の制御も見事で、オーケストラから刺激音ではなく、明るい音色と響きの分厚さや艶やかさを引き出してみせる。

「春の祭典」という扱いにくい材料を料理し、上質なサウンドに仕上げており、オケが鳴り切る醍醐味を堪能できる。

もちろん、音符の表面をなぞった軽薄な演奏にはいささかも陥っておらず、情感の豊かさ、内容の濃さが感じられるのが素晴らしく、ニールセンでは、忍びよる暗雲との激しい闘争が峻烈に描かれている。

これは、パーヴォ・ヤルヴィの類稀なる豊かな音楽性の勝利と言えるのかもしれない。

いずれにしても、演奏にはどこにも嫌味はなく、ゆったりとした気持ちで音楽に浸ることができるという意味では、本盤はかなり上位にランキングされる名演と言うこともできるだろう。

パーヴォ・ヤルヴィの確かな統率の下、シンシナティ交響楽団の好演ぶりも特筆すべきで、本演奏に華を添えている。

マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音も、本盤の価値を高めるのに大きく貢献している。

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2014年10月25日


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フランス音楽とともにロシア音楽を得意とするデュトワが音楽監督を務めていたモントリオール交響楽団を指揮、冴え渡った棒さばきで精緻にして華麗な演奏を展開している。

ストラヴィンスキーの3大バレエ音楽には、これまでも数々の名演が目白押しであるが、その演奏様式たるや実に多様である。

ゲルギエフなどに代表されるロシア風の民族的なあくの強さを全面に打ち出した演奏や、アンセルメなどに代表される洗練された美しさで聴かせる演奏、ブーレーズなどに代表される作品の持つ前衛性を全面に打ち出した演奏など、枚挙にいとまがないほどである。

そのような中で、デュトワの演奏は、間違いなくアンセルメの系列に連なるものである。

いたずらにロシア風の民族色を強調するわけでもなく、さりとて、作品の持つ前衛性を強調するわけでもない。

オーケストラをバランスよく鳴らして、実に洗練された美の世界を構築している。

もちろん、聴かせどころのツボを心得た演出の上手さにも卓抜したものがあり、表面的な美に固執するという、内容が伴わない浅薄さにもいささかも陥っていない。

モントリオール交響楽団に、これだけの雰囲気豊かな演奏をさせたデュトワのオーケストラトレーナーとしての才覚も、高く評価されるべきものと考える。

「火の鳥」はオーケストラを自在に駆使しながら、このバレエの各場面の動きを、鋭い筆致で描いた演奏で、オーケストラの音の美しさもさることながら、全体を包む劇場的な雰囲気に惹かれる。

特に「魔王カスチェイの兇悪な踊り」は立派だ。

「ペトルーシュカ」は巧みな設計で、実に精緻にこの作品を仕上げている。

特に第4場は圧巻で、ペトルーシュカがムーア人に殺されるあたりからエンディングにかけての、畳み込んでいくような面白さは、いかにもデュトワらしい。

管楽器群のずば抜けた上手さも特筆に値する。

「春の祭典」は実に淡泊な表現で、シャープに、そして色彩的にまとめあげた演奏である。

しかし、そうしたなかにも、盛り上げるべきところは力強く盛り上げており、ことに第2部の「祖先の儀式」から「いけにえの踊り」のクライマックスにかけての演出はすばらしい。

その他の録音された作品は、3大バレエ音楽などと比較すると、作品の認知度は著しく劣るが、デュトワが演奏すると、実に魅力的な作品に聴こえるのは不思議であり、こうした点にもデュトワの演出巧者ぶりが発揮されている。

各楽器が鮮明に分離して聴こえる英デッカによる超優秀録音も最高で、本盤の価値を高めるのに大きく貢献している。

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2014年09月07日


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これは素晴らしい超名演だ。

アバドは、今では特定のオーケストラに縛られることなく、世界最高の指揮者として、特に若手の音楽家の育成を中心に活動を続けているが、ベルリン・フィルの芸術監督(1990〜2002年)を務めていた時代、とりわけ癌により指揮活動の中止を余儀なくされた2000年頃までは、一部の例外はあるものの、鳴かず飛ばずの低迷期にあったと言えるだろう。

前任のカラヤンの存在があまりにも大きかったということ、そして、カラヤン時代の旗本を務めてきたスター・プレイヤーの代替わりの時期に重なったことなど、不利な状況に置かれたということもあるが、アバド自身も、レパートリーを広げるという高邁な理想を掲げたものの、王道とも言うべき独墺系の音楽において名演を成し遂げることができず、ただでさえ厳しい監視の目に晒されているベルリン・フィルの芸術監督としては、とても大方のクラシック音楽ファンを唸らせるような成果を上げることが出来なかったと言えるところだ(癌を克服した後のベルリン・フィルの芸術監督の離任間近の頃から、演奏に凄味と彫りの深さが加わったことは何とも皮肉なことだ)。

しかしながら、ベルリン・フィルの芸術監督就任前の、特に1970年代から1980年代前半にかけてのロンドン交響楽団を主として指揮していた時代のアバドは、実に素晴らしかった。

この時代の演奏のいずれも、殆ど例外なく、切れば血が噴き出してくるような凄まじいまでの圧倒的な生命力が随所のおいて漲っており、これにイタリア人ならではの歌謡性豊かな情感が込められた、いい意味での剛柔のバランスのとれた圧倒的な名演であった。

本盤に収められたストラヴィンスキーの3つのバレエ音楽(春の祭典、火の鳥、カルタ遊び)も、そうしたアバドの全盛時代の超名演であり、前述のような剛柔のバランスに加えて、独特のシャープさを兼ね備えた稀有の名演に仕上がっていると高く評価したい。

アバドは、ベルリン・フィルとはこの3曲を録音することは現在に至るまで行っていないが、それは本盤の演奏の出来に満足していたからに他ならないだろう。

音質は、1970年代のアナログ録音であるものの、従来CD盤でも比較的良好な音質であり、数年前にはSHM−CD盤も発売されるなど、比較的満足できるものであった。

ところが、今般、ついに待望のシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化が行われるに及んで大変驚いた。

音質の鮮明さ、音場の幅広さ、そして音圧のいずれをとっても一級品の仕上がりであり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、全盛期のアバド&ロンドン交響楽団による圧倒的な名演を、現在望みうる最高の高音質であるシングルレイヤーによるSACD盤で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

そして、可能であれば、このコンビによるストラヴィンスキーによる他のバレエ音楽、例えば、ペトルーシュカやプルチネッラなどについてもシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化を行っていただくことを大いに期待したい。

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2014年08月20日


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ベートーヴェンの「第7」は、フルトヴェングラーの1950年盤(または1943年盤)と並ぶ、そしてストラヴィンスキーの「春の祭典」はトップの座に君臨する超弩級の名演である。

カラヤンの生前、そのライヴ録音は、マーラーの「第9」(1982年盤)やハイドンの「天地創造」など、限られたものしか発売されず、したがって、発売された演奏の殆どはスタジオ録音であった。

カラヤンのスタジオ録音は、コンサートの演目に登場させる直前のゲネプロに併せて行われるとともに、発売にあたって徹底した編集が行われたことから、CDとしての完成度は高いものの、R・シュトラウスやチャイコフスキー、新ウィーン楽派の管弦楽曲集などの一部の楽曲を除いては、いささか平板な印象を与えるものが少なくない。

そのようなCDとフルトヴェングラーの燃焼度の高いライヴ録音と比較されれば、結果は火を見るよりも明らかである。

しかしながら、そのようなフェアとは言い難い比較で、カラヤンを精神的に浅いだとか、浅薄と評価してしまうのは、いかにも不公平のそしりを免れないのではなかろうか。

カラヤンは、近年発売された様々な伝記でも明らかにされているが、CDとコンサートを別ものと捉えていた。

そして、コンサートに足を運んでくれる聴者を特別の人と尊重しており、ライヴでこそ真価を発揮する指揮者だったことを忘れてはならない。

最近、カラヤンの死後に発掘された様々なライヴのCDが発売され、それらが、各方面で絶賛を浴びているのも決して不思議ではないのだ。

本盤も、そんなカラヤンのライヴの凄まじさを証明する一枚である。

ベートーヴェンの「第7」は、当時楽団史上最高の状態にあったベルリン・フィルの圧倒的な合奏力を駆使した重厚な指揮ぶりであり、切れば血が吹き出てくるような圧倒的な生命力に満ち溢れている。

フルトヴェングラーの名演のように、精神の高みを追求した深みのある演奏ではないが、音のドラマを極限まで追求した名演として、フルトヴェングラーの精神性の高い名演とは違った世界での頂点を極めた超名演と高く評価したい。

「春の祭典」は、まずは管楽器奏者の抜群の技量に圧倒される。

これがライヴ録音なんて信じられない。

弦楽合奏の厚みも桁外れのド迫力であり、こうしたベルリン・フィルの猛者を圧倒的な統率力で纏め上げていくカラヤンの凄さ。

しかも、技術偏重には陥らず、音色に妖気のようなものが漂っているところが見事であり、「春の祭典」の本質を射抜いた史上初の演奏と言っても過言ではないのではないか。

カラヤンのライヴ録音は、今後もいろいろと発掘されていくと思われるが、おそらくは、それらのライヴ録音によって、カラヤンの凄さがあらためて再認識されるのではないかと大いに期待している次第だ。

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2014年08月19日


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本盤には、ブーレーズがクリーヴランド管弦楽団とともにスタジオ録音(DG)したストラヴィンスキーの3大バレエ音楽のうち、「春の祭典」と「ペトルーシュカ」が収められている(「火の鳥」はシカゴ交響楽団との演奏)。

そして、「春の祭典」については、ブーレーズは本演奏も含め3度にわたって録音を行っている。

最初の録音はフランス国立放送交響楽団との演奏(1964年)であり、次いでクリーヴランド管弦楽団との演奏(1969年)があり、そして本演奏(1991年)へと続くことになる。

他方、「ペトルーシュカ」については、ブーレーズは本演奏も含め2度録音を行っており、本演奏(1991年)は、ニューヨーク・フィルとの演奏(1971年)に続くものである。

「春の祭典」については、何と言っても前述の1969年盤の衝撃が現在においてもなお忘れることができない当該演奏は徹頭徹尾、ブーレーズならではの個性が全開の快演であったと言える。

思い切った強弱の変化や切れ味鋭い強烈なリズムを駆使するなど、これ以上は求め得ないような斬新な解釈を施すことによって、ストラヴィンスキーによる難解な曲想を徹底的に鋭く抉り出しており、その演奏のあまりの凄まじさには戦慄を覚えるほどであった。

「ペトルーシュカ」についても、1971年盤は、まさに若き日の脂が乗り切ったブーレーズならではの先鋭的な超名演であった。

したがって、ブーレーズの個性が全開の圧倒的な超名演ということになれば、両曲ともに旧録音である1969年盤、1971年盤の方を第一に掲げるべきであると考えるが、本盤に収められた演奏も、それらの旧盤と比較するとインパクトは落ちるものの、立派な名演とは言えるのではないだろうか。

ブーレーズの芸風は、1990年代に入ってDGに自らのレパートリーを再録音するようになってからは、かつての前衛的なアプローチが影を潜め、すっかりと好々爺となり、比較的オーソドックスな演奏をするようになってきたように思われる。

もちろん、スコアリーディングについてはより鋭さを増しているものと思われるが、当該指揮によって生み出される音楽は比較的聴きやすいものに変容しており、これはまさしくブーレーズの円熟のなせる業ということになるのではないだろうか。

したがって、いわゆる普通の演奏になってしまっているとも言えるところであり、ブーレーズならではの強烈な個性が随分と失われてきているが、徹底したスコアリーディングに基いて、その精緻さをさらに突き詰めるとともに、豊かな情感をも加味した円熟の名演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

ブーレーズの指揮の下、一糸乱れぬアンサンブルで鉄壁の名演奏を繰り広げたクリーヴランド管弦楽団にも大いに拍手を送りたい。

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2014年06月27日


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ドホナーニは、かつてのニキシュにはじまり、その後、多くの大指揮者を生み出したハンガリー人指揮者の系譜に連なる指揮者である。

マゼールの後任として、かつてセルが世界一流のオーケストラに育て上げたクリーヴランド管弦楽団の首席指揮者に就任し、数々の名演を生み出したことは、今なお記憶に新しいところだ。

もちろん、ドホナーニほどの指揮者だけに、ドホナーニはクリーヴランド管弦楽団以外のオーケストラとともに名演を遺している。

本盤に収められたウィーン・フィルとのスタジオ録音も、そうしたドホナーニによる貴重な名演である。

巷間、ドホナーニとウィーン・フィルの相性は必ずしも良くなかったと言われている。

その理由は定かではないが、特に、ドイツ系の音楽を指揮する際には、ウィーン・フィルの楽員の反応が芳しくなかったようだ。

さすがにショルティほどではないものの、ドホナーニの知的とも言うべきアプローチが、ウィーン・フィルの演奏志向と必ずしも一致しなかったということは容易に推測できるところである。

しかしながら、本盤に収められたストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」のような、オーケストレーションの華麗さを売りにした楽曲や、いわゆるお国ものとも言うべきバルトークのパントマイム「中国の不思議な役人」のような楽曲においては、ドホナーニの知的なアプローチが、演奏全体を引き締まったものとするとともに、ウィーン・フィルの美質でもある美しい響きが演奏を冷徹なものに陥ることを避け、いい意味での潤いや温もりを付加するのに貢献するなど、まさに、指揮者とオーケストラがそれぞれ足りないものを補い合った見事な名演を成し遂げるのに成功していると言えるのではないだろうか。

もちろん、これらの楽曲には、他にも優れた名演はあまた存在しているが、少なくとも、相性が今一つであったドホナーニとウィーン・フィルの息が統合した数少ない演奏の一つとして、本盤の両演奏は稀少な存在とも言えるところだ。

さすがのプライドの高いウィーン・フィルの楽員も、ストラヴィンスキーやバルトークの楽曲の演奏に際しては、ドホナーニに余計な注文も付けなかったであろうし、逆に、ドホナーニも自信を持って演奏に臨んだことが窺い知れるところだ。

いずれにしても、筆者としては、本盤の両曲の演奏は、ドホナーニがウィーン・フィルと行った演奏の中でも最も優れた名演として、高く評価したい。

本盤の演奏は、デジタルに切り替わる直前のアナログの末期の録音ではあるが、さすがは英デッカとも言うべき極めて鮮明で極上の高音質を誇っている。

そして、今般、ついに待望のシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化がなされることによって、これ以上は求め得ないような圧倒的な高音質に進化したところだ。

いずれにしても、ドホナーニ&ウィーン・フィルによる素晴らしい名演を、シングルレイヤーによるSACD&SHM−CDという現在求め得る最高の音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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2014年06月21日


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本盤には、ブーレーズが指揮したストラヴィンスキーの3大バレエ音楽のうち、「春の祭典」と「ペトルーシュカ」が収められている。

このうち、「春の祭典」については、様々な指揮者による同曲の演奏史上でも今なおトップの座に君臨する至高の超名演と高く評価したい。

ブーレーズは、同曲を本演奏も含め3度に渡って録音を行っている。

最初の録音はフランス国立放送交響楽団との演奏(1964年)であり、クリーヴランド管弦楽団との本演奏(1969年)が続き、そしてDGへの録音となった同じくクリーヴランド管弦楽団との演奏(1991年)が存在している。

このうち、最初の1964年盤については、圧倒的な名演との評価がなされてはいるものの一般配布されていなかったこともあって現在でも入手難。

3度目の1991年盤は、一般論としては立派な名演と言えるのではないかと考えられる。

もっとも、ブーレーズの芸風は、1990年代に入ってDGに自らのレパートリーを再録音するようになってからは、かつての前衛的なアプローチが影を潜め、すっかりと好々爺となり、比較的オーソドックスな演奏をするようになってきたように思われる。

もちろん、スコアリーディングについてはより鋭さを増しているものと思われるが、当該指揮によって生み出される音楽は比較的親しみやすいものに変容しており、これはまさしくブーレーズの円熟のなせる業ということになるのではないだろうか。

したがって、立派な円熟の名演ということには間違いないが、いわゆる普通の演奏になってしまっているとも言えるところであり、ブーレーズならではの強烈な個性が随分と失われてきていると言えるのではないかと思われる。

これに対して、本演奏は徹頭徹尾、ブーレーズならではの個性が全開の快演である。

思い切った強弱の変化や切れ味鋭い強烈なリズムを駆使するなど、これ以上は求め得ないような斬新な解釈を施すことによって、ストラヴィンスキーによる難解な曲想を徹底的に鋭く抉り出しており、その演奏のあまりの凄まじさには戦慄を覚えるほどである。

これほどの先鋭的な解釈が施されたのは、おそらくは同曲演奏史上でも空前にして絶後であり、ブーレーズによる本演奏によって初めて、同曲が完全に音化されたと言っても過言ではあるまい。

ブーレーズの凄みのある指揮の下、一糸乱れぬアンサンブルで最高の演奏を繰り広げたクリーヴランド管弦楽団にも大いに拍手を送りたい。

このような豪演を聴いていると、セル時代の全盛期のクリーヴランド管弦楽団の鉄壁のアンサンブルと超絶的な技量の凄さをあらためて認識させられるところだ。

「ペトルーシュカ」については、ブーレーズによる同曲の2度の録音のうち、本演奏は最初のものとなる。

2度目のクリーヴランド管弦楽団との演奏(DG)(1991年)が、「春の祭典」の場合と同様に、いわゆるノーマルな名演になっているのに対して、本演奏はまさに若き日の脂が乗り切ったブーレーズならではの先鋭的な超名演。

これほど楽曲の細部に至るまで彫琢の限りを尽くした精緻な表現が施された演奏は比類がないと言えるところであり、「春の祭典」と同様に、ブーレーズによる本演奏によって初めて、同曲が完全に音化されたと言っても過言ではあるまい。

ブーレーズは、当時ニューヨーク・フィルの音楽監督に就任して間もない頃であったが、ニューヨーク・フィルもブーレーズの指揮にしっかりと応え、持ち得る実力を十二分に発揮した最高の演奏を披露しているのが素晴らしい。

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2014年04月28日


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鬼才ストラヴィンスキーは20世紀を象徴する作曲家である。

しかし彼の作品では晩年のそれより、初期の民族主義の系譜を引いた3大バレエなどが広く演奏されている。

そこで作曲者が自作の演奏について、きわめて神経質になったのも無理からぬことと考えられるが、彼はそのためかつての盟友であったアンセルメと仲たがいし、カラヤンらの個性的な大指揮者を嫌悪していた。

つまりストラヴィンスキーは自作を楽譜のままに、いささかも主観を加えず演奏することを求めていたのである。

巨匠風の誇張した表情や勝手な解釈は、ストラヴィンスキーの排斥するところであった。

そこで自作自演は、彼がどのような演奏を求めていたかという解答である。

ストラヴィンスキーがバレエの領域に非凡な業績を残したことは、ある意味で彼の天性が生かされたと言って良く、この演奏はそれを如実に物語っている。

もはや無機的といえるほど乾いた表情で一貫しており、いわゆる解釈された演奏にはない作品像が樹立されている。

荒々しい精気がみなぎり、作品の本質が赤裸々にあらわされる。

これこそが作曲家の望んでいた演奏である。

いずれも鉄をも溶かすような熱っぽい迫力と、春風にゆらぐ若葉のような新鮮さに溢れている。

実に明快率直な若々しい感覚に溢れた演奏である。

ストラヴィンスキーの指揮法は現代のプロ達のそれから見れば何ら特別には見えないが、オーケストラから極めて個性的で、しかもバレエの技法を彷彿とさせるような表現を見事に引き出している。

特に《火の鳥》では、曲のすみずみにまでよく神経を行き届かせながら、各場面を表情豊かにまとめており、「カスチェイの凶悪な踊り」から終幕にかけて、音楽をしだいに高潮させていくあたりの手腕は見事なものだ。

ここでもストラヴィンスキーは「音楽は伝達されれば良いので、解決すべきではない」という主張に基づいたスコアに忠実な演奏で、各曲を構成的によくまとめている。

彼の自作の演奏スタイルを知るという意味で貴重な録音だ。

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2014年03月04日


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88年の生涯にわたって輝かしい音楽的業績を遺した20世紀最大の作曲家の一人、イゴール・ストラヴィンスキーは、自身の音楽美学の実践のために、作曲家と演奏家の分業化が進んだ20世紀に於いては珍しく、積極的に自作自演をおこない、それを徹底して録音に遺した。

それは、いわば演奏の客観主義、純音楽論であった。

いわゆる主観的演奏の存在を正当づける19世紀的音楽理念と誤った唯美主義を否定するものだった。

もっともストラヴィンスキーの有名な言葉に「演奏者の才能は、実際にスコアにあるものを理解する能力にあらわれるもので、自分が見つけたいと思うものをスコアに見つけようという決意にあるわけではない」という演奏家の職務に対する定義があるが、それはまさに独断的な演奏に対する作曲者としての実質的な抵抗でもあったわけである。

つまりストラヴィンスキーは自作を楽譜のままに、いささかの主観を加えず演奏することを求めていたのである。

巨匠風の誇張した表情や勝手な解釈は、ストラヴィンスキーの排斥するところであった。

当然、自作自演は、客観主義の演奏の実践であると同時に、いわゆる演奏家の「解釈」の恣意性を嫌ったストラヴィンスキーの模範的解釈の提示であったわけである。

ストラヴィンスキーのこの模範的解釈を示す為の自作自演は、演奏旅行のかたちで全世界に繰り広げられていったが、もう一方、早くから極めて重視したのが録音であった。

そこで自作自演盤は、ストラヴィンスキーがどのような演奏を求めていたかという解答である。

演奏としても、余分な解釈の追加を嫌ったストラヴィンスキーの思想が明確に示され、例えば《春の祭典》など、これ以上の演奏はないといえるほどに乾いた表情が端的な迫力をあらわし、この作品が誕生したときの衝撃的な意味を明らかにしている。

その他の作品の演奏も、もはや無機的といえるほど乾いた表情で一貫しており、いわゆる解釈された演奏にない作品像が樹立されている。

荒々しい精気がみなぎり、作品の本質が赤裸々にあらわされる。

これこそが作曲家の望んでいた演奏であり、他に多くの名演・秀演があるなかで、やはり作曲家自身の演奏は計り知れない価値を有している。

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2013年10月13日


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本盤にはストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」と「火の鳥」が収められているが、いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

パーヴォ・ヤルヴィは、バレエ音楽「春の祭典」についても、ニールセンの交響曲第5番とのカップリングにより録音を行っている(現在入手難)ので、これによって手兵シンシナティ交響楽団とともに、ストラヴィンスキーの3大バレエ音楽をすべて高音質録音で評価の高いテラークレーベルに録音したことになる。

パーヴォ・ヤルヴィのアプローチは、「春の祭典」で行ったものと何ら違いはない。

曲想を精緻に、そして丁寧に描き出していくというものであり、各楽器セクションをバランス良く鳴らしていくというものである。

それでいて、スコアに記された音符のうわべだけをなぞるだけの薄味な演奏にはいささかも失っておらず、どこをとっても情感の豊かさを失っていないのが見事である。

聴き手を驚かすような奇手を繰り出すことはいささかもなく、解釈自体はオーソドックスなものであるが、各場面の表情豊かな描き分けが実に巧みに行われており、演出巧者ぶりも如何なく発揮されている。

要は、ストラヴィンスキーの音楽の魅力をダイレクトに享受することが可能な演奏であり、聴き終えた後の充足感においても並々ならないものがある。

これは、まさしくパーヴォ・ヤルヴィの豊かな才能と音楽性の勝利と言えるだろう。

シンシナティ交響楽団もパーヴォ・ヤルヴィの統率の下卓越した技量を披露しており、その素晴らしい演奏は本名演に大きく貢献している点を忘れてはならない。

また、本盤が優れているのは、演奏内容のみならず、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音である。

ストラヴィンスキーの3大バレエ音楽は光彩陸離にして華麗なオーケストレーションで知られているが、それを精緻に表現したパーヴォ・ヤルヴィによる至高の名演を、現在望み得る最高の高音質SACDで味わうことができる意味は極めて大きいと言わざるを得ないだろう。

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2013年09月21日


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この両曲の古典的名盤だ。

オーケストラの巧さが名演奏の決め手となる楽曲どうしの組み合わせであるが、全盛期のライナー&シカゴ交響楽団の手にかかれば、何らの問題もない。

金管楽器も木管楽器も実に巧く、しかも実にカラフルないい音色を出している。

打楽器の強靭な迫力も凄まじいの一言であり、弦楽器の精緻なアンサンブルと、重量感溢れる肉厚の響きは、圧巻の素晴らしさだ。

ライナーも、よくぞ、ここまでシカゴ交響楽団を鍛え抜いたことだと思う。

ハンガリー出身の指揮者は、オーケストラを鍛えることに関しては、図抜けた才能を有しているようで、オーマンディやセル、そして後年のショルティなど、枚挙にいとまがない。

このような綺羅星の如き指揮者の中でも、やはり先輩格はライナーであり、あらためてライナーの偉大さを感じざるを得ない。

演奏も素晴らしい。

ライナーは、聴かせどころのツボを心得た実に心憎い指揮を行っており、親しみやすい両曲の数々の名演の中でも、最右翼に掲げられるものと言える。

ライナーの深いスコアの読みと無慈悲なまでに正確な指揮は、黄金期のシカゴ交響楽団の名人芸の魅力と相俟って本盤の価値は計り知れない。

録音が、これまた素晴らしい。

1950年代半ばの録音のマスターテープに、これだけの高音質が刻み込まれていること自体が驚異ではあるが、そうした高音質の録音を完璧に再現してくれるXRCD盤の凄さも併せて高く評価したい。

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2013年09月17日


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最近ではチョン・ミュンフンも大人しい演奏に終始することが多くなり、すっかりと目立たない指揮者になってしまっているが、1990年代の演奏はどれも凄かった。

例えば、ベルリオーズの幻想交響曲、ビゼーの組曲「アルルの女」&組曲「カルメン」、ドヴォルザークの交響曲第3番&第7番、そしてショスタコーヴィチの交響曲第4番など超名演が目白押しだ。

とりわけ、ショスタコーヴィチの交響曲第4番については、現在でもラトルによる超名演と並んで、同曲演奏史上最高の名演と言っても過言ではあるまい。

本盤に収められたR・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」とストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」も、そうした飛ぶ鳥落とす勢いであった全盛期のチョン・ミュンフンならではの素晴らしい名演だ。

両曲ともに華麗なオーケストレーションを基調とするロシア音楽であるが、チョン・ミュンフンは、変幻自在のテンポ設定や思い切った強弱の変化などを大胆に駆使して、ドラマティックな演奏を展開している。

各曲のトゥッティに向けて畳み掛けていくような気迫溢れる力強さやダイナミックな躍動感は、圧巻の迫力を誇っている。

それでいて、「シェエラザード」の第3楽章などにおけるロシア風のメランコリックな音楽における豊かな情感においてもいささかの不足もなく、必ずしも勢い一辺倒ではないチョン・ミュンフンの桁外れの表現力の幅の広さを感じることが可能だ。

また、当時はチョン・ミュンフンと良好な関係を築いていたパリ・バスティーユ管弦楽団の卓越した技量も、本名演に大きく貢献していることを忘れてはならない。

録音は通常盤でも十分に満足できる高音質ではあったが、今般のSHM−CD化によって音質はより一層鮮明になるとともに、音場が幅広くなったと思われる。

チョン・ミュンフンの全盛時代の超名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2013年05月27日


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本盤にはバレエ音楽「ペトルーシュカ」とバレエ組曲「火の鳥」という、ストラヴィンスキーの3大バレエ音楽を構成する人気曲が収められているが、いずれも驚くべき超名演だ。

両演奏ともに小澤がボストン交響楽団の音楽監督に就任する前の録音であり、いまだ30代の若き小澤が世界に羽ばたこうとしていた熱き時代のものである。

この当時の小澤の演奏は、豊かな音楽性を生かしつつ、軽快で躍動感溢れるアプローチに加えて、エネルギッシュで力強い生命力に満ち溢れていた。

トゥッティに向けて畳み掛けていくような気迫と力強さは圧倒的な迫力を誇っており、切れば血が噴き出てくるような熱い情感に満ち溢れている。

両曲の随所で聴かれるロシア風の抒情的な旋律の歌い方もいささかも重々しくなることはなく、瑞々しさを感じさせてくれるのが素晴らしい。

ボストン交響楽団も、この当時は音楽監督に就任することなど夢想だにはしなかったであろうが、若き才能溢れる指揮者の統率に導かれて、力感溢れる大熱演を披露している。

なお、バレエ音楽「ペトルーシュカ」については、これが小澤にとっての唯一の録音であり、他方、バレエ組曲「火の鳥」については、その後、1911年版による全曲録音を1972年及び1983年の2度にわたって行っているが、1919年版による組曲は本演奏が唯一の録音である。

その意味では、両演奏ともに貴重な演奏ということができるところであり、若き小澤の才気が爆発した稀有の超名演と高く評価したい。

バレエ音楽「ペトルーシュカ」におけるティルソン・トーマスによるピアノ演奏も、小澤の指揮ともどもノリノリの爽快さが素晴らしい。

また、本盤で素晴らしいのはXRCDによる極上の高音質である。

本演奏については1969年のスタジオ録音であるが、とても今から40年以上も前のものとは思えないような鮮明な音質であり、あらためてXRCDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

小澤による超名演を、XRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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小澤は、ストラヴィンスキーを得意中の得意としている。

とりわけ、バレエ音楽「春の祭典」は十八番と言えるところであり、本盤に収められた録音のほかにもボストン交響楽団とともに再録音(1979年)を行っているほか、コンサートでもたびたび採り上げているところだ。

本演奏は1968年のスタジオ録音であるが、小澤はいまだ30歳代前半であり、小澤としてもこれから世界に羽ばたいて行こうとする熱き情熱に満ち溢れていた時期である。

冒頭からテンションは著しく高くパワー全開であり、若き小澤ならではの凄まじいまでの燃焼度の高い演奏を展開している。

快速のテンポやスローテンポなどの変幻自在のテンポ設定や猛烈なアッチェレランド、部屋がぶっ飛ぶのかと思うほどの大音響を炸裂させるなど、ありとあらゆる大胆な表現を駆使して才気溢れる圧倒的な爆演を展開しており、これこそまさに切れば血が噴き出てくるような渾身の大熱演と言えるのではないだろうか。

本演奏はスタジオ録音であるが、とてもスタジオ録音とは思えないような灼熱のような燃焼度を誇っており、第2部の終結部ではあまりのド迫力に完全にノックアウトされてしまった。

このように終始ハイテンションの小澤の凄まじい指揮に、一糸乱れぬアンサンブルで最高の演奏を展開したシカゴ交響楽団のとてつもない超絶的な技量にも大いに拍手を送りたい。

音量といい、技量といい、シカゴ交響楽団はこの当時からスーパー軍団であったことがよく理解できるところだ。

本盤冒頭に収められた併録の幻想曲「花火」も、若き小澤ならではの素晴らしい名演だ。

そして、本盤でさらに素晴らしいのはXRCDによる極上の高音質である。

本盤は今から40年以上も前のスタジオ録音であるが、きわめて鮮度の高い高音質に生まれ変わったところであり、あらためてXRCDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

いずれにしても、若き小澤による才気あふれる圧倒的な超名演を、XRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2013年02月11日


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若き日のラトルならではの生命力溢れる凄みのある快演だ。

進境著しい手兵を率いて、「ラトル&バーミンガム市交響楽団」が世界の一流ブランドに駆け上がっていく時期の録音である。

まずは、「ミューズの神を率いるアポロ」は、その重量感溢れる音色に驚かされる。

特に、「アポロの踊り」における低弦の滴るような響きは、まさに未来の巨匠とも言うべき堂々たる風格に満ち溢れている。

ストラヴィンスキーが新古典主義に傾斜した時期の作品であるが、ラトルは、前述のような重厚さをも加味しつつ、得意のレパートリーであるハイドンを指揮する時のように、生き生きとした軽快さにも事欠くことはない。

同曲を得意としたムラヴィンスキーなどとは全く異なるタイプの解釈ではあるが、本盤も若武者ならではの名演と評価したい。

「春の祭典」も凄演。

ラトルは、聴き手を驚かすような個性的な解釈を行っているわけではない。

むしろ、ストラヴィンスキーが記した複雑なスコアをしっかりと踏まえつつ、その中で、鋭いリズムや音の強弱のダイナミズムなどを非常に強調した演奏に仕上げている。

緩急自在のテンポも思い切って駆使しており、まさに純音楽的な若武者の快演と言えるだろう。

ラトルは、近年にベルリン・フィルと同曲を録音したが、本盤には、それとは違った若々しい魅力に満ち溢れていると言える。

ラトルが音楽界に新しいページを投げかけてきた意義のあるアルバムと言えよう。

HQCD化によって、非常に鮮明な音質に生まれ変わったのも素晴らしいことだ。

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2013年01月31日


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オーマンディの数多い録音の中でも屈指の名盤。

何とも魅力的なカップリングである。

3曲ともに圧倒的なヴィルトゥオジティを誇るフィラデルフィア管弦楽団の魅力が極限まで発揮された名演。

故国ハンガリー出身ならではの熱い思い入れを示し、ユーモアたっぷりに描ききったコダーイ、細部のオーケストレーション変更を取り入れたストラヴィンスキー、いずれも聴きどころ満載のディスクである。

ポピュラーな3つの名曲を、オーマンディ&フィラデルフィア管弦楽団の黄金コンビが、揺るぎない絶妙のアンサンブルと、シルキーな音色のいわゆるフィラデルフィア・サウンドを駆使して、隙のない演奏を行っている。

「ハーリ・ヤーノシュ」は、オーマンディのマジャール人としての血が騒ぐかのように、切れば血が噴き出てくるような情熱的な指揮ぶりであり、ケルテスやセルなどと並んで、同曲のベストを争う名演ということができるだろう。

「キージェ中尉」は、難解な作品が多いプロコフィエフの諸曲の中にあっては、実に親しみやすい楽しい曲であるが、オーマンディも、変に高尚ぶらず、オーケストラともども楽しげに演奏している点が素晴らしい。

「火の鳥」は、オーケストラの卓越した技量を前面に打ち出した堂々たる名演ということが出来るだろう。

Blu-spec-CD化により、音質のグレードが一段とアップし、本名演を鮮明に味わうことができる幸せを噛み締めたい。

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2012年10月27日


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楽壇の最重鎮ブーレーズによる最新のストラヴィンスキーは、2009年2月&3月ライヴ録音。

ストラヴィンスキーはブーレーズが最も得意とするレパートリーと言えるが、その演奏スタイルは若き日の前衛時代と比較すると、ずいぶんと角が取れてきたように思う。

特に、1969年にクリーヴランド管弦楽団とスタジオ録音を行った『春の祭典』など、あまりの尖鋭的な切れ味鋭い凄演に、完全にノックアウトされてしまった記憶がある。

あれから約40年。ブーレーズもさすがに円熟の境地に至ったのであろう。

したがって、「3楽章の交響曲」など、時折、若き日のブーレーズならではの尖鋭性の片鱗も見られるものの、いささかこじんまりと纏まりすぎたのかなという気がする。

それでも、シカゴ交響楽団の卓抜たる技量を生かした演奏は見事であり、決してブーレーズの名声に泥を塗るような演奏には陥っていない。

むしろ、現在のブーレーズのアプローチに相応しいのは、『プルチネッラ』の方だろう。

ストラヴィンスキーが新古典主義を迎えた時代の音楽であり、若き日の角が取れ、円熟の境地を迎えつつあるブーレーズと、楽曲の性格が見事に符合するからである。

ブーレーズの指揮は以前に比べれば円満さが先に感じられるが、この曲には非常にマッチしたアプローチだと思う。

独唱陣も好演であり、シカゴ交響楽団もブーレーズの棒と渾然一体となった名演を成し遂げている。

録音は、SACDマルチチャンネルによる極上の高音質であり、ブーレーズ&シカゴ交響楽団の名演をこれ以上は求められないような音場で味わうことができるのは素晴らしい。

是非とも、座右に置きたいディスクだ。

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2011年06月05日


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1972年5月15日 ロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールに於けるステレオ(ライヴ)録音。

2008年の生誕100周年を契機に、カラヤンの様々なライヴの名演盤が発掘されているが、本盤も、カラヤンがライヴの人であることを証明する素晴らしい名演だ。

演奏・録音とも申し分のない出来映えで、個人的には2009年に購入したベスト・ディスクの一つ。

ここでのカラヤンのイメージは長年スタジオ録音で聴いてきたものと異なり、このロンドン公演シリーズは即興性と驚きに満ち溢れている。

冒頭のモーツァルトからして、絶妙のレガートによる極上の美演が繰り広げられており、ディヴェルティメントのような軽快な楽曲を超一流の高貴な芸術作品に仕立て上げているというのは、カラヤンならではの魔術という他はない。

曲目を見ると、どうしても「春の祭典」に目(耳)が行きがちだが、モーツァルトの素晴らしさにため息が出る。

小編成オケでは奏でられない華麗な音が持ち味だ。

近年、ピリオドを使った原点回帰的演奏が主流となっているだけに、ますますこの録音は貴重と感じる。

他方、「春の祭典」は、名うての名プレーヤーが揃うベルリン・フィルを、カラヤンが圧倒的な統率力でドライブし、緩急自在のテンポを駆使して、難曲の代表格である同曲の聴かせどころを心得た心憎いまでの巧みな演奏を行っており、同曲を実にわかりやすく聴かせてくれる点を高く評価したい。

「春の祭典」のライヴとしては、1978年のパレクサ盤の方を今なお上位に置きたいが、本盤も、それに匹敵する名演だと言っても過言ではないだろう。

音質は、1972年のライヴとは思えないくらい鮮明である。

ライナーは、カラヤンの偉大な伝記を著したリチャード・オズボーンが書いており、こうした点も、本盤の価値を大いに高めている。

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2011年03月22日


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この録音は長いあいだ眠っていたもので、1999年になって初めて世に出た。

未発売の理由は不明だが、音質は最新録音よりも優秀なくらいで、演奏も最高であり、クレンペラーの遺産のなかでも特筆されよう。

例によって、クレンペラー独特の怜悧な目で各パートをきちんと浮かび上がらせようとしているが、そこからは聴いたこともないような新鮮な響きや、まぶしいくらいにきらきらと輝くような瞬間が繰り出される。

また、あっけらかんとした楽しさや、言いようもないくらいにのどかな場面も次々と出てくる。

しかし、その反面、楽しそうなフルートのワルツが虚無的に響いたり、ファゴットのつぶやきが何とも不気味に、皮肉っぽく響いたりする。

引きずるような重いテンポも異様な雰囲気を演出しているが、ときどき縦の線が大きく崩れ(未発売であった理由か?)、これがいっそう自堕落な気分を助長する。

謝肉祭の場面も、一種異様な盛り上がりで、血だらけの死体がころがっているそばで、大勢がにぎやかに踊り歌っているといった風情である。

《ペトルーシュカ》の録音でも、これほど一風変わったものはないが、これを聴いて初めて筆者は、曲の面白さに気がついたといっても過言ではない。

クレンペラーの現代音楽の録音は少ないだけに、貴重な記録である。

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2010年12月26日


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ケーゲルは、古典派、ロマン派の作品とともに、20世紀音楽の良き理解者の1人として知られている。

ケーゲルは主に近代・現代音楽の演奏を得意とする人で、こうしたストラヴィンスキーの作品も彼のレパートリーのうちのひとつである。

ここには彼のそうしたキャリアがよく生かされ、リズムのアクセントは明確で、全体にシャープな音楽作りを行っている。

しかも、そうした中に、近代的ロマンティシズムや豊かな色彩も感じさせる。

これら2枚のディスクに収録された曲の中では、協奏曲《ダンバートン・オークス》が、そうした彼の持ち味がよく表れた演奏だ。

ストラヴィンスキーがアメリカに滞在中の1938年に作曲された作品だが、ケーゲルは、バロック時代の様式で書かれたこの曲を、明確かつ精巧に仕上げている。

《プルチネルラ》は小編成による演奏で全体を室内楽風にうまくまとめているし、《うぐいすの歌》にも独特の音色の表現が感じられる。

ストラヴィンスキーの音楽はいつだって機械仕掛けの人工楽園だ。

それは、主情的な思い入れのある音楽、血の通った音楽なんてものの対極にある。

血沸き肉躍るバーバリズムとよく言われる《春の祭典》にしても、ゴジラだと思い一皮めくると実はメカゴジラという種類の音楽だろう。

それは原始風に作られた人工楽園なのであって、原始そのものとは違う。そこを間違え熱血演奏をやると空回りする。

人工楽園はあくまで細密に冷静に再現されねばならない。

そういった点で、やはりケーゲル盤にとどめをさす。この冷血漢にはもっとストラヴィンスキーを録音しておいて貰いたかった。

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2010年12月16日


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ストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲が生み出されたのは、1931年のことであった。

それを現代のヴィルトゥオーゾ、パールマンが小澤=ボストン響とレコーディングしたのは1978年のことである。

その50年にも近い時間の経過が、作品の位置と評価を変えてきたのも事実であろう。

特に、このパールマンの演奏を聴くと、その音楽があまりにも平易に、しかも実に多彩な音色とともにその魅力を明らかにしているのに驚かされる。

それは、パールマン自身の音楽的な志向が、決してこの作品と距離をおいたところにないということを思わせており、明るくスケルツァンドな性格がや近代的な抒情性が、シャープな語法の中に自然に生きている。

すばらしいテクニックの持ち主であるパールマンに、このような技巧的な曲を演奏させると、その実力を万全に発揮する。

フレッシュな感覚にあふれているのも魅力で、小澤の指揮も、ぴたりとツボを心得た練達ぶりを見せている。

カップリングされたベルクのヴァイオリン協奏曲も熱演だ。

パールマンの冴えたテクニックと、すこぶるあたたかで、ニュアンスの豊かな音色にひかれる演奏である。

パールマンは、卓抜な技と美麗な音をしなやかに生かして、作品への熱い思いとロマンに存分な表現を与えている。

柔軟かつ明快で、ヒューマンな味わいもこの名手ならではの魅力で、小澤のセンシティヴな指揮ともども、作品の魅力をくっきりと琢磨している。

ことに、ベルクの音楽の一面である、濃厚なロマンティシズムを強く表出しており、その情感豊かな表現は感動的だ。

小澤の棒も、のびのびとしていてすばらしい。

「ツィガーヌ」でのパールマンは、ヴァイオリンを存分に歌わせ、その名人芸をたっぷりと披露しており、聴いていて楽しい。

メータのバックもうまい。

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2010年10月05日


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天才が自在に溌剌と楽しく再現した"祭りのような協奏曲"である。

傑作であるにもかかわらず、ストラヴィンスキー的でないとしてさほど採り上げられる機会がないが、無類の楽しさと予想外の美しさにあふれ、しかも明らかに19世紀のヴァイオリン協奏曲とは異なる美学がベースとなって生まれた名品である。

私のブログのコメントに、ヒラリー・ハーンの賛否両論が展開されているが、既出のディスクのなかでは、ストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲を、ハーンの代表的ディスクとして、採り上げる価値があろう。

1979年アメリカ生まれの女流ヴァイオリン奏者ヒラリー・ハーンはヴァイオリンのために生まれてきた天才であろう。

この録音は2001年のことだから22歳のときに収録されている。

テクニックやセンスや音色の素晴らしさ、そこに漂うモダンな音楽性と品性も気持ちがいい。

しかしそれ以上に特筆されるのはストラヴィンスキーの難曲があたかも彼女のための子守歌でもあるかのように自在に、自由に、溌剌と、そして楽しく再現されていく手腕の見事さであり、その語り口の巧さに舌を巻くしかない。

名演という名のマジックである。

演奏家の世代交代は常に行なわれている。しかもそのテンポは速く、激しい。

ハーンは選り抜きの一人。

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2010年08月25日


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新鮮な感覚で、この曲の持つ野性味をダイナミックに表現した演奏だ。

サロネンは、若々しさで押した感があり、それが快い。

サロネンの演奏は、十分に野性的でダイナミックなのだが、それでいてその響きを含めクールな感触があり、それが新鮮である。

しかもタクトの切れは鋭く、その精緻なリズム構築を見事に解きほぐし、明快な運びで作品のエネルギーを放射させていく。

「春の兆し」のあの猛烈なスピード!それは現代的なツービート感覚であろうか。

軽やかな「ハルサイ」の幕開けかもしれない。

第1部はややゆっくりとしたテンポで始めるが、途中からから激しく熱っぽく運び、しかもきりりと引き締まっている。

第2部もサロネンの棒は鋭く、しかもミステリアスな気分をよく描出している。

「選ばれた処女への讃美」から始まる原始的なリズム処理は素晴らしく、その熱気と迫力には圧倒される。

最早、何も堰き止めるもののない颯爽としたプロポーションの、駆け抜ける音楽と化している。

ここでは、大地に眠る神もいなくなったかのようだ。

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2010年07月19日


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若きメータが持てる実力を全開させたロスアンジェルス・フィル時代(1962-78)の録音の代表作。

若き日のメータの代表的名盤のひとつ。録音当時33歳。しかしロスアンジェルス・フィルに迎えられてすでに7年、彼の名声はめきめき上昇しつつあった。

LP初出の段階では《15人の打楽器奏者のための8つのミニチュア》という珍しい曲を余白に収めていたことでも話題になった(当盤はオリジナルでのCD化)。

《春の祭典》が断然優れている。

スケールが大きく、かつ彫りが深い。

メータはやや遅めのテンポでじっくりと運びながら、この作品の野性味と東洋的神秘感をものの見事に表出している。

録音当時33歳とは思えないほどの綿密な設計力だ。

メータの《春の祭典》はのちのニューヨーク・フィル盤(2種類)もあるが、評判はむしろこちらの方が良く、実際名演奏と呼ぶに価する。

昨今のメータの悠揚迫らざる風格の代わりに、ここにはいかにも若々しい覇気がある。

「春祭」がオーケストラの人気曲にのし上がったのはこのあたり(1969年)からだったろうか。

《ペトルーシュカ》は、線が鋭くリズム感覚も鮮やかだが、第3場など少々作為の目立つ表現が難点だ。

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2010年05月25日


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「春の祭典」は、マルケヴィチが看板曲としていただけに、大変立派な演奏だ。

発表されて以来「春の祭典」の決定的名演ともてはやされてきた演奏であり、鬼才マルケヴィチが残した多くのレコーディングのなかでも、この指揮者の才能や持ち味が最も前面に押し出されたものの一つにもなっている。

いかにも苦しそうにファゴットが吹き始めるマルケヴィチ盤は、ブーレーズの原型ともいえる壮絶な演奏で、1959年時点におけるその緻密なリアリゼイションは感動的である。

設計が綿密なうえにリズムの切れ味が良く、強烈な迫力にあふれており、その緊迫感はものすごい。

マルケヴィチは巧緻をきわめた表現で、全体にややテンポを遅めにとり、あくまでも丹念に、一分の隙もなく、しかも原始的なリズムを強調した演奏だ。

切れ味の鋭さ、リズム処理の巧さ、迫力と熱っぽさに満ちたマルケヴィチの棒によくついて、オーケストラが燃えに燃えている。

恐ろしく明晰な頭脳と一寸の隙もない完璧なバトン・テクニックを合わせもったマルケヴィチのアプローチは、凄まじい集中力の持続や凝縮されたエネルギーのほとばしりもが見事なものになっており、その研ぎ澄まされた知性ととめどもない情熱の結合は、まさに圧倒的といえる作品の再現を実現させる結果を生んでいる。

現在では少し音質の古さも感じるが、これを凌ぐ名演は、私の識る限りではそれ以後出現していない。

この曲が現在のように一般に広く聴かれるようになり、また"ハルサイ"の愛称で親しまれるようになったのは、マルケヴィチとフィルハーモニアのこの演奏あたりからで、その意味でもこれは記念すべき録音だ。

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2010年04月17日


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組み合わせと録音のすこぶるよいディスクである。

いずれも、ドラティのバレエ音楽に対する自信のほどがはっきりと示された名演で、バレエ音楽に非凡な才能をみせてきた巨匠ドラティの優れた演奏。

ドラティは、ブダペストのフランツ・リスト音楽院でバルトークやコダーイに作曲を学び、1933年にモンテ・カルロを本拠とするロシア・バレエ団(バレエ・ルッス)の指揮者となり、1941年からアメリカのバレエ史上の大きな足跡を残したバレエ・シアターの創設に音楽監督として参加した。

そうしたドラティにとってストラヴィンスキーのバレエ音楽は自家薬籠中の作品といってよいだろう。

ドラティはデトロイト響を意のままに動かしながら、丁寧に仕上げている。

永年に渡ってあらゆるバレエ音楽を手がけてきたドラティだけあって、その棒が冴える。

細部に至るまで神経が行き届いた実に鮮やかな演奏で、リズム処理のうまさはこの指揮者独特のもの。

ドラティは大編成のスコアを極めて綿密に読みつくしていることを思わせ、そのオーケストレーションがもたらす音色的な推移やリズムの変化などを鮮明に描き出しながら、これらのバレエ音楽の踊りと情景とを見事な構成感のもとに表出している。

《春の祭典》は、70歳を越えた指揮者のものとは思えないほどの力感と情熱にあふれ、しかも急所はピタリと抑え、全編が精密に構成されている。

ドラティは、確信にみちた運びの中に力感あふれる表現をしなやかに行き渡らせ、デトロイト響の反応も優れている。

ことに、第1部の「賢人の行列」や、第2部の「祖先の呼び出し」などの巧みなまとめかたは秀逸である。

《ペトルーシュカ》では、第3場の人形たちのデリケートな動きや、最後の場面での不気味な雰囲気にあふれた表現など、心憎いほどの腕の冴えを見せる。

《火の鳥》は初演版による演奏である。

このドラティの晩年にデトロイト響を指揮して録音された《火の鳥》は、表現の巧緻な点で、3大バレエの中でも最もすぐれているといってよいのではないだろうか。

録音当時76歳のドラティは、風格あふれる運びと精緻な表現で、音楽の細部を実に的確にバランスよく描く。

この柔軟で確かなバランスゆえに、聴き手は音楽の大きな流れと新鮮な生命感をたたえた演奏の中にも、細部の魅力を無理なく味わえる。

細部まで実に的確な切れ味の良い表現が生き生きとしなやかに織りなされており、その精緻な美しさと全曲を見通した構成の良さは、数あるこのバレエ音楽の演奏の中でも群を抜いている。

しかも、作品を知りつくした巨匠は、各曲をいかにもバランスよく鮮明に描き分けて、見事なドラマをつくってゆく。

オーケストラ・トレーナーとしても類まれな手腕をもっていたドラティに鍛えられたデトロイト響の鋭敏な反応を示し、しなやかに強い集中力をもった反応も素晴らしい。

バレエ音楽のスペシャリスト、ドラティの透徹した解釈が年輪を加えることによって、いっそう見事な香気を放った名演というべきだろう。

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2009年11月29日


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「春の祭典」はインバルが渾身の力をこめて指揮したような演奏だ。

全体にスコアの読みが深く、力強く、たくましく、この曲の原始的なリズムを強烈に打ち出す。

第1部の「誘拐の遊戯」から強くひきつけられる。

やや粘りが強く、腰が重いのはインバルの特色だが、第2部ではそうした特質がプラスに働いている。

「選ばれた乙女の讃美」から、終曲にかけての迫力は物凄く、オーケストラも気持ちがよいほどよく鳴っている。

「ペトルーシュカ」でインバルは1911年版をきわめて忠実に、いわばバレエ・ヴァージョンとして再現している。

この演奏には客観的な条件ばかりではなく、音楽のディティールもきわめて明確に、そして明解に表現されており、それぞれの声部や素材がメカニカルな印象を残さず、むしろかなりリリカルな要素もみせているのが魅力的である。

「火の鳥」はテンポがやや遅めで、全体のテクスチュアとそこにある多彩なコントラストが一層明確になっている。

オケも良くコントロールされ、透明度の高い響きと共に、スコアに含まれたあらゆる要素が自然かつ明快に描き出されている。

この曲の数多い録音の中でも、もう一度作曲の原点を考えさせられるような興味ある演奏である。

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2009年08月31日


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ブーレーズの《火の鳥》(全曲版)はニューヨーク・フィルとの懐かしい録音も負けず劣らず有名だが、シカゴ響盤は17年後、ブーレーズ67歳の年のレコーディング。

ほぼ同じ時期の《春の祭典》がクリーヴランド管だったのに対して、《火の鳥》ではシカゴ響となったのは、何か彼の考えがあったのか、それとも全然別の事情だったのか。

ともあれ、むしろ逆の方がしっくりくるのではないかと想像するのは浅い考えで、結果的にシカゴ響の怪物的なスケールと、名人的な個人技を含む超絶テクニックの双方を、ブーレーズの精緻なリードが文字通りフルに引き出し、結びつけているところにこの快演の鍵がある。

ブーレーズは、かつてストラヴィンスキーの新古典主義にみられる方向転換を痛烈に批判していたことがあったと記憶する。

彼の見解からすれば、ストラヴィンスキーの真価は3大バレエのような初期作品にこそあるとでもいわんばかりに、録音もこのあたりのものを中心に行なっていた。

《火の鳥》にしても、改訂を重ねるごとに洗練されスリム化していく組曲版には目もくれず、大編成(4管)による厚塗りの初演版をとりあげる。

特殊楽器入りの大編成オケの響きの魅力が満載である。

この演奏ではそうした重厚なヴォリューム感はもちろんのことだが、実演ではかき消されてしまう内声部の動きとかハープやチェレスタの音色をクリアに立ち上がらせ、絶妙に配合する。

出来過ぎた響きゆえ耳には毒かもしれない。

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2009年08月29日


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アバド指揮ロンドン響のストラヴィンスキーは、きわめて鮮烈でユニークな力演で、速めのテンポを駆使して、リズミカルで軽快な都会趣味の表現になっている。

「プルチネルラ」が断然すぐれている。アバドは曲の性格を的確につかみ、きびきびしたテンポで運びながら、全体を精緻に仕上げている。

第8,12,終曲は特に素晴らしく、その生気にあふれた表現に魅了される。アバドの実力が最高度に発揮された、実に見事な演奏だ。独唱陣のなかでは、ベルカンサが一際光っている。

「カルタ遊び」もなかなかの好演で、「火の鳥」もよくまとまっている。

「春の祭典」は若々しい感覚の緊張感にあふれた素晴らしい演奏だ。

アバドは曲の性格を的確に把握し、やや速めのテンポでじっくりと運びながら、各場面を明晰に、野性味豊かに描きあげている。

細かく聴くと、この曲にはまだこんな解釈が残されていたのかと、驚かされるような新鮮さである。

特に両幕の序奏部は、美しい歌に満ちた表現が魅力的で、第2部の冒頭など完全な「夜の音楽」になっている。

第2部の「いけにえの讃美」から後半の部分にかけての劇的な表現は圧巻だ。

力と大音量でブカブカと吹きまくる野蛮なストラヴィンスキー演奏ではなく、サウンドが洗練されているのが、アバドの「ハルサイ」の特色といっていい。

これはアバドの力量を如実に示した快演といってよい。

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2009年04月02日


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ブーレーズのストラヴィンスキーは実に面白い。

バレエのシーンがオーヴァーラップしていく音楽の並列的な構成が、スリルいっぱいの音響空間へと見事にまとめられている。

視覚的なイメージを刺激する色とりどりの音が溢れている1911年版による「ペトルーシュカ」の、思わずむせかえるような鮮やかさ、そして、ロシアの爆発するような春の訪れを描いた「春の祭典」のリズムの明晰さと奔放なエネルギーの発散。

いずれもこれ以上の演奏はなかなか望めない名演である。

ブーレーズはかつて、「ペトルーシュカ」を1971年にニューヨーク・フィルと、「春の祭典」を1969年に、この録音と同じクリーヴランド管弦楽団と録音している。

どちらもリリースされた当時、大変話題となったアルバムで、特に後者はその録音を待って、ようやくストラヴィンスキーの「春の祭典」の作品としての奥行きがわかったと言ってもいいほど、センセーショナルだった。

1991年に録音されたこの新しい盤は、いくらかテンポが動いているところはあるが、どちらの曲も以前の解釈と根本的な違いはない。

しかし、ブーレーズの指揮者としての円熟を示すかのように、肩の力が抜けて表現にも余裕が出てきた感じで、クリーヴランド管弦楽団の精度が向上したのと相まって、健康的に音群が炸裂していく。

スケールもはるかに大きく感じられる。

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2009年03月02日


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「春の祭典」は過去2度の演奏を上まわるだけでなく、近年のこの曲の演奏の中でも傑出したものの一つといえよう。

それはバーンスタインがこの作品を自家薬籠中のものとし、すべてを自己の内側に同化しつくして自然のうちに表現に結びつけているからで、ここでユニークなリズムやテンポの変化もほとんど特異性や難しさを感じさせないほど自然で柔軟に処理されている。

「ペトルーシュカ」は第1幕の冒頭をやや速めに生き生きとしたテンポで始め、一見オーケストラルなレパートリーのように進めていくが、バーンスタインのステージに対する理解の深さが随所に表れている。

個々の素材のもつ表情、テンポの設定や変化、リズムのとらえ方などがそうで、スコアに客観的でありながら、自らの感性も十分に発揮している。

「火の鳥」はバレエのステージを意識するよりも、むしろストラヴィンスキーの当初の意図である純粋に聴覚的な面からアプローチ。

しかも組曲全体を"序曲"から"カスチェイ王の魔の踊り"までと、"子守歌"と"終曲"という二つのグループに分けている。

「バレエの情景」も鮮やかにまとめた名演だ。

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バーンスタインのDGへのストラヴィンスキー・シリーズの第1作だった。

「結婚」はオリジナルのロシア語による演奏。

特に「結婚」はモーリー、パーカー、ミッチンソン、ハドソンらの声楽陣とアルゲリッチ、ツィマーマン、カツァリス、フランセシュといった名ピアニストをそろえた豪華なキャスティングが成果をあげていて面白い。

「結婚」では4人の独唱者もさることながら、アルゲリッチ、ツィマーマン、、カツァリス、フランセシュの4人のピアニストがすごい。

ノリにノッて丁々発止、バーンスタインの巧みな棒さばきに、まるで自分たちが主人公のように楽しんでいる。

「ミサ曲」はストラヴィンスキーの新古典時代の最後を飾る作品として一聴しておきたい。

「ミサ曲」では音の均整感、各声部の力学的バランスをモットーとする作曲家の"新古典派"的作風に対して、情念への傾斜をちらりとのぞかせる指揮者のかけひきがスリリングだ。

バーンスタインは、この作品のもつ均整のとれた、端正な性格と、彼独特の粘っこい感覚とをうまくあわせた演奏を行っている。

合唱団も、彼の卓抜な棒によく応えていて熱演だ。

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2008年12月05日


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ブーレーズの最初の「春の祭典」の録音(1963年フランス国立放送管弦楽団)以来、総じてその演奏は、ますます精緻に明晰なものになってきているといってよいだろう。

そうした中で、このゲルギエフの演奏には、驚くほど濃密で原初的なエネルギーが横溢している。

ゲルギエフは、いま最も注目されている実力指揮者である。

ロシアの指揮者とオーケストラらしくどこかほの暗さを残した鮮烈な色彩とエネルギーには独特のものがあるし、その異様なほどの表出力は、例のファゴットの旋律ではじまる<序奏>から<春のきざしと乙女たちの踊り>を聴いただけで明らかだろう。

重厚な響きを切り裂くように鋭く響く高音楽器の悲鳴も、グロテスクなほど強烈である。

しかも、生々しいまでの色彩と張りつめた表現が行きわたった演奏は、個々の声部まできわめて的確に琢磨され、現代の「春の祭典」にふさわしい明晰さとロシア的な手厚い情感が見事にひとつになっている。

これほど強いリアリティと熱く強烈な説得力をもつ「春の祭典」の演奏もないだろう。

真にロシア的な表現と高揚感、西欧のアンサンブルを兼ね具えた名演といえよう。

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2008年09月05日


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アンセルメ死の3か月前、燃え尽きんとするローソクの最後の輝きを見るような名演である。

この作品の幻想的な色彩性を、アンセルメはいかんなく演奏に出している。

精密な表現と比類のない造形力をもったこの演奏は、長年にわたってこの曲を手がけてきた彼の自信と執念を感じさせる。

このバレエは、ときに舞踏的というよりは記述的になる交響詩的要素をもっているが、その性格描写と魔術的世界の色彩性とがこんなにもぴったりと表された演奏は初めてである。

特に各場面の描き方のうまさ、リズムの迫力ある扱い方、そして「子守歌」から最後にかけての盛り上げ方のうまさは、まさに絶妙。

劇的効果を強く出した演奏で、「火の鳥」の最大の演奏といっても過言ではない。

オーケストラはスイス・ロマンド管弦楽団(OSR)ではなく、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団との録音だが、これはアンセルメがOSRよりすぐれたオーケストラを望んで実現したもので、彼がいかに自分の求める音を見事に引き出しているかがわかるという意味でも非常に興味深いものである。

巨匠アンセルメの貴重な遺産。

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2008年07月07日


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カラヤンは「春の祭典」を2度録音しており、これは2度目のもの。精緻を極めた快演で、カラヤン一流の卓抜な構成力と豊かな表現力が光る。

第1部の「春のきざしと乙女たちの踊り」や第2部の「祖先の呼び出し」など、演出のうまさはさすがカラヤンならでは。

特に終曲「いけにえの踊り」の野性的でダイナミックな描き方は圧巻だ。

「ミューズを率いるアポロ」も高雅な詩情にあふれた秀演。

「詩篇交響曲」はすっきりと磨かれた表現。カラヤンの内部で練りぬかれた作品像が、音となって表出されたという印象を受ける。

交響曲ハ調は楽譜のあらゆる効果を読み尽くした名演。この曲の陥りがちなドライな質感がなく、楽器の色彩を生かした流動感が作品の交響性を生き生きと表している。

「弦楽のための協奏曲」も、カラヤンの手にかかり、快い美感におおわれた音楽に仕上がっている。

これらの性格を異にする作品の特色を的確につかみ、持ち味を十全に引き出しているあたり、カラヤンの面目躍如たるものがある。

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2008年05月06日


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カラヤンは新ウィーン楽派やバルトークあたりを除いてさほど20世紀音楽を録音していないので、彼が録音したストラヴィンスキーの《春の祭典》とかショスタコーヴィチの10番やプロコフィエフの5番そしてオネゲルの2・3番あたりは例外的な珍品に属するのかもしれない。

カラヤン唯一のオネゲルは、2曲とも実に鮮やかなアンサンブルで、音楽の輪郭が明快だ。

第2番は弦楽合奏の表現がとても多彩で、しかも劇的で彫りが深い。音楽をおもしろく、しかもわかりやすく聴かせる演奏といえる。

第3番「典礼風」ではカラヤンの読みが実に鋭く、抒情と劇性の配分とその音楽的な効果が見事に表現されている。終楽章が特に傑出した演奏だ。

プロコフィエフの第5番は彼の持つ乾いたモダニズムとは程遠い表現で、カラヤンの個性が歴然と浮かびあがっている。

「春の祭典」は精緻をきわめた演奏で、カラヤン一流の卓抜な構成力と豊かな表現力が光る。ことに終曲の「いけにえの踊り」の野性的でダイナミックな描き方は圧巻だ。

これらの性格を異にする作品の特色を的確につかみ、持ち味を十全に引き出しているあたり、カラヤンの面目躍如である。

すべてカラヤン最盛期の名演と評価したい。

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2008年01月11日


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詩人コクトーと名優ユスティノフの共演で大きな話題となった名盤である。

アンサンブルにドレクリューズ(クラリネット)、アンドレ(トランペット)、パリキアン(ヴァイオリン)らの名手が参加している。

台詞にもコクトーの手が加わっている。

演奏はいかにもマルケヴィチらしいたいへん切れ味のよい表現で、練達の棒さばきでこの作品のもつ洒落た味とユーモラスな感じとを心にくいまでに鮮やかに描出しており、素敵だ。

ヴァイオリンのパリキアン、トランペットのアンドレら7人の名手を集めたアンサンブル・ド・ソリストも実にうまく、コクトーら4人の語り手のそれぞれの至芸にも強く惹かれる。

豪華なキャストで、ことに、コクトーの語りっぷりのうまさが聴きものとなっており、コクトーの声が聴けるだけでも、価値のある1枚だ。

録音も4人の朗読者たちの口調の魅力、7つの楽器個々の音色と響きの特徴を克明に捉え、全体やいくつもの多種類の組み合わせの妙味を堪能させる。

これは今でもこの作の最上のディスクであり、「読まれ、演じられ、踊られる」という、この作品の持ち味を万全に表出した名演奏だ。

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2007年12月22日


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ブーレーズのストラヴィンスキーは後年の洗練され円熟した演奏よりも、エネルギッシュで野性味のある旧盤を採りたい。

ブーレーズは作曲家としての厳しい目でスコアを徹底的に分析し、それを自分のものとしたうえで作品のなかから豊かな音楽を引き出す。

その棒は実に切れ味がよく鋭い。

「春の祭典」は作曲家としてのブーレーズ一流の鋭い眼力で、あの難解なスコアを徹底的に分析して演奏したもの。

迫力に満ちた劇的な演奏で、リズムの扱いがうまく、第2部の「選ばれた乙女への賛美」から「終曲」にかけての逞しく力強い表現に圧倒されてしまう。

また「ペトルーシュカ」は、四管編成の1911年版を用いた演奏で、録音もよいせいか、その絢爛たる音の洪水に圧倒されてしまう。

ブーレーズの棒は実に歯切れがよく、明快率直に表現しているが、決してドライといった感じではなく、各場の情景の描き方は、驚くほどきまこまやかで、明暗の度合いをくっきり浮き彫りにしている。

特に第3場の「ムーア人の部屋」は、よい出来栄えである。

「火の鳥」はブーレーズの綿密な設計力と楽譜の読みの深さの光る名演で、彼はスコアを克明に分析し、ひとつひとつの音のもつ意味をよく考えながら、このバレエのロシア的な民族色を色濃く表出している。

ことに「王女たちのロンド」と「子守歌」は素晴らしい。

「火の鳥」とカップリングされたバルトークの「中国の不思議な役人」も全編に緊張感のあふれた大変充実した演奏で、ブーレーズならではの演出のうまさである。

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