R・シュトラウス

2014年05月10日


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これはハンブルク国立歌劇場で新演出の『サロメ』が上演された際の初日のライヴである。

恐らくベームと付き合いのある演出家のアウグスト・エファーディングの招きに応じたのか、この大指揮者にとって1933年以来のハンブルク国立歌劇場との公演という意味においても記念碑的な意味を持つ。

時折この都市でコンサートは指揮していたものの、ベームにとっては嘗ての手兵、歌劇場にとっては“おらがマエストロ”の久々のオペラ公演ということで、共に気合が入ったであろうことは疑いようがない。

ハンブルクの聴衆にしても、この都市で音楽監督を務めたベームが、ウィーン国立歌劇場総監督に上り詰め、その後、カラヤンやバーンスタインらと世界の演奏界の頂点に君臨する存在になったことは誇りであったことであろう。

往年のマーラーがやはりこの地の歌劇場総監督からウィーン宮廷歌劇場へ進出したように。

しかも、ベームが監督を務めていた時代のメンバーは先ず在籍していなかったであろうし、聴衆の中にもハンブルク時代のベームを知る人も少なかったであろうが、久々にコンビを組んだとは思えない程に指揮者も管弦楽も一つにまとまっている。

北ドイツ気質というか、まさに共に質実剛健で、音楽の本質に真っ向から切り込んでいく。

しかも、ライヴならではの破壊力が随所に感じられて、息をつく暇はなく、コーダまで息詰るような緊張感が支配している。

その為、この楽劇に美少女サロメの妖艶さや情感の豊かさを求める向きには禁欲的な演奏と言える。

ただ、ベームは師であったシュトラウスの意図や指揮ぶりも熟知しており、恐らくこの演出こそが本来この楽劇に求められたものであろうと思わせるだけの説得力がある。

歌手陣ではF=ディースカウとオフマンが素晴らしい。

サロメ役のジョーンズは恐らく舞台では凄く映えたであろうが、歌だけを聴く限り、時折ヒステリックになり、演技の限界を露呈している。

ヨカナーン役のF=ディースカウに関しては、ベストパフォーマンスだと思う。

無比の燃焼を示した不朽の歴史的名盤と称するべきである。

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2014年05月04日


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R.シュトラウスを得意にしていた帝王カラヤンが、独自の芸風を確立した1970年代にEMIへ吹き込み、初出時に大評判になった3つの大作を収録。

壮麗な《英雄の生涯》をはじめ、これが唯一の録音となった《家庭交響曲》、名手ロストロポーヴィチの雄弁なソロを組み込んだ《ドン・キホーテ》など、いずれも極めつけの名演揃いである。

ベルリン・フィルの柔軟性と機動力に富んだサウンドも特筆物である。

しかし、《英雄の生涯》と《ドン・キホーテ》については既にレビュー投稿済みなので、ここでは《家庭交響曲》について述べたい。

カラヤンによる同曲唯一の録音で、このコンビとしては大変に珍しいパリでの録音(これも唯一であろう)。

カラヤン&ベルリン・フィルは1973年の1月にベルリンで初めて同曲を演奏、同年の来日公演でもプログラムにのせている。

カラヤンのR.シュトラウスは定評のあるところだが、その中でも彼の美質が特によく示されているのがこの《家庭交響曲》である。

カラヤンは作品の表題性と音楽性を見事に両立させており、各部を精妙な表情と清純な色調で演奏して、最後まで聴き手を飽きさせない。

あるいは朗々と歌い、あるいはささやくように繊細な効果を発揮しているが、いずれも音楽的に自然で暖かく、ロマン的な雰囲気も豊かに感じさせる。

極上の美しい響きを基調にしつつ、巧みな表情の変化と雄弁な語り口で各部分の標題的な内容を克明に描くその鮮やかさは、まさにカラヤンの独壇場。

とりわけの聴きどころは愛の情景の部分で、《ばらの騎士》の冒頭とともに、シュトラウスのこの見事な男女の愛の営みの音楽描写を、カラヤンほど的確に表現した指揮者はいないだろう。

激しい情熱と甘い気分との間に揺れ動きつつ、次第に興奮を高めて絶頂感に達し、果てたのち、心地よいけだるさを感じさせる。

その官能的かつ肉感的な表現の濃厚さと迫真性はまさに比類がない。

それがベルリン・フィルの名技に支えられていることも特筆しておく必要がある。

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2014年04月27日


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1955年度フランス・ディスク大賞受賞盤である。

その名誉にそむかず、驚くべき名演で、1954年という年代的な古さだけで敬遠してはならない名演。

モノーラル末期の録音だが、CDに聴く《ばらの騎士》のなかでの最高の名盤であろう。

カルロス・クライバーの父エーリヒの指揮は、ウィーン情緒豊かだが、決して伝統の上にあぐらをかいたものではなかった。

チャーミングなソロ楽器の競演、劇中の各ワルツの悩ましいばかりの艶やかさはまさに最高と言えよう。

特にワルツのリズム扱いひとつを取り上げてみても、余人の追従を許さない個性的な生気と閃きがあり、しかも一方では、思い入れの度が過ぎたり、センチメンタルにもなり過ぎない冷静さがあった。

主な役どころを生粋のウィーンの歌手で固め、伝説的なライニングの元帥夫人といかにも育ちのいいオクタヴィアンを演じた当時新進気鋭のユリナッチの取り合わせといった女声が目立っている。

大体、この楽劇は男声が難しいが、ウェーバーのうまさは唖然たるもので、人間味豊かなオックス男爵など、配役もすこぶる強力である。

また、重唱の美しさと管弦楽のニュアンスが細かく、響きの美しいことが、このディスクの成功の原因である。

E.クライバーの指揮、ウィーン・フィルの演奏、歌手たちの歌いぶり、その全てが最高の境地で一体化しながら、この作品の素晴らしさを万全に伝えている。

筆者は根っからのオペラ好きではないかもしれないが、個人的にはオペラの場合でもオーケストラの比重は大きく考えている。

つまり、歌手がいかに豪華であっても、オーケストラが添え物的では満足できない(むろん、逆にオケが良くて歌手がB級でも困るが)。

その点、この録音はオーケストラがびっくりするほどきれいで、ウィーン・フィルの美点を最も顕著に捉えた名録音の一つだろう。

このオペラではカルロスよりも父エーリヒの方がずっと上だ。

また第3幕の最後、若い恋人同士が去った後、黒人の少年がゾフィーの落としたハンカチを拾い、舞台から姿を消して幕となるが、この洒落切った幕切れの音楽もエーリヒの瀟洒さが抜群だ。

ここにはR.シュトラウスとウィーンの輝きがある。

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2014年04月01日


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カラヤンはR・シュトラウスを得意としていたが、その中でも楽劇「ばらの騎士」は特にお気に入りの楽曲であったということでよく知られているところだ。

ザルツブルク祝祭大劇場のこけら落とし公演にカラヤンが選んだ曲目も同曲であるし、その後も同音楽祭で何度も採り上げてきた演目であった。

CDとしての録音もフィルハーモニア管弦楽団とのスタジオ録音(1956年)、そして本盤のウィーン・フィルとのスタジオ録音(1982〜1984年)の2度に渡って行われているし、DVD作品も2種(前述の1960年のザルツブルク祝祭大劇場こけら落し公演の収録、1984年のザルツブルク音楽祭ライヴ収録)遺されている。

これはカラヤンが同曲を深く愛していたことの証左であると考えられるところだ。

DVD作品は別として、CDとしては、1956年の旧盤の方が永遠の歴史的名盤として極めて高い評価を受けている。

確かに、当該演奏は、壮年期のカラヤンならではの颯爽とした音楽性豊かな指揮ぶり、そして歌手陣の豪華さは圧倒的であり、特に、有名な第3幕の「ばらの騎士の三重唱」は、もはやこの世のものとは思えないほどの抗し難いほどの美しさを湛えていた。

それでは、本盤の演奏が1956年盤に劣っているのかと言うと、必ずしもそうとは言い切れないのではないだろうか。

本盤が録音された1982年〜1984年と言えば、ベルリン・フィルとの関係に亀裂が生じるとともに、健康状態も悪化していたこともあって、カラヤンとしても心身ともに好調とは言えない時期に相当するが、人生の辛酸を舐め尽くした巨匠ならではの円熟の指揮ぶりは、明らかに旧盤を遥かに凌駕している。

旧盤では、あくまでも比較の問題であるが、オクタヴィアンとゾフィーの若きカップルの幸せの方に焦点が当たっていたものが、本盤では、元帥夫人の諦観に焦点が当てられた演奏となっており、カラヤンの指揮は、自らに忍び寄る老いを自覚しつつ、若きカップルの幸せを温かく見守るという元帥夫人に同化しているような趣きさえ感じさせるところだ。

そう思って聴くと、本演奏における「ばらの騎士の三重唱」は、数々のオペラの名演を成し遂げ、名実ともにオペラ界の頂点を極めた巨匠カラヤンの現世への告別のようにも聴こえるところであり、涙なしには聴けないほどの抗し難い感動を呼び起こす畢生の名演奏に仕上がっていると評価したい。

歌手陣は、カラヤンの旗本とも言うべき歌手陣が配されており、1956年盤と比較すると若干落ちるとは思うが、元帥夫人のトモワ=シントウ、女たらしのオックス男爵にクルト・モル、オクタヴィアンにアグネス・バルツァ、ゾフィーにジャネット・ペリーという豪華な布陣。

このうち、元帥夫人については、さすがに旧盤のエリザベート・シュヴァルツコップと比較するといささか線の細い気もしないではないが、シュヴァルツコップの巧さが鼻につくというクラシック音楽ファンの中には、本盤のトモワ=シントウの歌唱の方を好ましいと思う人がいても何ら不思議ではない。

ウィーン・フィルの演奏も美しさの極み。

当時のカラヤンは、前述のように、ベルリン・フィルとの関係が決裂しており、ウィーン・フィルに指揮活動の軸足を移していた。

ウィーン・フィルは、そうした傷心のカラヤンを温かく迎え、カラヤンとともに渾身の名演奏の数々を成し遂げていた。

本演奏もその一つであり、どの箇所をとっても、カラヤンと一体となって、オペラ指揮者としての集大成とも言うべき名演奏を成し遂げようと言う気構えが感じられるところだ。

まさに、指揮者とオーケストラの関係の理想像の具現化とも言えるところであり、指揮の巧さだけをとれば旧盤ということになろうが、本演奏こそは、カラヤンによる同曲の演奏の、そしてカラヤンがこれまで行ってきたあらゆるオペラ演奏の集大成とも言うべき至高の超名演と高く評価したい。

なお、カラヤンの最も優れた伝記を執筆したリチャード・オズボーン氏によると、カラヤンは、本盤の録音の際、「菓子屋の店先を離れようとしない子どもと同じ」ように、既に完璧な録音が終わっている長い箇所についても敢えて何度も録音し直したとのことである。

カラヤンは結果として本盤の録音に3年もの期間を要しているが、カラヤンとしても、このオペラ演奏の桃源郷とも言うべき世界にいつまでも浸っていたかったに相違ないと考えられるところだ。

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2014年03月27日


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作曲者と指揮者を結ぶ「絆」の強さを音で聴かせる名盤だ。

R.シュトラウスは交響詩《英雄の生涯》をオランダの名指揮者で、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団を一代で世界屈指の名門オーケストラに育成したウィレム・メンゲルベルク(1871-1951)と彼のオーケストラに捧げている。

R.シュトラウスは「若々しい心と情熱にあふれ、しかも練習熱心な」指揮者とオーケストラの賛美者であり、たびたび客演もしていたのだが、自画像のような名作を捧げることで友情と賛美の証としたのである。

R.シュトラウスの「超絶技巧のオーケストレーション」とも言える煌びやかな音響の「超絶」を統率するのは当時の指揮者にとっては至難の業であったが、複雑なスコアを楽に紐解くことができ、大音響を好んだメンゲルベルクにとって、R.シュトラウスの作風はまさに望むところであった。

すぐにメンゲルベルクはこの作品を指揮するようになり、彼の技術と作品との最高のコンビネーションの証拠がこのCDにもあらわれているが、アムステルダムでは他の指揮者が採り上げることを許さなかったというから偉かったのである。

そんな演奏を聴いたR.シュトラウスは芳醇さと優雅さを絶賛しながらも、さらにより鋭利なアクセントと活力、そして荒々しさも求めたというから面白い。

全盛期を謳歌していたメンゲルベルク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団は1941年に《英雄の生涯》を録音しているが、芳醇さと鋭さ、優雅さと荒々しさに加えて、惚れ惚れとするばかりの巧さを加味、記念碑的名演としている。

隅から隅まで作品を知り尽くした指揮者とオーケストラが、愛情と責任感とを背景に歌い上げた熱演であると同時に、トランペットなどソロをとる首席奏者たちの素晴らしさが際立っており、どこか風格すら感じてしまうほどである。

作曲者が求めていた理想の作品の姿がこうした名演で残されたことは値千金の価値を持つ。

SP録音ながら信じ難いサウンドの優秀さにも驚かされるし、名ホールのアコースティックまでもが味わえるのも奇跡のようである。

これを聴いてしまうと、その後のオーケストラは本当に成長し、発展したのかと、しばし考え込むことにもなりかねない。

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2014年03月21日


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これまでの既発売のフルトヴェングラーでは考えられないような超高音質SACDの登場を大いに歓迎したい。

弦楽合奏の圧倒的な重量感、高弦の艶やかな響き、金管楽器や木管楽器のブリリアントな響きなど、とても1950年代の録音とは信じられないような鮮明な音質に生まれ変わった。

特に、R・シュトラウスの3曲は、もともとフルトヴェングラーの数ある録音の中でも比較的音質が良いことで知られていただけに、その効果は一層絶大で、最新録音に匹敵するような鮮度を誇っていると言っても過言ではあるまい。

おそらくは、フルトヴェングラーSACDシリーズの中でも白眉の高音質と言えるだろう。

いずれにしても、今般のフルトヴェングラーの遺産の一連のSACD化に向けてのEMIの取り組みは、フルトヴェングラーの圧倒的な名演だけにその意義は極めて大きく、まさに歴史的な偉業と高く評価したい。

「モルダウ」は、決して急ぐことがないゆったりとしたインテンポによる彫りの深い、そして雄渾な名演であるが、かかるフルトヴェングラーの卓越した至芸を鮮明な音質で堪能できるのが素晴らしい。

特に、終結部の急流の部分は、従来CDだと音が団子状態でよく聴き取れないのが難点であったが、本盤においては相当程度分離して聴こえるのが見事。

「ドン・ファン」は、冒頭の輝かしい響きの何という鮮明さ。

その後は、各管楽器、弦楽器がクリアに分離して聴こえるのは驚異的であるし、低弦による迫力ある鮮明な響き、そしてソロヴァイオリンによるシルキーな美音には抗し難い魅力がある。

ホルンの朗々たる響きも、古めかしさをいささかも感じさせない。

フルトヴェングラーによる同曲の真髄を徹底的して追求することに根差した彫りの深い濃密な表現が、今般の高音質化によって鮮明に再現された意義は極めて大きいと言うべきであり、同曲には圧倒的な音のドラマを構築したカラヤンの名演もあるが、筆者としては、一概に優劣は付け難いものの今後は本盤の方を愛聴したいと考える。

「ティル」も圧巻の高音質で、冒頭のホルンの音色が、従来CDだといささか古めかしく聴こえたが、本盤ではそのようなことはなく、音の鮮度が保たれているのは素晴らしい。

その後も、金管楽器の生々しい響き、木管楽器の艶やかな響き、打楽器の迫力は唖然とするほどで、トゥッティにおいて、各楽器が鮮明に分離して聴こえるのは凄いの一言。

フルトヴェングラーの表現は、「ドン・ファン」と同様に彫りの深い濃厚さが支配しており、今般の高音質化によって、間違いなく同曲最高の名演の地位を獲得したと言っても過言ではないのではないか。

「死と変容」は、フルトヴェングラーならではの壮絶にしてドラマティックな名演であるが、従来CDだと、特にトゥッティの箇所で、音がやや団子状態になるなど、今一つその至芸を満喫することが困難な面もあった。

しかしながら、今般の高音質化によって、フルトヴェングラーが表現する死との凄まじい闘いや生についての天国的な美しさが、我々聴き手の肺腑を打つのに十分な力感溢れる高音質に生まれ変わっており、本名演の価値をより一層高いものとしたと言えるのではないか。

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2014年02月20日


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この交響曲を音楽による登山日記だと思ってナメてはいけない。

この曲は当初、《アンチ・クリスト―アルプス交響曲》と名づけられていた。

つまり、ニーチェの思想「キリストは死んだ」ので、そんな死んだ神よりも自然を信仰しよう、みたいな観念的なニュアンスが付け加えられたわけだ。

ところがシュトラウス、やたらと描写が細かくじつにリアルなので、その作品に込められた主義主張はどこへやら。なんだかんだ、極上の登山日記になっているのである。

演奏家によって、どんな山なのか、そしてそれを待ち受けているものは何?という違いを聴き取るのが楽しい曲である。

筆者はシノーポリ盤をかなり面白く聴くことができた。

情報量がとんでもなく多い。しかも多いだけでなく、さりげなく擬音的に響く木管の不気味さといったら。

そして大編成のオーケストラが鳴りに鳴る。冒頭の夜から日の出を迎えるシーンは驚天動地の世界だ。

やたらと広大で、やたらに細かい、やたらと有機的で、やたらに人工的、聴き手の遠近感を狂わせてしまう演奏なのだ。

ぞくぞくするような冷淡な部分もある。山道に迷って氷河にたどり着く場面、そして悲歌の部分の翳り方はふつうではない。

浮き沈みが非常に激しいのだ。クスリや死を意識したことで、精神が過敏になったまま接したような自然がある。

この演奏を聴くと、登山日記を越えたもっと鬼気迫るものを筆者は感じてしまうのである。

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2014年01月08日


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R.シュトラウスと親交のあったカール・ベームは、数多くのオペラ上演を中心に、彼の芸術の振興に大きく貢献、オーケストラ・レパートリーでも、慧眼というほかない、作品を知り尽くしたアプローチで聴き手を魅了してきた。

当セットには、そんなベームが残したR.シュトラウス録音から代表的なオーケストラ・レパートリーが集められておリ、ベームならではの質実剛健なアプローチが作品本来の味わいをよく引き出している。

名演揃いの聴き応えのあるアルバムで、特にシュターツカペレ・ドレスデンとの『アルプス交響曲』や『英雄の生涯』などが復活し入手しやすくなったのは嬉しい。

国際化する以前のベルリン・フィルを指揮した『ツァラトゥストラはかく語りき』『祝典前奏曲』『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯』『ばらの騎士のワルツ』『サロメの踊り』の5作品はすでに名演奏として有名なもので、重厚壮麗で骨太なサウンドが素晴らしい聴きものとなっている。

中でも出色なのは『ツァラトゥストラはかく語りき』で、造形の堅牢さ、スケール感、緊張感、深い思索、オケの技…実に模範的である。

名門シュターツカペレ・ドレスデンを指揮した『アルプス交響曲』『ドン・ファン』『英雄の生涯』の3曲は残念ながらモノラル録音ではあるが、ステレオ直前の時期だったということもあり音の解像度や質感は上々。

なお、最後に収録されたシュターツカペレ・ドレスデンとの『死と変容』は、1972年のザルツブルク音楽祭におけるライヴで、実演ならではのパワフルな演奏がステレオ録音で楽しめるのがポイント。

特に筆者の好みは『アルプス交響曲』(格調高い)、『英雄の生涯』(抜群の推進力と引き締まった造形)、『死と変容』(壮大な音のドラマ)。

音響にこだわる人(R.シュトラウスの場合それも理解できるが)、派手な効果が好きな人にはお薦めできないが、R.シュトラウスの音楽を愛する人はぜひご購入されたい。

作曲者と親交厚かったべームの真摯な探求の成果がここにある。

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1953年9月21日、コヴェント・ガーデンに於けるライヴ(モノラル)録音。

ドレスデン生まれのルドルフ・ケンペがR.シュトラウスの真髄を表出した、ロンドンでの『アラベラ』ライヴ録音。

バイエルン国立歌劇場が戦後初めて行ったロンドン引越し公演での『アラベラ』は、ドイツの文化的権威を復活させたともいえる歴史的偉業であった。

ドイツ国歌演奏が収録されていないのは大変残念だが、ケンペの指揮は格調が高く、かつ白熱したものだ。

全ての演奏家が並々ならぬ気合いをもって臨んだのが手に取るように分かる。

キャストでは、若々しいデラ・カーザの歌声が聴ける。

デラ・カーザのアラベラはオルフェオからザルツブルクのライヴが発売されたばかりだがこのような録音も残されていたとは。

第1幕前半でのトレチェルとの甘美な節回しは後年のカイルベルト盤やショルティ盤では見られないものだ。

ケンペは歌手の呼吸を良く知っていて、ベストのサポートをしている。

まだ若かったケンペもすでにR.シュトラウス演奏の第一人者としての地位を築いており、この他愛無いオペラをきりりと引き締めていて楽しめる。

何でもロンドンの聴衆はR・シュトラウスのオペラに慣れておらず、『アラベラ』は殆ど初演に近かったらしいが、戦後10年は経っていない時期によくぞBBCが放送したものだ。

聴衆も最初は控えめな拍手が入っていたが、最後は心酔しきったような暖かい拍手になっているのも素晴らしいドキュメントであった。

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2013年11月15日


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期待を上回る名演奏。

アルプス交響曲はケンペ、カラヤン、そして、ムラヴィンスキーくらいを手元に置いていていれば充分かなと思っていたが、これも是非持っておくべきCDだと思う。

これは、「クナ」マジックのひとつと言えよう。

神々しいクナのブルックナーは別にして、マジックを感じる「ブラ3」に共感した人は、この演奏に嵌まる可能性は大きい。

特にあの山頂での高揚感は格別だ。

恥じらい気味なオーボエの後、形容を絶する弦と金管の呼応には、聴く者の琴線に触れるものがある。

この部分では、弦の上昇音階が先走らないようにということか、拍を刻むクナの足踏みも聴こえる。

「嵐」 の冒頭におけるトロンボーンの強奏、中間部のオルガンの絶叫は最大の聴きどころだ。

今までアルプス交響曲は、クナの中でそれほど重要なコンサート・プログラムとして紹介されていなかったが、なかなかどうして、この曲における自然に対する畏敬の念のようなものを、今回初めて抱かされた。

「ブラ3」や「ベト8」などとともに クナの十八番のひとつであったに違いない。 

ライヴならではの細かいミスが散見されるが、そんなことはどうでもよくなってしまうほどの名演だ。 

今は聴けない「大時代的」演奏の最良の姿がここにあると言える。

それにしても1952年当時のウィーン・フィルは素晴らしい。

ワルターの「大地の歌」、クラウスの「英雄の生涯」、そしてフルトヴェングラーの「エロイカ」もこの年の録音なのだ。

併録された、1958年録音の「死と変容」も厳粛崇高な凄演だ。

この曲をこれほど神がかり的に表現し、しかも成功した例を筆者はほかに知らない。

両曲の録音は6年の開きがあるが、それはほとんど感じられず、そしてダイナミックレンジの広い大編成オケの曲だが、驚異的な高音質と言える。

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2013年05月22日


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本盤にはショルティがロンドン・フィルを指揮して演奏したR・シュトラウスの歌劇「ナクソス島のアリアドネ」が収められているが、素晴らしい名演と高く評価したい。

ショルティほど、賛否両論のある指揮者はいないのではないだろうか。

確かに、ショルティはその晩年に至るまで、拍が明瞭でアクセントはやや強めの正確無比とも言えるような演奏を展開していた。

もちろん、1980年代後半になると、そのような演奏の中にも奥行きの深さが付加されてくるのであるが、それ以前の演奏では、呼吸の浅い浅薄な演奏も多々見られたところである。

もちろん、マーラーの交響曲やお国もののバルトークの管弦楽曲や協奏曲などでは比類のない名演を聴かせてくれたが、ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」を除いては、高い評価を得ている名演が少ないというのも否定し得ない事実であるところだ。

しかしながら、本演奏においては、ストーリー展開の複雑さやオーケストレーションの巧みさを旨とするR・シュトラウスの歌劇「ナクソス島のアリアドネ」だけに、ショルティの正確無比なアプローチが見事に功を奏しているのではないだろうか。

ショルティの精緻に楽想を描き出していくという指揮が、同曲の複雑な展開や楽想を明瞭に紐解き、聴き手が同曲の魅力をわかりやすく味わうことが可能になった点を高く評価すべきであろう。

しかも、比較的小編成のオーケストラ演奏を主体とするオペラであることもあり、本演奏当時(1977年)のショルティによる他の楽曲の演奏において時として聴かれる力づくの無機的な音が殆ど聴かれないというのも素晴らしい。

ショルティの確かな統率の下、決して一流とは言い難いロンドン・フィルが持ち得る実力を最大限に発揮した名演奏を繰り広げているのも、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

キャスティングは見事であるが、とりわけバッカス役のルネ・コロとプリマ・ドンナ、アリアドネ役のレオンタイン・プライス、そしてツェルビネッタ役の若きエディタ・グルベローヴァの名唱は秀逸である。

また、音楽教師役のヴァルター・ベリーや作曲家役のタチアーナ・トロヤヌス、幹事長役のエーリッヒ・クンツなどによる巧みな歌唱も素晴らしい。

録音は英デッカならではの極上の高音質録音であり、オペラ録音としては最高の水準を誇っていると高く評価したい。

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2013年05月17日


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ライナーはR・シュトラウスを得意としており、手兵のシカゴ交響楽団とともに数多くの録音を遺している。

交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」も、シカゴ交響楽団と2度にわたって録音しているが、本盤に収められたのはその2度目の録音ということになる。

一般的に名演の誉れが高いのは旧録音(1954年)の方であるが、本演奏は、演奏の凝縮度においてさすがに旧録音ほどの出来とは言えないものの、ライナー&シカゴ交響楽団の黄金コンビの名に恥じることがない素晴らしい名演と評価したい。

ライナーのアプローチは、華麗なるR・シュトラウスのオーケストレーションをいかに巧みに音化するのかに主眼を置いているように思われる。

そのためには、技量が高いオーケストラが必要不可欠であり、その意味でもシカゴ交響楽団の存在は極めて大きいものであった。

鉄壁のアンサンブル、ブリリアントな金管楽器の響きなど、当時スーパー軍団として世に馳せていたシカゴ交響楽団の技量を最大限に発揮させているところであり、本演奏はまさにオーケストラ演奏の極致とも評価し得ると考えられる。

技量だけに着目すれば、カラヤン&ベルリン・フィルによる名演にも比肩し得る演奏ということが可能であろう。

ただ、オーケストラの音色の味わい深さにおいては、この当時のシカゴ交響楽団の音色には艶やかさはあったものの、ベルリン・フィルの方に一日の長があるのではないだろうか。

また、カラヤンの指揮の方が適度に流麗なレガートを駆使するなどより官能的な味わいがあり、筆者としては、カラヤン&ベルリン・フィルの演奏の方を圧倒的な音のドラマとしてより上位に置きたいと考える。

もっとも、これは非常にレベルが高い名演どうしの比較であり、本演奏の評価自体を貶めるものではないことに留意しておく必要がある。

そして、本盤でさらに素晴らしいのはXRCDによる極上の高音質である。

本演奏は、今から50年近くも前の録音であるが、XRCD化によって信じ難いような鮮度の高い音質に生まれ変わったところであり、あらためてXRCDの潜在能力の高さを認識させられたところである。

いずれにしても、ライナー&シカゴ交響楽団による名演をXRCDによる高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2013年05月14日


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ティーレマンによるR・シュトラウスと言えば、同じくウィーン・フィルを指揮したアルプス交響曲の名演が記憶に新しいところだ。

その壮麗なスケールと美しさは、極上の高音質録音(既にシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤として発売)も相俟って、素晴らしい名演に仕上がっている。

本盤はティーレマンにとって、アルプス交響曲に続く2枚目のR・シュトラウス管弦楽曲集のアルバムということになる。

交響詩「英雄の生涯」と言えば、どうしてもカラヤンによる名演が念頭に浮かぶ。

スタジオ録音を3度行い、さらに数多くのライヴ録音を遺したカラヤンによる同曲の演奏は、いずれも至高の超名演であり、今もなお強烈な存在感を発揮しているとさえ言える。

このようなカラヤンによる強烈無比な超名演を超える演奏を成し遂げるというのは、至難の業とも考えられるところだ。

まして、同じく独墺系の指揮者であるティーレマンにとっては、カラヤンによる超名演の残像は相当に強いものであったはずだ。

しかしながらティーレマンは、カラヤンによる超名演の呪縛を見事に解き放ち、ウィーン・フィルの美しい音色を存分に生かすことによって、カラヤンによる各種の超名演(カラヤンによる演奏はいずれもベルリン・フィルとのもの)とは違った情感豊かな名演に仕立て上げるのに成功している点を高く評価したい。

カラヤンは、同曲の主人公である英雄と同化したような豪演を披露したが、ティーレマンは一歩引いて、あくまでも同曲の英雄を客観的に捉えた演奏を繰り広げていると言えよう。

それでいて、前述のようにどこをとっても情感の豊かさに満ち溢れており、R・シュトラウスが同曲に盛り込んだ美しい旋律の数々を徹底的に歌い抜くことに腐心しているように思われる。

また、強靭さにおいても不足はないが、どこをとっても格調の高さが支配しており、スケールはきわめて雄大である。

このような堂々たる名演奏を聴いていると、あらためてティーレマンが、ドイツの音楽界を牽引する指揮者として将来を嘱望されていることがよく理解できるところだ。

近年では指揮者に軸足を移したライナー・ホーネックによる美しさの極みとも言うべきヴァイオリン独奏を聴くことができるのも本名演の大きなアドバンテージである。

併録の交響的幻想曲「影のない女」は、R・シュトラウスが歌劇「影のない女」から有名曲を編曲して纏め上げた作品であるが、オペラを得意とするティーレマンならではの演出巧者ぶりが発揮された素晴らしい名演であると評価したい。

録音は、従来盤でも比較的満足できる高音質であったが、今般のSHM−CD化によって音質がさらに鮮明になるとともに、音場が若干にではあるが幅広くなったように感じられる。

ティーレマンによる素晴らしい名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2013年05月04日


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ケンぺは、R・シュトラウスの協奏曲やオペラからの抜粋を含めたほぼ完全な管弦楽曲全集を録音したが、本盤は、当該全集から2曲を抜粋したCDだ。

いずれも、素晴らしい名演と高く評価したい。

アルプス交響曲は、カラヤン&ベルリン・フィルの名演が発売されて以降、録音点数が激増し、今や、多くの指揮者の主要レパートリーとなっているが、本盤の録音当時(1970年)は、他にも殆ど録音がなかった。

CD時代とLP時代の違いということも要因の一つと考えられなくもないが、現代の隆盛からすると隔世の感があると言える。

ケンペは、R.シュトラウスのこの傑作を、作曲者とも関係の深い名門シュターツカペレ・ドレスデンを率い、堅固な構成力で円熟の極致ともいえる名演を繰り広げている。

ケンぺの演奏の特色を一言で表現すると質実剛健ということになるのではないか。

最近の演奏が特色とする華麗さなどは殆ど見られない。

堅固な構成力を重視した演奏で、標題よりも、交響曲という形式に主眼を置いているような渋い印象を受ける。

シュターツカペレ・ドレスデンのいぶし銀の響きも、こうしたケンぺのアプローチを助長することに繋がっており、演奏が含有する内容の濃さ、味わい深さといった点では、アルプス交響曲の数々の名演の中でも最右翼に掲げるべきものであると考える。

同様の評価は、併録の克明にして精妙な「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」の演奏にも言える。

音質はもともとイマイチであったが、HQCD化によって、若干ではあるが、音質に鮮明さを増した点も高く評価したい。

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2013年04月28日


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極上の高音質SACDの登場だ。

この演奏には、これまでマルチチャンネル付きのハイブリッドSACD盤が登場していたが、当該盤は、マルチチャンネルの質があまり良くなく、やや焦点のぼけた音質とあいまって、臨場感にいささか欠ける面があった。

ところが、今回のSHM−CD仕様のシングルレイヤーSACDはそもそも次元が異なる音質と言える。

同じSACDでもここまで違うとは信じられないほどだ。

マルチチャンネルは付いていないが、音場が拡がる素晴らしい臨場感といい、音質の鮮明さといい、これ以上は求め得ないような究極の高音質CDと言えるだろう。

アルプス交響曲の高音質CDとしては、数年前に発売されたヤンソンスのマルチチャンネル付きSACDがあるが、マルチチャンネルが付いていないことを考慮すれば、本盤と同格の音質と言えよう。

演奏も素晴らしい名演。

ティーレマンは持ち前の技量で、情熱的かつ、劇的な音楽を展開させている。

そして何よりも、ウィーン・フィルの美音を存分に味わうことができるのが本演奏の最大の魅力だ。

ティーレマンも聴かせどころのツボを心得た見事な指揮ぶりであり、最近急増しつつあるアルプス交響曲の名演の中でも、トップの座を争う名演として高く評価すべきものであると考える。

併録の「ばらの騎士」組曲も名演。

これを聴くと、ティーレマンが、オペラハウスから叩き上げてスターダムにのし上がっていくという、独墺系の指揮者の系列に連なる指揮者であることがよく理解できる。

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2013年03月09日


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2004年9月4日、アムステルダム・コンセルトヘボウに於ける収録。

まずは、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音を高く評価したい。

R・シュトラウスのような大オーケストラによる楽曲の場合、演奏内容の前に、録音の良さが勝負になるが、本盤の場合は、いささかの不足もない、極上の高音質に仕上がっていると言える。

マルチチャンネルによって、あたかもコンサートホールで聴いているような臨場感があり、各楽器の分離も完璧だ。

やや弱音がはっきりしない箇所(例えば、英雄の戦いの場面の冒頭のトランペットなど)も散見されるが、これは、録音のせいと言うよりも、後述のように、ヤンソンスの表現によるところが大きいと思われる。

そして、演奏内容であるが、「英雄の生涯」は、かのメンゲルベルクが首席指揮者をつとめていたときにシュトラウス自身によってコンセルトヘボウに献呈されたという、まさにこのオーケストラにとって特別な曲であるだけに、指揮者もオーケストラも一丸となって、熱のこもった演奏を繰り広げているのが特徴だ。

さらに、ヤンソンスのロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団首席指揮者就任記念コンサートであるだけに、まるでヤンソンスにR.シュトラウスがのりうつったかのような激演になっている。

それ故に、ヤンソンスもある種の気負いがあるせいか、強弱をあまりにも強調するあまり、弱音が不自然に弱く、痩せて聴こえる箇所も出てきているが、それでも、総体としては、この両者の実りの多い関係を予見させるだけの、なかなか水準の高い佳演を繰り広げていると評価したい。

ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団は、さすがに技量の水準が高く、最高のパフォーマンスを示していると言える。

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2013年02月26日


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実になだらかで、起伏のない美しい演奏だ。

これほどわめいたりしない静的な演奏は、アルプス交響曲では初めてではないだろうか。

いかにも、晩年になって、穏健派に磨きがかかったハイティンクらしい。

なお、ハイティンクの「穏健」と彼の音楽性を結びつけてメリハリのない演奏のように評している人がいるが、よく聴けばこれが的外れだということが分かるだろう。

したがって、冒頭の夜明けのゆったりとしたテンポ設定などは雰囲気満点であり、嵐が過ぎ去った後の一日の回想についても、その美しさが際立っている。

しかしながら、登山の部分は、あまりにも起伏がなさ過ぎて、果たしてこのような緩慢な足取りで登頂できるのかいささか不安になる。

氷河の危険も、眼前に安全策が施されているようだ。

頂上に至っては、かなり標高の低い山に登ったかのように、眼前にはスケールの大きいパノラマが殆ど浮かび上がってこない。

嵐もどこか抑制がかかっており、あたかも実験室での風洞実験のような趣きだ。

前述のように、美しい演奏ではあり、評価すべき箇所も多少は散見されるものの、それが表面的なレベルにとどまっており、きわめて底の浅い凡演だと酷評せざるを得ない。

コンセルトヘボウ管との旧録音が希代の名演だっただけに期待して聴いたのだが……。

SACDマルチチャンネルによる高音質録音は実に鮮明で見事なものであり、録音面においては評価したいが、こうした高音質録音が不幸にも演奏の底の浅さを露呈することに繋がっており、何とも虚しい気持ちにさせられるのは大変残念なことだ。

さしずめ自分で険しい山を登っているというよりは美しい映像作品を見ているような感じであり、なかにはこういった演奏を好む人もいるのではないかと思い、敢えて採り上げた次第だ。

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2013年01月29日


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ショルティとウィーン・フィルは、決して相性のよいコンビでなかったと聞く。

確かに音楽性は相反する感じなので、反目することがあったのは当然と思える。

しかし、ショルティとウィーン・フィルの残した演奏には、両者の長所が融合し合った幸せな音楽の瞬間が多々あり、この『英雄の生涯』もその一つで、剛毅さ・艶麗さ・凄絶さ・そして黄昏の美といったこの曲の持つ魅力を十全に引き出している。

冒頭の「英雄」は、快速のテンポで突き進む。

それは、まさに向かうところ敵なしといった感じ。

「英雄の敵」に入っても、テンポにはいささかの緩みも見られない。

「英雄の妻」では一転してテンポを落とすが、ここのキュッヒルのソロの実に美しいこと。

「英雄の戦場」は、いかにもショルティらしく圧倒的な音量でオーケストラを豪快に鳴らすが、その凄まじさには戦懐を覚えるほど。

「英雄の業績」は、そっけなさを感じるほどの快速のインテンポ。

「英雄の引退と完成」は、再びテンポを落として、演奏全体を雄大に締めくくっている。

ショルティは、一部批評家から、無機的なインテンポの指揮者と酷評されているが、本盤のような演奏に接すると、決してそうではなく、むしろ緩急自在のテンポを駆使した起伏の激しい演奏をしていることがよくわかる。

本演奏を名演と言えるかどうかは、ウィーン・フィルとの相性などを考慮するといささか躊躇するが、ショルティの個性が溢れたユニークさと言う点では、一聴の価値は十分にある演奏であると考える。

むしろ、併録のワーグナーは、解釈に奥行きが出てきたと評された1980年代後半の録音であり、ショルティ円熟の名演と言ってもいいと思われる。

SHM−CD化の音質向上効果は、従来CDの音質もかなりのものであったことから、若干のレベルにとどまっていると言える。

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2012年12月23日


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ウィーン・フィルと録音した3曲が、さすがはグランドスラム盤ならではの見事な復刻である。

これまでのEMI盤のやや不鮮明な音質とは段違いの、素晴らしい音質に蘇っている。

これによって、フルトヴェングラーの名演を良好な音質で味わうことができるようになったことを大いに喜びたい。

R.シュトラウスの交響詩と言えば、カラヤンによる名演が真っ先に思い浮かぶが、フルトヴェングラーの名演はそれとは全く対照的なもの。

カラヤンの演奏が、オーケストラの機能美を活かした音のドラマであるとすれば、フルトヴェングラーの演奏は、劇的な人間のドラマであるということができよう。

ここで指摘しておきたいのは、両者に優劣はないということ。

両者ともに、それぞれのやり方で最高峰の名演を成し遂げたのだから、あとは、好みの問題と言える。

「ドン・ファン」の官能美と彫りの深い表現、「ティル」のめまぐるしく変遷する場面毎の描き分けの巧みさ、「死と変容」のダイナミックレンジを幅広くとった劇的な表現は、フルトヴェングラーならではの至芸と言えよう。

どの曲もフルトヴェングラーらしい内容のぎっしり詰まった演奏づくりに、今さらながら感動した。

ウィーン・フィルも、フルトヴェングラーの統率の下、最高のパフォーマンスを示している。

併録のベルリン・フィルとの「ティル」は、グランドスラム盤をもってしても録音はいささか良くない。

演奏自体は、ウィーン・フィルとの演奏よりも劇的な表現を行っているだけに少々残念な気がした。

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2012年12月17日


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同じR・シュトラウス作曲による「アルプス交響曲」は凡演であっただけに、「英雄の生涯」の出来を心配したが、それは杞憂であった。

ライナーとシカゴ交響楽団の不滅の演奏から56年、新たな名盤が誕生した。

いかにも晩年のハイティンクならではの大変美しい名演であると高く評価したい。

「英雄の生涯」と言えば、カラヤンの豪演のイメージがあまりにも強く、かの超名演と比較するとどの演奏を持ってきても物足りなく感じるが、それはあまりにも不幸。

筆者としても、カラヤンの演奏を名演と評価するににやぶさかではないが、カラヤンのアプローチだけが必ずしも正しいわけではない。

ハイティンクのような、繊細で暖かく時に激しく音の洪水に身を任せられる、決してわめくことはない穏やかで美しいアプローチも十分に説得力があると考える。

一番の聴き所はコンサート・マスターのロバート・チェンの緻密な表現とハイティンクの静かな伴奏だ。

もちろん、中間部の戦闘の箇所における力強さにも、いささかの物足りなさを感じることはなく、硬軟併せ持つバランスのとれた名演と言える。

常に音楽に誠実に取り組むハイティンクの美点がたくさんあって終曲後、しばし幸福感に浸れる。

ドレスデン国立管弦楽団との演奏はメリハリがあり感動的であったが、こちらの演奏はゆっくりとしたテンポに端正に作られた演奏が感動的だ。

そして、何よりも素晴らしいのはシカゴ交響楽団の卓抜した技量と、それを完璧に捉えきったSACDマルチチャンネルによる極上の高音質。

こうした録音面をも加味すれば、過去の「英雄の生涯」の名盤の中でも上位に置かれると言っても過言ではないだろう。

併録のヴェーベルンの「夏風のなかで」も、各場面の描き分けを巧みに行った秀演。

録音も素晴らしく、こちらについては、過去の様々な名盤の中でも最上位に置かれる名盤ということができるのではないか。

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2012年10月14日


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日本での評価が低い実力派ビシュコフの代表的名盤で、ビシュコフ&ケルン放送交響楽団の進境著しさを示す名演だと思う。

荘厳な、しかし柔らかい響きに包まれた『アルプス交響曲』。

全ての細部が鮮やかに描き出されながらも、それらが冷たく遊離する事なく、一つの巨大な有機体として息づいている。

『アルプス交響曲』は、全体としては50分を切るタイムということで、平均的には速いが、聴き終えた後ではそのような印象を全く受けない。

むしろ、「頂上にて」や、「嵐の後の夕べ」の箇所など、他の様々な演奏よりもゆったりとしたテンポで旋律を美しく感動的に歌いあげている。

「嵐」の部分はさすがに速いが、このあたりの情景描写は見事で、凄まじいド迫力。

まさに、このコンビの好調ぶりを窺い知ることができる。

『ティル』も、物語に丁寧に寄り添った、新鮮極まりない演奏で、あたかも生き物のような緩急自在のテンポ設定が見事であり、金管も木管も実に巧い。

ユーモアを少し隠し味にしたような演奏も魅力的で、ビシュコフの語り口の上手さには脱帽する。

R.シュトラウスの華麗なオーケストレーションの魅力を引き出したビシュコフの手腕に拍手。

いよいよ偉大な指揮者となりつつあるビシュコフの真骨頂を聴くようだ。

ビシュコフ&ケルン放送響、このコンビでどんどん録音してほしい。

そして、両曲ともに素晴らしいのは、SACDマルチチャンネルによる高音質録音だ。

R.シュトラウスの巧妙なオーケストレーションをこれほどまでに鮮明な音質で捉えたCDは、空前にして絶後というべきではなかろうか。

指揮者、オーケストラ、そして録音の3拍子揃ったCDと高く評価したい。

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2012年07月25日


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『英雄の生涯』も『未完成』も、ザンデルリンクならではの重厚にしてオーソドックスな名演だと思う。

とにかく、安心して楽曲の魅力を心ゆくまで味わうことができるのが素晴らしい。

『英雄の生涯』(rec. 30/09/1975)は、既に1972年のライプツィヒ放送交響楽団とのライヴ録音が発売されており、それとの優劣をつけることはなかなか困難である。

しかしイン・テンポを基調としつつ、楽曲の持つドラマティックな要素をいささかも損なうことないという、ある意味では二律背反することを事もなげに成し遂げている点に、ザンデルリンクの類いまれなる才能と、ドイツ音楽への適性を感じる。

筆者の友人にR.シュトラウスの『英雄の生涯』が苦手な人がいて、どうも相性が悪いのか、あまり好きになれないらしい。

しかしこのザンデルリンクの演奏を耳にすれば、それまでの苦手意識が薄らぐのではないかと思えるほどに雄渾で見事な演奏内容。

『未完成』(rec. 17/04/1978)は、ザンデルリンクの演奏としては、初出ということらしいが、期待に違わぬ素晴らしい名演だ。

『英雄の生涯』と同様に、中庸のテンポを基調とするオーソドックスな演奏であるが、だからと言って平板には陥ることはなく、深沈とした抒情を湛えた何とも言えない深みがあり、『未完成』の持つ魅力を最大限に表現してくれている。

本盤の他に、現時点で録音が遺されていないのが不思議なくらいだ。

録音も、コンサートの雰囲気を見事に捉えており、1970年代のライヴ録音としては優秀な部類に入る。

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2012年03月27日


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シノーポリは不思議とニューヨーク・フィルと相性のいい指揮者であったが、《ツァラトゥストラはかく語りき》の演奏も極めて優れたものといえる。

演奏は、細部のモティーフや動きをとても明快かつ丹念に琢磨しつくして、この曲から多彩で鮮明な表現をひき出している。

シノーポリはやたらに分析的にならず、おおらかにオーケストラを鳴らして、R.シュトラウスらしい重厚なサウンドを存分に聴かせている。

これを聴く限りニューヨーク・フィルはやはり偉大なオーケストラである。

作為的なところも目につくが、シャープな表現で過度に大仰にならないのがいい。

なによりも熱演が魅力で、シノーポリの曲への思い入れが伝わってくる。

彼はヨーロッパのオーケストラよりも、ニューヨーク・フィルを指揮した方が、より見事な演奏(たとえばワーグナーの管弦楽曲)を聴かせるケースが多かったが、これなどはその典型といえるような気がする。

《ドン・ファン》はドレスデンのルカ教会におけるレコーディング。

ルカ教会での録音というと昔のLPなどでは妙にもやもやした頼りない音で収録されているケースが少なくなかったが、これはまったく違って、響きはどこまでもクリアだ。

むろんそれがシノーポリにとって必須の条件であったことは容易に想像できる。

それにしても、R.シュトラウスのスコアの隅々までをここまで明晰に読み取るあたりは、さすがシノーポリの面目躍如たるところ。

シュターツカペレ・ドレスデンの超凡な各能力が「素材」として使われている、という感がなくはないけれども、これだけ美しい仕上がりを突きつけられれば屈服するほかはない。

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2011年07月24日


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R.シュトラウスの作品にかけて、カラヤンは最も理想的な指揮者であろう。

審美主義者としてのカラヤンと、シュトラウスのもつ音楽的体質が見事に一致しているからである。

《ドン・キホーテ》もカラヤンの十八番だけに、至上のシュトラウス・トーンを響かせている。

《ドン・キホーテ》の珍妙な行動絵巻は、上手な演奏で聴くと抱腹絶倒の面白さである。

このディスクはカラヤン3度目の録音だが、録音するたびごとに綿密さが加わって、ここでもまさに一分の隙もなく、完璧な仕上がりの演奏である。

カラヤンはこうした標題音楽的な作品を指揮させると抜群のうまさを発揮する。

ことに、各場面の描写のうまさと、卓抜な演出力にはほとほと舌を巻く。

カラヤンはあたかも名人の話芸を聴くかのような、実に語り上手な音楽の作り方で、騎士物語を読みすぎたあまり、頭がおかしくなり、村を出て数々の珍妙な行動を取り返すこのドン・キホーテの物語をユーモアをこめて鮮やかに活写した巧緻な演奏だ。

カラヤンは変化にとんだ各変奏を巧みに描き分けながら全編を精妙にまとめている。

また、若手のメネセスのチェロも、カラヤンのおめがねにかなっただけあって、見事なソロを行っている。

ヴィオラのクリストも、よく息の合った演奏で、カラヤンの信頼に応えている。

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2011年06月25日


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クレメンス・クラウスはR.シュトラウスと深い親交を結び、作曲者の信頼厚かった。

その3つのオペラの初演を手がけているクラウスの指揮は、いわば「作曲者直伝」といった意味がある。

2人の親交の深さを証明する録音として一連の管弦楽曲集があるが、この指揮者の本領はなんといってもオペラにある。

この《サロメ》は作曲当時のウィーンの退廃的気分を伝えているという意味で、今後も価値を失うことはあるまい。

R.シュトラウスの楽劇ともなれば、もっと新しい録音で聴きたいが、クラウスの持つ官能性と絶妙のニュアンスは、やはり他の追随を許さぬものがある。

過度に刺激的ではなく柔軟で瀟洒な音楽づくりは、メンデルスゾーンのオーケストラ作法も念頭に置いていたというR.シュトラウス自身の作曲観を反映したものと言うことができるかもしれない。

サロメ歌いの歴史に名を残すゴルツのサロメ役も貴重。

後年の歌手たちの妖艶ないしは強烈な役づくりとは異なり、品のいい清純さをとどめているところが、よくよく思えばかえって凄い。

作曲者が考えていたサロメ像にも近いのではないか。

パツァーク、デルモータら往年のウィーンの名歌手たちも節度ある表現を保つ。

《イタリアより》もクラウスという指揮者の特徴が最高に発揮された録音のひとつ。

ウィーン・フィルの音色美を百パーセント生かし抜いたこの官能、この魅惑、そしてむせるように陶酔的な歌、しかもそれらを洗練させ、どこまでもノーブルに、貴族的に、洒落た衣裳を着せてわれわれに与えてくれる至芸がここにある。

ほれぼれするような木管ソロの明滅とそのニュアンス、茶目っ気、過去を向いた悲しいまでの美しさ、ロマンティックなムード、第3楽章〈ソレントの海岸にて〉など、夢に聴くようだ。

みずみずしく、悩ましく、こんなに魅力的な音楽が他にあろうか、と思わせるほどで、R.シュトラウスを愛する人の必聴盤といえよう。

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2011年06月06日


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1953年ザルツブルク音楽祭でのライヴ録音だが、その年代的な古さだけで敬遠してはならない名演。

クレメンス・クラウスはリヒャルト・シュトラウスの友人にして、同時代最高の優れた解釈者だった。

後世に伝えるべき貴重な歴史的遺産である。

音は良好ではないが、この作品の軽妙な「演技オペラ」の側面と、R.シュトラウスの音楽の軽やかで透明な官能性とを結び付けたクラウスの音楽づくりは傾聴に値する。

ここでのクラウスの指揮ぶりは、死の前年にもかかわらず、衰えをまったく感じさせず、生気と創意にあふれている。

ウィーン・フィルも美感が全開して乗りにのってる感じで、チャーミングなソロ楽器の競演、劇中のワルツの悩ましいばかりの艶やかさはまさに最高といえよう。

また第3幕の最後、若い恋人同士が去った後、黒人の少年がゾフィーの落としたハンカチを拾い、舞台から姿を消して幕となるが、このしゃれ切った幕切れの音楽もクラウスの瀟洒さが抜群だ。

ライニングの元帥夫人はまことに魅力的だし、ベーメのオックス男爵もほどよく上品ではまり役。

第3幕でのオクタヴィアン(デラ・カーザ)とオックス男爵(ベーメ)の掛け合いも聴きものだ。

C・クラウスの指揮、ウィーン・フィルの演奏、歌手たちの歌いぶり、そのすべてが最高の境地で一体化しながら、この作品のすばらしさを万全に伝えている。

ここにはR.シュトラウスとウィーンの輝きがある。

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2011年05月26日


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ベームが死の直前まで完成に心砕いた映像作品。

生涯最後の録音となったベームの指揮が、最晩年の彼には珍しく気力充実した力演。

収録の完成を目前にしてベームは世を去った。

巨匠がウィーン・フィルに託した音楽の遺言となり、未完の部分については、ウィーン・フィルが指揮者なしで収録したといわれる。

ベームは1960年代はじめにザクセン州立歌劇場のアンサンブルとレコード録音を行なっており、そちらもシュトラウスのスペシャリストにふさわしい秀演だったが、《エレクトラ》という作品がもつ世紀末的な色合いを表現するにはウィーン・フィルがやはり最適だ。

全体を貫く緊張感は、当時ベームが80歳代後半だったことを考えるとにわかに信じられない。

当時、ベームがウィーン・フィルの精神的な支柱であり、楽員たちの敬愛を一身に集めていたからこそ実現した演奏だろう。

タイトルロールのレオニー・リザネクは、ベームがグルベローヴァとともに「わが娘」と呼んでかわいがった歌手のひとり。

迫真の歌と演技によって復讐の鬼と化した主人公を熱演する。

それと好対照をなすのがフィッシャー=ディースカウの醒めたオレストである。

ヴァルナイのクリテムネストラ、リゲンツァのクリソテミス、バイラーのエギストらの脇役も演技を含めた存在感の強烈さは十分だ。

ゲッツ・フリードリヒによる重厚な映像は、舞台から離れたオペラ映画として構想したもの。

フリードリヒの演出は、回想シーンの挿入などスタジオ収録の利点をフルに生かしたもので、雨が降りしきるなかで展開される凄惨な復讐劇は見応えがある。

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2011年05月13日


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1966年に《ファルスタッフ》でウィーンに乗り込み大成功を収めたバーンスタインがウィーンで次に手がけたのがこの作品。

アメリカ人の指揮する《ばらの騎士》ということで危惧する声も多かったそうだが結果は大成功。

バーンスタインはウィーン・フィルの甘美極まりない美音を自在に操りつつ、我々を陶酔境へと導いてくれる。

大変ロマンティックな雰囲気にあふれた演奏で、独唱陣にはなつかしい顔ぶれが揃えられており、初々しくチャーミングなポップのゾフィー、いかにも好色家といった感じのベリーの男爵の見事な性格表現の中にも品格を失わない音楽的実力は素晴らしい。

ルートヴィヒの元帥夫人も気品があり、シュヴァルツコップのような高貴さにはやや欠けるが、知的で表情も豊かだ。

ポップ、ジョーンズ、ドミンゴも、若々しい声の魅力とフレッシュな歌いぶりで、清々しい印象を与えてくれる。

バーンスタインの指揮もうまい。

バーンスタインは音楽の主導権をウィーン・フィルに委ね、このオーケストラのもつ独特の雄弁な劇的表現力と自発性に満ちた音楽の愉楽をフルに発揮させながら、一見自らその自然な流れにのっかった形で、要所要所の勘どころを引きしめ、あるいはたっぷりと歌わせるといった統率ぶりをみせている。

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2011年05月12日


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父エーリヒ・クライバーの古典的名盤に優るとも劣らない出来映えだ。

1968年のバイエルン国立歌劇場でのR.シュトラウス《ばらの騎士》の大成功でクライバーは指揮者として世に出た。

しかし、自らレパートリーを選べるようになった1970年以降、クライバーは限られた作品しか演奏しなくなった。

そして、1982年のワーグナー《トリスタンとイゾルデ》を最後にスタジオ録音も行わなくなってしまった。

この《ばらの騎士》がライヴ録音されたのは1973年、指揮者は録音当時40過ぎということになる。

もうこの段階で、クライバーの音楽は個人の演奏様式として完成されてしまっていたのだ。

それが逆にクライバーの悲劇だったのかもしれない。

クライバーには、この後にも《ばらの騎士》のライヴ録音があるが、彼の音楽はこの1973年盤よりも先へ進めなかった。

だから、このライヴ録音はクライバーの出発点でありつつ最終地点でもあるのだ。

こんな指揮者はおそらく他にいまい。

クライバーが徐々に演奏回数を減らし、ついにはほとんど振らなくなったのは、本人が自分の限界を知っていたからではないか。

歌手陣は総じてすぐれており、クライバーチームとしてよくまとまっている。

一般論として、クライバーがスタジオ録音した演奏は慎重になりすぎていて、残念ながら本当の彼らしさに欠けることが多い。

それゆえ、市場には海賊盤が溢れているが、本人も生前時々秘密裡に来日しては、そうした海賊盤を買って行ったというから面白い。

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2011年02月13日


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《影のない女》はR.シュトラウスのオペラの中でも最高傑作のひとつにあげられる名作であるにもかかわらず、多くの名歌手と大編成の優秀なオーケストラを要することから上演機会はあまり多くない。

ホフマンスタール/シュトラウスのコンビが全力を傾けた20世紀の《魔笛》とも言うべき力作だが、十全な上演が極めて難しいのと同様、ディスクでもいまだ決定盤と呼べるものがない。

そんな中で、最も様々な条件を満たしているのが、1963年、戦時中に破壊されたミュンヘンのオペラハウスが再建開場した際の記念公演のライヴ録音。

そうした特別の機会だけに、当時ドイツで当オペラを上演するにあたって考えられうる最高の配役がなされている。

トーマス、ビヨーナー、メードル、フィッシャー=ディースカウ、ボルクという主役陣に、ホッター、テッパー、若き日のファスベンダーらの脇役陣という構成は、まさに超豪華キャスト。

最近ではこれほどのものにお目にかかれない。

しかも適材適所。そして、全員が強い緊張感をもち、強い集中力で舞台に臨んでいる。

ことにトーマスの皇帝とフィッシャー=ディースカウのバラクは傑出している。

カイルベルトの劇場的感興に富んだ指揮も特筆すべきだ。

バイエルン国立歌劇場管弦楽団も気迫のこもった演奏ぶりで、この大作オペラの真価をあますところなく伝えてくれている。

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2011年02月12日


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東京二期会広報室から私宛に、

「《サロメ》の通し稽古を鑑賞していただき、ブログに取り上げていただけないかと思い、ご案内を差し上げる次第です。
通し稽古は、本来、関係者以外には非公開のものですが、今回特別にこのような機会を用意させていただきました。」

という旨のお知らせがあったので、断る理由はない、行ってみた。

通し稽古が終わった直後、最もこのブログの読者に伝えたいと思ったのが、一度だまされたと思って、二期会の《サロメ》をみに行って下さい、ということだった。

「私はオペラは嫌い」「オペラはわからない」という人はとくにみに行って下さい。

「オペラってこんなにも興味深くて面白いのか」と、今まで喰わず嫌いをしていたのが残念でたまらなくなるでしょう。

欧米ではクラシック音楽の中心はオペラである。オペラがあって初めて交響曲も協奏曲も声楽のリサイタルもあるので、豪華なオペラ・ハウスは社交の中心にもなっている。

ところがオペラ・ハウス一つない日本では、交響曲の方がクラシックのメインになっているのである。これはたいへん残念なことといえよう。

現在では日本のオペラ団の実力が上がった。ことに二期会は安心だ。

ワーグナーなどになると声の点で欧米人にはかなわないが、R.シュトラウスあたりは日本人のオペラで充分だと思う。本番は字幕付き原語(ドイツ語)上演なので分かりやすい。

この曲は第一に指揮者、そしてサロメを誰が歌うかで決まってしまう。

シュテファン・ゾルテスの指揮は、決して俗悪なものにはなっていない。東京都交響楽団の代わりを担う専門ピアニストを駆使し、室内楽的、かつまた分析的な表現法で、この作品の音構造とドラマの移ろいとを鮮やかに描き出してみせた。

ロマンティックな陶酔はここにはないが、鋭く強烈に訴えてくる演奏であった。

サロメ役は強いドラマティックな声が要求され、ヒステリックな少女としての面も表現しなくてはならない難役だが、大隅智佳子はみごとに演じきっていた。

ことに舞台で見どころなのは、サロメが最初は性の目覚めに戸惑う可愛らしい小娘として登場し、大詰めで生首を見つめながら鬼気迫る絶唱を聴かせる妖婦となるまでのドラマの展開だ。

そして最後には大きなサプライズがある。実演をお楽しみに。

ペーター・コンヴィチュニーの演出も見逃せない。芸術的、独創的の極だ。世界でも屈指の演出家だと思う。

彼は妥協を知らぬ姿勢で、演技や歌唱を細かいところにいたるまで、指導(ダメ出し)していた。

何はともあれ、二期会がコンヴィチュニーの演出で《サロメ》を上演するので、会場に足を運んでいただきたいと願う次第である。

私は《サロメ》のCDの決定盤としてベーレンスがサロメを歌うカラヤン盤をあげたいが、やはり音だけだと臨場感に乏しい。

もちろん音だけ聴いても十二分にカラヤンの《サロメ》は感動的だが、それでも舞台の魅力は絶対的である。

あくまで実演をみた人が、思い出としてCDを聴くのがオペラを観賞する最高の醍醐味ではないだろうか。

二期会のホームページ

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2010年09月08日


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「ツァラトゥストラ」は冒頭の部分からしてひきつけられる。

ゆったりとしたテンポ、幅広く奥行きのある音づくり、そして堂々とした骨太の押し出しなどは、いかにもテンシュテットらしい表現だ。

各フレーズの意味をじっくりとかみしめながら指揮しているといった感じで、その慎重ぶりがよくうかがえる。

有名な冒頭部分のあと、弦楽器が重層的に折り重なる部分は、適度なねっとり感もあって、特に印象的だ。

今日、R.シュトラウスのこうした作品はオーケストラの技量をデモンストレーションする場と化している。

やたらに多くの楽器を使い、音色はいろいろ出るし、音量は大きいし、高度なテクニックを要求するので、腕自慢にはもってこいだからだ。

でも、メタリックな演奏ばかりが幅を利かせているのは困る。

近年はアメリカだけでなく、ドイツのオーケストラまでそう演奏するようになってしまった。

だが、テンシュテットの演奏で聴くと、「ツァラトゥストラ」もドイツ・ロマン派の嫡子であり、ベートーヴェンからあと、ブラームスとかシューマンとかを経過してできあがった音楽なのだなとよくわかる。

この演奏は終始開放的、楽観的である。欲を言えば、健康的にすぎ、例えばケンペがR.シュトラウスを指揮した時のような、陰影の変化に乏しい。

とはいえ、オーケストラの力をめいっぱいに引き出し、聴き手を音響の大海原で遊ばせながらも、単なる娯楽に終わらない点、この曲でも特に注目してよい録音だと思う。

「ドン・ファン」についても同様のことがいえるが、この曲の場合はさらに若さと情熱のたぎりを聴くことができる。

少しばかり健康にすぎるかもしれないけれど、ポップの「4つの最後の歌」も聴き応えのある出来ばえだ。

彼女の「R・シュトラウス歌い」としての豊富なキャリアが、あますところなく示されている。

艶のある、のびやかな歌声が印象的だ。

テンシュテット指揮ロンドン・フィルのサポートも骨のあるところを示している。

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2010年05月24日


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1977年の「ナクソス島のアリアドネ」以来約15年ぶりのショルティのR.シュトラウスのオペラ全曲盤で、彼が最愛のオペラという当曲の初録音である。

3年の歳月を費やして録音した大作。

ショルティはきわめて豊麗な美しさとニュアンスに富んだ響きで、さまざまな場面の色彩と対比を鮮やかに描き出し、音楽が内蔵する意味深いドラマを語る。

このオペラの魅力の根源である、豊麗さの中にある官能美と、透明・精妙さの奥に秘められた象徴性の一体化を、これまでのどの演奏にもまして聴き手に納得させる名演だ。

豊かな官能性と繊細微妙な表現を併せ持つ究極の演奏であり、ショルティの円熟を納得させる。

しかもショルティは円熟という名のもとに作品の姿を歪めてしまうようなことは決してない。

常に新しい発見と進歩が確認される新鮮な演奏を作り出す音楽家なのである。

このオペラにはベームと、サヴァリッシュの完全全曲盤があったが、ショルティは作品にこめられたメッセージをわかりやすく、生き生きと浮き彫りにしてくれるという点で、初心者にもお薦めできる。

ソリスト、録音も素晴らしく、ショルティ自身「大きな音になっても音量を下げずに聴いてください」とコメントしている。

ベーレンス、ヴァラディ以下キャストも充実している。

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2010年04月20日


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R.シュトラウスの音楽は、オーケストレーションの華麗さとサウンド面における都会的な洗練味が、その最も重要なポイントといえるだろう。

加えて飽くなきオーケストラの名人芸と感覚的な鋭敏さも要求される。

その意味で現代の名人軍団といわれたベルリン・フィルとカラヤンのコンビは、恐らくR.シュトラウスの管弦楽曲を演奏するには、理想の顔合わせといえるのではないか。

R.シュトラウスの管弦楽作品は、コンセプトはロマン派的だったが、構成的には極めて古典的なものである。

そのほとんどの交響詩は、ロンド形式、ソナタ形式、変奏曲形式のような、古典の枠組みによって支えられている。

そのことがつまりこれらの作品に、標題から離れても観賞出来る普遍性を持たせているのである。

カラヤンはそうしたことを熟知して、極めて優れた職人芸で、これらの作品を料理している。

錯綜したオーケストレーションの綾を解きほぐし、誰にでも分かるように整理して演奏されている。

そして彼の意図をベルリン・フィルは他のどの団体よりも鋭敏に反応して、オーケストラの名人芸を繰り広げている。

シュトラウスの作品に精神性や哲学はいらない。徹底した職人芸さえあれば、それで曲は立派に生かされるのである。

その輝かしくも官能的なサウンドに酔い痴れる度量があれば、これが天下の名盤であるということが、たちどころに分かるだろう。

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2010年04月11日


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《ツァラトゥストラはかく語りき》におけるメータの演奏は、メリハリをきちんと付けた実にスマートな表現で、この難渋な音楽を明快率直に料理している。

その楽譜の読みの深さと卓抜な演出力は、彼が録音当時30代の若い指揮者とは思えない程だ。

作品の根幹に横たわっている哲学めいたものや鬱屈などは、どこ吹く風とでもいいたげに、グラマラスに音楽が盛り上がっていく。

とりわけ、冒頭部の壮大な響きをはじめ、「病から癒えゆく者」で、みるみるうちに熱を帯びた音楽が勢いよく跳ねまわるのを耳にすれば、メータの際立った個性と才能を実感できることだろう。

《英雄の生涯》もまた、メータ会心の演奏である。

ゆったりとしたテンポで堂々と始まる冒頭の部分からして大変スケールが大きく、この曲の開始にふさわしい押し出しの立派な表現だ。

しかも全体に設計が綿密で、語り口もうまく、メータの早熟ぶりが如実に示されている。

情感豊かにまとめた「英雄の伴侶」は特に素晴らしい。

オーケストラの響き自体は、骨太かつ肉厚でありながら、時には、独特なフレージングで、たっぷりとした歌を引き出してみせるなど、語り口も実に巧みである。

ロスアンジェルス・フィルの弦楽セクションの輝きに満ちた厚みに加え、まばゆい光彩を放つ金管セクションも見事である。

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2010年03月19日


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R.シュトラウスの歌曲は今でこそ多くの歌手たちが歌い、CDもたくさんあるが、この録音が行なわれた40年前はそうではなかった。

シュトラウスの200近くにものぼる歌曲のうち、レコードで聴けるものはせいぜい20曲くらいの人気曲だけだった。

1人で130曲以上を歌って録音するというのは、まさにフィッシャー=ディースカウだからこそできたことである。

F=ディースカウの1967年から70年にかけての若々しい、そして自由自在のテクニックを駆使した完璧とさえいえるこの歌唱は、今後凌駕する歌手が現れるとは思えない。

さまざまに異なる性格の曲を自由自在に歌い分けるディースカウの力量はここでも感嘆の他はない。

こぼれ落ちんばかりの"歌の輝き"がどの曲にもあふれかえる、眩しいばかりの究極のR.シュトラウス歌曲だ。

また伴奏のムーアの燻し銀のような名人芸による表現も、最高の解釈の規範をこれらの曲で示している。

F=ディースカウも、伴奏のムーアも、R.シュトラウスの音楽に対する造詣が深いだけに、彼らの織りなす精妙な表現は格別だ。

LPが廃盤になったあと、長らく入手困難だったが、CDで入手・観賞できるようになって本当にありがたい。

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2010年02月15日


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ライナーはドレスデン国立歌劇場の音楽監督時代(1914-21)に親交があったR.シュトラウスをとくに十八番といえるレパートリーの1つであった。

そして、ライナーとシカゴ響による残されたステレオ録音は、そのどれもがかけがえのない名演にほかならないが、このシュトラウス管弦楽集は、なかでも傑出した名演になっている。

両曲ともライナーがシカゴ交響楽団の音楽監督に就任して間もなく録音されたものだが、オーケストラを完全に掌握し、その能力を余すところなく発揮させているのに改めて驚く。

ライナーの演奏は響きや表情を必要以上に磨きあげたり、華美すぎることなく、その抑制利いた演奏は作品の本質を深く鋭く表現していて、まったく過不足がない。

シュトラウスの様式感の特徴や独自性をまるで自分のものであるかのように巧みに把握したライナーは、シカゴ響のブレンドの良い引き締まったサウンドと精巧きわまりないアンサンブルを駆使して、ほとんど非の打ちどころのない作品の再現を可能たらしめている。

2曲とも文句のつけようのない内容であり、座右に置いていつまでも味わいたい演奏になっている。

そしてまた、他に先駆けてステレオ録音を開始したRCAの初期の録音の中でも、この2曲は演奏・録音ともに特に優れたものであり、歴史的価値も少なくない。

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2010年02月04日


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カラヤンがDGに移籍して初の録音となる記念すべきものだが、それ以上にこのコンビがこれから大海に船出するような意気揚々とした力強さと逞しさを感じる。

アンサンブルも緻密に仕上げられ、カラヤンのスケールの大きさとオケの統率力の確かさがわかる。

ここでもカラヤン=ベルリン・フィルは、無双の威力を発揮して余すところがない。

カラヤンの演奏は、1959年の録音の方が後年のスタジオ録音といくつかのライヴ録音よりも表現の意図が徹底しており、スケールの大きな演奏の中に細部の面白さがより明確に際立っていて、演奏により若々しい勢いと情熱があり、音楽が颯爽とはばたいている。

オーケストラのアンサンブルの緻密さ、そしてダイナミックな表現力にかけては、もはや決定的ともいえる名調子である。

カラヤンは本質的にR.シュトラウスとマッチしていて、その官能的ともいえるサウンドは、他の追随を許さない絶対的なものだ。

むせかえるような官能美は、カラヤンならではの持ち味であり、ベルリン・フィルの相も変わらぬ名人芸は、特に速い部分で最高に発揮されており、この曲のソロイスティックな面白さも存分に聴かせる。

細部のしなやかな抑えとベルリン・フィルの自発性と名技が間然するところなく、一体となった演奏は、雄渾な筆致の中に作品への共感が自然に語りつくされたような美しい説得力をもっている。

特にダイナミックで、耽美的なカラリングは魅力的で、この作品のロマンティックな持ち味を完璧に描きつくして余すところがない。

室内楽的ともいえる緻密なアンサンブルと、トゥッティの対比感は絶妙を極めている。

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2010年02月03日


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バレンボイムとシカゴ響の演奏は、金管楽器をはじめこの名人オーケストラの機能を存分に生かして、とても聴き映えがする。

しかも、自信にみちた表現を細部まで実になめらかに徹底させており、その表情の豊かさもバレンボイムならではのものである。

バレンボイムはシカゴ響の機能を思いのままに扱い、作品のヴィルトゥオーゾ的な表現に成功している。

「英雄の生涯」は入念な演出が見事。

各場面の計算が緻密で、平和なムードに包まれた「英雄の伴侶」から一転して、激しく力強い「英雄の戦場」に移る場面など、実にうまい。

ヴァイオリン・ソロのマガドも好演。

シカゴ響にとって「英雄の生涯」はライナー以来久しぶりの録音だが、バレンボイムは、この名人オーケストラの能力を存分に発揮させて、入念で変化にとんだ演奏を築いている。

「ティル」でも主人公のいたずらぶりを生き生きと活写し、特に金管の活躍する場面が素晴らしい。

「ドン・キホーテ」は主題と各変奏をキメ細かく表情豊かにまとめており、動画のように生き生きと描写している。

「ドン・ファン」も名人オーケストラの機能を十全に発揮させており、その壮麗で豪壮な音の洪水には圧倒されてしまう。

シカゴ響を意のままに動かし、バレンボイム独自のR.シュトラウスの世界をつくりあげている演奏である。

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2010年02月02日


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ハイティンク盤は彼の円熟を物語る名演で、彼の生真面目な性格がよく表れた演奏となっている。

いわゆるカラヤンのような面白い演奏ではないかも知れないが、曲のプロポーションをしっかりと描き切っている点を評価したい。

「ツァラトゥストラはかく語りき」は、ハイティンクの資質がよく示された大変押し出しの立派な演奏だ。

彼は堅実な棒でオーケストラを意のままに動かしながら、難しいこの曲を明快にまとめている。

「英雄の生涯」も、スコアそのものを忠実に音にした演奏で、大変立派な響きを聴かせる。

「ドン・ファン」はロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の色彩豊かな音色を十二分に生かしながら、大きな音楽の流れを作り出しているところがよい。

「死と変容」では、ハイティンクが、オーケストラの団員と一体となって、スケールの大きな音楽を作り上げており、決して派手なところがなく、内面を深く掘り下げた表現を行っているところに強く惹かれる。

「ティル」はきわめて正攻法の表現を行いながらも、この作品のもつユーモラスな気分を巧みに表出しているあたり、ハイティンクの円熟味を感じさせる演奏だ。

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏も渋く光沢に溢れたもので、ハイティンクの解釈にふさわしい名演で応えている。

また録音もたっぷりとした響きが魅力的で、風格のあるサウンドもいかにもアダルト指向である。

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2010年01月30日


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細部までコントロールされた切れ味の鋭いR.シュトラウスである。

このスタイルが最も成功したのが「死と変容」で、ここではひとつひとつの音への追求が凄まじく、それが曲想とマッチしているため、すさまじい緊迫感を生み出している。

「ドン・キホーテ」は、この曲の代表的名盤。

明快率直、まさに青竹をすっぱりと割ったような表現である。

しかし、単に外面的な効果をねらったものではなく、楽譜の読みは実に鋭く、深い。

セルのアプローチは、全体が的確に見極められており、どこか一ヶ所だけが突出してしまうようなことなく、バランスがよい。

施された表情は、いずれもよく吟味されており、過不足なく多彩で、洗練されている。

クリーヴランド管弦楽団のすぐれた能力をフルに発揮させながら、各変奏を隙なく描きあげていく手腕は、実に見事だ。

各変奏の変化のつけ方も節度があり、ともすれば演出過剰になりがちな各変奏(特に第1,7変奏)をキリリと引き締めながら、ドン・キホーテの愉快なエピソードを巧みに描いている。

チェロ独奏にフルニエを起用したのも成功であり、傑出した演奏を聴かせる。

フルニエのチェロは実に巧く、垢ぬけしており、全体のなかに無理なく溶け込んでいる。

これはいかにもセルらしい、そして作曲家の弟子でもあった指揮者らしい精妙な演奏である。

「ティル」も同様で、明快な棒さばきできびきび運んでいく。

オーケストラのバランスがよく、ソロもうまい。オーケストラの力量にも舌を巻く。

もう少し遊びや余裕がほしいと思うのは無い物ねだりだろう。

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2010年01月29日


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ジェシー・ノーマンの初のR.シュトラウス/歌曲集。

「4つの最後の歌」はこれまで様々な演奏が録音されてきたが、これはかつてのシュヴァルツコップ盤に匹敵するか、それを超えた名唱である。

ノーマンの豊かな表現力が、ここでも最高に発揮されており、なめらかで、ひときわ美しい声は、シュトラウスの甘美な歌曲にたいへんふさわしい。

ノーマンの豊麗な声は、自分の作品に、美しい声を望んだこの作曲家の思いを十分に果たすものだ。

ノーマンの歌唱はオーケストラ全体をも包み込んでしまうほどの包容力をもっている。

そのスケールの大きさは聴く人の心をすっぽり包みこみ、また歌心の豊かさも比類がない。

その歌いまわしの絶妙なうまさにも圧倒されてしまう。

これほど作品の内面に深く迫った表現というのも少ない。

ノーマンはここで作品の"いのち"を読み取っている。

R.シュトラウスの人生の終わりにあって、これまでの歩んできた道を回想する4つの歌をこのようにさり気なく、深い感情と共感をもって歌い上げられるのは信じ難いくらいである。

マズア指揮のゲヴァントハウス管弦楽団も重心の低いたっぷりとした響きをもち、両者で熟した音楽としているが、詩の世界までをもサウンドや音の色に集約してしまった感がなくもない。

とはいえ、オーケストラの艶やかな響きは、彼女の声の味わいをいっそう深めている。

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2010年01月23日


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この指揮者のアムステルダム時代の最上の記録。

1980年代に入ってからのハイティンクの充実ぶりがよく示されており、この曲が大地に根をおろしたような再現がなされている。

ハイティンクの解釈は、作曲者の自演あるいはベームやケンペの流れを汲む。

ハイティンクのケレン味のなさが良い方向に出た演奏で、流麗な抒情性があり、深い余韻が残る。

作曲者のゆかりの深いコンセルトヘボウの力量を存分に駆使して、重厚で艶やか、密度の高い響きで全曲を統一している。

いかにもハイティンクらしく、そして、このオケらしく、悠然と構えた演奏で、豊麗なあたたかみのある音色を生かしながら、各場面を巧みに活写している。

しかも各部の表情が端正で音楽的である。

テンポも中庸を保ち、無用に動かない。

それがこの曲の本質に迫るものであることは言うまでもない。

標題音楽的な効果をもつスコアを、各曲とも理解させながら、ハイティンクは全曲を堅固な統一で、交響曲としての様相を明らかにする。

決して大仰にならず、また色彩的にも華々しくもならず、自然な流れを尊んでいるのがよい。

低音楽器がやや重く、表現が時に鈍重で不明瞭になる気味はあるが、充実した演奏である。

ことに後半の音楽設計は見事で、第2部「頂上」の主題がトロンボーンで豪快にうたわれる場面から、有名な「太陽の動機」があらわれ、喜びのあまり「幻影」を見るシーンあたりのスケールの大きさは、凄いの一語に尽きる。

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2010年01月21日


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「メタモルフォーゼン」は、第2次世界大戦末期にシュトラウスが書いた、ドイツ(特にドレスデン)やウィーンとその文化へのレクイエムである。

ベートーヴェンの《英雄》交響曲の葬送行進曲をモチーフに使い、美しくもはかない祈りとオマージュの音楽を作り出した。

弦楽器のみによる「メタモルフォーゼン」は、プレヴィンの性格のにじみ出たやや粘りの強い表現だが、それがかえって、この悲痛な音楽の内容を色濃く表出する結果となっている。

プレヴィンはウィーン・フィルの弦楽セクションを歌わせ、やや明るめの音色で曲を進めていく。

それがまた終盤の「イン・メモリアム」部分で大きなコントラストを生み出し、静かな感動を呼び起こすのだ。

それに、中間部でのせつせつとした表現は、聴いていて思わず涙ぐんでしまうほど感動的だ。

緻密なアンサンブルから生み出される、しなやかで艶のある、しかも重厚な響きはたまらない魅力だ。

シュトラウスが書いた対位法(23声部)も素晴らしいが、このCDでは流れるような旋律に酔いしれる方が先決。

ヴィオラとチェロの音色が、全体のトーンに大きな影響を与えているのも特徴だ。

現在唯一のレコードである、管楽器のみによる「病人の仕事場から」もまた魅力的な響きを具えており、ウィーン・フィル独特の音色がよく生かされた名演。

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2010年01月08日


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カラヤンは1960年代前半にウィーン・フィルと英デッカ(ロンドン)にまとまった録音をした。

レパートリーはいずれも彼の得意とするもののエッセンスだが、私はとりわけR.シュトラウスの作品を高く評価している。

カラヤンの至芸に完全に魅了されてしまう、きわめて質の高い演奏が揃っている。

精緻で彫りの深い「ツァラトゥストラかく語りき」は、晩年にみられるような奥行きのある響きや、コクのある表現はここでは聴かれないが、壮年期のカラヤン特有の才気煥発さや威勢のよさが満面にあふれ、あたかも若き哲学者が滔々と熱弁をふるうような覇気さえ感ずる、壮観な演奏である。

「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」は、カラヤン独特の語り口のうまさと洒落た感覚が、中世の物語を生き生きと表現している。

緩急自在のコントロールも効果的。彼が初めて来日し、N響を指揮した時を思い出させる。

劇的でしかも官能美にあふれた「ドン・ファン」は冒頭からウィーン・フィルの音色が何ともいえない官能的な魅力を発揮し、その艶麗な響きは、ドン・ファンの魅力と重なり合う。

それがカラヤンの個性と結びついて、文句をつけようがない実に立派な演奏で、稀にみる名演を生み出している。

ウィーン・フィルが、あたかもカラヤンの楽器のように存分に鳴っており、柔らかで艶のある弦や木管の音がたとえようもなく美しい。

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2010年01月05日


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「ツァラトゥストラはかく語りき」と「展覧会の絵」はいずれも甲乙つけがたい見事な出来栄えだ。

ことに「ツァラ」は立派で、メータはじっくりと腰を割り、曲の内面を深々と掘り下げながら明解かつ情感豊かにまとめている。

メータの指揮は大上段に振りかぶったところがなく、明快な棒で、贅肉のとれたすっきりとした姿に仕上げている。

メリハリをきちんと付けた実にスマート表現で、この難渋な音楽を明快率直に料理している。

その楽譜の読みの深さと演出力は卓抜だ。

これは、彼の本領が遺憾なく発揮された演奏で、音楽の内面をより綿密に、深く掘り下げた表現である。

全体に、旋律線を明確に浮き彫りにしているせいか、この難解な音楽が、すこぶるわかりやすくなっており、しかも聴いた後に深い感動が残る。

神秘的でスケールの大きな冒頭の部分や、巧みな演出の光る「夜の歌」から「終曲」にかけては特に素晴らしい。

また「展覧会の絵」も原曲の持つロシア的な色調とラヴェル編曲の華麗なオーケストレーションとが、ほどよくミックスされた充実した演奏で聴き応えがある。

いずれもニューヨーク・フィルという天下の銘器を自在に動かし、メータ自身の音楽をつくりあげているところが素晴らしい。

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2009年12月28日


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「家庭交響曲」はカラヤンによる唯一の録音となったもの。

カラヤンは作品の表題性と音楽性を見事に両立させており、各部を精妙な表情と清純な色調で演奏して、最後まで聴き手を飽きさせない。

あるいは朗々と歌い、あるいはささやくように繊細な効果を表しているが、いずれも音楽的に自然で暖かく、ロマン的な雰囲気も豊かに感じさせる。

それがベルリン・フィルの名技に支えられていることも特筆しておく必要がある。

「ドン・キホーテ」の演奏の大きな特色は、なんといっても、チェロ独奏に名手ロストロポーヴィチを起用していることで、このことがものの見事に功を奏している。

両巨匠が、ともに持てる力を十二分に発揮しているだけあって、実に充実した演奏である。

ことにカラヤンの指揮は絶妙で、その卓抜な構成力と演出のうまさは他の追随を許さない。

「英雄の生涯」は、実に彫りが深く、スケールも大きいきわめて質の高い演奏。

その卓抜な演出力と雄弁な語り口、ここにはこの巨匠の実力が最高度に発揮されている。

楽器の遠近法、ピアニッシモの効果など無類で、響きの壮麗さ、木管のニュアンスも素晴らしい。

その他の交響詩もカラヤンの緻密な設計と、巧妙な演出が光る傑出した演奏。それぞれの曲の性格をしっかりと把握し、入念に仕上げながら、どの曲も精巧にまとめている。

R.シュトラウスの交響詩を指揮させたら、カラヤンの右に出るものはないだろう。

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2009年11月15日


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シノーポリ初のR.シュトラウス/オペラ録音である。

1970年代後半のカラヤン盤以降は久しく新録音がなかったが、最近になってメータ盤、シノーポリ盤、ナガノ盤と、急に興味深い録音が3点現れた。

このうちナガノ盤は演奏としては注目すべきだが、フランス語の別ヴァージョンに拠っているため同列には論じられない。

シノーポリ盤は、緻密なスコアの読みと、そこから生まれる巨大な音楽的把握、さらにそれを具現する強烈な指揮者の表現意欲が横溢する演奏である。

込み入ったスコアの細部まで明確にしてゆくシノーポリの指揮は、先へ進むほど曲への内面への切り込みの鋭さを加え、ドラマの移ろいをヴィヴィッドに描き出す。

管弦楽の響き、サロメ歌手の選択に彼らしい問題意識がのぞく。

スデューダーのサロメは最初に愛らしい娘で登場し、大詰めで鬼気迫る絶唱を聴かせるまでの性格の変化の表し方が実に鮮やかだ。

彼女の歌唱ともども、カラヤン盤よりも、時代の流れをもう一歩進めた演奏と言えよう。

ターフェルは素質の大きさをうかがわせる歌唱だし、ヒースターマン、リザネク、ビーバーも好演している。

ただ、アール・ヌーボー風の繊細な《サロメ》を目指しているのは面白いのだが、音楽的完成という点でいささか問題意識倒れの感がある。

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2009年10月14日


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ベームは生前、R.シュトラウスと親交があり、この作曲家に深く傾倒していた。

この演奏は、こうした2人の関係から生まれたものだけあって、曲の核心をついた実に見事なものだ。

「英雄の生涯」はベームのR.シュトラウス演奏の中でも、最も円熟した演奏のひとつだろう。

80歳を越えたベームは、この交響詩の世界を実にあたたかく見守っており、悠揚たる歩みの中に、しなやかに抑制のきいた表現を行き渡らせている。

少しも肩を怒らせたところがなく、しかも大変にスケールの豊かな演奏だ。

その落ち着いた運びと清冽な表現も印象的で、演奏はいかにも手厚く巧みである。

テンポは実に遅い、悠然たるものである。

わずかな力みもみられず、オーケストラが絶えずたっぷりした柔らかさで息づく。

抑制がきき、渋味をたたえているにもかかわらず、音楽がいかにも雄大に満ちあふれてくる。

響きが大波の中に身を浸してなんの抵抗もなく、流れはしなやかで硬直した部分はない。

人間の最晩年の豊かな大きさを獲得した「英雄の生涯」である。

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2009年10月04日


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クレメンス・クラウスは20世紀の中葉を代表する偉大な指揮者の一人である。

第2次世界大戦前、ウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場の総監督を歴任し、モーツァルトからワーグナー、R.シュトラウス、ベルクの『ヴォツェック』まで手がけたオペラ指揮者として大きな業績を残した。

またコンサート指揮者としても戦前、ウィーン・フィルを始めヨーロッパの主要オーケストラとの活動を繰り広げ、その足跡はたとえば英HMVのSPに残されたウィーン・フィルとのブラームスの交響曲などにしのぶことができる。

戦後はウィーン・フィルと「ニュー・イヤー・コンサート」を創始し、むしろ余技であるヨハン・シュトラウスはじめシュトラウス・ファミリーのワルツ・ポルカの指揮で話題となったため、その本領が忘れられ、ひと頃とくにわが国で「小粋なウィーンのヨハン・シュトラウス指揮者」とのみ考えられた時期もあったが、最近そのイメージも正されつつあり、クラウス・ファンとしてはホッと胸を撫で下ろしているところだ。

そのクレメンス・クラウスの偉大な芸術を味わえる素材としては、比較的最近になってバイロイトでの『ニーベルングの指環』や『パルジファル』など、名演のライヴも発売されたが、やはり、戦後ウィーン・フィルを指揮して録音したR.シュトラウスの『サロメ』や管弦楽曲を挙げるべきだろう。

これらの演奏記録は、R.シュトラウスとの深い親交を結び、つねにその最良の演奏者であったクラウスであるだけに、R.シュトラウス演奏史上のオーソリティある貴重なドキュメントであるばかりか、その演奏の質の高さから今日でもそれぞれの曲の代表的名盤の地位を失っていない。

ウィーン・フィルから最上の音楽を引き出しつつ、R.シュトラウスの流麗な音楽世界を十全に再現した演奏は見事というしかない。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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