ルービンシュタイン

2016年01月09日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルービンシュタインは、ライナーノーツを読んでも分かる通り、ブラームスのピアノ協奏曲第1番について人一倍の愛着があったようで、実に4度にわたってスタジオ録音している。

ルービンシュタインはポーランド出身ということもあって、稀代のショパン弾きとしても知られてはいるが、前述のように4度にわたってブラームスのピアノ協奏曲第1番を録音したこと、同じくブラームスのピアノ協奏曲第2番も4度にわたって録音したこと、そして3度にわたってベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を録音したことなどに鑑みれば、ルービンシュタインの広範なレパートリーの中核を占めていたのは、ベートーヴェンやブラームスなどの独墺系のピアノ曲であったと言えるのかもしれない。

本盤に収められたブラームスのピアノ協奏曲第1番は、ルービンシュタインによる生涯最後のスタジオ録音となったものである。

最初の録音であるライナー&シカゴ交響楽団との演奏(1954年)、2度目の録音であるクリップス&RCAビクター交響楽団との演奏(1958年)、3度目の録音であるラインスドルフ&ボストン交響楽団との演奏(1964年)と比較すると、本演奏(1976年)は89歳の時の演奏だけに、技量においてはこれまでの3度にわたるスタジオ録音の方がより優れている。

しかしながら、本演奏のゆったりとしたテンポによる桁外れのスケールの大きさ、そして各フレーズの端々から滲み出してくる枯淡の境地とも言うべき奥行きの深い情感の豊かさにおいては、これまでの3度にわたる録音を大きく凌駕していると言えるだろう。

このような音楽の構えの大きさや奥行きの深さ、そして格調の高さや風格は、まさしく大人(たいじん)の至芸と言っても過言ではあるまい。

特に、同曲の緩徐楽章の深沈とした美しさには抗し難い魅力があるが、その清澄とも言うべき美しさは、人生の辛酸を舐め尽くした巨匠が、自らの生涯を自省の気持ちを込めて回顧するような趣きさえ感じられて大変感動的だ。

これほどの高みに達した崇高で人類愛に満ち溢れる情感豊かな音楽は、もはや涙なくしては聴けないほどであり、ルービンシュタインとしても最晩年になって漸く到達し得た至高・至純の境地と言えるのかもしれない。

ルービンシュタインの堂々たるピアニズムに対して、メータ&イスラエル・フィルも一歩も引けを取っていない。

メータはルービンシュタインの構えの大きいピアニズムに触発されたこともあり、持ち得る実力を存分に発揮した雄渾なスケールによる重厚にして渾身の名演奏を展開しているのが素晴らしい。

いずれにしても、本盤に収められたブラームスのピアノ協奏曲第1番の演奏は、同曲の演奏史上トップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:25コメント(0)トラックバック(0) 

2015年08月23日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルービンシュタイン(Artur Rubinstein:1887-1982)がRCAに録音したショパンを集大成したアルバムで、こんな素晴らしいセットが破格の値段で手に入れられることは信じがたいことだ。

いずれの楽曲もルービンシュタインならではの素晴らしい名演と高く評価したいと考える。

ルービンシュタインはバッハからラヴェル、ラフマニノフまで幅広いレパートリーを持つポーランド生まれの大ピアニストで、特にショパンについては戦後世界最高の演奏家として君臨していた。

ルービンシュタインのショパンはスケルツォやポロネーズに見られるようなダイナミックな演奏からノクターン、マズルカに見られるような叙情的な演奏まで、ショパンの多彩な世界を変幻自在に表現し聴き手を楽しませてくれる稀有のピアニストであった。

古今東西の数多くのピアニストの中でも、ショパン弾きとして名を馳せた者は数多く存在しているが、その中でも最も安心してその演奏を味わうことができるのは、ルービンシュタインを置いて他にはいないのではないだろうか。

というのも、他のピアニストだと、古くはコルトーにしても、ホロヴィッツにしても、フランソワにしても、演奏自体は素晴らしい名演ではあるが、ショパンの楽曲の魅力よりもピアニストの個性を感じてしまうからである。

もちろん、そのように断言したからと言って、ルービンシュタインが没個性的などと言うつもりは毛頭ない。

ルービンシュタインにも、卓越したテクニックをベースとしつつ、豊かな音楽性や大家としての風格などが備わっており、そのスケールの雄渾さにおいては、他のピアニストの追随を許さないものがあると言えるだろう。

そして、ルービンシュタインのショパンが素晴らしいのは、ショパンと同じポーランド人であるということやショパンへの深い愛着に起因すると考えられるが、ルービンシュタイン自身がショパンと同化していると言えるのではないだろうか。

ショパンの音楽そのものがルービンシュタインの血となり肉となっているような趣きがあるとさえ言える。

何か特別な個性を発揮したり解釈を施さなくても、ごく自然にピアノを弾くだけで立派なショパンの音楽の名演に繋がると言えるところであり、ここにルービンシュタインの演奏の魅力がある。

確かに現代に生きる私達にはルービンシュタイン以上にスマートで、目の醒めるような鮮やかな演奏が当たり前になっているが、彼の一種冒し難いまでの風格や情緒と、洗練された中にも彼らの祖国ポーランドの民族的な郷愁を漂わせた特有の佇まいは、代え難い魅力に溢れている。

本盤に収められたいずれの楽曲も、そうしたルービンシュタインならではの情感豊かでスケール雄大な名演で、一見あっさりした表現に隠された筋の通った解釈には真似のできない深みがある。

ここでは聴き手を圧倒するような演奏は見られず、彼の実演やライヴを聴いている人にはやや物足りないかもしれないが、非常に安定した大家の貫禄に満ちた味わい深い演奏と言えるだろう。

もちろん、これらの楽曲には、様々な個性的な名演が多く存在してはいるが、楽曲の魅力を安定した気持ちで味わうことができるという意味においては、本盤の演奏の右に出る演奏は皆無であると言えるのではないだろうか。

また、演奏全体を貫いている格調の高さは比類がなく、これぞまさしく大人(たいじん)の至芸と言えるだろう。

録音がやや古いとはいうもののショパン・コレクションとしては現在でも最高の演奏ということができよう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:52コメント(4)トラックバック(0) 

2015年08月11日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



今から半世紀以上も前の音源なので初CD化された時にはシェリングのヴァイオリンの貧弱な音質に不満が残ったが、今回ソニー・クラシカル・オリジナルスの1枚として新しいマスタリングが施されて、音質に艶やかな広がりとスケール感が加わり、それまでの精緻だがこじんまりとした演奏のイメージが払拭され、本来あるべき音響空間に改善されたことを評価したい。

ケース裏面には22UV SUPER CDの表示があり、マスタリングのテクニックに疎い筆者には技術的な説明をする能力がないのだが、耳に聴こえてくる音質は明らかに違う。

平たく言えばSACDに一歩近付いたという印象がある。

一方彼らの演奏の質の高さでは当時から言い尽くされているとおりだ。

シェリングは巨匠ルービンシュタインの胸を借りる立場だっただろうし、実際このデュエットの主導権を握っているのはルービンシュタインの方だが、シェリングの極めて柔軟な、しかも絶妙なコントロールを効かせたボウイングは模範的だ。

この2人の演奏にはアンサンブルの喜びとともに厳格なまでの合わせ技が感じられ、その中に音楽的な洗練を極めたベートーヴェンが聴こえてくる。

例えば大曲『クロイツェル』では決してあでやかな演奏ではないにしても、内部から彼らの音楽性が湧き上がってくるような明快さと強い説得力がある。

ルービンシュタインはこの頃既に新即物主義的なスタイルを示していて、名人芸を前面に出すような伴奏はしていないが、それがここでは功を奏している。

確かにこの作品はどちらにとっても高度なテクニックを要求される難曲には違いないが、それはヴァイオリンとピアノの対決ではなく、あくまでも2つの楽器の協調性から生まれる、隙のない彫琢されたアンサンブルの究極の姿である筈だ。

ソナタ第5番『春』の第3楽章のシンコペーションを活かしたとびっきり快活でリズミカルな表現や、第8番終楽章の無窮動的な躍動感などは、彼らが如何に音楽の基本をわきまえているかの証明だろう。

ルービンシュタインはメキシコの大学でヴァイオリン教師をしていた同郷のシェリングを再び楽壇に復帰させることを強く望み、またそのための援助を惜しまなかった。

その後のシェリングのキャリアを見れば、巨匠の目に狂いはなかったわけだが、そのきっかけとなったのはルービンシュタインが彼の弾くバッハの『無伴奏』を聴いた時だったようだ。

シェリングはその後イングリット・ヘブラーとベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集を完成させているが、より引き締まった楽想を練り上げているルービンシュタインとのセッションが、この選集のみに終わってしまったのは如何にも残念だ。

尚第9番『クロイツェル』及び第5番『春』が1958年、第8番が61年の録音で、カバー・ジャケットは初出時LPのオリジナル・デザインを採用している。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 22:36コメント(0)トラックバック(0) 

2015年06月01日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルービンシュタインは、3度にわたってベートーヴェンのピアノ協奏曲全集をスタジオ録音している。

ルービンシュタインはポーランド出身ということもあって、稀代のショパン弾きとしても知られてはいるが、前述のように3度にわたってベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を録音したことや、生涯最後の録音がブラームスのピアノ協奏曲第1番であったことなどに鑑みれば、ルービンシュタインの広範なレパートリーの中核を占めていたのは、ベートーヴェンやブラームスなどの独墺系のピアノ曲であったと言えるのかもしれない。

本盤に収められたベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番&第4番は、ルービンシュタインによる3度目のピアノ協奏曲全集(1975年)からの抜粋である。

最初の全集であるクリップス&シンフォニー・オブ・ジ・エアとの演奏(1956年)や、2度目の全集であるラインスドルフ&ボストン交響楽団との演奏(1963年)と比較すると、本演奏は88歳の時の演奏だけに、技量においてはこれまでの2度にわたる全集の方がより優れていると言えるのかも知れない。

しかしながら、本演奏のゆったりとしたテンポによる桁外れのスケールの大きさ、そして各フレーズの端々から滲み出してくる枯淡の境地とも言うべき奥行きの深い情感の豊かさにおいては、これまでの2度にわたる全集を大きく凌駕していると言えるだろう。

このような音楽の構えの大きさや奥行きの深さ、そして格調の高さや風格は、まさしく大人(たいじん)の至芸と言っても過言ではあるまい。

第3番は遅めのテンポで大きく深い呼吸で音楽を息づかせ、それに腰の強い明確なタッチを与えた名演。

第4番は音楽が進むにつれて調子が上がり、大柄で立体的な表現を成し遂げている。

とりわけ、両曲の緩徐楽章の深沈とした美しさには抗し難い魅力があると言えるが、その清澄とも言うべき美しさは、人生の辛酸を舐め尽くした巨匠が、自らの生涯を自省の気持ちを込めて回顧するような趣きさえ感じられる。

これほどの高みに達した崇高な音楽は、ルービンシュタインとしても最晩年になって漸く到達し得た至高・至純の境地と言えるのかもしれない。

ルービンシュタインの堂々たるピアニズムに対して、バレンボイム&ロンドン・フィルも一歩も引けを取っていない。

バレンボイムはルービンシュタインのテンポによくつけており、少しも淀まず、厚みがあり、十二分に歌い、ときには瞑想や思索さえも実感させる。

バレンボイムは、ピアニストとしても(クレンペラーの指揮)、そして弾き振りでも(ベルリン・フィルとの演奏、シュターツカペレ・ベルリンとの演奏)ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を録音しているが、ここではルービンシュタインの構えの大きいピアニズムに触発されたこともあり、持ち得る実力を存分に発揮した雄渾なスケールによる重厚にして渾身の名演奏を展開しているのが素晴らしい。

いずれにしても、本盤に収められたベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番及び第4番の演奏は、いずれも両曲の演奏史上トップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

本盤は従来CD盤(輸入盤)でも十分に満足できるものであったが、ルービンシュタインによる超名演でもあり、今後はSACD化を図るなど更なる高音質化を望んでおきたいと考える。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 22:39コメント(0)トラックバック(0) 

2015年05月25日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



素晴らしい名演だ。

ルービンシュタインは何を弾いても超一流の演奏を残した、前世紀最大の奏者の1人であることを再認識させられるものだ。

これは徹頭徹尾、ルービンシュタインの、ルービンシュタインによる、ルービンシュタインのための演奏と言える。

両曲とも、前奏のオケのトゥッティが堂々と鳴り響いた後、ほんの少し間をおいてからルービンシュタインの独奏が始まる。

歌舞伎で大見得を切る主役のようで、本当に「待ってました、千両役者」という掛け声をしたくなる、実に派手な登場である。

ルービンシュタインはベートーヴェンを大きな塊として豪快に、華麗に淀みなく弾いていて、ヴィルトゥオーゾという形容がこれほどふさわしい演奏もないだろう。

ルービンシュタインによるベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番、第3番と言えば、何と言っても88歳の時にバレンボイム&ロンドン・フィルと組んで録音した1975年盤が随一の名演とされている。

これ以外にも、クリップス&シンフォニー・オブ・ジ・エアと組んだ1956年盤もあるが、本盤に収められた演奏はそれらの中間にあたる2度目の録音であり、バレンボイムとクリップスとの狭間に咲いた夜来香とも言えよう。

この時にも既にルービンシュタインは76歳に達しており、1975年盤において顕著であったいわゆる大人(たいじん)としての風格は十分である。

そして、超絶的なテクニックにおいては、衰えがいささかも見られないという意味においては1975年盤よりも本演奏の方が上である。

76歳とは思えないテクニックに驚かされるが、さすが、巨匠円熟の色気は圧倒的存在感だ。

もちろん大人としての風格は1975年盤の方がやや優っており、あとは好みの問題と言えるのではないだろうか。

もちろん、筆者としては、1975年盤の方を随一の名演に掲げたいが、本演奏もそれに肉薄する名演として高く評価したいと考える。

ルービンシュタインの演奏は、その卓抜したテクニックはさることながら、どのフレーズをとっても豊かな情感に満ち溢れていて、スケールも雄渾の極みであり、ルービンシュタインのピアノはいつでも何処でも、華麗で輝きに満ちている。

決して頭ごなしに睥睨するような威圧感はなく、格別主張が強い演奏でもないが、それでも聴き手に一縷の迷いも与えず、有無を言わせない迫力がある。

遅めのテンポで大きく深い呼吸で、音楽を息づかせ、それに腰の強いタッチを与えた名演で、音楽が進むにつれて調子が上がり、大柄で立体的な表現を成し遂げている。

単にピアノを鳴らすだけでなく、どの1音にも情感がこもっており、テクニックも桁外れのうまさで、強靭な打鍵から繊細な抒情に至るまで表現力の幅はきわめて広い。

ルービンシュタインの演奏を聴いていると、近年流行りの古楽器奏法であるとかピリオド楽器の使用による演奏が実に小賢しいものに思えてくるところであり、何らの小細工も施さずに堂々たるピアニズムで弾き抜いた本演奏(1975年盤も)こそは、真のベートーヴェン像として崇高な至純の高みに達している。

ラインスドルフ&ボストン交響楽団も、ルービンシュタインのピアノに率いられるかのように、常々の即物的な解釈は影を潜め、重厚ではあるが情感の豊かさを損なっていないのが素晴らしい。

ラインスドルフも伴奏に徹しているわけではなく、オケを目一杯鳴らして推進力のある演奏で対抗しているのであるが、ルービンシュタインはさらにその上を駆け抜けているのである。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:26コメント(0)トラックバック(0) 

2015年04月29日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



名匠、名伴奏者オーマンディが指揮するフィラデルフィア管弦楽団とがっぷり組み合ったブラームスの第2協奏曲は、ルービンシュタインによる4度目の録音で85歳のピアノとは思えない矍鑠ぶりを記録しており、バックハウス&ベーム盤と並ぶ名演と言えるだろう。

ブラームスは、何よりもルービンシュタインの堂々たるピアノが素晴らしい。

ルービンシュタインの音楽が円熟を極めると同時にテクニックの水準が非常に高いレベルにあった、またとない貴重な時期の演奏である。

ブラームスの演奏には、堅固な造形が前面に出たものと、ロマンティシズムが前面に出たものがあり、この演奏は後者に属する。

しかし構成感や造形も申し分なく、足腰がしっかりしていてバランスがピカイチ、これこそブラームスの全体像を見事に捉えた演奏である。

自然な情感が実に豊かで、気難しくはないけれども歯ごたえがしっかりしているので、聴いていて心地よく音楽の流れに身を任せることができ、同時に感慨や高揚感も十分である。

作品の良さが自然に、トータルに引き出されているのでうっとうしさや嫌みがなく、内容充実とともに繰り返し聴きたくなる。

さすがに若いころからブラームスに傾倒して長年にわたり演奏を積み重ねてきただけのことはある。

この人特有の低音域の豊かさとまろやかで深い音色、充実した分厚い和音の響き、何よりテクニックに安定感と余裕があり、それを派手にひけらかすことなくブラームスの音楽と一体化させている。

ルービンシュタインのステレオ録音には、とかく「この年齢にもかかわらず」との評がありがちで、確かにそう言いたくなる演奏があるのもわかるところではある。

しかし、このみずみずしくてテンポが遅すぎず、流れに滞りのない演奏にはそういったご心配は一切無用。

人生の辛酸を舐め尽くした巨匠の味わい深い演奏が、生涯独身を貫いて、人生の寂しさやわびしさを人一倍感じ、華麗さとは無縁の渋い作品を生み出してきたブラームスの音楽に見事に符合する。

オーマンディ指揮のフィラデルフィア管弦楽団は、いささか音の重心が軽く、ブラームスとしては今一歩深みが乏しい気もするが、確かな技量と様式感で、ピアノと一体化した解釈が素晴らしい。

ルービンシュタインの堂々たる演奏を加味すれば、総合的評価として、本演奏を名演と評価することに躊躇しない。

録音もピアノとオーケストラのバランスがとてもよく、奥行き感や残響がうまく捉えられていて、ふくよかで豊かな表情を生み出している。

ルービンシュタインの協奏曲録音には、たとえステレオでもこれらの要素に違和感があるものがいくつかあるのだが、この録音は彼のものでも最高の状態であろう。

他方、シューマンは、ルービンシュタイン生涯最後のセッション録音だけに、実に演奏の奥が深く、作品の内面的なロマンティシズムを見事に描き出していて余すところがない。

冒頭の「夕べに」からして、他のピアニストとは次元の違う音のドラマが繰り広げられており、この幻想小曲集こそ、ルービンシュタインが人生のゴールで到達した至高・至純の境地と言えるのだろう。

幻想小曲集の随一の超名演と評価したい。

Blu-spec-CD化によって、ルービンシュタインの名演がより鮮明に味わうことができることを大いに喜びたい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:52コメント(0)トラックバック(0) 

2015年03月27日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルービンシュタインは、3度にわたってベートーヴェンのピアノ協奏曲全集をスタジオ録音している。

ルービンシュタインはポーランド出身ということもあって、稀代のショパン弾きとしても知られてはいるが、前述のように3度にわたってベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を録音したことや、生涯最後の録音がブラームスのピアノ協奏曲第1番であったことなどに鑑みれば、ルービンシュタインの広範なレパートリーの中核を占めていたのは、ベートーヴェンやブラームスなどの独墺系のピアノ曲であったと言えるのかもしれない。

本盤に収められたベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番&第2番は、ルービンシュタインによる3度目のピアノ協奏曲全集(1975年)からの抜粋である。

最初の全集であるクリップス&シンフォニー・オブ・ジ・エアとの演奏(1956年)や、2度目の全集であるラインスドルフ&ボストン交響楽団との演奏(1963年)と比較すると、本演奏は88歳の時の演奏だけに、技量においてはこれまでの2度にわたる全集の方がより優れているかも知れない。

しかしながら、本演奏のゆったりとしたテンポによる桁外れのスケールの大きさ、そして各フレーズの端々から滲み出してくる枯淡の境地とも言うべき奥行きの深い情感の豊かさにおいては、これまでの2度にわたる全集を大きく凌駕していると言えるだろう。

このような音楽の構えの大きさや奥行きの深さ、そして格調の高さや風格は、まさしく大人(たいじん)の至芸と言っても過言ではあるまい。

1音たりとも弾き飛ばさずに、しっかりと弾き切っているところが好ましいが、少しももたつかず、重さを感じさせない推進力のある演奏は、ベートーヴェンの若き日の作品の魅力を余すところなく伝えてくれている。

特に、両曲の緩徐楽章の深沈とした美しさには抗し難い魅力があると言えるが、その清澄とも言うべき美しさは、人生の辛酸を舐め尽くした巨匠が、自らの生涯を自省の気持ちを込めて回顧するような趣きさえ感じられる。

これほどの高みに達した崇高な音楽は、ルービンシュタインとしても最晩年になって漸く到達し得た至高・至純の境地と言えるのかもしれない。

ルービンシュタインの堂々たるピアニズムに対して、バレンボイム&ロンドン・フィルも一歩も引けを取っていない。

バレンボイムの指揮は立派の一言で、重すぎず、軽すぎずの充実した響きと、力強い推進力に支えられた若々しい伴奏で、ベストの出来と言えよう。

バレンボイムは、ピアニストとしても(クレンペラーの指揮)、そして弾き振りでも(ベルリン・フィル、シュターツカペレ・ベルリンとの演奏)ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を録音しているが、ここではルービンシュタインの構えの大きいピアニズムに触発されたこともあり、持ち得る実力を存分に発揮した雄渾なスケールによる重厚にして渾身の名演奏を展開しているのが素晴らしい。

いずれにしても、本盤に収められたベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番及び第2番の演奏は、いずれも両曲の演奏史上トップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

音質は従来CD盤(輸入盤)でも十分に満足できるものであるが、ルービンシュタインによる超名演でもあり、今後はSACD化を図るなど更なる高音質化を望んでおきたいと考える。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:38コメント(0)トラックバック(0) 

2015年03月09日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



タイトルの名の通り、様々な曲集からいいとこ取りした、ルービンシュタインによるショパンの超有名曲をギッシリ詰め込んだ作品。

ルービンシュタインのショパンは、実にゆったりとした気持ちで音楽の素晴らしさ、美しさを味わうことができる。

もちろん、ここぞと言う時の打鍵の力強さにいささかも不足することはないが、聴き手に極度の緊張感を強いるような演奏方法ではない。

それでいて、生ぬるさとかとは一切無縁なのは、ルービンシュタインが、ショパンの本質を的確に捉えるとともに、大げさな言い方かもしれないが、血肉に至るまでショパンと同化しているからにほかならないと言えるのではないか。

ルービンシュタインは、あくまでも自然体で演奏しているのだろうが、それでいて、ショパンの魅力が聴き手にダイレクトに伝わってくるのだから、作曲者と演奏者のこれ以上の幸福な出会いというのはないだろう。

現代のハイテクピアニストたちにも真似できない美しく磨かれた音、豊穣に鳴りわたる華麗で充実した響き、不自然さがまったくない情感豊かなルパート、極めてオーソドックスなのに繰り返し聴いても飽きない解釈、目を見張る華やかなヴィルトゥオジティと同国人ならではの素朴な土臭さとの見事な融合、コントロールが行き届いているのに呼吸が大きく楽に広がっていくような開放感……、ルービンシュタインのピアノを聴くと、リラックスしつつも音楽の豊かさに自然とひきこまれる。

充足感と安心感、晴れ晴れとした爽快感、納得感、神経質にならない豊かな感情の機微、わびさびや誠実さ、魂胆を全く感じないエンターテイメント性と心にしみわたる楽しさに浸るばかりだ。

故・吉田秀和氏は「幸福のメッセンジャー」と評していたが、まさしくその通りと言えるだろう。

ショパンとポーランドという同じ故郷を共有するルービンシュタインの郷土愛・愛国心を感じ取れる演奏内容で、かつまた世界の人々が一度は耳にしている名曲が、巧みなタッチで弾かれている。

本盤には、ショパンの楽曲の中でも特に有名なものを収めているが、ワルツ第7番や夜想曲第8番のセンス満点の弾きぶりなど、人生の辛酸を舐め尽くした巨匠の諦観の境地といった趣きである。

曲順に配慮が行き届いているため、ショパンの各カテゴリーの傑作を気楽に、バランス良く楽しめるし、ルービンシュタインの演奏特性からコンサートを聴いてるような華やいだ気分にもなれる。

まずは試しにルービンシュタインのショパンを聴いてみたい場合にはもってこいのCDであろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:42コメント(0)トラックバック(0) 

2014年12月23日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



本盤には即興曲全曲を軸として、舟歌や子守歌、ボレロ、新練習曲、タランテラ、そしてアンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズなどが収められているが、いずれもルービンシュタインならではの素晴らしい名演と高く評価したい。

古今東西の数多くのピアニストの中でも、ショパン弾きとして名を馳せた者は数多く存在しているが、その中でも最も安心してその演奏を味わうことができるのは、ルービンシュタインを置いて他にはいないのではないだろうか。

というのも、他のピアニストだと、古くはコルトーにしても、ホロヴィッツにしても、フランソワにしても、演奏自体は素晴らしい名演ではあるが、ショパンの楽曲の魅力よりもピアニストの個性を感じてしまうからである。

もちろん、そのように断言したからと言って、ルービンシュタインが没個性的などと言うつもりは毛頭ない。

ルービンシュタインにも、卓越したテクニックをベースとしつつ、豊かな音楽性や大家としての風格などが備わっており、そのスケールの雄渾さにおいては、他のピアニストの追随を許さないものがあると言えるだろう。

そして、ルービンシュタインのショパンが素晴らしいのは、ショパンと同じポーランド人であるということやショパンへの深い愛着に起因すると考えられるが、ルービンシュタイン自身がショパンと同化していると言えるのではないだろうか。

ショパンの音楽そのものがルービンシュタインの血となり肉となっているような趣きがあるとさえ言える。

何か特別な個性を発揮したり解釈を施さなくても、ごく自然にピアノを弾くだけで立派なショパンの音楽の名演に繋がると言えるところであり、ここにルービンシュタインの演奏の魅力がある。

本盤に収められた即興曲全曲や舟歌、子守歌、ボレロ、新練習曲、タランテラ、そしてアンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズなどについても、そうしたルービンシュタインならではの情感豊かでスケール雄大な名演だ。

もちろん、これらの楽曲には、様々な個性的な名演が多く存在してはいるが、楽曲の魅力を安定した気持ちで味わうことができるという意味においては、本盤の演奏の右に出る演奏は皆無であると言えるのではないだろうか。

また、演奏全体を貫いている格調の高さは比類がなく、これぞまさしく大人(たいじん)の至芸と言えるだろう。

これだけの素晴らしい名演であるだけに、高音質化への不断の取組が行われてきたところであるが、今般発売されたBlu-spec-CD2盤は、これまでで最も良好な音質である。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 22:46コメント(0)トラックバック(0) 

2014年12月18日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



素晴らしい名演だ。

ルービンシュタインは何を弾いても超一流の演奏を残した、前世紀最大の奏者の1人であることを再認識させられるものだ。

本盤に収められた演奏は、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番が1963年の録音、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が1971年の録音であり、それぞれルービンシュタインが76歳と84歳の時のものである。

ルービンシュタインは、既に本盤に至るまでにともに2度の録音を行っているが、本盤の3度目の録音の後は両協奏曲を録音することはなかったことから、いずれもルービンシュタインによる最後の録音ということになる。

その意味では本演奏は、ルービンシュタインにとっての両協奏曲の演奏の集大成であるということになる。

本演奏を一言でいえば大人(たいじん)の至芸と評価できるのではないかと考えられる。

ここには、ロシア風の民族色や土俗性などは微塵も感じられない。

ロシア音楽独特のパワーで押し切ろうというような力づくの演奏なども薬にしたくもない。

ここに存在するのは、スコアを真摯に、そして誠実に音化していこうとしている音楽性豊かな偉大なピアニストだけだ。

ルービンシュタインは、楽想をしっかりと踏みしめるように着実にその歩みを進めていく。

単にピアノを鳴らすだけでなく、どの1音にも情感がこもっており、演奏全体としてもロシアの悠久の大地を思わせるような壮大なスケールを誇っている。

テクニックも桁外れのうまさで、強靭な打鍵から繊細な抒情に至るまで表現力の幅はきわめて広い。

まさに、両協奏曲演奏史上においても最も純音楽的な名演と言えるところであり、これにはルービンシュタインの円熟を感じずにはいられない。

チャイコフスキーのバックをつとめるラインスドルフは、即物的な指揮者として知られているが、本演奏では、ルービンシュタインの心のこもったピアノに併せて、ボストン交響楽団とともに実に情感豊かな演奏を繰り広げているのが素晴らしい。

またラフマニノフのバックをつとめるオーマンディ&フィラデルフィア管弦楽団も見事の一語に尽き、「協奏曲の神様」と謳われたオーマンディの面目が躍如としている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:36コメント(0)トラックバック(0) 

2014年12月09日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



本盤には、稀代のショパン弾きでもあったルービンシュタインによるショパンのワルツ集が収められているが、素晴らしい名演と高く評価したいと考える。

古今東西の数多くのピアニストの中でも、ショパン弾きとして名を馳せた奏者は数多く存在しているが、その中でも最も安心してその演奏を味わうことができるのは、ルービンシュタインを置いて他にはいないのではないだろうか。

というのも、他のピアニストだと、古くはコルトーにしても、ホロヴィッツにしても、フランソワにしても、演奏自体は素晴らしい名演ではあるが、ショパンの楽曲の魅力よりもピアニストの個性を感じてしまうからである。

もちろん、そのように断言したからと言って、ルービンシュタインが没個性的などと言うつもりは毛頭ない。

ルービンシュタインにも、卓越したテクニックをベースとしつつ、豊かな音楽性や大家としての風格などが備わっており、そのスケールの雄渾さにおいては、他のピアニストの追随を許さないものがあると言えるだろう。

そして、ルービンシュタインのショパンが素晴らしいのは、ショパンと同じポーランド人であるということやショパンへの深い愛着に起因すると考えられるが、ルービンシュタイン自身がショパンと同化していると言えるのではないだろうか。

ショパンの音楽そのものがルービンシュタインの血となり肉となっているような趣きがあるとさえ言える。

何か特別な個性を発揮したり解釈を施さなくても、ごく自然にピアノを弾くだけで立派なショパンの音楽の名演に繋がると言えるところであり、ここにルービンシュタインの演奏の魅力がある。

本盤に収められたワルツ集についても、そうしたルービンシュタインならではの情感豊かでスケール雄大な名演だ。

ショパンのワルツ集については、古くはコルトーによる超個性的な演奏(1934年スタジオ録音)、薄幸のピアニストであるリパッティの生涯最後の壮絶な演奏(1950年スタジオ録音)、フランス風の瀟洒な味わいに満ち溢れたルイサダによる演奏(1990年スタジオ録音)など、多種多様な名演が目白押しであるが、ショパンのワルツ集という楽曲の魅力を安定した気持ちで味わうことができるという意味においては、本演奏の右に出る演奏は皆無であると言えるのではないだろうか。

また、演奏全体を貫いている格調の高さは比類がなく、これぞまさしく大人(たいじん)の至芸と言えるだろう。

これだけの名演であるだけに、高音質化への不断の取組が行われてきたところであるが、今般発売されたBlu-spec-CD盤は、これまでで最も良好な音質である。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:34コメント(0)トラックバック(0) 

2014年11月29日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルービンシュタインによるブラームスのピアノ協奏曲第1番の演奏としては、本盤以外にもラインスドルフ&ボストン交響楽団をバックとした1964年盤とメータ&イスラエル・フィルをバックとした1976年盤が存在している。

それだけルービンシュタインが同曲に私淑していたとも言えるが、一般的に最も名演の誉れ高いのは1976年盤ということになるのではないか。

当該演奏は、最晩年を迎えたルービンシュタイン(89歳)の大人(たいじん)ならではの滋味あふれる至芸を味わうことが可能であり、メータ&イスラエル・フィルの好サポートも相俟って、スケール雄大な名演に仕上がっていた。

本演奏は、その22年前のスタジオ録音ということになるが、この時点でも既にルービンシュタインは67歳となっており、1976年盤にも肉薄する素晴らしい名演を展開していると高く評価したい。

少なくとも、技量においては1976年盤よりも衰えが見られない分だけ上と言えるところであり、本演奏でもとても人間業とは思えないような超絶的な技量を披露してくれている。

もっとも、超絶的な技量であれば、同時代に活躍したホロヴィッツも同様であるが、ホロヴィッツの場合は、自らの感性の赴くままにピアノを弾いていたと言える側面があり、超絶的な技量がそのまま芸術たり得た稀有のピアニストであったと言えるだろう。

これに対して、ルービンシュタインは、私見ではあるが、音楽の本質への希求が第一であり、技量は二の次と考えていたのではあるまいか。

それ故に、1976年盤において、多少技量が衰えても至高の名演を成し遂げることが可能であったと考えられるからである。

本演奏においても、技量一辺倒にはいささかも陥らず、強靭な打鍵から繊細な抒情に至るまで表現の幅は桁外れに幅広く、青雲の志を描いたとされる同曲に込められた若きブラームスの心の葛藤を、ルービンシュタインは豊かな表現力を駆使して、情感豊かに描き出しているのが素晴らしい。

ルービンシュタインの若々しい表現が、音楽性にあふれていて、晩年の厚みや交響的な味わいは薄いが、全盛期だけに色気や艶があり、流れが美しく、詩情にも欠けていない。

この曲のもつ清新で力強い性格を最も見事に捉えているとも言えるところであり、テクニックの衰えなど微塵もなく、年輪の厚みを感じさせる、風格のある表現はまことに素晴らしい。

同曲は、ピアノ演奏付きの交響曲と称されるだけあって、オーケストラ演奏が薄味だとどうにもならないが、ライナー&シカゴ交響楽団は、いかにも厳しく有機的なドイツ風の重厚な演奏を展開しており、ルービンシュタインの至高のピアノとの相性も抜群である。

そして、本盤で素晴らしいのはハイブリッドSACDによる超高音質録音である。

SACD化によって、ルービンシュタインのピアノタッチが鮮明に再現されるなど、今から60年近くも前の録音とは思えないような鮮明な音質に生まれ変わっており、本盤の価値を高めるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 22:37コメント(0)トラックバック(0) 

2014年11月27日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルービンシュタインは、3度にわたってベートーヴェンのピアノ協奏曲全集をスタジオ録音している。

ルービンシュタインはポーランド出身ということもあって、稀代のショパン弾きとしても知られてはいるが、前述のように3度にわたってベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を録音したことや、生涯最後の録音がブラームスのピアノ協奏曲第1番であったことなどに鑑みれば、ルービンシュタインの広範なレパートリーの中核を占めていたのは、ベートーヴェンやブラームスなどの独墺系のピアノ曲であったと言えるのかもしれない。

本盤に収められたベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」は、ルービンシュタインによる3度目のピアノ協奏曲全集(1975年)からの抜粋である。

最初の全集であるクリップス&シンフォニー・オブ・ジ・エアとの演奏(1956年)や、2度目の全集であるラインスドルフ&ボストン交響楽団との演奏(1963年)と比較すると、本演奏は88歳の時の演奏だけに、技量においてはこれまでの2度にわたる全集の方がより優れている。

しかしながら、本演奏のゆったりとしたテンポによる桁外れのスケールの大きさ、そして各フレーズの端々から滲み出してくる枯淡の境地とも言うべき奥行きの深い情感の豊かさにおいては、これまでの2度にわたる全集を大きく凌駕していると言えるだろう。

このような音楽の構えの大きさや奥行きの深さ、そして格調の高さや風格は、まさしく大人(たいじん)の至芸と言っても過言ではあるまい。

特に、同曲の緩徐楽章の深沈とした美しさには抗し難い魅力があるが、その清澄とも言うべき美しさは、人生の辛酸を舐め尽くした巨匠が、自らの生涯を自省の気持ちを込めて回顧するような趣きさえ感じられる。

これほどの高みに達した崇高な音楽は、ルービンシュタインとしても最晩年になって漸く到達し得た至高・至純の境地と言えるのかもしれない。

ルービンシュタインの堂々たるピアニズムに対して、バレンボイム&ロンドン・フィルも一歩も引けを取っていない。

バレンボイムは、ピアニストとしても(クレンペラーの指揮)、そして弾き振りでも(ベルリン・フィルとの演奏)ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を録音しているが、ここではルービンシュタインの構えの大きいピアニズムに触発されたこともあり、持ち得る実力を存分に発揮した雄渾なスケールによる重厚にして渾身の名演奏を展開しているのが素晴らしい。

いずれにしても、本盤に収められたベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」の演奏は、同曲の演奏史上トップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:33コメント(2)トラックバック(0) 

2014年10月06日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルービンシュタインによるベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番、第5番「皇帝」と言えば、何と言っても88歳の時にバレンボイム&ロンドン・フィルと組んで録音した1975年盤が随一の名演とされている。

これ以外にも、クリップス&シンフォニー・オブ・ジ・エアと組んだ1956年盤もあるが、本盤に収められた演奏はそれらの中間にあたる2度目の録音であり、バレンボイムとクリップスとの狭間に咲いた夜来香とも言えよう。

この時にも既にルービンシュタインは76歳に達しており、1975年盤において顕著であったいわゆる大人(たいじん)としての風格は十分である。

そして、超絶的なテクニックにおいては、衰えがいささかも見られないという意味においては1975年盤よりも本演奏の方が上である。

76歳とは思えないテクニックに驚かされるが、さすが、巨匠円熟の色気は圧倒的存在感だ。

もちろん大人としての風格は1975年盤の方がやや勝っており、あとは好みの問題と言えるのではないだろうか。

もちろん、筆者としては、1975年盤の方を随一の名演に掲げたいが、本演奏もそれに肉薄する名演として高く評価したいと考える。

ルービンシュタインの演奏は、その卓抜したテクニックはさることながら、どのフレーズをとっても豊かな情感に満ち溢れており、スケールも雄渾の極み。

巷間言われているように、まさに「皇帝」そのものの演奏と言えるだろう。

ルービンシュタインの演奏を聴いていると、近年流行りの古楽器奏法であるとかピリオド楽器の使用による演奏が実に小賢しいものに思えてくるところであり、何らの小細工も施さずに堂々たるピアニズムで弾き抜いた本演奏(1975年盤も)こそは、真の「皇帝」として崇高な至純の高みに達している。

ラインスドルフ&ボストン交響楽団も、ルービンシュタインのピアノに率いられるかのように、常々の即物的な解釈は影を潜め、重厚ではあるが情感の豊かさを損なっていないのが素晴らしい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:54コメント(0)トラックバック(0) 

2014年09月18日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



百万ドル・トリオは、多くの録音を残しているが、チェロがフォイアマンであった時期の録音は、残念ながら非常に少ない。

そして、理想のメンバーが《大公》を手がけたこの録音は、黄金時代の彼らの桁はずれの力量が見事に発揮された不滅の名演になっている。

昔から知られた名盤であるが、個性の強いスター3人の共演ゆえ、所謂ありきたりの名盤ではない。

室内楽と言えば連想される親密な対話はここにはなく、あるのは、ハイフェッツとルービンシュタインというまったく芸風の違う二人による火花散る真剣勝負に、フォイアマンが絡むという図式は、面白くないはずがない。

3人の巨匠たちがブリリアントに渡り合う緊迫したスケールの大きい共演は、協奏曲風ともいえる華やかでスリリングなアンサンブルを生んでいるが、そこに漲る手に汗を握る興奮や圧倒的な緊張感は、これ以上は考えられないほど強力な説得力を生んでいる。

本気になった名手たちの真剣勝負は実にスリリング、録音の古さなど忘れさせてしまう。

歴史的名盤という言葉は、こうした演奏のために存在するのではないだろうか。

まさに完璧ともいえるアンサンブルを実現させた3人の巨匠たちは、輝かしく張り詰めた表現を余裕をもって繰り広げながら、圧倒的に凝縮された演奏を味わわせてくれるのである。

まさに豪放にして華麗な演奏であり、これに匹敵する器や表現力を示している演奏は、他にカザルス・トリオぐらいのものであろう。

カップリングのシューベルトにも同様のことが言えるところであり、当盤は永遠不滅の名演奏である。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:41コメント(0)トラックバック(0) 

2014年08月22日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



チャイコフスキーのピアノ三重奏曲「ある偉大な芸術家の思い出に」は、チャイコフスキーの室内楽曲の中での最高傑作であるだけでなく、古今東西の作曲家による数あるピアノ三重奏曲の中でも、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番「大公」と並ぶ至高の名作と言えるだろう。

しかしながら、ベートーヴェンの「大公」と比較すると録音の点数はさして多いとは言えない。

そうした数少ない録音の中でも名演と評価し得るのは、新しいものではウィーン・ベートーヴェン・トリオ盤(1988年)及びチョン・トリオ盤(1988年)、そして古いものでは本盤に収められた演奏であると考える。

本演奏においては何よりも、ピアノにルービンシュタイン、ヴァイオリンにハイフェッツ、そしてチェロにピアティゴルスキーという超大物を据えた(いわゆる百万ドル・トリオ)のが極めて大きい。

本録音の発売に際しては、LPのジャケットの表記において、ルービンシュタインとハイフェッツのどちらを上に記述するかで両者(特にハイフェッツ)がもめたとの逸話が遺されているが、それだけ両者がプライドをかけて本演奏に臨んだということではないだろうか。

実際のところ、同曲は、副題からも窺い知ることができるように、尊敬するピアニストであったニコライ・ルービンシュタインの死を悼んで作曲されたものであることから、とりわけピアノパートが克明に作曲されているのであるが、ルービンシュタインの卓越した技量をベースとしたスケール雄大な演奏に対して、ハイフェッツのヴァイオリンもその技量や気迫において、いささかも引けを取っておらず、あたかも両者による協奏曲のような迫力を誇っている。

チェロのピアティゴルスキーは、持ち味である重厚で人間味あふれる落ち着いた音色で、ルービンシュタインとハイフェッツの火花散るような演奏に適度の潤いと温もりを与えるのに成功していると言っても過言ではあるまい。

いずれにしても、本演奏は、モノラル録音であるというハンディを除けば、現時点でも前述のウィーン・ベートーヴェン・トリオ盤やチョン・トリオ盤をはるかに凌駕する随一の超名演と高く評価したい。

もっとも、今般のXRCD化によって、今から60年以上も前のモノラル録音とは思えないような鮮度の高い音質に生まれ変わった。

ルービンシュタインのピアノタッチがいささかこもり気味なのは残念であるが、ハイフェッツのヴァイオリンやピアティゴルスキーのチェロの弓使いなどが鮮明に再現されるのは殆ど驚異的であり、あらためてXRCDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

今般のXRCD化によって、本名演の価値はますます盤石となったと言えるところであり、同曲演奏史上最高の超名演を、現在望み得る最高の高音質XRCDで味わうことができるのを大いに歓迎したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:30コメント(0)トラックバック(0) 

2014年07月27日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルービンシュタインは、3度にわたってベートーヴェンのピアノ協奏曲全集をスタジオ録音している。

ルービンシュタインはポーランド出身ということもあって、稀代のショパン弾きとしても知られてはいるが、前述のように3度にわたってベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を録音したことや、生涯最後の録音がブラームスのピアノ協奏曲第1番であったことなどに鑑みれば、ルービンシュタインの広範なレパートリーの中核を占めていたのは、ベートーヴェンやブラームスなどの独墺系のピアノ曲であったと言えるのかもしれない。

本盤に収められたベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番&第5番「皇帝」は、ルービンシュタインによる3度目のピアノ協奏曲全集(1975年)からの抜粋である。

最初の全集であるクリップス&シンフォニー・オブ・ジ・エアとの演奏(1956年)や、2度目の全集であるラインスドルフ&ボストン交響楽団との演奏(1963年)と比較すると、本演奏は88歳の時の演奏だけに、技量においてはこれまでの2度にわたる全集の方がより優れている。

しかしながら、本演奏のゆったりとしたテンポによる桁外れのスケールの大きさ、そして各フレーズの端々から滲み出してくる枯淡の境地とも言うべき奥行きの深い情感の豊かさにおいては、これまでの2度にわたる全集を大きく凌駕していると言えるだろう。

このような音楽の構えの大きさや奥行きの深さ、そして格調の高さや風格は、まさしく大人(たいじん)の至芸と言っても過言ではあるまい。

特に、両曲の緩徐楽章の深沈とした美しさには抗し難い魅力があるが、その清澄とも言うべき美しさは、人生の辛酸を舐め尽くした巨匠が、自らの生涯を自省の気持ちを込めて回顧するような趣きさえ感じられる。

これほどの高みに達した崇高な音楽は、ルービンシュタインとしても最晩年になって漸く到達し得た至高・至純の境地と言えるのかもしれない。

ルービンシュタインの堂々たるピアニズムに対して、バレンボイム&ロンドン・フィルも一歩も引けを取っていない。

バレンボイムは、ピアニストとしても(クレンペラーの指揮)、そして弾き振りでも(ベルリン・フィルとの演奏)ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を録音しているが、ここではルービンシュタインの構えの大きいピアニズムに触発されたこともあり、持ち得る実力を存分に発揮した雄渾なスケールによる重厚にして渾身の名演奏を展開しているのが素晴らしい。

いずれにしても、本盤に収められたベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番及び第5番「皇帝」の演奏は、いずれも両曲の演奏史上トップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 01:11コメント(0)トラックバック(0) 

2014年07月10日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルービンシュタインというピアニストはレパートリーが比較的広く、必ずしもショパンのスペシャリストを志していたのではなかった。

ただ筆者個人にとっては、ルービンシュタインを聴くということは、まずもって彼のショパンを聴くということであった。

非常に長い演奏活動をやってのけたルービンシュタインは、録音でもさまざまなショパンを残したが、そのうち筆者が最も惹かれるのは、1930年代のそれである。

現在から離れて仰ぎ見るから一層偉大に見え、憧れがより強くなるのかも知れないが、それはそれとして筆者が1930年代のルービンシュタインのショパンにこだわるのは、この時代の緊張した雰囲気(1939年、ナチス・ドイツのポーランド侵攻により第2次世界大戦が勃発。ルービンシュタインの祖国、そしてショパンの祖国でもあるポーランドは、ドイツとソ連に分割され、再び地図上から消えてしまった)を、ルービンシュタインが大なり小なり受け止め、それを演奏に反映させていたと考えるからに他ならない。

このように1930年代のショパンの録音は、ポーランド出身のユダヤ人の当時の心境をよく表しているのではないか。

祖国を離れて外国で演奏するというのは、ショパンが置かれていたシチュエーションに非常によく似ている。

つまりルービンシュタインがその一員であったユダヤ系ポーランド人、及びポーランド共和国を取り巻いていた険悪な政治状況が、1930年代に壮年期であったルービンシュタインの演奏・録音に、心理的に投影されていると考えるのである。

この時期の演奏・録音からうかがえるように、ルービンシュタインはショパンを晩年のそれよりも、はるかに躍動的に表現していた。

洗練された都会的な手法でショパンが自作の中に封じ込めておいた激情や憂愁が、いかにも即興的に、といっても巧妙なる計算がなされているに違いないのだが、そうした計算を聴き手に少しも気付かせることなく再現される。

テンポ・ルバートを活用して、ロマンティックというのか、それともポーランド風というのか、そんなショパンの世界が微に入り細に分け入って表出される。

それは、まことにニュアンスに富んだショパンであり、かつ動的なショパンであった。

ショパンの感情の揺れが手に取るように再現されており、ショパン弾きとしてのルービンシュタインの才能に脱帽せざるを得ない。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 23:56コメント(0)トラックバック(0) 

2014年03月16日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



20世紀の大ピアニスト、アルトゥール・ルービンシュタインの正規録音のすべて(RCA、EMI、デッカ)収めているうえに、オーソライズされたライヴ録音も含む、全144枚のまさに大全集。

ルービンシュタインが1976年にコンサート活動からの引退を表明するまで、実に半世紀近くに及ぶ活躍のなかで残された録音の集大成が、この大全集である。

SP時代からのすべての録音(29〜76年)を収め、初CD化の演奏もあり、当時としては珍しい曲目を含む幅広いレパートリーが披露されている。

独奏曲の他、協奏曲や、往年の名手たちと組んだ室内楽曲も含む。

「ルービンシュタインのピアノを聴く」ということを「ショパンを聴く」という意味にとらえる人は多い。

ショパンが作品に込めた甘美さや悲痛さをあれほどにまで完璧に歌いきれるピアニストは、これからも彼以外にはなかなか見つからないだろう。

しかし、彼はショパンのスペシャリストだったわけではなく、レパートリーはバッハに始まり、ドイツ・オーストリアの古典からロマン派、フランス近代、ロシア音楽やスペイン音楽にまで及んでいる。

演奏家生命の長かったルービンシュタインは、晩年まで堂々たる風格を備えた芸風を保った。

この大全集にも70歳代以降の晩年の演奏があるが、若々しささえ漂うのは奇跡的である。

その演奏のスケールの大きさと共に、音楽の彫りの深さ、コクのある表情などは、世紀の巨匠ならではの風格を実感させる。

ルービンシュタインは、もはや今日のピアニストにはできない、絶妙な味を聴かせる。

それは“エスプリの味”とでもいえるもので、どの演奏でもいかなる図式的な解釈をしていないのに、まさに当意即妙なのである。

ルービンシュタインの感性がロマンティックな土壌の上で開花し、音と音が絶妙に反応しあった、華のある演奏である。

内容詳細については、「最も参考になったカスタマーレビュー」に載っているので、そちらをご参考にして頂きたい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:35コメント(0)トラックバック(0) 

2014年03月14日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



20世紀を代表する2大ヴィルトゥオーゾの競演で、ホロヴィッツ、ルービンシュタイン共に最も脂の乗り切った時期に演奏された、対照的な芸風の大家による聴き比べができる嬉しいディスクである。

ホロヴィッツにはトスカニーニやワルターと組んだ録音もあるが、実演ならではの自由な振舞いの面白さが狂気じみた迫力に直結している点で、セルとの演奏はさらにその上を行っている。

ここで聴けるのは徹底的に自由に振舞う全盛期のホロヴィッツならではのまさに唯我独尊的なピアニズムであり、その爆発的なパワーと鋭利なテクニック、自由な表情付けには、さすがのセルも終始激しく煽られっぱなしで、スタジオ盤での演奏とは別人のようなテンションの高さがひたすら印象的。

前2楽章ではまだ節度があるものの、第3楽章になると指揮者もオーケストラも冷静さを失い、ピアノと競い合うようにして一気にクライマックスになだれ込み、破綻する。

あまりの激演に、聴衆の興奮ぶりにも凄まじいものがあり、フィナーレのコーダでは最後の数小節に熱狂した聴衆の拍手と大歓声がかぶっているほどだ。

それに対し、ルービンシュタインの演奏はどっしりと大局を見据えた実に説得力のある演奏。

ホロヴィッツの爆演を聴いた後にルービンシュタインの演奏を聴くと、模範的に弾くとこうなる演奏と言ったところであろうか。

「この曲をむやみやたらに速いテンポで弾いて、自分たちの技を示そうという人たち(ホロヴィッツのこと?)がいるが、私はこの美しい作品を本来の形に再確立したい」とルービンシュタインは言っていた。

全体にゆったりとしたテンポで堂々と弾き上げた演奏で、19世紀のヴィルトゥオーゾの流れを汲んだ、いかにもこの巨匠らしい秀演だ。

とはいえ、スタジオ録音よりもスリリングで、推進力が強い実に面白い演奏でもある。

若干ホロヴィッツ推しの人が企画したのかなとも推察させるが、2人の巨匠のピアニズムを比べられる好企画、両者対照的な演奏、そしてカップリングである。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:50コメント(0)トラックバック(0) 

2014年01月03日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



古今東西の数多くのピアニストの中でも、ショパン弾きとして名を馳せた者は数多く存在しているが、その中でも最も安心してその演奏を味わうことができるのは、ルービンシュタインを置いて他にはいないのではないだろうか。

というのも、他のピアニストだと、古くはコルトーにしても、ホロヴィッツにしても、フランソワにしても、演奏自体は素晴らしい名演ではあるが、ショパンの楽曲の魅力よりもピアニストの個性を感じてしまうからである。

もちろん、そのように断言したからと言って、ルービンシュタインが没個性的などと言うつもりは毛頭ない。

ルービンシュタインにも、卓越したテクニックをベースとしつつ、豊かな音楽性や大家としての風格などが備わっており、そのスケールの雄渾さにおいては、他のピアニストの追随を許さないものがあると言えるだろう。

そして、ルービンシュタインのショパンが素晴らしいのは、ショパンと同じポーランド人であるということやショパンへの深い愛着に起因すると考えられるが、ルービンシュタイン自身がショパンと同化していると言えるのではないだろうか。

ショパンの音楽そのものがルービンシュタインの血となり肉となっているような趣きがあるとさえ言える。

何か特別な個性を発揮したり解釈を施さなくても、ごく自然にピアノを弾くだけで立派なショパンの音楽の名演に繋がると言えるところであり、ここにルービンシュタインの演奏の魅力がある。

本盤に収められたスケルツォについても、そうしたルービンシュタインならではの情感豊かでスケール雄大な名演だ。

ショパンのスケルツォの名演としては、近年ではポゴレリチによる楽曲の心眼に鋭く切り込んでいくような凄みのある超名演(1995年)があるが、本演奏もその奥行きの深さにおいていささかも引けを取っていない。

そして、ショパンのスケルツォという楽曲の魅力を安定した気持ちで味わうことができるという意味においては、本演奏の右に出る演奏は皆無である。

また、演奏全体を貫いている格調の高さは比類がなく、これぞまさしく大人(たいじん)の至芸と言えるだろう。

なお、本盤で何よりも素晴らしいのはXRCDによる極上の高音質だ。

本演奏は今から約50年以上も前のスタジオ録音であるが、とてもそうとは思えないような鮮明な高音質を誇っている。

既に発売されているSACDハイブリッド盤よりも、更に高音質と言えるのではないだろうか。

いずれにしても、ルービンシュタインによる至高の超名演を、XRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 16:53コメント(0)トラックバック(0) 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルービンシュタインのショパンは、どの演奏も実に素晴らしい。

本盤に収められたピアノ・ソナタ第2番及び第3番もその例外ではなく、いずれも至高の超名演と高く評価したい。

ルービンシュタインのショパンが素晴らしいのは、私見ではあるが、ルービンシュタインがショパンに成り切っている(ショパンの化身と化している)からと言えるのではないだろうか。

同郷の作曲家という側面もあるとは思うが、ショパンの音楽そのものがルービンシュタインの血となり肉となっているかのような趣きがある。

例えば、バーンスタインとマーラーの関係と同様であり、バーンスタインのマーラーが何故にあれほどの名演であり、人を惹きつけるのかと言えば、バーンスタインがマーラーの化身と化しているような演奏を行っているからにほかならない。

本演奏におけるルービンシュタインのピアノも、何か特別なことをしているようには思えない。

おそらくは、誠実にショパンの音楽に向き合っているだけであり、楽想を真摯に弾き抜いているに過ぎないのではないかと考えられる。

にもかかわらず、すべての音には奥深い情感がこもっているとともに、ショパンの絶望感に満ちた心眼に鋭く切り込んでいくような彫りの深さもごく自然に描出されている。

あたかも、ルービンシュタインがショパンの化身と化してピアノを弾いているかのようであり、これぞ作曲者と演奏家の幸福な出会いと評価すべきである。

ルービンシュタインによるショパンの楽曲の演奏は、他のどのピアニストによる演奏よりも安心して聴けるというのは、このような点に起因していると考えられるところであり、ここには、例えば何某かの個性的な解釈を施している他のピアニストによるショパン演奏などとは大きく次元が異なる大人(たいじん)の至芸があると言えるだろう。

録音は1961年のスタジオ録音であり、今から約50年も前のものであるが、今般のXRCD化によって見違えるような鮮明な音質に生まれ変わった。

ルービンシュタインの至高のピアノ演奏を、XRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 14:25コメント(0)トラックバック(0) 

2013年05月23日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



本盤には、ブラームスの初期の作品であるピアノ・ソナタ第3番と、最晩年の傑作である間奏曲及びロマンスが収められている。

いずれも、ルービンシュタインならではの名演と言えるところであるが、とりわけ間奏曲を至高の超名演と高く評価したい。

ブラームスの間奏曲については、グールドやアファナシエフなどによる超個性的な名演が大きな存在感を発揮している。

これらの鬼才による名演と比較すると、ルービンシュタインにいる本演奏はむしろオーソドックスなものと言えなくもない。

しかしながら、一聴すると何でもないように聴こえる各フレーズの端々から滲み出してくる寂寥感や懐の深い滋味豊かさは、抗し難い魅力に満ち溢れていると言えるところであり、これはまさに人生のあらゆる辛酸を舐め尽くした巨匠だけに可能な大人(たいじん)の至芸であろう。

かかる演奏は、神々しいまでの崇高さを湛えているとさえも評価することが可能であるが、それでいて峻厳さは皆無であり、聴き手が安定した気持ちで同曲の魅力を味わうことができるというのも本演奏の大きな魅力の一つである。

併録のロマンスやピアノ・ソナタ第3番も名演。

特にピアノ・ソナタ第3番は、ブラームスの青雲の志を描いた作品だけに超絶的な技量を有する作品であるが、ここでのルービンシュタインは卓越した技量は当然のことながら、技量偏重にいささかも陥ることはなく、強靭な打鍵から繊細な抒情に至るまで圧倒的に幅の広い表現力を大胆に駆使して、実に内容豊かで情感に満ち溢れた演奏を展開しているのが素晴らしい。

また、本盤で素晴らしいのはXRCDによる極上の高音質である。

本演奏は、いずれも今から50年以上も前のスタジオ録音であるが、今般のXRCD化によって、信じられないような鮮度の高い音質に生まれ変わった。

ルービンシュタインのピアノタッチが鮮明に再現されるのは、殆ど驚異的ですらある。

ルービンシュタインによる至高の超名演を、XRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したいと考える。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 23:47コメント(0)トラックバック(0) 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルービンシュタインによるブラームスのピアノ協奏曲第1番の演奏としては、本盤以外にもライナー&シカゴ交響楽団をバックとした1954年盤とメータ&イスラエル・フィルをバックとした1976年盤が存在している。

それだけルービンシュタインが同曲に私淑していたとも言えるが、一般的に最も名演の誉れ高いのは1976年盤ということになるのではないか。

当該演奏は、最晩年を迎えたルービンシュタイン(89歳)の大人(たいじん)ならではの滋味あふれる至芸を味わうことが可能であり、メータ&イスラエル・フィルの好サポートも相俟って、スケール雄大な名演に仕上がっていた。

本演奏は、その12年前のスタジオ録音ということになるが、この時点でも既にルービンシュタインは77歳となっており、1976年盤にも肉薄する素晴らしい名演を展開していると高く評価したい。

少なくとも、技量においては1976年盤よりも衰えが見られない分だけ上と言えるところであり、本演奏でもとても人間業とは思えないような超絶的な技量を披露してくれている。

もっとも、超絶的な技量であれば、同時代に活躍したホロヴィッツも同様であるが、ホロヴィッツの場合は、自らの感性の赴くままにピアノを弾いていた側面があり、超絶的な技量がそのまま芸術たり得た稀有のピアニストであったと言えるだろう。

これに対して、ルービンシュタインは、私見ではあるが、音楽の本質への希求が第一であり、技量は二の次と考えていたのではあるまいか。

それ故に、1976年盤において、多少技量が衰えても至高の名演を成し遂げることが可能であったと考えられるからである。

本演奏においても、技量一辺倒にはいささかも陥らず、強靭な打鍵から繊細な抒情に至るまで表現の幅は桁外れに幅広く、青雲の志を描いたとされる同曲に込められた若きブラームスの心の葛藤を、ルービンシュタインは豊かな表現力を駆使して、情感豊かに描き出しているのが素晴らしい。

同曲は、ピアノ演奏付きの交響曲と称されるだけあって、オーケストラ演奏が薄味だとどうにもならないが、ラインスドルフ&ボストン交響楽団は、いかにもドイツ風の重厚な演奏を展開しており、ルービンシュタインの至高のピアノとの相性も抜群である。

そして、本盤で素晴らしいのはXRCDによる超高音質録音である。

XRCD化によって、ルービンシュタインのピアノタッチが鮮明に再現されるなど、今から50年近くも前の録音とは思えないような鮮明な音質に生まれ変わっており、本盤の価値を高めるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:37コメント(0)トラックバック(0) 

2012年09月08日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



少年時代に、シューマンの友人であったヴァイオリニストのヨアヒムから薫陶を受けたルービンシュタインは、生涯を通じてシューマンの作品に強い共感を抱き、自家薬籠中のものとしていた。

当盤収録の2曲はいずれもルービンシュタイン生涯唯一の録音で、シューマンの作品に内包されたファンタジーとロマンティシズムが、心技とも最も充実していたルービンシュタインが紡ぐ豊かな音色で描き出されてゆく。

ルービンシュタインの芸風は、シューマンのピアノ曲との相性が抜群のようだ。

本盤を聴くとそれがよくわかる。

特に、「幻想曲ハ長調」でそれが顕著であり、この曲の持つ文字通りの幻想的でかつロマン的な香り立つ叙情を、極上のピアニズムで歌いあげている。

テンポ設定もごく自然体であり、恣意的な解釈はどこにも見られない。

もちろん、ルービンシュタインならではの同曲への解釈やアプローチの仕方はあるのだろうが、そうしたピア二ストの個性よりも、「幻想曲ハ長調」の美しさ、素晴らしさだけが伝わってくる。

これは、ルービンシュタインが同曲の本質を捉えきっていること、そして、ルービンシュタインの芸風と楽曲が符合しているからに他ならないと思われる。

まさに、作曲者と演奏者の最高の幸福な出会いがここにある。

他方、「クライスレリアーナ」も名演というべき出来なのだが、こちらの方が、「幻想曲ハ長調」ほどの高みには達しておらず、隋所にルービンシュタインのこう考えるという解釈が滲み出ている。

それが普通ではないかと言われればそれまでであるが、ルービンシュタインほどの巨匠、そしてシューマンとの相性の良さを考慮に入れると、もう一段上の演奏が出来たのではないかと、少々高望みをしたくなる。

Blu-spec-CD化により、音質のグレードが相当にアップし、名演を高音質で味わうことができることになったことを大いに喜びたい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:43コメント(0)トラックバック(0) 

2011年06月30日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



このブラームスの協奏曲は、ルービンシュタインの全盛期のころの録音(1952年)で、テクニックや気力が最も充実していた演奏であり、この巨匠の最良の状態を伝えている名盤として注目される。

これはルービンシュタインの65歳の時の録音だが、そうした年齢を感じさせない見事なテクニックで風格たっぷりに弾きあげている。

もっとも、彼はその後、クリップスとオーマンディと録音しており、この録音は、むしろ若いころのものと言えるかも知れない。

ルービンシュタインの若々しい表現が、音楽性にあふれており、晩年の厚みや交響的な味わいは薄いが、全盛期だけに色気や艶があり、流れが美しく、詩情にも欠けていない。

ブラームスの変ロ長調協奏曲の演奏では、とかくヴィルトゥオジティが表面に出てくるが、音楽の性格はそれだけで割り切れるものではなく、演奏者の個性とヴィルトゥオジティがどのように結びつくかに左右される。

この演奏はルービンシュタインのテクニックが充分に発揮されていると同時に、音楽のさまざまな性格も過不足なく反映されている。

渋くまろやかな美しさに溢れるルービンシュタインのソロは、輝かしい集中力や強靭なタッチを充分に維持しており、ブラームス特有のくすんだロマンやエネルギッシュな情熱を絶妙なさじ加減で描き出しているのである。

この時期のルービンシュタインはひとつの完成期にあり、ブラームスの変ロ長調協奏曲の優れた演奏もそのことを実感させる。

したがって、ルービンシュタインは華々しい技巧を誇示するのではなく、豊かな情感とバランスをとっている。

ミュンシュは伴奏として優れているだけでなく、ボストン響からブラームスらしい重厚でブレンドのよいサウンドも作り出している。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 18:42コメント(0)トラックバック(0) 

2011年04月16日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



米ソ雪融けに乗って、旧ソ連系アーティストの招聘で当てたマネージャー、ヒューロックの依頼で、ルービンシュタインが32年ぶりにモスクワを訪れたのは1964年。

最初は「ギャラの安さ」に驚いたものの、「あのすばらしいロシアの聴衆にもう一度会えるなら」と、最後は胸を躍らせ、訪ソしたという。

「政治的主張」は「精神性」と同じくらい、ルービンシュタインにふさわしくない事象と考えられているけれども、モスクワでのライヴに収められたショパンの選曲、演奏には、そんな先入観を転覆させるだけの迫力がある。

人生の快楽を極め、芸術の深奥に開眼した「王様」にとって、故国のポーランドや、その当時の「親玉」である旧ソ連など共産主義国家が芸術に干渉し、人間の尊厳を傷付けるような振る舞いをすることは許し難いことだったに違いない。

しかし、ルービンシュタインは演説やデモ参加ではなく、彼にとって最も有効な伝達手段=ピアノの演奏によって、深い悲しみ、激しい怒りを表現する道を選んだ。

「葬送行進曲」と、苛酷な運命を闘うポーランドの同胞への憐れみと励まし、圧政への怒りにみちた「英雄ポロネーズ」の組み合わせは、静かな抵抗の意志に貫かれている。

旧ソ連の図書・レコード公団、メロディアのスタッフによるやや硬質の録音も、ルービンシュタインの「硬派」としての貴重な表情を記録する上ではプラスに働いた。

生涯にわたり、さまざまな名演を残した「王様」ではあるが、これほど鬼気迫るリサイタルは、ごく特別な瞬間だったはずだ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 15:02コメント(0)トラックバック(0) 

2011年02月04日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



3人の巨匠たち(ルービンシュタイン、ハイフェッツ、ピアティゴルスキー)によるこの豪華な顔合わせのトリオは"百万ドル・トリオ"と呼ばれ、当時(1940年頃から50年頃まで)の音楽界の大きな話題になっていた。

しかし百万ドル・トリオの録音は、初めはわが国ではアメリカ的などと誤解され、なかなか真価が認められない傾向にあったが、時間を経過した現在の視点で再度接してみると、そのどれもがアンサンブルの演奏解釈の妙をきわめた格別の熱演以外の何者でもない。

欲を言えばチェロがフォイアマンでないことが惜しまれるが、あらゆる点からみてやはり桁はずれの名演である。

このラヴェルのピアノ・トリオは彼らの実力が最大限に発揮された名演の一つと筆者が確信している演奏で、彼らの録音の中でも最高位にランクされてしかるべき名演中の名演である。

ここでは歴史的に巨匠ならではの自信に満ち溢れた輝かしい表現が際立ったものになっているが、それはむしろ表面的な特徴であり、そこではそれ以上に3人の絶妙な呼吸の一致やキメ細やかなアンサンブルの妙などが光彩を放っているのである。

完璧なテクニックを駆使して輝かしく作品を語り継いでいく彼らの表現は、ゴージャスで巨匠的な魅力をふんだんに感じさせながら、細部まで熟考されつくしたアンサンブルの見事さを誇っており、さらに楽曲の把握のあり方についてもまったく隙がない。

表現のツボが見事に把握されたこの演奏にあっては、アンサンブルの密度と完成度の比類なき高さが私たちに深い感銘を与えるのだ。

チャイコフスキーも3人の円熟した芸を堪能することのできる演奏だ。

個性の強い演奏家たちの共演だが、そのアンサンブルは絶妙で、しかも格調が高い。

表面的には力強い表現力や大きなスケールが目を引く演奏であるが、その輝かしい表現は、アンサンブルとしても恐るべき次元の高さを示している。

第2楽章はピアノ優位に書かれているが、ルービンシュタインの豊かな表現力は見事だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:29コメント(0)トラックバック(0) 

2010年07月24日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



シェリングとルービンシュタイン共演による1960年代の名全集。パールマンとアシュケナージ盤が新世代を代表する全集なら、こちらは旧世代を代表する全集といえよう。

シェリングを世界の檜舞台に引っ張り出したのはルービンシュタインその人だった。

1954年、ルービンシュタインはメキシコを演奏旅行するが、そのときメキシコに帰化して活動していたシェリングと出会った。

2人は音楽的に認め合えただけでなく、ともにポーランド出身で亡命生活を余儀なくされている者同士だった。

ルービンシュタインはアメリカにシェリングを紹介し、名刺代わりにRCAに一連の録音を行なった。

その中の最も大きな成果がこのブラームスのソナタ集である。

19世紀的なサロンの空気を知るルービンシュタインのロマンティックなピアノに乗って、シェリングがブラームスの旋律美と憂愁を端正に、かつ情熱的に歌い上げている。

録音時、シェリングは42歳だったが、世間的にはまだ新鋭。ルービンシュタインは73歳に手が届く巨匠であった。

そんないきさつから、ここではルービンシュタイン主導の演奏が繰り広げられる。

シェリングは大家ルービンシュタインを前にして、多少引っ込み思案気味。

端正な美音を誇るシェリングだが、この時期の彼は、巨匠を前にしてまだ多少かしこまっている印象を受ける。

例えば第1番第3楽章がそうだ。

しかしシェリングが生み出す端正な表情は、ルービンシュタインの絶妙なサポートのもとで、ブラームスの古典的な気質をクローズアップしている。

そこを評価したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 17:09コメント(2)トラックバック(1) 

2010年01月02日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



シューマンはすこぶる若々しく清新な気分にみちあふれた演奏である。

録音当時80歳だったルービンシュタインだが、ここにはそうした老いのかげりは少しもみられず、実にのびやかでロマンティックだ。

小細工を弄することなく正攻法で堂々と挑んでいるところが凄い。

バックもよい。

あえて苦言を呈するならは、巨大なスケールの演奏なのだが、タッチのニュアンスやデリカシーを欠きがちで、作品の夢を伝えるにはいささか不十分だ。

グリーグは肉のりの厚い音色と粘着力の強い表現に特徴があり、いかにも巨匠らしい演奏。

この曲の北欧的なリリシズムとヴィルトゥオーゾ的な性格とを、適度なバランスで表出した演奏である。

第1楽章冒頭から、ルービンシュタインの演奏は力強く華やかで、第1楽章導入部でもひとつひとつの和音に美しい余韻を響かせ、グリーグの抒情性を十分に生かす。

どんな時でも明快なタッチで、音に熱があり、豊かな表情を伴っている。

「ルービンシュタインの音楽は、その人そのものである」とショーンバーグは言っているが、この巨匠ならではの貴族的で、柔和で、かつまた情熱的な性格は、ここでも鮮明にあらわれており、ごく自然な流れを生かしながら雄大に表現している。

これに北欧らしい香りがもっと加わればと惜しまれる。

ただしバックはいまひとつ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 10:22コメント(0)トラックバック(0) 

2009年12月04日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番とラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、後期ロマン派のピアノ協奏曲を代表する一組で、ともに輝かしいヴィルトゥオジティと豊かな感情(多分にロシア的な)が結びついている。

ルービンシュタインは、キャリアから見てもこの2曲のソリストとして最高の一人である。

彼は戦前からヴィルトゥオーゾとしての名声が名高く、濃厚な感情表現で知られていた。

それは時として演奏に一種の重さを感じさせたが、円熟にしたがって感情の表現はより自然になり、深みを加え、晩年には枯淡の境地さえ感じさせた。

チャイコフスキーの協奏曲第1番について。「この曲をむやみやたらに速いテンポで弾いて、自分たちの技を示そうとする人たちがいるが、私はこの美しい作品を本来の形に再確立したい」とルービンシュタインは言っている。

全体にゆったりとしたテンポで堂々と弾きあげた演奏で、19世紀のヴィルトゥオーゾの流れを汲んだ、いかにもこの巨匠らしい演奏だ。

ラフマニノフの協奏曲第2番も彼の得意のレパートリーで、グランドスタイルとでも呼びたい雰囲気豊かな演奏を聴かせる。

ここではテクニックと感情表現が溶け合っており、しかも温かい感触がある。

彼はこの曲をたびたび録音しているが、オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団の演奏には、彼と共通する特徴があり、演奏の雰囲気をいっそう豊かにしている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 18:50コメント(0)トラックバック(0) 

2008年10月27日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルービンシュタインは、「謝肉祭」をファンタジー豊かに歌い上げている。

軽やかに刻まれるリズムの上に繰り広げられてゆく多彩でロマンティックな幻想は、活気にあふれており実に楽しい。

全体に、この作品の特徴である標題的な音楽性を存分に生かしたもので、完璧な技巧を駆使しながら、各曲を巧みに描出している。

シューマンの音楽のもつファンタスティックな気分を、十全に表しているのが素敵だ。

まず12曲目の「ショパン」を聴いてほしい。さすがに"ショパン弾き"のルービンシュタインならではの、見事なノクターンだ。

「ショパン」のほかでは、「前口上」「オイゼビウス」「フィリスティンたちを討つダヴィッド同盟の行進曲」などがよい出来だ。

「幻想小曲集」には行動するシューマンが表れる。その対比の妙はさすがというほかはない。

その間の取り方のうまさと、強弱、起伏のつけ方のうまさは、絶妙といってよく、まさに宝石のような輝きをもった名演奏だ。

第7曲「夢のもつれ」の主部でみせた軽妙さ、華やかさは、根っからのテクニシャンのみに許されたものだ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 04:21コメント(0)トラックバック(0) 

2008年10月02日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



シューベルト、シューマン、ブラームスといったドイツ=オーストリア系ロマン派音楽に関心をもつ3人の大家たちの組み合わせ。

この3人はそれぞれが勝手な自己主張をするというのではなく、ピアノ三重奏という演奏形態のスリルと面白さを合わせて味わわせてくれる。

堂々とした恰幅と美しい音色で叙情性豊かな歌を繰り広げるルービンシュタイン、それにフルニエ独特のニュアンスに満ちた気品の高さとシェリングの真摯で高潔な音楽が加わり、互いの個性を充分に生かしながら見事に調和の取れた世界を形づくる。

また、これらの作品のロマン的な詩情も実によく理解した演奏になっている。

特に、ブラームスのピアノ三重奏曲第1番第1楽章冒頭のルービンシュタインのピアノを背景にフルニエが主題を歌い始めるところからすでに素晴らしい世界を予感させるが、そこにシェリングが加わったときの共感の輪が大きく広がる室内楽的喜びはまさに至福の境地。

各人がかなり自由に音楽を奏でながら、造形が崩れることなく音楽に緊張感が保たれているのも素晴らしい。

それに加えて、ルービンシュタインはこれらの楽曲における自分の立場というものをわきまえ、バランスを巧みに整理している。

緩徐楽章の詩的な美しさも特筆ものである。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 06:30コメント(0)トラックバック(0) 

2008年03月20日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルービンシュタインは1958年から66年にかけて、ショパンの作品を集中的に録音し、練習曲と前奏曲を除く「ショパン全集」をつくっているが、そのCD化はかなり成功したもので、音質が改良されている。

それだけに以前のLPとはケタ違いに音がよくなっており、この演奏も1964年の録音だが、最新録音のように艶のある音だ。

4曲の即興曲でルービンシュタインは、実に慈愛にあふれた眼差しで作品を見つめ、慈しみの気持ちをもって作品に接し、大らかに歌いあげている。

その落ち着いた演奏には、かつて世界屈指と評されたヴィルトゥオーゾの姿を重ね合わせるのは困難だ。

ここからは人間的に円熟した真の大家だけに許された安心立命の境地であり、人間賛歌にほかならない。

「第1番」からしてみずみずしい音でひきつけられるし、聴きものの「幻想即興曲」も実にロマンティックである。

「舟歌」と「子守歌」にも同じことがいえる。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 23:56コメント(0)トラックバック(0) 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルービンシュタインのステレオ初期の名盤。

原典版による、14曲のワルツを収めたもので、音色の美しい、リズム処理の絶妙な演奏である。

ルービンシュタインは、ショパンのワルツをかつての19世紀風の洒落たサロン音楽から、コンサートで聴くにふさわしい堂々としたひとつの有機体に再創造した。

彼にはモノーラル録音もあるが、年齢を積み重ねてからのこのステレオのほうが技術に衰えもなく、表現がいっそう徹底したぶんだけ完成度が高くなった。

「小犬のワルツ」や「華麗なる円舞曲」として知られる曲での語り口のうまさも敬服に価する。

ある批評家は「ワルツには、ショパンの魅力的な礼儀正しさ、やさしさ、また善良さがみられる」と言っているが、この演奏には、そうした特徴がよくあらわれており、ルービンシュタインならではの、健康的で上品な表現に惹かれる。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 11:03コメント(0)トラックバック(0) 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ポーランドの代表的な舞曲ポロネーズだけあって、ルービンシュタインの高揚した情熱、格調高い雄渾な演奏ぶりに接することができる。

ただし、ひたすら力で押しまくる演奏ではなくなっているから、物足りないと感じる人がいるかもしれない。

しかし「英雄」などでみせるルービンシュタインの気力は、さすがといってよく、かつてのこのピアニストの勇姿をほうふつとさせる。

「ショパンの〈ポロネーズ〉を聴くと、運命が持ちうるあらゆる不正なものに、勇敢に、そして大胆に立ち向かう人間の、確固とした足音を聴く思いがする」とリストは言っている。

ルービンシュタインの魅力は演奏ばかりではなかった。

ショパンが「祖国のために芸術で戦え」と友人にいわれ、それを一生涯貫いてきたように、ルービンシュタインは、戦争や内乱によって行き場を失ったさまざまな国の難民を、数多く救済してきた。

ルービンシュタイン基金がそれである。

この演奏は、そうした彼の、力強い足どりがあらわれたような名演で、いかにもポーランド人らしく、各ポロネーズを生き生きと表現している。

このなかでは、さすがに「英雄」は最高だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 10:47コメント(0)トラックバック(0) 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



作品番号のついた51曲を収めたディスクである。

ルービンシュタイン晩年のステレオ録音である。モノーラル盤と比較すると、晩年の枯淡の境地の感じられる、より洗練された表情をもっている。

ここでは過度の感情の表出は抑制され、誇張された感傷や憂愁はいささかもない。

半面、民族的な色彩の味わいといった面ではやや不足するが、ひたすら美しく気品に満ちた歌が聴かれる。

マズルカはポーランド独特のリズムをもった作品だけに、体内にポーランドの血が流れていないと、なかなかうまく表現できない。

そういった意味では、ルービンシュタインのように、ポーランドで生まれ、長年にわたってショパンを手がけてきた演奏家による演奏は、この曲の模範ともいうべきものだ。

この録音は1965年に録音されたもので、ルービンシュタイン77歳、日本流にいえば喜寿であった。とても、そうした高齢とは思えぬほどみずみずしい表現で、テクニックも冴えに冴えている。

巨匠ならではの、余裕と自信にあふれた表現である。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 10:30コメント(0)トラックバック(0) 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



遺作の2曲をのぞいて19曲収録されている。

ルービンシュタインはショパンの「夜想曲」をSP時代とLP初期にも録音しているので、これは3度目の全集ということになる。しかもうれしいことに、演奏・録音ともこのCDで聴ける第3回目のものが断然素晴らしい。

この巨匠ならではの滋味あふれる演奏で、これらの曲の旋律的な美しさを、存分に引き出している。

「夜想曲」というと、ともすると情緒的に流れすぎて、しまりのなくなってしまう演奏もあるが、この人の場合は違う。主旋律ばかりを強調するのではなく、低音部の和声的な音型も、はっきり聴かせてくれるのが特徴だ。

メロディーラインの美しさとともに、ショパンがいかに和声法にたけた作曲家であったか、ということがわかる演奏である。

彼の演奏はこの曲にまとわりつく甘いサロン・ミュージック的な要素と完全に手を切り、やや強めの弱音で健康的に弾き進む。そこからは、ショパンが和声法などでも大家だったことがしのばれる。

第13番作品48-1や第7番作品27-1などで、ルービンシュタインはショパンの「夜想曲」のもうひとつの面――感傷的な甘い歌を綴るのではなく、時には劇的感情を吐露させる――を見事にとらえている。

また第2番作品9-2のようにポピュラー音楽にまでなっている有名曲にしても、骨太の音で男性的に弾いている。

「夜想曲」の最も充実したアルバムといってよい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 07:52コメント(0)トラックバック(0) 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



バラード、スケルツォともに往年の情熱的な演奏ぶりを思い出させてくれる。

卓抜な技巧を必要とするこれらの曲を、何の苦もなく、鮮やかに弾きあげているところが、いかにもルービンシュタインらしい。

ルービンシュタインというと、ホロヴィッツとともに20世紀のヴィルトゥオーゾの代表とみられていたせいもあって、とかく技巧面に関心が集中し、それのみがクローズ・アップされる趣が無きにしもあらずだった。

しかし、晩年のルービンシュタインは精妙で静謐な内省的表現に新しい境地を開き、その2つの面がここに浮かび上がっている。

ショパンのバラードには、ストーリー性はないのだが、なかには、それを重んじる人もいる。

ルービンシュタインはショパンについて「ロマン派よりも、むしろ古典派として仕事をした作曲家なのだ。ロマン主義的ではなく、モーツァルトとバッハが彼の師匠だったのである」と述べている。

このバラードの演奏にも、そうした、ロマン派より古典派という特徴がよく表れており、音楽の標題性や写実性よりも、むしろ構造や美感を重んじた演奏である。

ある批評家はこう言っていた。
「ルービンシュタインは、ショパンの躁病の諸要素を知っていた。決してやさしくも、もの静かでもないポーランド人を……」と。

このスケルツォの演奏は、各曲ともに、そうした静と動、静謐と激情の対比をくっきりとつけながら、すぐれた技巧を駆使し、壮麗に表現している。

ことに「第2番」はよく、美しい音色で柔らかく弾いた部分と、それとは対照的に鋭くデモーニッシュな性格を巧みに弾き分けながら、豪快に弾きあげている。

余談だが、アルゲリッチはこのルービンシュタインのスケルツォの豪快さを聴いて「とてもかなわない」と発言したのかもしれない。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 07:28コメント(0)トラックバック(0) 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



老大家ならではの、堂々とした貫禄と余裕にあふれた演奏である。

決して情緒におぼれることなく、美しい音で華麗に弾きあげているところが魅力だ。

第1番が特に素晴らしく、ルービンシュタインのタッチは輝きに満ちて、腰の強い堂々たるソノリティを聴かせる。

表現も健康的で明るく、情緒も豊かで、いかにも安定した大家の風格を感じさせる演奏だ。

スクロヴァチェフスキーの指揮もスケールが大きく、生命力にあふれており、すこぶる立派である。

第2番はこの作品のもつ造型的な美しさを巧みに引き出した演奏で、両手のバランスが極めて良いのが特徴だ。

さすがに長年弾きこんできただけあって、この曲の持ち味をよく生かしており、コクのある表現をおこなっている。

オーマンディの指揮も雰囲気が豊かだ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 06:55コメント(0)トラックバック(0) 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



「ショパンの国」ポーランドで生まれたルービンシュタインは20世紀最大のショパン弾きだった。それだけにこの演奏は、全篇にあつい情熱がみなぎっており、各楽章を熱っぽく弾きあげている。

とはいえ1930年代のSP録音に比べるとルービンシュタインの表現は淡白になっている。この時すでに70歳を越しているからだ。

そんなルービンシュタインも作品の性質上、情熱的な高揚が必要とあれば、それにふさわしい燃えた演奏をする。

第2番第1楽章や、第3番第1,4楽章がそれで、ただフォルテになると響きが濁る。

ではあるけれど、名だたるショパン弾きが最後に到達した芸風が刻み込まれた大切な遺産だ。

ショパンを演奏する人のなかには、とかくテンポを激しく変化させながら表現する人が今でも多いが、晩年のルービンシュタインは、情熱的ではあっても、音楽の骨格までを崩すことはなかった。

それだけにスコアに書かれたそのままのかたちが素直にあらわれており、こうしたスタイルはショパンの演奏の手本というべきものだ。

一般の音楽ファンばかりでなく、実際にピアノを学んでいる人たちにも、ぜひ聴いてもらいたいディスクである。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 06:11コメント(0)トラックバック(0) 

2008年03月19日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルービンシュタインは晩年に前奏曲と練習曲を除くショパン全集を録音した(前奏曲と練習曲はアルゲリッチとポリーニで満たそう)。

したがって、ルービンシュタインのショパンを全部集めようとしている方にはこの盤は必要ない。

楽種は、ポロネーズ、夜想曲、ワルツ、マズルカ、バラードなど8種で、録音時期も1959年から65年と比較的後年のものが選ばれている。

この頃のルービンシュタインは往年の覇気と情熱が影をひそめ、演奏が淡白になって、いかにも老成してしまった趣がある。

それを良しとするか不満とするかは意見が分かれるところだろうが、70歳を過ぎてなお充実しきったピアニストの最上の演奏といってよい。

ルービンシュタインとショパンを結びつけるのは、両者に通じる一種の古典主義的精神であり、このことが彼を20世紀の真に偉大なショパン解釈者としたのだろう。

そうしたバックボーンがあってこそ、ヴィルトゥオーゾと古典的造形という、いわば相反するものの見事な一体化を聴くことができるのである。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:05コメント(0)トラックバック(0) 

2007年12月25日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



第1番はルービンシュタインの引退直前の最後の録音のひとつで、メータとの共演、英デッカへの録音共にこれが唯一となった。

ルービンシュタイン最晩年の絶品である。

ピアノの分厚い音色、ごつごつとした豪傑風のリズム、常に自信に溢れた落ち着きは、かのバックハウスにも匹敵し、魂の動きを伝えてやまない。

ブラームスの歌と憧れが聴こえ、本当に宝物のような芸術である。

メータの指揮もまことに巨大で、響きは有機的、細部まで揺るがせにしない音作りは絶賛に値する。

まさに、ピアノ、指揮、録音の三拍子がそろった名演である。

人が老いて行く事。それは寂しい事であり、恐ろしい事なのだろうか。

このルービンシュタインの最晩年の録音を聴くと、そんな不安は消え去る。

演奏としての技術的完成度や造型性を問題とすれば、この演奏に対する批判はいくらでもできる。

第1楽章での序奏部とピアノの開始部分のテンポの落差ひとつをとっても、その事は理解できよう。

しかしここで我々は、ルービンシュタインの温かく優しい、豊かな音楽に対する慈しみの息吹きに出会える。

メータの全身全霊を傾注してのバック・アップと共に、この「人類愛」としか呼ぶ事のできない偉大な精神の営みは、形而下的なあらゆる事象を超越して我々の心を至福の彼岸へと誘ってくれる。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 22:30コメント(0)トラックバック(0) 

2007年12月24日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。

 

落ち着いたたたずまいで音楽を踏みしめつつ、すべての音符を自信たっぷりに響かせた味の濃いブラームス。

第2番はルービンシュタインのピアノには思い入れがなく、淡々と弾いているのに重量感がある。

淡々としているといっても決して機械的ではなく、必要とあらばこの上なく気持ちを込め、ルバートを多用しながら歌う。

温かい音色といいコクといい、彼ならではのものだ。

オーマンディも絶好調で、純度の高い緻密な伴奏ぶりを示している。

円熟のルービンシュタインは、オーマンディの巧みなバックに乗って天馬空を翔けるような無類の演奏を展開している。

84歳の老人とは信じられぬ感覚の若さには、改めて驚かされる。

技巧的な破綻のないのは勿論、リズムはどこまでもしなやかで、その上抒情の流れが実に美しい。

いわゆる気負いというものがまったくなく、全体は常にリラックスしていて自然体なのが素晴らしい。

いかにも人生の達人らしい、自由で闊達なブラームスになっている。

勿論スケール感にも不足せず、まさしく巨匠の芸という華も感じられる。

オーマンディの指揮も実に暖かく、巨匠を包み込むような懐の深さも聴かれる。

美しく老いた両巨匠の共演が素敵である。

シューマンの《幻想小曲集》はその間の取り方のうまさと、強弱、起伏のつけ方のうまさは、まさに絶妙といってよく、まさに宝石のような輝きをもった名演奏だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 11:28コメント(0)トラックバック(0) 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。

 

アルトゥール・ルービンシュタインは1887年生まれ、1982年、95歳の高齢で世を去った名手だが、このCDは1975年、なんと88歳の録音!

もちろん90歳をすぎて、なお活躍をつづけたピアニストは例がないわけではないが、ベートーヴェンの「皇帝」をこんなに立派に、こんなにも堂々と弾きのけたのは、一人ルービンシュタインだけである。

他のディスクは全く不要と思わせる皇帝の中の皇帝と絶賛したいベートーヴェン。

ルービンシュタインは遅いテンポでくっきりと弾きあげ、フレーズを緻密に処理しており、あらゆる表情がぎりぎりの線まで追求されている。

かなりゆっくりとしたテンポで、スコアの1音1音を大切にしながら弾きあげた演奏である。

そのみずみずしい表情とあざやかな技巧は魅力的で、絢爛豪華な点では最高だ。

テンポはかなり動かしているし、旋律の歌わせ方にも癖があるが、作品を見事に自分の血とし肉としたルービンシュタインの自信が隅々にまで感じられる。

彫りの深い「皇帝」であり、ルバートを多用しても音楽の流れが滞ることのない、真に大人物の演奏である。

バレンボイムの指揮もこの曲のベストのひとつで、深い呼吸と厚みのある生々しい響きには巨匠の風格が漂っている。

第4番は音楽が進むにつれて調子が上がり、大柄で立体的な表現を成し遂げている。

バレンボイムもルービンシュタインのテンポによくつけており、少しも淀まず、厚みがあり、十二分に歌い、ときには瞑想や思索さえも実感させる。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 11:03コメント(0)トラックバック(0) 
メルマガ登録・解除
 

Profile
Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ