フランク

2015年10月24日


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ことさらスケールの大きな演奏ではないが、とびっきり品の良いサロン・スタイルにまとめあげたという感じの曲集で、パネンカの高潔とも言うべきピアノに支えられてスークの流麗なソロが水を得た魚のように大らかなファンタジーを飛翔させている。

いつもながら美音を駆使したスークのカンタービレは、常に節度を保っていて歌い崩すこともなければ耽美的にもならない。

それは特に美音では人後に落ちないパネンカと組んだ時にその傾向が強く、またそれだけピアニストの隙のない音楽設計と、きめ細かなディナーミクが強く影響しているからだろう。

パネンカは伴奏の役割を誰よりも心得ていて、先ずソロを引き立てる側に回るが、実際にはその曲を決定付けるほどの主導権を発揮する。

それはこのCDに収められている3曲に共通していることだが、精緻なピアニズムの上に奏でられるヴァイオリンのロマンスといった趣を持っている。

1曲目のプーランクのソナタでは両者のセンスの良さが際立っていて、楽想の面白みをむき出しの情熱ではなく、むしろけれんみのない表現であっさりと仕上げているところに好感が持てる。

この作品はファシズムに反対し、若くして暗殺されたスペインの詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカに献呈され、音楽も彼の生涯に関連させているらしいが、スークとパネンカの演奏は明快で、それほど陰鬱な表現ではない。

それは標題音楽的な描写を避けてプーランクの美学の本質を捉えようとしているからだろう。

フランクのソナタにしてもこの曲の持つ緊張感や哲学的な重みよりも、率直に音楽の美しさを描き切った演奏で、スークの明るく艶やかな音色がすこぶる心地良い。

パネンカは比較的冷静にヴァイオリンの旋律を支えているが、音楽に冷たさがないのは音色の微妙な変化や華やかな盛り上げ方を効果的に取り入れているからだ。

尚スークはこの曲を後年ヨゼフ・ハーラとも再録音している。

最後に置かれた愛らしいフォーレの『ベルセーズ』も含めて総て1967年の初期ステレオ録音だが、スプラフォンの技術水準は当時の東欧諸国の中では群を抜いていて、鮮明な音質とバランスの良さはその証左だ。

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2015年08月26日


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シャルル・ミュンシュがボストン交響楽団と1956年から62年にかけて行った、フランス系の作品を集めたセッションで、このCDはRCAのレッド・シールからBlu-spec-CD仕様としてリイシューされたものになる。

この時代の録音としては優秀だった旧盤との音質の違いはわずかだが、鮮明さではこちらが若干優っている。

いずれにしてもアナログ音源特有のテープ・ヒス及び数ヶ所に点のようなノイズが多少残っているのも事実だ。

ここに収められた4曲の中ではフランクの交響詩『呪われた狩人』が最も録音状態が良く、彼らの得意とする絵画的な情景描写とデモーニッシュな表現が力強く示された演奏だ。

勿論それはデュカスの『魔法使いの弟子』にも言えることで、幅広くうねるようなダイナミズムを駆使したボストン交響楽団の力量を余すところなく聴かせている。

この曲ではオーケストラの音像自体はコンパクトだがバランスが良く、そのために奥行きが感じられスペクタクルな曲想が良く捉えられている。

またイベールの『寄港地』での茫洋とした海原をイメージさせる第1曲や、続く第2曲の異国情緒の表出も流石で、このCDでは最も古い録音であるにも拘らずマスターの保存状態も極めて良好だ。

当時のボストン響の充実度を裏付ける豊麗な響き、現在は失われてしまったフランス的な特質を堪能できる。

一方フランクのもう1曲『交響曲ニ短調』はミュンシュ&ボストン響の最高傑作の1つ。

ベルギー人だったフランクは、構成感や重厚さを重視するドイツ的な作風を持ち、その意味でミュンシュの音楽性にぴったりの作曲家だった。

彼は1945年=パリ音楽院管弦楽団、1957年=ボストン響(当盤)、そして1966年=ロッテルダム・フィルと3種類の録音を残しており、ミュンシュによる同一曲録音回数記録では、「幻想」の5回、ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」「ボレロ」「ラ・ヴァルス」「スペイン狂詩曲」の4回に次ぎ多い。

この交響曲にフルトヴェングラーやメンゲルベルク、ザンデルリンクなど、ドイツ系の指揮者の名演が多いのもそのためであり、むしろ生粋のフランス人指揮者の演奏には不満が残ることが多い。

その意味でミュンシュの解釈は理想的。

豪快な力強さ、緊張感が漲りながらも、どこまでも開放的な情熱が横溢しておりドイツ的な構成感とフランス的な色彩を合わせ持ったフランクの本質に相応しい名演である。

ミュンシュらしい色彩感に溢れる濃厚な情緒を持っているが、この曲の内省的な面よりはむしろオーケストレーションの華麗さを前面に出した解釈で、その意味ではこの作品に内在するエネルギーを外側に向けて引き出した、より感覚的な演奏の最右翼たるセッションだろう。

全体的に屈託のないラテン的な雰囲気があり、フランクの音楽に哲学的な深みや渋みを求める方は意見が分かれるところかも知れない。

音質的に言うと、当時の技術的な問題だと思うが、音場は広いが金管楽器が咆哮する部分では生の音が拾われて空気管に乏しい平面的な音響になってしまう弱点がある。

尚この曲集は更に高音質化されたXRCDバージョンでもリリースされている。

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2015年06月08日


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フルトヴェングラーによるフランクの交響曲の名演と言えば、衆目の一致するところ1953年の英デッカ盤であると考えるが、本盤のグランドスラムによる見事なLP復刻に接して、この1945年盤も1953年盤に決して引けを取らない名演であることを思い知った。

「フランスのブラームス」とも評されたフランクの交響曲を、偉大なブラームス解釈者であり、最もドイツ的音楽性を具現したフルトヴェングラーが指揮したこの録音は、フランクの作品の中に流れるドイツ的要素を強く前面に押し出した名演奏となっている。

第1楽章の第1主題に向けてのハチャメチャなアッチェレランドはいかにもやり過ぎだとは思うが、テンポ設定の思い切った変化やダイナミックレンジの幅広さ、金管楽器の最強奏や低弦によるドスの利いた重低音のド迫力、そして情感の豊かさなどを織り交ぜつつ、自由奔放と言ってもいいくらい夢中になって荒れ狂う。

それでいて全体としての造型をいささかも損なうことがなく、スケールの雄大さを失わないのは、フルトヴェングラーだけがなし得た天才的な至芸と言えるだろう。

いちばん良いのは第2楽章で、あっさりした表情づけが、かえって寂しさを感じさせるからである。

曲の最後に美しい中間部の主題がロ長調で再現されるあたりの余情は、その最たるものであり、何でもなく奏されるので、いっそう心を打つ。

それにしても、ナチスドイツの敗色濃厚な中で、敵国であるフランス音楽(フランクはベルギー人であるが)を堂々と演奏するフルトヴェングラーの反骨精神には、ほとほと感心させられる。

他方、モーツァルトの第39番も名演で、一口に言えば、スケールの大きい、ベルリン風のモーツァルトだ。

さすがのフルトヴェングラーも、モーツァルトではフランクのように荒れ狂ったりはしない。

この点は、モーツァルトの本質をしっかりと捉えていたことの証左であろう。

オーケストラの鳴りっぷりは重々しく、暗く、厳しく、しかし弦はよく歌い、この指揮者の音楽哲学がベートーヴェンを原点としていたことを如実に証明するようなモーツァルト演奏ではある。

しかし、「それが何だ!」と、胸を張って主張できるような感動がこのCDには刻まれており、音楽とは何と複雑で、奥行きの深い芸術であることであろうか!

それにしても、この荘重たるインテンポから漂ってくる深みは、何と表現すればいいのだろうか。

まさに、天才だけに可能な至高・至純の境地と言えよう。

第1楽章の出は猛烈なエネルギーで、ここには驚くほどの歌と、まるでベートーヴェンのような響きがあり、導入部最後にはものものしいリタルダンドがかけられる。

主部もカロリー満点、強靭にリズムが刻まれ、前進力もあり、コーダの弦は熾烈とさえ言えるところであり、そして最後はアッチェレランド気味にすごい高まりを見せる。

第2楽章もピアニッシモの深刻な感情移入、フォルティッシモの心からの叫び、というように表現の幅が広い。

メヌエットにおけるフルトヴェングラー式のアインザッツ、フィナーレ最後の高揚感など、いかにもこの指揮者らしい味わいである。

グランドスラムによる復刻も最高で、この当時のものとは言えないくらい鮮明なものであり、既発売CDと、今回のグランドスラム盤の音質の差は大きいと言える。

重厚なオーケストラの低音も見事に捉えられているし、最弱音の繊細は響きもかなり鮮明に捉えられている。

それぐらい、この英HMV盤のLPから復刻された本CDの音質は素晴らしく、改めて、フルトヴェングラーの芸術の真の魅力にのめり込んだ次第である。

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2015年04月25日


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ティボーとコルトーの組んだフランクのヴァイオリン・ソナタ、およびショーソンのピアノと弦楽四重奏のためのコンセールは、カぺー四重奏団の録音と並ぶフランス室内楽の代表的録音。

いずれも定評ある歴史的名演であるが、本盤の売りはオーパス蔵によるSP復刻の見事さであろう。

ティボーやコルトーといった歴史的な演奏家の名演奏を、現在望み得る最高の音質で味わうことができるのは何という幸せであろうか。

ティボーの録音はいかにも音が古めかしくて、と敬遠している向きも、とりあえずこの1枚だけは聴いてみて欲しい。

フランクのヴァイオリン・ソナタは、精神性と宗教性を兼ね備えた近代フランスのヴァイオリン・ソナタの中の傑作で、数多くの名録音が残されているが、その録音中最も古くから注目されているのが、このティボーとコルトーの1枚だろう。

ティボーは、ビロードのような音色と個性的な語り口を生かし、甘くエレガントにこの名作を歌い上げている。

時代を感じさせる夢幻的な音だが、曲の内面から語られる詩情の豊かさは凄い。

夢幻性の滲んだ演奏スタイルはもちろん現代の感覚とは遠いが、深いところから音の表面に盛り出てくるものの大きさ、こまやかさ、詩情の豊かさには底知れぬものがある。

それはフランクが期待した以上のものかもしれないが、音楽から真の輝きをもたらしている点で空前絶後である。

それにしても、フランクのヴァイオリン・ソナタにおけるティボーの技巧一辺倒ではなく、瀟洒な味わいの繊細な美しさ。

そのロマンティックでありながらも洗練された表現は、陶酔的な魅力を放っている。

これこそフランスのエスプリと言うべきであり、コルトーの併せ方も素晴らしいという一言に尽きる。

第2楽章、躍動するコルトーのピアノにズシリとした手応えを聴き、やがて優美な3連音の伴奏に乗って歌うティボーの可憐なメロディ(第2主題の後半)を確かめた後、全曲の核心たる第3楽章になると、一瞬、別録音かと思うほど音質がリアルさを増す。

それに何よりも、2人の音楽的なセンスの高貴なまでの美しさには惚れ惚れとさせられてしまうところであり、微妙な移ろいを見せるティボーのヴァイオリンとコルトーの含蓄の深さが光っている。

ティボーにしてもコルトーにしても少年時代にフランクが現存していたことも強みであろう。

フランクはEMIからも出てるがティボーの音色が全然違うので、是非オーパス蔵盤を聴いていただきたい。

SP盤特有のノイズはかなり目立つが、それでもノイズ減で隠れていたヴァイオリンの艶がリアルで素晴らしく、ノイズがどうのこうのといったレベルではなく、本質的にヴァイオリンの響きが違うので驚いた次第である。

しかもこのオーパス蔵盤のほうがティボーの線の細さがより鮮明に捉えられている印象を受けるので尚更良く、聴き慣れた演奏だが、魅力を再認識した。

ショーソンの憂愁な抒情の歌わせ方も味わい深いものであり、現在においてもなお、両曲のベストワンに君臨する超名演と評価したい。

20世紀前半のフランスを代表する名演奏家は単にフランス的な感覚を披露しているのではなく、作品から深い情感と高い昂揚感を引き出しているのである。

まさに“不世出”とはこのような演奏について言える表現である。

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2015年02月04日


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フランスの伝統的なスタイルを正統的に継承するカントロフ&ルヴィエという2人のアーティストが、透徹した知性と薫り立つエレガンスをもって2大名曲の真の魅力を改めて浮き彫りにした素晴らしい名演だ。

フランクのヴァイオリン・ソナタは、得も言われぬ独特な色彩感が魅力だと思う。

理路整然とした古典的なタイプの曲とは違って、美しい混濁と繊細且つ絶妙なニュアンスを持ち合わせたロマン的なタイプの曲とでも言うべきであろうか。

この2人の演奏は、実に自然であり、誇張的な表現もなく、純粋に美しく綺麗で、温かみのある響きを奏でていて、第1楽章の冒頭を聴いただけでも、このセンス満点の情感の豊かな世界に惹き込まれてしまう。

また、フランクのヴァイオリン・ソナタは、哀愁ある、かきくどくヴァイオリンの音色が魅力的な、人気の高いソナタでもあるが、カントロフの、むせび泣くようなヴァイオリンは、まさに、この曲にうってつけで、聴いていて思わず身がとろけそうになる。

しかも、陳腐なセンチメンタルさは皆無であり、抒情的でありながら、常に高踏的な透徹した音楽が全体を貫いている。

何よりもカントロフ&ルヴィエというフランス人コンビが、いかにもフランス風のエスプリに満ち溢れた瀟洒な味わいを見せてくれるのが素晴らしい。

もちろん、瀟洒な味わいだけが持ち味ではなく、例えば第2楽章の圧倒的な技量をベースとした力感のある迫力は、演奏全体にいい意味でのメリハリを与える結果となっている点も見過ごしてはならない。

終楽章は、第1楽章と同様の演奏傾向であり、このセンス満点の硬軟併せ持つ美演を終えるのにふさわしい締めくくりとなっている。

ルヴィエも、時にしっとりと、時に力強くヴァイオリンをサポートしており、聴き終えれば、おそらく、幸福な溜め息が漏れてくるに違いない。

うって変わって、ラヴェルのヴァイオリン・ソナタは、演奏自体は非常に素晴らしいのだが、曲自体に作曲家の強烈な個性が宿っているためか、古典的クラシックが好きな人には少々アクが強く、聴いてしまうと、きっと腰を抜かされるような思いになるだろう。

でも、これはこれで面白いし、そんな名曲に触れてみるのもいいのではないだろうか。

この名演を聴くと、2人が怖じ気もせずに、この名曲を楽しそうに演奏しているのが目に浮かぶようである。

ラヴェルのヴァイオリン・ソナタは、フランクのそれと比較すると、必ずしも有名曲ではないが、この両者の手にかかると、フランクのヴァイオリン・ソナタに匹敵する傑作に聴こえるのだから、いかに演奏が優れているかを表わしているとも言える。

ガラスで作った雪の結晶みたいに明快で奇跡のような透明感を持つカントロフのヴァイオリンと、冬がけ布団みたいに慈愛に満ちていて、なおかつ正確なルヴィエのピアノ。

情感豊かさと抜群のテクニックをベースとした力強さが持ち味であるが、全体から漂ってくる瀟洒な味わいは、さすがはフランス人コンビの真骨頂と言える。

Blu-spec-CD化によって、音質がより鮮明になったのも素晴らしく、ぜひとも聴いてもらいたい1枚である。

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2015年01月15日


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晩年のクレンペラーならではの豊かな音楽性に裏打ちされたスケール雄大な至高の名演である。

フランクの交響曲は、瞑想的ともいえる響きの中に深い情熱を宿した傑作であるが、クレンペラーは卓越した造形力で、重厚な響きの中にも生命にみちた音楽を表出していて素晴らしい。

クレンペラーは、フランクの交響曲においても、例によって、ゆったりとしたインテンポで楽曲を進めていくが、よく聴くと、インテンポというように単純に割り切れるものではなく、実にニュアンス豊かなコクのある演奏を行っているのがわかる。

トゥッティの箇所においては、テンポを自在に動かして、各管楽器の強弱に微妙な変化を付けさせている。

巨大な音空間が眼前に現れ、あたりは冷たい静寂に支配されている。

遅いテンポと重厚な響き、冷めた視線に孕む狂気、いかにもこれはクレンペラーの音楽である。

前半の2つの楽章が立派なのは言うまでもないが、第3楽章も異様に重厚でスケールが大きく、圧巻。

どっしりした構えには風格があり、ゴツゴツした風合いも苔むし寄生植物に覆われた巨木の太い幹のようで、凄まじいパトスを放っている。

特に、木管楽器の響かせ方は、他の演奏では決して聴くことができない味わい深さがあると言えるところであり、いかにも巨匠クレンペラーの奥の深い芸術性を感じさせる。

低弦の響きも実に分厚いものがあり、フランクの交響曲の、いわゆるドイツ的な要素を全面に打ち出した至高の名演と高く評価したい。

飄々と進められるアポロ的なモントゥー盤のまさに対極にあるデュオニソス的名演とも言えるところであり、その重厚な音の運びによりフランクらしい憧れの感情が熱く伝わってくる超名演である。

巷間では重厚すぎてフランクらしくないといわれ、定評の高くなかった演奏であるが、堂々たる個性と存在感、そして厳然たる美しさを兼ね備えた演奏であることは否定できまい。

本盤は、名演のわりには、長らく輸入盤でしか入手できなかったが、久々に、しかもHQCD化されて登場したのは大変歓迎すべきことであると考える。

音質は、旧来の輸入盤と比較して、若干鮮明になるとともに、音場がより広くなったのも素晴らしい。

しかしながら、先日、ついに、究極の高音質シングルレイヤーのSACD盤が発売された。

これは、HQCD盤を含め、これまでの従来盤の音質とは次元の異なる超高音質だ。

マスター音源まで遡ったこともあるとは思うが、各楽器の鮮明な分離や厚み、そして音場の広がりの雄大さなど、我々が望む最高の音質がここにある。

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2014年11月16日


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本盤には、パレー&デトロイト交響楽団によるフランクの交響曲ニ短調とラフマニノフの交響曲第2番の演奏が収められている。

先ずは、フランクの交響曲ニ短調であるが、これは実に味わい深い演奏である。

フランスのシューリヒトとの異名があるパレーだけに、演奏全体の様相は意外にも抒情にはいささかも溺れることにないあっさりしたものである。

むしろ、演奏全体の引き締まった造型美を堅持しつつ、比較的速めのテンポで淡々と進行していく音楽であるとも言えるが、じっくりと腰を据えて鑑賞すると、各旋律の端々には独特の細やかなニュアンスが込められており、演奏内容の充実度には濃いものがある。

そして、そのニュアンスには、フランス人指揮者ならではのエスプリ漂う瀟洒な味わいに満ち溢れていると言えるところである。

このような老獪とも言える卓越した指揮芸術は、パレーだけに可能な圧巻の至芸と高く評価したい。

フランクの交響曲ニ短調の演奏のスタイルとしては、いわゆるフランス音楽的な要素を全面に打ち出したものと、ドイツ音楽にも通底するものとして、絶対音楽としての交響曲であることを強調したものに大きく分かれるが、パレーによる本演奏は、その折衷型の代表的な名演として極めて存在価値の高いものと言えるところだ。

他方、ラフマニノフの交響曲第2番については、スヴェトラーノフなどに代表されるロシア系の指揮者による民族色濃厚な演奏とは一線を画した洗練された演奏スタイルである。

本演奏が1957年のものであることに鑑みれば、当時としては清新ささえ感じさせる演奏とも言えるところであり、デュトワなどをはじめとする現代においては主流となりつつある同曲の演練された演奏を先取りするものとして高く評価しなければならないと言えるところだ。

同曲の演奏に、ロシア風のメランコリックな抒情を希求する聴き手には、ややあっさりし過ぎているとの印象を与えることも十分に考えられるが、現代において主流となりつつある同曲の洗練された演奏に親しんでいる聴き手にとっては、むしろ歓迎すべき演奏ということになるであろう。

要は、聴き手によって好き嫌いが大きく分かれる演奏かもしれないが、筆者としては、パレーの偉大な指揮芸術を堪能することが可能な素晴らしい名演と評価したい。

デトロイト交響楽団も、近年ではすっかりと鳴かず飛ばずの低迷期に入っているようであるが、パレーが音楽監督を務めていた時代は全盛期とも言えるパフォーマンスを発揮していた。

本盤の演奏を聴いてもそれがよく理解できるところであり、フランクの交響曲ニ短調など、アメリカのオーケストラがよくぞここまでフランスのオーケストラ顔負けのセンス満点の演奏ができるのかと、ただただ驚かされるのみである。

音質は、ルビジウム・クロック・カッティングによって、従来CD盤よりも更に良好な音質に生まれ変わった。

少なくとも1950年代末という録音年代に鑑みれば、十分に満足できる音質と評価したい。

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2014年08月18日


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スペイン生まれの{ピアノの女王}ラローチャの貫禄十分の演奏に聴き惚れてしまうアルバムだ。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番は、ホロヴィッツ盤をきっかけに虜になり、半年くらいかけて、ギレリスやアシュケナージなど、様々な演奏を聴き比べてみた。

女流では、アルゲリッチ盤が、エネルギーの結晶のような演奏内容で、あれほどの演奏は、よほどの気力が充実していなければ難しい。

なぜ、ここでアルゲリッチの話をするのかというと、それは、ラローチャの演奏が、アルゲリッチ盤と対極をなすものと感じたからだ。

ラフマニノフの第3番において、アルゲリッチの演奏は、攻撃的・挑戦的かつスリリングだ。

それは第2楽章から第3楽章へブリッジを架ける部分および、第3楽章のコーダにおいて顕著に表出されている。

展開する直前、鋭い視線で指揮者に突撃の「のろし」をあげ、一気に攻め込む、といった感じであろうか、聴いた後の爽快感は、ほかに類を見ない。

そのようなアルゲリッチの演奏に対し、ラローチャの演奏は、どうだろうか。

最初にこれを聴いてしまうと、恐らく退屈な演奏に感じてしまうだろう。

しかし、これは決して、退屈な演奏ではなく、優雅と解釈するべき演奏内容なのだ。

それと同時に、スペイン女性が持つ気丈さ、芯のある粘り強さを感じさせてくれる。

ところで、ラローチャは、意外と小柄な女性らしいが、威風堂々のジャケット写真はそれを感じさせない。

ジャケットの衣装は、錦鯉を彷彿させる色合いに見えないだろうか。

難解なパッセージを優雅にかわす様子は、たとえるなら優雅に池を泳ぐ錦鯉だろう。

ラローチャは小柄だからラフマニノフを弾く人だとは思われていないが、演奏の端正さと表現力、技法でこれだけ弾ける人は滅多にいない。

フランクの交響的変奏曲も、貫禄十分の名演奏で、ラフマニノフもフランクも凄い勢いで弾きこなしている。

最後に、ラローチャは{ピアノの女王}と呼ばれているが、すでに相当の高齢であり、次のピアノの女王は、果たして誰になるのか、興味がつきないところだ。

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2014年07月25日


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1981年11月21日 パリ、シャンゼリゼ劇場におけるライヴ録音。

厳格さのなかに官能的かつ宗教的な響きが内在し、静かな思索と哲学的な沈潜をも感じさせるフランク唯一の交響曲の、バーンスタインとフランス国立管弦楽団による演奏会のライヴ盤。

バーンスタインが活動の拠点をヨーロッパに移し、ドイツ・グラモフォンと契約を締結して数多くの名盤を次々と生み出していった頃の録音で、作品への感情移入の濃厚な演奏と言えるだろう。

演奏はバーンスタインらしくダイナミックで、フランス国立管弦楽団の管楽器群の冴えた音が聴きものである。

バーンスタインはフランス国立管弦楽団の輝かしい響きと管楽器群の明るい響きとを適度に生かして、とかく暗い感じに仕上げられがちなフランクの交響曲を、色彩豊かなものにしている。

このような渋い作品には演奏のコントラストが少々派手気味の方が聴き手に与えるインパクトが強烈になる。

第1楽章は遅く、粘って粘って、ようやくクライマックスに到達したかと思わせてすぐに萎えることの繰り返し。

第2楽章は夢見るように美しい。

第3楽章は一気呵成に進め、全体の流れをうまく構成することで音楽の重みをストレートに味わわせ、圧倒的な盛り上がりを実現しつつ、くどいと思わせるところがない。

つまり作品の重厚さよりも、フランス風の色調の輝きと響きの軽やかさを表出している。

しかしながら、この曲としては多少デモーニッシュに過ぎるかとも思うが、楽譜の指定よりもはるかに自由なテンポ設定には説得力もあり、この曲の魅力を引き出し、新鮮に聴かせているという点では見事。

オケもふんわりとした抑制と音の美しさがあり、怒号しないフォルテが心地よい。

バーンスタインがマーラーに取り組んだときと同じ姿勢で描き出したフランクというところであろうか。

この曲を愛する人であればぜひ聴いておいてほしい演奏。

併録のサン=サンースの「ギリシャ神話」を題材にして作曲された交響詩「オンファールの糸車」は、バーンスタイン風というか、なかなか線の太い表現を聴かせており、この作品が持つファンタジーな楽想を巧みに表現した演奏になっている。

調べたところ、おそらく同曲はバーンスタインが遺した唯一の録音である。

ライヴ録音だが聴衆ノイズはほとんどなく、たっぷりとした残響のあるものではないが、オケの響きはしっかりと捉えられていて、繊細さにも不足はない。

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2014年05月08日


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フランクの唯一の交響曲二短調は、ジュリーニが非常に愛していた作品で、1958年(フィルハーモニア管弦楽団)、1986年(ベルリン・フィル)、そして1993年ウィーン・フィルとの本作と、3度にわたって録音してきた。

ジュリーニが1986年にベルリン・フィルと録音したフランクも名演だったが、それから7年後の録音では、ジュリーニ&ウィーン・フィルの高い音楽性がフランクのこの畢生の名作を味わい豊かに再現している。

ジュリーニはさらに一段とテンポを遅くとりながら作品の高貴な美しさを鮮明に表現しているのは、ジュリーニがウィーン・フィルの柔らかな響きを見事に生かしているからである。

細部までジュリーニの鋭い眼が光る演奏は、しばしばオルガン的と言われるフランク独特の重厚な響きも重すぎるようなことはなく、微妙な色彩や表情の変化を自然に描き出している。

ウィーン・フィルならではの美音を生かしつつ各楽章の名旋律をよく歌いあげているが、盛り上がりの箇所も、強奏することを避け、オーケストラ全体の音色をオルガンのような響きにマイルドにブレンドしている。

また、かなり遅めのテンポもしなやかさを失わず、透明な響きとみずみずしい叙情の美しさを際立てている。

「音楽は人間とともに生きる唯一の芸術です」という真摯なジュリーニならではの高貴な名演と言えよう。

カップリングはフランクをはじめとするフランスものに名演を聴かせてきたクロスリーを迎えた交響的変奏曲で、こちらも陰影に富んだ重量級の名演である。

交響的変奏曲はジュリーニのこうしたアプローチに適合しており、知られざる名曲に光を与えてくれたことを高く評価したい。

ライヴ録音ならではの即興性も聴きどころと言えよう。

音質も1990年代のウィーンでのライヴ録音だけに、十分に満足できる音質である。

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2014年03月02日


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まずは、カップリングのセンスの良さを評価したい。

非独墺圏のヴァイオリン・ソナタを集約しているわけであるが、それぞれの作品の作風は著しく対照的だ。

情熱的で劇的とも言えるヤナーチェク、民俗色豊かで抒情的なグリーグ、そして、スケールの雄大さではベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」にも匹敵する壮大なフランク。

これらは、特にヴァイオリンパートに顕著にあらわれており、ここからは推測になるが、レーピンも、ドイツ・グラモフォンへのリサイタルアルバムへのデビューとして、敢えて自らの表現力の幅の広さを披露したいと思ったのかもしれない。

確かに、本盤におけるレーピンの卓越した技量と表現力の幅の広さは出色のものである。

特に、ヤナーチェクにおける劇的な表現は圧巻の迫力であり、グリーグの幾分楽しげな民俗舞踊的な表現や、随所に垣間見られる抒情的な美しさは、実に感動的だ。

そして、フランクにおける威風堂々たる表現は、レーピンの豊かな音楽性と、その前途洋々たる将来性を確約するものと言える。

このレーピンのヴァイオリンの豊かな表現力をしっかりと下支えするルガンスキーのピアノも素晴らしい。

レーピンのヴァイオリンの影に隠れがちではあるが、ルガンスキーのレーピンへの深い共感と豊かな音楽性があるが故に、本盤のような名演を成し遂げることができたものと考える。

録音も鮮明であり、音場も幅広く、本盤の価値を高めるのに大きく貢献している。

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2013年12月29日


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ミュンシュはフランス人ではあるが、ドイツ語圏にあるストラスブールの出身であり、ドイツ系の音楽を得意としていた。

例えば、ブラームスの交響曲第1番(1968年)は同曲演奏史上でもトップの座を争う名演との評価を勝ち得ているし、メンデルスゾーンの交響曲第4番及び第5番(1957〜1958年)もかのトスカニーニの超名演にも肉薄する名演であったとも言えるところである。

そのようなミュンシュにしてみれば、フランクの交響曲ニ短調においても名演を成し遂げないわけがないと言える。

フランクの交響曲ニ短調は、他のフランス系の作曲家による交響曲と比較すると、フランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいよりはむしろ、全体の堅固な造型や形式を重視した楽曲である(フランクはフランス人ではなく、ベルギー人であることにも留意する必要がある)。

循環形式という独特の手法を編み出したのも同曲においてであり、当該形式は、その後のサン=サーンスやショーソンなどにも大きな影響を与えることになった。

このような確固たる造型や形式を有した交響曲であるが故に、クレンペラーやフルトヴェングラー、カラヤンなどの独墺系の指揮者による重厚な名演が数多く生み出されているものと考えられる。

ミュンシュの演奏も、こうした独墺系の指揮者による重厚な名演に近い側面が多々あり、全体の造型はきわめて堅固であるとともに、重厚さにおいてもいささかも欠けるところがない。

それでいて、トゥッティに向けて畳み掛けていくような気迫溢れる力強さや、とりわけ緩徐箇所においてはフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいが随所に感じられるところであり、いい意味での硬軟バランスのとれた名演に仕上がっているものと評価したい。

録音は1957年のスタジオ録音であり、今から50年以上も前のものであるが、今般のXRCD化によって、あたかも最新録音であるかのような鮮明な音質に生まれ変わった。

あらためて、XRCDの潜在能力の高さを思い知った次第であるが、ミュンシュの素晴らしい名演をXRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2013年10月02日


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本盤の演奏については、かつてはワイセンベルクの個性が、カラヤン&ベルリン・フィルによる豪壮華麗な演奏によって殆ど感じることができない演奏であると酷評されてきたところであるが、今般のSACD化によって、その印象が一掃されることになった意義は極めて大きいと言わざるを得ない。

もちろん、カラヤン&ベルリン・フィルの演奏は凄いものであり、今般のSACD化によってさらにその凄みを増したとさえ言える。

もっとも、流麗なレガートを駆使して豪壮華麗な演奏の数々を成し遂げていたカラヤンの芸風からすれば、ラフマニノフの楽曲との相性は抜群であると考えられるところであるが、カラヤンは意外にもラフマニノフの楽曲を殆ど録音していない。

カラヤンの伝記を紐解くと、交響曲第2番の録音も計画されていたようではあるが、結局は実現しなかったところだ。

したがって、カラヤンによるラフマニノフの楽曲の録音は、本盤に収められたピアノ協奏曲第2番のみということになり、その意味でも、本盤の演奏は極めて貴重なものと言えるだろう。

しかしながら、前述のように、演奏はいかにも全盛期のカラヤン&ベルリン・フィルならではの圧倒的なものである。

一糸乱れぬ鉄壁のアンサンブル、唸るような低弦の重量感溢れる力強さ、ブリリアントなブラスセクションの響き、桁外れのテクニックで美音を振りまく木管楽器群、そして雷鳴のように轟きわたるティンパニなど、圧倒的な音のドラマが構築されている。

そして、カラヤンは、これに流麗なレガートを施すことによって、まさに豪華絢爛にして豪奢な演奏を展開しているところであり、少なくとも、オーケストラ演奏としては、同曲演奏史上でも最も重厚かつ華麗な演奏と言えるのではないだろうか。

他方、ワイセンベルクのピアノ演奏は、従来CD盤やHQCD盤で聴く限りにおいては、カラヤン&ベルリン・フィルの中の一つの楽器と化していたと言えるところであり、その意味では、カラヤン&ベルリン・フィルによる圧倒的な音のドラマの構築の最も忠実な奉仕者であったとさえ言える。

しかしながら、今般のSACD化により、ワイセンベルクの強靭にして繊細なピアノタッチが、オーケストラと見事に分離して聴こえることになったことによって、実はワイセンベルクが、カラヤン&ベルリン・フィルの忠実な僕ではなく、むしろ十二分にその個性を発揮していることが判明した意義は極めて大きいと言わざるを得ない。

いずれにしても、筆者としては、同曲のベストワンの演奏と評価するのにはいささか躊躇せざるを得ないが、全盛期のカラヤン&ベルリン・フィル、そしてワイセンベルクによる演奏の凄さ、素晴らしさ、そして美しさを十二分に味わうことが可能な素晴らしい名演として高く評価したい。

併録のフランクの「ピアノと管弦楽のための交響的変奏曲」は、ワイセンベルクのピアノ演奏の個性がラフマニノフよりも更に発揮されているとも言えるところであり、カラヤン&ベルリン・フィルによる名演奏とも相俟って、同曲の美しさを存分に味わわせてくれるという意味において、さらに素晴らしい名演と高く評価したい。

音質は、1972年のスタジオ録音であり、従来CD盤では今一つ冴えない音質であったが、数年前に発売されたHQCD盤は、若干ではあるが音質が鮮明になるとともに、音場が幅広くなったところである。

しかしながら、今般、ついに待望のSACD化が行われることによって、見違えるような鮮明な音質に生まれ変わった。

音質の鮮明さ、音場の幅広さ、そして音圧のいずれをとっても一級品の仕上がりであり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

とりわけ、前述のように、ワイセンベルクのピアノ演奏とカラヤン&ベルリン・フィルの演奏が明瞭に分離して聴こえるのは殆ど驚異的ですらある。

いずれにしても、カラヤン&ベルリン・フィル、そしてワイセンベルクによる素晴らしい名演を、SACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2013年08月08日


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晩年のクレンペラーならではの豊かな音楽性に裏打ちされたスケール雄大な至高の名演である。

巷間では重厚すぎてフランクらしくないと言われ、定評の高くなかった演奏であるが、個人的には、その重厚な音の運びによりフランクらしい憧れの感情が熱く伝わってくる超名演だと思う。

フランクが晩年に作曲した唯一の交響曲ニ短調は、瞑想的ともいえる響きの中に深い情熱を宿した傑作であるが、クレンペラーは卓越した造形力で、重厚な響きの中にも生命力にみちた音楽を表出している。

クレンペラーは、フランクの交響曲においても、例によって、ゆったりとしたインテンポで楽曲を進めていくが、よく聴くと、インテンポというように単純に割り切れるものではなく、実にニュアンス豊かなコクのある演奏を行っているのがわかる。

トゥッティの箇所においては、テンポを自在に動かして、各管楽器の強弱に微妙な変化を付けさせている。

特に、木管楽器の響かせ方は、他の演奏では決して聴くことができない味わい深さがあると言えるところであり、いかにも巨匠クレンペラーの奥の深い芸術性を感じさせる。

低弦の響きも実に分厚いものがあり、フランクの交響曲の、いわゆるドイツ的な要素を全面に打ち出した至高の名演と高く評価したい。

飄々と進められるアポロ的なモントゥー盤のまさに対極にあるデュオニソス的名演と評したい。

本盤は、名演のわりには、長らく輸入盤でしか入手できなかったが、久々に、しかもHQCD化されて登場したのは大変歓迎すべきことであると考える。

音質は、旧来の輸入盤と比較して、若干鮮明になるとともに、音場がより広くなったのも素晴らしい。

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2013年05月28日


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ショーソンの交響曲変ロ長調がとてつもない超名演だ。

フランスのロマン派の有名交響曲と言えば、ベルリオーズの幻想交響曲、フランクの交響曲、そしてサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」のいわゆる3大交響曲を指すというのが一般的な見方だ。

ショーソンの交響曲変ロ長調は、これら3大交響曲と比較すると現在でもなお知る人ぞ知る存在に甘んじていると言えるが、フランクの交響曲ニ短調に倣って循環形式を採用するとともに、フランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいに満ち溢れた旋律が全体に散りばめられており、3大交響曲にも優るとも劣らない魅力作なのではないだろうか。

もっとも、本盤が登場するまでは、同曲の録音はフランス系の指揮者に限られていたところであるが、ついに、フランス系以外の指揮者、それも大指揮者スヴェトラーノフによるライヴ録音が今般登場したのは、同曲をより幅広く認知させるという意味において、大変に意義深いことであると考えられる。

それにしても凄い演奏だ。

同曲の他の指揮者による演奏では、その演奏時間は概ね約30分程度であるが、スヴェトラーノフは何と約40分もの時間を掛けて演奏している。

それだけに、冒頭からスヴェトラーノフならではの濃厚にして重厚な音塊が炸裂している。

重低音は殆ど地鳴りがするほどの迫力であるし、同曲特有の美しい旋律も、これ以上は求め得ないような熱き心を込めて濃密に歌い抜いている。

ショーソンの交響曲というよりは、スヴェトラーノフが得意とするラフマニノフやスクリャービンの交響曲を演奏しているような趣きがあり、いわゆるフランス風のエスプリ漂う他の指揮者による同曲の演奏とは一味もふた味も異なっているが、聴き終えた後の充足感においてはいささかも引けを取っていない。

スヴェトラーノフにとって本演奏は、客演指揮者として数々の演奏を行ってきたスウェーデン放送交響楽団との最後の共演になったとのことであるが、本演奏こそは、まさにスヴェトラーノフ&スウェーデン放送交響楽団という名コンビの掉尾を飾るのに相応しい至高の超名演と高く評価したい。

一方、フランクの交響曲ニ短調は、ショーソンよりも20年以上も前の録音であり、テンポ自体も常識的な範囲に収まっている。

もっとも、トゥッティにおける迫力満点の強靭な豪快さや、各旋律の濃厚な歌い方など、スヴェトラーノフの個性を随所に聴くことが可能であり、この指揮者ならではの個性的な名演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

また、両曲ともに、スヴェトラーノフの強烈にして濃厚な指揮の下、最高のパフォーマンスを発揮したスウェーデン放送交響楽団による素晴らしい名演奏にも大きな拍手を送りたい。

なお、録音については、その年代が20年以上も異なるライヴ録音どうしが収められているが、いずれも十分に満足できる良好な音質であると言えるところであり、音質面においても全く問題がないと言える。

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2012年09月30日


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ダンディが、フランスのエスプリに満ち溢れたデュトワならではの名演だ。

交響曲としては物足りないながら、優しい抒情とフランス的な洗練に満ちた麗しいこの佳曲をデュトワはティボーデとともに、まさにフランスの田舎の清冽な空気や透き通った川の流れを感じさせる美しい演奏を聴かせてくれる。

この曲特有の親しみやすい旋律を十分に歌わせつつ、決して安っぽさを感じさせず、気品を保っているというのは、まさにデュトワの棒によるものであり、さすがだと思う。

もちろんダイナミズムの点でも抜かりなく、決して能天気な演奏に陥っているわけではない。

ティボーデのピアノの合わせ方も見事で、優しくまた躍動と光に満ちている。

フランクは、デュトワとしては普通の出来だと思うが、それはあくまでも高次元でのことで、中庸の美徳を備えた名演とは言えるのではないか。

ゲルマン的な暗さ・重さよりも、ラテン的な軽さのある演奏。

濃厚な音の厚塗りという感じではなく、弦の重奏も、管楽器の吹奏もしなやかで風通しの良さを感じさせる。

かなり細かな表情づけもあるが、粘りも控え目なのでアカ抜けている。

ここで目立つのはデュトワ&モントリオール響の色彩とリズム感覚の良さ。

こんなにすっきりとカラフルで風通しの良いフランクも少ない。

誰にでも受け入れられるような(良い意味での)妥当なテンポとバランス、怒号しないオーケストラ、過不足の無いあるべき表現。

それでいて無個性と言うわけでもないので、これはレコードで聴けるデュトワ&モントリオールの成功作のひとつだろう。

この曲の重さが得意でない方には大いにお薦めしたい録音である。

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2012年03月01日


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音楽史上、屈指の大器晩成型作曲家であるセザール・フランクの最高傑作がヴァイオリン・ソナタである。

というより筆者個人にとっては、全てのこの形式の中での最高傑作である。

何しろ、筆者が死ぬ時には必ずこの曲を聴きたい、と今から思い詰めているくらいなのだ。

全4楽章を貫く、循環主題による統一の妙と対位法の極致のような見事な処理。

めくるめく転調。

第2、3楽章の闘争と苦悩を、圧倒的に超克する第4楽章のキリスト教的昇華……。

とまあ、ほとんど何を書いているのかわからないが、そういう作品である。

とくにあの終楽章のカノンには絶句するしかない。

この名作の名演というとティボー&コルトーをはじめいくつも思いつくが、筆者はカントロフをイチオシだ。

カントロフは現役のフランスのヴァイオリニストの中で断然の名手。

彼には2種の名盤があり、特にこのデンオン盤は美しい。

近年の彼はもっと奔放に弾くかもしれないが、ここでは音色の高貴さと表情の厳しさとが美しく同居している。

新鋭と思っていたこのフランスの2人の演奏家も既に60歳を越えている。

この録音は今から20年近く前のもので、彼らの若き新鮮な感覚でフレッシュな演奏を聴かせている。

しかしただ新鮮というだけではなく、ここには研ぎ澄まされた両者の感性が火花を散らし、また都会的な側面も多々ある。

このラヴェルのヴァイオリン・ソナタも様々な側面を持っているが、彼らの演奏はクールでやや神秘的な第1楽章、ブルースの要素を含む第2楽章、スリリングでスピード感溢れる終楽章、それぞれにシャープで輝きを絶やさない技巧的な表現は、単に技術に偏ったものではなく、真にこの曲の美しさと直結している。

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2011年05月29日


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フランク、ドビュッシー、ラヴェルのヴァイオリンとピアノのための名曲が収録されている。

フランクのソナタは作品がもつ多面的な魅力を余すところなく表現し尽くした名演だ。

これほど自由闊達でありながら、音楽の構成をしっかりと描き切った演奏は滅多にない。

あふれるようなファンタジーと奥行きの深い精神や熱い心を感じさせるフランクである。

数あるフランクの演奏のなかでも、最も豊かなポエジーを湛えた演奏で、ピリスの詩的雰囲気に満ちたピアノの響きに、デュメイの繊細さと力強さを併せ持つヴァイオリンが自在に絡む様は息をのむほどに美しい。

デュメイのしたたるような美しい音色にピリスのクリスタルの輝きを放つピアノが絶妙の対比を形成するとともに、高次元でひとつの統一された世界を実現している。

実に温かく透明な響きと、ときに大胆、ときに繊細な表情に満たされたピリスの含蓄豊かなピアノに包まれるようにして、デュメイも歌と情熱にあふれる演奏を心ゆくまで展開する。

それは、ヨーロッパの諸文化を統合したようなフランクの音楽にぴったりだ。

各楽章における激しく燃え上がる情念の表出も見事だ。

ドビュッシー、ラヴェルの純フランス的作品では、2人はより打ち解けた気分のなか緩急自在の表現によって聴き手を彼らのペースにひき入れる。

これほどの息の合う、また求める方向がぴったり合うアンサンブルがあろうかと思うほどの緻密で音楽性豊かな演奏を繰り広げてきたふたりの、これまた充実した内容を持つ快演である。

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2010年12月03日


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サン=サーンスの交響曲を代表する名作であるこの第3番は、フランス的なエスプリや軽妙で粋な表情の魅力などに溢れた作品であるが、作品のそうした側面を描き切った純粋にフランス風といえる名演には意外に恵まれていないのが実情である。

クリュイタンス、パレー、ミュンシュなどの録音も一流の名演ではあるが、いまひとつ表情が重すぎたりするきらいがあり、作品の明晰でスマートな美を完全に表現しているとはいいがたい。

このマルティノン盤は、そのような中にあって唯一の例外といえる演奏であり、マルティノンのフランス人ならではのダンディで洗練された美学は、この作品のフランス的芳香を最も本来的にリアリゼしているのである。

この作品はフランス音楽にしては珍しく、きわめてしっかりとした造型をもっているが、マルティノンの指揮は、そうした性格を生かしながら、サン=サーンスの音楽の流麗な旋律線を大切にしている。

歯切れのよいリズムで、各部分を明快率直に表現しており、思う存分旋律を歌わせているのも素敵だ。

オルガンにマリー=クレール・アランを起用しているのも魅力。

フランクは現在もなお、この交響曲の洗練度の高さと崇高な空気を隈なく再現した最も規範的な演奏のひとつといいうるものであろう。

そこに余剰な劇性や誇張がまったくなく、終始一貫よどみなく、明快かつ流麗な曲運びが示されている。

そこから立ちのぼってくるフランス的な気品と芳香がまことに素晴らしく、聴き返すにつけ、この交響曲の最も魅力的な姿を見事な手腕で伝えた名盤という感を強くする。

そこには、洗練されたフランス的な感性とともに、作曲家がみせた構成的な意欲が示され、この作品の土壌が明確に描き出されている。

演奏全体の感触はまさに端整で知的、軽妙さと洒脱さを諸所にちりばめたマルティノンならではのもの。

柔軟な表情、典雅な響き、品位に富んだ陰影、しかも作品の本来のスタイルを真正面から捉えた棒さばきである。

正攻法ゆえの極上の美がここにもある。

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2010年01月07日


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祖国ベルギーで生み出された作品を収録しているところに、グリュミオーの特別の思い入れが感じられる。

なかでも特筆すべきはルクーのソナタ。

わずか24歳で亡くなったフランクの弟子だったルクーは、たった1曲のヴァイオリン・ソナタを残しているが、これがやはり1曲のみの師のソナタ以上に切なく美しい。

これを昔から得意にしていたのが、同じフランス・ベルギー派を背負って立つグリュミオーだった。

彼は生涯にこの曲を2回録音したが、白髪のカスタニョーネのピアノと入れた、モノーラル盤の方が絶対的に優れている。

しかしモノーラル盤は現在廃盤となってしまったため、ヴァルシとの新盤で我慢するより仕方がない。

ここでのグリュミオーは情熱的で、まるで一編のドラマのように、劇的に音楽を盛り上げて余すところがない。

ピアノがまたとても雄弁で、ヴァイオリンにつかず離れず、見事なインタープレイぶりである。

ベルギーかフランスの演奏家以外にはあまり評価されていない曲だが、このグリュミオーのファンタジー豊かな演奏を耳にすれば、近代ヴァイオリン・ソナタの重要作としてもっと聴かれてよいと誰もが感じるだろう。

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2009年09月22日


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1945年盤はフルトヴェングラーがウィーンを脱出する前夜の歴史的なライヴ録音だ。

テープのためかワウがあるが、演奏はこのうえなく劇的で凄絶。感動的である。

第2次世界大戦末期の緊迫した空気が伝わってくるような演奏だ。

1953年盤はフルトヴェングラーの名演に数えられる。

音質も彼の録音の中ではすぐれており、演奏は、作品のドイツ的な性格と内向的な楽想をよく表している。

45年のライヴよりもはるかに良い。

フランス音楽を、ほとんどとりあげたことのないフルトヴェングラーが、あえてこの曲をとりあげたというのは、この曲には、バッハやベートーヴェンを敬愛してやまなかったフランクの、ドイツ趣味があらわれているからで、そうしたこの曲の特性を、フルトヴェングラーは、実に見事に描き出している。

全体に主観の強い解釈だが、ずっしりとした手応えを感じさせる演奏である。

フルトヴェングラーの演奏は、深く主観的なものに発している。

その意味では、このフルトヴェングラーの演奏が、フランクの曲のイデーと根本において、立脚点を異にしているという様式上の非難が生ずる余地は存在しうる。

しかもなお、この演奏が、フランクの曲の表現として、ほとんど他の誰もが到達しえぬ高い境地をきわめているということと、少しも矛盾しない。

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2008年08月17日


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ミュンシュ最盛期の名演。

フランクは男性的で生命力が強く、スケールが大きい。

第1楽章後半は遅めのテンポでよく歌わせているし、第3楽章後半の壮麗な劇的高揚も素晴らしく、ミュンシュの傑作のひとつである。

ここでミュンシュは、主情的にテンポを動かし、各楽想にこまやかな表情を与えて演奏している。

いつもの截然としたミュンシュを聴き馴れた耳には、意外に思われるくらいだ。

ドイツとフランスの国境地帯に生まれたミュンシュにとって、この作品はとても近しく感じるところがあるのだろう。

線の太さと自然で色彩的な表現を兼ね備えた、ひとつの理想とも言うべき演奏を実現している。

このフランクの交響曲では、曲の外形分析を演奏の基礎としているだけではなく、その造形の背後にある作曲者の表現意志までも的確に汲みとって、それを渾然と有機的に組織づけている。

イベールの「寄港地」も傑出した演奏だ。

ミュンシュは巧みな棒でそれぞれの曲のもつエキゾチックな気分を鮮やかに描き出し、官能的な南国の夜の情感を豊かに表出した「チュニス=ネフタ」が特に聴かせる。

その他、ユーモラスな曲想をしっかりとつかんだ「魔法使いの弟子」など、どれも格調の高い秀演だ。

当時のボストン響の力も、現在とは格段の差がある。

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2008年06月30日


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フランクの晩年の作品である、いささかのてらいもない「前奏曲、コラールとフーガ」「前奏曲、アリアと終曲」「交響的変奏曲」を、ボレットは実に深い共感をもって演奏している。

超絶的なテクニックの持ち主として、注目をあびていたボレットだが、ここでは、そうした技巧をひけらかすことなく、作品の本質を深く掘り下げ、実に風格のある表現を行っている。

それにはもはやテクニックや構造的理解といったレヴェルを超えた、限りなく広い音楽そのものの世界があり、その情感豊かな表現力には魅せられる。

オーケストラを伴う「交響的変奏曲」も、またしなやかな表現が成立することになる。

ボレットは透明度の高い音で素直にさらりと弾き去っており、細部の精度や流れの美しさもいうことがない。

また、シャイーの棒もみずみずしい情感をたたえ、ボレットの風格あるピアノと見事にまじりあって、まことに美しい仕上がりとなっている。

コンセルトヘボウの、豊麗な弦の響きをよくとらえた録音も、素晴らしい。

このピアニストの懐の深さをしみじみと知らせてくれるCDだ。

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2008年05月08日


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モントゥーがシカゴ交響楽団を指揮してのフランクの交響曲の録音はその演奏の最高のものとされているひとつだが、彼の着実でしかも音楽を細かくとらえた指揮はフランクの感覚と精神とを自然な統一をもってみごとに再現している。

シカゴ交響楽団の演奏技術はよく、また明瞭で分離のよい録音も、歴史的とはいい切ってしまえない魅力をもっている。

のびのびとして気持ちよく聴けるフランクである。

ボストン交響楽団との「ペトルーシュカ」は名演として尊ばれていたパリ音楽院管弦楽団を振った旧盤に劣らぬ立派な演奏である。

演奏のスタイルも旧盤と同じで、テンポも発想も変わりはない。

オーケストラは旧盤より、このボストン交響楽団との方がいっそう緊密で音色も鮮やかである。

全体におっとりとしているところは、いかにもモントゥーらしく、演出臭のある演奏を聴きつけていると物足りないかもしれないが、譜面をみながら聴くと、その正確さに驚く。

*付記、モントゥー<ペトルーシュカ>初演(1911年、パリ・シャトレー劇場)

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2008年05月06日


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フランクはカラヤンのパリ管との最初の録音。

フランクの交響曲が名演だ。

カラヤンの持つドイツ的性格と南欧風感覚が共に示されており、そのため曲の折衷的性格が的確に示されている。

しかも比較的自我を抑えて作品に素直に共感しており、オーケストラの好演と相まって優れた演奏が生まれた。

第1楽章冒頭からゆっくりと重々しい。そして静寂な部分は非常に情緒を生かして、それを大きく盛り上げてゆく。まことに規模の大きいスタイルをとったシンフォニックな演奏である。

第2楽章も同様。

第3楽章もできるだけ低音の旋律を生かして重々しいリズムで進めている。きわめて情緒的な演奏である。

パリ管を指揮しているためか、カラヤンは清新の気が漲り、なめらかな旋律線と幅広いデュナーミク、細部に及ぶきめ細かな構成力も高く評価したい。

ドビュッシーはカラヤン色濃厚な演奏。弱音効果を徹底的に生かし、デリケートな官能を前面に押し出している。

「海」は盆栽的な音楽作りだが、カラヤン独特の悩ましい曲線美や、緻密なリズムと相まって、吟味されつくしたドビュッシーを生んでいる。

「牧神の午後への前奏曲」はカラヤンの体質のためか少々粘りが強く腰が重いが、みずみずしい官能美を湛えている。

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2008年02月04日


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躍動的な部分でも、あくまでも流麗さを失わない演奏である。

グリュミオーのヴァイオリンは澄んだ音質と美感に富んでおり、フランス的詩情を込めた、格調高いエスプリの世界を展開している。

フォーレではそれが柔らかいムードに包まれて紡ぎ出されて、強い意志力を底に秘めて繰り広げられる。

グリュミオー特有の線の鋭い意志的な奏法によって、いわゆるフランス的な優美さとは異なる個性的な表情を作っている。

一転してフランクでは情熱を帯び、熱気と音の冴えがある。シェベックもグリュミオーと組んでいる限りは優れた共演者だ。

冒頭から洗練された爽快な足どりで歩みつづけ、グリュミオーはその流れに乗って旋律を充分に歌わせている。

冒頭を少し曇った音色で始め、しだいに明るく、ときにまた暗転させるなど、曲想と音色とが分かちがたく結びついている。

第2楽章の大きく呼吸するフレーズとデュナーミクは格調高く、終曲の明晰で深い精神美をたたえた音楽はグリュミオーの円熟ぶりを示している。

ピアノの音がソフト・フォーカスに録音されているのもたぶん意図的にだろう。

演奏者の"品格"を感じさせる感動的な演奏である。

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2007年11月22日


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私は友人に誘われて、クレーメルとツィメルマンのコンサートに行く予定だった。

私は昼前に友人宅に着き、その後他の友人2人が駆けつけて、昼間から飲み会になった。

ちなみに友人宅のステレオ装置は日本でも指折りの優秀なものである。

コンサートに行こうとする前、フランクのヴァイオリン・ソナタを聴かされた。オイストラフとリヒテルの圧倒的な名演の前には、これに匹敵するような名演は考えられないと判断し、行くのをやめてしまった。

今思えば痛恨の極みであるが、オイストラフとリヒテルの一期一会的なフランクを聴かされた後には全くコンサートに行く気が失せてしまったのだ。

何せ彼のステレオ装置はコンサートホールのSS席で聴くよりよほど臨場感があるのだ。

それでオイストラフとリヒテルの熱演を聴かされた後には、これ以上の感銘はありえないと感じ、行くのをやめてしまった。

いまさら後悔しても仕方がないのであきらめることにする。

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