メンデルスゾーン

2016年11月17日


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プラガ・ディジタルスのハイブリッドSACDシリーズでは初のトスカニーニ演奏集で、メンデルスゾーンの交響曲第4番《イタリア》及び第5番《宗教改革》とワーグナーの《パルジファル》から第1幕への前奏曲、「聖金曜日の音楽」の4曲が収録されている。

オーケストラはメンデルスゾーンの2曲の交響曲がNBC交響楽団で、これは日本では既にXRCDとしてリリースされた音源になる。

ライナー・ノーツによれば第4番は1954年2月28日のカーネギー・ホール・ライヴと26日及び27日のリハーサルからリミックスしたマスターのようだ。

第5番はその前年1953年12月13日の同ホールでのライヴでいずれもモノラル録音だが、臨場感に溢れた良好なサウンドにSACD化によってさらに高音部の潤いと艶やかさが加わっている。

むろん、もっと新しいレコーディングで聴きたいという人は多いだろうが、トスカニーニという往年の名指揮者の実力を知る意味においても、これは1,2を争うものになるはずだ。

一方ワーグナーは1935年6月5日ロンドン・クィーンズ・ホールでのライヴでロンドン交響楽団との協演になる。

音質はやや劣るが時代相応以上で鑑賞に充分堪えられる破綻のない音源である。

ナチによって一時は抹殺された状況にさえおかれたことがあるメンデルスゾーンの音楽は、歴史的に不幸な状態におかれたばかりでなく、その明快さや幸福感を理由に、現在でも不当にその真価が否定されているところもある。

そうした中で、トスカニーニとNBC交響楽団によるこの1枚は、かつては頂点の評価さえ得ていた《イタリア》交響曲ばかりでなく、ポピュラリティにおいてはるかに劣る《宗教改革》においてすら、その音楽の真価を再認識させてくれる。

交響曲第4番イ長調《イタリア》は、トスカニーニの素晴らしさが凝縮された名演で、颯爽として走り抜けるような躍動感と輝かしい歌の魅力はたとえようもなく、彼のラテン気質の音楽性が良く表れている。

ドイツ人であるメンデルスゾーンの手になる《イタリア》に対し、イタリア人のトスカニーニは異を唱えたい部分もあったようだが、《イタリア》とあっては一段とやる気も触発されたようで、一点たりとも曖昧さを残さない完成度の高い演奏で作品の魅力を余すところなく引き出している。

それは第1楽章冒頭の弾け飛ぶピツィカートから明らかで、瞬時に異次元の旅へと聴き手を誘うマジックであり、再現者としての使命感、責任感を音に聴かせた熱演と言えようか。

古典的形式をくっきりと保ちながら、優雅なリリスズムや、またスケルツォ的な性格をすっきりした線やリズムで何の付加物もなく、すぱっと表した行き方は、《イタリア》の特徴をすべて尽くしたものである。

音楽の勢いと緊張力、生きたリズム、完璧なまでに結晶化したアンサンブルと響き、それらを駆使した灼熱の迫力はほんの僅かな隙もなく、しかも弦のメロディはめくるめくばかりの艶やかさを持って歌いぬかれるのである。

第2楽章の軽快かつ流麗なリリシズム、それに続く優雅だが起承転結をわきまえた可憐なメヌエット等が魅力的だ。

終楽章「タランテッラ」の何という逞しさ!遅めのテンポからリズムが地の底まで届けとばかり刻み込まれ、各声部の動きの美しさは他に比較するものとてなく、ついにティンパニがスコア指定のトレモロではなく、コントラバスと同じ音型を激しく強打するクライマックスに到達するのだ。

このティンパニはトスカニーニの加筆版らしいが、作曲家自身が聴いたら卒倒するくらいの連打を加えた熱狂的なサウンドは、メンデルスゾーンらしいか否かはこの際問わないこととして、如何にも彼らしい表現と言えないだろうか。

第5番ニ短調《宗教改革》も圧倒的な名演で、さらにオーケストラの表現力が傑出、ドラマティックだが屈託がなく、クリーンなメロディー・ラインを浮かび上がらせた手法にトスカニーニの面目躍如たるものがある。

その明晰さ、歌のしなやかな流動感、立体的な構築は、この作品の求めるすべてを具現しており、この演奏を聴くことで作品の真価を改めて知らされることになろう。

第4楽章のコラールの旋律が現われてからの盛り上げ方はさながらオペラのフィナーレを聴いているような印象を受けるし、終楽章に聴く壮麗なるエンディングが見事で、トスカニーニの怖さすら知らしめる。

緊張感に満ちた古典的とも言える構成感をみせながら、明快なテンポとリズムとをもって、それらは実に美しく輝かしい歌を聴かせているが、特にその風格の高さは無比のものがあり、荘重な趣を力強く表現して、宗教的素材をもって壮麗な記念祭の歓喜を示した立派な演奏である。

最後のワーグナーは余白を埋めるために収録したと思われるが、溢れんばかりの光彩の中に神々しさを湛えた超一流の美しい表現であることには違いない。

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2016年10月14日


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昨年亡くなったクルト・マズア追悼盤のひとつでユニヴァーサルのベートーヴェン交響曲全集と同時にリリースされたが、こちらはワーナーからの6枚組。

5曲の交響曲のオーケストラは彼の手兵だったライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で、後半に収録された弦楽合奏のための13曲のシンフォニアはピリオド・アンサンブル、コンツェルト・ケルンとの演奏になる。

ゲヴァントハウスはザクセンではシュターツカペレ・ドレスデンと並ぶ古い伝統を持った楽団であることは周知の通りである。

メンデルスゾーン自身がカペルマイスターを務めて以来ニキシュ、フルトヴェングラー、ブルーノ・ワルター、コンヴィチュニー、ノイマン、そしてマズアの後にはブロムシュテット、シャイーなどそうそうたる指揮者が就任していて、ライプツィヒの質実剛健な文化を象徴する存在でもある。

尚このセット後半のシンフォニアは録音自体が少ないので全曲録音は有難いし、メンデルスゾーンが作曲した交響曲の名を冠した総ての作品が揃うことになる。

1987年から96年にかけてのディジタル録音で前半3枚の音質はやや芯に欠けるところがあるが概ね良好。

メンデルスゾーンの音楽にはモーツァルトにも通じるインスピレーションの迸りが何物にも遮られずに直接鳴り響いてくるようなフレッシュな感覚がある。

それを活かすには表現の厚化粧は禁物で、音楽を必要以上に立派に聴かせようとしたり深刻さを強調しようとすると、特有の軽快さが失われてあざといものになってしまいがち。

だが、マズア&ゲヴァントハウスの演奏は洒落っ気こそないが素朴で骨太なサウンドを武器に、作品のシンプルな側面と曲想の自然な流れを蔑ろにすることなく、逆に軽佻浮薄になることも巧みに避けている。

マズアはこの辺りを充分に心得ていた指揮者だったのではないだろうか。

確かに彼らより洗練され、しかもゴージャスな演奏はあるだろうが、メンデルスゾーンの音楽が持っている必然性を感じさせてくれる最良のサンプルのひとつとして聴くべき価値があると思う。

同様に作曲家が僅か14歳までに書き上げた習作的な13曲の弦楽のためのシンフォニアは、バッハの対位法を学んだ早熟の天才が示した溢れ出るような楽想を、ピリオド楽器の古風な音色と奏法でストレートに引き出した演奏だ。

聴き進めていくと最初はバロック風だが次第に個性的な作風へと急速な成熟を遂げているのが興味深い。

第11番のスケルツォ『スイスの歌』のみはパーカッションが加わるバロック・マーチに仕上げている。

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2016年02月02日


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カリオペ音源のリイシュー盤で、メンデルスゾーンの瑞々しい才能が迸り出るような豊かな音楽性と、それをダイレクトに伝えるターリヒ四重奏団の明るくしなやかな弦のアンサンブルを高く評価したい。

弦の甘い空気がたっぷりと含まれた良い録音で、メンデルスゾーンの甘美かつ天才のきらめきに満ちたこれらの弦楽四重奏曲の世界を見事に表現しており、また音質にも恵まれているので入門者にもお薦めしたいセットだ。

メンデルスゾーンの音楽はどちらかと言えば素材重視の明晰な解釈が合っていて、手の込んだ凝り過ぎた表現や、あえて深みを強調するような演奏はそれほど相応しくない。

ターリヒ四重奏団は弦の国チェコの出身だけに、自然で美しい響きを常に活かしながら作曲家の屈託のない天性のメロディーと整然とした作曲技法を理想的に再現している。

しかし彼らのアンサンブルのテクニックは流石に緊密で隙がなく、各声部のバランスを巧妙に配慮しながら、決して分厚い和音の壁を作らずにフレキシブルな軽快さを保っている。

特に第4番ホ短調で聴かせる甘美でさりげない憂愁の佇まいや、第6番へ短調での先を急ぐ清冽な奔流を思わせる推進力が、おそらく彼らにしか表現し得ない雰囲気を醸し出していて秀逸だ。

音楽家のファミリー、ターリヒ一族はチェコ・フィルを黄金時代に導いた指揮者ヴァーツラフがその中心人物で、この弦楽四重奏団を創設した彼の甥で第1ヴァイオリンを弾いていたヤンは、伯父への敬意からこのアンサンブルの名称をとったようだ。

1964年にデビューを飾って以来、そのキャリアは既に50年になろうという息の長い活動を続けていて、この間に総てのパートのメンバーが入れ替わっているが、現在でもなおターリヒ家の血を受け継いだ息子のヤン・ジュニアが第1ヴァイオリンを受け持っている。

先般彼らはやはりカリオペ音源のモーツァルトの弦楽五重奏曲全曲を復活させ、また新譜物ではドビュッシーとラヴェルの弦楽四重奏曲をリリースしている。

それらはいずれも鮮烈でありながら鷹揚に弦を歌わせたターリヒの特徴が良く表れたアルバムだ。

ラ・ドルチェ・ヴォルタは仏ハルモニア・ムンディ傘下の新レーベルで、アルページュ・カリオペの全音源を買い取っているそうだが、ライナー・ノーツを充実させているのも特徴で、このセットでは作品解説と演奏者紹介が仏、英、日本語で52ページほどあり、読み物としても楽しませてくれる。

また写真家ベルナール・マルティネーズのアート・フォトも多数掲載されていて、手作りのCDとしてのオリジナリティーが感じられる。

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2015年09月18日


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アルバン・ベルク四重奏団が1999年と2000年に行ったふたつのライヴから、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第1番変ホ長調及び同第2番イ短調を収録した1枚。

彼ららしいクールな切込みによるアプローチでの作曲家の野心的な試みが再現されている。

アンサンブルの緻密さや豊かで変化に富んだダイナミズムはアルバン・ベルクの持ち味だが、一方でメンデルスゾーンの若書きのフレッシュな味わいはいくらか犠牲になっているのも事実だろう。

ちなみに第2番は作曲家18歳、第1番は20歳の時の作品で、いずれもベートーヴェンの死を知った彼がその強い影響下に書いた曲とされているが、そこには古典的なテクニックの修錬に加えて颯爽とした奔放さがある。

その点でアルバン・ベルクは音楽を構築し、洗練し過ぎていると思う。

その徹底した創意工夫が結果的にかなり堅牢で隙のない表現に繋がっていて、これはこれでひとつの立派な解釈には違いないが、個人的にはこうした曲では余り手を加えずにむしろ素材を活かすことの方が望ましいと思う。

何故ならこの演奏を聴いていると彼らがこうした作品を完璧に仕上げようとすればするほど、自然に湧き出るような感性から乖離してしまうというパラドックスを認めざるを得ないからだ。

手許にあったターリヒ弦楽四重奏団の同曲集と聴き比べてみたが、緻密な音楽設計とそれを実現させるテクニックではアルバン・ベルクが優っているとしても、ターリヒには流れを止めない自然な推進力と開放感がある。

2002年にリリースされたレギュラーCDからのリイシューになり、セッションに較べて録音レベルがやや低いが、拍手以外のライヴ特有の雑音は皆無で、ホールの適度な残響や楽器どうしのバランス、音質も極めて良好だ。

2曲とも第1ヴァイオリンがギュンター・ピヒラー、第2ヴァイオリンをゲルハルト・シュルツ、ヴィオラがトマス・カクシュカ、チェロ、ヴァレンティン・エルベンによる彼らの黄金期のライヴで、アルバン・ベルクが録音したメンデルスゾーンの作品はこのCDに収録された僅か2曲の弦楽四重奏曲のみなので、貴重なレパートリーのサンプルであることには違いない。

ライナー・ノーツにはエーリヒ・ジンガーによる簡易な作品解説が英、独、仏語で掲載されている。

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2015年07月03日


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1970年代後半に、ドホナーニがウィーン・フィルと録音したメンデルスゾーンの作品集からの抜粋盤。

指揮者の緻密な音作り、鋭敏な感覚と棒のテクニック、そしてウィーン・フィルの無類の美しさがうまくマッチして極めて高水準の出来映えである。

ドホナーニは、かつてのニキシュにはじまり、その後、多くの大指揮者を生み出したハンガリー人指揮者の系譜に連なる指揮者である。

マゼールの後任として、かつてセルが世界一流のオーケストラに育て上げたクリーヴランド管弦楽団の首席指揮者に就任し、数々の名演を生み出したことは、今なお記憶に新しいところだ。

もちろん、ドホナーニほどの指揮者だけに、ドホナーニはクリーヴランド管弦楽団以外のオーケストラとともに名演を残している。

本盤に収められたウィーン・フィルとのスタジオ録音も、そうしたドホナーニによる貴重な名演である。

巷間、ドホナーニとウィーン・フィルの相性は必ずしも良くなかったと言われている。

その理由は定かではないが、特に、ドイツ系の音楽を指揮する際には、ウィーン・フィルの楽員の反応が芳しくなかったようだ。

さすがにショルティほどではないものの、ドホナーニの知的とも言うべきアプローチが、ウィーン・フィルの演奏志向と必ずしも一致しなかったということは容易に推測できるところである。

しかしながら、メンデルスゾーンのようにウィーン・フィルとしては何故か滅多に演奏しない楽曲においては、ドホナーニの知的なアプローチが、演奏全体を引き締まったものとするとともに、ウィーン・フィルの美質でもある美しい響きが演奏を冷徹なものに陥ることを避け、いい意味での潤いや温もりを付加するのに貢献するなど、まさに、指揮者とオーケストラがそれぞれ足りないものを補い合った見事な名演を成し遂げるのに成功していると言えるのではないだろうか。

いずれも秀演で、メンデルスゾーンの初期ロマン的な作風を的確に表現している。

緻密で鋭敏なタクトが織りなす絶妙なテンポとバランスに、ウィーン・フィルの極上のオルガントーンが見事にマッチした、極めて高水準の仕上がりになっている。

ドホナーニの軽やかなリズムとしなやかな旋律線、バランスのよい造形のすべてがメンデルスゾーンにふさわしい。

ウィーン・フィルの演奏も極上で、とくに弦の美しさはたとえようもない。

ドホナーニの表現はみずみずしく、清潔な音楽に応えたものと言えるだろう。

もちろん、これらの楽曲には、他にも優れた名演はあまた存在しているが、少なくとも、相性が今一つであったドホナーニとウィーン・フィルの息が統合した数少ない演奏の1つとして、本盤の演奏は稀少な存在とも言えるところだ。

さすがのプライドの高いウィーン・フィルの楽員も、メンデルスゾーンの楽曲の演奏に際しては、ドホナーニに余計な注文も付けなかったであろうし、逆に、ドホナーニも自信を持って演奏に臨んだことが窺い知れるところだ。

いずれにしても、筆者としては、本盤に収められた楽曲の演奏は、ドホナーニがウィーン・フィルと行った数少ない録音の中でも優れた名演として、高く評価したいと考える。

この他、ドホナーニ&ウィーン・フィルは、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」のような、オーケストレーションの華麗さを売りにした楽曲や、いわゆるお国ものとも言うべきバルトークのパントマイム「中国の不思議な役人」のような楽曲においても名演を残していることを付記しておきたい。

本盤の演奏は、アナログからデジタルへ変わる移行期の録音ではあるが、音質にムラはなく充分に新鮮で、さすがは英デッカとも言うべき極めて鮮明で極上の高音質を誇っている。

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2015年03月28日


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アバドの指揮する独墺系の作曲家による楽曲については、そのすべてが名演とされているわけではないが、その中で、メンデルスゾーンについては、既に録音された演奏のすべてが名演との評価を得ている数少ない作曲家である。

本盤には、アバドが1980年代にロンドン交響楽団とともに録音(1984、1985年)したメンデルスゾーンの交響曲全集が収められている。

どの曲も、ロマン派ながらバッハに傾倒してもいたメンデルスゾーンにふさわしい、ロマン的な抒情性と端正な造形を兼ね備えた演奏で、第一級の全集と言って良いだろう。

アバドは、本演奏の約20年前の1967年にも、ロンドン交響楽団とともに交響曲第3番及び第4番を録音(英デッカ)しており、それも当時気鋭の指揮者として人気上昇中であった若きアバドによる快演であったが、本演奏の方が円熟味など様々な点からしてもより素晴らしい名演と言えるだろう。

また、アバドは1995年にも、ベルリン・フィルとともに交響曲第4番をライヴ録音(ソニークラシカル)しており、それは実演ならではの熱気溢れる豪演に仕上がっていることから、第4番に限っては、1995年盤の方をより上位に置きたいと考える。

それはさておき本演奏についてであるが、本演奏の当時のアバドは最も輝いていた時期である。

ベルリン・フィルの芸術監督就任後は、借りてきた猫のように大人しい演奏に終始するアバドではあるが、この時期(1970年代後半から1980年代にかけて)に、ロンドン交響楽団やシカゴ交響楽団、そしてウィーン・フィルなどと行った演奏には、音楽をひたすら前に進めていこうとする強靭な気迫と圧倒的な生命力、そして持ち前の豊かな歌謡性が融合した比類のない名演が数多く存在していたと言える。

本盤の演奏においてもそれは健在であり、どこをとっても畳み掛けていくような気迫と力強い生命力に満ち溢れているとともに、メンデルスゾーン一流の美しい旋律の数々を徹底して情感豊かに歌い抜いていると言えるところであり、その瑞々しいまでの美しさには抗し難い魅力に満ち溢れている。

重厚さにはいささか欠けているきらいがないわけではないが、これだけ楽曲の美しさを堪能させてくれれば文句は言えまい。

アバドは欧米のオーケストラにイタリア的な新風を吹き込んだ指揮者であることは誰しも認めるところだが、それは先輩ジュリーニの孤高の至芸に比べれば更に徹底したものだった。

この傾向は図らずもムーティによって受け継がれることになるが、そのテクニックには先ずオーケストラからの音のベクトルの転換というストラテジーがある。

端的に言えば、伝統的なオーケストラには特有の個性や芸風が培われていて、それが長所にも、また場合によっては枷にもなるわけだが、その枷の部分を取り払うことによってオーケストラを一度解放し、楽員の自発性を発揮させながら新たに全体をまとめていくというのがアバドの手法だ。

特にメンデルスゾーンのように天性の平明さを持った屈託の無い音楽には理詰めの厚化粧は禁物で、むしろ風通しの良いフレッシュな感性と開放感の表出がより適しているだろう。

そうした意味でこのメンデルスゾーンの交響曲全集では彼らによって最良の効果が発揮されているように思う。

少なくともオーケストラの自主性がよく表れた演奏で、ロンドン交響楽団の音色もアバドの指揮の下では何時になく明るく軽快になっているのも偶然ではないだろう。

しかも彼らが伝統的に持っている凛とした気品は少しも失われていない。

いずれにしても、本盤の演奏は、アバドが指揮した独墺系の音楽の演奏の中では最高峰の1つに位置づけられる素晴らしい名演と高く評価したいと考える。

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2015年02月15日


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本盤には、メンデルスゾーンの交響曲第3番及び第4番という人気交響曲がカップリングされているが、いずれもショルティならではの素晴らしい名演と高く評価したい。

我が国におけるショルティの評価は不当に低いと言わざるを得ない。

現在では、歴史的な名盤と評されているワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」以外の録音は殆ど忘れられた存在になりつつある。

これには、我が国の音楽評論家、とりわけとある影響力の大きい某音楽評論家が自著においてショルティを、ヴェルディのレクイエムなどを除いて事あるごとに酷評していることに大きく起因していると思われるが、かかる酷評を鵜呑みにして、例えば本盤の演奏のような名演を1度も聴かないのはあまりにも勿体ない。

ショルティの様々な楽曲の演奏に際しての基本的アプローチは、強靭なリズム感とメリハリの明瞭さを全面に打ち出したものであり、その鋭角的な指揮ぶりからも明らかなように、どこをとっても曖昧な箇所がなく、明瞭で光彩陸離たる音響に満たされていると言えるところだ。

こうしたショルティのアプローチは、様相の変化はあっても終生にわたって殆ど変わりがなかった。

したがって、楽曲によっては、力づくの強引さが際立った無機的な演奏も散見され、それがいわゆるアンチ・ショルティの音楽評論家を多く生み出す要因となったことについて否定はできないと思われるが、それでも、1980年代以降になると、演奏に円熟の成せる業とも言うべき奥行きの深さ、懐の深さが付加され、大指揮者に相応しい風格が漂うことになったところだ。

本盤の両曲の演奏においても、そうした聴き手を包み込んでいくような包容力、そして懐の深さには大なるものが存在していると言えるところである。

スコットランドやイタリアの情景描写などとは無縁の、あくまでも絶対音楽としての交響曲を意識した演奏ではあるが、それだけに演奏全体の堅牢な造型美、そしてスケールの大きさには絶大なるものがあると言えるだろう。

もちろん、両曲には、例えば第3番について言えばクレンペラー&フィルハーモニア管弦楽団による名演(1961年)、第4番について言えばトスカニーニ&NBC交響楽団による名演(1954年)など、他に優れた演奏が数多く成し遂げられており、本演奏をベストの演奏と評価することはなかなかに困難であると言わざるを得ないが、一般的な意味における名演と評価するにはいささかも躊躇するものではない。

シカゴ交響楽団の巧さも特筆すべきであり、本名演に華を添える結果となっていることを忘れてはならない。

音質も、1985年のスタジオ録音であるのに加えて、英デッカによる超優秀録音であること、そして、今般、ルビジウム・クロック・カッティングがなされたことにより、十分に満足できるものとなっている点についても付記しておきたい。

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2015年01月14日


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クレンペラーの遺産の中でも特に美しいのがこの録音であり、風格のある実に素晴らしい超名演で、雄渾なスケール感に圧倒される。

トスカニーニ、フルトヴェングラーらとほぼ同世代のクレンペラーの優位は、晩年の芸術をステレオ録音で残してくれたこと。

特にメンデルスゾーンの「スコットランド」とこの「真夏の夜の夢」は彼の十八番であり、格調の高さに透明感のある響きが特徴である。

クレンペラーのメンデルスゾーンは他の作曲家の作品に対する解釈同様、実に個性的で、強靱な芸術性を持った内容に仕上がっている。

彼ならではの構築性に富んだ世界観に基づく演奏は、音楽そのものを根本的に変えてしまうような印象を与えてくれる。

ゆったりとしたインテンポによる演奏で、特に、何かをしているわけではないが、その深沈たる内容の濃さは、他のいかなる名演を凌駕する至高のレベルに達している。

「真夏の夜の夢」には、同じく名演としてプレヴィン盤があるが、プレヴィン盤は、聴かせどころのツボを心得た演出の巧さが光った名演であった。

ところが、クレンペラーには、そのような聴き手へのサービス精神など薬にしたくもない。

堂々たるインテンポで、自らの解釈を披露するのみであるが、その演奏の味の濃さと言ったら、筆舌には尽くしがたいものがある。

テンポも実にゆったりとしたものであるが、それだけに、メンデルスゾーンがスコアに記した音符のすべてが音化され、音楽に内在する魅力が前面に打ち出されてくるのが素晴らしい。

木管楽器の活かし方など、出色のものがあり、クレンペラーの数ある名演の中でも、トップの座を争う出来と言えるのではないか。

森の奥深いところへ誘ってくれる趣があって素晴らしく、これに比べると他のものは手入れの行き届いた公園の散歩みたいなもの。

ちなみに、この「真夏の夜の夢」は、アバド指揮ベルリン・フィル盤も評論家諸氏の評価が高いのだが、こちらの方は、ほぼ全曲にわたって語りが入っているのが特徴だ。

しかし、この語りが問題で、たとえば、オネゲルの「火刑台上のジャンヌ・ダルク」のようなシリアスな曲なら、語りが、音楽全体の中で、なくてはならない必要不可欠なものと納得できるのだが、この「真夏の夜の夢」のような曲では、語りが、美しい音楽の流れを切断してしまっており、音楽的には、かえって逆効果になっているのだ。

演奏も、メリハリ豊かで恰幅の良いクレンペラー盤の方が、アバド盤より1枚上だと思う。 

音質は、従来CD盤やHQCD盤では音質の改善はピンとこなかったが、今回のSACD盤は高音も伸び、音の分離もよく指揮者やオーケストラの気配や各奏者の間の空気感まで伝わるような、はっきりわかる音質の改善を感じたところであり、夢のような演奏がさらにリアルで澄んだ夢のようになったと言えるところである。

SACDだとCDに比べ音量を上げなくても演奏の1音1音が耳にスーッと入ってきて、音ががさつな空気のかたまりになることもなく素直に音楽そのものを楽しめるようになった。

いずれにしても、クレンペラーによる至高の超名演をSACDによる超高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年12月25日


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数多くの若手ヴァイオリン奏者が活躍する今日においては、残念なことではあるが庄司紗矢香の存在感はやや薄くなってしまっていると言わざるを得ない。

しかしながら、今から7年ほど前の本盤に収められた演奏当時は、庄司紗矢香は次代を担う若手ヴァイオリニストの旗手として飛ぶ鳥を落とす勢いであったと言える。

本演奏では、そのような前途洋々たる将来を嘱望されていた庄司紗矢香の素晴らしいヴァイオリン演奏を聴くことが可能であり、両曲ともに素晴らしい名演と高く評価したい。

まずは、庄司紗矢香の若手ヴァイオリニストとは到底思えないような落ち着き払ったテンポ設定に大変驚かされる。

あたかも1音1音を丁寧に、しっかりと確かめながら演奏しているかのようであるが、それでいて音楽の自然な流れが損なわれることはいささかもなく、むしろこれ以上は求め得ないような美しさの極みとも言うべき極上の音楽が滔々と流れていく。

その心のこもった情感の豊かさは、切れば血が吹き出てくるような熱い情熱に裏打ちされており、実に感動的だ。

もちろん、庄司紗矢香の卓越した技量は比類がないものであり、とりわけ両曲の終楽章の頂点に向けて畳み掛けていくような気迫溢れる力強さやエネルギッシュな生命力は、圧倒的な迫力を誇っている。

この庄司紗矢香の素晴らしいヴァイオリンをうまくサポートしているのが、チョン・ミュンフン&フランス国立放送フィルによる好演だ。

チョン・ミュンフンは1990年代の全盛期に比べると、かなり大人しい演奏に終始するようになったが、本演奏ではこれが逆に功を奏し、ゆったりとしたテンポによる控えめな演奏が庄司紗矢香のヴァイオリンをうまく引き立てるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

録音は、従来盤ではヴァイオリンとオーケストラのバランスについて問題視されるなど、必ずしも満足できる音質とは言い難い面があったが、今般のSHM−CD化により鮮明さが増すことによって、かなり満足できる音質に生まれ変わったと言えるのではないだろうか。

いずれにしても、飛ぶ鳥落とす勢いであった庄司紗矢香による素晴らしい名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年11月27日


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本盤には、メンデルスゾーンの交響曲第4番、ベートーヴェンの交響曲第5番という人気交響曲がカップリングされているが、いずれもショルティならではの素晴らしい名演と高く評価したい。

ショルティが1990年代にウィーン・フィルに客演した際に収録されたライヴで、両曲とも彼にとって4回目の録音にあたる。

メンデルスゾーンとベートーヴェン、ともにウィーン・フィルの美質を生かした流麗な響きを味わえる。

ところで、我が国におけるショルティの評価は不当に低いと言わざるを得ない。

現在では、歴史的な名盤と評されているワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」以外の録音は殆ど忘れられた存在になりつつある。

これには、我が国の音楽評論家、とりわけとある影響力の大きい某音楽評論家が自著においてショルティを、ヴェルディのレクイエムなどを除いて事あるごとに酷評していることに大きく起因していると思われるが、かかる酷評を鵜呑みにして、例えば本盤の演奏のような名演を1度も聴かないのはあまりにも勿体ない。

ショルティの様々な楽曲の演奏に際しての基本的アプローチは、強靭なリズム感とメリハリの明瞭さを全面に打ち出したものであり、その鋭角的な指揮ぶりからも明らかなように、どこをとっても曖昧な箇所がなく、明瞭で光彩陸離たる音響に満たされていると言えるところだ。

こうしたショルティのアプローチは、様相の変化はあっても終生にわたって殆ど変わりがなかった。

したがって、楽曲によっては、力づくの強引さが際立った無機的な演奏も散見され、それがいわゆるアンチ・ショルティの音楽評論家を多く生み出す要因となったことについて否定はできないと思われるが、それでも、1980年代以降になると、演奏に円熟の成せる業とも言うべき奥行きの深さ、懐の深さが付加され、大指揮者に相応しい風格が漂うことになったところだ。

本盤の両曲の演奏においても、そうした聴き手を包み込んでいくような包容力、そして懐の深さには大なるものが存在していると言えるところである。

「イタリア」の情景描写や「運命」の精神性の追求などとは無縁の、あくまでも絶対音楽としての交響曲を意識した演奏ではあるが、それだけに演奏全体の堅牢な造型美、そしてスケールの大きさには絶大なるものがあると言えるだろう。

もちろん、両曲には、例えばメンデルスゾーンについて言えばトスカニーニ&NBC交響楽団による名演(1954年)、ベートーヴェンについて言えばフルトヴェングラー&ベルリン・フィル(1947年)など、他に優れた演奏が数多く成し遂げられており、本演奏をベストの演奏と評価することはなかなかに困難であると言わざるを得ないが、一般的な意味における名演と評価するにはいささかも躊躇するものではない。

ウィーン・フィルの巧さも特筆すべきであり、本名演に華を添える結果となっていることを忘れてはならない。

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2014年10月22日


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凄い演奏だ。

セル&クリーヴランド管弦楽団の全盛期の演奏がいかに凄まじいものであったのかがよく理解できるところだ。

セルは、先輩格である同じハンガリー出身の指揮者であるライナーや、ほぼ同世代のオーマンディなどとともに、自らのオーケストラを徹底して鍛え抜いた。

セルの徹底した薫陶もあって、就任時には二流の楽団でしかなかったクリーヴランド管弦楽団もめきめきとその技量を上げ、ついにはすべての楽器セクションがあたかも1つの楽器のように奏でると言われるほどの鉄壁のアンサンブルを構築するまでに至った。

「セルの楽器」との呼称があながち言い過ぎではないような完全無欠の演奏の数々を成し遂げていたところであり、本盤の演奏においてもそれは健在である。

本盤には、メンデルスゾーンの交響曲第4番や、劇音楽「真夏の夜の夢」からの有名曲の抜粋、そして序曲「フィンガルの洞窟」が収められているが、とかく旋律の美しさのみが強調されがちなこれらの楽曲が、セルの手にかかると、引き締まった硬派の音楽に変貌するのが素晴らしい。

メンデルスゾーンの交響曲第4番には、同じく硬派の演奏としてトスカニーニ&NBC交響楽団による超名演(1954年)があり、濃密なカンタービレの魅力もあってとても当該演奏には敵わないが、一糸乱れぬアンサンブルを駆使した演奏の完全無欠さという点においては、本演奏もトスカニーニによる超名演に肉薄していると言えるところだ。

劇音楽「真夏の夜の夢」も、この黄金コンビならではの引き締まった名演である。

とりわけ結婚行進曲など、下手な指揮者の手にかかると外面的で安っぽい音楽に成り下がってしまいがちであるが、セルの場合は、かのクレンペラー&フィルハーモニア管弦楽団による超名演(1960年)と同様に、高踏的で格調の高い音楽に聴こえるのが見事である。

序曲「フィンガルの洞窟」については、もう少し演奏全体にゆとりというか、味わい深さが欲しい気もするが、演奏自体の水準は極めて高いものであり、名演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

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2014年10月10日


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本盤には、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲とショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番という、性格も作曲年代も大きく異なる楽曲どうしが収められている。

このような意外な組み合わせをしたCDは本盤が初めてであると思うが、それだけにヴァイオリニストの実力のほどが試される1枚と言えるだろう。

このカップリングを主導したのがメーカー側なのか、それともヒラリー・ハーンなのかは不詳であるが、仮にヒラリー・ハーンであるとすれば、それは並々ならぬ自信ということになるであろう。

それはさておき、演奏については、やはりメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が素晴らしい名演だ。

1979年に生まれ米国で育ったヒラリー・ハーンは、本演奏の当時はいまだ23歳の若さであったが、楽曲が、メロディーの美しさが売りの同曲だけに、むしろ若さが大きくプラスに働いている。

卓越した技量の持ち主でもあるヒラリー・ハーンであるが、それに若手女流ヴァオリニストならではの繊細で優美な情感を交えつつ、同曲の魅力を十二分に味わわせてくれるのが素晴らしい。

いささか線の細さを感じずにはいられないところであるが、楽曲がメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲だけに、そのような欠点は殆ど際立つことはなく、同曲の持つ美しい旋律の数々が繊細かつ優美に歌い抜かれているのは見事というほかはない。

もっとも、終楽章の終結部においては、畳み掛けていくような気迫や強靭な生命力が漲っており、必ずしも優美さ一辺倒の演奏に陥っているわけではない点にも留意しておく必要がある。

ヒラリー・ハーンによるかかるヴァイオリン演奏をしっかりと下支えしているのがヒュー・ウルフ&オスロ・フィルによる演奏である。

必ずしも超一流の指揮者とオーケストラでなく、むしろ軽快とも言えるような演奏を展開しているが、いささか線の細さを感じさせるヒラリー・ハーンのヴァイオリン演奏の引き立て役としてはむしろ理想的と言えるのかもしれない。

いずれにしても、本演奏は、ヒラリー・ハーンが気鋭の若手ヴァイオリニストとして脚光を浴びていた時代を代表する素晴らしい名演と高く評価したい。

他方、ショスタコーヴィチのヴァオリン協奏曲第1番は、大変美しい演奏であるとは言えるが、今一つ踏み込み不足の感が否めないところだ。

オイストラフに捧げられた同曲であるが、その楽曲の内容は、諧謔的かつ深遠であり、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のように、スコアに記された音符の表層を丁寧に音化していくだけでは、到底その真価を描出することはできない。

同曲は、旧ソヴィエト連邦という、現在の北朝鮮のような国で、ひたすら死と隣り合わせの粛清の恐怖を味わった者だけが共有することが可能な絶望感などに満たされていると言えるところであり、よほどのヴァイオリニストでないと、同曲の魅力を描き出すことは困難であるとも言える。

当時いまだ23歳で、米国で生活してきたヒラリー・ハーンには、同曲のかかる深遠な内容を抉り出すこと自体がなかなかに困難というものであり、ヒラリー・ハーンには、今後様々な経験を重ねてから、再び同曲の演奏・録音に挑戦していただきたいと考えているところだ。

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2014年10月05日


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本盤に収められたメンデルスゾーンの交響曲第4番&第5番は、トスカニーニ&NBC交響楽団による数多くの録音の中でも、レスピーギのローマ三部作と並んでトップの座に君臨する名演と言える。

とりわけ交響曲第4番については、様々な指揮者による同曲のあらゆる演奏に冠絶する至高の超名演と高く評価したい。

トスカニーニの演奏にはある種の誤解がなされていると言えるのではないだろうか。

その誤解とは、トスカニーニは一切の情緒を差し挟まむことなく、快速のインテンポで素っ気ない演奏をする指揮者であるということだ。

しかしながら、本盤も含め、杉本一家氏がリマスタリングを行ったXRCDシリーズを聴くと、それがとんでもない誤解であることがよく理解できるところである。

かかる誤解は、以前に発売されていたCDの、きわめて劣悪でデッドな音質に起因するのではないかとも考えられるところだ。

それにしても、本盤のようなXRCDによる極上の高音質録音で聴くと、トスカニーニが臨機応変にテンポ設定を行ったり、豊かな情感にもいささかも不足をしていないことがよくわかる。

それにしても、特にこの第4番の演奏には凄まじいものがある。

演奏全体に漲っている気迫と力強い生命力は、我々聴き手の度肝を抜くのに十分な圧倒的な迫力を誇っている。

とりわけ、終楽章の終結部に向けての畳み掛けていくような力強さは灼熱のような燃焼度を誇っており、聴いていて手に汗を握るほどだ。

また、第2楽章などを中心として随所に聴くことが可能な極上のカンタービレは美しさの極みであり、抗し難い魅力に満ち溢れている。

いずれにしても、本演奏にはトスカニーニの芸術のすべてが表現し尽くされていると言えるところであり、今般のXRCD化によってはじめて本演奏の真価のベールを脱いだと言っても過言ではあるまい。

他方、交響曲第5番も名演であるが、第4番のようにトスカニーニの演奏が随一とは言い難い面がある。

しかしながら、第1楽章における圧倒的な高揚感、終楽章における悠揚迫らぬテンポによるスケールの雄大な音楽は、これまでの「快速のインテンポ指揮者トスカニーニ」との誤解を打ち破るのに十分な圧倒的な壮麗さと威容を誇っていると高く評価したい。

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2014年10月03日


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近年、我が国出身の若手女流ヴァイオリニストが世界各国の有名コンクールで優勝する等の華々しい活躍をしている。

例えば、チャイコフスキー国際コンクールで優勝した諏訪内晶子(その後、神尾真由子が続く)をはじめ、パガニーニ国際ヴァイオリンコンクールにおいて史上最年少で優勝した庄司沙耶香など、雨後の竹の子のように数多くの若き才能あるヴァイオリニストが登場してきている。

もっとも、彼女たちに共通しているのは、デビュー後数年間は華々しい活躍をするが、その後は影の薄い存在に甘んじてしまっているということだ。

諏訪内晶子にしても、近年では相次ぐスキャンダルによって新譜すら殆ど発売されていない状況に陥っているし、庄司沙耶香にしても最近での活躍はあまり聞かれないところだ。

神尾真由子なども今後どのように成長していくのかはわからないが、クラシック音楽の受容の歴史が浅い我が国の若手女流ヴァイオリニストが普遍的に世界で活躍するような土壌は、未だに肥沃なものとなっていないと言えるのではないだろうか。

五嶋みどりは、特にコンクールなどでは取り立てた受賞歴はないが、14歳の時のバーンスタインとの伝説的なコンサートで一躍世界に知られる存在となったところだ。

その後は、1990年代から2000年代の前半にかけて、世界の一流指揮者、オーケストラとともに各種の協奏曲等の録音を行うなど、華々しい活躍を行っていたが、最近では、他の若手女流ヴァイオリニストと同様に活動ややや低調になり、2006年のバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番の録音を最後に新譜が登場していない状況にある。

新譜の数自体が激減している昨今のクラシック音楽界の現状に鑑みれば、致し方がない面もあろうかとも思うが、五嶋みどりにしても、かつての輝きを今後も維持できるのかどうか、大きな岐路に立っていると言っても過言ではあるまい。

かつての伝説的なコンサートはもはや遠くに過ぎ去った過去の話であり、五嶋みどりが今後も円熟の大ヴァイオリニストとして末永く活躍していただくことをこの場を借りて祈念しておきたい。

それはさておき、本盤に収められたメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲とブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番は、五嶋みどりが輝いていた時代の素晴らしい名演だ。

五嶋みどりのヴァイオリンは、もちろん技量においても何ら問題はないが、巧さを感じさせないところが素晴らしい。

要は、楽曲の美しさだけが聴き手に伝わってくるような演奏を心掛けていると言えるところであり、加えて、畳み掛けていくような気迫や強靭な生命力が演奏全体に漲っているのが素晴らしい。

実演ということも多分にあるとは思うが、五嶋みどりの体当たりとも言うべき渾身の、そして楽曲の美しさを際立たせた演奏は、我々聴き手の感動を誘うのに十分であり、このような力強い名演奏を聴いていると、あらためて五嶋みどりの卓越した才能を感じることが可能だ。

一部の女流ヴァイオリニストにありがちな線の細さなどは微塵もなく、どこをとっても骨太のしっかりとした構えの大きい音楽が鳴り切っているのが見事である。

このような堂々たる五嶋みどりのヴァイオリンを下支えしているのが、ヤンソンス&ベルリン・フィルによる名演奏である。

ヤンソンスは、今や現代を代表する大指揮者の一人であるが、本演奏でも五嶋みどりのヴァイオリンをしっかりとサポートするとともに、ベルリン・フィルを巧みに統率して、重厚な装いの中にも両曲に込められた美しい旋律の数々を感動的に歌い抜いているのが素晴らしい。

音質は2000年代前半のライヴ録音であり、従来盤でも十分に満足できるものである。

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2014年08月16日


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ベルリン・フィルは、名人揃いの世界最高峰のオーケストラだけに、芸術監督に就任する指揮者も、各奏者を掌握するための苦労は並大抵のものではない。

カラヤンも、就任当初はフルトヴェングラー時代の重鎮奏者に手を焼き、自分の理想の演奏を行えるようになったのは、芸術監督に就任して約10年後の1960年代に入ってからであると言われている。

それだけ、ベルリン・フィルという稀代のオーケストラを掌握するのに相当の時間がかかるということであるが、これは、現在の芸術監督のラトルにも言えることであり、ラトルがベルリン・フィルとともに名演奏の数々を行うようになったのも、2010年代に入ってからで、2002年の就任後、約10年の期間を要している。

ラトルも、ベルリン・フィルの芸術監督として長期政権が予測されることから、今後はベルリン・フィルとの間で理想の演奏を成し遂げていくことは想像するに難くない。

しかしながら、アバドがベルリン・フィルの芸術監督をつとめていたのは1990年〜2002年のわずか12年間。

これでは、カラヤンのオーケストラを自らのオーケストラとして掌握するにはあまりにも時間がなさ過ぎたと言えるだろう。

ベルリン・フィルの芸術監督に就任する前には、ロンドン交響楽団とともに圧倒的な名演奏を成し遂げていた気鋭の指揮者であったアバド。

そのアバドは、ベルリン・フィルの芸術監督就任後、借りてきた猫のような大人しい演奏に終始するようになってしまった。

カラヤン時代に、力の限り豪演を繰り広げてきたベルリン・フィルも、前任者と正反対のアバドの民主的な手法には好感を覚えたであろうが、演奏については、大半の奏者が各楽器セクションのバランスを重視するアバドのやり方に戸惑いと欲求不満を感じたのではないか。

そのようなアバドが、ベルリン・フィルを掌握して、いかにもアバドならではの名演を繰り広げるようになったのは、皮肉にも胃癌を克服した2000年代に入ってから。

まさに、ベルリン・フィルの芸術監督退任直前のことであった。

退任後に、ベルリン・フィルとともに時として行われる演奏の数々が見事な名演であることに鑑みれば、アバドももう少しベルリン・フィルの芸術監督にとどまるべきであったのではないかとも思われるが、このあたりも、いかにもポストに固執しないアバドらしいとも言える。

いずれにしても、歴代の芸術監督の中でも、必ずしもベルリン・フィルとの関係が順風満帆とはいかなかったアバドではあるが、それでも、いくつかの演奏では、さすがはアバドとも賞賛されるべき名演を成し遂げていた。

その名演の中でも代表格の一つと言えるのが、本盤に収められたメンデルスゾーンの交響曲第4番と劇音楽「真夏の世の夢」であると言えるだろう。

アバドは、メンデルスゾーンの交響曲第4番をロンドン交響楽団とともに1967年、1984年の2度にわたってスタジオ録音を行うとともに、劇音楽「真夏の夜の夢」序曲を1984年にスタジオ録音しており、それらはいずれも素晴らしい名演であったが、本盤に収められた演奏は、これらの過去の演奏を大きく凌駕していると言っても過言ではあるまい。

1995年のジルヴェスター・コンサートでのライヴ録音でもあり、演奏全体の生命力あふれる燃焼度の違いもあるのかもしれないが、大人しい演奏に終始していた当時のアバドとしても突然変異的な超名演であり、これはアバドが、とりわけ交響曲第4番の表題でもあるイタリア人ということもあると思われるが、いかにメンデルスゾーンのこれらの楽曲に対して深い愛着と理解を示していたことの証左であるとも言える。

さすがに、トスカニーニの交響曲第4番の超名演(1954年)の域には達していないが、演奏全体に流れる歌謡性豊かな情感は、音質の良さも相俟って、トスカニーニの演奏よりも若干上位に掲げられても不思議ではないとも言えるだろう。

劇音楽「真夏の世の夢」も、オペラにおいて数々の名演を成し遂げてきたアバドならではの聴かせどころのツボを心得た名演であり、まさに、本盤の両曲の演奏は、アバドのベルリン・フィル時代を代表する名演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

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2014年07月19日


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本盤には、カラヤンがベルリン・フィルを指揮して1970年代はじめにスタジオ録音を行ったメンデルスゾーンの交響曲全集が収められている(LPの全集に収められていた「フィンガルの洞窟」が収められていないのが残念である)。

カラヤンは、広範なレパートリーを誇る指揮者であり、しかも独墺系の作曲家の交響曲などについては複数の録音を行うのが通例であった。

しかしながら、メンデルスゾーンの交響曲の録音は本盤のみに限られており、本盤の登場前は、カラヤンはユダヤ人であるメンデルスゾーンを忌み嫌っているなどと言った根も葉もない噂を立てられたものであったのだ。

しかしながら、本盤に収められた演奏を聴く限りにおいては、メンデルスゾーンの交響曲との相性はむしろ良かったのではないかと思えるような素晴らしい名演に仕上がっている。

カラヤンが、その後二度とメンデルスゾーンの交響曲を録音しなかったのは、カラヤン自身も本演奏の出来に満足していたからに他ならないと言えるのではないだろうか。

本演奏の録音当時は、カラヤン&ベルリン・フィルの全盛時代であり、鉄壁のアンサンブル、分厚い豊麗な響きの弦楽合奏、ブリリアントな金管楽器、桁外れのテクニックを誇る木管楽器、そして雷鳴のように轟くティンパニなどが一体となって、オーケストラ演奏の極致とも言うべき圧倒的な音のドラマを構築していた。

本演奏においてもそれは健在であり、その上にカラヤンは優雅なレガートを施し、メンデルスゾーンならではの透明感溢れるみずみずしいオーケストレーションを、これ以上は望めないほどの美麗さで歌い抜いているのが素晴らしい。

楽曲毎に寸評を行っていくと、第1番について、おそらくは同曲演奏史上最も荒々しさを感じさせるような凄みのある迫力満点の豪演を展開していると言えるだろう。

そして、第2番の壮麗な響きは圧倒的な迫力を誇っており、これはオペラを得意とするカラヤンの真骨頂ともいうべき雄渾なスケールの名演に仕上がっている。

「スコットランド」は、とある影響力の大きい某評論家によって不当に貶められている演奏である。

筆者としても、某評論家が激賞するクレンペラー盤(1960年)を名演と評価するのに躊躇はしないが、それに匹敵する名演として本演奏も高く評価したい。

冒頭の序奏部は、クレンペラーに負けないくらいの深沈たる抒情に満ち満ちているし、主部に入ってからの心湧きたつ旋律の歌わせ方も絶妙だ。

第2楽章は某評論家が批判するように快速のテンポ設定であるが、それはクレンペラーと比較してのこと。

他の演奏と同様のやや速めのテンポで曲想を巧みに描いて行く。

第3楽章は素晴らしい音のドラマで、ゆったりとしたテンポによる悠揚迫らぬ歩みは、実に感動的だ。

終楽章のラストでの壮大な盛り上がりも、この名演を締めくくるのに相応しい圧倒的な迫力を誇っている。

「イタリア」は、決して急ぎすぎない中庸のテンポで、カラヤンならではの優雅なレガートを駆使した気品ある名演に仕上がっている。

「宗教改革」は、後年に「パルジファル」の至高の超名演を成し遂げるカラヤンならではの神秘感漂う壮麗さに満ち溢れた至高の超名演だ。

いずれにしても、メンデルスゾーンの交響曲全集は、一般にはアバド&ロンドン響やドホナーニ&ウィーン・フィルによる全集の評価が高いが、筆者としては、本カラヤン盤を随一の名全集と高く評価したい。

音質は従来CD盤でも十分に満足できる高音質であったが、数年前にカラヤン生誕を記念して発売されたSHM−CD盤は、音質の鮮明さといい、音場の広がりといい、素晴らしい水準の音質である。

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2014年05月25日


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トスカニーニがSP時代から繰り返し録音してきた「真夏の夜の夢」の決定的名演。

メンデルスゾーン「真夏の夜の夢」(序曲)が作曲者10歳台の作曲から(付随音楽)作曲時30歳半ばまでの期間的隔たりを感じさせず、トスカニーニは手兵NBC交響楽団と息の合った明確な印象を持つ演奏を展開している。

「序曲」での疾走感から生き生きとしたトスカニーニらしさがスタートする。

「夜想曲」はホルン主体に展開してその鷹揚な演奏にもトスカニーニはバッチリ対応。

「スケルツォ」ではトスカニーニ指揮メンデルスゾーン「イタリア」交響曲の名演を想起させる。

超有名な実用音楽ともなっている「結婚行進曲」も彼の指揮演奏でより説得感が増幅する。

「フィナーレ」では妖精祝福の女声独唱(E.フィリップス)・合唱が挿入されている。

これらの録音の頃1947年、トスカニーニは80歳近くであったが、彼の音楽に対する志の高さは相変わらずであることをつくづく感じ入ってしまう。

ケルビーニの交響曲は現在でも演奏されることは少ないが、トスカニーニは同じイタリアの作曲家ということもあって、生前好んで演奏していた曲の一つである。

実際、トスカニーニはケルビーニの作品を非常に高く評価しており、「現在、ケルビーニの作品が不当に軽視されているのは、指揮者たちの認識不足と勉強不足のためである」と言っていた。

だから、この他にもケルビーニのレクイエムなどの名演奏を残している。

この曲は、イタリア人の交響曲といってもハイドン風な古典的な4楽章形式で書かれており、ちょうどハイドンの交響曲にみるような古典的な明快さに貫かれているから、その演奏もトスカニーニのハイドンと多くの共通性を示している。

トスカニーニが最晩年になって初めて録音したケルビー二の交響曲は、カップリングの「オイリアンテ」序曲とともにLP時代の名録音として知られ、音の分離も飛躍的に改善され、トスカニー二の実際の響きを体験するのに最も適していると言える。

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2014年05月18日


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稀代のピアニストであったヴァルター・ギーゼキングによる名演としては、ドビュッシーのピアノ作品集やラヴェルのピアノ作品集などが名高い。

しかしながら、ギーゼキングのレパートリーはフランス音楽にとどまらず、独墺系の作曲家であるモーツァルトのピアノ作品集などでも名演の数々を成し遂げているところだ。

そして、モーツァルトのピアノ作品集に優るとも劣らない名演との評価を勝ち得ているのが、メンデルスゾーンの無言歌集である。

ギーゼキングによる無言歌集の本演奏は、特別な個性を発揮したり、はたまた奇を衒った解釈を施したりするということは薬にしたくもなく、緻密なスコアリーディングに基づき、曲想を精緻に、そして丁寧に描き出していくという、ある意味ではオーソドックスなアプローチに徹したものと言える。

卓越したテクニックにも出色のものがあるものの、モノラル録音ということも多分にあるとは思うが、素っ気なささえ感じさせるところもあり、即物的な演奏とさえ言えるところだ。

しかしながら、一聴すると淡々と流れていく各旋律の端々には、独特の細やかなニュアンスや豊かな情感に満ち溢れており、決して無機的な演奏には陥っていない。

そして、ギーゼキングの演奏で素晴らしいのは、1956年の演奏であるにもかかわらず、いささかも古臭さを感じさせるということがなく、むしろ、その演奏は清新さに溢れていると言えるところであり、その気高い格調の高さにおいても卓抜としたものがあったと言えるだろう。

メンデルスゾーンの無言歌集の録音を行っているピアニストは、その後数多く誕生しているが、それらのピアニストによる数々の名演を耳にした上で、ギーゼキングによる本演奏を聴いても、録音の古さは感じても、演奏内容自体には違和感など全く感じさせず、むしろ新鮮味さえ感じさせるというのは殆ど驚異的ですらあると言えるところだ。

本全集の演奏も、前述のようなギーゼキングによる芸風が見事にあらわれた名演と言えるところであり、まさに古くて新しい、現代においてもメンデルスゾーンの無言歌集演奏の規範とも言うべき至高の名演と高く評価したい。

このように、ギーゼキングによるメンデルスゾーンの無言歌集の演奏は、演奏自体は素晴らしいが、モノラル録音というハンディもあって、その音質は、従来CD盤では鮮明さに欠ける音質であり、時として音が歪んだり、はたまた団子のような音になるという欠点が散見されたところであった。

ところが、今般、ついに待望のSACD化が行われることによって大変驚いた。

従来CD盤とは次元が異なる見違えるような、そして1956年のモノラル録音とは到底信じられないような鮮明な音質に生まれ変わった。

ギーゼキングのピアノタッチが鮮明に再現されるのは殆ど驚異的であり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、ギーゼキングによる至高の名演を、SACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年05月12日


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メンデルスゾーンの室内楽曲の中でも、弦楽八重奏曲とならんで人気の高いのがこのピアノ三重奏曲。

特に第1番は、チャーミングなメロディが横溢する佳品として、古くから親しまれてきたもの。

カザルスやルービンシュタイン、ハイフェッツといった巨匠たちもトリオを組んで録音を残しているが、ここで聴けるスターン/ローズ/イストミンのトリオによる演奏は、まさに知・情・意のバランスが取れた奇跡的な名演奏だ。

メンデルスゾーンの音楽は、みずみずしい美しさを湛えつつも、どこかしら哀感が漂わせるものが多い。

ピアノ三重奏曲はその最たるものであり、メンデルスゾーンの特色を体現した室内楽曲の佳作である。

本盤に収められたスターンがヴァイオリンをつとめる両演奏は、歴史的な名演と言われるものであるが、スターンが決して突出した演奏をしているわけではなく、ピアノとチェロとの間で調和のとれた演奏を心掛けている点が、名演と言われる所以だと思われる。

このようなアプローチによって、我々はメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲の魅力を満喫することが出来るのであり、その意味では、室内楽曲演奏の規範ともなるべき演奏とも言えるだろう。

この録音を特徴づけているのは、スターンの異様なテンションの高さで、なんという華のある、艶やかで色っぽい音だろう。

また、この曲のピアノ・パートの難しさはその辺のロマン派のコンチェルト以上と言ってもいいくらいであるが、イストミンのピアノは沈着冷静、盛り上げるところは盛り上げ、抑えるところは抑え、知的なプレイでトリオをまとめあげている。

チェロのローズは一歩下がって、スターンをバックアップする姿勢。

2曲とも3つの楽器の音のバランスが良いので、やや聴こえにくいチェロの音までよく聴こえる。

Blu-spec-CDの音質向上効果は目覚ましく、この歴史的名演をより鮮明な音質で聴けるようになった意義は大きい。

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2014年03月18日


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ジノ・フランチェスカッティは1950〜60年代の前半に活躍し、当代きっての美音の持ち主と讃えられた名ヴァイオリニストである。

メン&チャイと日本人好みの略称で呼ばれるようになった、この組み合わせは、フランチェスカッティの出した同じ組み合わせのモノラル盤に由来する。

このステレオになって再録音された演奏は、今でも必聴盤と言える。

巨匠フランチェスカッティといっても、最近ではほとんど話題にのぼらないヴァイオリニストだ。

しかし、一聴して分かるように、たちまちその豊かな表情をもった音色に魅惑される。

ハイフェッツのような切れ味爽やかというのではなく、その逆で、包み込んでくれる響きであり、エロティックとでもいうのだろうか、色気のある音色だ。

日本では、あまり高い評価を受けることなく半ば忘れられれたヴァイオリニストであるかもしれないが、こんな美音が出せる人が他にいるだろうか。

かつて美音家といえばグリュミオーであったが、まったくタイプの違う唯一無比の豊麗な音色である。

チャイコフスキーの協奏曲では、目立った表情づけをしていないが、それでもチャイコフスキー節が朗々と歌われている。

その演奏は知的で気品にあふれたもので、チャイコフスキーがこんなにも澄み切った音楽だとは…。

感傷的でオーバーな表現とは次元の異なる美しさが奏でられている。

より注目はメンデルスゾーンの方で、冒頭のあの切々たるメロディーが、実に美しく奏でられている。

厳しすぎず、優しすぎず、情熱もありの癒しもありの、バランスが見事なヴァイオリンにセルの伴奏が相俟って、高潔な美しさに満ち溢れた最高の名演と高く評価したい。

音質は、年代以上に良いが、もちろん最新録音と同じようにはいかず、濁りもややあるが、オケもヴァイオリンもクリアに録られている。

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2014年02月26日


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これは知る人ぞ知る名演の代表格であると言える。

マゼールは、現在では高齢であることもあり、かつてのように聴き手を驚かすような演奏を行うことはすっかりと影を潜めつつあるが、1960年代から1970年代の前半にかけては、当時としては切れ味鋭い先鋭的な解釈を示すことが多かった。

楽曲によっては、いささかやり過ぎの感も否めず、そうした演奏に関してはあざとささえ感じさせるきらいもあったが、ツボにはまった時には、途轍もない超名演を成し遂げることもあった。

1970年代も後半になると、そうしたマゼールの鬼才とも言うべき性格が薄れ、やや面白みのない演奏に終始するようになってしまうのであるが、それでもベルリン・フィルの芸術監督を目指して意欲的な演奏を行っていた1980年代後半には、とてもマゼールとは思えないような円熟の名演を繰り広げる(例えば、ブルックナーの交響曲第7番)など、これまでの事績を考えると、マゼールこそは、やはり現代を代表する大指揮者の一人と言えるのであろう。

本盤に収められたメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲とブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番は、マゼールがいまだ鬼才としての才能を発揮していた1974年に、ロシアの名ヴァイオリニストであるコーガンと組んでスタジオ録音を行ったものである。

当時のマゼールにはおよそ想定し難いような選曲であるが、これが実に素晴らしい演奏なのだ。

聴き手を驚かすような超個性的な演奏の数々を成し遂げていたこの当時のマゼールとは思えないような、徹底して自我を抑えたロマンティックの極みとも言えるような円熟の指揮ぶりであり、マゼールという指揮者がいかに潜在能力の高い指揮者であるのかが窺えるところだ。

おそらく、この演奏を指揮者を伏して聴いた場合、マゼールであると答えられる聴き手は殆どいないのではないだろうか。

両曲ともに美しいメロディ満載の協奏曲であるが、それらの名旋律の数々を、コーガンとともに徹底して歌い抜いているが、それでいて格調の高さを失うことなく、どこをとっても高踏的な美を失うことがない。

まさに、両曲演奏の理想像の具現化とも言えるところだ。

コーガンのヴァイオリン演奏も、鉄壁のテクニックをベースにしつつ、内容の豊かさを失うことがない申し分のないものであり、マゼールの円熟の指揮ぶりと相俟って、珠玉の名演奏と評しても過言ではあるまい。

いずれにしても、本演奏は、両曲の理想的な名演として高く評価したいと考える。

そして、今般、かかる名演がBlu-spec-CD化がなされたということは、本演奏の価値を再認識させるという意味においても大きな意義がある。

いずれにしても、コーガン、そしてマゼール&ベルリン放送交響楽団による素晴らしい名演をBlu-spec-CDで味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2014年02月17日


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フランツ・コンヴィチュニー晩年の録音で、「スコットランド」はコンヴィチュニー(1962年7月没)とライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団による最後の演奏記録のひとつ。

数ある「スコットランド」の中でも古いマニアには知られた渋い名演。

隠れた名演のひとつであり、その演奏はひたすらに骨太でスケールが大きく造形美に溢れ格調が高い。

遅めのテンポ設定をとり、構築的にも隙がなく、響きの密度が高い。

指揮者の腰の座った情念と楽曲の様式美が微妙に織り重なった演奏で、最後まで飽きさせない。

冒頭や第3楽章の古色蒼然とした渋い響きには滅多に聴けない風格があり、楽曲の真髄を極めている。

虚飾の全くない噛んで含めるような実直そのものの演奏は、効果ばかり狙う音楽家からは得られない熟成された味わいがある。

そして、この指揮者としては、珍しく豊麗に歌う演奏である。

持ち前の丹念さがあるのは言うまでもないが、それがまた悠揚と歌う表情をつくるのに一役買っていると言える。

こうした演奏を聴くと、この指揮者の本質はロマン的であったと言うことができる。

さすがにメンデルスゾーンにゆかりのあるゲヴァントハウス管だけのことがあると思わせる味わいの深さがある。

特に弦楽の陰影のある響きと艶は幻想的な雰囲気を醸し出し、スコットランドの自然、厳しさを見事に表現している。

このコンビの録音としては、「ブル5」と双璧を成す名演と高く評価したい。

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ドイツ音楽の王道をゆく名指揮者、クルト・マズアは30年近くにわたりライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の楽長を務めた。

そしてメンデルスゾーンもまた、シュターツカペレ・ドレスデンに次ぐ歴史を持つこのオーケストラの指揮者であった。

メンデルスゾーンは交響曲第3番「スコットランド」を自身の指揮で初演した。

このCDはメンデルスゾーンゆかりの古豪オーケストラによるなかなかの好演で、メンデルスゾーンの伝統を継承する彼らのこの録音はまさにこの2曲のスタンダードといえる正統的で理想的な演奏を聴かせてくれる。

2曲ともきめが細かく潤いのある演奏で、「スコットランド」の第1楽章などには、そうしたことが特によく表れている。

第2楽章はさらに機敏な感覚が欲しいが、第3楽章はさわやかさに堂々とした力感が加わって充実した音楽となっている。

終楽章も密度が高い。

「イタリア」は実に生気溢れる演奏で、くっきりとした造形感をもった骨太の名演。

全体によく歌い、流れる表現で、マズアのスケールの大きさを感じさせる。

清楚でさっぱりした、だが乾いていない音色、軽やかに歌う節まわし、歯切れのよいリズム、とりわけ清冽なヴァイオリン・パートにはうっとりさせられる。

ゲヴァントハウス管の伝統の渋くコクのある響きが、四半世紀にわたるこのオーケストラの常任指揮者を務めたマズアの無骨とも言える重厚な表現とマッチして、これしかないという絶妙さを示しているのは事実である。

マズア嫌いな人も多くいるだろうし、筆者もまたそうなのだが、これは唯一お薦めできるマズアの演奏である。

筆者としても、マズアでは唯一といってよいお気に入りのCDである。

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2014年02月16日


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メンデルスゾーンの2大名曲をメンデルスゾーンを得意とした2人の名匠の録音でカップリングした好企画CD。

先ずは、エレガントで温かい演奏で聴衆を魅了した名匠マークが、結びつきの強かった都響と残した、メンデルスゾーンの劇音楽「真夏の夜の夢」。

同曲については、クレンペラー&フィルハーモニア管、プレヴィン&ウィーン・フィルと、このマーク&都響がベスト3であると考えているが、クレンペラーは深沈とした巨匠風の至芸、プレヴィンはウィーン・フィルの美しさを前面に打ち出した演奏であるのに対して、本盤は、指揮者の解釈とオーケストラの演奏のバランスが最もとれた安定感のある自然体の演奏が持ち味ではないかと思う。

マークは決して個性溢れる指揮者とは思わないが、ツボにはまった時は、安定感のある美しい名演を成し遂げる。

その数少ない作曲家の一人が本盤のメンデルスゾーンだと思う。

序曲の冒頭から、今まで聴いたことのないチャーミングでドリーミングなイントネーションに魅了される。

終曲における最後の部分のオーケストラによる清澄を極めたような抜けるような美しさはいったい何に例えればよいのだろう。

これは同曲の録音史上もっとも美しい演奏のひとつではないかと思う。

都響もベストの演奏をここでは展開しており、マークとの相性の良さがこの演奏にはっきりと表れている。

マズアの「イタリア」は、LP時代から有名な名盤で、教会の豊かな残響の中で、しっとりとしたゲヴァントハウス管の響きがみずみずしく響く。

マズアらしく特に作為的なことは何もしていないのだが、意外な程の好演で、予想以上に軽快で楽しい響きと歌の自然さに酔わされる。

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2013年11月13日


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アバドの指揮する独墺系の作曲家による楽曲については、そのすべてが名演とされているわけではないが、その中で、メンデルスゾーンについては、既に録音された演奏のすべてが名演との評価を得ている数少ない作曲家である。

本盤には、アバドが1980年代にロンドン交響楽団とともに録音(1984、1985年)したメンデルスゾーンの交響曲全集・序曲集からの抜粋である。

交響曲第3番「スコットランド」と第4番「イタリア」、そして序曲「フィンガルの洞窟」が収められている。

アバドは、本演奏の約20年前の1967年にも、ロンドン交響楽団とともに交響曲第3番及び第4番を録音(英デッカ)しており、それも当時気鋭の指揮者として人気上昇中であった若きアバドによる快演であったが、本演奏の方が円熟味など様々な点からしてもより素晴らしい名演と言えるだろう。

また、アバドは1995年にも、ベルリン・フィルとともに交響曲第4番をライヴ録音(ソニークラシカル)しており、それは実演ならではの熱気溢れる豪演に仕上がっていることから、第4番に限っては、1995年盤の方をより上位に置きたい。

それはさておき本演奏についてであるが、本演奏の当時のアバドは最も輝いていた時期である。

ベルリン・フィルの芸術監督就任後は、借りてきた猫のように大人しい演奏に終始するアバドではあるが、この時期(1970年代後半から1980年代にかけて)に、ロンドン交響楽団やシカゴ交響楽団、そしてウィーン・フィルなどと行った演奏には、音楽をひたすら前に進めていこうとする強靭な気迫と圧倒的な生命力、そして持ち前の豊かな歌謡性が融合した比類のない名演が数多く存在していた。

本盤の演奏においてもそれは健在であり、どこをとっても畳み掛けていくような気迫と力強い生命力に満ち溢れているとともに、メンデルスゾーン一流の美しい旋律の数々を徹底して情感豊かに歌い抜いていて、その瑞々しいまでの美しさには抗し難い魅力に満ち溢れている。

重厚さにはいささか欠けているきらいがないわけではないが、これだけ楽曲の美しさを堪能させてくれれば文句は言えまい。

併録の序曲「フィンガルの洞窟」も、交響曲と同様のアプローチによる美しさの極みとも言うべき演奏に仕上がっている。

いずれにしても、本盤の演奏は、アバドが指揮した独墺系の音楽の演奏の中では最高峰の一つに位置づけられる素晴らしい名演と高く評価したい。

音質は従来CD盤でも十分に満足できる高音質であったが、今般のSHM−CD化によって、音質がより鮮明になるとともに、音場が幅広くなったように思われる。

いずれにしても、アバドによる素晴らしい名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2013年11月12日


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本盤は、トスカニーニの類稀なる指揮芸術の至芸を味わうことができる1枚である。

トスカニーニはメンデルスゾーンを敬愛しており、様々な作品の録音を残しているが、「スコットランド」交響曲の録音は1つしかないということで、貴重な遺産である。

そして演奏は聴き手の期待を裏切らない素晴らしい名演であると高く評価したい。

メンデルスゾーンの「スコットランド」は1941年4月5日の古い録音であるが、TESTAMENTの音源はなかなか良い状態で、充分観賞に耐え得るものだ。

全体として、トスカニーニならではの速めのインテンポで進められており、メンデルスゾーンのロマンティックな面にはやや乏しいが、この曲の古典的な色合いを強く押し出した演奏としては傑出している。

第1楽章からトスカニーニならではの濃厚なカンタービレが随所に現れ、徹底的に鍛え抜かれたNBC交響楽団の名人芸も卓越している。

第2楽章は特に後半のダイナミックな盛り上がり方は圧巻であり、相変わらずオーケストラの合奏の充実度も高い。

続く第3楽章はしっとりと、かつ溺れ過ぎない感触の歌い方が見事で、フィナーレは速いテンポでありながら、アンサンブルが整理され、荒々しさよりも古典的な音楽らしい格調と気品が優っているのは注目される。

1945年11月4日に演奏された「フィンガルの洞窟」序曲も大変素晴らしい演奏で、引き締まった推進力のあるアンサンブルは圧巻だ。

シューマンの「第2」は、1887年にトスカニーニが初めてとりあげたシューマン作品でもあり、トスカニーニにとって大変特別な作品であった。

しかし、シューマンはトスカニーニにとって最も縁遠い作曲家ではないだろうか。

詩人の夢想は何処を探してもないが、1941年3月29日に演奏された第2交響曲は熱い気魄が漲った筋肉質の音楽で、己の感性を信じた潔い名演と言える。

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2013年10月26日


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本盤には、クレンペラー&フィルハーモニア管弦楽団によるメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」と序曲「フィンガルの洞窟」が収められている。

このカップリングはLP時代のもの(CD時代になってからは、交響曲第3番「スコットランド」と交響曲第4番「イタリア」との組み合わせとなった)であり、その意味では極めて懐かしく感じられるところだ。

「スコットランド」の名演は、これだけの名曲にしては意外にも少ないと言えるのではないだろうか。

独墺系の作曲家による交響曲については、相当の点数の名演が存在するのが通例であるが、「スコットランド」については、本盤に収められたクレンペラーによる演奏がダントツの超名演であり、他はマーク&ロンドン交響楽団による演奏(1957年)やカラヤン&ベルリン・フィルによる演奏(1971年)、アバド&ロンドン交響楽団による演奏(1984年)が掲げられる程度。

シューマンの交響曲全集で素晴らしい名演を成し遂げたバーンスタインによるイスラエル・フィルとの演奏(1979年)も、決して凡庸な演奏とは言えないものの、今一つ魅力に乏しい演奏にとどまっている。

それにしても、本盤のクレンペラーによる演奏は、録音から既に50年以上が経過しているにもかかわらず、今なお同曲最高の超名演の座に君臨しているというのは、殆ど驚異的ですらある。

悠揚迫らぬテンポによる演奏であり、その古武士のような風格と、奥行きのある深沈たる味わいには、抗し難い魅力に満ち溢れている。

第2楽章のゆったりとしたテンポによる味の濃い音楽は、他の指揮者によるどの演奏よりも図抜けた芸術性を発揮していると言っても過言ではあるまい。

終楽章の終結部において、クレンペラーは、後年のバイエルン放送交響楽団との演奏(1966年)で、冒頭部の主題に改編して演奏しているが、本盤の雄渾にしてスケール雄大な名演を聴いていると、原作に忠実な本演奏の方がより優れているのではないかと感じられてくる。

序曲「フィンガルの洞窟」も、「スコットランド」と同様に、その雄渾なスケール感に圧倒される。

ゆったりとしたインテンポによる演奏で、特に、何か特別な解釈を施しているわけではないが、その深沈たる内容の濃さは、他のいかなる名演をも凌駕する至高のレベルに達していると高く評価したい。

音質は、1960年のスタジオ録音であり、従来CD盤では今一つ冴えない音質であったが、数年前に発売されたHQCD盤は、若干ではあるが音質が鮮明になるとともに、音場が幅広くなった。

しかしながら、今般、ついに待望のSACD化が行われることによって、そもそも次元が異なる見違えるような鮮明な音質に生まれ変わった。

音質の鮮明さ、音場の幅広さ、そして音圧のいずれをとっても一級品の仕上がりであり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、クレンペラーによる至高の超名演を、SACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2013年07月27日


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2003年の録音で、チャイコフスキーと珍しいメンデルスゾーンのピアノ協奏曲どちらも第1番。

ラン・ランはいつもながら思い入れたっぷりの濃厚な演奏を繰り広げており、そうした芸風には、チャイコフスキーの方がより適していると言えるだろう。

テンポの揺れはなかなか激しいものがあるが、チャイコフスキーだけに、それも許容範囲。

決して、違和感はなく、バレンボイムも、そうしたラン・ランの個性的なピアノを好サポートしていると言えよう。

メンデルスゾーンでは、こうしたラン・ランのアプローチは表情過多のきらいがあるが、それでも、平凡なピアニストが弾くと蒸留水のような印象を与えてしまうメンデルスゾーンのピアノ協奏曲に、こくを与えている点は評価をしてもいいのではなかろうか。

このピアノの入った交響曲風作品をラン・ランは卓越した技術でもって展開、バレンボイム&シカゴ響もしっかりサポートしている。

しかし、両曲を聴き通して、感動とか、強いインパクトを与えてくれるかというと、イマイチ何かが足りない気がする。

もう一つ面白さといった点では数々の名演があるだけにもう一押しということかと思う。

特に、チャイコフスキーには、海千山千の超名演が目白押しということもあるのだろう。

そうした名演とは違った独特の個性という点では、いささか弱い面があるのではないかと思う。

SHM-CDの音質が素晴らしいだけに、少々惜しい気がする。

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2013年05月08日


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ルーペルト・シェトレ著の「舞台裏の神々」には、明らかにガーディナーのことを指摘しているとわかるような記述がある。

それによると、ウィーン・フィルはガーディナーのことを「イギリス系のひどくいけ好かない」指揮者と考えていたようで、シューベルトの交響曲第9番「ザ・グレート」のリハーサルの際にもひどく巧妙な復讐を企てたらしい。

ガーディナー自身もテンポ感覚が全くなかったようで、本盤の交響曲第4番の録音の際には400箇所にも及ぶ継ぎはぎが必要であったとのことである。

これによって、ガーディナーはDGからレコード録音の契約解除を言い渡されたということらしい。

したがって、本盤に収められた演奏についても、事後にかなりの編集が行われたと言えるが、その上で仕上がった演奏(作品)としては、素晴らしい名演と高く評価したいと考える(ルーペルト・シェトレの指摘のように、編集技術の絶大な威力のおかげと言えるのかもしれない)。

少なくとも、本演奏を聴く限りにおいては、ガーディナーとウィーン・フィルの緊張した関係を感じさせるものは何もないと言える。

本演奏で素晴らしいのは、何よりもウィーン・フィルの奏でる音の美しさと言うことであろう。

メンデルスゾーンの交響曲第4番及び第5番の他の指揮者による名演について鑑みれば、トスカニーニ&NBC交響楽団による超名演(1954年)を筆頭として、ミュンシュ&ボストン交響楽団による名演(1957〜1958年)、カラヤン&ベルリン・フィルによる名演(1971年)、第4番だけに限るとアバド&ベルリン・フィルによる名演(1995年)などが掲げられる。

したがって、ウィーン・フィルを起用した名演は皆無と言えるところであり、その意味でもウィーン・フィルによる両曲の演奏は大変に貴重ということができるのではないだろうか。

ガーディナーには大変申し訳ないが、本演奏にはバロック音楽における個性的な指揮で素晴らしい名演の数々を成し遂げている常々のガーディナーは存在していない。

むしろ、ウィーン・フィルがCDとして演奏を商品化するに当たって、「イギリス系のひどくいけ好かない」指揮者を黙殺して、自分たちだけでもこれだけの美しい演奏ができるのだというのを、自らのプライドをかけて誇示しているようにさえ思われるのだ。

もっとも、我々聴き手は演奏に感動できればそれでいいのであり、これだけ両曲の魅力、そして美しさを堪能させてくれれば文句は言えまい。

なお、本盤には、メンデルスゾーン自身が後年に第2〜4楽章に施した交響曲第4番の改訂版が収められており、世界初録音という意味でも貴重な存在である。

これは、いかにもバロック音楽などにおいても原典を重んじるガーディナーの面目躍如とも言える立派な事績であると考える。

録音は従来盤でも十分に満足できる高音質ではあったが、今般のSHM−CD化によって音質はより鮮明になるとともに、音場が広くなったように思われる。

ウィーン・フィルによる希少な両曲の美しい名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2013年04月02日


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『スコットランド』が1975年、『イタリア』が1976年、『宗教改革』が1979年の録音。

この3曲を組み合わせたCDとしては、ムーティ指揮ニュー・フィルハーモニア管が、素晴らしい名演を聴かせる。

ムーティの30代の演奏だけに、3曲ともきわめて若々しく、それがメンデルスゾーンの初期ロマン派作風にふさわしい。

ムーティ若き日のメンデルスゾーンはどれも素晴らしい演奏で、特に『スコットランド』での伸びやかでひたすら美しいカンタービレは他に例の無い見事なものとして印象的。

『イタリア』での歌いぶりは、さすがイタリア人らしい明るさと弾みがあるし、『スコットランド』も旋律を存分に歌わせた、スケール感のある立派な表現。

しかしやはり最も注目されるのは、初CD化となる『宗教改革』であろうか。

この敬虔な旋律美にあふれた名作からも、ムーティの指揮はみずみずしいソノリティを引き出していて言うことがない名演で、コレクションに加える魅力は充分と言える。

だがよく聴いてみると、『スコットランド』は構築力に疑問があり、音構造の再現も軽やかに過ぎていて物足りない。

その点では『イタリア』の方が無難だし、急速なテンポで躍動する終楽章も鮮烈だが、2曲を通して聴いてみると、ムーティの新鮮さは弱点の多い『スコットランド』の方に強く感じられる。

音楽芸術とは不思議なものである。

録音当時、低迷期だったと言われるニュー・フィルハーモニア管弦楽団もここでは優れたパフォーマンスを示していると言えよう。

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2013年03月25日


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かつて従来CDで聴いた時は、いい演奏とは思ったものの、さほどの感銘を受けなかったところであるが、今般のHybrid SACD盤の鮮明な音質を聴いて驚いた。

今般の高音質化によって、筆者も、この演奏の素晴らしさを再認識したところである。

メンデルスゾーンの「第4」&「第5」のCDとしては、かのトスカニーニの歴史的な超名演があるが、この超名演に肉薄する名演と評価してもいいのではないかとさえ考える。

熱狂と興奮が渦巻く「第4」、荘厳なまでに美しい「第5」、トスカニーニのモノラル盤と双璧をなす、ミュンシュの快演だ。

とにかく、演奏全体に漲っている熱気が素晴らしい。

ミュンシュは、特に、ライヴ録音において、とてつもない生命力を発散する豪演を成し遂げる指揮者であったが、スタジオ録音でも、調子に乗った時は、ライヴ録音なみの爆演を披露することがある。

有名な例が、最晩年のパリ管弦楽団との幻想交響曲やブラームスの「第1」であるが、本盤も、それに近いものがある。

その力強い生命力は、かのトスカニーニの名演にも匹敵するものがあると言える。

さすがに、トスカニーニ一流の極上のカンタービレは散見されないが、その分、ここには、ストラスブール出身で、ドイツ音楽を得意とした巨匠ならではの重厚さがあると言える。

特に、「第5」は、その楽曲の性格から、トスカニーニの名演を凌駕する出来と言えるかもしれない。

ボストン交響楽団も、後年の小澤時代が信じられないような、重量感溢れるドイツ風の音を出しているのが素晴らしい。

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2013年03月16日


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「情熱のヴァイオリン」ナージャの魅力が輝く記念すべきデビュー盤。

ナージャならではの思い入れたっぷりの情感溢れる超個性的な名演だ。

メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、いわゆる4大ヴァイオリン協奏曲の中で、厳しい造型美よりも、旋律の美しさが売りの作品であるが、ナージャは、こうした美しい旋律の数々を、これ以上は求め得ないような情感を込めて、歌い上げている。

身振りが大きく濃厚な表情づけや、陶酔的でストレートな感情表出で、普通に弾いても十分ロマンティックな協奏曲が一層濃密なロマンティシズムに彩られている。

特に、第2楽章など、誰よりもテンポを落とすとともに、ゲネラルパウゼなども駆使して、美しい旋律を徹底的に歌い抜いている。

その超個性的なアプローチに、抵抗感を持つ聴き手も多いとは思うが、これほどまでに感動させてくれるのであれば、文句は言えまい。

併録の他の収録曲も強烈なアピールを持った演奏で、「ハバネラ」や、「序奏とロンド・カプリチオーソ」も、ゆったりとしたテンポによる情感溢れる名演であるが、それ以上に凄いのが、「タイスの瞑想曲」。

その常識外れのテンポのあまりの遅さに、本来は辟易するはずであるが、ナージャの場合には、そのようなことはいささかもなく、何と言う美しい音楽なのかと感心させられることしきりだ。

同曲には、カラヤン&ベルリン・フィル(ソロは、シュヴァルべ)という極上の美を備えた超名演があるが、情感の豊かさという点だけを考えると、ナージャ盤に軍配を上げる聴き手も少なくはあるまい。

HQCD化によって、音質が向上し、鮮度が上がったのも、本盤の価値を高めるのに大きく貢献している。

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2013年01月25日


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メンデルスゾーンの「無言歌集」は、親しみやすい旋律に満ち溢れたロマン派を代表するピアノによる小品集である。

これに比肩できるには、グリーグの「抒情小曲集」であると考えるが、メンデルスゾーンの「無言歌集」にせよ、グリーグの「抒情小曲集」であるにせよ、いずれもあまり名演に恵まれているとは言えないという点においては不思議と共通しているものがある。

そもそも、両者ともに全曲を録音したアルバムというのがほとんどないというのも、作品の質を考えると、実に不思議。

クラシック音楽界の七不思議のひとつとも言えるだろう。

そのような中で、「無言歌集」に、抜粋ではあるが、田部京子による名演アルバムが存在するのは、何という幸せであろうか。

メンデルスゾーンの瑞々しい抒情をあますところなく表現したとして各方面で絶賛され、田部京子の名声を一気に高めることになった「無言歌集」。

田部京子のピアニズムの原点ともいうべき静謐な抒情がアルバム全体を貫いている。

田部京子は、特色ある各曲を女流ピアニストならではの繊細さで、巧みに描き分けていく。

しかも、このような曲を甘美に演奏すると、一種のムード音楽に陥ってしまう危険性もあるが、田部京子の場合はそのような心配は御無用。

高踏的な芸術性を決して失うことがなく、しかも、技巧面や力強さにおいてもいささかの不足はない。

本盤については、これまで高音質化されたCDは発売されていなかったが、今回のBlu-spec-CD盤の登場によって、実に鮮明な音質に生まれ変わった。

田部京子の力強くも繊細なタッチを鮮明な音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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2012年11月16日


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1971年にベルリン、イエス・キリスト教会で録音された、カラヤン&ベルリン・フィルによる情景描写豊かなメンデルスゾーン。

「フィンガルの洞窟」は、カラヤンの生誕100年を記念して、SHM−CD化された全集にも収録されていなかったので、本盤はその意味でも貴重であるが、聴かせどころのツボを心得たカラヤンの演出巧者ぶりを窺い知ることができる名演だ。

メンデルスゾーンならではの透明感溢れるみずみずしいオーケストレーションを、これ以上は望めないほどの美麗さで歌い抜いていく。

「スコットランド」は、某評論家による批評によって不当に貶められている演奏であるが、確かに、筆者としても、クレンペラー盤を名演と評価するのに躊躇はしないが、それに匹敵する名演として、カラヤン盤も高く評価したい。

冒頭の序奏部は、クレンペラーに負けないくらいの深沈たる抒情に満ち満ちているし、主部に入ってからの心湧きたつ旋律の歌わせ方も絶妙だ。

第2楽章は確かに快速のテンポ設定であるが、それはクレンペラーと比較してのこと。

他の演奏と同様の速めのテンポで曲想を巧みに描いていく。

第3楽章はすばらしい音のドラマ。

ゆったりとしたテンポによる堂々たる重量感溢れる歩みは、実に感動的だ。

終楽章のラストでの壮大な盛り上がりも、この名演を締めくくるのに相応しい迫力だ。

「イタリア」は、決して急ぎすぎない中庸のテンポで、カラヤンならではの優雅なレガートを駆使した気品ある名演に仕上がっている。

ルビジウムカッティングによって、これらの名演をより鮮明に味わうことが出来るようになったことを喜びたい。

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2012年11月15日


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最近のムターの録音・録画物としては出色のものである。

ムターは、1980年にカラヤン&ベルリン・フィルとメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を録音しているので、本盤は約30年ぶりの録音ということになる。

演奏は、約30年前の旧録音が、終始カラヤンのペースで演奏されたというイメージがあったが、本盤は、ムターの個性が全開の円熟の名演であると評価したい。

有り余る演奏の中、あらためてこのポピュラーな曲にビロードのような色と艶を吹き込んだ演奏である。

ムターならではの大らかさの中にも、繊細な抒情に満ち溢れている。

バックは、マズア&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団。

マズアの指揮は、ベートーヴェンや特にブラームスの協奏曲では、いかにも薄味の伴奏と言った趣きであった(オケはニューヨーク・フィルであったが)が、本盤では、楽曲がメンデルスゾーンの協奏曲だけに、そのような問題点はいささかも感じられなかった。

まさに、ムターとマズアの楽曲への思いが通じ合った会心の名演と言っても過言ではなく、更に、メンデルスゾーンゆかりのライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のいぶし銀の音色が、演奏に重厚さを添えることになっている点を忘れてはならないだろう。

室内楽も今まで意識して聴いたことがなかったが、素晴らしい曲でこれを世に広めたムターとプレヴィンに敬意を表する。

ピアノ三重奏曲やヴァイオリン・ソナタは、プレヴィンやハレルとともに、実に息の合った名演奏を繰り広げており、特に、ピアノ三重奏曲の終楽章の地響きがするような重厚なド迫力には、完全にノックアウトされてしまった。

ボーナストラックの「春の歌」は、ムター&プレヴィンの仲睦まじさに思わず微笑んでしまうような名演奏であり、名演揃いの本盤の締めくくりに相応しい温かみを湛えている。

なぜか誤解する人もいるが、ムターは現代最高のヴァイオリニストの一人であることには間違いはない。

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2012年09月12日


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2005年9月2日、ライプツィヒ、新ゲヴァントハウスでのライヴ録音。

このディスクに収録されたメンデルスゾーンはいずれもオリジナル・エディションを採用という非常に興味深い演奏内容。

固めに引き締まったトランペットのサウンドが印象的な『真夏の夜の夢』序曲も聴きものだが、何といっても注目は交響曲と言える。

第1楽章冒頭の格調高い金管に、どっしりと腰を落とした弦の旋律、ハーモニーは絶品で、続く第2楽章では特に管楽器のコラールが極上の響きを醸し出す。

第2部となる第4楽章以降のカンタータにおける荘厳で、柔軟性にも富んだ合唱は何とも魅力的で、ここにおける至福の響きは録音の少ないこの第2番における新たな名盤の誕生を印象付けている。

メンデルスゾーンの「第2」は傑作であるにもかかわらず、独唱や合唱が入ることや、1時間近くも演奏に要することもあって、録音点数がきわめて少ない楽曲である。

そのような中で、シャイーが、本盤で2度目の録音を行ったというのは、メンデルスゾーンへの深い愛着と、知る人ぞ知る傑作への理解を示す証左と言うべきであろう。

前回の録音と異なるのは、初版を用いたことであるが、メンデルスゾーンにゆかりの深いライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマスターに就任後の初のコンサート・ライヴということもあり、作曲者への深い愛着をべースとした、熱気に満ち溢れた渾身の名演に仕上がっている。

シャイーならではのカンタービレの美しさ,鋭敏なリズム感を背景とした熱狂的な興奮があり、いかにも現代的でシャープな感覚で貫かれた演奏だと思う。

特に終曲で改訂版と違い、悲劇性が次第に強まる中でも力強く、最終的に輝かしく終わるこの演奏は聴く者に豊かな感銘を与えてくれるだろう。

独唱陣や合唱も見事な出来であり、本名演に華を添える結果になっている。

カップリングの「真夏の夜の夢」序曲も、初版を用いることで、シャイーのメンデルスゾーンへの並々ならぬ愛着を感じるが、演奏も、繊細さと力強さを兼ね備えた名演に仕上がっている。

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2012年09月06日


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2009年1月22日-23日 ライプツィヒ、ゲヴァントハウスでのデジタル(ライヴ)録音。

2009年はメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1947)の生誕200年であり、いくつかの企画モノが発売されたが、中でもこれは注目盤。

メンデルスゾーンのオーケストラ作品は交響曲第5番「宗教改革」を除けば全てに異稿の存在が有り、愛好家の悩みの種になっている。

メンデルスゾーンは優美で、哀愁に満ち溢れた美しいメロディを生み出す作曲家であるというのが定評であるが、本盤はそうした印象を覆すのに十分な一枚だ。

それは、「スコットランド」のロンドン稿の使用などに見られるように、できるだけ初稿を選択したことにあると思われる。

「スコットランド」は、特に第1楽章や第4楽章など、相当に荒削りな箇所が散見されるが、シャイーは、それをオブラートに包んだりすることなく、あくまでも正攻法のアプローチを行うことによって、メンデルスゾーンの初稿に如実に表れていた荒ぶる感情の高まりや激しさをダイレクトに聴き手に伝えてくれる。

したがって、ライヴならではの熱気と相まって、やや音に濁りが見られるなど、いささかやり過ぎが懸念されるきらいがないとは言えないが、全体としては、メンデルスゾーンをこよなく愛したシャイーならではの佳演と評価することができよう。

「ヘブリディーズ諸島」も、ローマ稿を採用するなど、「スコットランド」と同様の性格の佳演だ。

他にも、ピアノ協奏曲第3番など、知られざる曲が併録されており、本盤の価値をより一層高めることに貢献している。

ライプツィヒに移ってからのシャイーの仕事にはレコード会社の思惑と指揮者の趣味が一致しているのか、演奏・録音ともに優秀なディスクが次々と発売されている。

メンデルスゾーンの作品には異稿が多く、改訂版が必ずしも「改正」になってはいない処に特徴があるので、それを理解した上でこのCDを購入されれば、この盤の価値がどれほど貴重であるかがお分かり頂けると思う。

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2011年09月26日


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《真夏の夜の夢〉は語り入りのアバドやアーノンクール、ピリオド楽器によるブリュッヘンなど、すぐれた演奏は多いが、プレヴィン盤はこの幻想的な劇音楽の魅力を明快に表現している。

プレヴィンのうまさは、どのオーケストラを指揮してもそれぞれの持ち味を生かしながら作品の本質を見事に表現できることにあり、このウィーン・フィルとの《真夏の夜の夢》もプレヴィンのそうした特徴がよくうかがえる演奏のひとつである。

プレヴィンは、艶やかなオーケストラの響きを存分に生かしながら、舞台の動きを彷彿とさせる、描写のうまい演奏を行っている。

プレヴィンは1976年にもロンドン交響楽団と《真夏の夜の夢》序曲と劇音楽全12曲を録音(EMI)しており、それもとてもすぐれた演奏だったが、このウィーン・フィルとの録音では、第4、6、8曲の3曲が省略されているとはいえ、プレヴィンはメンデルスゾーン特有の爽やかなロマンティシズムを瑞々しい響きで鮮明に表現している。

この2度目の録音では、とくにウィーン・フィルの陰影豊かな柔らかな響きの美しさが際立っていて、冒頭の序曲からプレヴィンの安定したテンポと軽快なリズム感は見事で、弦楽器のこまやかな動きと木管の調和した響きにより、聴き手を幻想的な世界に誘う。

軽やかな明るさにあふれたプレヴィン&ウィーン・フィルは、序曲の第1主題、ささやくような弦にまとわりつくピチカートの動きのいたずらっぽい無邪気さに、まず惹きつけられる。

そして細部まで透けた小さな振幅で、よく音の摘まれた妖精的な小世界を導き出している。

落ちついたテンポで妖精を描く〈スケルツォ〉、牧歌的なホルンの響きではじまる〈夜想曲〉の夢幻的な美しさと華麗な〈結婚行進曲〉、また〈間奏曲〉やコミカルな〈道化師たちの踊り〉などのさまざまな情景と雰囲気を描写も実に巧みであり、若い歌手を起用した独唱も成功している。

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2011年04月12日


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グイド・カンテッリという指揮者をご存じの方は、いったいどのくらいいるのだろうか。

1920年にイタリアで生まれ、弱冠23歳でノヴァラ歌劇場の芸術監督に就任するも、軍隊に召集、そして脱走。

戦後復帰し、1948年にスカラ座のリハーサル中にトスカニーニに認められたのを契機に、アメリカ・欧州各地で活躍するようになった。

しかし1956年に、飛行機事故で36歳の人生を閉じてしまう。

実質的に十余年の活動期間にもかかわらず、精力的に録音に取り組んだため、すばらしい演奏が数多く残されている。

さらに最近テスタメント他により、復刻CDのみならず未発表録音のCD化が進められており、嬉しいかぎりである。

そのなかでこのメンデルスゾーンの「イタリア」は、一聴の価値がある。

フィルハーモニアとは1951年と1955年に録音しているが、後者のほうが弦・管のバランスも良く、完成度も高い。

艶やかで伸びのある弦、細かい動きを正確に刻む木管、第3楽章のトリオではまったくブレスを感じさせないデニス・ブレインのホルン。

これらの名手を率いながら、イタリア人らしい明るさと、礼拝堂の前に佇んでいるような威厳をもった演奏となっている。

さらにこのCDがお薦めな点は、カップリングされているベートーヴェンの交響曲第5番。

第1楽章が不慮の事故で収録されず、第2〜4楽章のみがステレオで収められている。

これがすばらしく、第1楽章を想像する楽しみがもうひとつあるのである。

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2010年12月04日


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吉永小百合のナレーション付き。その台本は松本隆。小澤征爾のこの曲の初録音。言わば日本向けのレコーディングである。

全曲を一応はカヴァーしているが小さな省略も少なくない。

小澤征爾の指揮は、繊細にして緻密、しかもインスピレーションあふれる音の輝きがあり、およそ解釈といったものを超越した心ときめかせる世界がつくり出されている。

小澤は冒頭の序曲からずいぶんとシンフォニックにボストン交響楽団を鳴らし堂々と曲を進めるが、その中にも繊細な色彩感を漂わせたみずみずしい空気感もある。

小澤征爾が小澤のメンデルスゾーンを演奏しているのだが、それがドイツ・ロマン主義音楽に対するこの指揮者の解釈が引き出したものということで聴くと、そこには日本人の耳に心地よい、舌触りの良い甘美さを味わうことができる。

ビロードにも似たボストン交響楽団の深いサウンドも素晴らしく、しばし幻想の夢に酔う思いだ。

そして何よりもこの全曲盤の最大の魅力は、ナレーションに女優の吉永小百合が起用されていることに尽きるであろう。

彼女のナレーションは、時に音楽以上に美しく、また豊かな表現力で、幻想の物語へと聴き手を招き入れる。

作家松本隆による日本語の台本も、表現としてとても自然であり、垣根を感じることなく作品の世界に遊ばせてくれる。

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2010年10月09日


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一部の曲を除いて技巧的に難しくないため、アマチュアによっても愛奏され続けている「無言歌」であるが、多彩な内容を的確に表現するためには、玄人の芸が必要であることも確かである。

現在入手できる「無言歌集」全曲盤はいくつかあるが、一般に名演盤として推せるのは、ダニエル・バレンボイムがかつて録音したLP盤のCD復刻であろう。

ロマン主義者のバレンボイムが若き日に残した個性あふれる名演である。

30余年前の録音だが、音の古さはなく、30歳を出たばかりだったバレンボイムも、すでに充分成熟した、精度の高い演奏ぶりを聴かせている。

もともと豊かな情感を秘めたロマン主義者の側面をもつバレンボイムは、ここでもメンデルスゾーンの優しく甘美な歌を、ふさわしく歌わせている。

若い時分から"自分の歌"を聴かせねば気の済まぬタイプの演奏家であったから、ときには多少、癖が強いかな?と思わせるが、さすがに分は心得ており、身勝手に流れることはない。

曲それぞれをくっきりと彫り上げ、曖昧さを残すところがないのも、名指揮者らしい。

若さゆえか、やや抒情的な深さには欠けるが、きわめて洗練されたタッチで、やわらかなニュアンスを表出している。

多忙の彼に、この曲集の再録音は望めず、当分これがベストであろう。

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2010年07月13日


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アバドが1984年に取り組んだ全集で、5曲の交響曲のほか、序曲《フィンガルの洞窟》など7つの管弦楽曲が、4枚のディスクに収められている。

演奏は、アバドの成熟ぶりと円熟した棒さばきが冴え、全体にすっきりとまとまっており、ことに弦楽器の美しさは筆舌につくし難い。

交響曲はことごとく秀演で、「讃歌」の声楽部には若干の物足りなさもあるが、管弦楽の雄弁な表現力のため、さしたる不満を感じさせない。

何よりも感覚的なみずみずしさと溌剌とした生命力の放射が、5曲を実に魅力的なものとしている。

「スコットランド」はアバドにとって2度目の録音で、前回の録音は、フレッシュでみずみずしい表現だったが、ここでは、楽曲のもつ構成的な美しさを、より明瞭にうちだしながら、表情豊かな演奏を行っている。

端正な造形で一貫しているが、その中にアバドのみずみずしい感性が息づいており、しなやかな旋律と溌剌としたリズムが実に純粋で新鮮な音楽美をつくりだしている。

「イタリア」はアバドのイタリア的資質とイタリア人的な趣味が、いかんなく発揮された演奏で、流麗な旋律をしなやかに歌わせながら、明るく朗らかな表現を行っている。

しかも解放感と作品の古典主義的な様式が少しの違和感もなく共存している。

アバドとロンドン響との数あるディスクの中でも傑出した出来だ。

「宗教改革」はアバドのしなやかで、やわらかな息づかいが伝わってくるような演奏で、スケールも一段と大きくなっている。

ロンドン響のきめの細やかな弦楽器群の響きも絶妙である。

管弦楽曲も優れた演奏で、アバドの自己主張が素直に示されている。

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2010年06月17日


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メンデルスゾーンの無言歌については、収録曲数の充実した現役盤がさほど多くはないが、そのなかにあってこのシフ盤は、音質と演奏の安定度についても特に高い価値を持つ。

全部で48曲ほどある《無言歌》のなかから選び出した22曲を、シフは、周到な配列で並べ、その1曲1曲の旋律美と聴かせどころを、よくおさえて弾いている。

シフは、メンデルスゾーンの音楽をありのままに浮き彫りにしてみせる。

豊かな響きが印象に残るが、へんに感傷に浸ってしまうことなく、淡々とさりげなく流すところは流している。

明るいトーンを全面に出しながら、各曲がすっきりとまとめられているとも言える。

そして、そのなかに、バランス感覚に優れたこのピアニストらしいセンスの良い表現が散見される。

ロマン的な情感を誇張することもなければ、技巧をことさら誇示することもない。

実像より大きくも小さくもなく、隅々にまで血の通っているメンデルスゾーン。

シフはメンデルスゾーンのいかにも育ちの良い穏和なリリシズムを、まさにそのようなものとしてすっきりと弾き表している。

明晰で澄んだ響きをもってメンデルスゾーンの余情を余すところなく聴き手に伝え、速めのテンポによるすっきりとした音楽の流れは、音楽することの喜びをいっぱいに歌っている。

シフにはいずれいっそうの精神の自由を獲得した暁に、ぜひ全曲を吹き込んで欲しいと思う。

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2009年10月25日


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この珠玉のような音楽の集まりを、どうか全曲、余すところなく録音してもらいたい。

記録としての意義だけでなく、ほんの数小節のつなぎの音楽と見えても、それなりの魅力をはらんでいるのだから。

しかし残念ながら今のところ、メンデルスゾーンが書いた全ての音を1枚に収めたディスクは、プレヴィンの旧盤1枚だけ。

もちろんこれは掛け値なしの名演であり、これで充分以上なのだが、録音の鮮度が落ちていることは否めない。

プレヴィン自身は、なぜか再録音では一部の曲を省いてしまった。

しかも今度は声楽部分にドイツ語を用いている。

英語とドイツ語、どちらが正しいとは言えないが、個人的には英語の方が似つかわしい気がする。

その意味でも、新録音は旧録音の補遺でしかないと思う。

プレヴィンの演奏は、軽やかな明るさにあふれた序曲に、まず惹きつけられる。

細部まで透けた小さな振幅で、よく音の摘まれた妖精的な小世界を導き出している。

プレヴィンの指揮で聴くメンデルスゾーンは、音楽の表情がとても優しく、またなめらかで、聴き手をファンタジーの世界へとごく自然に導く、そんな魅力にあふれている。

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2009年10月17日


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「スコットランド」は、演奏だけをとればスタジオ盤よりも良いかもしれない。

つまりCDとCDとで比較するなら、こちらの方を選びたいのだ。

まず、バイエルン放送響がドイツ的な重厚さと柔軟な技術力でもって、クレンペラーの芸術をより巨大なものにすることに貢献してくれている。

クレンペラー自身の円熟も明らかで、呼吸、フレージング、リズムの掘り下げも深く、音楽が大きい。

スタジオ盤でのクレンペラーの特徴は、何と言っても遅めのゆったりとしたテンポにあった。

その不思議は、きわめて遅いテンポなのに、聴いていて愉しくなってしまうことである。

この特色あってこそ、クレンペラーのメンデルスゾーン演奏が第一級なのである。

しかし、このライヴ盤は「愉しい」ということは言っていられない凄みがある。

第3楽章からは、魂の慟哭さえ聴こえてくる。

終楽章のコーダは、クレンペラーの創作により、短調のままに寂しく閉じる。

そうか、これまでの凄絶な演奏はこのラストのために用意されていたものなのか。これがクレンペラーの荒涼とした心を映す鏡なのか。

この幕切れを知ってから、改めて最初から聴き直すと、また新たな感慨が生まれるのである。

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2009年08月22日


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1995年のベルリン・フィルのニューイヤー・イヴ・コンサートのライヴ録音である。

「真夏の夜の夢」は全14曲から序曲をはじめとする10曲を選んだ抜粋盤だが、主要曲はほとんど入っているし、なによりもアバドならではの晴朗な歌にあふれた表現とベルリン・フィルの透明で精妙な響きが素晴らしく、メンデルスゾーンの音楽の魅力を最高度に磨かれた表現と響きで伝えている。

爽快に引き締まったテンポではじまる〈序曲〉は、これからはじまる劇への期待を生き生きと高めてくれるし、つづく〈スケルツォ〉も、品格美しい表現の中にベルリン・フィルの弦の魅力が存分に発揮されている。

お馴染みの〈結婚行進曲〉も、アバドらしくあくまでの格調高く、ベルリン・フィルが持ち前の豊麗な響きと卓抜な表現力によって、いかにも輝かしく壮麗な演奏をつくっている。

独唱や合唱の入る曲でのアバドのうまさはいまさら言うまでもないし、マクネアーらの歌もとてもセンスが良い。

「イタリア」にはすぐれた演奏が多いが、アバドの3度目の録音は、モノーラル録音ながら古典的名演といえるトスカニーニの格調を感じさせる輝かしい表現、ピリオド楽器によるブリュッヘンの清新な響きが非常に魅力的な演奏とともにとくにすぐれていると思う。

このほかウィーン・フィルによるショルティ晩年のライヴ、オリジナル版の第2〜4楽章も聴けるガーディナー盤なども忘れがたい演奏だが、アバドのジルヴェスター・コンサートのライヴ盤は弾力性に富む精確なリズムと見事なテンポによってしなやかに歌われる旋律、さらにベルリン・フィルの精妙な響きのバランスも絶妙である。

そのために古典的な形式とともに爽やかに流れるメンデルスゾーン特有のロマンティシズムも明快に表現されていて、カラヤン時代より明るくなったベルリン・フィルの透明度の高い響きも、この交響曲にあふれるイタリアへの憧憬感や幻想をより陰影豊かなものにしている。

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2009年05月01日


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メンデルスゾーンは、それまで忘れられていたバッハの宗教曲を蘇演しただけでなく、みずからもすぐれた宗教音楽を数多く作曲している。

その中でも、特に有名なのが、死の前年に当たる1946年に完成したこのオラトリオ「エリア」だ。

「エリア」とは、旧約聖書に登場する予言者のことで、フェニキアの女王と結婚したため、国民に異教神の信仰を強要したイスラエル王に対して立ち上がったエリアが、やがてエホバ信仰を確立したのち、昇天するまでを、メンデルスゾーンらしい色彩感あふれた音楽で壮大に描いた畢生の大作である。

このメンデルスゾーンの大作は、ドイツ・ロマン派中期のみずみずしさの中に、メンデルスゾーンのバッハへの敬意を含めた、香り高い作品だ。

バッハを敬愛したメンデルスゾーンらしい深い宗教感のただようこの大曲を、サヴァリッシュは、きわめてがっちりとした構成で、力強くまとめていて、聴く者の感動をさそう。

凡庸な指揮者だと、どうしても途中がダレてしまうが、さすがはサヴァリッシュ。

作品の弱いところをよく知っていて、シャープな切り口をみせながら、一気呵成、頂点へと追い上げていく。

歌手陣もよくそろっていて、水準の高い出来だ。

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2009年03月28日


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「イタリア」はセルの新古典主義的な芸術と、作品の様式とが完全に一致した名演である。

「イタリア」は驚くべき速さで全曲が演奏されているが、オーケストラは一瞬たりとも破綻を露呈していない。

完全に縦の線―和音とリズムの線が整っている。

セルはクリーヴランド管弦楽団を信頼し、その能力を最高度に発揮させることによって、このような演奏をつくりあげることができたのだ。

そしてメンデルスゾーン特有の匂うように爽快な、若々しいロマン主義を表現している。

第3楽章のみならず、第1楽章の反復も行い、速目のテンポと厳しい造形の中に意外な温かさやデリケートな情感(特に第3楽章)を折り込むことに成功している。

「真夏の夜の夢」も徹底的に磨かれたアンサンブルが一種の爽快感を与える。

「フィンガルの洞窟」も対旋律を明確に浮かび上がらせ、音構造をしっかりと見つめた演奏だ。

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2008年11月04日


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1971〜72年に録音されたカラヤン唯一のメンデルスゾーン/交響曲全集。

カラヤンの演奏は、メンデルスゾーンの作品に共存する古典主義的理念よりも、ロマン的な情感の方に傾いているように思える。

彼はベルリン・フィルから、ふくよかでつややかなほとんど類例のない響きを作り出し、感覚的にも驚くべき洗練を感じさせる。

感傷的・抒情的な一面がカラヤンの個性でおおわれて、優美な装いで表されたメンデルスゾーンといえよう。

特に「スコットランド」は魅力的な演奏の多い曲で選ぶのに困るが、結局最後にものを言うのはオーケストラの力量のように思われる。

カラヤン盤はオーケストラの技量と響き、そして指揮者の作り出す造形感の両面で最高の仕上がりとなっている。

メンデルスゾーンが彼に合っているかどうかは別として、ここでのドラマは見事というほかない。

そしてカラヤンは、ベルリン・フィルからいつになく抑えた端正な響きを引き出し、折り目正しい造形感と流麗なロマンティシズムをバランス良くミックスした卓越した演奏になっている。

「スコットランド」の第1楽章のしなやかな旋律の歌わせ方と、第4楽章のコーダでの高揚感は他を寄せ付けない。

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2008年09月16日


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録音は古いが、モノーラル時代の屈指の名盤である。

トスカニーニはメンデルスゾーンで素晴らしい演奏を聴かせていたが、この「イタリア」はその最たるものである。

この曲の明澄爽快な気分を、これほどまでにストレートに表出した演奏というのも珍しい。

旋律の歌わせ方も巧妙だし、リズムも生き生きと踊っている。

灼熱する音と躍動する表情、輝かしい歌の美しさは、明るい南欧の風物に瞠目した作曲者の感動をそのまま伝えてくるようだ。

古典的形式をくっきりと保ちながら、優雅なリリシズムや、またスケルツォ的性格を、すっきりした線やリズムでなんの付加物もなく、すぱっと現わした行き方は、「イタリア」の特徴をすべて尽くしたものである。

一方「宗教改革」も圧倒的名演で、その明晰さ、しなやかな流動感、立体的な構築は、この作品の求めるすべてを具現している。

トスカニーニが、メンデルスゾーンの交響曲の中で、最も高く評価していたのがこの曲である。

それだけに、この曲の、ロマン派初期の若々しさにあふれた表情を美しく表現しており、構成もがっちりとしていて秀演だ。

荘重な趣きを力強く表現して、宗教的素材をもって壮麗な記念祭の歓喜を示した立派な演奏である。

それにしても、本盤のようなXRCDによる極上の高音質録音で聴くと、トスカニーニが臨機応変にテンポ設定を行ったり、豊かな情感にもいささかも不足をしていないことがよくわかる。

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