ハイフェッツ

2016年03月25日


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いわゆる4大ヴァイオリン協奏曲の中でもメンデルスゾーンとチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、技量面での難しさもさることながら、音楽の精神的な深みよりはメロディの美しさが際立った作品である。

したがって、演奏するヴァイオリニストにとっても、卓越した技量を持ち合わせているだけでなく、楽曲のメロディラインをくっきりと浮き彫りにする姿勢を持ち合わせていないと、スコアに記された音符の表層をなぞっただけの浅薄な演奏に陥ってしまう危険性があると言えるだろう。

そうした中にあって、ハイフェッツによる本盤の演奏は、持ち前の超絶的な技量を駆使することのみによって、両曲の内容面をも含めた魅力を描出し得た稀有の演奏と言えるのではないだろうか。

ハイフェッツの全盛期の演奏であるだけに、先ずは、その持ち味である超絶的な技量に圧倒されてしまう。

同時代に活躍した、ヴィルトゥオーゾを発揮したピアニストにホロヴィッツがいるが、ホロヴィッツが卓越した技量が芸術を超える稀有のピアニストであったのと同様に、ハイフェッツも、卓越した技量が芸術を超える稀有のヴァイオリニストであったと言えるのではないかと考えられる。

世界最高のテクニシャンたるハイフェッツらしく、ビシッと決まった音程、理知的でインテンポな構築感の怜悧な鋭さ、それでいて決して機械的なわけではなく、行間からあふれ出る抑制の効いた歌はまさに絶品で、ハイフェッツの偉大さを堪能できる。

両曲ともに、ハイフェッツは、おそらくは両曲のこれまでのあまたのヴァイオリニストによる演奏の中でも史上最速のテンポで全曲を駆け抜けている。

これだけの速いテンポだと、技量面だけが前面に突出した素っ気ない演奏に陥る危険性を孕んでいると言えるが、ハイフェッツの場合には、そのような落とし穴にはいささかも陥っていない。

これほどの速いテンポで卓越した技量を披露しているにもかかわらず、技巧臭がいささかもせず、音楽の素晴らしさ、魅力だけが聴き手に伝わってくるというのは、まさに、前述のような卓越した技量が芸術を超える稀有のヴァイオリニストの面目躍如と言ったところであろう。

両協奏曲とも、美しく、激しく、緊張感に満ち、しかし聴いていて完全に満たされていくような演奏であり、これは、抜群の演奏としか言いようのない完成度である。

ハイフェッツについては、現在に至るまで、技巧派、冷たい演奏といった見方もあるが、よく耳を澄ませば、怜悧で厳しい演奏スタイルのなかに、ほの明るい色調と抑制の効いた深い感情表現を見い出すことができる。

両協奏曲の緩徐楽章においても、速めのテンポでありつつも情感豊かに歌い抜いており、このような演奏を聴いていると、ハイフェッツはヴィルトゥオーゾヴァイオリニストの第一人者として広く認知はされているが、血も涙もある懐の深い大芸術家であったことがよく理解できるところだ。

オーケストラのバックも申し分ないもので、ミュンシュ&ボストン響、ライナー&シカゴ響は、当時、全米のみならず欧州を含め、最高の技倆を誇った指揮者と交響楽団の組み合わせであり、録音時点はその最盛期に位置する。

いずれにしても、本盤の両協奏曲の演奏は、ハイフェッツの全盛期の演奏の凄さを大いに満喫させてくれる圧倒的な超名演と高く評価したいと考える。

これだけの超名演だけに、これまでハイブリッドSACD化など高音質化への取り組みがなされているが、これまでのところ、数年前に発売されていたSHM−CD盤よりも本Blu-spec-CD2盤の方が良好な音質である。

もっとも、ハイフェッツ全盛期の超名演だけに、メーカー側の段階的な高音質化という悪質な金儲け主義を助長するわけではないが、今後はシングルレイヤーによるSACD盤で発売していただくことをこの場を借りて強く要望しておきたい。

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2015年09月18日


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ヤッシャ・ハイフェッツ円熟期の録音から選曲された5枚組のバジェット・ボックスで、彼の『ザ・コンプリート・アルバム・コレクション』を持っているファンは別として、肩の凝らない鑑賞に適した簡易なセットで、またヴァイオリン音楽の入門者にもお薦めしたい優れた演奏集だ。

中でも白眉は彼が71歳だった1972年にロサンジェルスのドロシー・チャンドラー・パヴィリオンで行ったチャリティー・リサイタル・ライヴ2枚で、この演奏集は今年の4月にソニー・クラシカル名盤コレクションの一組として復活しているが、当セットのCD3−4にも当日のプログラム全曲が含まれているのでコスト・パフォーマンスから言ってもこちらが優位に立っている。

更に最後の1枚に公式のセッションではハイフェッツのファイナル・レコーディングになる1970年の小品集も加わっている。

1972年のチャリティー・リサイタルをもってハイフェッツは公の演奏活動から引退したが、既にこの時期彼は重度の関節炎を患っていたらしい。

しかしその演奏はいずれもかくしゃくとして瑞々しく、また非常にエネルギッシュなのに驚かされる。

テンポの取り方も概ね速めで、フランクのソナタでは簡潔に楽想を絞り込んだ明晰な解釈が特徴だ。

ハイフェッツの音楽に難解なものはない。

それはどんなに高尚な曲であっても、彼自身が聴き手に音楽を分かり易く伝達するすべを心得ていたからだろう。

CD5のトラック1−7は1970年にパリで行った最後のセッション録音で、流麗に歌い込んだバッハの『シャコンヌ』やロマンティックな小品には彼にしか出せないような深い味わいがある。

セッションの筈だがガーシュウィンだけは何故か客席からの拍手が入っている。

CD5のトラック8には『シャコンヌ』をバックにハイフェッツがヴァイオリンの奏法や演奏について語る短いが興味深いインタビューが収録されている。

幸いこのページに日本語の詳しい演奏曲目一覧が掲載されているので参照されたい。

音質は後半の3枚の方がより鮮明だが、総てがリマスタリングされたステレオ録音で極めて良好。

尚このシリーズではライナー・ノーツが一切省略されている。

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2015年06月29日


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ヤッシャ・ハイフェッツのRCA音源の中から、ヴァイオリン・ソナタと名のつく作品を集めた9枚組ボックス。

死後既に25年を経ているが、ヴァイオリニストの王として依然衰えない人気を誇っているハイフェッツのアンソロジーで、ここにはハイフェッツの魅力がぎっしり詰まっている。

彼の熱烈なファンであれば2011年にソニーからリリースされた全103枚のザ・コンプリート・アルバム・コレクションを持っているだろうが、より気軽に彼の演奏に親しみたいという方には、この9枚組のソナタ集が手頃で便利だ。

選曲はバロックから現代音楽までの広い範囲をカバーしていて、巨匠の多彩なレパートリーと伝説的なボウイングのテクニックが俯瞰できるセットになっている。

ただしここではオーケストラが加わる曲に関しては全く含まれていないので、そちらの方は同シリーズの協奏曲集に譲ることになる。

ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集を中核に、バッハからブロッホに至る様々なスタイルの音楽が並んでおり、変化に富む内容となっている。

長らく未発表で2002年になって初めて発売された、グリーグのソナタ第3番とブラームスのソナタ第1番「雨の歌」も収録されている。

演奏はハイフェッツらしい颯爽とした折り目正しい演奏で、聴き終わった時に爽快感を感じる。

いずれの演奏もハイフェッツの高度に安定した技巧には感心させられるし、しかも技巧だけに偏った冷たい演奏ではなく、そこには熱気が漂い、抒情が流れている。

たとえば、ベートーヴェンでは「クロイツェル」が特に光っており、第1楽章には情熱がこめられているし、第2楽章は変化に富み、第3楽章には推進力がある。

「スプリング」も鮮やかな技巧と速めのテンポで演奏されて聴き応えがあり、流麗な出来映えを見せている。

とりわけ個人的に興味を持って鑑賞したのは8枚目に収録されている現代作曲家の作品集で、ブロッホの2曲のソナタ及びファーガソンのソナタ第1番、そしてカレン・ハチャトゥリアンのト短調ソナタの4曲。

それらはハイフェッツが同時代の音楽に傾けた強い共感を感じさせる演奏だし、また現在でもそれほど頻繁に採り上げられない曲なので貴重なセッションだ。

ちなみにカレン・ハチャトゥリアンはアラム・ハチャトゥリァンの甥にあたり、このソナタはレオニード・コーガンに捧げられたが、ハイフェッツの録音によって欧米でも知られるようになったという経緯を持っている。

編集は比較的自由にさまざまな時代からの演奏がカップリングされている。

また通しのセッションではないにしても一応ベートーヴェンやブラームスのソナタは全曲収めているが、バッハの無伴奏はソナタのみで3曲のパルティータが漏れている。

ソナタ集というタイトルに拘ったのかも知れないが、できれば全6曲を入れて欲しかったところであり、それによって更にコレクションとしての価値も高まっただろう。

ただモダンですっきりしたバッハが念頭にあったのか、どこか軽い感じのするバッハになっているのは否めない。

それが結果としてバッハの新しい演奏スタイルの確立に一石を投じる役割を果たしたと言って良いだろう。

ことにソナタ第3番の終楽章はいかにもハイフェッツらしい爽快な演奏だ。

録音年代は1936年から1972年で当然ながらモノラル、ステレオが混在している。

曲によっては多少ノイズが気になるものもあるが、この時代の録音としては良好で鑑賞に充分堪え得る音質だ。

これら一連のディスクを所有していない人にはとてもお得なセットとして推薦したい。

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2015年05月25日


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ヤッシャ・ハイフェッツの1955年から1963年にかけてのヴィヴァルディからローザまで13名の作曲家の主要なヴァイオリン協奏曲を収録した集成アルバム。

20世紀最高といっても差し支えないだろう名ヴァイオリニストであるハイフェッツの人智を超えた技術と感動が信じ難いような廉価盤BOXで入手できる運びとなったことを先ずは歓迎したい。

おなじみハイフェッツの協奏曲名曲集(CD4のみ現代物)を改めて通して聴き、真に素晴らしい音楽は完璧な演奏技術を基盤として成り立つ事を痛感させられた。

 
今回のリマスターによって、ヴァイオリンという楽器の表現能力を極限まで出し尽くすハイフェッツの「神技」をCDからでもかなり窺い知れるようになった。

冷たい、速すぎる、無国籍だ、などと批判されるハイフェッツだが、端正な歌わせぶりや多彩な音色の変化、さらに(CDからでも感じる)ダイナミクスの幅、なによりこれだけの集中力をもって一気に聴かせる演奏にはそう出会えるものではない。

演奏は均一かつ特有のストイズムに貫かれた「抜群」のもので、どれひとつとして発売以来、推薦盤から外れたことがない。

しかもプロコフィエフ、グズラノフ、ヴュータン、ローザなど同時代の作品についての取り組みも積極的。

ハイフェッツは超絶技巧と潔癖主義のため技術だけが最高で豊かな音楽がないと批判する人もいる。

しかし、この協奏曲集を聴くとヴァイオリンの演奏技術を超越した次元で自らの豊かな音楽を心行くまで奏していることが良くわかる。

そこには作為的な表現も過剰な感情移入もなく、自然極まりない究極の音楽の追求がある。

1955年〜1963年の録音であるため最近の録音のような生々しい音ではないが偉大な演奏の前には問題とならない。

どれも快速テンポでシャープなソロを聴かせるハイフェッツの名技を堪能できるものばかりで、ミュンシュやライナーをはじめとした指揮者たちが率いるオーケストラ・パートとのやりとりも爽快だ。

ハイフェッツの人間性が良く分かるエピソードとして百万ドルトリオの録音が知られている。

ベートーヴェンのピアノ・トリオ「大公」でルービンシュタインがポーランド風の癖のある演奏をすると、弾くのを止めてルービンシュタインを見つめて言う「もう一度やろう」。

実に真剣で厳しい。

しかし、練習の合間にはチェロのフォイアマンと超絶技巧パッセージの弾き比べをしていたという。

また、日曜日毎に名演奏家を自宅に招待して室内楽を楽しんでいたという。

決して気難しい人物ではなく心から音楽を愛する真の音楽家であったということが言えるだろう。

本BOXは、そのようなハイフェッツの真価が存分に味わえる名演集である。

古い音源ではあるが、最近のリマスター技術によって、ノイズも少なく鮮度の高い音質に生まれ変わっている。

ハイフェッツについてはいくどもリパッケージものが出ているが、本集は現状ではもっともお得な廉価盤BOXなので、ヴァイオリンを愛する、また音楽を愛する全ての方々にお薦めしたい。

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2015年03月04日


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20世紀最高のヴァイオリニストとして今も人気の高いハイフェッツ全盛期の超絶的な技量を味わうことが可能な素晴らしい名演だ。

同時代に圧倒的な技量を誇ったピアニストにホロヴィッツがいるが、ホロヴィッツが卓越した技量が芸術を超える稀有のピアニストであったのと同様に、ハイフェッツも、卓越した技量が芸術を超える稀有のヴァイオリニストであったと言える。

本盤には、ともにサラサーテに献呈された、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第2番というきわめてマイナーな作品と、多くのヴィルトゥオーゾヴァイオリニストによって演奏されてきたヴィエニャフスキのヴァイオリン協奏曲第2番が収められている。

30曲近いヴァイオリン協奏曲を完全に暗譜し、いつでも弾けるレパートリーとしていたハイフェッツはその多くを録音したことでも抜きん出ていた音楽家でもあった。

このうち、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第2番については、第1番があまりにも有名であるため、美しいメロディに満ち溢れた魅力作であるにもかかわらず、殆ど演奏されることはない作品である。

しかしながら、ハイフェッツの超絶的な技量は、この不人気な知られざる名作に光を当て、実に魅力溢れる作品に仕立て上げるのに大きく貢献している。

オペラ・アリアのような美しきメロディが曲全体を包み込み、ハイフェッツ節が炸裂する。

その仄暗いロマンティシズムが少々感覚に重たいブルッフ作品も、ハイフェッツの手にかかると切れ味鋭く凛と張りつめて、キリっと引き締まる。

これだけの卓越した技量を披露しているにもかかわらず、技巧臭がいささかもせず、音楽の素晴らしさ、魅力だけが聴き手に伝わってくるというのは、まさに、前述のような卓越した技量が芸術を超える稀有のヴァイオリニストの面目躍如と言ったところであろう。

他方、ヴィエニャフスキのヴァイオリン協奏曲第2番は、弾きこなすのにかなりの卓抜した技量を要する作品だけに、まさしくハイフェッツの独壇場。

その唖然とするほどの超絶的なテクニックは、とても人間業とは思えないような凄みがあり、ハイフェッツにしか表現しえない唯一無二の名演と高く評価したい。

ハイフェッツによる本盤の演奏は、持ち前の超絶的な技量を駆使することのみによって、両曲の内容面をも含めた魅力を描出し得た稀有の演奏と言えるのではないだろうか。

一昔前の名技性が意外に新鮮な、数多くある名演とは一線を画し、聴き返すたびに深みを増す、すこぶる付き快演と言えよう。

本盤で、さらに素晴らしいのはXRCDによる極上の高音質である。

今から半世紀以上も前のモノラル録音であるにもかかわらず、ハイフェッツのヴァイオリンの弓使いまでが鮮明に聴こえるというのは殆ど驚異的ですらある。

あらためて、XRCDの潜在能力の大きさを思い知った次第であるが、いずれにしても、ハイフェッツの人間離れした軽快で重厚なヴァイオリン演奏を、XRCDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2015年02月05日


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名ヴァイオリニスト、ヤッシャ・ハイフェッツは、1917年に17歳の若さで故郷を離れ、シベリア、日本を経由してアメリカへ移住。

その年の10月、ニューヨークのカーネギーホールで、衝撃的なデビューを果たし、一躍その名を知られた。

翌年ビクター・トーキング・マシーンの専属になり、以来最晩年にいたるまで約50年間、録音と演奏で充実した活動を展開した。

その間ハリウッドの映画スターで、名監督キング・ヴィダー夫人でもあった、フローレンス・ヴィダーと結婚し、アメリカ市民権も得た。

カステルヌオーヴォ=テデスコやミクロス・ローザの協奏曲をはじめ、アメリカの現代音楽を数多く初演したり、ジム・ホイルという名でポピュラー音楽を作曲したり、また、ピアノのルービンシュタイン、チェロのピアティゴルスキーとトリオを組んで、この分野でも名盤を数多く残した。

ハイフェッツの演奏は、美しい緊張感と緊迫感にみちてとても雄弁であり、そのクリアな美音とともに深く心に残る。

このアルバムは、ハイフェッツがヴァイオリニストとして絶頂期を迎えた頃の録音からピックアップした盤で、ハイフェッツの超絶的な技巧を存分に味わうことができる1枚だ。

ヴァイオリンを愛する人なら、1度はぜひとも聴いておきたい偉大な存在である。

ツィゴイネルワイゼンをはじめ、ポピュラーな名曲がてんこ盛りであるが、ハイフェッツの芸術性に裏打ちされた技量のあまりの素晴らしさ故に、決して飽きることなく全曲を聴き通すことが出来た。

澄明な音と甘美で流麗な響き、冴えた技巧、スマートで洗練された気品あふれる演奏が十二分に味わえる。

例えば、詩曲では、抒情豊かに旋律を奏でるなど芸術性にも不足はなく、ハイフェッツが決して技量一辺倒なヴァイオリニストではないことがよくわかる。

もちろん、カルメン幻想曲では、あまりの圧倒的な技量のすざましさに、ノックアウトされてしまった。

1度耳にしたら、そのカミソリのような技の切れ味、鋼のように強くしなやかな旋律線には、大ショックを受けること必定である。

ハイフェッツには、笑顔や人なつっこさ、暖かさといった要素は確かに欠けているかもしれない。

しかし、妥協のない冷徹な厳しさ、つかみかかるような戦闘的気迫、緊張の糸の張り詰めたような強靭な歌いまわし――といった独特のクールな芸風においては、比類ない孤高の境地に達していた。

そして何よりもハイフェッツには、凡俗を決して寄せ付けない王者の風格がある。

4人の指揮者とオーケストラが、ハイフェッツの至芸を好サポートしている。

1950年代前半のモノラル録音ではあるが、Blu-spec-CD2化によって相当な音質改善が見られ、ハイフェッツの超絶的な技量をかなり鮮明な音質で味わうことが出来るようになったのは嬉しい限りだ。

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2015年01月07日


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いわゆる4大ヴァイオリン協奏曲の中でもベートーヴェンとブラームスのヴァイオリン協奏曲は、技量面での難しさもさることながら、メロディの美しさよりは音楽の内容の精神的な深みが際立った作品である。

したがって、演奏するヴァイオリニストにとっても、卓越した技量を持ち合わせているだけでなく、楽曲の内容の深みを徹底して追求する姿勢を持ち合わせていないと、スコアに記された音符の表層をなぞっただけの浅薄な演奏に陥ってしまう危険性があると言えるだろう。

そうした中にあって、ハイフェッツによる本盤の演奏は、持ち前の超絶的な技量を駆使することのみによって、両曲の内容面をも含めた魅力を描出し得た稀有の演奏と言えるのではないだろうか。

1955年というハイフェッツの全盛期の演奏であるだけに、先ずは、その持ち味である超絶的な技量に圧倒されてしまう。

同時代に活躍した、ヴィルトゥオーゾを発揮したピアニストにホロヴィッツがいるが、ホロヴィッツが卓越した技量が芸術を超える稀有のピアニストであったのと同様に、ハイフェッツも、卓越した技量が芸術を超える稀有のヴァイオリニストであったと言えるのではないかと考えられる。

両曲ともに、ハイフェッツは、おそらくは両曲のこれまでのあまたのヴァイオリニストによる演奏の中でも史上最速のテンポで全曲を駆け抜けている。

これだけの速いテンポだと、技量面だけが前面に突出した素っ気ない演奏に陥る危険性を孕んでいるが、ハイフェッツの場合には、そのような落とし穴にはいささかも陥っていない。

これほどの速いテンポで卓越した技量を披露しているにもかかわらず、技巧臭がいささかもせず、音楽の素晴らしさ、魅力だけが聴き手に伝わってくるというのは、まさに、前述のような卓越した技量が芸術を超える稀有のヴァイオリニストの面目躍如と言ったところであろう。

両協奏曲の緩徐楽章においても、速めのテンポでありつつも情感豊かに歌い抜いており、このような演奏を聴いていると、ハイフェッツはヴィルトゥオーゾヴァイオリニストの第一人者として広く認知はされているが、血も涙もある懐の深い大芸術家であったことがよく理解できるところだ。

いずれにしても、本盤の両協奏曲の演奏は、ハイフェッツの全盛期の演奏の凄さを大いに満喫させてくれる圧倒的な超名演と高く評価したいと考える。

これだけの超名演だけに、これまでハイブリッドSACD化など高音質化への取組がなされているが、これまでのところ、数年前に発売されていたSHM−CD盤よりも本Blu-spec CD2盤の方が良好な音質である。

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2014年09月18日


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百万ドル・トリオは、多くの録音を残しているが、チェロがフォイアマンであった時期の録音は、残念ながら非常に少ない。

そして、理想のメンバーが《大公》を手がけたこの録音は、黄金時代の彼らの桁はずれの力量が見事に発揮された不滅の名演になっている。

昔から知られた名盤であるが、個性の強いスター3人の共演ゆえ、所謂ありきたりの名盤ではない。

室内楽と言えば連想される親密な対話はここにはなく、あるのは、ハイフェッツとルービンシュタインというまったく芸風の違う二人による火花散る真剣勝負に、フォイアマンが絡むという図式は、面白くないはずがない。

3人の巨匠たちがブリリアントに渡り合う緊迫したスケールの大きい共演は、協奏曲風ともいえる華やかでスリリングなアンサンブルを生んでいるが、そこに漲る手に汗を握る興奮や圧倒的な緊張感は、これ以上は考えられないほど強力な説得力を生んでいる。

本気になった名手たちの真剣勝負は実にスリリング、録音の古さなど忘れさせてしまう。

歴史的名盤という言葉は、こうした演奏のために存在するのではないだろうか。

まさに完璧ともいえるアンサンブルを実現させた3人の巨匠たちは、輝かしく張り詰めた表現を余裕をもって繰り広げながら、圧倒的に凝縮された演奏を味わわせてくれるのである。

まさに豪放にして華麗な演奏であり、これに匹敵する器や表現力を示している演奏は、他にカザルス・トリオぐらいのものであろう。

カップリングのシューベルトにも同様のことが言えるところであり、当盤は永遠不滅の名演奏である。

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2014年08月22日


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チャイコフスキーのピアノ三重奏曲「ある偉大な芸術家の思い出に」は、チャイコフスキーの室内楽曲の中での最高傑作であるだけでなく、古今東西の作曲家による数あるピアノ三重奏曲の中でも、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番「大公」と並ぶ至高の名作と言えるだろう。

しかしながら、ベートーヴェンの「大公」と比較すると録音の点数はさして多いとは言えない。

そうした数少ない録音の中でも名演と評価し得るのは、新しいものではウィーン・ベートーヴェン・トリオ盤(1988年)及びチョン・トリオ盤(1988年)、そして古いものでは本盤に収められた演奏であると考える。

本演奏においては何よりも、ピアノにルービンシュタイン、ヴァイオリンにハイフェッツ、そしてチェロにピアティゴルスキーという超大物を据えた(いわゆる百万ドル・トリオ)のが極めて大きい。

本録音の発売に際しては、LPのジャケットの表記において、ルービンシュタインとハイフェッツのどちらを上に記述するかで両者(特にハイフェッツ)がもめたとの逸話が遺されているが、それだけ両者がプライドをかけて本演奏に臨んだということではないだろうか。

実際のところ、同曲は、副題からも窺い知ることができるように、尊敬するピアニストであったニコライ・ルービンシュタインの死を悼んで作曲されたものであることから、とりわけピアノパートが克明に作曲されているのであるが、ルービンシュタインの卓越した技量をベースとしたスケール雄大な演奏に対して、ハイフェッツのヴァイオリンもその技量や気迫において、いささかも引けを取っておらず、あたかも両者による協奏曲のような迫力を誇っている。

チェロのピアティゴルスキーは、持ち味である重厚で人間味あふれる落ち着いた音色で、ルービンシュタインとハイフェッツの火花散るような演奏に適度の潤いと温もりを与えるのに成功していると言っても過言ではあるまい。

いずれにしても、本演奏は、モノラル録音であるというハンディを除けば、現時点でも前述のウィーン・ベートーヴェン・トリオ盤やチョン・トリオ盤をはるかに凌駕する随一の超名演と高く評価したい。

もっとも、今般のXRCD化によって、今から60年以上も前のモノラル録音とは思えないような鮮度の高い音質に生まれ変わった。

ルービンシュタインのピアノタッチがいささかこもり気味なのは残念であるが、ハイフェッツのヴァイオリンやピアティゴルスキーのチェロの弓使いなどが鮮明に再現されるのは殆ど驚異的であり、あらためてXRCDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

今般のXRCD化によって、本名演の価値はますます盤石となったと言えるところであり、同曲演奏史上最高の超名演を、現在望み得る最高の高音質XRCDで味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2012年02月17日


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ハイフェッツによるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は2回録音されており、いずれもハイフェッツの技巧がキラキラ光っている演奏だ。

ハイフェッツにはミュンシュ/ボストン響との優れたステレオ録音もあるが、トスカニーニ/NBC響とのモノーラルは別格の存在である。

今日ではハイフェッツの演奏にロマン的な要素も感じられるが、完璧な技術に裏づけられた彼の演奏には、音楽から一切の夾雑物を取り除いた厳しさによる純粋な美しさがある。

トスカニーニも音楽の本質だけを追求する厳格な精神が演奏に近寄りがたい威厳をもたらしていた。

一方で彼は、イタリア・オペラの指揮者として旋律の魅了を完全に理解していた。

このような2人の個性が、演奏に孤高ともいうべき精神美を生み出した。

とくに第2楽章のカンタービレの美しさは比類がない。

ここで共演しているトスカニーニが、「ハイフェッツこそ私の知る最高のヴァイオリニストである」と激賞していたことは有名。

ブラームスのヴァイオリン協奏曲は、速いテンポで流麗に進めながら自由自在な強弱のニュアンスをつけ、陶酔的に歌いぬき、しかもそれらが空中を泳ぐような唖然たる巧みさと、洗練された感覚の中に行われる名人芸には胸のすくものがあり、ヴァイオリンを愛する者の必聴盤といえよう。

クーセヴィツキーの重厚にして引き締まったバックアップとも相俟って、不純物を極限まで排除した純粋無比な作品の再現を可能たらしめている。

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2011年02月04日


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3人の巨匠たち(ルービンシュタイン、ハイフェッツ、ピアティゴルスキー)によるこの豪華な顔合わせのトリオは"百万ドル・トリオ"と呼ばれ、当時(1940年頃から50年頃まで)の音楽界の大きな話題になっていた。

しかし百万ドル・トリオの録音は、初めはわが国ではアメリカ的などと誤解され、なかなか真価が認められない傾向にあったが、時間を経過した現在の視点で再度接してみると、そのどれもがアンサンブルの演奏解釈の妙をきわめた格別の熱演以外の何者でもない。

欲を言えばチェロがフォイアマンでないことが惜しまれるが、あらゆる点からみてやはり桁はずれの名演である。

このラヴェルのピアノ・トリオは彼らの実力が最大限に発揮された名演の一つと筆者が確信している演奏で、彼らの録音の中でも最高位にランクされてしかるべき名演中の名演である。

ここでは歴史的に巨匠ならではの自信に満ち溢れた輝かしい表現が際立ったものになっているが、それはむしろ表面的な特徴であり、そこではそれ以上に3人の絶妙な呼吸の一致やキメ細やかなアンサンブルの妙などが光彩を放っているのである。

完璧なテクニックを駆使して輝かしく作品を語り継いでいく彼らの表現は、ゴージャスで巨匠的な魅力をふんだんに感じさせながら、細部まで熟考されつくしたアンサンブルの見事さを誇っており、さらに楽曲の把握のあり方についてもまったく隙がない。

表現のツボが見事に把握されたこの演奏にあっては、アンサンブルの密度と完成度の比類なき高さが私たちに深い感銘を与えるのだ。

チャイコフスキーも3人の円熟した芸を堪能することのできる演奏だ。

個性の強い演奏家たちの共演だが、そのアンサンブルは絶妙で、しかも格調が高い。

表面的には力強い表現力や大きなスケールが目を引く演奏であるが、その輝かしい表現は、アンサンブルとしても恐るべき次元の高さを示している。

第2楽章はピアノ優位に書かれているが、ルービンシュタインの豊かな表現力は見事だ。

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2010年05月21日


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ほとんど無数といってよい録音を残したハイフェッツだけにすぐれた録音も数多いのは当然のことだが、聴くたびに新鮮な感動を覚え、折にふれて取り出して聴く録音というのはそれ程多くはない。

このシベリウスの協奏曲は、その特別な何枚かのディスクの中でもトップにランクされるべき名演である。

長年弾き込んできたうまさのあらわれた演奏で、曲の内容をしっかりと把握した、確信にみちた解釈にひかれる。

いくぶん淡白な色調だが、その力強く豪快な表現は、この人ならではのものだ。

カップリングされたプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番も、スタイリッシュな中にも強い精神の集中力を感じさせる優れた演奏だが、反面アイロニカルな味わいには欠ける。

これに対してシベリウスを弾くハイフェッツは、まさに唯一無二の存在である。

出だしの何という艶やかさ、滑らかさであろう。ヴァイオリンという楽器の魅力と表情のすべてがそこに集約されている。

技巧面でもまさに妙技の極である。

フィンランドの自然の厳しさとか民族の歴史に根ざした国民性といった文学的な表現を持ち出す余地もないほど、彼のヴァイオリンの存在感はきわだっている。

男性的な力強い響きと安易な感傷を拒絶する強靭なテクニックは、ほかの何物にも頼ることなくこの曲の背後に横たわる精神の底知れない広がりと深さを見事に描ききっている。

それはまた、遅れてやってきたこの2人のロマン主義者の魂と魂の貴重な出会いが生みだした、演奏という行為の一つの理想的な姿である。

プロコフィエフも作品のロマンティシズムと技巧の冴えを最も洗練された姿で示しており、第2楽章の懐かしいまでのニュアンスは最高だ。

グラズノフは表現の幅がまことに広い。

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2010年03月14日


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"髪の毛が逆立つような"という言い方で驚きを表現することがあるが、20世紀最大の名ヴァイオリニストの一人、ヤッシャ・ハイフェッツ(1901-87)が聴かせる名人芸はまさにそれであろう。

巧いとか、美しいとか、抒情的であるとか、華麗であるといったことは、ハイフェッツの演奏全体からみれば尾ひれのようなものであり、付随した魅力の断片にしか思えなくなってくるほどである。

では何が凄いのか?

ハイフェッツは一人でオペラをやっているように素晴らしいとしか言いようがない。

ハイフェッツの演奏を耳にしていると、協奏曲であってもオーケストラは聞こえず、室内楽であってもアンサンブルは耳に入ってこない。

極端にいえばそれほどハイフェッツの演奏は完結しており、完全無欠の姿で聳え立っている。

しかもハイフェッツのヴァイオリンは歌う。それも徹底して歌う。

だがハイフェッツは歌っても自身の感情をむき出しにして聴き手を泣かせたり、興奮させたり、物思いに耽らせたりはしない。冷静なのである。

しかし聴き手はそんな冷たいハイフェッツが大好きになる。

なぜならハイフェッツは確かに自ら涙を流すことはしないが、作品にそう書いてあれば、ハイフェッツは全力を駆使して、しかもこれ以上の的確さはないといった完璧さで作品に込められたメッセージを音楽に変えてくれるからである。

こうした演奏家としての在り方はまさに職人芸の鏡というべきものであろう。

拍手と賞賛の言葉は自らが受けるのではなく、その奥に控える作曲者にどうぞというわけである。

この凛々しい生き方には心底惚れ込んでしまうが、誰もが真似できるものではない。

ハイフェッツの音楽は一人聳え立ち、後の演奏家の目標となっている。

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2009年01月15日


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ラロは昔はなぜか4楽章版で演奏した。カットされた第3楽章はとても魅力的な部分なので不思議だ。

ハイフェッツ盤は、第3楽章がカットされていることや、モノーラルでオケの響きなどが少し不明瞭な点が惜しまれるが、演奏内容だけを考えるともはやこれ以上は望むことができないほどで、ハイフェッツの情熱的で切れ味の良いソロが聴き手を唸らせる名演になっている。

録音は古いが、こうした曲を弾かせてハイフェッツの右に出る者はいない。

それは単なる技巧や解釈の問題ではなく、彼の中に色濃く流れる後期ロマン派的な気質が曲の目的とするものと見事に一体化しているからである。

完璧なテクニックを駆使して、シャープでスマートに作品を語り継いでいく彼の演奏は、たぎるような情熱や濃密な情念にも少しも欠くことはなく、それは、これがほとんど理想的な名演であることをはっきりと印象づける結果を生んでいるのである。

ここに示されたハイフェッツの表現は、相変わらず非の打ちどころのないテクニックの冴えと、しなやかな語り口を際立った特色としているが、一方では熱っぽい表情やロマンティックな感情移入などを随所にみせており、このエキゾティックな名作の魅力を余すところなく描き切っている。

終楽章の巧さなどベラボーなもので、かつて有名だったフーベルマン(SP)も、ハイフェッツにはかなわない。

この曲の一つのドキュメントだろう。

完全全曲版ではないが、この作品の代表盤としての評価を今後も保ち続けていくことだろう。

ヴィエニャフスキの驚くほど裾野の広いリリシズムの世界も、ハイフェッツの巨匠たるゆえんを、いやがうえにも伝えるものだ。

ヴァイオリンを少しでも弾いているひとには必聴と言っておこう。

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2008年12月06日


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51歳の時の録音で、ハイフェッツ唯一の「無伴奏」全曲盤だ。

ハイフェッツのバッハに対する畏敬の念が演奏に反映されている。

絶頂期のハイフェッツによるこのバッハの名作は、ヴァイオリン演奏としてのあらゆる見地から見て、それを凌ぐものがないといってはばからない名演となっている。

彼の卓越した技巧は、バッハが用いた疑似対位法を明確に浮かび上がらせているし、何よりも余裕のある演奏が音楽の構成感と豊かな情感を高い次元で融合させている。

音色の美しさも抜群。

しかし、それ以上に注目されなければならないのは、恐ろしいほどの執念を燃やしてこの作品を表現しようとするハイフェッツの姿勢である。

速めのテンポを好む傾向があるハイフェッツは、彼としては珍しい余裕のあるテンポでこの作品を演奏しているが、そうした明らかに遅めのテンポの設定は、そこに驚くほどの熱っぽい情熱や濃厚な情念をたぎらせた表現を実現させる結果を生んでいる。

それは、この巨匠の芸術家としての使命感や責任感をも強く感じさせずにはおかない。

ここでは、ハイフェッツの超絶的といえるテクニックの冴えが、まず聴き手の度肝を抜くが、それは、あくまでも表面上の問題であり、この演奏の意味と価値は、そのようなこととはまったく別の次元に存在しているのである。

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2008年02月06日


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ハイフェッツの至芸を凝縮したのが、ドイツのヴァイオリン協奏曲の傑作、マックス・ブルッフ(1838-1920)の手になる《ヴァイオリン協奏曲第1番》である。

すっきりときびしくまとめた演奏で、そこに抵抗を感じる人もいるかもしれないが、その完璧な技巧に支えられた表現の豊かさは、ハイフェッツならではのもので、ヴァイオリン音楽の醍醐味をたっぷりと味わわせてくれる。

すべての音符があるべき姿でそこにあり、当然求められるべき音量と音色、質感とカンタービレで最愛の歌に変えられている。

ハイフェッツにあっては技巧そのものが音楽なのであり、究められた技巧はもうただそれだけで聴き手を感動させるものであることを証明している。

演奏家の想い入れで作品をベタベタと飾り立てることなどなく、楽譜そのものが歌となっていく演奏である。

ことに《スコットランド幻想曲》第3楽章の上品で香り高い艶麗さはまことにセンス満点、このあたりはハイフェッツの独壇場だろう。

なんだか良くできたコンピューターが演奏しているみたいだが、コンピューターは汗はかかない。

だがハイフェッツは汗をかく。ただし見えないようにである。

唯一無二の天才の至芸はいつも冷たく、そして熱い。

しかしそれはほれぼれするような冷たさであり、その客観主義のお陰で聴き手は作品と結ばれたことを実感、感謝してしまうのである。

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2008年01月31日


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「より高く、より速く、より遠く」はオリンピックだっただろうか。

「より速く、より正しく、より美しく」、ハイフェッツ(1901-87)とは、そうしたヴァイオリンの演奏技巧を徹底的に追求したウルトラ・ヴィルトゥオーゾである。

聴き手の感嘆が追いつかぬほど、次々と繰り出されるシャープな技は、ほとんど人間の行為としては極限的で、一切の身振りを捨てたその音楽は、無類の潔癖さと、一陣の風のような独特の軽やかさを持つ。

それらは他の追随を許さぬどころか、むしろ諦めさせるほどに圧倒的。

まさに神である。

しかし「技術は音楽のしもべ」なんていう妄想を痛快に引っ繰り返したそのスタイルは、音楽に学問や教養を求める人にはあまり受けがよくない。

ハイフェッツとは、呆れるほどに巧いのになぜか尊敬されないという、気の毒な神である。

その驚きの演奏は上記のCDでご堪能下さい。

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2008年01月12日


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いずれもハイフェッツの脂の乗り切った時期の演奏で、彼の特徴が良く出た名演ぞろいだ。

ハイフェッツの演奏は、美しい緊張感と緊迫感にみちてとても雄弁であり、そのクリアな美音とともに深く心に残る。

テクニックの冴えはさすがに見事であり、その甘美で流麗な響きは、ほとんど生理的といってよい快感を呼び起こす。

スマートであると同時にスケールが大きく、ヴァイオリンならではの表現を生み出す語り口は、まさに至芸といってよい。

このアルバムは、ハイフェッツがヴァイオリニストとして絶頂期を迎えた頃の録音からピック・アップした盤で、澄明な音と甘美で流麗な響き、冴えた技巧、スマートで洗練された気品あふれる演奏が十二分に味わえる。

どの曲でもはっきりとハイフェッツの刻印のある演奏を味わうことができるが、特にサラサーテは、媚びるようなポルタメントを駆使した歌い方や冴えたテクニックで、今もって「ツィゴイネルワイゼン」のベストだろう。

サン=サーンスの2曲も輝くような技巧にカンタービレや情緒、小粋なニュアンスがプラスされて極上だ。

アンコール集も往年のハイフェッツのスマートで洗練された音楽表現と、類い稀なショウマン・シップを堪能できる1枚だ。

ジャズのイディオムとアンニュイな魅力に満ちたガーシュウィン、超絶技巧が息を飲むホラ・スタッカート。

こうした小品のひとつひとつに、大作の演奏では見せない、ハイフェッツの親密で人間的な温もりを垣間見ることができる。

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2008年01月05日


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チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲はよくいえば民族的色彩を色濃く表現した作品だが、当時の音楽評論家のハンスリックはこの曲がウィーンで初演された際「安物のウォッカのにおいがする」とけなしている。

この曲からそうした強烈なロシア的な泥臭さを、ほとんど感じさせず、青竹を割ったようにスカッと表現しているのがハイフェッツである。

どんなにハイフェッツに反発する人がいても同時に魅了されてしまうのは、この独特のアクのなさだと私は思う。

その鋭い感覚とテクニックは驚異的で、速いテンポで進みながら、その中に他の誰よりも多彩な表情を示している。

ライナーの伴奏も堂々として立派で、ハイフェッツとのやりとりに一分の隙もみられない。

ミュンシュとのメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲も一本芯の通った、カチッとしたまとまりをもった演奏である。

センチメンタルになりすぎて、情緒に溺れたメンデルスゾーンの演奏をどれほど聴かされたことか!

その点、ハイフェッツは全篇があっさりしており、第1楽章第2主題や第2楽章コーダなどを意識して歌わないようにしてすっと流してしまう。

それでいて音楽性が香り、何ともいえぬ哀愁が漂うあたりはさすがハイフェッツ。

作品の美感を存分に生かした演奏だ。

フィナーレのスカッとするリズム感も最高だ。

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2008年01月01日


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ミュンシュと共演したベートーヴェンは1955年11月27&28日、ボストン、シンフォニー・ホール/ライナーと共演したブラームスは1955年2月21&22日、シカゴ、オーケストラ・ホール、いずれもステレオ録音。

ベートーヴェンは速いテンポで一気呵成に進める第1楽章は強靭で健康的、そのため寂しいデリカシーはどこにも見られないが、ベートーヴェンの音楽の美しさは伝わってくる。

楽器の表現力をフルに発揮させた第2楽章も見事だ。

フィナーレはとてつもなく巧く、リズムがとびはね、アクセントが閃き、驚異的なテクニックがむき出しになっている。

ブラームスは情熱に押し流されず、常に冷静な視点を保ちながら音楽に対応し、隅々まで明確に表現しながら、演奏は決して堅苦しくならない。

そこから明晰な解釈と自然な流動感が生まれており、音楽とヴァイオリンの美感が融合した演奏といえよう。

ハイフェッツの完全主義者ぶりが如実に発揮された名演のひとつである。

両曲ともに、テンポが速いことでも有名だが、単なるテクニックの誇示に終わらずに、ベートーヴェンの第1楽章では、シンプルに音階を上下行するだけの箇所からもスリリングな楽興の時を紡ぎ出し、アウアー作にハイフェッツが手を加えた至難なカデンツァを演奏。

ブラームスも、その歯切れの良さが圧巻で、ハイフェッツ自作のカデンツァが奏される。

ハイフェッツと共演した2人の巨匠指揮者の存在感も光り輝いている。

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2007年12月03日


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ミルシテインについては私の友人が「ハイフェッツより断然上。ミルシテインに比べるとハイフェッツなんて下手くそ。」とまで言い切ったので、ここで疑問を呈したい。

筆者はミルシテインというヴァイオリニストがどうも苦手だ。

聴いてる最中はものすごくうまいと思うし、音色も非常に美しく感心することしきりなのだが、聴いてしばらく経つと、もうその感銘が残っていない。

ミルシテインは結局何を主張したかったのだろう?というわけだ。

ミルシテインは一見ザッハリヒなようでいて、実はニュアンス豊か。微妙な表情づけが素晴らしく、何よりテクニックが鮮やかである。

でも心を揺り動かされることがないのだ。同じスタイルでさらに優れたヴァイオリニストがいるような気がする。そう、ハイフェッツである。

ミルシテインはレパートリーの広いヴァイオリニストだったが、なぜか他の名ヴァイオリニストが自らの真価を問うシベリウスのヴァイオリン協奏曲を録音していない。

力強く豪快な表現が必要なシベリウスをレパートリーに入れていないところをこの人の見識とみるか、限界をみるか…。

筆者はそういうわけでミルシテインにあまり関心が湧かない。それでも上記「ナタン・ミルシティンの芸術」は充分に聴き応えがある。

どの協奏曲も磨き上げられた美しい音、冴えた技巧によって、鮮やかに曲想が描き出されている。

愛想の良い性格ではないが、その表情には洗練された豊かさがあり、格調が高い。

いずれも感傷とは距離を置いた爽やかな歌に、ミルシテインの柔軟な感性、時代と共に歩んできた感性を認めることができる。

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