ジュリーニ

2012年07月12日


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ブラームスを得意としたジュリーニであるが、1990年代に録音されたウィーン・フィルとの全集は、いかにも晩年のジュリーニらしいゆったりとしたテンポによる堂々の貫禄とも言うべき器量の大きさをもった名演揃いだ。

本盤に収められた「第1」は、冒頭の和音はソフトなフォルティッシモで開始されるが、その後はゆったりとしたテンポによる堂々たる進軍を開始する。

この進軍は主部に入っても微動だにしないが、他方、隋所に現れるブラームスならではの抒情的旋律については、これ以上は不可能なくらい美しく、かつ風格豊かに歌い上げている。

第1楽章の遅いテンポと克明・入念な表情は、いつもながらのジュリーニと言える。

内容的には充実感が強く、こまやかな陰影にも不足はない。

このような風格豊かな旋律の歌い方は、第2楽章や第3楽章でも同様であり、これは最晩年のジュリーニが漸く到達した内省的な表現が印象的な至高・至純の境地と言えるだろう。

第4楽章は、再び巨象の堂々たる進軍が開始されるが、主部の名旋律の演奏の何と歌心に満ち溢れていることか。

何よりもジュリーニが素晴らしいのは、これほど遅いテンポをとっても、全体の造型にいささかの揺るぎもなく、決して違和感を感じさせないこと。

ジュリーニの演奏を見事に支えるウィーン・フィルの重厚にして優美な演奏も素晴らしいの一言であり、この「第1」は、ジュリーニの渾身の超名演と評価したい。

「ハイドンの主題による変奏曲」にも同様のことが言える名演であるが、特に、第7変奏の筆舌には尽くし難い美しさは、空前にして絶後と言えるのではないだろうか。

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2012年06月19日


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ジュリーニは、イタリア人指揮者であるが、独墺系の作曲家による楽曲も数多く演奏した大指揮者であった。

ブラームスの交響曲全集は2度も録音しているのに対して、意外にもベートーヴェンの交響曲全集は一度も録音していないところだ。

本盤の演奏は、オーケストラがウィーン・フィルということも多分にあると思うが、これらの既に発売されている各演奏をはるかに凌駕する、ジュリーニによる両曲の最高の名演と高く評価したい。

このような圧倒的な名演奏が、今般、アルトゥスレーベルによって商品化にこぎつけられたことに対して、感謝の意を表さずにはいられないところだ。

それにしても、凄い演奏だ。

悠揚迫らぬゆったりとしたテンポ設定は、いかにも最晩年のジュリーニならではの指揮ぶりと言えるが、いささかの隙間風の吹かない、粘着質とも言うべき重量感溢れる重厚な響きは、かのブルックナーの交響曲第9番の重量級の名演(1988年)に比肩するものとも言えるだろう。

もっとも、これだけの重厚で粘着質の演奏でありながら、いささかの重苦しさを感じさせることはなく、歌謡性溢れる豊かな情感が随所に漂っているのは、イタリア人指揮者ならではの面目躍如たるものと言えるだろう。

いわゆる押しつけがましさがどこにも感じられず、正にいい意味での剛柔のバランスがとれた演奏と言えるところであり、これには、ウィーン・フィルによる美しさの極みとも言うべき名演奏が大きく貢献しているのを忘れてはならない。

いや、むしろ、ウィーン・フィルの敬愛するジュリーニが指揮台にいたからこそ可能な名演奏であったと言えるのかもしれない。

いずれにしても、本盤の両曲の演奏は、巨匠ジュリーニならではの至高の超名演と高く評価したい。

ジュリーニ&ウィーン・フィルによるベートーヴェンの交響曲の演奏については、本盤の第3番及び第4番以外に遺されているのかどうかはわからないが、本盤の超名演を聴いて、第5番や第6番、第7番、第9番あたりが遺されていて欲しいと思う聴き手は筆者だけではあるまい。

音質は、1994年のライヴ録音だけに、十分に満足できる良好な音質である。

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2011年09月10日


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1978年1月10日、ベルリン、フィルハーモニー・ホールに於けるライヴ録音。

ジュリーニの全盛時代は、ロサンゼルス・フィルの音楽監督をしていた1970年代後半から1980年代前半にかけてではないだろうか。

1980年代も後半になると、極端に遅いテンポによる粘着質の演奏に陥ることもあり、曲によって出来にムラが出来てくる傾向にあった。

しかし、全盛時代のジュリーニは、イタリア人指揮者ならではの豊かな歌謡性と、ドイツ音楽にも通暁するような重厚な造型美が織りなす堂々たる素晴らしい名演の数々を生み出していた。

本盤におさめられた3曲は、1978年という全盛時代。しかも、楽団史上最高の状態にあった天下のベルリン・フィルを指揮したということで、演奏が悪かろうはずがない。

特に、ラヴェルの『マ・メール・ロウ』とドビュッシーの『海』は、ジュリーニが何度もスタジオ録音を行った十八番とも言える楽曲であるが、本盤の演奏は、ライヴならではの熱気も相まって、ジュリーニによる両曲の最高の名演と評価したい。

特に、『マ・メール・ロワ』の気品ある優美さは、この時代のジュリーニ、そしてベルリン・フィルだからこそ成し遂げられた至高の美演と言えよう。

特にラストの「妖精の園」では慈愛に満ちた優しさを感じ取ることが出来る。

『海』の情感に満ち溢れた繊細な歌い方、そしてここぞという時の重量感溢れる演奏も大指揮者の風格が漂っているし、初登場の『左手のためのピアノ協奏曲』も、重厚さと繊細なタッチが見事に融合した稀有の名演である。

音質は、アナログ的な柔らかさに適度のホールトーンを含んであたかもコンサート会場に居るようである。

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2011年09月09日


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ジュリーニの初の《運命》で、実演でもこの交響曲を指揮するのは15年ぶりだったという。

それだけに改めて作品を綿密に再検討した上で実現した演奏は、きわめて緻密に構成され、堂々たるスケールと風格をそなえている。

しかも、その表現は決して居丈高になることなく、あくまでしなやかでみずみずしい。

きわめてドイツ的な音色をもち、構築的にしっかりとした演奏である。

4曲あるシューマンの交響曲の中で、ジュリーニが録音したのはこの第3番のみ。

旋律を存分に歌わせた情緒的な表現というよりも、楽曲の構成的な美しさをあらわしているのが特色で、ティンパニやホルンなど、この曲の最も重要なパートを、力強くはっきりと浮き彫りにしている。

現在では原譜支持が圧倒的だが、フルトヴェングラーやセルなどの20世紀の巨匠たちは、スコアに手を入れることを主張し、これを実践した。

本盤のセールス・ポイントはマーラーが手を入れた版を使用している点。

無論、オーケストレーションの旨さでは群を抜くマーラーの版ゆえに響きはよく冒頭からして、そのどっしりとした響きにひきつけられるが、オーケストレーションに未熟さのあったシューマンの交響曲の欠陥を、見事にカバーした快演である。

ジュリーニの演奏美学と感性にもピタリとはまる。

叙情性豊かでスケールの大きい壮麗な第3番が出現している。

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2011年08月08日


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1985年3月、ベルリン・フィルハーモニーにおけるライヴ録音。

ジュリーニのブルックナー録音は必ずしも多くないだけに、最円熟期の巨匠がベルリン・フィルを指揮しての第7番と第8番が相次いで発売されたことは、大きな朗報だった。

この曲の数多い名演のなかでもカラヤンに次いで筆者が魅了されるのはフルトヴェングラーとジュリーニである。

この第7番は、ジュリーニの高貴にして豊かな芸格を最も端的に伝える名演といってよいだろう。

すみずみにまで、神経をゆき届かせながらも、悠然とした構えの大きな音楽を作り上げているところに魅せられる。

その奥深く澄んだ響きはベルリン・フィルならではのもので、ジュリーニはそうした響きとベルリン・フィルの柔軟で底知れぬ表出力を、あくまでしなやかに毅然たる表現で生かして、まことにスケール豊かな、晴朗で力に漲った演奏を築いている。

ベルリン・フィルの磨き抜かれた響きと機能を緻密な表現と確かな造形によって、しかもスケール大きく生かしきった名演で、ブルックナーの巨大な音楽が晴朗な光の中にすっくと起立してくるような健やかで強い手応えがある。

特に第2楽章の緻密で美しくしなやかに歌わせる高貴な表現は、ジュリーニならではの至芸である。

最円熟期のジュリーニならではの名演であり、往年のブルックナー指揮者と肩を並べたといってよいだろう。

この壮大な作品の細部と全体を少しの夾雑物も交えることなく、澄明な光の中にくっきりと表現しつくした名演である。

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2011年08月07日


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ジュリーニ&ウィーン響の「ブル2」は筆者にこの曲の魅力を教えてくれた懐かしい演奏である。

なんとも詩情豊かな、洗練されつくした名演で、しかも生命感の希薄さとは無縁の内面の充実がある。

第1楽章から無用なものが一切なく、純粋に書法だけを音に変えた美しさが漂い出ている。

ジュリーニはブルックナーの音楽に誠実に奉仕し、自己の風格をその中に自然に反映させている。

ジュリーニのブルックナーへの傾倒を、ことごとく凝集したかのような演奏であり、豊かな洞察力と分析を背後に秘め、内的な共感を率直に反映しながら、みずみずしい音楽を歌う。

全体に優美で柔軟な味わいを持ち、第2楽章は内省的な味わいが濃く、テンポも無理なく比較的自由に動き、流麗な音楽を作っているのもジュリーニらしい。

特に後半の2つの楽章では、精妙なアンサンブルが壮麗な音楽を響かせ、劇的な表情を駆使できるところでさえ、あくまでも格調高く、高貴な品格を弱めることはない。

第3楽章のスケルツォの堂々とした風格、トリオの素朴な美しさ、終楽章のしっとりとうるおいを持った表情も印象的。

沈静と高揚、繊細と壮大といった対極的表現や、楽想の転換による音楽的途絶感の処理に、極めて綿密な注意を払った演奏だ。

やや官能的な快さまで含んだ表情の奥行きの深さには、柔軟な手つきで手操るジュリーニの確かな手腕がある。

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2011年03月03日


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ジュリーニは、素晴らしい《ドン・ジョヴァンニ》を残してくれた。

荘厳な序曲の出だしでデモーニッシュな幽玄の世界を描き、これに続くオペラがどんなドラマであるかを推測させる、充分な緊迫感のある音楽で迫ってくる。

ジュリーニは企てたドラマ性の追求を終始一貫してやり通し、細部まで配慮の行き届いた緻密な設計で、音作りを徹底した。

ジュリーニの創る音楽の流れには、無理がない。音楽は一貫して流れる。

これは彼の、《ドン・ジョヴァンニ》に対する信念と自信の表れであろう。

フィルハーモニア管弦楽団から、各声部、明瞭な分離のいい音、若々しい響きを引き出して、全曲を通じて歌手のアリアをタイミングよく支えている。

また、オーケストラも一体となって歌う。デモーニッシュな場面では、低弦部の響きが鬼気迫る迫力を生み出しているのも見落とせない。

まさしく、ジュリーニ以外ではできなかった、最高度の音のドラマである。

キャストも超豪華で、とくに円熟の極にあったシュヴァルツコップは文字通りの力演で、女心の複雑な心理をよく歌い分け、さすがと納得させられる。

シュッティは透明な声に加え聡明な歌いぶりで魅了し、サザーランドも素晴らしい声で豊かな音楽性を感じさせる。

男声陣はヴェヒターが若々しい情熱をもって歌い切って輝かしく、タデイも老巧なところを見せる。

この企画に参加した人々が、各自予想外の力を発揮し、それがひとつの目標へ向かう力となって、何人も考えることさえなかった高みに昇りつめた。

きわめて芸術性にすぐれた、奇跡のような録音である。

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2011年01月16日


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かなりゆっくりとしたテンポと厚みのある響きによるジュリーニの演奏は、モダン楽器による名演のなかでも、最も古楽器演奏の対極に立つ演奏と言えるかもしれないが、精妙な響きと表情など、モーツァルトの音楽の深さを風格豊かに表現した名演である。

この2曲の私の原点となっているのは、トスカニーニの演奏である。

トスカニーニの速めのテンポによる厳しい表現と高貴ともいえるカンタービレの美しさは絶品だからだが、同じイタリアのジュリーニはトスカニーニとは対照的ともいえる遅いテンポをとっている。

しかし、その遅めのテンポも、晩年のフリッチャイの演奏がフルトヴェングラーを連想させたのに対し、ジュリーニの場合は厳格な造型感やしなやかなカンタービレの美しさにトスカニーニとの共通点を感じる。

また、遅いテンポによりベルリン・フィルからひきだした多様な響きと微妙な表情もジュリーニ独特の高雅な魅力といえよう。

両曲とも遅めのテンポをとり、しなやかで優美に旋律を歌わせることに主眼を置いた演奏で、オーケストラの艶やかな弦の響きを生かした流麗なモーツァルトが生まれている。

演奏を支えているのは、遅いテンポ、明確な表現、旋律の悠揚とした歌、この3つの要素だ。

第40番の第1楽章は細部が明確、ポルタメント気味の表情が独自の風格を感じさせ、第2楽章では旋律の情緒性が徹底して示されている。

第3楽章のトリオの歌も魅惑的だ。

「ジュピター」もロマン派の古き良き時代を想起させる演奏で、第2楽章は声楽的そのもの、第3楽章もなめらかで息づかいが大きい。

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2010年12月24日


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ジュリーニのヨーロッパ帰国時代のフランス音楽名演集。

ジュリーニはロス・フィル音楽監督時代に《海》《マ・メール・ロワ》を録音しており、自身の手で鍛え上げたロス・フィルの緻密な合奏力を駆使して、精緻この上ない完璧なまでの演奏を聴かせていたが、ここでの《マ・メール・ロワ》はロス・フィルを退いて5年後、そして《海》はさらに5年を経たジュリーニ80歳の時にコンセルトヘボウ管で再録音したもの。

《亡き王女のためのパヴァーヌ》も再録音だが、《牧神の午後への前奏曲》は初録音。

最初に聴いたとき、「この深み、気品、スケールの大きさは尋常ではない」と深く感じ入った。

その演奏は、いずれも聴き手を意識していないような内的緊張感をもって、丹念に音を積み上げてゆきながら、崇高なまでに美しい音と響き、何とも形容し難いほどの表情を生み出しており、まさに感動的である。

ジュリーニは、ここで、ひとつひとつのフレーズを慈しむかのように丹念に音楽をつくり上げることによって、深い内容をたたえた崇高美とも言うべき異様なまでの音楽美の世界をつくり上げている。

それは、もはや祈りにも近い。

《海》は、第1楽章の大きく孤を描くようなスケールの大きな設計。第2楽章の生き生きとした表情。第3楽章の激しさと美しさと迫力。心を深く揺さぶる。

また、ラヴェルの《亡き王女のためのパヴァーヌ》は遅いテンポだが、じっくり響き切った充実した演奏。

《マ・メール・ロワ》の気高くヒューマンな世界も素晴らしい。

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2010年10月31日


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ジュリーニが15年ぶりに指揮したオペラ上演のライヴ録音。

ジュリーニは、その若い時期にはミラノ・スカラ座などの指揮者として数多くのオペラを指揮していたが、複雑な要素がからみあって安定しにくい歌劇場という場所に肌が合わず、1960年代後半から実際の舞台を敬遠し、セッション録音だけでオペラを指揮するようになっていた。

そのジュリーニが久しぶりにピットに入ってライヴ録音されたのが、この《ファルスタッフ》である。

ジュリーニらしく真摯で格調の高い《ファルスタッフ》で、このオペラとしては笑いが少ないかもしれないが、巨匠の下で初めてオペラに取り組んだロスアンジェルス・フィルの生き生きとした演奏から、その喜びが伝わってくるようである。

彼とは相性のよかったロスアンジェルス・フィルが珍しくオペラを演奏したのも、この指揮者を励ます結果となったのだろう。

同時期のセッション録音よりも生気豊かで、しかも充実した演奏になっている。

この一見なんの変哲もなさそうな朴訥としたジュリーニの音楽のなかから、老ヴェルディがシェイクスピアのドラマのなかに託した安直な笑いを超越したメッセージが届いてくる。

ブルゾンやリッチャレッリらの歌手陣も新鮮で隙がなく、のびのびと整った歌唱とアンサンブルを聴かせてくれる。

他に類のないアプローチという点で、トスカニーニやカラヤンの録音に次ぐ3組目の《ファルスタッフ》にふさわしい1枚である。

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2010年08月17日


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新盤とは別人のような、若き日のツィマーマンの初々しい情感に満たされた演奏だ。

第2番が名演。

ツィマーマンはショパンを完全に自分のものにしており、作品の情感、リリシズム、ロマンティシズムを細部まで感じぬいている。

それは上等で匂うような音楽性、デリケートで柔軟な感性に裏打ちされたものだ。

それに高雅な香りと気品にみちているのがすてきだ。

この作品が書かれたときの、ショパンの年齢に近かったころのツィマーマンの録音だけに、若々しく純粋な感性で音楽をつくりあげている。

ことに、初恋の気持ちをあらわしたともいわれる、幻想曲ふうの第2楽章は絶品だ。

第1番はきわめて繊細なタッチで優美に表現しているのが魅力だ。

その音だけ聴いていると、あたかも女性が弾いているような感じで、しなやかで甘く、この作品の抒情的な流れを、ごく自然に歌わせているところにひかれる。

特に第2楽章がよく、病的な青白いロマンの一種独特な雰囲気がたちこめている。

ジュリーニの棒もうまく、立派である。

両曲ともドイツ風の充実し切った響きによる立派さが際立っている。

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2010年06月27日


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1979年2月ウィーンのムジークフェラインザールでテレビ放送のために行われた特別演奏会のライヴ録音。

ミケランジェリがもっとも脂の乗り切った時期に録音されたライヴ。

実に健康的なベートーヴェンだ。

第3番では、ジュリーニのテンポは遅めで引き締まった表情をもち、しかも晴れやかな表情もあって、魅力的だ。

ミケランジェリのソロは、タッチが明確で1つ1つの音が美しい余韻を伴っていて全体が清々しい。

これは感覚的な美しさというべきもので、この曲の古典的な様式とロマン的な様式の接点を見事に捉えている。

ピアノの音の純粋な美感をこれほど感じさせる演奏も少ない。

「皇帝」は、たいへんスケールの大きな演奏で、しかも細部の彫琢も行き届いている。

ミケランジェリのピアノはデリカシーの強調は一切なく、思い入れとは無縁の表現で、アクセントの強い男性的なフォルティッシモを駆使し、スケール雄大に、骨太に、颯爽と進める。

ミケランジェリの良さは、そのようなスタイルをとりながらも落ち着きと風格を保ち、音色自体から生理的な喜びを与えてくれる点。

高音は夜空に打ち上げられる花火のきらめきに、低音は打ち上げ音に、またオーケストラ伴奏は大群衆のどよめきに似て、ひびきと光の饗宴を楽しませてくれる。

とくに高音のきらめきは磨き抜かれた艶をおび、仕掛け花火がつぎつぎに炸裂してゆくようで、眼のさめる思いをさせられる。

アポロン的名演とでも言おうか、ここには理想主義的な「エンペラー」像がある。

希代の名演であり、文句のつけようがない。

ライヴなのに音質もバランスも極上で、今までのどの「エンペラー」よりも素晴らしい。

以前の録音に比べても、59歳のミケランジェリには、落ち着きと貫録が加わり、アポロン的清澄度は一層高まったのである。

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2010年03月16日


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ジュリーニならではの懐の深い音楽に思わず引き込まれる名盤。

ジュリーニにとって2曲とも3度目の録音だけに、隅々まで磨きあげた表現をつくっている。

特にドヴォルザークは旋律を晴朗かつ伸びやかに歌わせながら、構成力が強い。

繊細と豪快を合わせ持ち、決して煽情的にならない格調の高さがあり、これこそ巨匠の音楽といえるだろう。

オーケストラのアンサンブルはきわめて緻密に構築されており、しかも堅苦しさは微塵もない。

ドヴォルザークの音楽の源泉であるボヘミアの民族的要素を適度に表出しながら、音楽はまったく弛緩することなく進んでいく。

チェコの指揮者とオーケストラによるそうした民族的要素をより生の形で表出した演奏も魅力的だが、交響曲という形式のなかに織り込み、高い次元に昇華させたジュリーニの解釈はより含蓄に富んでいる。

格調高い語り口で進行していく音楽は細かな作為とは無縁。その総体としてこけおどしではない大きな劇的起伏が作り上げられるのには驚かされる。

それは無欲の境地に到達した巨匠のみに可能な演奏といえるだろう。

ラヴェルも優雅な表現で、洗練の極みともいえる音と表情がユニークで、各曲の特色が判然と示された秀演だ。

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のしっとりとした美しい響きと高いアンサンブル能力も特筆に値する。

共感豊かな演奏によってジュリーニの伴侶となっている。

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2009年07月26日


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全曲が一分の隙もなく構築され、あらゆる音構造が明晰に表出された稀代の名演だ。

第1楽章は表情があくまで高雅で、テンポはかなり遅めだが異様な緊張が持続している。

それにしても何とこまやかな味わいに満ちあふれた演奏だろうか。音楽はきわめてさり気なく始まり、こちらから真剣に耳を傾けなければ素通りしていきそうなところすらある。

しかし、いったんその中に没入したならば、その豊かな世界の虜となってしまう。

ゆっくりとしたテンポで始まり、大仰なところは微塵もない。しかし、自在に呼吸する音楽は細かく揺れ動き、さまざまな表情を作り出している。

第2楽章は素直で流れがすこぶる自然で、高貴な佇まいは他の指揮者からは滅多に得られないもの。

第3楽章も内的緊張感が非常に強く、しかも立体的な美感が明晰に現れている。ゆっくりとした歩みのなかにスケルツォという枠組みを超越した味わいを醸し出す。

終楽章は実に劇的に盛り上げており、巨匠の年輪を感じる。

巨大なスケールと枯淡の情趣を兼ね備えたフィナーレもジュリーニならではの至芸といえよう。

こうした表現はウィーン・フィルの真に深々とした響きなしには考えられない。

悲劇的序曲も確信に満ちた表現で、ジュリーニの名人芸には息を呑む思いだ。

ジュリーニという指揮者の芸術の奥深さを改めて思い知らされる名盤。人生経験を多く積んだ聴き手ほどその味がわかるディスクではなかろうか。

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2009年07月04日


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ジュリーニは歌の人だ。演奏のどこを切っても、ティンパニの一打にすら豊潤な歌が溢れている。それはトスカニーニのようなナイフの切れ味を持った歌ではなく、独特の粘りとうねりを伴うのが常だ。

このマーラーにも、ジュリーニ特有の粘りつくような歌が健在である。ゆえに賛否両論、「この歌の渦にいつまでも巻き込まれていたい」という人もあれば、「付き合いきれない」「これはやり過ぎだ」という人もあろう。

私は断然前者である。それは自分の性分にピタリと合うからだろう。

ジュリーニの歌に惹かれるのは、その歌が誰にも真似できない「豊かな響き」を持っていること。また、いかに歌が洪水のように溢れていようと、その道筋が道理にかなっているからであろう。

然るべきところにアクセントがあり、その長い呼吸には不自然さがひとつもない。

もちろんそれらのすべてができただけで、マーラーの「第9」が完璧に演奏できるというわけではないだろう。だとすると、演奏家よりも理論家、音楽学者の方が立派な演奏ができるということになってしまう。

結局、最後にものを言うのは、音楽家個々人の直感であり、本能であり、霊感なのだ。

ジュリーニのマーラーに聴く、心にズシリと響く感触は、ジュリーニの人生そのものであり、その人生はマーラーによって祝福されていると思えてならない。

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2009年06月26日


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オリジナル楽器隆盛の今日、ジュリーニのこの素晴らしい演奏は、バッハの音楽の普遍的な美しさの本質を教えてくれる。

冒頭のキリエの、優しく豊かで深い祈りの歌が始まると、われわれの耳と心は感動的な至福の世界へ誘われる。

「バッハの様式は云々…」といった衒学的な狭い世界とはまったく一線を画したこのジュリーニの演奏は、さりとてロマン派風の解釈という括弧でくくるのにも抵抗がある。

ひたすらに音楽的で、ひたすらに人間的で、ひたすらに宗教的な演奏なのだ。

バッハがラテン語のテクストに託した想いは、ジュリーニとバイエルン放送局のコーラスとオーケストラの心を通じて比類なき姿となって、われわれの前に提示された。

バッハの音楽は、常に人間にとって新しい。あらゆる演奏スタイルを受け入れ、しかも作品としての生命を失わないバッハこそ、音楽の尽きせぬ魅力の源泉と言える。

このジュリーニがバイエルン放送響と合唱団を指揮したライヴ録音の、あらゆるメンバーがバッハの音楽とジュリーニの指揮に共鳴し、優しい祈りの如くに、しなやかに、しかも深い感動を込めて歌い上げている名演を聴くと、バッハの偉大さを改めて思わざるを得ない。

あらゆる声部が、オーケストラもコーラスもこれほどまでに共感をもって、有機的にからまり合い高まって行くバッハ演奏は決して多くない。

老巨匠ジュリーニの凄さとバッハの偉大さが生み出した稀代の名演である。

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2009年06月16日


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ベートーヴェンは、この曲の旋律的な美しさをあますところなく表出した演奏である。

パールマンの技巧は完璧そのもので、しかも豊かで美しい音色はこの上もなく魅力的だし、また演奏のスケールも大きく、ヴィルトゥオーゾの貫録を漂わせている。

終始自信に満ちた演奏で、どの部分をとっても楽器が完全に鳴り切っている。

旋律はよく歌い、音色は明るく艶やか。情感にも富んでいて、瑞々しい抒情性も失わず、音楽があくまで自然に豊かに溢れ出てくる。

無駄のないボウイングは緻密で清らかな音を生み出し、それが明快なフレージングと結びついた演奏は、実にのびやかで同時に引き締まっている。

これほど豊かに歌わせ、しかも美麗に磨きあげた演奏というのも珍しい。

パールマンの演奏で聴いていると、この曲は少しも難しくなく、きわめてスムーズで美しい音楽に聴こえるから不思議である。

彼の個性が最も効果を挙げているのは第2楽章だろう。

真摯であるがむきにならず、余裕をもって演奏しているため、音楽は豊かな雰囲気で聴き手に訴えかけてくる。

ジュリーニの堂々としたスケールの大きな好サポートも特筆すべきで、充実した荘重な運びの中にソロを包み、第1楽章や第3楽章などでのパールマンとの激しいわたりあいは聴きものだ。

再録音のブルッフも素晴らしく、自信にあふれた美音であくまでも明るく、粘りをもって弾いており、楽器が完全に鳴り切っている。

テクニックの切れも素晴らしい。

ハイティンクの指揮も、彼にしては珍しいほど気迫に満ち、オケも燃え切っている。

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2008年08月02日


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モーツァルトのオペラの中でも「フィガロの結婚」には特に魅力的な演奏が多いように思う。

そのなかでもステレオ初期のE.クライバー盤をはじめ、1960年代のベームと1970年代のカラヤン盤、1980年代のムーティに1990年代のアバド盤などは、どれも特徴的なすぐれた演奏だが、ジュリーニ盤はキャストが素晴らしく、それを統率している指揮も非常に見事である。

ジュリーニがほぼ同時期に録音した「ドン・ジョヴァンニ」にも参加しているヴェヒターとシュヴァルツコップの伯爵夫妻の他、フィガロのタデイ、スザンナのモッフォ、ケルビーノのコッソット、アントニオに起用された若き日のカプッチッリなど、ウィーンとイタリアの歌手を中心にした贅沢なキャストは、それぞれが理想的な適役といってよいだろう。

オペラ歌手として最盛期を迎えていたシュヴァルツコップの伯爵夫人と瑞々しい新鮮なモッフォのスザンナ、ヴェヒターの伯爵と名ブッフォを強く印象づけたタデイのフィガロの声の対比と性格表現などもまったく申し分なく、24歳のコッソットのケルビーノもとてもチャーミングである。

しかし、この演奏の最大の魅力は、ジュリーニがウィーン風の優雅さや陰影、ブッファ特有の愉悦感などをひきしまった流麗なテンポでバランスよく表現していることで、この「たわけた1日」を生き生きと描いた傑作オペラの永遠のスタンダードともいえる名演である。

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2008年01月31日


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輪郭とは、物の外形を表す線のことである。

音に絵のような平面的な形があるわけではないが、メロディやフレーズの動きがクッキリと流れを作り、響きがいつまでもクリアに整理された、例えばジュリーニが指揮したような演奏を聴いていると、どこにホログラフのような響きが形を作って浮かび上がってくるように感じることがある。

この言葉は、そんなヴィジュアルな印象を絵になぞらえた比喩であり、終わりから始まりに向けて全体を終始俯瞰しつつ、そこで鳴っている音を脈絡づけて楽しむという、クラシック独特の習性が生み出したイリュージョンである。

ジュリーニの演奏の中でも、例えばドヴォルザークの交響曲第8番「イギリス」にシューベルトの交響曲第4番「悲劇的」がカップリングされたCDなどは、そんなイリュージョンが、かなりハッキリと見えてくる。

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2008年01月17日


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ジュリーニは1976年にこの曲をシカゴ響と録音して大変に充実した演奏をきかせてくれたが、今回はいっそうスケールを増し、表現にも厳しい深化を加えている。

これほど精緻で無駄がなく、心情の深さと歌に満ちたブルックナーは滅多に聴けるものではない。

決して威圧的にはならず、表情は控え目ながらも、堂々とした器量の大きさが伝わってくる。

ジュリーニの指揮は第1楽章からすこぶる大きな起伏を示しており、激しい共感を表し、フルトヴェングラーもかくやと思わせるほどでトゥッティも雄大このうえない。

第2楽章も透徹した表現で、豪壮に、また冴えた感触で表出される。

第3楽章も厳しく磨き抜かれており、楽想の彫りが深く構築的であるのは特筆に値する。

スコアを忠実に音にしながら、そこに内面の真実が示されており、すべてにバランスのよい純粋な音楽が表現されている。

もはや完璧と表現したい名演であり、第3楽章のコーダは独自の説得力と風格を持った演奏で、円熟の名演とはこのことであろう。

両端楽章がそれぞれ28分、29分と、超スローの演奏であるが、明確な造形の展望をもって組み立てられ、均等に確実に進んでゆく。

なによりも美しい響きのゆえに、長いことがそのまま聴く喜びの増大となる。

録音当時74歳の巨匠ジュリーニの記念碑的な仕事といえよう。

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2008年01月16日


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激しい劇性を秘めたジュリーニ盤は、非常にスケールが大きく、しかも隅々まで神経が行き届いた演奏である。

特に、ひき締まった表情で劇的に巨歩を進める演奏を貫く、強い意志と構成力は圧倒的。

抒情的な安らいだ表現の中にかすかな憂いの陰をたたえているのも、演奏を印象深いものにしている。

ジュリーニのこれまでのレコーディングの中でも、これは特にすぐれたものといえる。

ジュリーニの演奏の最大の特性は遅めのテンポにある。

それが最大の功を奏したのがこの作品だ。

構築的交響曲作家と言われるブルックナーは非常に多くの素材を用いている。

それらを有機的関連のなかで再構築できるか否かが決め手だ。

ジュリーニの至芸が冴える。

隅々にまで、神経をゆき届かせながらも、悠然とした構えの大きな音楽を作り上げているところに魅せられる。

使用版はノヴァーク版(1890年版)をそのまま使い、ほとんどの指揮者が行っているような他の版との混用を行っていない。

全体から受ける印象はクレンペラーを思わせるものがあるが、演奏の緻密さ、完全主義のレヴェルの高さはそれ以上といえる。

ジュリーニ会心の演奏といえよう。

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2008年01月15日


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ベーム同様、ウィーン・フィルを指揮しているが、ジュリーニの場合はさらに旋律をよく歌わせた素晴らしく美しいブルックナーだ。

ブルックナーの音楽の歌謡的な面を実によくとらえており、外面的な華やかな効果をねらわず、内面的に深い"歌"になっているところが特徴だ。

演奏の性格としてはワルターに似ているが、よりオーケストラを美麗に鳴らし、整然とした表現を行っている。

ウィーン・フィルの響きは、つややかな光沢におおわれ、しかも奥床しさを失わない。

すべての余裕が安定感と明晰な表情につながるみごとなアンサンブルだ。

ジュリーニは、譜面上にないテンポを適当におりまぜて、さらに旋律の歌わせ方の優しさ、感情の豊かさ、アクセントの絶妙さのすべてを洗練された節度をもって表している。

音楽の進行の中核に常に1本の旋律をとらえ、滔々とした流れを作り上げて、作品の自律的な構成を明確に示した演奏である。

じっくりと腰をすえて演奏した第2楽章、金管楽器の響きを思う存分生かしてたくましく盛り上げた第3楽章。

異種のテクスチュア間の移行を実に円滑に行なっており、第4楽章の主要主題も跳ねる形ではなく、あくまでも線として描き上げている。

いかにもジュリーニらしい、丹念な音楽づくりである。

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2008年01月14日


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ジュリーニ盤は、血湧き肉踊るひたすらの熱狂や昂奮のみに走ることをきびしく拒否して、音楽とドラマの深奥をしっかりと見つめ、そこに生まれ出る感動と美とを精妙きわまりない表現に結実させた独特の気品にあふれた演奏である。

これはひとえに、指揮者ジュリーニの功績だろう。

ジュリーニの表現は、全体にややクールな感じもするが、精緻によくまとめており、カプッチッリとともに心理的な面で究極の演奏を繰り広げる。

それと、カプッチッリのリゴレットが絶品だ。

彼は、このリゴレットの性格を深く彫り下げ、屈折した人物像をあますところなく表出している。

声量が豊かなのも大きな魅力で、第2幕の「悪魔め、鬼め」は名唱だ。

コトルバスのジルダもこの薄幸の女を美しく表現している。その清純にして意志的なジルダはほぼ理想に近い。

ドミンゴの公爵はやや曇った声ながら好演。

またオブラスツォワのマッダレーナは、いかにもドスの利いた悪女ぶりが際立っている。

2つの幕を1枚ずつ収録している。

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2007年12月03日


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アバド、ムーティ、シャイーらが活躍する今日のありようからは考え難いが、トスカニーニ以降、アバド、ムーティが登場するまでの数十年間、イタリアからは名指揮者といえば、ジュリーニくらいしかいなかった。

だがジュリーニは、気負うことなく自身のペースを守って音楽活動を続けた。

「私は最大の野心以外に野心をもたない。それは音楽することである。」

この言葉どおり、ジュリーニは一流オーケストラのシェフを熱望することも、金と権力に執着することもなかった。

そういった性格のジュリーニが奏でる音楽は温かく情味に溢れている。旋律を愛でるように歌いまわし、響きも柔らかい。どんな作品にもしばしばある毒が浄化され癒しの音楽に変貌していくかのようだ。

イタリア人音楽家の核となるのが「歌」である。ジュリーニはそのキャリアの半ばでオペラとは決別し、ドイツ=オーストリア音楽に音楽家生命を捧げている。

彼はそうしたオーケストラ音楽の中でもやはり「歌」を大切にした。上記のディスクはみな美しいカンタービレという形で実を結んでいる。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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