オイストラフ

2017年02月28日


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ダヴィッド・オイストラフがユニヴァーサル傘下のレーベルに遺した音源を集大成した企画で、ドイツ・グラモフォン、デッカ、フィリップス及びウェストミンスターへの録音がCD22枚に纏められている。

このうちブルッフの協奏曲では彼が指揮に回ってソロは息子のイーゴリが弾き、モーツァルトの協奏交響曲ではイーゴリがヴァイオリン、彼はヴィオラを担当しているが、いずれにしても20世紀が生んだ最も優れたヴァイオリニストの遺産がバジェット・ボックス化されたことはファンにとって朗報に違いない。

既出のEMI『ザ・グレイト・レコーディングス』17枚組と合わせると彼の代表的なレパートリーをカバーする重要なコレクションになることは疑いないだろう。

協奏曲集ではEMIのセットが凌駕しているが、オイストラフ・トリオを組んだクヌシェヴィツキー、オボーリンとのアンサンブルやソナタなどの室内楽はこちらに貴重な音源が数多く収録されている。

中でもCD17−20のベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲はオイストラフとオボーリンによる記念碑的な遺産であり、彼らの音楽性が典型的に示された、20世紀の演奏芸術の最高峰と言えるレコーディングとして高く評価したい。

それは音の美しさや技術の練磨とともに、2人が厳しい客観性を持って楽譜を見つめ、あらゆる余剰を切り捨てた上に自分たちの音楽的活動を注ぎ込んだためだ。

そこに高貴なほど格調の正しさを持ち、あらゆる音符に意志と感情を通わせた稀有の名演が成立し、深い精神性をもって聴き手を押し包み、現代の最も普遍的なベートーヴェン像がここに屹立している。

オイストラフとオボーリンの最盛期の録音だけに、音色も美しく、音楽の作り方も、ふっくらとした中に、作品の神髄に迫る迫力のある演奏となっている。

オイストラフとオボーリンは全体にやや遅めのテンポをとり、それによって豊かな表情を付け、脂の乗り切った2人の、ベートーヴェンの音楽への深い共感が伝わってくるかのようだ。

例えば《クロイツェル》がその良い例で、ロマン的香気に溢れ、音楽的にも大変充実しており、気迫のこもった熱っぽい演奏を行っている。

両者ともに絶頂期にあった演奏で、しっかりとしたテクニックに裏づけられ、表現意欲に燃えていて、特にオイストラフの豊麗な音色と滑らかなボウイングで辿る骨太な構成力と揺るぎない安定感は特筆される。

第1回ショパン・コンクールの覇者でもあったレフ・オボーリンの正確だがいくらか杓子定規で融通性のないピアノに不満がないでもなく、現代となってはそのスタイルに古めかしさを感じないでもないが、完成度の高さは認めざるを得ず、ベートーヴェンのソナタ演奏を代表する名演と言える。

その他にもCD8のラヴェルの『ツィガーヌ』やCD9のアンコール・ピース集など彼が後年レパートリーから外してしまった曲目が聴けるのも幸いだ。

またチェンバロのハンス・ピシュナーとのバッハのヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのためのソナタ全曲は廃盤になって久しかったアルバムだ。

彼が何故バッハの無伴奏ソナタとパルティータを弾かなかったのかは分からないが、もし全曲録音を果たしていればさぞ魅力的な演奏であっただろうと想像される。

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2016年09月13日


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ダヴィッド・オイストラフは晩年にヨーロッパを代表するオーケストラを自ら指揮した演奏を少なからず録音していて、この3枚組もベルリン・フィルを弾き振りしたモーツァルトの協奏曲集になる。

真作とされる5曲のヴァイオリン協奏曲とヴィオラが加わる協奏交響曲変ホ長調及びコンチェルトーネハ長調、更に断片として遺されているロンド2曲とアダージョホ長調を収録している。

つまりモーツァルトが作曲したオーケストラ付のソロ・ヴァイオリンのための作品全集ということになる。

それらにはオイストラフ円熟期の端正だがバイタリティーに溢れた音楽観が示されていると同時に、彼の晩年の精力的な演奏活動の記録でもある。

ちなみに彼の最晩年のセッションを飾っているのもパウル・バドゥラ=スコダと組んだモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集で、オイストラフが音楽の故郷としてモーツァルトに帰っていたことが想像される。

それだけに奇を衒ったところのないシンプルな解釈の中に、磨き上げられた音楽性とテクニックが光っていて、モーツァルト・ファンにとっても模範的なサンプルとして欠かせない曲集だろう。

ベルリン・フィルと刺激しあい、協調しあった新鮮な演奏で、名高い第3番から第5番はもちろんのこと、初期の第1番、第2番も豊饒そのもの。

ベルリン・フィルのようにアンサンブルにも超一流の腕を持つオーケストラは、指揮者が不在でも破綻なく高水準の合奏をすることが可能だが、モーツァルトではむしろ抑制を利かせることが要求される。

そのあたりのオイストラフのサジェスチョンを心得たダイナミズムも巧妙だが、個人的にはもう少し小ぢんまりまとめても良かったと思う。

しかしそれぞれの主題提示部での精彩に富んだ生き生きとした表現や、第3番の緩徐楽章でのヴァイオリンのカンタービレを支える抒情の豊かさも聴きどころのひとつだ。

協奏交響曲のヴィオラ・パート及びコンチェルトーネの第2ヴァイオリンは彼の息子イーゴリ・オイストラフが担当していて、バランスのとれたデュエットを披露しているが、正直言って父親の器量には一歩も二歩も譲っている。

尚ここに収められたモーツァルトのヴァイオリンを含む総ての協奏曲とオーケストラ伴奏付のソロ・ヴァイオリンのための小品は、以前にEMIからリリースされたオイストラフのコンプリート録音集にも全曲含まれていて、実際にはその全集の中からCD9−11の3枚をピックアップしたのがこのセットになる。

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2016年06月03日


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EMIのグレート・レコーディングス・オヴ・ザ・センチュリーの1枚で、数年前に新しいリマスタード盤がレギュラー・フォーマットでリリースされた音源をレジェンダリー・シリーズとして新規にDSDリマスタリングして復活した。

音質は更に磨きがかかって音場に奥行きも出ている。

ヴァイオリン協奏曲第1番及びヴァイオリン・ソナタ第2番はモノラル音源だがSACD化の効果は充分聴き取れる。

いずれもオイストラフ絶好調のセッションで、例えばロヴロ・フォン・マタチッチ指揮、ロンドン交響楽団とのヴァイオリン協奏曲第1番の第2楽章ではソロ・ヴァイオリンの第一声から聴き手をぐいぐいと引き込んでいくパワフルな奏法と、目の醒めるような鮮やかなテクニックが冴え渡っている。

同第2番はアルチェオ・ガリエラ指揮、フィルハーモニア管弦楽団との協演で、第2楽章の洗練を極めたカンタービレの美しさと、決して上滑りしない深みのある歌心の表出はオイストラフならではの格別な味わいがある。

また終楽章の堂々たるロシア風のスケールの大きさと風格も圧倒的な表現力の広さを示している。

前者は1954年、後者が1958年のセッション録音になる。

一方最後に収められたヴァイオリン・ソナタ第2番ニ長調は、元来プロコフィエフがフルートのためのソナタとして作曲した作品だったが、オイストラフの助言でヴァイオリン用に改作されて以来、むしろヴァイオリン・ソナタとして取り上げられることが多いようだ。

ヤンポルスキーのピアノ伴奏で、こちらは1955年の録音になり他の2曲に比較してややドライで音質の古めかしさは否めないが、バランスは良く鑑賞には充分堪えられる。

第3楽章にはフルートにより適していると思われる曲想が現われるが、オイストラフの音楽的ニュアンスの豊かさにカバーされて、ヴァイオリン・ソナタとしてのオリジナリティーを発揮している。

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2016年05月15日


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ダヴィッド・オイストラフは1962年にピアニスト、レフ・オボーリンと共にベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲をセッション録音している。

その演奏は全く隙のない生真面目なもので、模範的だがオイストラフの個性が自在に発揮されているとは言えなかった。

敢えて言えば華やかさや喜びの表現が隠されてしまって、意気を抜くことができないほど厳格で緻密な再現になっている。

それはまたオボーリンの精緻だが遊び心の少ない伴奏に影響されていたのかも知れない。

それに反してこのライヴ録音の3曲からは、テクニック上のミスは多少あってもオイストラフが嬉々として演奏を愉しんでいる様子が伝わってくるし、二人のピアニストもそれぞれが表情豊かなサポートでこの曲集の多彩なプロフィールの表現を試みている。

チェコ・プラガの企画によるリマスター・ステレオ・ライヴ録音だが、SACDシリーズとは別のレギュラー・フォーマット仕様。

3曲の中でも相性の良かったリヒテルとの協演になる第6番イ長調が抑制された古典的な優雅さと安定感を感じさせて白眉だ。

ベートーヴェンは終楽章アレグロにテーマとヴァリエーションを置いているが、両者の呼応の巧みさがこの曲の流麗でしかも才気煥発な楽想を楽しませてくれる。

彼らの演奏で『クロイツェル』も聴きたいところだが、第5番『春』と第9番『クロイツェル』の伴奏は多くのコンサートでパートナーを務めた女流ピアニストのフリーダ・バウアーで、流石にオイストラフに見込まれただけあって、彼女も伴奏に回ってもソロに付き随うだけでなく自己の主張を忘れない個性派の演奏を聴かせている。

『春』ではストラディヴァリウスの明るい響きによって、第一声からまさに春の息吹きをイメージさせるような開放感に満ちている。

欲を言えば第3楽章スケルツォのシンコペーションの面白さはシェリング、ルービンシュタイン盤の方が絶妙だ。

『クロイツェル』では冒頭の短い無伴奏ソロ部分がオイストラフ特有の押し出しの良さで大曲の貫禄を感じさせているし、両急速楽章の協奏的なやり取りでも、しばしば聴かれる戦闘的な競演ではなく、圧倒的な余裕の中に音楽の豊かさを表現し得ている。

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2016年04月21日


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このCDに収録されたオイストラフのソロによるチャイコフスキー及びシベリウスのヴァイオリン協奏曲は、10年ほど前にメロディアのオイストラフ・エディション第1巻に組み込まれた、どちらもゲンナジー・ロジェストヴェンスキーとのライヴ録音で、入手困難になっていたが、忘れられない名盤の待望の復刻である。

前者が1968年7月27日のモスクワ放送交響楽団、後者と最後に置かれているシベリウスのヴァイオリンとオーケストラのための2曲の『ユモレスク』が1965年7月23日のモスクワ・フィルハーモニー交響楽団との協演と記載されているが、何故かメロディア盤とはオーケストラの名称が逆になっている。

新しくリマスタリングされているので、この時期のモスクワ・ライヴとしてはオイストラフのソロも鮮明に再現されているが、チャイコフスキーの方は録音データが新しいにも拘らず、モノラル録音で電気的に音場を拡げた擬似ステレオらしく、オーケストラ側の分離、解像度はいまひとつだ。

また残響がやや過剰で、演奏終了後のホール内にエコーのような歪んだ響きが残ってしまっている。

シベリウスは状態の良好な正真正銘のステレオ録音で、リマスタリングの効果も一層明瞭で艶やかな音質が再現されている。

尚このジェニュイン・ステレオ・ラブ・シリーズは同じプラガ・ディジタルスからリリースされているSACDではなく、従来のレギュラー・フォーマットであることに注意する必要がある。

演奏に関しては指揮者ロジェストヴェンスキーの激しさに感化されてか、オイストラフもセッションでは聴けないようなドラマティックな表現が特徴で、ソロもオーケストラも燃え切っていて、いずれも屈指の名演と言えるものだ。

チャイコフスキーでは終楽章の噴出するような情熱が通常のオイストラフのイメージでもある磐石な安定感とは異なった意外とも思える彼の一面を見せていて興味深い。

オケが土俗感丸出しで荒れ狂い、オイストラフがそれに応えるあたりの凄まじさは、ライヴならではの聴きものである。

一方シベリウスの協奏曲はハチャトゥリアンのそれと並んで他の追随を許さないほどのオイストラフの十八番であった。

シベリウスらしい北欧の香りにはいささか乏しいが、弱音を重視した流麗な演奏であり、オイストラフがこの音楽に身を捧げているかのような愛情が感じられる。

特に、第2楽章の哀調や、ほとばしる情熱が聴きもので、厳しく気迫のこもった演奏を聴かせている。

ロジェストヴェンスキーの創り出すブラス・パートの咆哮がこの曲のシンフォニックな側面を強調しているが、オイストラフの応酬も凄まじく躍動的で大きなスケール感を堪能させてくれる。

尚シベリウスは作品87の2曲及び作品89の4曲の計6曲の『ユモレスク』を作曲していて、ここに収められているのは前者の方だが、それぞれがオーケストラ付の機知に溢れた小品で、第2曲ではオイストラフの溌剌としたソロが無窮動的な曲想を更に生き生きと描き出している。

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2016年02月13日


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このCDの特徴は先ずダヴィッド・オイストラフによるブラームスが作曲したソロ・ヴァイオリンとピアノのための作品全4曲が収録されていることで、これ迄に個別にしかリリースされていなかったものを1枚のCDにまとめた画期的な企画と言える。

また総てがライヴ録音だが幸い音質が極めて良好なステレオ音源で、客席からの雑音や拍手は入っているが、鮮明な音像が再現されている。

オイストラフのスコアへの読み込みの深さと共に押し出しの良い堂々たる表現力、そしてストラディヴァリウス "マルシック" の磨き抜かれた明るく艶やかな音色が全曲を通じて堪能できるアルバムだ。

オイストラフは生前ブラームスのヴァイオリン・ソナタをセッション、ライヴを含めると全曲録音している。

ただし全曲集としての企画ではなく、それぞれが異なった機会のために演奏されたもので、協演のピアニストは少なくとも4人いる。

リリースしたレーベルについては複雑になるので省略するが、それらの音源は第1番ト長調『雨の歌』がオボーリンとの1957年及びこのCDに収められているバウアーとの1972年盤があり、第2番イ長調にはモスクワとザルツブルク・ライヴの2種類のリヒテルとの1972年盤が存在し、第3番ニ短調では1955年及び1957年にヤンポリスキー、1966年にはバウアーと、そして1972年にはリヒテルとも協演している。

しかしヨアヒムに献呈されたF.A.E.ソナタのスケルツォハ短調に関してはここに収められた1968年のリヒテルとのライヴが唯一の音源らしい。

スケルツォハ短調はシューマン、ディートリヒ、ブラームスの合作によるヴァイオリン・ソナタの第3楽章として作曲されたもので、オイストラフの毅然として打ち込むようなリズムにリヒテルの緊張感に充ちたピアノが煽るような躍動感を響かせ、短い中間部では両者が息の合った硬派のカンタービレを聴かせる魅力的な小品に仕上がっている。

尚この曲集では何故かヴァイオリン・ソナタ第3番をリヒテルではなくバウアーとのプラハ・ライヴを選んでいる。

勿論バウアーは伴奏者としても独自の主張を持った優れたピアニストだったので、隙のない華やかなフィナーレを飾って盛大な拍手を受けていて、むしろこのCDでは最もスケールが大きく劇的な演奏をしている。

リヒテルの伴奏については、そのきめ細かい表現とアンサンブルの巧さは言うまでもないが、オイストラフとは一番相性の良かったピアニストではないだろうか。

オイストラフ&リヒテルによる全曲録音が遺されなかったことが惜しまれる。

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2016年02月08日


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ダヴィッド・オイストラフが1966年、69年及び72年に行ったプラハ・ルドルフィヌム・ドヴォルザーク・ホールでのそれぞれのステレオ・ライヴ録音からカップリングされたリサイタル盤で、このCDでは総て20世紀の作品のプログラムが組まれているのが特徴だろう。

このうちの何曲かは以前同じくプラガからリリースされていたものだが、ライヴ特有の客席からの雑音は若干あるにしても、SACD化により音質が素晴らしく蘇っており、臨場感にも不足していない。

勿論2015年に新しくリマスタリングされているが、この時期に東欧でこれだけのライヴ録音が可能だったことに驚かされる。

演奏曲目の中でも最も注目すべきは、バルトークのヴァイオリン・ソナタ第1番、イザイの無伴奏ソナタ第3番『バラード』、そしてラヴェルのソナタト長調の3曲で、全く異なった性格のソナタを万全の表現力で弾くオイストラフの才能が縦横無尽に示されていると言っても過言ではないだろう。

バルトークのソナタでは作曲家の宇宙観を表した神秘性に支配された無調の楽想が聴く者にある種の戦慄を起こさせるが、オイストラフの演奏には鬼気迫るような厳しさの中にも人間性を感じさせる呼吸が常に息づいている。

そして第1、第2楽章の持続した緊張感が終楽章に向かって一気に解放され噴出するバルトークの構想を、彼は非凡な情熱を持って再現している。

ここでは明らかにハンガリーの舞曲に由来するリズムとメロディーを感知させる、大地の底から湧き上がるようなパワフルな表現と躍動感に漲った演奏が秀逸だ。

またこのライヴの総ての伴奏を引き受けているピアニスト、フリーダ・バウアーの感性の鋭さとそれぞれの曲の解釈への積極的な介入も聴きどころだ。

彼女のピアノ・パートはコラボとして充実しているだけでなく、自身の強い主張が感じられ、これらの作品を一層精彩に富んだものにしている。

音色の美しさや和音の響きを損なうことなく完璧なダブル、トリプル・ストップや滑るような6連音や8連音が連続するイザイの無伴奏を聴いていると、オイストラフがこの曲集どころかバッハの無伴奏ソナタ&パルティータ全曲さえも遺してくれなかったことが悔やまれる。

もしそれらが実現していれば、音楽的にもヴァイオリン史上非常に価値の高いサンプルになっていただろう。

オイストラフが1937年のイザイ国際コンクールの覇者であることからも明らかなように、彼にとってイザイは縁の深い作曲家だ。

ここで演奏されている第3番はジョルジェ・エネスコに献呈された曲で、エネスコはまたこのCDの最後に収録されたラヴェルのソナタト長調の初演者にもなる。

ラヴェルはこのソナタの第2楽章にグリッサンドを頻繁に使った「ブルース」を挿入しているが、オイストラフのそれは決してあざとくならない、しかし演奏効果を最大限活かした洗練された表現に成功しているし、終楽章「無窮動」とのコントラストも見事だ。

ちなみに「ブルース」は昨年リリースされた同シリーズのギドン・クレーメル・プラハ・ライヴ盤にも入っていて、師弟の解釈の違いを聴き比べるのも面白い。

クレーメルは官能的だが、師匠の演奏はより軽快かつリズミカルでグロテスクな雰囲気になることを完璧に避けている。

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2015年09月10日


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ダヴィッド・オイストラフが1955年にボストンで収録したプロコフィエフ、ルクレール、ロカテッリのソナタ集で、当時のLP1枚分をそのままCD化しているために収録時間50分余りのモノラル録音だが、幸いノイズもなく芯の太い鮮明な音質で残されている。

オイストラフにとってはこれがアメリカ・デビュー・アルバムでもあったわけだが、既にソヴィエト国内では実力派のヴァイオリニストとして活躍していただけあって、流石にその演奏は万全で、常に正攻法の解釈で作品に取り組み、個性の強調ではなく幅広い表現力と手堅い安定感に強い説得力がある。

包容力のある豊麗な音色、スケールの大きな解釈は、まさにオイストラフの真骨頂と言えるだろう。

彼は音楽性が伴わないこれ見よがしのテクニックのアピールなどには全く興味を示さなかったし、アンコールでもその種の曲は1曲たりとも弾かなかった。

そうした彼の真摯な姿勢がこの3曲にも良く示されている。

決して派手なプログラムではないが、オイストラフらしい王道的な演奏に裏付けられたレパートリーだ。

プロコフィエフのソナタ第1番へ短調は、オイストラフに献呈され彼自身が初演も飾った曲なので、そのオリジナリティーに富んだアプローチが貴重だ。

プロコフィエフの作品にしては珍しく憂鬱質的なところがあって、また第4楽章以外は躍動感にも乏しいが、巧みな音色の変化で張り詰めた中にも滲み出るような虚無感を漂わせている。

楽器を歌わせるのがヴァイオリンの伝統的な奏法だとすれば、ここでは第3楽章アンダンテにその片鱗が窺えるが、どちらかと言えば内省的な表現に焦点が当てられている。

ピアノのヤンポルスキーの合わせ技は巧妙だが、自主性ということではこの時代のソヴィエトの伴奏者に共通する弱点、つまり自身の主張はできる限り抑えて、ひたすらソロを引き立てることに腐心する傾向が無きにしも非ずだ。

いくらか杓子定規でもう少しスリルや面白みがあって良いと思う。

ルクレールのソナタ第3番ニ長調はヴァイオリン本来の明るく朗々としたカンタービレや華やかさを持つ典型的なバロックの作品で、楽器の音色も含めた基本的な技巧を駆使して如何に美しいスタイルで弾き切るかに演奏の出来がかかっている。

ここではオイストラフのしっかりした様式感、大らかに鳴り響くダブル・ストップや舞曲の溌剌としたリズムを活かした終楽章タンブーランの鮮やかなフィナーレなどが聴きどころだろう。

一方コレッリの技法を受け継ぐロカテッリは、イタリア風の即興的なパッセージや劇的な変化を伴った曲想を得意とした。

このソナタ・ダ・カメラ作品6の第7番へ短調『墓に』は、ウジェーヌ・イザイによってアレンジされたもので、オイストラフは対位法を端正に処理し、終楽章カンタービレではパッサカリア風のヴァリエーションを控えめだが、高尚なリリシズムで弾き込んでいる。

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2015年08月20日


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オイストラフ51歳の時のセッションで、彼の最も脂ののっていた頃の録音だけあって、すこぶる彫りが深く、彼の円熟期の特徴でもある、あらゆる面において万全なバランスを保った演奏が秀逸。

チャイコフスキーはロシア的情感を濃厚に表出した秀演で、中庸の美とも言うべき安定感と音色の美しさが堪能できるし、スケールも大きく、訴えかける力も強い。

また、第3楽章アレグロ・ヴィヴァーチッシモでの決して音楽性を失うことのないパワフルな俊敏さも流石だ。

一方シベリウスはオイストラフならではの気迫を感じさせるが、感情移入に凝り過ぎないしっかりした構成力と鮮やかな技巧で、より普遍的で堂々たる音楽の美しさを聴かせてくれる。

また、伴奏のうまさも特筆すべきものであり、オーマンディ率いるフィラデルフィア管弦楽団の明るくスペクタクルな音響は、ソロと意外なほど相性が良く十全な協演をしている。

ここに収められた2曲に共通していることは、ロマンティックな抒情に流されることなく、理知的で懐の深い解釈を磨きぬかれたテクニックと艶やかな音色で奏でていることだろう。

オイストラフはこれ見よがしの安っぽいテクニックを嫌って、アンコールにおいてさえ聴衆のご機嫌を取るような技巧的な曲を全く弾かなかった。

それがオイストラフの美学でもあり、言ってみれば玄人受けするヴァイオリニストだった。

しかしオイストラフの演奏は、他の多くのソリストがまだロマン派的な奏法を引きずって互いに個性を競っていた時代にあって、恣意的な表現を抑え、作品をよりストレートに再現することを心掛けた新しい解釈において常に模範的であり、そうした意味でこのCDは入門者のファースト・チョイスとしてもお薦めできる。

どちらも1959年の録音だが、その音質の良さに先ず惹かれる。

ヒス音が多少入っているが、音像の広がりやソロならびにオーケストラの個々の楽器の解像度もかなりの水準で、低音にも不足しておらず、初期ステレオ録音の中でも大変優れたもののひとつと言える。

DSDマスタリングのリイシュー盤で、広めの空間に音を解放する形で再生するのであれば理想的な音響空間が得られる。

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2015年07月26日


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プラガ・ディジタルスの新リリースになり、ベートーヴェンのトリプル・コンチェルト及びヴァイオリン協奏曲の2曲が収録されている。

クリュイタンス指揮、フランス国立放送管弦楽団との後者の演奏は日本盤のSACDも出ているので全く新しい企画とは言えないが、既にプレミアム価格で取り引きされている入手困難なディスクなので今回の再発を歓迎したい。

一方このメンバーによるトリプル・コンチェルトのSACD化は筆者の知る限りでは初めてで、両者とも保存状態の良好なステレオ音源であることも幸いしてDSDリマスタリングの効果も明瞭だ。

1974年に66歳で亡くなったオイストラフの、もっとも脂ののったころの録音である。

1958年パリにおけるセッションになるヴァイオリン協奏曲では、クリュイタンスの流麗な表現に呼応した色彩感豊かなオーケストラが特徴的で、決して重厚な演奏ではないがベートーヴェンのリリカルな歌心を最大限引き出したサポートが注目される。

オイストラフのヴァイオリンは、本演奏でもその持ち前の卓越した技量を聴き取ることは可能であるが、技量一辺倒にはいささかも陥っておらず、どこをとっても情感豊かで気品に満ち溢れているのが素晴らしい。

オイストラフのソロは自由闊達そのもので、その柔軟な奏法と艶やかな音色から紡ぎだされる旋律には高邁な美しさが感じられる。

ベートーヴェンがこの曲をヴァイオリンの超絶技巧誇示ではなく、あくまでも旋律楽器としての能力を存分に発揮させるメロディーを主眼に置いた曲想で書いたことを証明している。

オイストラフらしい押し出しの良い第1楽章、それに続く第2楽章のヴァリエーションは秩序の中にちりばめられた宝石のようだし、終楽章はさながら歓喜を湛えた舞踏だ。

ドイツらしくないと言われれば否定できないが、こうしたベートーヴェンにも強い説得力がある。

スタイルとしては、やや古めかしさを感じるものの、これほど曲の内面を深く掘り下げた演奏というのも少ない。

いずれにしても、本演奏は、同曲演奏史上でも最も気高い優美さに満ち溢れた名演と高く評価したい。

トリプル・コンチェルトの他のメンバーは、チェロがスヴャトスラフ・クヌシェヴィツキ、ピアノがレフ・オボーリンで、マルコム・サージェント指揮、フィルハーモニア管弦楽団との協演になり同じく1958年のロンドンでのセッションで、音質、分離状態とも極めて良好。

こちらはカラヤン盤のようなスケールはないとしても、しっかりまとめられた造形美とダイナミズムがあり、ソロ同士のアンサンブルも堅牢だ。

1人1人がスタンド・プレイで名人芸を披露するというより、お互いにバランスを尊重した合わせが聴きどころだろう。

この曲も多くの選択肢が存在する名曲のひとつだが、飾り気のない真摯な演奏としてお薦めしたい。

SACD化によって両曲とも高音の輝かしさと音場に奥行きが出て、ノイズも殆んど気にならないくらい低レベルだ。

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2015年04月28日


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ベートーヴェンの三重協奏曲はベートーヴェンが作曲した労作であり、一部の評論家が指摘しているような駄作とは思わないが、それでもピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲などと比較するといささか魅力に乏しいと言わざるを得ないのではないだろうか。

もちろん、親しみやすい旋律などにも事欠かないと言えなくもないが、よほどの指揮者やソリストが揃わないと同曲の真価を聴き手に知らしめるのは困難と言えるだろう。

したがって、本演奏の関心は、もっぱら演奏者とその演奏内容の方に注がれることになる。

カラヤンとロシアの偉大な3人のソリストという超豪華な布陣は、ネット配信の隆盛などによりクラシック音楽界が不況下にある現代においては望むべくもない、巨匠たちの夢のような共演と言えるだろう。

ましてやオーケストラが世界最高のベルリン・フィルであり、三重協奏曲のような楽曲ではもったいないような究極の布陣とも言える。

そして、本演奏が凄いのは(裏方では微妙な意見の食い違いがあったようであるが、我々は遺された録音を聴くのみである)、4巨匠とベルリン・フィルがその能力を最大限に発揮しているところであろう。

カラヤン&ベルリン・フィルは、この黄金コンビの全盛時代ならではのオーケストラ演奏の極致とも言うべき重厚にして圧倒的な音のドラマの構築を行っているし、ロストロポーヴィチの渾身のチェロ演奏は、我々聴き手の肺腑を打つのに十分な圧巻の迫力を誇っている。

オイストラフのヴァイオリンも、ロストロポーヴィチのチェロに引けを取らないような凄みのある演奏を展開しているし、リヒテルのピアノも、本名演の縁の下の力持ちとして、重心の低い堂々たるピアニズムを展開している。

いずれにしても、オイストラフ、ロストロポーヴィチ、リヒテル、カラヤンが白熱の演奏を繰り広げる凄い演奏であるし超名演に値すると言える。

そして、このような凄い超名演を持ってして漸くこの三重協奏曲の魅力が聴き手に伝えられたというのが正直なところであり、その意味では、本演奏こそが同曲の唯一無二の名演と言えるのかもしれない。

もっとも、本演奏は狭い土俵の上で、天下の大横綱が5人いてお互いに相撲をとっているようなイメージとも言えるところであり、このような5人の大横綱には、もう少し広い土俵で相撲をとって欲しかったというのが正直なところだ(と言っても、広い土俵たり得る三重協奏曲に変わる作品は存在しないが)。

他方、ブラームスの二重協奏曲は最晩年の名作であり、ベートーヴェンとは異なる魅力作である。

オイストラフとセルによるヴァイオリン協奏曲が秀逸であったことからも分かるように、その延長線にあるといえる素晴らしい名演だ。

全盛期のオイストラフとロストロポーヴィチによる火花が散るような渾身の演奏は我々聴き手の度肝を抜くのに十分な圧倒的な迫力を誇っているし、最晩年になって鉄壁のアンサンブルに人間味溢れる温かみが加わったセル&クリーヴランド管弦楽団による入魂の名演奏も素晴らしい。

本演奏こそは、オイストラフとロストロポーヴィチ、セルの最高の美質が溶け合ったブラームスであり、同曲演奏史上トップの座を争う至高の超名演と高く評価したい(もちろん、三重協奏曲も同曲演奏史上最高の超名演である)。

前者はモントルー国際レコード賞、後者は1971年度レコード・アカデミー賞と仏ADFディスク大賞を受賞している。

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2015年02月01日


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オイストラフとセルの両者の晩年の録音であるが、ブラームスのヴァイオリン協奏曲の演奏史上、トップの座を争う名演だ。

オイストラフはその骨太で温かみのある、風格を備えたヴァイオリニストとして評価されたロシアの大ヴァイオリニストである。

この演奏でも力強く、大きな風格を備えたヴァイオリンが聴かれるし、明るすぎず、洗練されすぎない音色と響きはブラームスにぴったりである。

オイストラフのヴァイオリンのソロは、アタックは鋭いが、全体としてのびやかで艶があり、安定したオーケストラ表現にすべてをまかせきったおおらかさも相俟って、この曲の最高の表現といってよい。

そのオーケストラは、20世紀最高レベルのオーケストラと言えるジョージ・セル指揮のクリーヴランド管弦楽団で、厳しくトレーニングされた合奏の見事さと各パートの音色の美しさとで、この曲の交響曲的な魅力を存分に引き出している第一級の演奏である。

セルの指揮も精緻で力強いが、モーツァルトの交響曲の演奏などで見せる洗練された響きはここでは影を潜めており、この曲を演奏する場合はこちらの方がしっくりくる。

オイストラフは、本盤の数年前にクレンペラーとともに同曲を録音しているが、そちらの方は名演ではあるものの、どちらかと言えば老巨匠クレンペラーのゆったりとした巨像の歩みに、いささかではあるが、オイストラフとしても自由で伸びやかな演奏を妨げられた感があった。

それに対して、本盤の演奏は、指揮者と独奏者が互角の演奏を行っている。

ただ、互角と言っても、火花が散るような、いわゆる競奏曲にはなっていない。

セルが最晩年になって漸く到達した枯淡の境地と、オイストラフの伸びやかにして情感豊かなヴァイオリンが、至高・至純のハーモニーを奏でている。

すみずみまで神経が行き届いていて、それでいて全体の構成がしっかりした演奏で、さらに円熟味を増しながら瑞々しい情感にも不足なく、真正面からこの名作に向き合った、さらに精度の高いものであり、この協奏曲の理想的な名演と言って過言ではないだろう。

ただし録音がお世辞にもあまり良いとは言えない。

EMIの録音は総じてあまり良いとは言えないのだが、この録音ではトゥッティの部分などで音が割れてしまっている箇所が幾つかある。

また、オーケストラとヴァイオリンの音量のバランスが若干不安定である。

古い録音であるから仕方ない事であるが、やはり素晴らしい演奏であるから、できればSACD化してもらうなど、良い音質で聴きたいものである。

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2014年08月22日


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本盤にはブラームスのヴァイオリン協奏曲と二重協奏曲が収められているが、いずれも素晴らしい超名演だ。

ヴァイオリン協奏曲については、海千山千のヴァイオリニストと指揮者、オーケストラが圧倒的な超名演をあまた成し遂げていることから、ベストの名演と評価するのにはいささか躊躇せざるを得ないが、他方、二重協奏曲については、もちろん様々な見解はあるとは思うが、筆者としては、同曲の様々な演奏に冠絶する至高の超名演と高く評価したいと考える。

本演奏において、何と言っても素晴らしいのはロストロポーヴィチによるチェロ演奏である。

ロストロポーヴィチの渾身のチェロ演奏は、我々聴き手の肺腑を打つのに十分な圧巻の迫力を誇っていると言えるところであり、ブラームスの最晩年の傑作に込められた枯淡の境地とも言うべき奥行きのある情感を徹底して抉り出すのに成功したと言っても過言ではあるまい。

オイストラフのヴァイオリン演奏も、ロストロポーヴィチのチェロ演奏にいささかも引けを取っていない凄みのあるものと言えるところであり、この両者による重厚にして力感溢れる演奏は、切れば血が噴き出てくるような圧倒的な生命力に満ち溢れている。

そして、この両雄による圧倒的な演奏を立派に下支えしているのが、セル&クリーヴランド管弦楽団による至高の名演奏であると言えるだろう。

セル&クリーヴランド管弦楽団による全盛期の演奏は、巷間「セルの楽器」と称されるほどの鉄壁なアンサンブルを誇っているが、それだけにいささかメカニックなある種の冷たさを感じさせるとも言えなくもなかったところだ。

しかしながら、1960年代も後半になると、セルもクリーヴランド管弦楽団の各奏者に自由を与え、より柔軟性のある伸びやかな演奏を心がけるようになったとも言える。

本演奏などもその最たるものと言えるところであり、ロストロポーヴィチやオイストラフによる気迫溢れる演奏にも触発されたこともあって、一糸乱れぬアンサンブルの中にも、人生の諦観を感じさせるような味わい深い名演奏を繰り広げているとも言えるのではないだろうか。

いずれにしても、本演奏は、ソリスト、指揮者、オーケストラの3拍子が揃った、同曲演奏史上最高の超名演と高く評価したいと考える。

音質は、従来CD盤ではやや鮮明さに欠ける音質であったが、今般、ついに待望のSACD化がなされるに及んで大変驚いた。

従来CD盤とは次元が異なる見違えるような鮮明な音質に生まれ変わった。

ロストロポーヴィチのチェロやオイストラフのヴァイオリンの弓使いが鮮明に再現されるのは殆ど驚異的であり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、とりわけ二重協奏曲について、ロストロポーヴィチ、オイストラフ、そしてセル&クリーヴランド管弦楽団による至高の超名演を、SACDによる高音質で味わうことができることを大いに歓迎したい。

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2014年08月06日


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これは素晴らしい名演だ。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、ベートーヴェンが作曲した最も美しい作品との評価がなされており、いわゆる4大ヴァイオリン協奏曲の中でもその格調の高い優美さが際立った作品である。

本演奏は、かかる同曲の作風と見事に符号したものと言えるだろう。

オイストラフのヴァイオリンは、本演奏でもその持ち前の卓越した技量を聴き取ることは可能であるが、技量一辺倒にはいささかも陥っておらず、どこをとっても情感豊かで気品に満ち溢れているのが素晴らしい。

とりわけ、第2楽章における豊麗で歌謡性豊かな歌い方は、抗し難い美しさに満たされている。

この気高い美しさを誇るオイストラフのヴァイオリンを見事に引き立てているのが、クリュイタンス&フランス国立放送局管弦楽団による美演ということになる。

クリュイタンスは、もちろんフランス音楽が主要なレパートリーと言えるが、ベルリン・フィルとベートーヴェンの交響曲全集を録音するなど、ベートーヴェンを得意のレパートリーとしていた。

本演奏でも、クリュイタンスのベートーヴェンに対する深い理解と愛着に根差した円熟の指揮ぶりが見事であり、重厚なドイツ風の演奏の中にも、独特の洒落た味わいが感じられるのが魅力的である。

クリュイタンスの統率の下、フランス風の瀟洒な味わいの音色が魅力のフランス国立放送局管弦楽団も、要所においてはドイツ風の重厚な演奏を展開しているのが素晴らしい。

いずれにしても、本演奏は、同曲演奏史上でも最も気高い優美さに満ち溢れた名演と高く評価したい。

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2014年05月08日


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1960年10月14日 ベルリン芸術週間におけるモノラル・ライヴ録音。

旧ソ連の名ヴァイオリニスト、ダヴィッド・オイストラフが、旧東ドイツで演奏したライヴ。

EMIスタジオ盤はクレンペラーがキャンセルして、代役クリュイタンスとの思いがけぬ録音となってしまったことで有名。

オイストラフの同曲正規盤は意外と少なく、ガウク、エールリンク、クリュイタンスだけ。

当盤は、ドイツ音楽の第一人者フランツ・コンヴィチュニーとの共演だけに文句なしの素晴らしい正統派の名演である。

豊麗で伸び伸びとしたオイストラフのヴァイオリンと音楽性豊かなコンヴィチュニーの指揮がベスト・マッチした懐の深い雄大な演奏。

コンセプトはクリュイタンス盤と近似しているが、コンヴィチュニー率いる古豪オケの磐石なサポートも得て、本盤(ライヴ)でのオイストラフは全篇音色とバランスが絶品で、圧倒的な熱い気迫とエネルギーを放出し、至上の愛と歓喜をしみじみと心を込めて歌い上げている。

オイストラフのコンディションは絶好調で、コンヴィチュニーは悠然としたスケール感豊かな演奏で、骨太のソロをしっかりと支えている。

共演のフランツ・コンヴィチュニーはベートーヴェンの権威として深い尊敬を集めていた。

人間的にも親しかった巨匠2人の充実しきったコラヴォレーション、深々たる叙情、思索的な趣に感動する。

個人的にも親交が深かった名コンビによるドイツ的名演奏の典型である。

ソロ、オケ共ミスはあるが、シュターツカペレ・ベルリンの重厚で古色蒼然な演奏も相俟って価値が高い。

モノラルながら骨太な音質も良好。

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2012年10月12日


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初演者オイストラフによるショスタコーヴィチの第2協奏曲西欧初演ライヴ。

とんでもない録音が残されていたものだ。

作品の献呈者にして初演者である、オイストラフによるショスタコーヴィチの第2協奏曲は、モスクワ初演から間もない1967年11月26日におこなわれた演奏で、西側での初演ドキュメントという歴史的意味でも計り知れない。

オイストラフにはそのモスクワでの世界初演ライヴ録音をはじめ、また、すでにBBC LEGENDSには翌1968年8月のスヴェトラーノフとのライヴ録音などがあり、いずれも緊張感と手ごたえで圧倒的な存在感をみせつけているが、このたびのライヴもこの皮肉に満ちた問題作を抜群のテクニックで弾き切っており、また文字通り決定盤にふさわしい内容といえるだろう。

演奏は、この作曲者特有の諧謔性と悲劇性を併せ持つ名作の本質を、オイストラフが高度な技量を駆使して描いていく様は見事であり、オーマンディ&ロンドン交響楽団の合わせ方も素晴らしい。

ちなみに、当夜はLSOトラスト(信託基金)を目的としたガラ・コンサートということで、ブリス作曲のファンファーレで幕を開けている。

カップリングのチャイコフスキーは、大家オイストラフではやはりいくつもの別演奏を数えるなかでもっとも時期の新しいもの(1972年)。

オイストラフの十八番だけに数々の録音が遺されているが、本盤はその中でも最上位にランクされるものの一つではないだろうか。

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が持つロシア風の抒情を最大限に生かしつつ、卓越したテクニックにもいささかの不足もない。

テクニックはもとより緩徐楽章でのメランコリックな旋律の歌いまわしなど格別の味わいだ。

また、録音についても、両曲ともに、1960年代後半から70年代初めにかけてのライヴ録音とは思えないくらいの鮮明さだ。

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2011年03月23日


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ブラームスのヴァイオリン協奏曲を何度も録音しているダヴィッド・オイストラフだが、ステレオでのクレンペラー=フランス国立管やセル=クリーヴランド管との名盤と並んで、LP初期に録音されたコンヴィチュニーとドレスデン国立管(当時はザクセン国立管と呼ばれた)の演奏もまた、忘れ難い名演である。

全体は恰幅のよい表現力をもち、構成も安定しており、風格がある。

ブラームスの抒情性がじつに逞しく描き出されていく。

オイストラフの豊麗な音と豊かなカンタービレに加えて、ここではコンヴィチュニーの武骨で逞しい、しかし、細部の一点一画まで強靭な意志をこめた指揮と"ドイツ的"としか形容できないオーケストラの音と音楽性が、ブラームスの音楽の魅力を余すところなく描きつくしている。

チャイコフスキーという作曲家の中にあるロシア的要素と西欧的要素のバランスをどうとらえるかで、チャイコフスキー解釈のあり方は変わってくる。

スラヴと西欧の融合したチャイコフスキーの音楽の特殊性を考えてみた時、このコンヴィチュニーとの共演盤は、オイストラフのこの曲の多くの録音の中でもとくに優れたものということができよう。

テクニックの全盛期にあったオイストラフの、華麗にして雄大ながら、饒舌にはならぬセンスと母国の作曲家に対する共感、そしてそれらを一つに結びつけるロマンティシズムの飛翔は、コンヴィチュニーの堅実な音楽性、ドレスデン(ザクセン)国立管弦楽団の渋い音と合わさって、至高の演奏を展開している。

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2010年09月12日


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ダヴィッド・オイストラフは、最晩年になって、ベルリン・フィルとともに指揮と独奏とを兼ねてモーツァルトの協奏曲を録音した。

オイストラフのヴァイオリンは、若い頃に比べて豊かさや甘さが影をひそめ、厳しさと深みが増している。

技術的には衰えを感じさせるものの、美音で陶酔させる代わりに細部まで強い意志を通し、曲想を抉り抜く。

特に第3番以後の3曲が素晴らしい。

技巧的にはそれ以前の録音をとりたいが、ここには枯淡の境地にある巨匠の風格があり、音楽として心から語りかけるものがある。

オーケストラにも老大家ならではの風格がにじみ出ている。

ダヴィッド・オイストラフが旧西側でもその名を知られるようになったのは、20代も終わりという頃であり、しかも第二次大戦があったために、彼の本格的な活動は、30代後半となってしまった。

それから晩年の60代に入るまで、いろいろな形でその演奏は注目を集めたが、指揮者としても、すでに50代の頃に成功を収めていた。

1970年から翌年にかけてレコーディングしたベルリン・フィルとのモーツァルトのヴァイオリン協奏曲集で、彼がソロと指揮を兼ねたのは、ひとつの必然でもあったろうし、彼の確固たるモーツァルト観を、そこで通そうとした(1974年に没)のかもしれない。

まさにそれはひとつの規範たりうる好演だ。

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2009年11月06日


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オイストラフがアメリカに行ったときの録音で、伴奏指揮の名人といわれたオーマンディをバックにしている。

このオーマンディのバックが、オイストラフのヴァイオリンを高々と持ち上げることに成功している。

オイストラフは、華麗で甘美なメンデルスゾーンを、表情豊かにロマンティックな香りをあふれさせ、万全に表現している。

とくに私が感心するのは第2楽章である。この緩徐楽章を、これほど豊かな表情で演奏した例というのは珍しい。

オイストラフは、真面目だが奔放なところもあり、その奔放さは第3楽章を聴くとよくわかる。

第1楽章のあの憂愁を帯びた甘美優雅な主題は、オイストラフならではの見事さである。

チャイコフスキーはオイストラフが最も脂の乗っていたころの録音だけあって、たいへん彫りが深く、密度の濃い演奏である。

技術的にも音楽的にも完成度が高い。

そのスケールの大きさとロシア的な情感を色濃く表出した骨太の表現に惹きつけられる。

オイストラフは、体の大きな逞しい人であった。そして、ヴァイオリンをまるでおもちゃのように扱いながら、完全無欠な演奏を行なった。

そのエネルギーと迫力と豊かな抒情性は、オイストラフならではのもので、第2楽章カンツォネッタなど、あくまでもロシアの歌を聴くような思いがする。

オーマンディのバックは、この曲のもつ哀愁と華麗さとを、見事に表出していて素晴らしい。

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2009年03月08日


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オイストラフが初演し、献呈を受けた作品。

圧倒的なリズムとビートの饗宴を聴かせる20世紀最高のヴァイオリン協奏曲の圧倒的名演。

のっけからリズム全開の第1楽章や濃厚に民族的な旋律を歌う第2楽章も凄いが、なんと言っても生命力が爆発したまま疾走するフィナーレが圧巻。

鋼鉄製の巨大楽器でも弾いているのかと思わせるオイストラフの豪快で力強いソロと微塵の迷いもなくアルメニアの大地を疾駆する作曲者自身の指揮には脱帽するしかない。

ハチャトゥリアン自身の指揮による曲は、極めて鮮明な指揮ぶりで、オイストラフは遅いテンポでじっくりと弾き込んでいる。

そこには大柄で厚い情緒があり、特に第2楽章の切々たる哀しみが胸を打つ。

しかし、こういう曲のこういう演奏を聴くと、現代の演奏は端正にはなったが生命力が失せてきたことを実感する。

もはや、この曲のような異様なまでに野性的で強靭な音楽は、今後二度と生まれず演奏も出来ないのかも知れない。

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2008年11月30日


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形式と内容のどちらもこの協奏曲は斬新である。

夜想曲、スケルツォ、パッサカリア、ブルレスカの4つの楽章は協奏曲というより交響曲のスタイルに近い。

ヴァイオリンのパートは、至難の技巧が要求されているにもかかわらず、名人芸的な曲になっていないのは、その高度な技巧が、ひたすら内面的なものを表出するために向けられているからにほかならない。

オイストラフは、恐るべき凝縮力でこの曲を演奏している。第1楽章にあたる夜想曲が、オイストラフの求心的な苦悩の声を伝え、指揮のミトロプーロスがそれに悲劇的な陰影を添えている。

夜想曲の抑制した表現がスケルツォで解き放たれ、まるで悪魔の饗宴のような(オイストラフは邪悪で悪魔的と形容した)ところはミトロプーロスの独壇場である。

しかし、なんと暗く美しい音楽なのだろうか。

他にコーガン盤も注目すべき演奏内容。

カップリングのチェロ協奏曲はロストロポーヴィチに捧げられているだけに、全編に自信と誇りのみなぎった演奏である。

ロストロポーヴィチは実に美しく深みのある音色で、表情豊かに弾きあげていて、聴かせる。

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2008年09月23日


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ほとんどの名ヴァイオリニストがこの曲を一度または二度録音している。

そのため往年の大家による演奏記録が幾つもあるが、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の録音は、1958年の録音ながら今もってこのオイストラフ盤を推す。

1974年に66歳で亡くなったオイストラフの、心技ともに最も円熟し、最も脂の乗った時代の演奏で、おそらく彼自身も会心の作と思ったのではなかろうか。

スタイルとしてはやや古めかしさを感じさせるものの、これほど曲の内面を深く掘り下げた演奏というのも少ない。

一点一画もゆるがせにしない整然たる演奏で、それでいて音楽は暖かく、作曲者の肌のぬくもりといったものを感じさせる。

たっぷりとした音色を基盤に、健康的な明るさと甘美な歌にみちている。

線が太く、たくましく、旋律を朗々と歌わせている点も忘れ難い長所で、なつかしい魅惑とスケールの大きさによって、ひとつの規範的な演奏となった。

曲の抒情的な性格を、豊かな美音でスケール雄大に表現した名演中の名演として、録音後半世紀以上たっても燦然と輝いている。

オイストラフ唯一の共演となったクリュイタンスの格調高いバックも見事というほかはなく、すぐれた音楽性をもとに堂々と立派に振り切っている。

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2008年08月25日


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交響曲は、オーマンディの数多い録音の中でも注目すべきものだ。

演奏は平衡感が強く旋律を存分に歌わせ、音楽的な充実感が作品の魅力を直接的に感じさせる。

しかも終楽章は熱気にあふれ、曲をじりじりと高みに押し上げてゆくさまが素晴らしい。

作曲者がオーマンディの演奏を絶賛したと伝えられるのも不思議ではない。

ヴァイオリン協奏曲は、ヴァイオリンという楽器がもつ限りない表現力に圧倒される破格の名演である。

確かにオイストラフが最も充実していた時期の録音だし、世代交代の点でも向かうところ敵なしの状況下の自信に満ちた演奏ではあるが、この恰幅のよい、男らしい表現は前人未踏の境地であり、ヴァイオリンの新たな可能性を切り開いた画期的録音として今なおレコード史上に君臨している。

しかもオイストラフの演奏には、この協奏曲に込められた寂寥感や幻想味といったものも心憎い巧さで盛り込まれており、味わいの豊かさの点でも申し分ない。

シベリウスらしい北欧の香りにはいささか乏しいが、弱音を重視した流麗な演奏であり、オイストラフがこの音楽に身を捧げているかのような愛情が感じられる。

特に、第2楽章の哀調や、ほとばしる情熱が聴きものだ。

オーマンディの指揮も充実、平板に陥ることなく、演奏をドラマティックに盛り立てて聴き手を離さない。

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2008年01月16日


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オイストラフとオボーリンによる記念碑的な遺産であり、20世紀の演奏芸術の最高峰といえるアルバム。

それは音の美しさや技術の練磨とともに、2人がきびしい客観性をもって楽譜を見つめ、あらゆる余剰を切り捨てた上に自分たちの音楽的活動を注ぎ込んだためだ。

そこに高貴なほど格調の正しさをもち、あらゆる音符に意志と感情を通わせた稀有の名演が成立し、深い精神性をもって聴き手を押し包む。

現代の最も普遍的なベートーヴェン像がここに屹立している。

オイストラフとオボーリンの最盛期の録音だけに、音色も美しく、音楽の作り方も、ふっくらとしたなかに、作品の神髄に迫る迫力のある演奏となっている。

オイストラフとオボーリンは全体に遅めのテンポをとり、それによって豊かな表情を付けている。

「クロイツェル」がそのいい例で、第2楽章はロマン的香気にあふれる演奏。

音楽的にもたいへん充実しており、遅めのテンポをとりながら、気迫のこもった熱っぽい演奏を行っている。

「春」は全体に、やや遅めのテンポをとり、表情豊かに演奏しているところがすばらしく、脂ののりきったふたりの、ベートーヴェンの音楽への深い共感が伝わってくるかのようだ。

両者ともに絶頂期にあった演奏で、しっかりとしたテクニックに裏づけられ、表現意欲に燃えている。

現代となってはそのスタイルに古めかしさを感じないでもないが、ベートーヴェンのソナタ演奏を代表する名演といえる。

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2008年01月07日


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セルとの1969年盤は、オイストラフ全4回の同曲録音中最後のものであり、これに9年ほど先立つクレンペラーとの共演盤に優るとも劣らぬ見事な出来を示す。

指揮者との息の合い方、曲全体のまとまり、音楽構築の隙のなさ等を考え合わせると、やはり当盤が一層充実した仕上がりのように思える。

オイストラフならではの蠱惑的な美音を駆使し、人の心を捉えずにはおかないカンタービレと大家の安定感をもったブラームスだ。

ここでのオイストラフの円熟は驚くべきもので、くだんの艶やかな美音と大らかな曲把握が、まさに豊饒きわまりないブラームスの世界を生み出している。

音色もふくよかで温かく、旋律の歌いまわしなども大柄で深々としたロマン性に溢れている。

オイストラフはこの曲の壮麗な曲想とスケールの大きい造りを、悠揚迫らぬ堂々たる演奏で骨太に描き出している。

わけても彼のカンタービレは無類。ブラームスのロマン派作曲家たる所以を改めて実感させる名演といえよう。

しかし、そうした大柄で温かい人間味が楽天につながらず、きりりと締まった音楽の像を結んでいる。

それがときに底知れぬ魂を実感させ、さらには胸に熱いものをこみあげさせもする。

ずっしりとした存在感のある演奏であり、加えて合わせものの名手、セルとの呼吸にも一分の隙も感じられない。

セルのサポートも完全無欠に近く、すこぶる高い凝集力と精緻さによってオイストラフのソロを完璧に支えている。

オーケストラもヴォルテージが高く、ヴァイオリン好きのファンには必聴の名盤だ。

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2008年01月06日


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ブラームスのヴァイオリン協奏曲の名盤は数多いが、私はオイストラフ盤を第一に推す。

クレンペラーとの1960年盤では、オイストラフは元来が楽天的なヴァイオリニストなので、激しさや厳しさには乏しいが、若々しい気迫の感じられる演奏だ。

オイストラフは、おおらかな気分でじっくりとひきあげており、そのコクのある表現はなんとも素晴らしい。

なによりも、しみじみと心にしみいるような美しい響きが聴きもので、大変印象的だ。

特に、第2楽章の出来がすぐれている。

クレンペラーもフランスのオーケストラを指揮しながら、さすがにずっしりとしたブラームスの味をたっぷりと満喫させてくれる。

このように独奏者がロシア出身のオイストラフ、指揮者がドイツ出身のクレンペラー、オーケストラがフランス国立放送管弦楽団、それで演奏されているのがブラームスのヴァイオリン協奏曲となると、この組合せは決して一般的とは言い難い、かなり異色だ。

異色な取り合わせというのは、うまくいく場合と、そうでない場合とが極端に分かれてしまうような傾向があるように思えるけれど、幸いなことに、この演奏はうまくいっている。

各演奏者の持ち味は生かされつつ、すべてが絶妙なバランスを保っており、興味津々。

堂々とした風格で、スケールは雄大だし、それぞれの表情はきわめて力強く、たっぷりとしており、色彩も濃い。

重厚な、深いブラームスの再現だ。

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