フォーレ

2015年10月24日


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ことさらスケールの大きな演奏ではないが、とびっきり品の良いサロン・スタイルにまとめあげたという感じの曲集で、パネンカの高潔とも言うべきピアノに支えられてスークの流麗なソロが水を得た魚のように大らかなファンタジーを飛翔させている。

いつもながら美音を駆使したスークのカンタービレは、常に節度を保っていて歌い崩すこともなければ耽美的にもならない。

それは特に美音では人後に落ちないパネンカと組んだ時にその傾向が強く、またそれだけピアニストの隙のない音楽設計と、きめ細かなディナーミクが強く影響しているからだろう。

パネンカは伴奏の役割を誰よりも心得ていて、先ずソロを引き立てる側に回るが、実際にはその曲を決定付けるほどの主導権を発揮する。

それはこのCDに収められている3曲に共通していることだが、精緻なピアニズムの上に奏でられるヴァイオリンのロマンスといった趣を持っている。

1曲目のプーランクのソナタでは両者のセンスの良さが際立っていて、楽想の面白みをむき出しの情熱ではなく、むしろけれんみのない表現であっさりと仕上げているところに好感が持てる。

この作品はファシズムに反対し、若くして暗殺されたスペインの詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカに献呈され、音楽も彼の生涯に関連させているらしいが、スークとパネンカの演奏は明快で、それほど陰鬱な表現ではない。

それは標題音楽的な描写を避けてプーランクの美学の本質を捉えようとしているからだろう。

フランクのソナタにしてもこの曲の持つ緊張感や哲学的な重みよりも、率直に音楽の美しさを描き切った演奏で、スークの明るく艶やかな音色がすこぶる心地良い。

パネンカは比較的冷静にヴァイオリンの旋律を支えているが、音楽に冷たさがないのは音色の微妙な変化や華やかな盛り上げ方を効果的に取り入れているからだ。

尚スークはこの曲を後年ヨゼフ・ハーラとも再録音している。

最後に置かれた愛らしいフォーレの『ベルセーズ』も含めて総て1967年の初期ステレオ録音だが、スプラフォンの技術水準は当時の東欧諸国の中では群を抜いていて、鮮明な音質とバランスの良さはその証左だ。

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2015年09月14日


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EMIマスター・シリーズに移行してから更にパッケージのデザインを一新しての再リリース。

1962年と63年の古いセッションだが、リマスタリングされているので音質は極めて良好だ。

フォーレの『レクイエム』については若干手薄なコーラスが気になる他は、ソリストを含めて稀に見る演奏で、名盤と呼ばれるに恥じない天上的な美しさを持っている。

フィッシャー=ディースカウの包み込むような慈愛に満ちた表現と、清楚でありながらそこはかとない艶やかさを持ったデ・ロス・アンへレスの歌唱はこの曲の録音の中でも傑出したものだろう。

そしてパリ音楽院管弦楽団から、いかにもフォーレらしい淡い光彩と穏やかな情感を引き出したクリュイタンスの力量は流石だ。

また初出時は単独のリリースだったが、このシリーズではドビュッシーの管弦楽のための『映像』が加わったことは評価できる。

こちらも歴としたステレオ録音で、意外と思えるほど音質が改善されていて鑑賞に全く不都合はない。

ここに収録された5曲のドビュッシーは彼の数少ない録音で、以前日本盤でリリースされた時には、1枚のCDにこの『映像』と舞踏詩『遊戯』がカップリングされていた。

後者は現在ラヴェルの『ダフニスとクロエ』の余白に入った外盤が入手可能だ。

言い尽くされたことだが、クリュイタンスのフランスものには格別の味わいがある。

元来パリ音楽院管弦楽団は団員の個性が強く、オーケストラのソロ・パートの巧みさや味のある演奏にかけては人後に落ちなかったが、さほどバランスのとれた統率感の感じられる楽団ではなかった。

しかしクリュイタンスの指揮の下では、実に良くまとまった暖色系の美しい音色を自在に発揮している。

絵画に例えるなら油彩の強烈さと水彩の微妙な色彩変化をも敏感に描き出す実力を持ち合わせていた。

それだけにメンバーのクリュイタンスに寄せる信頼と敬意は大きかったに違いない。

現在ではオーケストラの国際化の影響で、抜きん出た特徴を持つ楽団は次第に姿を消しつつあるが、パリ音楽院はその最たる例で、彼らの解散は後のグローバル化の象徴になってしまった感がある。

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2015年03月02日


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フォーレのレクイエムはコルボの代名詞と言っても過言ではない楽曲であると言えるところであり、本演奏を皮切りとして、ローザンヌ声楽・器楽アンサンブルとの演奏が1992年と2005年(東京でのライヴ録音)の2種、そして、ローザンヌ声楽アンサンブル、シンフォニア・ヴァルソブィアとの演奏(2006年)の合計で4種類の録音が行われているところだ。

同曲を深く愛するとともに、その内容を知り尽くしているコルボによる演奏だけに、これら4種の演奏はいずれ劣らぬ名演であるが、この中で1つを選べと言われれば、筆者は躊躇なく本演奏を掲げたいと考えている。

フォーレのレクイエムは、いわゆる3大レクイエムの中でも最も静謐さを信条とする作品である。

それ故に、モーツァルトやヴェルディのレクイエムにおいて比類のない名演を成し遂げた大指揮者が、同曲を一切演奏・録音しないケースも散見される(カラヤン、ショルティなど)が、それだけ同曲の演奏には困難が伴うと言えるのではないだろうか。

いわゆる大オーケストラ用に書き換えられた第3稿の1900年版(本盤の演奏)にしても、オーケストラパートは極めて慎ましやかに作曲されていることから、同曲においては、静謐にして崇高な世界をいかに巧みに描出出来るのかにその演奏の成否がかかっていると言えるだろう。

コルボの同曲へのアプローチは、いずれも楽想を精緻に丁寧に描き出していくというものだ。

奇を衒ったところは皆無であり、音楽そのものを語らせると言う真摯かつ敬虔な姿勢に徹しているとさえ言える。

もっとも、一聴すると淡々と流れていく各フレーズの端々には、独特の細やかな表情づけや万感の思いを込めた情感が滲み出しており、コルボの同曲への傾倒と深い愛着の気持ちを感じることが可能だ。

そして、本演奏が、他の3種の演奏と異なるのは、独唱にボーイ・ソプラノを起用するとともに、合唱団にも少年合唱を主体とするサン・ピエール・オ・リアン・ド・ビュル聖歌隊を起用していることであろう。

かかる少年による天国的な美しさを誇る純真な美声は、本演奏の静謐さ、崇高さを更に助長するのに大きく貢献している。

女声合唱や通常のソプラノを起用した同曲の名演としては、クリュイタンス&パリ音楽院管弦楽団ほかによる歴史的な名演(1962年)が随一のものとして掲げられるが、本盤に収められた演奏は、同曲の静謐な崇高さをより極めたものとして、クリュイタンス盤と並ぶ至高の超名演と高く評価したいと考える。

音質は、1972年のセッション録音ではあるが、リマスタリングされたこともあって、従来盤でも比較的満足できる音質である。

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2015年01月20日


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フランス系の音楽を十八番とした小澤ならではの素晴らしい名演だ。

東洋人独特の繊細な感性が不思議とフォーレのフランス的抒情の琴線と共鳴しているようであり、このフォーレ管弦楽作品集でも洗練された演奏を聴かせてくれる。

とにかくオケのサウンドが美しく、音楽そのものに素直に語らせたゆえにこれだけの演奏ができたのだろう。

劇音楽「ペレアスとメリザンド」は、小澤の卓越した演出巧者ぶりが際立つ。

繊細な抒情から強靭なトゥッティの迫力に至るまで、表現の幅は桁外れに広く、実に内容豊かな音楽を構築している。

小澤は、有名なシシリエンヌなど、フォーレの作曲した絶美の旋律の数々を徹底的に歌い抜いており、その切ないほどの郷愁、メロディの歌わせ方には胸を打たれる。

かと言って、徒に感傷的に陥ることはなく、フランス風の瀟洒な味わいさえ感じられる高踏的な美しさを保っているのが素晴らしい。

これは、本場フランスの指揮者でさえ凌ぐセンス満点の卓越した指揮芸術の賜物と言えるだろう。

ソプラノのハントの歌唱も実に優美であり、本名演に華を添えている点も忘れてはならない。

「夢のあとに」と「エレジー」は、何よりもエスキンによるチェロが美しさの極みであり、小澤も、チェロとともに極上の音楽を紡ぎ出している。

パヴァーヌに至っては、味わい深いオーケストラと壮麗な合唱の絶妙の組み合わせが至高・至純の美を形成しており、あまりの切ない美しさに涙なしでは聴けないほどだ。

組曲「ドリー」は、原曲がピアノ曲であり、フォーレ自身の編曲ではないが、フォーレならではの叙情豊かな魅力は他の諸曲にもいささかの引けも取らない。

テレビ東京の「生きるを伝える」でも有名な子守歌など、親しみやすい旋律が満載の魅力作だ。

小澤は、ここでも、持前の表現力の豊かさと演出巧者ぶりを発揮して、曲想を巧みに描出していくが、随所に聴かれるフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいは、筆舌には尽くし難い高みに達している。

ボストン交響楽団やタングルウッド音楽祭合唱団も、小澤の統率の下、最高のパフォーマンスを示している。

SHM−CD化によって、音質は明らかに鮮明になるなど向上しており、この卓越した名演を素晴らしい高音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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2014年11月27日


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フォーレのレクイエムはコルボの代名詞と言っても過言ではない楽曲であるが、本盤は、ローザンヌ声楽器楽アンサンブルを率いて来日したときの、コルボ71歳の誕生日の演奏会を収録したディスクである。

コルボ得意の演目で、同曲を深く愛するとともに、その内容を知り尽くしているコルボによる演奏だけに、その比類ない美しさに会場が異様な感動に包まれたかのようであり、有名なエラート盤に匹敵する名演と言えよう。

フォーレのレクイエムは、いわゆる3大レクイエムの中でも最も静謐さを信条とする作品である。

それ故に、モーツァルトやヴェルディのレクイエムにおいて比類のない名演を成し遂げた大指揮者が、同曲を一切演奏・録音しないケースも散見される(カラヤン、ショルティなど)が、それだけ同曲の演奏には困難が伴うと言えるのではないだろうか。

オーケストラパートは極めて慎ましやかに作曲されていることから、同曲においては、静謐にして崇高な世界をいかに巧みに描出できるのかにその演奏の成否がかかっていると言えるだろう。

コルボの同曲へのアプローチは、他の録音も含めて、楽想を精緻に丁寧に描き出していくというものだ。

奇を衒ったところは皆無であり、音楽そのものを語らせるという真摯かつ敬虔な姿勢に徹しているとさえ言える。

もっとも、一聴すると淡々と流れていく各フレーズの端々には、独特の細やかな表情づけや万感の思いを込めた情感が滲み出しており、コルボの同曲への傾倒と深い愛着の気持ちを感じることが可能だ。

同曲の名演としては、クリュイタンス&パリ音楽院管弦楽団ほかによる歴史的な名演(1962年)が随一のものとして掲げられるが、本盤に収められた演奏は、同曲の静謐な崇高さをより極めたものとして、クリュイタンス盤と並ぶ至高の超名演と高く評価したい。

音質は、従来盤でも比較的満足できる音質であったが、今般、ついに待望のSACD化が行われることになった。

静謐な同曲の魅力が見事に再現されることになっており、音質の鮮明さ、音場の幅広さ、そして音圧のいずれをとっても超一級品の仕上がりである。

いずれにしても、ミシェル・コルボによる至高の超名演を高音質SACDで味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2014年08月17日


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フォーレのレクイエムはコルボの代名詞と言っても過言ではない楽曲であると言えるところであり、本演奏を皮切りとして、ローザンヌ声楽・器楽アンサンブルとの演奏が1992年と2005年(東京でのライヴ録音)の2種、そして、ローザンヌ声楽アンサンブル、シンフォニア・ヴァルソブィアとの演奏(2006年)の合計で4種類の録音が行われているところだ。

同曲を深く愛するとともに、その内容を知り尽くしているコルボによる演奏だけに、これら4種の演奏はいずれ劣らぬ名演であると言えるが、この中で1つを選べと言われれば、筆者は躊躇なく本演奏を掲げたいと考えている。

フォーレのレクイエムは、いわゆる3大レクイエムの中でも最も静謐さを信条とする作品である。それ故に、モーツァルトやヴェルディのレクイエムにおいて比類のない名演を成し遂げた大指揮者が、同曲を一切演奏・録音しないケースも散見される(カラヤン、ショルティなど)が、それだけ同曲の演奏には困難が伴うと言えるのではないだろうか。

いわゆる大オーケストラ用に書き換えられた第3稿の1900年版(本盤の演奏)にしても、オーケストラパートは極めて慎ましやかに作曲されていることから、同曲においては、静謐にして崇高な世界をいかに巧みに描出出来るのかにその演奏の成否がかかっていると言えるだろう。

コルボの同曲へのアプローチは、いずれも楽想を精緻に丁寧に描き出していくというものだ。

奇を衒ったところは皆無であり、音楽そのものを語らせると言う真摯かつ敬虔な姿勢に徹しているとさえ言える。

もっとも、一聴すると淡々と流れていく各フレーズの端々には、独特の細やかな表情づけや万感の思いを込めた情感が滲み出しており、コルボの同曲への傾倒と深い愛着の気持ちを感じることが可能だ。

そして、本演奏が、他の3種の演奏と異なるのは、独唱にボーイ・ソプラノを起用するとともに、合唱団にも少年合唱を主体とするサン・ピエール・オ・リアン・ド・ビュル聖歌隊を起用していることであろう。

かかる少年による天国的な美しさを誇る純真な美声は、本演奏の静謐さ、崇高さを更に助長するのに大きく貢献している。

女声合唱や通常のソプラノを起用した同曲の名演としては、クリュイタンス&パリ音楽院管弦楽団ほかによる歴史的な名演(1962年)が随一のものとして掲げられるが、本盤に収められた演奏は、同曲の静謐な崇高さをより極めたものとして、クリュタンス盤と並ぶ至高の超名演と高く評価したい。

音質は、1972年のセッション録音ではあるが、従来盤でも比較的満足できる音質であった。

しかしながら、今般、ついに待望のSACD化が行われることになった。

静謐な同曲の魅力が見事に再現されることになっており、音質の鮮明さ、音場の幅広さ、そして音圧のいずれをとっても超一級品の仕上がりである。

いずれにしても、ミシェル・コルボによる至高の超名演を高音質SACDで味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2014年04月29日


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フォーレのレクイエムは、世界3大レクイエムの一角を占める名曲中の名曲ではあるが、あまりにも慎ましやかな楽曲であるだけに、演奏自体は3大レクイエムの中で最も難しい。

静謐さを旨とする楽曲であるだけに、とりわけ合唱があまりにも壮麗であると楽曲自体の雰囲気をぶち壊してしまう危険性があり、起用する独唱者や合唱団によってその演奏の成否がかかっていると言っても過言ではあるまい。

本演奏については、とある影響力の大きい某音楽評論家は独唱にボーイソプラノではなく、通常のソプラノ(女声)を使用していることを採り上げて酷評しているし、エリザベト・ブラッスール合唱団による女声合唱についても静謐さを欠くとの批判をする聴き手も一部に存在していると言えるところだ。

もっとも、かかる批判の是非は別として、本演奏全体に漂う独特のエレガントな味わいには抗し難い魅力があると言えるところであり、筆者としては、本演奏を、コルボ&ベルン交響楽団による名演(1972年)と並んで、同曲の演奏史上でもトップの座を争う至高の超名演と高く評価したいと考えている。

本演奏で何よりも素晴らしいのは、前述のようなクリュイタンス&パリ音楽院管弦楽団が醸し出す瀟洒な味わいに満ち溢れたセンス満点の美演であると考えられる。

あまりにも静謐で、全体的に弱音が支配する同曲のオーケストラパートであるが、この黄金コンビはいかに静寂が支配する箇所においても、いわゆるフランス風のエスプリに満ち溢れた豊かな情感に満ち溢れており、清澄さと優美さを併せ持つ稀有の演奏に仕上がっていると言えるのではないだろうか。

加えて、独唱陣が極めて優秀であり、ヴィクトリア・デ・ロス・アンへレスとディートリヒ・フィッシャー=ディースカウともども、これ以上は求め得ないような圧倒的な名唱を披露していると評価したい。

エリザベト・ブラッスール合唱団による女声合唱については、確かに前述のコルボ盤におけるサン・ピエール=オ=リアン・ドゥ・ビュール聖歌隊による少年を主体とする合唱と比較すると、その清澄な美しさにおいて若干の問題がないとは言えなくもない。

しかしながら、それは高い次元での比較の問題であり、筆者としては、合唱についてもさすがに清澄の極みとも言うべき名唱とは言い難い面もあるが、少なくとも本名演の価値を減じるほどの瑕疵はないのではないかと考えている。

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2013年08月04日


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ハイドシェックは、とある有名な影響力の大きい音楽評論家が高く評価していることもあって、我が国でも根強いファンがいる存在であるが、近年でもライヴ録音の新譜などが時折発売されており、それを耳にしたファンも多いのではないだろうか。

年齢的にも、もはや巨匠とも言うべき存在であるが、そのようなハイドシェックが若き日にスタジオ録音を行った偉大なる遺産と言えば、筆者は躊躇することなく、本盤に収められたフォーレの夜想曲全集を掲げたい。

そもそも、フォーレの夜想曲全集の録音というものが、ショパンの夜想曲全集などと比べるとあまりにも稀少であり、その意味でも、本盤の演奏は極めて貴重なものと言っても過言ではあるまい。

それにしても演奏は素晴らしい。

おそらくは、これ以上の演奏は求め得ないほどであり、おそらくは同曲の最高の演奏と言ってもいいのではないだろうか。

どの曲の演奏も、フランス人ピアニストならではのフランス風のエスプリに満ち溢れたセンス満点の情感が満ち溢れており、フランス風の抒情ここに極まれりとさえ言えるのではないか。

しかも、ハイドシェックは、単にスコアを音化するのにとどまらず、効果的なテンポの振幅や強弱の変化を随所に施しており、自らの個性を全面に打ち出している。

にもかかわらず、あざとさなどはいささかも感じさせることなく、格調の高さを損なっておらず、加えて、前述のように、どのような個性的なピアニズムを展開しても、フランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいを失わないのは殆ど驚異的な至芸であり、まさにハイドシェックの偉大な才能を感じさせるに十分である。

併録の主題と変奏も、夜想曲全集に勝るとも劣らない名演であり、いずれにしても、本盤に収められた演奏は、若きハイドシェックによる素晴らしい超名演であり、フォーレによる夜想曲全集、主題と変奏の演奏の理想像の具現化と言っても過言ではあるまい。

音質は、1960年、1962年のスタジオ録音であり、従来CD盤では今一つ冴えない音質であったが、数年前に発売されたリマスタリング盤は、若干ではあるが音質が鮮明になるとともに、音場が幅広くなったところである。

しかしながら、今般、ついに待望のSACD化が行われることによって、見違えるような鮮明な音質に生まれ変わったところだ。

音質の鮮明さ、音場の幅広さ、そして音圧のいずれをとっても一級品の仕上がりであり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

とりわけ、ハイドシェックの繊細にしてセンス満点のピアノタッチが鮮明に聴こえるのは殆ど驚異的ですらある。

いずれにしても、ハイドシェックによる素晴らしい超名演を、SACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2013年02月23日


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かつては知る人ぞ知る存在に甘んじていたプレートルが、数年前に発売されたマーラーの交響曲第5番及び第6番の超名演や、ニューイヤーコンサートでの味わい深い名演によって、一躍、現代の数少ない巨匠の一人と見做されるようになった。

そうした名声もあって、数々のCDが発売されるようになったが、筆者としても、改めて、この指揮者のレパートリーの幅広さと実力を思い知らされている次第だ。

本盤に収められた楽曲は、両曲ともに得意のフランス音楽であり、そもそも演奏が悪かろうはずがない。

それどころか、両曲ともに、それぞれの様々な演奏の中でもトップの座を争う名演と高く評価したい。

フォーレの『レクイエム』はいわゆる3大レクイエムの中でも最も慎ましやかな楽曲。

それ故に、殆ど聴き取れないような最弱音を駆使した演奏が多く、せっかくの同曲の魅力を台無しにしてしまうような結果に陥りがちであるのは大変残念な傾向にあると言える。

ところが、本盤は違う。

例えば、「サンクトゥス」や「アニュス・デイ」の中間部、「われを許し給え」の壮麗な金管の響きや、「アニュス・デイ」、「楽園にて」の冒頭部の何とも言えないフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいは、他の演奏では聴かれないような感動的なものだ。

それでいて、全体としては、同曲に必要不可欠の清澄な美しさに不足はないのは、巨匠プレートルの類稀なる至芸と言える。

ドビュッシーの『夜想曲』も超名演。

「雲」からして、誰よりも速めのテンポでセンス良く全体を描いて行く。

他方、「祭」は力強い迫力が際立つが、ここでもセンス抜群の味わい深さは健在だ。

そして、「シレーヌ」のこの世のものとは思えないような天国的美しさ。

これほどまでに瀟洒な味わいと美しさ、そして力強さをも兼ね備えた、良い意味でのバランスのとれた『夜想曲』の演奏は、これまでにも殆ど類例も見ないし、今後とも容易には現れないものと思われる。

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2012年07月07日


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現在最も注目すべき指揮者の1人、パーヴォ・ヤルヴィがパリ管弦楽団とともに録音を行ったフォーレの「レクイエム」が発売される運びとなった。

そして演奏も、我々聴き手の期待をいささかも裏切ることがない素晴らしい名演に仕上がっている。

フォーレの「レクイエム」は、3大レクイエムの中でも極めて慎ましやかな作品であり、近年では、同曲を十八番としているコルボも含め、室内オーケストラを使用した小規模な編成による演奏が主流となりつつある。

そのような中で、クリュイタンス&パリ音楽院管弦楽団による演奏(1962年)やジュリーニ&フィルハーモニア管弦楽団による演奏(1986年)、そしてプレートル&ベルリン・ドイツ交響楽団による演奏(2007年)などは貴重な存在であるが、これらの通例のオーケストラを使用した名演の列に本盤のパーヴォ・ヤルヴィ&パリ管弦楽団による演奏が加わったのは何と素晴らしいことであろうか。

本演奏でのパーヴォ・ヤルヴィのアプローチはオーソドックスなもので、曲想を精緻に、そして丁寧に描き出していくというものだ。

もちろん、スコアに記された音符の表層だけをなぞったような浅薄な演奏には陥っておらず、どこをとっても情感の豊かさを失っていないのが素晴らしい。

静謐さに満たされた同曲であり、演奏によっては音が殆ど聴き取れずにコクを失ってしまうようなものも散見されるが、パーヴォ・ヤルヴィの場合はいたずらに静謐さにとらわれることなく、どこをとっても独特のニュアンスに満ち溢れた内容の濃さを失っていない点が見事である。

カウンターテナーを起用しているのも本演奏の特徴であるが、それも効果的であり、かかるフィリップ・ジャルスキー、そしてバリトンのマティアス・ゲルネも最高の歌唱を披露している。

そして、パリ管弦楽団&合唱団も最高のパフォーマンスを発揮している。

いずれにしても、本演奏は、いわゆる通例のオーケストラを使用した演奏としては、トップクラスの素晴らしい名演と言えよう。

併録の「ラシーヌの雅歌」、「エレジー」、「パヴァーヌ」、「バビロンの流れのほとりで」も、パーヴォ・ヤルヴィの豊かな音楽性が発揮された素晴らしい名演だ。

このうち、「バビロンの流れのほとりで」は、世界初録音という意味でも大変貴重である。

音質も非常に鮮明かつ瑞々しささえ感じさせるほどの透明感にも満ち溢れており、本名演に華を添えている。

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2011年03月16日


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「私の死に対する想いは、幸福な開放感と来世への至福への憧れ」と告白したフォーレは、自作の《レクイエム》から〈怒りの日〉を省く、という大胆極まりないアイデアを実践した。

長い間、葬儀でオルガンを弾いていた彼は「本能的に慣習から抜け出したかった」と語っている。

この曲はかつて、クリュイタンスの2度目の録音が決定盤と言われたが、近年、事情は一変した。

これまで広く使用されてきたスコアが、出版社の要請による改訂版であることが判ったのだ。

そこで、本来の独奏ヴァイオリン、ヴィオラ2部、チェロ2部、コントラバス、ハープ、オルガン、ティンパニという、ささやかな編成の演奏が主流になってきた。

一度耳にすれば、成る程、これこそフォーレゆかりのマドレーヌ教会の日常に相応しい慎み深い音楽だ、と誰もが頷くに違いない。

さて、そのオリジナル版の演奏であるが、筆者はまずラター指揮ケンブリッジ・シンガーズ盤を推薦しよう。

まず、指揮者に衒いがなく、コーラスの至純さにも類がない。本当に清らかで平安な音楽だ。

野辺に咲く花のように、目立たないけれど、しっかり自分の生を主張する、といった演奏であり、フォーレの質素にまことに相応しい。

較べれば、世評の高いガーディナー盤の、なんと自我に曇って聴こえることか。

併録の女声のための宗教小品の至純さも比類がない。

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2011年02月25日


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フォーレ研究の第一人者J・M・ネクトゥー他が編纂した1893年版は、もともとパート譜しか残されていない。

ヘレヴェッヘやガーディナーの同じ版の録音は、ボーイ・ソプラノではなくソプラノで〈ピエ・イエズス〉が歌われていたり、ラッター版を用いてなされていた。

しかしこのディスクでは、ネクトゥーの研究結果を検討し、ラテン語の発音についても論議を重ね、最もフォーレが望んでいたであろう形で録音がなされている。

このフルネの演奏は渋くおとなしい傾向に徹しているがゆえの地味さがマイナスに作用するケースもあろうが、その吟味され尽くした表現に宿された味わいの深さに目を向けると、この名作の最高水準の名演の一つであることが容易に理解される。

フルネのもっているフランス人としての良識が発揮された心温まる音楽が満ちあふれている。

ここではフランスのオケでないがための色彩感の乏しさなども認められるが、フルネはこの日本フォーレ協会編成によるオケの適度にくすんだ奥ゆかしいサウンドをプラスに活用し、作品の典雅な感触と内面的な感情の推移を衒いなく描き出している。

そしてフルネの語り口から漂うペダンティックな雰囲気の妙と高貴な品格は、この名作の持ち味である高貴な抒情美のさらに純化された表現をも可能たらしめているのである。

非常に丁寧な、そして妥協を許さないフルネの徹底した指揮ぶりは、気品のある整ったこのディスクからも聴き取れ、長谷川冴子氏指導の東京少年少女合唱隊による見事な女声パートも、この録音の完成度に力を添えている。

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2011年02月22日


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小澤&ボストン響の8年ぶりのDGへの新録音で、初のフォーレだった。

メーテルランクの戯曲『ペレアスとメリザンド』のロンドン上演に際し、英女優キャンベル夫人からの依頼で書きあげた全17の曲の劇音楽のなかから、3曲をとりあげて、フォーレは組曲を作った。

のちに〈シシリエンヌ〉を加えて4曲からなる組曲にした。

近年は〈メリザンドの歌〉を入れて演奏するようにもなった。

小澤征爾の『フォーレ管弦楽名演集』に収められた《ペレアスとメリザンド》が聴きもので、小澤はデリケートな感覚で各曲を丹念にまとめあげている。

小澤の得意とするフランス音楽だけに、その描写力の卓抜さに魅せられてしまう。

美しい色彩感と抒情的な味わい、全編にただよう詩情など、この曲の魅力をあますところなく伝えている。

ことに、デリケートな感覚で流麗な旋律を心ゆくまでうたわせた〈シシリエンヌ〉など見事である。

ボストン響も、美しくまろやかにとけあった響きで、優れたアンサンブルを聴かせる。

オーケストラの繊細さや音色的推移の美しさ、豊かなリリシズムなどが生きた好演といえよう。

梢の葉を揺らす銀色の風にも似た風雅な余情を感じさせる演奏だ。

ボストン響の首席チェリスト、エスキンの弾く「夢のあとに」と「エレジー」は特に高音が美しい。

組曲「ドリー」もかなりの出来。

「パヴァーヌ」はいかにも小澤らしく流れが豊かだ。

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2011年02月14日


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古い時代から数多く録音されているフォーレの《レクイエム》の中で、フレモー盤ほど清純な演奏も少ないように思う。

音楽的な美しさと同時に深い宗教的な感情も自然に感じさせる演奏で、その点でその価値は現在でも少しも変わることがないように思う。

まず何よりも各曲のテンポ感がほぼ理想的で、音楽のあるべき姿を自然に浮き出させている。

また、管弦楽と合唱の響きが実に美しく融和し、こうした宗教曲に必要な、ヴィブラートの少ない純粋な音の響きが、この清らかな表現を可能にしている一因でもあろう。

また〈ピエ・イエズス〉をボーイ・ソプラノが歌っているが、大人のソプラノでは表現し得ない清純さがあり、それも魅力的である。

フォーレ以降に書かれた、フランスの最も有名な《レクイエム》はデュリュフレの曲ではあるまいか。

デュリュフレの《レクイエム》は第2次大戦終結後間もなくの1947年に作曲されているが、フォーレの場合と同様に父の死が作曲の動機となったもので、レコード録音は1959年に行なわれたこの作曲者自身の指揮によるものが、おそらく最初のものではないかと思う。

その後かなりあとになってからいくつかの録音が出るようになったが、いまだにこれ以上質の高い演奏はないように思われる。

やはり作曲者自身が指揮し、名オルガニストであった夫人のマリー=マドレーヌも参加した演奏は一味違う。

作曲者自身による作品の解釈という点ばかりではなく、それに見事に応えている演奏者たち、とくにフィリップ・カイヤール合唱団のすばらしさは特筆に価する。

作品もグレゴリオ聖歌を中心とする声楽部と近代フランスのモダンな響きによる管弦楽部が美しく融和している。

フォーレの《レクイエム》のクライマックスが〈ピエ・イエズス〉なら、この曲に関しては静謐な合唱で歌われる〈永遠の光〉であろうか。

フォーレにも匹敵するフランスのレクイエムの最高傑作である。

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2011年01月02日


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フランスの名ピアニスト、コラールは、1970年から84年まで15年をかけて、フォーレのピアノ曲全曲録音を完成させた。

20歳代から30歳代前半のコラールの若々しさが輝き、みずみずしい感性に息づいた演奏を、ここに聴くことができる。

コラールは、その若さにもかかわらず、一本芯の通った彫りの深い演奏を行っている。

全体に、暗く沈んだ内省的な作品よりも、むしろ、明るくのびのびとした作品の方にこの人のうまさがよくあらわれている。

若手らしく、フレッシュな表情で、フォーレの作品のもつ抒情的な雰囲気を実に美しく引き出した演奏だが、曲によっては、ややコクに欠けるのが残念だ。

コラールは、音の質量よりは洗練された微妙な音楽を、輝かしい硬質の音よりはふくらみのある柔らかい音を求め、それを獲得している。

そしてこの姿勢は、表現全体にかかわってくる。

コラールがフォーレで成功を収めているのは、多分そのためだろう。

彼は、フォーレ独特の繊細な和声の綾、その色彩の微妙な変幻を、透明感のある音色と絶妙な節回しをもって美しく表現し、独自の音楽空間を作り出す。

各曲の魅力的な聴きどころをおさえたこのディスクは、フォーレのピアノ曲のスタンダードな名盤に挙げられよう。

これまでも、また今後も、この演奏を通じてフォーレに開眼する向きも多いのではないかと思われる。

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2009年10月24日


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巨匠アンセルメは1918年にスイス・ロマンド管弦楽団を創設し、以来引退する67年までの間にこのオーケストラを指揮して数多い名演を残した。

「レクイエム」も秀演で、ひとつひとつの音を大切にしながらフォーレの音楽固有のデリケートな音の綾織りと抒情的な美しさを十全に表出している。

ダンコ(ソプラノ)のソロは、情感豊かなメロディー処理のロマン性で、独特の味わいを聴かせてくれる。

また、スーゼイ(バリトン)の清潔感をみなぎらせたソロは、宗教曲になくてはならぬ透明な祈りのイマージュを歌い出していて素晴らしいものがある。

「ペレアスとメリザンド」組曲は、この悲恋物語にふさわしい運命の予感をはらんだ出だしで、切迫感に富み、高貴な悲劇の世界へと聴き手を誘い込む。

水平線の彼方へ視線を誘う広い展望感や、エーテルの浮遊のなかにかげろうように浮かぶ夢幻的な風景は精妙に息づき、色彩感も申し分ない。

フォーレの音楽の世界と抒情味を生かした演奏で、〈メリザンドの死〉の木管の扱い方など、ため息のでるようなうまさである。

アンセルメは「ペレアスとメリザンド」組曲の第3,4曲を入れ換えて演奏している。

「マスクとベルガマスク」は繊細な表現が見事で、ソツのない演奏だ。

この演奏を聴くと、アンセルメがいかに音づくりの名人であったかがよくわかる。

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2009年08月24日


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デュトワ指揮モントリオール響は、クリュイタンスと同じ路線を行く、きわめてエレガントで、透明度の高い美しい演奏で、フォーレの魅力がストレートに表現されている。

このコンビならではの洗練された色彩と透明な響きが大変に美しく、フォーレの音楽のひそやかな美しさをきわめてデリケートに掬いあげている。

「レクイエム」は全体にバランスのよくとれた柔らかな響きと、表情をあらわにすることのない旋律の抑制した扱いによって、内的な美しさを示している。

そのような表現から、死者への敬虔な祈りがひしひしと伝わってくる。

デュトワは、この作品の宗教曲としての美しさ、崇高さをあくまで描出しようとしており、そうした彼の意図に、オーケストラ、合唱団、独唱陣ともに万全に応えている。

この曲の清澄で、優美な特色を、控え目な表現のなかに見事にとらえた名演である。

モントリオール合唱団は静的な表現にかかわらず、弛緩することなく深々とした表現で美しく歌い上げている。

管弦楽と合唱のための「パヴァーヌ」もフォーレそのものを感じさせる優雅な演奏で、清冽な詩情をたたえた音楽を作り上げているところに、好感がもてる。

「ペレアスとメリザンド」でもデュトワは、オーケストラから、フォーレの音楽にふさわしい、まろやかな響きを引き出しており、また、作品の悲劇的な性格を表出したその語り口のうまさも抜群だ。

しなやかな音楽の流れの上に、各曲の性格を鋭敏な感覚でしっとりと描きわけて、美しく印象的である。

どのパリのオーケストラよりもフランス的といわれるモントリオール響だけに、この緻密で敬虔な表現には、ただ恐れ入るのみであろう。

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2008年09月30日


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1969年から70年にかけて録音されたエラートのフォーレ/室内楽曲全集。特にピアノ四重奏曲とヴァイオリン・ソナタが絶品だ。

ピアノ四重奏曲第1番では、淡い光彩に彩られた繊細微妙な世界が典雅に浮かび上がり、その美しさにはため息が漏れるほど。

第2楽章の軽妙洒脱さ、第3楽章の憂愁感を湛えた柔らかで磨きぬかれた響きは、今やなかなか真似の出来る演奏家はいないだろう。

第2期の様式を画するピアノ四重奏曲第2番でも、堂々とした風格や激しい情熱の表現と柔らかい叙情との対比が絶妙で、非の打ちどころがない。

演奏者全員が深い愛と共感を以てフォーレの音楽に奉仕しており、随所に漂う馥郁たる香はまさに稀有のものである。

ペダンティックで高雅な表現を聴かせるガロワ=モンブランは、少し線は細いがフランスのヴァイオリニストのなかでも最もハイ・グレードな音楽性の持ち主といってよいだろう。

そしてユボーは、現代フランスの最高のアンサンブル・ピアニストと目された人材だったが、この2人の共演は作品の様式感の把握の適切さや練りあげられたアンサンブルのキメこまやかさにおいて、これ以上は望めないとさえも想える渋く老練なフォーレの名作の再現を実現させている。

本場フランスのオーソリティの強味を如実に感じさせる味わい深い名演であり、そこではこの2曲のヴァイオリン・ソナタの演奏の規範となり得るレアリザシオンが強固に打ち出されているのである。

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2008年08月10日


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ボーイ・ソプラノの透明で清涼な歌声が印象的なフォーレの同曲最高の名盤。少年合唱団の少年のソロを用いて、純真無垢な感じをよく引き出した演奏である。

自分の葬式には是非このCDを流して欲しいというクラシック愛好家が少なくない超人気盤でもある。

ポイントは、宗教曲の名手コルボの遅めでどこまでも優しく抱擁するような温かい音楽運びと、女声コーラスのかわりに少年コーラスをを配した透明感あふれる音作り。

女声コーラスがない分だけドラマ性は薄いが、そのかわりにまさに天使のような清く澄んだ美しさにあふれたサウンドを得ることに成功している。

円熟した歌手と合唱団による演奏もよいが、こうした作為的なところの少しもない、淡々とした運びの演奏も、清らかなフォーレの音楽だけに魅力的だ。

ことに少年合唱団の歌声は、天国的な美しさである。

特にボーイ・ソプラノのソロで歌われる「ピエ・イエズス」と、天使に抱かれて虚空に消えて行くような終曲の「天国にて」の美しさときたら絶品だ。

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2008年07月05日


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SP時代の名演奏といわれていたもので、音の状態はあまり良くないが、実に上品で、ラテン的香気にみちあふれており、しかも、熱っぽい情熱にあふれた演奏である。

この演奏は繊細で粋な感覚や明晰な知性といった、フランス音楽を演奏する上での不可欠な要素とはどのようなものかを教えてくれる点で、大きな存在理由を持っている。

3曲とも素晴らしくファンタジーに満ちた感興豊かな出来だが、なかでも即興性と内燃する情熱が横溢し、高い品格を備えたフランクがとりわけ見事。

また軽妙洒脱な味わいに満ちたドビュッシーも、独特の浮遊感を感じさせるフォーレも傾聴させられる。

こうした香り高い演奏は、いまや少なくなってしまった。

ただ正直な感想を述べさせてもらえば、この名コンビによるフォーレは、今聴き直してみるといささか古めかしい。

音そのものもそうだが、それ以上に演奏のスタイル、奏法、感覚がそう感じさせる。

しかし、そうはいっても第1楽章のしなやかな第1主題、第2楽章の嫋々たる主題、第3楽章中間のしのび泣くようなメロディがヴァイオリンで優美に歌われるのを聴くと、ある時代の美をこそ認めないではいられない。

それだけの力は、今なお失っていない。他の2曲も同様。

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2008年03月19日


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フォーレの歌曲全集からスゼーが自選したアルバム。

スゼーはフォーレの多くの歌曲を数回に渡って録音しているが、ここにあげたものが代表的CDといえるだろう。

「捨てられた花」「幻想の地平線」などフォーレの初期から晩年に至る代表的歌曲集を収録。

フランス音楽好きにはこたえられない逸品だ。

しかも歌い手が全盛期のスゼーとなればもう何も言うことはない。

自在なニュアンスを湛えた《ビロードの声》の魅力が、いかなるフレーズにも柔らかくしみ通っている。

不朽の名盤である。

スゼーの表現は、1970年代に入るとしだいにロマンティックな傾斜を深め、生々しい情感が時々表面に立つようになる。

フォーレの世界でも、古典性よりロマン性にウェイトがかけられるのである。

こうした表現は確かに分かりやすいし、感情移入を深めることにより新しいフォーレ歌唱表現法の発見にもつながっている。

とはいえ、スゼー初期の清楚なフォーレも懐かしい。

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2008年03月17日


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フランスの名手ユボー(1917-1992)は、すでに1969〜70年にかけてフォーレの室内楽全集(エラート)を完成しているが、意外にもソロ作品はこれまでまったく録音してなかった(協奏作品のバラードのみ1981年にジョルダンと録音している)。

ピアノ・ソロ作品としては、このフォーレ以外では、わずかショーソンとデュカスのみ録音し、世を去った。

まことに玄人好みのスペシャリストであった。

これは、室内楽奏者として高い評価を得ていたユボー晩年の、満を持してのフォーレ/ピアノ作品全集録音である。

70歳を越える年齢ながら鍛え抜かれた指さばきには破綻がなく、曲それぞれの味わいを的確に伝える理解の深さはさすがだ。

ペダルをほどんど用いない清潔な音作りの「夜想曲」、リズミカルな軽やかさが印象に残る「舟歌」、艶やかな「ヴァルス・カプリス」や渋口だが味わいが尽きない「前奏曲集」など、すべての曲が最上の姿を与えられている。

これほど純粋な高みに身を置く名演は至難の業だろう。

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2008年02月04日


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躍動的な部分でも、あくまでも流麗さを失わない演奏である。

グリュミオーのヴァイオリンは澄んだ音質と美感に富んでおり、フランス的詩情を込めた、格調高いエスプリの世界を展開している。

フォーレではそれが柔らかいムードに包まれて紡ぎ出されて、強い意志力を底に秘めて繰り広げられる。

グリュミオー特有の線の鋭い意志的な奏法によって、いわゆるフランス的な優美さとは異なる個性的な表情を作っている。

一転してフランクでは情熱を帯び、熱気と音の冴えがある。シェベックもグリュミオーと組んでいる限りは優れた共演者だ。

冒頭から洗練された爽快な足どりで歩みつづけ、グリュミオーはその流れに乗って旋律を充分に歌わせている。

冒頭を少し曇った音色で始め、しだいに明るく、ときにまた暗転させるなど、曲想と音色とが分かちがたく結びついている。

第2楽章の大きく呼吸するフレーズとデュナーミクは格調高く、終曲の明晰で深い精神美をたたえた音楽はグリュミオーの円熟ぶりを示している。

ピアノの音がソフト・フォーカスに録音されているのもたぶん意図的にだろう。

演奏者の"品格"を感じさせる感動的な演奏である。

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プラッソンの指揮は、フォーレの音楽特有のフランス的な香りと知的な抒情性をあますところなく表出している。

このアルバムを聴くと、フォーレのオーケストラ曲の世界がいかに奥行が深く、幅が広いものであるかを再認識させられる。

第1集での「ペレアスとメリザンド」はナグルのフルート独奏による「シシリエンヌ」が詩情あふれる美しい演奏。

またシュターデの独唱する「メリザンドの歌」が絶品だ。

「マスクとベルガマクス」では、ゲッダの歌う「月の光」が素晴らしいし、また「パヴァーヌ」の美しさも筆舌に尽くしがたいものだ。

第2集では、歌劇「ペネロプ」からの「前奏曲」が収録されているのも、このアルバムの価値を大いに高めている。

フォーレの神髄ともいえる作品で、プラッソンが作為のない自然体の音楽をつくり上げているのが好ましい。

またコラールがソロを受け持ったバラードと幻想曲が素晴らしい演奏だ。

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2007年12月17日


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フォーレは、フランスでも特にカトリック信仰の篤い南フランスのパミエで生まれ、終生敬虔なカトリック信徒であったから、この曲にも、そうした彼の篤い宗教的な感情がよくあらわれている。

だがこの曲は普通のレクイエムとは形が少し違っており、曲中、どの作曲家も一番力を入れて作曲する劇的な「ディエス・イレ(怒りの日)」は省略され、最後を「イン・パラディスム(楽園にて)」という安らぎに満ちた音楽でしめくくるなど、独特の構成になっている。

そのためこのレクイエムは、抒情派の巨匠といわれたフォーレの特色がよく出ており、繊細優美で、清澄な音楽特性がぐっと全面に押し出されている。

クラシック音楽ファンには、死んだらこの曲をかけてほしいと心の底から愛してる人も少なからずいるのではないだろうか。

クリュイタンス盤は彼のエスプリに充ちた指揮に加えて、フィッシャー=ディースカウとロス・アンヘレスの2人のソロが聴きもの。

特にロス・アンヘレスの「ピエ・イエズ・ドミネ」の1章は全く美しく、ラテン的な透明さの中に、思いやりのあふれた歌唱で心を打たれる。

ボーイ・ソプラノを起用し、純粋無垢な感じをよく引き出したコルボの作為のない名演も捨て難いが、フォーレ「レクイエム」で1枚を、と言われればやはりこれを挙げるだろう。

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