カラス

2017年04月07日


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イタリアのジャーナリスト、エンツォ・ビアージのインタビューによる、黄金期のスカラ座を支えた人々の回想で構成されている。

回想と言っても、例えば冒頭に扱われているワーグナーの『ローエングリン』上演を準備するアバドと演出家シュトレーラーは、1981年当時のリアルタイムのインタビューで、この頃盛んになったドイツ物の上演への情熱と意気込みを伝えるエピソードが興味深い。

イタリア物ではヴェルディの『シモン・ボッカネグラ』もアバドの時代にスカラ座でのレパートリーとして定着するが、ここにはカップッチッリやギャウロフとの下稽古も収録されている。

また対象を決して有名人ばかりに限定しないビアージの眼力は流石で、本番の舞台には現われることのなかった縁の下の力持ちとしての合唱指揮者ロマーノ・ガンドルフォなど歌手だけでなくスタッフ一同が持っているスカラ座への強い誇りと愛着を伝える作品に仕上がっている。

後半は更に一世代前の歌手達、カラス、シミオナート、デル・モナコ、ディ・ステファノなどの回想録になる。

マリア・カラスへの短いインタビューで、彼女はスカラ座でのオペラ上演について、多くの人々がそれぞれの主張を通しながらひとつのオペラを創り上げる過程では衝突も避けられないと語りながら、誰を攻撃することもなく、また自分自身の正当性の強調もしていない。

指揮者アントニオ・ヴォットーの回想によればテバルディとカラス間の激しいライバル意識は実際あったにしても、世間によって大袈裟にされてしまったようだ。

しかし彼女と親しかったディ・ステファノへのかなり長いインタビューの中で、彼はカラスが周到な策謀家であったことを証言している。

つまり自分が利用できると思える人物には、ディプロマティックな手段を巧みに使って取り入ったということで、その1人が『椿姫』を演出したルキーノ・ヴィスコンティだった。

動画で貴重なシーンはシミオナートとフランコ・コレッリの『カヴァレリア・ルスティカーナ』のピアノ伴奏による舞台稽古が入っている。

彼女はサントゥッツァを得意の役柄としていたが、トスカニーニからはつまらない作品で声を台無しにするから歌わないように忠告されていたというエピソードは初めて聞いた。

イタリア・ダイナミックからリリース予定の『スカラ座の黄金期』と題された3巻のDVDの第1集になり、リージョン・フリーで言語はイタリア語のみだが、サブ・タイトルは伊、英、独、仏及び日本語が選択できる。

日本語の字幕スーパーはいくらかぶっきらぼうで決してインタビューの総てを逐一訳出したものではなく、もう少し丁寧な訳が望まれる。

全体の収録時間は87分ほどで、イタリア語と英語のライナー・ノーツ付。

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2016年01月05日


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マリア・カラスの芸術に関しては既に過去のレビューで書き尽くした感があるので、ここでは本セットの音質面について述べたい。

カラスのスタジオ・リサイタル集は2012年にEMIから同じ装丁の赤箱の13枚組でリリースされていたが、それにファースト・レコーディング1枚を加えているのが今回のセットだ。

ただし音源については、ブックレットによればこれらのCDはロンドンのアビー・ロード・スタジオのオリジナル・テープから2014年に行われた最新のディジタル・リマスタリング盤なので、事実上一昨年の秋にリリースされたカラスのコンプリート・スタジオ・レコーディングス69枚のボックス・セットからオペラ全曲盤を除いたピックアップ・バージョンということになる。

CD1の1949年のファースト・レコーディング集ではノイズがかなり聞こえるが、声自体は芯のあるしっかりした音質が蘇っている。

その後に続く3枚のモノラル録音盤も以前のCDより特にオーケストラに潤いがあり、後半のステレオ録音では歌もオーケストラもずっと精彩に富んだ音色になっている。

むしろ音源のバランスなどをいじり過ぎないナチュラルな仕上がりと言ったらいいだろうか。

この時のエンジニア、アンディー・ウォルターとアラン・ラムセイの行ったリマスタリングのポリシーは、勿論ハイ・デフィニションだが、それ以前の耳障りになるノイズ音域を極力カットして表面的に綺麗に仕上げる方法ではなく、オリジナルのマスター・テープから演奏者の表現がよりダイレクトに再現されるように考慮されている。

ここで行われた24bit/96KHzリマスターはあくまでも編集上の数値で、実際にはレギュラー・フォーマット16bit/44.1KHzへのCD化によって鮮明度は下がるが、更に一定のノイズ・カットに伴う倍音や楽音自体の喪失は気の抜けたビールのような音質を招いてしまう。

それを回避したのが今回のリマスタリングの成果だろう。

2012年に出た前述の赤箱やイコン・シリーズの7枚組と比較すると聴き取れるが、この2セットでは歌声を前面に出すことに主眼が置かれているように思われ、確かに声は良く再現されている反面、オーケストラがやや貧弱に聴こえる。

こちらでは結果的に歌声とオーケストラのバランスが良くなり、器楽の部分もより繊細に響いているのが特徴だ。

シンプルなクラムシェル・ボックス入りで、27ページほどのブックレットには収録曲目と録音データ及びカラスのキャリアがクロノロジカルに掲載されている。

熱心なマリア・カラスのファンであれば既に先に挙げた全集を持っているだろうが、これから彼女の芸術に触れてみたいという入門者には簡易なイコン・シリーズと並んでこのセットもお薦めしたい。

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2015年11月25日


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1953年のモノラル録音の伝説的名演で、ヴィクトル・デ・サーバタの一瞬の隙もない緊張感に漲る指揮が、稀に見る空前のスケールを誇る『トスカ』に仕上げている。

それは現在までに上演されたあらゆる『トスカ』の中でも別格的な存在感と価値を持っていると言っても過言ではあるまい。

指揮者ヴィクトル・デ・サーバタの正式なセッションはごく限られたものしか残されていないのが残念だが、この『トスカ』は一瞬の隙もない緊張感に漲る彼の指揮によって、人間の愛憎を抉り出したオペラ録音史上稀に見る名演としてお薦めしたい。

勿論主役の歌手3人と脇役陣に至るまで極めつきのはまり役で、例えばマリア・カラスの第1声『マリオ!マリオ!マリオ!』で主人公トスカの苛立ちと嫉妬を、ものの見事に表現し切っている。

トスカという役柄を与えられた感情表現の振幅の驚異的幅広さ、その激しさと切実さとが、オペラであることを忘れて聴き入らせる吸引力を持つ壮絶なる名唱である。

こんな歌手が過去から現在に至るまでいただろうか。

彼女やスカルピアを演じるティト・ゴッビは声で総てを演じてしまうすべを知っていた恐るべき歌手だったが、彼らの舞台上での演技の素晴らしさも今日では伝説的に伝えられている。

幸いこの2人による『トスカ』第2幕はDVDにもなっているので鑑賞可能だ。

この2人による『トスカ』第2幕は最終幕でカステル・サンタンジェロから凄絶な飛び降り自殺を遂げるトスカの幕切れシーンは、このCDでは殆んど歌唱を超越した身の毛のよだつような叫び声とたたみ込むオーケストラの総奏によって閉じられる。

ゴッビについては1980年代にイタリアで制作されたテレビ映画『プッチーニ』のなかでこのオペラの第1幕幕切れの「テ・デウム」や『ジャンニ・スキッキ』での並外れた演技シーンを観ることができる。

また画家カヴァラドッシに扮するディ・ステファノの明るく突き抜けるような声は劇中のクライマックスや土壇場で起こる主役3人全員死亡という劇的な結末と見事なコントラストをなしていて、この作品を一層暗く陰惨なものにしている。

またミラノ・スカラ座管弦楽団も指揮者の要求に良く応え、彼らの底力をみせた白熱の演奏を繰り広げている。

録音は1953年で当然モノラルながら声に関しては極めて良い状態で採られている。

一方オーケストラの音質はいくらか分離状態が悪く、トゥッティではひとつらなりの響きになって聞こえてしまうが、そうした弱点を超越して余りある賞賛すべき演奏だ。

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2015年11月21日


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マリア・カラスは生涯にドニゼッティの『ランメルモールのルチア』のセッションを2回行った。

どちらも指揮はトゥリオ・セラフィンだが、このセットは1953年のモノラル盤で、ディ・ステファノとティト・ゴッビが協演している。

一方1959年盤ではタリアヴィーニとカプッチッリが他の役を固めているが、主役ルチアの余りにも鮮烈な「狂乱の場」の絶唱と、若き日のディ・ステファノの情熱的なエドガルド、性格俳優を声で体現したゴッビのエンリーコなど、総合的にみてデ・サバタ指揮の同メンバーによる『トスカ』と並ぶオペラ録音史上に残るセッションとして高く評価したい。

勿論カラスのより細やかな心理描写や円熟味、スタイリッシュなタリアヴィーニの歌唱やより充実したオーケストラということでは第2回目のステレオ録音も劣っているわけではないが、ここには短かったカラス全盛期の生々しい歌声が横溢している。

カラス以前のいわゆるコロラトゥーラ・ソプラノによって歌われたルチアは、例外なく声楽的なテクニックを優先させたアクロバティックな連続技の披露に留まり、主人公に隠された心理やおぞましい情念などは表現し得ない綺麗ごとに終始していたのが事実だ。

しかしカラスはゴッビと並んでドラマを声によって描く術を知っていた稀有な歌手だった。

この2人はまた舞台上の演技でも傑出していて、イタリア・オペラが美しいアリアの羅列だけではないことを改めて世に知らしめた。

彼女の声は決して純粋な美声とは言えないが、声の明暗やダイナミクスを自在に使いこなして、何よりも役柄になりきるカリスマ的な才能に恵まれていた。

発狂したルチアの延々と続くモノローグ「狂乱の場」は、作曲家ドニゼッティの霊感が乗り移ったかのように真に迫っていて、音源の古さをカバーして余りあるものがある。

指揮者トゥリオ・セラフィンはトスカニーニの後を継いでスカラ座を振り、伝統的なイタリア・オペラ上演の継承者としての地位を築きながら、逸早くマリア・カラスの才能を見出してイタリア式ベルカントを教え込んで彼女を多くの主役に抜擢した。

彼は歌のパートを活かすということにかけては超一級の腕前を持っていたが、オーケストラの采配も実に巧みで、ここではやや非力なフィレンツェ5月祭管弦楽団を率いて、緻密でしかもスケールの大きな舞台を創り上げている。

また第1幕で歌われるアリア「辺りは静けさに包まれ」や狂乱の場「香炉は燻り」でのカンタービレやコロラトゥーラ唱法からも、カラスが如何にセラフィンからの薫陶を受けていたか想像に難くない。

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2015年11月17日


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カラヤンの旧盤で、カラスの同オペラ唯一のセッション録音。

カラヤンの指揮ぶりは、ミラノ・スカラ座の長所を生かし、濃厚なカンタービレと色彩感に秀でているのがよく、ここには若き日のカラヤンが作り出している音楽のイタリア的な明るさと流麗さがある。

カラヤンの描く雄弁で彫りの深い音楽は、単なる感傷や慟哭の誇張としてではなく、プッチーニがここで意図した精妙な音色の効果とドラマとの結合を十全に描きつくしている。

もちろん、ドラマの力強い起伏や悲劇的な緊張、あるいは管弦楽の雄弁さなどのカラヤンの特質も示されていて、新盤とは違った濃密な表現で歌手を支えている。

より徹底された「カラヤン美学」は、後のウィーン・フィル盤に発揮されているが、サウンドがあまりにも耽美的、ムード的に過ぎることと、イタリアの色彩感や空気感に無縁なのが寂しい。

カラスのタイトル・ロールについては、このドラマの中でヒロインの果たす役割が大きいだけに、それに応じて彼女の歌の威力がフルに発揮され、ドラマ全体を凄まじいばかりの力で引っ張っていくさまは壮観というほかはない。

蝶々さんに純情な少女を求める人にはお薦めできないかもしれないが、筆者にはライバルと言われたテバルディの歌声が、どうしても大人の女の声に聴こえてしまうのに対し、カラスの声は瞬時に15歳の幼く、純真で、哀れな蝶々さんに変身してしまうところが心憎い。

とはいえ、カラスといえども第1幕では純情可憐な15歳の娘になろうとしてなりきれず、表情を作り過ぎたきらいがあり、やや作り物風で、違和感を感じる人もいよう。

ヴィブラートは多いし、演技が重くて、声は暗く、可憐さがないと忌み嫌う人もいることであろう。

しかし、そうした外面を超えて、カラスは史上最高レベルの蝶々さんなのだと強調しておきたい。

カラスの素晴らしさは、その群を抜いた発声技術にあるのではない。

ヒロインの心情を歌い上げる「思いやり」と「感受性」の強さである。

陰りのある声で独自の蝶々さんを演じてカラヤンの指揮ともども強烈に聴き手に訴え、幕切れの愛の二重唱以降は彼女の表現者としての凄さが発揮され、特に最後のアリアでの壮絶で迫真的な表現には聴いていて思わず息を呑まされる。

前半はテバルディとフレーニに及ばぬにしても、後半でのカラスの感情表現は最高で、ラストのシーンに集約される劇的な迫力は、カラスならではの素晴らしさで圧倒される。

ゲッダも絶好調で輝かしい甘美な高音と情熱的な歌唱など、CDに聴く最良のピンカートンのひとりである。

脇役もそれぞれの声と持ち味を充分に発揮していて、充実している。

1955年のモノラル録音であるが、SACD化により瑞々しい音質に蘇っており、少しの不満もない。

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2014年06月04日


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1951年5月28日 フィレンツェ5月音楽祭でのライヴ録音。

カラスのミラノ・スカラ座デビュー直前の「シチリア島の夕べの祈り」音源で、ここで絶賛を浴び、カラスのサクセス・ストーリーが始まった。

カラスはその後同曲を録音しておらず、彼女の「シチリア島の夕べの祈り」唯一盤である。

13世紀に、フランス王族の支配するシチリア島で起きた、イタリア住民の暴動と虐殺事件「シチリアの晩祷事件」を題材にとったこの作品も、筆者は結構聴かず嫌いだったかもしれない。

ヴェルディ作曲当時の、イタリア統一の機運にはぴったりの題材だと思うが、フランスが悪役とも言えるこの題材を、パリ・オペラ座からの依頼で、グランド・オペラ初挑戦の作品としてヴェルディがよく取り上げたものだと思う(フランス革命後だから、フランスの王族が悪役ならOKなのか)。

指揮はなんとエーリッヒ・クライバーである。

息子は結構イタリア・オペラを振っているが、筆者の知っている限り、エーリッヒ・クライバーのイタリア・オペラはこれのみのはずだ。

他のイタリア・オペラと違う何かがあるから(グランド・オペラ・スタイルだからか)エーリッヒ・クライバーが振ったんだろうか。

肝心の音楽だが、元来このオペラはあまり評判がよろしくないのだが、いつも通りのエーリッヒ・クライバーの厳しい音作りで一気呵成に聴かせるし、カラス(メキシコの「アイーダ」同様、たぶん楽譜に無いであろう最高音を聴かせてくれる)そしてロシアの名バス、クリストフをはじめ歌手陣も申し分ない。

しかし残念なことにカラスとエーリッヒ・クライバーが共演したのは後にも先にもこの時だけとなった。

観客も熱狂的である。

ただし、音はあまりよろしくない。

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2014年03月31日


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カラス、ディ・ステファノ、バスティアニーニの3強が揃った1957年のスカラ座ライヴがこのオペラの筆頭ディスクだろう。

彼ら三つ巴のアンサンブルが素晴らしい上、カラスのアメリアもこの役どころの精髄を捉えた見事な歌いぶり。

それにもましてバスティアニーニによるレナートは、彼最大の当たり役として記憶にとどめるべき名唱といえる。

カラスの《仮面舞踏会》にはヴォットーの盤もあり、こちらも看過すべきではないが、このオペラが歌本位のものであること、およびヴェルディの他のオペラと同様ハイ・バリトンのレナートに音楽的支柱をおくものであることを考えると、やはりゴッビでは物足らず、バスティアニーニの高みまで達している必要があろう。

ここでのカラスの歌唱は彼女の最盛期のものだけに、劇的な表現力と声の迫力が素晴らしく、カラスの残したヴェルディ・オペラの中でも最高のもののひとつとなっている。

カラスはこのアメリアでも、天才の直感をもって役柄の真髄を歌い出したとしか言いようがなく、歌のもつ痛切な悲劇的緊迫感と一分の乱れもない風格の高さに感歎しないではいられない。

その悲劇的な緊張と持続の素晴らしさ、感情とドラマの彫りの深さ、そしてそれを歌と声に的確に反映させる表現は見事。

彼女の声にもまだ衰えの影は少しもなく、第2幕のアリアなど実に素晴らしい名唱だ。

他の歌手も各自の個性を十二分に発揮しながら、歌の充実したぶつかり合いが一種独特の緊張と白熱を生み出している。

1957年のモノーラル・ライヴ録音で、音の状態こそあまり良くないが、このオペラの神髄をついた名演奏である。

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カラスの同曲唯一のスタジオ録音。

ステレオ以降期の録音のため、モノーラルながら音質は良い。

このスイスの山村を舞台に展開される田園的抒情劇ともいっていいこのオペラは、同じベルリーニの《ノルマ》や《清教徒》とはかなり性格も異なり、違った表現が必要となる。

ロマンティックな牧歌劇がひときわ美しい作品であり、ベルリーニならではの新鮮な音楽の魅力をほぼ満喫させてくれるのは、やはりアミーナ役のカラスが圧倒的に素晴らしいヴォットー盤である。

カラスとヴォットーは、ここでほぼ理想的な再現を行っている。

この曲のもつ室内楽的でロマンティックな情感が余す所なく示されているし、カラスの表現の幅広さを味わう意味でもこれは興味深い。

この時代のオペラを得意にする歌手も増えた現在、そろそろヴォットー盤を凌ぐ演奏が出てきてもと思うのだが、なかなかそうはいかない。

このアミーナでも、カラスがノルマや《清教徒》のエルヴィーラのようなドラマティックな役柄とはまた別の一面を見事に表現しているからにほかならない。

ここでもカラスのベル・カント・オペラにおける声の威力と表現力が申し分なく発揮されているし、共演者たちとヴォットー指揮のスカラ座のアンサンブルも作品のスタイルを見事に表現しているのだが、エルヴィーノ役のモンティの古風なスタイルがやや違和感を感じさせる。

高音と技術、表現力など、さすがにカラスならではの素晴らしさで、相手役のモンティはやや弱いけれどヴォットーの指揮とキャストも立派で充実していて、それを充分に補っている。

デビュー当時のコッソット(当時22歳)の名も見える。

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2013年07月25日


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プッチーニの3作目のオペラで、このあたりから、彼の音楽の特質である感傷的な旋律の美しさがはっきりとあらわれてくる。

これは、カラスの一連のEMIへのレコーディング開始から4年後の1957年に録音されたもので、彼女は当時34歳、全盛期をやや過ぎつつある頃の、同曲唯一の全曲録音である。

カラスの絶妙の心理描写と性格表現、ディ・ステファノの情熱にあふれた歌唱がそれぞれ互角の存在感を示している。

とりわけカラスのマノンは傑出しており、大金持ちの娘として育ち、美しさゆえに苛酷な運命にもてあそばれるヒロイン、マノンを、これほど気高く、やさしく、表情ゆたかに歌いあげた歌手は、おそらくほかにいないだろう。

カラスは少しの声の衰えも感じさせないばかりか、ドラマの進行に伴って一層見事になっていく歌唱にも深みがあり、これほど知的に、心理的に歌われたマノンはない。

言葉やフレージングへの計算は細部まで完璧だ(反面、奔放さや色気に欠けるけれども)。

多血質な、デ・グリューのディ・ステファノも、持ち前の甘美な美声を生かしながら、適切な性格づけを行っており、聴かせる。

フィオラヴァンティのレスコーも最良の歌唱だ。

セラフィンの指揮も、プッチーニ独特の流れるように美しい旋律を歌わせながら、起伏の大きな音楽を作り上げており、見事だ。

セラフィンの指揮は派手さこそないが理想的であり、音楽的充実度と堅実さは、玄人中の玄人の仕事として深く心にしみいってくる。

そして、この1957年の「マノン・レスコー」の驚くばかりの音の良さ。

もともとクリアな音質だったが、復刻の名手マーク・オーバート=ソーンはその音に更に磨きをかけ、いっそう聴きやすくなった。

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2011年06月02日


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これは大指揮者セラフィンでもなく、ほかの歌手の誰でもなく、ただひたすらカラスを聴くためのCDだ。

このドラマティックな作品を、ドラマティックな歌声を持つ20世紀最高のプリマドンナ、マリア・カラスが演ずれば、どんなにすばらしいことか。

ところが、実際の舞台でカラスがこの作品に出演したのは、1948年と49年の2年間のみであった。

しかし、1957年に録音されたこのCDで、その舞台のすばらしさを想像することはできる。

その歌唱は言葉への集中度が異常に高く、声の力だけで聴かせるトゥーランドットにはない感情の豊かさ(たとえそれが病的であっても)に感嘆させられる。

《トゥーランドット》という一種異様で、狂気にも似たこのオペラは、実はカラスがもつ声のために書かれた作品ではなかったかと思わせる強烈な説得力と吸引力があり、演奏はまさに壮絶そのもの。

氷の歌姫の魔性と人間愛とをこれほどのコントラストで味わわせてくれる演奏は他になく、オペラは彼女を軸に回転し、燃焼していくのである。

また、カラスのみではなく、若き日のシュヴァルツコップが演じているリューも良い。

純粋な愛のなかで死んでいくはかない命には誰もが心打たれるものがあるが、それをシュヴァルツコップは、みごとに歌いあげている。

しかし、このリューをカラスが演じていたらもっと感動するだろうと考えるのは、欲が深すぎるというところか。

トゥーランドット姫の非人間性を冷たく描出したカラス、カラフへのいちずな恋心を実に美しく、やさしく表現したシュヴァルツコップのリュー。

そして、色彩的な響きをオーケストラから引き出し、東洋的な情緒をもりあげたセラフィンの指揮。

稀有な名演である。

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2011年05月27日


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20世紀最高のヴィオレッタ、カラスが残した8種類の全曲録音中、1958年にリスボンで歌ったライヴ録音と並んでカラス自身の出来がとくに素晴らしかったもの。

カラス演じる《椿姫》の双璧は、1955年のスカラ座ライヴと1958年のコヴェントガーデン王立歌劇場ライヴである。

両ヴィオレッタとも優劣つけ難く感動的だが、音質の点では遥かにこの録音が上である。

コヴェントガーデン王立歌劇場のライヴだけに、技術的なミスは数多く聴かれる。

歌唱の"傷"ももちろんあるが、不世出の大歌手カラスのヴィオレッタの、文字通りの絶唱をここに聴くことができる点で、この1組は大きな魅力を持っている。

カラスが歌い出すヴィオレッタの様々な感情と、デリケートな陰影の美しさこそ、まさに驚嘆に値するものだ。

第1幕冒頭の侵し難い気品、第2幕の幸せから絶望への推移、第3幕での空虚と孤独感、ヒロインのドラマを声の音色と表情だけで鮮やかに歌いつくしている。

カラスの声は陰翳に満ち、艶と表情の振幅に富んでいる。

〈そはかの人か〉の格調の高さ、かてて加えて〈さようなら過ぎ去った日よ〉の空前絶後ともいえる彫琢の深さには、今なお魂が吸いよせられる思いである。

作曲者の意図した心理の綾の生かし方も絶妙で、幕切れの素晴らしさにも心を揺さぶられる。

加えてザナージの演ずるジェルモンの格式とカンタービレの美しさも深い感動を与えてくれる。

ザナージのジェルモンの引き締まった歌唱からは風格が滲み出ており、溢れるばかりのカンタービレと知的な抑制とを両立させた見事な表現である。

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2011年03月13日


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このベッリーニ最後のオペラも《ノルマ》と同様、カラスとセラフィンを越える演奏は残念ながらまだない。

半世紀以上も前の演奏だから当時の古い様式感に問題はあるものの、20世紀にベルカント・オペラを蘇らせた偉大なソプラノの才能を後世に伝える歴史的名盤だ。

この《清教徒》はカラス全盛期のエルヴィーラ役の究極の解釈を示す名唱で、この強靭な声の威力と見事なコトラトゥーラ技術が、求心的なドラマを形成する方向へ凝縮していく姿は、この不世出の大歌手の凄絶なまでの素晴らしさを伝えてくれる。

ベッリーニの命とも言えるカンタービレなフレーズにおけるみずみずしさ、レチタティーヴォの驚くべき雄弁さ、〈私は愛らしい乙女〉の優美な鮮やかさから、〈狂乱の場〉の悲劇的な表情とアクロバティックなテクニックの壮絶さなど、どの部分を切り取ってもその歌唱の見事さには感嘆するしかない。

それにこれは痩せる前の完璧なテクニックを誇るカラスなのだ。

さらに絶対的な価値を与えているのがセラフィンの素晴らしい指揮で、全ての歌手の美点を最大限に引き出しつつ、音楽の美しさを余すところなく表現する技は真の玄人芸と呼ぶ見事さである。

共演のディ・ステファノやパネライは力唱しているが、残念ながら様式を外れている。

カラスの凄さに酔う、または圧倒されるためのCD。

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2011年01月31日


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1958年に収録された、カラスの正規スタジオ録音によるリサイタル・アルバムの名盤。

カラスのオペラ・アリア集は、種々の編集物を含めて多数発売されているが、それらの総集編ともいえる13枚組の「マリア・カラスの芸術」[EMI]も発売済。

その中で私がいちばん大切にしているのが、この「狂乱の場」である。

1957年と58年にカラス主演の復活上演がスカラ座で行なわれて大成功をおさめたドニゼッティの《アンナ・ボレーナ》からの約20分の抜粋に始まり、それに舞台では演じることなく終わったトーマの《ハムレット》と、全曲録音を残さなかったベルリーニの《海賊》からのそれぞれ狂乱の場を収めたもの。

カラスの声は既に短い絶頂期を過ぎてはいたが、それだけになお一層の入念な歌唱設計とコントロール、そして、その中に込める強い自己同化が、まるで自らの生命を削るが如き厳しさで、歌の中に込められる。

コロラトゥーラの「狂乱の場」が、声のサーカスではなく、ドラマとしての真実を描き出せるものであることを、カラスは証明してくれた。

最盛期をやや過ぎてはいたが、幸い喉の調子は最盛期並みで、カラスならではの劇的想像力と相まって、鬼気迫る感銘を呼ぶ。

カラスという存在の「凄さ」を存分に納得させてくれる1枚である。

このアルバムを聴けば、マリア・カラスがどれだけ凄い歌い手だったか、一瞬のうちにわかる。

カラスの芸術の偉大さを実感するのにまさにうってつけ、必聴のアルバムである。

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2010年09月21日


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《トスカ》は牙を持つソプラノで聴きたい。敢えて言えば美しい声も、カンタービレもいらない。

平常心の心地よさではなく、美の饗宴でもなく、聴き手は、一瞬でよいから狂気というものが与える人事を超えたドラマに触れ、血が逆流するかのようなスリルを味わうためにこのオペラを求める。

そんな体験に浸らせてくれるソプラノはマリア・カラス(1923-77)をおいて他にいないだろう。

カラスは1953年にイタリアの巨匠サーバタの指揮でモノーラル録音を残したが、後の1964年にはプレートルの指揮でステレオによる再録音にも挑戦、いずれも歴史的名盤としている。

トスカという役柄に与えられた感情表現の振幅の驚異的幅広さ、その激しさと切実さとが、オペラであることを忘れて聴き入らせる吸引力を持つ壮絶なる名唱である。

またスカルピアを歌うティト・ゴッビも素晴らしい気迫でオペラを引き締めており、与えられる感銘の大きさはこのオペラの曲名を「スカルピア」としたくなるほどである。

若き日のプレートルの指揮もラテンの血が燃えたぎった直線的で、異例の燃焼度を誇っている。

確かにここにトスカがいる。カヴァラドッシとスカルピアもいる。そしてぶつかり合う生のドラマがある。そんな臨場感に浸らせる名盤である。

オペラの醍醐味は劇場に足を運んだときに満喫されるが(私はエヴァ・マルトンの「トスカ」を生で聴いた)、CDだって負けてはいない。

その代表がこれ!

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2010年08月10日


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新盤はカラスの2度目のスタジオ録音による全曲盤で、1959年の収録。

《ノルマ》とともに《ルチア》もまたカラスとセラフィンによる最良の遺産である。

このオペラを語るには、やはりマリア・カラスから始めなければならない。

声そのものの威力・美感に加えて、恐ろしいまでに核心に迫る性格描写。

カラスのルチアは、まさに永遠に不滅である。

傍らに置いて、いつでも聴きたくなるような演奏というのではないけれど、なにはともあれ、一度は体験しておかねばお話にならない。

1953年の旧録音や、1955年のカラヤンとのライヴ録音に比べると、明らかにカラスの声は、美しさもテクニックの切れ味も減退している。

しかし、それでもなお残されたカラス独自の厳しい役作りと歌唱への自己同化の妙には非凡なものがある。

このステレオ録音のカラスの声も瑞々しさを失っているわけではないし、情感豊かな表現も一段と素晴らしい。

イタリア・オペラ最大にして最後の巨匠とも呼ぶべきセラフィンのリードもまた素晴らしい。

すべてを知り尽くした名伯楽は、いぶし銀の味わいを湛えた熟達の音楽作りを聴かせてくれる。

タリアヴィーニの個性的なエドガルド、若き日の声の威力に溢れたカプッチッリのエンリーコも聴き応え充分。

また、カラスとセラフィンの偉大さも2つの録音を聴くとよりはっきりとわかるだろう。

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2010年08月09日


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旧盤はカラスの声の絶頂期を記録した素晴らしい名盤である。

このオペラにおけるルチア像をつくり上げるには、マリア・カラスが決定的といってもいいような強い影響を与えてしまった。

ルチアはコロラトゥーラ・ソプラノの名技を発揮する役として知られたが、カラスは恋に悩み悶える薄幸のヒロインに変貌させた。

彼女の存在を抜きにしては、このオペラ、およびルチアについてふさわしく語ることができない。

ここにおける彼女の声の強さ、凄さは破格のものだし、その性格描写たるや尋常一様のものではなく、聴くたびに圧倒されてしまう。

カラスは後に同じセラフィンの指揮でステレオ再録音し、それも名盤として名高いが、この録音のカラスは声に余裕があるだけでなく、オペラ界に君臨し始めた頃の瑞々しい情感がみなぎり、過度な表情をつけずに物思わしげでデリケートな若い姫君の性格を見事に描き出す。

エドガルドのディ・ステファノも若々しい声の魅力を発揮して、甘く情熱的な中にも感情表現に心をこめているし、エンリーコの若き日のゴッビも、頑迷な性格を創り上げ、すでに非凡な才能を示している。

これらの名歌手を見事にまとめているセラフィンの指揮も特筆すべきであり、フィレンツェ5月祭管弦楽団などを率いて、無駄のない、底力のある音楽性豊かでダイナミックにオペラティックな雰囲気を紡いでいるのも魅力的である。

カラスの録音における最強のコンビ絶頂期の記録で、この名盤を聴かずして「ルチア」の演奏を語ることはできない。

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2009年06月24日


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《ノルマ》はカラス最高の当たり役で、セラフィンの指揮で全曲を2度録音、いずれも至芸の名盤として知られ、一般的にはステレオ録音が決定盤とされている。

1960年のステレオ録音でのカラスは、声にやや衰えがあるが、声技を駆使して微妙な感情の演出を行い、裏切られた女の悲しみと怒りの心情を鋭く劇的に表現。

ポリオーネのコレッリは、いかにも男臭い声でローマの総監督らしい直情径行の男性を好演している。

セラフィンのスケールが大きく雄弁でエネルギッシュな指揮は前回とあまり変化はないが、ステレオだけにオーケストラと合唱がより鮮明である。

ただし、個人的には1954年のモノーラル録音を推薦したい。

カラスの声が絶頂期のため苦渋を感じさせるところがなく、多彩な声の色での表現に惹かれる。

ポリオーネのフィリッペスキは役の解釈が通り一遍ではあるが素直な美声で、コレッリの凛々しい舞台姿を思い浮かべて聴くのなら別だが、私にはコレッリよりも聴きやすい。

大きな違いはアダルジーザ。ステレオのルートヴィヒは確かにうまくはあるが、声質が暗くてイタリア・オペラ向きとは言えず、重唱にベルカントの味がない。

1937年の最初の全曲録音でもアダルジーザを歌ったモノーラルのスティニャーニはイタリアのメゾ・ソプラノの長年にわたる第一人者。

声が明るく輝かしく、カラスとの2つの二重唱での美しいからみはベルカント歌唱の極みで陶然となる。

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2009年05月09日


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シェークスピアの同名の劇に基づくヴェルディ10番目のオペラだが、18年後に改訂を施し、全体を整理し充実させた。

このオペラは、ヴェルティ自身「わたしがいままでに書いたもののうちで、最上のもの」と自負した意欲作で、マクベス夫人をはじめ、登場人物の内面的な描写が一段と深くなっているところに、大きな進歩がみられる。

主人公マクベスもさることながら、音楽的にもドラマ的にもマクベス夫人が重要である。

録音は悪いが表現の素晴らしさ・凄さにおいて空前絶後のカラスのマクベス夫人が聴けるデ・サバータ盤は一度は聴くべきディスクだ。

このディスクは、カラスの歌ったマクベス夫人の唯一の記録としてかけがいのない価値をもったもの。

カラスならではの鋭い劇的・心理的表現がいたるところに示されている。

晩年の円熟した彼女ならば、さらに深く鋭利なマクベス夫人も可能だったであろう。

当時彼女はまだ29歳の新進で、しかもカラスにとっては初シーズン・オープニングだったので、いささか落ち着き不足と彫りの浅さはしかたがないが、若々しい豊麗な美声が聴ける。

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2008年12月09日


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EMIは1953年にカラスと専属契約を結ぶとスカラ座とも契約し、イタリア・オペラの全曲録音を次々と行ったが、スカラ座の音楽監督だったデ・サバタが病気で引退した後、主要なオペラの指揮を任されたのが、当時スカラ座では指揮していなかった巨匠セラフィンだった。

しかし、一連の録音がすべてセラフィンの確かな手腕を証明しているように、この「リゴレット」も名演である。

録音はセラフィンがステッラを起用した「椿姫」とほどんど同時期に行なわれたものだが、ジルダのカラス、マンドヴァ公爵のディ・ステファノ、リゴレットのゴッビという当時のEMIが誇るイタリア・オペラの黄金のトリオともいうべき名歌手たちもベスト・コンディションであり、いずれの役柄にふさわしい最高の声と表現を聴かせる。

コロラトゥーラの技巧とドラマティックな声を兼ね備えたカラスの深い感情表現、ディ・ステファノの輝かしい美声、ゴッビの多彩な声をたくみに使った性格表現のうまさに加え、セラフィンの作品の様式感を的確に把握した指揮もすばらしい。

とりわけ、リゴレットが最愛の娘ジルダを公爵に奪われたことを知って怒りを爆発させる第2幕後半以後のスリリングなドラマの展開と劇的な迫力は、オペラを知りつくしていたセラフィンならではのものだろう。

また3人の主役以外のスカラ座の脇役たち、管弦楽団と合唱団はいつもながら充実していて、オペラ的な雰囲気を豊かにしている。

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2008年06月22日


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1955年、ベルリンでのライヴ録音で、音の状態はあまりよくないが、絶頂期にあったカラスの魅力をあますところなく味わうことのできる記念碑的なディスクだ。

ルチアは、カラスの最も得意としていた役で、彼女はこの前後にもセラフィンの指揮で、1953年にモノーラル、1959年にはステレオでこの作品を録音している。

いずれも白熱した名唱だが、ここではカラヤンの巧みな指揮のもとに、ドラマティックでスケールの大きな演唱を行っているところに強くひきつけられる。

心・技・体とも充実の頂点にあったカラスの絶妙な歌と表現は、まさに息を呑むばかり。

ベルカント・オペラの歌唱解釈の世界を根底から変革したカラスの、鋭い心理描写による圧倒的歌唱がここにある。

カラスはその声のトーンと色合いと強弱だけで、ルチアの喜びも幸せも悲しみも絶望も、ひいては実在性の全容までも、あますところなく歌いつくす。

「狂乱の場」はまさにその精髄といえる。

ディ・ステファノのエドガルドも、申し分のないうまさで、パネライも好演。

またこれらの歌を巧みに統率し、豊麗な音楽をつくり出しているカラヤンの指揮も素晴らしい。

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2008年04月26日


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カラス唯一のスタジオ録音で、ライヴ録音も他には残されていない。

この演奏の最大の魅力は、カラスの素晴らしい歌唱にある。

そのドラマティックな表現の幅の広さと深さでは、プレートル盤のカラスにまさるものはない。

まさにカラスのカルメンに脱帽するディスクで、まるでカルメンそのもののような、奔放で情熱的な演唱には完全に魅了されてしまう。

自由奔放で妖しい魅力を発散するカルメン、激情にかられてののしり叫ぶカルメン。

余りに強い凝集力が息苦しさを感じさせることも事実だが、これほど劇的緊張感に富んだ演奏もほかにはないことも確かだ。

それは、およそカルメンの音楽とキャラクターの中にあるドラマと感情のすべてを最も深く、最も鋭く、そして最も音楽的に歌い出したものとして他に類がない。

この録音当時、カラスは41歳。

彼女の歌には、女盛りの妖しい色気が満ち満ちている。

そのほかではゲッダのドン・ホセが名唱で、これは、カラスの残した数多くのディスクのなかでも特に音がよく、彼女の至芸を存分に味わうことができる。

現在ではいささか時代遅れになってしまったギロー校訂のレチタティーヴォ版による演奏でありながら、緊迫した劇的表現のおかげで、少しも古さを感じさせない。

プレートルのフレッシュな指揮も申し分ない。

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2008年02月24日


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《ノルマ》はイタリア・オペラ全曲録音のなかでも、5指に数えられるべき不屈の名演。

同時にカラスという不正出の天才の全貌を余すところなく結晶させた名唱として、まず第一に挙げられるべきものに違いない。

やはり《ノルマ》はカラスにとどめを刺すといってよいだろう。

聴きかえすたびに鮮烈な感動に打たれる。

数種ある彼女の《ノルマ》録音の中で、この1960年セラフィン盤は、他のキャスや指揮、音質等を含めて、もっともバランスが良く、充実した出来映えを示しているもの。

カラスの声の真の全盛期は1955年を挟む数年間。

それゆえこの盤はその時期からやや外れ、歌唱の上では必ずしも彼女のベスト・ノルマではないけれども、それを持ち前のテクニックで補って余りある彫琢と陰翳をみせる。

セラフィンの棒は十二分までの精妙さ、コレッリ、ルートヴィヒ、ザッカリアの声も実に輝かしい。

総合的な仕上がりという点で、未だこのディスクに匹敵する《ノルマ》演奏はないといってよい。

ボイトの言葉「ベルリーニを愛さないような人は、音楽を愛していないのだ」を思い起こさせるカラス&セラフィンの遺産である。

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2008年02月19日


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伝説的名演とされるカラス絶品のヴィオレッタは不幸にも、完成の域に遠い最初期の放送録音とプライヴェートによる録音しかない。

レコード会社が録音するタイミングを逸したためもあって、カラスの《椿姫》はCD時代になっていくつものライヴ録音が発売されたのは、それぞれ演奏と音質が一長一短のためだろう。

極端な言い方をすれば、どれをとってもこの不世出のソプラノの役づくりのうまさを味わうことができる。

音質もよく若いカラスの声の威力が最もよくわかるのは、フォニト・チェトラ盤だが、共演者と指揮に不満が残り、演奏だけならディ・ステファノ、バスティアニーニと共演したジュリーニ指揮の1955年のスカラ座でのライヴ録音がベストだろう。

このギオーネ盤はその3年後、1958年のリスボン・サン・カルロ歌劇場でのライヴ録音で、比較的音の状態は良好で、声と管弦楽のバランスもまずまずだし、貴重な演奏の記録としての価値は充分にある。

カラスの声は絶頂期で、しかもヴィオレッタを歌った最後の年となった。

ここで示されるのは感情の起伏の激しい、人生への愛着と不安に揺れ動く一人の女の叫びであり、愛らしさやコケットとは無縁のヴィオレッタだ。

カラスの声は文字どおりトップ・コンディションで、どの音域も透明で自然で伸びやかに響く。

ことに第2幕での苦悩に満ちた歌と、幕切れで息を引きとる寸前の不思議な恍惚の鬼気迫るばかりの素晴らしさは筆舌につくしがたい。

また当時無名に近い新人のクラウスが、カラスの相手役を努めているのも興味深い。

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2008年02月18日


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1955年5月28日、大好評を博したミラノ・スカラ座での公演のライヴ録音で、カラスのヴィオレッタを不滅のものとした演奏がこれである。

音質上の不備はあるものの、ジュリーニの棒の切れ味と緊迫感を背景に、この永遠のプリマドンナの熱気に満ちた世紀の至芸が光り輝き、異様なほどの気迫と感銘を持った演奏になっている。

ジュリーニの晩年とは異なった生気躍動するオペラティックな表現とオケの巧みさは断然傑出している。

特に劇的表現の粋を示したのは第2幕フィナーレで、多彩で華麗な表情が外面的効果に終わらないのは、ジュリーニの音楽の持つ独特の持続力と緊張が内側からしっかりと支えてるからだ。

また、カラスのデリケートで的確極まりない表情が、これほど完璧に実現されていることも驚嘆に値する。

この時、ヴィオレッタを歌ったカラスは32歳、まさに脂ののりきった最盛期の、熱のこもった演唱には、息をのむ。

表現の幅の広さ、甘美と激情の間を揺れ動く見事な心理描出、カンタービレとアジリタ双方における完璧なテクニック、悲劇的結末への求心力等々、ここにはカラスの感性と技術のすべてが、きわめて激しいエネルギーとともにそそぎ込まれている。

まさにヴィオレッタ歌唱の金字塔であろう。

以後ヴィオレッタ像は、まさにこのカラスの超名演の薫陶を受けることとなった。

ディ・ステファノのアルフレード、バスティアニーニのジェルモンという、黄金の組み合わせも、カラスと遜色のない名唱で、ジュリーニのエネルギッシュな棒とあいまって、非のうちどころのない名演となっている。

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2008年01月27日


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神様仏様カラス様。

亡くなってすでに40年が過ぎる(1923-77)というのに、この歌姫の名前は、生き霊のごとく多くのオペラ・ファンに取り憑いている。

その強烈で威圧的なまでにコントロールされた歌声そのものの魅力もさることながら、どこかエキゾチックで神秘的な美貌やスラリとなまめく姿態、そして大富豪オナシスとのスキャンダラスな関係などなど、その存在のすべてにわたって衆目を集めずにおかぬ、いわば正真正銘のスターであった。

今、時間を経て《斜め》から聴けば、声はキレイなんだけどヒステリックなほどとんがっているし、完璧なまでの役作りも余りにはまりすぎていてどうかすると鼻についてくる。

しかし、カラスはそういう「歌い手」ではない。

もっといかがわしいほどに思いや感情を預け、下世話に向き合って初めて金縛りにあう。

そんな類の至芸をあやつる異能者芸能者なのである。

その魔力の妖しさは、どこかあの日本の大スターを思い出させる。

代表的録音は、オペラにあまたある。

が、ここではベスト盤「Maria Callas - La divina」を、その芸その毒気に耳を慣らすウォームアップ・メニューとして紹介しておく。

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2008年01月10日


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プッチーニの「トスカ」はライヴに接したことがある。

プリマ・ドンナはエヴァ・マルトンで素晴らしかった。あれで太ってさえいなかれば完璧な舞台だったのだが…。

「トスカ」で1枚といえば、カラスの旧盤に尽きる。

レコード史上に燦然と輝く名盤で、カラスのトスカ、ディ・ステファノのカヴァラドッシ、ゴッビのスカルピアの3人とも、最絶頂期の録音(1953年)だけあって、お互いの魂のぶつかり合いは凄まじいばかりである。

デ・サーバタの指揮は、イタリアのたくましい歌の魂と、表現するドラマとしての音楽の正しい把握のうえに、管弦楽を有機的に駆使し雄弁なドラマを作り出している。

カラスの激情的でひたむきなトスカは他の追随を許さず、これ以後の新盤と比べてもいささかも見劣りせず、劇的表現を満喫できる。

有名な「歌に生き、愛に生き」など、まさに絶唱だ。

それにゴッビの何とも見事なスカルピアと繰り広げる第2幕はまさに息詰まるばかりだ。

肉声と管弦楽のすべてを一体化した劇音楽としての統一と、その表現力において、イタリア・オペラの演奏の究極を極めた稀にみる名演である。

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