ホルスト

2015年05月09日


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ホルストの組曲「惑星」を、プレヴィンは2度にわたってスタジオ録音している。

最初の録音がロンドン交響楽団との演奏(1973年)、そして2度目の録音が本盤に収められたロイヤル・フィルとの演奏(1986年)であるが、いずれ劣らぬ名演と評価したい。

それにしても、本演奏は素晴らしい。

何が素晴らしいかと言うと、とにかく奇を衒ったところがなく、組曲「惑星」の魅力を指揮者の恣意的な解釈に邪魔されることなく、聴き手がダイレクトに味わうことが可能であるという点であると考える。

同曲はあまりにもポピュラーであるため、個性的な解釈を施す指揮者も多く存在しているが、本演奏に接すると、あたかも故郷に帰省してきたような安定した気分になるとも言えるところだ。

プレヴィンは、クラシック音楽の指揮者としてもきわめて有能ではあるが、それ以外のジャンルの多種多様な音楽も手掛ける万能型のミュージシャンと言える。

それ故にこそ、本演奏のようなオーソドックスなアプローチをすることに繋がっていると言えるだろう。

プレヴィンはこの曲をスペクタクルにせず、それまでになかった都会的な洗練された優雅さを感じさせる。

楽曲を難しく解釈して峻厳なアプローチを行うなどということとは全く無縁であり、楽曲をいかにわかりやすく、そして親しみやすく聴き手に伝えることができるのかに腐心しているように思われる。

したがって、ベートーヴェンなどのように、音楽の内容の精神的な深みへの追求が必要とされる楽曲においては、いささか浅薄な演奏との誹りは免れないと思うが、起承転結がはっきりとした標題音楽的な楽曲では、俄然その実力を発揮することになる。

組曲「惑星」も、そうしたプレヴィンの資質に見事に合致する楽曲と言えるところであり、加えて、プレヴィン円熟のタクトも相俟って、素晴らしい名演に仕上がったと言っても過言ではあるまい。

聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりは心憎いばかりであり、プレヴィンの豊かな音楽性が本演奏では大いにプラスに働いている。

確かに、イギリスには作曲者による自作自演盤を筆頭に、ボールト盤、サージェント盤など名盤の歴史があり、それらはスペクタクルにはいささかも傾くことなく、表現の奥ゆかしさ、自然に醸し出される味わいの豊かさなどの点で、作品との特別な連帯感、一体感を堪能させてきたが、プレヴィンはそこに新しい筆を持ちこみ、タッチも、輪郭も、色彩も、より鮮やかで初々しい《惑星》像を再現して、伝統を一歩先へと推し進めたように思われる。

クラシック音楽入門者が、組曲「惑星」を初めて聴くに際して、最も安心して推薦できる演奏と言えるところであり、本演奏を聴いて、同曲が嫌いになる聴き手など、まずはいないのではないだろうか。

ロイヤル・フィルも、常にこの曲を弾きこんでいるせいか、たいへんうまい。

この精緻な味わいは他のディスクではなかなか味わうことが出来ないので、是非一聴をお薦めしたい1枚である。

いずれにしても、本演奏は、プレヴィンによる素晴らしい名演であり、同曲を初めて聴く入門者には、第一に推薦したい名演であると評価したい。

テラークの優秀録音も本盤の価値を高めるのに貢献しており、安心して万人に推薦できる名盤である。

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2014年11月04日


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本盤には、ブラスバンドに入ったことがある者であれば、誰でも一度は演奏したことがあるであろう有名曲が収められている。

特に、ホルストの吹奏楽のための組曲第1番及び第2番、ヴォーン・ウィリアムズのイギリス民謡組曲などは定番とも言える超有名曲であるが、意外にも推薦できる演奏が殆ど存在していない。

それだけに、本盤の各演奏はきわめて稀少価値のあるものと言える。

ヴォーン・ウィリアムズやホルストは、若干時代は活動時期は前後するものの、チェコのヤナーチェクやハンガリーのバルトーク、コダーイなどと同様に、英国の作曲家としての誇りをいささかも失うことなく、英国の民謡を高度に昇華させて自作に採り入れようとした。

その結実こそは、イギリス民謡組曲、そして吹奏楽のための組曲第1番及び第2番なのであり、筆者としては、本盤に収められたいずれの楽曲も、単なるブラスバンドのためのポピュラー名曲の範疇には収まりきらないような芸術性を湛えていると高く評価している。

他に目ぼしいライバルとなり得る名演が存在しないだけに、吹奏楽の普及に多大なる貢献を行ったフレデリック・フェネル&イーストマン・ウィンド・アンサンブルによる本演奏は、本盤に収められた各楽曲の唯一の名演とも言える貴重な存在と言える。

ブラスバンドのための楽曲だけに、決して重々しくはならず、演奏全体の様相としては颯爽としたやや速めのテンポを基調としているが、各楽曲に盛り込まれた英国の詩情に満ち溢れた民謡風の旋律の数々については心を込めて歌い抜いており、いい意味での剛柔のバランスのとれた名演奏を展開していると言えるところだ。

イーストマン・ウィンド・アンサンブルも、フレデリック・フェネルの指揮の下、これ以上は求め得ないような一糸乱れぬアンサンブルにより、最高のパフォーマンスを発揮していると評価したい。

いずれにしても、これぞまさしくブラスバンドによる演奏の理想像の具現化とも言えるところであり、本盤の演奏から既に50年以上が経過しているにもかかわらず、現在でもなお本盤の演奏を超える演奏があらわれていないのも十分に頷けるところである。

ホルストと言えば組曲「惑星」のみがやたら有名であるし、ヴォーン・ウィリアムズと言えばタリスの主題による幻想曲などが特に有名であるが、仮に、本盤に収められた各楽曲を未聴であるとすれば、ホルストにしても、ヴォーン・ウィリアムズにしても、吹奏楽の分野において、このような偉大な傑作を遺しているということを、本盤を聴いて是非とも認知していただきたいと考えるところだ。

音質は、1950年代末の録音にしては従来CD盤でも十分に満足できるものであったが、今般のルビジウム・クロック・カッティングによって、従来CD盤よりも更に良好な音質に生まれ変わったと評価したい。

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2014年10月03日


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英国のローカルな作品の地位に甘んじていたホルストの組曲「惑星」を、クラシック音楽を代表する世界的な名作として広く認知させるのに貢献した歴史的な超名演と高く評価したい。

本演奏の録音は1961年であるが、この当時は、同曲の録音は、ホルスト自身による自作自演盤や、同曲の初演者であるボールト盤しか存在しなかった。

ところが、本カラヤン盤の登場によって、同曲が瞬く間に世界中に知られることになり、様々な指揮者による多種多様な演奏が行われるようになったのである。

カラヤンの伝記などを紐解くと、当初はカラヤンも、そしてウィーン・フィルも、同曲の演奏には相当に難儀したとのことである。

しかしながら、カラヤンとウィーン・フィルがその難儀を克服して要領を掴んだ結果、素晴らしい演奏が成し遂げられることになったのだ。

本演奏における壮年期のカラヤンの指揮は、冒頭の「火星」からして、前のめりになって進んでいく気迫溢れる力強さが漲っており、そのパワフルな演奏は圧巻の迫力を誇っている。

また、「金星」などにおける情感の豊かさは美しさの極みであり、「木星」における崇高さは、雄渾なスケールを誇っている。

「海王星」における神秘的な雰囲気が漂う消え入るような繊細さは、カラヤンだけが描出し得る至純の世界と言えるのかもしれない。

カラヤンの統率の下、ウィーン・フィルも最高のパフォーマンスを示していると言えるところであり、とかく華麗で賑々しくなりがちな同曲の演奏に、適度な潤いと奥行きの深さを与えている点も忘れてはならない。

カラヤンは、本盤の20年後にベルリン・フィルを指揮して同曲を再録音(1981年)しているが、音のドラマとしては圧倒的な素晴らしさを誇ってはいるものの前述のような華麗で賑々しく感じられる箇所が随所に散見されるところであり、とても本演奏のような魅力はないと言える。

いずれにしても、本演奏は、その後に登場した様々な指揮者による多種多様な名演にも、今なおいささかも引けを取らない至高の超名演と高く評価したい。

録音は、従来盤でも英デッカならではの鮮明な高音質であったが、本盤のシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤は見違えるような鮮明な高音質に生まれ変わったと言えるところであり、このようなカラヤンによる素晴らしい名演を望み得る最高の高音質SACDで味わえることを大いに喜びたい。

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2014年09月19日


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ホルストの組曲「惑星」を、プレヴィンは2度にわたってスタジオ録音を行っている。

最初の録音が本盤に収められたロンドン交響楽団との演奏(1973年)、そして2度目の録音がロイヤル・フィルとの演奏(1986年)である。

いずれ劣らぬ名演と評価したいが、筆者としては、プレヴィンの全盛期はロンドン交響楽団とともに数々の名演を成し遂げていた1970年代前半であると考えており、本盤に収められた演奏の方をより上位に掲げたいと考える。

プレヴィンは、自らの得意のレパートリーをロイヤル・フィルとともに再録音しているが、例えばラフマニノフの交響曲第2番などにもみられるように、ロンドン交響楽団との旧録音の方がより優れているケースが多いと言えるのではないだろうか。

それにしても、本演奏は素晴らしい。

何が素晴らしいかと言うと、とにかく奇を衒ったところがなく、組曲「惑星」の魅力を指揮者の恣意的な解釈に邪魔されることなく、聴き手がダイレクトに味わうことが可能であるという点である。

同曲はあまりにもポピュラーであるため、個性的な解釈を施す指揮者も多く存在しているが、本演奏に接すると、あたかも故郷に帰省してきたような安定した気分になるとも言えるところだ。

プレヴィンは、クラシック音楽の指揮者としてもきわめて有能ではあるが、それ以外のジャンルの多種多様な音楽も手掛ける万能型のミュージシャンである。

それ故にこそ、本演奏のようなオーソドックスなアプローチをすることに繋がっていると言えるだろう。

楽曲を難しく解釈して峻厳なアプローチを行うなどということとは全く無縁であり、楽曲をいかにわかりやすく、そして親しみやすく聴き手に伝えることができるのかに腐心しているように思われる。

したがって、ベートーヴェンなどのように、音楽の内容の精神的な深みへの追究が求められる楽曲においては、いささか浅薄な演奏との誹りは免れないと思うが、起承転結がはっきりとした標題音楽的な楽曲では、俄然その実力を発揮することになる。

組曲「惑星」も、そうしたプレヴィンの資質に見事に合致する楽曲と言えるところであり、加えて、後年のロイヤル・フィルとの演奏とも異なり、若さ故の力強い生命力も相俟って、素晴らしい名演に仕上がったと言っても過言ではあるまい。

聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりは心憎いばかりであり、プレヴィンの豊かな音楽性が本演奏では大いにプラスに働いている。

クラシック音楽入門者が、組曲「惑星」を初めて聴くに際して、最も安心して推薦できる演奏と言えるところであり、本演奏を聴いて、同曲が嫌いになる聴き手など、まずはいないのではないだろうか。

いずれにしても、本演奏は、プレヴィンによる素晴らしい名演であり、同曲を初めて聴く入門者には、第一に推薦したい名演であると評価したい。

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2014年08月18日


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本盤に収められたホルストの組曲「惑星」は、カラヤンによる2度目のスタジオ録音である。

最初の録音は1961年であり、ウィーン・フィルとの演奏であった。

したがって、本盤の演奏はそれから20年後の新録音ということになる。

1981年と言えば、カラヤン&ベルリン・フィルという、クラシック音楽史上でも最高の黄金コンビが最後の輝きを見せた時期に相当する。

翌年にはザビーネ・マイヤー事件が勃発し、この黄金コンビには修復不可能な亀裂が生じることに鑑みれば、本演奏は、この黄金コンビの究極の到達点を反映していると言えるのではないか。

実際に、カラヤンの伝記などを紐解くと、ベルリン・フィルの団員は、本盤のスタジオ録音前は、組曲「惑星」を相当に見下していたということである。

ところが、練習時におけるカラヤンの真摯な姿勢を見て、団員は同曲に対する見方をあらため、それからは真剣に練習に取り組んだということであり、その意味でも、本演奏は、カラヤン、そしてベルリン・フィルが真剣勝負で挑んだ、この黄金コンビの究極の到達点に相応しい名演奏に仕上がっていると言っても過言ではあるまい。

この黄金コンビは、とりわけ1960年代〜1970年代にかけて、ベルリン・フィルの鉄壁のアンサンブルや超絶的な技量をベースに、カラヤンが流麗なレガートを施し、重厚にして華麗ないわゆるカラヤン・サウンドを醸成していた。

そしてこのいわゆるカラヤン・サウンドを駆使した演奏は、まさにオーケストラ演奏の極致とも言うべき圧倒的な音のドラマの構築に成功していたと言えるだろう。

本盤の演奏でも、そうした圧倒的な音のドラマは健在であり、おそらくは同曲の演奏史上でも最も重厚にして華麗な名演と言ってもいいのではないだろうか。

しかしながら、同曲に特有のイギリス音楽ならではの詩情の豊かさと言った点においては、いささかカラヤン・サウンドによって犠牲を強いられた感も無きにしも非ずであり、そうしたイギリス的な詩情の豊かさや、同曲を一大人気曲に伸し上げることに貢献したという意味においては、筆者としてはウィーン・フィルとの旧盤の方をより上位の名演に掲げたいと考える。

もっとも、本演奏についても、前述のように、カラヤン&ベルリン・フィルの黄金コンビが構築し得た究極の音のドラマとして、十分に存在価値のある素晴らしい名演であると高く評価したい。

音質については、これまでリマスタリングが行われたこともあって、従来CD盤でも十分に良好な音質であったが、今般のSHM−CD化によって、若干ではあるが音質が鮮明になるとともに、音場が幅広くなったように思われる。

いずれにしても、カラヤンによる素晴らしい名演をSHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2014年08月03日


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ホルストの組曲「惑星」は、光彩陸離たる華麗なオーケストレーションを駆使した親しみやすい旋律の数々を有していることもあり、現代においても最も人気のある管弦楽作品の1つである。

もっとも1950年代までは、ホルストによる自作自演や初演者ボールトによる演奏の録音しか存在せず、イギリス国内にしか通用しないローカルな作品の域を出なかったところであるが、1961年にカラヤン&ウィーン・フィルによる素晴らしい名演が登場したことを契機として、一躍国際的な人気作品としての地位を獲得したのであった。

前述のカラヤンによる名演以降、様々な指揮者によって多種多様な名演が生み出されてきているのは周知の通りである。

そのような中でも、初演者ボールトによる最後の録音であるロンドン・フィルとの名演(1978年)、前述のカラヤン&ウィーン・フィルによる名演の地位は、現在においてもいささかも揺らぐものではないが、ホルストの華麗なオーケストレーションの魅力を心行くまで堪能させてくれる名演としては、本盤に収められたレヴァイン&シカゴ交響楽団による超名演を随一に掲げたいと考える。

本超名演の成功は、紛れもなくシカゴ交響楽団の卓越した技量にある。

本演奏は1989年の録音であり、御大ショルティがなおシカゴ交響楽団に君臨していた全盛時代でもある。

一糸乱れぬ鉄壁のアンサンブル、金管楽器群の迫力満点の大音量とブリリアントな響き、木管楽器の桁外れのテクニックなど、同曲の演奏に必要な要素を全て兼ね備えていたスーパー軍団たるシカゴ交響楽団による演奏は豪華絢爛の一言。

あたかも、組曲「惑星」という大運動場で、シカゴ交響楽団が存分に運動を行っているかのような趣きがあり、オーケストラ演奏としても空前絶後の出来栄えと言えるだろう。

レヴァインの指揮は、むしろシカゴ交響楽団にいかに気持ちよく演奏させるのかに徹しているようにも思われるが、例えば金星などにおける心を込めた情感の豊かさなど、独特の味付けもそれなりに行っており、聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりを十二分に発揮していると評価したい。

いずれにしても、組曲「惑星」という楽曲の魅力を存分に満喫させてくれるという意味においては、耳のご馳走とも言えるような爽快な超名演と評価するのにいささかも躊躇もしない。

録音は、従来盤でも音質の良さで定評があったが、今般のSHM−CD化によって、さらに音質が鮮明になるとともに音場が若干なりとも広くなった。

いずれにしても、レヴァイン&シカゴ交響楽団による爽快な超名演を、SHM−CDによる鮮明な高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年06月12日


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メータの演奏が、ユニバーサルによるシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化シリーズに登場するのは、ウィーン・フィルとのマーラーの交響曲第2番(1975年)に次いで、今回が2枚目のアルバムということになる。

近年では円熟の境地を迎えたものの、かつての光彩をすっかりと失ってしまったメータであるが、ロサンゼルス・フィルの音楽監督をつとめていた時代は凄かった。

当時は、ロンドン交響楽団とともに圧倒的な名演奏を繰り広げていたアバドや、ボストン交響楽団の音楽監督に就任して世界に羽ばたこうとしていた小澤などと並んで、新進気鋭の指揮者として次代を担う存在と言われたものであった。

かの巨匠カラヤンも、将来のクラシック音楽界を背負う指揮者としてアバド、小澤とともにメータを掲げていたこともあり、メータが当時、いかに華々しい活躍をしていたかを窺い知ることが可能であると言えるところだ。

本盤に収められたロサンゼルス・フィルとのホルストの組曲「惑星」とJ・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」組曲は、メータのロサンゼルス・フィルの音楽監督時代の代表盤の一つであるのみならず、メータの全盛期を代表する圧倒的な名演盤と言えるのではないだろうか。

筆者としては、両演奏ともに、メータの類稀なる才能を感じさせる圧倒的な超名演と高く評価したい。

メータは、組曲「惑星」についてはその後もニューヨーク・フィルとともに録音を行っている(1989年)が、とても本演奏の持つ魅力には達し得ていないと言えるところだ。

組曲「惑星」については、とにかく、冒頭の「火星」からして凄まじいド迫力だ。

どこをとっても切れば血が噴き出てくるような力感が漲っており、随所に聴かれる畳み掛けていくような気迫や生命力にはただただ圧倒されるのみである。

「木星」における壮麗にして雄大なスケールの音楽も見事であり、他方、「金星」や「海王星」などにおける繊細な美しさにも出色のものがあり、必ずしも若さ故の勢い一本調子の演奏に陥っていないことに留意しておく必要がある。

全盛期のメータは、その巨大な体躯から力づくの演奏をする指揮者とのイメージも一部に持たれているようであるが、本演奏のようないい意味での剛柔のバランスのとれた演奏を行うことができるというある種の器用さも兼ね備えていたところであり、これはメータがいかに類まれなる豊かな音楽性を備えていたのかの証左とも言えるだろう。

いずれにしても、本盤の組曲「惑星」の演奏は、前述のように、メータの全盛期を代表する圧倒的な超名演と高く評価したい。

併録のJ・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」組曲も、組曲「惑星」と同様に、いい意味での剛柔のバランスのとれた全盛期のメータならではの素晴らしい名演だ。

そして、本演奏の凄さは、英デッカによる極上の高音質録音と言える。

英デッカは、その録音の素晴らしさで知られているが、本演奏もそうした定評をいささかも覆すものではない。

したがって、従来CD盤でも十分に満足できる高音質であったが、数年前にSHM−CD化がなされ、それによって、更に良好な音質になったところであり、筆者としてもこれまでは当該SHM−CD盤を愛聴してきたところだ。

ところが、今般、ついに待望のシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化が行われることによって大変驚いた。

従来CD盤やSHM−CD盤とは次元が異なる見違えるような鮮明な音質に生まれ変わった。

両曲ともに華麗なるオーケストレーションを誇る楽曲であるが、各楽器セクションが明瞭に分離して聴こえるのは殆ど驚異的であり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、メータによる圧倒的な超名演を、シングルレイヤーによるSACD&SHM−CDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年03月23日


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ホルストの組曲『惑星』は、豪壮華麗なオーケストレーションが施されたいかにもショルティ向きの作品であるにもかかわらず、本演奏のみの一度しか録音を行っていない。

しかも、録音年代は1978年。

シカゴ交響楽団の音楽監督として最も脂の乗っていた時期であるにもかかわらず、オーケストラとしてシカゴ交響楽団を起用せずに、敢えてロンドン・フィルを起用したというのは大変に意外である。

もちろん、ロンドン・フィルはショルティにとって大変縁のあるオーケストラであり、エルガーの2つの交響曲のほか、本盤に収められた行進曲『威風堂々』、エニグマ変奏曲なども同オーケストラと録音している点を考慮すれば、ショルティは、楽曲によってオーケストラを使い分けていたということが言えるのかもしれない。

そして、それ故にこそ、英国王室の「サー」の称号も得ているショルティは、ホルストの組曲『惑星』をあくまでも純然たる英国音楽として捉え、当時一般に流布しつつあったオーケストラ演奏の醍醐味を味わわせてくれるショーピースのような演奏に背を向け、英国音楽としての矜持を保って格調高く描き出そうとしたのかもしれない。

ショルティの本演奏におけるアプローチは、例によって、強靭なリズム感とメリハリの明瞭さを全面に打ち出したものであるが、いかなるトゥッティの箇所に至っても、同時期のシカゴ交響楽団との演奏の一部に聴かれるようないささか力づくとも言うべき強引さが殆どなく、前述のような格調の高さを損なっていないのが素晴らしい。

もっとも、「火星」などにおける強靭な迫力には凄味があるし、他方、「金星」や「海王星」における英国の詩情に満ち溢れた美しさにも抗し難い魅力が満ち溢れており、各楽曲毎の描き分けの巧みさにおいても秀逸なものがあると言えるだろう。

いずれにしても、本演奏は、いい意味での剛柔のバランスと格調の高さが支配した演奏とも言えるところであり、ショルティがその後、シカゴ交響楽団と再録音しなかった理由を窺い知ることが可能な素晴らしい名演に仕上がっていると高く評価したい。

そして、必ずしも一流とは言い難いロンドン・フィルが、ショルティの確かな統率の下、持ち得る実力を最大限に発揮した好パフォーマンスを発揮しているのも、本名演に華を添える結果となっていることを忘れてはならない。

行進曲『威風堂々』は、演奏全体をいかにもショルティならではの強靭なリズム感とメリハリの明瞭さで一貫しており、どこをとっても曖昧な箇所がなく、明瞭で光彩陸離たる音響に満たされた圧倒的な名演に仕上がっている。

音質も英デッカによる極めて優秀なものであり、ルビジウム・クロック・カッティングによって更に鮮明さが増したと言えるところだ。

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2014年03月08日


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ボールトはホルストの組曲『惑星』の初演者である。

初演者であるからと言って、その演奏が優れているとは限らないが、ボールトが遺した同曲の5種類にも及ぶ録音は、いずれも素晴らしい名演である。

その中でも、本演奏はボールトが89歳になった時に録音された最後のものであるが、筆者としては、ボールトによる同曲の演奏の中では最高峰の超名演と高く評価したい。

冒頭の「火星」からして、畳み掛けていくような気迫と力強い生命力に圧倒されてしまう。

そのエネルギッシュな力感は、とても89歳の老指揮者とは思えないような矍鑠ぶりであり、演奏の彫りの深さにおいても他の指揮者を寄せ付けない凄みを湛えている。

「金星」の抒情はいかにも英国紳士ならではの気品に満ち溢れているし、「水星」の変幻自在のテンポ設定による魔法のような表現の巧みさは、まさに老巨匠ならではの圧巻の至芸と言えるだろう。

そして、「木星」の悠揚迫らぬテンポによる崇高な演奏は、神々しいまでの威容を誇っているとさえ言える。

「土星」の深遠さは底知れぬ神秘性を感じさせるし、「海王星」の繊細さは、ボールトとしても最晩年になって漸く表現し得た清澄な美しさを湛えているのではないだろうか。

オーケストラの統率力からすれば、本演奏のひとつ前のニュー・フィルハーニア管弦楽団との演奏の方がより優れているが、演奏全体に漂う味わい深さにおいては、本演奏の方が数段上である。

オーケストラは、必ずしも一流とは言い難いロンドン・フィルではあるが、ここではボールトの指揮に必死で喰らいつき、渾身の名演奏を繰り広げているのが素晴らしい。

いずれにしても、本演奏は、ホルストの組曲『惑星』のあまた存在する名演の中でも、カラヤン&ウィーン・フィルによる演奏(1961年)、レヴァイン&シカゴ交響楽団による演奏(1989年)と並んで3強の一角を占める至高の超名演と高く評価したい。

音質は、リマスタリングが行われたこともあって比較的良好な音質に生まれ変わったが、HQCD化されることもなく、高音質化の波に乗り遅れていた。

しかしながら、今般、ついにSACD化が行われることによって大変驚いた。

従来CD盤とは次元が異なる見違えるような鮮明な音質に生まれ変わった。

音質の鮮明さ、音場の幅広さのどれをとっても一級品の仕上がりであり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

1960年代のスタジオ録音とは思えないような音質の劇的な変化は、殆ど驚異的ですらある。

いずれにしても、ボールトによる至高の超名演を、SACDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年02月17日


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バーンスタインはホルストの組曲『惑星』を一度だけスタジオ録音している。

バーンスタインは、晩年に自らのレパートリーの再録音をDGに数多く行ったことから、もう少し長生きしていれば同曲の再録音をウィーン・フィルなどと行った可能性もあるが、晩年の芸風に鑑みれば、再録音が実現することが果たして良かったかどうかは疑問であるとも言える。

というのも、バーンスタインの晩年の演奏は、表情づけは濃厚の極みになるとともに、テンポは異常に遅くなったからだ。

マーラーの交響曲・歌曲やシューマンの交響曲・協奏曲については、かかる晩年の芸風が曲想に見事に符号し、圧倒的な超名演の数々を成し遂げるのに繋がったが、その他の大半の楽曲、とりわけ独墺系以外の作曲家の作品については、例えばチャイコフスキーの交響曲第6番、ドヴォルザークの交響曲第9番、シベリウスの交響曲第2番など、箸にも棒にもかからない凡演を繰り返したところである。

ところが、バーンスタインがニューヨーク・フィルの芸術監督をつとめていた1970年までは、こうした晩年の大仰な演奏とは別人のような演奏を行っていた。

良く言えば、躍動感溢れる爽快な演奏、悪く言えばヤンキー気質丸出しの底の浅い演奏。

もっとも、バーンスタインらしさという意味では、この当時の演奏を評価する聴き手も多数存在しているところであり、演奏内容の浅薄さはさておき、筆者としても当時のバーンスタインの思い切りのいい躍動感溢れる爽快な演奏を高く評価しているところだ。

本盤に収められた組曲『惑星』は、ニューヨーク・フィルの音楽監督を退任した1年後の演奏ではあるが、かかる躍動感溢れる爽快な芸風は健在。

「火星」の終結部など、いささか力づくの強引な荒々しささえ感じさせる箇所がないわけではないが、楽曲が組曲『惑星』だけに違和感など微塵も感じさせることがない。

また、こうした標題音楽だけに、当時のバーンスタインの演奏の欠点でもあった、演奏の底の浅さなども致命的な欠陥にはならず、英国音楽ならではの詩情にはいささか不足するきらいはあるものの、強靱な迫力と躍動感に満ちた素晴らしい名演と高く評価したい。

併録のブリテンの「4つの海の間奏曲」は、組曲『惑星』以上にバーンスタインの多彩な才能を感じさせる超名演であり、演奏の持つ強靭な生命力や気迫という意味においては、最晩年のボストン交響楽団との名演(1990年)よりも優れた名演と評価し得るものと考えられるところだ。

ニューヨーク・フィルもバーンスタインの統率の下、その技量を十二分に発揮した渾身の名演奏を展開しているのが見事である。

音質は、従来盤が1971年のスタジオ録音だけに今一つの平板なものであったが、数年前に発売されたシングルレイヤーによるマルチチャンネル付きのSACD盤が圧倒的な高音質である。

そもそも、マルチチャンネルとシングルレイヤーの組み合わせは他にも殆ど例がないだけに、SACDの潜在能力を最大限に発揮した究極のSACD盤として、極めて希少なものである。

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2013年12月31日


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若きメータのロスアンジェルス・フィル時代の屈指の名盤。

《惑星》は、地球を除く太陽系の7つの星(冥王星はまだ発見されてなかった)をギリシャ神話の神々に見立てて表現した、近代イギリスの作曲家ホルストの作曲によるダイナミックなオーケストラ作品。

今やSF映画の古典的名作となった《スター・ウォーズ》の音楽とのベスト・カップリング。

実に語り口のうまい演奏だ。

メータは巧みな棒さばきで、それぞれ趣を異にする各曲を表情豊かに描き分けている。

1曲1曲の彫琢も入念で、しかも全体を少しの乱れもなくしっかりと構成しているあたりはさすがだ。

ことに「水星」「木星」「土星」が優れている。

《スター・ウォーズ》併録というのも楽しい。

メータがハリウッド・ボウルで、レーザー光線とともに《スター・ウォーズ》組曲を演奏したとき、ロスの市民は「スービー・ベイビー」と、彼をはやし立てたものである。

スターになったメータは、《スター・ウォーズ》の路線で《惑星》に挑戦して、たちまちベスト・セラーをかっ飛ばした。

そうしたノリで制作された1枚だけに、ここで展開されているのは、オーケストラによるスペクタクルである。

特にダイナミック・レンジが広大で、圧倒的な迫力とともに、それぞれの楽器がソロ的に浮かび上がる、独特の録音効果も魅力的だった。

メータの指揮にもロマンティックなうねりがあり、それがあまたのこの曲の異盤と隔絶している所以でもある。

音質もデッカならではの優秀録音だ。

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2013年10月03日


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素晴らしい名演だ。

英国音楽の大御所であったヒコックスによって録音が開始されたホルストの管弦楽曲集であるが、第1集を完成させたところで急死してしまった。

ホルストと同じ60歳の死はあまりにも早いものであり、第1集が超名演であっただけに大変残念なことと言わざるを得ない。

ヒコックスの開始したプロジェクトは、同じく英国音楽の名匠アンドルー・デイヴィスが引き継ぐことになったが、本盤の出来を聴く限りにおいては、その引き継ぎが実に上手くいったのではないかと考えられる。

先ず、メインの『惑星』であるが、雄渾なスケール感を感じさせる名演だ。

何よりも、SACDマルチチャンネルによる極上の高音質録音が、名演に大きく華を添えている点を指摘しておきたい。

ホルストの華麗なオーケストレーションを味わうためにはマルチチャンネルは最適であり、雷鳴のようなティンパニや重層的な金管楽器の咆哮など、音響が立体的に聴こえるのが素晴らしい。

こうした臨場感のある高音質録音だけでも、名演の評価の半分は勝ち取ったようなものである。

加えて、アンドルー・デイヴィスは、前述のような雄渾さに加えて、細部に至るまで実に精緻で情感豊かな演奏を行っており、優美で繊細な抒情が持ち味の「金星」、「土星」、「海王星」においては、至高・至純の美しさを誇っている。

とりわけ、「海王星」の終結部の女声による合唱が明晰に聴こえるのは、これまでの『惑星』の演奏史上でも初めてではないだろうか。

曖昧模糊で、殆ど聴き取れないような演奏が多い中で、こうした演奏は大いに歓迎したい。

併録の東洋的組曲「ベニ・モラ」は、ホルストがアルジェリアを旅行した経験をもとに作曲した曲とのことであり、東洋というよりはアラビア風であるところがご愛嬌ではあるが、有名な日本組曲ともども、アンドルー・デイヴィスは、雰囲気満点の異国情緒溢れる名演を成し遂げるのに成功している。

アンドルー・デイヴィスの指揮の下、BBCフィルハーモニック、そしてマンチェスター室内合唱団も最高のパフォーマンスを示している点も高く評価したい。

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2013年06月06日


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ラトルは今日でこそベルリン・フィルを完全に掌握し、現代を代表する大指揮者の一人として数々の名演を成し遂げつつあるが、ベルリン・フィルの芸術監督に就任してから数年間は鳴かず飛ばずの状態が続いていた。

今般、同様にSACD化された、芸術監督お披露目公演のマーラーの交響曲第5番も、意欲だけが空回りした凡庸な演奏であったし、その後もシューベルトの交響曲第8(9)番「ザ・グレート」、ブルックナーの交響曲第4番、R・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」など、箸にも棒にもかからない凡演の山を築いていた。

本盤には、ホルストの組曲「惑星」と、コリン・マシューズによる「冥王星」、そして、国籍の異なる4人の作曲家による宇宙をテーマとした小品が収められているが、このうち、メインの組曲「惑星」が、イマイチの凡庸な演奏に成り下がっていると言えるところだ。

ラトルも、ベルリン・フィルの芸術監督就任後は、名うての一流奏者たちを掌握するのに相当に苦労したのではないだろうか。

そして、プライドの高い団員の掌握に多大なる労力を要したため、自らの芸術の方向性を見失っていたのではないかとさえ考えられるところだ。

それ故に、必然的に意欲だけが空回りした演奏に終始してしまっていると言える。

本演奏も美しくはあるが根源的な力強さがない。

同曲を精緻に美しく描き出すことにつとめたのかもしれないが、本演奏を聴く限りにおいては、ラトルが同曲をこのように解釈したいという確固たる信念を見出すことが極めて困難である。

ラトルは1980年にも、フィルハーモニア管弦楽団とともに同曲を録音しているが、当該演奏の方が、若干の荒々しさは感じさせるものの、若武者ならではの気迫溢れる力強い熱演に仕上がっていたと言えるところであり、本演奏よりも数段優れた演奏のように思われるところだ。

メインの組曲「惑星」と比較して、コリン・マシューズによる「冥王星」や、国籍の異なる4人の作曲家による宇宙をテーマとした小品については、録音自体がそもそも珍しい楽曲であることや、おそらくはベルリン・フィルも演奏した経験を殆ど有していなかったこともあって、ラトルのペースで演奏が行われているように感じられるところである。

したがって、組曲「惑星」よりもラトルの解釈が演奏にしっかりと刻印されていると言えるところであり、これらの楽曲の演奏に関してはなかなかに優れた演奏ということができるのではないだろうか。

音質は驚天動地の鮮明な高音質である。

本盤については、既にHQCD盤が発売されているが全く問題にならない。

あらためて、SACD盤の潜在能力の高さを思い知った次第だ。

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2013年04月20日


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組曲「惑星」や、ブラスバンドのための組曲第1番、第2番のみがあまりにも有名で、他の数多くの諸作品が殆ど無視されているホルストの管弦楽作品を世に知らしめるという意味でも、大変に意義のある本CDの登場を先ずは大いに歓迎したい。

加えて、本CDは、ヒコックスの最後の録音ということであり、イギリス音楽の国際的認知に多大な貢献してきたヒコックスとしても、その集大成と言える畢生の名演と言える。

筆者としては、いずれの楽曲も、かつてグローヴス盤やプレヴィン盤等で聴いて以来、久々に耳にすることになったが、素晴らしい名作との感想をあらためて抱くことになった。

これには、ホルストの作品の質の高さもさることながら、ヒコックスの卓越した指揮によるところも大きいのではないかと考える。

最初の歌劇「どこまでも馬鹿な男」については、当該歌劇の中からバレエ音楽を抜粋したものであるが、劇的な迫力から繊細な抒情に至るまで実に多面的な表情を見せる内容豊かな作品であり、歌劇全体に聴き手をいざなっていくという意味でも、見事な抜粋であると言える。

「金色のガチョウ」は、随所に聴かれる惑星のような華麗なオーケストレーションにどうしても耳が奪われがちであるが、それ以上に合唱が美しさの極み。

その合唱の美しくも壮麗な威容は、あたかもイギリスの教会の中で鑑賞しているかのような錯覚を覚えるほどだ。

バレエ音楽「ルール」は、場面毎の感情の起伏が激しい劇的な名作であるが、ここでも、ホルストの華麗なオーケストレーションは健在だ。

「新年の朝」は、冒頭のホルンと低弦等による深みのある音楽が印象的。

そこにどこからともなく入ってくる清澄な合唱は、木漏れ日の光のような繊細な美しさで、あらためて、ホルストの作曲技法の巧みさを認識させられる。

その後は、どちらかと言うと静寂が支配する楽曲ではあるが、合唱は「金色のガチョウ」と同様で美しさの極みであり、華麗なオーケストレーションと相俟って、至高・至純の音楽を構築していると言える。

録音も素晴らしい。

SACDマルチチャンネルによる極上の高音質録音によって、ホルストの華麗なオーケストレーションや壮麗な合唱を鮮明な音質で味わうことができるのも、本盤の価値を高めるのに大きく貢献している点を忘れてはなるまい。

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2012年10月28日


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飛ぶ鳥を落す勢いのパーヴォ・ヤルヴィがまたレパートリーを増やしてのCDリリースで、今回は既発2006年録音のブリテンの「青少年のための管弦楽入門」(パーセルの主題による変奏曲とフーガ)と2008年録音の初のホルスト「惑星」であり、特に後者が注目されるところであろう。

パーヴォ・ヤルヴィの勢いはとどまるところを知らない。

音楽業界の世界的な不況の下で、CDの新譜が殆ど発売されない事態に陥っているが、そのような中で、気を吐いている指揮者の最右翼が、このパーヴォ・ヤルヴィということになるだろう。

もちろん、粗製乱造はなはだ困るが、パーヴォ・ヤルヴィの場合は心配ご無用。

凡演になることは殆どなく、常に一定の水準以上の演奏を行っているというのは、パーヴォ・ヤルヴィの類まれなる資質をあらわしていると言える。

本盤は、そうしたパーヴォ・ヤルヴィの類稀なる才能が発揮された名演だと思う。

「惑星」は、緩急自在のテンポ設定の下、重厚さや繊細さなどを織り交ぜた手練手管を行っているが、それでいて小賢しさは皆無。

まさに聴かせどころのツボを心得た職人芸のなせる技とも言うべきであり、我々が「惑星」という楽曲に求める魅力を存分に味わうことができる名演と高く評価したい。

「パーセルの主題による変奏曲とフーガ」も、各変奏の描き分けが実に巧みであり、音の強弱やテンポ設定なども絶妙。

フーガの終結部の盛り上がりも圧倒的な迫力であり、作曲者による自作自演盤にも匹敵する超名演と評価したい。

録音もテラークならではの鮮明なものであるが、一つだけ不満を一言。

テラークはSACDから撤退したのであろうか?

本盤がSACDならば、本名演が一段と輝くことになったのにと思うと、少々残念な気がした。

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2012年08月26日


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本盤が録音された1981年といえば、マゼールがクリーヴランド管弦楽団の首席指揮者の最後の時期で、これからウィーン国立歌劇場総監督に就任という、最も上げ潮の時期であった。

これまで聴いてきた『惑星』の中でも、これこそ「決定的名演」といえるくらい素晴らしい。

この曲はまさにマゼール向きの曲であり、いろいろ他のディスクも聴いたが、やはりこれを上回る響きと色彩と迫力と構成感を持ったものはなかった。

まさにステレオを聴く醍醐味にあふれた素晴らしい演奏であり録音だと思う。

本当はクリーヴランド管と演奏しても悪くはなかったのだが、ここでは「人生で一番決定的な演奏を残そう」という思いからフランス国立管を起用したのは好判断だと感じた。

冒頭の「火星」から、金管や打楽器による除々に迫りくる緊迫した音色、「金星」では一変してホルンやヴァイオリンのソロによる静まりかえったような雰囲気はとても冴えている。

他の曲もテーマによってカムフラージュするオケとマゼールの指揮さばきは、聴く者を捉えて離さないといった性質を持っているように感じ得た。

マゼールのように、演奏スタイルがコロコロ変わる指揮者は、ワルターなど少数であるが、この時期のマゼールは、新しい解釈をしようという意欲が旺盛。

したがって、演奏によってはそれが空回りし、いささかやり過ぎの印象を与えるものもあるが、この『惑星』については、そうした表現意欲と楽曲の曲想が見事にマッチした名演になっている。

「火星」や「天王星」の終結部のように大見得を切る解釈や、「木星」の中間部の猛烈なアッチェレランドのように、いかにもこの時期のマゼールならではの意欲的な解釈も散見されるが、造型についてはいささかの弛緩もすることなく、統御が困難と言われるフランスのオーケストラを卓越した統率力でコントロールし、全体として個性的な名演を成し遂げた点を高く評価したい。

併録の「3つのオレンジへの恋」は、『ロミオとジュリエット』全曲でも名演を成し遂げ、プロコフィエフを得意としたマゼールならではの名演だ。

歯切れ良いリズムと豊かな表現づけが、バレエの明るい雰囲気を生き生きと伝えている。

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2012年07月06日


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ラトルは今日でこそベルリン・フィルを完全に掌握し、現代を代表する大指揮者の1人として数々の名演を成し遂げつつあるが、ベルリン・フィルの芸術監督に就任してから数年間は鳴かず飛ばずの状態が続いていた。

本盤には、ホルストの組曲『惑星』と、コリン・マシューズによる「冥王星」、そして、国籍の異なる4人の作曲家による宇宙をテーマとした小品が収められているが、このうち、メインの組曲『惑星』が、イマイチの凡庸な演奏に成り下がっていると言えるところだ。

ラトルも、ベルリン・フィルの芸術監督就任後は、名うての一流奏者たちを掌握するのに相当に苦労したのではないだろうか。

そして、プライドの高い団員の掌握に多大なる労力を要したため、自らの芸術の方向性を見失っていたのではないかとさえ考えられる。

それ故に、必然的に意欲だけが空回りした演奏に終始してしまっている。

本演奏も美しくはあるが根源的な力強さがない。

同曲を精緻に美しく描き出すことにつとめたのかもしれないが、本演奏を聴く限りにおいては、ラトルが同曲をこのように解釈したいという確固たる信念を見出すことが極めて困難である。

ラトルは1980年にも、フィルハーモニア管弦楽団とともに同曲を録音しているが、当該演奏の方が、若干の荒々しさは感じさせるものの、若武者ならではの気迫溢れる力強い熱演に仕上がっていたところであり、本演奏よりも数段優れた演奏のように思われる。

メインの組曲『惑星』と比較して、コリン・マシューズによる「冥王星」や、国籍の異なる4人の作曲家による宇宙をテーマとした小品については、録音自体がそもそも珍しい楽曲であることや、おそらくはベルリン・フィルも演奏した経験を殆ど有していなかったこともあって、ラトルのペースで演奏が行われているようにも感じられる。

したがって、組曲『惑星』よりもラトルの解釈が演奏にしっかりと刻印されているところであり、これらの楽曲の演奏に関してはなかなかに優れた演奏ということができるのではないだろうか。

音質は驚天動地の鮮明な高音質であり、本盤については、既にHQCD盤が発売されているが全く問題にならない。

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2011年12月30日


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《惑星》を人気曲に押し上げるきっかけを作ったウィーン・フィルとのデッカ盤から20年の歳月を経て実現した再録音盤は、ベルリン・フィルの強固なアンサンブルを軸に、より落ち着いたテンポによる円熟した演奏が収録されている。

カラヤンの指揮は、ベルリン・フィルの緻密なアンサンブルを駆使して、実に美しく全体のプロポーションを描き上げている。

旧盤よりも、静と動の対比をくっきりとつけ、それぞれの曲の持ち味を存分に引き出した演奏で、劇的な盛り上げや、細部の彫琢にも遺漏がなく、まさにこの曲の完璧な再現といっていい。

大管弦楽を駆使したショー・ピースとして名高く、さまざまなアプローチの可能性を秘めている作品に対して、カラヤンは、堂々たる横綱相撲を展開。

目先の描写にこだわることもなければ、ムードの表出に血道をあげることもなく、もっぱら、シンフォニックなスタイルが貫かれているのが、耳に残ることだろう。

語り口の旨さについては例によって非の打ち所がなく、さらに音楽の中身についても単なるBGM的な描写音楽にとどまらないことを証明している。

力強く逞しい「火星」、悪魔的なものを漂わせた「天王星」、豊麗な音で旋律をたっぷり歌わせた「木星」など、いずれもカラヤンならではのもの。

なかでも「金星」や「海王星」といった静謐な佇まいの楽曲における浮世離れした美しさが特筆もので、聴いていると魂が吸い寄せられるような美しさである。

ここに聴くベルリン・フィルは音色の美しさ、卓越したアンサンブルなどあらゆる意味で傑出している。

ベルリン・フィルの特質ともいうべき機能的表現が、この作品には極めて強力な威力になっており、この作品を精神的に内側から見つめ直した新鮮な表現である。

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2010年12月15日


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コリン・デイヴィスが初めて録音した《惑星》であり、初めてのベルリン・フィルハーモニーとのセッションであるが、その音楽の仕上がり具合は大変素晴らしい。

期待通り、極上の《惑星》だ。

デイヴィスがこの曲のレコーディングをこれまで行わなかったのは、ベルリン・フィルのような輝かしい響きをもったオーケストラとの共演を待ち望んでいたからではなかろうか。

各曲のコントラストも見事に描き出されており、その巧妙をきわめた語り口はまさに老練の味というべきもの。

明快で、軽やかですらある指揮ぶりだが、かつてよりもロマンティックに歌う要素を強めているのも興味深い。

精度の高いベルリン・フィルのパワーが炸裂する「火星」や「木星」なども圧倒的だが、むしろ精緻なアンサンブルで幻想的な宇宙の神秘さまで表現した「金星」や「海王星」などの静寂さが支配する音楽に、この名演の聴きどころがある。

ベルリン放送女声合唱団が加わる「海王星」の神秘さ等には、ラヴェルやドビュッシーの音楽に一脈通じるような不思議な美しさが漂う。

オーケストラがガンガン鳴りまくる体育会系《惑星》にウンザリしている人にはうってつけの演奏である。

しっとりとした色気すら漂わせる繊細な響きは、デイヴィス及びベルリン・フィルの既成イメージを覆すに十分だ。

かといって軟弱でもない。そのへんが絶妙。

ベルリン・フィルの名手の技巧を完璧に引き出し、細部の彫琢に神経を配ったデイヴィスの音楽作りの巧さがこの作品の通俗性を払拭している。

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2010年05月19日


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デュトワが40歳代初めにモントリオール響の音楽監督に就任してそろそろ10年近く、彼がオーケストラを隅々まで掌握した時代の、このコンビの特長と持ち味を典型的に伝える名盤のひとつ。

《惑星》の録音は数多いし、それぞれがかなり水準の高い演奏を聴かせているが、《惑星》に対するイメージあれこれへの模範解答のような演奏で、まるで宇宙が浄化されたような《惑星》。

パワーもあり、響きの美しさもあり、リズムの軽やかさもあり、何よりもとてもファンタスティック。

もちろんオーケストラの巧さもトップ・クラスなので、誰にでも抵抗なく受け入れられる演奏だろう。

最近はマシューズによる〈冥王星〉を加えた盤も登場したが、それはともかく、デュトワ/モントリオール響盤は、原曲によるものとしてはオーソドックスながらヴィルトゥオーゾ的な性格もみせる代表的存在と言える。

オーケストラが明快で充実したアンサンブルを聴かせるが、決してスペクタキュラーな次元にはなく適度の幻想性も具えている。

この曲は、作為的な演出を試みようとすればいかようにでもなる曲なのだが、デュトワの表現はあくまでも正攻法で、精密に楽譜を読み、決して大仰な表現に陥らず、1曲1曲を丹念にまとめている。

例えば〈金星〉〈天王星〉にしても、力まずに各曲の性格をダイナミックに描き上げているし、抒情的で詩味にあふれた〈土星〉〈海王星〉などでは、細部まで神経の行き届いたキメの細かい演出をしている。

つまるところ、各曲ともそれぞれの標題を一切考慮することなく、スコアそのものを隅々まで磨き上げるこのコンビのスタイルに徹した演奏なのだが、それがむしろ《惑星》の音楽が持つイメージ喚起力を最大限に引き出している。

また、このオケの持つ色彩的な音色の美しさがあますところなく捉えられているのも大きな魅力だ。

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2010年01月17日


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実に半世紀近くもフィラデルフィア管弦楽団に君臨したオーマンディが聴かせる模範的名演。

いかにもオーマンディらしい少しのけれん味もない正攻法の表現で、あくまでもフィラデルフィア管弦楽団の豊麗な音の美しさを前面に押し出しながら、精巧な仕上げをしている。

傑出したアンサンブル、明るく輝かしい音色、各奏者のほれぼれとするばかりの名人芸を駆使して繰り広げられる音のパノラマであり、鳴り響くサウンドそのものが聴き手をうっとりとさせる魅力をもっている。

まさにフィラデルフィア・サウンド、オーマンディ・サウンドの極意を堪能させる名演であり、演奏のはしばしからこのコンビが謳歌した名声のほどが実感される。

しかも円熟期のオーマンディは作品を劇的起伏と明快な表情付けで再現する天才でもあり、各曲いずれも溌剌として若々しく、これほど全体を面白く聴かせてくれる演奏も珍しい。

特に「火星」「木星」「天王星」などは明快かつ華麗にまとめられており、フィラデルフィア・サウンドの輝かしい魅力が存分に発揮されている。

このコンビのホルスト《惑星》は確かこれが唯一の録音(SP録音があるとも言われるが未確認)で一回きりで終わっている。

完全満足の成果と言っても間違いではないだろう。

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2009年09月30日


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プレヴィン指揮ロイヤル・フィルの演奏は、実に抒情的な美しさを大切にした、SFロマンを思わせる名演である。

この演奏は、各曲の性格をしっかりと把握し、精密な計算で表情豊かに表現している。

ここにはプレヴィンの表現力の豊かさが如実に示され、スケールの大きなドラマティックな展開と、スペクタキュラーな表現効果が巧まずして表出されている。

彼はロイヤル・フィルを巧みにコントロールし、音色的にも機能的にも十分に力を発揮させながら、各曲の独自の性格や特徴を描き出す。

力感にあふれた「火星」も素晴らしいが、なかでも白眉は「木星」で、特に中間部のあの有名な民謡調の旋律の歌わせ方や、色彩的な音づくりのうまさなどは、この人でなければ表出できない独特の味である。

また「金星」「海王星」といったナンバーの表現も素晴らしく、映画音楽で苦労したヴェテランならではの、職人芸が光っている。

少しもあざとい演出を加えずに、これだけ雰囲気豊かな表現を成し遂げたのは、プレヴィンの読みの深さというしかない。

これは、プレヴィンの器用さと表現力の豊かさが如実に示された名演奏である。

オーケストラも、常にこの曲を弾きこんでいるせいか大変うまい。

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2008年08月30日


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ボールトの『惑星』はいずれの録音も名演だが、この演奏はその最後を飾る彼の会心作である。

非公式の初演を振って以来『惑星』はボールトのトレードマーク的な曲だったが、最晩年に残したこの録音は、何の飾り気もなく音楽の深みを追求した演奏。

ド派手な演奏で録音の素晴らしさを売りものにする演奏とは対極的である。

本来この曲は「宇宙時代が云々」といったことではなしに星占いをヒントに創作されたものなので、各曲の性格分けが大きな演奏のポイントとなる。

ボールトは「余計なことは何もしない」ことで、曲の本質を曲自体に語らせているのが見事だ。

名優がその存在を忘れさせ、主人公になりきるのと同じことか。

「火星」や「木星」のダイナミックな表現もさることながら、しみじみとした情緒にあふれた「天王星」や、神秘的でデリケートな音色の美しい「海王星」が特に出色で、最晩年のボールトの老熟した味が光っている。

また遅めのテンポで音楽の量感を出している「土星」、自然なフレージングでよどみのない「金星」なども秀逸。

エルガーの『エニグマ変奏曲』は各変奏曲を巧みに描き分けつつも、エレガントさをいささかも失うことがない風格の豊かな音楽は、大指揮者ボールトだけに可能な至高の表現であり、同曲の演奏の理想像の具現化と言ってもいいのではないだろうか。

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2008年02月21日


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レヴァインの棒が冴えていて素晴らしい。

ダイナミックで、しかも妖しいムードの「火星」、細心の神経で平和な表情をまとめた「金星」、オペラ畑の指揮者らしく、中間部のメロディを心ゆくまで歌わせた「木星」、という具合にその演出力は卓抜である。

しかしそれ以上に驚嘆させられたのはオーケストラの威力で、美麗な弦の響きもさることながら、空気を引き裂くような金管の音も凄い。

古来、この曲はイギリス、そしてアメリカの指揮者たちが得意とし、また録音を繰り返してきた歴史がある。

バーンスタイン亡き後のアメリカ楽壇の牽引車レヴァインは、世界屈指のヴィルトゥオーゾ・オーケストラ、シカゴ交響楽団と録音し、絢爛たる音のスペクタクルのような「惑星」を世に送り出した。

それはイギリスの指揮者が聴かせる知的様式美とも、アメリカの指揮者たちが聴かせてきた多彩なショウのような演奏とも異なる。

それは真のヴィルトゥオーゾ・オーケストラのみが切り開くことのできるオーケストラ音楽の醍醐味を堪能させる演奏であり、感動の領域を新しいページへと一歩も二歩も進めた快演と言ってよいであろう。

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2007年12月24日


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「惑星ブーム」の火付け役となった名盤。 

ステレオ初期に「惑星ブーム」をつくったのはカラヤンで、彼が採り上げたということで、結果的に《惑星》は今日のようにポピュラー名曲の仲間入りを果たした。

それまではボールトやサージェントといったイギリス人の指揮者の専売の感があった。

そこへ人気実力ナンバー・ワンのカラヤンが、満を持して録音したことで急速に人気曲になったのである。

独墺系の指揮者の演奏によって、曲の人気が決定するというのは、日本のクラシック界のパターンである。

そして《惑星》は世界中の指揮者が、喜んで採り上げる唯一のイギリス音楽の地位を獲得した。

この一例を思い起こしても、いかにカラヤンという名のブランドが、すさまじいブランド力を持っていたかが分かるだろう。

恐らく当時のレコード・ファンは、カラヤンの新曲ぐらいに受け止めていたのだろう。

カラヤンは比類のない巧緻な演出で、それぞれの曲の性格を的確に描き分け、この組曲の持ち味をあますところなく表出している。

ことに、力強く熱っぽい表現の「火星」や、夢幻的な世界を絶妙に描いた「海王星」などは、まことに見事だ。

ウィーン・フィルもカラヤンの意図を徹底し、変化に富んだ、そしてきりりと引き締まった見事な演奏を行っている。

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