グルダ

2015年07月26日


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最近プラガ・ディジタルスからリリースされたSACDの1枚で、若き日のフリードリヒ・グルダが弾くモーツァルトのピアノ協奏曲第9番変ホ長調『ジュノーム』、ウェーバーのピアノ小協奏曲へ短調及びR.シュトラウスの『ブルレスケ』の3曲が収録されている。

モーツァルトはカール・ベーム指揮、バイエルン放送交響楽団による1969年9月のステレオ・ライヴで、ウェーバーがフォルクマー・アンドレーエ指揮、ウィーン・フィルとの1956年7月のウィーン・ゾフィエンザールでのモノラル・セッションになり、これは米ロンドン音源らしい。

そして最後のR.シュトラウスがベーム&ウィーン・フィルで1957年8月ザルツブルクにおけるモノラル・ライヴということになる。

このうちベームの指揮する2曲は、オルフェオ・レーベルからもレギュラー盤で手に入るが、いずれもSACD化によって更に高音の伸びと艶やかな響きが再現され、音場に奥行きが出ている。

どの曲でもグルダの軽やかで水面に映えて揺らめく光りのような音色が瑞々しい。

モーツァルトでは第2楽章でのウィーン流の屈託のない抒情が、ベームの巧妙なサポートによって可憐に浮かび上がっているし、またそれぞれの楽章の小気味良いカデンツァもいたってフレッシュで、当時39歳だったグルダの柔軟な感性を示している。

一方華麗なソロが展開されるウェーバーでは高踏的でリリカルな歌心とコーダに向かって邁進する推進力がコンパクトに表現されていて心地良い演奏だ。

またR.シュトラウスの『ブルレスケ』ではグルダらしい余裕を見せたパフォーマンスが特徴的で、こうした曲趣には彼のような高度な遊び心も効果的だ。

この時代のライヴとしては比較的音質に恵まれていて、ベーム&ウィーン・フィルの軽妙洒脱なオーケストラに乗ったグルダのウィットに富んだヴィルトゥオジティが聴きどころだろう。

このシリーズではグルダのSACDは1枚のみで、他のレパートリーも聴き比べてみたい気がするが、こうした古い音源のSACD化については、先ずオリジナル・マスターの質自体が問われる。

いくらDSDリマスタリングをしても録音自体の質やその保存状態が悪ければ奇跡的な蘇生は望めない。

プラガは過去にデータや音源の改竄で物議を醸したレーベルなので注意が必要だが、この曲集に関しては充分その価値が認められる。

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2015年04月18日


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2000年の2月に惜しまれつつ世を去ったベートーヴェンの解釈で高い評価を得ていた名ピアニスト、フリードリヒ・グルダが残したベートーヴェンのピアノ協奏曲全集で、鬼才と呼ばれたグルダの音楽性が光る名盤。

ウィーンに生まれ同地で音楽を学んだグルダは、若い頃からクラシックとジャズを混合したプログラムでリサイタルを行うなど個性的な活動を繰り広げ、鬼才の名を欲しいままにした名ピアニスト。

多彩な演奏スタイルを身につけたアーティストであったが、明快なタッチによる求心性と精神的なゆとりが同居しているベートーヴェンの演奏は、グルダの録音の中でも最も高い評価を獲得している1組。

グルダには、鬼才と称されるように個性的な演奏が多いが、初期の「第1」と「第2」では、自我を極力抑制し、ドイツ音楽ならではのシンフォニックでかつ正統派の演奏を聴かせてくれる。

重厚かつ力強い打鍵から軽快なリズム感、そして抒情的な箇所での繊細なタッチに至るまで、表現力の幅広さも特筆すべきものがある。

それに加えて、この当時のウィーン・フィルの音色の高貴な優美さは、筆舌には尽くし難い素晴らしさだ。

これら両者へのシュタインの合わせ方も実に巧みで、ベートーヴェン初期のピアノ協奏曲の名演の中でも上位にランクされる名演に仕上がっていると言っても過言ではないだろう。

≪運命≫交響曲と同じハ短調という調性を持ち、悲劇的なパトスに満ちた劇的な「第3」や優美な旋律と柔和な表現が忘れられない印象を残す「第4」だと、鬼才の名を欲しいままにしているグルダのこと、より個性的なアプローチをとるのかと思いきや、初期の2曲と同様に、あくまでも自我を抑え、オーソドックスな正統派のアプローチに終始している。

もちろん、だからと言って物足りないということは全くなく、強靭な打鍵から繊細なタッチまで、確かな技量をベースとしつつ表現力の幅は実に幅広く、「第3」と「第4」の性格の全く異なる両曲を的確な技巧と柔軟な感性で描き分けも見事に巧みに行っている。

ウィーン・フィルは、どんなに最強奏しても、決して美感を失うことはなく、どの箇所をとっても高貴な優美さを損なうことはない。

シュタインも重厚で巨匠風の堂々たる指揮ぶりで、これら独奏者、オーケストラ、指揮者の3者が揃った演奏は、過去の「第3」や「第4」の名演の中でも、上位にランキングされるものと思われる。

華麗で威風堂々としたスケールの大きな曲想がそのニックネームに相応しい名曲「皇帝」は、グルダ、ウィーン・フィル、そしてシュタインという素晴らしい組み合わせによるベートーヴェンのピアノ協奏曲全集の有終の美を飾る堂々たる名演である。

グルダの基本的なアプローチは正統派のオーソドックスなもので、「第1」〜「第4」の場合とは特に変わりはない。

ただ、曲が「皇帝」だけに、全体に重厚かつ悠然とした自信に満ち溢れた演奏をしており、ウィーン・フィルの高貴かつ優美な演奏と、シュタインの巨匠風の堂々たる指揮が見事にマッチして、珠玉の名演に仕上がっている。

総じてグルダはベートーヴェンの音楽に思想の表現手段としての音楽以上の意味を持たせることには基本的に興味がないようであるが、ベートーヴェンを音楽として楽しむには、このグルダ盤は最高だ。

もったいぶった哲学的瞑想も、鯱張ったポーズもなく、ただ純粋な音楽的アプローチでベートーヴェンと向き合い、多彩な魅力を十全に引き出している。

音楽を超えたベートーヴェン像を求める向きにはなじまないだろうが、音楽としてベートーヴェンの魅力を存分に味わえる。

いつ聴いても新鮮、スリリング且つダイナミックで、退屈しない素晴らしい全集だ。

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2014年09月02日


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本盤にはモーツァルトのピアノ協奏曲第23番及び第26番「戴冠式」が収められているが、いずれも素晴らしい名演だ。

それどころか、様々なピアニストと指揮者による両曲の演奏の中でもトップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

グルダとアーノンクールという、いずれも個性的な演奏を繰り広げる鬼才ピアニストと鬼才指揮者の組み合わせであり、聴き手を驚かすような特異な演奏を展開するのと思ったが、意外にも基本的にはいささかも奇を衒うことがない真摯な演奏を繰り広げている。

鬼才同士が本気を出すとどのように凄い演奏をするのかの最たる例とも言えるところであり、自己の録音には厳しい評価をしてきたグルダでさえもがこの演奏に満足し、このコンビによる演奏のシリーズ化を切望するほどの名演奏に仕上がったと言えるほどだ。

グルダは、モーツァルトのピアノ協奏曲では本演奏と、アバド&ウィーン・フィルと組んだ第20番及び第21番(DG)にも満足していたとのことである(当該DG盤については既にレビューに記したのでそちらを参照されたい)。

グルダのピアノは、ゆったりとしたテンポによって演奏を進めていくが、その表現はむしろ即興的とも言うべき自由奔放なもので躍動感に満ち溢れた演奏とも言える。

それでいて、両曲の緩徐楽章における繊細な抒情の歌い方は静謐ささえ感じさせるほどの美しさを誇っており、グルダの桁外れの表現力の幅の広さを感じることが可能だ。

両曲の終楽章においては、強靭な打鍵から繊細なピアニッシモに至るまで彫琢の限りを尽くした明晰さが際立っているが、愉悦性や情感の豊かさ、そして流麗な美しさをいささかも失うことがないのが素晴らしい。

グルダは、このように真摯な姿勢で演奏に臨むとともに、アーノンクールともども心から楽しんで演奏しているような趣きもあり、あまりの感情移入のためにグルダが歌っている声さえ聴こえるほどだ。

アーノンクールの指揮も、全体としては前述のように奇を衒わない真摯な指揮ぶりと言えるが、各楽器の響かせ方などにおいてはこの指揮者ならではの個性的な表現が聴かれるなど、必ずしも一筋縄ではいかない側面もある。

コンセルトヘボウ・アムステルダムのいぶし銀の音色も、本名演に適度の潤いと温もりを与えている点も忘れてはならない。

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2014年08月29日


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ウィーン出身のピアニストであるにもかかわらず、ジャズ音楽に裾野を広げたりするなど、自由奔放な活動が目立つグルダであるが、そのようなグルダが、ベートーヴェンのピアノ・ソナタなどの独墺系の音楽を演奏する際には、自由奔放なグルダはすっかりと影をひそめ、真摯なピアニストに変貌する。

実際に、グルダによるベートーヴェンの2度目ピアノソナタ全集(アマデオ)は、現在においてもなお誉れ高き名演と高く評価されている。

また、ホルスト・シュタインと組んで録音したベートーヴェンのピアノ協奏曲全集(英デッカ)も重厚な名演であったが、モーツァルトのピアノ協奏曲においても、そのような真摯な姿勢は変わりがないと言えるのではないか。

実際に、本演奏におけるグルダのピアノも、曲想を心を込めて描き出して行くという真摯なものだ。

そのアプローチは、いささかも気を衒うことがなく、楽曲の魅力をダイレクトに聴き手に伝えていこうという自然体の姿勢そのものであり、モーツァルトの音楽特有の優美さをいささかも損なっていないのが素晴らしい。

それでいて、時として見られる寂寥感の描出についても抜かりはなく、全体として、いかにもドイツ風の重厚かつシンフォニックな演奏を行っている点を高く評価したい。

第21番の第3楽章においては、グルダならではの自作のカデンツァを聴くことができるが、ここでは、常々の自由奔放なグルダを垣間見ることが可能であり、演奏全体に新鮮さを与えている点も見過ごしてはならない。

このようなグルダを下支えするのが、アバド&ウィーン・フィルの素晴らしい好演ということになるであろう。

本演奏は1974年であるが、この当時のアバドは、イタリア人指揮者ならではの豊かな歌謡性と、音楽の核心にひた向きに切り込んでいこうという生命力溢れる気迫がマッチングした素晴らしい名演の数々を生み出していたが、本演奏においても、そうしたアバドの指揮は健在である。

若きアバドの指揮の下、ウィーン・フィルが素晴らしい演奏を繰り広げている点も特筆すべきであり、演奏全体に適度な潤いと奥行きの深さを与えているのを見過ごしてはならない。

録音は1970年代のものとは思えないような鮮明さである。

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2014年05月22日


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ベームのブラームスの第1番と言えば、1959年のベルリン・フィルとの録音がSACD化されて再評価されているし、そのレビューにも書いたようにこの曲の筆頭に挙げても良い感動を呼ぶ名演であった。

また、1975年にウィーン・フィルと来日した時の印象も強烈だが、当時の解釈はすでに晩年様式に入ったものだった。

それらに対し、この演奏は、1969年にバイエルン放送交響楽団のシーズン幕開けの演奏会で収録されたもの。

ライヴで本領を発揮するタイプのベームが、ここでは完全燃焼を見せている。

そのスケールの大きさ、張り詰めた緊張感は類例がないほどで、造型も堅固そのもの。

バイエルン放送響はベームが頻繁に客演したオーケストラのひとつで、この演奏を聴いただけでも両者の良好な関係が窺われよう。

機能性と力強さ、そしてのびのびとした豊かな響きがベームの音楽の骨格に見事な肉付けを行なっている。

カップリングのグルダの《ジュノーム》は、まずグルダのピアノに驚嘆し、ついでモーツァルトの音楽の奥深さに打たれて、あまりの美しさに陶然とする。

全曲を通して聴いてもたかだか30分のこの曲は、聴いているととても儚い。

ずっと聴いていたいのに、どの楽章も10分程度で終わってしまう。

短調で書かれた第2楽章も、その儚さゆえにとても短く感じられる。

グルダは一音一音が情に流されて弾いているというのではなく、「こうでなければ」と確信を持って弾いているように感じられる。

「木を見て森を見ず」という表現があるが、この演奏の場合、グルダのタッチが洗練の極みに達しているので、その「木」を一つ一つ見るだけでも価値があり、しかも倦むことがない。

さらに、森として見た場合も、その繊細な美しさは比類がないのである。

ベーム指揮のバイエルン放送響はグルダのピアノを全く邪魔しない見事な伴奏。

オケのバランスといい、品の良さといい、申し分がない。

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2012年11月02日


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グルダのショパンというのはきわめて珍しい。

それもそのはず、本盤におさめられた楽曲の大半が、1950年代前半という若き日に録音されたものの、お蔵入りになっていたものだからである。

いやはや驚くべき演奏だ。

ピアノの音そのものは決していい状態ではないが、グルダがショパンを自在に扱っており、かつ音楽が自然に呼吸している。

どの曲も、いわゆる通説となっているショパンらしい優美な演奏とは言えない。

いかにもドイツ人らしいゴツゴツした武骨さを感じさせるものものしい演奏だ。

この野暮ったいほどの重々しい演奏は、はっきり言って、ショパンのファンからすれば許しがたい演奏かもしれない。

しかしながら、例えば有名な《24の前奏曲》の「雨だれ」。

このショパンの心臓の鼓動とも言われる苦悩に満ちた楽曲を、これほどまでにシンフォニックに演奏した例はあるだろうか。

「舟歌」も、華やかな表情の下にあるショパンの心の闇を見事に描出している。

したがって、ショパンを聴くというよりは、ベートーヴェンを聴くような崇高さを感じさせる演奏ということができるだろう。

グルダは超一級の演奏家であるにもかかわらず、演奏そのものより他のことばかりクローズアップする音楽ジャーナリズムの在り方に問題があると思った。

ちなみに《24の前奏曲》は、チューリッヒとグラーツのライヴ録音から息子のパウルがそれぞれ13曲と11曲を選んで再構成したもの。

どちらも全曲録音が残っているのに、それを素材として新たに全曲盤としたのは、いかにもグルダの息子らしい試みと言うべきであろう。

惜しいのは録音がいささか古い点で、グルダの透徹したタッチがややぼやけて聴こえるのは残念だ。

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2010年11月29日


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フルニエは1940年代にシュナーベルとソナタ全曲を録音しているほか、ケンプとのライヴ録音があるが、このグルダとの録音が最もすぐれていると思う。

なによりも音楽がノーブルで、徹底してカンタービレで歌い、グルダの男っぽいピアノがそれを支える。

両者のコントラストが絶妙。フルニエを聴くならこれ。

フルニエはいつものように貴公子だが、この演奏で面白いのはグルダが紳士になっている点であろう。

この録音の前後にしばしばフルニエと共演したグルダは当時を回想し、フルニエを「あらゆる点で指導者」といい「非常に多くのことを学んだ」と語っているが、フルニエもグルダのいきいきとしたピアノに触発されたかのように感興豊かな演奏を展開しており、呼吸もぴったりと合っていて、演奏全体にみなぎるはつらつとした生気としなやかな気品をたたえた表現も、この両者の共演ならではの魅力だろう。

尊敬してやまないフランスの高貴なる音楽家が放つオーラに触発されたのか、グルダはいちだんと佇まいが美しく、しかも作品全体を見渡した視野の広い演奏を繰り広げており、どこをとっても無理がない。

フルニエがそんなグルダを味方にして風格あふれるソロを披露、幸福感に満ちたベートーヴェンの世界に聴き手を誘い、憩わせる。

なかでも傑出した第5番の演奏。精力的な音楽の第1楽章に続くアダージョ楽章では、ほとんど止まってしまうのではと思わせるほどゆっくりしている。

しかしこれで十分に全体を支えきる。

晩年に近づいた作曲者の内面の深淵を垣間見せる音楽だ。

翌年のバッハの無伴奏チェロ組曲とともにフルニエの芸術の頂点を占める名演といえよう。

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2009年01月24日


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第2巻はドイツ・レコード賞を受けた名盤である。

1972、73年の録音で1音1音を確かめ、その対位法の線の重なり具合を確認しながら弾いている慎重さと誠心が聴きものである。

グルダの演奏は、そのピアニスティックな発想がとても面白い個性的な名演になっている。

グルダのピアノという楽器の特色を存分に生かした演奏は、明快なタッチで生き生きとした表現が大きな魅力を放っており、表情豊かな表現も非常に魅力的で、フレッシュな躍動感もが印象深いものになっている。

グルダはしなやかな感性で、作品に秘められている表現の可能性をはっきりとつかみとり、それを響きで具現する能力をフルに発揮した演奏である。

彼はタッチと奏法によって巧みに音色と表情を変え、豊かな装飾音でアーティキュレーションを明確にすると同時に陰影を施し、1曲1曲を個性的にリアリゼーションしている。

「平均律」の世界の豊かさに、あらためて耳を開かされる思いのする演奏だ。

グルダ自身はこの演奏を「もはや聴かれたくない」ものと言っていたが、そんなことはない。

強靭な打弦と(グールドを思わせるような)微妙にコツコツと刻むタッチまで、グランド・ピアノの尊大さや音と響きの濁りを排除して、曲の成り立ちと魅力を明快に弾き表わした直截なバッハ演奏の魅力である。   

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2008年03月30日


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ベートーヴェンの解釈で高い評価を得ているウィーン生まれの名ピアニスト、グルダが録音した協奏曲全集・ソナタ全集からのカップリング。

グルダ、ウィーン・フィル、そしてシュタインという素晴らしい組み合わせによるベートーヴェンのピアノ協奏曲全集の有終の美を飾る堂々たる名演である。

グルダの基本的なアプローチは正統派のオーソドックスなもので、第1〜第4の場合とは特に変わりはない。

ただ、曲が「皇帝」だけに、全体に重厚かつ悠然とした自信に満ち溢れた演奏をしており、ウィーン・フィルの高貴かつ優美な演奏と、シュタインの巨匠風の堂々たる指揮が見事にマッチして、珠玉の名演に仕上がっている。

「皇帝」は繊細なタッチと感受性で精妙に造形された名演だ。

グルダは全音符を少しも弾きとばさず、音色は常に冴えわたっている。

まさに計算されつくした妙音といえよう。

グルダはスタインウェイ・ピアノではなく、ベーゼンドルファーを用いて、軽くしなやかな音色を駆使して、きらめくような明るいベートーヴェンを堪能させる。

ジャズをも得意にする彼は、リズム感が実に優れていて音楽的なことこの上ない。

そしてスタッカートの見事な使い分け、ペダルの微妙な変化、味の濃いルバートやリタルダント、心からのカンタービレや激しい気迫にも欠けることなく、絶えず新鮮な音楽が鳴っている。

シュタインの緊張感に溢れた充実した表現も素晴らしく、これは永遠に残しておきたいと思う。

余白に収められた「テンペスト」は、後年のアマデオ盤と比較するとイマイチの出来のような気がするが、端正かつ豊饒な演奏で、若き日のグルダの芸風を推し量る意味では貴重な記録であると言える。

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2008年03月29日


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2000年の2月に惜しまれつつ世を去ったグルダが残したベートーヴェンのピアノ協奏曲全集からの1枚。

劇的な「第3」や優美な「第4」だと、鬼才の名を欲しいままにしているグルダのこと、より個性的なアプローチをとるのかと思いきや、初期の2曲と同様に、あくまでも自我を抑え、オーソドックスな正統派のアプローチに終始している。

もちろん、だからと言って物足りないということは全くなく、強靭な打鍵から繊細なタッチまで、確かな技量をベースとしつつ表現力の幅は実に幅広く、「第3」と「第4」の性格の全く異なる両曲の描き分けも巧みに行っている。

特に「第4」が美しい。

この曲の演奏の中でもベストを争うものだろう。

精神性、テンポの変化、スフォルツァンドや左手の動かし方、振幅の大きなダイナミクスなど、ベートーヴェンが書いた曲想を極限まで突きつめており、透明なタッチの美麗さ、香るような音楽性は抜群といえよう。

「第3」の方は柔軟さを意識しすぎ、やや線の細い演奏になっているが、知性と情感の双方を生かしたユニークな解釈といえよう。

シュタインの指揮は重厚で巨匠風の堂々たる彫りの深い指揮ぶりでグルダをぴったりとフォローしている。

ウィーン・フィルは、どんなに最強奏しても、決して美感を失うことはなく、どの箇所をとっても高貴な優美さを損なうことはない。

これら独奏者、オーケストラ、指揮者の3者が揃った演奏は、過去の「第3」や「第4」の名演の中でも、上位にランキングされるものと思われる。

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2008年03月28日


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ウィーンに生まれ同地で音楽を学んだグルダは、多彩な演奏スタイルを身につけたアーティストであるが、明快なタッチによる求心性と精神的なゆとりが同居しているベートーヴェンの演奏は、最も高い評価を獲得している。

グルダには、鬼才と称されるように個性的な演奏が多いが、本盤では、自我を極力抑制し、ドイツ音楽ならではのシンフォニックでかつ正統派の演奏を聴かせてくれる。

重厚かつ力強い打鍵から軽快なリズム感、そして抒情的な箇所での繊細なタッチに至るまで、表現力の幅広さも特筆すべきものがある。

それに加えて、この当時のウィーン・フィルの音色の高貴な優美さは、筆舌には尽くし難い素晴らしさだ。

シュタインの合わせ方も実に巧みで、ドイツの伝統的なスタイルの中に、生々しい響きや迫力を羽ばたかせ、厚みのある緊張感が素晴らしい。

ベートーヴェンの初期のピアノ協奏曲の名演の中でも上位にランクされる名演に仕上がっていると言っても過言ではないだろう。  

まず第1番が推薦に価する名演だ。

タッチは一粒一粒珠玉のようで全篇が気高い香りで満たされている。

ピアニッシモの効果など絶品中の絶品だが、磨き抜かれたタッチを誇りながらも、決して感覚美の世界のみに留まっていないところにグルダの面目がある。

シュタインの指揮も敏感であるとともに立派なもので、木管の生かし方も見事だ。

第2番にはややスタイルの統一性の弱さがみられる。

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2008年03月22日


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LP時代から繰り返し発売されてきた名盤。

驚くほどの生命力と躍動感がみなぎり、そこから伝わってくる現代的感覚の新鮮なベートーヴェン像は、録音から40年以上経た今も少しも色褪せていない。

磨き抜かれた音色と音楽性、そしてリズムの良さと軽快なテクニック、過度のロマン性に頼らぬ純古典的な解釈は、グルダの演奏を普遍性の高いものにしている。

ベートーヴェンのソナタといえど、数あるピアノ・ソナタの一部と位置付け、無用な感情移入を避けた賢明さが光っている。

レコードに登場したベートーヴェン演奏のうえで、これはひとつの指標となる全集であると言っても過言ではない。

この時期のグルダはジャズや即興演奏にも強い関心を示していたが、ここでは極めて作品を尊重した演奏を行っている。

グルダが弾きだす響きは豊かなニュアンスを持ちながら、ベートーヴェンの音楽そのものをしっかり捉えている。

グルダはどんな作品を弾いても才気ばしったところを見せるが、ここでも才気渙発ぶりが目立っている。

作品を先へ先へと追い立ててゆく運動感によって、一種の爽快さが生み出され、驚くほどの生命力と躍動感がみなぎっている。

こうしたすぐれた感性によって、ベートーヴェンの音楽が今日もなお私たちに訴えてくるのだろう、と思わせる演奏である。

グルダの演奏で聴くとこれらの曲が実に楽しく味わえるので、この演奏が放つ独特の光彩は、末長くその価値を失わないに違いない。

グルダの緻密なニュアンスにあふれた精妙なピアニズムは、5曲のコンチェルトにも最上の姿で発揮されている。

特に美しいのは第4番で、精神性、テンポの変化、スフォルツァンドや左手の動かし方、振幅の大きなダイナミクスなど、ベートーヴェンが書いた曲想を極限まで突き詰めており、透明なタッチの美麗さ、香るような音楽性は抜群と言えよう。

「皇帝」は繊細なタッチと感受性で精妙に造形され、グルダは全音符を少しも弾きとばさず、音色は常に冴えわたっており、まさに計算されつくした妙音と言えよう。

そしてスタッカートの見事な使い分け、ペダルの微妙な変化、味の濃いルバートやリタルダンド、心からのカンタービレや激しい気迫にも欠けることなく、絶えず新鮮な音楽が鳴っている。

第1番では、タッチは一粒一粒珠玉のようで全篇が気高い香りに満たされ、ピアニッシモの効果など絶品中の絶品だが、磨き抜かれたタッチを誇りながらも、決して感覚美の世界のみに留まっていないところにグルダの面目がある。

シュタインの指揮も敏感であるとともに立派なもので、ドイツの伝統的スタイルの中に、生々しい響きや迫力を羽ばたかせ、厚みのある緊張感が素晴らしく、木管の生かし方も見事だ。

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2007年12月26日


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気難しいという以上に気ままで、共演者の選定にも困り果てるというグルダだが、これは数少ない奇跡的共演である。

当時は良好な関係にあったアーノンクールの指揮だが、グルダの開放的で晴れやかな音作りと不即不離の調和したバックアップを見せており、幸福な結婚にも似た協奏曲演奏を聴かせてくれる。

ここでのグルダはまさにモーツァルトに遊ぶ無垢な芸術家であり、天衣無縫の自由さの中で喜びと美しさにあふれたモーツァルトを歌い続けている。

それは繊細さと大胆さとを併せ持つこのピアニストのみに可能な一種の離れ業であり、モーツァルトがこれほど生き生きと、しかも嬉々とした表情で再現されたことはない。

かけがえのない瞬間である。

《戴冠式》は非常に美しい演奏である。

グルダのソロはニュアンス豊かで、曲想のうつろいによって弾き方を変化させながら、モーツァルトの流麗さを少しも失っていない。
 
緩徐楽章では彼特有の音型装飾も顔をのぞかせる。

アーノンクールの指揮も大変ユニーク。

時には弦を1プルトで弾かせたりして人数を絶えず変化させながら、時に金管やティンパニを強奏させる。

第23番はこれと比べると、両者ともややおとなしい。

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2007年12月25日


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ウィーン出身のグルダは演奏活動の初期からモーツァルトの作品を録音しているが、その数はあまり多くない。

「私にとって、モーツァルトはイエスの次にくる人だ」というだけに、グルダはモーツァルトの演奏にはとくに慎重だからである。

そのグルダが「本当に満足できる録音」として挙げているだけあって、このアバドと共演した4つの協奏曲はどれもたいへん素晴らしい。

このモーツァルトのピアノ協奏曲を代表する傑作も、アバドの指揮と共感豊かな演奏を展開し、それぞれの多様な魅力をすこぶる明快に表現している。

ピアノ、指揮、オケの3拍子揃った、この4曲のベストを狙う名演だ。

第20番はまず結晶化されつくした絶妙な美音に驚かされる。表現も素晴らしい。

第21番も透明なタッチで弾きつつ、曲想に従って驚くほどのニュアンスの変化を示す。

アバド指揮のウィーン・フィルもグルダにまさるとも劣らない。

なかでも第21番第2楽章のテーマのみずみずしさは、他のすべてのレコードを凌駕するだろう。

第25番はグルダが見事で、とくに第1楽章ではアバドが設定する遅いテンポの中、緻密で透明な美しさを極限まで発揮してゆく。

こんなに落ち着いた演奏も珍しい。

アバドの指揮は、かなり表現主義的だが響きは斬新だ。

第27番は、両者ともしっとりと抑制を効かせており、これはモーツァルト最後の天国的な曲想を考えてのことだろうが、素直で自然な表現だ。

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