ボレット

2015年03月26日


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“ピアノの魔術師”と呼ばれたリスト珠玉のピアノ曲ばかりを集めた名曲集で、演奏しているのはリスト弾きとして人気を博した巨匠ホルヘ・ボレット。

リストの直系の孫弟子と言われているボレット特有の優しく、そして微妙な強弱の駆け引きに長けた名演奏が存分に味わうことのできる、リストを聴くに打ってつけのアルバムである。

音の魔術師と言われたリストの音楽の魅力が、ボレットの確実な技巧で余す所無く表現されていると名盤と言えるだろう。

言うまでもなく、リストはショパンと並んで、ロマン派を代表するピアニストであり、ピアノ曲を数多く作曲した大芸術家であるが、これは気のせいかもしれないが、古今東西のピアニストでも、いわゆるショパン弾きに対して、リスト弾きというのは決して多いとは言えないのではないだろうか。

リスト弾きで頭に浮かぶのは、大物ではシフラ、ボレット、アラウ、ベルマンと言ったところか。

ボレットは、異論はあろうが、筆者としては、このリスト弾きの巨匠の中でも、比較的癖の少ないオーソドックスな演奏をしているのではないかと考えている。

本盤は、リストのピアノ作品の中でも有名な小品を収めており、リスト弾きとしてオーソドックスなボレットの芸風を知る上でもベストの選曲となっている。

「鬼火」や「狩り」の力強い打鍵、「ペトラルカのソネット」、「ため息」、「コンソレーション」、「愛の夢」の繊細な抒情、「メフィスト・ワルツ」や「タランテラ」のリズミカルな舞踊、そして超有名な「ラ・カンパネラ」の超絶的な技巧など、リストのピアノ曲の多種多彩な魅力を存分に満喫させてくれる。

ピアニストにとっては、高度で超絶的テクニックを必要とする曲群であるが、ボレットはテクニック偏重を感じさせず、理屈をこねるよりも、もっと素直に単純に聴き手を楽しませる。

リスト弾きのボレットならではの勘どころを押さえた演奏となっていて、テクニックだけで押しまくる今どきのピアニストとは違ってしっとりとしたスケールの大きい演奏を聴かせてくれる。

その美しい高旋律や魔術的な技巧、ボレットはすべての曲において正しい解釈をしてくれていると言えよう。

ボレットのピアノの音は優しくて温かみがあるので、聴いていて疲れない。

技巧的なリストの曲をこうも内容の濃いものに仕上げてしまったボレットの腕には感嘆する。

ボレットのピアノは、テンポはやや遅めであるが、1音1音に濁りがなく、丁寧に演奏されている印象があり、音の輪郭をはっきりさせるところと曖昧なところなど非常に細やかな表現をしている。

また、ベヒシュタインの透明感ある音色の美しさが非常に楽しめる、リストのピアノ名曲集としての価値も高い。

ボレットの名をすでに知っている者も、知らない人も、ここでの演奏は彼の特質を表しており、技巧や激しさよりも作品本来の美しさに出会うことができる。

ボレットは超絶技巧を要する曲でも柔らかいタッチでまとめ上げていて、ベルマンの荒々しい演奏や、アラウの切れのある演奏、アシュケナージのコンピューターのような演奏と比べてみるのも一興ではないだろうか。

ボレットの演奏はひょっとするとあまり日本人好みではない演奏なのかもしれないが、フジコ・ヘミングが評価されるようになった昨今、ボレットの演奏を聴いてみるのも良いかもしれない。

そのきらめくような、まさにブリリアントと表現するのが一番しっくりくる演奏は、まさに“リストの曲”といった感じだ。

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2014年07月07日


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1989年9月 サンフランシスコ、デーヴィス・シンフォニー・ホールに於ける録音で、ボレット最晩年にして、初のドビュッシーとなったもの。

キューバの名ピアニストで、リストやショパン、ラフマニノフなどの超絶技巧の名手として知られるホルヘ・ボレットが死の前年に残した ドビュッシーである。

ドビュッシーの全2巻・24曲ある前奏曲から16曲をピックアップして、独自の曲順で並び替え収録したアルバム。

こだわりのピアニストが愛用することで知られるベヒシュタインを使い、生涯に渡って美しい音色を追求した彼の魅力がたっぷり詰まった仕上がりになっている。

低音から高音、弱音から強音まで、ひたすら耳に心地良い美音が連続し、これほど美しい「前奏曲集」は他にないと言えるところであり、まさに宝石のような、精巧な工芸品を見るかのようだ。

このように書くと、表面的な演奏のように思われるかもしれないが、決してそのようなことはない。

旋律の歌わせ方、リズムの感覚など、実に惚れ惚れとする演奏で、これは全曲盤で残してほしかったと思わせる出来映えだ。

ドビュッシーの音楽はボレットの持ち味とされる19世紀的なグランド・マナーとは対極にあると言ってよいが、ドビュッシーの音楽での自らの新しい表現領域を開拓することに成功した。

ドビュッシーのリズムは予見される進行をしばしば離れるため、豊かでデリケートな情報をもたらす可能性があるが、彼はその可能性を実に綿密に検討しながら柔軟性に満ちた時間を生み出し、暖かい魅力をもった色彩感を醸し出している。

70歳を遥かに超えてなお毅然とした音楽をつくりあげるボレット。

美音を鳴り響かせ官能に耽溺することなく、節約された身振りの中に注意深く音が配置される。

この古典的なドビュッシーはムード音楽からは遠く隔たった場所に位置している。

「1回のレコーディングより100回のコンサートを行う方が良い」と語り、またレコーディングでもジャケットとタイを手放すことのなかったという気難しいボレットであったが、この16曲の選ばれたこの前奏曲集は、驚くほど明るい音色と、繊細なタッチで、ドビュッシーの音楽の持つ色彩感と柔らかさを表現している。

使用ピアノは、スタインウェイではなくボールドウィンSD-10(アラウも愛用していた)。

今はあまり使われない楽器だが、深い音色が特徴の「知る人ぞ知る」銘器である。

ボレットにとってはもしかしたら不本意な録音だったのかもしれないが、この詩情溢れた演奏には何も文句のつけようがない。

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1990年10月18日に75歳で亡くなったボレットの唯一のシューベルト/ソナタ録音である。

世の中には不遇の扱いを受けて、廃盤となってしまう名盤も多いが、このボレットのシューベルトもそんな1枚であった。

それが、英デッカの廉価シリーズからあっさり復活してしまい、突然、安価で簡単に入手できるようにになった。

時々不思議さを感じてしまう。

この復刻する、しない、という線引きは、一体どのような経緯で決まるものなのだろうか?

とはいえ、本当に素晴らしいこのディスクが市場に再登場したことを心から歓迎したい。

ホルヘ・ボレット(Jorge Bolet 1914-1990)は1978年、64歳になって英デッカと契約し、その後の録音活動を通じてやっとファンに知られるようになった。

それ以前の経歴は少し変わっていて、生まれはキューバであるが、米陸軍に所属し、進駐軍の一員として日本に来ている。

ピアニストとしてのボレットは、リストの弟子であるモーリツ・ローゼンタール(Moriz Rosenthal 1862-1946)に師事しており、ボレットは「リストの直系の弟子」ということになる。

ボレットのピアニストとしての主だった活躍が晩年となった理由について、筆者が読んだ資料では「米国内で、批評家から芳しい評価を受けることがなかったため」とあった。

それが本当かどうか知らないが、この素晴らしいシューベルトを聴くと「批評家受けしない」ことなど、本当にどうでもいいことなのだと思う。

それでも、彼を発掘して録音活動にこぎつけた英デッカのスタッフには感謝したい。

ここに聴くボレットは、老練にして孤高の境地を示すかのような演奏であり、純粋無比の美しさが実に印象深いシューベルトである。

彼の演奏は率直そのもので、その痛切な響きは、表現が率直であればあるほど胸を打つ。

第20番はまず、冒頭の和音の素晴らしい響きでたちまち心を奪われる。

続いて、的確な間合い、風合いを保ちながら、呼吸するように和音を鳴らし、細やかな音階が輝く。

なんと結晶化した美麗な響きであろうか。

シューベルトの晩年のソナタに呼応するような、歌と哲学の邂逅を感じてしまう。

特にこの第1楽章は本当に素敵だ。

第2楽章は雪に凍った大地をゆっくりと踏みしめて歩くようであり、ややゆったりしたテンポだが、弛緩がなく、一つ一つの音が十分過ぎるほどの情感を湛えて響く。

本当に心の深いところから湧き出た音楽性が、鍵盤の上に表出しているのだと実感する。

この第1、2楽章が白眉だろう。

繊細なタッチにより、誇張のない表現でありながら、滋味豊かで心のこもったその演奏には、心を打たれる。

第14番も同様の見事な名演だ。

厳かな雰囲気を引き出した演奏内容で、全ての音に魂があるように聴こえてくる。

終楽章はスピーディーではないけれど、内省的なパワーを感じさせて、凛々しいサウンドで内容の濃い音楽になっている。

ボレットのシューベルトは決して入念に1音1音紡いでゆくというものではないが、楽譜の読み込みそのものは実に深い。

リストからは想像もできないほど浅く軽いタッチで、誇張のないデリケートなアゴーギクが表現に深いひだを印す。

感傷性を排したスケールの大きな演奏は前時代的にして壮大な「ロマン性」を伝えている。

ボレット亡き今となってはかなわぬことだが、ボレットの弾くシューベルトをもっと聴きたかったものだ。

あらためてこの不滅の名盤の復刻を大いに祝福したい。

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2014年07月06日


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20世紀最後のロマン派ピアニストと呼ばれていた、ホルヘ・ボレットの演奏によるリスト名演集を収録した、1972〜73年録音盤。

伝説的なピアニスト、ボレットの思わず聴きたくなる名盤の一つで、後年の英デッカへの一連の演奏・録音より音色がより明るく、ロマンティックな情感が瑞々しく漲っている作品集であり、英デッカ盤を持っているファンにも是非聴き比べてもらいたい名盤と言えよう。

まず、音色がとても綺麗で、基本に忠実、中身が濃い演奏内容ありながらも滑らかな流れの演奏だ。

曲の解析は原曲に忠実であるため、オーソドックスでありながら嫌味がない。

なかでも、「スペイン狂詩曲」が、冴えたリズム感と技巧を堪能できる名演。

「愛の夢」や「ラ・カンパネラ」といったポピュラーな曲でも、そのグランドマナーに彩られたピアニズムが心にしみわたってくる。

リストはピアノの魔術師と言われているが、演奏会は常に超満員だったそうだ。

作曲よりも、ピアノ編曲に熱心だった時期が長く、有名な曲を作り変えてしまうのであるが、果たしてそんなことをしてもいいのか、という議論が起きたそうだ。

シューマンがその著書でリストを擁護しており、良いか悪いかは、聴衆が決める、と論じていた。

リストの名曲というと、作曲家自身もややするとそうであったように、とかく技巧一辺倒に陥りがちである。

しかし、ボレットの演奏はどうであろう。

リストが、まごうことなきロマン派の大巨匠であることが、ひしひしと伝わってくるではないか。

「溜め息」のアルペジオの鮮やかさや「森の囁き」の幻想味はもとより、「愛の夢」や「ラ・カンパネラ」といった超名曲でさえ、紡ぎ出される音楽は上質そのもので、有名な英デッカ盤を遥かに凌ぐ華麗かつ繊細な表現である。

リストはロマン派時代の音楽家なので、19世紀の流れを汲むロマンティックなヴィルトゥオーゾ・ピアニストと称されていたボレットには、リストに対しては特別な思いがあったようだ。

おそらく聴く人は、そのことを1曲目の「愛の夢」で、納得がいくであろう。

凡人には決して辿り着くことのできない深遠な境地を極めたピアニストだけに可能な演奏だと思う。

なお、このアルバムは構成がかなり凝らされており、センスの良い企画で、工夫してリストの曲集を組んだような気がする。

オリジナルの音源が良かったのもあろうが、ルビジウム・クロックジェネレーター使用最新カッティングを施したリマスターも成功のようで、微妙なタッチの差を明瞭に捉え切る録音は優秀そのものと言えよう。

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2014年07月05日


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キューバ生まれのピアニスト、ホルヘ・ボレットは、その独特な雰囲気のある演奏で、現在でも、特に玄人筋に人気の高いピアニストの1人である。

フィラデルフィアのカーティス音楽院でゴドフスキーとサパートンに師事し、驚異的な技術を身につけた。

当時から超絶技巧ピアニストとして知られ、とりわけ師であるゴドフスキーの「こうもりパラフレーズ」では高い評価を受けている。

また、指揮者としても活躍し、ギルバート&サリヴァンの「ミカド」の日本初演で指揮をしていることでも知られている。

そんなボレットの真骨頂がリストと、このショパンの演奏であろう。

このピアノ協奏曲におけるデュトワとの共演盤は超名演として知られるもので、19世紀から連なるロマンティックなボレットの解釈と、それを包み込むデュトワ&モントリオール響のふくよかな響きを堪能できる。

ピアノ協奏曲第1番でボレットは冒頭から少しも構えず、力まず、速いテンポで飄々と弾き始める。

彼の手にかかると同じ主題でも表情が微妙に変化し、そのロマンティシズムが心を打つ。

フィナーレの即興性も比類ない。

ピアノ協奏曲第2番も同様だがいっそう個性的だ。

第2楽章は完熟の音楽であり、第3楽章の力みのない名人芸は筆舌に尽くし難い。

注目すべきはデュトワの協奏曲指揮者としての才能で、並みでない手腕だ。

そんなボレット、2枚目のバラードを中心とした小品集では、さらに個性的な演奏を披露している。

リスト弾きとして本領を発揮してきたボレットによるショパンには、実に不思議な魅力がある。

これほど人間臭さのない美しく清浄なショパンも珍しい。

それは決して非人間的ということではなく、彼の演奏は4曲のバラードにしても舟歌や幻想曲にしても、実に豊かでこまやかな表現に満ちている。

6曲を通じて淡々とした、しかも覚めた孤独感が一貫して流れ、ボレットはその中で緩急自在だ。

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「24の前奏曲」は実に素晴らしい名演で、ボレット特有の煌びやかな音色がショパンのプレリュードと完全に融合している。

洗練されたピアノ技法と多彩な曲想で評価の高いこの作品を、ボレットは、ヴェテランらしいゆとりに満ちた表情と美しいタッチで、詩情豊かに曲の本質を再現している。

「24の前奏曲」をボレットは、いわば八分の力で弾き進める。

それはこの小曲集をいかに弾くかを心底心得た演奏であり、格段大きな身ぶりはないが、1曲1曲の演奏からは詩情がにじみ出る。

その響きはあくまでもクリアーだが、それぞれの音が呼吸しているのが感じられる、そんな演奏である。

それぞれの曲は心憎いほどの間で次々と受け渡されていき、聴き手は1巻の絵巻物を見てるような境地へ誘われる。

悲しみを秘めた曲では、その悲しみをより深く心に響かせる。

もちろん、明るい曲では、その明るさをより強く輝かしく聴かせてくれる。

そして全体をひとつの大きな流れとして捉え、その中で各曲のキャラクターを鮮明に描き出した、語り巧者なものと言えよう。

ボレットはピアノという楽器を信頼して、その機能を最大限に発揮させようとする、ピアノ音楽好きを満足させるスタイルである。

1974年のライヴよりも数段円熟した味わいになっていて、ボレットが残した最良のディスクの1つと言えるものである。

前進するだけでなく、一歩一歩踏みしめながら、かつ流麗でロマンティックな表現に事欠かない演奏を聴かせるボレットの晩年に到達した境地が味わえる。

フランソワとは全然別の意味で粋な演奏と言えるのではないだろうか。

大家らしいスケール大きな表現で、名人気質を存分に発揮した華麗な演奏と言うべきである。

このディスクには、「24の前奏曲」のほかにノクターンが4曲収録されているが、このノクターンも上品で、限りなく美しい。

ひとつひとつの音が心に響いてきて、深い感動を与えてくれる。

特に、高度なテクニックを備えてなければ弾きこなすことが出来ないと言われている第8番が素晴らしい。

美しい音色を追求し続けたボレットにしか表現できない世界が堪能できる1枚だ。

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2013年12月12日


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長らく待ち望んだ正規盤としての発売が、またひとつ実現した。

ヴァントが北ドイツ放送響首席指揮者就任後、初の定期公演の『展覧会の絵』(1982年)と、ボレット独奏のチャイコフスキー第1番(1985年)という魅力的なカップリングでの登場だ。

ヴァント&北ドイツ放送響といえば、BMGによる重厚な雰囲気たっぷりの名演の数々が思い浮かぶが、今回正規初CD化の2曲はNDRのオリジナル・テープからCD化されたもので、まずその音質のあまりのクリアさに驚かされる。

音が残響で曇ることなく、細部まではっきり聴き取れるため、いままでの同コンビの印象も新たになるようで、ヴァント首席指揮者就任時の覇気あふれる『展覧会の絵』も「バーバ・ヤガー」から「キエフの大門」に至る崇高な盛り上がりなど無類の名演である(ちなみにBMG盤は1999年録音)。

チャイコフスキーでのボレットとの共演は圧巻の一語で、こちらも音質抜群。

緊迫感ただならぬものがあり、PROFILレーベル社主のギュンター・ヘンスラー氏の自薦する録音のひとつだということだ。

それだけに、このボレット&ヴァントのチャイコフスキーは、凄い。

凛として、かつ圧倒的な音楽的エネルギーの燃焼は、うかつに聴くと、はじきとばされかねない。

かといって、決して荒っぽい“爆演”ではなく、非常なエネルギーが持続して、極めて精緻に、集中・凝縮している。

繊細といえばこれほど繊細な演奏もなく、しかしその「繊細」は、ヤワじゃない。

これぞ硬派のチャイコフスキー、まさに偉大な演奏の記録だ。

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2013年12月04日


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故テンシュテットとロンドン・フィルのコンビは多くの名盤・名演を残したが、BBC放送音源をCD化したこのブラームス「第1」のライヴ演奏は極めつけに凄い。

1990年の録音で、テンシュテットが癌のためロンドン・フィルの音楽監督を退き、桂冠指揮者となって闘病生活を送りつつ演奏活動を行っていた時期の演奏。

テンシュテットの命の炎をふりしぼるような指揮にロンドン・フィルが感応し、冒頭から熱気溢れる演奏で、感動の第4楽章まで一気に走り抜ける。

壮絶きわまりない演奏で、とても闘病生活中の指揮とは思えない。

作品にふさわしい、堂々と力強く、気宇の大きいブラームスだが、テンシュテットの特色は、強壮な中にも意外なほど繊細な感性をもっていることにある。

終楽章で息の長いフレージングが、悠揚と高潮してゆく劇性も素晴らしい。

ロンドン・フィルの響きが艶やかに磨かれ、旋律のなめらかさがブラームスの晦渋さを救っているのもこの演奏の魅力である。

この曲の名演・名盤は数多くあるが、ライヴ演奏では真っ先に本作を筆者は推薦したい。

テンシュテットはここでも全身全霊を音楽に傾ける姿勢が顕著な演奏内容となっている。

ボレットはシューマンのピアノ協奏曲をシャイーとスタジオ・セッション録音(1985年)をしており、その堅実な演奏内容は素晴らしく充実していたが、ボレットもまた、スタジオ録音よりはライヴで真価を発揮する名うてのヴィルトゥオーゾ。

シューマンの狂気は、テンシュテットとの顔合わせであるこちらのほうがはるかに色濃いといえるだろう。

そしてボレットとテンシュテットのライヴならではのスリリングな競演が、これまた素晴らしい。

いずれも音質良好で、ファンを釘付けにするのは必至と思われる。

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2009年09月08日


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ボレットのピアノは、デュトワ指揮モントリオール響という洗練を極めたオーケストラをバックに、余裕しゃくしゃくの、スケールの大きな名人芸を堪能させてくれ、聴く者を魅了して止まない。

いわゆるグランド・マナーのスタイルだが、コントロールもしっかりしていて、スケールの大きな表現力で迫る。

両曲ともボレットの真骨頂を示した名演で、チャイコフスキーは壮大さを前面に押し出した迫力満点の弾きぶりだ。

いわゆる19世紀からのヴィルトゥオーゾ風の演奏で、初演を果たしたビューローやルビンシテインもかくやと思わせる堂々たる名演といえよう。

タッチは美しく磨き抜かれ、クリスタルのように透明で、そして重量感のある技巧を駆使して、華やかに盛り上げている。

旋律の歌わせ方も実にロマンティックで、モントリオール響の洗練されたサウンドと良く合った、都会的な洒落た演奏でもある。

ラフマニノフはさらに素晴らしく、第1楽章冒頭の和音の色のあるハーモニーで弾き出すところから魅力的だが、少しも力んでいないのに楽器が鳴り切り、フォルティッシモのアクセントも鋭い。

デュトワの指揮は、堂々たる威容にゆれるようなカンタービレのチャイコフスキー、表情豊かに主題を歌わせるラフマニノフと最高だ。

録音も素晴らしく、ボレットの実力を永遠に伝える名演といえよう。

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2009年05月31日


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ボレットのピアノが素晴らしい名人芸で、なんとも魅力的な演奏を聴かせる。絢爛豪華な名人芸が、聴く人を魅了しないはずもない。

ボレットは19世紀からのピアノ・ヴィルトゥオーゾの伝統を今日に伝える巨匠で、完璧な技巧とスケールの大きさはもちろんだが、彼の演奏には老いを知らぬ若々しさがあり、爽やかでクールな抒情が限りなく魅力的だ。

ロマンティックな味付けの濃い、表情豊かな表現がボレットの身上で、シャイーのきびきびしたバックを得て、より一層若やいだ演奏になっているのがいい。

名人芸の継承者でありながら、少しも音楽が老け込んでいないのが、ボレットの偉大さであり素晴らしさである。

その演奏には独特のきらめきや、老いた色事師が昔の恋を思い出しながら回想するような粋な趣があり、特にタッチの微妙なニュアンスは、凡手の及びもつかない境地であろう。

両曲ともボレットの資質が充分に出ており、特にグリーグが美しい。

第1楽章の冒頭の鮮明な音色に早くも彼の個性が強く表れている。

テンポは全体に遅めで、1つ1つの音の余韻を味わうように歌わせ、それが強烈なフォルテとのエネルギーの対照を作りつつ、スケールの大きい名演を生んでいる。

シューマンも遅めのテンポで、ロマンティシズムを生き生きと再現しており、フィナーレが特に名演である。

そして第2楽章のノスタルジックな溜め息、第3楽章でパッと花開く効果は、ボレットならではのヴェテランぶりである。

シャイーも好サポート。ボレットの解釈に、よく付けていて拮抗的な効果を上げている。

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2008年06月30日


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フランクの晩年の作品である、いささかのてらいもない「前奏曲、コラールとフーガ」「前奏曲、アリアと終曲」「交響的変奏曲」を、ボレットは実に深い共感をもって演奏している。

超絶的なテクニックの持ち主として、注目をあびていたボレットだが、ここでは、そうした技巧をひけらかすことなく、作品の本質を深く掘り下げ、実に風格のある表現を行っている。

それにはもはやテクニックや構造的理解といったレヴェルを超えた、限りなく広い音楽そのものの世界があり、その情感豊かな表現力には魅せられる。

オーケストラを伴う「交響的変奏曲」も、またしなやかな表現が成立することになる。

ボレットは透明度の高い音で素直にさらりと弾き去っており、細部の精度や流れの美しさもいうことがない。

また、シャイーの棒もみずみずしい情感をたたえ、ボレットの風格あるピアノと見事にまじりあって、まことに美しい仕上がりとなっている。

コンセルトヘボウの、豊麗な弦の響きをよくとらえた録音も、素晴らしい。

このピアニストの懐の深さをしみじみと知らせてくれるCDだ。

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2008年04月05日


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ボレットは1914年キューバ生まれのアメリカ人。

師ローゼンタールを通じ、リストにもつながる人である。

ボレットは19世紀ロマン派の演奏様式の数少ない直系であり、いわゆるリスト弾きでもある。

「超絶技巧練習曲」を録音した時は72歳だったが、そうした高齢にもかかわらず、この難曲を、息をのむような技巧で弾きあげている。

しかも、音楽の内面に光りをあてた、彫りの深い演奏となっているところが、凄い。

「超絶技巧練習曲」では個々の曲は完全に掌握されており、ボレットの神経はすみずみにまで行き渡ると同時に全体の構図は明瞭に示される。

前景と背景はみごとに弾き分けられ、立体感と深みのある表現が生み出されているのだ。

ボレットのリストは決してテクニックを前面に出さず、あくまで音楽的な、しかも奥深いひとつの世界である。

「シューベルト歌曲トランスクリプション」でも彼の演奏は情感豊かで、これ以上は歌えないところまで歌いこんでみせる。

曲は随所にパターン化された名人芸発揮のための仕掛けを持つが、ボレットはそれを利用して、やたらと表現をあおりたてることはひかえている。

むしろ、あくまでもオリジナルのシューベルトの《歌》をひきたてるためのバックグラウンドとしている。

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いずれの演奏でも聴き手を圧倒的に捉えるのは、単にテクニックを聴かせるのではなく、充分に歌う、しっかりと心棒の通ったスケールの大きな表現だ。

ボレットの演奏するリストでは、1音1音の細やかな響きが、決して表面的な響きの装飾に終わることなく、表現の本質へとつながっている。

しかもそこから生まれる表現の幅の広さと息の長さ。

ここでは彼の芸の至上の部分をたっぷりと聴くことができる。

何といってもロ短調ソナタが見事で、聴かせどころをピシッと押さえた豪快な演奏だ。

ボレットは聴き手を自らの音楽の世界に引き込む、良い意味でのエンターテイナーの資質を持ち、その世界に豊かなロマンティシズムの香りが立ちこめていることも事実だ。

このような作品では、いったんとらえた聴き手の心を次々とドラマの展開へ導くことが演奏者の務めだが、それをまったく抵抗なしに行うことは一種の名人芸である。

ここでもボレットは表情豊かに演奏しており、味わい深い。

他の小曲もツボを得た見事な演奏で、作品にこめられたデリケートな味わいを、すぐれた技巧と情感豊かな表現で弾きあげた演奏で、ボレットの芸術性がよくあらわれている。

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リストは、ボレットのレパートリーの核となっている作曲家で、それだけに、リストの音楽に対する研究と情熱は恐るべきものだ。

これも、そうした彼の姿勢がよくあらわれた演奏で、悠然と弾き流しながらも、きわめて彫りの深い表現となっている。

ボレットは、驚嘆すべきテクニックで、ひとつひとつの曲を、心をこめてひきあげている。

ボレットは「スイス」の示す本質的にはきわめて孤独な詩情に深く立ち入り、そこに込められた表現を本質的に解釈しきっている。

また、その演奏はラテン的な明晰さとともに、きわめてデリケートなバランス感覚をもつもので、その均衡のとり方は一貫して見事だ。

いかなる場合でも響きに対する配慮を決して失わず、響きからつぎの響きへと、ファンタジーを飛翔させる。

全9曲、興味を持続させて飽きさせない。

ことに〈ウィリアム・テルの聖堂〉〈泉のほとりで〉〈夕立〉などを聴いていると、それらの曲の標題の内容が、眼前に浮かんでくるような、実に巧妙な表現で、素敵だ。

ボレットの演奏には、「イタリア」のロマンティックな情念を完全に楽譜からくみ取っているという自信と、表現を作るうえでの余裕すら感じられる。

ボレットの演奏は、とても70歳とは思えないほど、音楽に張りと艶と若さがあり、まことに新鮮だ。輝かしい音色も、大変魅力的である。

「ダンテを読んで」はたくましく激しい表現で、ここでボレットが聴かせる壮大な演奏は、さすが《リスト弾き》の名に恥じないものだ。

サーカス的に書かれていないリストの作品から、そのエッセンスを見事に引き出した名演といえよう。

*ベヒシュタインのEW280を使用。

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ボレットは、リストのピアニズムの魅力を存分に引き出している。

リストのピアニスティックな美感を十二分に生かした演奏で、あくまでも甘く、詩情豊かに演奏しているところに惹かれる。

表現のスケールは大きく、しっかりとした構成感の中に、細部まで研ぎ澄まされた美しい音で、グランドマナーの華やかさとはこういうものだ、とその神髄を聴かせてくれる。

リストを弾くときのボレットは自信にあふれ、自在に歌い、聴き手を自分の中に吸い寄せてしまう。

ロマンの香り豊かなボレットのヴィルトゥオーゾ・スタイルの演奏は、リストを単調な表現から救い出す。

ボレットはしばしば楽譜に対しても自由にふるまうが、それは作品への深い共感があるからこそ、演奏に際しての自由さが生まれるのだ。

聴かせどころのツボをしっかりと手中にした演奏からは、ぞくぞくするような生理的快感さえ伝わってくる。

これぞまさしくリスト、といった味わいだ。

*ピアノはベヒシュタインのモデルEN-280を使用している。

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円熟期のボレットによる選集である。

《メフィスト・ワルツ》第1番や《愛の夢》第3番などの11曲を収めたディスク。

技巧的な性格を前面に押し出しながら、旋律をよく歌わせたロマンティックな演奏である。

ボレットが長年愛奏し、手になじんだレパートリーだけに、表情は伸びやかで美と力に満ちている。

ボレットはローゼンタールに師事したことで、リストの孫弟子としてその直系につらなるが、演奏はさすがにぴったりと決まり、リストのグランド・マナーによる表現のツボを見事に体得した正に絵になる演奏を聴かせる。

ボレットの演奏は実に振幅が大きいが、それは決して大げさな誇張に終始するたぐいのものではなく、リストが意図した音楽の実体を失うことなく、限りない広がりを生み出していく。

その演奏のグランディオーソな味わいには格別のものがあり、リスト演奏の貴重な記録であることは間違いない。

さまざまな楽想の作品を取り上げていて、選曲もよいので、リストのピアノ音楽入門としては格好の1枚である。

特に《ラ・カンパネラ》をフジコ・ヘミング氏の演奏で洗脳されてしまっている方などに、真のリストはこういうものだと言っておきたい。

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