プロコフィエフ

2016年06月03日


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EMIのグレート・レコーディングス・オヴ・ザ・センチュリーの1枚で、数年前に新しいリマスタード盤がレギュラー・フォーマットでリリースされた音源をレジェンダリー・シリーズとして新規にDSDリマスタリングして復活した。

音質は更に磨きがかかって音場に奥行きも出ている。

ヴァイオリン協奏曲第1番及びヴァイオリン・ソナタ第2番はモノラル音源だがSACD化の効果は充分聴き取れる。

いずれもオイストラフ絶好調のセッションで、例えばロヴロ・フォン・マタチッチ指揮、ロンドン交響楽団とのヴァイオリン協奏曲第1番の第2楽章ではソロ・ヴァイオリンの第一声から聴き手をぐいぐいと引き込んでいくパワフルな奏法と、目の醒めるような鮮やかなテクニックが冴え渡っている。

同第2番はアルチェオ・ガリエラ指揮、フィルハーモニア管弦楽団との協演で、第2楽章の洗練を極めたカンタービレの美しさと、決して上滑りしない深みのある歌心の表出はオイストラフならではの格別な味わいがある。

また終楽章の堂々たるロシア風のスケールの大きさと風格も圧倒的な表現力の広さを示している。

前者は1954年、後者が1958年のセッション録音になる。

一方最後に収められたヴァイオリン・ソナタ第2番ニ長調は、元来プロコフィエフがフルートのためのソナタとして作曲した作品だったが、オイストラフの助言でヴァイオリン用に改作されて以来、むしろヴァイオリン・ソナタとして取り上げられることが多いようだ。

ヤンポルスキーのピアノ伴奏で、こちらは1955年の録音になり他の2曲に比較してややドライで音質の古めかしさは否めないが、バランスは良く鑑賞には充分堪えられる。

第3楽章にはフルートにより適していると思われる曲想が現われるが、オイストラフの音楽的ニュアンスの豊かさにカバーされて、ヴァイオリン・ソナタとしてのオリジナリティーを発揮している。

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2016年01月11日


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プラガ・ディジタルスのレギュラー盤での新シリーズ、ジェニュイン・ステレオ・ラブの最新盤で、ヤーノシュ・シュタルケルのソロによる20世紀のチェロ協奏曲3曲を収録している。

コダーイの無伴奏チェロ・ソナタに象徴されるように、シュタルケルは20世紀の作品にも多くのパイオニア的名演を残しているが、このCDはマルティヌー、プロコフィエフ及びドホナーニの、いずれも高度な音楽性だけでなく離れ技的なテクニックを要求されるチェロ協奏曲を集めている。

マルティヌー以外の2曲は他のセッションやライヴからのCDが入手可能で、このアルバムでもワルター・ジュスキント指揮、フィルハーモニア管弦楽団との1956年のモノラル盤が収録されている。

ちなみにこの2曲のマスター・テープはステレオ録音で昨年ワーナーからリリースされたイコン・シリーズの10枚組にステレオ盤で復活している。

これらはシュタルケル若き日のシンプルで堅固な音楽性と爽快な超絶技巧が織り成す名演だ。

一方彼はマルティヌーに関しては3曲のチェロ・ソナタをRCAに、そして『ロッシーニのテーマによるヴァリエーション』をマーキュリーに入れているが、ディスコグラフィーを見ても協奏曲に関しては他に音源がないようで、これは掘り出し物と言える。

マルティヌーは生涯に2曲のチェロ協奏曲を作曲しているがこれは第1番で、ライナー・ノーツには1995年の第3稿という記載がある。

このCDに収録されている音源はジョン・ネルソン指揮、プラハ放送交響楽団(SOCR)との1990年3月19日のプラハ・ライヴで、筆者自身初めて聴く彼のレパートリーだった。

シュタルケル66歳の円熟期の演奏だが、若々しい清冽なカンタービレやダブル・ストップの連続するカデンツァが超人的な鮮やかさで迫ってくる。

プロコフィエフとドホナーニの2曲はEMI音源で、EMIは1958年からステレオLP盤の正規販売を始めたが、この1956年のセッションのオリジナル・マスターも歴としたステレオ録音になり、この頃から試験的にステレオ録音を始めていたことが推察される。

今回チェコ・プラガが同音源の古いモノラル盤を使ったのは、ワーナーの持っている2014年のイコンでのリマスタリングの著作権が理由だと思われる。

精彩ではステレオ盤が優っているが、音質自体はやや暗めの輪郭のはっきりしたリマスタリングで悪くはない。

本番に強かったシュタルケルはライヴ、セッションを問わず恐ろしく精緻で情熱的な演奏をしたが、またライヴに臨む場合でも取り組む曲にはいずれも良い意味でのプロフェッショナルな絶対的で冷徹とも言える安定感があって、決して聴く者を落胆させることがなかった。

そうした彼の典型的な奏法がこの3曲にも良く表れている。

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2015年12月06日


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この6枚のセットにはプロコフィエフの7曲の交響曲から、強靭で戦闘的な曲趣を持つ「第2」、「第6」、「第3」、「第5」の4曲、そして6曲のピアノ協奏曲からは未完の2台用を除いた5曲、更に全2曲のヴァイオリン協奏曲とバレエ音楽『ロメオとジュリエット』のハイライト及び交響的組曲『キージェ中尉』が収録されている。

同じメンバーによる『スキタイ組曲』が選曲から漏れているのが残念だが、ラインスドルフの厳格な中にも劇場人らしい融通性と、ボストン交響楽団の機動力やアメリカのオーケストラらしい逞しいサウンドをフルに活かした鋼のような力強さを目の当たりに見せ付けている。

首席指揮者がミュンシュの時には即興的な指揮に対する楽員の反応に面白味があり、またミュンシュ自身もそれを期待していたが、ラインスドルフとはより統制されたアンサンブルを聴かせている。

またプロコフィエフのように多彩な音響的メッセージを内包した作品でも、彼のアプローチは新古典主義的な明確な形式感を持っていて散漫な印象を与えていない。

ピアノ協奏曲ではジョン・ブラウニングのソロが独壇場の冴えを発揮した小気味良いリズム感とダイナミズムは圧倒的なものがある。

日本ではそれほど知名度は高くなかったが、ほぼ同世代のジュリアス・カッチェン、ゲイリー・グラフマン、ヴァン・クライバーンなどと技を競ったピアニストだ。

ここには第1次世界大戦で右手を失ったパウル・ウィトゲンシュタインのために書かれた第4番『左手のための協奏曲』も含まれていて、同一演奏家による高い水準の協奏曲集としての価値もある。

因みにウィトゲンシュタインはラヴェルの協奏曲は初演しているが、この曲は音楽的に受け入れ難いとして断ったという、いわくつきの作品でもある。

ヴァイオリン協奏曲では第1番のソロをエリック・フリードマン、第2番をイツァーク・パールマンが弾いている。

両曲の曲想が対照的なので一概には言えないが、比較するとフリードマンの方はアグレッシヴな表現が前面に出てしまい、流石にパールマンの切れの良いテクニックと洗練されたカンタービレに分があるようだ。

ラインスドルフ、ボストン響のコンビはプロコフィエフの交響曲全集を完成させていないので、このセットに収められた4曲のセッションが総ての録音になる。

いずれも1964年から1969年にかけてのステレオ録音で、新リマスタリングの効果もあってこの時代の音質としては驚くほど鮮明で、また臨場感にも不足していない。

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2015年10月05日


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さまざまな理由から、右手が困難になったピアニストのために書かれた左手作品を集めたシリーズ第1弾。

このジャンルと言えば挙げられるオーストリアのピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタイン(1887-1961)は、第一次世界大戦で負傷し右手切断というピアニストにとっては致命的な半生を送ることを余儀なくされたが、彼は果敢にも左手のみで演奏することを決意し、楽壇に復帰した。

それ以前は左手のためのピアノ作品なるものはごく際物的な存在でしかなかったが、ヴィトゲンシュタインの委嘱によって当時第一線で活躍していた作曲家達がその可能性を探って書き下ろしの新曲を次々に彼に献呈した。

本盤には、ヴィトゲンシュタインの依頼で作曲されたラヴェル、プロコフィエフ、ブリテンの協奏曲をメインに、スクリャービンとバルトークの小品が収められた魅力的なラインナップ。

それらは音楽的な傾向も趣味や音響も全く異なっていて、中にはプロコフィエフの協奏曲のようにヴィトゲンシュタイン生前中には演奏されなかった作品もあるが、こうして集められると壮観なアルバムが出来上がる。

このCDではラヴェル、プロコフィエフ、ブリテンへの委嘱作品と、左手ソロ用のスクリャービン及びバルトークがそれぞれ1曲ずつ選ばれているが、演奏陣が超豪華。

ラヴェルがフランソワとクリュイタンス、プロコフィエフがゼルキンとオーマンディ、ブリテンがカッチェンと作曲者という定評のある音源であり、さらにガヴリーロフが弾くスクリャービンも未知の音源。

こうした演奏者の充実ぶりにもこれらの左手のための楽曲が決して際物ではない、第一級の芸術作品として評価されていることが興味深い。

いずれも作曲者たちがピアニズムのトリックと職人芸を駆使して両手以上の効果をあげているのが驚きで、左手のためのピアノ音楽をじっくり聴くのに最適なアルバムと言えるだろう。

特にカッチェンがソロを弾くブリテンの『主題と変奏』はヴィトゲンシュタインが称賛した曲だけあって、左手の能力を最大限に引き出した効果的な音楽構成と、ヴァリエーションでの変化の豊かさは際立った仕上がりを見せている。

ごく初期のステレオ録音ながら、作曲者自身の指揮でカッチェンの演奏を堪能できるのは幸いだ。

ひとつだけ残念なのは、この新シリーズで誇っていた音質の良さがこのCDではいくらか劣っていることで、歴史的な録音を集めたアルバムなのである程度は致し方ないが、ハンガリーの名手、ガボール・ガボシュの弾くバルトークは不鮮明な音質に加えて音揺れがあり、演奏が優れているだけに惜しまれる。

尚左手のためのピアノ作品集は既に第2集もリリースされている。

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2015年09月10日


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ダヴィッド・オイストラフが1955年にボストンで収録したプロコフィエフ、ルクレール、ロカテッリのソナタ集で、当時のLP1枚分をそのままCD化しているために収録時間50分余りのモノラル録音だが、幸いノイズもなく芯の太い鮮明な音質で残されている。

オイストラフにとってはこれがアメリカ・デビュー・アルバムでもあったわけだが、既にソヴィエト国内では実力派のヴァイオリニストとして活躍していただけあって、流石にその演奏は万全で、常に正攻法の解釈で作品に取り組み、個性の強調ではなく幅広い表現力と手堅い安定感に強い説得力がある。

包容力のある豊麗な音色、スケールの大きな解釈は、まさにオイストラフの真骨頂と言えるだろう。

彼は音楽性が伴わないこれ見よがしのテクニックのアピールなどには全く興味を示さなかったし、アンコールでもその種の曲は1曲たりとも弾かなかった。

そうした彼の真摯な姿勢がこの3曲にも良く示されている。

決して派手なプログラムではないが、オイストラフらしい王道的な演奏に裏付けられたレパートリーだ。

プロコフィエフのソナタ第1番へ短調は、オイストラフに献呈され彼自身が初演も飾った曲なので、そのオリジナリティーに富んだアプローチが貴重だ。

プロコフィエフの作品にしては珍しく憂鬱質的なところがあって、また第4楽章以外は躍動感にも乏しいが、巧みな音色の変化で張り詰めた中にも滲み出るような虚無感を漂わせている。

楽器を歌わせるのがヴァイオリンの伝統的な奏法だとすれば、ここでは第3楽章アンダンテにその片鱗が窺えるが、どちらかと言えば内省的な表現に焦点が当てられている。

ピアノのヤンポルスキーの合わせ技は巧妙だが、自主性ということではこの時代のソヴィエトの伴奏者に共通する弱点、つまり自身の主張はできる限り抑えて、ひたすらソロを引き立てることに腐心する傾向が無きにしも非ずだ。

いくらか杓子定規でもう少しスリルや面白みがあって良いと思う。

ルクレールのソナタ第3番ニ長調はヴァイオリン本来の明るく朗々としたカンタービレや華やかさを持つ典型的なバロックの作品で、楽器の音色も含めた基本的な技巧を駆使して如何に美しいスタイルで弾き切るかに演奏の出来がかかっている。

ここではオイストラフのしっかりした様式感、大らかに鳴り響くダブル・ストップや舞曲の溌剌としたリズムを活かした終楽章タンブーランの鮮やかなフィナーレなどが聴きどころだろう。

一方コレッリの技法を受け継ぐロカテッリは、イタリア風の即興的なパッセージや劇的な変化を伴った曲想を得意とした。

このソナタ・ダ・カメラ作品6の第7番へ短調『墓に』は、ウジェーヌ・イザイによってアレンジされたもので、オイストラフは対位法を端正に処理し、終楽章カンタービレではパッサカリア風のヴァリエーションを控えめだが、高尚なリリシズムで弾き込んでいる。

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2015年08月18日


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イタリア弦楽四重奏団の現代音楽のレパートリーを集めた1枚で、1954年から60年にかけてコロンビアに入れたモノラル録音のライセンス・リイシューになるが、英テスタメントのデジタル・リマスタリングによって得られた明瞭な音質は鑑賞に全く煩わしさがない。

曲目はプロコフィエフの弦楽四重奏曲第2番Op.92、ストラヴィンスキーの『3つの小品』、ミヨーの同第12番及びマリピエロの同第4番で、イタリア弦楽四重奏団のディスコ・グラフィーを見ると、これらの曲は1度しか録音されていないので、彼らの貴重なコレクションにもなる。

端的に言って彼らの解釈はドイツ系のアンサンブルとは一線を画した感覚的に捉えたカルテットで、しかもそれが4人の隙の無いチームワークによって完璧に鍛え上げられ、極めて情熱的に処理されている。

演奏に辛気臭さが全くなく、覇気に貫かれた合奏から導き出される多彩な音色やリズムの変化の面白みを外側に向けて発散させる、セオリー云々よりも先ず感性に訴えてくる魅力がある。

ロシア、フランス、イタリアのそれぞれの作曲家の作品をレパートリーにしていたことも興味深いし、実際彼らはしばしば一晩のコンサートのプログラムにラテン系とドイツ系の作品を抱き合わせた。

要するに彼らにとって作曲スタイルの相違は問題ではなく、むしろその対比の妙を聴かせることによって演奏会を変化に富んだものにしていた。

ところでイタリア弦楽四重奏団は、1945年結成当初から現代音楽をレパートリーに取り入れていた。

それは戦後の一時期聴衆の間で物議をかもしたが、彼らの積極的で果敢な演奏活動と説得力のある解釈によって、次第に受け入れられるようになった。

その好例がここに収められた4曲で、また彼らの自己研鑽と長いキャリアの節目になったのが1970年のフィリップスへのウェーベルンの弦楽四重奏曲全曲録音だろう。

残念ながらこのウェーベルンについては現在入手困難になっている。

ロマン派以降のレパートリーとして彼らが頻繁に取り上げた作曲家は他にドビュッシー、ラヴェル、レスピーギなどが挙げられる。

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2015年07月24日


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2013年4月に亡くなった名チェリスト、ヤーノシュ・シュタルケルが1970年代に南西ドイツ放送局のために録音した音源で、このCDにはシュタルケルが最も得意とした20世紀作品のヒンデミット、プロコフィエフ、ラウタヴァーラの3曲のチェロ協奏曲が収録されている。

少なくとも筆者の知る限りでは、協奏曲3曲はすべて正規盤初出の内容で、ヒンデミットを除いた2曲はシュタルケルのレパートリーとしても初めてのCD化である。

特にラウタヴァーラはシュタルケルに他の録音が無く、指揮者もブロムシュテットということで注目される。

プロコフィエフに関しては1956年のワルター・ジュスキント&フィルハーモニア管弦楽団とのセッションがワーナーから復活しているが、ここに収められているのは同曲からの改作op.125で、交響的協奏曲と改題され、音楽もより充実した内容に仕上がっている。

演奏はヒンデミットがフォン・ルカーチ指揮、SWRシュトゥットガルト放送交響楽団(1971年)、プロコフィエフはエルネスト・ブール指揮、ラウタヴァーラがブロムシュテット指揮になり、この2曲はバーデン=バーデン・フライブルクSWR交響楽団(1975年)との協演になる。

音楽的な質の高さは言うまでもないが、当時の音源としては音質的にも極めて良好な状態が保たれている。

3曲ともシュタルケルが得意とした20世紀の作品で、今もって彼の演奏がその解釈の面でも、またテクニックにおいても最高峰にあると思えるのは、近年こうした新しい時代の作品を一流どころのチェリストが余り積極的に採り上げないからかも知れない。

ヒンデミットでは色彩的でスペクタクルな堂々たるオーケストレーションに支えられたソロ・パートを、一瞬の隙をも見せない緊張感に貫かれた奏法で弾き切る彼の美学が面目躍如たるセッションだ。

またフィンランドの現役の作曲家、エイノユハニ・ラウタヴァーラのチェロ協奏曲は規模は小さいが、チェロの音響的可能性を追究している点で注目される。

神秘的なフラジオレットによるアルペッジョがソロの重要なモチーフになっていて、重音奏法とフラジオレットを駆使したパッセージが、シュタルケルの精緻な技巧によって超然と響いてくるのに唖然とさせられる。

ドイツ・ヘンスラー・クラシックスからの新譜で、このヒストリック・シリーズは南西ドイツ放送局SWRで制作された歴史的ラジオ放送用音源を独自のリマスタリングでCD化していて、既にジノ・フランチェスカッティやイダ・ヘンデルの演奏集もリリースされている。

独、英語による簡易な解説と詳細な録音データが掲載されたライナー・ノーツ付。

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2015年07月11日


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リヒテルが45歳でアメリカ・デビューを飾った1960年のニューヨーク・カーネギー・ホールでのリサイタルで、会場に集まった聴衆の熱気が曲を追うごとに次第に高まってくる生々しいライヴだ。

特にプロコフィエフのソナタ以降アンコールにかけては、リヒテルのピアニズムが完全に聴衆の心を捉えて離さない状況をまのあたりに伝えている。

当時のアメリカではまだ伝説的にしか伝えられていなかったリヒテルの演奏に対する期待がいやがうえにも高まっていたことは想像に難くない。

その期待に応えるかのように同年10月から始まった演奏旅行でリヒテルはたちまち大陸を席巻し、堂々たる凱旋を飾っている。

カーネギー・ホールでは10月と12月に都合7晩のコンサートを開いていて、そのうち最初の5日間の全容を収めた6枚のCDセットがドレミ・レーベルからリリースされているが、音質がいまひとつのモノラル録音であるのに対して、このRCAの2枚組は12月26日の全プログラムと2日後のニュー・ジャージー州、ニュー・アークのモスク・シアターでのアンコールの数曲を加えたもので、想像以上に音が良く、しかもれっきとしたステレオ録音で臨場感にも不足していない。

欲を言えば、かなり至近距離から採音したためかピアノの響きがデッドでホールの残響が殆んど感じられないことと、高音のフォルテが再生しきれない弱点がなきにしもあらずだ。

例えばラフマニノフやラヴェルにはもう少し瑞々しい余韻があれば理想的なのだが、音質自体は俄然鮮明でこの時代のライヴ物としては優秀なサンプルのひとつだろう。

当日のプログラムはハイドンのソナタから始まるが、半分は現代ロシアのピアノ曲で組んでいるところが特徴的だ。

それはリヒテルにとって自国の作曲家の作品に対する自負でもあった筈だ。

プロコフィエフとも個人的に親交を持っていた彼は、ピアノ・ソナタ第7番を初演しているが、この日に演奏された第6番の鉄杭を大地に打ち込むような強靭な打鍵に貫かれた第1楽章冒頭のテーマがこの曲に強烈なイメージを与えている。

尚トラック16からはモスク・シアターでのアンコール集で、ここでもプロコフィエフの『束の間の幻影』からの抜粋を中心にコンサートを締めくくっている。

リヒテルは5年後の1965年に再びカーネギー・ホールに戻っているが、こちらもドレミ・レーベルから2枚組でS.RICHTER Archives no.15として市販されている。

ドイツ人だった父親がソヴィエト当局に対する命令不服従の罪で銃殺されてから、母親がドイツに去っていたために、リヒテルの亡命を危惧した当局によって彼の西側への渡航が妨げられていた。

戦後、特にアメリカの興行主からの強い招聘があったにも拘らず、病気を理由に彼の渡米は1960年まで実現しなかった。

しかしリヒテル自身の証言によれば、彼はアメリカ行きには消極的で、決して満を持した公演ではなかったようだ。

また当地では常に当局の諜報員に尾行されていたという。

しかしこの2ヵ月の大陸横断旅行が大成功に終わり、翌年からはロンドンやパリでのコンサート活動が始まって、それまで西側諸国では幻のピアニストだったリヒテルへの評価が絶対的なものになったのも事実だ。

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2015年06月30日


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2014年はモスクワ出身の名指揮者キリル・コンドラシンの生誕100周年に当たる。

コンドラシンは1978年のコンセルトヘボウ客演の際にオランダに政治亡命して西側での音楽活動を本格的に始めた矢先の1981年3月8日に突然他界した。

その死には当局がらみの暗殺説も浮上している。

コンドラシンは既に1958年のチャイコフスキー・コンクールで優勝したヴァン・クライバーンの凱旋公演にも随伴していて、冷戦時代の旧ソヴィエトの指揮者の中ではいち早く西側での演奏を実現した人だ。

このSACDに収められた音源はいずれも今回が初めてのリリースではないが録音も保存状態も極めて良好で、リマスタリングによって奥行きと立体感の感じられる音響が蘇っている。

『バビ・ヤール』はモノラル・ライヴ、カンタータ『10月』の方はステレオ・セッション録音になる。

交響曲第13番『バビ・ヤール』はユダヤ人虐殺が行われたウクライナの地名をタイトルに持ち、ロシアに受けつがれる反ユダヤ主義を非難する内容となっている。

旧ソ連ではタブーのテーマだったゆえ反体制的とみなされ、1962年12月の初演の際にも演奏者に当局から圧力がかかったとされている。

この録音は世界初演の2日後の再演時のライヴであるが、出演者もほぼ同じで、ショスタコーヴィチも臨席、緊張が生々しく伝わってくる。

当初はショスタコーヴィチの多くの作品の初演を手がけていたムラヴィンスキーが指揮する予定だったらしいが、ソヴィエトのユダヤ人差別政策を仄めかす詩の内容が検閲に引っかかり、ムラヴィンスキー降板の後もこのコンサート以降の音楽活動への影響を恐れて土壇場まで歌手の入れ替わりが続いたようだ。

当時のコンドラシンは当局からの執拗な妨害にあって苦境に立たされていた筈だが、逆に言えばそうした状況にあってこの凄まじいまでの集中力に支えられた初演が可能だったのかも知れない。

コンドラシンは作曲家の抉り出した心理描写と映像のように浮かび上がる情景を音像として驚くほど冷静に、しかしまた劇的に表現し切っているし、モスクワ・フィルも流石に巧い。

バス・ソロを歌うグロマツキーは朴訥として器用な歌手ではないが、詩の表す陰鬱で悲愴な情感は良く出していて、この危険な役回りを引き受けたことを潔しとしたい。

ショスタコーヴィチ本人を始めとする初演遂行側の表現の自由に賭けた熱意と圧迫を受けていた人道的思想の発露が漕ぎ着けた初演は大成功を収めたと伝えられているが、結果的に考えるならば後の政治亡命も起こるべくして起こったと言わざるを得ない。

コンドラシンはこの作品初演成功後、交響曲第4番やオラトリオ『ステンカ・ラージンの処刑』の初演も飾っている。

一方プロコフィエフのカンタータ『10月』は、帝政ロシア崩壊に至る一連の事件から10月革命20周年を記念した曲で、ここでもコンドラシンは冷徹に音楽的バランスを熟慮してそれぞれの部分の強烈な個性を的確に捉えているが、何故かここでは第1、2、4、7、9部のみの尻切れトンボで収録されているのが残念だ。

一般に風変わりなオーケストレーションと合唱、モノローグによるグロテスクな奇曲という評価だが、プロコフィエフの作曲技法はかえって洗練された鋭利さを感じさせる作品だと思う。

プラガのデータについては鵜呑みにできない怪しげなところが無きにしも非ずだが、交響曲第13番については1962年12月18日に初演が行われ、この音源は同年12月20日の同一メンバーによる再演ライヴから収録されたものらしい。

プロコフィエフの方は1966年5月5日のセッションと記載されている。

ライナー・ノーツには『バビ・ヤール』のみだがロシア語のローマ字発音表記の歌詞に英語対訳が付けられている。

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2015年01月21日


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小澤&ボストン響時代を代表する素晴らしい名演だ。

小澤は、バレエ音楽の全曲版としては、本盤の8年前にもチャイコフスキーの「白鳥の湖」を録音した。

そのレビューにおいて、筆者は、ウィーン国立歌劇場のシェフとなる大指揮者小澤への確かな道程を感じると記したが、本盤は、「白鳥の湖」よりも更に優れた名演。

小澤は、かかる道程を着実に歩んでいることがよくわかる演奏だ。

小澤は、本盤の直後に、ベルリン・フィルとともにプロコフィエフの交響曲全集を録音するなど、プロコフィエフを自家薬籠中の作曲家としており、そうした点から来る自信と風格が、本盤の演奏全体に漲っている。

プロコフィエフの管弦楽曲の特徴として、不協和音を駆使したいわゆる音の濁りというものがあるが、小澤は、それを決してオブラートには包まない。

どの箇所もスコアに記された音符のすべてを鳴らすことに腐心しているようである。

それでいて、重々しくなることはなく、さりとて洗練され過ぎるということもなく、剛柔バランスのとれたシンフォニックな演奏を行っている点を高く評価したい。

小澤の優れた特徴として、卓越した音楽性に去来するリズム感があるが、例えば、第1幕の第15曲のマーキュシオでは、軽快でリズミカルな音楽の中に瀟洒な味わいがあるし、第18曲の客人たちの退場における、古典交響曲から引用された旋律の躍動感が素晴らしい。

また、小澤の舞台人としての演出巧者ぶりも健在で、例えば、第2幕においては、第24〜第27曲及び第30〜第31曲の小気味のいいリズミカルな音楽と、第28曲及び第29曲の情感溢れる美しい音楽との思い切った対比など、テンポ設定の緩急やダイナミックレンジの幅広さを駆使して、実にドラマティックな音楽を構築している。

第3幕における第41曲以降のジュリエットの心象風景の描写は素晴らしいの一言であり、第4幕のロメオの死の切れ味鋭い慟哭の音楽には戦壊を覚えるほどだ。

第52曲のジュリエットの死は、至高・至純の天国的な美しさに満ち満ちている。

ボストン交響楽団も、小澤の統率の下、最高のパフォーマンスを示しており、金管楽器や木管楽器の技量には卓抜としたものがある。

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2014年11月13日


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本盤には、小澤征爾がベルリン・フィルとともに1989年から1992年の4年間をかけてスタジオ録音を行ったプロフィエフの交響曲全集から抜粋した有名曲が収められているが、いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

小澤がベルリン・フィルを指揮した、端正にしてキリリとした指揮ぶりを堪能できる作品集である。

小澤は、カラヤンを師匠として敬愛していたこともあり、ベルリン・フィルと数々の演奏・録音を行ってきているが、現時点において最も優れた録音は、このプロコフィエフの交響曲全集ということになるのではないだろうか。

小澤は、もともとプロコフィエフを得意中の得意としており、ここでも持ち前の豊かな音楽性を活かしつつ、軽快でリズミカルなアプローチによるセンス満点の明瞭な演奏を行っているのが素晴らしい。

交響曲第1番についてはかかるアプローチに対して異論はないだろうが、交響曲第5番については、カラヤン、バーンスタインなどによる重厚な名演が目白押しであり、それに慣れた耳からすると本演奏はいささか軽快に過ぎるきらいがないわけではない。

しかしながら、とかく重々しくなりがちなプロコフィエフの演奏に清新さを与えるのに成功している点については、筆者としては高く評価したいと考える。

組曲「キージェ中尉」も同様のアプローチによる名演であるが、ここでは第2曲「ロマンス」と第4曲「トロイカ」に声楽を含むバージョンで演奏されており、これは希少価値がある。

さらに、これらの演奏で素晴らしいのは、ベルリン・フィルによる卓越した技量であると考える。

この当時のベルリン・フィルは、芸術監督がカラヤンからアバドに代替わりする難しい時期でもあったが、ここでは鉄壁のアンサンブルとパワフルなサウンド、各管楽器の卓越したテクニックが健在である。

組曲「キージェ中尉」におけるアンドレアス・シュミットも素晴らしい歌唱を披露している。

録音は、従来盤でも高音質で知られてはいたが、今般のSHM−CD化によって、音質はさらに鮮明になるとともに、音場が幅広くなった。

小澤&ベルリン・フィルによる素晴らしい名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2014年08月27日


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劇音楽「ロミオとジュリエット」は、コマーシャルなどでも採り上げられたこともあり、今やプロコフィエフの最も人気のある作品と言えるのではないか。

かつては、マゼール&クリーヴランド管弦楽団による超名演が独り勝ちの時代もあったのだが、最近ではLPのCD化も含め、数多くのCDが発売されてきているように思われる。

プロコフィエフを決して評価していなかったとも言われるムラヴィンスキーも、来日時のライヴ録音を含め数点のCDが発売されているし、ゲルギエフは2度にわたって全曲録音を行っている。

スクロヴァチェフスキやアバド、小澤(全曲版)、デュトワなどの質の高いCDもあるなど、名演には事欠かない状況となっている。

本盤のパーヴォ・ヤルヴィによる演奏も、これら古今東西の名演にも決して引けをとらない名演と高く評価したい。

全曲版ではないが、第1〜3組曲を収録するなど聴きどころとなる楽曲はすべて収められており、鑑賞するのには、この程度の長さがちょうどいいのではないかとも考えられる。

パーヴォ・ヤルヴィは、例によって、曲想を精緻に丁寧に描き出していく。

プロコフィエフの管弦楽法には不協和音を駆使したいわゆる音の濁りがあるのだが、そうしたものも含め、スコアに記された音符をすべて明瞭にバランス良く鳴らすことに腐心しているかのようだ。

では、単に音符のうわべだけを取り繕った薄味の演奏かというと、決してそのようなことはなく、どこをとってもコクのある情感豊かな音楽が構築されているのが素晴らしい。

また、各組曲を構成する楽曲毎の描き分けも実に巧みに行っており、パーヴォ・ヤルヴィの演出巧者ぶりが存分に発揮されている。

このような純音楽的なアプローチによる名演を聴いていると、あらためてパーヴォ・ヤルヴィの類稀なる音楽性の豊かさとともに、前途洋々たる将来性を大いに感じるのである。

シンシナティ交響楽団も、各管楽器奏者や弦楽器奏者の技量といい、音色の美しさといい、最高のパフォーマンスを示している。

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2014年02月25日


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本盤にはプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番とラヴェルのピアノ協奏曲が収められているが、両曲ともにピアニスト、指揮者、オーケストラの3拍子が揃った素晴らしい名演と高く評価したい。

特に、優れているのはプロコフィエフの方だ。

プロコフィエフのピアノ協奏曲では第3番があまりにも有名であり、第2番はその陰に隠れている存在に甘んじているが、本名演はそうした不当な評価を一変させるだけのインパクトがあるものと言える。

第2番は、プロコフィエフがぺテルブルク音楽院在学中に作曲されたいわゆるモダニズムを追求していた時代の野心作であり、弾きこなすには超絶的な技量を要する楽曲だ。

ユンディ・リの卓越した技量は本演奏でも冴えわたっており、小澤指揮のベルリン・フィルとの丁々発止のやり取りは、これぞ協奏曲を聴く醍醐味と言えるだろう。

もっとも、ユンディ・リは技量一辺倒には陥っていない。

とりわけ第3楽章において顕著であるが、ロシア風の抒情の表現にもいささかも不足はなく、その情感溢れる美しさには抗し難い魅力があり、ユンディ・リの表現力の幅の広さを大いに感じることが可能だ。

他方、ラヴェルについては、本演奏だけを聴くと素晴らしい演奏には違いがないのだが、同曲にはフランソワやアルゲリッチ、ツィマーマン、エマールなどの個性的な名演が目白押しであり、それらと比較するとやや特徴がない無難な演奏になってしまっているように思われてならない。

もっとも、それは高い次元での比較の問題であり、本演奏を名演と評価するのにいささかの躊躇もしない。

前述のように、小澤&ベルリン・フィルは、協奏曲におけるピアニストの下支えとしては十分過ぎるくらいの充実した名演奏を繰り広げており、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

録音は、特にプロコフィエフについてはライヴ録音ではあるが、従来盤でも十分に満足し得る音質を誇っていた。

しかしながら、今般のSHM−CD化によって、音質がさらに鮮明になるとともに音場がやや幅広くなったように感じられるところだ。

いずれにしても、このような素晴らしい名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年02月23日


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本盤には、プロコフィエフのポピュラリティを獲得した管弦楽曲の名曲が収められているが、演奏の素晴らしさ、録音の素晴らしさも相俟って、まさに珠玉の名CDと高く評価したい。

フェドセーエフは、近年では、同じくロシア系の指揮者である後輩のマリス・ヤンソンスやゲルギエフなどの活躍の陰に隠れて、その活動にもあまり際立ったものがないと言えるが、1980年代の後半から本盤の演奏の1990年代にかけては、当時の手兵であるモスクワ放送交響楽団とともに、名演奏の数々を成し遂げていたところである。

本盤に収められた演奏も、そうした名演奏の列に連なるものであり、フェドセーエフ&モスクワ放送交響楽団による一連の録音のなかでは、当該演奏自体は、意外にもオーソドックスなものだ。

旧ソヴィエト連邦時代のロシア人指揮者と旧ソヴィエト連邦下の各オーケストラによる演奏は、かの大巨匠ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルによる数々の名演を除いて、およそ洗練とは程遠いようなロシア色濃厚なアクの強いものが主流であった。

これには、オーケストラ、とりわけそのブラスセクションのヴィブラートを駆使した独特のロシア式の奏法が大きく起因していると思われるが、指揮者にも、そうした演奏に歯止めを効かせることなく、重厚にしてパワフルな、まさにロシアの広大な悠久の大地を思わせるような演奏を心がけるとの風潮があった。

メロディアによる必ずしも優秀とは言い難い録音技術にも左右される面もあったとも言える。

ところが、旧ソヴィエト連邦の崩壊によって、各オーケストラにも西欧風の洗練の波が押し寄せてきたのではないだろうか。

本演奏におけるモスクワ放送交響楽団も、かつてのアクの強さが随分と緩和され、いい意味での洗練された美が演奏全体を支配しているとさえ言える。

もちろん、ロシア色が完全に薄められたわけではなく、ここぞという時のド迫力には圧倒的な強靭さが漲っており、これぞロシア音楽とも言うべき魅力をも兼ね合わせている。

いずれにしても、本盤の演奏は、全盛期のフェドセーエフによる、いい意味での剛柔のバランスのとれた素晴らしい名演と高く評価したい。

音質については、従来盤でも十分に良好なものであったが、今般、ついに待望のSACD化がなされることになった。

音質の鮮明さ、音場の幅広さ、そして音圧のいずれをとっても超一級品の仕上がりであり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、フェドセーエフによる素晴らしい名演を高音質SACDで味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2013年12月31日


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明晰で妥協のないアプローチで、ミスターSの真価が遺憾なく発揮されたプロコフィエフ。

ようやく晩年になってからその凄い実力が正当に評価され始めた指揮者として、故ギュンター・ヴァントと並ぶ存在のスクロヴァチェフスキ。

作曲家でもあるスクロヴァチェフスキは、ブルックナーなどのドイツのメインストリームを特に得意としているが、これまで発売されたCDでのカップリングでもわかるように、近現代の作曲家の作品も得意としている。

本盤は、そのようなスクロヴァチェフスキの実力が存分に発揮された名演と高く評価したい。

プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」は、近年では多くの指揮者による録音が相次いでいる有名曲であるが、そのような数々の演奏の中でも、最上位に掲げられる名演と言える。

スクロヴァチェフスキの指揮は、ブルックナーを指揮する時のようなインテンポではなく、各場面ごとの描き分けを巧みに行い、テンポの大きい変化やダイナミックレンジを相当に幅広くとるなど(特に、有名なモンタギュー家とキャピュレット家で顕著)、ドラマティックな演奏を行っているが、それでいて各組曲全体の纏まり具合も完璧。

曲によってややばらつきがあるものの、全体的に透明感のある音楽で、なかなか聴き応えがあり、ひとたび聴き始めたら最後まで耳をそらせなくなる求心力あふれる演奏と言えるだろう。

オーケストラに、ドイツの名オーケストラであるケルン放送交響楽団を起用したのも大正解であり、重心の低い腰の据わった深みのある音質も大きな魅力だ。

「ロメオとジュリエット」は、バレエ音楽ではあるが、本演奏では、あたかも一大交響曲のようなシンフォニックなスケールの大きさが全体を支配しているとも言える。

音質が素晴らしく鮮明なのも、本名演の価値を高めるのに大きく貢献している。

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2013年12月07日


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素晴らしい名演だ。

オペラや劇音楽を得意とする炎のカリスマ指揮者ゲルギエフと手兵マリインスキー劇場管弦楽団によるこのアルバムは、全体の構成を明確に捉えながら劇的でダイナミックかつ情感豊かに表現したもので、舞台の動きを彷彿とさせる演奏を繰り広げている。

ゲルギエフは、3年前にも、現在の手兵であるロンドン交響楽団とともに、同曲の再録音に臨んだが、当該盤も、近年のゲルギエフの進境の著しさを表す名演ではあった。

しかしながら、オーケストラの性格も多分にあるとは思うが、やや角のとれた円満さが目立つきらいがないわけでもなかった。

ところが、本盤は、今から約20年も前の、ゲルギエフが新進気鋭の指揮者として注目を広めつつあった時期の録音でもあり、しかも、オーケストラがマリインスキー劇場管弦楽団であることもあって、ロシア風の民俗色溢れた力強い名演に仕上がっている点を高く評価したい。

最新盤とは異なり、SACDマルチチャンネル盤ではないが、従来盤であっても、素晴らしい音質で捉えられており、音質面においても、遜色のないものとなっている。

ゲルギエフの素晴らしい点は、新盤でもそうであったが、オペラを数多く指揮している指揮者だけに、長大な作品全体を、冗長さを感じさせることなく、実に見事に纏め上げている点であり、2時間以上も要するこの作品を、聴き手の集中力をいささかも切らせることなく、一気呵成に聴かせてしまう点は、オペラ指揮者としてのゲルギエフの真骨頂とも言える。

いい意味での演出巧者とも言えるところであり、これはゲルギエフの指揮者としての大きな強みと言える。

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2013年11月25日


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アシュケナージは、我が国ではNHK交響楽団の音楽監督をつとめるなど御馴染みの存在であるが、識者の評価については必ずしも芳しいとは言い難いものがある。

これには、筆者の音楽仲間も含め、とある高名な音楽評論家がことある毎にアシュケナージを貶していることによるところが大きいと言えるが、果たしてアシュケナージはそこまで貶められなければならない指揮者(ピアニスト)と言えるのであろうか。

とある高名な音楽評論家の批評には、殆ど悪意さえ感じさせられるが、少なくとも、ラフマニノフは他の指揮者(ピアニスト)の追随を許さない名演を成し遂げてきているし、そして本盤に収められたプロコフィエフなどのロシア音楽については、そのすべてが名演とは言えないまでも、常に水準以上の演奏を聴かせてくれると言えるのではないだろうか。

アシュケナージは、現在の手兵であるシドニー交響楽団とともに、既にプロコフィエフの交響曲第1番&第5番、そしてピアノ協奏曲全集などを録音しており、それらはいずれもなかなかに優れた演奏と言えるところである。

とりわけ、ピアノ協奏曲全集については、素晴らしい名演と筆者としては高く評価しているところだ。

本盤に収められたプロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」は、久々に登場したアシュケナージ&シドニー交響楽団による演奏であるが、素晴らしい名演だ。

このコンビが漸くいい状態になってきたことの証左とも言うべき演奏とも言えるだろう。

同曲については、かつては全曲盤があまり多くなく、マゼール&クリーヴランド管弦楽団の名演などが掲げられる程度であったが、近年では、全曲盤が数多く録音されるようになるなど、人気が高まってきている。

アシュケナージも、そうした人気上昇の潮流にのって録音したものと想定されるが、そうした近年の名演の中にあっても、いささかも存在価値を失わないだけのレベルの高さを有している。

何か聴き手を驚かすような奇抜な解釈を施したりすることはなく、いささかも奇を衒わないオーソドックスとも言うべきアプローチで一貫しているが、テンポの振幅などを効果的に駆使して各曲を巧みに描き分け、まさにいい意味で聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりを発揮していると言えるだろう。

シドニー交響楽団も、アシュケナージの薫陶の下、見事なアンサンブルをベースとした好演を行っており、アシュケナージの指揮と一体となって持ち得る実力を最大限に出し尽くした最高のパフォーマンスを発揮していると評価したい。

いずれにしても、本盤の演奏は、アシュケナージ&シドニー交響楽団の素晴らしいコンビぶりを窺い知ることが可能な素晴らしい名演である。

音質がこれまた実に素晴らしい。

エクストンも今やシドニー・オペラハウスの絶好の録音ポイントを獲得するに至ったと言っても過言ではあるまい。

いずれにしても、本盤はSACDによる素晴らしく良好にして鮮明な高音質であり、本演奏の価値を高めるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

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2013年11月02日


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本盤に収められたロストロポーヴィチによるショスタコーヴィチの交響曲第5番については、かつてLPで聴いた時のことを鮮明に記憶している。

本演奏の録音は1982年であるが、この当時は、現在では偽書とされている「ショスタコーヴィチの証言」が一世を風靡していた時期に相当し、ロストロポーヴィチのショスタコーヴィチとの生前における親交から、本演奏は証言の内容を反映した最初の演奏などともてはやされたものであった。

当時、まだ少年であった筆者も、証言をむさぼり読むとともに本演奏を収めたLPを聴いたものの、若かったせいもあるとは思うのであるが、今一つ心に響くものがなかったと記憶している。

その後、青年になってCDを購入して聴いたが、その印象は全く変わることがなかった。

そして、今般SHM−CD化されたのを契機に、久々に本演奏を聴いたが、やはり心に響いてくるものがなかったと言わざるを得ない。

確かに、巷間言われるように本演奏には楽曲の頂点に向けて畳み掛けていくような緊迫感や生命力溢れる力強さなどが漲っているが、手兵のワシントン・ナショナル交響楽団をうまく統率し切れずに、いささか空回りしているような気がしてならないのだ。

やや雑然とした演奏に聴こえるのもおそらくはそのせいであり、ロストロポーヴィチによる同曲の演奏であれば、いささか大人しくはなったと言えるが、後年の2つの録音、(ワシントン・ナショナル交響楽団との1994年盤(テルデック)又はロンドン交響楽団との2004年盤(LSO))の方がより出来がいいと言えるのではないだろうか。

他方、プロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」からの抜粋については、ロシア風の民族色に満ち溢れた名演と高く評価したい。

録音は、従来盤でもかつてのLPと同様に十分に満足できる音質であったが、今般のSHM−CD化によって音質がやや鮮明になるとともに、音場が若干幅広くなったことについては評価したい。

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2013年09月21日


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この両曲の古典的名盤だ。

オーケストラの巧さが名演奏の決め手となる楽曲どうしの組み合わせであるが、全盛期のライナー&シカゴ交響楽団の手にかかれば、何らの問題もない。

金管楽器も木管楽器も実に巧く、しかも実にカラフルないい音色を出している。

打楽器の強靭な迫力も凄まじいの一言であり、弦楽器の精緻なアンサンブルと、重量感溢れる肉厚の響きは、圧巻の素晴らしさだ。

ライナーも、よくぞ、ここまでシカゴ交響楽団を鍛え抜いたことだと思う。

ハンガリー出身の指揮者は、オーケストラを鍛えることに関しては、図抜けた才能を有しているようで、オーマンディやセル、そして後年のショルティなど、枚挙にいとまがない。

このような綺羅星の如き指揮者の中でも、やはり先輩格はライナーであり、あらためてライナーの偉大さを感じざるを得ない。

演奏も素晴らしい。

ライナーは、聴かせどころのツボを心得た実に心憎い指揮を行っており、親しみやすい両曲の数々の名演の中でも、最右翼に掲げられるものと言える。

ライナーの深いスコアの読みと無慈悲なまでに正確な指揮は、黄金期のシカゴ交響楽団の名人芸の魅力と相俟って本盤の価値は計り知れない。

録音が、これまた素晴らしい。

1950年代半ばの録音のマスターテープに、これだけの高音質が刻み込まれていること自体が驚異ではあるが、そうした高音質の録音を完璧に再現してくれるXRCD盤の凄さも併せて高く評価したい。

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2013年07月08日


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本盤は、プロコフィエフの交響曲第5番と組曲「キージェ中尉」の人気作を収めているが、いずれもそれぞれの楽曲の魅力を満喫させてくれる素晴らしい名演だ。

我々聴き手に、何と素晴らしい曲なのだろう、と思わせてくれるのが何よりも本名演の優れたところであり、このことは指揮者にとっても最高の栄誉であるとも言える。

まさに、パーヴォ・ヤルヴィの音楽性豊かな自然体のアプローチが功を奏していると言えるだろう。

これら両曲の演奏において、パーヴォ・ヤルヴィは、曲想を精緻に丁寧に描き出していく。

プロコフィエフの管弦楽法には独特のものがあり、これら両曲においても不協和音を駆使したいわゆる音の濁りというものが散見されるのだが、パーヴォ・ヤルヴィは、そうした不協和音についても、オブラートに包んだりはせずに、明瞭に音を響かせている。

したがって、プロコフィエフがスコアに記した音楽の全てを完全に鳴らし切ることにつとめていると言えよう。

では、単にスコアに記した音符を音化しただけの内容の薄い浅薄な演奏になっているのかというと、決してそのようなことにはなっていない。

演奏のどこをとってもコクがあり、豊かな情感に満ち溢れている。

ここに、パーヴォ・ヤルヴィの豊かな音楽性が感じられるところであり、聴き手は、深い呼吸の下にゆったりとした気持ちでプロコフィエフの魅力的な音楽を味わうことができるのだ。

確かに、この演奏には、ロシア風の民族色を全面に打ち出したあくの強さであるとか、聴き手を驚かせるような特別な個性があるわけではない。

しかしながら、楽曲の魅力をダイレクトに聴き手に伝えてくれるという意味においては、過去のいかなる名演と比較しても遜色のない名演と高く評価したい。

シンシナティ交響楽団も、パーヴォ・ヤルヴィの統率の下、最高のパフォーマンスを示しており、金管楽器や木管楽器なども色彩感溢れる素晴らしい音色を出しているのが素晴らしい。

これは、パーヴォ・ヤルヴィの薫陶の賜物と言っても過言ではあるまい。

極上の高音質録音も、本名演の価値をより一層高めていることも忘れてはならない。

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2013年01月31日


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オーマンディの数多い録音の中でも屈指の名盤。

何とも魅力的なカップリングである。

3曲ともに圧倒的なヴィルトゥオジティを誇るフィラデルフィア管弦楽団の魅力が極限まで発揮された名演。

故国ハンガリー出身ならではの熱い思い入れを示し、ユーモアたっぷりに描ききったコダーイ、細部のオーケストレーション変更を取り入れたストラヴィンスキー、いずれも聴きどころ満載のディスクである。

ポピュラーな3つの名曲を、オーマンディ&フィラデルフィア管弦楽団の黄金コンビが、揺るぎない絶妙のアンサンブルと、シルキーな音色のいわゆるフィラデルフィア・サウンドを駆使して、隙のない演奏を行っている。

「ハーリ・ヤーノシュ」は、オーマンディのマジャール人としての血が騒ぐかのように、切れば血が噴き出てくるような情熱的な指揮ぶりであり、ケルテスやセルなどと並んで、同曲のベストを争う名演ということができるだろう。

「キージェ中尉」は、難解な作品が多いプロコフィエフの諸曲の中にあっては、実に親しみやすい楽しい曲であるが、オーマンディも、変に高尚ぶらず、オーケストラともども楽しげに演奏している点が素晴らしい。

「火の鳥」は、オーケストラの卓越した技量を前面に打ち出した堂々たる名演ということが出来るだろう。

Blu-spec-CD化により、音質のグレードが一段とアップし、本名演を鮮明に味わうことができる幸せを噛み締めたい。

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2013年01月06日


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プロコフィエフの親しみやすい小品の名作を集めた好企画CDだ。

そして、その演奏も、ピアノ協奏曲をピアノと指揮の両方で全曲録音するなど、プロコフィエフを得意としたアシュケナージならではの名演と高く評価したい。

アシュケナージとシドニー交響楽団によるプロコフィエフ・シリーズは、なかなか快調に進展していて、先般紹介した交響曲第1番と第5番、それにガヴリリュクとのピアノ協奏曲全集と良質な先行盤に続き、今回は管弦楽曲集となった。

アシュケナージ&シドニー交響楽団による近代的な機能美と溢れんばかりの表現力で描き出したプロコフィエフの管弦楽名曲集である。

アシュケナージが大絶賛する2人の歌手の豊かな表現力に彩られ、聴く者をプロコフィエフの独特な音楽へ導く演奏が繰り広げられている。

「キージェ中尉」と「3つのオレンジへの恋」は、親しみやすい旋律が散りばめられた名曲であるが、アシュケナージはこれらの各組曲の描き分けを巧みに行い、各場面の描写を非常に精緻に行っているのが素晴らしい。

「キージェ中尉」の<ロマンス>や<トロイカ>におけるラプデフによるバリトン独唱も見事であり、シドニー交響楽団も、アシュケナージの統率の下、最高のパフォーマンスを示していると言える。

「みにくいアヒルの子」は、プロコフィエフとしては珍しいオーケストラ伴奏付き歌曲であり、名作にしては録音が少ないが、本盤の名演の登場で、長年の渇きが漸く癒されたと言えるだろう。

ポーターによる非常に美しいソプラノ独唱が見事であり、アシュケナージ&シドニー交響楽団による合わせ方も非の打ちどころがない完璧さだ。

SACDによる高音質録音も、さすがはエクストンと言えるだけの高水準であり、シドニー・オペラハウスにおける録音も完全に板に付いてきたとものと思われる。

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2012年12月04日


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既に発売されたピアノ協奏曲第1、2、4番も名演であったが、本盤も類稀なる名演だ。

何よりも、プロコフィエフを知り尽くしたアシュケナージがバックをつとめている点が大きい。

ピアニストとして既にプロコフィエフのピアノ協奏曲全集を録音しているアシュケナージにしてみれば、同協奏曲は自家薬籠中の作品と言っても過言ではないのだろう。

「第3」の冒頭の独特の開始部からして、他の演奏とは次元が異なるような抒情に満ち溢れている。

このロシア的な抒情と20世紀的なモダニズムが高次元で融合した傑作を、アシュケナージは確かなタクトで精緻に描き出していく。

この豪華なバックに支えられて、若き才能豊かな気鋭ピアニストのガヴリリュクは、最高のピアニズムを展開している。

唖然とするようなテクニックの下、強靭な打鍵と情感溢れる優美さのコントラストが抜群である。

まさに、指揮者とピアニストの最高の競演がここにあると言えるだろう。

アルゲリッチ&アバド盤もとても良かったが、ガヴリリュク&アシュケナージによる本盤の方が、リズム及び演奏の精度とキレ、ソロとオーケストラのグルーブ感が高いように感じる。

「第5」も、「第3」に匹敵するような名演に仕上がっていると言える。

SACDによる高音質録音も素晴らしい。

シドニー・オペラハウスコンサートホールの録音ポイントを、トリトーンも漸く掌握したと言えるのではかなろうか。

エルガーやラフマニノフの交響曲ではイマイチだった音質も、ここではいささかの不満を抱かせないようなハイレベルの高音質録音に仕上がっている。

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俊英ピアニスト、アレクサンダー・ガヴリリュクが、アシュケナージのサポートの下に行った、プロコフィエフ・シリーズの一環、ピアノ協奏曲全集の1枚目の登場だ。

ウクライナに生まれ、ロシア・ピアニズムを受け継ぎ、浜松国際ピアノコンクールで16歳という若さで優勝。

「20世紀後期最高の16歳のピアニスト」と絶賛を受け、国際的な活躍に加え、定期的な来日で日本でも人気を博してきた。

これは素晴らしい名演だ。

この演奏では、明晰なタッチで曲の輪郭をくっきりと表現し、しなやかで圧倒的なテクニックを存分に魅せる。

かつてピアニストとしてプロコフィエフのピアノ協奏曲全集を完成したアシュケナージの名サポートを得て、ガヴリリュクは抜群のピアニズムを披露していると言える。

曲のすみずみまで深い造詣があるアシュケナージが、ガヴリリュクに絶大なる信頼を託した演奏だ。

特に、ピアノ協奏曲の第1番と第2番はプロコフィエフとしても初期に当たる作品あり、現代を代表するモダニストとも称された前衛時代のものだけに、かなりの技巧を要する難曲である。

こうした難曲を、ガヴリリュクは、作品の特色に相応しい明晰なタッチで、曲想を精緻に描き出しており、そうした抜群のテクニックに裏打ちされた明快なアプローチが、両曲の魅力を最大限に表現するのに大きく貢献していると言える。

まだまだ若く、伸びしろが多分にあるガヴリリュクだけに、今後の更なる成長が楽しみな逸材であると考えたい。

アシュケナージも、これらの作品の細部に至るまでを深く理解し尽くしているだけに、前述のように名サポートを行っており、アシュケナージの統率の下、シドニー交響楽団も最高のパフォーマンスを示していると高く評価したい。

SACDによる高音質録音も、エクストンとしても最高の部類に入る出来栄えであり、本名演の価値を大いに高める結果となっている点を見過ごしてはならない。

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2012年11月27日


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2009年10月31日、11月2日 シドニー、オペラ・ハウス、コンサート・ホールに於けるDSDレコーディング。

プロコフィエフの交響曲の中で、最も人気のある2大交響曲を収めた好企画CDだ。

いずれも、楽曲の魅力をダイレクトに聴き手に伝えてくれる佳演であると思う。

いわゆる個性的な表現には乏しいが、だからと言って演奏が平板ということにはならない。

アシュケナージによるプロコフィエフの見事な構築力と、オーケストラの引き締まった音色、きらびやかで機能性に満ちたプロコフィエフの音楽を聴くことができる。

「第1」も「第5」も、やや速めのテンポをとりつつ、ここぞという時の力強い迫力や、抒情的な箇所の歌い方にもいささかの不足はなく、何と言う素晴らしい曲だろうと思わせる。

こういった、楽曲の魅力を、オーソドックスな表現によって、ダイレクトに聴き手に伝えるということが、実はアシュケナージの個性と言えるのかもしれない。

シドニー交響楽団の健闘も称賛しておかなければならない。

2009年1月に首席指揮者兼アーティスティック・アドヴァイザーに就任したアシュケナージであるが、シドニー交響楽団とはますます信頼関係を深めていることがこの演奏から窺える。

エルガーやラフマニノフの交響曲・管弦楽曲集では、オーケストラの力量にいささか疑問符をつけたくなるような箇所も散見されたが、本盤の両曲の演奏を聴く限りにおいては、そのような不安は微塵も感じられなかった。

これは、アシュケナージ&シドニー交響楽団のコンビが軌道に乗ってきたことを表す証左であり、今後録音される他の交響曲やピアノ協奏曲にも大いに期待を持てるものと言える。

SACDによる極上の高音質も素晴らしいの一言であり、エクストンも、漸く、このコンビの録音会場であるシドニー・オペラハウスでのベストのマイクポイントを会得したのではないかとも感じた。

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2012年10月17日


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プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」は、最近ではコマーシャルで採り上げられたり、NHKの番組でも放映されたりするなど、急速に有名になりつつあるが、殆どは組曲の形で演奏されるのが主流であり、全曲録音は未だに稀少な存在だ。

かつては、マゼール&クリーヴランド管弦楽団の名演があったが、それ以降は、あまりめぼしい録音に恵まれなかったところである。

そのような中で久々に登場した本盤のゲルギエフの全曲録音は、そんな長年の渇きを癒すのに十分な名演だと思う。

ゲルギエフは、この膨大な全曲の各場面を、実に丁寧に描いていく。

予想通りプロコフィエフらしいグロテスクと紙一重の毒気はほどよく解毒されているが、それでもゲルギエフならではの渾身の熱演。

どちらかと言えば、ゲルギエフには、例えばストラヴィンスキーの「春の祭典」などにも示したように、もっとロシア風のあくの強い演奏を期待したいところであるが、本盤は、それを封印して、優雅にして高貴なバレエ音楽をイメージして演奏したのではないかとも思えるほどの柔和さを示している。

しかし、これほど精緻に、そして丁寧に、各場面を描き尽くした演奏は立派というほかはないと言うべきであり、決して物足りなさを感じさせることはなく、名演として高く評価したいと考える。

ゲルギエフは世評のようなカリスマなのではなく、実は本来極めてオーソドックスな指揮者なのだ。

これを聴くと、音だけでなく踊りを楽しむと同時に振り付けと音楽のマッチングもゲルギエフ&キーロフ・バレエで観てみたいという思いに駆られる。

滑らかさとダイナミズムを併せ持ったSACDマルチチャンネルによる高音質録音も、この名演に華を添えている。

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2012年02月29日


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シゲティの大きな業績の一つに、同時代の作曲家達の作品を数多く取り上げたことが挙げられる。

古典作品のみならず、モダンな作品を取り上げることがヴァイオリン音楽振興のためになると考えていたシゲティは、積極的に新しい作品を初演し、また録音するなどの普及活動に努めた。

その姿勢が評価され、多くの作品が彼に献呈されることになり、プロコフィエフの協奏曲第1番は、他の演奏家による初演後、彼がレパートリーに入れることによって実質世に送り出された作品で、プロコフィエフ自身、その解釈を認め、作品を献呈するに至ったもの。

ブロッホの協奏曲も、シゲティのために書かれたもので、やはりこれも彼に献呈されている。

シゲティは、晩年にプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番をステレオでも録音しているが、彼の最盛期に録音されたこの旧盤は、気力とテクニックの充実において、それをはるかに上回る出来を示している。

一寸の隙も妥協もない厳格で論理的なアーティキュレーションを特色とした彼のアプローチは、個人的な感情を排したザッハリヒな姿勢が強く前面に押し出されたものでもあるが、そうしたあり方を作品に対する自己の理想的な対処と確信する彼の信念は、このヴァイオリニスト独自の一徹な執念とも相まって、作品に秘められた普遍的な美のイデアを抽出する結果をもたらしているのである。

音質は古いが、ヴァイオリンの音色は、案外鮮明に聴きとることができる。

ミュンシュ指揮のブロッホのヴァイオリン協奏曲は最盛期のシゲティの面目躍如の録音。

東洋的で特異なエキゾティシズムに溢れたこのヴァイオリン協奏曲は、あまり演奏される機会に恵まれないが、芸術的価値の高さにおいては《シェロモ》などをはるかに凌ぐ作品であり、ブロッホの代表作のひとつというにふさわしい傑作である。

そして、その初演者であるシゲティのこの録音は、彼の真摯でザッハリヒなアプローチがこの秘曲のまやかしがなく彫りの深い再現を実現させている名演であり、そこでは、ミュンシュのツボを心得た構成力のあるバックアップもが、もうひとつの聴きどころとしてクローズアップされている。

未だに演奏様式的な古さをまったく感じさせないのは、これが作品のイデアに密着した演奏だからであろう。

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2011年04月04日


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プロコフィエフの代表的なバレエ音楽のひとつで、今日でも上演される機会がたいへん多く、現代バレエ音楽の傑作といわれている。

プロコフィエフのバレエ音楽《ロメオとジュリエット》には、オリジナルのバレエ全曲版のほかに3つの演奏会用組曲があるが、このディスクに収録されているのは、アバドが全曲版と組曲版から新たに20曲を選んで、ドラマの進行順に配列し構成したいわば"アバド"版であり、ひとつの物語として考えられている。

現在では、このスタイルによるディスクは増えているとはいえ、当盤ではトラック7と16に、マンドリンが入るナンバーが出てくるなど、ユニークな選球眼が光っている点がおもしろい。

バランスのとれた、すがすがしく端麗な演奏で、ベルリン・フィルの能力が十分に発揮されており、この作品の魅力を再認識させられる。

ライヴ録音でありながら、オーケストラの巧さとスタイリッシュな響きが一体となって、ロシア的な重苦しさが排されており、マンドリンの音楽ともども、「作品の舞台はイタリアだったな」ということに、あらためて思い至る方もいらっしゃるに違いない。

音楽は淡々とした足どりで進むが、悲劇の幕切れに向かってしだいにボルテージが上がっていき、聴く側も息詰まる思いがする。

プロコフィエフは、ソヴィエトへ帰国するまでは、かなり前衛的な音楽を書いていたが、復帰を境として、平易で明快、大衆的でしかも高度な芸術性を失わない音楽を書くようになった。

この作品もそうした特色がよく出ており、アバド指揮ベルリン・フィルは、随所にあらわれるプロコフィエフ独特の旋律を美しく歌い流し、劇性にも抜かりなく、魅力的な音楽となっている。

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2011年01月19日


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プロコフィエフの交響曲は、初期の数作を除き、番号で呼ばれているものだけをとっても7曲あるが、それらの中でいわば頂点をなす作品が、1944年に完成された第5番であることは、大方の人々が認めるところであろう。

現在では、この作品についてもかなりの数にのぼる録音があり、定評あるものもいくつかあるが、作曲から24年も後にカラヤンとベルリン・フィルとによって収録されたこの演奏は、オーケストラも最も好ましい時代にあったものであり、カラヤンも、いわば聴かせ上手という以上にこの作品の真価を強く印象づけるような自信に満ちたアプローチをみせている。

カラヤンは1968年という彼の最も輝かしい時代にこの交響曲を録音している。

カラヤン60歳、ベルリン・フィルとの関係も最良の状況にあり、このコンビは世界のオーケストラの頂点に君臨する地位と名誉を謳歌していたが、そんな時期の演奏は鳴り響く音それ自体に風格と威厳をたたえた厳かさがある。

それは現代の耳には時に威圧的に感じられなくもないが、プロコフィエフの傑作がしかるべきサウンドと技術とアンサンブルで再現されたカラヤンの演奏は、名演のモデルのようであり、作品の全貌と聴き手を向き合わせてくれる。

確かにロシア的重厚さ、土の匂い、汗の力強さとは異なるが、重厚な低音を背景に雄大なる音の光景が築き上げられていく演奏は圧巻であり、ことに第3楽章から終楽章にかけての運びの巧さと表現の密度の濃さに驚かされる。

そのスケールの大きい表現には、高度の造型性と深い内容が溢れている。

その後、ベートーヴェンやブラームス、チャイコフスキーの交響曲は何度でも録音を繰り返してきたカラヤンだが、このプロコフィエフは1回きりで終わっている。

完全満足の成果と言っても間違いではないだろう。

カップリングされた《古典交響曲》は入念な仕上げでベルリン・フィルのヴィルトゥオーゾぶりを充分に発揮させた演奏。

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2010年05月17日


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今でこそこの曲の全曲盤は、複数のCDがカタログに載っているが、1970年代の初頭という時代には、このマゼール盤が唯一だったのだ。

そして現在でも全曲としては、最もスタンダードな存在といえる。

劇的な演出と演奏力の充実で、彼の最も良い面を聴き取ることが出来る。

そしてこれはマゼールが、クリーヴランド管弦楽団の音楽監督になって、最初に録音されたナンバーにもかかわらず、彼は既にこのオケを完全に掌握し、意のままに導きながら、彼独自の音を創り上げている。

やや都会的に整いすぎていて、肌ざわりの冷たい演奏となっているが、オーケストラの技術的なうまさと、その華麗な色どりは抜群である。

そのリズムの扱い方、語り口の巧さはマゼールならではのものだ。

この時代の彼の芸風をストレートに伝えた、ディピカルな演奏に数えられていい。

その魅力はスリムに引き締まった表情、柔軟で鋭いリズム、それにクールなリリシズムに尽きるだろう。

有名なバルコニーの情景や、愛の踊りの場面などの、ロマンティックなムードにあふれた描写は秀逸で、マゼールの巧妙な棒さばきに、心を奪われてしまう。

これはマゼール会心の演奏といってよい。

同じ時期に録音したガーシュウィンの《ポーギーとベス》とともに、代表的傑作といえる。

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2009年12月31日


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ロシアがソヴィエト連邦だったその末期に、ソヴィエトの自由化政策によって、西側に出ていた芸術家たちの一時帰国が実現しはじめた。

ロストロポーヴィチもそうしたひとりで、彼と、その夫人でソヴィエトきっての名ソプラノだったヴィシネフスカヤの帰国の様子は、テレビでも報じられ、またドキュメンタリー番組にもなっていたが、愛する祖国の土を再び踏むことのできた彼らの感慨深げな表情は、たいへん印象的であった。

こうした祖国の作曲家の作品を演奏する時のロストロポーヴィチは、彼の郷愁の思いがひしひしと伝わってくるかのような、ロシア的な情感をてんめんと歌わせた表現で、強く胸を打たれる。

第6番では、作品のもつ現代的手法から鋭い感覚美を表すだけでなく、その内部に秘められた抒情性やスラヴ的な憂愁も表出されている。

しかもロストロポーヴィチの思索的な表現が、そうした印象をさらに強める結果となった。

第1番はユニークな表現でテンポが遅い。作品の擬古典的な様式と時代を無視した解釈だが、そこに豊かな音楽性があることが認められよう。

第2番は、ロストロポーヴィチ特有のリズムと楽想の強靭な把握が功を奏しており、作品の抒情性をよく表出しているが、弦に比較して木管や金管群がバランス的に弱いのが残念だ。

第3番は第2楽章以降が優れており、ロシア風の旋律を共感に満ちた表情で歌わせているし、終楽章では金管の吹奏が美しく、音楽を率直に高揚させているのもよい。

第4番の2つの版をそれぞれ演奏しているものは他にもあるが、1枚のCDに収めたのは珍しい。

作品的には改訂版の方が充実しているが、初稿にみられる一種のぎこちなさの中にもそれなりの魅力がある。

ロストロポーヴィチは、フランス国立管の洗練された響きを縦横に駆使して、プロコフィエフの音楽をエネルギッシュに、流麗に演奏している。

第7番は華麗に演奏されることが多いが、ロストロポーヴィチはテンポを遅めにとり、内向的でほの暗い音楽を聴かせる。

それがプロコフィエフのスラヴ的な性格を抽出し、細部の美を発見させる。

創意豊かな内面感情に忠実な演奏といえよう。

第5番も同じようにロシア風ともいえる重厚さを感じさせるが、両端楽章では指揮者とオケと作品の調和にやや疑問が残る。

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2009年06月25日


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若き日のアルゲリッチとアバドによるエキサイティングな名演である。

あの衝撃的なショパン・コンクールから2年後の演奏。

あたかも"ショパン弾き"のイメージを払拭するかのごとく、近代ものを選定。

20世紀を代表する名曲であるが、聴き手にとっては彼女の真骨頂を見極める試金石のような楽しみもあった。

しかし、フタを開けてみれば、期待をはるかに上回る壮絶な演奏で、速いテンポのシャープな感覚で弾きあげた演奏である。

その旋律の流しかたや、打鍵の強さを聴いていると、とても女性とは思えないような激しさだ。

その鮮烈な感動は、時を経ても少しも衰えることがない。

第1楽章冒頭、嵐のように突き進む2分間の凄まじさ!そして軽快にしてダイナミック、繊細にして優美な表現が縦横に飛び交い、圧倒する。

そのデモーニッシュな激しさ、テクニックの超絶さには、彼女の資質が赤裸々に現れているようで興味がつきない。

その反面、リリックとか艶とかコクなどの余韻は浅く、ドライな感触であるのも事実。

しかし、直情的で猪突猛進的な彼女の演奏を聴けば、そのような色気など同曲には不要と思えてくるから不思議だ。

テンポを自在に変化させながら表現しているのが特徴で、これほど情緒的に、また、ダイナミックに弾きあげた演奏というのも珍しい。

アバド指揮のバックも、作品の本質をよくとらえており、リズム感のよい演奏をおこなっている。

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2008年11月30日


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2つの協奏曲は作曲された時期も性格もかなり違うが、パールマンはそれぞれの特徴を生かしながら安定した演奏を展開する。

彼のテンペラメントからすれば当然かもしれないが、彼の成長を示すものといえよう。

美しい音色を存分に生かしながら、あざやかな技巧で弾きあげた演奏である。

パールマンというと、どちらかといえば、甘美でロマンティックな作品を得意としているように思われがちだが、「第1番」のような鋭角的な力強さにあふれた曲もうまい。

きわめて急進的な作風で書かれたこの曲を、現代的な感覚で、はつらつと弾きあげているところにひかれる。

ことに第1楽章の激しく劇的な曲想のもりあげかたは巧妙だ。

だたしプロコフィエフの音楽ならではの諷刺的な味つけはもうひとつだ。

保守的な作風で書かれた「第2番」は、作品の旋律的な美しさを豊かに表出している。

民族的な色合いをフレッシュで素直に表現しているところもよい。

ロジェストヴェンスキーの指揮も成功の原因の1つで、リズム処理に抜群のうまさを発揮していてひきつける。

ソロを支えるリズム型1つにも深々とした表情を与えるが、現代の"業師"の組み合わせならではの魅力だ。

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2008年11月09日


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下手にアプローチすると、いかにも力づくで、悪趣味な演奏となりやすいこれらの交響曲なのであるが、モントリオール響を指揮したデュトワ盤で聴くことのできる演奏は、もっと洗練された、上品な性格だ。

デュトワの演奏はパリ時代のプロコフィエフを想わせるようで、ソノリティが相対的に明るい美しさに包まれている。

この交響曲とバレエ「シンデレラ」との関係を強調したアプローチは新鮮である。

おどけた気分とプロコフィエフ独特の執拗さとを軽妙に扱った第5番のスケルツォ楽章など巧いものだ。

磨きあげられた明るい音色で、各表情がきりりと引き締まって、整然と描き上げられている。

プロコフィエフの音楽におけるモダニズムの側面を、少しの無理もなく開陳させたような演奏といえよう。

この演奏を聴くと、プロコフィエフの音楽から優雅と洗練を備えたラテン的感性が伝わってくる。

第1番などまさにその典型で、第1楽章のやや遅めのテンポをとったリズムの躍動感の中には、瑞々しい美感を発見させる。

あとの3つの楽章を含めて木管の色彩的魅力はたとえようもなく、音楽が豊麗にふくらみをもつ。

第5番も明るいソノリティをもって旋律をのびやかに歌わせた演奏だ。

第5番に対する、これまでの既成観念を見事にくつがえしてくれた快演というべきか。

デュトワとモントリオール響がいかに好ましい関係にあったかを、改めて気づかせてくれる好内容である。

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2008年09月07日


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両曲とも傑作で、現代音楽を敬遠している向きにも広く薦めたい名演奏である。

ミトロプーロス(1896-1960)は近代・現代作品を得意にし、シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲は同じクラスナーのソロでNYPと録音していた。

シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲のクラスナーは1940年にストコフスキー&フィラデルフィアo.と同曲の初演を行っている。

まず、プロコフィエフの交響曲第5番が素晴らしい。

ミトロプーロスの音楽からは豊かな人間性が感じられ、明晰な知性と豊かな広がりを兼ね備えたスケールの大きい演奏となっている。

同時にシャープな切れ味もいたる所に見られ、強い緊張感と相まって目が覚めるようだ。

シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲ではクラスナーの音色が美しく、集中力のあるすっきりとした演奏を聴かせる。

ミトロプーロスの指揮はスケールが大きく、今日の指揮者では太刀打ちできないものがある。

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2008年06月20日


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「ロメオとジュリエット」は全52曲のなかから、聴きどころを17曲抜粋して、バレエの筋通りに演奏したもので、ショルティは切れ味のよい棒さばきで、各場面の情景を生き生きと描出している。

プロコフィエフの音楽特性を、実に的確につかんでいるのがよく、ことに素晴らしいには、第2幕の「タイボルトとマーキュシオの決闘」と、それに続く「マーキュシオの死」、「ロメオ、マーキュシオの死の報復を誓う」などの演奏で、いずれも劇的で力強く、第2幕終曲の、あの哀感を漂わせたタイボルトの葬送音楽との見事なコントラストをなしていて感動的だ。

「古典交響曲」は、古典と現代がミックスしたこの交響曲の特色を、極めて精緻な表現で、あますところなく表出した名演奏である。

明快な棒さばきで爽快に仕上げた第1,4楽章もさることながら、第2楽章の柔らかな表情が実に素晴らしく、特に、弱音で奏される弦の美しさは無類である。

いずれも間然とするところのない立派な演奏だ。一分の隙も一点の曖昧さもなく鮮やかに演奏しながら、円熟味を感じさせるのが晩年のショルティの特徴であった。

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2008年05月29日


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シェイクスピアの同名の戯曲をもとにしたこの作品は、プロコフィエフの代表的なバレエ音楽のひとつで、今日でも上映される機会が大変多く、現代バレエ音楽の傑作のひとつといわれているものである。

デジタル録音によるこの曲の初の全曲盤で、素晴らしく鮮明な名録音である。

小澤の指揮はかつてないほど生命力にあふれており、各曲の持ち味を的確につかみ、綿密かつ入念に表現していて、この作品の特色を見事に引き出している。

1曲1曲に新しい生命を吹き込んでいるような演奏で、音楽全体が生き生きと息づいている。

「騎士たちの踊り」は実に乗りがよく、「ロメオはマーキュシオの死の復讐を誓う」ではドラマティックに盛り上げている。

また第4幕のエピローグの悲しみに満ちた旋律を、自分自身の悲しみであるかのように深々と表現していて素晴らしい。

これは小澤とオーケストラとの精神的一致が生み出した新鮮で切れ味のよい名演奏で、数多い小澤の録音のなかでも会心の出来映えといってよい。

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