レスピーギ

2015年07月01日


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指揮者アントニオ・パッパーノ&サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団の2014年来日記念盤。

パッパーノ指揮するサンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団の演奏はムーティ&フィラデルフィア管弦楽団の同曲のような分厚いサウンドと白熱のセッションとは異なった、イタリアのオーケストラらしい、いくらか線は細めですっきりした明るい音響に満たされている。

だが、勿論迫力にも不足しない充分に余裕のあるテクニックとボリュームも持ち合わせている。

弦はどこまでも明るく伸びやか、木管楽器の微妙なニュアンス、バランス感覚に優れた金管の咆哮、期待をはるかに凌駕する演奏内容だ。

このオケはチョン・ミュンフンとの各種チクルスで有名になってきたが、実に奔放で綺麗な音を出す楽団だと感心した。

それでいて解釈が写実的で色彩感が著しく濃くて鮮烈で、特に『松』の描写力は素晴らしく前例のない程の密度感だ。

やはりイタリア人の血によって指揮されるイタリア・オケならではと言うことで、大陸的なエレガントさや気品のようなものよりどことなく猥雑な気配も漂うネーティブ・タッチのレスピーギ。

シンフォニー・オーケストラの絢爛たるサウンドが最大限に発揮される管弦楽作品の傑作を、重厚なサウンドで名高い名コンビの演奏と言えよう。

またイタリア系指揮者のお家芸カンタービレではパッパーノも引けを取らない流麗な歌心が随所で発揮されているが、ローマの風物詩を一大音像絵巻で綴ったこの作品を彼はセンチメンタリズムではなく、冷静に計算されたダイナミズムの振幅を巧みにコントロールして曲を構成する手腕と、音響効果による鮮烈な情景描写は流石だ。

例えば「アッピア街道の松」のクライマックスでは放射状に拡散させるような輝かしい音響によって次第に近付いてくるローマ軍の凱旋を表現しているし、『祭』のフィナーレではナヴォーナ広場で繰り広げられる主顕祭前夜の、矢継ぎ早に入れ替わる登場人物の姿態と騒然とした雰囲気の映像的描写に成功している。

この音源は2枚組のSACDでもリリースされているが、通常盤では『松』と『祭』の間に、レスピーギがシェリーの詩のイタリア語訳をメゾ・ソプラノと弦楽合奏のために作曲した『夕暮れ』が挿入されている。

ここでもパッパーノの鋭い感性と歌物に強いサンタ・チェチーリアの巧妙さが発揮されているが、ソロを歌うクリスティン・ライスのイタリア語がいまひとつ曖昧なのが惜しまれる。

このCDの特徴のひとつは音質に優れていることで、レギュラー・フォーマット盤でもこれだけ臨場感に溢れた、しかもオーケストラの分離状態の良さを再現できることを示したEMIの意地が感じられる。

『ローマ三部作』のような大編成のオーケストラを駆使して鳴り響く大音響が求められる曲では、音量だけでなく各楽器間の独立した音色が聴き分けられることが重要なポイントだ。

録音は2007年にローマの新アウディトリウムで行われたが、2,2秒の豊かな残響も決して邪魔にならない鮮明な音質が保たれている。

このホールが建つパルコ・デッラ・ムージカはレンツォ・ピアノのプロジェクトで実現した音楽ホールや劇場施設の集合体だが、サンタ・チェチーリアはヴァチカンにある旧アウディトリウムからこちらに本拠地を移して活動を続けている。

まもなくリリースされる予定の同メンバーによるロッシーニ序曲集にも期待したい。

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2015年06月01日


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これは世紀の珍盤として有名なものだ。

かつて多くのスヴェトラーノフ・ファン、オーケストラ・ファンが待ち望んでいた、ヤフー・オークションで5万円で取り引きされたという恐るべき演奏である。

その後、輸入盤として異常なベストセラーを記録しただけに、本演奏は既に伝説化している感があるが、改めて聴いてみても、スヴェトラーノフならではの重厚でパワフルに押し切るという重量級の凄い演奏だ。

何しろ、多少の乱れなど気にせず突き進むエネルギー感といい、ここまでやるかという思い切って野蛮な表現といい、耳をつんざくような轟音といい、誰もが驚く強烈なライヴ録音なのである。

良くも悪くもスヴェトラーノフの強烈な体臭が最大限に押し出されており、謎の邪教徒秘密儀式といった猟奇的な雰囲気と、爆弾が次々に炸裂するような迫力は類を見ない。

《ローマの噴水》は、まず「夜明けのジュリアの谷の噴水」の繊細で情感豊かな音楽に魅了されるが、次の「昼のトレヴィの噴水」の凄まじい大音響は、あたかもあたり一面が大洪水になったかのような圧巻の迫力だ。

《ローマの松》も、「ボルジア荘の松」のゆったりとしたテンポによる粘着質の音楽からしてユニークであるが、凄いのは「アッピア街道の松」。

あたかも旧ソヴィエト軍の示威進軍のような圧巻の迫力を誇っており、アッピア街道を踊り狂いて渡っていくかのようであり、特に終結部のいつ終わるとも知れない強引さには、完全にノックアウトされてしまった。

実に13秒間(!)に及ぶ最後の和音が終わった後のブラヴォーも1980年当時のモスクワでのコンサートとしては異例の強烈さである。

《ローマの祭り》は、まさにスヴェトラーノフの独壇場で、唸る低弦といい、どろどろしたブラスの咆哮といい、スピーカーの前がお祭り騒ぎになるのは間違いない。

「チルチェンセス」はゆったりとしたテンポによる粘着質の音楽であるが、猛獣の唸り声を模した金管楽器の咆哮は凄まじいの一言であり、阿鼻叫喚の世界を構築する。

「五十年祭」のテンポはさらに遅く、トゥッティにおけるトランペットの耳をつんざくような音色は強烈そのもの。

超スローテンポと相俟って、あたかも巨大な壁画を思わせるような壮大な音響世界の構築に成功している。

「主顕祭」はスヴェトラーノフ節全開で、すべての楽器を力の限り咆哮させており、狂喜乱舞とも言うべき圧倒的な熱狂の下に全曲を締めくくっている。

いずれにせよ、作曲家の発想をここまで露わにした演奏も他になく、過去の『ローマ三部作』の名演とは一味もふた味も異なる異色の演奏とは言えるが、聴き終えた後の充足感においては、過去の名演に一歩も引けを取っていない。

『ローマ三部作』を初めて聴く人にはお薦めできないが、日常に飽き足りない人、何か強力な刺激を求めている人にはこのCDは最適と言えるだろう。

スヴェトラーノフの個性的な指揮の下、ソヴィエト国立交響楽団がロシア臭芬々たる爆演を披露している点も高く評価したい。

フランス印象派音楽の亜流と見なされがちなレスピーギをこんなふうに演奏できるのかという衝撃と同時に、なるほどスヴェトラーノフは特に晩年各地のオーケストラに客演していたが、ここまで凄まじい演奏は手兵以外とはできないであろうことは容易に推測できる。

リマスタリング・エンジニアには天才イアン・ジョーンズを迎え、万全を期しての復刻されたとのことで、その音質も鮮明、文句のつけようのない素晴らしさだ。

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2015年01月12日


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これは言わずと知れた有名な名盤で、昔からトスカニーニの代表作と言われていた歴史的な名演であるが、これまで発売されたCDは、録音年代が古いモノラル録音というハンディもあるが、K2カッティング盤も含め、決して満足できる音質とは言えなかった。

それ故に、本盤登場以前は、ムーティ盤や、最新のパッパーノ盤などにどうしても食指が動いていたが、XRCD盤が発売されるに及んで、他の演奏は、殆ど太陽の前の星のように、その存在が霞んでしまった。

それほどまでに、今般のXRCD盤は、実在感溢れる衝撃的な音質であり、あらためて、この歴史的名演の凄さを再認識することに繋がったと言える。

原テープのクオリティの素晴らしさもさることながら、XRCD化により、トスカニーニ率いるNBC交響楽団が誇っていた、目も覚めるような色彩感と傑出したヴィルトゥオジティが空前の華やかさと繊細さをもって見事に蘇っている。

イタリアの血が燃焼し尽くしたかのような迫力に満ちたストレートな表現は、トスカニーニを象徴する独特のものだ。

『ローマの松』の「ボルゲーゼ荘の松」からして、そのメリハリの利いた凄まじい迫力に圧倒されてしまう。

「カタコンブ附近の松」の地下から響いてくるような重厚さも見事であるし、「ジャ二コロの松」の弦楽器の何という艶やかさ。

「アッピア街道の松」はまさに精鋭を率いるトスカニーニ将軍といった趣きの貫録を見せる。

『ローマの噴水』は、特に、「朝のトリトンの噴水」と「真昼のトレヴィの噴水」の光彩陸離たるブリリアントな音の響きに、殆ど幻惑されてしまうようなまばゆいばかりの魅力がある。

そして、圧巻は『ローマの祭り』で、スコアのあらゆる音が完璧に響ききった生命感は、他の追随を許さない。

冒頭から終結部まで、誰にも止めることができない勢いと張り詰めるような緊張、オーケストラの驚異的なアンサンブル、そして切れば血が吹き出てくるような圧倒的な生命力が全体を支配しており、それでいて、「10月祭」の官能的とも言うべきカンタービレの歌い方も実に感動的だ。

特に、「主顕祭」のもはや人間業とは思えないようなド迫力には、評価する言葉すら思いつかないくらい、完全にノックアウトされてしまった。

レスピーギとトスカニーニに親交があり、お互いに共感し得る物があった事、NBC交響楽団がアクロバットに近い演奏を成功させた事、モノラルとはいえ当時のエンジニアが機械の性能を限界まで追求した事により成し得た偉業である。

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2015年01月08日


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管弦楽法の大家として知られるレスピーギの楽曲としては、ローマ3部作があまりにも名高い存在であるが、それに次いで有名な曲と言えば、リュートのための古風な舞曲とアリアであると思われるところだ。

愛国心旺盛で、ローマ時代の文化にも造詣深かったと思われるレスピーギならではの作品であり、近現代音楽とは思えないような親しみやすくも優美な音楽に、レスピーギ一流の華麗なオーケストレーションが施された実に魅力的な名作である。

ローマ3部作と比較すると、録音の点数は相当に少ないが、録音を行った指揮者は、同曲の真価を理解するとともに、覚悟を持って演奏に臨んでいることが想定されることから、どの指揮者による演奏もある程度の水準の高さを有している。

そうした様々な優れた演奏の中でも、マリナー&ロサンジェルス室内管弦楽団による本盤の演奏は、最右翼に掲げられる名演の1つと言えるのではないだろうか。

マリナーは、手兵であるアカデミー室内管弦楽団とともに、こうした室内オーケストラ用の楽曲の様々な名演を成し遂げているだけに、レスピーギによるリュートのための古風な舞曲とアリアも、マリナーの指揮芸術の真価を発揮する上で最適の楽曲と言えるのではないかと考えられるところである。

マリナーの本演奏におけるアプローチは、特別な個性で聴き手を驚かすような気を衒ったところがいささかもなく、曲想を精緻に、そして丁寧に描き出すという直球勝負の正攻法によるものだ。

そして、英国出身の指揮者であるだけに、どこをとっても格調の高さが支配しており、いかなるロマンティシズム溢れる旋律にさしかかっても、センチメンタルに陥ることはいささかもなく、常に高踏的な美しさを保っているのが素晴らしい。

このような演奏こそは、まさしく英国紳士の矜持とも言うべきものであり、演奏全体に漂う高貴にして優美、そして典雅さは、同曲演奏の理想像の具現化と言っても過言ではあるまい。

いずれにしても、本演奏は、同曲演奏史上でもトップクラスの演奏であるとともに、室内オーケストラのための楽曲を数多く演奏・録音してきたマリナーの演奏の中でも最高峰の名演の1つと高く評価したい。

音質は、1975年のスタジオ録音であるが、リマスタリングがなされたことによって、従来CD盤でも比較的満足できる音質である。

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2014年11月25日


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デュトワとモントリオール交響楽団は、多彩な管弦楽法を駆使した『ローマ3部作』を完璧に再現し、壮麗な演奏を展開している。

『ローマ3部作』のような標題音楽の演奏に抜群の手腕を発揮するデュトワが、極めて色彩豊かに再現している。

極めて淡彩なエレガントこの上ない繊細さと圧倒的な迫力を併せ持つ稀有の名演で、デュトワの鋭い感性と練達の手腕は、ここでも見事に発揮されている。

例えばギラギラと壮大で迫力満点のものがお好みなら、この演奏は向かないが、そうした力技ではなく、繊細でカラフルな美しさを求めるのなら、これは恰好の1枚である。

ムーティのようにゴリゴリと盛り上げるのではなく、微妙なニュアンスを大切にした色彩の変化が魅力的だ。

ムーティよりさらに感覚的な音の喜びが感じられるし、演奏も一段ときめ細かく、また仕上がりが丁寧で、美しい。

さながらイタリアのラヴェルのような響きのする美しいレスピーギで、ムーティが油絵なら、洗練の極みを聴かせるデュトワはパステル画である。

やはりデュトワ流ではあるが、この『ローマ3部作』にはそうした響きへのこだわりが書き込まれているのも事実だ。

デュトワはオケの力を色彩的に華やかに展開するだけでなく、スコアにあるソロイスティックな要素を含めてパレットの豊かさやニュアンスの濃さ、R=コルサコフ風の併行するリズムの効果なども的確に描き出し、さらにR.シュトラウスにも匹敵するようなオーケストラルな対位的書法をも、極めて適切なバランスによって巧妙に彫琢している。

《ローマの松》の〈ジャニコロの松〉や《ローマの祭り》の〈十月祭〉、《ローマの噴水》の〈トリトーネの噴水〉などでは繊細さを際立たせるなど、いかにもデュトワならではの独壇場といった趣きであるが、他方、《ローマの松》の〈アッピア街道の松〉や、《ローマの祭り》の〈主顕祭〉のド迫力も聴き手のドキモを抜くのに十分である。

デュトワは暑苦しい喧噪や凶暴さのなかにも、涼しげで精妙な繊細さや多彩な音色を描き切っており、まさに耳の勝利である。

もとよりオケが野蛮なほど咆哮する部分の多い作品ではあるが、むしろ《ローマの噴水》に象徴されるように、静謐かつ繊細な室内楽的テクスチュアの美しさにこそ真の魅力があるように思われる。

デュトワとこの『ローマ3部作』の抜群の相性の良さを感じるが、それを見事に描出して見せたモントリオール交響楽団の合奏力も高く評価すべきだと思う。

特に、わざわざ最後にもってきている《ローマの噴水》は、実に見事な演奏で、録音もずば抜けている。

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2014年09月25日


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レスピーギのローマ三部作は、様々な指揮者によって数多くの名演が成し遂げられてきている人気作であるが、現在においてもなお、トスカニーニ&NBC交響楽団による超名演を凌駕する演奏はあらわれていないと言えるのではないだろうか。

1949〜1953年にかけてのモノラル録音という音質面でのハンディもあるのだが、数年前にXRCD化されたことによって、ますます決定盤としての地位を不動のものとしつつある。

したがって、他の指揮者は、必然的にナンバー2の地位を争うということにならざるを得ないが、このナンバー2の地位にある演奏こそは、本盤に収められたムーティによる名演であると考える。

ローマ三部作は、レスピーギならではの光彩陸離たる華麗なオーケストレーションを誇るとともに、祖国イタリアの首都であるローマへの深い愛着と郷愁に満ち溢れた名作である。

したがって、イタリア人指揮者にとっては特にかけがえのない作品とも言えるところであるが、必ずしもすべての指揮者が同曲を演奏しているわけではない。

ジュリーニ、アバド、シャイーなどと言った大指揮者が同曲を全く演奏していないのは実に意外な気がするところだ。

これに対して、ムーティ、シノーポリ、そして若手のパッパーノなどが同曲を演奏しており、いずれも名演の名に値すると言えるが、やはり一日の長があるのは年功から言ってもムーティと言うことになる。

ムーティは、手兵フィラデルフィア管弦楽団を巧みにドライブして、実に華麗で躍動感溢れる演奏を展開している。

トゥッティに向けて畳み掛けていくようなアグレッシブな力強さは圧倒的な迫力を誇っていると言えるし、抒情的な箇所における情感の豊かさは、レスピーギのローマに対する深い愛着の念を表現し得て妙だ。

また、フィラデルフィア管弦楽団による好パフォーマンスも本名演に大きく貢献していることを忘れてはならないだろう。

フィラデルフィア管弦楽団は、かつてオーマンディとローマ三部作の名演を成し遂げている(1975年)が、本演奏でもその卓越した技量と色彩感豊かな音色は健在である。

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2014年04月04日


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本盤に収められた演奏は、いずれも1960年代後半から1970年代にかけてのカラヤンの全盛期の時代の録音だ。

加えて、蜜月状態にあったベルリン・フィルも楽団史上最高の黄金時代を迎えており、その意味では、カラヤン&ベルリン・フィルのベストフォームの演奏を聴くことができる1枚と言えるのかもしれない。

それにしても、この黄金コンビによる当時の演奏は傑出していた。

一糸乱れぬ鉄壁のアンサンブル、流麗なレガート、金管楽器の朗々たる響き、肉厚の弦楽合奏、雷鳴のような迫力満点のティンパニなど、一聴しただけで、この黄金コンビによる演奏とわかるような独特のサウンド(いわゆるカラヤンサウンド)を有していた。

また、当時は、それぞれの楽器の演奏史上においても歴史に名が残るようなスタープレイヤーがあまた存在しており、その技量たるや桁外れの巧さであった。

したがって、楽曲の精神的な深みの追求に関してはいささか弱い面があったとも言えるが、そうした批判を一喝するだけのオーケストラ演奏の極致とも言うべき圧倒的な音のドラマを構築していたところであり、演奏を聴き終えた後の充足感には相当なものがあった。

本盤に収められた各管弦楽曲の演奏も、そうしたこの黄金コンビの圧倒的な音のドラマを味わうことが可能な素晴らしい名演だ。

レスピーギの「ローマの噴水」と「ローマの松」は、卓越したオーケストレーションを誇る楽曲であるだけに、この黄金コンビにとってはうってつけの楽曲である。

カラヤンの指揮も、聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりを発揮しており、これら2曲の様々な演奏の中でも上位を狙う名演に仕上がっている。

残念なのは、「ローマの祭り」が収録されていないことであり、その理由は定かではないが、同曲はカラヤンの美意識には符号しない楽曲であったのかもしれない。

リュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲、ボッケリーニの小五重奏曲、アルビノーニのアダージョの3曲については、レスピーギよりも約10年近く前の1969年の録音であるが、ここでもこの黄金コンビによる圧倒的な音のドラマは健在だ。

いずれ劣らぬ名演であるが、特に素晴らしいのはアルビノーニのアダージョ。

これは、後年に「アダージョ・カラヤン」に収録されて大ヒットしたことでも知られている演奏であるが、カラヤンの指揮の巧さもさることながら、当時のベルリン・フィルの弦楽セクションがいかに超絶的な技量を有していたのかがよく理解できる凄い演奏と言えるだろう。

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2014年01月27日


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本盤に収められた小澤&ボストン交響楽団によるレスピーギのローマ三部作は、私見ではあるが知る人ぞ知る名演であると考えている。

というのも、レコード芸術誌などにおける著名な音楽評論家の評価があまりにも低いからだ。

レスピーギのローマ三部作の過去の名演としては、古くはトスカニーニ&NBC交響楽団による超弩級の名演(1949年、1951年、1953年)や、近年ではムーティ&フィラデルフィア管弦楽団による名演(1984年)など、いわゆるイタリア系の指揮者による名演が幅を利かせており、他方、レスピーギの華麗な管弦楽法の魅力を存分に表現したオーマンディ&フィラデルフィア管弦楽団による名演(1973〜1974年)や、交響詩「ローマの祭り」を欠いているという致命的な欠陥があるものの、カラヤン&ベルリン・フィルによる素晴らしい名演(1977年)なども存在している。

このような海千山千の大指揮者や個性的な名指揮者による名演の中にあって、存在価値のある演奏を遺すことは至難の業であり、そうした意味においては、本盤に収められた演奏は、若干影の薄い存在であると評価されても致し方がないのかもしれない。

しかしながら、本演奏全体に漲っている若き小澤ならではの強靭な気迫、そして、これは他のいかなる名演をも凌駕していると筆者としては考えるところであるが、いわゆる日本人的な繊細さは、レスピーギによる華麗な中にも精緻さを誇る管弦楽法を見事に紐解くのに大きく貢献しており、本演奏の魅力を最大限に引き出すのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

小澤がボストン交響楽団の音楽監督に就任したのは1973年であり、本演奏が1977年のものであることに鑑みれば、4年目のシーズンに入った時のもので、まさに、小澤がボストン交響楽団を掌握し始めた頃のものである。

モントゥーやミュンシュとの数々の名演では名高い存在であると言えども、ボストン交響楽団は必ずしも一流の存在としては見做されないオーケストラかもしれないが、これだけの見事な名演奏を繰り広げたのは大いに賞賛に値するし、むしろ、小澤の圧倒的な統率力の賜物と言っても過言ではあるまい。

こうした知る人ぞ知る名演が、今般、ユニバーサルが誇るシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化された意義は極めて大きいのではないだろうか。

何と言っても、前述のような小澤&ボストン交響楽団による精妙な表現が完璧に近い形で再現されるのは見事と言う他はないと言えるところだ。

本シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤の艶やかな鮮明さや凄まじいまでの臨場感にはただただ驚愕するばかりであり、あらためて本シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤の潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、小澤&ボストン交響楽団による知る人ぞ知る名演が、現在望み得る最高の高音質を誇るシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化がなされることによって、その名演の真価のベールを脱ぐ結果となることを願ってやまないところだ。

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2013年11月20日


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凄い演奏だ。

スヴェトラーノフの『ローマ三部作』と言えば、爆演とも評されたソヴィエト国立交響楽団(現ロシア国立交響楽団)との1980年盤があり、それは、スヴェトラーノフならではの重厚でパワフルに押し切るという重量級の演奏であった。

当該盤の約20年後の本演奏においては、そうした重量級の芸風を保ちつつも、テンポがよりゆったりとしたものとなるとともに、表現力の幅が非常に広くなり、音楽全体のスケールが雄大になった点を高く評価したい。

《ローマの噴水》は、「夜明けのジュリアの谷の噴水」の繊細で情感豊かな音楽を聴いていると、スヴェトラーノフも最晩年になって大人しくなったのではないかと思ってしまいがちであるが、「昼のトレヴィの噴水」でそうした思いは早速撤回を余儀なくされる。

ここでの凄まじい大音響は、あたかもあたり一面が大洪水になったかのような圧巻の迫力だ。

《ローマの祭り》は、まさにスヴェトラーノフの独壇場。

「チルチェンセス」はゆったりとしたテンポによる粘着質の音楽であるが、猛獣の唸り声を模した金管楽器の咆哮は凄まじいの一言。

他の指揮者による演奏では、終結部において猛烈なアッチェレランドをかけるのが常であるが、スヴェトラーノフは堂々たるインテンポで大音響を炸裂させ、阿鼻叫喚の世界を構築する。

「五十年祭」のテンポはさらに遅く、トゥッティにおけるトランペットの耳をつんざくような音色は強烈そのもの。

超スローテンポと相俟って、あたかも巨大な壁画を思わせるような壮大な音響世界の構築に成功している。

「主顕祭」は、スヴェトラーノフ節全開。

堂々たるゆったりとしたインテンポで、すべての楽器を力の限り咆哮させており、狂喜乱舞とも言うべき圧倒的な熱狂の下に全曲を締めくくっている。

《ローマの松》も、「ボルジア荘の松」のゆったりとしたテンポによる粘着質の音楽からしてユニークであるが、凄いのは「アッピア街道の松」。

あたかも旧ソヴィエト軍の示威進軍のような圧巻の迫力を誇っており、特に終結部のいつ終わるとも知れない強引さには、完全にノックアウトされてしまった。

いずれにせよ、本演奏は、過去の『ローマ三部作』の名演とは一味もふた味も異なる異色の演奏とは言えるが、聴き終えた後の充足感においては、過去の名演に一歩も引けを取っていない。

スヴェトラーノフの個性的な指揮の下、スウェーデン放送交響楽団も一糸乱れぬアンサンブルで最高のパフォーマンスを示している点も高く評価したい。

録音も鮮明で文句のつけようのない素晴らしさだ。

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2013年05月16日


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レスピーギによるローマ3部作はイタリアを代表する傑作であるが、すべてのイタリア人指揮者が指揮しているかというと、必ずしもそうでないところが大変興味深いところだ。

トスカニーニは別格であるが、私の記憶が正しければデ・サパタやサンティも一部のみ。

その後に同曲を録音したのは、有名指揮者ではムーティと本盤のシノーポリと若手のガッティやパッパーノのみ。

ジュリーニもアバドも、そしてシャイーですら全く録音を行っていないのは実に不思議な気がする。

シャイーであれば、かなりの名演を期待できると思うのだが、現時点では録音したという話は一切聞こえてこない。

そのような中で、2001年に惜しくも急逝したシノーポリが同曲の録音を遺してくれたのは何と言う喜ばしいことであろうか。

演奏内容も素晴らしい名演と高く評価したい。

シノーポリの演奏は、医者出身の指揮者ならではのいわゆる精神分析的な、楽曲の細部に至るまで目を光らせたものが多いが、本演奏では一部(例えば、「ローマの祭り」の五十年祭のスローテンポなど)にその片鱗を聴くことができるものの殆どそのような印象を受けることはない。

むしろ、意外にもまともな演奏を行っていると言えるところであり、マーラーの交響曲やR・シュトラウスの管弦楽曲などに接するのとは別人のようなオーソドックスなアプローチを披露している。

一言で言えば肩の力を抜いた演奏を行っていると言えるところであり、シノーポリとしても、祖国の大作曲家による傑作に対しては郷愁にも似た独特の感情を抱いていたのかもしれない。

したがって、シノーポリは豪華絢爛なオーケストレーションが施された同曲の魅力をダイレクトに表現することのみに腐心しているように感じられるところであり、ローマに纏わるそれぞれの標題音楽を愛おしむように、そして楽しげに演奏しているようにさえ感じられる。

生命力溢れる圧倒的な迫力と言った点においては、トスカニーニ盤は別格として、ムーティ盤にもかなわないと言えるが、それらに次ぐ名演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

ニューヨーク・フィルも、シノーポリの指揮の下卓抜した技量を披露しており、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

録音は、従来盤でも十分に満足できる音質ではあったが、今般のSHM−CD化によってより鮮明さが増し、さらに聴きやすい音質になった。

シノーポリによる素晴らしい名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2009年06月25日


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ムーティがフィラデルフィア時代(1980-1992)に残した記念碑的名盤。

ムーティがフィラデルフィア管弦楽団に着任して、最初に放ったビッグ・ヒットといえる。

ムーティのこの演奏では、みずみずしくのびやかなカンティレーナ、ダイナミックで壮麗な造形感覚、明快でメリハリの効いた語り口、切れがよく弾力性のあるリズムなど、イタリア人ならではの持ち味が十二分に生かされ、それが作品の本質を見事にとらえた表現を実現させている様相を感じとることができる。

華麗なサウンドといい、素晴らしいオーケストラの名人芸、さらに強烈なカンタービレは、いまだにこの曲のベストの地位は固い。

大先輩たるトスカニーニがNBC交響楽団と残した歴史的名演に、正面から立ち向かっていくような覚悟と熱気が充満している。

ストレートに作品に肉薄していく劇的演奏は43歳のムーティにこそ可能な離れ業だが、奇跡の逆転ホームランをとばしており、現代の《ローマ三部作》として申し分ない出来である。

天性の音色に対する感覚、カンタービレへの熱き嗜好の作品を一段と魅力的にしており、イタリア的テンペラメントをも満喫させる。

ここでムーティは、巧妙な指揮と豊麗な"フィラデルフィア・サウンド"によって、レスピーギの色彩的なオーケストレーションを万全に再現しており、出だしからこのオケの光彩陸離たる音の輝かしさに魅了されてしまう。

緊張感あふれる音のドラマとして描き上げた強い説得力が感じられ、その張りつめた展開の鮮やかさ、そして演奏全体に感じられる熱い興奮と熱気が素晴らしい。

フィラデルフィア管弦楽団も華やかさと同時に密度の濃い表現を聴かせており、スケール感も圧倒的だ。

オーマンディ時代とは異なるシャープさとスピード感を獲得、表現全体が冴え冴えとして輝かしい。

そしてムーティは、このオケの精緻なアンサンブルや重厚でゴージャスなサウンドなども巧みに生かし、演奏のブリリアントな魅力を高めることにも大きな成功を収めている。

豪快な「アッピア街道の松」や詩的な美しさにあふれた「ジャニコロの松」も秀抜だ。

また「祭り」の4曲も立派で、こうしたムーティの卓出した表現力は巨匠トスカニーニを思わせる。

両者のコンビの見事さを後世に伝える、エヴァーグリーン的な名盤といえる。

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2009年02月27日


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カラヤンのレスピーギ「ローマの噴水」「ローマの松」は、曲の細部にまで神経がよく行き届き、構成的にもよくまとまっている。

「ローマの噴水」の方はやや色彩感に乏しいが、カラヤンらしい演出のうまさは、ローマ三部作中最も芸術的と評される「ローマの松」によく表れている。

特に第1曲など荒削りでマッシーヴな音の捉え方をしているミュンシュのとは全然正反対。テンポを遅めにとった入念な分析的演奏から驚くほど新鮮な響きが生まれる。

第2曲以降では、弱音の領域の微細なコントロールが驚異的であり、これによってこの曲の面目は一新した。

第4曲の捉え方も非常に面白い。

出だしのピアノ・ピアニッシモを真面目にコントロールしているので、後半の盛り上がりが、物凄い効果をあげる。

最後の小節の上拍では、オーマンディなど、第3、4拍の打撃音2拍に大太鼓を補強しているようなのだが、そんなことをしなくても充分楽譜通りで効果的なのである。

トスカニーニだったら、カラヤンと同じ考えをとるだろうし、トスカニーニの行き方の究極を究めたようなのがカラヤン盤なのである。

それにしても、録音技術のこれだけ進んだ現在に、トスカニーニのような大指揮者が存在しないなんて、運命とは皮肉なものだ。

録音は、通常CDでも鮮明であり、この黄金コンビの演奏を高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2008年01月15日


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トスカニーニの代表盤のひとつである。

この1枚は、トスカニーニの、いかにもイタリア風に明晰なすっきりした感覚によって、レスピーギの目的を余すところなく発揮している。

ちなみに「ローマの松」は彼の手で初めて成功収めた作品であり、「ローマの祭り」は彼が初演を手掛けている。

「ローマ」3部作はトスカニーニが自家薬籠中のものとしていた作品だけに、極めつきの素晴らしい演奏だ。

色彩的で華麗な音色、新鮮な感覚、そして精緻で彫りの深い表現と、どの曲も自信に満ちあふれ、表情の美しさには完全に魅了されてしまう。

絵画的要素もはっきりしているし、表現に誇張がなく、流暢な演奏とはこのことである。

ことに「噴水」は優れた出来映えで、静動の比率が強い緊張感を呼び起こす。

「祭」は実に物凄い音響を録音することに成功したものである。一つ一つが手にとるように判然と浮かび上がって、まるで鏡に写しているように鮮やかである。

トスカニーニはこれまで残響を嫌ってほとんど録音に取り入れなかったが、この録音ではほどよく残響効果も生かしているので、いっそう幅とボリュームが加わって、壮麗な演奏を彷彿とさせる。

これはまさに至高の芸術といえよう。確かに会心の録音である。

特に「アッピア街道の松」「チェルチェンセス」「主顕際」は絶品だ。

モノーラルだが音質は良い。

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