ヤルヴィ

2015年09月16日


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ヒラリー・ハーンの新譜は2曲のヴァイオリン協奏曲、モーツァルトの第5番イ長調『トルコ風』とヴュータンの第4番ニ短調のカップリングで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンとの協演になる。

いずれの演奏でもハーンはとびっきりシックな音色を武器にしながらも、聴き手に媚びることのない、丁寧に弾き込んだ知性的な爽やかさに先ず惹き込まれる。

それが彼女がこれまでに培った奏法なのだろうが、テクニックのアピールなどには興味を示さず、音楽に真摯に対峙して曲想を可能な限りすっきりとまとめた、ややクールだが流麗で飽きの来ない演奏だ。

モーツァルトではオーケストラが小編成で、指揮者が弦楽部にヴィブラートを抑えたピリオド奏法を取らせているために、曲のスケールがよりコンパクトに聞こえる。

しかしこうした古典的で等身大の再現がかえってソロを際立たせている。

近年のパーヴォ・ヤルヴィのモーツァルトへの解釈と言えるだろう。

第2楽章のカンタービレもハーンは良く歌っているが、常に節度をわきまえ様式を崩さない。

この曲は終楽章メヌエットに挟まれてトルコ風のマーチが挿入されているために『トルコ風』のニックネームで呼ばれているが、ハーンのソロ・ヴァイオリンに導かれるエネルギッシュで鮮やかな曲想の変化とメヌエットのテーマが再現される際の品の良さも聴きどころのひとつだ。

尚それぞれの楽章を飾るカデンツァは総てヨーゼフ・ヨアヒムの手になる。

自身ヴァイオリニストだったヴュータンの協奏曲は随所に華麗な技巧がちりばめられた典型的なロマン派の作品だが、オーケストラもかなり充実した聴かせどころを持っているので単に名人芸を発揮するだけのレパートリーではない。

ハーンは必要以上に走らず、むしろテンポを中庸に取って曲中の完璧な秩序と構成美の中に物語性を見出している。

濃厚な表現や派手なヴィルトゥオジティを求める人にとってはいくらか淡白に聴こえるかも知れないが、これが彼女の高踏的ロマンティシズムの美学とも言えるだろう。

第3楽章スケルツォもスリリングな演奏と言うより、堅実なボウイングから紡ぎだされる極めて音楽的な趣を持った演奏で、第4楽章に受け渡す非常に魅力的な部分だ。

終楽章は第1楽章の冒頭のモチーフが回帰するオリジナル・ヴァージョンを採用している。

録音はモーツァルトが2012年、ヴュータンが2013年で、30ページほどのライナー・ノーツに英、独、仏語による簡単な解説と幾つかのスナップ写真が掲載されている。

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2015年07月14日


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これまた素晴らしい名演だ。

本盤の2年後録音されたピアノ協奏曲第1番、第2番、第4番も、録音の素晴らしさもあって、至高の名演であったが、本盤もそれに優るとも劣らない名演揃いである。

パーヴォ・ヤルヴィは、手兵ドイツ・カンマーフィルとともにベートーヴェンの交響曲全集の名演を成し遂げているし、仲道郁代は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集の名演を成し遂げている。

その意味では、両者ともにベートーヴェン演奏に多大なる実績を有するとともに、相当なる自信と確信を持ち合わせて臨んだ録音でもあり、演奏全体にも、そうした自信・確信に裏打ちされたある種の風格が漂っているのを大いに感じさせる。

オーケストラは、いわゆる一部にピリオド楽器を使用した古楽器奏法であり、随所における思い切ったアクセントや強弱の変化にその片鱗を感じさせるが、あざとさを感じさせないのは、ヤルヴィの指揮者としてのセンスの良さや才能、そして芸格の高さの証左と言える。

第3番は、第1楽章冒頭をソフトに開始。

しかしながら、すぐに強靭な力奏に変転するが、この変わり身の俊敏さは、いかにもヤルヴィならではの抜群のセンスの良さと言える。

仲道のピアノも、透明感溢れる美音で応え、オーケストラともどもこれ以上は求め得ない優美さを湛えている。

それでいて、力強さにおいてもいささかも不足もなく、ヤルヴィも無機的になる寸前に至るまでオーケストラを最強奏させているが、力みはいささかも感じさせることはない。

第2楽章は、とにかく美しい情感豊かな音楽が連続するが、ヤルヴィも仲道も、音楽を奏でることの平安な喜びに満ち溢れているかのようだ。

終楽章は一転して、仲道の強靭な打鍵で開始され、ヤルヴィもオーケストラの最強奏で応え、大団円に向かってしゃにむに突き進んでいく。

後半の雷鳴のようなティンパニや終結部の力奏などは圧巻の迫力だ。

それでいて、軽快なリズム感や優美さを損なうことはなく、センス満点のコクのある音楽はここでも健在である。

第5番の第1楽章は、実に巨匠風の重々しさで開始され、冒頭のカデンツァの格調高く雄渾で堂々としたピアニズムは、仲道のベートーヴェン弾きとしての円熟の表れとして高く評価したい。

それでいて、時折聴くことができる仲道の透明感溢れる繊細で美しいピアノタッチが、そうした重々しさをいささかでも緩和し、いい意味でのバランスのとれた演奏に止揚している点も見過ごしてはならない。

そして、ヤルヴィと仲道の息の合った絶妙なコンビネーションが、至高・至純の音楽を作り出している。

第2楽章は、第3番の第2楽章と同様に、とにかく美しいとしか言いようがない情感豊かな音楽が連続し、仲道の落ち着き払ったピアノの透明感溢れる美しい響きには、身も心もとろけてしまいそうだ。

終楽章は、疾風の如きハイスピードだ。

それでいて、オーケストラのアンサンブルにいささかの乱れもなく、仲道の天馬空を行く軽快にして典雅なピアノとの相性も抜群だ。

そして、これまで演奏した諸曲を凌駕するような圧倒的なダイナミズムと熱狂のうちに、全曲を締めくくるのである。

録音についても触れておきたい。

次作の第1番、第2番、第4番も同様であったが、本盤は、他のSACDでもなかなか聴くことができないような鮮明な極上の超高音質録音である。

しかも、マルチチャンネルが付いているので、音場の拡がりには圧倒的なものがあり、ピアノやオーケストラの位置関係さえもがわかるほどだ。

ピアノの透明感溢れる美麗さといい、オーケストラの美しい響きといい、本盤の価値をきわめて高いレベルに押し上げるのに大きく貢献していると評価したい。

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2015年07月11日


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パーヴォ・ヤルヴィの勢いは今や誰もとどめることができない。

彼は、シンシナティ交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、ドイツ・カンマーフィル、パリ管弦楽団を手中に収めており、これらのオーケストラを作曲家毎に振り分けるという何とも贅沢なことをやってのけている。

そして、そのレパートリーの幅広さたるや、父親であるネーメ・ヤルヴィも顔負けであり、今や、人気面において指揮界のリーダー格とされるラトル、ゲルギエフ、ヤンソンスの3強の一角に喰い込むだけの華々しい活躍をしている。

パーヴォ・ヤルヴィがドイツ・カンマーフィルを起用する際には、当然のことながら、いわゆるピリオド奏法に適した楽曲を演奏しており、既に完成させたベートーヴェンの交響曲全集やピアノ協奏曲全集に次いで、現在では、シューマンの交響曲全集の録音に取り組んでいるところだ。

シューマンを文字通り「愛している」と公言してはばからないパーヴォ・ヤルヴィは、「作品に込められた感情の起伏や途方もないエネルギーを恥ずかしがることなくさらけ出すべき」と、シューマンのオーケストレーションの機微を繊細に表現しきることのできるドイツ・カンマーフィルと濃密なシューマン・ワールドを繰り広げている。

第1番及び第3番、第2番及び「マンフレッド」序曲が既発売であり、それはピリオド奏法を十分に生かした斬新とも言えるアプローチが特徴の演奏であり、パーヴォ・ヤルヴィの底知れぬ才能と現代的な感覚、センスの鋭さが光る素晴らしい名演であった。

その完結編となる当アルバムには、フルトヴェングラーやワルターなど20世紀前半の巨匠が好んで演奏し、ロマン派の香りが濃厚な交響曲第4番、シューマンのエッセンスが詰まった知られざる傑作「序曲、スケルツォとフィナーレ」、4つのホルンのための協奏曲「コンツェルトシュトックヘ長調」が収められている。

いずれも、既発売のシューマン演奏に優るとも劣らぬ素晴らしい名演であると高く評価したい。

本演奏でも、ピリオド奏法は相変わらずであるが、それを十全に活かし切ったパーヴォ・ヤルヴィの個性的なアプローチが実に芸術的とも言える光彩を放っており、これまで交響曲第4番を様々な指揮者による演奏で聴いてきたコアはクラシック音楽ファンにも、新鮮さを感じさせる演奏に仕上がっている。

ピリオド奏法やピリオド楽器を使用した演奏の中には、学究的には見るべきものがあったとしても、芸術性をどこかに置き忘れたような軽妙浮薄な演奏も散見されるが、パーヴォ・ヤルヴィの個性的なアプローチには、常に芸術性に裏打ちがなされており、そうした軽妙浮薄な演奏とは一線を画しているとさえ言えるだろう。

思い切ったテンポの振幅、アッチェレランドの駆使、ダイナミックレンジの極端な取り方など、その仕掛けの多さは尋常ならざるものがあると言えるが、これだけ同曲の魅力を堪能させてくれれば文句は言えまい。

いずれにしても、本盤の各曲の演奏は、近年のパーヴォ・ヤルヴィの充実ぶりを如実に反映させた素晴らしい名演であり、加えて、いわゆるピリオド奏法による演奏としては、最高峰に掲げてもあながち言い過ぎとは言えない圧倒的な名演と高く評価したいと考える。

音質は、これまた素晴らしい。

特に、最近では珍しくなったマルチチャンネル付のSACDは、臨場感溢れるものであり、各楽器セクションが明瞭に分離して聴こえることによって、ピリオド奏法の面白さが倍加するという効用もあると言えるところだ。

いずれにしても、パーヴォ・ヤルヴィ&ドイツ・カンマーフィルによる素晴らしい名演をマルチチャンネル付のSACD盤で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2015年06月03日


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先般CD4枚にも及ぶヨハン・ハルヴォルセンの管弦楽作品集をスタジオ録音したネーメ・ヤルヴィであるが、同じくノルウェーの作曲家、ヨハン・スヴェンセンの管弦楽作品集の第3弾の登場だ。

さらに勢いを増すネーメ・ヤルヴィとノルウェーのベルゲン・フィルの名コンビによる「ノルディック・プロジェクト」最新巻。

同世代で盟友エドヴァルド・グリーグと共に、ノルウェー・ロマンティシズムを完成形へと導いたヨハン・スヴェンセンの管弦楽作品集第3集には、1860年代後半、ライプツィヒ音楽院を卒業したスヴェンセンが作曲し、グリーグに衝撃を与えた初期の大作『交響曲第1番』、ナッシュ・アンサンブルのヴァイオリニスト、マリアンネ・トゥーシェンが弾く1870年の『ヴァイオリン協奏曲』など、ノルウェーのシンフォニストとして名を馳せたスヴェンセンの若き日の傑作の数々が収められている。

第1弾と第2弾のレビューにも記したところであるが、ネーメ・ヤルヴィは録音当時75歳の高齢であり、近年では息子のパーヴォ・ヤルヴィの華々しい活躍の陰に隠れがちと言えなくもないが、それでも、果敢に新しいレパートリーの開拓に勤しむ飽くなき姿勢には、我々聴き手としてもただただ頭を下げざるを得ないところだ。

ネーメ・ヤルヴィに対しては、一部の評論家からは何でも屋のレッテルが貼られ、必ずしも芳しい評価がなされているとは言えないようであるが、祖国の作曲家であるトゥヴィンをはじめとして、ステンハンマルやアルヴェーン、そしてゲーゼやホルンボーなど、北欧の知られざる作曲家の傑作の数々を広く世に認知させてきた功績は高く評価しなければならないのではないかと思われるところである。

確かに、誰も録音を行っていない楽曲は別として、1つ1つの演奏に限ってみれば、より優れた演奏が他に存在している場合が多いとも言えるが、それでも水準以上の演奏には仕上がっていると言えるところであり、巷間言われているような粗製濫造にはいささかも陥っていないと言えるのではないだろうか。

本盤に収められたヨハン・スヴェンセンの管弦楽作品集の第3弾については、そもそもいずれの楽曲も輸入盤でしか手に入らないものだけに、まさにネーメ・ヤルヴィの独壇場。

それだけに比較に値する演奏が稀少という意味において本演奏について公平な評価を下すことはなかなかに困難であるが、本演奏に虚心坦懐に耳を傾ける限りにおいては、いかにもネーメ・ヤルヴィならではの聴かせどころのツボを心得た語り口の巧さが光った名演奏と言うことができるところだ。

グリーグに自作の交響曲を封印させてしまったというエピソードを持つ、若きスヴェンセンの底知れぬ才能を、ネーメ・ヤルヴィの老練なタクトに統率されたベルゲン・フィルの名演奏により存分に堪能できる。

スヴェンセンは、グリーグとほぼ同時代に活躍した作曲家であるが、国外での活動が多かったこともあって、グリーグの作品ほどに民族色の濃さは感じられないと言える。

それでも、ネーメ・ヤルヴィは、各楽曲の曲想を明朗に描き出すとともに、巧みな表情づけを行うことによって、実に味わい深い演奏を行っていると言えるところであり、演奏全体に漂っている豊かな情感は、まさに北欧ノルウェーの音楽以外の何物ではないと言っても過言ではあるまい。

いずれにしても、本演奏は、第1弾、第2弾と同様にスヴェンセンの知られざる名作の数々に光を当てることに大きく貢献した素晴らしい名演と高く評価したい。

音質は、ネット配信によるものではあるが、十分に満足できる良好なものと評価したい。

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2015年05月27日


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ハルヴォルセンの管弦楽作品集が遂に完結を迎えるなど、盛り上がりを見せるエストニアの巨匠ネーメ・ヤルヴィとベルゲン・フィルの「ノルディック・プロジェクト」。

盟友グリーグと共にノルウェー・ロマンティシズムを確立し、2つの交響曲で北欧、ノルウェーのシンフォニストとして大きな成功を収めたスヴェンセン。

「ノルウェー」というキーワードで結ばれたトルルス・モルクが弾くチェロ協奏曲、ドイツ・ロマン派、ブラームス的なスタイルを感じさせながら、ノルウェーの民族的なリズムや旋律、抒情性が作品全体から湧き出る交響曲第2番。

ネーメ・ヤルヴィ&ベルゲン・フィルによるスヴェンセンの管弦楽作品集の第2弾の登場だ。

第1弾のレビューにも記したところであるが、ネーメ・ヤルヴィは録音当時75歳の高齢であり、近年では息子のパーヴォ・ヤルヴィの華々しい活躍の陰に隠れがちと言えなくもないが、それでも、果敢に新しいレパートリーの開拓に勤しむ飽くなき姿勢には、我々聴き手としてもただただ頭を下げざるを得ないところだ。

ネーメ・ヤルヴィに対しては、一部の評論家からは何でも屋のレッテルが貼られ、必ずしも芳しい評価がなされているとは言えないようであるが、祖国の作曲家であるトゥヴィンをはじめとして、ステンハンマルやアルヴェーン、そしてゲーゼやホルンボーなど、北欧の知られざる作曲家の傑作の数々を広く世に認知させてきた功績は高く評価しなければならないのではないかと思われるところである。

確かに、誰も録音を行っていない楽曲は別として、1つ1つの演奏に限ってみれば、より優れた演奏が他に存在している場合が多いとも言えるが、それでも水準以上の演奏には仕上がっていると言えるところであり、巷間言われているような粗製濫造にはいささかも陥っていないと言えるのではないだろうか。

本盤に収められたヨハン・スヴェンセンの管弦楽作品集の第2弾については、そもそもいずれの楽曲も輸入盤でしか手に入らないものだけに、まさにネーメ・ヤルヴィの独壇場。

筆者の所有CDで見ても、交響曲第2番については、ヤンソンス&オスロ・フィルによる名演(1987年)、その他の楽曲についてはアンデルセン&ベルゲン交響楽団による演奏(1988年)しか持ち合わせていない。

それ故、比較に値する演奏が稀少という意味において本演奏について公平な評価を下すことはなかなかに困難であるが、本演奏に虚心坦懐に耳を傾ける限りにおいては、いかにもネーメ・ヤルヴィならではの聴かせどころのツボを心得た語り口の巧さが光った名演奏と言うことができるところだ。

スヴェンセンは、グリーグとほぼ同時代に活躍した作曲家であるが、国外での活動が多かったこともあって、グリーグの作品ほどに民族色の濃さは感じられないと言える。

それでも、ネーメ・ヤルヴィは、各楽曲の曲想を明朗に描き出すとともに、巧みな表情づけを行うことによって、実に味わい深い演奏を行っていると言えるところであり、演奏全体に漂っている豊かな情感は、まさに北欧ノルウェーの音楽以外の何物でもないと言っても過言ではあるまい。

いずれにしても、本演奏は、第1弾と同様にスヴェンセンの知られざる名作の数々に光を当てることに大きく貢献した素晴らしい名演と高く評価したい。

今後は、スヴェンセンが作曲した2曲の交響曲のうちの第1番やヴァイオリン協奏曲なども録音がなされるのではないかとも考えられるが、続く第3弾にも大いに期待したいと考える。

音質は、従来CD盤ではあるが、十分に満足できる良好なものと評価したい。

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2015年04月17日


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現在、最も積極的にレコーディングに取り組んでいるパーヴォ・ヤルヴィであるが、楽曲によってオーケストラを巧みに使い分けているのが特色である。

その中でも、独墺系の作曲家による楽曲の演奏に際しては、原則としてフランクフルト放送交響楽団を起用することにしているようであり、ブルックナーの交響曲についても例外ではないと言えるところだ。

パーヴォ・ヤルヴィ&フランクフルト放送交響楽団によるブルックナーの交響曲の演奏に関しては、既に第5番、第7番、第9番が発売されているが、本盤に収められた第4番は第4弾となるものであり、待望の新盤と言えるものだ。

本盤においても、インバル時代の息吹を取り戻した名門オケの底力を示す、新時代のブルックナー解釈を打ち出している。

本演奏におけるパーヴォ・ヤルヴィによるアプローチは、第7番、第9番の演奏ように中庸のテンポをベースとして、楽想を精緻に、そして丁寧に描き出していくというものとは少し様相が異なっている。

何か特別な個性を発揮して、奇を衒った解釈を施すなどということがないという点においては共通しているが、むしろ、第5番の演奏のように、テンポはやや速めで、楽章毎のテンポの緩急を際立たせている点も特徴的であると言えるところであり、1990年代に入って一般化したブルックナーの交響曲の演奏様式の王道を行くオーソドックスな演奏とは異なった演奏とも言えるところだ。

もっとも、各楽器セクションのバランスの良い鳴らし方には出色のものがあり、いかなるトゥッティに差し掛かっても無機的な響きを出すということはなく、常に壮麗で懐の深い音色に満たされているのが素晴らしい。

また、緩徐楽章における旋律の数々もやや速めのテンポをとることによって、陳腐なロマンティシズムに陥ることを極力避けており、それでいて、どこをとっても格調の高さを失うことがないのが見事である。

ブルックナーの交響曲第4番のこれまでの名演としては、古くはヨッフム、そしてヴァントや朝比奈によって圧倒的な名演が成し遂げられてきており、これら大指揮者の深みのある演奏と比較して本演奏を云々するのは容易なことである。

しかしながら、必ずしもブルックナー指揮者とは言い難いパーヴォ・ヤルヴィが、同曲の曲想を丁寧に紐解き、これだけの見事な演奏を成し遂げたことにむしろ思いを致すべきであり、筆者としては、同曲の魅力を十二分に満喫することができるという意味において、素晴らしい名演と高く評価したいと考える。

経験を積んだ老齢の指揮者のみが名演を成し遂げるというイメージがあるブルックナーの交響曲であるが、そのイメージを覆さんばかりの勢いと鮮度を持つパーヴォ・ヤルヴィの演奏は、これまでの3作でも実証済みであり、聴き尽くされた交響曲が圧倒的な鮮度で蘇るさまは、まさにパーヴォならではと言えよう。

そして、本盤でさらに素晴らしいのは、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音である。

以前のチクルスでもそうであったが、パーヴォ・ヤルヴィによるアプローチが極上の高音質録音によって鮮明に再現されているのが見事であり、そうした音質の鮮明さといい、音圧の力強さといい、そして音場の拡がりといい、まさに申し分のないものであると考えられる。

いずれにしても、パーヴォ・ヤルヴィ&フランクフルト放送交響楽団による素晴らしい名演を、現在望み得る最高の鮮明な高音質SACDで味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2015年04月04日


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史上最高のレコーディング・アーティストと評されているのはかのヘルベルト・フォン・カラヤンであるが、そのカラヤンをも遥かに超える膨大なレコーディングを行っている指揮者が存在する。

既に70歳代後半を迎えているが、今なおレコーディングへの意欲をいささかも失っていないその指揮者こそはネーメ・ヤルヴィである。

最近はパーヴォもクリスチャンも大活躍のヤルヴィ一家であるが、レパートリーの広さ、演奏の迫力、膨大な録音量等、父親ネーメの存在感はまだまだ圧倒的だ。

特にオーケストラが大編成となる作品における手腕の見事さはさすがで、これまでにも数々の素晴らしい演奏を聴かせ、師ムラヴィンスキー譲りの巧みなオーケストラ・コントロールがまず注目されるところでもあり、その「鳴りの良さ」が、多くのオーケストラ・ファンの信頼を得てきている。

しかしながら、ネーメ・ヤルヴィに対しては、一部の毒舌の音楽評論家から「なんでも屋」であり、膨大なレコーディングは粗製濫造などといった罵詈雑言が浴びせられているが、それはいささか言い過ぎであると言えるところであり、確かに、他の指揮者を圧倒するような名演は殆ど皆無ではあるが、いずれの録音も水準以上の演奏に仕上がっているのではないかと考えられるところだ。

ネーメ・ヤルヴィの最大の功績は、これまでのレビューに紹介してきた通り、特に北欧の知られざる作曲家の作品を数多く録音して、広く世に知らしめたということであり、このことだけでも、後世に名を残すだけの名指揮者と言っても過言ではあるまい。

そのような膨大なレコーディングを行っているネーメ・ヤルヴィであるが、意外にもチャイコフスキーの3大バレエ音楽の録音は本盤が「眠れる森の美女」に続き2作目とのことである。

数年前にBISレーベルに水準の高いチャイコフスキーの交響曲全集を録音しているだけに意外な気もするが、それだけにネーメ・ヤルヴィとしても満を持して取り組んだ録音であると言うことができるだろう。

そして、本盤のバレエ音楽「白鳥の湖」の録音は、そうした我々の期待をいささかも裏切ることがない素晴らしい名演に仕上がっている。

3大バレエ音楽の中でも、「眠れる森の美女」や「くるみ割り人形」と比較すると全曲録音の点数が多い「白鳥の湖」であるが、本演奏は数ある名盤の中でも特筆すべき出来映えであると高く評価したい。

ネーメ・ヤルヴィのアプローチは、例によって聴かせどころのツボを心得たわかりやすさを信条とするもの。

交響曲ではなく、バレエ音楽だけに、このようなアプローチは理想的であり、チャイコフスキーならではの親しみやすい旋律に満たされた同曲の魅力を、我々聴き手は安定した気持ちで満喫することができるのが素晴らしい。

各場面の描き分けも秀逸であり、これまで数多くのレコーディングを手掛けてきたネーメ・ヤルヴィならではの演出巧者ぶりが十二分に発揮されている。

いずれにしても、本演奏は、演奏内容、そして音質面の両面において、極めて水準の高い素晴らしい名盤であると高く評価したいと考える。

ネーメ・ヤルヴィは、今後「くるみ割り人形」を録音するとのことであるが、実に楽しみである。

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2015年03月29日


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パーヴォ・ヤルヴィは、今や最も録音を活発に行っている指揮者と言えるだろう。

その数の多さもさることながら、楽曲の多種多様ぶりには驚かされるばかりである。

これは、パーヴォ・ヤルヴィが、父ネーメ・ヤルヴィ譲りの広範なレパートリーを誇っていることの証左であると考える。

ところが、不思議なのは、北欧エストニア出身の指揮者であるにもかかわらず、そして、父ネーメ・ヤルヴィが2度にわたってシベリウスの交響曲全集を録音しているにもかかわらず、シベリウスの交響曲を、現時点においても本盤に収められた第2番とクレルヴォしか録音していないということである。

しかも、それらの録音が、有名な人気作ではあるが、必ずしもシベリウスの交響曲の代表作とは言えない第2番と最も演奏される機会の少ないクレルヴォというのは、パーヴォ・ヤルヴィなりの独特の考え方があるのかもしれない。

いずれにしても、本盤の「第2」は、そうした残念な思いを補ってあまりあるほどの素晴らしい名演と高く評価したい。

本名演が素晴らしいのは、何よりもパーヴォ・ヤルヴィの表現が実に音楽性豊かであるという点である。

その棒さばきは、切れ味がよく、しかも北欧の雄大な自然が目の前に生き生きと甦って来るような演奏を繰り広げている。

オーケストラがよくコントロールされていて、フィンランドの景色を俯瞰的に見ているかのような印象を受ける。

パーヴォ・ヤルヴィは、曲想を精緻かつ丁寧に描き出しており、どこをとっても恣意的な解釈が聴かれず、音楽が自然体で滔々と流れていくのが素晴らしい。

特別な個性があるというわけではないが、スコアに記された音符のうわべだけを鳴らすという浅薄な演奏にはいささかも陥っておらず、どこをとっても情感の豊かさに満ち溢れているのが素晴らしい。

北欧の大自然を彷彿とさせるような繊細な抒情の表現にも秀逸なものがあり、シベリウスの内面的な部分とのバランスもよく、第2楽章の表現もなかなかにドラマティック。

終楽章の圧倒的な盛り上がりも圧巻の迫力であり、表現の幅はきわめて広いが、それでいて、管楽器、弦楽器そして打楽器ともに、荒っぽさを感じさせず、常にニュアンス豊かな奥行きのある演奏を繰り広げているのが見事である。

これは、パーヴォ・ヤルヴィの薫陶の下、最高のパフォーマンスを示したシンシナティ交響楽団の力量によるところが大きいと言わざるを得ない。

カップリングされているトゥビンの「第5」も、シベリウスと同様に豊かな音楽性が感じられる素晴らしい名演。

これはパーヴォ・ヤーヴィのオーソドックスでありながら、聴かせどころを盛り上げていく巧さが光っている。

同曲を収めたCDで、現在入手できるのは父ネーメ・ヤルヴィによる演奏のみであり、楽曲の質の高さの割には殆ど演奏されていない。

このような同曲の真価を広く認知させるという意味でも、本名演の登場は大いに歓迎されるべきであると考える。

マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音も、本盤の価値を大いに高める結果となっている点を忘れてはならない。

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2015年03月23日


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ネーメ・ヤルヴィによる、グリーグやスヴェンセンの少し後の世代のノルウェーの作曲家、ハルヴォルセンの管弦楽作品シリーズの第4弾の登場だ。

これまでの第1弾から第3弾までは、それぞれ交響曲を軸として、知る人ぞ知る名管弦楽作品を収めていたが、今般の第4弾では、すべて管弦楽作品で占められているのが特徴だ。

交響的間奏曲などを除くと、ノルウェー祝典序曲、ノルウェー狂詩曲、ノルウェー結婚行進曲など、楽曲の名称にノルウェーが付されている楽曲が中心であるが、いずれの楽曲も、ハルヴォルセンならではの北欧の白夜を思わせるような清澄な抒情に満ち溢れた逸品揃いである。

ネーメ・ヤルヴィについては、一部の口の悪い音楽評論家が、何でも屋であるとか、はたまた粗製濫造などと言った必ずしも芳しからざる評価を行っているが、本盤に収められた演奏を聴いていると、それが全く根拠のない罵詈雑言、誹謗中傷であると言えることが理解できるところだ。

近年では、息子のパーヴォ・ヤルヴィが、シンシナティ交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、パリ管弦楽団などを手中におさめて、広範なレパートリーを誇る数多くの録音を行っているが、ネーメ・ヤルヴィも、老いてもいささかもレコーディング活動への強い気持ちを失っていないのが素晴らしい。

特に、本盤に収められたハルヴォルセンや、既に第1弾、第2弾が発売されて好評を博しているスヴェンセンなどのような北欧の知られざる作曲家による名作を、多くの音楽ファンに知らしめてくれる功績は極めて大きいと言わざるを得ないだろう。

それに、前述のように、一部の評論家が批評するような、粗製濫造などということは全くなく、本盤に収められた各管弦楽作品の演奏についても、これまでの第1弾から第3弾までと同様に、素晴らしい名演と言えるのではないだろうか。

もちろん、比較の対象となる演奏が輸入盤を除いて殆ど存在していないだけに、本盤の演奏だけを聴いて、同曲の最も優れた演奏とするということについては躊躇をせざるを得ないが、聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりはネーメ・ヤルヴィならではのものであり、少なくとも、これらの知られざる名作の数々の魅力を、我々聴き手が安定した気持ちで味わうことができるという意味においては、十分に優れた名演と高く評価したいと考える。

音質も素晴らしい。

本盤については、シャンドス・レーベルにおいて、近年では一般化されつつあるSACDではないのが残念ではあるが、2010年から2011年の最新録音だけあって、十分に鮮明な素晴らしい音質であると言えるところであり、ネーメ・ヤルヴィ&ベルゲン・フィルによる素晴らしい名演を鮮明な音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2015年02月20日


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中堅指揮者の代表格となったパーヴォ・ヤルヴィの見通しのいい指揮ぶりと、シンシナティ交響楽団の高い機能性を堪能できる1枚で、明晰な「春の祭典」もさることながら、北欧のロマンに彩られたニールセンも秀逸である。

パーヴォ・ヤルヴィは、父ネーメ・ヤルヴィ譲りの非常にレパートリーの広い指揮者であるが、近年発売されるCDの多種多様ぶりには目を見張るばかりである。

しかも、どの演奏も水準の高い名演に仕上がっており、その音楽性の高さを考慮すれば、今や父ネーメ・ヤルヴィをも凌ぐ存在となったと言えるだろう。

本盤は、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」と、ニールセンの最高傑作との呼び声の高い交響曲第5番という異色のカップリングであるが、こうした点にも、パーヴォ・ヤルヴィの広範なレパートリーの一端を大いに感じることが可能だ。

演奏は、パーヴォ・ヤルヴィの豊かな音楽性を感じさせる素晴らしい名演だ。

確かに、バレエ音楽「春の祭典」で言えば、ブーレーズのようないわゆる前衛的な凄みであるとか、あるいはニールセンの交響曲第5番で言えば、ホーレンシュタインやデイヴィスのような個性的な解釈が施されているわけではない。

したがって、両曲ともに、それぞれ本盤を上回る名演がいくつもあるというのは否めない事実である。

しかしながら、両曲ともに、パーヴォ・ヤルヴィが手塩にかけて薫陶したシンシナティ交響楽団から好パフォーマンスを引き出し、オーケストラ演奏の醍醐味を満喫させてくれる点を高く評価したい。

「春の祭典」は、テラークの優秀録音と相俟って、作曲者が施したオーケストレーションの妙味が、不必要な力みを排しつつ、あますところなく再現されている。

鋭い音がぶつかり合う荒々しさや、聴き手を煽り立てる不協和音ばかりを強調する時代は終わった。

だからといって、20世紀初頭の音楽を精緻に分析するような演奏もどうかと思う。

パーヴォ・ヤルヴィはストラヴィンスキーの書いた不規則なリズムを、巧みに刻みながらスムーズな音楽に変えていく。

音の制御も見事で、オーケストラから刺激音ではなく、明るい音色と響きの分厚さや艶やかさを引き出してみせる。

「春の祭典」という扱いにくい材料を料理し、上質なサウンドに仕上げており、オケが鳴り切る醍醐味を堪能できる。

もちろん、音符の表面をなぞった軽薄な演奏にはいささかも陥っておらず、情感の豊かさ、内容の濃さが感じられるのが素晴らしく、ニールセンでは、忍びよる暗雲との激しい闘争が峻烈に描かれている。

これは、パーヴォ・ヤルヴィの類稀なる豊かな音楽性の勝利と言えるのかもしれない。

いずれにしても、演奏にはどこにも嫌味はなく、ゆったりとした気持ちで音楽に浸ることができるという意味では、本盤はかなり上位にランキングされる名演と言うこともできるだろう。

パーヴォ・ヤルヴィの確かな統率の下、シンシナティ交響楽団の好演ぶりも特筆すべきで、本演奏に華を添えている。

マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音も、本盤の価値を高めるのに大きく貢献している。

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2015年02月18日


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先般CD3枚にも及ぶヨハン・ハルヴォルセンの管弦楽作品集をスタジオ録音したネーメ・ヤルヴィであるが、今度は同じくノルウェーの作曲家、ヨハン・スヴェンセンの管弦楽作品集をスタジオ録音した。

ネーメ・ヤルヴィは録音当時74歳の高齢であり、近年では息子のパーヴォ・ヤルヴィの華々しい活躍の陰に隠れがちと言えなくもないが、それでも、果敢に新しいレパートリーの開拓に勤しむ飽くなき姿勢には、我々聴き手としてもただただ頭を下げざるを得ないところだ。

ネーメ・ヤルヴィに対しては、一部の評論家からは何でも屋のレッテルが貼られ、必ずしも芳しい評価がなされているとはいえないようであるが、祖国の作曲家であるトゥヴィンをはじめとして、ステンハンマルやアルヴェーン、そしてゲーゼやホルンボーなど、北欧の知られざる作曲家の傑作の数々を広く世に認知させてきた功績は高く評価しなければならないのではないかと思われるところである。

確かに、誰も録音を行っていない楽曲は別として、1つ1つの演奏に限ってみれば、より優れた演奏が他に存在している場合が多いとも言えるが、それでも水準以上の演奏には仕上がっていると言えるところであり、巷間言われているような粗製濫造にはいささかも陥っていないと言えるのではないだろうか。

本盤におさめられたヨハン・スヴェンセンの管弦楽作品集については、そもそもいずれの楽曲も輸入盤でしか手に入らないものだけに、まさにネーメ・ヤルヴィの独壇場。

筆者の所有CDで見ても、アンデルセン&ベルゲン交響楽団による演奏(1988年)しか持ち合わせておらず、比較に値する演奏が稀少という意味において本演奏について公平な評価を下すことはなかなかに困難であるが、本演奏に虚心坦懐に耳を傾ける限りにおいては、いかにもネーメ・ヤルヴィならではの聴かせどころのツボを心得た語り口の巧さが光った名演奏と言うことができるところだ。

スヴェンセンは、グリーグとほぼ同時代に活躍した作曲家であるが、国外での活動が多かったこともあって、グリーグの作品ほどに民族色の濃さは感じられないと言える。

それでも、ネーメ・ヤルヴィは、各楽曲の曲想を明朗に描き出すとともに、巧みな表情づけを行うことによって、実に味わい深い演奏を行っていると言えるところであり、演奏全体に漂っている豊かな情感は、まさに北欧ノルウェーの音楽以外の何物ではないと言っても過言ではあるまい。

いずれにしても、本演奏は、スヴェンセンの知られざる名作の数々に光を当てることに大きく貢献した素晴らしい名演と高く評価したい。

今後は、スヴェンセンが作曲した2曲の交響曲やヴァイオリン協奏曲なども録音がなされるのではないかとも考えられるが、続編に大いに期待したいと考える。

音質は、従来CD盤ではあるが、十分に満足できる良好なものと評価したい。

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2015年02月17日


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ハルヴォルセンの管弦楽作品集の第3弾であるが、第1弾及び第2弾と同様に、知る人ぞ知る作曲家の名作を広く認知させるのに大きく貢献する素晴らしい名演だ。

ネーメ・ヤルヴィは、広範なレパートリーを誇る指揮者であり、一般にはあまり知られていない作品などについても数多く録音してきた。

ただ、そのすべてが名演というわけではなく、一部の作品の演奏については粗製濫造との批判があったのも事実である。

しかしながら、北欧の作曲家の作品については、ヤルヴィ自身が北欧エストニア出身ということもあり、当たり外れが殆どない名演揃いであると言えよう。

本盤も、そうしたヤルヴィ得意の北欧の作曲家の作品だけに、第1集及び第2集に劣らない名演を成し遂げている。

ハルヴォルセンは、やや前の世代のグリーグと比較すると、ノルウェー国内は別としてその作品は殆ど認知されておらず、知る人ぞ知る存在に甘んじている。

作品の質の高さ、とりわけ交響曲などの大規模な作品については、グリーグを上回る事績を遺しているにもかかわらず、現在においてもそのような存在にとどめおかれているというのは、大変残念な事態であると言えるだろう。

本盤には、ハルヴォルセンが作曲した最後の交響曲である第3番を軸として、世界初録音となる「黒鳥」や「カラスの森のワタリガラスの結婚」をはじめ、管弦楽の小品が収められているが、いずれも、グリーグ以上に北欧の大自然を彷彿とさせる親しみやすい旋律の数々が盛り込まれた名作揃いである。

特に、交響曲第3番については、ハルヴォルセン自身が抒情交響曲と称したことからもわかるように、北欧の白夜を思わせるような繊細な抒情に満ち溢れた美しい旋律が満載の作品であるが、ヤルヴィは、聴かせどころのツボを心得た見事な演奏を行っているのが素晴らしい。

とりわけ第2楽章のような抒情的な箇所では心を込め抜いて歌い抜くなど、情感の豊かさにおいてもいささかの不足はない。

「黒鳥」、「結婚行進曲」、「カラスの森のワタリガラスの結婚」、「フォッセグリム」といった各小品も、北欧音楽を得意とするヤルヴィの面目躍如たる名演に仕上がっているが、特に素晴らしいのは、「フォッセグリム」と「ベルゲンシアーナ」であろう。

これら両曲を構成する各組曲や変奏曲を巧みに描き分け、楽曲全体を的確に纏めあげているのは、今や老匠となったヤルヴィならではの卓越した至芸である。

録音も鮮明であり、素晴らしい音質であると評価したい。

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ネーメ・ヤルヴィ&ベルゲン・フィルによるヨハン・ハルヴォルセン(1864-1935)の管弦楽曲集の第2弾であるが、第1弾に優るとも劣らない名演だ。

ハルヴォルセンは、エドヴァルド・グリーグ(1843-1907)の後継者としてノルウェー楽壇を支えた、フィンランドのヤン・シベリウス(1865-1957)やデンマークのカール・ニールセン(1865-1931)と同世代の音楽家である。

ヤルヴィは、若い頃から、特に北欧の知られざる作曲家の名作を熱心に録音してきたが、老いてもなおそうした情熱を失わない姿勢に大いに敬意を表したい。

それにしても、ハルヴォルセンの管弦楽曲は実に親しみやすい。

どの曲も、北欧の大自然を彷彿とさせるような美しい抒情豊かな旋律に満ち溢れている。

ノルウェーの作曲家と言えば、同時代の作曲家グリーグばかりに光が当たっているが、その作品の質の高さにおいては、殆ど遜色がないと言えるのではなかろうか。

第1集には「仮面舞踏会」からの組曲というニールセンと比較したくなってしまう作品があったが、この第2集はどうしてもグリーグと比較したくなってしまう作品集だ。

特に、本盤に収められた交響曲第2番は、グリーグが習作の域を出ない交響曲しか遺していないだけに、ハルヴォルセンの偉大さがよりクローズアップされる。

グリーグは、交響曲を1曲作ったものの、同時代のノルウェーの作曲家スヴェンセン(1840-1911)の作品を聴いてその交響曲を以後演奏しないこととしたほどで、この分野ではハルヴォルセンに分があったと言えるだろう。

「宿命」というベートーヴェンの「運命」、チャイコフスキーの「悲愴」などと同じモティーフで作られた非常に重厚感あふれる大曲である。

第1番もなかなかの名作ではあったが、第2番には、チャイコフスキーの後期3大交響曲に顕著に見られるような運命のモティーフを効果的に用いるなど、とてもノルウェーのローカルな作曲家の範疇にはおさまりきらないような傑作と言えるのではないか。

後期ロマン派から近代国民派において少々古典的な手法の交響曲であるが、ノルウェーにおいてグリークが満足に交響作品を生み出さなかった事を考えると、この作品は十分価値のある作品だと思う。

特に、3作品の内、当第2番はダイナミズム・規模とも第一級の交響曲と言えるだろう。

「ノルウェー舞曲」も、グリーグの作品も名作ではあったが、ハルヴォルセンのそれは、民族色の濃さにおいて、違った魅力がある。

「ノルウェーの旋律」も、ヴァイオリンのソロとオーケストラが巧みに融合された実に美しい作品だ。

いずれにしても、本盤は、ハルヴォルセンの再評価に繋がることについて、大いに期待を持てる名CDと高く評価したい。

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ネーメ・ヤルヴィは、きわめてレパートリーの広い指揮者であるが、若き頃より、特に北欧の知られざる作品を数多く録音してきた。

そのようなヤルヴィをなんでも屋であるなどと揶揄する批評も目にすることがよくあるが、殆どの指揮者が指揮することがない北欧の知られざる名曲を広く世に知らしめたという業績は、大きく称えざるを得ないのではないかと考える。

本盤も、そうしたヤルヴィの偉大な業績の1つと言える。

最近では、息子のパーヴォ・ヤルヴィが進境著しく、名演の数々を生み出していることから、ひと頃に比べると影が薄くなったきらいがないわけではないが、本盤のような名演を聴くと、老いてもなお健在であることがよくわかる。

フィンランドのヤン・シベリウス(1865-1957)やデンマークのカール・ニールセン(1865-1931)と同世代のノルウェーの作曲家ヨハン・ハルヴォルセン(1864-1935)は、まさしくエドヴァルド・グリーグ(1843-1907)の後継者と言える存在で、グリーグの姪を妻にした人でもある。

ハルヴォルセンは、そうしたグリーグとほぼ同時期のノルウェーの作曲家であるが、グリーグが国際的な認知を得ているのに対して、国際的には殆ど知られていないと言っても過言ではない。

元はヴァイオリニストとしてデビューし、グリーグが芸術監督を務めたベルゲン・フィル(当時はハーモニエンという名称だった)でコンサート・マスターを務めたうえ、その首席指揮者ともなり、また作曲家としても活躍して、国立劇場の音楽監督も務めた。

特に、グリーグがあまり得意としなかった交響曲などの大作の分野においては、本盤の交響曲第1番の充実ぶりを聴くと、一歩先んじていたのではないかとさえ思えるほどだ。

そして本盤に収められた各楽曲を聴くと、実に北欧風の親しみやすい旋律に満ち溢れた名作揃いであり、グリーグの諸作品と比較しても、作品の質が劣るとは必ずしも言えないのではないかとも考えられる。

一聴してみると、やはりシベリウスやニールセンのような、初めて聴いたときから惹きつけられるような感じがやや弱く、彼らと同等の世界的知名度を得るには至らなかった理由がなんとなくわかる気もしてくるが、そうした比較をせずに何度か聴いているとそのうち独自の魅力を感じられるようになってくる。

演奏内容も、いずれもヤルヴィならではの聴かせどころのツボを心得た名演であり、ハルヴォルセンの知られざる名作の数々を広く世に知らしめるという意味でも、きわめて意義の大きい素晴らしいCDの登場であり、高く評価したい。

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2015年01月19日


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ラフマニノフの第2番は、今や最も人気のある交響曲と言えるだろう。

30年ほど前までは、ロシア系の指揮者は別として、プレヴィンなどの一部のラフマニノフを信奉する指揮者のみによる演奏に限られていたことを考えると隔世の感がある。

プレヴィンによる完全全曲版の復刻というのも大きいとは言えるが、マーラーブームの到来などにより、重厚長大な交響曲に対する聴き手のアレルギーが相当程度払拭されたことも、その理由の1つではないかと考える。

もちろん、テレビドラマにおいて、第3楽章の名旋律が使用されたことを理由に掲げることに躊躇するつもりはない。

いずれにしても、演奏に60分程度を要する重厚長大な交響曲ではあるが、ロシアの悠久の大地を思わせるような壮大なスケールや、ロシアへの郷愁が漂うメランコリックな旋律の美しさなど、同曲の持つ魅力が、現在の圧倒的な人気を勝ち取る原動力となっていることに疑問を差し挟む余地はないのではないか。

これだけの人気曲だけに、現在においてはあまたの名演が生み出されているが、それらの性格を分析すると、大きく2つに分類できるのではないかと考える。

それは、ロシア風の民族色を全面に打ち出した演奏と、純音楽的な洗練された美しさを誇る演奏の2つであり、前者は、主としてスヴェトラーノフやゲルギエフ(特に、ロンドン響との2008年盤)などによる名演、後者はデュトワやラトルなどによる名演が掲げられる。

プレヴィンやオーマンディなどの名演は、これらの中間に分類されると言えるのかもしれない。

それでは、本盤のパーヴォ・ヤルヴィの歌心あふれる心打つ演奏はどのように分類すべきであろうか。

筆者としては、デュトワやラトルの名演に繋がる純音楽的な名演と高く評価したい。

パーヴォ・ヤルヴィのアプローチは、例によって、曲想を精緻に、そして情感豊かに描き出していくというものだ。

したがって、ロシア風の民族色をやたら強調したり、聴き手を驚かすような特別な個性的解釈を施すことはいささかもないが、楽曲の魅力を自然体で表現し、聴き手がゆったりとした気持ちでその魅力を味わうことができる点を高く評価したい。

このような名演を可能にしたのは、パーヴォ・ヤルヴィの類稀なる豊かな音楽性と、パーヴォ・ヤルヴィの薫陶により好パフォーマンスを示したシンシナティ交響楽団の卓抜した技量の賜物であると考える。

マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音も、本名演の価値を高めるのに大きく貢献している。

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2014年12月10日


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史上最高のレコーディング・アーティストと評されているのは、かのヘルベルト・フォン・カラヤンであるが、そのカラヤンをも遥かに超える膨大なレコーディングを行っている指揮者が存在する。

既に75歳になっているが、今なおレコーディングへの意欲をいささかも失っていないその指揮者こそはネーメ・ヤルヴィである。

ネーメ・ヤルヴィに対しては、一部の毒舌の音楽評論家から「なんでも屋」であり、膨大なレコーディングは粗製濫造などと言った罵詈雑言が浴びせられているが、それはいささか言い過ぎであると言えるところであり、確かに、他の指揮者を圧倒するような名演は殆ど皆無ではあるが、いずれの録音も水準以上の演奏に仕上がっているのではないかと考えられるところだ。

ネーメ・ヤルヴィの最大の功績は、特に北欧の知られざる作曲家の作品を数多く録音して、広く世に知らしめたということであり、このことだけでも、後世に名を残すだけの名指揮者と言っても過言ではあるまい。

そのような膨大なレコーディングを行っているネーメ・ヤルヴィであるが、意外にもチャイコフスキーの3大バレエ音楽の録音は本盤が初めてとのことである。

数年前にBISレーベルに水準の高いチャイコフスキーの交響曲全集を録音しているだけに意外な気もするが、それだけにネーメ・ヤルヴィとしても満を持して取り組む録音であると言うことができるだろう。

そして、本盤のバレエ音楽「眠れる森の美女」の録音は、そうした我々の期待をいささかも裏切ることがない素晴らしい名演に仕上がっている。

3大バレエ音楽の中でも、「白鳥の湖」や「くるみ割り人形」と比較すると全曲録音の点数がかなり少ない「眠れる森の美女」であるだけに、本演奏は極めて貴重な存在とも言える。

ヤルヴィのアプローチは、例によって聴かせどころのツボを心得たわかりやすさを信条とするもの。

交響曲ではなく、バレエ音楽だけに、このようなアプローチは理想的であり、チャイコフスキーならではの親しみやすい旋律に満たされた同曲の魅力を、我々聴き手は安定した気持ちで満喫することができるのが素晴らしい。

各場面の描き分けも秀逸であり、これまで数多くのレコーディングを手掛けてきたネーメ・ヤルヴィならではの演出巧者ぶりが十二分に発揮されている。

ネーメ・ヤルヴィは、本盤を皮切りとして、今後、「白鳥の湖」と「くるみ割り人形」を録音するとのことであるが、実に楽しみである。

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2014年10月24日


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先般CD3枚にも及ぶヨハン・ハルヴォルセンの管弦楽作品集をスタジオ録音したネーメ・ヤルヴィであるが、今度は同じくノルウェーの作曲家、ヨハン・スヴェンセンの交響曲のスタジオ録音に着手した。

ネーメ・ヤルヴィはかなりの高齢であり、近年では息子のパーヴォ・ヤルヴィの華々しい活躍の陰に隠れがちと言えなくもないが、それでも、果敢に新しいレパートリーの開拓に勤しむ飽くなき姿勢には、我々聴き手としてもただただ頭を下げざるを得ないところだ。

ネーメ・ヤルヴィに対しては、一部の評論家からは何でも屋のレッテルが貼られ、必ずしも芳しい評価がなされているとはいえないようであるが、祖国の作曲家であるトゥヴィンをはじめとして、ステンハンマルやアルヴェーン、そしてゲーゼやホルンボーなど、北欧の知られざる作曲家の傑作の数々を広く世に認知させてきた功績は高く評価しなければならないのではないかと思われるところである。

確かに、誰も録音を行っていない楽曲は別として、1つ1つの演奏に限ってみれば、より優れた演奏が他に存在している場合が多いとも言えるが、それでも水準以上の演奏には仕上がっていると言えるところであり、巷間言われているような粗製濫造にはいささかも陥っていないと言えるのではないだろうか。

本盤に収められたヨハン・スヴェンセンの交響曲については、そもそもいずれの楽曲も輸入盤でしか手に入らないものだけに、まさにネーメ・ヤルヴィの独壇場。

他に比較に値する演奏が稀少という意味において本演奏について公平な評価を下すことはなかなかに困難であるが、本演奏に虚心坦懐に耳を傾ける限りにおいては、いかにもネーメ・ヤルヴィならではの聴かせどころのツボを心得た語り口の巧さが光った名演奏と言うことができるところだ。

スヴェンセンは、グリーグとほぼ同時代に活躍した作曲家であるが、国外での活動が多かったこともあって、グリーグの作品ほどに民族色の濃さは感じられない。

それでも、ネーメ・ヤルヴィは、各楽曲の曲想を明朗に描き出すとともに、巧みな表情づけを行うことによって、実に味わい深い演奏を行っていると言えるところであり、演奏全体に漂っている豊かな情感は、まさに北欧ノルウェーの音楽以外の何物ではないと言っても過言ではあるまい。

いずれにしても、本演奏は、スヴェンセンの知られざる名作の数々に光を当てることに大きく貢献した素晴らしい名演と高く評価したい。

今後は、スヴェンセンが作曲した管弦楽曲やヴァイオリン協奏曲なども録音がなされるのではないかとも考えられるが、続編に大いに期待したいと考える。

音質は、従来CD盤ではあるが、十分に満足できる良好なものと評価したい。

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2014年08月27日


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劇音楽「ロミオとジュリエット」は、コマーシャルなどでも採り上げられたこともあり、今やプロコフィエフの最も人気のある作品と言えるのではないか。

かつては、マゼール&クリーヴランド管弦楽団による超名演が独り勝ちの時代もあったのだが、最近ではLPのCD化も含め、数多くのCDが発売されてきているように思われる。

プロコフィエフを決して評価していなかったとも言われるムラヴィンスキーも、来日時のライヴ録音を含め数点のCDが発売されているし、ゲルギエフは2度にわたって全曲録音を行っている。

スクロヴァチェフスキやアバド、小澤(全曲版)、デュトワなどの質の高いCDもあるなど、名演には事欠かない状況となっている。

本盤のパーヴォ・ヤルヴィによる演奏も、これら古今東西の名演にも決して引けをとらない名演と高く評価したい。

全曲版ではないが、第1〜3組曲を収録するなど聴きどころとなる楽曲はすべて収められており、鑑賞するのには、この程度の長さがちょうどいいのではないかとも考えられる。

パーヴォ・ヤルヴィは、例によって、曲想を精緻に丁寧に描き出していく。

プロコフィエフの管弦楽法には不協和音を駆使したいわゆる音の濁りがあるのだが、そうしたものも含め、スコアに記された音符をすべて明瞭にバランス良く鳴らすことに腐心しているかのようだ。

では、単に音符のうわべだけを取り繕った薄味の演奏かというと、決してそのようなことはなく、どこをとってもコクのある情感豊かな音楽が構築されているのが素晴らしい。

また、各組曲を構成する楽曲毎の描き分けも実に巧みに行っており、パーヴォ・ヤルヴィの演出巧者ぶりが存分に発揮されている。

このような純音楽的なアプローチによる名演を聴いていると、あらためてパーヴォ・ヤルヴィの類稀なる音楽性の豊かさとともに、前途洋々たる将来性を大いに感じるのである。

シンシナティ交響楽団も、各管楽器奏者や弦楽器奏者の技量といい、音色の美しさといい、最高のパフォーマンスを示している。

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2014年02月13日


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先ずは、有名なバルトークの管弦楽のための協奏曲と、知る人ぞ知るルトスワフスキによる同名の楽曲をカップリングしたセンスの良さを高く評価したい。

大方の指揮者は、バルトークの管弦楽のための協奏曲と組み合わせる楽曲は、弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽や「中国の不思議な役人」組曲など、バルトークが作曲した有名曲であるのが通例であるが、敢えて、このような特異なカップリングを行ったところに、前述のようなセンスの良さとともに、父ネーメ・ヤルヴィ譲りの広範なレパートリーを誇る指揮者の面目躍如たるものがあると考える。

演奏も、これまた素晴らしい名演と高く評価したい。

パーヴォ・ヤルヴィのアプローチは、何か特別な個性があるわけではなく、聴き手を驚かすような奇を衒ったような演奏はいささかも行っていない。

では、没個性的で内容のない浅薄な演奏かというと、決してそのようなことはないのである。

要は、恣意的な解釈を施すことを一貫して避けていると言うことであり、その結果、嫌みのない、あざとさのない自然体の美しい音楽が醸成されるのに繋がっている。

そして、細部に至るまでニュアンスが豊かであり、どこをとっても豊かな情感に満たされているのが素晴らしい。

もちろん、ルトスワフスキの第1楽章及び終楽章、ファンファーレなどに聴かれるように強靭な力強さにもいささかの不足はなく、パーヴォ・ヤルヴィの卓越した表現力の幅の広さを感じさせてくれるのも見事である。

バルトークの管弦楽のための協奏曲には、ライナーやオーマンディ、セル、ショルティなどのハンガリー系の指揮者による名演や、カラヤンなどによる演出巧者ぶりが発揮された名演が目白押しであるが、ルトスワフスキの作品も含め、ゆったりとした気持ちで音楽それ自体の魅力を満喫させてくれるという意味においては、本演奏を過去の名演と比較しても上位に掲げることにいささかの躊躇もしない。

これは、まさに、パーヴォ・ヤルヴィの類稀なる豊かな音楽性の勝利と言えるだろう。

シンシナティ交響楽団も卓越した技量を示しているのも素晴らしい。

なお本作は同一音源でハイブリッドSACD盤もリリースされている(未聴)が、こちらのCD盤でも充分なクオリティで聴ける。

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2014年02月12日


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本盤は、ドヴォルザークの「第9」とマルティヌーの「第2」という、チェコの作曲家による名作をカップリングしているが、いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

特に、マルティヌーの「第2」については、チェコ出身の指揮者やオーケストラ以外ではあまり演奏がなされていないこともあり、このカップリングは大いに歓迎すべきだと考える。

これは、父ネーメ・ヤルヴィ譲りの広範なレパートリーを誇るパーヴォ・ヤルヴィの面目躍如たるものと言えるだろう。

両曲ともに、いわゆるチェコの民族色を全面に打ち出した演奏ではなく、曲想を精緻に丁寧に描き出していくという純音楽的な演奏ということができる。

恣意的な解釈は薬にしたくもなく、どこをとっても嫌みのない情感の豊かな音楽が滔々と流れていく。

したがって、これらの楽曲に、チェコ風の民族色豊かな演奏を期待する聴き手にとっては、肩透かしを喰らうことにもなりかねないと思われるが、音楽自体が有する魅力を深い呼吸の下でゆったりとした気持ちで満喫することができるという意味においては、古今東西の様々な名演と比較しても、十分に存在意義がある名演と言える。

そして、本演奏において何よりも素晴らしいのは、シンシナティ交響楽団の好パフォーマンスであろう。

かつては、必ずしも一流とは言えなかったシンシナティ交響楽団であるが、パーヴォ・ヤルヴィの薫陶によって、数々の素晴らしい演奏を繰り広げるようになってきている。

このコンビによるかなりの点数にのぼる既発売CDの演奏の水準の高さが、それを如実に物語っているが、本盤においても、そうした薫陶の成果が存分に発揮されている。

管楽器や弦楽器、そして打楽器の技量には卓抜としたものがあり、両曲を名演たらしめるのに大きく貢献していることを忘れてはならない。

また、テラークによる極上の高音質録音によって、パーヴォ・ヤルヴィによる精緻なアプローチが鮮明に再現されている点も大いに歓迎したい。

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2014年02月03日


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パーヴォ・ヤルヴィの勢いは今や誰もとどめることができない。

彼は、シンシナティ交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、ドイツ・カンマーフィル、パリ管弦楽団を手中におさめており、これらのオーケストラを作曲家毎に振り分けるという何とも贅沢なことをやってのけている。

そして、そのレパートリーの幅広さたるや、父親であるネーメ・ヤルヴィも顔負けであり、今や、人気面において指揮界のリーダー格とされるラトル、ゲルギエフ、ヤンソンスの3強の一角に喰い込むだけの華々しい活躍をしている。

パーヴォ・ヤルヴィがドイツ・カンマーフィルを起用する際には、当然のことながら、いわゆるピリオド奏法に適した楽曲を演奏しており、既に完成させたベートーヴェンの交響曲全集やピアノ協奏曲全集に次いで、現在では、シューマンの交響曲全集の録音に取り組んでいるところだ。

第1番及び第3番が既発売であり、それはピリオド奏法を十分に生かした斬新とも言えるアプローチが特徴の演奏であり、パーヴォ・ヤルヴィの底知れぬ才能と現代的な感覚、センスの鋭さが光る素晴らしい名演であった。

本盤は、その続編として久しぶりに登場したものであるが、収録曲は交響曲第2番を軸として、「マンフレッド」序曲などの有名な序曲である。いずれも、第1番&第3番に勝るとも劣らぬ素晴らしい名演であると高く評価したい。

本演奏でも、ピリオド奏法は相変わらずであるが、それを十全に活かし切ったパーヴォ・ヤルヴィの個性的なアプローチが実に芸術的とも言える光彩を放っており、これまで同曲を様々な指揮者による演奏で聴いてきたコアはクラシック音楽ファンにも、新鮮さを感じさせる演奏に仕上がっている。

ピリオド奏法やピリオド楽器を使用した演奏の中には、学究的には見るべきものがあったとしても、芸術性をどこかに置き忘れたような軽妙浮薄な演奏も散見されるが、パーヴォ・ヤルヴィの個性的なアプローチには、常に芸術性に裏打ちがなされており、そうした軽妙浮薄な演奏とは一線を画しているとさえ言えるだろう。

思い切ったテンポの振幅、アッチェレランドの駆使、ダイナミックレンジの極端な取り方など、その仕掛けの多さは尋常ならざるものがあるが、これだけ同曲の魅力を堪能させてくれれば文句は言えまい。

いずれにしても、本盤の各曲の演奏は、近年のパーヴォ・ヤルヴィの充実ぶりを如実に反映させた素晴らしい名演であり、加えて、いわゆるピリオド奏法による演奏としては、最高峰に掲げてもあながち言い過ぎとは言えない圧倒的な名演と高く評価したい。

そして、残る第4番の録音を期待する聴き手は筆者だけではあるまい。

音質は、これまた素晴らしい。

特に、最近では珍しくなったマルチチャンネル付のSACDは、臨場感溢れるものであり、各楽器セクションが明瞭に分離して聴こえることによって、ピリオド奏法の面白さが倍加するという効用もあると言えるところだ。

いずれにしても、パーヴォ・ヤルヴィ&ドイツ・カンマーフィルによる素晴らしい名演をマルチチャンネル付のSACD盤で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2013年11月16日


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録音は今から約5年前のものであるが、素晴らしい名演だ。

ヤルヴィは、手兵ドイツ・カンマーフィルとともにベートーヴェンの交響曲全集の名演を成し遂げているし、仲道郁代は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集の名演を成し遂げている。

その意味では、両者ともにベートーヴェン演奏に多大なる実績を有するとともに、相当なる自信と確信を持ち合わせて臨んだ録音でもあり、演奏全体にも、そうした自信・確信に裏打ちされたある種の風格が漂っているのを大いに感じさせる。

オーケストラは、いわゆる一部にピリオド楽器を使用した古楽器奏法であり、随所における思い切ったアクセントや強弱の変化にその片鱗を感じさせるが、あざとさを感じさせないのは、ヤルヴィの指揮者としてのセンスの良さや才能、そして芸格の高さの証左と言える。

第1番は、第1楽章冒頭をソフトに開始。

しかしながら、すぐに強靭な力奏に変転するが、この変わり身の俊敏さは、いかにもヤルヴィならではの抜群のセンスの良さと言える。

仲道のピアノも、透明感溢れる美音で応え、オーケストラともどもこれ以上は求め得ない優美さを湛えている。

それでいて、力強さにおいてもいささかも不足もなく、ヤルヴィも無機的になる寸前に至るまでオーケストラを最強奏させているが、力みはいささかも感じさせることはない。

第2楽章は、とにかく美しい情感豊かな音楽が連続するが、ヤルヴィも仲道も、音楽を奏でることの平安な喜びに満ち溢れているかのようだ。

終楽章は一転して、仲道の強靭な打鍵で開始。

ヤルヴィもオーケストラの最強奏で応え、大団円に向かってしゃにむに突き進んでいく。

後半の雷鳴のようなティンパニや終結部の力奏などは圧巻の迫力だ。

それでいて、軽快なリズム感や優美さを損なうことはなく、センス満点のコクのある音楽はここでも健在である。

第2番は、第1楽章冒頭の何という美しさ。

特に、弦楽器のつややかな響きには抗し難い魅力がある。

仲道のピアノも、実に格調高く、強靭な打鍵から繊細な抒情に至るまで表現の幅は著しく広い。

そして、ヤルヴィと仲道の息の合った絶妙なコンビネーションが、至高・至純の音楽を作り出している。

カデンツァの格調高い堂々たるピアニズムは、仲道のベートーヴェン弾きとしての円熟の表れとして高く評価したい。

第2楽章は、第1番の第2楽章と同様に、とにかく美しいとしか言いようがない情感豊かな音楽が連続する。

仲道の落ち着き払ったピアノの透明感溢れる美しい響きには、身も心もとろけてしまいそうだ。

終楽章は、疾風の如きハイスピードだ。

それでいて、オーケストラのアンサンブルにいささかの乱れもなく、仲道の天馬空を行く軽快にして典雅なピアノとの相性も抜群だ。

終結部の若干テンポを落とした終わり方も、センス満点である。

ピアノと管弦楽のためのロンドは、あまり知られていない作品ではあるが、ヤルヴィや仲道の演奏を聴いていると、実に魅力的な作品に変貌する。

両者の相性の良さが演奏全体を支配しており、緩急自在のテンポ設定といい、強弱の思い切った変化といい、ヤルヴィも仲道も、それぞれが自由闊達な表現を行っているのに、音楽全体の造型がいささかも弛緩しないのは驚異的な至芸と言える。

そして、第4番であるが、第1楽章は、これまでの諸曲と異なり、実に巨匠風の重々しさで開始される。

仲道の落ち着き払ったピアノもそうであるし、ヤルヴィの雄渾な指揮ぶりもそうだ。

それでいて、時折聴くことができる仲道の透明感溢れる繊細で美しいピアノタッチが、そうした重々しさをいささかでも緩和し、いい意味でのバランスのとれた演奏に止揚している点も見過ごしてはならない。

第2楽章は、さらに重々しく、あたかもベートーヴェンの心底を抉り出していくような深みは、我々聴き手の肺腑を打つのには十分だ。

そして、終楽章はやや速めのテンポで進行し、これまでの諸曲を凌駕するような圧倒的なダイナミズムと熱狂のうちに、全曲を締めくくるのである。

さらに本盤は、他のSACDでもなかなか聴くことができないような鮮明な極上の超高音質録音である。

しかも、マルチチャンネルが付いているので、音場の拡がりには圧倒的なものがあり、ピアノやオーケストラの位置関係さえもがわかるほどだ。

ピアノの透明感溢れる美麗さといい、オーケストラの美しい響きといい、本盤の価値をきわめて高いレベルに押し上げるのに大きく貢献していると評価したい。

ライナー・ノーツの平野昭氏による解説も素晴らしい。

最近のライナー・ノーツは、経費節減という側面もあるのだろうが、粗悪で内容の薄いものが氾濫している。

その意味では、本盤の平野氏の詳細な演奏内容の分析を加えたライナー・ノーツは、そうした嘆かわしい傾向に一石を投ずるものとして高く評価したい。

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2013年10月31日


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ラヴェルの有名な管弦楽曲を収めたCDであるが、いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

ラヴェルの管弦楽曲は、その光彩陸離たる華麗なオーケストレーションからきわめて人気が高く、これまで数多くの指揮者によって名演が成し遂げられてきた。

クリュイタンスやアンセルメ、マルティノン、デュトワなどのフランス系の指揮者によるフランス風のエスプリに満ち溢れた瀟洒な味わいのある名演、歌謡性豊かなジュリーニやアバドによる名演、ラヴェルの心眼を鋭く抉り出すようなインバルによる異色の名演、オーケストラ演奏の醍醐味を味わうことが可能なカラヤンによる重厚な名演など、多種多様な名演が目白押しである。

こうしたあまたの個性的な名演の中で、本盤のパーヴォ・ヤルヴィによる名演の特徴を掲げるとすれば、楽曲の魅力をダイレクトに表現した純音楽的な名演と言うことになるのではないだろうか。

パーヴォ・ヤルヴィは、同じく印象派のドビュッシーの管弦楽曲集で行ったアプローチと同様に、ラヴェルの光彩陸離たる華麗なオーケストレーションが施された曲想を精緻に、そして丁寧に描き出していく。

確かに、ここには聴き手を驚かすような特別な個性があるわけではなく、奇を衒ったり恣意的な解釈など薬にしたくもないが、どこをとっても豊かな情感に満ち溢れており、常にコクのあるニュアンス豊かな音楽が流れていく。

このような自然体とも言える純音楽的なアプローチによって、我々聴き手は、ラヴェルの光彩陸離たる華麗なオーケストレーションを深い呼吸の下で、ゆったりとした気持ちで満喫することができるのが素晴らしい。

これは、パーヴォ・ヤルヴィの類稀なる豊かな音楽性の証左である。

パーヴォ・ヤルヴィの薫陶を受けたシンシナティ交響楽団も、その圧倒的な統率の下、最高のパフォーマンスを示しており、金管楽器や木管楽器、そして弦楽器なども卓越した技量を披露しているのが素晴らしい。

また、このようなラヴェルの光彩陸離たる華麗なオーケストレーションを精緻に表現した名演を、マルチチャンネル付きのSACDという望み得る最高の鮮明な音質で味わえるという点についても、高く評価したい。

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2013年10月13日


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本盤にはストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」と「火の鳥」が収められているが、いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

パーヴォ・ヤルヴィは、バレエ音楽「春の祭典」についても、ニールセンの交響曲第5番とのカップリングにより録音を行っている(現在入手難)ので、これによって手兵シンシナティ交響楽団とともに、ストラヴィンスキーの3大バレエ音楽をすべて高音質録音で評価の高いテラークレーベルに録音したことになる。

パーヴォ・ヤルヴィのアプローチは、「春の祭典」で行ったものと何ら違いはない。

曲想を精緻に、そして丁寧に描き出していくというものであり、各楽器セクションをバランス良く鳴らしていくというものである。

それでいて、スコアに記された音符のうわべだけをなぞるだけの薄味な演奏にはいささかも失っておらず、どこをとっても情感の豊かさを失っていないのが見事である。

聴き手を驚かすような奇手を繰り出すことはいささかもなく、解釈自体はオーソドックスなものであるが、各場面の表情豊かな描き分けが実に巧みに行われており、演出巧者ぶりも如何なく発揮されている。

要は、ストラヴィンスキーの音楽の魅力をダイレクトに享受することが可能な演奏であり、聴き終えた後の充足感においても並々ならないものがある。

これは、まさしくパーヴォ・ヤルヴィの豊かな才能と音楽性の勝利と言えるだろう。

シンシナティ交響楽団もパーヴォ・ヤルヴィの統率の下卓越した技量を披露しており、その素晴らしい演奏は本名演に大きく貢献している点を忘れてはならない。

また、本盤が優れているのは、演奏内容のみならず、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音である。

ストラヴィンスキーの3大バレエ音楽は光彩陸離にして華麗なオーケストレーションで知られているが、それを精緻に表現したパーヴォ・ヤルヴィによる至高の名演を、現在望み得る最高の高音質SACDで味わうことができる意味は極めて大きいと言わざるを得ないだろう。

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2013年09月18日


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本盤は2009年秋に行われた、フランクフルト放送交響楽団の創設80周年記念コンサートでのライヴ録音である。

演奏は、パーヴォ・ヤルヴィの近年の充実ぶりをうかがわせる素晴らしい名演と高く評価したい。

パーヴォ・ヤルヴィは、父ネーメ・ヤルヴィと同様に、レパートリーが実に幅が広い。

ドイツ音楽からフランス音楽、ロシア音楽、東欧や北欧諸国の音楽に至るまで、あまりの広範さに唖然としてしまうほどだ。

しかも、レパートリー毎にオーケストラを使い分けているのも特徴であり、ベートーヴェンやシューマンの交響曲、協奏曲はドイツ・カンマー管弦楽団と、マーラーやブルックナーの交響曲はフランクフルト放送交響楽団と、そして、その他の楽曲はシンシナティ交響楽団と録音するというのが基本的な方針であるように思われる。

ブラームスも、既にピアノ協奏曲をフランクフルト放送交響楽団と録音しており、そうした方針の下、ドイツ・レクイエムも、フランクフルト放送交響楽団を起用したことになったのではないかと考えられる。

本演奏でのパーヴォ・ヤルヴィのアプローチは、ある意味では非常にオーソドックスなものと言える。

曲想を精緻に、そして丁寧に描き出して行くというものだ。

もちろん、スコアに記された音符の表層だけをなぞったような浅薄な演奏には陥っておらず、どこをとっても独特のニュアンスがあり、情感の豊かさを失っていないのが素晴らしい。

静謐さに満たされた同曲ではあるが、劇的な局面が時としてあらわれるのを特徴としており(例えば第2楽章及び第6楽章の中間部)、そのような局面における畳み掛けていくような気迫や生命力溢れる力強さは、圧巻の迫力を誇っているところであり、パーヴォ・ヤルヴィの表現力の幅の広さを大いに感じることが可能だ。

もっとも、そのような箇所においてもいささかも無機的には陥らず、常に透明感溢れる美しい響きが支配しているというのは、パーヴォ・ヤルヴィの豊かな音楽性の賜物と言えるだろう。

ソプラノのナタリー・デセイとバリトンのリュドヴィク・デジエも最高の歌唱を披露しており、世界的にも、その実力において高い評価を得ているスウェーデン放送合唱団も最高のパフォーマンスを示している。

音質も非常に鮮明かつ瑞々しささえ感じさせるほどの透明感にも満ち溢れており、HQCD化もある程度効果を発揮しているのではないかと考えられる。

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2013年08月24日


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ドビュッシーの有名な管弦楽曲を収めたCDであるが、いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

パーヴォ・ヤルヴィは、父ネーメ・ヤルヴィ譲りのきわめて広範なレパートリーを誇っている指揮者であるが、決して粗製濫造には陥らず、多種多様な楽曲のいずれについても水準の高い演奏を繰り広げているというのは、類稀なる才能の証左であると言えるところであり、現代における最も注目すべき指揮者との評価もあながち言い過ぎではないと思われる。

ドビュッシーの管弦楽曲については、フランス印象派を代表する楽曲であるだけに、マルティノン、アンセルメ、近年ではデュトワなどのフランス系の指揮者によるフランス風のエスプリに満ち溢れた瀟洒な味わいがある名演がもてはやされてきた。

また、フランス風とドイツ風を融合させたカラヤンによる重厚な名演や、豊かな歌謡性を全面に打ち出したアバドやジュリーニによる名演もあった。

これら海千山千の指揮者による個性的な名演と比較すると、パーヴォ・ヤルヴィの演奏には、聴き手を驚かせるような特別な個性があるというわけではない。

では、没個性的な演奏かというと、決してそのようなことがないのである。

ここでのパーヴォ・ヤルヴィのアプローチは、例によって精緻で丁寧に曲想を描き出していくというものである。

恣意的な解釈はいささかもなく、音楽も滔々と流れていくが、どこをとっても情感の豊かさを失っていないのが素晴らしい。

このように、持ち前の豊かな音楽性を発揮し、いわゆる自然体のアプローチを施すことによって、ドビュッシーの印象派ならではの精緻にして色彩感豊かなオーケストレーションの魅力をダイレクトに満喫することができるのが、何よりも本名演の最大の長所と言っても過言ではあるまい。

要は、聴き手がゆったりとした気持ちで音楽自体の素晴らしさを味わうことができるということであり、その意味では、本名演は、過去のいかなる名演にも決して劣っていないものと考える。

さらに、本盤が優れているのは、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音であり、ドビュッシーの精緻にして色彩感豊かなオーケストレーションを鮮明な音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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2013年08月22日


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ベルリオーズの幻想交響曲は、巧みなオーケストレーションや標題交響曲としてのドラマティックな展開の面白さなどから、古今東西の様々な指揮者によって、多種多様な個性的名演が繰り広げられてきた。

特に、フランス系の指揮者には必須のレパートリーであり、ミュンシュやクリュイタンス、モントゥーなどには、それぞれ複数の名演が遺されているほどだ。

また、ドイツ系の指揮者にも人気が高く、クレンペラーによる重厚な名演は今なお燦然と輝いているし、カラヤンも3度にわたって絢爛豪華な名演を成し遂げている。

鐘の音色にやや違和感があるが、ケーゲルによる心胆寒からしめるような演奏もあった。

その他にも、前衛的なブーレーズ(旧盤)による怪演、チョン・ミュンフンによる名演、2度にわたって名演を成し遂げた小澤など、名演には枚挙にいとまがない。

これだけ、数多くの指揮者による多種多様な名演が成し遂げられている理由としては、幻想交響曲にはオーケストラ演奏の醍醐味があるということになるのではないだろうか。

このような楽曲になると、パーヴォ・ヤルヴィの卓越した豊かな音楽性は、存分にその力を発揮する。

パーヴォ・ヤルヴィは、ベルリオーズの華麗なオーケストレーションを精緻に、そして丁寧に描き出して行く。

それでいて、スコアの音符の表層を取り繕った薄味の演奏には陥ることなく、どこをとっても豊かな情感に満たされているのが素晴らしい。

また、パーヴォ・ヤルヴィは、各楽章の描き分けを巧みに行うなど、演出巧者ぶりを存分に発揮しており、第1楽章及び終楽章におけるドラマティックな表現にも抜かりはないし、第4楽章の強靭さは圧倒的な迫力を誇っている。

いずれにしても、本演奏は、聴き手を驚かすような特別な個性のある演奏とは言い難いが、純音楽的なアプローチで楽曲の持つ魅力をダイレクトに表現するのに成功したという意味においては、素晴らしい名演と高く評価したい。

併録の劇的交響曲「ロミオとジュリエット」からの抜粋も、こうしたパーヴォ・ヤルヴィの演出巧者ぶりが発揮された名演であり、この演奏を聴いて、長大な同曲全曲を聴きたいと思った聴き手は筆者だけではあるまい。

そして何よりも素晴らしいのは、シンシナティ交響楽団の卓越した技量であり、管楽器も弦楽器も最高のパフォーマンスを示している。

録音も、テラークならではの極上の高音質録音であり、パーヴォ・ヤルヴィの精緻な演奏を鮮明な音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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2013年08月06日


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現在、最も積極的にレコーディングに取り組んでいるパーヴォ・ヤルヴィであるが、楽曲によってオーケストラを巧みに使い分けているのが特色である。

その中でも、独墺系の作曲家による楽曲の演奏に際しては、原則としてフランクフルト放送交響楽団を起用することにしているようであり、ブルックナーの交響曲についても例外ではない。

パーヴォ・ヤルヴィ&フランクフルト放送交響楽団によるブルックナーの交響曲の演奏に関しては、既に第7番及び第9番が発売されているが、本盤に収められた第5番は第3弾となるものであり、録音は2009年であるが、久しぶりの発売と言えるものだ。

本演奏におけるパーヴォ・ヤルヴィによるアプローチは、第7番や第9番の演奏のように中庸のテンポをベースとして、楽想を精緻に、そして丁寧に描き出していくというものとは少し様相が異なっている。

何か特別な個性を発揮して、奇を衒った解釈を施すなどということがないという点においては共通しているが、むしろ、テンポはやや速めで、楽章毎のテンポの緩急を際立たせている点も特徴的であり、1990年代に入って一般化したブルックナーの交響曲の演奏様式の王道を行くオーソドックスな演奏とは異なった演奏とも言えるところだ。

もっとも、各楽器セクションのバランスの良い鳴らし方には出色のものがあり、いかなるトゥッティに差し掛かっても無機的な響きを出すということはなく、常に壮麗で懐の深い音色に満たされているのが素晴らしい。

また、緩徐楽章における旋律の数々もやや速めのテンポをとることによって、陳腐なロマンティシズムに陥ることを極力避けており、それでいて、どこをとっても格調の高さを失うことがないのが見事である。

ブルックナーの交響曲第5番のこれまでの名演としては、古くはヨッフム、そしてヴァントや朝比奈によって圧倒的な名演が成し遂げられてきており、これら大指揮者の深みのある演奏と比較して本演奏を云々するのは容易なことである。

しかしながら、必ずしもブルックナー指揮者とは言い難いパーヴォ・ヤルヴィが、重厚長大な同曲の曲想を丁寧に紐解き、これだけの見事な演奏を成し遂げたことにむしろ思いを致すべきであり、筆者としては、同曲の魅力を十二分に満喫することができるという意味において、素晴らしい名演と高く評価したい。

そして、本盤でさらに素晴らしいのは、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音である。

交響曲第7番や第9番でもそうであったが、パーヴォ・ヤルヴィによるアプローチが極上の高音質録音によって鮮明に再現されているのが見事であり、そうした音質の鮮明さといい、音圧の力強さといい、そして音場の拡がりといい、まさに申し分のないものである。

いずれにしても、パーヴォ・ヤルヴィ&フランクフルト放送交響楽団による素晴らしい名演を、現在望み得る最高の鮮明な高音質SACDで味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2013年07月08日


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本盤は、プロコフィエフの交響曲第5番と組曲「キージェ中尉」の人気作を収めているが、いずれもそれぞれの楽曲の魅力を満喫させてくれる素晴らしい名演だ。

我々聴き手に、何と素晴らしい曲なのだろう、と思わせてくれるのが何よりも本名演の優れたところであり、このことは指揮者にとっても最高の栄誉であるとも言える。

まさに、パーヴォ・ヤルヴィの音楽性豊かな自然体のアプローチが功を奏していると言えるだろう。

これら両曲の演奏において、パーヴォ・ヤルヴィは、曲想を精緻に丁寧に描き出していく。

プロコフィエフの管弦楽法には独特のものがあり、これら両曲においても不協和音を駆使したいわゆる音の濁りというものが散見されるのだが、パーヴォ・ヤルヴィは、そうした不協和音についても、オブラートに包んだりはせずに、明瞭に音を響かせている。

したがって、プロコフィエフがスコアに記した音楽の全てを完全に鳴らし切ることにつとめていると言えよう。

では、単にスコアに記した音符を音化しただけの内容の薄い浅薄な演奏になっているのかというと、決してそのようなことにはなっていない。

演奏のどこをとってもコクがあり、豊かな情感に満ち溢れている。

ここに、パーヴォ・ヤルヴィの豊かな音楽性が感じられるところであり、聴き手は、深い呼吸の下にゆったりとした気持ちでプロコフィエフの魅力的な音楽を味わうことができるのだ。

確かに、この演奏には、ロシア風の民族色を全面に打ち出したあくの強さであるとか、聴き手を驚かせるような特別な個性があるわけではない。

しかしながら、楽曲の魅力をダイレクトに聴き手に伝えてくれるという意味においては、過去のいかなる名演と比較しても遜色のない名演と高く評価したい。

シンシナティ交響楽団も、パーヴォ・ヤルヴィの統率の下、最高のパフォーマンスを示しており、金管楽器や木管楽器なども色彩感溢れる素晴らしい音色を出しているのが素晴らしい。

これは、パーヴォ・ヤルヴィの薫陶の賜物と言っても過言ではあるまい。

極上の高音質録音も、本名演の価値をより一層高めていることも忘れてはならない。

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パーヴォ・ヤルヴィは、現代における最も注目すべき指揮者と言えるのではないか。

広範なレパートリーを誇る指揮者であり、発売されるCDの多種多様ぶりには大変驚かされるばかりであるが、決して器用貧乏には陥らず、発売されるCDのいずれもが水準の高い名演という点も、高く評価されるべきである。

本盤には、ムソルグスキーの代表作3曲が収められているが、いずれも素晴らしい名演だ。

冒頭に収められた交響詩「はげ山の一夜」は、畳み掛けていくような生命力溢れる力強さが見事であり、その怒涛のド迫力にはただただ圧倒されるのみである。

それでいて、荒っぽさなどは薬にしたくもなく、どこをとってもニュアンスが豊かであり、各楽器がいささかも無機的な音を出していないというのは、パーヴォ・ヤルヴィの類稀なる豊かな音楽性とともに、パーヴォ・ヤルヴィの圧倒的な統率の下、最高のパフォーマンスを示しているシンシナティ交響楽団の卓抜した技量の賜物であると言える。

また、組曲「展覧会の絵」においてパーヴォ・ヤルヴィは、曲想を精緻に、そして情感豊かに描き出していく。

それでいて、各組曲毎の描き分けを実に巧みに行っており、曲中に何度もあらわれるプロムナードの主題に施している表現の多様性にはほとんど舌を巻いてしまうほどだ。

そして、どこをとっても恣意的な解釈が見られず、ラヴェルが編曲した華麗なオーケストレーションの醍醐味を、ゆったりとした気持ちで満喫することができるのが素晴らしい。

特筆すべきはシンシナティ交響楽団の圧倒的な技量であり、金管楽器も木管楽器も実に美しく、そして卓越した技量を披露してくれている点を高く評価したい。

「ホヴァンシチナ」前奏曲における情感の豊かさは、もはやこの世のものとは思えないような至純の美しさを誇っている。

音質も、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質であり、このような素晴らしい名演を望み得る最高の鮮明な音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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パーヴォ・ヤルヴィが手兵シンシナティ交響楽団とともに行った演奏は、これまで数多くのSACDやCD(テラーク)が発売されており、筆者は、その殆どを名演と高く評価しているが、一つだけやや踏み込み不足の物足りない演奏があると考えている。

その一つが、本盤に収められたチャイコフスキーの「悲愴」だ。

チャイコフスキーの「悲愴」は、後期3大交響曲集の中でも最もドラマティックな作品であり、古今東西の交響曲の中でもトップの座を争う傑作である。

それ故に、数多くの指揮者によって多種多様な個性的名演が成し遂げられてきたが、チャイコフスキーの激情的で起伏の激しい音楽をどれくらいうまく表現できるのかに、演奏の成否がかかっていると言えるだろう。

ここでのパーヴォ・ヤルヴィのアプローチは、例によって曲想を精緻に丁寧に描いていくというものであり、どこをとっても情感の豊かさを失わない点については評価に値する。

したがって、第1楽章の第2主題や第2楽章などは、チャイコフスキー一流のロシア風のメランコリックな抒情をたくみに歌い上げており、ここは、他の名演と比較しても遜色のない出来である。

しかしながら、第1楽章及び第3楽章においては、劇的な表現をやや避けた面も散見され、チャイコフスキーの音楽の真髄に切り込んでいくという鋭さがいささか欠けていると言わざるを得ない。

終楽章がなかなかの上出来で極上の美しさを誇っているだけに大変惜しい気がする。

チャイコフスキーの演奏には、ムラヴィンスキーのような一部の天才は別として、洗練された純音楽的な表現だけで勝負するのはいささか無理があると考えられるところであり、ある程度の踏み外しとか表情過多になる寸前になるほどの思い切った劇的な表現をしないと、その本質に迫ることははなはだ困難と言えるのではないだろうか。

もっとも、パーヴォ・ヤルヴィは、最近、フランフルト放送交響楽団とマーラーの交響曲第2番の名演を成し遂げており、近年の進境著しさを考慮すれば、今後、「悲愴」のより素晴らしい名演を成し遂げる可能性も十分にあると思う。

他方、併録の幻想序曲「ロメオとジュリエット」は、パーヴォ・ヤルヴィの音楽性の豊かさが存分に発揮されるとともに、ドラマティックな要素も兼ね備えた素晴らしい名演と高く評価したい。

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2013年04月29日


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ヤンセンは、チャイコフスキーの協奏曲やヴィヴァルディの「四季」の超個性的な名演の印象があまりにも大きいため、本盤を聴くに際しても、そうした超個性的な演奏を大いに期待した。

しかしながら、ベートーヴェンの協奏曲では、個性を封印し、落ち着いた大人の演奏を繰り広げている。

まるで肩すかしを喰った感じだ。

もちろん、随所に見られる極上の旋律美の歌わせ方は実に美しく、さすがと思わせる箇所も散見されるが、ヤンセンならば、もう少し踏み外しも期待したいところではないだろうか。

むしろ、ヤンセンらしさが見られるのはブリテンの協奏曲の方ではないかと思う。

筆者としても、ブリテンの協奏曲の演奏の方を名演としてより高く評価したい。

寡聞にしてブリテンに魅力的なヴァイオリン協奏曲があることを知らなかった。

比較対象を聴いていないが、素晴らしい演奏だと思った。

何よりもヤンセンのこの曲への思いが、強烈なパッションとして胸を打つ。

ベートーヴェンは本人が言うとおり「P・ヤルヴィ&カンマーフィルとのスタイルの違いが心配だった」という尤もな懸念があったものの、「案じるより生むが易し」という結果になった。

P・ヤルヴィの筋肉質、透明で強固なオケのプラットフォームの上でヤンセンは安心して跳ね回ることが出来てるばかりでなく、両者の個性を殺さぬ範囲での歩み寄りも出来た感がある。

P・ヤルヴィのサポートは、両曲ともに見事であり、ヤンセンのヴァイオリンを巧みに引き立てている。

ピリオド楽器を使用しているのがわかる箇所もあるが(特に、ベートーヴェン)、それを殊更に強調せず、あくまでも音楽の自然な流れを重視している点に好感が持てた。

録音は実に鮮明で素晴らしい。

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2013年04月08日


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パーヴォ・ヤルヴィ&ドイツ・カンマーフィルの黄金コンビは、ベートーヴェンの交響曲全集においても、名演の数々を聴かせてくれたが、この新シリーズとなるシューマンの交響曲チクルスも快調だ。

本盤は、その第一弾ということになるが、このコンビの素晴らしさを認識させてくれる名演と高く評価したい。

シューマンを文字通り「愛している」と公言してはばからないパーヴォ・ヤルヴィ。

シューマンの演奏においては、「作品に込められた感情の起伏や途方もないエネルギーを恥ずかしがることなくさらけ出さないと、シューマン本来の魅力が伝わらない」と考えるパーヴォが、シューマンのオーケストレーションの機微を繊細に表現できることのできるドイツ・カンマーフィルと組んで繰り広げるシューマン・ワールドである。

ライナー・ノーツの解説によると、ここでは、ベートーヴェンの時と異なり、ピリオド楽器を用いていないとのこと。

それでも、いわゆる古楽器奏法は健在であり、これまで聴いてきた他のシューマンの交響曲の演奏とは、一味もふた味も異なる新鮮さが持ち味だ。

意表を衝くようなテンポ設定、そして強弱の変化、金管楽器や木管楽器のユニークな響かせ方、粘ったようなレガートの絶妙さなど、息をつく暇がないほどの内容の濃い演奏になっているが、それでいて、やり過ぎの印象をいささかも与えることがないのは、パーヴォのシューマンの交響曲への深い理解と、芸術性の高さの証左であると考える。

残る交響曲第2番及び第4番への期待が大いに高まる内容であるとも言える。

録音も素晴らしい。

マルチチャンネル付きのSACDは、鮮明で臨場感のある極上の高音質であり、このコンビによる名演の価値を高めるのに大きく貢献している。

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2012年12月18日


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今をときめくP・ヤルヴィが、ついにマーラーチクルスを開始したのは大いに歓迎である。

その実質上の第1弾となった本盤のマーラーの「第2」の登場だ。

結論から言えば、かのバーンスタイン盤の登場以来、もっとも衝撃的な演奏、すなわち最近の演奏の中では最高級の賛辞で称えたい演奏、と言ってしまっても過言とは思えない。

フランクフルト放送交響楽団は、マーラー指揮者として名声を既に確立しているインバルと、マーラーの交響曲全集を完成しているが、P・ヤルヴィの演奏とは全く異なる演奏に仕上がっていると言える。

インバルは、燃えるような熱いパッションを胸に秘めつつ、表面上は、可能な限り抑制的な表現を行うというアプローチであったが、P・ヤルヴィの演奏は、緻密な制度設計を旨とする演奏と言えるのではないか。

筆者も、これまで様々な指揮者でマーラーの「第2」を聴いてきたが、これほどまでに精緻な演奏にはお目にかかったことがない。

ダイナミックレンジも、例えば、第2楽章や終楽章の合唱導入部の殆ど聴き取れないような最弱音から、第3楽章や終楽章の終結部のような大音響に至るまで非常に幅広いが、割れた音や無機的な音はいささかも聴かれない。

要は、どんなに最強奏しても、優美さを失うことはないのである。

テンポもアンサンブルも、一糸乱れぬ正確さであり、筆者は、ここにP・ヤルヴィの類まれなる統率力と抜群の音楽性を感じるのである。

確かに、テンシュテットやバーンスタインの劇的な名演に慣れた耳からすると、いささか静的に過ぎ、やや迫力不足を感じさせるのも否めないが、本演奏は、そうした20世紀の後半に主流となった激しい動的なマーラー像へのアンチテーゼとして、21世紀における新しいマーラー像を打ち立てたと言う意味において、将来的にも大変意義のある名演と高く評価したいと考える。

今後のP・ヤルヴィのマーラーチクルスの動きには目を離すことができない。

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2012年10月28日


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飛ぶ鳥を落す勢いのパーヴォ・ヤルヴィがまたレパートリーを増やしてのCDリリースで、今回は既発2006年録音のブリテンの「青少年のための管弦楽入門」(パーセルの主題による変奏曲とフーガ)と2008年録音の初のホルスト「惑星」であり、特に後者が注目されるところであろう。

パーヴォ・ヤルヴィの勢いはとどまるところを知らない。

音楽業界の世界的な不況の下で、CDの新譜が殆ど発売されない事態に陥っているが、そのような中で、気を吐いている指揮者の最右翼が、このパーヴォ・ヤルヴィということになるだろう。

もちろん、粗製乱造はなはだ困るが、パーヴォ・ヤルヴィの場合は心配ご無用。

凡演になることは殆どなく、常に一定の水準以上の演奏を行っているというのは、パーヴォ・ヤルヴィの類まれなる資質をあらわしていると言える。

本盤は、そうしたパーヴォ・ヤルヴィの類稀なる才能が発揮された名演だと思う。

「惑星」は、緩急自在のテンポ設定の下、重厚さや繊細さなどを織り交ぜた手練手管を行っているが、それでいて小賢しさは皆無。

まさに聴かせどころのツボを心得た職人芸のなせる技とも言うべきであり、我々が「惑星」という楽曲に求める魅力を存分に味わうことができる名演と高く評価したい。

「パーセルの主題による変奏曲とフーガ」も、各変奏の描き分けが実に巧みであり、音の強弱やテンポ設定なども絶妙。

フーガの終結部の盛り上がりも圧倒的な迫力であり、作曲者による自作自演盤にも匹敵する超名演と評価したい。

録音もテラークならではの鮮明なものであるが、一つだけ不満を一言。

テラークはSACDから撤退したのであろうか?

本盤がSACDならば、本名演が一段と輝くことになったのにと思うと、少々残念な気がした。

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2012年09月07日


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パーヴォ・ヤルヴィによるベートーヴェンの交響曲全集の最後を飾る名演だ。

これまでの8曲の中には、古楽器奏法とかベーレンライター版の楽譜に固執するあまり、いささかやり過ぎの曲もあったが、この「第9」は、バランスのとれた名演に仕上がっている。

この俊敏さ、軽やかさ、躍動感が、今までに筆者が慣れ親しんだ重苦しい演奏の記憶を洗い流してゆくようだ。

第1楽章の冒頭のヴァイオリンはいかにも弱いが、主部に入ると次第にいつものパーヴォ節が全開。

ラストのティンパニの雷鳴のような轟きは圧倒的な迫力であり、テンポは快速ながら決して荒っぽさは感じられない。

第2楽章は、本名演の白眉であり、パーヴォの解釈と曲想が見事に符合、テンポといい強弱といい理想的な超名演。

第3楽章もテンポは相変わらず速いが、そのような中で、抒情的な優美な旋律を心をこめて歌い抜く。

終楽章は第3楽章の終結部から間髪入れず開始されるが、これはパーヴォならではの独創的な素晴らしい解釈。

テンポはこれまでの楽章に比べると、幾分落ち着き、中庸と言ってもいいテンポ設定であるが、決して冗長には陥っていない。

独唱もいずれも巧く、合唱陣も規模は小さいと思われるが、十分な迫力を有しており、これらが渾然一体となった演奏は、我々を深い感動を誘う。

最近録音された「第9」の中でも、極めて高い完成度を誇る1枚ではないだろうか。

SACDマルチチャンネルによる高音質録音はいつもながらすばらしく、パーヴォの独創的な解釈を鮮明に味わうことが可能である。

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2012年08月14日


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2008年2月27日〜29日、アルテオーパー、フランクフルトに於けるライヴ録音。

大御所向きのブルックナーはこの指揮者自身興味の尽きない作品と語っているようにこの取組みも並々ならぬ意気込みだ。

ホールトーンを生かした美しいブルックナーで、特に弦セクションのふくよかなサウンドには心惹かれる。

演奏時間は27:41/10:50/27:06と、かなり遅め。

かなり遅いテンポをとっているが、同じ遅い演奏でもチェリビダッケのように極端ではなく、かと言って、ジュリーニのような情感のほとばしった粘着質の演奏でもない。

では、中庸の美徳を備えたオーソドックスな演奏かというと、必ずしもそうではない。

遅めのテンポで丹念に描かれた正攻法で格調高い演奏であり、まだ40代でこれほど奥の深いブルックナーを表現できることが少々驚きだ。

もちろん没個性的な演奏では決してなく、隋所にパーヴォらしい瞑想的な冷徹さが感じられる解釈が散見される。

変な例えかもしれないが、アファナシエフの演奏するベートーヴェンの後期ソナタと同じような感動を覚えた。

音楽に過度の没入はしていないのだけれど、鋭い分析眼と遅いテンポで、音楽そのものの美しさを隅々まで引き出している感じ、とでも言おうか。

万人にお薦め、とはいかないかもしれないが、ブルックナー・ファンは聴いて損のない、新機軸の演奏だと思う。

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2012年07月28日


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パーヴォ・ヤルヴィの最近の好調ぶりをあらわした大変美しい名演だと思う。

もちろん、表面だけを繕った美演は他にも多くあるが、パーヴォ・ヤルヴィの素晴らしさは、内容においても彫りの深い精緻な演奏を行っているという点にある。

第1楽章冒頭の低弦の響かせ方からして、ただならぬ雰囲気を感じる。

その後は、決して絶叫したりはせず、ひたすら精緻に丁寧に曲想を描いてゆくが、それでいて安全運転の印象を与えることは全くない。

ショスタコーヴィチならではの透明感溢れるオーケストレーションを透徹したアプローチで丁寧に表現していく。

第2楽章は一転して劇的な表現であり、その迫力はなかなかのものであるが、ここでも金管がわめくという印象はいささかも受けない。

第3楽章は更に精緻な表現を徹底しており、ホルンなど決して割れた音を出させず、抒情溢れる美しさには比類がないものがある。

終楽章は、テンポがめまぐるしく変化するなど、なかなかまとめるのに難渋する楽章であるが、パーヴォ・ヤルヴィは決して雑には陥らず、ここでも精緻で丁寧な表現に徹し、全曲の締めくくりに相応しい見事な演奏を行っている。

トルミスは、ショスタコーヴィチを崇敬していた、同郷のエストニアの作曲家であるとのことだが、このような意外性のあるカップリングを行ったのも、パーヴォ・ヤルヴィの抜群のセンスを証明するものと言えるだろう。

録音は、テラークならではの鮮明な名録音と評価したいが、できれば、SACDマルチチャンネル盤を出して欲しいと思ったのは、筆者だけではあるまい。

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2012年07月07日


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現在最も注目すべき指揮者の1人、パーヴォ・ヤルヴィがパリ管弦楽団とともに録音を行ったフォーレの「レクイエム」が発売される運びとなった。

そして演奏も、我々聴き手の期待をいささかも裏切ることがない素晴らしい名演に仕上がっている。

フォーレの「レクイエム」は、3大レクイエムの中でも極めて慎ましやかな作品であり、近年では、同曲を十八番としているコルボも含め、室内オーケストラを使用した小規模な編成による演奏が主流となりつつある。

そのような中で、クリュイタンス&パリ音楽院管弦楽団による演奏(1962年)やジュリーニ&フィルハーモニア管弦楽団による演奏(1986年)、そしてプレートル&ベルリン・ドイツ交響楽団による演奏(2007年)などは貴重な存在であるが、これらの通例のオーケストラを使用した名演の列に本盤のパーヴォ・ヤルヴィ&パリ管弦楽団による演奏が加わったのは何と素晴らしいことであろうか。

本演奏でのパーヴォ・ヤルヴィのアプローチはオーソドックスなもので、曲想を精緻に、そして丁寧に描き出していくというものだ。

もちろん、スコアに記された音符の表層だけをなぞったような浅薄な演奏には陥っておらず、どこをとっても情感の豊かさを失っていないのが素晴らしい。

静謐さに満たされた同曲であり、演奏によっては音が殆ど聴き取れずにコクを失ってしまうようなものも散見されるが、パーヴォ・ヤルヴィの場合はいたずらに静謐さにとらわれることなく、どこをとっても独特のニュアンスに満ち溢れた内容の濃さを失っていない点が見事である。

カウンターテナーを起用しているのも本演奏の特徴であるが、それも効果的であり、かかるフィリップ・ジャルスキー、そしてバリトンのマティアス・ゲルネも最高の歌唱を披露している。

そして、パリ管弦楽団&合唱団も最高のパフォーマンスを発揮している。

いずれにしても、本演奏は、いわゆる通例のオーケストラを使用した演奏としては、トップクラスの素晴らしい名演と言えよう。

併録の「ラシーヌの雅歌」、「エレジー」、「パヴァーヌ」、「バビロンの流れのほとりで」も、パーヴォ・ヤルヴィの豊かな音楽性が発揮された素晴らしい名演だ。

このうち、「バビロンの流れのほとりで」は、世界初録音という意味でも大変貴重である。

音質も非常に鮮明かつ瑞々しささえ感じさせるほどの透明感にも満ち溢れており、本名演に華を添えている。

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2010年11月21日


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エストニア共和国出身のヤルヴィは、シベリウスの北欧的な雰囲気や、楽想の性格を見事に自分自身のものとしている。

第1番ではヤルヴィの個性ともいえる多血質が表明され、悠然としたテンポで雄大な音楽をつくり、彼の情熱的な性格が両端楽章に示されている。

オケにはやや粗削りなところもあるが、弦が清澄でいかにも北欧的。

第2番はきびしく端然とした造形でまとめられていて、冒頭のテンポも速く、動感と歌謡性が巧みに組み合わされ、輪郭の明快な音楽をつくっている。

ディテールも細かいところまで配慮され、それぞれの楽章の特色を適切に表出。

表情に荒々しいほどの力がみなぎり、西欧風のシベリウスとはまったく異なった、豪快で緻密な音楽を聴かせるのがユニークだ。

第3番はかなり線の太い表現で、響きにも独自のテクスチュアと厚みが感じられる。

それが決して重くならず、不思議に爽やかな印象を与えるのは、作品の運動性を適切に生かしているためだろう。

ヤルヴィの個性が強く示された解釈といってよい。

第4番は暗い情感にほのあたたかさが加わったような表現。

オケの音色はやや粗削りだが、アンサンブルとしてはよくまとまっており、作品を構築的に整理している。

ヤルヴィは強い構成力で、要所をよく引き締めて、第5番を明快に表現している。

北欧的な旋律をのびやかに歌わせ、金管を情熱的に強奏するなど、スケールの大きさも際立っている。

特に終曲には劇的な迫力があり、ヤルヴィの特色をよく表しているといえよう。

第6番は北欧的とでも形容したい澄み切った弦の音色が、柔らかくデリケートな音楽をつくっている。

全体が純音楽的で滑らかに流動する演奏で、空間的な広がりがある。

北欧の風土における洗練とは、こうしたものなのかも知れない。

第7番はいつものようにヤルヴィの手作り的な温かさを感じさせる音楽だ。

解釈としては素直で、楽想の形を明確に表出している。

そこにはヤルヴィの一種のリアリズムがあり、それは現代的感覚と評してもよく、重要な動きがシベリウス特有の管弦楽法に埋没することがない。

このあたりにヤルヴィの大きな特色がある。

スケールが大きく、壮大なコーダの充実感はなかなかのものだ。

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