ロッシーニ

2017年07月28日


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セラフィンは中庸という観念からは決して逸脱しない鷹揚なテンポ設定で、小細工をせずに本筋のカンタービレを充分に聴かせながら、次第にスペクタクルなクライマックスを創り上げる、まさにイタリア・オペラ指揮者の鏡のような指揮ぶりが堪能できるアルバムだ。

オーケストラを自在に歌わせ、一方で音楽の起承転結を絶妙にわきまえた老練な手法で聴衆を煽り立てて、弥が上にも場面を盛り上げるような効果的なクレッシェンドやアッチェレランドの術を心得ていた指揮者だった。

それらは単純明快な声の饗宴とも言えるイタリア・オペラでは演奏上の要でもあるが、彼の采配には単なる職人技ではない、殆んど奥義を究めたとも思える巧みなテクニックが感じられる。

セラフィンが多くのスター歌手達を起用して上演したローマ・オペラ座の黄金期は事実上1950年代から60年代にかけてで、それは幸福にもこの序曲集が録音された時期と重なっている。

ロッシーニの序曲では曲中に必ずと言っていいほど管楽器のソロがちりばめられている。

時としてかなりのテクニックを必要とするパッセージが容赦なく現われて、追い討ちをかけるような執拗なクレッシェンドが舞台の緞帳を上げる前に聴衆の気分を高揚させるひとつの聴かせどころであるだけでなく、演奏するオーケストラのメンバーやアンサンブルの技術的な実力が露呈されてしまうという、彼らにとっては決して予断を許さないレパートリーでもある。

ムーティによって頂点を迎えた数年前に比べれば、当時のローマ歌劇場管弦楽団のパートごとの個人的な技術レベルがそれほど高くなかったことは事実で、それはこの序曲集にも現われていることは否定できない。

しかし一見明るく明け透けな開放感の中に、セラフィンによって引き出された豊かな音楽性と軽快な輝かしさ、劇場感覚に密着した融通性などはそれを補って余りある演奏効果を上げている。

1964年にドイツ・グラモフォンからLPでリリースされた音源で、後にCD化されたものの既に久しく製造中止になっている名盤のひとつだ。

このCDは英カルーセル・レーベルからのリイシュー廉価盤なので多くは望めないが、LPに収録されていた『セヴィリアの理髪師』第2幕第2場の2分余りの間奏曲「嵐の音楽」が何故か抜けている。

ただし録音状態に関してはこの時代のものとしてはかなり優れているし、リマスタリングも充分満足のいく仕上がりだ。

1963年10月4日から7日にかけてグラモフォンのプロデューサー、ハンス・ヴェーバー及びレコーディング・エンジニアのギュンター・ヘアマンスが当時ローマ市内にあったRCAイタリアーナのレコーディング・スタジオAで収録したもので、音質が鮮明で分離状態も極めて良好なステレオ録音になる。

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2016年07月11日


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数多くの喜歌劇で生前大衆的な栄光をほしいままにしたロッシーニの作品の中ではオペラ・セミ・セーリアに分類される新しいタイプのオペラが『どろぼうかささぎ』である。

幕切れはハッピーエンドの大団円で締めくくられるが、劇中では登場人物の感情の悲喜こもごもや手に汗握るスリルに満ちた場面が展開されて、伏線を敷いた筋立てと意外な結末がそれまでの滑稽一辺倒のオペラ・ブッファとはかなり趣を異にしている。

長い作品でしかも主役級の5人に高度な歌唱と演技力が求められるために他のロッシーニのオペラに比較すると上演回数はそれほど多くない。

しかしスネアドラムのトレモロで開始される良く知られた大規模な序曲に続くソロ、アンサンブル、コーラスの饗宴とクレッシェンド、アッチェレランドの追い込みは、ロッシーニ節を満喫できる優れた作品のひとつであることに違いない。

題材は当時流行した救済物で、高邁な精神を掲げたベートーヴェンの『フィデリオ』と比べれば他愛のない牧歌劇だが、当時のウィーンで起きたドイツ、イタリア・オペラ優劣論争が異なった民族性や趣味と表裏一体だったことを示す作品だ。

このDVDは1987年にケルン歌劇場で収録されたライヴで、プリマ・ドンナ、イレアーナ・コトルバスを始めとする個性的で芸達者な歌手達が織り成す舞台の面白さが良く映し出されている。

ロッシーニの作品なので登場人物全員にアジリタと呼ばれる速いパッセージを歌う技巧が要求されるが、コトルバスは流石にコロラトゥーラのテクニックにも優れヒロイン、ニネッタを可憐に、しかしある時はドラマティックに演じている。

若い軍人でニネッタのフィアンセ、ジャンネット役のテノール、デイヴィッド・クリューブラーはデトロイト生まれで、やや年下のロックウェル・ブレイクと共にアメリカ人テノールとしては融通の利く器用な人材だった。

狂言回しに当たる少年ピッポ役エレナ・ツィーリオのすばしっこい身のこなしや豪農夫婦に扮するカルロス・フェレルとヌッチ・コンド、また代官役のアルベルト・リナルディの性格俳優的な声と演技も堂に入っている。

ミヒャエル・ハンペの演出は無理のないクラシックな舞台で、このオペラには相応なシンプルさが見どころになっている。

収録時間はカーテン・コールを含めて182分になる。

ブルーノ・バルトレッティ指揮、ギュルツェニヒ・ケルン管弦楽団及びケルン歌劇場合唱団による演奏で、イタリア・オペラを熟知したバルトレッティによる巧みな統率も職人技だ。

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2015年08月16日


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アントニオ・パッパーノ指揮/サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団(ローマ)の2014年来日記念盤。

前回の来日公演で観客に大熱狂を起こした「ウィリアム・テル」序曲他、このコンビならではのレパートリー。

イタリアを代表する管弦楽団による、イタリアを代表する作曲家ロッシーニの迫力あるクライマックスが炸裂するサウンドに魅了される作品。

アントニオ・パッパーノは既にロッシーニのオペラ全曲上演を数多く手がけていることもあって、こうした序曲集にも彼のオリジナリティーに満ちたアイデアが横溢している。

ロッシーニのオーケストレーションは基本的に厚いものではないが、協奏曲顔負けのソロ・パートの名人芸によって彩られていて、むしろ陳腐だが劇的なクレッシェンドやアッチェレランドを間を縫って効果的に書かれている。

はっきり言ってロッシーニの音楽には苦悩も晦渋もない。

聴こえてくる音そのものが勝負だから、それを如何に美しく、そして一糸乱れずにまとめあげるかに演奏の良し悪しがかかっていると言える。

パッパーノはサンタ・チェチーリアの首席奏者達の鮮やかなソロを前面に出しながら、どの曲も比較的シンプルだが生き生きとした臨場感溢れる音楽に仕上げている。

大曲『セミラーミデ』でも分厚い音響を創るのではなく、明快なラインを聴かせているし、『ウィリアム・テル』の「夜明け」でのチェロの五重奏はかつて聴かれなかったほど官能的で、続く「嵐」の激しさと強いコントラストをなしている。

最後の『アンダンテ、主題と変奏』は、ソリストとしても活躍しているフルートのカルロ・タンポーニ、クラリネットのアレッサンドロ・カルボナーレ、ファゴットのフランチェスコ・ボッソーネ及びホルンのアレッシオ・アッレグリーニの首席4人による完全なアンサンブルで、それぞれがテーマを綴れ織のように装飾していく華麗な小品だが、彼らの趣味の良い音楽性とアンサンブルのテクニックを披露した1曲として楽しめる。

イタリアではサンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団が、スカラ座フィルハーモニー管弦楽団と並んで国内外で純粋なオーケストラル・ワークも演奏する名門オーケストラだが、彼らもやはり創設以来劇場用の音楽作品上演の豊富な経験を積んでいる。

前任のチョン・ミュンフンに続くパッパーノとの相性も良く、こうした作品では楽員の持っている情熱がしっかり統率されたチーム・ワークが聴きどころのひとつだろう。

2008年から2014年にかけてのライヴとセッションを集めた音源で、ロッシーニの音楽には欠かせない、切れの良いリズム感と鮮烈な音響をオン・マイクで捉えた極めて良好な音質。

今回の録音会場も前回のレスピーギと同様、ローマのパルコ・デッラ・ムージカにあるサーラ・サンタ・チェチーリアで行われた。

2002年にチョン・ミュンフンのこけら落としでオープンした2756名収容のホールで、残響は満席次で2,2秒を誇っているが、亡きヴォルフガング・サヴァリッシュの指摘でその後音響の改善がされている。

確かに大規模な管弦楽には適しているが、コーラスが加わる作品では残響が煩わしくなる傾向が否めない。

ちなみにパルコ・デッラ・ムージカには1133席のサーラ・シノーポリ、673席のサーラ・ペトラッシの3つのコンサート・ホールが向かい合わせに並んでいる。

サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団は、パッパーノが音楽監督に就任した2005年にヴァティカンの旧アウディトリウムから引っ越して、こちらに本拠地を構えている。

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2015年07月08日


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シュターツカペレ・ドレスデンを中心に活躍したペーター・ダムは既に現役を退いて久しいが、現代の名ホルン奏者の中でも最もヒューマンな感覚に溢れた演奏を残してくれた人ではないだろうか。

世界最古の歴史を誇る名門オーケストラ、シュターツカペレ・ドレスデンは、現在でも伝統ある独特の音色において一目置かれる存在であるが、とりわけ東西ドイツが統一される前の1980年代頃までは、いぶし銀の重心の低い独特の潤いのある音色がさらに際立っていた。

そうした、名奏者で構成されていたシュターツカペレ・ドレスデンの中でも、首席ホルン奏者であったペーター・ダムは、かかるシュターツカペレ・ドレスデンの魅力ある独特の音色を醸し出す代表的な存在であったとも言えるだろう。

ペーター・ダムのホルンの音色は、同時代に活躍したジャーマンホルンを体現するベルリン・フィルの首席ホルン奏者であったゲルト・ザイフェルトによる、ドイツ風の重厚さを持ちつつも現代的なシャープさをも兼ね備えたホルンの音色とは違った、独特の潤いと温もりを有していたとも言えるところだ。

ペーター・ダムの奏法は息づくような自然なヴィブラートのかかった滑らかなカンタービレが魅力で、本盤に収められたフランスの作品集には彼のそうしたリリカルな面が縦横に発揮されている。

その一方で現代の作曲家の作品ではホルンのあらゆる技巧が披露され、テクニシャンとしても面目躍如たるものがある。

穏やかな曲ではクリアーな音色とソフトな歌心でメロディーに微妙な陰影を与え、オペラのアリアさながらに流麗だし、時として快活なエスプリを利かせた軽快さが生粋のドイツ人であってもこうしたのラテン系の作品に野暮な印象を残さない。

そこにペーター・ダムのすこぶる柔軟で洗練された感性が窺える。

ここではまたソロ・ピアニストとして活躍しているペーター・レーゼルの気の利いた、しかも手堅い伴奏が花を添えている。

冒頭に置かれたフランセの『ディヴェルティメント』ではユーモアたっぷりの表現が秀逸で、ファゴットを髣髴とさせる軽妙でおどけた急速楽章とそれに挟まれたアリアの対比も巧妙だ。

またビュセールの『サンテュベールの狩』は特有の色彩感の表出がこの小品に神秘的な趣きを醸し出しているし、いまやホルンのための古典的名曲になったデュカスの『ヴィラネル』には、どのフレーズにも楽器の特性を知り尽くしたペーター・ダムの機智が反映されていて、その変化に富んだ多彩な奏法には驚かされる。

最後の『プレリュード、主題と変奏』の作曲者ロッシーニは晩年パリに居を構えていたので、フランス趣味の作品として取り入れられているが、タイトルも『老いぼれのしでかした罪』という意味のフランス語で書かれた全14巻からなる作品集の第9巻に収められている。

カンタービレを思う存分歌ったテーマと、軽やかな高音部と豊かだが決して重苦しくならない中低音が交錯するヴァリエーションがホルンの持ち味を満喫させてくれる。

この音源はペーター・ダムが首席奏者だったシュターツカペレ・ドレスデンのレコーディング・スタジオとして使われているルカ教会で1985年に収録され、ドイツ・シャルプラッテンのクラシック部門ベルリン・クラシックスからリリースされた。

適度な残響を伴った音質は極めて良好。

なお、ペーター・ダムの魅力的なホルンの音色は、モーツァルトのホルン協奏曲集や、ホルンが大活躍するブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」においても聴くことが可能であるということを付記しておきたい。

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2015年01月10日


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この録音は、若きアバドが「チェネレントラ」に続いてロッシーニの代表作に挑戦したこと、プライのフィガロ、それにロッシーニの想定どおりメゾ・ソプラノのベルガンサが歌っていることが評判になって、このオペラの定盤的存在として知られている。

アバドは評価の難しい指揮者である。

それは、ベルリン・フィルの芸術監督就任後の停滞によるところが大きい。

偉大な指揮者の後任は誰でも苦労が多いが、カラヤンとは異なり、自分の個性や考え方を、退任に至るまでベルリン・フィルに徹底することが出来なかったことが大きい。

アバドは、分不相応の地位での心労が祟ったせいか、退任の少し前に大病を患ったが、大病の克服後は、彫りの深い凄みのある表現を垣間見せるようになったのだから、実に皮肉なものだ。

しかしながら、筆者は、アバドが最も輝いていたのは、ベルリン・フィルの芸術監督就任前のロンドン交響楽団時代ではないかと考えている。

特に、この時期に手掛けたイタリア・オぺラには、若さ故の生命力と、アバド得意のイタリア風の歌心溢れた名演が非常に多い。

そのような中にあって、この「セビリャの理髪師」は燦然と輝くアバドの傑作の1つとして評価してもいいのではないかと思われる。

ロッシーニのオペラは、後年のヴェルディやプッチーニのオペラなどに比べると、録音の点数も著しく少なく、同時代に生きたベートーヴェンが警戒をするほどの才能があった作曲家にしては、不当に評価が低いと言わざるを得ない。

そのようなロッシーニのオペラの魅力を、卓越した名演で世に知らしめることに成功したアバドの功績は大いに讃えざるを得ないだろう。

アバドはゼッダによる校訂版を用い、歯切れの良いリズムで全体を引き締まらせ、人間の肌のぬくもりを感じさせながら、そのオペラ・ブッファの本質を見事に再現している。

独唱陣も、ベルガンサ、プライなど一流の歌手陣を揃えており、ドイツっぽいと言われるものの、愛嬌のあるプライのフィガロは、今聴いても魅力的。

ベルガンサは、ロジーナそのもののようであるし、伯爵を演じるアルヴァの上手さは、芸術的レベルに達している。

パターネ盤も評価が高いが、ロッシーニらしいテンポ感と速度を堪能したい時はまさにこの盤が最高であり、同曲随一の名演の地位は、今後とも揺るぎそうにない。

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2014年10月17日


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クラシック音楽界が長期的な不況下にあり、ネット配信が隆盛期を迎える中において、新譜の点数が大幅に激減している。

とりわけ、膨大な費用と労力を有するオペラ録音については殆ど新譜が登場しないという嘆かわしい状況にある。

そのような中で、パッパーノが、2009年のプッチーニの歌劇「蝶々夫人」に引き続いて、本盤のロッシーニの歌劇「ウィリアム・テル」を録音するなど、オペラ録音の新譜が細々とではあるが発売されるというのは、実に素晴らしい快挙である。

これは、パッケージ・メディアが普遍であることを名実ともに知らしめるものとして、かかるメーカーの努力にこの場を借りて敬意を表しておきたい。

さて、本盤であるが、そもそもロッシーニの歌劇「ウィリアム・テル」は録音自体が極めて珍しいが、その数少ない録音の中で最も優れた名演は、パヴァロッティやフレーニなどの豪華歌手陣を起用したシャイー&ナショナル・フィル盤(1978〜1979年)とザンカナロ、ステューダーなどの歌手陣を起用したムーティ&スカラ座管盤(1988年)であろう。

同曲は、ロッシーニが作曲した最後のオペラであり、その後のイタリア・オペラにも多大な影響を与えた傑作であるにもかかわらず、歌劇「セビリアの理髪師」などの人気に押されて、今一つ人気がなく、序曲だけがやたらと有名な同作品であるが、ジュリーニやアバド、シノーポリなどといった名だたるイタリア人指揮者が録音していないのは実に不思議な気がする。

したがって、現時点ではシャイー盤とムーティ盤のみが双璧の名演であると言えるだろう。

そのような長年の渇きを癒すべく登場したパッパーノによる本演奏の登場は先ずは大いに歓迎したい。

そして、演奏も非常に素晴らしいものであり、前述のシャイー盤やムーティ盤に肉薄する名演と高く評価してもいいのではないかと考える。

パッパーノのオペラ録音については、イタリア・オペラにとどまらず、ワーグナーやR・シュトラウス、モーツァルトなど多岐に渡っているが、本演奏ではそうした経験に裏打ちされた見事な演出巧者ぶりが光っている。

とにかく、本演奏は、演奏会形式上演のライヴということも多分にあるとは思うが、各曲のトゥッティに向けて畳み掛けていくような気迫と力強さには、圧倒的な生命力が漲っていると言えるところであり、同曲を演奏するのに約3時間半を要するという長大なオペラ(パッパーノは一部カットを行っているが、演奏全体にメリハリを付加するという意味においては正解と言えるのかもしれない)であるにもかかわらず、いささかも飽きを感じさせず、一気呵成に全曲を聴かせてしまうという手腕には熟達したものがあると言えるところである。

これには、俊英パッパーノの類稀なる才能と、その前途洋々たる将来性を大いに感じた次第だ。

歌手陣も、さすがにシャイー盤のように豪華ではないが優秀であると言えるところであり、とりわけウィリアム・テル役のジェラルド・フィンリーと、パッパーノが特に抜擢したアルノルド・メルクタール役のジョン・オズボーンによる素晴らしい歌唱は、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団や同合唱団も、パッパーノの指揮の下最高のパフォーマンスを示していると評価したい。

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2014年02月19日


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これは、セル&クリーヴランド管弦楽団の全盛期の演奏の凄さを味わうことが可能な圧倒的な名演だ。

セルは、先輩格である同じくハンガリー出身のライナーや、ほぼ同世代のオーマンディとともに、自らのオーケストラを徹底的に鍛え抜き、オーケストラに独特の音色と鉄壁のアンサンブルを構築することに成功した。

ライナーやオーマンディが、シカゴ交響楽団やフィラデルフィア管弦楽団という、もともと一流のオーケストラを鍛え上げていったのに対して、クリーヴランド管弦楽団はセルが就任する前は二流のオーケストラであったことからしても、セルの類稀なる統率力を窺い知ることが可能だ。

セルの薫陶によって鍛え抜かれたクリーヴランド管弦楽団は、すべての楽器セクションがあたかも一つの楽器のように聴こえるほどの精緻なアンサンブルを誇ったことから、「セルの楽器」とも称されるほどであった。

もっとも、演奏があまりにも正確無比であることから、その演奏にある種のメカニックな冷たさを感じさせるという問題点もあったとは言えるが、少なくとも演奏の完成度という意味においては、古今東西の様々な指揮者による演奏の中でもトップの座を争うレベルに達しているのではないかと考えられるところだ。

本盤には、ロッシーニの序曲集やオーベールの歌劇「フラ・ディアヴォロ」序曲、そしてベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」が収められているが、いずれも全盛期のこの黄金コンビの演奏の完全無欠ぶりを味わうことが可能だ。

その演奏の鉄壁さにおいては、かのカラヤン&ベルリン・フィルの演奏をも凌駕するほどであり、聴き手はただただ演奏の凄さに驚嘆するのみである。

交響曲などの大曲であれば、前述のようなある種のメカニックな冷たさなどが露呈するきらいもないわけではないが、本盤のような小品集の場合は、かかるセルの演奏の欠点などは殆ど気になるほどのものではないと言える。

ロッシーニの序曲集の選曲に際して、有名な歌劇「セビリアの理髪師」序曲や歌劇「ウィリアム・テル」序曲を録音しなかったのは残念とも言えるが、それでも本盤に収録されたその他の序曲は圧倒的な名演であり、あまり贅沢は言えないのではないかと考えられる。

音質は、1957〜1967年にかけてのスタジオ録音であり、録音年代がやや古いこともあって、従来盤は今一つ冴えないものであったが、数年前に発売されたシングルレイヤーによるSACD盤(当盤)は、これまでの従来盤のいささか劣悪な音質を一新するような、途轍もない鮮明な高音質に生まれ変わったと言える。

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2012年07月21日


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1978年9月13日 ベルリン、フィルハーモニー・ホールに於けるライヴ(ステレオ)録音。

ジュリーニは決してレパートリーの広い指揮者とは言い難いが、その分、レパートリーとした曲については完成度の高い名演となることが多い。

ジュリーニがレパートリーとした宗教曲は、バッハの《ミサ曲ロ短調》やブラームスの《ドイツ・レクイエム》、モーツァルト、ヴェルディ、そしてフォーレの「3大レクイエム」などが掲げられるが、ジュリーニが指揮した宗教曲の最高峰は、何と言ってもロッシーニの最高傑作の呼び声の高い《スターバト・マーテル》ということになるのではなかろうか。

《スターバト・マーテル》は、キリストの受難を嘆き悲しむ聖母マリアへの同情と神への祈りを込めてロッシーニが50歳のときに書かれた作品。

演奏によっては妙に軽い場面も出てくる曲であるが、ジュリーニは重みのある独特のカンタービレによって、音楽の沈痛な美しさを見事に引き出している。

ジュリーニは同曲をフィルハーモニア管弦楽団とスタジオ録音しているが、天下のベルリン・フィルを指揮した本盤こそ、ライヴならではの熱気も相まって、随一の名演と高く評価したい。

当演奏では、エルンスト・ゼンフ室内合唱団(現エルンスト・ゼンフ合唱団)を率いており、さらなる敬虔な美が追求されている。

ジュリーニの決して奇を衒うことのない真摯で誠実なアプローチと、同国人であるロッシーニへの深い愛着が、これだけの名演を生み出したと言うべきであり、独唱陣も合唱も、そしてベルリン・フィルもジュリーニの指揮の下、これ以上は求められないほどの最高のパフォーマンスを示している。

併録のガブリエリやジェミニアー二の諸曲も名演であり、一晩のコンサートをそのまま2枚のCDに収録ということで、導入となる1曲目と2曲目には、ブラス・ファンにもおなじみの曲、8声の金管アンサンブルによるジョヴァンニ・ガブリエリの「ピアノとフォルテのソナタ」と「第7旋法によるカンツォーナ」が収められ、3曲目には、フランチェスコ・ジェミニアーニのト短調の合奏協奏曲が収録されている。

金管合奏で開始され、哀しみに彩られた美しい弦楽合奏でメインの『スターバト・マーテル』への心の準備をするという、まるで教会での演奏を思わせるようなプログラミングは、イタリアの音楽史を辿りながらも、通常、「イタリアの音楽」という言葉からすぐに思い浮かぶイメージとは正反対の精神の落ち着きと深い感動を呼ぶのがいかにもジュリーニらしい。

録音は1970年代後半のライヴとしては十分に合格点を与えることができる。

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2010年01月27日


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「ロッシーニ序曲集」(4曲)と「スッペ序曲集」(5曲)の2枚のレコードから9曲を選び、CD化したもので、演奏・選曲ともに良く、大変楽しいアルバムだ。

カラヤンはポピュラーな名曲、通俗小品にも決して手を抜くことなく、オーケストラの技量や機能を総動員して、緻密から壮大までその魅力を最大限に発揮した演奏を行った。

そのお陰でどれほど多くの人がクラシック音楽のファンになったことだろう!

カラヤンの演奏は、いずれの曲の場合も実に見事で、すこぶる卓抜な棒さばきで、入念に仕上げている。

旋律の歌わせ方や間の取り方の巧さは、まさにこの人ならではのものだ。

ロッシーニは、総じていくぶん腰の重い感じはするものの、4曲ともカラヤンの卓出した棒さばきの光る名演で、序奏部と主部との表情の変化をくっきりと浮き彫りにするあたりの巧さは格別だ。

ことに「ウィリアム・テル」序曲は素晴らしく、チェロの五重奏で始まる「夜明け」の静の部分の平和な表情にあふれた描写から、最後の活気に満ちた表現まで、その演出の巧みさには息をのむ思いがする。

スッペの方も力の入った演奏で、「軽騎兵」の冒頭のトランペットのファンファーレの勢いのよさ、ハンガリーの民族舞曲の深い思い入れ、軽快なギャロップなどに、カラヤンに指揮された時にだけベルリン・フィルが聴かせる「これでもか!」といった気迫と美が結晶している。

「美しきガラテア」「詩人と農夫」などすべてが個別の魅力を発散している。

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2009年12月02日


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ロッシーニの《弦楽のためのソナタ》全曲とドニゼッティの珍しい弦楽四重奏曲を2組収めたこのアルバムは、かつてヴィヴァルディも愛したという美しい響きのコンタリーニ宮でイタリア合奏団が1987年に録音した名盤。

ローマ合奏団の伝統を継承・発展させるために1980年に設立されたイタリア合奏団も、現在はメンバーの半数が入れ替わった。

ここで演奏しているのは設立時のメンバー。

イタリア合奏団の一糸乱れぬアンサンブルから生み出されるその豊麗な音色は、あのイタリアの抜けるような青空を思いおこさせる。

イタリア合奏団の明るい響きが溌剌とした演奏を生み出し、活気に満ちた表現をみせてくれると同時に、ロッシーニではドラマティックな作曲者としての片鱗を、この初期の作品の中に描き出しているのが興味深い。

ソナタ第2,4,5番の第2楽章など、まるでアリアのような美しい旋律を心ゆくまで歌わせており、イタリア人の歌心がもろに出た演奏で、実に楽しい。

豊饒な音、明るく楽しい響き、磨きあげられたカンタービレによって、溌剌と画期にみちた表現をみせるロッシーニも、アリアのような美しい旋律を心ゆくまで歌わせて魅力ある演奏を生み出しているドニゼッティも聴きもの。

ドニゼッティもメリハリをきちんとつけた好演奏。

音楽の源にいい風が吹いている。

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2009年10月14日


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《ランスへの旅》の復活上演は、アバドの仕事の中でも特筆に値する。何しろ抜群の面白さだったのだから。

ペーザロでの上演そのままのメンバーで録音したのがこれ。

ひたすら華麗・豪華に作られたこの1幕オペラを、現代最高のロッシーニ歌手たちと、その絢爛さに負けない華々しい演奏で楽しませてくれる。

錚々たる名歌手を統率するアバドも、万全の作品研究・理解に加え、たくましい覇気をみなぎらせた音楽運び、知に溺れず、情に流されない指揮で、作品の弱さを聴き手に感じさせない。

音楽から立ち昇る貴族的とも呼べる独特の香気こそ、アバドならではの魅力である。

アバドはその後もう一度ベルリン・フィルと収録していて、それも悪くない。

でもこちらは、何しろガスティア、クベッリ、リッチャレッリ、レイミー、ライモンディといった豪華な歌手たちが、巧みさを発揮するだけでなく、思う存分楽しく遊んでいるのがいい。

アバドの指揮も何か勢いにまかせ、どんどんやってやれ、みたいなところが、むしろ好感を持てる。

1825年パリで初演されたこのオペラが、150年ぶりの再演で大成功したわけで、次はまた150年くらいしてからだとしたら、これは21世紀の間、珍重されてもいい。

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2009年02月12日


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アバドお得意のロッシーニの、よく演奏される有名な序曲をこのディスクは収録しており、選曲の上ではまったく申し分ない。

アバドのイタリア人気質が強く表面に表れた胸のすくような快演で、オケを自在にドライヴしながら、それぞれの作品の持ち味をあますところなく表出している。

作品と演奏者の間にいささかの距離感もなく、まさに自分の歌として歌い上げられた爽快感があり、演奏にみなぎる自発的な音の喜びにも魅了される。

目もさめるようなスピード感とリズムの冴え、カンタービレの快さ、そして音色の輝きと、どこをとっても拍手を贈りたくなるようなアバドならではの快演である。

なかでもアバドの表現のうまさに惹かれるのは、強弱の付け方のうまい「セビリャの理髪師」、各場面を丁寧に描いた「ウィリアム・テル」、活気にあふれた「どろぼうのかささぎ」、リズムの切れ味がよく表情も豊かな「絹のはしご」などで、これらの演奏にはイタリア人アバドの血が躍動している。

トスカニーニの演奏と対照的に、アバドのロッシーニには独特の感覚のスマートさとしなやかさがある。

ちょっと軽く流れるきらいもあるが颯爽として、ザックリとしたおおまかなアプローチなのに表情は豊かだ。

アバドにはロンドン響との旧盤もあるが、ヨーロッパ室内管との演奏の方が響きが充実しており、その歌によりしなやかで強い芯があるのも事実で、アバド円熟の棒さばきが光っている。

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2008年08月20日


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アバド初のオペラ録音であった。

アバドの折り目正しい、端正な音楽作りで、オペラ指揮者としても優れた資質と才能が、ここに早くも結実しているのを聴くことができる。

彼の個性に最適な作品を選んだのも成功の要因のひとつだろう。

このオペラの魅力を広く再認識させたのがアバドによる上演と録音で、その後このオペラの優れた上演・録音が出てきた。

いまでは指揮ならシャイーがいるし、ソプラノにはバルトリがいる。

といっても、原点ともいうべきアバドの軽快な音楽の走らせ方は素晴らしく、またベルガンサのアンジェリーナの機知に富んだ歌だって、まだまだ生きている。

まだ充分若かったアバドは、ロッシーニの音楽をほとんど肉体的に持っていて、何か解釈したり工夫したりするより先に、歌わせ、走らせている。

歌手ではベルカンサの名唱をはじめ、知・情・意の高次元での融合を目指すアルヴァの歌唱が特に印象深い。

ヴェテランのカペッキは味わいのある歌作りながら、声に余裕がないのが惜しまれる。

他のメンバーは、何しろロッシーニ歌いが次々と現れる前なので最高というわけではない。

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2008年05月14日


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アバドのオペラ第2作だったが、円熟と愉悦の表現が、早くもこの演奏の中に実現されている。

全曲を2枚に収めた徳用盤で、演奏も、ベルカンサのロジーナをはじめ、プライのフィガロ、アルヴァの伯爵ら、当時のベストメンバーを網羅した歌の見事さも絶賛に価する。特にダーラのバルトロはずば抜けている。

またベルカンサのロジーナは「彼女はこの役を歌うために生まれてきたのではないか」とさえ思われるほどの適役だけあって、その上品でしかもみずみずしい表情にあふれた演唱は実に魅力的である。

ここには、彼女の持ち味が十全に発揮されている。

またプライのフィガロも、この人らしく明るく颯爽としていてすばらしく、特に、第1幕の有名な「わたしは町のなんでも屋」の達者な歌唱は光っているし、アルヴァの伯爵も秀抜だ。

アバドの指揮もうまい。アバドは才気に走らず、自発的で精妙にロッシーニを描いていく。やや速めのテンポできびきびと運びながら、歌わせるべき旋律は存分に歌わせているあたり、やはりイタリアの指揮者ならではの味である。

このディスクはロッシーニの音楽の美しさ、楽しさを満喫することができる。

*ゼッダによるクリティカル版使用。

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2008年03月06日


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トスカニーニが生涯敬愛し続けた自国の大先輩ロッシーニの序曲集は、8曲ともそれぞれの曲の持ち味を存分に表出した見事な演奏で、練達の棒できびきびと運びながら、どの曲も明快にまとめている。

輝かしい歌と美しく強靭な生命力にあふれた、聴いていて手に汗握り、身の引き締まるような名演である。

みずみずしく生き生きとした表現には強く惹かれるし、イン・テンポで進めながらも歌わせるべき旋律は表情豊かに歌わせているあたりは、さすがトスカニーニならではの至芸である。

そうしたトスカニーニの厳しい指揮に見事な集中力で反応したNBC響の卓抜な能力も素晴らしい。

トスカニーニは、上記のようにロッシーニを得意としているのだが、それにしてもこの演奏はよい。

実に明快な演奏である。

トスカニーニは独特のリズムの硬さがあるのだが、それが特に「ウィリアム・テル」序曲ではマッチしている。

驚くほど表情が鮮やかであり、華やかな、透明な空気のアルプスの風景そのものを感じさせる。

この曲のCDでは、まずこれにとどめをさす。

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