ヨッフム

2016年07月27日


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2回の交響曲全集を完成させたブルックナーの権威、オイゲン・ヨッフムはドイツ・グラモフォンにCD4枚分の宗教作品集を録音していて、それらはこれまで別売りのCDでしか入手できなかったので、今回ザ・コレクターズ・エディションとして15曲がまとめられて廉価盤化されたことは歓迎したい。

ただしヨッフムのコンプリート録音集が欲しい方にはグラモフォンによる全集の新企画があり、9月に第1集のオーケストラル・ワーク集42枚組がリリースされる。

この4枚は第2集以降に組み込まれることが予想されるので、そちらの購入をお薦めしたい。

第1回目のブルックナーの交響曲全集がベルリン・フィルとバイエルン放送交響楽団による合作だったように、この宗教曲集も同様でコーラスもバイエルン放送合唱団及びベルリン・ドイツ・オペラ合唱団が参加している。

ヨッフム・ファンにとっては勿論EMIのイコン・シリーズ22枚も重要なコレクションだが、そちらにはシュターツカペレ・ドレスデンとの2回目の交響曲全集が入っているが宗教曲は収録されていない。

これはヨッフムの偉大な遺産のひとつで、ブルックナーの宗教合唱作品を集め、これだけ充実した演奏を聴かせた指揮者はいない。

荘厳だがむやみに曲のスケール感を強調しないヨッフムらしい折り目正しい几帳面なアプローチによる演奏は、かえってこれらの宗教曲としての側面を明確に示す結果になり、敬虔なカトリック教徒だったブルックナーの音楽的意図が生かされていると言えないだろうか。

ソロを歌う声楽家もソプラノのエディット・マティスを始めとする宗教曲に相応しい布陣で、ヨッフムのアイデアが忠実に反映されている。

3つのミサ曲はそれぞれ立派だが、ことに第3番には、この強固な構築力を超える若手の指揮者が今後出るとは思えないほどの迫真力があり、「テ・デウム」の壮大さ、「パンジェ・リング」の神秘など、いずれも名演揃いだ。

尚現在までにリリースされたブルックナーの宗教作品のCDとしては、一流どころの指揮者の演奏はそれほど多くなくチェリビダッケ、バレンボイム、リリング盤などがめぼしいところで、最近ではスティーヴン・レイトンがポリフォニー・ブリテン・シンフォニアを振ったミサ曲第2番を中心とする合唱曲集が選択肢として有力候補に挙げられるが、残念ながらいずれも体系的な企画ではなく単発のCDで終わっている。

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2015年05月24日


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名指揮者オイゲン・ヨッフム以下ソリスト、コーラス、オーケストラ総てをドイツ勢で固め、ドイツの底力を示した稀代の名演。

ヨッフムの棒の下に非常に几帳面な音楽作りがなされていながら、結果的にはこの曲が持つ神秘的な静寂と、大地の底から湧き上がる叫び声のような奔放でしかも驚異的な音響効果の双方を表現することに成功している。

本盤ついては不朽の歴史的な超名演として名高いものであり、既に筆者も次のようなレビューを投稿済みである。

「最近では非常に人気のある作品であり、数々の録音がなされているカルミナ・ブラーナであるが、録音以来40年以上が経過した現在においてもなお、本ヨッフム盤の価値がいささかも色褪せることはない。

それどころか、本演奏は、プレヴィン&ウィーン・フィル盤(1995年)などの様々な指揮者による名演に冠絶する至高の超名演と高く評価したい。

作曲家オルフが認めた演奏であり、ヨッフム自身が同曲の初演者であるということもあるが、それだけでなく、やはり演奏自体が非常に優れている。

同曲は、紛れもないドイツ音楽であるが、ヨッフムの演奏は、同曲をドイツ音楽であることをあらためて認識させてくれるのが何よりも素晴らしい。

同曲は、華麗な合唱やオーケストレーションを誇る楽曲であることから、最近ではそうした華麗さに焦点を当てた演奏が数多くなされているように思うが(それも、魅力的ではある)、ヨッフムの演奏は、外面的な華麗さよりは、ドイツ音楽ならではの質実剛健さを基調としている。

したがって、全体の造型の堅固さには際立ったものがあるが、それでいてヨッフムは、これ以上は求め得ないようなドラマティックな演奏を展開しており、その畳み掛けていくような気迫と力強い生命力は、圧倒的な迫力を誇っている。

あたかも壮大なドイツ・オペラを鑑賞しているような趣きがあり、そのスケールは雄渾の極みである。

歌手陣も優秀であり、特に、ソプラノのヤノヴィッツとバリトンのフィッシャー=ディースカウの歌唱は秀逸である。

このうち、フィッシャー=ディースカウの歌唱は巧すぎるとさえ言えるが、これだけ堪能させてくれれば文句は言えまい。

ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団やシェーネベルク少年合唱団も最高のパフォーマンスを示している。」

演奏評については、現在でもこれに付け加えることは何もないが、本盤で素晴らしいのはシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化によって、およそ信じ難いような鮮明な高音質に生まれ変わったことである。

従来CD盤では、各合唱が一部混濁して聴こえたりしたものであるが、本盤では明瞭に分離して聴こえるところであり、オーケストラとの分離についても申し分がない。

マルチチャンネルが付いていないにもかかわらず、臨場感についても抜群のものがあり、おそらくは現在において望み得る最高の鮮明な超高音質である。

シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化により、ダイナミックレンジ、ボリュームそして音質の解像度が飛躍的に向上し、沸き立つばかりのリズムの躍動感、管弦楽と合唱のダイナミックな音楽に、思わず興奮させられるところであり、こうした大編成用の楽曲では十二分にその効果を発揮している。

いずれにしても、ヨッフムによる不朽の歴史的な超名演を、シングルレイヤーによる超高音質SACDで味わうことができることを大いに歓迎したい。

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2015年04月30日


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ヨッフムがコンセルトヘボウ・アムステルダムとともにスタジオ録音した名盤の待望の復活を先ずは大いに歓迎したい。

手堅い表現で知られたヨッフムは、晩年スケール感を加えて驚くべき境地に達し、80歳を過ぎてからの来日公演におけるブルックナーは忘れえぬ名演だった。

コンセルトヘボウ・アムステルダムを率いたベートーヴェン交響曲全集は、後にロンドン交響楽団と入れた一期一会の崇高な演奏と較べると質実過ぎると感じるかもしれないが、ここでは中庸にして核心を突く壮年期ならではの才腕が聴き取れる。

ヨッフムというと手堅い演奏で知られているが、この交響曲全集も非常に綿密な演奏で、正確な演奏である。

有名なカラヤン盤と比較すると、テンポも遅めで、演奏も華やかではないが、その簡素な表現と質実剛健とも言える演奏は、むしろ最もオーソドックスなベートーヴェンのスタンダードと言えるものである。

このベートーヴェンも、もう1つのロンドン交響楽団との全集と同じく、猛々しい部分も凪の部分も、ヨッフム独特の「愛」が感じられる名演である。

近年では、ベートーヴェンの交響曲の演奏様式も当時とは大きく様変わりし、小編成オーケストラのピリオド楽器による演奏や、大編成のオーケストラによるピリオド奏法による演奏などが主流を占めつつあり、いまやかつての大編成のオーケストラによる重厚な演奏を時代遅れとさえ批判するような見解も散見されるところだ。

近年発売されたティーレマン&ウィーン・フィルによるベートーヴェンの交響曲全集は、そうした近年の軽妙浮薄とも言うべき演奏傾向へのアンチテーゼとも言うべき意地の名演であったが、それも少数派。

一部の音楽評論家や音楽の研究者は喜んでいるようであるが、少なくとも、かつての大指揮者による重厚な名演に慣れ親しんできたクラシック音楽ファンからすれば、あまり好ましい傾向とは言えないのではないかとも考えられるところだ。

パーヴォ・ヤルヴィやノリントン、ジンマンなどによって、芸術的にもハイレベルの名演は成し遂げられているとは言えるものの、筆者としては、やはりどこか物足りない気がするのである。

そうした中にあって、ヨッフム&コンセルトヘボウ・アムステルダムによる演奏を聴くと、あたかも故郷に帰省した時のように安定した気持ちになるのは筆者だけではあるまい。

もちろん、ヨッフムは何か特別な解釈を施しているわけではない。

奇を衒ったようなアプローチは皆無であり、コンセルトヘボウ・アムステルダムの幾分くすんだドイツ風の重厚な響きを最大限に生かしつつ、曲想を丁寧に描き出していくというオーソドックスな演奏に徹していると言えるところだ。

もっとも、随所にロマンティシズム溢れる表現や決して急がないテンポによる演奏など、ヨッフムならではの独自の解釈も見られないわけではないが、演奏全体としてはまさにドイツ正統派とも言うべき重厚な演奏に仕上がっていると言えるだろう。

オーケストラの自発性を引き出した柔らかな響きの「田園」や溌剌とした第8番など、偶数番号がなかんずく優れた出来栄えである。

もちろん、ベートーヴェンの交響曲全集にはあまたの個性的な名演があり、特に偶数番号の名演としては、ワルター&コロンビア交響楽団、イッセルシュテット&ウィーン・フィルなどが存在し、これらと比較すると強烈な個性に乏しいとも言えるが、ベートーヴェンの交響曲の魅力をダイレクトに表現しているという意味においては、本盤のヨッフムによる演奏を素晴らしい名演と評価するのにいささかの躊躇をするものではない。

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2015年03月17日


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快活・健康的・素朴などなど、こういった類の言葉でハイドンの音楽は語られるが、まさにこれにぴったりの演奏が当盤である。

ピリオド楽器派による時代考証とは一線を画した録音で、古楽器台頭以前の大編成オーケストラによる最もオーソドックスな演奏として、身も心も安心して委ねることのできるセットである。

この“時代”の演奏には心から身を委ねることができるのは、聴き慣れているせいだけではないと思う。

ピリオド・スタイルの隆盛によって、このように低音域を分厚く鳴らすやり方は過去の遺物と化しつつあるが、この演奏の造型の確かさと端正さは時代の嗜好を超えて傾聴に値する。

ゆったりと大きく構えた演奏で、迫力も十分、音楽の愉悦にあふれていて、現代のタイトな演奏に慣れた耳には大いに新鮮に響く。

昨今あまり耳にしなくなった量感豊かなハイドンであり、垣間見えるバロック的な音の仕掛けに対し、ことさらな身振りを作らず、揺るぎないバランスで響きを整え緩急をキメていき、その音の姿から、次世代作曲家との同時代性が浮かび上がる、伝統視点の熟演。

初演地に因んでロンドン・フィルを起用しているなど実に気が利いている。

これはベームの「ドン・ジョヴァンニ」の録音にプラハのオーケストラを起用するなど、ドイツ・グラモフォンが時々使う手法だ。

しかし、これが企画のための企画に終わっていないのは演奏を一聴すれば明らかである。

ドイツのオーケストラのように重厚すぎないロンドン・フィルの上品で節度ある響きが、この演奏に独特の気品を与えているからである。

あまりにオーソドックスなため、どの演奏がどうである、という解説は困難を極める。

そこで、このセットに共通する特徴をいくつか挙げるに留めたい。

まず第一には、演奏する歓びに溢れていることであるが、とは言っても、少し説明不足かも知れない。

アンサンブルをする歓び、職人的に書かれたハイドンのスコアを、音にする歓びに溢れている、とでも言えば本質に大分近づいてくる。

つまり、精神的にどうのこうの言う前に、単純に縦の線を合わせるとか、三度の響きを正確にとか、アクセントをどう置くだとか、合いの手を入れるニュアンスなど、「合奏」することの純粋な面白さをヨッフムと団員たちが追求しており、その愉しさが聴き手の心をウキウキさせるのだ。

そして、もうひとつ挙げるなら、ヨッフムが熟練した統率能力と背中合わせに併せ持つヨッフムの「子供のような純粋さ」である。

たとえば、《軍隊》における鳴り物を賑やかに鳴らす様など、子供がおもちゃを叩いて大喜びしているのを思い出させるのだ。

ハイドンのもうひとつの面白さに気づかせてくれる演奏と言えるところであり、ヨッフムの素晴らしいブルックナーを彷彿とさせる。

こういうハイドンを聴くと、本当に心が和み、小編成では味わうことのできない大らかさにホッとするのだ。

クナッパーツブッシュのように無限の宇宙を感じるとか、シューリヒトのように魂が天を駆けるという特別な演奏ではない。

それでいて、大衆に媚びた低級な演奏でもなく、現在ではなかなか聴けないスタイルの演奏だ。

特別な仕掛けや細かな計算が表に出るような指揮ではなく、大らかで素朴ながら、ハイドンの音楽の面白さがストレートに伝わってくる。

真面目さとユーモア、高尚と親しみやすさ、そんなものが同居した、バランスの取れた名演集である。

こうしたがっちりとした造型と、大柄な表現は、今やほとんど誰もできなくなってしまった。

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2015年02月24日


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エミール・ギレリスとオイゲン・ヨッフム、2人の巨匠ががっぷり四つに組んだ名演として長く語り継がれている名盤。

ギレリスのピアノもヨッフム&ベルリン・フィルも、大規模作品にふさわしい表現のスケールを獲得した、雄大かつ非常に力強い有名な演奏で、これらの作品では筆頭に挙げられ続けている名盤中の名盤。

鋼鉄のピアニストであるギレリスと穏健長老派指揮者のヨッフムという、一見すると水と油のように思える組み合わせであるが、本盤を聴くとそれが杞憂であることがよくわかる。

ヨッフムの温かくも、決して隙間風の吹かない重厚な指揮ぶりがブラームスの渋い曲想に見事にマッチしており、加えて、ブラームスの協奏曲の難曲とも言われるピアノパートを力強い打鍵で弾き抜いていくギレリスの強靭なピアニズム。

演奏が悪かろうはずがなく、ギレリスが遺した最上の録音の1つと言える。

これら両者を、当時、最高の状態にあったベルリン・フィルが好サポートしており、役者三者が揃い踏みの本盤は、両協奏曲の数々の名演の中でも、ベストを争う名演に仕上がっていると高く評価したい。

特に、ギレリスにとっての初録音というのは意外であったが、ピアノ協奏曲第1番が超名演である。

鋼鉄のピアニストと言われたギレリスの鋭いタッチによる素晴らしい演奏で、ひとつひとつの音からして芯が強く、オーケストラとの呼吸も見事である。

冒頭の雷鳴のようなテーリヒェンのティンパニのド迫力には度肝を抜かれるし、随所に見られる枯れた味わいも感動的だ。

ギレリスも、決してテクニックを誇示するのではなく、ブラームスの青雲の志を描いた楽曲への深い共感の下、めまぐるしく変化する楽想を適切に捉えた絶妙の表現を示している点を評価したい。

ギレリスとヨッフム、日本では正当に評価されているとは必ずしも言えない両横綱のぶつかり合いが生んだ、奇跡の結晶と言えるだろう。

ピアノ協奏曲第2番もギレリス晩年の境地を十分に伝える名演で、わけても第3楽章の深い瞑想の世界は、他の演奏を大きく引き離した名演と言える。

このようなギレリスの派手さを抑え、遅めのテンポの深く、静かなピアノに、ヨッフムの指揮は素晴らしくマッチし、素晴らしい名演奏となった。

第1楽章など、確かに迫力には欠けるものの、聴き込む度に味わいの深さが感じられ、演奏のインパクトでは他の演奏に一歩譲るものの、いつまでも聴いていたいと思わせる。

幻想曲集も名演。

さらに今回のリマスタリングで音質にいっそう磨きがかかり、どこをとっても音響が充実しているという意味では、これ以上の演奏は考えられないというくらい気持ちのよい音がリスニング・ルームを埋め尽くしてくれる。

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2015年01月14日


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「第4」はブルックナーの交響曲の入門曲と目されているだけに、古今東西のブルックナー指揮者のみならず、ブルックナーをあまり指揮しない指揮者によっても多くの録音・演奏がなされている交響曲である。

オーソドックスな名演としてはベーム&ウィーン・フィルが忘れられないし、最近では朝比奈&大阪フィルやヴァント&北ドイツ放送響(あるいはベルリン・フィルやミュンヘン・フィル)の超名演があった。

更には、ムーティ&ベルリン・フィルの意外な指揮者による異色の名演も記憶に新しい。

そのような数々の名演を聴いた上で、やはり原点にというか、故郷に帰ってくるような感慨を覚える演奏がこのヨッフム&ベルリン・フィルによる名演だ。

ドイツ・ブルックナー協会の総裁を務めていたヨッフムの、脂の乗りきっていた時期の録音。

ヨッフムはベルリン・フィルから作品の持つロマン性を導き出すのに見事に成功しており、壮大なスケールで高揚感溢れる重厚な演奏を繰り広げている。

堂々としてまことに自然な音楽のつくりであり、後年の録音より求心力のある、力強い演奏になっている。

決して派手さはなく、いわゆる巧言令色からは程遠い。

しかし、このような質実剛健たる愚直とも言うべきアプローチこそが、ブルックナーの「第4」に最も相応しい解釈と言うことができるだろう。

ヨッフムの演奏は弦楽器の音色が幾分ほの明るく、しかも透明度の高いところに特色がある。

その弦の響かせ方に南ドイツ的な軽妙なニュアンスがあると評する人もいるが、水の流れにたとえると、緑陰からさす木漏れ日を少しく浴びた清流のような感じである。

こうしたヨッフムの演奏の特色はこの「第4」に限らず、どのブルックナーの演奏にも共通するが、縦横にすぐれた大家の技倆だと思う。

忘れてはならないのは、ベルリン・フィルが重厚でパワフルないかにもブルックナーの交響曲に不可欠の好演を行っているという点だ。

ヨッフムは、その後、シュターツカペレ・ドレスデンと再録音を行っているが、統率力にいささか綻びが見られることもあり、オーケストラの技量や録音も含めて、本盤の方を上位に置きたい。

シベリウスの「夜の騎行と日の出」は、ヨッフムとしてはきわめて珍しいレパートリーと言える。

北欧の指揮者の演奏に慣れた耳からすると、いかにもドイツ的な野暮ったさを感じるが、決して凡演というわけではなく、重厚さと繊細さを兼ね備えたなかなかの佳演である。

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2014年12月23日


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本盤に収められたヨッフム&ベルリン・フィルによるブルックナーの交響曲第7番は、ヨッフムが2度にわたってスタジオ録音したブルックナーの交響曲全集のうち、最初のものに含まれるものである。

2度にわたる全集はいずれも名全集の名に恥じないものであり、どちらを上位に置くべきかについては大いに議論の分かれるところではあるが、2度目の全集(1975〜1980年)がEMIによる必ずしも万全とは言い難い音質であることを考慮に入れると、筆者としては1958〜1967年にかけて録音が行われた最初の全集の方をわずかに上位に掲げたいと考えている。

当該全集に含まれた演奏はいずれも名演の名に相応しいものであるが、どちらかと言うと、初期の交響曲第1〜3番及び第6番がより優れた演奏である。

それでも、後期の第7〜9番の演奏が劣っているというわけではなく、一般的な意味においては名演と評価するのにいささかの躊躇をするものではない。

本盤の第7番の演奏におけるヨッフムのアプローチは、1990年代になってヴァントや朝比奈が確立した、悠揚迫らぬインテンポによる荘重な演奏とは大きく異なっている。

むしろ、随所にテンポの振幅を加えており、旋律もたっぷりと情緒豊かに歌わせるなど、ロマンティシズムの色合いさえ感じさせるほどだ。

ブラスセクションなどは、後年のヴァントや朝比奈のように、必ずしも最強奏させることなく、むしろ全体をオルガン風にブレンドしているような印象を受ける。

したがって、ヴァントや朝比奈の演奏に慣れ親しんだ耳で聴くと、いささか柔和な印象を与えると言えなくもないが、それでもスケールは十分に雄大であると言えるところであり、演奏全体として、ブルックナーの音楽の魅力を十分に描出するのに成功しているというのは、ヨッフムがブルックナーの本質をしっかりと鷲掴みにしているからにほかならない。

同じく後期の交響曲である第8番の演奏においては、いささかスケールの小ささが気になったところであるが、本盤の第7番については、その演奏の壮大なスケール感において不足はないと言えるところだ。

ベルリン・フィルもヨッフムの確かな統率の下、その合奏能力を十二分に発揮した壮麗な名演奏を展開しており、その演奏の重厚さにおいては、後年のシュターツカペレ・ドレスデンとの演奏(1976年)や、ライヴ録音であるミュンヘン・フィルとの演奏(1979年)やコンセルトへボウ・アムステルダムとの演奏(1986年)といった名演を大きく凌駕していると言っても過言ではあるまい。

そして、本盤で素晴らしいのはシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化によって、およそ信じ難いような鮮明な高音質に生まれ変わったことである。

従来CD盤では、各楽器セクションが明瞭に分離せず、一部混濁して聴こえたりしたものであるが、本盤では明瞭に分離して聴こえるところである。

加えて、マルチチャンネルが付いていないにもかかわらず、臨場感についても抜群のものがあり、おそらくは現在において望み得る最高の鮮明な超高音質である。

いずれにしても、ヨッフムによる素晴らしい名演を、シングルレイヤーによる超高音質SACD&SHM−CDで味わうことができることを大いに歓迎したい。

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2014年10月07日


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ヨッフムは、ブルックナーの交響曲全集を2度にわたってスタジオ録音している。

この記録は、朝比奈が1990年代に3度目の全集を録音するまでは破られることがなかったものであるが、いずれにしてもこれはブルックナーの権威でもあったヨッフムの面目躍如とも言うべき立派な業績であると考えられる。

両全集ともに素晴らしい名全集であると言えるところであり、両者の優劣を比較することは困難を極めるが、2度目の全集(1975〜1980年)がEMIによる決して万全とは言い難い音質であることを考慮に入れると、筆者としては1958〜1967年にかけて録音が行われた本盤の最初の全集の方をわずかに上位に掲げたいと考えている。

本全集の各交響曲の演奏におけるヨッフムのアプローチは、1990年代になってヴァントや朝比奈が確立した、悠揚迫らぬインテンポによる荘重な演奏とは大きく異なっている。

むしろ、驚くほどテンポの変化を加えており、旋律もたっぷりと情緒豊かに歌わせるなど、ロマンティシズムの色合いさえ感じさせるほどだ。

ブラスセクションなどの最強奏は、後年のヴァントや朝比奈にも通じるものがあるが、壮絶にしてドラマティックな要素をも兼ね備えているのが独特である。

したがって、ヴァントや朝比奈の演奏に慣れ親しんだ耳で聴くと、いささかやり過ぎの印象を与えるとともに、スケールがやや小型であるというきらいもないわけではないが、それでいてブルックナーの音楽の魅力を十分に描出するのに成功しているというのは、ヨッフムがブルックナーの本質をしっかりと鷲掴みにしているからにほかならない。

どの交響曲も水準以上の名演であるが、とりわけ第1番、第2番は素晴らしい超名演であるとともに、第6番については、同曲の演奏史上でも今なおトップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

というのも、これらのブルックナーの交響曲の中でも比較的規模が小さい交響曲においては、前述のようなヨッフムのアプローチがすべてプラスに働いているからである。

他方、第7番や第8番については、より壮大なスケール感が欲しいという気もするが、それはあくまでも高い次元での問題であり、これだけ堪能させてくれれば文句は言えまい。

第9番も、さすがに同曲最高の名演とは言い難いが、それでもベルリン・フィルの強力なブラスセクションを十二分に活かした壮絶な表現は、後年のヨッフムのシュターツカペレ・ドレスデン(1978年)やミュンヘン・フィル(1983年)との演奏をはるかに凌駕する圧倒的な迫力を誇っており、現在でもなお十分に存在感を誇る名演に仕上がっていると高く評価したい。

録音も、ベルリン・イエス・キリスト教会やミュンヘン・ヘルクレスザールの豊かな残響を効果的に生かした素晴らしい音質を誇っており、前述のように後年のEMIの録音をはるかに凌駕している。

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2014年08月24日


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最近では非常に人気のある作品であり、数々の録音がなされている「カルミナ・ブラーナ」であるが、録音以来40年以上が経過した現在においてもなお、本ヨッフム盤の価値がいささかも色褪せることはない。

それどころか、本演奏は、プレヴィン&ウィーン・フィル盤(1995年)などの様々な指揮者による名演に冠絶する至高の超名演と高く評価したい。

作曲家オルフが認めた演奏であり、ヨッフム自身が同曲の初演者であるということもあるが、それだけでなく、やはり演奏自体が非常に優れているのである。

同曲は、紛れもないドイツ音楽であるが、ヨッフムの演奏は、同曲をドイツ音楽であることをあらためて認識させてくれるのが何よりも素晴らしい。

同曲は、華麗な合唱やオーケストレーションを誇る楽曲であることから、最近ではそうした華麗さに焦点を当てた演奏が数多くなされているように思うが(それも、魅力的ではある)、ヨッフムの演奏は、外面的な華麗さよりは、ドイツ音楽ならではの質実剛健さを基調としている。

したがって、全体の造型の堅固さには際立ったものがあるが、それでいてヨッフムは、これ以上は求め得ないようなドラマティックな演奏を展開しており、その畳み掛けていくような気迫と力強い生命力は、圧倒的な迫力を誇っている。

あたかも壮大なドイツオペラを鑑賞しているような趣きがあり、そのスケールは雄渾の極みである。

歌手陣も優秀であり、特に、ソプラノのヤノヴィッツとバリトンのフィッシャー・ディースカウの歌唱は秀逸である。

このうち、フィッシャー・ディースカウの歌唱はうますぎるとさえ言えるが、これだけ堪能させてくれれば文句は言えまい。

ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団やシェーネベルク少年合唱団も最高のパフォーマンスを示している。

録音は、何度もリマスタリングを繰り返してきたこともあって比較的良好であるが、数年前に発売されたSHM−CD盤がこれまでのところでは最も音質が優れている。

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2014年08月07日


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ブルックナー協会総裁を務めるなどブルックナーの権威として知られていたヨッフムは、ブルックナーの交響曲全集を2度にわたってスタジオ録音している。

最初の全集は、ベルリン・フィルやバイエルン放送交響楽団とともにスタジオ録音を行ったもの(1958〜1967年)であり、そして2度目の全集が本盤に収められたシュターツカペレ・ドレスデンとのスタジオ録音(1975〜1980年)である。

ヨッフムのブルックナー演奏は、1990年代以降に登場して、現在においても誉れの高いヴァントや朝比奈による超名演とはその性格を大きく異にしている。

ヴァントや朝比奈は、荘重なインテンポによって曲想を重厚に、そして精緻に描き出していくというスタイルで一世を風靡したところであり、これは、ブルックナー演奏はインテンポで行うべきであるという現在における基本的な演奏スタイルにも繋がっている。

ところが、ヨッフムの場合は、インテンポなどにいささかも固執していない。

それどころか、テンポは大胆に動かしており、むしろドラマティックで壮絶ささえ感じさせることがあるほどだ。

緩徐楽章などにおける抒情的な旋律の数々も徹底して歌い抜いており、その心の込め抜いた情感の豊かさには、ロマンティシズムの香りさえ漂っている。

このように、現代のブルックナー演奏の定石からすれば、かなり大胆で思い切った表現を駆使しているにもかかわらず、演奏全体の造型が弛緩することなく、ブルックナーらしさをいささかも失っていないというのは、ブルックナーの権威たるヨッフムの面目躍如たるものがあると言えるだろう。

どの交響曲も水準以上の名演であると言えるが、とりわけ第1番、第2番、第6番などの比較的規模が小さい曲が素晴らしい超名演であるというのは、旧全集とも共通している。

他方、第7番や第8番についても、旧全集と同様により壮大なスケール感が欲しいという気もするが、これだけ堪能させてくれれば文句は言えまい。

オーケストラには、シュターツカペレ・ドレスデンを起用しているが、このオーケストラの持ついぶし銀の重心の低い音色が、本盤の各演奏に独特の潤いと温もりを付加させていることを忘れてはならない。

なお、ヨッフムのアプローチは、本全集だけでなく旧全集においても基本的に共通しているが、旧全集よりも若干ではあるが本全集の方がより思い切った表現をとっているように思われる箇所が散見されるところであり、旧全集と本全集の優劣の比較は困難を極めるが、録音面を加味すれば、筆者としては旧全集の方をわすかに上位に置きたいと考えている。

もっとも、それは高次元での比較の問題であり、本全集もブルックナーの権威としてのヨッフムならではの素晴らしい名全集と高く評価したい。

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2014年06月18日


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ヨッフムの死の半年前の記念碑的な来日公演が、ついにシングルレイヤーによるSACD盤で発売されることになった。

ユニバーサルやEMIが揃ってSACD盤の発売に積極的になってからというもの、一時は瀕死の状態にあったSACDが急速に脚光を浴びるようになったというのは、パッケージメディアの良さをあらためて認識させるという意味において、大変喜ばしいことである。

そうしたSACD復活の流れの中で、大指揮者による数々の来日公演のCD化で定評のあるアルトゥスレーベルが、先日のムラヴィンスキーの来日公演(1973年)のCD2点を皮切りとして、シングルレイヤーによるSACD盤の発売に踏み切ったのは、何と言う素晴らしいことであろうか。

アルトゥスレーベルによるSACD化第2弾として、何を発売するのか筆者としても非常に興味を抱いていたところであるが、今般選ばれた音源は、いずれも文句のない歴史的な名演揃いである。

特に、ヨッフムの最後の来日公演でのブルックナーの交響曲第7番は、今でもファンの間で語り伝えられている歴史的な超名演であり、今般のシングルレイヤーによるSACD化によって、鮮明かつ臨場感溢れる極上の高音質に生まれ変わった意義は極めて大きいものと言わざるを得ないところだ。

それにしても素晴らしい超名演だ。

ブルックナーの権威として自他ともに認めるヨッフムであるが、巨匠ヨッフムとしても死の半年前という最晩年になって漸く成し遂げることができた最高の名演奏と言えるのではないだろうか。

ヨッフムによる本演奏は、後年のヴァントや朝比奈などによって確立された、いわゆるインテンポを基調とした近年主流となったブルックナー演奏とは必ずしも言い難い。

テンポの振幅も大胆に活用しているし、旋律の歌い方も熱きロマンティシズムにさえ満ち溢れているほどだ。

それでいて、演奏全体の造型はきわめて雄大。

楽曲の心眼に鋭く切り込んでいくような彫りの深さにおいては尋常ならざる凄みがあると言えるところであり、演奏全体としては、いわゆるブルックナーらしさをいささかも失うことがないというのは、まさにブルックナーの権威たるヨッフムの真骨頂と言えるだろう。

とりわけ、第2楽章のゆったりとしたテンポによる悠揚迫らぬ音楽の運びは、神々しいまでの崇高さを感じさせるほどであり、これはヨッフムが最晩年になって漸く到達し得た至高・至純の清澄な境地と言えるのではないだろうか。

併録のモーツァルトの交響曲第33番も、近年の古楽器奏法やピリオド楽器使用による軽妙浮薄な演奏とは正反対の、重厚にしてシンフォニックな名演であり、これぞ巨匠の音楽と言っても過言ではあるまい。

オーケストラがコンセルトヘボウ・アムステルダムであったことも功を奏しており、ヨッフムの神々しいまでの統率の下、最高のパフォーマンスを発揮しているのが見事である。

いずれにしても、本盤は、演奏の素晴らしさ、そして極上の高音質(とりわけ、モーツァルトの交響曲第33番の演奏における艶やかな音色には抗し難い魅力が満ち溢れている)という、望み得る要素をすべて併せ持った至高の名SACDと高く評価したい。

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2014年05月12日


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ヨッフムがバンベルク交響楽団とともに来日した際の待望のライヴ録音の登場だ。

近年では、ベートーヴェンの交響曲の演奏様式も当時とは大きく様変わりし、小編成オーケストラのピリオド楽器による演奏や、大編成のオーケストラによるピリオド奏法による演奏などが主流を占めつつあり、いまやかつての大編成のオーケストラによる重厚な演奏を時代遅れとさえ批判するような見解も散見されるところだ。

昨年発売されたティーレマン&ウィーン・フィルによるベートーヴェンの交響曲全集は、そうした近年の軽妙浮薄とも言うべき演奏傾向へのアンチテーゼとも言うべき意地の名演であったが、それも少数派。

一部の音楽評論家や音楽の研究者は喜んでいるようであるが、少なくとも、かつての大指揮者による重厚な名演に慣れ親しんできたクラシック音楽ファンからすれば、あまり好ましい傾向とは言えないのではないかとも考えられるところだ。

パーヴォ・ヤルヴィやノリントン、ジンマンなどによって、芸術的にもハイレベルの名演は成し遂げられているとは言えるものの、筆者としては、やはりどこか物足りない気がするのである。

そうした中にあって、ヨッフム&バンベルク交響楽団による演奏を聴くと、あたかも故郷に帰省した時のように安定した気持ちになるのは筆者だけではあるまい。

もちろん、ヨッフムは何か特別な解釈を施しているわけではない。

奇を衒ったようなアプローチは皆無であり、バンベルク交響楽団のドイツ風の重厚な響きを最大限に生かしつつ、曲想を丁寧に描き出していくというオーソドックスな演奏に徹していると言えるところだ。

もっとも、交響曲第7番について言えば、第3楽章中間部のロマンティシズム溢れる表現や第4楽章の決して急がないテンポによる演奏など、ヨッフムならではの独自の解釈も見られないわけではないが、演奏全体としてはまさにドイツ正統派とも言うべき重厚な演奏に仕上がっていると言えるだろう。

もちろん、交響曲第6番について言えば、ワルター&ウィーン・フィル(1936年)やワルター&コロンビア交響楽団(1958年)による演奏、ベーム&ウィーン・フィルによる演奏(1971年)、そして、交響曲第7番について言えば、フルトヴェングラー&ベルリン・フィル(1943年)やフルトヴェングラー&ウィーン・フィル(1950年)による演奏、クレンペラー&(ニュー・)フィルハーモニア管弦楽団等による演奏(1960年及び1968年)、カラヤン&ベルリン・フィルによる演奏(1978年パレクサ盤)などの超名演があり、これらと比較すると強烈な個性に乏しいとも言えるが、ベートーヴェンの交響曲第6番や第7番の魅力をダイレクトに表現しているという意味においては、本盤のヨッフムによる演奏を素晴らしい名演と評価するのにいささかの躊躇をするものではない。

カップリングの「エグモント」序曲も、ヨッフムならではの円熟の名演だ。

音質については、FM東京の音源だけに従来CD盤でも比較的良好な音質であったが、今般のシングルレイヤーによるSACD盤を聴いて大変驚いた。

従来CD盤とは次元が異なる見違えるような鮮明な音質に生まれ変わった。

いずれにしても、ヨッフムによる素晴らしい名演を、SACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年03月07日


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ヨッフムは1969年から73年までバンベルク響の指揮者を務め、その後もこのコンビで1982年に来日しているが、これはその前後の録音。

ドイツ音楽の正統を受け継ぐ巨匠として知られ、1987年に亡くなったヨッフム晩年の録音。

ヨッフムが最も得意としたドイツ=オーストリア音楽から、モーツァルトの2つの交響曲の折り目正しい演奏を聴く。

いかにもドイツ的で端正な、格調の高い表現には魅せられる。

ヨッフムと縁の深いオーケストラといえば、その創設に尽力したバイエルン放送響、常任指揮者を務めたロイヤル・コンセルトヘボウ管、桂冠指揮者の称号をおくられたロンドン響などがあげられるが、このバンベルク響とは6回も一緒に来日したほど息の合うところを見せ、このディスクでも彼らから、いぶし銀のような響きをよく引き出している。

若いころから名声を追い求めることのなかった人だけに、じっくりと積み重ねた年輪を感じさせる味わい深い演奏は聴く者の胸を打つ。

ヨッフムには、若いころにロイヤル・コンセルトヘボウ管を指揮しての録音もあるが、晩年の手兵バンベルク響を指揮したこのディスクは、いっそうきめこまやかで音楽性の深い表現で、決して派手な効果を狙うことのない、その堅固で誠実な演奏には強くひきつけられる。

またこの老大家の指揮は、驚くほど精緻でありながら、オペラを得意としたヨッフムらしい、生き生きとした表情がすばらしい。

第35番「ハフナー」は冒頭から、内部に秘められたロマン性を引き出した堂々とした演奏である。

第38番「プラハ」もほのぼのとした素朴な部分が残されていて心温まる。

もう2度と現れないであろう、名指揮者がわれわれに遺してくれた至芸をじっくり味わいたい。

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2014年01月07日


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ヴェルディは1950年12月1日、ミュンヘン大学講堂、ブルックナーは1954年5月14日、ドイツ博物館、ミュンヘン、に於けるライヴ録音。

ヨッフムのヴェルディは珍しく、「レクイエム」はこれが唯一の録音である。

「レクイエム」は、聴く者の耳と心を捉えて離さない演奏だ。

ヨッフムの精神の高さが、ヴェルディの剛直・雄渾の精神を見事に表現しており、その骨格には冒し難い品格が備わっている。

重厚なドイツ的表現で極めて個性的な演奏であるが、古い実況録音の中から宗教的感動の盛り上がりが伝わってくる。

確かにドイツ的心情で捉えた演奏ではあるが、こうした音色もヴェルディに必要なのではあるまいか。

現在のどの指揮者も工夫を凝らす“演出”の巧みな設計、デュナーミクの振幅、テンポの緩急などの遠近は、最小限度に抑えられている。

独唱陣はいずれも一時代を画した名歌手の貫禄を示しており、特にクーニッツが素晴らしい。

「テ・デウム」もヨッフムの得意中の得意の曲だけに、充実のひとときと与えてくれる。

「テ・デウム」における深い共感はヨッフムならではのもので、DGへのスタジオ録音より一段と劇的な迫力で壮麗に綴られる。

まだ創設して間もなかったバイエルン放送交響楽団がヨッフムに鍛え上げられたのか、見事な演奏を繰り広げている。

合唱も1音符の乱れもなく、両曲とも素晴らしい情熱で歌い切っている。

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2013年12月13日


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このヨッフム死の半年前の記念碑的な来日公演については既にレビュー投稿済だが、ついにシングルレイヤーによるSACD盤で発売されることになったので改めて投稿する次第である。

ユニバーサルやEMIが揃ってSACD盤の発売に積極的になってからというもの、一時は瀕死の状態にあったSACDが急速に脚光を浴びるようになったというのは、パッケージメディアの良さを改めて認識させるという意味において、大変喜ばしいことである。

そうしたSACD復活の流れの中で、大指揮者による数々の来日公演のCD化で定評のあるアルトゥスレーベルが、先日のムラヴィンスキーの来日公演(1973年)のCD2点を皮切りとして、シングルレイヤーによるSACD盤の発売に踏み切ったのは、何と言う素晴らしいことであろうか。

アルトゥスレーベルによるSACD化第2弾として、何を発売するのか筆者としても非常に興味を抱いていたところであるが、今般選ばれた音源は、いずれも文句のない歴史的な名演揃いである。

特に、ヨッフムの最後の来日公演でのブルックナーの交響曲第7番は、今でもファンの間で語り伝えられている歴史的な超名演であり、今般のシングルレイヤーによるSACD化によって、鮮明かつ臨場感溢れる極上の高音質に生まれ変わった意義は極めて大きいものと言わざるを得ないところだ。

それにしても素晴らしい超名演だ。

ブルックナーの権威として自他ともに認めるヨッフムであるが、巨匠ヨッフムとしても死の半年前という最晩年になって漸く成し遂げることができた最高の名演奏と言えるのではないだろうか。

ヨッフムによる本演奏は、後年のヴァントや朝比奈などによって確立された、いわゆるインテンポを基調とした近年主流となったブルックナー演奏とは必ずしも言い難い。

テンポの振幅も大胆に活用しているし、旋律の歌い方も熱きロマンティシズムにさえ満ち溢れているほどだ。

それでいて、演奏全体の造型はきわめて雄大。

楽曲の心眼に鋭く切り込んでいくような彫りの深さにおいては尋常ならざる凄みがあると言えるところであり、演奏全体としては、いわゆるブルックナーらしさをいささかも失うことがないというのは、まさにブルックナーの権威たるヨッフムの真骨頂と言えるだろう。

とりわけ、第2楽章のゆったりとしたテンポによる悠揚迫らぬ音楽の運びは、神々しいまでの崇高さを感じさせるほどであり、これはヨッフムが最晩年になって漸く到達し得た至高・至純の清澄な境地と言えるのではないだろうか。

併録のモーツァルトの交響曲第33番も、近年の古楽器奏法やピリオド楽器使用による軽妙浮薄な演奏とは正反対の、重厚にしてシンフォニックな名演であり、これぞ巨匠の音楽と言っても過言ではあるまい。

オーケストラがコンセルトヘボウ管弦楽団であったことも功を奏しており、ヨッフムの神々しいまでの統率の下、最高のパフォーマンスを発揮しているのが見事である。

いずれにしても、本盤は、演奏の素晴らしさ、そして極上の高音質(とりわけ、モーツァルトの交響曲第33番の演奏における艶やかな音色には抗し難い魅力が満ち溢れている)という、望み得る要素をすべて併せ持った至高の名SACDと高く評価したい。

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2013年09月02日


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ユニバーサルが一昨年来、シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤の発売を開始したことは、不況にあえぐクラシック音楽界にあって、起死回生とも言うべき素晴らしい快挙と言えるものである。

当初は、既に発売されたハイブリッドSACD盤の焼き直しに過ぎなかったところであるが、昨年6月のフルトヴェングラーによる一連の録音を皮切りとして、未だSACD化されていない過去の様々な指揮者による名演のSACD化を開始したのは実に素晴らしいことである。

そして、今度はヨッフムによる一連の録音のSACD化が行われることになったが、SACD化の対象となる3枚の選定に際しては若干の疑問を感じずにはいられないところだ。

「カルミナ・ブラーナ」については初演者による不朽の歴史的超名演であり全く異存はないが、他の2枚、とりわけ本盤のモーツァルトの交響曲第41番及びシューベルトの交響曲第8番を、何故に今般のSACD化の対象として選定したのかについては、大いに理解に苦しむところである。

ヨッフムによるブルックナーの交響曲であれば、第7番ではなく、第6番(ないしは第1〜第3番)を選定すべきであろうし、場合によっては既にハイブリッドSACD盤が発売されているロイヤル・コンセルトへボウとの第5番のライヴ録音を選定すべきではないだろうか。

また、ヨッフムがモーツァルトを得意としており、何度も繰り返し録音を行っていたことはよく理解できるところであるが、本盤に収められた演奏も名演の名に値はするものの、他の演奏を押しのけてまで優れた演奏であるとは必ずしも言い難いと考えられる。

シューベルトの交響曲第8番についても同様のことが言えるところであり、ヨッフムとボストン交響楽団の組み合わせによる演奏は極めて珍しいと言えるが、仮にそれだけで選定したというのであれば、それはいかにも短絡的と言えるのではないか。

せっかくSACD化をするのであれば、他のより優れた演奏を対象とするべきであったと言えなくもないところだ。

もっとも、本演奏自体も、ヨッフムならではの重厚でなおかつ滋味豊かな味わい深い名演であり、前述のような問題点を一切度外視して、本盤の演奏だけを聴く限りにおいては何らの文句もつけようがないとも言える。

したがって、本盤のアドバンテージは、演奏内容というよりはむしろ、シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤による、およそ信じ難いような鮮明な高音質である。

従来CD盤は既に長らく廃盤であり比較のしようがないのが残念ではあるが、各楽器セクションが明瞭に分離して聴こえるのは、本演奏の録音年代から言って殆ど驚異的ですらある。

加えて、マルチチャンネルが付いていないにもかかわらず、臨場感についても抜群のものがあり、おそらくは現在において望み得る最高の鮮明な超高音質である。

いずれにしても、ヨッフムによる素晴らしい名演を、シングルレイヤーによる超高音質SACDで味わうことができることを大いに歓迎したい。

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2012年11月04日


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本盤とほぼ同時期に録音されたカラヤン&ドレスデン国立歌劇場管弦楽団盤が空前絶後の超名演だけに、その陰に隠れて過小評価されている演奏である。

さすがに指揮者やオーケストラの格などに鑑みると、どうしても旗色が悪い演奏ではあるが、歌手陣なども加味するとなかなかの佳演と評価してもいいのではなかろうか。

一語でいうと地味で素朴な風格を帯びた「ニュルンベルクのマイスタージンガー」である。

といってヨッフムの演奏は少しも鈍重でなく、温かく優しい表情の中にひとつひとつの音やモティーフをくっきりと鮮明に浮かび上がらせている。

本盤の魅力は、何といっても、両主役であるザックスとヴァルターに、それぞれフィッシャー=ディースカウ、プラシド・ドミンゴを配している点であろう。

フィッシャ=ディースカウはいつものように巧すぎるとも言える歌唱を披露しているが、それでも本盤ではそうした巧さがほとんど鼻につかない。

この役にはやや明るい声だが、ひとつひとつの言葉のもつ抜き差しならぬ意味を、微細な表情の中に鮮やかに歌い出している。

ドミンゴはいかにも色男らしさを描出しているが、それが若き騎士であるヴァルターという配役と見事に符合している。

これら両者と比較すると、エヴァ役のリゲンツァは、いささか線が細く、この点だけが残念だ。

べックメッサー役のヘルマンや、ポーグナー役のラッガーなど、脇を固める歌手陣も見事なパフォーマンスを示しており、合唱陣の名唱も相まって、本盤の価値をより一層高めることに大きく貢献している。

ヨッフムの指揮は、ドイツ音楽の伝統に根ざした、手堅い表現で、押し出しの立派な、風格のある演奏である。

いかにも職人肌の実直な指揮ぶりであり、ワーグナーの他のオペラだと平板な印象を与えかねない危険性を孕むアプローチであると思うが、楽曲が、ワーグナーとしては肩の力が抜けた「ニュルンベルクのマイスタージンガー」だけに、そのような不安はほぼ払拭され、総じて不満を感じさせる箇所はない名指揮ぶりであると言える。

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2012年10月24日


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「第4」はブルックナーの交響曲の入門曲と目されているだけに、古今東西のブルックナー指揮者のみならず、ブルックナーをあまり指揮しない指揮者によっても多くの録音・演奏がなされている交響曲である。

オーソドックスな名演としてはベーム&ウィーン・フィルが忘れられないし、最近では朝比奈&大阪フィルやヴァント&北ドイツ放送響(あるいはベルリン・フィルやミュンヘン・フィル)の超名演があった。

さらには、ムーティ&ベルリン・フィルの意外な指揮者による異色の名演も記憶に新しい。

そのような数々の名演を聴いた上で、やはり原点にというか、故郷に帰ってくるような感慨を覚える演奏がこのヨッフム&ベルリン・フィルによる名演だ。

本盤は奇を衒わずスケール感もある程度満足させ、さらに曲名を地で行くロマンティックな様相が魅力的だ。

決して派手さはなく、いわゆる巧言令色からは程遠い。

しかし、このような質実剛健たる愚直とも言うべきアプローチこそが、ブルックナーの「第4」に最も相応しい解釈と言うことができるだろう。

忘れてはならないのは、ベルリン・フィルが重厚でパワフルないかにもブルックナーの交響曲に不可欠の好演を行っているという点だ。

ヨッフムは、その後、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団と再録音を行っているが、統率力にいささか綻びが見られることもあり、オーケストラの技量や録音も含めて、本盤の方を上位に置きたい。

シベリウスの交響詩《夜の騎行と日の出》は、ヨッフムとしてはきわめて珍しいレパートリーと言える。

北欧の指揮者の演奏に慣れた耳からすると、いかにもドイツ的な野暮ったさを感じるが、決して凡演というわけではなく、重厚さと繊細さを兼ね備えたなかなかの佳演である。

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2012年05月30日


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1954年12月9.10日 ミュンヘン ヘラクレス・ザールでの録音で、このヨッフムの演奏は、1954年11月30日に逝去したフルトヴェングラーへの追悼でもあり、リスペクトとも言えるだろう。

バイエルン放送交響楽団の記念ボックスからの分売により、この名演が求めやすくなったのは有難い。

音も大変良く、フルトヴェングラーの代表作を味わうには最適のCD。

フルトヴェングラーは、自作が他の指揮者が取り上げてくれることを望んだそうだが、ヨッフムであれば大変喜んだことだろう。

まず音がすばらしく綺麗に入っていて、状態の良いモノラル録音だ。

大編成で録音を聴いても金管に弦の音がかき消されやすいこの交響曲であるが、この録音は大変優秀だと思う。(欲を言えば録音レベルが低いように思う。筆者はいつもよりヴォリュームを上げて聴いている。)

演奏も大変立派で、自作自演以外には少し前にリリースされたバレンボイム&シカゴ響の哀愁と思い入れたっぷりの演奏が見事であったが、このヨッフムの演奏も管弦楽の美しさの中に苦悩や未来への憧憬が込められている印象を持つ。

フルトヴェングラーと同様ナチス政権下のドイツで生活していた音楽家であるから、立場はどうあれ当時の体験をこの曲に体現できる力を持ち得たのだろうと思う。

楽譜を再現した、ただ美しいだけの悲壮感のない演奏になっていないのが作品に対する好意的態度と思える。(ヨッフムはフルトヴェングラーをどう思っていたのか興味深い。)

オーケストラの鋭角的な反応も素敵だ。

この曲は丸くまとまってしまうと全然面白くないので、このように鋭角的な演奏をしてこそ価値があると思う。

オーケストラにとってもとても難曲だそうだから、この録音を聴く限りではバイエルン放送響は一糸乱れぬ演奏でとても優れたオーケストラだ。 

ステレオならバレンボイム盤しかないのだが、モノラルだと自作自演盤も多い。

仏フルトヴェングラー協会の自作自演盤が最も演奏としては壮絶でこの曲らしいと思うが、誰でもが入手できる高品質な演奏とすればこのヨッフム盤は選択肢に入れるべきであろう。

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2011年12月09日


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ブルックナーの作品は現在でこそさかんに取り上げられて演奏されているが、そうした傾向は比較的最近のことで、日本ばかりでなく国際的にも50年ほど前まではあまり取り上げられる機会は多くなかった。

そうした中にあってオイゲン・ヨッフムは、早くからブルックナーの作品を積極的に演奏していた指揮者の1人で、そのために国際ブルックナー協会からブルックナー・メダルを贈られている。

ヨッフムはブルックナーのミサ曲をはじめとする宗教音楽の多くを録音に残しており、そのいずれもが優れた演奏。

これらの声楽作品(合唱曲)は、ブルックナーの音楽をより良く理解するうえで欠かせないと思われるカトリシズムについて考えさせるだけでなく、交響曲への直接的な旋律の引用や雰囲気の再現といった観点からも非常に興味深いものとなっており、純粋に声楽作品として味わうだけでなく、交響曲と合わせて楽しめるのがポイントとなっている。

ミサ曲第1番の独唱では、エディット・マティス(S)、カール・リーダーブッシュ(B)、また第3番ではエルンスト・ヘフリガー(T)など当時の第一級の歌い手が登壇、メンバーの質の高さが第一に特筆されよう。 

ヨッフムの解釈は、おそらく敬虔なミサ曲を扱う配慮は忘れないながら、むしろポリフォニックな構築力をより強く感じさせる。

緊張感と迫力に富み作品に内在する熱く強いパッションを前面に押し出して聴き手を圧倒する。 

交響曲以外の「もうひとつのブルックナーの世界」に浸るうえで必携の2枚と言えよう。

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2011年10月25日


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ヨッフム最後の来日にして、亡くなる半年前の伝説的名演盤。

ヨッフムは終生、華やかな名声には縁のない地味な存在だったけれども、ことブルックナー指揮者としては、現代の第一人者として別格視する人が少なくなかったのではないだろうか。

私たちの視野に入るものだけでも、2度、実際には前後3回にわたるというブルックナー全曲録音の雄大な成果があるが、筆者はヨッフムの代表的なブルックナー録音として、最後の来日公演盤の「第7」をピックアップしてみた。

ひとりの演奏家が何度も同じ曲を録音する。

解釈の変化・進化とともに、演奏という行為が、2度と同じものを作ることができない宿命を負っているゆえに、再録音を演奏家にさせるのだ。

ブルックナーの交響曲を世の中に知らせ、親しまれるように尽力した最大の功労者である名匠ヨッフム(彼はまるでブルックナーの市民権を獲得するための"十字軍"のようだ)が1986年にコンセルトヘボウとライヴ録音したこの1組は、そんなヨッフムの残した数多くのブルックナー作品の録音の中でも、特に素晴らしい1組と言える。

第1楽章は、まるでザンクト・フローリアンのなだらかな田園風景を見るような優しく懐かしい演奏である。

第2楽章も優しい歌の洪水であり、深い情感を湛えつつ、悲しみと慰めの魂の深淵を描き出した美しさは忘れ難い。

とくに第2主題の感動的なまでの美しさに、この指揮者の孤高の人生が凝縮している。

しかし、特筆すべきは、コーダの静謐と極度に高い集中力。これを指して、筆者は巨匠の演奏と呼びたいのである。

ヨッフムは生涯の最後に、コンセルトヘボウとコンビが組めたのも、ヨッフムにとって何と幸せなことであったろう。

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2011年09月21日


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1977年11月28日、ベルリンでのステレオ・ライヴ録音。

2002年に生誕100年を迎えたオイゲン・ヨッフム(1902−1987)がベルリン・フィルを振ったブルックナーの第9。

ヨッフムの持つバイエルン人的豪放さと、ベルリン・フィルの洗練されたアンサンブルが極めて高い次元で結び合わさった名演奏。

ベルリン・フィルとの同曲はDGの全集にあった1964年録音のみであったが、ここでのヨッフムは年齢を重ねてさらに芸域を深めた高い境地にあることを実感させる。

1964年盤よりも緊張感があり、若干ニュアンスが異なる所もあるが、大胆なアゴーギクやパウゼも健在であり、やはりヨッフムのブル9である。

音楽の流れに逆らうことなく、どこまでも自然体の表現が説得力を発揮する。

所謂ケレンというものを感じさせないのが、ヨッフム流のしたたかさでもあろう。

精密さにはさほど頓着せず、ゆったりと気力十分の骨太な筆致が朗々たるオケの響きを引き出しており、ブルックナー特有のオルガン的音響が壮大に屹立するさまはまさに壮観。

楽章を追うごとにライヴゆえの感興が高まり、第3楽章ではヨッフムならではの荘重な響きで息の深い荘厳なクライマックスが現出している。

ライヴならではの緊迫感が全曲を通してひしひしと伝わる傾聴すべきドキュメントといえるだろう。

「神の楽人」と呼ばれ、そのコンサートはことごとく成功だったとされる最円熟期のヨッフム。

その至芸を伝える貴重な記録がまたひとつ甦ったことには大いに感謝したいところだ。

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2011年09月06日


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いずれもヨッフムの旧盤で、全集から分売されたのが有難い。

というのも、この2曲以外はシュターツカペレ・ドレスデンとの全集(新盤)で充分満足させてくれるからだ。

第1番のCDは朝比奈も良いが、スケルツォに大きな差がついている。

主部は胸がわくわくするような愉しい音楽だが、それをヨッフム(旧盤)くらい見事に表出した例はない。

快適なテンポ、生きて弾むリズム、鮮やかな音色感、チャーミングな主題の奏し方。

もちろんトリオの詩情もすばらしい。

この指揮者はアレグロ楽章の腰の軽いのが欠点だが、初期の作である1番シンフォニーだけにこれで充分だし、ブルックナーの本質をぴたりと捉えているので安心だ。

しかし、スケルツォに並ぶ傑作はアダージョで、聖フロリアン教会の春を想わせる清らかな寂しさを、ヨッフムは絶品の名指揮で聴かせてくれるのである。

第6番は、この曲の美しさを筆者に最初に教えてくれた忘れ難い名レコードで、その後ヴァント、アイヒホルン、朝比奈、スクロヴァチェフスキーなどの美演がより優れた録音で登場しても、この盤の価値は不滅といえよう。

とくにアダージョがすばらしい。

浄福と祈りに満ちたわびしさが全編を漂い、みずみずしいヴァイオリンの音色が最高である。

まさに絶美、至福のひとときだ。

同じヨッフムでもドレスデンの新盤には、この魅力はない。

第1楽章全体を駆けめぐるのは森羅万象の響きである。

彫りの深い、剛毅で有機的な生々しさがブルックナーの箴言を随所で伝える。

ただ、ヨッフムの表現はスケルツォ以下がいささかスケールの小さいきらいがある。

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2011年08月24日


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1979年11月8日、ヘルクレスザール・ミュンヘンに於けるライヴ録音。

「ブル9」の驚くべき名演でマニアの圧倒的支持を受けたヨッフム&ミュンヘン・フィルのブルックナー。

それに続き、ヨッフムの十八番として知られた、絶美の「ブル7」が登場した。

ヨッフムは多くの演奏をスタジオ・ライヴに問わず遺しているが、当演奏は枯れ切った来日公演(1986年)と覇気はあるが若干落ち着かない印象のある1960年代のスタジオ録音との中間にして理想形とも言える見事な演奏。

ヨッフムはいぶし銀の巨匠となり、ブルックナーの最高権威としてその普及に絶大な貢献をなした。

この演奏も実に味わい深いものがあり、ブルックナーの巨大な音楽構造の中に、人間的な温もりを感じさせる演奏となっている。

そしてその中で、かなりのテンポの変化を設けて情熱的なうねりも聴かせ、ブルックナーがロマン派の作曲家であったことを強く意識させている。

このようにロマン的な配慮も多いにも関わらず全体の造形が崩れないのは、ヨッフムの職人的な技が細部に行き届き、その結果アンサンブルが高度に維持されているからである。

ミュンヘン・フィルの演奏水準はチェリビダッケ着任早々ながら非常に高く、その鄙びた味わいは南ドイツのオーケストラならではで、この曲にさらなる潤いを与えていることは言うまでもない。

音色にうるさいブルックナー・マニアも唸らせる名演と言えよう。

本来熱しやすい音楽家であるヨッフムが動的なブルックナー解釈から静的なものに傾斜していくまさにその瞬間を捉えたのが、この1979年11月にミュンヘン・フィルに登壇したこの「ブル7」なのである。

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2011年08月23日


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ブルックナーは、1983年7月20日、ヘルクレスザールに於けるライヴ録音。

マニアには広く知られたヨッフム/ミュンヘン・フィルの「ブル9」は、以前、海賊盤でリリースされた際にも評判となり、筆者も所有しているが、今回のバイエルン放送マスターによる音源は極上音質だ。

ヨッフム晩年とはいえ、枯れ切った味わいとは異なる、オケを叱咤激励する推進力に富んだ演奏であり、チェリビダッケが磨きはじめた輝かしい音色と妙技がマッチした非の打ち所のない演奏といえよう。

ともすれば作品全体への見通しを失いがちになってしまうこの交響曲の演奏の難しさの中で、ヨッフムはきわめてスケールの大きい立脚点に身を置いてすこぶるつきの充実感を示している。

雄渾さと緻密さがしっかりと噛み合い、そこに巨視的な把握が加わることで稀有なほどに振幅の大きい第9番の地平が描き出される。

作品特有の対位法的書法も実に定着度高く手中に収められており、この指揮者がとくにこの曲を得意にしていた事実を再認識させてくれる。

第9番については、シューリヒト&ウィーン・フィルに尽きるのであるが、このヨッフム盤は、各パートが克明に聴こえるのが大きな長所だ。

つまり、シューリヒト盤では弦に溶け込んで聴こえにくい木管のパッセージなど、ブルックナーの記したスコアを確認できることが実に愉しい。

演奏自体、金管群の充実した響きにより、聴き応え十分である。

ヨッフムは長いこと国際ブルックナー協会ドイツ支部の理事長を務めていた。

聴きはじめは何でもないようでいて、30分、40分と時間がたつにつれ聴き手は吸い込まれるように彼の音楽の中に包まれてゆく。

終わると、しばし呆然として我を忘れ、何物にも替え難い魂の安らぎを覚えるのだ。

カップリングのワーグナーもドラマティックな高揚を見せるファン待望の凄演である。

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2011年07月27日


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1982年9月15日、NHKホールにおけるライヴ録音。

ヨッフムのブルックナーの交響曲に対する愛着は、既に1960年代にベルリン・フィルとバイエルン放送交響楽団とを指揮して完成した全集と、1970年代後半にドレスデン国立管弦楽団を指揮した全集に表れている。

この来日公演盤では、それがいっそう深いところで集約され、結実しているといってもよいであろう。

オケの響かせ方がブルックナーの法悦そのものであり、心のこもり切った表情、奥行き、厚みも見事。随所で音楽の箴言を伝えている。

作曲家独自の生成と高潮とが交替する作品の構成を、いっそう純化し、明確化して、曲に見通しのよさを与えている。

オーケストラの響きは、彼らの最上のものとなって潤いと落ち着きを持った表現をみせ、そのバランスの整えられたアンサンブルは、オルガニスト、ブルックナーとの結びつきを示唆している。

だがここで何よりも見逃せないのは、既に80歳を迎えていたヨッフムの音楽家としての円熟であり、しかもなお一向に衰えをみせぬ情熱と、美への献身であろう。

ヨッフムは要所を着実に押さえ、音楽を少しも飾ろうとせず、柔軟に流動させる。

いつかいかなるときにおいても、ヒステリックになることなく、素朴な、しかも晩年に入った野人ブルックナーの心境をはっきりと描き出す。

冒頭の主題形成からして実に鮮やかで、重力から開放されたような趣がある。

なかでも抒情と清浄さをみなぎらせた第3楽章は、充実した出来映えだ。

ヨッフムの作品に対する確信と愛着の念が素直な容姿の音楽を生み出している。

鮮明度の点では遜色を否めないが、音楽的な質は至極高い。

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2010年08月30日


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ドイツの名指揮者オイゲン・ヨッフムは、1961年にオランダ人以外では初めてコンセルトヘボウ管弦楽団の常任指揮者に就任したが、このアルバムはそのポストにあった時期に録音されたもの。

ヨッフムはブルックナーの演奏にかけては他の追随を許さない存在であり、特にこの第5番は彼が好んで頻繁に指揮した作品だった。

ヨッフムの第5番は数種類があり、どれも名演の誉れが高いが、これは1964年3月30日、31日に、南ドイツ、オットーボイレンの聖ベネディクトゥス修道院で行われた演奏会のライヴ・レコーディング。

大聖堂の豊かな残響を伴った荘厳無比な名演として以前から有名なこの演奏は、ヨッフムが実演でその真価を発揮するタイプの指揮者であったことをよく教えてくれる。

この曲のスペシャリストでもあるヨッフムには、ほかに5種類(1938/1958/1969/1980/1986)の録音が存在するが、大聖堂での演奏はこれだけ。

コンセルトヘボウの滋味がありながら透明度の高い弦楽器の音色が、録音会場の教会のなかに残響豊かに満ちていく。

ヨッフムは、全体はがっしりとした構えながら、コラール風の安寧に満ちたメロディが随所に繰り返され、それが徐々に力を漲らせながら頂点に向かっていくこの曲を手練れた演奏で聴かせる。

これこそブルックナーの魅力の表出といわんばかりの自信に満ちたアプローチである。

この曲にことさら求められるオルガン的響きが見事に捉えられ、宗教的敬虔さとあいまって、稀にみる名演となっている。

ブルックナーに対する演奏者の愛情と作品に対する造詣の深さを裏付けしており、じっくりとブルックナーの世界に浸らせてくれる名演である。

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2010年08月26日


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当ディスクは、すでにポストの面でも、芸風の面でも、悠々自適の境地に達していたヨッフムが亡くなる前年(1986年)に残した録音である。

さすがに老大家らしい、年輪の厚さを感じさせる演奏で、あたかも音楽をあたたかく、ふところに抱きかかえているような感じだ。

豊かで匂やかな音楽に溢れた演奏で、感情の自然な起伏を十全に表現したスケールの大きな演奏だ。

晩年のヨッフムがバンベルク響を振った他の演奏にも共通した衒いのない自然体のアプローチは、決して力むことのない、愛らしさを併せ持った生気溢れる世界を展開している。

だが、古典的な様式感よりは、自在な感情の流れを押し出した演奏だ。

セレナード第7番《ハフナー》では、この曲の明るく祝典的な気分を、ごく自然に表出しているのが特徴で、急所をビシッとおさえながら、あとは楽員の自発性にまかせてのびのびと演奏させている。

ことにロンドの楽章は上品で魅力的だ。

《アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク》の演奏は、中低域にもたっぷりと歌わせた中庸を心得た音響バランスで、とうとうと流れる音楽が自然で好ましい。

無理なところの一つも無い演奏の合間から、時折、愛らしい表情が浮かび出るのも、このコンビならではの魅力だ。

特に第2楽章の優しさは絶品だ。

ヨッフムの場合、その晩年期の来日公演時の印象があまりに強烈で、渋い老巨匠のイメージが強いものの、このセレナード第7番《ハフナー》では、第1楽章の主部で顕著なように、引き締まったテンポ設定を行なっており、豊かな風格が漂っているのが印象的だ。

しかも、音楽に対峙する姿勢はいささかもぶれることなく、自然な流れと愉悦感にあふれた名演が収録されている。

名コンビぶりをうたわれたバンベルク響のあたたかな響きを活かしながら、移ろいゆくハーモニーの綾を存分に引き出していく手腕も実に見事である。

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2010年08月21日


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最近のオリジナル楽器の演奏とは異なる伝統的な様式を継承した演奏だ。

古楽器台頭以前の大編成オーケストラによるもっともオーソドックスな演奏として、身も心も安心して委ねることのできるセットである。

アンサンブルをする歓び、職人的に精巧に書かれたハイドンのスコアを、音にする歓びが溢れている。

晴朗な音色と軽やかなリズムで、親しみに溢れた暖かい音楽を聴かせるが、造形は実に堅固で表情は格調が高い。

時に自己主張が強まるもののテンポやアーティキュレーションは妥当で、それでいながら巨匠的風格を持っているのだ。

ドイツのオーケストラのように重厚すぎないロンドン・フィルの上品で節度ある響きが、この演奏に独特の気品を与えている。

こういうハイドンを聴くと、本当に心が和む。

小編成では味わうことのできない大らかさにホッとするのだ。

クナのように無限の宇宙を感じるとか、シューリヒトのように魂が天を駆けるという特別な演奏ではない。

それでいて大衆に媚びた低級の演奏でもない。

真面目さとユーモア、高尚と親しみやすさ、そんなものが同居した、バランスの取れた名演集である。

これらのCDはヨッフムの最も優れた遺産のひとつといえる。

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2010年08月03日


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ブルックナーの全集と並ぶヨッフムの交響曲名盤。この全集が彼のEMIへのデビュー録音だった。

晩年のヨッフムはドイツ・ロマン派の交響曲に多くの名盤を残した。

ブルックナーはその代表であろうが、このブラームスもそれに劣らぬ名盤と言えよう。

悠々たる豊かな流れの中にロマン的情緒をたっぷりと注ぎ込み、きわめて味わい深い出来映えとなっている。

基本的にはドイツ正統派としての構築性ある骨組みの確かな演奏であるが、晩年のヨッフムにはそれは当然身に染みついたものとして、さらにそこからブラームス特有の陰りと潤いある表情を滲ませている。

これは一朝一夕でできる表現ではない。

その意味で私は4曲の中で特に第4番を推したい。

作曲者晩年の寂寥感が暗く表現されるのではなく、温かな歌として全篇に美しく広がっていく。

全体がヒューマンな抒情と感情の起伏に埋め尽くされている。

その他の曲も巨匠ならではの風格があり、立派のひとことに尽きる。

第1番はオーケストラが渋く重厚な、ヨッフムが求めたであろう響きを、そのまま表出しているのが素晴らしい。

第2番の曲の真髄と深く触れ合った演奏や、第3番の壮麗で爽やか、どことなく甘美さを秘めた表現も、もはや当節の指揮者では及びもつかない。

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2008年10月14日


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レコード史上初のブルックナー全集である。

ヨッフムはドレスデン国立管と2度目の全集を録音したし、十八番のブルックナーということで、円熟期から最晩年までのライヴ録音も数限りなくCD化されているので、この「全集」の影も薄くなった感は否めない。

しかし、ライヴにはない正規録音の折り目正しさは捨てがたい魅力であるし、何より素晴らしい録音と演奏によって末永く記憶されるべきスタンダードに間違いない。

中でも「第7」の深い美しさは格別の感銘を与えてくれる。すでにヨッフム晩年を予兆させる巨匠の演奏ぶりである。

体調、健康状態によって、時に中庸、穏健なだけの演奏も残したヨッフムだが、この「第7」においては気力充実した絶好調のヨッフムの姿を示している。

殊に第2楽章の厳粛な美しさは、いまだに聴くたびに感動を新たにしてくれる。

マイナーな「第1」「第2」「第6」も文句なしに素晴らしい。

前二者における伸びやかさと響きの開放感はブルックナー初期作品を聴く喜びに満ちている。

「第6」では、第1楽章の弦の弾き込みの深さと剛毅なサウンドに打たれる。緩徐楽章の祈りの深さも絶品だ。

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2008年09月20日


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ヨッフムは1950年からドイツ・ブルックナー協会の総裁をつとめ、1958〜66年にもバイエルン放送響及びベルリン・フィルと交響曲全集を完成するなど、ブルックナーの一大権威であった。

最円熟期に6年の歳月をかけて完成されたこの2度目の全集は、そうしたヨッフムのブルックナー演奏の総決算といってよいだろう。

ヨッフムが畢生の大事業として取り組んだ気概と、若い時代からのブルックナーへの愛情、そして80歳に迫る人生の観照、さらに神への祈りに通じる想念までが示されている。

この巨匠らしい手厚く確信にみちた表現がスケール豊かに、のびやかに発揮されており、あくまで誇張のない自然体の音楽の運びの中から、ブルックナーへの献身と情熱がじっくりと伝わってくる。

名門ドレスデン国立管弦楽団も、そうした巨匠の指揮に最良の演奏で応えており、まさにアンサンブルの極致ともいえる演奏を展開し、そのいぶし銀のような響きがいっそう美しい味わいを加えている。

この作曲家と作品への豊かな共感を溢れんばかりに表現し、驚くほど円熟した音楽で、ヨッフムのブルックナー芸術の真髄が見事に表出されている。

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2008年05月04日


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ヨッフムはブルックナーの宗教音楽でこの作曲家のスタイルに対する独自の深い理解を示した唯一の偉大な指揮者。

短い無伴奏のモテットの祈りの感覚、有名な『テ・デウム』の強い歓び、最後の『詩篇第150篇』の光輝くような崇高さを彼ほど表現しつくした指揮者は他にはいない。

ブルックナーの権威であるヨッフムは、交響曲全集を2度遺したほか、各交響曲のライヴ録音などを単体で相当数遺している。

いずれも、高水準の名演揃いであるが、ヨッフムは、ブルックナーの宗教曲にも目を向け、数々の名演を遺してきたことを忘れてはならないだろう。

本盤は、そうしたブルックナーの宗教曲集から、有名な曲を抜粋したものである。

演奏は、いかにもヨッフムらしい素晴らしい名演だ。

どの曲も派手に飾りたてたりすることはない。あくまでも、ブルックナーがスコアに記した音符を、しっかりとした歩みで荘重に、そして重厚に描いて行く。

その姿勢たるや、実に質実剛健たるものだ。

しかし、このようなアプローチこそが、ブルックナーの楽曲、特に宗教曲を演奏するには、最も相応しいものと言える。

このような名演を聴くと、様々なストレスを持っている現代人にとっては、心が洗われるような気がするのではないか。

1960年代の中期の録音ではあるが、特に、ベルリン・イエス・キリスト教会での録音の『テ・デウム』と『詩篇第150篇』は、その残響を活かしたサウンドが実に効果的だ。

ルビジウム・カッティングによる高音質化もかなり成功しており、この歴史的名盤を鮮明な音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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2008年02月15日


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ヨッフムのブル5では、その生涯の最後に演奏された気心の知れたコンセルトヘボウとのライヴ録音が神々しいまでの名演。

1964年5月にオットーボイレンのベネディクト修道院で行われたライヴ録音も紹介したいが、現在は入手難である。

真正面から作品に対しすべてを燃焼させたような感動的な表現で、流動感が強く、ヨッフムの性格的な弱さも感じさせない。

特に第2楽章には心なごむ静けさがあり、スケルツォ楽章で突き進む鋭さが強い説得力を生み出している。

また終楽章はやさしく柔らかい表情が魅力的で、しかも終結部の高潮が壮大だ。

全体を通して端正な中にも豊かな共感をもった演奏であり、亡き指揮者の注目すべき遺産である。

周知のようにヨッフムは2度にわたってブルックナー交響曲全集を完成しており、生涯ブルックナーに打ち込んでいた。20世紀のブルックナー演奏の正統派を担う存在だった。

しかしこの指揮者は、これはブルックナーに限らず全般にいえることだが、スタジオ録音となるとまとめへの指向がまさって、音楽の内的動態性が弱まる傾向があったことも確かだ。

コンセルトヘボウとのこのライヴは、そうした弱点がないばかりか、音楽が内的な力に満ちて確固たる有機体をつくり、ひとつの完成されたブルックナー世界を見事につくり出している。

強固ながらも威圧的にならない開放的な造形と音の広がり。「オルガン的な響き」のブルックナーはここに極まった感がある。

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