ガーシュウィン

2016年08月14日


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ガーシュウィンのまとまった作品集としては初めての7枚組のボックス・セットで、演奏の質が高く音質にも恵まれているので、クラシック・ファンに限らず幅広い層の人にお薦めしたい。

また彼のオペラ『ポーギーとベス』も1975年のロリン・マゼール指揮、クリーヴランド管弦楽団とソプラノ、バーバラ・ヘンドリクス他の当時考えられた最良のキャストで、後半3枚のCDに全曲組み入れてある。

『ラプソディー・イン・ブルー』はグローフェの手になる大編成のオーケストレーションで、ソロ・ピアノのパートをラベック姉妹が連弾で弾くという豪華版だ。

指揮はリッカルド・シャイー、クリーヴランド管弦楽団だが同じメンバーによる『キューバ序曲』ではボンゴを始めとするパーカッション群をもっと前面に出してビッグ・バンド的な羽目を外した熱狂が欲しかった。

オーケストラのバランスが完璧すぎて、かなりクラシックに傾いた表現と言える。

2枚目のアーサー・フィードラー指揮、ボストン・ポップスによるメドレーは、一世を風靡しただけあって、移民時代の底抜けに快活でパワフルなアメリカを髣髴とさせる演奏で、如何にもハッピーな雰囲気はBGMとしても、またダンス用の音楽としても利用価値があるだろう。

ピアノ協奏曲ヘ長調はペーター・ヤブロンスキーのソロ、アシュケナージ指揮、ロイヤル・フィルハーモニーの1991年のセッションになる。

アシュケナージにしてはかなり大胆な音楽作りで、豪快なソロを盛り立てた熱演だが、第2楽章でのリリカルな音楽性は彼ならではの魅力がある。

CD3−4にはミュージカルからのソング集やそれに付随するオーケストラ・ピースが収められている。

尚ブックレットは24ページで曲目紹介、録音データの他に英、仏、独語の簡易な解説付。

オペラ『ポーギーとベス』についてはリブレットは付いていないが各CDのトラックを辿りながら劇のあらすじが紹介されているのは親切だ。

ガーシュウィンの音楽には、自身名も無いユダヤ系移民として自らの才能ひとつで幸運を掴んでいったしたたかさのようなものがある。

彼の音楽には天衣無縫の自由闊達さがあり、恐ろしく天真爛漫なところが魅力だが、クラシックの管弦楽法を独学で学んだ努力家でもあった。

後年の作品のオーケストレーションは彼自身のオリジナルだが、確かにモーリス・ラヴェルの影響は無視できないだろう。

1928年3月8日に53歳を迎えたこのフランスの大作曲家の誕生祝賀パーティーがニューヨークで開かれた時、教えを請ったガーシュウィンに「二流のラヴェルよりも一流のガーシュウィンでいたまえ」と応じたラヴェルの逸話は伝説的に伝えられている。

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2015年10月07日


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1975年のセッションで、この時代の『ポーギーとベス』では屈指の名録音であることに異議を唱えるつもりはない。

ホワイトやミッチェルを始めとする芸達者な歌手陣も彼らの持ち味を良く出しているし、マゼールの優れた統率の下にクリーヴランド管弦楽団も色彩感豊かな音響やジャズのリズム感を巧みに取り入れたガーシュウィンの斬新なオーケストレーションを、手に取るように楽しませてくれる。

歌手達も歌だけでなく、セリフの部分も見事にこなしているのだが、この演奏に弱点があるとすれば、それは音楽的に高尚に解釈され過ぎてしまったことであろう。

それによってこのドラマの持っている荒削りだが、「なまず横丁」に生きる黒人達の貧しくもしたたかな生き様や、人間の性(さが)によって起こされる犯罪への危機などが、すっかり払拭されてしまった印象が残ることではないだろうか。

確かにオペラをCDで聴く場合、鑑賞者側にそれぞれの場面をイメージするファンタジーが求められるが、この演奏を聴く限りではどん底のスラム街を想起することに多少の無理がある。

何故なら逆説的な言い方かもしれないが、マゼールによってクラシックの範疇に属するオペラとして几帳面に整理し尽くされた格調高い音楽には羽目を外した遊びも混沌もないからだ。

こうした作品にはオペラとしての完璧さよりも、むしろ芝居としての演出を前面に出すことの方が優先されるべきだろう。

この作品が後のミュージカルの先鞭をつけているのが偶然ではないように、そこにはガーシュウィンの求めた人間臭さや卑近さがもっとあっていい筈だ。

個人的には『ポーギーとべス』の初演指揮者アレクサンダー・スモーレンスがレオンタイン・プライスやウィリアム・ワーフィールド達を引き連れて4年間のツアーを行った際の1952年のベルリン・ライヴが忘れられない1組になっている。

プライス若き日の驚異的にパワフルな歌唱もさることながら、ひとつひとつのシーンが目に浮かぶような真実味が感じられる演奏だからだ。

オーケストラのリアス・ウンターハルトゥング管弦楽団は精緻ではないが乗りに乗った快演で、音質がマゼール盤に比べればかなり貧しいモノラル録音であるにも拘らず、そこから聴こえてくる音楽にはガーシュウィンの意図した作品の野太さと、指揮者の強い共感と表現への一致がみられる。

また1963年に主役の2人を再び迎えたスキッチ・ヘンダーソン指揮、RCAビクター管弦楽団のステレオ・セッション録音の抜粋盤も捨て難い魅力を持っている。

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2014年12月18日


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本盤には、ガーシュウィンのラプソディ・イン・ブルーやパリのアメリカ人をはじめ、有名な管弦楽曲4曲が収められているが、いずれも素晴らしい超名演だ。

演奏の特徴を一言で言えば、音楽の持つ魅力をそのままの形で楽しく味わうことが可能な演奏と言ったところではないだろうか。

本名演の成功の要因は、現代最高のエンターテイナーとも称されるレヴァインの指揮によるところが大きいと言える。

本演奏でのレヴァインは、ガーシュウィンと同じアメリカ人ということもあって血が騒ぐのかもしれないが、実に楽しげでノリノリの演奏を展開しているのが素晴らしい。

そうしたレヴァインの躍動感溢れる楽しげな指揮の下、卓越した技量を有する名うてのプレイヤーが数多く在籍するシカゴ交響楽団も、持ち得る実力を最大限に発揮した最高のパフォーマンスを示しているのが素晴らしい。

また、レヴァインによるピアノ演奏もセンス満点の味わい深さが際立っており、シカゴ交響楽団との相性も抜群のものがある。

このような演奏を聴いていると、あたかもレヴァインやシカゴ交響楽団の各奏者が楽しげに演奏する様子が眼前に浮かんでくるかのようであり、聴いていて思わず微笑んでしまうほどである。

本盤に収められたガーシュウィンの各管弦楽曲には、それぞれ他の指揮者による様々な名演が存在しているが、音楽の持つ魅力を心の底から楽しんで味わうことができるという意味においては、本演奏はあまた存在する名演の中でも上位を争う至高の超名演と評価しても過言ではあるまい。

録音は従来盤でも十分に満足できる高音質ではあったが、今般のSHM−CD化によって、音質はさらに鮮明になるとともに音場が幅広くなったところである。

特に、レヴァインのピアノが実に美しく聴こえるようになったと言えるところであり、あらためてSHM−CDとピアノ曲の抜群の相性の良さを思い知った次第である。

いずれにしても、レヴァインによる素晴らしい超名演を、このようなSHM−CDによる鮮明な高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年10月19日


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イタリアが誇るジャズとクラシックのトップ2共演がついに実現し、ガーシュウィンの演奏に新風を吹き込んだ異色の名演だ。

シャイーは、この録音当時、手兵ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団とともに、バッハ、シューマン、メンデルスゾーンなどのドイツ音楽の演奏を主として行っており、その結果は、現時点においては玉石混交と言ったところである。

しかし本盤では、得意ジャンルの音楽であるせいか、久々にその本領を発揮、まさに水を得た魚のような生命力溢れるノリノリの指揮ぶりが見事である。

イタリア・ジャズ界の逸材でもあるステファノ・ボラーニのピアノがこれまた素晴らしい。

その卓越した技量とセンス満点の音楽性には抗し難い魅力があり、クラシック音楽とジャズ音楽の境界線にあるガーシュウィンの音楽を精緻に、そして情感豊かに描き出すとともに、軽快にしてリズミカルな躍動感にも際立ったものがある。

同国人であることもあり、シャイーとボラーニの息はぴったりであり、両者の火花が散るようなドラマティックな局面においても、豊かな音楽性と愉悦性をいささかも失わないのは驚異の至芸である。

自由奔放なボラーニのピアノを、シャイーが歌心満載の伴奏でサポートしている。

そして、この両者を下支えするのがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の好パフォーマンスだ。

いぶし銀の重厚な音色を基調とするこのオーケストラとガーシュウィンは、本来的には水と油の関係にあるとも言えるが、シャイーによる薫陶もあって、光彩陸離たる色彩感豊かな演奏を繰り広げるとともに、とかく軽妙浮薄な演奏に陥りがちなガーシュウィンの音楽に適度な潤いと深みを付加し、従来のガーシュウィンの演奏とは一味もふた味も違う清新な新鮮味を加えることに成功した点を忘れてはならない。

特に「ラプソディ・イン・ブルー」はジャズ・バンド・バージョンで、バッハのお膝元ライプツィヒの名門オケとは思えない、グルーヴ感溢れる演奏。

シャイーが就任してから、ゲヴァントハウスの何が変わったかというと、リズム感ではないだろうか。

現代音楽を得意とし、複雑なリズムの現代曲を演奏させることも多いシャイーのもとで、リズムのキレやアンサンブルが一層研ぎ澄まされたように感じる。

録音も鮮明で素晴らしい。

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2014年08月20日


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これは素晴らしい超名演だ。

このうち、ラプソディ・イン・ブルーについてはバーンスタインによる旧盤(1958年)との優劣を比較することは困難を極めるが、それ以外の諸曲については、それぞれの楽曲の演奏史上トップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

バーンスタインは、かつてニューヨーク・フィルの音楽監督の時代には、いかにもヤンキー気質の爽快な演奏の数々を成し遂げていたが、ヨーロッパに拠点を移した後、とりわけ1980年代に入ってからは、テンポは異常に遅くなるとともに、濃厚でなおかつ大仰な演奏をするようになった。

このような芸風に何故に変貌したのかはよくわからないところであるが、かかる芸風に適合する楽曲とそうでない楽曲があり、途轍もない名演を成し遂げるかと思えば、とても一流指揮者による演奏とは思えないような凡演も数多く生み出されることになってしまったところだ。

具体的には、マーラーの交響曲・歌曲やシューマンの交響曲・協奏曲などにおいては比類のない名演を成し遂げる反面、その他の作曲家による楽曲については、疑問符を付けざるを得ないような演奏が目白押しであったように思われる。

本盤に収められた楽曲はいずれも米国の作曲家によるものであり、それだけにバーンスタインの晩年の芸風がいずれもプラスに作用しているのではないだろうか。

ガーシュウィンのラプソディー・イン・ブルーについては、途轍もない超名演であった旧盤(1958年)と比較すると、テンポが遅くなるとともに濃厚な表情づけがなされているが、同曲特有の軽快なリズム感においてはいささかも損なっておらず、いい意味での円熟の名演に仕上がっていると言えるところであり、旧盤との優劣は容易にはつけられないのではないかと考えられる。

コープランドの2曲については、バーンスタインとしても自家薬篭中の作品であり、あたかも水を得た魚のような生命力溢れる力強さと濃厚な表情づけがうまくミックスされた素晴らしい名演に仕上がっていると評価したい。

その演奏の彫りの深さなどを考慮すれば、今後ともこれ以上の演奏を成し遂げるのは困難を極めると言えるだろう。

バーバーの弦楽のためのアダージョは、おそらくは同曲演奏史上最も遅いテンポをとっているのではないかとも考えられるが、その濃厚で彫りの深い表現は、我々聴き手の肺腑を打つのに十分な凄みのある名演である。

そして、自作自演でもある「キャンディード」序曲に至っては、まさにバーンスタインの独壇場。

同曲特有の躍動するようなリズム感と彫りの深い濃厚さが一体となった稀有の名演と言えるだろう。

音質については、従来盤でも十分に良好なものであったが、今般のSHM−CD化によって、若干ではあるが音質が鮮明になるとともに、音場が幅広くなったように思われる。

バーンスタインによる至高の超名演をSHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2014年07月28日


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凄い演奏だ。

まさに超個性的なガーシュウィンと言える。

ジャズ音楽とクラシック音楽の境界線上にあるとされるガーシュウィンの楽曲の演奏に際しては、そうした音楽の性格を考慮して、軽快なリズム感を重視した爽快にして明瞭な演奏が多い。

最晩年になって、テンポが異様に遅くなり濃厚で大仰な演奏を行うようになったバーンスタインでさえ、ガーシュウィンの演奏に際しては、そうした爽快にして明瞭な演奏を心掛けていたと言えるだろう。

ところが、スヴェトラーノフはそのような一般的な演奏様式など完全無視。

本盤に収められたいずれの楽曲においても、途轍もない超スローテンポで濃厚さの極みとも言うべき豪演を展開している。

そのあまりの超スローテンポぶりは、他の指揮者による演奏であればCD1枚に収まるものが、本盤ではCD2枚になっていることにもあらわれていると言えるのではないだろうか。

そして、重低音においては大地が地鳴りするようなド迫力に満ち溢れているし、トゥッティにおける強靭な豪快さは、我々の聴き手の度肝を抜くのに十分な壮絶さだ。

また、ガーシュウィン特有の軽快なリズム感も、あたかも巨象が進軍するかのような重々しさが支配しており、ガーシュウィンの音楽というよりは、スヴェトラーノフが得意とするロシア音楽を演奏しているような趣きさえ感じさせると言えるだろう。

ガーシュウィンが随所に散りばめた美しい旋律の数々についても、スヴェトラーノフは、これ以上は求め得ないような熱き心を込めて濃密に歌い抜いている。

いずれにしても、本演奏は、他の指揮者によるガーシュウィンの演奏とはひと味もふた味も異なっているが、聴き終えた後の充足感においてはいささかも引けを取っていないと評価したい。

ピアノ協奏曲ヘ調においては、アメリカ出身のピアニストであるジェフリー・シーゲルが起用されているが、濃厚で超スローテンポのスヴェトラーノフの指揮と歩調を合わせて、重厚にして美しさに満ち溢れたピアニズムを展開しているのが素晴らしい。

そして、スヴェトラーノフの強烈にして濃厚な指揮の下、最高のパフォーマンスを発揮したスウェーデン放送交響楽団による素晴らしい名演奏にも大きな拍手を送りたい。

なお、録音については1996年のライヴ録音であり、十分に満足できる良好な高音質であると高く評価したい。

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2014年07月24日


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これは素晴らしい名演だ。

若き日のバーンスタインによる傑作の一つと言っても過言ではあるまい。

バーンスタインは、1980年代に入ると、演奏のテンポが大幅に遅くなるとともに、濃厚でいささか大仰な演奏を行うようになった。

マーラーの交響曲・歌曲集など、極めて優れた円熟の名演もある一方で、かかる晩年の芸風が大きくマイナスに働き、ウドの大木の誹りを免れないような凡演も多かったというのも否めない事実であった。

しかしながら、ニューヨーク・フィルの音楽監督(1958〜1970年)を務めていた時代の若き日のバーンスタインの演奏は、こうした晩年の芸風とは正反対であり、若武者ならではの爽快で溌剌とした快演を数多く行っていたところだ。

ある意味ではヤンキー気質丸出しの演奏と言えるところであり、オーケストラにも強引とも言うべき最強奏させることも多々あったが、それ故に音楽内容の精神的な深みの追求など薬にしたくもない薄味の演奏も多かったと言えるところだ。

もっとも、自ら作曲も手がけていたという類稀なる音楽性の豊かさは顕著にあらわれており、自らの芸風と符号した楽曲においては、熱のこもった途轍もない名演を成し遂げることも多かったと言える。

例えば、この時代に完成されたバーンスタインによる最初のマーラーの交響曲全集(1960〜1975年)は、後年の3つのオーケストラを振り分けた全集(1966〜1990年)とは違った魅力を有している。

そして、本盤に収められたガーシュウィンやグローフェについても、当時のバーンスタインの芸風と符号しており、爽快で圧倒的な生命力に満ち溢れたノリノリの指揮ぶりが見事である。

とりわけ、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」においては、バーンスタインが指揮のみならずピアノまで受け持っているが、その才気が迸った情感のこもったピアノ演奏は、本名演の価値をさらに高めることに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

円熟という意味では後年の演奏(1982年)を採るべきであるが、圧倒的な熱演という意味においては本演奏もいささかも引けを取っていないと考える。

また、「パリのアメリカ人」は、あたかもこれからヨーロッパに進出していくバーンスタインの自画像を描いているような趣きがあり、自らに重ね合わせたかのような大熱演は、我々聴き手の度肝を抜くのに十分な迫力を誇っている。

グローフェの組曲「グランド・キャニオン」の各場面の描き分けの巧みさは心憎いばかりであるし、どの曲も圧倒的な名演奏を仕上がっているのが素晴らしい。

音質は、今から約50年前のものであり、必ずしも満足できるものではなかったが、数年前に発売されたシングルレイヤーによるSACD盤は、DSDリマスタリングも相俟って、見違えるような高音質に生まれ変わったところだ。

若きバーンスタインによる名演を従来盤とは別次元の鮮明な音質で味わうことのできることを大いに喜びたい。

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2013年11月30日


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これは素晴らしい超名演だ。

このうち、ラプソディ・イン・ブルーについてはバーンスタインによる旧盤(1958年)との優劣を比較することは困難を極めるが、それ以外の諸曲については、それぞれの楽曲の演奏史上トップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

バーンスタインは、かつてニューヨーク・フィルの音楽監督の時代には、いかにもヤンキー気質の爽快な演奏の数々を成し遂げていたが、ヨーロッパに拠点を移した後、とりわけ1980年代に入ってからは、テンポは異常に遅くなるとともに、濃厚でなおかつ大仰な演奏をするようになった。

このような芸風に何故に変貌したのかはよくわからないところであるが、かかる芸風に適合する楽曲とそうでない楽曲があり、途轍もない名演を成し遂げるかと思えば、とても一流指揮者による演奏とは思えないような凡演も数多く生み出されることになってしまったところだ。

具体的には、マーラーの交響曲・歌曲やシューマンの交響曲・協奏曲などにおいては比類のない名演を成し遂げる反面、その他の作曲家による楽曲については、疑問符を付けざるを得ないような演奏が目白押しであったように思われる。

本盤に収められた楽曲はいずれも米国の作曲家によるものであり、それだけにバーンスタインの晩年の芸風がいずれもプラスに作用していると言えるのではないだろうか。

バーンスタインがピアノも受け持つガーシュウィンのラプソディー・イン・ブルーについては、活気に富みノリの良さが快い超名演であった旧盤(1958年)と比較すると、テンポが遅くなるとともに濃厚な表情づけがなされているが、同曲特有の軽快なリズム感においてはいささかも損なっておらず、いい意味での円熟の名演に仕上がっていると言えるところであり、旧盤との優劣は容易にはつけられないのではないかと考えられる。

「ウェスト・サイド・ストーリー」〜シンフォニック・ダンスについては、バーンスタインとしても自家薬篭中の作品であり、、ジャジィな魅力と場面に応じた巧みな描写が印象的であり、あたかも水を得た魚のような生命力溢れる力強さと濃厚な表情づけがうまくミックスされた素晴らしい名演に仕上がっていると評価したい。

混声合唱、児童独唱と管弦楽のための「チチェスター詩篇」には合唱陣の記載がないが、思い入れの深い力演である。

その演奏の彫りの深さなどを考慮すれば、今後ともこれ以上の演奏を成し遂げるのは困難を極めると言えるだろう。

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2013年04月19日


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小澤征爾が1970年代にサンフランシスコ交響楽団と録音したアメリカ音楽作品集。

まず何よりも素晴らしいのは、SACD&SHM−CDによる極上の高音質であろう。

1970年代の録音であり、今から40年程前の録音であるが、あたかも眼前で演奏しているかのような鮮明な音質に蘇っているのには、正直言って大変驚いた。

いずれも現代音楽をカップリングしているが、ハーモニカ、エレクトリック・ピアノ、エレキ・ギター、ベース、ドラムスなどの音が、オーケストラの音とは完全に分離して、きわめて鮮明に聴こえる点は驚異的ですらある。

ユニバーサルは、一昨年からこのSACD&SHM−CDシリーズを発売し続けているが、本盤は、その中でも、かなり上位にランキングされる高音質を誇っているのではないかと考える。

演奏内容も素晴らしい。

これは、小澤の若き時代の演奏であるが、現在の大指揮者小澤への発展を十分に予見し得るような、実に才気あふれる名演揃いであると言える。

最近では、ブラームスなど、ドイツ音楽でもレベルの高い名演を行うようになった小澤であるが、もともとは、本盤のような現代音楽やフランス系の音楽を十八番にした指揮者であった。

本盤のような名演を聴いていると、小澤のそうした楽曲への適性が実によくわかる。

いずれも、ジャズとクラシック音楽の垣根があまり感じられない作品であるが、小澤は、各曲を実に切れ味鋭く巧みに描き出していく。

サンフランシスコ交響楽団も、若き小澤に引っ張られるように、最高のパフォーマンスを示しており、コーキー・シーゲルによるハーモニカやピアノ、シーゲル=シュウォール・バンドの各奏者の卓抜した技量も、本名演に大きく貢献している点を忘れてはなるまい。

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2012年12月22日


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2009年 シュティリアルテ音楽祭での演奏会形式上演のライヴ・レコーディング。

ピリオド楽器による古楽器奏法などで名を馳せた老匠アーノンクールが、近現代のアメリカ音楽の旗手であるガーシュウィンのオペラを指揮するというのは、いかにもアンバランスな組み合わせのような印象を受けたが、ライナーノーツのアーノンクールによる解説の中で、ベルクの『ヴォツェック』との親近性や自筆譜や演奏資料などを参照した上でのオリジナルへのこだわりが触れられており、それを読んで、漸く、アーノンクールがこのオペラに挑戦した意味を理解した。

そして、実際に聴いてみたところ、大変感動したと言わざるを得ない。

『ポーギーとべス』には、マゼール&クリーヴランド管弦楽団という今や古典的とも言える超名演があるが、それとは一味もふた味も違った名演に仕上がっていると言える。

リズムやテンポ切れ味の鋭さはアーノンクールならではのものであるが、このオペラ特有の、場面毎の音楽が、ジャズ風になったかと思うと、繊細な音楽になったりという、その変遷の尋常ではない激しさを、アーノンクールは、見事に描き分け、全体の造型をいささかも損なうことなく、しっかりと纏め上げた手腕はさすがという他はない。

評論家の中には、この作品を「ミュージカル」と揶揄した人もいたが、『ポーギーとべス』がすばらしいオペラの名作であることを改めて確認させてくれた名演である。

最初に聴くべき全曲版ではないかもしれないが、現行版を良く知る人には大変興味深い演奏内容であることは確かだ。

歌手陣には、すべて黒人歌手を起用したとのことであるが、これまたいずれ劣らぬ名唱を披露していると言える。

アルノルト・シェーンベルク合唱団による合唱も見事であり、本名演に大いなる華を添える結果となっていることを見過ごしてはならない。

録音も、ライヴとは思えない程に鮮明で、総じて素晴らしい出来栄えであると言えよう。

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2009年04月04日


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同曲の初のステレオ全曲盤だった。

マゼールはこの作品をオペレッタでもミュージカルでもなく、ジャズ・ドラマやブラック・ブルース、あるいはプリ・ソウルのいずれでもなく、あくまでもオペラとして、古今のオペラの傑作に捧げるのと同じ配慮と献身をもって演奏している。

ガーシュウィンが活用している様々な素材や手法が周到にいかされているだけでなく、深い愛着と思い入れが加わって、演奏全体に一種の熱っぽい迫力さえ感じられる。

マゼールの棒があまりにも洗練されすぎているのと、ポーギーとベスを歌うホワイトとミッチェル以下、黒人ばかりのキャストでありながら、いずれも、やや型にはまった感じで、黒人的な体臭に欠けているのが残念だが、全体を骨太に、手際よくまとめているところがよい。

マゼールの手にかかると、この作品の随所にあらわれる「サマータイム」や「ベスよ、お前はおれのもの」といったポピュラー・ソングとなっているナンバーが、きわめて格調高く聴こえてくるから不思議だ。

マゼール指揮の演奏が圧倒的なことに変わりは無く、こうした通常のコンサートで指揮しない曲で示されるマゼールの鋭い洞察力と身に備わった劇的な構成を音で表す力量は凄い。

当時は無名だったキャストも主役2人を始めとして後に活躍している名前が多いことも注目される。

録音も含めてオペラの製作に歴史と経験を持つデッカならではの総合的な完成度の高さは、この曲を初めて聴く人にも必ず楽しめる配慮にあふれている。

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