デイヴィス

2015年08月04日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



着実に録音活動をこなしている成長著しいキーシンのモーツァルトとシューマンの協奏曲であるが、キーシンの確かな円熟を感じさせる名演だ。

モーツァルトにもシューマンにも言えることであるが、キーシンは、実に精緻で丁寧な表現を心がけているようである。

リリースされてみると、なるほど、と思うほどにキーシンの個性が引き出された演奏であり、それに適した楽曲だったのだと思う。

キーシンの演奏は、例えば、以前弾いていたシューベルトのソナタなどは幾分型にはまりすぎて、単調な物憂さが残ったけれど、このモーツァルトとシューマンは実に素晴らしい。

実際、キーシンのピアニズムはモーツァルトによく符合するのであろう。

きわめて平衡感覚の強い音感と、ピアニスティックな美しさ、そしておそらく常にその音楽性を支えている古典的な教養があると思う。

そうして引き出されるモーツァルトの世界は、なかなかいい意味で辛口で、「大人のモーツァルト」になっている。

ため息がでるような、硬質で粒揃いの音、甘さを抑えたモーツァルトならではの音、その音で弾くスケールの美しさは鳥肌が立ち、端正な中にも優しく、柔らかい旋律が心地よい。

いわゆる「遊戯性」のようなものはほとんど感じられないが、純粋に突き詰められた音楽で、高貴な香りと崇高な気品がある。

ひそやかな中に秘めた情熱を感じるモーツァルトで、音楽に携わっている長いキャリアと超人的なテクニックがあってこそ、ピアノの音に語らせることができるのだろう。

時折見せる力強い打鍵や、モーツァルトの音楽特有の高貴にして優美かつ繊細な抒情の表現にもいささかの不足はなく、要は、いい意味での剛柔バランスのとれた演奏を行っているのである。

デイヴィスの指揮もそのようなキーシンのピアニズムをサポートしたのだろうか、かつての彼に比べると、いくぶんシックな色合いで、落ち着いた、部分的に固めなサウンドである。

ロマン派の代表的なピアノ協奏曲といえるシューマンでも、キーシンとデイヴィスのアプローチはモーツァルトと共通しており、そこでは自由な華やかさより、拘束のもたらす規律正しい気品に満ちている。

キーシンが体当たりしてくるような若いころのシューマンの演奏もそのけなげさに切なく胸を打たれたが、今回のシューマンは、一流のピアニストの余裕がすみずみに感じられ安心して演奏に浸れる。

特に曲の始めの部分の弾き方に今回の違いが物語られていると感じた。

人をそらさない拍子の確かさや、七色に変化する音は従来通りだが、音の厚み、迫力が増し聴く者の心に絡んでくる。

あたかも曲の途中で席を立つことができないほどの緊張感を持っていて、畏怖を感じるくらいだ。

そして全般を通してライヴ録音とは思えないほどの客観視を感じるのもこの演奏の特徴だろう。

オーケストラのサウンドもそれぞれの楽器がその役割に徹した感があり、禁欲的とも言える響きであるが、それゆえの内省的な美しさが隅々まで満ちている。

キーシンも、40歳を越えて、神童と言われ、どのような弾き方も許される時代はとうに過ぎ去ったと言えるが、本名演を耳にして、キーシンも、更なる芸術家としての高みに向けて、確かな一歩を踏み出していることを大いに確信した次第である。

筆者にとっては、類稀な才能を持つキーシンの新しい領域を感じる1枚となった。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:40コメント(0)トラックバック(0) 

2015年04月30日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ロンドン交響楽団自主制作シリーズで多くのライヴ録音をリリースし、充実した指揮ぶりを示しているコリン・デイヴィス、3度目のシベリウス/交響曲全集のスタートとなった1枚。

コリン・デイヴィスは、シベリウスの交響曲全集を3度録音した稀有の指揮者だ。

これは、シベリウスの母国、フィンランドの指揮者であるベルグルンドと並ぶ最多記録と言えるところであり、デイヴィスがいかにシベリウスに深い愛着を持っているのかの証左と言えるだろう。

デイヴィスの3つの全集のうち、現在でも依然として評価が高いのは、1970年代にボストン交響楽団を演奏して成し遂げた最初の全集である。

特に、「第1」〜「第5」は、他の名演と比較しても今なお上位にランキングされる名演であり、いささか透明感に欠ける「第6」や「第7」を踏まえて考えてみても、全集としての価値は、今なお相当に高いものがあると言えるのではないだろうか。

私事で恐縮であるが、筆者も中学生の時代にシベリウスの交響曲に慣れ親しんだが、その時に愛聴していたLPがデイヴィスによる最初の全集であった。

これに対して、2度目の全集は、最初の全集から約20年後の1990年代にロンドン交響楽団と成し遂げたものであるが、これは、はっきり言って、最初の全集と比較するといささか魅力に乏しいと言えるだろう。

デイヴィスとしては、自信を持って臨んだ録音であるのであろうが、そうした自信が過剰になってしまったきらいがあり、金管楽器などのいささか無機的な音色に、やや力の入った力みを感じさせるのが非常に気になった。

最初の全集と比較して、解釈に深みが加わった点は散見されるものの、デイヴィスとしてもいささか不本意な出来であったのではあるまいか。

2度目の全集から10年足らずの間隔で、ロンドン交響楽団の自主レーベルにではあるが、3度目の録音を行ったというのは、その証左と言えるのではないかと考えられる。

そして、この3度目の全集であるが、これは、2度目の全集で見られたような力みがいささかも感じられず、いわゆる純音楽的で自然体のアプローチによる円熟の名演揃いであると高く評価したい。

ロンドン響首席指揮者(1995年以降)、シュターツカペレ・ドレスデン名誉指揮者(同楽団史上初)の任にあり、ますます進境を深めているデイヴィス、このシベリウスでも作品を手中に収めた懐の深いアプローチで終始貫かれ、実に含蓄ある響きが立ち現われている。

最初の全集において、いささか透明感に欠けていた「第6」及び「第7」についても、北欧の大自然を彷彿とさせるような繊細な抒情美に満ち溢れており、クレルヴォ交響曲をも含め、本3度目全集は、まさしくデイヴィスのシベリウスの交響曲演奏の総決算とも言うべき素晴らしい名演集であると高く評価したい。

3楽章形式の「第3」では清々しい音楽的表情が充溢しており、細工を弄しない泰然としたたたずまいからの豊かなダイナミクスはまさにシベリウスの醍醐味。

単一楽章である「第7」での端正でいながら作品の深い呼吸感を広大なスケールでふくらませていくあたりなど、現在のデイヴィスの真骨頂とも言えるところであり、ロンドン交響楽団の緊密なアンサンブルと相俟って、実に格調高い聴きものとなっている。

そして本盤で素晴らしいのはマルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質であり、一貫して完成度の高い録音もオーディオ・ファイル注目の的で、本拠地バービカンセンターのクリアな音場を最高のスタッフが忠実に再現している。

シベリウスの交響曲のような透明感溢れる抒情的な音楽には、本盤のようなマルチチャンネル付きのSACDは抜群の効力を発揮すると言えるところであり、演奏内容の質の高さからしても、今般のSACD化を大いに歓迎したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:43コメント(0)トラックバック(0) 

2015年04月12日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



コリン・デイヴィスは、シベリウスの交響曲全集を3度録音した稀有の指揮者だ。

これは、シベリウスの母国、フィンランドの指揮者であるベルグルンドと並ぶ最多記録と言えるところであり、デイヴィスがいかにシベリウスに深い愛着を持っているのかの証左と言えるだろう。

デイヴィスの3つの全集のうち、現在でも依然として評価が高いのは、1970年代にボストン交響楽団を演奏して成し遂げた最初の全集である。

特に、「第1」〜「第5」は、他の名演と比較しても今なお上位にランキングされる名演であり、いささか透明感に欠ける「第6」や「第7」を踏まえて考えてみても、全集としての価値は、今なお相当に高いものがあると言えるのではないだろうか。

私事で恐縮であるが、筆者も中学生の時代にシベリウスの交響曲に慣れ親しんだが、その時に愛聴していたLPがデイヴィスによる最初の全集であった。

これに対して、2度目の全集は、最初の全集から約20年後の1990年代にロンドン交響楽団と成し遂げたものであるが、これは、はっきり言って、最初の全集と比較するといささか魅力に乏しいと言えるだろう。

デイヴィスとしては、自信を持って臨んだ録音であるのであろうが、そうした自信が過剰になってしまったきらいがあり、金管楽器などのいささか無機的な音色に、やや力の入った力みを感じさせるのが非常に気になった。

最初の全集と比較して、解釈に深みが加わった点は散見されるものの、デイヴィスとしてもいささか不本意な出来であったのではあるまいか。

2度目の全集から10年足らずの間隔で、ロンドン交響楽団の自主レーベルにではあるが、3度目の録音を行ったというのは、その証左と言えるのではないかと考えられる。

そして、この3度目の全集であるが、これは、2度目の全集で見られたような力みがいささかも感じられず、いわゆる純音楽的で自然体のアプローチによる円熟の名演揃いであると高く評価したい。

最初の全集において、いささか透明感に欠けていた「第6」及び「第7」についても、北欧の大自然を彷彿とさせるような繊細な抒情美に満ち溢れており、クレルヴォ交響曲をも含め、本3度目全集は、まさしくデイヴィスのシベリウスの交響曲演奏の総決算とも言うべき素晴らしい名演集であると高く評価したい。

2007年シベリウス没後50年に合わせてのリリースとなるこのたびのライヴは、過去2度にわたる全集録音の豊かな経験を踏まえ、巨匠デイヴィスの熱い思いのすべてが注ぎ込まれた渾身の演奏内容である。

前回(1992年)から10年以上の歳月を重ねて臨んだ第2番のライヴ録音であるが、そもそもデイヴィス+ロンドン響+シベリウスの組み合わせとくれば期待度の高さは計り知れないが、とっておきの作品を演奏することへの心からの喜びであろうか、これまでのどれよりもドラマティックで、しかもみずみずしい感性にあふれているのが驚異的。

いつ聴いても、あのどこか懐かしい気分に心弾む第1楽章、大自然の雄叫びのように荒々しいティンパニの炸裂と金管の咆哮とがこだまする中間2楽章を経て、雄大に結ばれるフィナーレ、いつしかこのうえなく温かく感動的な演奏に言葉もない。

カップリングは2005-6年シーズンのオープニング・コンサートで『クレルヴォ交響曲』の前プロに取り上げられた『ポホヨラの娘』。

そのクレルヴォと同じく民族叙事詩『カレワラ』を題材とするこの作品でもまた、繊細な弦の表情とブラス・セクションの轟きが圧倒的な感銘を残す。

そして本盤で素晴らしいのはマルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質であり、一貫して完成度の高い録音もオーディオ・ファイル注目の的で、本拠地バービカンセンターのクリアな音場を最高のスタッフが忠実に再現している。

シベリウスの交響曲のような透明感溢れる抒情的な音楽には、本盤のようなマルチチャンネル付きのSACDは抜群の効力を発揮すると言えるところであり、演奏内容の質の高さからしても、今般のSACD化を大いに歓迎したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:44コメント(0)トラックバック(0) 

2015年04月05日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



コリン・デイヴィスは、シベリウスの交響曲全集を3度録音した稀有の指揮者である。

これは、シベリウスの母国、フィンランドの指揮者であるベルグルンドと並ぶ最多記録と言えるところであり、デイヴィスがいかにシベリウスに深い愛着を持っているのかの証左と言えるだろう。

デイヴィスの3つの全集のうち、現在でも依然として評価が高いのは、1970年代にボストン交響楽団を演奏して成し遂げた最初の全集である。

特に、「第1」〜「第5」は、他の名演と比較しても今なお上位にランキングされる名演であり、いささか透明感に欠ける「第6」や「第7」を踏まえて考えてみても、全集としての価値は、今なお相当に高いものがあると言えるのではないだろうか。

私事で恐縮であるが、筆者も中学生の時代にシベリウスの交響曲に慣れ親しんだが、その時に愛聴していたLPがデイヴィスによる最初の全集であった。

これに対して、2度目の全集は、最初の全集から約20年後の1990年代にロンドン交響楽団と成し遂げたものであるが、これは、はっきり言って、最初の全集と比較するといささか魅力に乏しいと言えるだろう。

デイヴィスとしては、自信を持って臨んだ録音であるのであろうが、そうした自信が過剰になってしまったきらいがあり、金管楽器などのいささか無機的な音色に、やや力の入った力みを感じさせるのが非常に気になった。

最初の全集と比較して、解釈に深みが加わった点は散見されるものの、デイヴィスとしてもいささか不本意な出来であったのではあるまいか。

2度目の全集から10年足らずの間隔で、ロンドン交響楽団の自主レーベルにではあるが、3度目の録音を行ったというのは、その証左と言えるのではないかと考えられる。

そして、この3度目の全集であるが、これは、2度目の全集で見られたような力みがいささかも感じられず、いわゆる純音楽的で自然体のアプローチによる円熟の名演揃いであると高く評価したい。

最初の全集において、いささか透明感に欠けていた「第6」及び「第7」についても、北欧の大自然を彷彿とさせるような繊細な抒情美に満ち溢れており、本盤に収められたクレルヴォ交響曲をも含め、本3度目全集は、まさしくデイヴィスのシベリウスの交響曲演奏の総決算とも言うべき素晴らしい名演集であると高く評価したい。

2005-6年シーズンのオープニング・コンサートで、デイヴィスとロンドン響が取り上げたクレルヴォ交響曲。

「LSO Live」でシベリウス全集を再度進行中だった当コンビにとっては、1996年以来5年ぶりの再録音となるものだ。

全5楽章からなる大作クレルヴォ交響曲は民族叙事詩「カレワラ」を題材にとり、若きシベリウスの名を一躍フィンランド国内に轟かせることになった記念すべき作品である。

全曲の中心となる第3楽章では、実演での興奮そのまま、オケはもちろんとりわけ男声コーラスが力強くユニゾンで歌い上げるさまは驚くほど劇的で、まさにド迫力。

そして、すでにクレルヴォ歌いとしてはヴェテランのソリストが聴かせる、なんとも情感のこもったやりとり。

続く第4楽章では、自慢のパワフルなブラス・セクションの見せ場がこれでもかと爆発しており魅力度満点。

声楽を伴う作品への取り組みにもひときわ熱心なことで知られるデイヴィスの心血を注ぎ愛情がぎっしり詰まったシベリウスとはいえ、あえてこうした意欲的なプログラムを大事な場にかけることは長年の悲願だったのであろう。

手兵に寄せる厚い信頼もあって演奏会が大成功を収めただけに、特別に感動的なものとなっている。

そして本盤で素晴らしいのはマルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質であり、一貫して完成度の高い録音もオーディオ・ファイル注目の的で、本拠地バービカンセンターのクリアな音場を最高のスタッフが忠実に再現している。

クレルヴォ交響曲のような劇的な作品には、本盤のようなマルチチャンネル付きのSACDは抜群の効力を発揮すると言えるところであり、演奏内容の質の高さからしても、今般のSACD化を大いに歓迎したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:41コメント(0)トラックバック(0) 

2014年11月29日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



長年に渡って、作曲者の自演盤と並ぶ名演と称されてきた、ヴィッカーズらの快演が光るコリン・デイヴィスの名盤である。

ブリテンは、パーセルの主題による変奏曲とフーガ(青少年のための管弦楽入門と称されているが、作品の質の高さからしてもこの呼称は全く気に入らない)だけがやたら有名であり、他は、近年小澤による渾身の名演によって知られるようになった戦争レクイエムを除けば、殆どの作品はあまり知られているとは言い難い。

ブリテンは、交響曲や管弦楽曲、協奏曲、室内楽曲、そして声楽曲など多岐に渡る分野の作品を数多く遺しているが、その真価は何と言ってもオペラにあるのではないだろうか。

これは、ブリテンと同じ英国出身の大指揮者であるラトルなども同様の見解を表明しており、20世紀を代表するオペラとしてもっと広く知られてもいいのではないかとも考えられるところである。

ブリテンは、10作を超えるオペラを作曲しているが、その中でも名実ともに傑作であるのは本盤に収められた「ピーター・グライムズ」であるというのは論を待たないところだ。

ピーター・グライムズという問題児に冤罪の濡れ衣を着せて、多数の人々によって自殺を強要されるという、いかにも20世紀的なテーマを扱っているが、ブリテンはこうしたストーリーに組曲「4つの海の間奏曲」や「パッサカリア」などに編曲されるほどに魅力的で親しみやすい管弦楽を付加して、実に奥深い内容を有した作品に仕立て上げている。

同曲の名演としては、ブリテンによる自作自演とデイヴィスによる本演奏が双璧にある名演として掲げられる。

オーケストラや合唱団は同じくコヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団と同合唱団だ。

ブリテンは、作曲者であるとともに指揮者としても相当な実力を有しており、同曲の演奏においても作曲者としての権威はいささかも揺るぎがないが、デイヴィスの指揮もその統率力といい、彫りの深さといい、ブリテンに決して引けを取っているとは言い難い。

両演奏の大きな違いは、主人公であるピーター・グライムズ役であり、骨太なジョン・ヴィッカーズに対して、抒情的なピーター・ピアーズと言ったところではないだろうか。

したがって、後は聴き手の好みの問題であると言えるところであり、その他の歌手陣も最高の歌唱を披露しているのも素晴らしい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:09コメント(0)トラックバック(0) 

2014年11月19日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



巨匠コリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団の演奏によるニールセン・シリーズもいよいよ大詰め。

交響曲第2番と第3番は、前作第1番より2ヶ月後の2011年12月に、いずれも本拠バービカンホールで集中的に行われたコンサートの模様をライヴ収録したものである。

『四つの気質』というタイトルをもつ第2交響曲は、ニールセンが田舎を訪れた際にパブで偶然目にした、人間の気質をテーマとした水彩戯画に霊感を得て生み出されたもので、4つの楽章各々の発想記号に、怒りっぽい「胆汁質」、知的で冷静な「粘液質」、沈んでメランコリックな「憂鬱質」、陽気で快活な「多血質」という性格を暗示する形容詞が与えられ、実際の音楽もこれに沿う形で展開するところがユニークな作品。

いっぽう、第1楽章の発想記号(アレグロ・エスパンシヴォ)に由来する『ひろがりの交響曲』というタイトルで呼ばれる第3交響曲は、第2楽章(アンダンテ・パストラーレ)の曲想から「ニールセンの田園交響曲」ともいわれ、楽章中盤以降に舞台裏からバリトンとソプラノの独唱が相次いでヴォカリーズで現れるところに最大の特徴があり、北欧風の牧歌的な味わいで発表当時から人気の高かった曲でもある。

2012年5月25日、デイヴィスはデンマーク王室より、2011年にロンドン交響楽団と取り組んだニールセンの交響曲録音の功績を認められ、デンマーク大使を通じて由緒あるダネブロー・コマンダー勲章(Commander of the Order of the Dannebrog)を叙勲された。

その評価の正当性はこれまでのシリーズのすぐれた演奏内容からも明らかだが、2012年9月に85歳を迎えたデイヴィスの音楽はここでも、これがニールセンの交響曲に初めて本格的に挑んだ指揮者のものとは到底信じられないほどの高みに聳えて圧倒的な佇まい。

前2作同様に、心酔する巨匠と音楽を奏でる歓びを一丸となって表現するロンドン交響楽団の演奏は迫真そのもので、シリーズを締め括るにふさわしいみごとな内容となっている。

そして、本盤で素晴らしいのはマルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音である。

音質の鮮明さ、臨場感、音圧のいずれをとっても一級品の仕上がりであり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

いずれにしても、デイヴィスによる素晴らしい名演をSACDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 22:46コメント(0)トラックバック(0) 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



デイヴィス&ロンドン交響楽団によるニールセンの交響曲チクルスの待望の第2弾の登場だ。

前作の第4番及び第5番、とりわけ第5番が圧倒的な超名演であっただけに、大いに期待して本盤を聴いたのであるが、その期待をいささかも裏切ることがない圧倒的な名演に仕上がっていると高く評価したい。

本盤に収められた交響曲は、初期の第1番とニールセンの最後の交響曲である第6番という、対照的な楽曲どうしの組み合わせである。

第1番といっても、決して習作ではなく、20代半ばで作曲された完成度の高い作品である。

さすがに、第3番〜第5番のいわゆる三大交響曲に比肩するとは言い難いが、ニールセンならではの独特の華麗なオーケストレーションと、北欧風の情感の豊かさも盛り込まれた魅力的な作品であると言えるところだ。

デイヴィスは、そうした同曲の特色を十分に生かすとともに、ライヴ録音ならではの畳み掛けていくような気迫や強靭な生命力が漲った見事な名演奏を繰り広げている。

とりわけブラスセクションの強靭な迫力は、とても80歳の老巨匠によるとは思えないほどの凄まじさであり、デイヴィスが満を持して臨んだニールセンの交響曲チクルスにかける本気度を窺い知ることが可能であると言っても過言ではあるまい。

他方、第6番は、シンプルシンフォニーとの副題が示すように、最高傑作の第5番とは一転して簡潔な書法で書かれた名作である。

トゥッティは殆ど存在せず、室内楽的な静けさが全体を支配しているとともに、打楽器セクションの効果的な扱いが特色と言えるが、それだけに指揮者にとっても、演奏全体を纏めるのに難渋することを強いられる作品とも言えるだろう。

デイヴィスは、そうしたニールセンの最晩年の枯淡の境地さえ感じさせる同曲の魅力を十二分に描出するとともに、巧みにメリハリを施すことによって、聴かせどころのツボを心得たいい意味で明晰な演奏に仕立て上げた点を評価したい。

デイヴィスによるニールセンの交響曲チクルスは、残すところ第2番及び第3番のみとなったが、これまでの演奏はいずれも名演であり、第3弾に大きな期待を寄せる聴き手は筆者だけではあるまい。

ロンドン交響楽団も、老匠ニールセンの下、渾身の名演奏を展開しているのを評価したい。

そして、本盤で素晴らしいのはマルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音である。

音質の鮮明さ、臨場感、音圧のいずれをとっても一級品の仕上がりであり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

いずれにしても、デイヴィスによる素晴らしい名演をSACDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:52コメント(0)トラックバック(0) 

2014年10月25日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



本盤には、英国指揮者の大御所でもあるコリン・デイヴィスがロンドン交響楽団の首席指揮者在任中にライヴ録音を行ったエルガーの交響曲全集が収められている。

3曲の交響曲のうち、最も有名な交響曲第1番については、コリン・デイヴィスは、BBC交響楽団との演奏(1985年)、シュターツカペレ・ドレスデンとの演奏(1998年ライヴ録音)を行っていることから、本盤の演奏を含めて3度にわたって録音を行っていることになる。

とりわけ、シュターツカペレ・ドレスデンとの演奏は、オーケストラの抜群の力量やその独特の音色の魅力、そしてコリン・デイヴィスの当該演奏にかける尋常ならざる意欲も相俟って、切れば血が噴き出てくるような大熱演に仕上がっていたところだ。

したがって、コリン・デイヴィスによるエルガーの交響曲第1番の名演としては、このシュターツカペレ・ドレスデンとの演奏を随一に掲げるべきであろうが、だからと言って、本演奏の価値が低いというわけではない。

本盤の演奏については、交響曲第2番や第3番においても共通していると言えるが、悠揚迫らぬゆったりとしたテンポにより、重厚にして壮麗、なおかつスケール雄大な演奏を行っていると言えるのではないだろうか。

前述のシュターツカペレ・ドレスデンとの演奏と比較すると、トゥッティに向けて遮二無二畳み掛けていくような強靭な迫力や灼熱のように燃え上がる圧倒的な生命力においては、一歩譲ると言わざるを得ないが、それでも、本演奏もライヴ録音ならではの気迫や強靭さも十分に備わっており、演奏の持つ根源的な迫力においてもいささかの不足はない。

そして、コリン・デイヴィスの指揮で素晴らしいのは、強靭なトゥッティや荒々しさを感じさせる箇所に差し掛かっても、格調の高さを失っていないという点であり、これは英国人指揮者の面目躍如たるものがある。

エルガーの交響曲に特有のイギリスの詩情に満ち溢れた旋律の数々の歌い方についても、コリン・デイヴィスは、哀嘆調の感傷的なロマンティシズムに陥ることがなく、常に気品のある高踏的な美しさを保っているのが素晴らしい。

コリン・デイヴィスの確かな統率の下、重厚な強靭さからイギリスの詩情に満ち溢れた繊細な美しさに至るまでを完璧に音化し、望み得る最高の名演奏を繰り広げたロンドン交響楽団にも大きな拍手を送りたい。

音質は、2001年のライヴ録音、そして従来CD盤での発売であるが、十分に満足できる音質である。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 23:39コメント(0)トラックバック(0) 

2014年10月21日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



素晴らしい名演だ。

デイヴィスは、シベリウスの交響曲全集を3度も完成させているのに、ニールセンの交響曲の録音はこれまでしてこなかった。

その意味では、満を持しての挑戦ということになるのであろうが、長年の渇きを癒すのに十分過ぎるくらいの超名演に仕上がっている。

第4番は、物凄い快速のテンポだ。

同曲には、カラヤンによる速めのテンポによる名演があるが、あのカラヤンでさえ全曲に約37分を要しているのだから、この演奏の約31分というのが尋常ならざる速さということがわかろうというものである。

おそらくは、史上最速の第4番ということになるのではないか。

とても、老匠の指揮とは思えないような生命力に満ち溢れており、この交響曲の副題でもある「不滅」の名に恥じることのない演奏ということができる。

それでいて、第3部の美しさも出色のものがあり、必ずしも勢いに任せた一本調子の演奏には陥っていない。

第5番は、間違いなく、同曲演奏史上最高の名演と言える。

筆者は、このニールセンの最高傑作を初めて聴いたのは、今から約15年前になるが、ようやく理想の名演に辿り着いたことに深い感慨を覚える。

テンポは、第4番とは一転して、ゆったりとした堂々たるものだ。

それでいて、同じく超スローテンポのクーベリックの演奏のようなおどろおどろしさはいささかもなく、常に、こうしたゆったりめのテンポ設定に必然性が感じられるのが良い。

冒頭の高弦によるトレモロからして、他の演奏には感じられないような内容の濃さを感じさせる。

その後の緩急自在のテンポ設定、打楽器の巧みな鳴らし方、ダイナミックレンジの効果的な活用など、どれをとっても、これ以上は求め得ないような至高・至純のレベルに仕上がっており、第5番が、ニールセンの最高傑作であることを聴き手に伝えるのに十分な超名演に仕上がっている。

録音も素晴らしい。

マルチチャンネル付きのSACDは、ニールセンの打楽器や金管楽器、木管楽器を巧みに駆使したオーケストレーションの再現には最適であり、各楽器の位置関係が明瞭にわかるような鮮明な解像度には、大変驚かされた。

まさに、演奏、録音ともに超優秀な至高の名CDと高く評価したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:58コメント(0)トラックバック(0) 

2014年10月02日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



デイヴィスは、シベリウスの交響曲全集を3度録音した稀有の指揮者だ。

これは、シベリウスの母国、フィンランドの指揮者であるベルグルンドと並ぶ最多記録であり、デイヴィスがいかにシベリウスに深い愛着を持っているのかの証左と言えるだろう。

デイヴィスの3つの全集のうち、現在でも依然として評価が高いのは、1970年代にボストン交響楽団を演奏して成し遂げた最初の全集である。

特に、「第1」〜「第5」は、他の名演と比較しても今なお上位にランキングされる名演であり、いささか透明感に欠ける「第6」や「第7」を踏まえて考えてみても、全集としての価値は、今なお相当に高いものがあると言えるのではないだろうか。

私事で恐縮であるが、筆者も中学生の時代にシベリウスの交響曲に慣れ親しんだが、その時に愛聴していたLPがデイヴィスによる最初の全集であった。

これに対して、2度目の全集は、最初の全集から約20年後の1990年代にロンドン交響楽団と成し遂げたものであるが、これは、はっきり言って、最初の全集と比較するといささか魅力に乏しいと言えるだろう。

デイヴィスとしては、自信を持って臨んだ録音であるのであろうが、そうした自信が過剰になってしまったきらいがあり、金管楽器などのいささか無機的な音色に、やや力の入った力みを感じさせるのが非常に気になった。

最初の全集と比較して、解釈に深みが加わった点は散見されるものの、デイヴィスとしてもいささか不本意な出来であったのではあるまいか。

2度目の全集から10年足らずの間隔で、ロンドン交響楽団の自主レーベルにではあるが、3度目の録音を行ったというのは、その証左と言えるのではないかと考えられる。

そして、この3度目の全集であるが、これは、2度目の全集で見られたような力みがいささかも感じられず、いわゆる純音楽的で自然体のアプローチによる円熟の名演揃いであると高く評価したい。

最初の全集において、いささか透明感に欠けていた「第6」及び「第7」についても、北欧の大自然を彷彿とさせるような繊細な抒情美に満ち溢れており、クレルヴォ交響曲をも含め、本3度目全集は、まさしくデイヴィスのシベリウスの交響曲演奏の総決算とも言うべき素晴らしい名演集であると高く評価したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:02コメント(0)トラックバック(0) 

2014年02月27日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



本盤に収められたシベリウスの交響曲第1番及び第4番は、コリン・デイヴィスによる3度目のシベリウスの交響曲全集の完結編である。

それだけに、本盤の演奏にかける意気込みには並々ならないものがあったと想定できるところであり、名演揃いの3度目の全集の中でも、本盤の演奏は飛びぬけて素晴らしい名演に仕上がっていると高く評価したい。

デイヴィスは、シベリウスを得意中の得意としており、フィンランドの大指揮者であるベルグルンドを除けば、シベリウスの交響曲全集を3度にわたって録音した唯一の指揮者である。

これはデイヴィスのシベリウスへの深い傾倒と愛着の証左と言っても過言ではあるまい。

デイヴィスによる3つの全集のうち、1970年代にボストン交響楽団を演奏して成し遂げた最初の全集については現在でも依然として評価が高いが、音質面を含めて総合的に鑑みると、最新の3度目のロンドン交響楽団とのライヴ録音による全集(2002〜2008年)を第一に掲げるべきであると考えるところだ。

デイヴィスによるシベリウスの交響曲へのアプローチは、特別な個性的解釈で聴き手を驚かしたり、奇を衒ったりすることはいささかもなく、基本的には曲想を精緻に描き出すという純音楽的で自然体のものと言える。

もっとも、曲想を精緻に描き出すという純音楽的なアプローチとは言っても、スコアに記された音符の表層だけをなぞっただけの薄味な演奏をおこなっているわけではない。

一聴すると淡々と流れている各旋律の端々には、独特の細やかなニュアンスと豊かな情感が込められているところであり、シベリウスの楽曲に特有の北欧の大自然を彷彿とさせるような繊細な抒情美の描出にもいささかの不足はない。

そして、本演奏には、80歳を超える老巨匠による演奏とは思えないような強靭な迫力や畳み掛けていくような気迫などが漲っており、前述のように、全集完結編となる本演奏にかける凄まじいまでの意気込みを大いに感じることが可能だ。

ロンドン交響楽団も、デイヴィスの指揮の下、持ち得る実力を十二分に発揮した名演奏を展開しており、弦楽セクションや管楽器セクション、そしてティンパニなど、あたかも北欧のオーケストラのような透明感溢れる美しい音色を醸し出しているのが素晴らしい。

そして、本盤で素晴らしいのは、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音である。

シベリウスの交響曲のような透明感溢れる抒情的な音楽には、本盤のようなマルチチャンネル付きのSACDは抜群の効力を発揮するところであり、デイヴィスによる至高の名演を臨場感溢れるマルチチャンネル付きのSACD盤で味わうことができるのを大いに喜びたい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 23:03コメント(0)トラックバック(0) 

2014年02月01日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



C・デイヴィスは、シベリウスの交響曲全集を3度録音した稀有の指揮者だ。

これは、シベリウスの母国、フィンランドの指揮者であるベルグルンドと並ぶ最多記録であり、デイヴィスがいかにシベリウスに深い愛着を持っているのかの証左と言えるだろう。

デイヴィスの3つの全集のうち、現在でも依然として評価が高いのは、1970年代にボストン交響楽団を演奏して成し遂げた最初の全集である。

特に、「第1」〜「第5」は、他の名演と比較しても今なお上位にランキングされる名演であり、いささか透明感に欠ける「第6」や「第7」を踏まえて考えてみても、全集としての価値は、今なお相当に高いものがあると言えるのではないだろうか。

私事で恐縮であるが、筆者も中学生の時代にシベリウスの交響曲に慣れ親しんだが、その時に愛聴していたLPがデイヴィスによる最初の全集であった。

これに対して、2度目の全集は、最初の全集から約20年後の1990年代にロンドン交響楽団と成し遂げたものであるが、これは、はっきり言って、最初の全集と比較するといささか魅力に乏しいと言えるだろう。

デイヴィスとしては、自信を持って臨んだ録音であるのであろうが、そうした自信が過剰になってしまったきらいがあり、金管楽器などのいささか無機的な音色に、やや力の入った力みを感じさせるのが非常に気になった。

最初の全集と比較して、解釈に深みが加わった点は散見されるものの、デイヴィスとしてもいささか不本意な出来であったのではあるまいか。

2度目の全集から10年足らずの間隔で、ロンドン交響楽団の自主レーベルにではあるが、3度目の録音を行ったというのは、その証左と言えるのではないかと考えられる。

そして、この3度目の全集であるが、これは、2度目の全集で見られたような力みがいささかも感じられず、いわゆる純音楽的で自然体のアプローチによる円熟の名演揃いであると高く評価したい。

最初の全集において、いささか透明感に欠けていた「第6」及び「第7」についても、北欧の大自然を彷彿とさせるような繊細な抒情美に満ち溢れており、クレルヴォ交響曲をも含め、本3度目全集は、まさしくデイヴィスのシベリウスの交響曲演奏の総決算とも言うべき素晴らしい名演集であると高く評価したい。

本盤は、かつて通常CDで発売されていて、唯一SACD化されていなかった「第5」及び「第6」をSACD化したものである。

シベリウスの交響曲のような透明感溢れる抒情的な音楽には、本盤のようなマルチチャンネル付きのSACDは抜群の効力を発揮すると言えるところであり、演奏内容の質の高さからしても、今般のSACD化を大いに歓迎したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:51コメント(0)トラックバック(0) 

2014年01月08日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



シベリウスのスペシャリストであるコリン・デイヴィスが、世界最古の伝統を誇るオケ、シュターツカペレ・ドレスデンを指揮して、どんな演奏を繰り広げるのか?という期待を胸に購入。

一聴して、とにかくオーケストラの響きが魅力満点で、響きの豊かさに惚れ込んでしまった。

シュターツカペレ・ドレスデンのトーンは暖色系であり、寒々とした質感をもつシベリウスとは一見相容れない感じもするが、しかし厳しい冬を生き抜く人間の血潮は紛れもなく温かく、そういう情感が音色の一つ一つに宿っている。

もちろんデイヴィスの指揮も素晴らしく、もはや多くの言葉を費やすことが空しく思えてくるほどだ。

本番一発録音のため、若干のミスは否めないし、集中力が途切れる瞬間もある。

完成度の高さとしては、後年のロンドン交響楽団との2種を採るべきだろうが、曲に対する思い入れの強さは当盤からもひしひしと伝わってくる。

オケがシュターツカペレ・ドレスデンだからもう少し上を望みたいところだが、平均点は楽々クリアしている。

色数も豊富な弦楽セクション、輝かしくときに柔らかい音色を奏でる金管、これを聴くと根強いファンが多いのも頷ける。

殊に弱音部の澄み切った質感はこのオケならではと言える。

交響曲第2番は、第2楽章に欠落があるが、致命的と言うには勿体ない。

何故なら、オケが圧倒的に雄弁で、それを補って余りある程の魅力に溢れているからだ。

少々の編集ミスをあげつらうなど愚鈍の極みであり、筆者としては、透徹した精神性が結晶化した名演と高く評価したい。

交響詩「エン・サガ」もスタジオ盤(ロンドン響)とほぼ同格で、シュターツカペレ・ドレスデン特有のほの暗い音色が加味される。

最後の交響詩「レオンタール」が素晴らしい。

ゼルビヒの寂寥感に満ちた名唱にデイヴィス&シュターツカペレ・ドレスデンならではの共感溢れる雄弁な表現が冴える。

すべて完全初出で録音状態も抜群。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 01:08コメント(0)トラックバック(0) 

2013年08月05日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



若きキーシンの最近の円熟ぶりを感じさせるベートーヴェンだ。

演奏全体から受ける印象は、デイヴィス指揮のロンドン交響楽団ともども、馥郁たる柔和なものである。

抒情的な楽章でのゆったりとしたテンポ設定は、決してもたれるようなこともなく、実に内容豊かで聴き手を感動に誘う。

緩徐楽章など、静けささえ感じるほどだ。

では、軟弱なだけの演奏かと言うとそうではなく、ここぞという時のダイナミックにして威風堂々たる重厚な表現は、いかにもベートーヴェンの協奏曲ならではの、獅子の威厳を感じさせる。

いかにもベートーヴェンの音楽に相応しく、自信に満ち溢れた堂々たるアプローチが聴かれるのが素晴らしい。

両端楽章での打鍵の力強さも特筆すべきであり、巨匠への道を一歩一歩着実に歩み続けるキーシンの前途洋々たる未来を大いに予見させてくれる。

このような絶妙なバランスの剛柔併せ持つ名演を成し遂げた点にこそ、キーシンの近年の進境著しさが窺われる。

さすがに「皇帝」は素晴らしく、キーシンの解釈は、決して聴き手を驚かせるような個性的なものではないが、「皇帝」の魅力を心ゆくまで満喫させてくれるオーソドックスなアプローチが信条と言えるだろう。

どこをとっても薄味な箇所はなく、ベートーヴェンのピアノ協奏曲の最高峰ならではの堂々とした重厚な演奏を成し遂げているのも素晴らしい。

そして、今や押しも押されぬ巨匠の風格を兼ね備えたデイヴィスの好サポートも、ロンドン交響楽団ともども見事であり、ベートーヴェンの音楽の美しさをダイレクトに伝えてくれる点はさすがと言うべきであろう。

また、キーシンの奏でるピアノが実に鮮明に再現されている点は、大いに歓迎したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:52コメント(0)トラックバック(0) 

2013年01月12日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



この2009年1月の演奏会は、前年2008年11月23日に急逝したリチャード・ヒコックスの思い出に捧げられたものである。

1976年にロンドン交響合唱団の音楽監督に就任したヒコックス(1948−2008)は、1991年にそのポストを離れた後も名誉指揮者、さらにはプレジデントを任じられ、1985年には客演副指揮者に迎えられるなどロンドン交響楽団ともゆかりの深かったことで知られている。

ヒコックスは、1995年には彼らとヴェルディのレクイエムをシャンドス・レーベルにレコーディングしており、ファンファーレ誌やデイリー・テレグラフ誌から最大級の評価を獲得していた。

こうした背景もあってのことであろう、ここでのオケ、合唱は共に特別な共感を寄せて演奏に臨んでいるであろうことは想像に難くないが、それはヒコックスの師であるデイヴィスとしてもやはり同じはず。

デイヴィスのヒコックスへの深い愛情を示す壮麗にして厳粛な名演である。

ヴェルディのレクイエムは、3大レクイエムの中でも規模が最も大きく、それ故に、演奏によってはどうしても圧倒的な迫力とか、オペラ的な性格が全面に出る傾向があるが、デイヴィスは、そうした劇的な面を極力抑え、同曲のいわゆる「レクイエム」という側面にできるだけ焦点を当てた演奏を繰り広げている点を高く評価したい。

ロンドン交響合唱団の合唱も見事であり、指揮者、オーケストラともども一体となって、ヒコックスへの哀悼の念を捧げている点が深く感動を誘う。

1991年のバイエルン放送響とのセッション録音をはじめ、その長いキャリアとほぼ同じ期間に本作を取り上げ続けてきた経験より得た、力みのないひたすら自然な流れ。

80歳を越えたデイヴィスの音楽に内在する高潔な志と無我の境地には強く打たれるものがあるというべきだろう。

SACDマルチチャンネルも、ヴェルディのレクイエムには最高の録音方式であり、この名演を一層引き立てる結果となっている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:33コメント(0)トラックバック(0) 

2013年01月07日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



コリン・ディヴィスはベルリオーズを得意とし、数々の名演を残してきた。

特に、最高傑作と称される幻想交響曲は、何度も録音を繰り返しているが、その中でも、やはり第一に掲げるべき名演は、本盤の1974年盤と言えるのではなかろうか。

何よりも、オーケストラにロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団を起用したのが大きい。

管楽器も弦楽器もいずれも完璧なアンサンブルで、若きディヴィスの指揮についていっており、しかも、この当時にオーケストラに顕著に存在した北ヨーロッパならではのくすんだいぶし銀の音色が、演奏に潤いと深みを与えていることを見過ごしてはならない。

オーケストラが高性能のせいか非常に克明な演奏である。

リズムの硬軟、旋律の歌わせ方、楽器のバランス、そして強弱法など、すべてにわたって思案したあげくの実に丹精な指揮ぶりで、聴いていて、なるほどとデイヴィスに相槌を打ちたいところがたくさんある。

いささか分解的表情を積み上げた感もあるが、終楽章はさすがである。

原典にしたがって、コルネットを活用している点も、ディヴィスのベルリオーズへの傾倒ぶりをあらわしており、本盤は、数々の幻想交響曲の名演の中でも上位に位置づけられる名演と高く評価したい。

そして、この名演の真価を究極の音質で味わうことができるシングルレイヤーのSACDがついに登場した。

SHM−CD化や表面のコーティングなど、音質向上のための最善の努力がなされており、唖然とする超高音質に仕上がっている。

コンセルトへボウ管弦楽団の各管楽器奏者の名技なども完璧に再現されており、弦楽器のつややかな響きも美しさの極み。

眼前で演奏会が行われているような錯覚に陥るほどの臨場感溢れる極上の音質に仕上がっている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:22コメント(0)トラックバック(0) 

2010年12月15日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



コリン・デイヴィスが初めて録音した《惑星》であり、初めてのベルリン・フィルハーモニーとのセッションであるが、その音楽の仕上がり具合は大変素晴らしい。

期待通り、極上の《惑星》だ。

デイヴィスがこの曲のレコーディングをこれまで行わなかったのは、ベルリン・フィルのような輝かしい響きをもったオーケストラとの共演を待ち望んでいたからではなかろうか。

各曲のコントラストも見事に描き出されており、その巧妙をきわめた語り口はまさに老練の味というべきもの。

明快で、軽やかですらある指揮ぶりだが、かつてよりもロマンティックに歌う要素を強めているのも興味深い。

精度の高いベルリン・フィルのパワーが炸裂する「火星」や「木星」なども圧倒的だが、むしろ精緻なアンサンブルで幻想的な宇宙の神秘さまで表現した「金星」や「海王星」などの静寂さが支配する音楽に、この名演の聴きどころがある。

ベルリン放送女声合唱団が加わる「海王星」の神秘さ等には、ラヴェルやドビュッシーの音楽に一脈通じるような不思議な美しさが漂う。

オーケストラがガンガン鳴りまくる体育会系《惑星》にウンザリしている人にはうってつけの演奏である。

しっとりとした色気すら漂わせる繊細な響きは、デイヴィス及びベルリン・フィルの既成イメージを覆すに十分だ。

かといって軟弱でもない。そのへんが絶妙。

ベルリン・フィルの名手の技巧を完璧に引き出し、細部の彫琢に神経を配ったデイヴィスの音楽作りの巧さがこの作品の通俗性を払拭している。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0) 

2010年11月15日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。

 

C・デイヴィスによる初のシベリウス交響曲全集。フィンランド・シベリウス・メダルや仏ADFディスク大賞など、多くの国際レコード賞を受賞した。

1970年代半ばにC・デイヴィス/ボストン交響楽団で完成した全集盤の演奏は、各声部の響き合いの見通しのよさを推し進めたもので、その切り離された孤独な響きと重厚なボストン響の力強さの相乗作用に現代作曲家シベリウスの姿が重なり感動的な演奏だ。

イギリスの指揮者にはシベリウスを得意とする才能が多いが、C・デイヴィスはその最右翼というべき存在であろう。

1970年代、首席客演指揮者の関係にあったボストン交響楽団との録音の代表格がこのシベリウスである。

作品を見据える視線が熱く、あたかも作品に引き寄せられるかのような息遣いにあふれた演奏が繰り広げられており、拡がる感動の環が聴き手を温かく包み込む。

まったく恣意的なところのない堅実無比な演奏で、作品が必要とする全ての要素を満たしている。

どの曲も見事な造形で仕上げられており、表情もまさに音楽的に正統的で、偏向した感じがない。

そして堂々とした力感の充実があり、歌の魅力も充分である。

若き日の力作では、あふれるばかりの情熱と気骨をみなぎらせた骨太の演奏が圧倒的だし、第4番以降に聴く孤独と寂寥感、そして豊かな幻想性と北欧的リリシズムに心奪われる。

ボストン交響楽団の深みのある響きも、たいそう魅力的だ。

風格をもち、ほの暗く重厚な響きで、作品の北欧的な雰囲気を描き出しており、音色的豊麗さも見事というしかない。

C・デイヴィスという指揮者の最良の姿を伝えてくれる盤であると同時に、シベリウスの交響曲の最良の在りかたを伝えてくれる名盤といえよう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 18:46コメント(0)トラックバック(0) 

2010年11月07日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



「デイヴィス盤こそ決定盤である」という声を耳にすることはまずないが、このように指揮者、オーケストラ、録音と三拍子そろった名盤中の名盤への正当な評価がなされないという現実はまことに悲しむべきことである。

なるほど、デイヴィスの指揮に、聴衆をアッと言わせる奇策はまったくない。

全9曲のどこもかしこも、ただただ音楽的な造型、フレーズ感と和声感、そして、適度なカンタービレがあるばかりである。

クライバーのようなスポーツ的な快感もシェルヘンのような狂気もない。

しかし、その正統的な音楽づくりの積み重ねの結果こそ非凡この上ないのである。

当たり前のことを追求し尽くしての非凡さ、というのは、まさに演奏芸術の神髄ではなかろうか。

デイヴィスの演奏は、決して真面目だけが取り柄の学術的なものでも、お題目ばかりの無味乾燥なものでもない。

そこに最大限の情熱が注がれ、どんな小さなフレーズにも瑞々しい生命が吹き込まれており、「命の脈動」が感じられる。

シュターツカペレ・ドレスデンの奥深い音色も忘れがたい。

この奥深い音色は何かというと、ひとつには歴史の詰まった音、と言えるだろう。

幾世代にもわたって受け継がれた音色、奏法の重みが、ここにある。

剛毅なベルリンとも、優美なウィーンとも違った独特の暗さ、重さが、デイヴィスの的確な道案内によって、「これぞドイツ伝統の音」というべきベートーヴェン演奏を繰り広げているのである。

また、全集として見たときの統一感も、デイヴィス盤の素晴らしさのひとつである。

番号による出来不出来はなく、録音もいずれも美しい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 17:37コメント(0)トラックバック(0) 

2010年10月28日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



いぶし銀の輝きにみちた味わい深いモーツァルト。どの曲も古典美の極みの秀演だ。

シュターツカペレ・ドレスデンのいぶし銀の響きは相変わらず美しく、管弦のどのパートも突出せずに融合している。

デイヴィスの解釈も格調高く、優美で克明、堂々とした力感と風格をもった音楽である。

作品に対する謙虚な姿勢をもった無垢の表現といえよう。

第34番はデイヴィスとシュターツカペレ・ドレスデンの相性の良さを示す好演で、精確でありながらデリカシーに富み、入念・克明・緊密にまとめられている。

第28番には手作りの温かさがあり、第29番は澄みきった感覚美と軽快な動感を表している。

テンポの安定感も見事であり、いかにもデイヴィスらしいモーツァルトだ。

「ハフナー」は緻密なアンサンブルで堅固な造形感を打ち出しているが、決して造形の仕上げだけを優先した外面的な演奏ではなく、第1楽章から内心の共感を率直に表明し、生き生きとした音楽を作っている。

「リンツ」終楽章で、ふくよかな響きが自然な流動性を帯びて歌うのは、純粋な音楽美と形容するほかはない。

「プラハ」も従来のデイヴィスの秀演に勝るとも劣らない、格調高く誠実そのものの音楽である。

第39番は、冒頭から堂々と力強く、骨格の逞しい風格がある。

晴朗な美感におおわれた第2楽章、尖鋭を極めたリズム感と運動性にみちた終曲もすばらしい。

第40番も端正このうえない美しい表現だ。

「ジュピター」では、柔らかい弦に金管や木管が巧妙にブレンドされ、克明でありながら音楽が本当にスムーズに流れている。

スタッカート、ノン・レガート、レガートなどの区別がきちんと行き届いている。

伝統的なシンフォニー・コンサート様式による演奏として、第一級の出来映えだ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 18:38コメント(0)トラックバック(0) 

2010年04月10日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



コリン・デイヴィスはイギリスの多くの指揮者がそうであるように、何事も極端に走ることのない妥当な演奏を聴かせる人だが、オペラでの活躍にも示されるように、無難なだけでない表情の豊かさが、その演奏を魅力的にしている。

コンセルトヘボウ管を指揮してのドヴォルザークでも、民俗的な香りを前面に押し出すことなく、節度を保ったきわめてノーブルな演奏を展開しているのだが、その端々に聴かれる直截ながら愛情を感じさせる表情の美しさは、作品の魅力を伝えて余すところがない。

デイヴィスはコンセルトヘボウ管と、ドヴォルザークの交響曲は最後の3曲を録音しているが、いずれも大変に美しい演奏となっている。

当時(1970年代後半)のデイヴィスはより率直で切れ味の鋭い音楽を作っていたが、それがこれらを交響的に表現して余すところがない。

3曲とも堅固に構築された演奏であり、これらが19世紀の交響曲としても傑出した作品であることを改めて感じさせる演奏でもある。

即ち、民族性などに頼らずとも、充分な存在価値を持つ作品であることを証明している。

「新世界より」はデイヴィスが真正面から真摯に取り組んでいる演奏で、いかにもダイヴィスらしく克明、堅実である。

彼がコンセルトヘボウを指揮した場合特にそういう特徴が表れるが、この演奏はその好例といえる。

従って、作品の古典的な形式を生かした実に力強い音楽となっている。

小手先の細工を弄せず、妥協を許さぬストレートなアプローチで、ダイナミックに音楽を進める。

ときおり個性的な解釈が顔を出すものの、基本的には決して奇を衒わない正攻法。

第1楽章の提示部を反復しているのもデイヴィスらしいが、これは交響的、純音楽的な姿勢で首尾一貫した演奏である。

それをコンセルトヘボウの豊かな響きが包み込んで、音楽的な充実感の極めて高い名演奏が実現している。

「交響的変奏曲」も同じ傾向の表現。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 15:59コメント(0)トラックバック(0) 

2009年12月01日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



いかにもグリュミオーらしい艶美な音色と、軽快なリズム感の光った名演である。

この人は、ヴァイオリンの名器を数多く弾きこなしてきたことでも知られており、ここでは「前ジェネラル・デュポン」というストラディヴァリウスを使って弾いている。

そのせいか、このモーツァルトは本当に華麗で美しい音色をしている。

まるで春の夜の雨に濡れた舗道が光り照らされているかのようだ。

もしくは澄み切った青空のような音と喩えることもできよう。

グリュミオーの新鮮な音と表現は、モーツァルトにぴったりである。

しかもリズムが良いため、いっぱいに歌う箇所でも旋律線が少しも崩れず、それが音楽の清潔さを呼んでいる。

テクニックも見事で、自在に弾きながら洗練されている。

卓抜な技巧で、彼の十八番としている作品のひとつを演奏しているだけに、聴いたあと、すがすがしく爽快な気分が残る。

美音家のグリュミオーだけに、モーツァルトの音楽の典麗優雅な気分を、巧妙に表出している。

軽快でリズミカルな表現も抜群だし、抒情的でロマンティックな旋律の歌わせ方にもひかれる。

デイヴィスの指揮も含め、これほど音色も演奏もモーツァルトそのものといって良い録音は他に絶対に無い、と言い切ってしまいたいほどである。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:19コメント(0)トラックバック(0) 

2009年11月25日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



デイヴィスの録音は、バイエルン放送交響楽団の弦楽器群の魅力を存分に引き出した、熱っぽい演奏だ。

思いの丈を吐露するかのような深い感動があり、セレナードという以上に交響詩にも似た表現の奥深さを感じさせられる。

スケールも大きく、内容的にも充実し、指揮者の円熟の境地を示して聴きごたえがある。

チャイコフスキーでは独特の憂愁を余すところなく描出している。

このチャイコフスキーの弦楽セレナードは、ドヴォルザークの弦楽セレナードと一緒に収録されることも多く、また室内管弦楽団によるすぐれた演奏も少なくない。

しかし、この曲の場合、室内管弦楽団のスリムな響きよりも厚いシンフォニー・オーケストラの豊かな響きがふさわしいように思う。

特にデイヴィスとバイエルン放送交響楽団の演奏は、第1楽章から非常にバランスのよい洗練された豊かな響きの美しさに魅了される。

そのあまり厚くなりすぎないふくよかな響きが豊かな陰影をたたえ、繊細な抒情を紡ぎ出している。

チャイコフスキーはこのセレナードを国際的に通用する作品として古典的な形式を用いたが、デイヴィスは旋律をのびやかに歌わせながら、チャイコフスキー特有の憂愁をたたえた第2楽章のワルツや第3楽章エレジーに込められたロシア的な情感も爽やかに表出しており、両端楽章の弾力性に富むリズムと生彩あふれる表情も見事である。

またドヴォルザークも思い入れたっぷりな表現で旋律を歌わせる第1楽章、多少遅めのテンポでロマンティックな詩情を丹念に表出した第3楽章など、ヴェテランの棒さばきが光る。

バイエルン放送交響楽団の重厚なストリングスも魅力的だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 19:30コメント(0)トラックバック(0) 

2009年09月04日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



数多いシューベルトの交響曲全集の中で、これほど全曲が均質化され、気高く交響的な美感をもって演奏された例は少ないだろう。

シューベルトのなかにある独自の孤独感や、祖父がシュレージェン地方の農民であったという血の表明をドイツ的な堅実さで確実に表出し得ている。

全8曲どれをとってもむらがなく、禁欲的な節度と気品を持った演奏だ。

ウィーンの伝統である楽天性や感傷とは一線を画しているが、そこにシューベルトの孤高の心情を描いており、ドイツ的ともいえる堅実な感触が、第5番までの初期交響曲から堂々とした交響性を引き出している。

「未完成」では第1楽章の雄大なスケールと第2楽章の内面の豊かな歌、「ザ・グレイト」での山脈のように聳え立つ緊密な構築も特筆して良い。

さらに、シュターツカペレ・ドレスデンのふくよかな響きが素晴らしい雰囲気を味わわせてくれる。

美しく格調高く温かいシューベルトだが、晴朗な響き、清らかな歌の狭間に、ときに一瞬、作曲家の切ない溜め息が聞こえ、恐ろしい心の暗黒が覗く。

凄い。

シューベルトの本質を衝いた秀演である。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 06:43コメント(0)トラックバック(0) 

2009年03月14日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



1969年、ベルリオーズ没後150年を記念して録音されたディスクで、デイヴィスが渾身の力をこめて驚くほどの大熱演をしている。

当代きってのベルリオーズ演奏家であるデイヴィスの指揮だけに、音楽のつかみかたが的を得て射ており、しかも、かなり大胆で独創的な面白さをもっている。

「レクイエム」は、コンサートでの実演がどの程度までディスクに収録できるかの実験曲みたいなところがあり、その点CDで聴くのに最も適しており、壮観な音楽空間が展開する。

原曲の指示にはない少年合唱を用いたり、実に鋭くリズムを強調したりしており、この曲の全く新しい側面を見ることのできる演奏だ。

総体的に鋭い切れ味の演奏で、なかでも圧巻の「ラクリモーザ」での心の中まで突き刺すようなリズムはデイヴィスならではのものだ。

デイヴィスはこの録音の当時、ロンドン響とともにベルリオーズ作品を精力的に録音していたが、これもそのひとつで、指揮者はもとより、オーケストラの意気込みも凄まじく、数あるロンドン響の演奏のなかでも、最高の力演のひとつとなっている。

「テ・デウム」でもベルリオーズのスペシャリストをもって任じていたデイヴィスの熱い迸りが、真正面から聴く者に襲いかかる。

音楽的密度の高さといい、合唱団、少年合唱団ともども全力をつくしての名演だ。

デイヴィスは引き締まったテンポ設定の中で、音楽に一層ふくらみを持たせ、この大人数の演奏者たちを自由に操っている。

音の底力が厚く、デイヴィスの白熱した燃焼と集中が素晴らしい。

この2曲の最も雄弁で熱っぽいCDといえる。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 22:19コメント(0)トラックバック(0) 

2009年03月02日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ノーマンの比較的初期の録音のひとつで、1976年の仏ディスク・リリーク大賞を受賞している。

ワーグナーの「ヴェーゼンドンクの5つの詩」と「トリスタンとイゾルデ」の「愛の死」を歌って、最もふさわしいソプラノといえば、往年のフラグスタートを別格とすれば、ノーマンをおいて他にいないだろう。

許されざる愛を背景に生まれた2つの名作を、ノーマンが感動的に歌っている。

ことに「ヴェーゼンドンクの5つの詩」は音にしたためられた愛の詩集というにふさわしいもので、この世のものとは思えない甘美な夢のひとときに聴き手を誘う魅力がある。

ノーマンが一つひとつの言葉に熱い想いを乗せながらも、抑制と高揚の微妙な振幅の中を泳ぐように演奏しており、聴き手を切実な感動に浸らせてくれる。

それは立派な演奏という以上に、無垢な魂のさすらいを思わせる孤独感をたたえており、一度でも耳にしたら永遠に脳裏に刻み込まれてしまう美しさがある。

同じく抑制しながらも、熱い情感でノーマンを包み込んだデイヴィスの指揮も魅力的だ。

「トリスタンとイゾルデ」の「愛の死」はイゾルデの静かな歌い出しから見事に声をコントロールして、情感に溺れることなく愛による浄化を大きなスケールで歌いあげている。

デイヴィスの指揮もオーケストラを美しく響かせ、気品に満ちた表現のうえに曲の内容をよく表出している。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 05:37コメント(2)トラックバック(0) 

2009年01月12日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



デイヴィスはシベリウスのスペシャリストで、これが2度目の全集である。

デイヴィスの最新録音の全集は、悠然とかまえてシブくきめた紳士の風情。

均整のとれた造形のなかに、美しい響きの丹念な音楽が築かれてゆく。

そのため細部まで洗練とゆとりがあり、有機的に作品をまとめている。

第2番のフィナーレなど神々しくさえ聴こえるのだ。

デイヴィス独特の豊かな息づかいやゆったりとした旋律の歌わせ方が曲にスケールを与え、やさしさと力強さが同居した演奏になった。

呼吸が深くゆったりとした音楽づくりだが、決してだれることのないのは指揮者の裁量とオーケストラ、特に管楽器のすばらしさによるものと見た。

気高い雰囲気を漂わせるロンドン響の音色もプラスに働いており、特に木管楽器の憂いを帯びた音がアクセントになっている。

第5番ではむろんそのことが根幹となるが、演奏に運動性が目立つのは興味深い。

異色の表現というべきだろう。

演奏効果を狙う派手な演奏の対極に位置する自然で格調高い演奏によって、シベリウスが、ひとつの優れた交響作品としての普遍性を獲得している。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 11:54コメント(0)トラックバック(0) 

2008年11月11日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



C=デイヴィスの「サムソンとダリラ」は、コヴェント・ガーデン・ロイヤル・オペラの音楽監督時代から定評があり、このグランド・オペラとオラトリオ的性格とが折衷されたような異色のオペラに最適の指揮者だろう。

C=デイヴィスの指揮は、現代的で、テンポのよい運びで、劇的に表現していて、素敵だ。

C=デイヴィスの指揮は、バイエルン放送響と合唱団を徹底的に磨き上げ、その響きに高度の洗練性を与え、サン=サーンスの音楽の一面である古典的美観と、このオペラのエキゾチックな色彩感、官能性のすべてを過不足なく描き出している。

バルツァのダリラが、妖艶で、ふるいつきたくなるような官能美にあふれていて魅了される。

その豊麗極まりない美声を、ダリラの妖しい官能的魅力の表現に巧みに活用している点が特筆される。

サムソンのカレーラスも、やや整いすぎている感じもしないではないが、その力強く端正な歌唱には好感がもてる。

ドラマティックな表現で、激情の高まりを巧みに歌い出している。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:05コメント(2)トラックバック(0) 

2008年05月11日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



コリン・デイヴィスの初レパートリーとなる《わが祖国》は、デイヴィス渾身の指揮ぶりで、手兵ロンドン交響楽団を率いての、かなり熱い、情念渦巻く堂々の名演となっている。

デイヴィスの《わが祖国》への共感がこの演奏からは感じられ、聴き込むたびに新たな感動が得られる、味わい深い演奏である。

少し速めのテンポで、強奏は豪胆に、弱音は繊細に聴かせる。

《わが祖国》をここまで一息に聴かせる演奏は稀だと思う。

デイヴィスの年齢に関係なく新たなレパートリーに取り組む姿勢、意欲が現れた演奏だ。脱帽。

1曲目の『ヴィシェフラド』のなんと勇壮なこと! プラハを守る城は、フォルティッシモで地平線に堂々とそびえたっている。

そして起伏に富み、激しくうねる『モルダウ』。

『ターボル』や『ブラニーク』では期待通りの質実剛健な音楽を堪能できるし、また『シャールカ』のクライマックスの金管を思いっきりテンポを落として重々しい効果を挙げていると思えば、『ボヘミアの森と草原より』では中盤から速めのテンポ設定でドラマティックに展開、各曲の魅力を存分に引き出している。

名手揃いのロンドン響が、デイヴィスと息もぴったり、スメタナの愛した故郷の母なる自然の偉大さを、時に優しく時に激しく見事に歌い上げている。

チェコ・フィルをはじめとしたチェコの指揮者、チェコの団体の演奏は、確かに彼らの中に染み付いた節回しとリズム感で、これ以外にどうしようもないだろうという説得力を与えてくれる。

そういった説得力をデイヴィスに求めることはお門違いだ。

この演奏に腹を立てる人も、残念に思う人もいるだろう。しかし、デイヴィスが本気でスコアから鳴らそうとした音が、しっかりと生まれてきていることをこのCDからは聴くことができる。

デイヴィスは音楽の根源的な楽しさについて気づかせてくれる数少ない指揮者だと改めて思った。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:53コメント(0)トラックバック(0) 

2008年02月04日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



アラウの演奏は、すべてがそろった名演だ。

旧盤は玄人好みの渋いものだったが、アラウは大器晩成型で、その花がついに絢爛と咲きほこったのだ。

第4番がことのほか素晴らしく、80歳をこえた老大家アラウの、人間的な芸の厚みを感じさせる演奏である。

全体にやや遅めのテンポで、旋律をゆったりと歌わせながら運んだ演奏で、明るい音色と深みのある表情で丹念にまとめている。

曲調がアラウにぴったりであり、厚みのある和音、無骨な弾き方はベートーヴェンそのもので、媚びや外面の美しさからは遠く、聴けば聴くほど滋味が出てくる。

シュタールカペレ・ドレスデンも世界最古の歴史を誇る伝統のある楽団だけに、その響きは素晴らしく、ことに弦楽合奏の柔らかく味わいのある音色は申し分ない。

「皇帝」もまことに偉大かつ雄弁だ。

まず出だしのフォルテを聴いてほしい。これほど威風堂々とした響きは、ほかのオーケストラからはなかなか聴くことのできない、伝統の響きだ。

アラウもその響きに優るとも劣らない風格をもっており、音のひとつひとつを大切に、いとおしみなが弾いており、音楽が匂い立つ。

第1楽章は音の1粒1粒が大切にされ、ベートーヴェンが何気なく書いた飾りの音型からも新しい意味を掘りおこしてゆく。力強く深々とした表現である。

第2楽章は初めは淡々と弾いてゆくが、途中からにわかに輝きを増し大家の芸となる。ピアノのタッチの美しさの光った繊細な演奏だ。

フィナーレはふところの深い表現で、アラウとデイヴィスの、乗りに乗った白熱的なかけあいが聴きものだ。

デイヴィスの指揮も純ドイツ風で、充実しきった有機的な響きが快い。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 06:40コメント(0)トラックバック(0) 
メルマガ登録・解除
 

Profile
Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ