エルガー

2015年06月17日


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広範なレパートリーを誇ったショルティであるが、英国王室から「サー」の称号を得ただけに、英国音楽、特にエルガーの楽曲を得意としていたことについては意外にもあまり知られていない。

そのレパートリーは、2つの交響曲や行進曲「威風堂々」、チェロ協奏曲、エニグマ変奏曲、その他の管弦楽曲など多岐に渡っている。

ショルティと同様に数多くのレコーディングを遺した先輩格のカラヤンは、エルガーの楽曲を殆ど録音しなかったし、後輩のバーンスタインもエニグマ変奏曲と行進曲「威風堂々」の一部のみの録音にとどまっている。

そして、ハンガリー系の指揮者のライナーやオーマンディ、セルなどの録音歴などを考慮に入れても、ショルティのエルガーへの傾倒ぶりがよく理解できるところだ。

本盤には、エルガーの交響曲第1番及び第2番などが収められているが、いずれもエルガーを得意としたショルティならではの素晴らしい名演と高く評価したいと考える。

オーケストラは、他のエルガーの楽曲の場合と同様に、シカゴ交響楽団ではなく、ロンドン・フィルを起用しているが、楽曲によってオーケストラを使い分けるというショルティなりの考え方によるものではないかとも思われる。

エルガーの交響曲第1番は、英国の作曲家の手による交響曲の最高峰である。

にもかかわらず、英国出身の指揮者による演奏は頻繁に行われているものの、それ以外の国の指揮者による演奏は驚くほど少ない。

作品の質の高さを考えると、実に惜しい気がする。

そんな数少ない指揮者の中で、ショルティがエルガーの交響曲第1番と第2番の録音を遺してくれたことは、何と素晴らしいことか。

ショルティは、この録音に先立って、エルガーによる自作自演を繰り返し聴いて臨んだということであるが、この点に照らしても、ショルティが単なる余興ではなく、真摯にこの傑作交響曲に取り組んだことがよくわかる。

演奏の性格を大観すると、英国の指揮者による演奏に顕著な哀切漂うイギリスの詩情を全面に打ち出したものではない。

むしろ、ドイツの正統派交響曲を指揮する時と同様のアプローチにより、古典的とも言える解釈を示している。

それでいて決してこじんまりとまとまっているのではなく、いかにもショルティらしいスケールの雄大さを兼ね備えている。

第1楽章冒頭からスコアをよく考究した表現で、非常にこまやかな陰影をもち、中庸なテンポによる造形と洗練された音彩が美しく、4つの楽章の性格も的確に示されている。

もちろん、ショルティの欠点として巷間指摘されている、ヘビーなアクセントや力づくの強奏などもみられないわけではないが、例えば第3楽章など、歌うべきところは心を込めて歌い抜くなど、決して無機的な演奏には陥っていない。

交響曲第2番においてもショルティのアプローチは、例によって強靭なリズム感とメリハリの明瞭さを全面に打ち出したものであり、その鋭角的な指揮ぶりからも明らかなように、どこをとっても曖昧な箇所がなく、明瞭で光彩陸離たる音響に満たされていると言えるところだ。

したがって、同曲に、英国の詩情に満ち溢れた美しさを期待する聴き手にはいささか不満が残る演奏と言えるかもしれない。

しかし、絶対音楽としての交響曲ならでは堅牢な造型美、そして広範なダイナミックレンジを駆使したスケールの雄大さにおいては、他の英国系の指揮者による演奏においては決して味わうことができない独特の魅力を有している。

他の演奏とは異なったアプローチにより、同曲の知られざる魅力を引き出すことに成功した名演と評価してもいいのではないだろうか。

特に、一部のトゥッティの箇所において、これはロンドン・フィルの必ずしも一流とは言い難い技量にも起因しているとは思われ、いささか力づくの強引さが感じられるきらいもないわけではないが、緩徐楽章においては、ショルティなりに情感豊かに歌い抜いており、演奏全体としては十分に剛柔のバランスがとれているのではないかと考えられる。

ショルティの統率の下、必ずしも一流とは言い難いロンドン・フィルも、随所に粗さは感じさせられるが、演奏全体としては十分に健闘していると言えるところであり、持ち得る実力を存分に発揮した好パフォーマンスを発揮していると評価したい。

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2015年02月13日


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本盤には、ディーリアスのヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲、ヴァイオリン協奏曲、チェロ協奏曲という、知る人ぞ知る名作が収められている。

このうち、チェロ協奏曲については、稀代の名チェリストであったデュ・プレと、名匠サージェント&ロイヤル・フィルによる素晴らしい名演(1965年)が存在していることから、比較的耳にする機会も多い楽曲であるが、ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲やヴァイオリン協奏曲に至っては、国内盤が存在していないだけでなく、輸入盤も目ぼしい演奏が殆どないことに鑑みれば、本盤は極めて貴重な演奏であると言えるだろう。

ディーリアスは、イギリスの詩情に満ち溢れたエレガンスな美しさを誇る管弦楽曲の名曲で知られているが、本盤に収められた各協奏曲も、他の協奏曲で聴かれるような超絶的な技量を全面に打ち出した楽曲ではなく、むしろ、イギリスの詩情に満ち溢れた極上の美しさが持ち味の名作である。

本盤の演奏において、ヴァイオリン演奏を受け持つのは、気鋭の女流ヴァイオリニストであるタスミン・リトルだ。

タスミン・リトルは、本演奏と同じアンドリュー・デイヴィスと組んで(オーケストラはBBC交響楽団ではなく、ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団であるが)、エルガーのヴァイオリン協奏曲の名演(2010年)を成し遂げているだけに、本演奏においても、抜群相性の指揮者の下で、自らの個性を全面的に発揮した渾身の名演奏を繰り広げている。

強烈な個性という意味では、他の世界的な若手女流ヴァイオリニスト、例えば、ヒラリー・ハーンなどと比較するといささか物足りない気がしないわけではないが、イギリスの詩情溢れる情感の豊かさの描出においては、タスミン・リトルの方に軍配を上げたくなるところだ。

とりわけ、ディーリアスの協奏曲の演奏に際しては、楽曲に込められたイギリスの詩情をいかに格調高く表現できるのかに演奏の成否がかかっているとも言えるところであり、その意味においては、タスミン・リトルのヴァイオリン演奏はまさに理想的と言っても過言ではあるまい。

チェロはポール・ワトキンスであり、例えば、チェロ協奏曲など、前述のデュ・プレによる演奏と比較すると、演奏の持つ気迫や強靭な生命力において大きく落ちると言わざるを得ないが、タスミン・リトルのヴァイオリン演奏と同様で、イギリスの詩情溢れる情感の豊かさの描出においては、十分に合格点を与えられる名演奏を展開していると言ってもいいのではないだろうか。

指揮は、英国の大御所指揮者であるアンドリュー・デイヴィス、そしてオーケストラはBBC交響楽団という最高の組み合わせであり、これ以上は求め得ないような絶妙な表現で、本盤の各協奏曲に込められたイギリスの詩情を感動的に歌いあげており、これら各協奏曲のバックとしては、理想的な名演奏を行っていると評価したい。

いずれにしても、本盤に収められた各協奏曲は素晴らしい名演であり、チェロ協奏曲を除けば殆ど世に知られていない名作を広く認知するという意味においても、極めて意義の大きい名CDと高く評価したい。

そして、本盤で素晴らしいのは、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音であると言える。

タスミン・リトルによるヴァイオリン演奏やポール・ワトキンスによるチェロ演奏の弓使いまでが鮮明に再現されるのは殆ど驚異的であり、あらためてSACD盤の潜在能力の高さを思い知った次第だ。

かかる臨場感溢れる高音質のマルチチャンネル付きのSACD盤であることが、本盤の価値を更に高めるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

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半ば伝説的なヴァイオリニストのイダ・ヘンデルが若きラトル共演した2つのライヴ(シベリウスは1993年、エルガーは1984年)の録音をまとめたCD。

女流ヴァイオリニストの大御所であるイダ・ヘンデルのシベリウスのヴァイオリン協奏曲は、ライナーによると、作曲者シベリウスのお墨付きを得ていたとのことであるが、作曲家自身が演奏を聴いて自分の協奏曲の「またとない解釈者」と讃えたほどの奏者の演奏を現代を代表する指揮者との共演で聴けるというのは、まさに自分自身が歴史の証人になっている気分になる。

本盤の演奏自体も素晴らしく、聴いていると、他のヴァイオリニストの演奏とは一味もふた味も違うと思う。

その違いは、テンポが実にゆったりとしていること、そして、旋律をくっきりと浮かび上がらせて、1音1音を噛み締めるように演奏している点だ。

したがって、シベリウスがスコアに記したすべての音符が克明に表現され、他の演奏では霧がかかっていたような印象を受ける箇所にも光を当てた点を評価したい。

イダ・ヘンデルのヴァイオリンは聴き手をぐいぐいと力強く引き込んでいき、この曲の持つ深みを余すことなく伝えてくれる。

聴いているうちに音楽とそれの生み出す空気感そのものに没入してしまう感じの演奏だ。

ヴァイオリンの音色も北欧の冷涼な空気にふさわしく、演奏も北欧風のロマンティックな情緒を思わせる。

もちろん、シベリウスの楽曲の性格から、イダ・ヘンデルの演奏様式がベストかどうかはわからないが、作曲者本人がその演奏を評価している点は銘記する必要があるだろう。

他方、エルガーのヴァイオリン協奏曲は、名曲であるにもかかわらず、チェロ協奏曲に比較すると、録音の数があまりにも少ない。

したがって、ヴァイオリン協奏曲を演奏する人は、よほどの自信と確信のある者に限られ、その意味では、録音された演奏は名演であることが多い。

本盤も、そうした名演の列に連なる資格のある気品のある名演と言うことが出来よう。

本演奏は同曲の魅力を再認識させるものであり、聴き応え十分でこの曲の魅力を余すことなく伝えていると思う。

両曲とも、若いラトルがサポートしているが、いずれの演奏も見事で、イダ・ヘンデルに敬意を払うかのように彼女のヴァイオリンを引き立てつつ見事に一体となった演奏を聴かせる。

何歳も年上のイダ・ヘンデルと互角に渡り合っている点に、今日の偉大な指揮者への道を歩み続けるラトルの姿を垣間見る思いがする。

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2014年11月21日


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素晴らしい名演の登場だ。

エルガーのチェロ協奏曲は、ドヴォルザークのチェロ協奏曲と並んで、チェロ協奏曲の2大傑作と評価される不朽の名作である。

ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、古くはカザルスに始まり、ロストロポーヴィチやフルニエ、女流ではデュ・プレ、現代ではマイスキーなど、名演には事欠かない。

しかしながら、エルガーのチェロ協奏曲は、大傑作であるにもかかわらず、デュ・プレの名演だけが著しく突出しており、他の演奏は、デュ・プレの名演と比較すると、かなり落ちる状況にあると言わざるを得ない。

ロストロポーヴィチなど、デュ・プレの名演に恐れをなして、生涯スタジオ録音を行わなかったほどである(ライヴ録音が数年前に発売されたが出来はイマイチ)。

そんなデュ・プレに肉薄する名演が、本盤の登場によって漸く現れたと言えるだろう。

デュ・プレは、女流チェリストとは思えないような体当たりの凄みのあるアプローチを行っていたが、ガべッタは、むしろ女流チェリストの美点を十分に生かした情感の豊かさが持ち味と言えるところであり、負けず劣らず素晴らしい。

実に透明感がある美しいチェロであり、センスが良いので決して重たくならず、しかもロマンに満ち溢れている。

それでいて、ここぞという時は、デュ・プレにも匹敵するような力強い表現を行っており、同曲が有する内なるパッションと秋雨にも似たほの暗い深い抒情性を、バランス良く透徹した表現で見事に描き切っている点を高く評価したい。

エルガーは下手に力んだりしてしまうと全く興ざめしてしまうのだが、ガベッタの演奏はその美しい音で曲の持つ“淡さ”を完全に表現しつくしていると言えよう。

現代に聴ける最高のエルガーであり、曲の解釈のみならず、ガべッタの奏でる美音には酔わされてしまう。

おそらくこの曲の代表盤としての資格を十分に持った演奏と言っても過言ではないだろう。

併録の小品もいずれも名演だ。

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2014年11月17日


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英国の詩情ここに極めれりと言った表現が見事にあてはまる素晴らしい名SACDと言えるのではないだろうか。

ボールトは、ホルストの組曲「惑星」を初演するなど、英国の指揮者の重鎮とも言うべき存在であったが、そのレパートリーは意外にも幅広く、例えばブラームスの交響曲全集など、ドイツ系の音楽にも少なからず名演奏の数々を遺しているところだ。

もっとも、そうは言ってもそのレパートリーの中核をなしていたのは、エルガーやヴォーン・ウィリアムズをはじめとする英国音楽であったことは言うまでもない。

本盤には、そうした英国の大作曲家であるエルガーとヴォーン・ウィリアムズの管弦楽曲の代表作が収められているが、英国音楽を自家薬篭中のものとしていたボールトによる演奏でもあり、演奏が悪かろうはずがない。

本レビューの冒頭にも記したが、まさに英国の詩情に満ち溢れた珠玉の名演揃いであると言っても過言ではあるまい。

ボールトのこれらの各楽曲に対するアプローチは、何か特別に奇を衒った解釈を施しているわけではない。

むしろ、曲想を精緻に丁寧に描き出して行くという正攻法のものであるが、一聴すると淡々と流れていく各旋律の端々からは、いかにも英国の独特の自然を彷彿とさせるようなエレガントで詩情豊かな情感が滲み出しており、これぞまさしく英国音楽の粋と言えるだろう。

とりわけエルガーのエニグマ演奏曲の各変奏曲を巧みに描き分けつつも、エレガントさをいささかも失うことがない風格の豊かな音楽は、大指揮者ボールトだけに可能な至高の表現であると言えるところであり、同曲の演奏の理想像の具現化と言ってもいいのではないだろうか。

ロンドン交響楽団も、ボールトの確かな統率の下、最高のパフォーマンスを発揮していると高く評価したい。

音質については、本盤に収められた楽曲のうち、エニグマ変奏曲については、かの超名演として名高いホルストの組曲「惑星」とのカップリングにより数年前にリマスタリングが施されたところであり、比較的満足できる音質であった。

したがって、筆者としても、エニグマ変奏曲については、当該リマスタリングCD盤を愛聴してきたところだ。

しかしながら、今般、ついに待望のSACD化が行われることによって大変驚いた。

リマスタリングCD盤とはそもそも次元が異なる見違えるような、1970年のスタジオ録音とは信じがたいような鮮明な音質に生まれ変わった。

鮮明さ、音場の拡がり、そして音圧のいずれをとっても一級品の仕上がりであり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

いずれにしても、ボールト&ロンドン交響楽団による英国音楽の粋とも言うべき至高の超名演をSACDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年11月07日


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本盤には、エルガーの傑作であるエニグマ変奏曲と、ブリテンの有名な管弦楽曲2曲が収められているが、いずれも名演だ。

パーヴォ・ヤルヴィは、父ネーメ・ヤルヴィ譲りの広範なレパートリーを誇る指揮者であり、発売されるCDの多種多様ぶりやその質の高さに大変驚かされるが、本名演によって、イギリス音楽においても名演を成し遂げることが可能なことを広く認知させるのに成功したと言えるだろう。

北欧出身の指揮者であるだけに、既発CDで見ても、シベリウスの「第2」やトゥヴィンの「第5」、ステンハンマルの「第2」などで見事な名演を成し遂げているだけに、北欧音楽との親近性が囁かれるイギリス音楽においても名演を成し遂げたのは当然と言えるのかもしれない。

実際に、2009年に発売された、イギリス音楽の人気作でもあるホルストによる組曲「惑星」も素晴らしい名演であり、今後、他のイギリス音楽にも、更なるレパートリーの拡充を図っていただくように大いに期待したいと考える。

それはさておき、本盤に収められた各楽曲におけるパーヴォ・ヤルヴィのアプローチは、例によって純音楽的な自然体のものと言える。

恣意的な解釈などを行うことを避け、曲想を精緻に丁寧に描いて行くというものだ。

音楽は滔々と流れるとともに、どこをとっても情感の豊かさを失うことはない。

したがって、イギリス音楽特有の詩情の豊かさの描出にはいささかも不足はなく、これはまさにパーヴォ・ヤルヴィの豊かな音楽性の面目躍如と言ったところではないかと考える。

エニグマ変奏曲における各変奏曲や、ブリテンの4つの間奏曲における各間奏曲の描き分けの巧みさも特筆すべきであり、パーヴォ・ヤルヴィの演出巧者ぶりが見事に発揮されていると高く評価したい。

シンシナティ交響楽団も、パーヴォ・ヤルヴィの統率の下、最高のパフォーマンスを誇っており、とりわけパーセルの主題による変奏曲とフーガ(「青少年のための管弦楽入門」という曲名は、楽曲の内容の充実度からしても筆者は全く好みではない)では、あたかも同楽団の各奏者が、その卓越した技量を披露する品評会のような趣きさえ感じさせる。

テラークよる極上の高音質録音も、本盤の価値を高めるのに大きく貢献している。

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2014年10月25日


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本盤には、英国指揮者の大御所でもあるコリン・デイヴィスがロンドン交響楽団の首席指揮者在任中にライヴ録音を行ったエルガーの交響曲全集が収められている。

3曲の交響曲のうち、最も有名な交響曲第1番については、コリン・デイヴィスは、BBC交響楽団との演奏(1985年)、シュターツカペレ・ドレスデンとの演奏(1998年ライヴ録音)を行っていることから、本盤の演奏を含めて3度にわたって録音を行っていることになる。

とりわけ、シュターツカペレ・ドレスデンとの演奏は、オーケストラの抜群の力量やその独特の音色の魅力、そしてコリン・デイヴィスの当該演奏にかける尋常ならざる意欲も相俟って、切れば血が噴き出てくるような大熱演に仕上がっていたところだ。

したがって、コリン・デイヴィスによるエルガーの交響曲第1番の名演としては、このシュターツカペレ・ドレスデンとの演奏を随一に掲げるべきであろうが、だからと言って、本演奏の価値が低いというわけではない。

本盤の演奏については、交響曲第2番や第3番においても共通していると言えるが、悠揚迫らぬゆったりとしたテンポにより、重厚にして壮麗、なおかつスケール雄大な演奏を行っていると言えるのではないだろうか。

前述のシュターツカペレ・ドレスデンとの演奏と比較すると、トゥッティに向けて遮二無二畳み掛けていくような強靭な迫力や灼熱のように燃え上がる圧倒的な生命力においては、一歩譲ると言わざるを得ないが、それでも、本演奏もライヴ録音ならではの気迫や強靭さも十分に備わっており、演奏の持つ根源的な迫力においてもいささかの不足はない。

そして、コリン・デイヴィスの指揮で素晴らしいのは、強靭なトゥッティや荒々しさを感じさせる箇所に差し掛かっても、格調の高さを失っていないという点であり、これは英国人指揮者の面目躍如たるものがある。

エルガーの交響曲に特有のイギリスの詩情に満ち溢れた旋律の数々の歌い方についても、コリン・デイヴィスは、哀嘆調の感傷的なロマンティシズムに陥ることがなく、常に気品のある高踏的な美しさを保っているのが素晴らしい。

コリン・デイヴィスの確かな統率の下、重厚な強靭さからイギリスの詩情に満ち溢れた繊細な美しさに至るまでを完璧に音化し、望み得る最高の名演奏を繰り広げたロンドン交響楽団にも大きな拍手を送りたい。

音質は、2001年のライヴ録音、そして従来CD盤での発売であるが、十分に満足できる音質である。

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2014年10月17日


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エルガーのヴァイオリン協奏曲は、いわゆる4大ヴァイオリン協奏曲や、シベリウス、ブルッフ(第1番)、サン・サーンス(第3番)などのヴァイオリン協奏曲と比較すると、その人気は著しく低いと言わざるを得ない。

演奏するのに約50分を要するというヴァイオリン協奏曲史上でも最も規模の大きい作品であることや、弾きこなすのに超絶的な技量を要する難曲であることもあって、録音点数が前述の有名ヴァイオリン協奏曲と比較してあまりにも少ないというハンディがあるが、随所に聴くことが可能な英国風の詩情豊かな名旋律の数々や、ヴァイオリンという楽器の可能性を徹底して追求した技巧上の面白さなど、独特の魅力に満ち溢れており、より一層のポピュラリティを獲得してもいいのではないかとも考えられる傑作である。

このような状況から、現在に至るまで主要なヴァイオリニストのレパートリーには必ずしもなっていないところであるが、そのような中で若手女流ヴァイオリニストの旗手の1人でもあるヒラリー・ハーンが同曲を録音してくれたのは何と言う素晴らしいことであろうか。

本演奏におけるヒラリー・ハーンのヴァイオリン演奏は、持ち前の卓越した技量を惜しみなく発揮しており、全体に漲る気迫や強靭な生命力においては、男性ヴァイオリニスト顔負けの圧倒的な迫力に満ち溢れている。

それでいて、楽曲全体に散りばめられた英国風の詩情豊かな名旋律の数々を心を込めて歌い抜いているが、いささかも感傷的に陥って陳腐なロマンティシズムに堕することなく、常に気品のある格調の高さを失っていないのが素晴らしい。

これぞまさしくエルガーの音楽の演奏の理想像の具現化と言えるだろう。

ヒラリー・ハーンのこのような強靭な気迫や力強さ、そして格調の高い抒情性を併せ持った至高のヴァイオリン演奏をしっかりと下支えしているのが、デイヴィス&ロンドン交響楽団による名演奏であると考えられる。

エルガーのヴァイオリン協奏曲の演奏に際しての指揮者とオーケストラとしては、現代における最高峰の組み合わせと言えるところであり、テンポといい、情感の豊かさといい、スケールの雄大さといい、同曲の演奏に必要なすべての要素を兼ね備えた究極の名演奏を行っている。

いずれにしても、本演奏は、ヴァイオリニスト、指揮者、オーケストラの3拍子が揃うとともに、後述のような高音質という要素をも兼ね備えた、同曲史上最高の超名演と高く評価したい。

併録はヴォーン・ウィリアムズの「あげひばり」であるが、これまた素晴らしい名演だ。

本演奏においてもヒラリー・ハーンのヴァイオリン演奏は圧倒的な表現力を示しており、彫りの深い情感といい、繊細な抒情的表現の抗し難い美しさといい、これ以上は求め得ないような超絶的な名演奏を披露していると高く評価したい。

録音は従来盤でも十分に満足できる高音質であるが、より素晴らしいのは同時発売のマルチチャンネル付きのSACD盤である。

当該SACD盤の臨場感溢れる鮮明な高音質は、本名演の価値をより一層高めるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

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2014年10月15日


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2008年に60歳という若さでこの世を去ったヒコックスであるが、シャンドスレーベルに録音した数多くのイギリス音楽は、知る人ぞ知る名作を広く認知させるのに大きく貢献したという意味でも、ヒコックスの最良の遺産であると言えるだろう。

そうした遺産の中でも、頂点に立つ名演ということになれば、様々な意見があろうかとは思うが、イギリス音楽史上最高の作曲家の1人であるエルガーの生誕150年を記念してスタジオ録音された、本盤に収められた交響曲第1番ということになるのではないだろうか。

ヒコックスは、本盤に続いて、交響曲第2番及び第3番のスタジオ録音も行い、エルガーの交響曲全集を完成させることになるが、楽曲がエルガーのみならずイギリス音楽史上最高の交響曲、そしてエルガー生誕150年の記念の年の演奏であることなども相俟って、本演奏は全集中でも最高の名演に仕上がっていると言えるところだ。

ヒコックスによる本演奏は、中庸というよりも、やや速めの引き締まったテンポによって曲想を進めているが、各所における表情づけの巧さは、数多くのイギリス音楽を演奏するとともに、同曲を隅々に至るまで知り尽くしていることもあって、まさに名人芸の域に達していると言っても過言ではあるまい。

そして、重厚にして強靭な迫力からイギリスの詩情に満ち溢れた繊細さに至るまで、過不足なく描出しているが、いかなるトゥッティに差し掛かっても格調の高さをいささかも失うことがないのが素晴らしい。

演奏全体のスケールも雄大であり、その威容に満ちた堂々たる演奏は、同曲があらためてイギリス音楽史上最高の偉大な交響曲であることを認知させるのに大きく貢献していると言っても過言ではあるまい。

同曲については、特に、累代のイギリス人指揮者が数々の名演を成し遂げてきているところであるが、ヒコックスによる本演奏は、後述の音質面も含めて総合的に考慮すれば、同曲の様々な名演の中でもトップクラスの名演として高く評価したい。

併録のオルガン・ソナタの管弦楽版は、録音自体が珍しいだけに希少価値があると言えるが、演奏内容も極めて優れたものであり、ヒコックスならではの素晴らしい名演と評価したい。

BBCナショナル・オーケストラ・オヴ・ウェールズも、ヒコックスの熟達した統率の下、見事な名演奏を繰り広げているところであり、大きな拍手を送りたい。

そして、本盤で何よりも素晴らしいのは、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質と言うことである。

音質の鮮明さといい、そして臨場感といい、まさに申し分のない高音質と言えるところであり、あらためてSACDの潜在能力の高さを認識したところだ。

いずれにしても、ヒコックスの最大の遺産とも言うべき至高の超名演を、マルチチャンネル付きのSACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年03月04日


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広範なレパートリーを誇ったショルティであるが、英国王室から「サー」の称号を得ただけに、英国音楽、特にエルガーの楽曲を得意としていたことについては意外にもあまり知られていない。

2つの交響曲や行進曲「威風堂々」、チェロ協奏曲、エニグマ変奏曲、その他の管弦楽曲など多岐に渡っている。

ショルティと同様に数多くのレコーディングを遺した先輩格のカラヤンは、エルガーの楽曲を殆ど録音しなかったし、後輩のバーンスタインもエニグマ変奏曲と行進曲「威風堂々」の一部のみの録音にとどまっている。

そして、ハンガリー系の指揮者のライナーやオーマンディ、セルなどの録音歴などを考慮に入れても、ショルティのエルガーへの傾倒ぶりがよく理解できるところだ。

本盤には、エルガーの交響曲第2番及び序曲「コケイン」が収められているが、いずれもエルガーを得意としたショルティならではの素晴らしい名演と高く評価したい。

オーケストラは、他のエルガーの楽曲の場合と同様に、シカゴ交響楽団ではなく、ロンドン・フィルを起用しているが、楽曲によってオーケストラを使い分けるというショルティなりの考え方によるものではないかとも思われる。

交響曲第2番におけるショルティのアプローチは、例によって強靭なリズム感とメリハリの明瞭さを全面に打ち出したものであり、その鋭角的な指揮ぶりからも明らかなように、どこをとっても曖昧な箇所がなく、明瞭で光彩陸離たる音響に満たされている。

したがって、同曲に、英国の詩情に満ち溢れた美しさを期待する聴き手にはいささか不満が残る演奏かもしれないが、絶対音楽としての交響曲ならでは堅牢な造型美、そして広範なダイナミックレンジを駆使したスケールの雄大さにおいては、他の英国系の指揮者による演奏においては決して味わうことができない独特の魅力を有しているとも言えるところであり、他の演奏とは異なったアプローチにより、同曲の知られざる魅力を引き出すことに成功した名演と評価してもいいのではないだろうか。

特に、一部のトゥッティの箇所において、これはロンドン・フィルの必ずしも一流とは言い難い技量にも起因しているとは思われるが、いささか力づくの強引さが感じられるきらいもないわけではないが、緩徐楽章においては、ショルティなりに情感豊かに歌い抜いており、演奏全体としては十分に剛柔のバランスがとれているのではないかと考えられる。

ショルティの統率の下、必ずしも一流とは言い難いロンドン・フィルも、随所に粗さは感じさせられるが、演奏全体としては十分に健闘しており、持ち得る実力を存分に発揮した好パフォーマンスを発揮していると評価したい。

併録の序曲「コケイン」は、いかにもショルティ向きの作品だけに、まさに水を得た魚のように生き生きとした躍動感あふれる素晴らしい名演だ。

音質も英デッカによる極めて優秀なものであり、ルビジウム・クロック・カッティングによって更に鮮明さが増したと言える。

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2013年10月28日


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本盤には現代を代表するチェリストであるマイスキーによる2大チェロ協奏曲の演奏が収められているが、いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

マイスキーのチェロは、超絶的な技量はさることながら、いかなる難所に差し掛かってもいわゆる技巧臭がすることはなく、常にヒューマニティ溢れる温かさを失う点がないのが素晴らしい。

そして、どこをとっても情感の豊かさが支配しており、各フレーズを心を込めて歌い抜いているのであるが、徒に感傷的に陥ったり、はたまた陳腐なロマンティシズムに陥ったりすることなく、常に格調の高さを失っていない点を高く評価したい。

ドヴォルザークのチェロ協奏曲については、マイスキーは2度にわたってスタジオ録音を行っている。

それはバーンスタイン&イスラエル・フィルと組んだ本演奏(1988年)とメータ&ベルリン・フィルと組んだ演奏(2002年)であるが、マイスキーの個性が全開の演奏は、明らかに2002年盤である。

したがって、マイスキーのチェロ演奏の醍醐味を味わうのであれば、私は2002年盤の方を躊躇せずに推薦する。

しかしながら、本演奏には2002年盤にはない独特の味わいがあると言えるのではないだろうか。

それには、バックをつとめたバーンスタインによる名演奏が大きい。

バーンスタインは、かつてニューヨーク・フィルの音楽監督の時代には、いかにもヤンキー気質の爽快な演奏の数々を成し遂げていたが、ヨーロッパに拠点を移した後、とりわけ1980年代に入ってからは、テンポは異常に遅くなるとともに、濃厚でなおかつ大仰な演奏をするようになった。

このような芸風に何故に変貌したのかはよくわからないところであるが、かかる芸風に適合する楽曲とそうでない楽曲があり、とてつもない名演を成し遂げるかと思えば、とても一流指揮者による演奏とは思えないような凡演も数多く生み出されることになってしまったところだ。

具体的には、マーラーの交響曲・歌曲やシューマンの交響曲・協奏曲などにおいては比類のない名演を成し遂げる反面、その他の作曲家による楽曲については、疑問符を付けざるを得ないような演奏が目白押しであったように思われる。

本盤の演奏では、そうした芸風が幸いにもプラスに働いている。

同じドヴォルザークの交響曲第9番では、とても大指揮者による演奏とは思えないような凡演(というか醜悪な演奏)に堕していただけに、ある意味では奇跡的な名演奏とも言えるのであろう。

本演奏でもバーンスタインはゆったりとしたテンポによって曲想を濃密に描き出して行くが、情感豊かで格調の高いマイスキーのチェロ演奏との相乗効果によって、同曲演奏史上でも最もヒューマニティ溢れる濃厚な味わいに満ちた名演に仕上がっていると評価したい。

他方、エルガーのチェロ協奏曲についても、マイスキーは2度録音しているが、本盤はマイスキーにとっての最初の録音(1990年)である。

同曲については、デュ・プレが数々の超名演を遺していることから、他のチェリストの中には録音を逡巡する者もいるところだ(例えばロストロポーヴィチなど)。

マイスキーによる本演奏も、さすがにデュ・プレほどの渾身の生命力を備えているとは言い難いが、かつてのフルニエによる名演(1966年)に存在した気品と、デュ・プレによる各種の超名演にも存在した奥深い情感の豊かさを併せ持った名演に仕上がっていると言えるのではないだろうか。

バックは、シノーポリ&フィルハーモニア管弦楽団であるが、ここでのシノーポリはいつもの楽曲の細部に至るまで彫琢の限りを尽くした分析的なアプローチを控えて、むしろマイスキーのチェロの引き立て役に徹しているのが功を奏している。

音質は従来CD盤でも十分に満足できる高音質であったが、今般のSHM−CD化によって、マイスキーのチェロの弓使いがより鮮明に再現されるとともに、音場が幅広くなったように思われる。

いずれにしても、マイスキーによる素晴らしい名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2012年09月05日


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2008年11月12-14日 シドニー、オペラ・ハウス、コンサート・ホールに於ける録音。

巨匠アシュケナージが抜群のセンスで導く見事な英国音楽と、シドニー交響楽団の絹のような弦の響き、機能美が隅々まで楽しめる1枚。

イギリスで指揮者としてのキャリアを築いたアシュケナージ、そして英国人指揮者による創設時から75年という歴史の中で、常に英国との関係を持っていたシドニー交響楽団。

この両者ならではの魅力溢れる響きがあり、本盤は、作品の魅力を十分に満喫させてくれる名演だと思う。

エルガーの作曲家としての卓越を決定的にした名曲「エニグマ変奏曲」を含んでいる。

すでにリリースされている2曲の交響曲はまだ聴いていないが、このディスクに収められた2曲の管弦楽曲は快演だ。

アシュケナージのアプローチは力強く、雄渾なサウンドであり、弦を中心とするエモーショナルな表現も卓越している。

「エニグマ変奏曲」は、各変奏の描き分けが実に巧みであり、特に、第7変奏の雷鳴のようなティンパ二の轟きや猛烈なアッチェレランドは我々の度肝を抜くのに十分な迫力。

他方、第9変奏の壮麗な旋律の歌いあげは実に感動的であり、第13変奏の中間部の不気味さ、そして、第14変奏の堂々たる終結も立派な限りだ。

「南国にて」も、緩急自在のテンポを駆使して、移りかわる曲想を見事に表現し尽くしている。

シドニー交響楽団もなかなかの力量を示しており、「エニグマ変奏曲」ともども、アシュケナージ&シドニー響のレコーディングの中では、ラフマニノフ・シリーズに劣らぬ最高の名演と言うことが出来よう。

SACDならではの高音質も本盤の大きな魅力の一つであり、これまでやや低調であった音質の渇きが漸く癒されたような気がする。

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2012年07月22日


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エルガーの交響曲第1番は、英国の作曲家の手による交響曲の最高峰である。

にもかかわらず、英国出身の指揮者による演奏は頻繁に行われているものの、それ以外の国の指揮者による演奏は驚くほど少ない。

作品の質の高さを考えると、実に惜しい気がする。

そんな数少ない指揮者の中で、ショルティがエルガーの交響曲第1番と第2番の録音を遺してくれたことは、何と素晴らしいことか。

ショルティは、この録音に先立って、エルガーによる自作自演を繰り返し聴いて臨んだということであるが、この点に照らしても、ショルティが単なる余興ではなく、真摯にこの傑作交響曲に取り組んだことがよくわかる。

演奏の性格を大観すると、英国の指揮者による演奏に顕著な哀切漂うイギリスの詩情を全面に打ち出したものではない。

むしろ、ドイツの正統派交響曲を指揮する時と同様のアプローチにより、古典的とも言える解釈を示している。

それでいて決してこじんまりとまとまっているのではなく、いかにもショルティらしいスケールの雄大さを兼ね備えている。

第1楽章冒頭からスコアをよく考究した表現で、非常にこまやかな陰影をもち、中庸なテンポによる造形と洗練された音彩が美しく、4つの楽章の性格も的確に示されている。

もちろん、ショルティの欠点として巷間指摘されている、ヘビーなアクセントや力づくの強奏などもみられないわけではないが、例えば第3楽章など、歌うべきところは心を込めて歌い抜くなど、決して無機的な演奏には陥っていない。

併録の序曲「南国にて」も交響曲第1番に優るとも劣らない佳演であり、ルビジウム・カッティングによる音質も良好である。

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2011年03月28日


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ショルティによるエルガーとコダーイ作品は再録音だが、ブラッハーは初録音だった。

近代の変奏曲の傑作を3曲収録した好選盤。

すでに、ショルティも齢80を超え、深い関係にあった楽団と、心に叶った演目だけを演奏していた時期に収録されたライヴ録音である。

かつて、ステレオ初期の時代に、ウィーン・フィルを力ずくでねじ伏せようとしていた趣きはまるでなく、エルガーでは、老練な語り口で、各変奏を自然に描き分けていくアプローチが展開されている。

周知のように《エニグマ》では、オリジナル主題に基づく14の変奏において、エルガーと親しかった人たちの人間的特徴がスケッチされている。

従って各変奏は、できるだけ違いを引き立てるよう演奏されるのが普通である。

しかしショルティは違う。

彼は、音楽の流れを重視しつつ違いをさりげなく聴き手に伝える、といった体の演奏を繰り広げてゆく。

ゆったりと流れる大きな流れの中の各変奏の多様で自然な表情。老練な語り口だ。

ショルティの師であったコダーイの名作《孔雀》は、ウィーン・フィルの流麗な音色を生かし、民族色に富む世界を生き生きと再現しているのが魅力。

オーケストラの美麗な響きを活かしながら、老巨匠が生涯にわたって保ち続けた小気味よいリズム感を介して、活き活きとした世界を形成。

フィナーレでハンガリー民謡の主題が回帰する際には、感動的なクライマックスを築き上げている。

ここでのショルティは、小気味のよい快活なリズムも披露、演奏に花を添えている。

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2009年06月08日


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エルガーの管弦楽法はかなり複雑で、各楽器を重ね過ぎているため明快に響かせるのは難しい。

しかしこれをうまく響かせた場合の重厚な味わいは、たしかにエルガー独自のものである。

シノーポリは、イギリスの指揮者が伝統的に踏襲してきた解釈とは異なる独自の視点から、エルガーを眺めている。

第1番は精緻な分析と総合を経て構築された造形をもとに、イギリス風というよりも、純音楽風に運んだ説得力の強い名演である。

第1楽章の自己主張の激しさなど、シノーポリがただものではないことを示している。

第2番におけるシノーポリのこってりとした解釈には、明らかに世紀末ウィーンの影がさしかけているように思われる。

全体に遅めのテンポで細部を克明に描き出しているので、エルガーの作品からは通常感じられない濃厚な味わいが出ている。

それはこの演奏の魅力となっている反面、シノーポリ流のかなり独断と偏見を感じさせる解釈から来た味なので、本来のイギリス風スタイルの演奏とは一線を画するものといえよう。

「威風堂々」の2曲も、物凄い迫力の秀演だ。

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2008年10月12日


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「エニグマ」の14の変奏の謎解きは、作曲者の生前に完了し、エルガー自身の公認を得ているので、聴き手としてはプログラム(標題)を充分ふまえた上で聴かれることをお勧めしたい。

イギリスの音楽ファンは各変奏にまつわる謎解きを頭に入れているので、指揮者としてもアブストラクトに振る人はまずいない。

エルガーの管弦楽書法のうま味と標題が渾然一体となっている模範的名演がバルビローリ盤。

自国の音楽だけあって、バルビローリもオーケストラも自信と誇りをもって演奏している。

前身がチェリストであったバルビローリはヴァイオリンおよびヴィオラが自前の楽器だったエルガーの微妙な弦楽書法を心憎いまでに見事に表出していて余すところがない。

描かれている14人の人物の肖像が生きてくるのである。

劇性もあり、またふくよかで親しみやすい表情に満ちているのが味わい深い。

ただ、フィナーレの盛り上がりという点で、やや征服感に不足する部分があるのが残念だ。

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2008年08月30日


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ボールトの『惑星』はいずれの録音も名演だが、この演奏はその最後を飾る彼の会心作である。

非公式の初演を振って以来『惑星』はボールトのトレードマーク的な曲だったが、最晩年に残したこの録音は、何の飾り気もなく音楽の深みを追求した演奏。

ド派手な演奏で録音の素晴らしさを売りものにする演奏とは対極的である。

本来この曲は「宇宙時代が云々」といったことではなしに星占いをヒントに創作されたものなので、各曲の性格分けが大きな演奏のポイントとなる。

ボールトは「余計なことは何もしない」ことで、曲の本質を曲自体に語らせているのが見事だ。

名優がその存在を忘れさせ、主人公になりきるのと同じことか。

「火星」や「木星」のダイナミックな表現もさることながら、しみじみとした情緒にあふれた「天王星」や、神秘的でデリケートな音色の美しい「海王星」が特に出色で、最晩年のボールトの老熟した味が光っている。

また遅めのテンポで音楽の量感を出している「土星」、自然なフレージングでよどみのない「金星」なども秀逸。

エルガーの『エニグマ変奏曲』は各変奏曲を巧みに描き分けつつも、エレガントさをいささかも失うことがない風格の豊かな音楽は、大指揮者ボールトだけに可能な至高の表現であり、同曲の演奏の理想像の具現化と言ってもいいのではないだろうか。

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2008年02月18日


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デュ・プレの最良の遺産の一つ。

デュ・プレ(1945-1987)は1961年にデビュー。 

この録音はわずかその4年後のもので、彼女の天才を余すところなく表現している。

もっともデュ・プレが20歳の時に録音した初めての協奏曲録音だったというのだから驚くほかない。

無垢の精神を持つ若者が全身全霊を傾けて演奏した清らかな輝きに満ち溢れた音楽はこの上なく魅力的で、チェロの響きも常に格調が高い。

エルガーは第1楽章冒頭からただならぬ美音と雰囲気がほとばしり、ポルタメントを大きく使用した朗々たるカンタービレは表情的で豊かさの極であり、造形はあくまで雄大。

ロマンティックな情感が匂うばかりで、憂いを含んだ旋律をたっぷりと歌い上げる彼女の音楽は、すでに完成されたものといえよう。

そうしたデュ・プレのソロを暖かく見守りながら、絶妙なサポートを行なっているのがバルビローリの指揮である。

同じくきわめてイギリス的な性格をもったディーリアスのチェロ協奏曲では、デュ・プレの女性的でデリケートな感性が生かされている。

ディーリアスはオーケストラと有機的に絡み合い、その中を流れるチェロの淋しさは、この音楽が持つ人生の沈みゆく夕映えであろうか。

サージェントの指揮もきわめて共感豊かだ。

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