ライナー

2017年01月22日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ライナーはR・シュトラウスを特に十八番と言えるレパートリーのひとつとしており、残された録音は、いずれも誉れ高く、かけがえのない名盤にほかならない。

なかでもシカゴ交響楽団との演奏は、この黄金コンビの名に恥じることがない堂々たる存在感があり、現在においても傑出した素晴らしい名演と高く評価したい。

ライナーはドレスデン国立歌劇場の音楽監督時代(1914〜21)に親交があったR・シュトラウスの主要な作品をほとんど録音している。

R・シュトラウスの様式感の特徴や独自性をまるで自分のものであるかのように巧みに把握したライナーは、シカゴ交響楽団のブレンドの良い引き締まったサウンドと精巧極まりないアンサンブルを駆使して、ほとんど非の打ちどころのない作品の再現を可能たらしめている。

ライナーの演奏は響きや表情を必要以上に磨け上げたり、華美すぎることがなく、その抑制の利いた演奏は作品の本質を深く鋭く表現していて、全く過不足がない。

尤もライナーのアプローチは、華麗なるR・シュトラウスのオーケストレーションをいかに巧みに音化するのかに主眼を置いているように思われる。

そのためには、技量が高いオーケストラが必要不可欠であり、その意味でもシカゴ交響楽団の存在は極めて大きいものであった。

鉄壁のアンサンブル、ブリリアントな金管楽器の響きなど、当時スーパー軍団として世に馳せていたシカゴ交響楽団の技量を最大限に発揮させているところであり、本演奏はまさにオーケストラ演奏の極致とも評価し得ると考えられる。

技量だけに着目すれば、カラヤン&ベルリン・フィルによる名演にも比肩し得る演奏と言うことが可能であろう。

ただ、オーケストラの音色の味わい深さにおいては、この当時のシカゴ交響楽団の音色には艶やかさはあったものの、ベルリン・フィルの方に一日の長があるのではないだろうか。

また、カラヤンの指揮の方が適度に流麗なレガートを駆使するなどより官能的な味わいがあり、筆者としては、カラヤン&ベルリン・フィルの演奏の方を圧倒的な音のドラマとしてより上位に置きたいと考える。

もっとも、これは非常にレベルが高い名演どうしの比較であり、本演奏の評価自体を貶めるものではないことに留意しておく必要がある。

表面上の華やかさという点では、多少割り引かれる要素があるかもしれないが、よく鍛え上げられたオーケストラから生まれる隙のない構成力、無駄なく引き締まった表現力は、この演奏に卓越した底力を与えていて、聴く度に得るところのある演奏と言えるだろう。

どの作品をとっても文句のつけようのない内容であり、座右に置いていつまでも味わいたい演奏になっているが、特にライナーがシカゴ交響楽団の音楽監督に就任して間もなく録音された『英雄の生涯』と『ツァラトゥストラ』(1954年)は、オーケストラを既に完全に掌握し、その能力を余すところなく発揮させているのに改めて驚く。

2曲とも考えられない熱気と興奮にあふれていて、楽員全員が指揮者のもとに一致結集し、うねるような気迫で歌い上げた名演で、オーケストラ音楽が男の芸術だった時代の記念碑的な録音だ。

他に先駆けてステレオ録音を開始したRCAの初期の録音の中でも、この2曲は演奏・録音ともに優れたものであり、歴史的価値も少なくない。

『エレクトラ』及び『サロメ』抜粋は、ライナーのオペラ指揮者としての手腕を確認させる、身も凍るような演奏で、作品の核心に一歩一歩にじりよっていく熱気があり、聴き手も抗し難い磁力に引き寄せられるかのようであるが、表情豊かなオーケストラ、鬼気迫る歌声を聴かせるボルクも素晴らしい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:18コメント(0)トラックバック(0) 

2015年05月28日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



かの有名歌手であるシュヴァルツコップが「無人島に持っていく1枚」と称賛したとの曰くつきのCDであるが、確かに素晴らしい名演だ。

機能的でパワフルと思われがちなシカゴ交響楽団と、怖い名匠と思われがちなフリッツ・ライナーのウィンナ・ワルツ集だが、これが意外や意外にふくよかなウィーンの響きを気持ち良く聴かせてくれる、とても楽しく心休まるウィンナ・ワルツ集になっている。

SACD化によって、後述のように、この演奏の凄さが際立った感もあり、録音も含めて高く評価したい名演と言える。

まず、何よりも凄いのは、アンサンブルの超絶的な正確さだ。

シカゴ交響楽団と言えば、今でこそショルティ時代の鉄壁のアンサンブルとパワフルで輝かしい音色が、どうしても脳裏をよぎってしまうが、本盤を聴くと、そのルーツは、ライナー時代に遡ることがよくわかる。

金管楽器も木管楽器も実に巧いし、しかもそのどれかが目立つということはなく、見事に揃っている。

パワーも凄まじいものがある。

そして、弦楽器も鉄壁のアンサンブルを見せ、全体として、あたかも眼前に巨大な建造物が構築されているかのような印象を受ける。

では、このような硬質とも言える演奏は、ウィンナ・ワルツと水と油ではないかと言う考え方もあるが、よく聴くと、必ずしもそうではないのだ。

それは、ライナーの指揮が、歌うべきところは実に優雅に歌うなど、実にコクのある演奏を繰り広げているからだ。

ヨハン・シュトラウスなど、ウィンナ・ワルツは、結局、ウィーン・フィルに限ると思っていたが、そんなことは全くない。

ウィンナ・ワルツの演奏と言えば、ウィーン・フィルに代表されるように、アンサンブルの僅かなズレを逆手に取って、あたかも踊り子のフリルのような柔らかさを醸す演奏が一般的だ。

ライナーの演奏は、そうした女性的なものとは実に対照的で、ものがウィンナ・ワルツだろうが何だろうが、一糸乱れぬ合奏と几帳面な3拍子で、引き締まったサウンドを聴かせてくれる。

この地味なオケの音色は、そして縦の揃ったこのアンサンブルは、本当に素晴らしいし、ライナーはしっかりウィーンらしい“崩し”も振り分けていて,見事である。

もし、足りないものと言えば、ちょっとしたユーモアや遊び心、ちょっと芝居がかったウィーンらしいノリのようなものだろう。

音楽に対する厳格な姿勢ばかりが強調されてきたライナーも、こんなに楽しいウィンナ・ワルツやポルカの演奏を残していたのだ。

とにかく、ライナーらしさは影を潜め、肩の力を抜いて、なだらかに、丁寧に、情感豊かに、全体をメゾフォルテとメゾピアノで演奏しているのだ。

したがって、繰り返し聴いて嫌にならない。まさに、夢のような1枚と言えよう。

もっとも、これは、従来CDでは聴き取れなかった音質とも言える。

その意味では、今般のSACD化によって、初めてこの名演の真価が明らかにされたと言えるだろう。

クレジットこそなく推測の域を出ないが、舞踏への勧誘のチェロはシュタルケルであろうか。

この曲でのチェロは特に絶品の美しさだ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:29コメント(0)トラックバック(0) 

2015年04月22日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



本盤は、全盛時代のライナー&シカゴ交響楽団がいかに凄い演奏を繰り広げていたのかを窺い知ることができるCDである。

それは何よりも、SACDによる鮮明な高音質によるところが大きい。

本演奏は1957年のスタジオ録音であるが、今から55年以上も前の録音とは到底思えないような鮮度の高い音質に生まれ変わったのは殆ど驚異的であり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

これを聴くと、当時のライナー&シカゴ交響楽団は、卓越した技量もさることながら、とりわけ弦楽合奏の音色に独特の艶やかさがあることがよくわかるところであり、単なる技量一辺倒の演奏を行っていたのではないことが理解できるところだ。

もちろん、技量には卓越したものがあり、鉄壁のアンサンブル、ブラスセクションのブリリアントな響き、唖然とするようなテクニックを有した木管楽器群など、当時のシカゴ交響楽団の演奏の凄さを味わうことが可能である。

演奏内容も、素晴らしい名演と高く評価したい。

ライナーが残した唯一の「新世界より」は、聴き慣れた作品からも新たな魅力を引き出し、音楽的な純度を際立たせるライナーの手腕が発揮された名演。

ドヴォルザークの音楽に特有のローカルな雰囲気を感じさせず、絶対音楽としての美しさを極めた演奏で、特にイングリッシュ・ホルンの名ソロが聴ける第2楽章の静かな美しさは、惚れ惚れするほど見事。

ライナーは、ドヴォルザーク特有の民族的な粉飾を脱し、純音楽的に極められた演奏を繰り広げており、終始速めのテンポで引き締まった演奏を心掛けているように思われる。

この演奏を聴いて真っ先に念頭に浮かんだのが、トスカニーニ&NBC交響楽団による演奏(1953年)だ。

トスカニーニの「新世界より」を、筆者はこの交響曲のほぼ理想的な再現と考えているが、この演奏は、残念ながらモノーラル録音であり、XRCD化されても、音質的にどうしても古さを感じさせずにはおかない。

しかし、トスカニーニに限りなく肉迫したライナーの名演がステレオ録音で遺されていることは、私たちにとって大きな救いであると言って良いだろう。

本演奏では、さすがにトスカニーニの演奏のような即物的な表現に徹し切れているとは言い難いが、それでも純音楽的に徹したストレートな表現は、まさにトスカニーニの演奏の系列に連なる演奏と言っても過言ではあるまい。

シカゴ交響楽団の完璧なアンサンブルと重厚で引き締まったサウンドを生かして綴られたこの演奏は、揺るぎない造型的美観や、異常なまでに張り詰めた緊迫感を特色とした恐ろしく純度の高い名演であり、そこに繰り広げられている少しの妥協もない磨き上げられた表現は、何度接しても常に新鮮な感動を授けてくれるのである。

そして、とりわけ金管楽器やティンパニなどによる最強奏は、壮絶ささえ感じさせるほどの圧巻の迫力を誇っている。

もっとも、こうした壮絶な演奏に適度の潤いと温もりを与えているのが、前述のような当時のシカゴ交響楽団が有していた弦楽合奏の艶やかな音色であり、その意味では、本演奏は、ライナーとシカゴ交響楽団の黄金コンビだけに可能な名演とも言えるだろう。

いずれにしても本盤は、指揮者、オーケストラ、演奏内容そして録音の4拍子が高水準で揃った名SACDと高く評価したい。

本盤にはその他、躍動感あふれ、楽しい気分が横溢する「謝肉祭」「売られた花嫁」「バクパイプ吹きのシュヴァンダ」からのポルカとフーガが併録されている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 01:02コメント(0)トラックバック(0) 

2015年04月12日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ライナー&シカゴ交響楽団によるマーラーの交響曲の録音は、本盤に収められた「大地の歌」と第4番の2曲しか遺されていない。

マーラーが今ほど演奏されなかった1950年代の貴重な録音で、ライナーにとっても珍しいレパートリーだった。

しかしながら、遺された演奏は、文学性に耽溺することなく、シカゴ交響楽団のパワフルで底力のある響きと木管や金管の見事なソロ・ワークで、作品の魅力をストレートに引き出したステレオ初期の名盤であり、いずれも一聴に値する名演であると評価したい。

R.シュトラウスと直接語らい、マーラーと同時代の空気を呼吸していたが故に、「私たちの次の世代こそが」演ずるべきと語ったライナーの貴重な録音で、優しさと構成感の強い(故に作品の本質とは齟齬も?)美演。

世紀末ウィーンを拠点とした後期ロマン派の音楽には精通しているので、決して勝手が分からぬ状況になっている演奏ではなく、独自の美意識に従って解釈されたマーラーである。

シカゴ交響楽団によるマーラーの演奏としては、後年のショルティによる全集が有名である。

同じハンガリー人であることもあり、表向きは類似しているとも言えるところだ。

両者ともに、全体を引き締まった造型で纏め上げるとともに、シカゴ交響楽団の卓越した技量を存分に駆使して、壮麗にオーケストラを鳴らしていくというアプローチを行っている。

もっとも、ショルティの演奏と大きく異なるのは、ライナーの演奏は、オーケストラの技量臭をいささかも感じさせないということであろう。

ライナー時代のシカゴ交響楽団には、特に高弦において顕著であるが艶やかな美しさに満ち溢れていたと言える。

したがって、本演奏においても、シカゴ交響楽団の持つ艶やかな音色が、ライナーの引き締まった剛直とも言える演奏に、適度の潤いと温かみを付加することに成功し、いささかも無機的には陥らない情感豊かな演奏に仕立て上げるのに大きく貢献している。

包容力溢れるカナダ出身のコントラルトのフォレスター、明るい音色で歌い上げるテノールのルイス、ともにワルターからも信頼を得ていた「大地の歌」の当時最高の解釈者2人の歌唱も聴きもので、最高の歌唱を披露していると高く評価したい。

そして、何よりも素晴らしいのはSACDによる極上の高音質である。

本演奏は1959年のスタジオ録音であるが、今から50年以上も前の録音とは思えないような鮮度の高い音質に生まれ変わっている。

当時のシカゴ交響楽団の滑らかな欧州サウンドが蘇っており、艶やかな音色が鮮明に再現されるというのはほとんど驚異的ですらある。

独唱とオーケストラの分離の良さも相俟って、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、ライナーによる希少なマーラーの名演を、現在望み得る最高の高音質SACDで味わうことができるのを大いに歓迎したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 22:47コメント(0)トラックバック(0) 

2015年03月07日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



本盤の売りは、全盛期のシカゴ交響楽団の超絶的な技量とXRCDによる極上の高音質録音である。

シカゴ交響楽団と言えば、ショルティの時代におけるスーパー軍団ぶりが記憶に新しいところだ。

このコンビによる初録音となったマーラーの交響曲第5番を聴けばよくわかるが、ショルティがシカゴ交響楽団の音楽監督に就任して間もない時期の録音であるにもかかわらず、一切のミスをしない鉄壁のアンサンブルや、各管楽セクションの超絶的な技量、そして金管楽器の大音量に度肝を抜かれたものであった。

ハーセスやクレヴェンジャーなどのスタープレイヤーが揃っていたこともあるが、それ以上にショルティの薫陶にも多大なものがあったと言えるのではないだろうか。

ただ、ショルティがかかるスーパー軍団を一から作り上げたというわけでなく、シカゴ交響楽団に既にそのような素地が出来上がっていたと言うべきであろう。

そして、その素地を作っていたのは、紛れもなくライナーであると考えられる。

それは、本盤に収められたベートーヴェンの「田園」の演奏を聴くとよくわかるはずだ。

オーケストラのアンサンブルの鉄壁さは言うに及ばず、金管楽器や木管楽器の力量も卓越したものがあり、ここぞという時の迫力(とりわけ第4楽章)も圧倒的である。

もっとも、ショルティ時代よりも演奏全体に艶やかさがあると言えるところであり、音楽性という意味では先輩ライナーの方に一日の長があると言えるだろう。

こうしたライナー指揮によるシカゴ交響楽団による素晴らしい演奏を完璧に捉えきったXRCDによる極上の高音質録音も素晴らしい。

さすがXRCDというべき解像度の高さで、よくもこれだけの音を半世紀も昔の録音から引き出し得たと思う。

低音域の迫力や高音域の伸び、なかんずく中音域の厚みなど、惚れ惚れするほどの超高音質である。

特に弦楽合奏の艶やかな響きには抗し難い魅力があり、とても今から50年以上前の録音とは思えないような鮮明さを誇っている。

改めて、XRCDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

以上は、本XRCD盤の長所について指摘したが、演奏自体は必ずしも深みのあるものではなく、その意味ではスコアに記された音符の表層を取り繕っただけの速めのテンポによる薄味ないささか外面的な演奏と酷評する聴き手も多いとも思われる。

もっとも、筆者としては、外面的な効果がより一層際立った第5番よりはかかるアプローチも比較的成功しているのではないかと考えており、前述のようなXRCDによる極上の高音質を加味すれば、本盤全体としては文句のつけようがない水準に達していると高く評価したいと考える。

ドラティやライナーといった欧州生まれでアメリカに渡り、当地のオーケストラを育て上げた指揮者を、我々は誤解していないだろうか。

彼らの音楽イコール・ステレオと思い込んでいる。

欧州系のモノ・プレスで聴けば、それまでオーディオファイルという化粧で見えなかった素顔を見る事が初めて出来る。

彼らも素の所ではしっかりした音楽を作っていた。

それが解らなかったのは単に売り手の思惑があっただけ。

改めて素顔を聴けばライナーもミュンシュに劣らず真面目な指揮者だった。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:31コメント(0)トラックバック(0) 

2015年03月06日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



厳格なオーケストラ・トレーナーとして知られたライナーの本領が発揮された全盛期のライナー&シカゴ交響楽団による圧倒的な演奏の凄さを味わうことができる1枚だ。

一糸乱れぬ鉄壁のアンサンブル、ブリリアントな金管楽器の朗々たる響き、高弦の美しい響き、迫力満点のティンパニの轟きなど、ライナー時代のシカゴ交響楽団がいかにスーパーオーケストラであったのかがわかるような破格の演奏内容になっている。

剃刀でスパっと切ったかのような尋常ならざる揃い方といい、手を変え品を変え登場する三連符のモティーフの正確な鳴らし方といい、よくもここまでというほど完璧さだ。

それでいて決して機械的にならないのは、艶やかな弦やまろやかな管、殊にパワフルにしてうるさくならない金管楽器の磨かれた響きの所以だろう。

もちろん基調は精緻なライナー節だが、硬派を掲げ、疾走するおなじみのマエストロに、思いのほか大胆な表現があったことに驚く。

シカゴ交響楽団と言えば、ショルティ時代の圧倒的な大音量による凄まじい演奏が記憶に新しいところであるが、そのルーツは、ライナー時代にあったことがよくわかるところである。

また、XRCDによる極上の高音質録音も素晴らしく、録音年代を疑うほどの超高音質に仕上がっている。

本盤は、1959年のスタジオ録音であり、今から50年以上も前の録音であるが、あたかも最新録音であるかのようなクリアな音質に蘇っており、あらためてXRCDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

ライナーがシカゴ交響楽団に喝を入れ、彼の趣味が十全に浸透しはじめた時期、および両者の全盛期の貴重な録音がXRCDで蘇った。

このような高音質録音で聴くと、当時のシカゴ交響楽団は、前述のような名技に加えて、特に弦楽合奏において顕著であるが実に艶やかな響きを出していることがよくわかるところであり、かかるオーケストラの音色には抗し難い魅力があったと言える。

時代が若干下ることにはなるが、同じアメリカのオーケストラにおいても、オーマンディ指揮のフィラデルフィア管弦楽団はシルキーな音色を特徴としていたし、セル指揮のクリーヴランド管弦楽団は、鉄壁のアンサンブルをベースとしたセルの楽器とも称される室内楽的で精緻な音色を誇っていた。

ライナー&シカゴ交響楽団も、本XRCD盤を聴くと、それらのオーケストラにも対抗し得るだけの独特の艶やかな音色を持っていたことがよく理解できるところだ。

演奏自体は、正直言って深みのある奥行きのある演奏とは言い難い。

もっとも、精神的な深みのある演奏ならフルトヴェングラーを筆頭にいくらでもあるし、よりタイトな演奏が好きならトスカニーニを聴けば良いだろう。

しかし、音質に限って言えば、いくらどんなに優れた復刻盤でも、ステレオ原盤のXRCDには太刀打ち出来ないと言えるところであり、まして板起こしやオープンリール復刻に付き物のノイズや揺れも殆どないことからすると、当盤の価値は非常に大きい。

したがって、とても名演との評価をすることは困難な外面的な演奏であると言えなくもないが、それでも当時のシカゴ交響楽団のスーパー軍団ぶりや、XRCDによる極上の高音質録音であることを考慮して推薦させていただくこととしたい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:47コメント(0)トラックバック(0) 

2014年11月29日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ルービンシュタインによるブラームスのピアノ協奏曲第1番の演奏としては、本盤以外にもラインスドルフ&ボストン交響楽団をバックとした1964年盤とメータ&イスラエル・フィルをバックとした1976年盤が存在している。

それだけルービンシュタインが同曲に私淑していたとも言えるが、一般的に最も名演の誉れ高いのは1976年盤ということになるのではないか。

当該演奏は、最晩年を迎えたルービンシュタイン(89歳)の大人(たいじん)ならではの滋味あふれる至芸を味わうことが可能であり、メータ&イスラエル・フィルの好サポートも相俟って、スケール雄大な名演に仕上がっていた。

本演奏は、その22年前のスタジオ録音ということになるが、この時点でも既にルービンシュタインは67歳となっており、1976年盤にも肉薄する素晴らしい名演を展開していると高く評価したい。

少なくとも、技量においては1976年盤よりも衰えが見られない分だけ上と言えるところであり、本演奏でもとても人間業とは思えないような超絶的な技量を披露してくれている。

もっとも、超絶的な技量であれば、同時代に活躍したホロヴィッツも同様であるが、ホロヴィッツの場合は、自らの感性の赴くままにピアノを弾いていたと言える側面があり、超絶的な技量がそのまま芸術たり得た稀有のピアニストであったと言えるだろう。

これに対して、ルービンシュタインは、私見ではあるが、音楽の本質への希求が第一であり、技量は二の次と考えていたのではあるまいか。

それ故に、1976年盤において、多少技量が衰えても至高の名演を成し遂げることが可能であったと考えられるからである。

本演奏においても、技量一辺倒にはいささかも陥らず、強靭な打鍵から繊細な抒情に至るまで表現の幅は桁外れに幅広く、青雲の志を描いたとされる同曲に込められた若きブラームスの心の葛藤を、ルービンシュタインは豊かな表現力を駆使して、情感豊かに描き出しているのが素晴らしい。

ルービンシュタインの若々しい表現が、音楽性にあふれていて、晩年の厚みや交響的な味わいは薄いが、全盛期だけに色気や艶があり、流れが美しく、詩情にも欠けていない。

この曲のもつ清新で力強い性格を最も見事に捉えているとも言えるところであり、テクニックの衰えなど微塵もなく、年輪の厚みを感じさせる、風格のある表現はまことに素晴らしい。

同曲は、ピアノ演奏付きの交響曲と称されるだけあって、オーケストラ演奏が薄味だとどうにもならないが、ライナー&シカゴ交響楽団は、いかにも厳しく有機的なドイツ風の重厚な演奏を展開しており、ルービンシュタインの至高のピアノとの相性も抜群である。

そして、本盤で素晴らしいのはハイブリッドSACDによる超高音質録音である。

SACD化によって、ルービンシュタインのピアノタッチが鮮明に再現されるなど、今から60年近くも前の録音とは思えないような鮮明な音質に生まれ変わっており、本盤の価値を高めるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 22:37コメント(0)トラックバック(0) 

2014年10月18日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



バルトークの最晩年の傑作である管弦楽のための協奏曲にはこれまで多数の録音がなされ、その中には名演との評価がなされているものも数多く存在している。

そのような中で、録音から50年以上が経過してもなお、これまでの同曲のすべての名演に冠絶する至高の超名演こそは、本盤に収められたライナーによる演奏であると考える。

本演奏におけるライナーのアプローチは、テンポは幾分速めであり、全体として引き締まった筋肉質の演奏である。

他の指揮者による演奏が、聴かせどころのツボを心得たわかりやすい表情づけを随所に施しているのに対して、ある意味ではいささかも微笑まない辛口の演奏で一貫しているとさえ言えるほどだ。

しかしながら、演奏全体に漲っている気迫や張り詰めた緊張感には尋常ならざるものがあり、我々聴き手の心胆を寒からしめるのに十分なものがある。

また、一聴とすると何の飾り気もない各フレーズの随所から滲み出してくるような奥深い情感には、抗し難い魅力が満ち溢れていると言えるところである。

これは、ライナーの同曲への深い理解や愛着とともに、同曲に込められたバルトークの心底にあった寂寥感や絶望感などを敏感に感じ取っていたからに他ならない。

このような楽曲の心眼に鋭く切り込んでいくような彫りの深い表現は、バルトークと親交があり、バルトークと同じ苦難の時代を生きたライナーだけが成し得た究極の演奏とさえ言えるだろう。

ライナーの確かな統率の下、これ以上は求め得ないような完全無欠の演奏を披露したシカゴ交響楽団の卓越した技量も、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽もまた、強烈無比な演奏と言える。

本演奏でのライナーのアプローチは、やや速めのテンポで曲想を描き出しているが、全体として引き締まった音楽が特徴であり、飾り気がいささかもないいわば辛口の演奏で一貫しているとさえ言える。

そして、演奏全体に漲っている気迫や張り詰めた緊迫感には尋常ならざるものがあると言えるところであり、我々聴き手も本演奏の始まりから終わりまで手に汗握るような緊張感を強いられるほどだ。

もっとも、このように強烈無比な演奏とは言っても、決していわゆる血も涙もない演奏には陥っていない。

一聴すると素っ気ない表情の各フレーズの端々から聴き取ることが可能な奥深い情感は、抗し難い魅力に満ち溢れていると言えるところである。

古今東西の指揮者による同曲の演奏の中でも、これほどまでに楽曲の心眼に鋭く踏み込んだ彫りの深い演奏を行ったものは、ムラヴィンスキー&レニングラード・フィル(1965年)以外には類例を見ないところであり、ムラヴィンスキー盤の音質がいささか良好とは言い難いことを考慮に入れると、本演奏こそは、同曲のあらゆる名演に冠絶する至高の超名演との評価をするのにいささかも躊躇するものではない。

ライナーによる確かな統率の下、素晴らしい演奏を成し遂げたシカゴ交響楽団による超絶的な技量も、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:38コメント(0)トラックバック(0) 

2014年10月06日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



本盤の売りは、全盛期のシカゴ交響楽団の超絶的な技量とXRCDによる極上の高音質録音である。

一糸乱れぬ鉄壁のアンサンブル、ブリリアントな金管楽器の朗々たる響き、高弦の美しい響き、迫力満点のティンパニの轟きなど、ライナー時代のシカゴ交響楽団がいかにスーパーオーケストラであったのかがわかるような演奏内容になっている。

シカゴ交響楽団と言えば、ショルティの時代におけるスーパー軍団ぶりが記憶に新しいところだ。

このコンビによる来日時のマーラーの交響曲第5番を聴いたことがあるが、実演であるにもかかわらず一切のミスをしない鉄壁のアンサンブルや、各管楽セクションの超絶的な技量、そして金管楽器の大音量に度肝を抜かれたものであった。

ハーセスやクレヴェンジャーなどのスタープレイヤーが揃っていたこともあるが、それ以上にショルティの薫陶にも多大なものがあったと言えるのではないだろうか。

ただ、ショルティがかかるスーパー軍団を一から作り上げたというわけでなく、シカゴ交響楽団に既にそのような素地が出来上がっていたと言うべきであろう。

そして、その素地を作っていたのは、紛れもなくライナーであると考えられる。

それは、本盤に収められたベートーヴェンの交響曲第7番の演奏を聴くとよくわかるはずだ。

オーケストラのアンサンブルの鉄壁さは言うに及ばず、金管楽器や木管楽器の力量も卓越したものがあり、ここぞという時の迫力(とりわけ第4楽章)も圧倒的である。

もっとも、ショルティ時代よりも演奏全体に艶やかさがあると言えるところであり、音楽性という意味では先輩ライナーの方に一日の長があると言えるだろう。

こうしたライナー指揮によるシカゴ交響楽団による素晴らしい演奏を完璧に捉えきったXRCDによる極上の高音質録音も素晴らしい。

特に弦楽合奏の艶やかな響きには抗し難い魅力があり、とても今から半世紀も前の録音とは思えないような鮮明さを誇っている。

同じアメリカのオーケストラにおいても、オーマンディ指揮のフィラデルフィア管弦楽団はシルキーな音色を特徴としていたし、セル指揮のクリーヴランド管弦楽団は、鉄壁のアンサンブルをベースとしたセルの楽器とも称される室内楽的で精緻な音色を誇っていた。

ライナー&シカゴ交響楽団も、本XRCD盤を聴くと、それらのオーケストラにも対抗し得るだけの独特の艶やかな音色を持っていたことがよく理解できるところであり、あらためて、XRCDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

以上は、本XRCD盤の長所について指摘したが、演奏自体は必ずしも深みのあるものではなく、その意味ではスコアに記された音符の表層を取り繕っただけの速めのテンポによる薄味ないささか外面的な演奏と酷評する聴き手も多いと思われる。

もっとも、筆者としては、外面的な効果がより一層際立った第5番よりはかかるアプローチも比較的成功しているのではないかと考えており、前述のようなXRCDによる極上の高音質を加味すれば、本盤全体としては文句のつけようがない水準に達していると高く評価したいと考える。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 22:13コメント(0)トラックバック(0) 

2014年04月25日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ブラームスのピアノ協奏曲第2番の演奏史上、スコアを完璧に音化した演奏ということができる。

ライナー&シカゴ交響楽団の技量は圧巻であり、アンサンブルなどいささかも弛緩することはない。

金管楽器も木管楽器も完璧な技量を披露している。

ギレリスも凄い。

鋼鉄のピアニストと称されたギレリスであるが、本盤は、その面目躍如たる硬質のタッチを示している。

ギレリスは、後年に、ヨッフムと同曲を録音しているが、そちらの方は、やや角の取れた柔らかさがあり、ギレリスらしさと言えば、本盤に軍配があがると考える。

こうした鉄壁のライナー&シカゴ交響楽団と、鋼鉄のギレリスのピアノが組み合わさると、まさに完璧な演奏が生み出されることになるのは必定だ。

第1楽章や第2楽章など、抒情的な美しさなど薬にしたくもなく、圧巻の音塊が炸裂する。

第3楽章になると、シュタルケルのチェロなど、美しい箇所も散見されるが、終楽章になると、再び凄まじい進軍が開始される。

この演奏を評価する聴き手も多いと思われる。

それは、演奏技術として非のうちどころがないからである。

しかしながら、筆者としては、これがチャイコフスキーだったら、どんなに感動的な演奏になったのだろうかと思ってしまうのだ。

要は、ブラームスの場合、何かが足りないのではないか。

ブラームスには、卓越した技量や圧倒的な迫力だけではなく、人生の苦みを感じさせるような深みのある表現も不可欠ではないか。

そう思う時、この完璧な演奏を無条件で推薦するわけにはいかないのである。

録音は、XRCDによる鮮明な高音質であるが、特に、オーケストラの音色がデッドに響く箇所があり、それがいささか気になった。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:53コメント(0)トラックバック(0) 

2014年02月25日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



途轍もない超名演だ。

このような演奏こそは、人類が永遠に持つべき至宝であるとさえ言えるだろう。

本演奏におけるホロヴィッツのピアノはもはや人間業を超えているとさえ言える。

強靭な打鍵は、ピアノが破壊されてしまうような途轍もない迫力を誇っているし、同曲の随所に聴くことが可能なロシア風のメランコリックな抒情的旋律の数々においても、ホロヴィッツは心を込めて歌い抜いている。

その表現の桁外れの幅の広さは、聴いていてただただ圧倒されるのみである。

同曲は、弾きこなすのに超絶的な技量を有することから、ピアノ協奏曲史上最大の難曲であると言われており、ホロヴィッツ以外のピアニストによっても名演は相当数生み出されてはいるが、それらの演奏においては、まずは同曲を弾きこなしたことへの賞賛が先に来るように思われる。

ところが、ホロヴィッツの演奏では、もちろん卓越した技量を発揮しているのであるが、いとも簡単に弾きこなしているため、同曲を弾きこなすのは当たり前で、むしろ、前述のように圧倒的な表現力の方に賛辞が行くことになる。

このあたりが、ホロヴィッツの凄さであり、ホロヴィッツこそは、卓越した技量が芸術を凌駕する唯一の大ピアニストであったと言えるだろう。

人間業を超えた超絶的な技量を有していながら、いささかも技巧臭がせず、楽曲の魅力のみをダイレクトに聴き手に伝えることができたというのは、おそらくは現在においてもホロヴィッツをおいて他にはいないのではないか。

そして、本演奏を聴いていると、あたかも同曲がホロヴィッツのために作曲された楽曲のような印象を受けるところであり、それ故に、現時点においても、同曲については、ホロヴィッツを超える演奏がいまだ現れていないのではないかとさえ考えられるところだ。

ライナー&RCAビクター交響楽団も、このようなホロヴィッツの圧倒的なピアニズムに一歩も引けを取っておらず、感情の起伏の激しい同曲を見事に表現し尽くしているのが素晴らしい。

なお、ホロヴィッツによる同曲の超名演としては、オーマンディ&ニューヨーク・フィルをバックにしたライヴ録音(1978年)があり、指揮者はほぼ同格、オーケストラは新盤の方がやや上、録音は新盤がステレオ録音であるが、ホロヴィッツのピアノは本盤の方がより優れており、総合的には両者同格の名演と言ってもいいのではないだろうか。

また、本盤でさらに素晴らしいのは、XRCD化によって見違えるような高音質に蘇ったということである。

本演奏は今から約60年前の録音であり、モノラル録音ならではのレンジの幅の狭さはあるが、ホロヴィッツのピアノがかなり鮮明に再現されており、おそらくは現在望み得る最高の音質に生まれ変わった。

いずれにしても、同曲演奏史上最高の超名演をXRCDによる高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:41コメント(0)トラックバック(0) 

2014年02月23日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



前述したように、筆者はトスカニーニ&NBC響の《新世界より》XRCD盤を、この交響曲のほぼ理想的な再現と考えている。

しかし、トスカニーニ&NBC響に限りなく肉迫したライナー&シカゴ響の絶頂期の名演《新世界より》が、XRCD&SHM-CDで蘇ったことも我々には大きな朗報と言って良いだろう。

ライナーが残した唯一の《新世界より》は、聴き慣れた作品から新たな魅力を引き出し、音楽的な純度を際立たせるライナーの手腕が発揮された名演。

民族的な粉飾を脱し、純音楽的に極められたライナーならではの《新世界より》が聴かれる。

ドヴォルザークの音楽に特有のローカルな雰囲気を感じさせず、絶対音楽としての美しさを極めた演奏で、特にイングリッシュ・ホルンの名ソロが聴ける第2楽章の静かな美しさは、惚れ惚れするほど素晴らしい。

シカゴ響の完璧なアンサンブルと重厚で引き締まったサウンドを生かして綴られたこの演奏は、揺るぎない造型的美観や、異常なまでに張り詰めた緊迫感を特色とした怖ろしく純度の高い名演であり、そこに繰り広げられている少しの妥協もない磨き上げられた表現は、何度接しても常に新鮮な感動を授けてくれるのである。

この演奏の完成度の高さはいくら言葉で表そうとしても伝えきれない。

当時は機能的すぎるといった的外れなことを言っていた人もいたが、3チャンネル・オリジナル・マスターから最高の技術でデジタル・マスタリングされた当盤をぜひ聴いてみてほしい。

第2楽章の木管の鮮度の高い音色、弦の澄んだ響きと見事なバランス。

ライナーの要求にオケがいかにも見事に応えており、まさにトスカニーニ&NBC響に匹敵するような一糸乱れぬアンサンブルだ。

ピアニッシモも非常に美しく、これが1957年のステレオ録音だとはおよそ信じられない。

いずれにしても、ライナー&シカゴ響による同曲の超名演を、このような高音質のXRCD&SHM-CD盤で聴くことができるのを大いに喜びたい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:58コメント(0)トラックバック(0) 

2013年10月11日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



バルトークの最晩年の傑作である「管弦楽のための協奏曲」にはこれまで多数の録音がなされ、その中には名演との評価がなされているものも数多く存在している。

そのような中で、録音から50年以上が経過してもなお、これまでの同曲のすべての名演に冠絶する至高の超名演こそは、本盤に収められたライナーによる演奏であると考える。

本演奏におけるライナーのアプローチは、テンポは幾分速めであり、全体として引き締まった筋肉質の演奏である。

他の指揮者による演奏が、聴かせどころのツボを心得たわかりやすい表情づけを随所に施しているのに対して、ある意味ではいささかも微笑まない辛口の演奏で一貫しているとさえ言えるほどだ。

しかしながら、演奏全体に漲っている気迫や張り詰めた緊張感には尋常ならざるものがあり、我々聴き手の心胆を寒からしめるのに十分なものがある。

また、一聴すると何の飾り気もない各フレーズの随所から滲み出してくるような奥深い情感には、抗し難い魅力が満ち溢れている。

これは、ライナーの同曲への深い理解や愛着とともに、同曲に込められたバルトークの心底にあった寂寥感や絶望感などを敏感に感じ取っていたからに他ならない。

このような楽曲の心眼に鋭く切り込んでいくような彫りの深い表現は、バルトークと親交があり、バルトークと同じ苦難の時代を生きたライナーだけが成し得た究極の演奏とさえ言えるだろう。

ライナーの確かな統率の下、これ以上は求め得ないような完全無欠の演奏を披露したシカゴ交響楽団の卓越した技量も、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

これだけの歴史的な超名演だけに、これまでSACD化やXRCD化など高音質化への取り組みがなされているが、筆者としてはXRCD盤の方をより上位に置きたいと考える。

前述のように50年以上も前のスタジオ録音であるが、XRCD化によってきわめて鮮明な音質に蘇ったところであり、ライナーによる超名演をこのようなXRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:42コメント(2)トラックバック(0) 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



本盤に収められた「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」は、まさに強烈無比な演奏と言える。

本演奏でのライナーのアプローチは、やや速めのテンポで曲想を描き出しているが、全体として引き締まった音楽が特徴であり、飾り気がいささかもないいわば辛口の演奏で一貫しているとさえ言える。

そして、演奏全体に漲っている気迫や張り詰めた緊迫感には尋常ならざるものがあり、我々聴き手も本演奏の始まりから終わりまで手に汗握るような緊張感を強いられるほどだ。

もっとも、このように強烈無比な演奏とは言っても、決していわゆる血も涙もない演奏には陥っていない。

一聴すると素っ気ない表情の各フレーズの端々から聴き取ることが可能な奥深い情感は、抗し難い魅力に満ち溢れている。

古今東西の指揮者による同曲の演奏の中でも、これほどまでに楽曲の心眼に鋭く踏み込んだ彫りの深い演奏を行ったものは、ムラヴィンスキー&レニングラード・フィル(1965年)以外には類例を見ないところであり、ムラヴィンスキー盤の音質がいささか良好とは言い難いことを考慮に入れると、本演奏こそは、同曲のあらゆる名演に冠絶する至高の超名演との評価をするのにいささかも躊躇するものではない。

ライナーによる確かな統率の下、素晴らしい演奏を成し遂げたシカゴ交響楽団による超絶的な技量も、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

併録の「5つのハンガリー・スケッチ」は、民謡の採取に生涯をかけたバルトークならではの比較的親しみやすい民族色溢れる名作であるが、ここでは、ライナー&シカゴ交響楽団が「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」とは別人のような温もりのある演奏を繰り広げているのが素晴らしい。

今から50年以上も前のスタジオ録音であるが、XRCD化によってきわめて鮮明な音質に蘇ったところであり、ライナーによる超名演をこのようなXRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:30コメント(0)トラックバック(0) 

2013年09月21日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



シカゴ交響楽団のヴィルトゥオジティを全開させたライナーならではの純音楽的名演・名録音である。

とにかく凄い音質である。

スピーカーから飛び出てくる迫力満点の大音響に体ごと吹っ飛ばされるような気がした。

1950年代半ばのステレオ録音黎明期に、これほどの高音質がマスターテープに記録されていたとは、にわかには信じがたい。

あらためて、XRCD盤の底力を感じ入った次第である。

有名なチャイコフスキーの序曲「1812年」など、近年では、スコアにない合唱を加えたり、大砲の音色を付加する演奏が増えてきているが、本盤のライナー盤は、そのような特別な手は一切加えていない。

にもかかわらず、迫力においては、おそらく過去のどの演奏にも負けていないのではないか。

演奏も、全盛期のライナー&シカゴ交響楽団の実力を十分に認識させてくれる素晴らしい名演だ。

カラヤン&ベルリン・フィルも、このような小曲を集めた名演を数多く生み出したが、本盤は、カラヤン盤に十分に匹敵する。

どの楽曲も、生き生きとした躍動感に満ち溢れており、金管楽器も木管楽器も実に巧く、雷鳴のように轟く打楽器は圧巻の迫力だ。

弦楽器も、これ以上は求め得ないような精緻なアンサンブルと肉厚の重量感を誇っており、オーケストラ演奏としても、最高峰のレベルにある。

ライナーも、各曲の聴かせどころのツボを心得た見事な指揮を披露しており、最高のパフォーマンスを示している。

XRCDの新譜が出なくなって久しいが、是非とも他の歴史的録音も復刻して欲しいと願うのは、筆者だけではあるまい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 23:44コメント(0)トラックバック(0) 

2013年06月19日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ロシアが生んだ最も強靭さと重量感を兼ね備えたピアニスト、エミール・ギレリスが、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番に好演を聴かせたとしても、なんら不思議ではないように思われる。

しかしギレリスについて語られる時には、意外にチャイコフスキーよりもベートーヴェンをはじめとするドイツ音楽であることが少なくない。

そして、それが、ギレリスの音楽の方向や性格をある程度示唆しているようにも思える。

その彼のチャイコフスキーのピアノ協奏曲の録音では、このライナー=シカゴ響との演奏のほかに、晩年のメータとのライヴもあるが、前者の方に、ギレリスの演奏史の原点ともいえる壮年期の逞しさを聴くのも楽しい。

ライナー指揮によるシカゴ響がつくり出す一分の隙もないような音楽に、堂々と正面から力で挑んでいるギレリスのピアノが、実に剛毅で力強い。

筋肉質のタッチをもった集中力のあるチャイコフスキーである。

ラフマニノフはまさにギレリスの面目躍如で、圧倒的な技巧と豊かな情感が深いところで結び付いている。

途方もないようなスケールの大きさ、周囲のものをなぎ倒してでも進むような逞しいエネルギー、外に向かって爆発するような力、内側に向かって果てしなく沈潜していくような力、そして、その両方の力の微妙なバランス等々、この曲の再現に求められているほとんどすべてといっていい要素を、ギレリスの演奏はカヴァーし得ている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:42コメント(0)トラックバック(0) 

2013年05月24日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



本盤は、全盛時代のライナー&シカゴ交響楽団がいかに凄い演奏を繰り広げていたのかを窺い知ることができるCDである。

それは何よりも、XRCDによる鮮明な高音質によるところが大きい。

本演奏は1957年のスタジオ録音であるが、今から約55年も前の録音とは到底思えないような鮮度の高い音質に生まれ変わったのは殆ど驚異的であり、あらためてXRCDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

これを聴くと、当時のライナー&シカゴ交響楽団は、卓越した技量もさることながら、とりわけ弦楽合奏の音色に独特の艶やかさがあることがよくわかるところであり、単なる技量一辺倒の演奏を行っていたのではないことが理解できるところだ。

もちろん、技量には卓越したものがあり、鉄壁のアンサンブル、ブラスセクションのブリリアントな響き、唖然とするようなテクニックを有した木管楽器群など、当時のシカゴ交響楽団の演奏の凄さを味わうことが可能である。

演奏内容も、素晴らしい名演と高く評価したい。

本演奏でのライナーは、チャイコフスキー特有のメランコリックな抒情にいささかも耽溺することなく、終始速めのテンポで引き締まった演奏を心掛けているように思われる。

この演奏を聴いて真っ先に念頭に浮かんだのが、トスカニーニ&NBC交響楽団による演奏(1947年)だ。

本演奏では、さすがにトスカニーニの演奏のような即物的な表現に徹し切れているとは言い難いが、それでも純音楽的に徹したストレートな表現は、まさにトスカニーニの演奏の系列に連なる演奏と言っても過言ではあるまい。

そして、とりわけ金管楽器やティンパニなどによる最強奏は、壮絶ささえ感じさせるほどの圧巻の迫力を誇っている。

もっとも、こうした壮絶な演奏に適度の潤いと温もりを与えているのが、前述のような当時のシカゴ交響楽団が有していた弦楽合奏の艶やかな音色であり、その意味では、本演奏は、ライナーとシカゴ交響楽団の黄金コンビだけに可能な名演とも言えるだろう。

いずれにしても本盤は、指揮者、オーケストラ、演奏内容そして録音の4拍子が高水準で揃った名CDと高く評価したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 23:40コメント(0)トラックバック(0) 

この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ライナー&シカゴ交響楽団によるマーラーの交響曲の録音は、本盤に収められた「第4」と「大地の歌」の2曲しか遺されていない。

しかしながら、遺された演奏は、いずれも一聴に値する名演であると評価したい。

シカゴ交響楽団によるマーラーの演奏としては、後年のショルティによる全集が有名である。

同じハンガリー人であることもあり、表向きは類似しているとも言えるところだ。

両者ともに、全体を引き締まった造型で纏め上げるとともに、シカゴ交響楽団の卓越した技量を存分に駆使して、壮麗にオーケストラを鳴らしていくというアプローチを行っている。

もっとも、ショルティの演奏と大きく異なるのは、ライナーの演奏は、オーケストラの技量臭をいささかも感じさせないということであろう。

ライナー時代のシカゴ交響楽団には、特に高弦において顕著であるが艶やかな美しさに満ち溢れていた。

したがって、本演奏においても、シカゴ交響楽団の持つ艶やかな音色が、ライナーの引き締まった剛直とも言える演奏に、適度の潤いと温かみを付加することに成功し、いささかも無機的には陥らない情感豊かな演奏に仕立て上げるのに大きく貢献している。

第4楽章におけるソプラノのリーザ・デラ・カーザも、最高の歌唱を披露していると高く評価したい。

そして、何よりも素晴らしいのはXRCDによる極上の高音質である。

本演奏は1958年のスタジオ録音であるが、今から50年以上も前の録音とは思えないような鮮度の高い音質に生まれ変わっており、当時のシカゴ交響楽団の艶やかな音色が鮮明に再現されるというのはほとんど驚異的ですらある。

あらためてXRCDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、ライナーによる希少なマーラーの名演を、現在望み得る最高の高音質XRCDで味わうことができるのを大いに歓迎したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:20コメント(0)トラックバック(0) 

2013年05月17日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ライナーはR・シュトラウスを得意としており、手兵のシカゴ交響楽団とともに数多くの録音を遺している。

交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」も、シカゴ交響楽団と2度にわたって録音しているが、本盤に収められたのはその2度目の録音ということになる。

一般的に名演の誉れが高いのは旧録音(1954年)の方であるが、本演奏は、演奏の凝縮度においてさすがに旧録音ほどの出来とは言えないものの、ライナー&シカゴ交響楽団の黄金コンビの名に恥じることがない素晴らしい名演と評価したい。

ライナーのアプローチは、華麗なるR・シュトラウスのオーケストレーションをいかに巧みに音化するのかに主眼を置いているように思われる。

そのためには、技量が高いオーケストラが必要不可欠であり、その意味でもシカゴ交響楽団の存在は極めて大きいものであった。

鉄壁のアンサンブル、ブリリアントな金管楽器の響きなど、当時スーパー軍団として世に馳せていたシカゴ交響楽団の技量を最大限に発揮させているところであり、本演奏はまさにオーケストラ演奏の極致とも評価し得ると考えられる。

技量だけに着目すれば、カラヤン&ベルリン・フィルによる名演にも比肩し得る演奏ということが可能であろう。

ただ、オーケストラの音色の味わい深さにおいては、この当時のシカゴ交響楽団の音色には艶やかさはあったものの、ベルリン・フィルの方に一日の長があるのではないだろうか。

また、カラヤンの指揮の方が適度に流麗なレガートを駆使するなどより官能的な味わいがあり、筆者としては、カラヤン&ベルリン・フィルの演奏の方を圧倒的な音のドラマとしてより上位に置きたいと考える。

もっとも、これは非常にレベルが高い名演どうしの比較であり、本演奏の評価自体を貶めるものではないことに留意しておく必要がある。

そして、本盤でさらに素晴らしいのはXRCDによる極上の高音質である。

本演奏は、今から50年近くも前の録音であるが、XRCD化によって信じ難いような鮮度の高い音質に生まれ変わったところであり、あらためてXRCDの潜在能力の高さを認識させられたところである。

いずれにしても、ライナー&シカゴ交響楽団による名演をXRCDによる高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:30コメント(0)トラックバック(0) 

2012年02月21日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ライナーがその晩年にウィーン・フィルと録音した貴重なアルバム。

ブラームスの《ハンガリー舞曲》(8曲)とドヴォルザークの《スラヴ舞曲》(5曲)という、興味の持てる組みあわせ。

抜粋ながら、その演奏内容はいずれも充実したものばかりである。まずは、そのことを確認しておくことにしよう。

その演奏活動の後半生を主にアメリカのシカゴ交響楽団とともに過ごした指揮者ライナーだが、ヨーロッパに戻って指揮活動をしたことも幾度かあった。

本盤は、そのような折の貴重な記録である。

ここでのライナーは、オーケストラに君臨するという常日頃のスタイルは若干なりとも背景へ後退し、彼としては比較的珍しい多彩な表情、ゆとり、ふっくらとした肌ざわりなどが随所にあって、なかなかに興味深い。

ウィーン・フィルの懐の深さも少なからず影響を与えているのであろう。

もちろん、ライナーならではの卓越した構成力の良さ、ピン・ポイントで決まる表現力などは健在で、曲がもつローカル色の表出も隙がない。

演奏は《ハンガリー舞曲集》の方が良く、随所にライナー独特の強引さが目立つものの、ハンガリーの郷土色を強く前面に押し出していて聴かせる。

ライナーは、ハンガリー出身の指揮者らしく、どの曲もハンガリー的な色彩の濃い演奏だが、ことにそのリズムの切れ味の鋭さは抜群である。

《スラヴ舞曲集》の方は、ライナーとオーケストラの間に溝ができている感じで、ライナーの意図が十分に生かされていないのが残念だ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 19:51コメント(0)トラックバック(0) 

2012年01月12日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ハンガリー出身で、シカゴ響に黄金時代をもたらした名指揮者フリッツ・ライナーはRCAの専属であり、ウィーン・フィルは英デッカと専属契約を結んでいた。

この両者が、専属契約の壁を越えて共演した数枚の録音のなかでも、このヴェルディの《レクイエム》は、忘れ難い感銘を与えてくれる名盤である。

手兵のシカゴ響ではなく、ウィーン・フィルが相手だが、ライナーならではの厳しい統制が行き届いた緊張感に満ちたレクイエムとなっている。

ライナーの厳格な造型性は、恣意的な崩れを許さない。

決して感傷に陥らず、また情熱や勢いに任せることもなく、全体的に遅いテンポ(第1曲〈レクイエム・エテルナム〜キリエ〉や〈ラクリモサ〉などに特にそれが顕著)を基調として、緩急やダイナミクスを周到な手綱さばきでコントロールしながら、しかもその中に豊かなカンタービレを生かした表情あふれる音楽を繰り広げている。

イタリアの「イン・テンポ・カンタービレ」と、ライナーを始めとするハンガリー系の「イン・テンポ・カンタービレ」とは、いささか趣が異なるのだが(イタリアに比べて、ハンガリー系の「イン・テンポ」は、より推進力が強い傾向にある)、老巨匠となっていたライナーは、その厳格さのなかに、豊かなふくらみを湛えている。

彼の手兵であったシカゴ響であれば、よりリゴリスティックな音楽づくりを行なったろうが、ウィーン・フィルという自発性にあふれた音楽性をもつオーケストラは、ライナーのこの「大家のゆとり」を敏感に感じ取り、厳しさのなかの大きなカンタービレと祈りの音楽を描き上げている。

さらにそれに、豪華なソリストたち(とりわけプライスとビョルリンク)の力強い歌唱と、ウィーン・フィルの音色が華を添えている。

名指揮者ライナーの貴重なヴェルディ解釈であり、今後もその光を失わないに違いない。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 19:17コメント(0)トラックバック(0) 

2011年03月24日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



このアルバムは、名歌手シュヴァルツコップが、「無人島への1枚」に選んでから突然話題になったものだが、ライナーの棒はノスタルジックな憧れに溢れ、シカゴ響の名人芸ともあいまって、実に雰囲気豊かなウィンナ・ワルツの名演といえる。

ライナーとシカゴ響によるワルツとポルカは、積年の汚れを洗い落した名画のように、シュトラウスの音楽本来の美しさが際立っている。

よく人間は顔や噂で判断してはいけないというが、このライナーとシカゴ響によるワルツ集など、そのもっともよい例かもしれない。

映画などに残されたライナーの厳めしい顔と指揮ぶりからは想像もできないような魅力あふれる演奏である。

とはいえ、彫りの深い響きと精妙なリズムによってシュトラウスのワルツやポルカの真髄に迫っているあたりは、やはりライナーである。

曲の隅々まであの鋭い眼光がゆきとどいた正攻法でシンフォニックな演奏は、まったく隙がなく、それでいて少しも野暮にならず、粋でありながら格調も感じさせる。

リズムやフレージングは、ウィーン独特のものとは少し違うものの、この演奏を聴いていると、音楽から思わず姿勢を正したくなるような格調の高さと他の演奏では味わえない美しさがあり、シカゴ響の名手たちのソロのうまさもまたとても味わい豊かである。

やはりJ.シュトラウスが生きた19世紀のウィーンを知る巨匠ならではの、香り高いワルツ・アルバムである。

ライナー独特の魅力あふれる演奏であり、現在の《舞踏への勧誘》と《ばらの騎士》も入ったCDではワルツの変容も楽しめる。

さらにSACD化による高音質も、本名演の価値を高めることに貢献していることを忘れてはならない。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 18:37コメント(0)トラックバック(0) 

2010年02月14日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



アメリカのオーケストラ・ランキングで常に1位を保っているシカゴ響の、今日の姿をつくり上げた指揮者はフリッツ・ライナーだったと言われるが、それはショルティの指揮する来日公演の放送でも時折、レコードで聴く昔のライナーの音が顔を出して、興味深い体験をしたことから納得できる。

ライナーの指揮はいわゆる職人タイプの広いレパートリーに対応したものだが、オーケストラの機能を知りつくし、どんな表現でも可能な指揮法の大家だったライナーがつくり出すサウンドは、独特の鮮やかな効果と充実した手触りを持っていて、その音で演奏されれば、どんな曲でも立派に聴こえてしまう一種のマジックとも言えるものだった。

一般にライナーの名演はバルトークやR.シュトラウスだと言われているが、フランス音楽やスペインものも得意にしていたことは意外に知られていない。

そうした曲には「本場もの」演奏が不可欠の要素だと思われがちだが、強烈な色彩で描かれた絵よりも微妙な色合いの変化で楽しませる作品の方が印象的であることを、彼の指揮したラヴェルは教えてくれる。

特に「スペイン狂詩曲」の冒頭でオーケストラが柔らかい漂うような音で透明に重なり合うのを聴くと、今まで気付かなかった曲の効果に驚く。

もちろんオーケストラが大きく炸裂する部分ではいつも通りのシカゴ響の圧倒的な力が発揮されるが、繊細な表現により重点が置かれていることは確かだ。

そしてそうした細部をリアルな存在感を持って表現した録音が重要な意味を持っていることに改めて気付く。

フルトヴェングラーやストコフスキーのような強烈な個性で圧倒するタイプの指揮者は、どんな録音の状態も越えて表現が伝わってくるが、つくり出すサウンドが重要な指揮者は、こうした演奏行為の空間がそのまま収録されなければ、表現の多くが失われてしまうからだ。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 03:34コメント(0)トラックバック(0) 

2009年02月21日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ライナー盤は、どの点からみても、この2曲の最もすぐれた演奏のひとつである。少なくとも、代表的名盤として知られているC・クライバー盤、フルトヴェングラー盤などと同じレベルで語ることのできる傑出した演奏内容だ。

ベートーヴェンの第5交響曲は、いわゆる「運命」を克服し、自己が勝利していくという内容と、交響曲という形式とが隙なく構成された名作と形容されている。

ライナー盤から聴ける演奏は、この間の事情を詳かにしたものだ。

自己が望む過程で繰り広げられるドラマは過不足ない盛りあがりを示しているし、構成も堂々としており、間然としたところがない。

まさに、この曲における知情意のバランスがよくとれた名演奏といえるだろう。

このようなすぐれた第5番の演奏は、滅多に聴けるものではない。

第7番は全曲を通してリズム要素が表現の根幹を担う、構成的で力強い展開に徹した、古典交響曲の中でも屈指のスケールの大きな作品だ。

ライナー/シカゴ響は、この堅固な構築性を持ったベートーヴェンの音楽を十全に把握した明瞭なラインに沿って、長めのフレージングで流動感のある演奏が開始され、くっきりとしたリズムの冴えがその上を流れていく。

合理性と豊かな音楽性とが理想的に結合した歴史的名盤だ。

加えて、ここではライナー時代のシカゴ交響楽団がいかに高度な状態にあったかという事実にも、感心させられてしまう。

各個人の能力、アンサンブル能力、いずれをとってみても一分の隙もないほど見事なものばかりだ。

まさにオーケストラ美学のひとつの典型と形容しても、決して過言ではないだろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 09:21コメント(0)トラックバック(0) 

2008年08月03日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



私は、フリッツ・ライナーこそはこれまでの最高のバルトーク指揮者であったと考えている。

そしておそらくライナーが理想とするオーケストラは、トスカニーニ/NBC交響楽団ではなかったかと推測するが、それに最も切迫する水準に達していたのは、ライナー/シカゴ交響楽団であった。

バルトークの2大名曲を収めたこのアルバムは、その名作の最も本来的でオーソドックスな名演であるばかりでなく、ライナー/シカゴ響の奇跡的な至芸をこれ以上なく痛感させてくれる名演でもあるのだ。

この演奏では、単にアンサンブルがパーフェクトなだけでなく、テンポとデュナーミクの設定や音色配合のバランスもがパーフェクトであり、さらにそのアーティキュレーションの精確さもが非の打ちどころのないものになっている。

精巧なバトン・テクニックと鋭敏な耳を兼備したライナーは、それを駆使して希代のヴィルトゥオーゾ・オーケストラといえるシカゴ響からそのあらん限りの力を引き出し、この2曲のほとんど理想に近い再現を可能たらしめているのである。

「オーケストラのための協奏曲」では、厳しくコントロールされた表現のなかで繰り広げられるブリリアントな管楽器の名人芸などが素晴らしく、「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」では、その完璧で研ぎ澄まされた表現から滲み出る恐ろしいまでの緊迫感の持続が聴き手を圧倒する。

この2曲の再現の規範となり得る演奏であり、今後も不滅の価値を失うことはないだろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:00コメント(0)トラックバック(0) 
メルマガ登録・解除
 

Profile
Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ