レヴァイン

2015年05月10日


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モーツァルト没後200年記念として企画されたレヴァインとウィーン・フィルによる交響曲全集は、極めて高い評価を得たが、本盤にはその全集録音の中から、第29番と第34番が収められている。

レヴァインはオーケストラの個性や特質を十全に引き出して、豊かな情感を湛えた造形美に溢れる演奏を繰り広げている。

オーケストラの伝統的な響きの美しさと指揮者の新鮮な解釈とが見事なまでに合致した名演である。

相変わらず粒立ちのよいきびきびとしたリズム、しなやかに流れる歌、そしてふくらみのある美しい響き、彼らの演奏はどこをとっても隙がなく、しかも芳醇な香りが満ちている。

何よりも得難い特質は、伝統的なモーツァルト像と新しいモーツァルト像との見事な融合を成し遂げていることである。

モーツァルト像の刷新は、伝統的な側面だけでなく演奏の実践の領域でも、急速に進んでいる。

作曲当時の楽器や演奏習慣に立ち戻ることによって、19世紀のロマンティックな垢を洗い落とし、素顔のモーツァルトを現代に蘇らせようという活動は、今や完全に定着しつつある。

だがこうした傾向は、ともすれば19世紀以来の伝統をことごとく否として退けることになりかねない。

音楽が文化として、歴史の流れの中で脈々と受け継がれていくものであるならば、伝統を踏まえ、それを生かしつつ新しいモーツァルト像に立ち向かうという道もまた、あるはずである。

19世紀以来のモーツァルト演奏の伝統を自ら作ってきたと言っても決して過言ではないウィーン・フィルが、交響曲の全曲録音という大事業を挑むにあたって選んだのは、そういう道であった。

そしてそれを実現にまで導くことのできる指揮者として、彼らはレヴァインを指名したのである。

1943年にシンシナティで生まれたレヴァインは、ジュリアード音楽院を卒業後、クリーヴランド管弦楽団のセルのもとで6年間副指揮者を務め、その後あちこちの客演の舞台に立ちながら1973年にメトロポリタン歌劇場の首席指揮者に就任、75年以降は音楽監督を務めながら国際的な活躍を展開してきた。

レヴァインは出世のスピードは速かったが、コンクール歴があるわけでもなく、若手には珍しくいわば現場でたたき上げられて育ってきた指揮者である。

伝統的な演奏のスタイルは、その過程で完全に身に染みついている。

一方で彼は、オリジナル主義的な演奏のあり方にも充分な理解と関心を示し、その成果を積極的に取り入れようとするのである。

弦楽器のヴィブラートを伴う艶やかな響きや管楽器の音色のブレンド、息の長いフレージングなど、モダン楽器の特質を存分に生かしながら、一方では編成を小さくしてテクスチュアを明晰化し、オリジナルの楽器配置を踏まえることで、例えば第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの掛け合いの効果を立体的に浮き彫りにする。

すべての繰り返し記号を忠実に守っているのも、作品のオリジナルな姿を尊重しようとする彼の姿勢に他ならない。

伝統的なモーツァルト像と新しいモーツァルト像の間には、大きなギャップがある。

それを克服するのが我々に課せられた今後の課題であり、レヴァインとウィーン・フィルは、演奏実践の面からその課題に挑んだ。

そしてそれが確かな成果を上げつつあるということを、このディスクは証明しているように思われる。

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2014年12月18日


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本盤には、ガーシュウィンのラプソディ・イン・ブルーやパリのアメリカ人をはじめ、有名な管弦楽曲4曲が収められているが、いずれも素晴らしい超名演だ。

演奏の特徴を一言で言えば、音楽の持つ魅力をそのままの形で楽しく味わうことが可能な演奏と言ったところではないだろうか。

本名演の成功の要因は、現代最高のエンターテイナーとも称されるレヴァインの指揮によるところが大きいと言える。

本演奏でのレヴァインは、ガーシュウィンと同じアメリカ人ということもあって血が騒ぐのかもしれないが、実に楽しげでノリノリの演奏を展開しているのが素晴らしい。

そうしたレヴァインの躍動感溢れる楽しげな指揮の下、卓越した技量を有する名うてのプレイヤーが数多く在籍するシカゴ交響楽団も、持ち得る実力を最大限に発揮した最高のパフォーマンスを示しているのが素晴らしい。

また、レヴァインによるピアノ演奏もセンス満点の味わい深さが際立っており、シカゴ交響楽団との相性も抜群のものがある。

このような演奏を聴いていると、あたかもレヴァインやシカゴ交響楽団の各奏者が楽しげに演奏する様子が眼前に浮かんでくるかのようであり、聴いていて思わず微笑んでしまうほどである。

本盤に収められたガーシュウィンの各管弦楽曲には、それぞれ他の指揮者による様々な名演が存在しているが、音楽の持つ魅力を心の底から楽しんで味わうことができるという意味においては、本演奏はあまた存在する名演の中でも上位を争う至高の超名演と評価しても過言ではあるまい。

録音は従来盤でも十分に満足できる高音質ではあったが、今般のSHM−CD化によって、音質はさらに鮮明になるとともに音場が幅広くなったところである。

特に、レヴァインのピアノが実に美しく聴こえるようになったと言えるところであり、あらためてSHM−CDとピアノ曲の抜群の相性の良さを思い知った次第である。

いずれにしても、レヴァインによる素晴らしい超名演を、このようなSHM−CDによる鮮明な高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年08月07日


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本盤にはサン・サーンスの交響曲第3番とデュカスの交響詩「魔法使いの弟子」のフランス音楽の中でも特に有名な曲が収められているが、いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

本演奏を聴いていの一番に思い浮かぶ感想は、「巧い」、「凄い」、そして「楽しい」である。

このような感想は、深遠な内容を有する独墺系の作曲者などの交響曲等の演奏では芳しいものとは言えないが、本盤の両曲のように旋律の美しさや標題音楽の面白さが主眼の楽曲では、最高の賛辞と言えるのではないだろうか。

レヴァインは、世界一の名人揃いのオーケストラであるベルリン・フィルを率いて、それこそ管弦楽による豪華なご馳走を提供してくれていると言えるだろう。

サン・サーンスのオルガン付きの華麗なるオーケストレーションの面白さやデュカスの音楽の楽しさを、聴き手がこれほどまでにわくわくした気持ちで味わうことができる演奏は他にはあるまい。

ベルリン・フィルの卓越した技量は唖然とする「巧さ」であり、とりわけサン・サーンスの交響曲第3番の終結部のオルガンを伴った大音響のド迫力は「凄い」の一言。

デュカスの交響詩「魔法使いの弟子」は、あたかも魔法使いの弟子があわてふためくシーンが思い浮かぶほどの「楽しい」演奏に仕上がっている。

このような演奏を聴いていると、レヴァインの類稀なる音楽性の豊かさとともに、エンターテイナーとしての高い資質を痛感させられるところだ。

なお、ベルリン・フィルによるサン・サーンスの交響曲第3番の演奏としては、本演奏の数年前に録音されたカラヤン盤(1981年)があるが、そちらは楽曲の魅力よりもカラヤンの個性が全面に出た演奏であり、「巧さ」や「凄さ」においては本演奏とほぼ同格の名演であるが、「楽しさ」においては本演奏の方がより優れていると言えるのではないだろうか。

音質は1986年のデジタル録音であり、鮮明であるとともに、オルガンの重低音による音場の奥行きも幅広いもので、従来盤でも十分に満足できる音質である。

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2014年08月04日


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本盤は、バルトークの最も有名な管弦楽作品を2曲カップリングしたものであるが、いずれも素晴らしい名演だ。

名演となった要因は、何よりもシカゴ交響楽団の卓越した技量にあると考える。

本演奏の録音は1989年のスタジオ録音であるが、この当時のシカゴ交響楽団はショルティの圧倒的な統率の下に全盛期を誇っていた時代である。

各ブラスセクションには、ハーセスやクレヴェンジャーなどのスタープレイヤーを数多く揃え、その圧倒的な大音量とブリリアントな響きには抗し難い魅力があった。

木管楽器のテクニックも桁外れであったし、オーケストラのアンサンブルも鉄壁のものがあった。

オーケストラの力量だけに限ってみれば、かのカラヤン指揮下のベルリン・フィルにも匹敵する実力を誇っていたと言える。

本演奏でも、シカゴ交響楽団は圧巻の技量を披露しており、弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽における厚みのある弦楽合奏や、管弦楽のための協奏曲における各管楽器の卓越した技量は唖然とするほどだ。

そのようなスーパー軍団たるシカゴ交響楽団に対峙して、レヴァインも見事な統率を示していると言える。

両曲ともに指揮によっては深刻な演奏になりがちであるが、レヴァインは、そのような深刻に陥ることを極力避け、各旋律を情感豊かに歌い上げることによって、極めて明瞭でわかりやすい作品に昇華させているのが素晴らしい。

両曲には、同じくシカゴ交響楽団を指揮したライナーやショルティの名演やカラヤンやムラヴィンスキー(弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽のみ)による名演などが目白押しであるが、とかく複雑で難解とされるバルトークの楽曲(特に、弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽)を親しみやすく聴かせたという意味においては、本レヴァインによる演奏を名演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

録音は、従来盤でも定評のある素晴らしい音質であり、このような名演を高音質の録音で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2014年08月03日


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ホルストの組曲「惑星」は、光彩陸離たる華麗なオーケストレーションを駆使した親しみやすい旋律の数々を有していることもあり、現代においても最も人気のある管弦楽作品の1つである。

もっとも1950年代までは、ホルストによる自作自演や初演者ボールトによる演奏の録音しか存在せず、イギリス国内にしか通用しないローカルな作品の域を出なかったところであるが、1961年にカラヤン&ウィーン・フィルによる素晴らしい名演が登場したことを契機として、一躍国際的な人気作品としての地位を獲得したのであった。

前述のカラヤンによる名演以降、様々な指揮者によって多種多様な名演が生み出されてきているのは周知の通りである。

そのような中でも、初演者ボールトによる最後の録音であるロンドン・フィルとの名演(1978年)、前述のカラヤン&ウィーン・フィルによる名演の地位は、現在においてもいささかも揺らぐものではないが、ホルストの華麗なオーケストレーションの魅力を心行くまで堪能させてくれる名演としては、本盤に収められたレヴァイン&シカゴ交響楽団による超名演を随一に掲げたいと考える。

本超名演の成功は、紛れもなくシカゴ交響楽団の卓越した技量にある。

本演奏は1989年の録音であり、御大ショルティがなおシカゴ交響楽団に君臨していた全盛時代でもある。

一糸乱れぬ鉄壁のアンサンブル、金管楽器群の迫力満点の大音量とブリリアントな響き、木管楽器の桁外れのテクニックなど、同曲の演奏に必要な要素を全て兼ね備えていたスーパー軍団たるシカゴ交響楽団による演奏は豪華絢爛の一言。

あたかも、組曲「惑星」という大運動場で、シカゴ交響楽団が存分に運動を行っているかのような趣きがあり、オーケストラ演奏としても空前絶後の出来栄えと言えるだろう。

レヴァインの指揮は、むしろシカゴ交響楽団にいかに気持ちよく演奏させるのかに徹しているようにも思われるが、例えば金星などにおける心を込めた情感の豊かさなど、独特の味付けもそれなりに行っており、聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりを十二分に発揮していると評価したい。

いずれにしても、組曲「惑星」という楽曲の魅力を存分に満喫させてくれるという意味においては、耳のご馳走とも言えるような爽快な超名演と評価するのにいささかも躊躇もしない。

録音は、従来盤でも音質の良さで定評があったが、今般のSHM−CD化によって、さらに音質が鮮明になるとともに音場が若干なりとも広くなった。

いずれにしても、レヴァイン&シカゴ交響楽団による爽快な超名演を、SHM−CDによる鮮明な高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2013年08月13日


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本盤には、レヴァインが主として1970年代(第7番のみ1980年)に演奏したマーラーの交響曲のスタジオ録音が収められている。

全集ではなく、第2番及び第8番、そして「大地の歌」が存在していないのは残念な気がするが、他方、第10番についてはアダージョではなく、デリック・クック第3稿第1版による全曲版を収めており、収録曲については一長一短と言えるのかもしれない。

演奏は素晴らしく、いずれも極めて優れた名演と高く評価したい。

レヴァインのアプローチは、その大柄な体躯を思わせるような骨太で迫力満点のエネルギッシュなものだ。

奇を衒ったりすることはいささかもなく、あくまでも直球勝負。

シカゴ交響楽団やフィラデルフィア管弦楽団、そしてロンドン交響楽団などといった一流のオーケストラを巧みにドライブして、曲想を精緻かつ丁寧に、そしてダイナミックに描き出していくものである。

したがって、マーラーの交響曲の魅力をそのままの形で満喫させてくれるのが素晴らしい。

このようなオーソドックスとも言えるような純音楽的なアプローチは、近年ではジンマン、ティルソン・トーマス、マーツァルなど現代におけるマーラーの演奏様式の主流となりつつあるが、本盤の演奏当時の1970年代においては、むしろ少数派であったと言えるのではないか。

マーラーの直弟子でもあったワルターやクレンペラーによる演奏は別格として、バーンスタインによるドラマティックで劇的な演奏や、ショルティによる無慈悲なまでの強烈無比な演奏、クーベリックによるボヘミア風の素朴な味わいの演奏、カラヤンによる耽美的な絶対美を誇る演奏など、海千山千の指揮者による個性的な名演が跋扈し、アバドやマゼール、テンシュテット、インバルなどによる演奏の登場もこれからが本番という時期でもあった。

そのような個性的な演奏があまた存在している中で、敢えて純音楽的に徹した演奏を行ったレヴァインのアプローチには、ある種の新鮮さを感じるとともに、現代におけるマーラー演奏の先駆けとも言える存在ではないかとさえ考えられるところだ。

もちろん、レヴァインによるマーラーの演奏には、バーンスタインやテンシュテットなどによるドラマティックで劇的な演奏にように、我々聴き手の肺腑を打つような奥行きの深さなどは薬にもしたくないが、マーラーの交響曲の美しさ、素晴らしさを安定した気持ちで心ゆくまで満喫させてくれるという意味においては、1970年代以前に録音された演奏の中では、本盤の演奏の右に出るものはないのではないかと考えられる。

いずれにしても、本盤のマーラーの交響曲選集は、若きレヴァインによる爽快な名演であり、超廉価であることに鑑みても、安心してお薦めできる名選集であると高く評価したい。

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2013年05月09日


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本盤にはシューベルトの室内楽曲の中でもとりわけ有名なピアノ五重奏曲「ます」と弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」が収められており、いずれも素晴らしい名演と評価し得るところであるが、とりわけユニークなのは、ピアノ五重奏曲「ます」と言えるのではないだろうか。

というのも、同曲の演奏に際しては、既存の弦楽四重奏団が名のあるピアニストを招聘して行うのが主流であるからである。

本演奏の場合は、ウィーン・フィルやベルリン・フィルのトップ奏者に、専業指揮者であるレヴァインによるピアノが加わるという、ある意味では極めて珍しい組み合わせと言えるであろう。

本演奏においては、ヘッツェルやクリストなどの弦楽合奏の美しさは言うまでもないところであるが、何と言ってもレヴァインのピアノが素晴らしい。

筆者も、聴く前はその体躯を活かした大味な演奏をするのかと思っていたがさにあらず、繊細にして清澄な美しさに満ち溢れた情感豊かな演奏を披露してくれている。

前述の弦楽奏者との相性も抜群であり、ピアニストも含めた各奏者の息の合った絶妙のハーモニーの美しさにおいては、同曲の他の名演にもいささかも引けを取っていない素晴らしい名演と高く評価したい。

弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」は、いかにもハーゲン弦楽四重奏団ならではの情感豊かな演奏であるが、同曲特有の劇的でドラマティックな表現においてもいささかの不足はない。

音質は、従来盤でも十分に満足できる高音質であったが、今般のSHM−CD化によって音質はピアノのタッチや弦楽の弓使いまでがさらに鮮明に再現されるようになったところであり、音場も若干ではあるが幅広くなったように思われる。

いずれにしても、このようなシューベルトによる室内楽曲の名演を、SHM−CDによる高音質で(しかも81分も!)、味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2012年07月20日


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レヴァインのブラームスは、ドイツの伝統的な様式から脱却した新しい表現といえるが、半面表情がまだ熟していない感が強く、音楽が自然に流れないのが気になる。

第2番が最も優れており、レヴァインのオペラ指揮者としての才能が示され、この曲特有の明朗な旋律がしなやかに歌われている。

そこに新しいロマンティシズムの胎動を感じさせるのも興味深い。

第3番は劇性がやや表面的に把握されており、そのため両端楽章は味わいに乏しい。

第4番は情熱的な表現で音自体のリアルは迫力があり、若々しく活気に満ちあふれていて好感のもてる演奏だが、現在のレヴァインであれば、さらに豊かな内容をこの曲から引き出すに違いない。

「ドイツ・レクイエム」は優れている。

レヴァインは曲の本質をとらえ、全曲をよく見通してしっかりと構成している。

合唱、オーケストラの音色もふさわしく、ティンパニと金管の扱いが実に巧い。

シカゴ響もここでは達者さを表面に出すことなく、内面からレヴァインの表現を受け止めている。

バトルが素直で美しい歌唱を聴かせ、ハーゲゴードも透明な美声で端正に歌っている。

同じく1983年に録音されたピアノ協奏曲第1番は名手アックスとの演奏。

これも見事なオケのサウンドと息の合った完璧なソロが聴きものだ。

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2011年03月02日


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オペラティックな面白さにあふれた、ある意味では大変分かりやすいワーグナー演奏。

つまりフルトヴェングラーの深遠な抒情やベームの凝集的表現の対極にある。

それはワーグナーの音楽の生命をもう一度自由な空間に解放しようとする試みだろう。

《ラインの黄金》の演奏は作品の持つドラマとしての内容と面白さを存分に描き、語り出すことをまず第一に指向している。

純音楽的角度から音の練磨や整理を目指すのでなく、実際に舞台で展開されるドラマをオペラティックに、雄弁に物語ろうとする姿勢だ。

テンポが遅いことも、様々なドラマの芽が次々に掲示されてゆくこの曲を、大変面白く聴かせる結果となっている。

歌手ではイェルザレムのよく考えられた性格表現に感心させられる。

《ワルキューレ》の録音では、特にレヴァインという指揮者の特性がはっきりと示されている。

しなやかで、しかも彼独特の粘りのある音の運びが、ワーグナーのオーケストレーションのテクスチュアを抒情的に、また壮大、勇壮に音を響かせながら、現代的なワーグナーの音像を展開してくれる。

ジェイムズ・モリスはこの役に必要な諸条件を具えた、1、2を争うヴォータン歌いだ。

レヴァインの明快でわかりやすい、しかもオペラティックな興趣にとんだ表現のおかげで、この《ジークフリート》の録音は彼の「リング」全曲の中でも特に成功した演奏になった。

歌手ではゴルトベルクのジークフリートが、旧態依然たるヘルデンテノールの域を出ていないのが残念だが、ツェドニクの名人芸、ヴォータンの人間性と神性の葛藤を歌に滲ませてゆくモリス、そしてベーレンスがとりわけすぐれた歌唱を聴かせる。

《神々のたそがれ》では、レヴァインのオペラティックで感興豊かな語り上手の部分が、壮大な叙事詩の内容と一致した傑出した出来栄えだ。

音の響きそのものが尋常ならぬ美しさに満ち、自ずからドラマを語り出し、滔々と流れていくさまは壮観であり、説得力がある。

配役ではドラマの進展と諸相をあますところなく表現して素晴らしいベーレンスを筆頭に、ステューダー、サルミネン、ヴァイクルが成功している。

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2010年12月01日


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モーツァルトの交響曲という以上に、古典派の名曲の中でも最も有名な2曲であるだけに、そのレコーディングの数も膨大なものがあり、1点を選ぶことは不可能とも言える。

その中であえて推すとするならば、レヴァイン指揮ウィーン・フィルによる1989年の録音ということになるだろう。

レヴァインの豊かな感受性と清新な音楽性が特筆される演奏だ。

ウィーン・フィルの音の輝きを率直に生かすことによって、音楽は雰囲気と動感の美しさを両立させ、香り高い音楽を作る。

第40番はその好例で、この曲がこれほど明晰に、かつ豊麗に歌われることは滅多にない。

第2楽章のレガートと弱音の魅力はまさに声楽的といえるほどで、むろん造形の崩れもない。

第41番「ジュピター」もレヴァインの特性が最良の形で示された名演である。

基本的にオーソドックスなスタイルによるものであるが、構成的にもきわめて明快にとらえられており、オーケストラもまた、その個性的な音色をいかしながら、充分にその要求にこたえている。

伝統あるウィーン・フィルによって初めてのモーツァルトの交響曲の全曲録音が、レヴァインに託されたということも、それを一面から裏づけていると言えよう。

そこには、古今の演奏スタイルから得た考えぬかれた解釈の集積があり、しかも、現代に生きる音楽家としての活力と躍動感もある。

そしてそうした中で、レヴァイン特有のリリシズムがいかされているのも魅力である。

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2010年11月14日


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レヴァインがまだ30歳半ばにあった頃の録音である。

1970年代はレヴァイン飛躍の時代であり、マーラーを筆頭にブラームス、シューマンの交響曲全集などもリリース、すっかり時の人となった。

ことにマーラー録音では、レヴァインは過去の慣習やしがらみから作品を解き放ち、純粋に管弦楽曲、オーケストラ曲として見据えた解釈で聴き手を新しい感動に誘い、驚かせた。

ことにここに収められた2曲は色鮮やかで、健康的であり、眼前で展開されるパノラマのような音響世界が今なお画期的だ。

レヴァインは曲の本質を素手でつかみ、思い切り生々しく聴く者の心にぶつけてくる。

共感と自信にあふれきった傑作だ。

レヴァインのマーラーは、現代的なシャープな感覚美に貫かれており、分析的である反面、オーケストラをのびのびと歌わせ、強い推進力と躍動感をもって曲を進めていくので、ヒューマンなあたたかさがみなぎる。

この「巨人」と「悲劇的」もその例にもれず、かなりの自己主張をしているものの、音楽的には手作りの素朴さのようなものを残している。

いかにもアメリカ人らしい楽天性と解放感をもったマーラーで、演奏全体はまろやかな感触で水平によく流れ、特に抒情的な部分は極めて美しい。

やや楽天的かもしれないが、マーラー作品がもつオーケストラ音楽の王道としての魅力をこれほどまでに堂々と、しかも華麗に堪能させてくれる演奏は他にない。

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2010年11月12日


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レヴァインはシカゴ響の実力を最高度に発揮させており、ことに《オケ・コン》ではオケのソリストたちの活躍が素晴らしく、第1楽章の金管の響きや第3楽章の輝かしさは息をのむほど見事。

《弦・チェレ》では主題をきわめてリリカルに扱い、特に抒情性が強い。

2曲とも交響的であると同時に、ひとつのドラマを思わせるような起伏と躍動感があり、このような感興をもたらした演奏は他にないといってもよいだろう。

レヴァインは、生まれつきの劇場指揮者だと思う。だからどのような作品からも、ドラマを抉り出して止まない。

そしてまた、音楽のダイナミック・レンジが、途方もなく広いのも特色になっている。

特に《弦・チェレ》の第3楽章など、肺腑を抉られるような悲痛さが感じられる。

その点《オケ・コン》の方は、レヴァインのアプローチが幾分生真面目で、もう少し天衣無縫さがあれば、理想に近い名演になっていただろう。

広大なダイナミック・レンジに加えて、シカゴ響の超絶技巧のアンサンブルに支えられているので、演奏の豪快さはこの上もない。

レヴァインはバルトークの大規模な作品の中で、最も親しみやすく明るい(?)と考えられているこの作品に数々の名演奏を残してきたシカゴ響を率いて、全く異なった《オケコン》像を提示した。

確かに「楽しい」部分は楽しくやっている、ようではあるのだけれども、過度な管弦楽の効果に頼ることなく、また、ソロ・パッセージが与えられたパートの力量に頼りすぎることなく、より男性的な彫塑を試み、成功しているように思われる。

この作品がバルトークにとっての交響曲であることを認識させてくれる名盤。

やはりバルトークのこの2曲は、昔からシカゴ響の十八番的な名曲になっているのだろう。

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2010年06月26日


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レヴァイン初のベルリオーズ録音。ベルリン・フィルもこれらの曲の録音はおそらく初めて。

それも独唱、合唱の入った劇的な作品だけに、オペラに巧みな手腕を発揮するこの指揮者の力量が余すところなく示されている。

しかもオーケストラがベルリン・フィルだけに、その名技性を存分に生かし、躍動感に富んだ輝かしい表現が達成されている。

そのぶんフランス的な雰囲気は少なくなっているが、むしろそのインターナショナルな表現が大きな魅力になっているとさえ言える。

レヴァインは序奏から見事なアンサンブルを作り、速めのテンポと端的な表情で、トスカニーニを思わせる明晰さをもって南欧の雰囲気を漂わせる。

オペラの指揮で鍛えた劇的な表現力が実に効果的だ。

フォン・オッターをはじめとする独唱陣も素晴らしく、合唱も高水準で充実していてこの愛のドラマを生き生きとしたものにしている。

オッターの魅力的な声で一分の隙もない名唱を添えたことにより、さらに輝かしい表現となった。

余白に収められたオッターの歌う歌曲集《夏の歌》も、豊かな陰影を表出し、好演。

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2010年05月02日


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レヴァインは天下のベルリン・フィルを駆使して、交響曲としてのプロポーションを明らかにした、古典的な構成感を打ち出した最上級の演奏といえる。

レヴァインは、作品を客観的に捉えた、壮麗な建築物でも見るような演奏を聴かせている。

ゆとりのあるテンポと幅広いダイナミックレンジをもった恰幅の良い演奏で、常にヒューマンな味わいが感じられる。

演奏全体に積極性が感じられ、激しい高揚感とドラマティックな気迫があるし、ベルリン・フィルの機能性も遺憾なく発揮された、堂々として壮麗な演奏である。

レヴァインの指揮は、古典的様式感に、ロマンティックな感情の高揚をバランスさせて、見事な様式美を見せている。

第1楽章はメリハリに富み、雄大で、精密さと線の太さが共存している。

第2楽章のアンサンブルも素晴らしい。

最後の部分ではオルガンの壮麗な響き、主題のチャーミングで堂々とした響きもレヴァインならではのもの。

ベルリン・フィルの豊麗な響きのおかげもあって、外面的効果の点では他に並ぶものがなく、特に最終部分の盛り上げ方は圧倒的。

「魔法使いの弟子」も精緻な表現がつくられており、滅多にない秀演である。

いずれの曲もデュトワに比べるとよりインターナショナルな表現で、硬派のイメージが強いが、多くのファンに受け入れられるのはこうした演奏なのかもしれない。

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2010年02月08日


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パールマンとレヴァインという同一世代の顔合わせで演奏様式の統一がはかられ、素晴らしい演奏になっている。

パールマンとレヴァインはほぼ同世代にアメリカに育った音楽家で、どこか共通の気質を持っており、それがモーツァルトの音楽の底に流れる個性と一致して、見事な演奏を生み出している。

モーツァルトの音楽のもつ優美な趣を、完全に身につけているウィーン・フィルのバックだけに、パールマンは思い切って自分の音楽をつくりあげ、流麗に弾きあげている。

パールマンはグリュミオー同様、すこぶる美麗な音色の持ち主で、それに加え曲想の変化を巧みにつかみ、微妙に音色を変化させている。

パールマンの美しい音、それは単に感覚的な美しさだけでなく、緻密な音質と滑らかな響きをもつ。

音色が感情の動きに応じて変化し、演奏も自然な流れの中で細かく変化する。

パールマンは一分の隙もないと同時に、余裕が十分あり、それが演奏に豊かな、落ち着いたムードを与えている。

ここでは、あざやかなテクニックとともに、そうしたこまやかな音楽づくりも見事で、モーツァルトの演奏家として高い評価を得ているレヴァインの好伴奏に支えられ、のびのびと、活気をもって表現しているのがよい。

レヴァインの指揮はすっきりまとめており、オケの柔らかな響きを生かして、力とエネルギーを引き出している。

明確なフレージングで、かなり引き締まった演奏をしているが、堅さは少しもない。

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2009年07月23日


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この曲の若々しさと、エネルギッシュな精力を感じさせる演奏としては、レヴァイン指揮シカゴ響が素晴らしい。

きわめて現代的な感覚の、すこぶる明るく切れ味のよい演奏で、これほど開放的で陽気な表現というのも、珍しい。

中世の猥雑さや、原始的な生命の謳歌とは別の、底抜けに明るく華麗な音の渦巻きと、若さのリズムの絶え間ない繰り返しによって積み重ねられるエネルギーの噴出が、ここに青春を歌いあげている。

こういう解釈の「カルミナ・ブラーナ」があってもいい。レヴァイン会心の演奏だろう。

レヴァインはオペラの指揮者として定評があるだけに、劇的な盛り上げが実にうまく、全体を大きな放物線で、ひとつのドラマのように捉えている。

独唱者のアンダーソン(S)、クリーチ(T)、ヴァイクル(Br)なども、現役バリバリの一級の歌い手で、きわめて表情豊かな歌唱が魅力となっている。

ことにアンダーソンの第23曲など絶品だ。ヴァイクルの、のびやかで屈託のない表情もいい。

合唱、独唱ともに乗りに乗った熱っぽい歌唱で光っており、それよりも、さらに魅力的なのはオーケストラのうまさだ。

シカゴ響のダイナミックな演奏は、特筆大書されてしかるべきで、その絶妙なオスティナートの効果は最高といえよう。

その艶やかで輝かしい音色は、シカゴ響ならではのもので、ことに打楽器群と金管楽器群は、唖然とするほど見事である。

録音も、各楽器が鮮明にとらえられていて自然だ。

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2009年07月22日


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レヴァイン指揮シカゴ響による、実に透明感のある素晴らしい演奏を挙げておきたい。

レヴァインはこの曲の劇的な要素を的確につかみ、さらに絶妙のテンポ感で全体を流麗に流し、シューベルト固有の旋律を存分に歌わせている。

それにシカゴ響のアンサンブルがまた実に素晴らしく、弦の完璧ともいえるアンサンブルに乗って管楽器がうまくソロで点描的に飾ってゆく。

ダイナミックスも若々しく迫力があり、しかも決して野蛮になることなく、デリケートな心理の綾も緻密に表現して余すところがない。

レヴァインはシカゴ響の細かい響きを生かし、本物のシューベルティアンの心をも捉えずにはおかない天与の音楽性を充分に発揮している。

リズムの流動性、各パート間のバランスやデュナーミクの配分、旋律線の表現もまったく自然だ。

どの楽章も、シューベルトのもつ旋律美にあふれ、シカゴ響も細やかなニュアンスを見事に再現していて、聴かせる。

退屈になることの多い第2楽章でも、シカゴ響はレヴァインのちょっとしたルバートに鋭敏に応えて、絶妙な歌謡性をつくり出す。

そして全体に歌にあふれていて、恰幅がよく響きが豊麗で迫力がある。

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2009年06月28日


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全体に構成が緻密で、なかなかよく考えられた演奏。現役盤では最も優れた演奏として推薦できる。

レヴァインはウィーン・フィルの響きと表現力をくっきりと生かして、爽やかに劇性にとんだ表現をつくっており、完成度が高い。

ややボヘミアの土の匂いには乏しいが、語り口のうまい演奏で仕上がりもきれいだ。

レヴァインはオーケストラを存分にドライヴし、ウィーン・フィルもその棒によく応えている。

レヴァインはオペラで鍛えた劇的なセンスで、これらの交響詩集を実に巧妙に語り尽くしている。

伝説を主題にしたもの、風物を主題としたもの、それぞれに最も適切なアプローチを聴かせ、特に「モルダウ」における、各場面の推移と情景描写の巧みさは、彼の独壇場といえるだろう。

また「ターボル」とか「ブラニーク」のような伝説上の出来事を描いた曲では、その劇的な性格を見事に把握して、一遍の叙事詩のように語り尽くしている。

そして「ヴィシェフラト」では、じっくりと歌い込んでこの曲のノスタルジックな一面を見事に描き上げている。

全体的にはかなりドラマティックでスケールの大きいものとなっているが、オペラでの劇的な構想に対する蓄積と、その一面で常に要求されている客観性がここでもはっきりと生かされている。

慣用版に必要な変更を加えての演奏だが、オーケストラにまったく妥協をみせないほど自信ににみちた演奏を聴かせるレヴァインは、それでも、決してウィーン・フィルのもつ性格や機能を弱めていない。

ドラマティックでスケールの大きい熱演が聴ける。

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2009年06月03日


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レヴァインが新進気鋭だった1974年から取り組み、第2&8番は未収録に終わった全集の第4弾、フィラデルフィア管弦楽団との初顔合わせ録音だった。

「第5」はレヴァインのマーラー演奏の本質を最もよくあらわしているが、けっして表面的なものではなく、すばらしい緻密さと豊潤さを保ちながら、しかも、抒情性や情感、虚無感なども過不足なく表現している。

レヴァインのマーラーは、他のユダヤ系演奏家による粘っこいものとは違い、表面はややさらりとして明るいが、音そのものは恐ろしく緻密に磨き抜かれている。

醒めた現代人らしい解釈で、スコアをとことん追い込んで、しかも類稀な美しい効果を発揮している。

レヴァインにとってマーラーの交響曲は、思い入れの対象でも何でもなく、ただ従来から存在する歴史的な名曲のひとつに過ぎないのであろう。

フィラデルフィア管弦楽団という名人集団を自在に操って、マーラーのスコアを容赦なく音に翻訳し、あるがままの姿を聴き手に提示している。

フィラデルフィア管という名人オケを振っているということもあって、フォルティッシモでも少しもうるさくならず、また弱音もどこかスマート。

それでいて、この曲のもつ一種の崩壊感のようなものは過不足なく伝えている。

名演というべきで、ここから何を感じ取るかは、聴く者ひとりひとりのイマジネーションであろう。

ヴィルトゥオーゾ・オーケストラの輝かしい表現力も、レヴァインが求める音楽と響きのために最大限に奉仕しているようだ。

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2008年12月05日


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1983年6月にライヴ録音で一気に完成されたブレンデルの3度目の全集で、新ベートーヴェン全集に基づく初録音として話題になった。

知性派ピアニストとして知られるブレンデルは、実演だからといってことさら肩怒らせたり、熱くなることはないが、その演奏には、やはり独特の感興ゆたかな表現と爽やかな緊張感がある。

ブレンデルのソロは気力が充実し、全体に抑制がきいていて、ひとつひとつのタッチが明確に、知的な清潔さを伴っており、しかも繊細な感情が息づいている。

演奏全体は細かな起伏をおいて進行するが、造形が明確なので、少しもベトつかない。

しかも、ブレンデルらしくあくまで誠実に読みこんだ演奏は、明快なスケールと確かな構成感をもって、ベートーヴェンの協奏曲の威容と深い内容を巨細に明らかにしている。

しなやかに強く美しい芯をもった音も見事で、細部まで明晰で彫りの深い表現に美しい陰影を添えているし、絶妙なコントロールの行き届いた演奏は立体的で、いかにもパースペクティヴが良い。

解釈も正統的であるという確信に裏づけられた大家の余裕があり、その成熟には瞠目すべきものがある。

バックも充実した力演で応えており、シカゴ交響楽団の充実した響きと卓抜な表現力を明快な指揮で生かしたレヴァインの指揮も、とても爽やかな生命感にとんでおり、この演奏をいっそう手応えの確かなものにしている。

初期の2曲とも非常な名演であるが、特に第1番は何度聴いても絶品と言える出来だ。

特にブレンデルのタッチはゾッとするほど美しいし、軽やかなテンポと小気味のよいリズム、敏感、繊細な進行は驚嘆に値する。

第2番でも第1楽章の天国的な美しさなど忘れられない。

レヴァインの指揮も最高で、ブレンデルに負けないくらい、表情や響きの1つ1つに意味をもたせている。

ブレンデル&レヴァインによる全集の中では第1番の演奏が最も凄く、次いで第3番、第4番が優れている。

第3番は冒頭から激しい決意を示し、楽譜の読みも驚くほど深い。

レヴァインの指揮も、まるで絶好調時のベームのようだ。

第4番も同様で、ブレンデルは自分の思うがままの音楽を、誰に遠慮することなくやりとげている。

レヴァインの意味深い指揮も曲のもつ奥深さをあますところなく表現している。

「皇帝」は極めて思索的、知的な表現であると同時に、音楽には溢れんばかりの生命力が躍動する。

レヴァインとの呼吸もピッタリで、ブレンデルの成熟ぶりを明確に示す名演と言える。

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2008年11月29日


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1985年のバイロイト音楽祭ライヴ。

レヴァインのフィリップスへの初録音で、ワーグナーもレコードはこれが初めてだった。

レヴァインの「パルジファル」はこのバイロイトでの録音のほかに、1990年代に入ってメトを指揮したCDとDVDがある。

どれもこの作品のオペラとしての面白さや感動を見事に引き出して聴かせるが、マイアーのきわめつきのクンドリが聴けるのがこれ。

レヴァインの演奏を一口でいうなら、この音楽劇のもつオペラティックな美と魅力を、大きく、豊かに、雄弁に、生き生きと語り出したもの、といえる。

1つ1つの音が実に豊かなファンタジーとイマジネーションを喚起していくような演奏であり、これまでの他の指揮者に聴かれなかったような「パルジファル」だといってよい。

レヴァインは、クナッパーツブッシュ的な神秘性を望んだのかもしれない。

遅い運びのうちに、堂々とした全曲があらわれる。

でも神秘のヴェールはなく、明るい光に照らされている。

歌手では、ホフマンがようやくワーグナー歌手としての円熟に到達したような好演を聴かせるほか、マイアーのクンドリが素晴らしい。

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2008年06月06日


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チャイコフスキーは、生涯にいくつかのオペラを作曲しているが、そのうちで最も名高いのが、ロシアの文豪プーシキンの小説をもとにしたこの「エフゲニー・オネーギン」である。

この演奏はレヴァインとドレスデン国立管弦楽団の初顔合わせで、ロシア・オペラもこれが初録音。

指揮者とオーケストラ、コーラス、それに歌手たちの組み合わせが新鮮で、そこからすこぶる充実したオペラが生まれている。

まずドラマティックで迫力のあるレヴァインの指揮が素晴らしい。

彼はこのオペラと音楽の抒情と詩的詠嘆の中に心底から共感し、それを彫りの深い表現に変えることに成功している。

そして当たり役のタチャーナを歌うフレーニが、何よりも素晴らしい。

フレーニは豊麗な美声とこまやかな感情で、見事なタチャーナを表出している。

彼女は、可憐で純情な少女から、気高く落ち着きのあるグレーミン公爵夫人への変貌を、ものの見事に演じきっており、その表現力の見事さには舌を巻く。

その他の独唱陣では、レンスキーのシコフがみずみずしく適役だが、あとはやや弱い。

特筆すべきは録音で、これ以上望めないほど音質がよい。

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2008年02月21日


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レヴァインの棒が冴えていて素晴らしい。

ダイナミックで、しかも妖しいムードの「火星」、細心の神経で平和な表情をまとめた「金星」、オペラ畑の指揮者らしく、中間部のメロディを心ゆくまで歌わせた「木星」、という具合にその演出力は卓抜である。

しかしそれ以上に驚嘆させられたのはオーケストラの威力で、美麗な弦の響きもさることながら、空気を引き裂くような金管の音も凄い。

古来、この曲はイギリス、そしてアメリカの指揮者たちが得意とし、また録音を繰り返してきた歴史がある。

バーンスタイン亡き後のアメリカ楽壇の牽引車レヴァインは、世界屈指のヴィルトゥオーゾ・オーケストラ、シカゴ交響楽団と録音し、絢爛たる音のスペクタクルのような「惑星」を世に送り出した。

それはイギリスの指揮者が聴かせる知的様式美とも、アメリカの指揮者たちが聴かせてきた多彩なショウのような演奏とも異なる。

それは真のヴィルトゥオーゾ・オーケストラのみが切り開くことのできるオーケストラ音楽の醍醐味を堪能させる演奏であり、感動の領域を新しいページへと一歩も二歩も進めた快演と言ってよいであろう。

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