マタチッチ

2015年06月06日


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マタチッチ&NHK交響楽団による1984年のブルックナーの交響曲第8番のライヴ録音は、歴史的な超名演とされているものの、数年前までは既発CDの音質がとても良好なものとは言い難いことから、一部の音楽ファンを除いてはなかなか愛聴盤の地位を獲得するのは困難であった。

ところが、2010年3月に先ずはBlu-spec-CD化が図られ、見違えるような良好な音質に生まれ変わったことから、本名演のグレードは大きくアップすることになった。

次いで、同年の秋には待望のXRCD化が図られ、Blu-spec-CD盤ではいささか線の細さを感じさせた音質が強靭なものとなり、筆者としては、当該XRCD盤こそが、本演奏の決定盤として長く愛聴していくべき存在であると考えていたところである。

ところが、それからあまり時間を置かずに、ついに究極の高音質化とも言うべきシングルレイヤーによるSACD化が図られることになった。

ブルックナーの交響曲のファンであれば、おそらくは、既にBlu-spec-CD盤やXRCD盤を購入していると思われることから、本SACD盤を購入するのは、財政的な面からいささか気が引けるところであるが、本演奏の歴史的な価値からすると、そのようなことを言っている訳にはいかないところだ。

確かに、音質は素晴らしい。

XRCD盤よりも更に各楽器が明瞭に分離して聴こえるなど、おそらくは現在望み得る最高の高音質に仕上がっていると言っても過言ではあるまい。

数年前まで、あまりのデッドで音場の拡がらなさに辟易としていたことに鑑みれば、まさに隔世の感があると言えるだろう。

ただ、このように段階的に音質の向上を図るやり方には、メーカー側の金儲け目的が色濃く出ており、そうしたメーカー側の姿勢にはこの場を借りて疑問を呈しておきたい(高音質化への不断の努力は評価するが)。

マタチッチは、偉大なブルックナー指揮者であった。

1990年代に入って、ヴァントや朝比奈が超絶的な名演の数々を生み出すようになったが、1980年代においては、まだまだブルックナーの交響曲の名演というのは数少ない時代であったのだ。

そのような時代にあって、マタチッチは、1960年代にシューリヒトが鬼籍に入った後は、ヨッフムと並ぶ最高のブルックナー指揮者であった。

しかしながら、これは我が国における評価であって、本場ヨーロッパでは、ヨッフムはブルックナーの権威として広く認知されていたが、マタチッチはきわめてマイナーな存在であったと言わざるを得ない。

それは、CD化された録音の点数を見れば一目瞭然であり、ヨッフムは2度にわたる全集のほか、ライヴ録音など数多くの演奏が発掘されている状況にある。

これに対して、マタチッチは、チェコ・フィルとの第5番(1970年)、第7番(1967年)及び第9番(1980年)、スロヴァキア・フィルとの第7番(1984年)やウィーン響との第9番(1983年)、あとはフィルハーモニア管弦楽団との第3番(1983年)及び第4番(1954年)、フランス国立管弦楽団との第5番(1979年)のライヴ録音がわずかに発売されている程度だ。

ところが、我が国においては、マタチッチはNHK交響楽団の名誉指揮者に就任して以降、ブルックナーの交響曲を何度もコンサートで取り上げ、数々の名演を成し遂げてきた。

そのうち、いくつかの名演は、アルトゥスレーベルにおいてCD化(第5番(1967年)、第7番(1969年)及び第8番(1975年))されているのは記憶に新しいところだ。

このように、マタチッチが精神的な芸術が評価される素地が未だ残っているとして我が国を深く愛して来日を繰り返し、他方、NHK交響楽団もマタチッチを崇拝し、素晴らしい名演の数々を成し遂げてくれたことが、我が国におけるマタチッチのブルックナー指揮者としての高い評価に繋がっていることは間違いあるまい。

そのようなマタチッチが、NHK交響楽団とともに成し遂げたブルックナーの交響曲の数々の名演の中でも、特に伝説的な名演と語り伝えられてきたのが本盤に収められた第8番だ。

本演奏におけるマタチッチのアプローチは、1990年代以降通説となった荘重なインテンポによる演奏ではない。

むしろ、速めのテンポであり、そのテンポも頻繁に変化させたり、アッチェレランドを駆使したりするなど、ベートーヴェン風のドラマティックな要素にも事欠かない演奏となっている。

それでいて、全体の造型はいささかも弛緩することなく、雄渾なスケールを失っていないのは、マタチッチがブルックナーの本質をしっかりと鷲掴みにしているからにほかならない。

このようなマタチッチの渾身の指揮に対して、壮絶な名演奏で応えたNHK交響楽団の好パフォーマンスも見事というほかはない。

いずれにしても、本演奏は、1980年代以前のブルックナーの交響曲第8番の演奏の中では、間違いなくトップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

それは本SACD盤を聴いてもいささかも変わることはない。

いずれにしても、今般のシングルレイヤーによるSACD化を機に、更に多くの聴き手が本演奏の素晴らしさに接することに繋がることを大いに期待したい。

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2015年04月05日


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ブルックナーの交響曲の演奏スタイルは、1990年代以降に成し遂げられたヴァントや朝比奈による神がかり的な超名演の数々によって確立されたとも言えるところであるが、それ以前において、ブルックナーの交響曲の名演を成し遂げていた代表的な指揮者と言えば、シューリヒトやマタチッチと言えるのではないだろうか。

マタチッチによるブルックナーの交響曲演奏は、様々なレーベルによって発売されているが、現時点では、第3番、第4番、第5番、第7番、第8番、第9番の6曲が遺されているところだ。

NHK交響楽団とのライヴ録音の数々は、最晩年(1984年)の第8番を含め、極めて優れたものであるが、スタジオ録音ということであれば、チェコ・フィルとの第7番が名高い存在である。

マタチッチは、チェコ・フィルとともに、第7番のほか、第5番をスタジオ録音、そして本盤に収められた第9番をライヴ録音しているが、最良の名演は、何と言っても、第7番、とりわけその第1楽章及び第2楽章であると言えるところだ。

第9番については、マタチッチは、本盤に収められたチェコ・フィルとの演奏のほか、ウィーン交響楽団(1983年)とともに行ったライヴ録音も遺されており、演奏の質においては甲乙付け難い存在であるが、オーケストラの力量からすれば、本盤のチェコ・フィルとの演奏に軍配をあげるべきであろう。

本盤の演奏は、マタチッチの巨大な体躯を思わせるような豪快そのもの。

ブラスセクションなども無機的になる寸前に至るまで最強奏させるなど、その迫力満点の強靭な演奏ぶりには度肝を抜かれるほどである。

テンポの振幅については随所に施しているものの、比較的常識的な範囲におさめている。

その意味では、1990年代になってヴァントや朝比奈が確立した、いわゆるインテンポを基調とした演奏スタイルに限りなく近い性格を有しているとも言えるが、前述のブラスセクションの最強奏などが極めて印象的であり、ドラマティックな要素を多分に有した演奏であるとも言えるところだ。

したがって、聴き手によっては抵抗感を覚える人もいるとは思われるが、それでも、演奏全体に漲っている熱き情感と根源的な力強さは圧倒的であり、チェコ・フィルの優秀な力量とも相俟って、本演奏の当時としてはブルックナーの交響曲の一面を描出した見事な演奏に仕上がっていると言えるのではないだろうか。

さすがに、シューリヒト&ウィーン・フィルによる超名演(1961年)ほどの高みに達しているとは言い難いが、筆者としては、マタチッチの偉大な才能、そしてブルックナーへの適性があらわれた素晴らしい名演と高く評価したいと考える。

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2014年10月24日


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作曲をする指揮者というのは、現代では少数派と言えるのではないか。

かつての指揮者は、1つのオーケストラにとどまることが多かったが、現代では、世界中を飛び回って数多くのコンサートを指揮しなければならないというきわめて繁忙な状況にあり、とても作曲にまでは手が回らないというのが実情ではないだろうか。

現役の指揮者ではスクロヴァチェフスキやマゼール、ブーレーズなどが掲げられるが、それ以外の指揮者は、作曲はできるのかもしれないが、作曲をしているという話自体がほとんど聞こえてこないところだ。

少し前の時代に遡ってみれば、バーンスタインやブリテンがいたし、更に、マタチッチよりも前の世代になると、クレンペラーやフルトヴェングラー、マルティノンなど、いわゆる大指揮者と称される者が目白押しである。

もちろん、現在では、作曲家としての認知が一般的なマーラーやR・シュトラウスも、当時を代表する大指揮者であったことに鑑みれば、かつては、指揮者イコール作曲家というのは、むしろごく自然のことであったと言えるのかもしれない。

ただし、昨今の指揮者兼作曲家が作曲した楽曲が名作と言えるかどうかは議論の余地があるところであり、マーラーやR・シュトラウスなどはさすがに別格ではあるが、前述の指揮者の中で、広く世に知られた名作を遺したのは、大作曲家でもあったブリテンを除けば、ウェストサイドストーリーなどで有名なバーンスタインだけではないかとも考えられる。

マタチッチも、そのような作曲をする指揮者の1人であるが、その作品が広く世に知られているとは到底言い難い。

ヨーロッパでは二流の指揮者の扱いを受けていたマタチッチは、自作を演奏する機会などなかなか巡って来なかったのではないかと考えられるが、マタチッチが、最後の来日の際の条件として、自作の対決の交響曲の演奏を掲げたことも、そうしたマタチッチのヨーロッパでの不遇のあらわれと言えるのかもしれない。

対決の交響曲は、筆者も本CDで初めて耳にする楽曲であり、加えて既発CDも持っていないので、今般のBlu-spec-CDとの音質の比較をすることもなかなかに困難である。

ただ、従来CDではなく、Blu-spec-CDであるということで、音質が非常に鮮明であるということは十分に理解できるところであり、その結果、マタチッチの手による対決の交響曲が、細部に至るまで鮮明に表現されているということについては、本CDは十分に評価に値すると言えるのではないか。

対決の交響曲は、現代音楽特有のいささか複雑な楽想や構成、不協和音なども散見されるものの、比較的親しみやすい旋律も随所に満載であり、この作品を名作と評価するにはいささか躊躇するが、マタチッチという大指揮者の作曲家としての力量やその芸術の神髄を味わうことができるという意味においては、意義の大きい名CDと高く評価したいと考える。

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2014年10月14日


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1967年11月25日 新潟県民会館に於けるライヴ録音。

昭和39年の新潟地震で全国から寄せられた義援金で建てられた新潟県民会館、そのこけら落としとして震災からの復興を祈念するコンサートの貴重な録音。

中越地震、中越沖地震と続いている新潟の復興を考えるとき、施しのバラマキや偏狭な現場保存パーク、すぐ忘れられてしまう前衛芸術モニュメント設置など比べて、あの時代の謙虚さ、暖かさを感じる、意味深い1枚である。

メインの「田園」は、荒削りだが重厚な響きとおおらかな歌心が、民芸品の木彫りの熊や円空仏を思わせる温かみを感じさせる。

それにしても何と重厚で人間味に溢れた「田園」であろうか。

独墺系の作品との抜群の相性をみせる巨匠特有のずっしりとした骨太の響きが大きな魅力となっており、いっぽう第2、3楽章での弾むような軽みには粋を感じさせる。

低弦のうなり、第2楽章での主題の歌わせ方は速いスピードながら輪郭線がくっきりと鮮やかで、強弱をつけながら存分に歌う音楽が聴き手の心を弾ませる。

田舎でのバカンスを楽しむのんびりタイプや、スポーツカーで吹っ飛ばすような快速演奏タイプなどとは異なり、あたかも「農耕機で田んぼを耕しながら見ている」土着の田園、という趣。

形も不揃いな流木を組み合わせて作られたログハウスみたいな外観だが、一見ささくれだったようなその木肌に近寄ってみると、その表面は人為的でない自然の奇蹟の力によるかのような光沢を放っており、なんか容易に触れてはいけないのではないか、と思わせてしまう雰囲気である。

テンポは遅くはないが(終楽章はかなり速い)、ずっしりと重く、自然を讃えるよりも、粗野な人間の味がする。

レオノーレ、マイスタージンガーの2曲は、堂々たるドイツ風な威容のある、いかにもマタチッチらしい武骨で風格に満ちた輝かしい演奏。

この指揮者の当シリーズを聴いて、常に思うが、当時の日本のオケからこれだけの響きを引き出せることに感心することしきりで、今の世にこの重量感を出せる指揮者がいないのが寂しい気がする。

このCDですばらしいのはライナーノーツだ。

それは指揮者北原幸男による「マタチッチ先生の最後の来日のために」と題されたエッセイである。

当時マタチッチと近しい関係にあった北原氏が、N響事務局に依頼され、定期演奏会招聘の交渉のため、旧ユーゴスラヴィアのマタチッチの自宅を訪問する。

アドリア海に面した大邸宅での会談の様子、夫人とのエピソードなどが記されている。

晩年彼が「忽然と」N響の指揮台に現れたのはこんないきさつがあったのか、と納得させられる文章である。

巨人の手すさびとも言えるような「田園」、そしてアンコールで演奏された、豪快さが前面に出た「マイスタージンガー前奏曲」を聴きながら、大海に向かって悠々と巨躯を歩ませる愛すべき名指揮者の姿を思い浮かべた。

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2014年10月13日


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今から四半世紀以上も前のことであるが、NHK教育テレビにおいて、マタチッチ&NHK交響楽団によるベートーヴェンの「第7」を放送していたのを視聴した時のことを鮮明に記憶している。

それは、最晩年であったマタチッチがほとんど指揮をしていなかったということだ。

手の動きはきわめて慎ましやかであり、実際にはアイコンタクトだけで指揮していたと言えるのではないだろうか。

しかしながら、そうした殆ど動きがないマタチッチを指揮台に頂きながら、NHK交響楽団がそれこそ渾身の力を振り絞って力強い演奏を行っていたのがきわめて印象的であった。

いずれにしても、あのような手の動きを省略したきわめて慎ましやかな指揮で、NHK交響楽団に生命力溢れる壮絶な演奏をさせたマタチッチの巨匠性やカリスマ性を高く評価すべきであると考える。

当盤における「第7」でも、緊張感の中、エネルギーが爆発していくような演奏で、楽章が進むにつれてメンバーが熱を帯び、特にフィナーレではインパクトのある凄演が聴け、興奮度は高い。

当時(1960年代後半)のNHK交響楽団は、技量においては、我が国のオーケストラの中でトップと位置づけられていたが、演奏に熱がこもっていないとか、事なかれ主義の演奏をするとの批判が数多く寄せられていた。

そうした批評の是非はさておき、全盛期のマタチッチによるこのような豪演に鑑みれば、そのような批評もあながち否定できないのではないかと考えられる。

本盤には、そうした巨匠マタチッチと、その圧倒的なオーラの下で、渾身の演奏を繰り広げたNHK交響楽団による疾風怒濤の超名演が収められている。

NHK交響楽団も決してベストではなかったにしろ、ドイツ風の重厚な演奏を繰り広げ、それを補って余りある燃えに燃えた名演奏である。

NHK交響楽団は、その指揮者の個性を薄めてしまうというのが筆者のイメージだったが、マタチッチは別のようで、楽員との厚い信頼関係を感じさせる。

随所にマタチッチの個性が散りばめられており、なおかつCDのファーストチョイスとしてもなんら違和感のない名演で、ライヴでありながらこの完成度は驚異的と言える。

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凄い演奏だ。

冒頭から大地を揺るがすようなティンパニとNHK交響楽団ならではの重厚なサウンドに心奪われる。

ブラームスの「第1」は、NHK交響楽団にとっては得意のレパートリーとも言うべき楽曲である。

最近でこそ、デュトワやアシュケナージ、プレヴィンなどを音楽監督に迎え、フランス系やロシア系の音楽も十八番にしつつあるNHK交響楽団であるが、それ以前は、名誉指揮者であるサヴァリッシュやスウィトナー、ホルスト・シュタインなどのドイツ系の指揮者が幅を利かせ、ドイツ系の音楽を中心に演奏していたのである。

さらに前の時代のカイルベルトやシュヒターなども含め、ブラームスの「第1」は、それこそ自己薬籠中の楽曲と言っても過言ではなかったと考えられる。

実際に、サヴァリッシュなどによる同曲のCDも発売されているが、本マタチッチ盤はそもそも次元が異なる名演と高く評価したい。

ブラームスの「第1」としては全体的に速めのテンポで進められるが、音楽全体のスケールは極めて雄大である。

激しい所はより凄まじく、美しい所はより切々と、この強力な対比が恐ろしく大スケール。

マタチッチは、必ずしもインテンポには固執せずに、随所でテンポを変化させており、特に終楽章のアルペンホルンが登場する直前など、いささか芝居がかったような大見得を切る表現なども散見されるが、音楽全体の造型がいささかも弛緩しないのは、巨匠ならではの圧巻の至芸と言える。

NHK交響楽団も力の限りを振り絞って力奏しており、その圧倒的な生命力は切れば血が飛び出てくるほどの凄まじさだ。

当時は、力量はあっても事なかれ主義的な演奏をすることが多いと揶揄されていたNHK交響楽団であるが、本盤では、こうした力強い生命力といい、畳み掛けていくような集中力といい、実力以上のものを出し切っているような印象さえ受ける。

したがって、NHK交響楽団の渾身の演奏ぶりを褒めるべきであるが、それ以上に、NHK交響楽団にこれだけの鬼気迫る演奏をさせた最盛期の巨匠マタチッチのカリスマ性を高く評価すべきであると考える。

いずれにしても、本盤のブラームスの「第1」は、NHK交響楽団の同曲演奏史上においても、特筆すべき至高の名演と高く評価したい。

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2014年10月11日


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マタチッチによる1984年のN響ライヴのXRCD盤がついに発売される運びとなったのは慶賀に堪えない。

収録曲目は、ベートーヴェンの交響曲第2番及び第7番、そしてブルックナーの交響曲第8番であり、既に本年3月にBlu-spec-CD盤で発売されているのと同一の音源である。

Blu-spec-CD盤は、従来盤とは次元の異なる鮮明な高音質であり、十分に満足できるものであったが、本XRCD盤はやや大人しめの音質であったBlu-spec-CD盤よりも更に音圧が加わったところであり、まさに理想的な究極の音質に生まれ変わったと言える。

あらためて、XRCDの潜在能力の高さを認識した次第であり、マタチッチによる歴史的な超名演を望み得る最高の音質で味わうことができることになったことを大いに歓迎したいと考える。

演奏内容は、定評ある名演だ(既にBlu-spec-CD盤のレビューに記したところであり、詳しくはそちらを参照されたい)。

ブルックナーの交響曲第8番におけるマタチッチのアプローチは、1990年代以降ブルックナー演奏の主流となった荘重なインテンポによる演奏ではない。

むしろ、速めテンポであり、そのテンポも頻繁に変化させたり、アッチェレランドを駆使したりするなど、ベートーヴェン風のドラマティックな要素にも事欠かない演奏となっている。

それでいて、全体の造型はいささかも弛緩することなく、雄渾なスケールを失っていないのは、マタチッチがブルックナーの本質をしっかりと鷲掴みにしているからにほかならない。

このようなマタチッチの渾身の指揮に対して、壮絶な名演奏で応えたNHK交響楽団の好パフォーマンスも見事というほかはない。

いずれにしても、本演奏は、1980年代以前のブルックナーの交響曲第8番の演奏の中では、間違いなくトップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

また、ベートーヴェンの交響曲第2番及び第7番についても、渾身の大熱演と言える。

マタチッチの手の動きを殆ど排したアイコンタクトによる指揮の下、NHK交響楽団が生命力溢れる壮絶な演奏を繰り広げているのが極めて印象的である。

アンサンブルなどに若干の乱れはみられるが、これだけ堪能させてくれれば文句は言えまい。

スケールも雄渾の極みであり、聴き終えた後の高揚感や充足感には尋常ならざるものがある。

いずれにしても、巨匠マタチッチによる渾身の名演と高く評価したい。

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2014年05月16日


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マタチッチ&チェコ・フィルによるブルックナーの交響曲第7番(1967年)は、第3楽章や第4楽章に若干の問題はあるものの、演奏全体としては圧倒的な名演であった。

第7番がマタチッチの本領が発揮された名演であるのに対して、この第5番は、マタチッチにしてははっきり言ってイマイチの出来と言わざるを得ない。

第2楽章の終結部や終楽章の厚手のオーケストレーション、大幅なカットなど、シャルクによる悪名高い改訂版を使用しているというハンディもあるが、それ以上に、マタチッチの同曲へのアプローチが、ブルックナー演奏にしてはいささか芝居がかっていると言えるのではないか。

第1楽章や第3楽章の極端な快速テンポなど、どうしてそんなに性急なのかと考えてしまう。

特に、1990年代に入ってからは、朝比奈やヴァントによる至高の名演が登場したこともあり、そうした名演に慣れた耳からすると、本盤の解釈はいかにもわざとらしい印象を受けることになる。

第2楽章の中間部など、マタチッチならではの重厚にして美しい箇所も散見されるが、全体を俯瞰すればほとんど焼け石に水。

改訂版の使用も相俟って、あまりいい点数を与えることができない演奏と言うことができる。

同演奏については、数年前にXRCD盤が発売され、素晴らしい音質を誇っていたが、値段がいかにも高い。

Blu-spec-CD盤は、XRCD盤に迫る高音質を誇っており、費用対効果を考えると十分に推薦に値する。

そして、今般、究極の高音質CDでもあるシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤が発売される運びになった。

当該シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤は、これまでの既発のリマスタリングCDやBlu-spec-CD盤、XRCD盤とはそもそも次元が異なる極上の高音質であり、音質の鮮明さ、音圧、音場の広さのどれをとっても一級品の仕上がりであり、これだけの高音質になると、4000円台前半という価格も決して高いとは思えないとも言えるところだ。

そして、かかる高音質化によって、マタチッチのいささか荒っぽさを感じさせた演奏にも若干の潤いが感じられるようになったところである。

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2014年02月06日


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1982年1月15日/ウィーン、ムジークフェライン大ホールでのライヴ・ステレオ録音。

物凄くスケールの大きい、途轍もなく懐が深い『わが祖国』である。

テンポは遅く、最初の2曲は不器用ささえ感じさせるが、3曲目にはそういうことも気にならなくなってくる。

曲が進むにつれ、マタチッチが創り出すひびきの重量感、ものものしさ、スケールの大きさに圧倒される。

ヴァイオリンはむせるように歌うが、つねに深い苦味を湛えているのである。

全体が巨大なスケールで描き出され、テンポが遅く2枚組であるにも関わらず、6曲で1つの巨大な建造物であることがひしひしと伝わってくる。

「ブラニーク」の最後で1曲目の主題が折り重なってくるところなどは、対位法的に響くというより、撚り合わさってさらに巨大な何かにでもなろうとしてるかのようだ。

終結部では、この遅いテンポの中で、ティンパニ奏者が完全に老巨匠の手足となり完結する。

それに何という巨大さであろう。

マタチッチの人間の大きさ、芸術家としての巨きさが終始ものを言っている。

この連作交響詩で、これほど熱い感動を与えてくれたのは、クーベリック&チェコ・フィルの東京ライヴを聴いて以来だ。

有名な「モルダウ」のみならず、「高い城」「ターボル」といった熾烈な民族の歴史がうねりのように押し寄せてくる楽音では、マタチッチでこそ作品の本質がわかるとさえ思われた。

終曲「ブラニーク」の純音楽的な感興は圧巻で、そこでは細部のニュアンスも豊かであり、ヤン・フスの思い出が巨大な流れのなかに憩っているようだ。

マタチッチの『わが祖国』の録音はこのほかにNHK交響楽団との演奏もあり、オケの違い、年代の違いもあるが、N響盤よりどっしりとした落ち着いた演奏で、マタチッチらしい豪快さも兼ね備えている。

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2014年01月31日


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全盛期のリヒテルのピアノ演奏の凄さを味わうことができる1枚だ。

リヒテルのピアノは、何と言ってもそのスケールの雄大さが際立っている。

グリーグとシューマンのピアノ協奏曲をカップリングしたCDは数多く存在しているが、演奏のスケールの大きさにおいては、本演奏は随一と言っても過言ではあるまい。

かかるスケールの大きさはあたかもロシアの広大な悠久の大地を思わせるほどだ。

このような音楽の構えの大きさは、詩情の豊かさが勝負のシューマンのピアノ協奏曲においては若干の違和感を感じさせなくもないが、グリーグのピアノ協奏曲においては見事に功を奏していると言えるのではないだろうか。

また、その卓越した技量も特筆すべきものがあり、両演奏ともに強靭な打鍵から繊細なピアニッシモに至るまで桁外れの表現力の幅の広さを披露している。

各曲のトゥッティに向けての畳み掛けていくような気迫にも渾身の生命力が漲っており、その圧倒的な迫力は我々聴き手の度肝を抜くのに十分である。

こうした極大なスケールのリヒテルの力強いピアニズムに対して、マタチッチの指揮も一歩も引けを取っていない。

その巨大な体躯を生かしたかのような悠揚迫らぬ重厚な音楽は、リヒテルのピアノを効果的に下支えするとともに、スケールの雄大な本演奏に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

オーケストラは二流のモンテ・カルロ国立歌劇場管弦楽団であるが、ここではマタチッチの確かな統率の下、実力以上の名演奏を展開している。

いずれにしても、両演奏ともに素晴らしい名演であり、とりわけグリーグのピアノ協奏曲については、同曲演奏史上トップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

音質については、従来CD盤が今一つ冴えない音質であったが、HQCD化によってある程度は満足できる音質になるとともに、若干ではあるが音場が幅広くなったところであり、筆者としても当該HQCD盤をこれまで愛聴してきたところだ。

もっとも、抜本的な音質改善が図られたというわけではないので、リヒテル&マタチッチによる至高の超名演であることも考慮して、更なる高音質化を望んできたところであるが、今般、ついに待望のSACD化が行われることによって大変驚いた。

従来CD盤やHQCD盤とは次元が異なる見違えるような、そして1970年代のEMIによるスタジオ録音とは到底信じられないような鮮明な音質に生まれ変わったところであり、とりわけリヒテルのピアノタッチの一音一音が明瞭に分離して聴こえるのは殆ど驚異的ですらある。

もっとも、あまりにも鮮明過ぎて、モンテ・カルロ国立歌劇場管弦楽団のアンサンブルの粗さが若干明瞭になってしまったという欠点もあるが、これだけ堪能させてくれれば文句は言えまい。

いずれにしても、リヒテル、そしてマタチッチによる至高の超名演を、SACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年01月29日


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1965年、スラヴ・オペラの指揮者として初来日したマタチッチ。

当時日本では全く無名であった彼は、そのオペラ公演だけで日本の楽界を席捲し、NHK交響楽団をはじめとして多くの音楽家、音楽ファンの心を鷲掴みにした。

その後の度重なる来日でも、飾り気の無い音楽の真髄をとらえた雄大な演奏は、多くのファンを熱狂させ、忘れがたい名演を遺した。

巨匠と強い絆で結ばれたN響による風格溢れるワーグナーは、聴衆よりも先に、N響の楽員がマタチッチの音楽性にまいってしまったようだ。

プロずれがしていて、ややもすればことなかれ主義の演奏をするこのオーケストラが、マタチッチの指揮下では目の色を変えて情熱的な演奏を繰り広げたのである。

確かに一部には今日のN響にはない技術の問題が金管等に見出されるが、それを補って余りある、マタチッチの解釈に必死で喰らいついていこうというひたむきさがある。

マタチッチはどの曲の演奏も線の太い、逞しい表現で堂々と運び、ドイツ風の重厚なワーグナーを作り上げている。

マタチッチならではの強靭で立体感ある音楽作りはワーグナーにピッタリで、がっちり作った枠の中で各パートを自在に出し入れして明快かつ起伏の深い描写が展開される。

豪快さと細部の抉り出しが見事に表現された『マイスタージンガー』第1幕前奏曲には、そうした特質が端的に示されている。

1つ1つの和音を入念に磨いて積み上げることで神秘性や悲劇性が際立つ『ローエングリン』第1幕前奏曲は特に秀逸で、清澄な弦の響きも強く心を惹きつける。

またどの曲においてもフレージングの息が長く、こってりならずにたっぷり歌いこまれているのが素晴らしい。

マタチッチの懐の深さ、N響の献身ぶり、これは本当に凄いレコードだと思う。

これほど人間の熱い思いが剥き出しになったワーグナー演奏、しかも、実に呼吸の深い名演奏となっている録音は、他に類例があるだろうか。

あっても、クナッパーツブッシュくらいのものだろう。

N響とマタチッチの間に通う信頼感が生み出した名演であり、日本のオーケストラによる優れたワーグナー演奏と言えよう。

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2014年01月15日


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マタチッチは、偉大なブルックナー指揮者であった。

1990年代に入って、ヴァントや朝比奈が超絶的な名演の数々を生み出すようになったが、1980年代においては、まだまだブルックナーの交響曲の名演というのは数少ない時代であったのだ。

そのような時代にあって、マタチッチは、1960年代にシューリヒトが鬼籍に入った後は、ヨッフムと並ぶ最高のブルックナー指揮者であったと言える。

しかしながら、これは我が国における評価であって、本場ヨーロッパでは、ヨッフムはブルックナーの権威として広く認知されていたが、マタチッチはきわめてマイナーな存在であったと言わざるを得ない。

それは、CD化された録音の点数を見れば一目瞭然であり、ヨッフムは2度にわたる全集のほか、ライヴ録音など数多くの演奏が発掘されている状況にある。

これに対して、マタチッチは、チェコ・フィルとの「第5」(1970年)、「第7」(1967年)及び「第9」(1980年)、スロヴァキア・フィルとの「第7」(1984年)やウィーン響との「第9」(1983年)、あとはフィルハーモニア管弦楽団との「第3」(1983年)及び「第4」(1954年)、フランス国立管弦楽団との「第5」(1979年)のライヴ録音がわずかに発売されている程度だ。

ところが、我が国においては、マタチッチはNHK交響楽団の名誉指揮者に就任して以降、ブルックナーの交響曲を何度もコンサートで取り上げ、数々の名演を成し遂げてきた。

そのうち、いくつかの名演は、アルトゥスレーベルにおいてCD化(「第5」(1967年)、「第7」(1969年)及び「第8」(1975年))されているのは記憶に新しいところだ。

このように、マタチッチが精神的な芸術が評価される素地が未だ残っているとして我が国を深く愛して来日を繰り返し、他方、NHK交響楽団もマタチッチを崇拝し、素晴らしい名演の数々を成し遂げてくれたことが、我が国におけるマタチッチのブルックナー指揮者としての高い評価に繋がっていることは間違いあるまい。

そのようなマタチッチが、NHK交響楽団とともに成し遂げたブルックナーの交響曲の数々の名演の中でも、特に伝説的な名演と語り伝えられてきたのが本盤に収められた「第8」だ。

しかしながら、既発CDがきわめてデッドで劣悪な音質であることも広く知られており、その結果、窮余の策として、前述のアルトゥスレーベルから発売の1975年盤の方を上位に置かざるを得ない状況が長らく続いていた。

そのような中で、今般のBlu-spec-CD化によって、本盤に収められた伝説的な名演が見違えるような鮮明な音質に生まれ変わっており、これによって漸く長年の渇きが癒されることになったのは慶賀にたえない。

本演奏におけるマタチッチのアプローチは、1990年代以降通説となった荘重なインテンポによる演奏ではない。

むしろ、速めのテンポであり、そのテンポも頻繁に変化させたり、アッチェレランドを駆使したりするなど、ベートーヴェン風のドラマティックな要素にも事欠かない演奏となっている。

それでいて、全体の造型はいささかも弛緩することなく、雄渾なスケールを失っていないのは、マタチッチがブルックナーの本質をしっかりと鷲掴みにしているからにほかならない。

このようなマタチッチの渾身の指揮に対して、壮絶な名演奏で応えたNHK交響楽団の好パフォーマンスも見事というほかはない。

いずれにしても、本演奏は、1980年代以前のブルックナーの「第8」の演奏の中では、間違いなくトップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

本演奏はSACD化されたが、SACD互換機をお持ちでない方には、本Blu-spec-CDをお薦めしておきたいと考える。

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2014年01月04日


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1975年12月4日、NHKホールにおけるステレオ録音(ライヴ)。

これは素晴らしい演奏内容だ。

驚く程スケールの大きな演奏で、テンションの高い1970年代のN響とマタチッチの巨人的音楽作風の相乗で、超弩級の音楽に仕上がっている。

それにしても何と言う演奏だろう。

「マタチッチの」「N響の」という文脈ではなく、すべてのワーグナー録音のなかでも屈指の名盤と言える。

いずれも完全にオーケストラ・ピースとして演奏しており、その分物語性はないが完結した音楽となっており、完成度は高い。

揺るぎない骨格、透明感と品位、横の流れの自然さ、どこをとっても立派の一語に尽きる。

マタチッチ自身が語っているようにクナッパーツブッシュのワーグナーを下敷きにした演奏となっている。

響きは雄大で広がりがあり、ムラヴィンスキーの突き刺すような演奏とは違い包容力がある。

巨大な山脈が地の底から動いていくかのような何とも凄い演奏だ。

雪崩のようなフォルテもマタチッチの高い集中力を感じさせてくれる。

緻密でありながら大胆、流麗でありながら重厚、N響という先入観は不要。

ただひたすらに音楽に奉仕する指揮者と演奏者のみがここにある。

その音楽の圧倒的な力に、この録音当時、もしマタチッチがバイロイトで「リング」を上演していたら、その歴史はその後大きく変わっていたのでは?とさえ思う。

日本の楽団でこのレベルの音楽をやってみせたマタチッチは本当に凄い指揮者であった。

技術を云々している場合ではない。この演奏には圧倒的な音楽的説得力がある。

整った演奏は他にたくさんあるが、ここではライヴの良さが技術的なものを超えているように思われる。

マタチッチとこういう結びつきを持ったN響はとても幸運だったのだと思う。

音質はややぼやけているが、ホールでの演奏を思わせる自然なもので好ましい。

演奏・録音・選曲の面からマタチッチのファンのみならず、ワーグナーの入門としても薦めたい。

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2014年01月03日


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これは素晴らしい名演だ。

なんという力強さと強固な意思、そして壮大にして雄弁で、それらが凝縮された巨大さ。

これは、実に厚みのある「第9」で、年の瀬に聴くにふさわしいどっしりとして、しかも暖かみのある演奏だ。

「第9」を聴いて感動するなど何年ぶりのことだろう。

演奏、録音とも垢抜けないものだが、ここには現代のクラシック音楽が失ってしまったものがはちきれんばかりに詰まっている。

マタチッチは、フルトヴェングラーらの生きていた時代の証言者であり、この「第9」は、今のN響と比べてアンサンブルなど荒いものの、音楽は熱気に満ち溢れている。

マタチッチのベートーヴェンに対する共感と尊敬の念がそうさせたのであろうか。

全体を通して、各楽器がしっかりと音を鳴らして、そして心がこもっていて熱い演奏だ。

フルトヴェングラーなどの、伝説的な巨匠時代の名残であり、1960年代、日本の音楽界の発展期にこんな名指揮者と名演を繰り広げていたN響、スケールの大きい不滅の名演と言える。

現代のスマートなベートーヴェンを聴きなれた耳には奇異に聴こえるかも知れない。

決して機能的でないオーケストラの朴訥な音と相俟って、田舎くさく聴こえるかも知れない。

しかし、その音楽のなんと熱いことであろうか。

特にフィナーレのこれ以上は望めないスケールの合唱団を従えての怒涛のクライマックスは圧巻。

N響を最も燃えさせた名指揮者、マタチッチ最大の遺産の一つであり、最近の指揮者の軽妙浮薄な音楽とは対をなす立派な演奏と評価したい。

若干録音は古いが、こういうCDの発売に心から拍手を送りたい。

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2013年12月31日


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1969年5月9日 東京厚生年金会館大ホールに於けるステレオ・ライヴ録音。

この演奏でマタチッチの日本における評価を決定づけたまさに記念碑的な演奏で、その伝説的名演がついに復活した。

マタチッチのブルックナー「第7」といえばチェコ・フィルとのスタジオ録音が超名演として大変に有名であるが、この録音が日本で爆発的な支持と人気を得たきっかけとなったのが、このN響とのライヴだったと言われている。

なかには「あの名盤の評価も、実演での生々しい体験があればこそ」という声もあるほどで、あらゆるブルックナーの「第7」の名演の中でも最高峰の一つに位置づけられるのは論を待たない。

マタチッチの指揮する姿はいつまでも筆者の心に残っているところであり、本当に風格のある巨匠だったと思う。

いずれにせよ、マタチッチがブルックナー演奏での確固たる地位を確立した演奏と言えるであろう。

演奏については、美しく、しかも重厚でコクのある演奏で、もう何も言うことはない。

とんでもなく濃厚な音と表現に引き込まれてしまう。

第1楽章、第2楽章に比べ、残りの楽章の存在感がイマイチな「第7」であるが、マタチッチの演奏はこれらも存在感を感じさせるような名演で、全く素晴らしい。

ある意味、ヴァントとは正反対のイメージがある。

どちらも大変な名演だが、ヴァント&ベルリン・フィル盤は速めのテンポで流麗さが際立つ演奏。

それに対してマタチッチはスケール雄大な音楽で聴き手を受け止めてくれる。

この「第7」に関しては、マタチッチとシューリヒトに、朝比奈とヴァント、それにカラヤンの最期の録音があれば、もう筆者には充分だ。

それにしてもこの頃のNHK交響楽団も素晴らしいものがあり、ある意味で黄金期とも言えるのではないだろうか。

この演奏は、最盛期のマタチッチがわが国の音楽史にその強烈な個性を刻み付けた、まさにそのときの模様を伝える貴重な記録と言えるだろう。

録音の古さもあまり気にならず、音質も良好だ。

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2013年12月15日


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ブルックナーは1958年1月17日、ヴィヴァルディはその翌日の1月18日、ベルリン国立歌劇場での録音。

WEITBLICKからリリースされる今回のシリーズは、マタチッチの旧東ドイツにおけるライヴ音源をCD化するもので、これまでほとんど知られていなかったといっていいドイツにおけるその活動をかいま見せる、貴重なリリースと言えるだろう。

マタチッチは「音楽以外のことはまったく無頓着」だったと伝えられる性格のゆえか、そのレコーディングは名声に比してさほど多いとは言えない。

まずは、マタチッチ得意のブルックナーで、それも「第9」の登場というのが朗報だ。

チェコ・フィルや、現在廃盤のウィーン響とのレコーディングで知られるマタチッチの十八番であるが、ドイツのオーケストラとの共演盤は初めてだけに、ファンには見逃せないところ。

マタチッチのブルックナー録音としては、第4番「ロマンティック」(EMI)に次いで初期の録音であるが、実に堂に入った演奏で、ゴツゴツとした岩肌のような無骨な演奏。

スケールの大きな、悠然たる構えの演奏で、いかにもマタチッチらしく、飾り気のない質実剛健な表現を行いながらも、大らかで晴朗な音楽となっているところが素晴らしい。

そのどっしりした存在感は無類なものだ。

ボーナス・トラックは何とトスカニーニも愛奏した名作、ヴィヴァルディの「調和の霊感」。

大オーケストラで荘重に鳴らすこのスタイルは現今では噴飯物の誹りも免れないが、曲調が立派なだけにマタチッチの堂々たる様式感覚の説得力には心打たれる。

いずれもモノラル録音だが、旧東独が誇る高水準の録音であり、マタチッチのいささか荒っぽさを感じさせる演奏にも若干の潤いが感じられる。

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2013年11月28日


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これは素晴らしい名演だ。

マタチッチはNHK交響楽団の名誉指揮者として何度も来日を行うなど、我が国にとっても特に親しみ深い指揮者と言えるが、マタチッチの芸風に最も符号した楽曲は、ブルックナーの交響曲であったのではないかと考えられるところだ。

昨年、XRCD盤で発売されたNHK交響楽団との第8番(1984年)など、既に神格化されている名演奏なども数多く成し遂げられているが、オーケストラの技量なども含め、最も優れたマタチッチによるブルックナーの交響曲の名演を掲げるということになれば、筆者としては、本盤に収められたチェコ・フィルとの交響曲第7番を躊躇なく第一に掲げたい。

演奏・録音は1967年であり、これはいまだブルックナーの交響曲がポピュラリティを獲得していない時代のもの。

ヴァントや朝比奈が至高の超名演を成し遂げるのもかなり後のことであり、ブルックナーの演奏様式そのものがいまだ確立していない時期の演奏とも言えるだろう。

そのような時代にあって、マタチッチがこれだけの、そして現代においてもいささかも古臭さ、時代遅れを感じさせない圧倒的な名演奏を行ったこと自体が驚異的であり、これにはマタチッチの類稀なる才能とともに、ブルックナーの交響曲との抜群の相性の良さを感じることが可能である。

本演奏の中でも文句なしに素晴らしいのは第1楽章と第2楽章であると言えるだろう。

悠揚迫らぬインテンポを基調としつつ、情感のこもった歌心溢れる音楽が滔々と流れている。

スケールも雄大であり、演奏全体の造型も堅固。

とりわけ、第2楽章の崇高な美しさには神々しささえ感じられるところであり、この第1楽章及び第2楽章に関しては、後年のヴァントや朝比奈の数々の至高の名演にも比肩し得る圧倒的な超名演に仕上がっていると高く評価したい。

もっとも、第3楽章や第4楽章になると、これは第5番などにおいてより顕著になってくるが、アッチェレランドなどを施すなどテンポの振幅を駆使してドラマティックな表現を行っており、いささか芝居がかったような演奏と言えなくもないところである。

第1楽章及び第2楽章があまりにも素晴らしいだけに、いささか残念であるが、それでも演奏全体として名演との評価に揺らぎがないのは、マタチッチがブルックナーの本質をしっかりと鷲掴みにしているからに他ならない。

マタチッチの統率の下、素晴らしい名演奏を展開したチェコ・フィルにも大きな拍手を送りたい。

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2013年06月29日


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マタチッチの桁外れにスケールの大きい芸風を味わうことが可能な圧倒的な名演だ。

本盤には、様々な作曲家による楽曲が収められており、遺された録音が必ずしも多いとは言い難いために、とかくレパートリーが少ないなどと誤解されがちなマタチッチが、意外にも幅広いレパートリーを有していたことを窺い知ることが可能であるとも言えるだろう。

本盤に収められた各楽曲の演奏も、いずれもマタチッチの偉大な芸術を味わうことが可能な圧倒的な名演揃いであるが、とりわけ凄まじい演奏として、先ずはヤナーチェクのシンフォニエッタを掲げたい。

近年では、村上春樹氏による有名小説によってにわかに脚光を浴びつつある同曲であるが、これまでの同曲の名演としては、どちらかと言うとモラヴィアの民謡風の旋律の数々に焦点を当てた民族色豊かな演奏が主流を占めてきたと言えなくもないところだ。

これらの演奏に対して、マタチッチによる本演奏は一線を画しているとも言えるだろう。

冒頭のファンファーレからして、壮絶な迫力を誇っているし、その後の強靭な迫力や彫りの深い表現には出色のものがあり、演奏全体としては、まさに壮大な交響曲のようなとてつもないスケールの雄大さを誇っていると言っても過言ではあるまい。

同曲の演奏としては異色の演奏とも言えるところであるが、聴き終えた後の充足感には絶大なるものがあるところであり、筆者としては、マタチッチの芸術家としての桁外れの才能を大いに感じることが可能な圧倒的な超名演と高く評価したい。

次いで、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」が素晴らしい。

これまた、ヤナーチェクのシンフォニエッタに優るとも劣らぬ迫力を誇っており、とりわけ終結部の壮絶さ、そしてユニークな解釈は我々聴き手の度肝を抜くのに十分である。

コダーイの組曲「ハーリ・ヤーノシュ」も、冒頭のくしゃみからして凄まじく、ハンガリーの民族色とは殆ど無縁の演奏であるが、スケールは雄渾の極みであり、その桁外れの壮大な迫力にはただただ圧倒されるのみである。

加えて、各曲の描き分けが実に巧みであり、聴かせどころのツボを心得た心憎いばかりの演出巧者ぶりを発揮しており、本演奏では、マタチッチのオペラ指揮者としての才能が見事に功を奏していると言えるのではないだろうか。

ポピュラーな名曲であるが、近年では最新録音に恵まれてない同曲だけに、極めて価値のある名演の登場と言っても過言ではあるまい。

ウェーバーやワーグナーの序曲や前奏曲も、マタチッチならでは重厚で、なおかつスケール雄大な至高の超名演と評価したい。

NHK交響楽団も、アンサンブルに乱れが生じているなど、必ずしも万全とは言い難い演奏である(特に、エキストラが参加していたと思われるヤナーチェクのシンフォニエッタ)が、敬愛するマタチッチの指揮に必死で喰らいつき、渾身の名演奏を展開しているのが見事であり、芸術的な感動という意味においては申し分のないパフォーマンスを発揮していると言っても過言ではあるまい。

音質は、名指揮者の来日公演の高音質での発売で定評のあるアルトゥスレーベルがマスタリングを手掛けているだけに、本全集においても1969年〜1975年のライヴ録音としては十分に満足できる良好な音質に仕上がっているのが素晴らしい。

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2012年05月16日


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ブラームスの交響曲第1番は、NHK交響楽団にとっては得意のレパートリーとも言うべき楽曲である。

最近でこそ、デュトワやアシュケナージなどを音楽監督に迎え、フランス系やロシア系の音楽も十八番にしつつあるNHK交響楽団であるが、本盤の録音当時は、名誉指揮者であるサヴァリッシュやスウィトナー、ホルスト・シュタインなどのドイツ系の指揮者が幅を利かせ、ドイツ系の音楽を中心に演奏していた。

さらに前の時代のカイルベルトやシュヒターなども含め、ブラームスの交響曲第1番は、それこそ自己薬籠中の楽曲と言っても過言ではなかったと考えられる。

実際に、サヴァリッシュなどによる同曲のCDも発売されているが、本マタチッチ盤はそもそも次元が異なる名演と高く評価したい。

テンポは全体で約42分という、ブラームスの交響曲第1番としては速めのテンポであるが、音楽全体のスケールは極めて雄大である。

マタチッチは、必ずしもインテンポには固執せずに、随所でテンポを変化させており、特に終楽章のアルペンホルンが登場する直前など、いささか芝居がかったような大見得を切る表現なども散見されるが、音楽全体の造型がいささかも弛緩しないのは、巨匠ならではの圧巻の至芸と言える。

NHK交響楽団も力の限りを振り絞って力奏しており、その圧倒的な生命力は切れば血が飛び出てくるほどの凄まじさだ。

当時は、力量はあっても事なかれ主義的な演奏をすることが多いと揶揄されていたNHK交響楽団であるが、本演奏では、こうした力強い生命力といい、畳み掛けていくような集中力といい、実力以上のものを出し切っているような印象さえ受ける。

したがって、NHK交響楽団の渾身の演奏ぶりを褒めるべきであるが、それ以上に、NHK交響楽団にこれだけの鬼気迫る演奏をさせた最晩年の巨匠マタチッチのカリスマ性を高く評価すべきである。

いずれにしても、本盤のブラームスの交響曲第1番は、NHK交響楽団の同曲演奏史上においても、特筆すべき至高の名演と高く評価したい。

ベートーヴェンの交響曲第7番は、今から25年以上も前のことであるが、NHK教育テレビにおいて、本盤に収められたマタチッチ&NHK交響楽団によるベートーヴェンの交響曲第7番を放送していたのを視聴した時のことを鮮明に記憶している。

それは、マタチッチがほとんど指揮をしていなかったということだ。

手の動きはきわめて慎ましやかであり、実際にはアイコンタクトだけで指揮していたと言えるのではないだろうか。

しかしながら、そうした殆ど動きがないマタチッチを指揮台に頂きながら、NHK交響楽団がそれこそ渾身の力を振り絞って力強い演奏を行っていたのがきわめて印象的であった。

当時のNHK交響楽団は、技量においては、我が国のオーケストラの中でトップと位置づけられていたが、演奏に熱がこもっていないとか、事なかれ主義の演奏をするとの批判が数多く寄せられており、死ぬ直前の老匠とは凄い演奏をするなどと揶揄されていた。

そうした批評の是非はさておき、死を1年後に控えていた最晩年のマタチッチによるこのような豪演に鑑みれば、そのような批評もあながち否定できないのではないかと考えられる。

いずれにしても、あのような手の動きを省略したきわめて慎ましやかな指揮で、NHK交響楽団に生命力溢れる壮絶な演奏をさせたマタチッチの巨匠性やカリスマ性を高く評価すべきである。

本盤には、そうした巨匠マタチッチと、その圧倒的なオーラの下で、渾身の演奏を繰り広げたNHK交響楽団による至高の超名演が収められている。

そして、今般のSACD化によって、Blu-spec-CD盤やXRCD盤を凌駕する素晴らしい音質に蘇った。

マタチッチ&NHK交響楽団による歴史的な超名演をSACDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2011年10月29日


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1984年6月19-22日、ユーゴ、ツァンカリュヴ大ホールでの録音。

マタチッチ(1899-1985)の同曲2度目の録音で、おそらく最後の正式のスタジオ録音盤である。

これは、間違いなくマタチッチの最上の遺産である。

マタチッチが母国ユーゴのオーケストラを指揮した演奏で、オーケストラはいささか弱体な感もあるが、見事なアンサンブルで感動的な音楽を聴かせる。

演奏は第1楽章の冒頭から清澄この上なく、透明至純な響き、寂とした雰囲気は旧盤の比ではない。

ブルックナーの印象的な旋律が、聴き手の心を包み込むように歌われるが、その表情は深く、透明で、詩情に満ちている。

第2楽章アダージョの諦観ただよう美しさは絶品で、内面的で孤高の美を表し、聴く者に痛切に訴えかける。

スケルツォはさながら魂の祭典にまで高められている。

終楽章のコーダは力強く、マタチッチ本来の男性的なたくましさが示されている。

マタチッチの素朴な豪快さと、全身全霊をもって音楽に打ち込んでゆく迫力を何とたとえるべきであろう。

その気骨ある堂々とした表現は、ブルックナーの音楽が単なる響きの壮麗さだけでない巨大な構築物であることを知らせてくれる。

その意味で、マタチッチのブルックナーはベートーヴェン演奏の延長であると言っても過言でなく、主題の発展、展開、それぞれを無駄なく機能させている。

マタチッチの演奏が常に高い緊張度で持続し、そして感動的であるのはそれゆえと言える。

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2011年10月15日


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1968年9月6日、東京文化会館におけるライヴ録音。

1965年の秋、それまで日本では馴染みのうすかったユーゴスラヴィア出身の指揮者が初来日してN響を振り、日本のクラシック音楽ファンをあっといわせたが、それが当時66歳になっていた名匠マタチッチだった。

これがきっかけとなってN響は彼に名誉指揮者の称号をおくり、一方で彼の録音が次々と日本に紹介されるようになった。

このブルックナー「交響曲第9番」もそのひとつで、マタチッチの初来日から3年後、69歳の時のライヴ録音である。

この曲のCD中、いちばん安心して聴けるのがマタチッチ盤。

スケールの大きな悠然とした構えの演奏で、いかにもマタチッチらしく飾り気のない質実剛健な表現ながらも、おおらかで晴朗な音楽となっている。

特別な名演は第1楽章と第3楽章。

第1楽章は実に広々として雄大、厚みのあるハーモニーと歌が全編にみなぎり、対旋律のすみずみにまでカンタービレが効いている。

こんなに豊かな表情を持った演奏も珍しいだろう。

アダージョも同じで、悠揚として迫らぬ進行の中に、深い心の声と、スケールの大きい恰幅の良さと、勁烈な透明感と、すばらしい感情移入が行なわれてゆく。

ただ、スケルツォは非常に遅いテンポで巨大な盛り上がりを示すが、リズムの厳しさ、前進する緊張力の持続が不足する。

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2011年09月17日


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1979年5月21日、シャンゼリゼ劇場に於けるライヴ録音。

オケがフランスの楽団ということもあってかドイツ系とは一味違った雰囲気が魅力で、それでいてブルックナーの重厚さを久し振りに感じた気がする。

マタチッチとフランスのオケ、聴きだすとなんとなくフランスのオケはブルックナーのドイツ的音色とは違和感があるが、聴くほどにフランスのオケがマタチッチ風に変化しているのが興味深いところ。

非正規盤に較べて稍音が引っ込んでいるが、演奏はマタチッチ絶好調の姿を如実に伝えている。

チェコ・フィルとの演奏よりも拡がりと安定があり、無論部分的にアッチェレランドも散見されるが、それでいてブルックナーの本質から逸脱していない。

それにしてもさすがはマタチッチ、フランス国立管からこんな重厚な音が出るとは驚きで、さらにはフランスのオケから渋い音響を引き出す手腕も見事。

スケルツォや終楽章の迫力も凄いが、実に分厚く深い響きで歌うアダージョに強く惹かれる。

あの第2主題の有名なテーマの恐ろしくも濃厚な表現など大変なインパクト!

最終楽章は金管で音の大伽藍を構築し、この指揮者ならではの音楽を鷲掴み豪放磊落ぶりを如意に示し、音が天上に昇華する。

遅めのテンポが実に雄大で、金管、木管とも名人芸で圧巻、巨人的な芸風で鳴らしたマタチッチの面目躍如たる凄い演奏だ。

なんという豪腕!何にせよ凄まじい演奏だ。

この盤、筆者は何度聴いても飽きたことがない。

5番については、この1枚が傑出しており、愛しの朝比奈、ヨッフムすらも遠くに離すとさえ思える。

お国柄を云々言うつもりはないが、それにしてもフランスのオケを振ってこの迫力。

マタチッチ恐るべし。

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2011年09月04日


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1984年3月は、NHK交響楽団名誉指揮者ロヴロ・フォン・マタチッチ最後の来日公演であったが、このときの公演は未だに伝説的な名演として語り継がれている。

それほどの名演であったので、大いに待望されたCD化であったが、いざリリースされてみると評判が芳しくない。

マタチッチから放たれた目に見えない強靭なエネルギーがマイクに入らないのはある程度仕方のないことだが、それにしてもCD化された音質があまりにも貧しかったのである。

演奏の良さよりも、オーケストラの荒さばかりが耳についてしまうのだった。

しかし今回マスタリングの工夫で、この公演が再びXRCDとして蘇った。

いざ再生して至福に酔った。

ブルックナーは、まさに神の存在さえ俄かに信じざるを得ないほどの驚天動地の名演であり、これを超える感動は未だに味わったことがない。

マタチッチによる演奏は極めて個性的な表情で、音楽の流れが当世風になめらかでなくごつごつしている。

そこにスラヴ風ともいうべきトゥッティの強調が加わり、リズムも鋭い。

したがって表現は劇性と集中力が強く、独特のくせはあるが、熱っぽい説得力をもって迫ってくる。

このときマタチッチから放たれるオーラというか、エネルギーは並大抵ではなく、筆者は電気に打たれたように部屋で動けなくなってしまった。

特に第3楽章では、長大なゼクエンツが天へとつづく光の階段となって目の前に現れてくる。

そこでは確かに、天からの明るい光がマタチッチを照らしているかのようだった。

N響のメンバーも演奏中に涙が溢れて楽譜が見えなかった、と語ったと言われる。

とはいえ、筆者だけが感動していても仕方ない。もっと多くの方にこの感動を味わって頂きたいものである。

ベートーヴェンの2曲は違う演奏会での録音を1枚に収めたため、雰囲気が随分異なっている。

2曲のうちでは、第7番が秀演。テンポは相当速めだが、落ち着きのなさは感じさせず、かえって随所に解釈の新鮮さがある。

特に第2楽章アレグレットはかなり速めだが、このほうが原譜に忠実と思われる。

第2番第3楽章のトリオは、やや作為的な部分もあるが、そこにマタチッチの強い個性を感じる。

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2011年08月22日


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あの宇野功芳氏が マタチッチ/N響のブルックナーについて「かつてこれほどまでに熱望されたディスクがあったろうか。NHKホールに鳴り響いたマタチッチ/N響のブルックナー《第8》。それは1975年11月と1984年3月の2回あるのだが ともに世紀の名演であり 会場で耳にし 放送を聴いた人が等しく1日も早いディスク化を望んでいたのである。」と激賞していた名演の待望のCD化。

第1楽章の基本テンポは速く、余分なものなものをすべて切り捨てて、音楽の大切な核だけを素朴に描いてゆく。

まことに誠実で流れの良い演奏であり、第3主題など圧倒的なスピード感だ。

マタチッチの特徴の一つにリズミックな運びがあるが、提示部の最後が良い例である。

それはシューリヒトともヴァントともクナとも違うマタチッチ独自のスタイルだが、ともに真実のブルックナーという点で一致する。

一見何でもなく音をさばきながら、すべてに意味があり、ついにクライマックスにおける地獄の咆哮となるのだ。

スケルツォもかなり速いテンポによる武骨、豪快な指揮ぶりで、きれいごとでない野人ブルックナーの姿を伝え、音による大建築物を創造してゆく。

トリオもすっきりとした流れの中に憂愁の味を生かすが、第2部に入るやテンポを落とし、いっそう沈潜した表現を聴かせるあたりはさすがだ。

ハープのくっきりした美しさも比類がない。

アダージョからフィナーレにかけてもすばらしい音楽美を誇っており、アダージョのクライマックスの部分や、フィナーレの各部には激しいアッチェレランドが現れる。

とくに後者の提示部終わりなど凄絶さの極であり、そのままのテンポで一気に展開部を進めてゆく。

再現部にはさらに強烈な加速があり、ブルックナーを逸脱する寸前にまで達している。

いや、他の指揮者がこのような表現をしたら、音楽を破壊してしまうだろう。

そうならないところに、ブルックナーの本質をぐっとつかんで離さないマタチッチのしたたかさを見るのである。

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2011年08月15日


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1967年11月21日 東京文化会館でのライヴ録音。

ヴァント盤、チェリビダッケ盤などの登場で、一般の関心はそちらに移ってしまった感はあるが、このたび、並べて聴いて、強い感銘を受けたのはむしろマタチッチ盤の方だ。

マタチッチの豪快さが全面に出た胸のすくような演奏である。

第1楽章から音楽の呼吸の深さが尋常でなく、オーケストラの技量の問題などどうでもよくなってしまう。

コーダでテンポを加速させるなど、普通ならブルックナーを傷つける行為も、この人にだけは許されてしまうから不思議だ。

これだけオーケストラをガンガンと鳴らしまくって、些かも外面的にならず、宇宙的な鼓動を思わせるのであるから、マタチッチという人は、ただ者ではない。

悲しみも悩みも吹き飛ばす響きの豪快さと大きな胸に抱かれているような安心感とでも言おうか。

第2楽章では、懐かしい「揺りかご」に揺られながら、遠い記憶への旅に誘われるような気持ちがする。

黄泉の国を漂流するような幽玄があり、儚く、この世の音楽とは思えない。

フィナーレのコーダの壮大さは、とても人間業ではなく、最盛期のクナッパーツブッシュを凌駕しているに違いない。

冴えないと思われていた録音も、実際には素晴らしいもので、どこか蔭のある鄙びた音で聴くと、豪快なだけに終わらないマタチッチの情感の深さが思われて感動的である。

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2011年07月13日


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1983年、ロンドンでのライヴ録音である。

マタチッチのブルックナーには定評があるが、これもすごい、そしてまったく独特の演奏である。

これがイギリスの、それも洗練されたフィルハーモニア管かと驚くほどゴツゴツした荒々しい響きだ。

旋律も滑らかには歌われないし、合奏の精度も高くない。

そんな演奏のどこがよいかを言葉にするのが難しいのだ。

響きに異常な表現力がある。第3交響曲の第1楽章がこれほどまでにデモーニッシュに響いた例を筆者は知らない。

大きな音ばかりではなく、時々弦楽器が奏でる弱音がまた異様な力を帯びている。

第2楽章はまったく甘さがない。普通ブルックナーらしい魅力と見なされる、おおらかで牧歌的な雰囲気など微塵もないのだ。

ひたすら峻厳である。まるで同じ作曲家の交響曲第9番のようだ。

13分過ぎからはとくに息詰まるような緊張感である。

この演奏を聴くと、ブルックナーが晩年までこの作品を書き直していたことの秘密がわかったような気がする。

フィナーレは、テンポは速いにもかかわらず、信じられないような壮大さに達している。

ここでもまたオーケストラの響きの濃さに圧倒される。

ともかく一聴に値するライヴ録音である。

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2010年06月03日


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1960年代後半の代表盤のひとつであった。

N響と繰り広げた数々の名演で日本のファンにも愛されたマタチッチによる、スケール感豊かなウェーバー。

1967年に録音されたもので、マタチッチらしい、骨格のがっしりとした堅実な演奏である。

このCDの最大の聴きものは、マタチッチが生み出す逞しい骨太の音楽だ。

彼の男性的魅力にあふれた気宇雄大な音楽を、現代の音に変化させたオーケストラと合唱団の多少荒削りな音色も、このオペラとの素晴らしい適合を示している。

各場面での描き方もうまく、ことに狼谷の場面は、強烈な迫力にみちあふれていて圧巻だ。

オペラの世界での隠れた巨匠だった名指揮者の録音の中でも、最も聴き応えのある演奏だ。

昼なお暗いドイツの森というよりは、スラヴの香りを漂わせたやや明るく開放的な音づくり(そもそも舞台はボヘミアなのだし)が耳に心地良い。

ベルリン・ドイツ・オペラ管と同合唱団の演奏、そして気持ち良さそうに自慢の喉を披露する歌手陣も実際かなり荒削りだが、オケが豪放に鳴りわたる快感のほうが勝っている。

マタチッチの気迫に呼応した名歌手たちの迫真の歌唱も、多少古風ではあるが大きな説得力をもっている。

ショックのマックス、ニコライのオットカール、フリックのカスパールら、男性独唱陣のすぐれているのも魅力で、これで女性歌手たちがさらに充実していたらと惜しまれる。

かくして聴き手はいつのまにか「細かいこと言わずに、みんなで楽しめばいいのさ!」といわんばかりの親分の芸風に取り込まれてしまうのであった。

*効果音入り

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2010年01月26日


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フィルハーモニア管弦楽団は周知のように名プロデューサー、ウォルター・レッグがレコード録音用につくったオーケストラで、ベルリン・フィルの常任となってドイツ・グラモフォンに完全専属となる前のカラヤン、そして晩年のクレンペラーと数多くの名演をレコードに残してきた。

ムーティやシノーポリとフィルハーモニアというのはその後の話。創立当初から1960年代いっぱいぐらいまで、フィルハーモニアと言えばなんといってもカラヤン、そしてクレンペラーだった。

ただむろん、その時代のフィルハーモニアはこの2人とだけ活動していたわけではない。

この2人の盛名に隠れたかたちになっているが、アッカーマン、ガリエラ、マタチッチといった職人的名指揮者たちとの素晴らしいレコーディングも残している。

とくにフィルハーモニア管の訓練や形成にとってのガリエラの功績は重要で、ガリエラ指揮による隠れた名盤も多いが、ここではマタチッチとのブルックナーの4番を取り上げる。

マタチッチは晩年ブルックナー指揮者として高い評価を得、とくにわが国では最高のブルックナー指揮者として神のように崇拝する向きもあったが、どういうわけかこの録音に言及されることはほとんどなかった。

たしかに後年の巨大なスケールこそないが、職人的な腕でオーケストラを実に堅実に鳴らした立派な演奏である。

細部にこだわらず、自然な呼吸で雄大な音楽をつくりあげる晩年のマタチッチのブルックナーも、こうしたプロフェッショナルな腕前の上に築かれていったものなのだ。

マタチッチのブルックナーの原点を確認するレコードと言える。

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2009年04月30日


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シュヴァルツコップのハンナが素敵である。彼女の歌うハンナは、優雅でしかも官能美にあふれており、その上品な色香がたまらない魅力となっている。

モーツァルトやR.シュトラウスのオペラを得意としているシュヴァルツコップが、こうしたオペレッタにも全力を傾けて取り組んでいるのは、実に立派である。

これは、1962年、彼女が47歳のときに録音されたものだが、表情がみずみずしく、声にも艶があり、彼女の至芸をじゅうぶんに堪能することができる。

「メリー・ウィドウ」がシュヴァルツコップにとって最高のレパートリーだったというわけではないが、ここには彼女の類稀な洗練と優美と魅惑の最上のものが結晶している。

一度この「陽気な未亡人」の色香に魅せられると、他のあらゆるハンナは八百屋のおかみさんか、舞踏会にまぎれ込んだ街の女のようにきこえるほどだ。

ことに、第2幕の有名な「ヴィリアの歌」は絶妙だ。

そのほかでは、ゲッダのカミーユとシュテフェクのヴァランシェンヌがそれぞれ、持ち味がよくあらわれていてよい。

またここでは、マタチッチの指揮が大変見事で、彼はレハール固有の美しい旋律をたっぷりと歌わせながら、全体を精妙にまとめていて、素晴らしい。

これは、カラヤン盤と並ぶ名盤で、レハールのオペレッタのもつ流麗な味を満喫することのできるディスクである。

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2008年03月12日


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第5番はまことに気宇の大きい劇的なブルックナーで、マタチッチの作曲者に対する熱い共感が聴く者の心を強く揺さぶる。ハース原典版によるが、一部にマタチッチ独自の変更もあり、細部の表情にも個性的な工夫が施されている。線の太い表現にもかかわらず、ブルックナーの音楽が作る対位法的な線が巧みに整理され、オケも厚い響きの中で少しの乱れもみせない。宗教的感情を大きく歌い上げる第4楽章後半の表現は絶妙である。


第7番はいかにもマタチッチらしくどっしりと腰を据えた正攻法のブルックナー。チェコ・フィルの分厚い響きも深々としたオルガン的な厚みを感じさせる。作曲中にワーグナーの死を知り、その霊に捧げたといわれる第2楽章では、同じようにワーグナーを崇拝するマタチッチ自身の祈念の感情が濃く漂う。全曲を通しては抒情性と同時に劇的な緊張力があり、マタチッチのスケールの大きな芸風が伝わってくる見事な演奏である。


第9番はライヴながら演奏は素晴らしくよく整っている。第3楽章は数ある録音の中でも最高の演奏のひとつで、大きな呼吸でゆったりと流れ、ふくよかな表情が強靭な生命力を宿しながら少しも晴朗な趣を失わない。テンポの配分が的確を極め、対位法的な線が常に明瞭に表出されてゆくのがその理由だろうが、最後の13小節の神々しいばかりの美しさにいたっては形容する言葉もない。

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