ヤンソンス

2015年07月13日


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素晴らしい名演だ。

記念すべき2004年9月4日首席指揮者就任記念コンサートの「英雄の生涯」以来となる、ヤンソンス&コンセルトヘボウ・アムステルダム(ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)によるシュトラウス第2弾。

R.シュトラウスもまた、長い伝統を誇るコンセルトヘボウ・アムステルダムとはたいへんゆかりの深い作曲家。

1897年から翌98年にかけて作曲された「英雄の生涯」がコンセルトヘボウ・アムステルダム第2代首席指揮者メンゲルベルクと当楽団に捧げられたことも少なからず関係してのことであろう。

1915年10月の作曲者指揮による世界初演の翌年には、早くもメンゲルベルクの指揮で当コンセルトヘボウ・アムステルダムによるオランダ初演が行なわれた「アルプス交響曲」。

さらにこの成功を受けて、1週間後には作曲者の指揮でもコンセルトヘボウ・アムステルダム再演が果たされていた。

ヤンソンス自身は「アルプス交響曲」をウィーン・フィルとの実演などでも幾度となく取り上げてはいるが、こと録音に関して、他ならぬコンセルトヘボウ・アムステルダムを起用したことは演奏の伝統を踏まえての納得の選択と言えるだろう。

R.シュトラウスの「アルプス交響曲」は、今では演奏機会が多い人気曲になっているが、1970年代までは、ベーム(モノラル)、ケンぺ、メータ、ショルティといったごく限られた指揮者による録音しか存在しなかった。

LP時代でもあり、50分にも及ぶ楽曲を両面に分けなければならないというハンディも大きかったものと考える。

ところが、1981年にカラヤン盤がCDとともに登場するのを契機として、今日の隆盛を築くことになった。

この曲には、優秀なオーケストラと録音が必要であり、あとは、指揮者の各場面を描き分ける演出の巧さを要求されると言える。

それ故に、カラヤン盤が今もなお圧倒的な評価を得ているということになるのだが、本盤も、そうした要素をすべて兼ね備えている。

コンセルトヘボウ・アムステルダムは、全盛期のベルリン・フィルにも優るとも劣らない圧倒的な技量を誇っていると言えるし、録音も、マルチチャンネル付きのSACDであり、全く文句のつけようがない。

音質が良いというのは、生々しい、あるいは臨場感がある、というだけでなく、再生したときの奥行きの立体性、楽器のバランスなどが巧みに仕上がっているということである。

録音のダイナミックレンジは広いが、弱音も克明に捉えられているし、楽器と楽器の距離感も的確だ。

ヤンソンスも、聴かせどころのツボを心得た素晴らしい指揮を行っており、まさに耳の御馳走とも言うべき至福のひとときを味わうことが可能だ。

併録の「ドンファン」も、「アルプス交響曲」と同様、録音も含め最高の名演の1つと高く評価したい。

こちらも巧みなドラマづくりでライセンス・トゥー・スリルの異名をとるヤンソンスの独壇場。

匂い立つような弦に、甘美なオーボエ・ソロ、ホルンによって力強く歌われるテーマ。

その魅力を挙げてゆけばきりがないが、どんな場面においても磨き抜かれたコンセルトヘボウ・アムステルダムの響きは雄弁このうえなく、たっぷりと酔わせてくれる。

ヤンソンス&コンセルトヘボウ・アムステルダムは、前述のように首席指揮者としてのデビューの演奏会の演目として、「英雄の生涯」を採り上げたが、本盤には、その当時からの両者の関係の深まりを大いに感じることができる。

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2015年05月09日


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2011年3月4日&6日、アムステルダムのコンセルトヘボウに於けるライヴ録音で、ヤンソンス&コンセルトヘボウ・アムステルダムによるマーラーの交響曲チクルスの第6弾の登場だ。

演奏内容は、2012年秋にリリースされた「マーラー交響曲全曲ライヴ映像」に含まれていたものと同じであるが、このたびその映像もボーナスとして、ブルーレイ、DVDふたつのフォーマットで用意されるといううれしい配慮がなされている。

前作の「第3」や前々作の「第2」も名演であったが、今般の「第8」も素晴らしい名演と高く評価したい。

「第2」や「第3」もそうであったが、先ずは、録音の素晴らしさについて言及しておきたい。

本盤も、これまでと同様のマルチチャンネル付きのSACDであるが、世界でも屈指の音響を誇るコンサートホールとされるコンセルトヘボウの豊かな残響を活かした鮮明な音質は、これ以上は求め得ないような圧倒的な臨場感を誇っている。

特に、マーラーの合唱付きの大編成の交響曲の録音において、オーケストラの各セクション、独唱、合唱が明瞭に分離して聴こえるというのは殆ど驚異的な高音質であると言えるところであり、それぞれの楽器や合唱等の位置関係までがわかるほどの鮮明さを誇っている。

これまで、マーラーの「第8」では、インバル&東京都交響楽団ほかによる超優秀録音(本盤と同様にマルチチャンネル付きのSACD録音)にして素晴らしい名演があったが、本盤も当該盤に比肩し得る極上の高音質であり、なおかつ素晴らしい名演であると言えるだろう。

「第8」は、重厚長大な交響曲を数多く作曲したマーラーの手による交響曲の中でも最大規模を誇る壮大な交響曲である。

オーボエ4、イングリッシュホルン1、ホルン8のほか、チェレスタ、ピアノ、ハルモニウム、オルガン、ハープ2、マンドリンも擁する巨大オーケストラに加えて、児童合唱団や2組の大合唱団、さらには多くの独唱者たちというその特異な編成もさることながら、全曲の最初と最後に山場が置かれる独特の構成や、その間のさまざまな楽器の組み合わせによる多様なひびきの面白さ、カンタータやオラトリオを思わせるセレモニアルな性格に特徴がある。

したがって、全体をうまく纏めるのが難しい交響曲でもあると言えるところだ。

ヤンソンスは、全体の造型をいささかも弛緩させることなく的確に纏め上げるとともに、スケールの大きさを損なっていない点を高く評価したい。

また、その一方で、長丁場のドラマ作りが難しい作品とも言えるが、そこはヤンソンスのこと、中盤過ぎまで抒情的な部分が占める第2部では、埋もれがちな細部の掘り起こしにも余念がなく、第1部の冒頭主題が回帰する第2部終結部に至る道のりを丁寧な音楽づくりで手堅く纏め上げている。

そして、そのアプローチは、曲想を精緻に描き出して行くというきわめてオーソドックスで純音楽的なものであり、マーラーの光彩陸離たる音楽の魅力をゆったりとした気持ちで満喫することができるという意味においては、前述のインバルによる名演にも匹敵する名演と言える。

コンセルトヘボウ・アムステルダムは、前任のシャイー時代にその独特のくすんだようないぶし銀の音色が失われたと言われているが、本演奏においては、そうした北ヨーロッパならではの深みのある音色を随所に聴くことが可能であり、演奏に奥行きと潤いを与えている点を忘れてはならない。

豪華メンバーを揃えた独唱陣も素晴らしい歌唱を披露しており、バイエルン放送合唱団
、ラトビア国立アカデミー合唱団、オランダ放送合唱団、オランダ国立少年合唱団、オランダ国立児童合唱団も最高のパフォーマンスを示していると評価したい。

いずれにしてもヤンソンスがコンセルトヘボウに鳴り響かせた大宇宙を捉え切った極上の高音質SACD盤(同内容の全曲演奏を収録した映像特典つき)で味わえるのを大いに歓迎したいと考える。

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2015年03月30日


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マリス・ヤンソンスとオスロ・フィルによるEMIへのシベリウス第1弾となったもの。

今をときめくヤンソンスが、手兵としたオスロ・フィルとともに残したシベリウスのホットな演奏で、1990年録音当時としては、その後を期待するに十分な出来映えの1枚となった素晴らしい名演だ。

ヤンソンス&オスロ・フィルのクオリティの高さは来日公演で満座の聴衆を驚倒させたが、この素晴らしいコンビの代表盤のひとつが、このシベリウス録音だ。

ヤンソンスは、現在においては、コンセルトへボウ・アムステルダムとバイエルン放送交響楽団という、世界有数のオーケストラを手中に収める現代を代表する指揮者の1人に成長したが、本盤の録音当時(1990年)は、オスロ・フィルという、決して一流とは言えないオーケストラを指揮する気鋭の指揮者の1人に過ぎなかった。

そんなヤンソンスではあるが、当時から、シベリウスを得意としており、交響曲第1番には、後年にも手兵のバイエルン放送交響楽団と録音し、それも素晴らしい名演であったが、本盤も、後年の名演に優るとも劣らない見事な名演に仕上がっている。

「第1」の魅力は音色の作り方のうまさで、輝かしい音、磨かれた音から渋めの音、くすんだ音まで、音楽のシーンに即して的確にヴィヴィッドに反応する。

そして心地よいテンポ、しなやかなフレージング、ヤンソンスの構成への見通しに優れた解釈は、作品に引き締まったプロポーションと躍動する若々しい運動性を与えている。

アンダンテ楽章は楽器の絡み合いがチャーミングであり、スケルツォは精彩に富み、フィナーレの滑らかで力強く明快率直な演奏には興奮を禁じ得ない。

近ごろ珍しいものとなってきた演奏の気迫が如実に感じられ、音が一杯詰まったという感じであるが、いわゆる北欧的な雰囲気も豊かに感じられる会心の演奏。

スケール大きく伸びやかに鳴り響き、シベリウス作品に不可欠の、北欧風の奥行きある情感に溢れている。

気迫に満ちたヤンソンスの指揮、意欲的にそれに応えるオスロ・フィルの前向きな演奏は、聴き手を興奮させてくれる。

ヤンソンスとオスロ・フィルのコンビネーションが光る、北欧特有の抒情とオーケストラの機能美を極限にまで結びつけた驚異のシベリウス演奏と言えよう。

本盤の特徴、そして優れた点は、北欧の雰囲気を大いに満喫できる点で、ヤンソンスのシベリウスは、泥臭さが無く、非常に爽快、近年のシベリウス演奏の代表的な録音のひとつに数えられる。

前述のように、この当時は、まだまだ研鑽を積みつつある若手指揮者の1人に過ぎなかったのであるが、いわゆる青臭さは皆無であり、気迫に満ちた演奏が繰り広げられている。

若さ故の勢いに任せた強引さもなく、北欧風の抒情を巧みに盛り込みつつ、実に成熟した演奏を行っている点を高く評価したい。

輪郭をぼかすことなく、各パートの音を丁寧に鳴らし、ゲネラルパウゼの効果的な活用や、木管楽器の響かせ方にも個性的なものがあり、独特の魅力を持っている。

併録の気迫に満ち、情熱的な存在感のある「フィンランディア」や、胸のすくような「カレリア」組曲も、交響曲第1番と同様の傾向の、北欧風の抒情を活かした成熟した名演だ。

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2015年02月23日


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ヤンソンスは、現在ではラトルやゲルギエフなどと並ぶ世界を代表する人気指揮者の1人である。

コンセルトへボウ・アムステルダムとバイエルン放送交響楽団といった超一流の音楽監督を兼務するなど、名実ともに現代を代表する大指揮者であると言っても過言ではあるまい。

ヤンソンスが初来日したのは1986年で、当時、レニングラード・フィルの副指揮者をつとめていたヤンソンスは、ムラヴィンスキーが急病で来日をキャンセルしたこともあって、その代役としてレニングラード・フィルとともに数々の演奏会をこなしたのである。

本盤に収められたショスタコーヴィチの交響曲全集は、いまだヤンソンスが若かった初来日の2年後の録音(1988年)である第7番を皮切りとして、2005年に録音された第13番に至るまで、何と17年もの歳月をかけて録音がなされたものである。

そして、オーケストラについても、副指揮者をつとめていたレニングラード・フィルや現在音楽監督をつとめているバイエルン放送交響楽団、更には、ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、フィラデルフィア管弦楽団、ピッツバーグ交響楽団、ロンドン・フィル、オスロ・フィルといった世界各国の8つのオーケストラを起用して録音がなされているというのも、本全集の大きな特徴と言えるだろう。

ヤンソンスの芸風は、本全集の17年間に大きく変容しているとは言えるが、基本的には純音楽的なアプローチと言えるのではないだろうか。

ムラヴィンスキーの下で副指揮者をつとめていたにもかかわらず、ムラヴィンスキーのような楽曲の心眼に鋭く切り込んで行くような徹底して凝縮化された凄みのある表現を聴くことはできない。

さりとて、ゲルギエフやスヴェトラーノフ、そしてロジェストヴェンスキーなどによるロシア風の民族色を感じさせるようなアクの強さなども殆ど存在していない。

むしろ、楽想を精緻に、そして丁寧に描き出していくというものであり、他のロシア系の指揮者とは一線を画する洗練された演奏を行っているとさえ言えるだろう。

しかしながら、ヤンソンスの表現は洗練されているからと言って、スコアに記された音符の表層だけをなぞっただけの薄味の演奏にはいささかも陥っていない。

一聴すると淡々と流れていく各フレーズには独特のニュアンスが込められており、楽曲の細部に至るまで彫琢の限りを尽くした表現を駆使していると言えるのかもしれない。

もっとも、17年もの歳月をかけただけに、初期に録音されたものよりも後年の演奏の方がより優れており、とりわけバイエルン放送交響楽団とともに録音した第2番、第3番、第4番、第12番、第13番の5曲は、素晴らしい名演に仕上がっていると評価したい。

これに対して、最初の録音であるレニングラード・フィルとの第7番は、いささか踏み込み不足が感じられるところであり、作曲者生誕100年を記念して発売されたコンセルトへボウ・アムステルダムとのライヴ録音(2006年)と比較すると、今一つの演奏であると言わざるを得ない。

その他の交響曲については、出来不出来はあるが、少なくとも今日のヤンソンスの名声を傷つけるような演奏は皆無であり、一定の水準は十分に保った演奏に仕上がっている。

前述のバイエルン放送交響楽団との5曲の名演やコンセルトへボウ・アムステルダムとの第7番の名演等に鑑みれば、ヤンソンスが今後バイエルン放送交響楽団、あるいはコンセルトへボウ・アムステルダムとともに、ショスタコーヴィチの交響曲全集を録音すれば、おそらくは現代を代表する全集との評価を勝ち得ることが可能ではないかとも考えられるところだ。

いずれにしても、本全集は、今日の大指揮者ヤンソンスへの確かな道程を感じさせる全集であり、最初期の第7番を除いては水準以上の演奏で構成されていること、そして破格の廉価であることに鑑みれば、初心者にも安心しておすすめできる素晴らしい全集であると評価したいと考える。

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2014年12月30日


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マリス・ヤンソンスは、バイエルン放送交響楽団とロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団という、世界でも超一流のオーケストラの音楽監督を兼任するなど、名実ともに、同じく指揮者であった父親のアルヴィド・ヤンソンスを超える現代における大指揮者の1人であるが、本盤に収められたチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」、そしてストラヴィンスキーのバレエ組曲「火の鳥」は、バイエルン放送交響楽団の音楽監督に就任して1年後のライヴ録音だ。

ヤンソンスは、祖国ロシアにおいて、ムラヴィンスキーの統率下にあったレニングラード・フィルの副指揮者をつとめ、ムラヴィンスキーの薫陶を受けるとともに、カラヤン国際指揮者コンクールにおいて第2位入賞を果たすなど、カラヤンの影響も少なからず受けることになった。

それだけに、ムラヴィンスキーとカラヤンによる得意のレパートリーであったチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」については、両者の演奏のそれぞれの長所を採り入れた演奏になっていると言えるのではないだろうか。

演奏全体の引き締まった造型美とテンポ設定については、ムラヴィンスキー直伝の神経に貫かれた演奏とも言えるところであるが、これにカラヤンの演奏が有していた豪壮華麗さが付加された、いい意味での剛柔のバランスのとれた演奏こそが、ヤンソンスによる本演奏ということになるのではないかと考えられるところである。

また、実演ならではの強靭な生命力やトゥッティに向けて畳み掛けていくような気迫においていささかも不足がないところであり、若き日のヤンソンスがオスロ・フィルとともにチャイコフスキーの交響曲全集をスタジオ録音(シャンドスレーベル)した際の「悲愴」の演奏よりも格段に優れた素晴らしい名演に仕上がっていると高く評価したい。

他方、ストラヴィンスキーのバレエ組曲「火の鳥」は、ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団とのほぼ同時期のライヴ録音が存在している。

当該演奏と本盤の演奏は、アプローチ自体は酷似していることから、オーケストラの違いということになるが、両オーケストラともに技量は卓越したものがあり、後はオーケストラの音色の好みの問題と言えるのではないかと考えられる。

いずれにしても、本盤の演奏は、ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団との演奏と同格の素晴らしい名演と高く評価したい。

音質は、1994年のライヴ録音ということもあって、従来CD盤でも比較的満足できるものであったが、今般発売されたBlu-spec-CD2盤は、従来CD盤とは次元が異なるような優れた高音質に蘇っている。

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2014年10月03日


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近年、我が国出身の若手女流ヴァイオリニストが世界各国の有名コンクールで優勝する等の華々しい活躍をしている。

例えば、チャイコフスキー国際コンクールで優勝した諏訪内晶子(その後、神尾真由子が続く)をはじめ、パガニーニ国際ヴァイオリンコンクールにおいて史上最年少で優勝した庄司沙耶香など、雨後の竹の子のように数多くの若き才能あるヴァイオリニストが登場してきている。

もっとも、彼女たちに共通しているのは、デビュー後数年間は華々しい活躍をするが、その後は影の薄い存在に甘んじてしまっているということだ。

諏訪内晶子にしても、近年では相次ぐスキャンダルによって新譜すら殆ど発売されていない状況に陥っているし、庄司沙耶香にしても最近での活躍はあまり聞かれないところだ。

神尾真由子なども今後どのように成長していくのかはわからないが、クラシック音楽の受容の歴史が浅い我が国の若手女流ヴァイオリニストが普遍的に世界で活躍するような土壌は、未だに肥沃なものとなっていないと言えるのではないだろうか。

五嶋みどりは、特にコンクールなどでは取り立てた受賞歴はないが、14歳の時のバーンスタインとの伝説的なコンサートで一躍世界に知られる存在となったところだ。

その後は、1990年代から2000年代の前半にかけて、世界の一流指揮者、オーケストラとともに各種の協奏曲等の録音を行うなど、華々しい活躍を行っていたが、最近では、他の若手女流ヴァイオリニストと同様に活動ややや低調になり、2006年のバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番の録音を最後に新譜が登場していない状況にある。

新譜の数自体が激減している昨今のクラシック音楽界の現状に鑑みれば、致し方がない面もあろうかとも思うが、五嶋みどりにしても、かつての輝きを今後も維持できるのかどうか、大きな岐路に立っていると言っても過言ではあるまい。

かつての伝説的なコンサートはもはや遠くに過ぎ去った過去の話であり、五嶋みどりが今後も円熟の大ヴァイオリニストとして末永く活躍していただくことをこの場を借りて祈念しておきたい。

それはさておき、本盤に収められたメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲とブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番は、五嶋みどりが輝いていた時代の素晴らしい名演だ。

五嶋みどりのヴァイオリンは、もちろん技量においても何ら問題はないが、巧さを感じさせないところが素晴らしい。

要は、楽曲の美しさだけが聴き手に伝わってくるような演奏を心掛けていると言えるところであり、加えて、畳み掛けていくような気迫や強靭な生命力が演奏全体に漲っているのが素晴らしい。

実演ということも多分にあるとは思うが、五嶋みどりの体当たりとも言うべき渾身の、そして楽曲の美しさを際立たせた演奏は、我々聴き手の感動を誘うのに十分であり、このような力強い名演奏を聴いていると、あらためて五嶋みどりの卓越した才能を感じることが可能だ。

一部の女流ヴァイオリニストにありがちな線の細さなどは微塵もなく、どこをとっても骨太のしっかりとした構えの大きい音楽が鳴り切っているのが見事である。

このような堂々たる五嶋みどりのヴァイオリンを下支えしているのが、ヤンソンス&ベルリン・フィルによる名演奏である。

ヤンソンスは、今や現代を代表する大指揮者の一人であるが、本演奏でも五嶋みどりのヴァイオリンをしっかりとサポートするとともに、ベルリン・フィルを巧みに統率して、重厚な装いの中にも両曲に込められた美しい旋律の数々を感動的に歌い抜いているのが素晴らしい。

音質は2000年代前半のライヴ録音であり、従来盤でも十分に満足できるものである。

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2014年10月01日


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ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団とバイエルン放送交響楽団という欧州2大名門を手中に、そのキャリアの絶頂を極めたかにもみえるヤンソンス。

このバイエルン放送響とのシベリウスは、そんなヤンソンスの芸境が以前とは比較にならないほど高度な領域に達していることを痛感させる、ある意味では信じがたいほどの名演。

まずは第1楽章の冒頭、ティンパニの静かな持続音を背景に現れるクラリネット・ソロの艶やかさに魅了されるが、この瞑想的な静寂を破るヴァイオリンの、まるで清水のように透明な新鮮さ、そこから始まる主題提示が金管のフォルティッシモに至るまでのわずかの間に示された、厳重をきわめたパート・バランスの管理から生まれる豊富な音型情報、オケ総員の呼吸を1人も漏らさずまとめ上げた感のある、極めて自然で弾力のある流動感等々、荒々しさばかりを強調した他の演奏からは聴かれない、美的にしてしかも力強い音楽には、まさに目からウロコが落ちる思いを禁じ得ない。

この細部に対する厳しい視線と流れるような旋律表現との共存が、この演奏を成功に導いた要因と言えるだろう。

同じ第1楽章の展開部における木管アンサンブル(6:25〜)の克明なことには仰天で、ほとんど単なる経過句として単調に処理された演奏も多いなか、多様な響きの面白さを立体的に、しかも時間の経過とともに景観を異にしていくかのような見事なコントロールとリズム感の鋭さ、響きに対する鋭敏な感覚には、かつて薫陶を受けたという故ムラヴィンスキーからの強い影響を思わせる。

この展開部に続く再現部(7:05〜)のしなやかな旋律美は、直前までが恐ろしいほど厳しかっただけに効果絶大で、なにか心が晴れ晴れと解放されるようなその感覚は、ヤンソンスのムチのように強くしなやかなフレージングによって壮健な肉体性さえも備え、弛緩した印象などは無縁だ。

もちろん、そうしたことを完全に実行するには、バイエルン放送響の高度な機能性を抜きには考えられないことであろう。

もともとヨーロッパ屈指の実力を誇るこの団体が、この演奏では従来よりさらに一段とレヴェル・アップしているように思えるのは、やはりヤンソンスとの相性の良さを物語るものなのであろうか。

持ち前の機動力はもちろん、総体としてのアーティキュレーションの統一感は、これがライヴであることを考えればほとんど信じがたいほど。

個々のソロ・パートの見事さは言うに及ばずで、とりわけ第3楽章を筆頭とするティンパニの名人芸には脱帽、いささか取りとめの無い印象もあるこの作品をタイトに引き締める絶妙な効果を上げている。

総じて言えることは、この演奏が従来にないほど細部に神経を通わせ、内在する豊富な情報を限界まで引き出してみせたということであろう。

その精密度は、これまでもっとも緻密とされたベルグルンドとヨーロッパ室内管の演奏に唯一匹敵すると言いたいほどだ。

しかもそのうえ、ここにはフル・オーケストラならではの厚みのあるサウンドと荒々しい力感があるのだから、もはやこれ以上望むものはない。

録音も優秀で、しっとりと濡れたような音色の艶やかさが全編にわたって保持される一方、細部の解像度の高さ、音の透明感を備えた、まさに究極のライヴ録音と言いたいところである。

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2014年02月25日


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ヤンソンス&ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団によるマーラーの交響曲チクルスの第5弾の登場だ。

前作の「第2」も名演であったが、今般の「第3」も素晴らしい名演と高く評価したい。

「第2」もそうであったが、先ずは、録音の素晴らしさについて言及しておきたい。

本盤も、これまでと同様のマルチチャンネル付きのSACDであるが、世界でも屈指の音響を誇るコンサートホールとされるコンセルトヘボウの豊かな残響を生かした鮮明な音質は、これ以上は求め得ないような圧倒的な臨場感を誇っている。

特に、マーラーの合唱付きの大編成の交響曲の録音において、オーケストラの各セクション、独唱、合唱が明瞭に分離して聴こえるというのは殆ど驚異的な高音質であり、それぞれの楽器や合唱等の位置関係までがわかるほどの鮮明さを誇っている。

かつて、マーラーの「第3」では、マーツァル&チェコ・フィルによる超優秀録音(本盤と同様にマルチチャンネル付きのSACD録音)にして素晴らしい名演(2005年)があったが、本盤も当該盤に比肩し得る極上の高音質であり、なおかつ素晴らしい名演であると言えるだろう。

「第3」は、重厚長大な交響曲を数多く作曲したマーラーの手による交響曲の中でも最大規模を誇る壮大な交響曲である。

したがって、全体をうまく纏めるのが難しい交響曲であるが、ヤンソンスは、全体の造型をいささかも弛緩させることなく的確に纏め上げるとともに、スケールの大きさを損なっていない点を高く評価したい。

そして、そのアプローチは、曲想を精緻に描き出して行くというきわめてオーソドックスで純音楽的なものであり、マーラーの光彩陸離たる音楽の魅力をゆったりとした気持ちで満喫することができるという意味においては、前述のマーツァルによる名演にも匹敵する名演と言える。

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団は、前任のシャイー時代にその独特のくすんだようないぶし銀の音色が失われたと言われているが、本演奏においては、そうした北ヨーロッパならではの深みのある音色を随所に聴くことが可能であり、演奏に奥行きと潤いを与えている点を忘れてはならない。

ベルナルダ・フィンクも素晴らしい歌唱を披露しており、オランダ放送合唱団やブレダ・サクラメント合唱団、ラインモンド少年合唱団も最高のパフォーマンスを示している。

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2014年02月19日


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いつも当ブログに記していることであるが、ハイドンの交響曲演奏の主流がピリオド楽器による古楽器奏法などになりつつあることもあって、最近ではハイドンの交響曲がコンサートの演目になかなかあがりづらい状況になりつつあるのは、作品の質の高さからしても大変残念なことである。

そのような中で、今をときめくヤンソンスが、バイエルン放送交響楽団を指揮して、ハイドンの「ロンドン」と「軍隊」という、交響曲の2大傑作をライヴ収録したのはそれ自体歓迎すべきことである。

当然のことながら、重厚でシンフォニックな演奏を期待したが、いささかその期待を裏切られることになった。

意外にも、演奏が軽快にすぎるのである。

「ロンドン」の序奏部からして、音の重心がいかにも軽い。

要するに、心にずしっと響いてくるものが少ない。

主部に入ってからも、軽やかさは持続しており、もしかしたら、ヤンソンスは、最近のハイドン演奏の風潮を意識しているのかもしれないとの思いがよぎった。

大オーケストラを指揮しているのに、それはかえすがえすも残念なことである。

ヤンソンスは、すべての繰り返しを実行しているが、それならば、演奏においても、もっと大編成のオーケストラを生かした重厚な演奏を期待したかった。

「軍隊」は、「ロンドン」と比較すると、曲自体の性格もあって、このような軽快な演奏でも比較的心地よく耳に入れることができた。

いずれも決して悪い演奏ではないのだが、期待が大きかった分、いささか残念なCDであったと言わざるを得ない。

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2013年09月24日


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全体の仕上がりは見事なまでの高水準で、ヤンソンス円熟の演奏といったところであろう。

ヤンソンスのアプローチは至極まっとうで、十分な迫力を持ちながらも繊細さを保ち、全曲をしっかりとまとめている。

チャイコフスキーの「第5」は良く言えば豪華絢爛だが、悪く言えばセンチメンタリズムなところがあり、作曲者自身も自作の装飾過剰について自己嫌悪気味の発言をしていたようだ。

ところが、これはセンチメンタルのセの字もないような筋肉質でマッチョ系のチャイコフスキーだ。

全体的に遅めの安定感のあるテンポを持続させた、重量級のアンサンブル展開が素晴らしく、その圧倒的なダイナミック・レンジといい、バイエルン放送響のアンサンブルのズシリとしたバスのふくよかな量感といい、強奏時の圧し掛かるようなトゥッティの凄い質量感といい、すこぶる聴き応えのある、まさに重厚な感触のチャイコフスキーが披歴されている。

したがって、どこもかしこも立派でケチをつけるところは皆無なのであるが、他方、生命力溢れる力強さとか、個性といったものがいささかも感じられないのが、難点とも言える。

相変わらず楽譜の読みは緻密で、たとえば第3楽章ではホルンのゲシュトップト奏法を浮き立たせて、甘美なワルツの背後に暗い影を感じさせるが、全体としてはもう一息で、ヤンソンスならではの個性を刻印して欲しかった。

オーケストラの技術の高さも実に見事であり、立派な演奏であることは認めるが、ヤンソンスならば、今一歩レベルの高い演奏を望みたいところだ。

むしろ、併録の「フランチェスカ・ダ・リミニ」の方が素晴らしい。

これは、かつての若き日のヤンソンスを思わせるようなパワフルで力強い迫力が持ち味であり、同曲演奏史上最高の名演の一つと言っても過言ではないと高く評価したい。

SACDマルチチャンネルによる極上の高音質録音も見事である。

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2013年05月12日


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ヤンソンス&コンセルトヘボウ管弦楽団によるマーラーの交響曲チクルスの第5弾の登場だ。

前作の「第2」も名演であったが、今般の「第3」も素晴らしい名演と高く評価したい。

「第2」もそうであったが、先ずは、録音の素晴らしさについて言及しておきたい。

本盤も、これまでと同様のマルチチャンネル付きのSACDであるが、世界でも屈指の音響を誇るコンサートホールとされるコンセルトヘボウの豊かな残響を生かした鮮明な音質は、これ以上は求め得ないような圧倒的な臨場感を誇っている。

特に、マーラーの合唱付きの大編成の交響曲の録音において、オーケストラの各セクション、独唱、合唱が明瞭に分離して聴こえるというのは殆ど驚異的な高音質であると言えるところであり、それぞれの楽器や合唱等の位置関係までがわかるほどの鮮明さを誇っている。

かつて、マーラーの「第3」では、マーツァル&チェコ・フィルによる超優秀録音(本盤と同様にマルチチャンネル付きのSACD録音)にして素晴らしい名演(2005年)があったが、本盤も当該盤に比肩し得る極上の高音質であり、なおかつ素晴らしい名演であると言えるだろう。

「第3」は、重厚長大な交響曲を数多く作曲したマーラーの手による交響曲の中でも最大規模を誇る壮大な交響曲である。

したがって、全体をうまく纏めるのが難しい交響曲でもあると言えるところだ。

ヤンソンスは、全体の造型をいささかも弛緩させることなく的確に纏め上げるとともに、スケールの大きさを損なっていない点を高く評価したい。

そして、そのアプローチは、曲想を精緻に描き出して行くというきわめてオーソドックスで純音楽的なものであり、マーラーの光彩陸離たる音楽の魅力をゆったりとした気持ちで満喫することができるという意味においては、前述のマーツァルによる名演にも匹敵する名演と言える。

コンセルトヘボウ管弦楽団は、前任のシャイー時代にその独特のくすんだようないぶし銀の音色が失われたと言われているが、本演奏においては、そうした北ヨーロッパならではの深みのある音色を随所に聴くことが可能であり、演奏に奥行きと潤いを与えている点を忘れてはならない。

ベルナルダ・フィンクも素晴らしい歌唱を披露しており、オランダ放送合唱団やブレダ・サクラメント合唱団、ラインモンド少年合唱団も最高のパフォーマンスを示していると評価したい。

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2013年04月17日


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ラフマニノフの交響曲第2番は、今や多くの指揮者によるレパートリーとされている。

ヤンソンスもその例にもれず、本盤を含めた全集を完成している。

ただ、演奏が優れているかどうかと言うと、筆者としてはいささか疑問に思う点がないわけではない。

良く言えば、サンクトペテルブルク・フィルの剛健にして緻密な響きにヤンソンスの粋なセンスが加わり、ラフマニノフの交響曲から、洗練された芳醇なロシア的ロマンティシズムが香ってくる演奏。

しかしおそらくは、現在の円熟の境地にあるヤンソンスならば、もっと充実した演奏が出来たのではないかとさえ思う。

それくらい、この「第2」は、イマイチなのだ。

何が物足りないかと言うと、アプローチに一貫性がないという点である。

「第2」の演奏様式としては、ロシア音楽としてのあくの強さを強調した演奏(スヴェトラーノフやゲルギエフなど)と、20世紀の音楽を意識した洗練された演奏(デュトワなど)に大きく分かれると考えているが、ヤンソンスの演奏は、どっちつかずなのである。

冒頭の開始部は、どの演奏よりもスローテンポで開始され、これはロシア的な情緒を全面に打ち出した演奏かと思うと、主部に入ると一転して颯爽とした洗練の極み。

このようなどっちつかずの演奏が、全曲を支配していると言えるところであり、これでは中途半端のそしりは免れないと言える。

むしろ、併録の「スケルツォ」や、特に、「ヴォカリーズ」は、ラフマニノフの美しい旋律を徹底的に歌い抜いた名演と高く評価したい。

ラフマニノフ最初の管弦楽作品である「スケルツォニ短調」も聴きものだ。

HQCD化によって、音質が鮮明になった点は評価できる。

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2013年04月14日


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このオランダの名門オーケストラとシベリウスの組合せの録音は、ほとんどないと言ってもいいくらいだ(1960年代にジョージ・セルとの録音があったぐらいか)。

理由は歴代の音楽監督(メンゲルベルク、ベイヌム、ヨッフム、ハイティンク、シャイー)がシベリウスを得意とする指揮者ではなかったということも関係しているように思える。

ハイティンク時代に客演し、しばしばこのオーケストラと録音したコリン・デイヴィスはシベリウスを得意とするが、録音はボストン交響楽団と行った。

これについては、コンセルトヘボウ管弦楽団とシベリウスの相性の問題もあったものだと推測できる。

当盤の演奏について一言で言うと、あたたかく春の到来を告げるような伸びやかで平和なシベリウスで、春にぴったりの音楽のような気がする。

北欧の指揮者と北欧のオーケストラの演奏のように、ひんやりとした感触とか贅肉をそぎ落とした厳しさのようなものは皆無と言っていいくらいで、要はシベリウスらしくない演奏と言えるだろう。

それでも、この第2番の演奏は魅力的だ。

コンセルトヘボウ管弦楽団特有の暖色系の音色の弦楽器群や木管楽器のカラフルなソロが耳に心地が良い。

全4楽章を通して耳のご馳走が続くが、特に第1楽章では、その魅力を満喫でき、まさにシベリウスの「田園交響曲」と呼ばれるこの作品に相応しい。

フィナーレにおいては、開放感にあふれた胸のふくらむような楽想にぴったりの演奏で、たっぷりと思う存分に有名な第1主題を歌わせる。

その後のクライマックスまでの劇的な展開、高揚感も素晴らしいとしか言いようがなく、終結部の第1主題の動機は実演で聴いたら鳥肌ものだろう。

世界屈指の音響を誇るコンセルトヘボウ・ホールの響きを生かした録音も素晴らしい。

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2013年04月03日


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ヤンソンスの進境の著しさをあらわす素晴らしい名演である。

本演奏は、何か特別に個性的な解釈で聴き手を驚かすような性格のものではない。

中庸のテンポでオーケストラを無理なく鳴らし、ラヴェルの華麗なオーケストレーションを鮮明に再現しようというオーソドックスなアプローチだ。

それでいて、各組曲の描き分けは完璧。

随所に出現するプロムナードについての変化の付け方は、円熟の至芸に達しているとも言える。

「キエフの大門」の終結部における盛り上がりは、圧倒的な迫力だ。

ヤンソンスの統率の下、手兵のコンセルトへボウ管弦楽団も最高のパフォーマンスを示していると言える。

金管楽器も木管楽器も実に巧く、弦楽器の北ヨーロッパならではのくすんだ音色も魅力的だ。

シャイーの時代に、コンセルトへボウ管弦楽団ならではの伝統の音色が失われたと言われたが、ヤンソンスの時代になって、幾分復活したのではないだろうか。

録音も素晴らしく、コンセルトヘボウ管弦楽団の魅力を満喫出来る素晴らしいCDだ。

SACDマルチチャンネルは、鮮明さと臨場感において、向かう敵はない存在であり、『展覧会の絵』のような作品を再現する際においては、理想の媒体であると言えよう。

『展覧会の絵』のみしか収録されていないという点もあるが、値段も安く、コストパフォーマンス的にも素晴らしいCDだ。

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2013年03月09日


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2004年9月4日、アムステルダム・コンセルトヘボウに於ける収録。

まずは、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音を高く評価したい。

R・シュトラウスのような大オーケストラによる楽曲の場合、演奏内容の前に、録音の良さが勝負になるが、本盤の場合は、いささかの不足もない、極上の高音質に仕上がっていると言える。

マルチチャンネルによって、あたかもコンサートホールで聴いているような臨場感があり、各楽器の分離も完璧だ。

やや弱音がはっきりしない箇所(例えば、英雄の戦いの場面の冒頭のトランペットなど)も散見されるが、これは、録音のせいと言うよりも、後述のように、ヤンソンスの表現によるところが大きいと思われる。

そして、演奏内容であるが、「英雄の生涯」は、かのメンゲルベルクが首席指揮者をつとめていたときにシュトラウス自身によってコンセルトヘボウに献呈されたという、まさにこのオーケストラにとって特別な曲であるだけに、指揮者もオーケストラも一丸となって、熱のこもった演奏を繰り広げているのが特徴だ。

さらに、ヤンソンスのロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団首席指揮者就任記念コンサートであるだけに、まるでヤンソンスにR.シュトラウスがのりうつったかのような激演になっている。

それ故に、ヤンソンスもある種の気負いがあるせいか、強弱をあまりにも強調するあまり、弱音が不自然に弱く、痩せて聴こえる箇所も出てきているが、それでも、総体としては、この両者の実りの多い関係を予見させるだけの、なかなか水準の高い佳演を繰り広げていると評価したい。

ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団は、さすがに技量の水準が高く、最高のパフォーマンスを示していると言える。

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2013年03月06日


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指揮、オケ、声楽、録音すべて揃った名盤。

まず、SACDマルチチャンネルによる極上の高音質録音を高く評価したい。

ホールの残響をたっぷりと捉えた録音も見事であり、サラウンドスピーカーから流れる音が、メインスピーカーの音と対等の音量、音質を保っている点も素晴らしく、それ故に、臨場感溢れる音場が形成されるものと考える。

最近のSACDマルチチャンネルのCDの中には、サラウンドスピーカーの音を、メインスピーカーの音を補完する程度に絞っている例も散見されるが、それでは、マルチチャンネルの意味がないと言えるのではないか。

本盤の、このような素晴らしい臨場感溢れる音質によって再現される演奏の素晴らしさはどう表現すればいいだろうか。

ヤンソンスのアプローチは、聴き手を驚かすような個性などとは全く無縁のオーソドックスなもので、マーラーがスコアに書き込んでいる注意書きを、忠実に守っている演奏(使用楽譜はキャプラン版)である。

そうした自然体のアプローチによって、マーラーの交響曲第2番の魅力が、聴き手にダイレクトに伝えられているという点を忘れてはならないだろう。

マーラーの「第2」は彼にとって初の合唱付き交響曲ということで、まだ若い作曲者(完成時34歳)がベートーヴェンの「第9」に張り合おうと、大いに背伸びをして書いた曲であるから、やや表面的な効果に頼った皮相なところもある曲だ。

ヤンソンスの指揮は「効果」はそれなりに生かしつつ、しかし皮相さをあまり感じさせない音楽的な充実度の高いもの。

木管のひと節、弦の歌い口などでも実にいいオケ、ひいては実にいい指揮者だなと感じさせるところが随所にある。

また、楽曲の聴かせどころのツボを心得た演出は心憎いばかりであり、特に、終楽章の中間部。

他の指揮者では冗長に陥りがちな箇所を、緩急自在のテンポ設定や絶妙な間の取り方などを駆使して、実に面白く聴かせてくれていることを高く評価したい。

手兵のロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団や、独唱陣、合唱団も最高のパフォーマンスを示していると言える。

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2012年11月20日


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これは、ドヴォルザークの「新世界より」という交響曲の魅力を、ゆったりした気持ちで味わうことができる名演だ。

第2楽章の中間部の微妙なテンポの変化や、終楽章の第1主題のレガートのかけ方などに、やや個性的な箇所も散見されるが、それ以外はいかにも模範的な解釈。

奇を衒うということはいささかもなく、中庸のテンポで、交響曲の全体像を描き出していく。

要するに、指揮者の個性というよりは、楽曲の素晴らしさを存分に味わうことができる演奏ということが出来るだろう。

したがって、「新世界より」に何か特別な個性的解釈や、意味深さなどを求める聴き手からすると、物足りないと感じる人もいるとは思うが、これだけ、「新世界より」の魅力を心ゆくまで堪能させてくれるのであれば文句は言えないのではないかと思われる。

この演奏、確かに「新世界」なのだが、これまでのどの演奏とも異なる、文字通りの「新世界」だ。

さらにいえば「別世界」。

ポピュラーすぎてどれを聴いても同じようにしか聴こえてこなかったこの曲であるが、あらためてその魅力と奥深さを気付かせてくれた現代の名演と言えよう。

ヤンソンスによって鍛え抜かれた手兵コンセルトヘボウ管弦楽団の好演も特筆すべきであろう。

弦楽器も、そして、金管楽器や木管楽器も実に巧く、ここぞという時のティンパニをはじめとする打楽器群の迫力も圧倒的だ。

名門オーケストラ、コンセルトヘボウ管弦楽団がヤンソンスを得て黄金時代の到来を予感させる。

そして、SACDマルチチャンネルによる極上の高音質録音も、コンセルトヘボウのシートで聴いているかのような錯覚を覚える名録音であり、本名演の価値をより一層高めることに大きく貢献している。

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ドヴォルザークの「レクイエム」は名曲で、今回、ヤンソンスの演奏が出たことはまことに喜ばしい限り。

本盤は、ヤンソンス&コンセルトへボウ管弦楽団の黄金コンビの絶好調ぶりをあらわす名演だと思う。

「レクイエム」は、ドヴォルザークの最円熟期に作曲された傑作であるが、そのわりには録音が極めて少ない。

これは大変残念なことであると思うが、その渇きを十分に癒す本名演の登場は、大変に歓迎すべきことであると考える。

期待通り、この美しい曲をまことにこの上なく美しく仕上げた立派な出来映え。

大曲であるが、聴き惚れてしまって、あっという間に終わってしまった。

ヤンソンスは、めまぐるしく移り変わる各局面の描き分けが実に巧みであり、なかなか統率が困難とも言われているウィーン楽友協会合唱団にも、その力強い統率力を発揮して、見事な歌唱をさせているのが素晴らしい。

独唱のストヤノヴァや藤村も最高のパフォーマンスで、この名演に華を添えている。

ドヴォルザークの「第8」も名演だ。

アプローチとしては指揮者の個性を全面に打ち出すというよりも、楽曲の魅力や美しさを引き出した演奏と言うことができる。

だからと言って、没個性的な演奏ということではない。

例えば、第1楽章や終楽章の終結部の猛烈なアッチェレランドや、第2楽章の他のどの指揮者よりもゆったりとしたテンポによる抒情豊かな演奏など、ヤンソンスならではの個性的な解釈も見られる。

録音は、SACDマルチチャンネルによる極上の高音質であり、本盤の価値をより一層高めることに大きく貢献している。

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2012年09月11日


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古楽器奏法や演奏が一般的になりつつあるハイドンの諸曲であるが、本盤は、大オーケストラを指揮したシンフォニックな旧来型のハイドンであり、残響の豊かな録音と相まって、重厚な名演に仕上がっている。

「シンフォニア」の明るく軽快な演奏を経て、交響曲第88番に入るが、これが実に見事な超名演だ。

全体としてはややゆったりとしたイン・テンポで進むが、隋所に見せるセンス豊かなニュアンスの筆舌には尽くし難い繊細な魅力。

バイエルン放送交響楽団が醸し出す南ドイツならではの温かい音色が曲想に見事にマッチしており、それでいて、決して田舎くさくはならず、あたかもモーツァルトの交響曲を聴くような高貴な典雅さに満ち溢れている。

メインの『ハルモニー・ミサ』も壮麗な名演であり、独唱陣も合唱も実に巧く、残響豊かな録音の見事さも相まって、至福の時間を味わうことが出来る。

ヴァルトザッセン教会で行われたこのハイドン・プログラムの目玉は何と言っても『ハルモニー・ミサ』だろう。

ハイドンの12曲あるミサ曲の最後を飾るこの作品の息を飲むような演奏が堪能できる。

バイエルン放送響と放送合唱団という2つの団体から発せられる妙なる調べ。

この作品の表題にもなっている管楽器の輝かしい響き(ハルモニーとは木管楽器の合奏の意味)、表現力豊かな独唱者たち。

あまりにも荘厳で力強い響きは全ての聴衆を圧倒する。

それにしても、SACDマルチチャンネルは素晴らしい。

部屋にいながらにして、演奏会場の雰囲気を鮮明に味わうことができる。

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2012年09月10日


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素晴らしい名演。

何よりも第1楽章冒頭の主題が浮かび上がる瞬間が美しい。

ムジーク・フェラインザールのホールトーンが豊かに広がり、臨場感を増している。

眼前に広がるアルプスのような第1主題と民族的な第3主題との対比が面白い。

第2楽章はワーグナーの葬送曲と言われているがむしろ全生命に対する鎮魂歌ではないかと感じた。

重苦しさよりも美しさを重視し、淡々と進み押しつけがましくないのが良い。

成功のポイントは、ヤンソンスが自我を抑え、ゆったりとしたイン・テンポで、バイエルン放送交響楽団を無理なく鳴らし、決して隙間風の吹かない重厚な演奏を行っている点にあるだろう。

指揮者の解釈云々ではなく、ブルックナーの「第7」の音楽の素晴らしさ、美しさがダイレクトに伝わってくる。

ヤンソンスの指揮には「偉大なる中庸」という表現がよく似合い、何よりも安心して聴くことのできるブルックナーとなっている。

ノヴァーク版を使用しているが、第2楽章の頂点でのシンバルの音色を抑え気味にするなど、決して外面的には陥らないようにしている点も心憎い限りだ。

全編を通して官能的とさえ言える聴覚的な美感が感じられ、むしろ何度も繰り返し聴きたくなる。

それにしても、SACDマルチチャンネルは素晴らしく優秀で、ブルックナーのオルガン的響きを充分に堪能させる。

殊に、冒頭の弦のトレモロの繊細な響きの再現など、まさに真骨頂と言えるだろう。

国内メーカーでも、エクストンが最近ではマルチチェンネルの発売から撤退しつつある中で、バイエルン放送交響楽団をはじめ、欧米のオーケストラの自主レーベルが、発売の努力をしているのは心強い限りだ。

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2012年09月03日


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国際マーラー協会による新クリティカル・エディションによる演奏。

マーラーの交響曲の中でも「第7」は鬼門だと思う。

第3楽章のスケルツォを中心とする相似形という、いかにもマーラーならではの独特の構成をしているが、この不思議な音型のスケルツォと終楽章の饗宴があまりにも異彩をはなっていることで、全体をまとめるのに難渋するケースが多いのではないかと推察される。

その中でも、本盤はなかなかの健闘をしている佳演と言ってもいいのではないだろうか。

ヤンソンスの指揮は作品全体を俯瞰し、奇抜とさえ言えるこの作品の性格をじつに見事に描ききっていると言えよう。

第1楽章は中庸のテンポでオーソドックスなアプローチを行っているが、終結部でテンポを大幅に落とすなど一筋縄ではいかない。

第2楽章と第4楽章の「夜曲」も、馥郁たる夜の空気を抒情豊かに表現しており、特別なことは何もしていないのに実に感動的だ。

問題の第3楽章は、ヤンソンスならば、もう少しワサビの利いた表現も可能とは思うが、バイエルン放送交響楽団の各プレーヤーの技量の素晴らしさに助けられた面もあり、平板に陥る寸前にとどまった感がある。

終楽章は、下手をすると、にぎにぎしい無内容の演奏に陥りがちであるが、ヤンソンスは、バイエルン放送交響楽団の手綱をしっかり締めて、節度のある演奏を行っている。

やや優等生にすぎるきらいがあり、もう少し踏み外しがあってもいいのではないかと思う面もあるが、空虚な響きに支配されるよりはいいのではないか。

本盤のもう一つの魅力は、SACDマルチチャンネルによる高音質録音。

コンサートホールの響きがかなり忠実に再現されるのは実に素晴らしい。

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2011年06月18日


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以前、マリス・ヤンソンスがオスロ・フィルを振ってのEMIデビュー録音、ショスタコーヴィチ「第5」を聴いて、それは新時代のロシアの指揮者の登場を鮮やかに印象づける演奏だったので、ぜひともこの人で交響曲全集が欲しい、と思っていたら、それが実現した。

あたかも、ロシアをそのままに響かせたような演奏で、音楽的な推進力も力強く感じさせる説得力に富む力演集となっている。

ヤンソンスは8つものオーケストラの特色を存分に活用して、「今、ショスタコーヴィチはこういう曲だ」と言わんばかりの実に入念な演奏を繰り広げている。

贅肉のないクリアな演奏で、現代的なスマートさを随所に感じさせる。

全曲を通じてテンポがよく、そこには適度の内的緊張感もあり、デュナーミクも力強く、音楽のスケールが大きい。

とはいえ、一昔前の"英雄的"解釈はここには微塵もなく、曲の重くダイナミックな側面よりも、叙情や優しさや哀しみが心に広がるページも多い。

派手な演出を避け、純音楽的な節度と洗練を聴かせるヤンソンスのセンスはなかなかのものだ。

ヤンソンスは豊満な抒情性と緊張感を交錯させ、言うべきことを言い尽くした説得力が生まれている。

鮮烈な効果に富んでいる作品では、スリムに肉付けした上、その中に彼自身の思いを注ぎ込んで聴き手を納得させ、魅了する。

音楽を歌い上げる息の長さが、やはりロシアの指揮者ならではのスケールを感じさせる。

ショスタコーヴィチ先生も、ちょっと苦笑しながらもこういう演奏が好きなんじゃないかと思う。

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