ケンペ

2017年01月24日


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名匠ケンペが晩年にドレスデンに里帰りをして完成したR.シュトラウスの管弦楽作品集は、ケンペ&シュターツカペレ・ドレスデンの代表的録音であるばかりか、ケンペの全ディスコグラフィの中でも頂点を極めるもので、この作曲家の17曲の作品ほとんどすべての管弦楽曲を網羅しており、しかもそれぞれが最高水準の名演として仕上げられている。

その功績の多くの部分が、この作曲家にゆかりの深いオーケストラに帰せられてよいだろうが、ケンペの質朴な音楽は作品の美をまったく虚飾なく伝える。

その意味でも類例のない全集であり、R.シュトラウスの演奏の原点を衝いた最高の成果でもある。

アンサンブルの見事さは言うまでもないが、その確かな造形が堅固で克明な音楽をつくり、R.シュトラウスの精緻を極めた書法と洗練された美学を存分に味わわせてくれる。

演奏効果を狙えばいくらでも派手にできるR.シュトラウスの交響作品を実に丹念に音楽的に演奏しながら、無理のない自然なスケール感が生み出され、しかも純粋で充実した響きの中から、指揮者とオケとが一体となった熱い情熱と作品の共感が伝わってくる。

このセットのために使用された音源は、ロンドンのEMIアビー・ロード・スタジオに眠っていた旧東ドイツ制作のオリジナル・マスター・テープで、日本では既に2012年に全3巻計10枚のシングル・レイヤーSACD化が実現している。

今回はこれにR.シュトラウスの協奏曲全曲を追加してレギュラー・フォーマット用にリマスタリングし、9枚のCDに収めてしまったところにセールス・ポイントがある。

いずれのCDも殆んど収録時間目一杯に隙間無く曲目を密集させているが、1999年にリリースされ、またブリリアント・レーベルからもリイシューされた9枚組とは同一セッションでありながら、マスター及びリマスタリングが異なっていることもあって、音場の広がりと音像の生々しさには驚かされる。

また、旧盤には組み込まれていなかったオペラ『カプリッチョ』から、ペーター・ダムのホルン・ソロによる間奏曲「月光の音楽」が加わって、よりコンプリートな作品集に仕上がっている。

協奏曲集も総て前述の東独音源からの新リマスタリング盤で、際立った音質改善を高く評価したい。

ケンペの後、やはりR.シュトラウスを得意にしていたカラヤンが1980年代にベルリン・フィルを振った交響詩集が残されていて、それはユニヴァーサルからコレクターズ・エディションとして5枚組CDで出ている。

R.シュトラウスの楽曲というと、筆者としてはどうしてもカラヤンの呪縛から逃れられないが、カラヤンの演奏だけが正解ではないはずで、別のアプローチの仕方もあってしかるべきである。

カラヤンとは正反対のオーソドックスなアプローチで、R.シュトラウスの名演を成し遂げたのはケンぺだと考えている。

それに両者はかなり異なったコンセプトで演奏しているので、その優劣を問うこと自体殆んど意味を成さないように思われる。

言ってみればカラヤンは作品の音響を極限まで洗練させて、非の打ちどころの無いような華麗でスペクタクルな一大音像絵巻を聴かせてくれる。

当時のベルリン・フィルにひしめいていたスター・プレイヤー達がそれを可能にしたと言っても過言ではないだろう。

一方ケンペのそれは本来の意味でロマンティックな解釈で、オーケストレーションの華美な効果を狙ったものというより、むしろ内側からの高揚が渦巻くような、幻想性を追った文学的な懐の深さと黒光りするような熟練がある。

それはケンペの古巣シュターツカペレ・ドレスデンだからこそ実現し得たセッションではないだろうか。

筆者はゼンパー歌劇場での実演に触れて以来、このオーケストラの虜になっている。

深くまろやかな音色と品のよい演奏スタイルは、かつて18世紀に最高度の文化を誇ったザクセンの都のオーケストラに相応しい。

しかし、ディスクでその魅力を味わうとなると納得できるものは案外少ないが、ケンペの遺したシュトラウスはその数少ない好例のひとつ。

もとより、同曲集の定番の誉れ高いものだが、オケと指揮者双方の音楽的資質が理想的に解けあった名演である。

また前述のような条件で、カラヤン盤よりこちらの方が音質的に優位に立つ結果になっている。

録音は1970年から76年にかけてシュターツカペレ・ドレスデンがレコーディング・スタジオとして使うドレスデンのルカ教会での収録になり、内部の豊麗だが決して煩わしくない残響もこうした大規模なオーケストラル・ワークを許容するだけの理想的な音響効果を醸し出している。

演奏曲目、レコーディング・データ及び演奏者名は各CDのジャケット裏面に書かれていてライナー・ノーツには掲載されていない。

尚2014年のR.シュトラウス生誕150周年記念としてワーナーからは現在までにもう2組、やはりEMI音源の10曲のオペラ全曲集22枚セットとその他の作品を集めた3枚組もリリースされている。

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2016年12月22日


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ケンペ&ミュンヘン・フィルによるベートーヴェン演奏はどれも既に定評あるもので、渋く底光りするような独特の音響による骨格造形も逞しいアプローチは実に魅力的である。

奇を衒ったところなど全くないが、密度の薄いところも全くないという、実にクオリティの高い全集で、何度聴いても飽きのこない内容だ。

この演奏からオーケストラの個々の奏者の名人芸や離れ技を聴き取ることは難しく、個人技による感覚上の美観は、ここでは強く抑制されている。

従ってここに見られる音楽的美しさは、表層にたなびくものではなく、内に頑固なまでにしがみついたものであり、全9曲まったくムラのない出来だが、第4番から第7番までの演奏は特に強い感銘を与える。

最近では、ベートーヴェンの交響曲の演奏にも、ピリオド楽器を用いた演奏や古楽器奏法の波が押し寄せてきているが、本全集が録音された1970年代は、まだまだ大編成のオーケストラを用いた重厚な演奏が主流であったと言える。

例えば独墺系の指揮者で言えば、カラヤンやベームといった大巨匠が交響曲全集を相次いでスタジオ録音するとともに、クーベリックやバーンスタインによる全集なども生み出されるなど、まさにベートーヴェンの交響曲全集録音の黄金時代であったと言っても過言ではあるまい。

そのような中で、決して華やかさとは無縁のケンペによるベートーヴェンの交響曲全集が、1975年のレコード・アカデミー賞を受賞するなど一世を風靡するほどの評判を得たのはなぜなのだろうか。

確かに、本全集の各交響曲の演奏は、巷間言われているように、厳しい造型の下、決して奇を衒わない剛毅で重厚なドイツ正統派の名演と評することが可能であるが、決してそれだけでないのではないだろうか。

一聴すると、オーソドックスに思われる演奏ではあるが、随所にケンペならではの個性が刻印されていると言えるだろう。

例えば、第2番では、冒頭の和音の力強さ、第2楽章のこの世のものとは思えないような美しさ、第3楽章は、他のどの演奏にも増して快速のテンポをとるなど、決して一筋縄ではいかない特徴がある。

第4番第1楽章冒頭の超スローテンポによる開始、そして第3楽章など、他のどの演奏よりも快速のテンポだが、それでいて、全体の造型にいささかの揺らぎも見られないのはさすがと言うべきであろう。

第5番の第1楽章のテンポは実にゆったりとしているが、決してもたれるということはなく、第1楽章に必要不可欠な緊迫感を決して損なうことなく、要所での音の強調やゲネラルパウゼの効果的な活用など、これこそ名匠ケンペの円熟の至芸と言うべきであろう。

終楽章のテンポはかなり速いが、決して荒っぽさはなく、終結部のアッチェレランド寸前の高揚感は、スタジオ録音とは思えないほどのド迫力と言えるところだ。

第6番の第1楽章は、かなりのスローテンポで、同じようなスローテンポで第2楽章もいくかと思いきや、第2楽章は流れるようなやや速めのテンポで駆け抜ける。

第3楽章に至ると、これまた凄まじい快速テンポをとるなど、必ずしも一筋縄ではいかない個性的な演奏を展開している。

第7番は、冒頭から実に柔和なタッチでゆったりとしたテンポをとり、主部に入っても、テンポはほとんど変わらず、剛というよりは柔のイメージで第1楽章を締めくくっている。

第2楽章は、典型的な職人芸であり、決して安っぽい抒情に流されない剛毅さが支配しており、第3楽章は雄大なスケールとダイナミックな音響に圧倒されるし、終楽章は、踏みしめるようなゆったりしたテンポと終結部の圧倒的な迫力が見事だ。

第8番は、中庸のテンポで、ベートーヴェンがスコアに記した優美にして軽快な音楽の魅力を、力強さをいささかも損なうことなく表現しているのが素晴らしい。

そして、第9番は、ケンぺ&ミュンヘン・フィルによる偉大な本全集の掉尾を飾るのに相応しい圧倒的な超名演。

ここでのケンペの指揮は堂々たるドイツ正統派で、気を衒うことは決してしない堂々たるやや遅めのインテンポで、愚直なまでに丁寧に曲想を描いているが、悠揚迫らぬ歩みによるいささかも微動だにしない風格は、巨匠ケンペだけに可能な圧巻の至芸と言えるだろう。

ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団も、ケンペによる確かな統率の下、最高のパフォーマンスを発揮していると評価したい。

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2016年10月04日


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当時オペラ上演のための劇場を失っていたシュターツカペレ・ドレスデンとそのコーラスがルドルフ・ケンペを迎えて、戦禍にも絶えることがなかった古き良き時代のドイツ精神の高揚と彼らのオペラ再興への強い情熱、そして弥が上にもその底力をみせたワーグナーの『マイスタージンガー』である。

ある意味ではソヴィエトの文化政策介入への牽制があったのかも知れない。

ケンペは多くの登場人物を的確に描き分けて、大規模なオーケストラにも几帳面な指示を与え堅実かつ感性豊かなワーグナーの世界を提示している。

純粋な演奏時間だけで4時間を超す大作だが、すっきりと纏められている上に音質も良く全曲を聴き通すのが苦にならない。

尚このセットにはライナー・ノーツは付いているが、歌詞対訳は省略されている。

中部ドイツ放送制作のマスター・テープの録音およびその保存状態が極めて良好で、ここにも彼らの高い技術水準が示されている。

モノラル録音ながら今回のリマスタリングによって細部まで鮮明な音質で鑑賞できるし、セッションであるために音場が近く歌手達の声に潤いと臨場感があり、余計な雑音がないのも幸いだ。

キャスティングでもエヴァにティアーナ・レムニッツ、ハンス・ザックスがフェルディナンド・フランツ、ポーグナーにクルト・ベーメ、また騎士ヴァルターには当時全盛期だったヘルデン・テノールのベルント・アルデンホフなど実力派歌手を起用して、ドレスデンの威信を賭けた万全の態勢で臨んでいたことが理解できる。

ドレスデン市街は1945年2月の大空襲による爆撃でオペラの殿堂だったゼンパーオーパーはもとより演劇用のシャウシュピールハウスも大破したが、幸い後者は1948年から使用可能な状態に修復され、1950年にはケンペ、シュターツカペレによる『マイスタージンガー』の上演に漕ぎ着けた。

これが成功裡に終了したことから翌年同じメンバーでのレコーディングが中部ドイツ放送によって実現した。

録音会場は主としてシャウシュピールハウスのグローサーザールと衛生博物館が使われている。

ちなみにゼンパーオーパーが完全に再建され、ブロムシュテットによるベートーヴェンの『第9』で不死鳥のように甦るのはようやっと1985年のことになり、それまでメンバーたちが本格的なオペラを上演できなかったことを考えれば、それが悲願の達成であったことは想像に難くない。

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2015年06月20日


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ケンぺ&シュターツカペレ・ドレスデンによるR.シュトラウスの管弦楽曲全集は、録音史上でも最高の名全集とも評される歴史的な名盤である。

ルドルフ・ケンぺは、ほぼ同世代の指揮者であった帝王ヘルベルト・フォン・カラヤンが、ベルリン・フィルなどとともに豪壮華麗な演奏を繰り広げたことや、膨大な数のレコーディングを行うなど、華々しい活躍をしていたこと、そして指揮者としては、これから円熟の境地を迎えるという時に急逝したこともあって、現在においても比較的地味な存在に甘んじているのではないだろうか。

芸風は異なるものの、職人肌という点においては共通している先輩格のカール・ベームが、当時隆盛期にあったイエローレーベル(DG)に、ウィーン・フィルとともにかなりの点数の録音を行ったこと、そしてケンペよりも長生きしたことも、そうしたケンペの地味な存在に甘んじているという状況に更なる拍車をかけているとも言えるだろう。

しかしながら、ケンペの存命中は、帝王カラヤンの豪壮華麗な演奏に対置する、いわゆるドイツ正統派の質実剛健な演奏をする指揮者として、ケンペはベームとともに多くのクラシック音楽ファンに支持された指揮者であった。

そのようなケンペの偉大さは、ミュンヘン・フィルとのベートーヴェンの交響曲全集や、ミュンヘン・フィルとのブラームスの交響曲全集、ブルックナーの交響曲第4番及び第5番などといった名演にもあらわれているところである。

しかしながら、これらの名演を大きく凌駕するケンペの最高の遺産が存在する。

それこそは今般、本セットに収められたR.シュトラウスの管弦楽曲全集であると言うのは、おそらくは衆目の一致するところではないだろうか。

本管弦楽曲全集には、2つの交響曲はもちろんのこと、主要オペラからの抜粋なども収められており、まさに空前にして絶後のスケールを誇っていると言っても過言ではあるまい。

ケンペによるR.シュトラウスの各楽曲へのアプローチは、例えば同じくR.シュトラウスの楽曲を十八番としていたカラヤンのように、豪華絢爛にして豪奢なものではない(かかる演奏も、筆者としては、あり得るべきアプローチの1つとして高く評価している)。

むしろ、演奏の様相は、質実剛健そのものであり、いかにもドイツ正統派と称された指揮者だけに、堅牢な造型美と重厚さを持ち合わせたものと言える。

かかる演奏は、R.シュトラウスと親交があり、その管弦楽曲を十八番としていたベームによる演奏と共通しているとも言えるが、ベームがいい意味においては剛毅、悪い意味ではあまり遊びの要素がない四角四面な演奏とも言えるのに対して、ケンぺの演奏には、カラヤンの演奏にようにドラマティックとは言えないものの、より柔軟性に富んだ劇的な迫力を有している言えるところであり、いい意味での剛柔のバランスのとれた演奏ということができるだろう。

いずれの楽曲も前述のようなケンぺの芸風が如実にあらわれた剛柔のバランスのとれた素晴らしい名演と高く評価したいと考える。

このセットのために使用された音源は、ロンドンのEMIアビー・ロード・スタジオに眠っていた旧東ドイツ制作のオリジナル・マスター・テープで、日本では既に2012年に全3巻計10枚のシングル・レイヤーSACD化が実現している。

今回はこれにR.シュトラウスの協奏曲全曲を追加してレギュラー・フォーマット用にリマスタリングし、9枚のCDに収めてしまったところにセールス・ポイントがある。

いずれのCDも殆んど収録時間目一杯に隙間無く曲目を密集させているが、1999年にリリースされ、またブリリアント・レーベルからもリイシューされた9枚組とは同一セッションでありながら、マスター及びリマスタリングが異なっていることもあって、音場の広がりと音像の生々しさには驚かされる。

また、旧盤には組み込まれていなかったオペラ『カプリッチョ』から、ペーター・ダムのホルン・ソロによる間奏曲「月光の音楽」が加わって、よりコンプリートな作品集に仕上がっている。

EMIのSACD盤では含まれてなかった協奏曲集も総て前述の東独音源からの新リマスタリング盤で、際立った音質改善を高く評価したい。

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2015年06月04日


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これは素晴らしい名演だ。

ウィンナ・ワルツを収めたCDは数多く存在しているが、本盤は、その中でも最も魅力的な名演の1つと言ってもいいのではないだろうか。

どの曲も大変優れた演奏で、出世街道を驀進し、欧米を股に掛けて演奏活動を行いつつあったケンペの自信に満ちた音楽作りが味わえる。

立派な演奏だし、オケがウィーン・フィルなのだから、商品価値は十分高いと考えられるが、音源を保有するEMI本体はなぜか発売していない。

おそらくはケンペという地味な指揮者では売れないと踏んでいるのだろうが、これは素晴らしいワルツで、活きの良さが素晴らしく、オケをダイナミックに響かせる指揮ぶりが堪らない。

ケンぺは、ベートーヴェンやブラームス、そしてブルックナーの交響曲などにおいて、ドイツ風の重厚な名演の数々を成し遂げていた指揮者だけに、どちらかと言えば謹厳実直で質実剛健な演奏を行うというイメージが付きまとっていると言っても過言ではないところだ。

しかしながら、本盤のような愉悦に富んだ名演を聴いていると、ケンペは必ずしも質実剛健一辺倒の演奏を行っていたわけではなく、むしろ、ケンペという指揮者の表現力の幅広さ、多彩さ、そしてその豊かな音楽性を窺い知ることが可能だ。

ケンペのウィンナ・ワルツと言えば、シュターツカペレ・ドレスデンとの録音が有名であるが、この旧盤におけるウィーン・フィルとの録音も美しい。

ケンペの手にかかると、さらに丁寧 上品さが際立ち、ドレスデンとの再録音とはまた違ったウィーン独特の音色が堪らない。

それにしても、演奏全体に漲っているリズミカルな躍動感は、ウィンナ・ワルツの演奏としては申し分がない理想的なものと言えるところであり、とりわけ喜歌劇「こうもり」序曲の畳み掛けていくような気迫や強靭さは圧倒的な迫力を誇っており、聴いて思わず度肝を抜かれるほどだ。

それでいて、ケンペならではのドイツ風の重厚さも随所に聴かれるところであり、レハールのワルツ「金と銀」やヨゼフ・シュトラウスのワルツ「天体の音楽」の重心の低い深沈たる味わいの深さには抗し難い魅力がある。

ケンペのワルツは軽やかなウィーン風ではなく、堅固ないわゆるドイツ風であるが、その極めつけがこの「金と銀」。

純ドイツ風に堅実で真面目一途、にこりともしないようなケンペだが、なぜか「金と銀」が大好きで、ステレオになってからウィーン・フィルでまずレコーディング、さらにシュターツカペレ・ドレスデンで再録音している。

どちらも曲への思いのたけをすべて吐露したような名演で、ケンペ得意の曲なのであろう、堂々と自信たっぷりに演奏しており、そのドラマティックな演奏は、これを凌駕する演奏にまだお目にかかってない。

一部オーケストレーションを変えているところさえあるが(そのセンスがまた素晴らしいのだ)、シュトラウスのワルツよりも魅力的な「金と銀」を、ケンペぐらい真正面からシンフォニックに取り組み、しかも絶品のニュアンスでロマンティックに歌わせ、燦めかせた演奏は、他に皆無と言えよう。

その他の演奏も名演であり、かかる演奏は、もはやウィンナ・ワルツという領域を超えた、ベートーヴェンやブラームスの交響曲などにも比肩し得る至高の芸術作品のレベルに達していると言っても過言ではあるまい。

そして、このようなドイツ風の重厚な演奏を行っているにもかかわらず、いわゆる野暮ったさなどはいささかも感じさせず、愉悦性を失わないというのは、大芸術家ケンペだけに可能な圧巻の至芸とも言うべきであろう。

そして、ウィンナ・ワルツを演奏させたら他の追随を許さないウィーン・フィルによる名演奏が、ケンペによる重厚な演奏に独特の潤いと温もりを付加させているのを忘れてはならない。

オケが上手いというのは当然として、現在のウィーン・フィルではなかなか聴けない当時の豊かなオケのサウンドと、ケンペのメリハリを付けた音楽による名演が連続する。

いずれにしても、本演奏は、あまた存在するウィンナ・ワルツ集の中でも、トップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

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2015年05月31日


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ケンペ&ミュンヘン・フィルという往年の名コンビによるブルックナー録音は、本盤に収められた2曲しか遺されていないが、特に「第5」が歴史に残る素晴らしい名演だ。

ブルックナーの「第5」と言えば、シューリヒト&ウィーン・フィル盤とヴァント&ベルリン・フィル盤が、最も手応えのあったものと言えるところだ。

しかし、シューリヒトを聴いていると、ちょっと指揮者の個性が出すぎてやしまいかと、そんなことが頭をチラッとよぎる。

かたやヴァントの方は、あまりにも洗練されすぎてやしまいか、などと贅沢な不満を覚えたりする。

つまり、この2種類とは少し毛色の違った名演も欲しいのだ(なんと欲ばりなこと)。

このケンペは雄大でありながら、質朴、渋さの極みで、部分的には明らかに先の2種類よりは曲想にふさわしいと思えるし、聴いていてケンペならではの独自の音づくりには静かな感銘を受けるところである。

これぞドイツ的な音の渋さ、くすみ、幾分の暗さが微妙にブレンドされていて、全くぶれず程良い一定のテンポで持続してゆく。

全体の印象は、ヴァントと同様、いわゆる職人肌の指揮ぶりであるが、ヴァントのような超凝縮型の眼光紙背に徹した厳しさをも感じさせるものではなく、より伸びやかで大らかな印象を受ける。

それどころか、冒頭のゆったりとした導入部や、第2楽章の美しい旋律の調べなど、決してインテンポに拘泥することなく、緩急自在のテンポ設定を行っているが、全体の造型はいささかも弛緩することはない。

終楽章の複雑なフーガもきわめて整然としたものに聴こえる。

これは、ケンぺがブルックナーの本質をしっかりと捉えていたからにほかならない。

ブルックナーのこの曲への複雑な感情表出が、陰影を感じさせる深い響きから浮かび上がってくるのである。

ほぼ同時期に、同じ職人タイプのベームが「第4」の名演を残しているが、ケンぺの本盤の演奏とは全く異なるものになっているのは大変興味深い。

もちろんオーケストラも異なるし、ホールもレーベルも異なるが、それ以上に、ケンぺは、ベームのようにインテンポで、しかも自然体の演奏をするのではなく、金管、特にトランペットに、無機的になる寸前に至るほどの最強奏をさせたり、テンポを随所で微妙に変化させるなど、ケンぺならではの個性的な演奏を行っている。

筆者としては、「第5」の方をより評価したいが、この「第4」も、同じタイプのベームの名演によって、一般的な評価においても不利な立場にはおかれていると思われるが、高次元の名演であることは疑いのないところである。

当時のミュンヘン・フィルは,チェリビダッケ時代以後のような超一流のアンサンブルには達しておらず、管楽器群の独奏などあまり洗練されていないが、ローカル色の濃いオケの健闘ぶりもまた聴きものである。

両盤ともに以前はXRCD盤が発売されていたが、今は廃盤となってしまったので、次善策としてネットメディア配信で聴かれることをお薦めしたい。

筆者としては、パッケージメディアがどんどん衰退していくのは、寂しい気もするが、ネットメディアの方が安価で購入できるし、これも時代の流れなので、致し方ないと考えているところである。

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2015年01月30日


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ケンぺ&ミュンヘン・フィルの偉大なベートーヴェンの交響曲全集の有終の美を飾る名演だと思う。

あらゆる交響曲の中でも最高峰に位置するベートーヴェンの「第9」をケンペは、壮大で深い内容をもつこの交響曲に対し、微塵の衒いも見せず、ベートーヴェンに正対した姿勢をとりつづける。

そして彼はこの作品の根底にひそむ、偉大なものへの悟りにたどり着いたかのような印象をリスナーに与えてくれ、ケンペならではの深い表現がここにある。

当時のベートーヴェン解釈の本流をいくもので現代のベートーヴェン像とはやや距離をおくところもあるが、当時のほかの演奏と比べた場合、ケンペのアプローチはより普遍性を持っていることが実感される。

ケンぺの指揮はあくまでも正統派、気を衒うことは決してせず、彫琢の限りを尽くし、丹念に仕上げられている。

堂々たるやや遅めのインテンポで、愚直なまでに丁寧に曲想を描いていく。

しかし、そうしたケンぺの「第9」への真摯な姿勢が、ベートーヴェンの音楽の美しさ、力強さを一点の曇りもなく聴くものにダイレクトに伝えてくれる。

一切の虚飾を排し、自らが信じるベートーヴェンを明確に打ち出しているためだろう。

我々は、ケンぺの演奏を聴くことによって、指揮者の個性ではなく、ベートーヴェンの音楽の魅力を満喫することができる。

ここに、ケンぺの演奏の真の偉大さがあると言えるだろう。

このようないぶし銀の魅力を持ったドイツ正統派のベートーヴェンは、今や聴くことはほとんどできないが、それだけに、軽妙浮薄がまかり通る現代においてこそ、尊ばなければならないケンぺの至芸と言えるだろう。

温かみがあり、良い意味でのローカル色が感じられるミュンヘン・フィルの響きも魅力的で、チェリビダッケ時代に世界に雄飛する以前の、やや肌合いの異なるオーケストラの味わいが如実に記録されている。

地味ではあるが、存在価値の大きい名盤と言えよう。

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名指揮者ルドルフ・ケンペの巨匠ぶりを堪能できる名演で、彼独自の、そしてあくまでも自然体の演奏を収録した作品。

どの楽章にも明確なリズムが刻印される「第7」においてはケンペの棒は他の交響曲同様、奇を衒った表現を排除し、しっかりと大地を踏み歩くように着実に前進する。

その結果、どんな強烈な演奏にもひけをとらない、彼だけの「第7」が展開されている。

「第7」は、冒頭から実に柔和なタッチでゆったりとしたテンポをとる。

主部に入っても、テンポはほとんど変わらず、剛というよりは柔のイメージで第1楽章を締めくくっている。

第2楽章は、典型的な職人芸であり、決して安っぽい抒情に流されない剛毅さが支配している。

第3楽章は雄大なスケールとダイナミックな音響に圧倒される。

終楽章は、踏みしめるようなゆったりめのテンポと終結部の圧倒的な迫力が見事だ。

30年以上同曲を聴いた中でフルトヴェングラー、カルロス・クライバー、ブロムシュテット、ワルター、ベーム、カラヤン、クーベリック他数えきれない指揮者の演奏に出会った。

どれも素晴らしい演奏であるが、取り分けカルロス・クライバーの来日公演にはあの躍動感あふれる演奏はとても衝撃を受けた。

でも、なぜかしばらくするとケンぺの演奏を聴きたくなる。

そこには、理屈がない。

たぶん、ケンぺのつくる音楽が素直に筆者の耳に、身体に入ってくるのであろう。

ケンぺを好きになった人は多分同じだと思う。

「第8」は、中庸のテンポで、ベートーヴェンがスコアに記した優美にして軽快な音楽の魅力を、力強さをいささかも損なうことなく表現している。

コンパクトにまとめられた「第8」においても、ケンペはあくまで自然体、浮ついた表現には一切目を向けず、自らの道を歩み続ける。

曲の隅々まで目の行き届いた、それぞれの声部や楽器に「役をきちんと演じさせる」手抜きのない細工のきめ細やかさが、時にははっとするような瞬間を見せながら行き渡っている。

両曲ともに、ベートーヴェンを決して威圧の対象にせず、ベートーヴェンの音楽の美しさ、そして力強さをそのまま伝えようとする、まさにドイツ音楽の王道を歩んできたケンぺならではのいぶし銀の名演と評価したい。

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ドレスデン近郊に生まれ、第2次世界大戦中も、そしてその後もドイツにとどまり活動を続けていたケンペはドイツ音楽の最大の理解者といっても過言ではない。

表現の色が濃くつく懸念のあるベートーヴェンの交響曲において、ケンペはまさに王道を行く、虚飾を一切排した演奏に終始する。

表面だけを飾り付けたような派手なベートーヴェンとは対局にある、内面からわき上がる本質的な高揚感がここにはあり、聴けば聴くほど深い味わいを持つ演奏が展開されている。

ケンペのつくる音楽は、清く、美しく、力強く、豊かで、最良の意味で男性的。癖、歪み、臭みがなく、健康美に溢れ、音は伸びやかで輝かしい。

正確で緻密で丁寧だが、神経質さは微塵もなく、抑圧や強権性は皆無で、人間的な優しさに満ちている。

病的な部分はどこにもなく、健全で自然、疎外感の克服とか不全感の解消という面がなく、これ見よがしなパフォーマンスも皆無で、実に気持ちのよい音で音楽が淀みなく流れる。

最近のベートーヴェンの交響曲の演奏は、古楽器奏法や古楽器演奏が主流となりつつあるが、そのような中で、本盤のような重厚で男性的な名演に接するとほっとすると同時に、深い感動を覚える。

「第5」の第1楽章のテンポは実にゆったりとしている。

しかし、決してもたれるということはなく、第1楽章に必要不可欠な緊迫感を決して損なうことなく、要所での音の強調やゲネラルパウゼの効果的な活用など、これこそ名匠ケンぺの円熟の至芸というべきであろう。

終楽章のテンポはかなり速いが、決して荒っぽさはなく、終結部のアッチェレランド寸前の高揚感は、スタジオ録音とは思えないほどのド迫力だ。

「第6」の第1楽章もかなりのスローテンポ。

同じようなスローテンポで第2楽章もいくかと思いきや、第2楽章は流れるようなやや速めのテンポで駆け抜ける。

第3楽章に至ると、これまたすざまじい快速テンポ。

こうして両曲の解釈を俯瞰してみると、ケンぺが単にドイツ正統派の演奏という一言では片付けられないような個性的な演奏を繰り広げていることがわかる。

それでも、ドイツ正統派の玉座の地位を譲らないのは、ケンぺがベートーヴェンの本質を鷲掴みにしているからに他なならない。

1970年代初めの録音としては、なかなかの高音質であり、できれば、将来的にはSACD化していただきたいと思えるような歴史的な名演と高く評価したい。

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2015年01月29日


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最近では、ベートーヴェンの交響曲の演奏にも、古楽器演奏や奏法の波が押し寄せてきているが、本盤が録音された1970年代は、まだまだ大オーケストラによるスケールの雄大な演奏が主流であった。

独墺系の指揮者でも、カラヤンやベームといった巨匠が交響曲全集を相次いで録音、また、クーベリックやバーンスタインによる全集も生み出され、いずれも高い評価を得た時代であった。

そんな中で、決して華やかさとは無縁のケンぺの全集が、一世を風靡するほどの評判を得たのはなぜなのだろうか。

ケンペの演奏の本質は、自己の主張を表面に押し出すのではなく、作曲者が様式を通じて表現しようとしたものをそのまま聴き手の前に浮かび上がらせ、提示してくれるところにある。

一見しての派手さはなく素朴な趣をもたらすため、地味な印象を持たれるが、『噛めば噛むほどに味が出る』演奏が展開される。

ケンペが提示する堅牢無比のベートーヴェンには歴史の重さが刻印され、ケンペの誠実さが見え隠れしているのである。

本盤を聴いて感じたのは、確かに、巷間言われているように、厳しい造型の下、決して奇を衒わない剛毅で重厚なドイツ正統派の名演と評することが可能であるが、決してそれだけではないようなケンぺならではの個性が色濃く出ているという点だ。

例えば、「第2」の冒頭の和音の力強さ、第2楽章のこの世のものとは思えないような美しさ、第3楽章は、他のどの演奏にも増して快速のテンポをとるなど、決して一筋縄ではいかない特徴がある。

「第4」は、ベートーヴェンの交響曲の中でもリトマス試験紙のような曲であり、指揮者の力量が試されるなかなかの難曲であるが、他方、古今の一流指揮者が忘れ難い名演を遺してきた曲でもある。

ケンぺは、例えば、ムラヴィンスキーやクライバーのように、最強奏と最弱音のダイナミックレンジの広さを殊更に強調するのではなく、アプローチとしてはあくまでもノーマル。

したがって、あくまでも中庸のインテンポで進行していくのだが、決して体温が低い演奏ではなく、どの箇所をとっても熱い血が通っている。

第3楽章など、他のどの演奏よりも快速のテンポだが、それでいて、全体の造型にいささかの揺らぎも見られないのはさすがと言うべきであろう。

こうして両曲の解釈を俯瞰してみると、ケンぺが単にドイツ正統派の演奏という一言では片付けられないような個性的な演奏を繰り広げていることがわかる。

それでも、ドイツ正統派の玉座の地位を譲らないのは、ケンぺがベートーヴェンの本質を鷲掴みにしているからに他なならない。

録音も、1970年代前半のものとしては、十分に合格点を与えることができる水準であると思う。

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ベートーヴェンの交響曲といえば、指揮者として一度は演奏したことがある作品。

誰もが自身の持つベートーヴェン像と自分の音楽性を盛り込みながら音楽を構築していくため、指揮者の音楽観、力量を測る上でも重要な存在であり、そのために必要以上の感情移入等により本来の意図が伝わらないことも多々あるのが事実。

ケンペはそうした風潮とは大違い、実直なまでに自己を抑えながらベートーヴェンの本質に迫っている。

演奏は既に定評あるもので、渋く底光りするような独特の音響による骨格造形も逞しいアプローチは実に魅力的。

奇を衒ったところなど全くないが、密度の薄いところも全くないという、実にクオリティの高い名演で、何度聴いても飽きのこない演奏内容だ。

厳しい造型、愚直なまでのインテンポ、重心の低い重量感溢れるサウンドなどを兼ね備えた、いかにもドイツ正統派の重厚な名演だ。

したがって、華麗さとか派手さなどとは全く無縁であるが、ケンぺのベートーヴェンの本質を鷲掴みにした愚直なまでの真摯な解釈が、我々に深い感動と、ベートーヴェンの交響曲の真実に触れたという充足感を我々に与えてくれるのだと思う。

例えばラトルのような手練手管とは無縁の率直で、すがすがしく透明感のある、落ち着いて聴いていられる演奏。

しかしながら一本調子ではなく、ベートーヴェンの「重さ」と「軽さ」が十二分に描かれている。

決して「ドイツの片田舎」な演奏ではない。

指揮者とオケの意思疎通が見事にうまくいっている。

音楽をよく知る信頼のジェントルマン、ケンペの端正、真正直、人間的暖かみまで感じられる、他に何も足す事も、引く必要もない、ひとつのお手本、規範となる正しきベートーヴェン。

円熟の極みにあったケンペの指揮のもと、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団も好演を見せており、質実剛健・重厚でありながらも生き生きとのびやかで、豊かな響きでベートーヴェンのシンフォニーの魅力を描き出している。

録音も、1970年代の前半のものとしては、自然な拡がりが素晴らしく、十分に合格点に達している。

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2014年12月08日


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R.シュトラウスの管弦楽曲の演奏史上でも最高の名全集とも評される歴史的な名盤(ただし、協奏曲集を除く)がついにシングルレイヤーによるSACD化がなされることになった。

ルドルフ・ケンぺは、ほぼ同世代の指揮者であった帝王ヘルベルト・フォン・カラヤンが、ベルリン・フィルなどとともに豪壮華麗な演奏を繰り広げたことや、膨大な数のレコーディングを行うなど、華々しい活躍をしていたこと、そして指揮者としては、これから円熟の境地を迎えるという時に急逝したこともあって、現在においても比較的地味な存在に甘んじている。

芸風は異なるものの、職人肌という点においては共通している先輩格のカール・ベームが、当時隆盛期にあったイエローレーベル(DG)に、ウィーン・フィルとともにかなりの点数の録音を行ったこと、そしてケンペよりも長生きしたことも、そうしたケンペの地味な存在に甘んじているという状況に更なる拍車をかけているとも言えるだろう。

しかしながら、ケンペの存命中は、帝王カラヤンの豪壮華麗な演奏に対置する、いわゆるドイツ正統派の質実剛健な演奏をする指揮者として、ケンペはベームとともに多くのクラシック音楽ファンに支持された指揮者であった。

そのようなケンペの偉大さは、昨年ESOTERICからSACD盤(限定盤)が発売されて話題となったミュンヘン・フィルとのベートーヴェンの交響曲全集や、数年前にXRCD盤が発売されたミュンヘン・フィルとのブラームスの交響曲全集、ブルックナーの交響曲第4番及び第5番などといった名演にもあらわれているところである。

しかしながら、これらの名演を大きく凌駕するケンペの最高の遺産が存在する。

それこそは今般、本セットを含め3つのセットに分けた上で、シングルレイヤーによるSACD化(全部でSACD10枚)がなされて発売されるR・シュトラウスの管弦楽曲全集であるというのは、おそらくは衆目の一致するところではないだろうか。

本管弦楽曲全集には、2つの交響曲はもちろんのこと、主要オペラからの抜粋なども収められており、まさに空前にして絶後のスケールを誇っていると言っても過言ではあるまい。

ケンペによるR.シュトラウスの各楽曲へのアプローチは、例えば同じくR.シュトラウスの楽曲を十八番としていたカラヤンのように、豪華絢爛にして豪奢なものではない(かかる演奏も、筆者としては、あり得るべきアプローチの1つとして高く評価している)。

むしろ、演奏の様相は、質実剛健そのものであり、いかにもドイツ正統派と称された指揮者だけに、堅牢な造型美と重厚さを持ち合わせたものと言える。

かかる演奏は、R.シュトラウスと親交があり、その管弦楽曲を十八番としていたベームによる演奏と共通しているとも言えるが、ベームがいい意味においては剛毅、悪い意味ではあまり遊びの要素がない四角四面な演奏とも言えるのに対して、ケンぺの演奏には、カラヤンの演奏にようにドラマティックとは言えないものの、より柔軟性に富んだ劇的な迫力を有している言えるところであり、いい意味での剛柔のバランスのとれた演奏ということができるだろう。

本盤には、R.シュトラウス管弦楽曲全集第3集として、交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」や家庭交響曲、交響的幻想曲「イタリアから」、交響的断章「ヨゼフ物語」、そして楽劇「サロメ」から7つのヴェールの踊りが収められている。

いずれも前述のようなケンぺの芸風が如実にあらわれた剛柔のバランスのとれた素晴らしい名演と高く評価したい。

そして、このようなクラシック音楽レコーディング史上の歴史的な遺産とも言うべきケンぺ&シュターツカペレ・ドレスデンによるR.シュトラウスの管弦楽曲全集が、未使用のオリジナル・アナログ・テープを基にシングルレイヤーによるSACD化がなされたのは、近年稀にみる壮挙とも言うべきである(協奏曲集が対象にならなかったのはいささか残念であり、それは別の機会を待ちたい)。

長らく国内盤では廃盤であり、輸入盤との比較になるが、音質の鮮明さ、音場の拡がりなど、どれをとってもそもそも次元が異なる圧倒的な音質に生まれ変わった。

1970年代初のスタジオ録音であるにもかかわらず、ドレスデン・ルカ教会の豊かな残響を生かした名録音があたかも最新録音であるかのように変貌したのは殆ど驚異的ですらあると言えるだろう。

いずれにしても、このような歴史的な名盤を、現在望み得る最高の高音質で味わうことができるようになったことを大いに喜びたい。

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2014年12月06日


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EMIがここ数か月に渡って発売している一連のシングルレイヤーによるSACD盤の中でも、ルドルフ・ケンぺ&シュターツカペレ・ドレスデンによるR.シュトラウスの管弦楽曲全集は、名実ともに最高峰の歴史的名盤と言えるのではないだろうか。

ケンぺは、ほぼ同世代の指揮者であった帝王ヘルベルト・フォン・カラヤンが、ベルリン・フィルなどとともに豪壮華麗な演奏を繰り広げたことや、膨大な数のレコーディングを行うなど、華々しい活躍をしていたこと、そして指揮者としては、これから円熟の境地を迎えるという時に急逝したこともあって、現在においても比較的地味な存在に甘んじている。

芸風は異なるものの、職人肌という点においては共通している先輩格のカール・ベームが、当時隆盛期にあったイエローレーベル(DG)に、ウィーン・フィルとともにかなりの点数の録音を行ったこと、そしてケンペよりも長生きしたことも、そうしたケンペの地味な存在に甘んじているという状況に更なる拍車をかけているとも言えるだろう。

しかしながら、ケンペの存命中は、帝王カラヤンの豪壮華麗な演奏に対置する、いわゆるドイツ正統派の質実剛健な演奏をする指揮者として、ケンペはベームとともに多くのクラシック音楽ファンに支持された指揮者であった。

そのようなケンペの偉大さは、昨年ESOTERICからSACD盤(限定盤)が発売されて話題となったミュンヘン・フィルとのベートーヴェンの交響曲全集や、数年前にXRCD盤が発売されたミュンヘン・フィルとのブラームスの交響曲全集、ブルックナーの交響曲第4番及び第5番などと言った名演にもあらわれているところである。

しかしながら、これらの名演を大きく凌駕するケンペの最高の遺産が存在する。

それこそは今般、本セットを含め3つのセットに分けた上で、シングルレイヤーによるSACD化(全部でSACD10枚)がなされて発売されるR.シュトラウスの管弦楽曲全集であるというのは、おそらくは衆目の一致するところではないだろうか。

本管弦楽曲全集には、2つの交響曲はもちろんのこと、主要オペラからの抜粋なども収められており、まさに空前にして絶後のスケールを誇っていると言っても過言ではあるまい。

ケンペによるR.シュトラウスの各楽曲へのアプローチは、例えば同じくR.シュトラウスの楽曲を十八番としていたカラヤンのように、豪華絢爛にして豪奢なものではない(かかる演奏も、筆者としては、あり得るべきアプローチの一つとして高く評価している)。

むしろ、演奏の様相は、質実剛健そのものであり、いかにもドイツ正統派と称された指揮者だけに、堅牢な造型美と重厚さを持ち合わせたものと言える。

かかる演奏は、R.シュトラウスと親交があり、その管弦楽曲を十八番としていたベームによる演奏と共通しているとも言えるが、ベームがいい意味においては剛毅、悪い意味ではあまり遊びの要素がない四角四面な演奏とも言えるのに対して、ケンぺの演奏には、カラヤンの演奏にようにドラマティックとは言えないものの、より柔軟性に富んだ劇的な迫力を有している言えるところであり、いい意味での剛柔のバランスのとれた演奏ということができるだろう。

本盤には、R.シュトラウス管弦楽曲全集第2集として、交響詩「死の変容」、「ドン・キホーテ」、「英雄の生涯」や劇音楽「ばらの騎士」からのワルツ、そして一般には殆ど知られていないランソワ・クープランのハープシコード曲による舞踏組曲が収められている。

いずれも前述のようなケンぺの芸風が如実にあらわれた剛柔のバランスのとれた素晴らしい名演と高く評価したい。

交響詩「ドン・キホーテ」のチェロの独奏を担当しているポール・トルトゥリエの演奏も、実に魅力的なものと評価したい。

そして、このようなクラシック音楽レコーディング史上の歴史的な遺産とも言うべきケンぺ&シュターツカペレ・ドレスデンによるR・シュトラウスの管弦楽曲全集が、未使用のオリジナル・アナログ・テープを基にシングルレイヤーによるSACD化がなされたのは、近年稀にみる壮挙とも言うべきである(協奏曲集が対象にならなかったのはいささか残念であり、それは別の機会を待ちたい)。

長らく国内盤では廃盤であり、輸入盤との比較になるが、音質の鮮明さ、音場の拡がりなど、どれをとってもそもそも次元が異なる圧倒的な音質に生まれ変わった。

1970年代初のスタジオ録音であるにもかかわらず、ドレスデン・ルカ教会の豊かな残響を生かした名録音があたかも最新録音であるかのように変貌したのは殆ど驚異的ですらあると言えるだろう。

いずれにしても、このような歴史的な名盤を、現在望み得る最高の高音質で味わうことができるようになったことを大いに喜びたい。

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2014年11月24日


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まずは収録された曲目に注目したい。

本盤が録音されたのは1974年であるが、これは帝王カラヤンの全盛時代であり、収録された曲目はいずれもカラヤンの十八番ばかりだ。

『英雄の生涯』はカラヤンの名刺代わりの曲、『牧神の午後への前奏曲』は、名手ツェラーと2度にわたり録音した得意の曲、シューマンのピアノ協奏曲も、決して協奏曲録音を得意としない巨匠が、リパッティ、ギーゼキング、ツィマーマンと組んで3度までも録音した曲だ。

協奏曲はともかくとして、いずれもカラヤンならではの豪華絢爛にして重厚な名演であった。

そうした圧倒的なカラヤンの存在の中においても、本盤のケンぺの名演は立派に存在感を示している。

ケンぺの演奏は、カラヤンと同じく重厚なものであるが、華麗さとは無縁であり、シュターツカペレ・ドレスデンのぶし銀の音色をベースとした質実剛健さが売りと言えるだろう。

『英雄の生涯』は、やや遅めのインテンポで一貫しているが、「英雄の戦い」の頂点での壮絶さなど、決して体温が低い演奏ではなく、この曲の持つドラマティックな表現にもいささかの不足はない。

1972年録音の高名なEMI盤は、通常のヴァイオリン配置であったが、当盤ではヴァイオリン両翼配置になっているのがポイント。

「戦場」最後の頂点で両ヴァイオリンが左右いっぱいに広がり高らかにうたわれる「英雄の主題」の爽快感と高揚感は、これこそスタジオ盤にない異様な感動を呼び起こし、まさに勝利の旗が戦場いっぱいにはためくようなイメージを喚起させる。

この『英雄の生涯』のライヴ盤は“着実な演奏をするが、どちらかというと地味な正統派”といったケンペの先入観をあっさり吹き飛ばしてくれる。

ケンペ晩年のライヴ演奏の中には、ドラマティックな志向を示したものが少なからず見受けられ、セッション録音との差の大きさに驚かされることがあったが、この『英雄の生涯』などはその最たる例と言えるのではないだろうか。

スタジオ盤も評価の高い盤として知られているが、今回のライヴ盤は、凄まじいばかりのエネルギーの放射、劇的な進行の起伏の激しさによってスタジオ盤とは異次元の音楽への没入ぶり、ケンペの熱い思いを感じることができる。

『牧神の午後への前奏曲』も、冒頭からいかにもジャーマンフルートと言った趣きであるが、カラヤンのように、この曲の持つ官能性を強調したりはしない。

しかし、全体の造型の厳しさや、旋律の歌い方などは、実に見事であり、カラヤンの名演とは一味もふた味も違う名演だ。

シュターツカペレ・ドレスデンのドビュッシーというのもきわめて珍しいが、オーケストラの音の存在感はさすがであり、ケンペの率直な指揮により、リアリスティックな美しさにあふれた『牧神』を味わうことができる。

シューマンは、この曲の持つファンタジスティックな魅力を損なうことなく、木管楽器の表情の美しさなど、オケの表現力も優れており、重厚な名演を成し遂げている。

録音は、特に、『英雄の生涯』においてやや人工的な残響が気になるが、1970年代のライヴ録音としては、十分に合格点を与えることができる。

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2014年11月15日


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ルドルフ・ケンぺは、ほぼ同世代の指揮者であった帝王ヘルベルト・フォン・カラヤンが、ベルリン・フィルなどとともに豪壮華麗な演奏を繰り広げたことや、膨大な数のレコーディングを行うなど、華々しい活躍をしていたこと、そして指揮者としては、これから円熟の境地を迎えるという時に急逝したこともあって、現在においても比較的地味な存在に甘んじている。

芸風は異なるものの、職人肌という点においては共通している先輩格のカール・ベームが、当時隆盛期にあったイエローレーベル(DG)に、ウィーン・フィルとともにかなりの点数の録音を行ったこと、そしてケンペよりも長生きしたことも、そうしたケンペの地味な存在に甘んじているという状況に更なる拍車をかけているとも言えるだろう。

しかしながら、ケンペの存命中は、帝王カラヤンの豪壮華麗な演奏に対置する、いわゆるドイツ正統派の質実剛健な演奏をする指揮者として、ケンペはベームとともに多くのクラシック音楽ファンに支持された指揮者であった。

そのようなケンペの偉大さは、昨年ESOTERICからSACD盤(限定盤)が発売されて話題となったミュンヘン・フィルとのベートーヴェンの交響曲全集や、数年前にXRCD盤が発売されたミュンヘン・フィルとのブラームスの交響曲全集、ブルックナーの交響曲第4番及び第5番などと言った名演にもあらわれているところである。

しかしながら、これらの名演を大きく凌駕するケンペの最高の遺産が存在する。

それこそは今般、本セットを含め3つのセットに分けた上で、シングルレイヤーによるSACD化(全部でSACD10枚)がなされて発売されるR.シュトラウスの管弦楽曲全集であるというのは、おそらくは衆目の一致するところではないだろうか。

本管弦楽曲全集には、2つの交響曲はもちろんのこと、主要オペラからの抜粋なども収められており、まさに空前にして絶後のスケールを誇っていると言っても過言ではあるまい。

ケンペによるR・シュトラウスの各楽曲へのアプローチは、例えば同じくR.シュトラウスの楽曲を十八番としていたカラヤンのように、豪華絢爛にして豪奢なものではない(かかる演奏も、筆者としては、あり得るべきアプローチの一つとして高く評価している)。

むしろ、演奏の様相は、質実剛健そのものであり、いかにもドイツ正統派と称された指揮者だけに、堅牢な造型美と重厚さを持ち合わせたものと言える。

かかる演奏は、R.シュトラウスと親交があり、その管弦楽曲を十八番としていたベームによる演奏と共通しているとも言えるが、ベームがいい意味においては剛毅、悪い意味ではあまり遊びの要素がない四角四面な演奏とも言えるのに対して、ケンぺの演奏には、カラヤンの演奏にようにドラマティックとは言えないものの、より柔軟性に富んだ劇的な迫力を有している言えるところであり、いい意味での剛柔のバランスのとれた演奏ということができるだろう。

本盤には、R.シュトラウス管弦楽曲全集第1集として、交響詩「マクベス」、「ドン・ファン」、「ツァラトゥストラはかく語りき」のほか、アルプス交響曲、メタモルフォーゼン、組曲「町人貴族」、そしてバレエ音楽「泡立ちクリーム」からの抜粋であるワルツが収められているが、いずれも前述のようなケンぺの芸風が如実にあらわれた剛柔のバランスのとれた素晴らしい名演と高く評価したい。

そして、このようなクラシック音楽レコーディング史上の歴史的な遺産とも言うべきケンぺ&シュターツカペレ・ドレスデンによるR・シュトラウスの管弦楽曲全集が、未使用のオリジナル・アナログ・テープを基にシングルレイヤーによるSACD化がなされたのは、近年稀にみる壮挙とも言うべきである(協奏曲集が対象にならなかったのはいささか残念であり、それは別の機会を待ちたい)。

長らく国内盤では廃盤であり、輸入盤との比較になるが、音質の鮮明さ、音場の拡がりなど、どれをとってもそもそも次元が異なる圧倒的な音質に生まれ変わった。

1970年代初のスタジオ録音であるにもかかわらず、ドレスデン・ルカ教会の豊かな残響を生かした名録音があたかも最新録音であるかのように変貌したのは殆ど驚異的ですらあると言えるだろう。

いずれにしても、このような歴史的な名盤を、現在望み得る最高の高音質で味わうことができるようになったことを大いに喜びたい。

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2014年07月22日


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全4曲どれも素晴らしい演奏だ。

全体的な傾向として派手さはないが、端正で力強く、味わい深い演奏と言えよう。

ケンぺの演奏は、華麗さなどとは無縁であり、あくまでも真摯に楽曲を描いていくという職人肌の指揮が持ち味であるが、それによって生み出されるいぶし銀の味わいが、ブラームスの交響曲と見事に符合していると言えるのではないだろうか。

中でも第3番はステレオ録音ということもあってか、以前から分売されて、名演として名高かったが、実はブラームスの「第3」はなかなか演奏が難しい。

4つの交響曲中、最もスケールが小さく、等身大に表現してしまうと、こじんまりとした軽い演奏に陥ってしまう危険性がある。

それ故に、提示部の繰り返しを行ったりして、バランスをとる指揮者も一部にいるが、ケンぺはそのようなことはしない。

ケンぺのアプローチはあくまでも正攻法。

それでいて、何と力強い作品だろうかと思わせるのはさすがというべきだろう。

同曲をブラームスの「英雄」と称する人もいるようだが、ケンぺの演奏を聴いているとそれもむべなるかなと思われる。

北ヨーロッパならではの幾分渋い色調の音色を出しつつ、重厚さにもいささかの不足もない。

第2楽章や第3楽章の抒情的な旋律の歌い方も実に感動的であり、この「第3」は、ケンぺとしても会心の名演と評価してもいいだろう。

ケンぺの職人肌の演奏は、渋いブラームスの交響曲との相性が抜群だと思うが、「第4」は、ブラームスの交響曲の総決算と位置づけられる曲だけに、演奏が悪かろうはずがない。

ブラームスの「第4」という傑作の魅力を、恣意的にではなく自然体の表現で満喫させてくれる名演ということができるだろう。

ケンぺの演奏は決して華麗さなどとは無縁であるが、よく聴くと、渋い曲想のはしばしに感じられる滋味溢れる内容の豊かさがあり、これこそ、ケンぺ&ベルリン・フィルが見事に描き出した至高のブラームス像と言えるだろう。

あまたのブラームスの交響曲全集の中でも最も剛毅で、美しい名演の1つと言えるだろう。

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2014年06月16日


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これは素晴らしい名演だ。

ウィンナ・ワルツを収めたCDは数多く存在しているが、本盤は、その中でも最も魅力的な名演の一つと言ってもいいのではないだろうか。

ケンぺは、ベートーヴェンやブラームス、そしてブルックナーの交響曲などにおいて、ドイツ風の重厚な名演の数々を成し遂げていた指揮者だけに、どちらかと言えば謹厳実直で質実剛健な演奏を行うというイメージが付きまとっていると言っても過言ではないところだ。

しかしながら、本盤のような愉悦に富んだ名演を聴いていると、ケンペは必ずしも質実剛健一辺倒の演奏を行っていたわけではなく、むしろ、ケンペという指揮者の表現力の幅広さ、多彩さ、そしてその豊かな音楽性を窺い知ることが可能だ。

それにしても、演奏全体に漲っているリズミカルな躍動感は、ウィンナ・ワルツの演奏としては申し分がない理想的なものと言えるところであり、とりわけ喜歌劇「こうもり」序曲の畳み掛けていくような気迫や強靭さは圧倒的な迫力を誇っており、聴いて思わず度肝を抜かれるほどだ。

それでいて、ケンペならではのドイツ風の重厚さも随所に聴かれるところであり、レハールのワルツ「金と銀」やヨゼフ・シュトラウスのワルツ「天体の音楽」の重心の低い深沈たる味わいの深さには抗し難い魅力がある。

かかる演奏は、もはやウィンナ・ワルツという領域を超えた、ベートーヴェンやブラームスの交響曲などにも比肩し得る至高の芸術作品のレベルに達していると言っても過言ではあるまい。

そして、このようなドイツ風の重厚な演奏を行っているにもかかわらず、いわゆる野暮ったさなどはいささかも感じさせず、愉悦性を失わないというのは、大芸術家ケンペだけに可能な圧巻の至芸とも言うべきであろう。

そして、いぶし銀の音色を有するシュターツカペレ・ドレスデンによる名演奏が、ケンペによる重厚な演奏に独特の潤いと温もりを付加させているのを忘れてはならない。

いずれにしても、本演奏は、あまた存在するウィンナ・ワルツ集の中でも、トップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

音質は、1970年代のスタジオ録音ではあるが、リマスタリング、HQCD化等が行われたことや、聖ルカ教会の残響を活かした名録音であったこともあり、十分に満足できるものであった。

しかしながら、今般、ついにシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤が発売される運びになった。

本シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤は、従来CD盤やHQCD盤などとはそもそも次元が異なる極上の高音質であり、音質の鮮明さ、音圧、音場の広さのどれをとっても一級品の仕上がりである。

いずれにしても、ケンペ&シュターツカペレ・ドレスデンによる至高の超名演を、このような極上の高音質SACD盤で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2014年06月11日


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素晴らしい名演だ。

ベートーヴェンやブラームス、ブルックナー、R・シュトラウスなどのドイツ音楽において、正統派とも言うべき名演の数々を遺しているケンペであるが、本盤に収められたシューベルトの交響曲第8番「未完成」やモーツァルトのセレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、そしてビゼーの「アルルの女」組曲の演奏も素晴らしい。

シューベルトの交響曲第8番「未完成」のケンペによる本演奏は、かつてのワルターによる演奏のようなウィーン風の抒情に満ち溢れたものではない。

演奏全体の造型は堅固であるなど、重厚にして剛毅であり、まさにベートーヴェンの交響曲に接するようなアプローチで演奏を行っていると言えるだろう。

それでいて、第2楽章における美しい旋律の数々も情感を込めて歌い抜いており、必ずしも重厚さ一辺倒の演奏に陥っているわけではない。

このように懐の深さを兼ね備えた質実剛健さが持ち味の名演とも言えるところだ。

近年では、シューベルトの交響曲の演奏にも、徐々に古楽器奏法やピリオド楽器を使用した軽妙な演奏が浸透しつつあるが、本演奏を聴いて故郷に帰省した時のように安定した気持ちになる聴き手は筆者だけではあるまい。

モーツァルトのセレナードも素晴らしい。

モーツァルトに私淑し、その楽曲を生涯にわたってレパートリーの基軸に位置づけていたワルターやベームの演奏のような独特の魅力があるわけではない。

セレナードの演奏に必要不可欠とも思われる愉悦性においても必ずしも十分とは言い難いが、一聴すると無骨とも思われる各旋律の端々には豊かな情感が込められており、いい意味での剛柔のバランスがとれた演奏ではないだろうか。

そして、演奏全体の格調の高さには比類のないものがあると言えるところであり、まさに古武士のような風格に満ち溢れた名演と言っても過言ではあるまい。

ビゼーの「アルルの女」組曲は、ケンペとしては珍しいレパートリーの楽曲であるが、フランス系の指揮者の演奏に聴かれるようなフランス風のエスプリに満ち溢れた洒落た味わいなど薬にしたくもなく、むしろドイツ風の重厚さが際立ったシンフォニックな演奏である。

しかしながら、レーグナーによる演奏などと共通するものがあるが、演奏自体の充実度や密度の濃さにおいては出色のものがあり、聴き終えた後の充足感においては、フランス系の指揮者による数々の名演と比較してもいささかも遜色がないと言えるところだ。

いずれにしても、本演奏は、ケンペのレパートリーの広さと、その懐の深い芸風を感じさせる素晴らしい名演と高く評価したい。

そして、本盤で素晴らしいのは、何と言ってもシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化による極上の高音質である。

本演奏は、いずれも今から約50年も前の1960年代のものであるが、ほぼ最新録音に匹敵するような鮮明な高音質に生まれ変わった。

あらためて、シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤の潜在能力の高さを思い知った次第だ。

いずれにしても、ケンぺ&バンベルク交響楽団による名演を、現在望み得る最高の高音質であるシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年03月06日


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チョン・キョンファが鬼才コンドラシンと1979年に共演したベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲と、デビュー間もない頃の1972年に名匠ケンペと共演したブルッフの「スコットランド幻想曲」の録音。

ベートーヴェンは初出時、コンドラシン&ウィーン・フィルの初顔合わせ、さらにチョン・キョンファとの初コンビでも話題となった。

輝くばかりの音色と情熱的なアプローチで音楽の核心に肉薄するチョン・キョンファ。

このベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲でも入魂の演奏を聴かせてくれる。

遅いテンポで丁寧に情を通わせたベートーヴェンで、その中にチョンならではの深い表現が見られる。

やや線の細さはあるものの、緻密で磨き抜かれた音は美しい艶を帯び、フレージングにも硬さがなく、伸び伸びと、しかも強い集中力を反映させている。

聴き手に極度の緊張を要求し、享楽的な要素のほとんど感じられない、一途不可逆なひたむきさは、あるいは最も日本人の感性に適した演奏と言えるかもしれない。

刀の上を渡る曲芸や綱渡りを思わせるスリルが、チョンの演奏には確かにある。

コンドラシンの指揮も魅力があり、ウィーン・フィルの緊張感漲るドラマティックなサポートも万全。

彼の堂々たる解釈は骨太の音楽を形づくっており、力強く、優美で威厳がある。

カップリングのブルッフ「スコットランド幻想曲」は、チョンの名声を確立した録音で、その演奏は説得力に富んでいる。

強靭な意志が美しい緊張感を生み出し、緩急自在なフレージングはハイフェッツに次ぐ。

ケンペの指揮も力強く、風格がある。

いずれもデッカの優秀録音が音楽的で、サウンドそのものに音楽性を感じさせる。

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2014年01月08日


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1953年9月21日、コヴェント・ガーデンに於けるライヴ(モノラル)録音。

ドレスデン生まれのルドルフ・ケンペがR.シュトラウスの真髄を表出した、ロンドンでの『アラベラ』ライヴ録音。

バイエルン国立歌劇場が戦後初めて行ったロンドン引越し公演での『アラベラ』は、ドイツの文化的権威を復活させたともいえる歴史的偉業であった。

ドイツ国歌演奏が収録されていないのは大変残念だが、ケンペの指揮は格調が高く、かつ白熱したものだ。

全ての演奏家が並々ならぬ気合いをもって臨んだのが手に取るように分かる。

キャストでは、若々しいデラ・カーザの歌声が聴ける。

デラ・カーザのアラベラはオルフェオからザルツブルクのライヴが発売されたばかりだがこのような録音も残されていたとは。

第1幕前半でのトレチェルとの甘美な節回しは後年のカイルベルト盤やショルティ盤では見られないものだ。

ケンペは歌手の呼吸を良く知っていて、ベストのサポートをしている。

まだ若かったケンペもすでにR.シュトラウス演奏の第一人者としての地位を築いており、この他愛無いオペラをきりりと引き締めていて楽しめる。

何でもロンドンの聴衆はR・シュトラウスのオペラに慣れておらず、『アラベラ』は殆ど初演に近かったらしいが、戦後10年は経っていない時期によくぞBBCが放送したものだ。

聴衆も最初は控えめな拍手が入っていたが、最後は心酔しきったような暖かい拍手になっているのも素晴らしいドキュメントであった。

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2013年05月25日


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本盤に収められたシューベルトの交響曲第9番「ザ・グレイト」とR・シュトラウスのメタモルフォーゼンは、ケンペによる最晩年の演奏である。

ケンペの演奏の特徴を一言で言えば、質実剛健ということになるのではないだろうか。

ケンペの演奏には楽曲を華麗に描き出したり、はたまた艶やかに磨き抜いたりするということはいささかもなく、全体の造型をいささかも弛緩させることなく、楽想を剛毅かつ重厚に描き出していくというものである。

したがって、演奏にはおよそエンターテインメント的な要素など薬にもしたくもなく、華やかさなどとも無縁であるが、一聴すると武骨にさえ感じさせる各フレーズには奥深い情感が込められており、ある意味では噛めば噛むほどに味が出てくるような含蓄のある演奏とも言えるのではないかと考えられる。

とりわけ、晩年にミュンヘン・フィルとともに行った演奏において、かかる奥行きの深さが顕著にあらわれているところである。

そのようなケンペも、まだまだこれからという1976年に鬼籍に入ってしまったというのは極めて残念ではあるが、それだけに本盤の演奏を含め、ミュンヘン・フィルと行った数々の晩年の演奏は、今後とも決してその存在価値を失うことがない素晴らしい名演揃いであると言っても過言ではあるまい。

シューベルトの交響曲第9番「ザ・グレイト」の演奏はきわめて難しいと言えるが、ケンペは造型の堅固さと、彫りの深さによって、ベートーヴェンの偉大な交響曲にも比肩し得るような立派な大交響曲に仕立て上げている。

それでいて、テンポは若干速めであるとともに、トゥッティに向けて畳み掛けていくような気迫、そしてトゥッティにおける豪快さなど、強靱な迫力においてもいささかも不足はない。

まさに本演奏は、ケンペの質実剛健とも言うべき芸風が最大限に発揮された素晴らしい名演と高く評価したい。

他方、R・シュトラウスのメタモルフォーゼンは、シューベルトとは異なり、豊かな歌心に満ち溢れた美しい響きが支配しており、ケンペとしては珍しいタイプの演奏とも言えるだろう。

しかしながら、豊穣な弦楽合奏の端々から漂ってくる奥深い情感には人生の諦観を感じさせるような枯れた味わいがあると言えるところであり、これは、ケンペとしても最晩年になって漸く到達し得た清澄な境地と言えるのではないだろうか。

いずれにしても、本演奏は最晩年のケンペだけが描出し得た至高・至純の高みに聳え立つ超名演と評価したい。

音質は従来盤でも十分に満足し得る高音質であったが、数年前に発売されたこのBlu-spec-CD盤の方がよりベターな音質である。

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2013年05月04日


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ケンぺは、R・シュトラウスの協奏曲やオペラからの抜粋を含めたほぼ完全な管弦楽曲全集を録音したが、本盤は、当該全集から2曲を抜粋したCDだ。

いずれも、素晴らしい名演と高く評価したい。

アルプス交響曲は、カラヤン&ベルリン・フィルの名演が発売されて以降、録音点数が激増し、今や、多くの指揮者の主要レパートリーとなっているが、本盤の録音当時(1970年)は、他にも殆ど録音がなかった。

CD時代とLP時代の違いということも要因の一つと考えられなくもないが、現代の隆盛からすると隔世の感があると言える。

ケンペは、R.シュトラウスのこの傑作を、作曲者とも関係の深い名門シュターツカペレ・ドレスデンを率い、堅固な構成力で円熟の極致ともいえる名演を繰り広げている。

ケンぺの演奏の特色を一言で表現すると質実剛健ということになるのではないか。

最近の演奏が特色とする華麗さなどは殆ど見られない。

堅固な構成力を重視した演奏で、標題よりも、交響曲という形式に主眼を置いているような渋い印象を受ける。

シュターツカペレ・ドレスデンのいぶし銀の響きも、こうしたケンぺのアプローチを助長することに繋がっており、演奏が含有する内容の濃さ、味わい深さといった点では、アルプス交響曲の数々の名演の中でも最右翼に掲げるべきものであると考える。

同様の評価は、併録の克明にして精妙な「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」の演奏にも言える。

音質はもともとイマイチであったが、HQCD化によって、若干ではあるが、音質に鮮明さを増した点も高く評価したい。

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2013年03月11日


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プロテスタントのブラームスが残した宗教音楽の最高傑作に数えられるだけあって、これまでに《ドイツ・レクイエム》の録音は数多く行なわれ、名演奏も少なくない。

その中にあってこのルドルフ・ケンペの演奏は、何の作為も感じられない自然な表現で、作品のもつ美しさを素直に表出させている。

この曲の最もオーソドックスで、かつ作品の特質を余すところなく表現している演奏のひとつである。

録音は古いが演奏はきわめて音楽的で、作品にうってつけの適切なテンポ感、重厚で厳しい表情、古典主義的構築性とロマン主義的抒情性を具えた、ヒューマン・タッチの名演。

全体にテンポが非常によいのと、全体の響きのバランスが理想に近いことが、まず挙げられるが、各部分の表現の仕方も素晴らしい。

たとえば、この曲の生命ともいえる冒頭の出だし、とくに合唱の「幸いなるかな」の出だしが単なる最弱音ではなく、はるか遠くから響いてきてこちらに近づいてくるような表現法は見事だし、第2曲〈人はみな草のごとく〉の葬送行進曲調の深みのある表現とテンポやリズムのとり方、第4曲の天国的な清純な感覚など、模範にするところが多い。

ことに合唱部を受け持っている、ベルリン聖ヘトヴィヒ教会合唱団の素晴らしさは特筆に値する。

たとえば、第1曲冒頭オーケストラ演奏のあと、「幸いなるかな、悲しんでいる人たちは」と最弱奏で歌い出される、その絶妙な響きと表現を聴いただけでもそれがよくわかる。

F=ディースカウの深い思いに満ちた名唱も印象的で、この曲の演奏のひとつの理想像といってもよいだろう。

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2012年02月20日


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ワーグナーの創作の転換点にあるロマンティック・オペラ《ローエングリン》の録音は数多くあるが、筆者が最も好んで聴き返すのは、名匠ケンペがウィーン・フィルを指揮した往年の名盤である。

ドイツの名匠のひとり、ケンペは今や忘れ去られてしまったのだろうか。

ここでウィーン・フィルから彼が引き出した多彩にして雄大な音楽は、この"ロマンティック・オペラ"の真髄を示している。

オペラティックな感興に満ち、大胆さと親密さもほどよく兼ね備えているケンペのアプローチは、懐かしいドイツの"古き良き時代"の香りを伝えてくれる。

ここで神秘的なまでの美しさを示すウィーン・フィルの演奏は、オペラ・ハウスでのこのオーケストラの経験の集積にほかならない。

ウィーン・フィルによるワーグナー演奏の魅力とは何か?と考えるとき、このケンペの録音は、その明確な解答を与えてくれるだろう。

歌手陣の充実も同曲随一の豪華さであり、この曲を代表する名盤である。

ジェス・トーマスの高貴で逞しいローエングリン、フィッシャー=ディースカウの知能犯のようなテルラムント、ルートヴィヒの巧妙なオルトルート、フリックの堂々たるハインリヒ王は、いずれもこれらの役柄の最上の演唱を示している。

グリュンマーのエルザがいささか古風だが、忘れがたい名盤である。

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2012年02月14日


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1974-75年に録音された、ケンペ最晩年の遺産であり、この指揮者の代表作のひとつと言われる名全集。

最晩年とはいえ、僅か65歳での急逝であり、芸術家としてこれから真の円熟の音楽を聴かせてくれる矢先であっただけに惜しまれる。

全曲、ファンにはたまらない演奏で、心静かに、じっくりと聴きたいブラームスだ。

率直で飾らぬ芸風の中に重厚な雰囲気を漂わせたスタイルが身上のケンペとはいえ、ここまで恣意性とは無縁でありながら、作品が本来そなえている自然な感興にナチュラルに寄り添った表現は、やはりこの時期だからこそ達成されたものと言えるだろう。

モントゥーやボールト同様、ヴァイオリンを両翼にした旧式のオーケストラ配置がきわめて効果的で、この味わいを知ってしまうと通常の配置が物足りなくなるほど。

4曲すべてオーソドックスでありながら、ケンペならではの冴えた棒さばきにより、スコアのどの小節も生まれたてのように新鮮に響く。

無用な気負いから解放され、作品の隅々にまで目を行き届かせた濃やかなアプローチが、ブラームスにふさわしい親密な音楽を作りあげることに成功しており、飾り気のないオケの響きも、昔のミュンヘン・フィルならではの自然体の良さが滲み出たものと言えるだろう。

指揮者の解釈との相性も抜群だ。

「第4」は、クナッパーツブッシュを思い出させる唯一の演奏だろう。

もちろん、あんなに破天荒ではないが、第1楽章の弦のうねりなど、ここまでできる人はなかなかいない。

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2011年10月09日


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1971年11月12・13日、チューリヒ・トーンハレに於けるスタジオ録音。

"幻の演奏"とされてきたこのケンペの「ブル8」は噂に違わず奇跡の如き感動的な演奏だった!

重厚でスケールが大きい。かと言って大言壮語する訳でもない。わざとらしいところも皆無。素朴でもある。最高級の名演奏だと思う。

豪勢なブルックナーに慣らされた耳には、透明な光と山の頂から見下ろすかのような大気感を感じさせるこの演奏は新鮮だ。

ブルックナーの交響曲は人間がみた世界でなく、神からみた描写世界ではないだろうか。

その意味で曲の中に作曲者自身の存在が感じられず、そこがベートーヴェン、ブラームスやほかの作曲家と決定的に違う。

だから指揮する人が自分を前面に押し出すと全く的外れな音楽になってしまうし、逆にそれが解っていればある程度の崩しがあってもよくインテンポに拘わらなくともよい。

少なくともブルックナー指揮者と言われる過去の巨匠はそのことをよく理解し指揮しているが、それを最もよく体現してたのがケンペではなかっただろうか。

変に効果を狙うでもなく曲自体に語らせる職人芸はケンペならではである。

1970年代にこれだけのブルックナーを演奏していたとあらば、ケンペは間違いなくその時代の、ブルックナー解釈の第一人者だったろうと言える。

ブルックナー・ファン、ケンペ・ファンには必聴の名盤と言いたい。

このような名演を聴くとケンペという人が(指揮者としては)若くして亡くなったということが惜しまれてならない。

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2011年09月30日


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1975年5月25-27日、ミュンヘン、ビュルガーブロイケラーに於けるスタジオ録音。

LP時代の愛聴盤がXRCDで見事に蘇ったことは個人的には実に喜ばしい。

ひとつひとつの音の輪郭がはっきりとし、その分奥行きが深くなり臨場感が素晴らしい。4番のXRCDより成功している。

演奏自体はいまさら言うまでもなく「ブル5」のスタンダード、ブルックナー音楽の深遠な響きがみずみずしい。

久しぶりに聴き直してみると、両端楽章の満足度は朝比奈やヴァントの剛直で峻厳な表現には及ばないが、オーケストラのコントロールが見事に行き届いた美しい演奏である。

それ以上に中間2楽章がケンペの美質が最大限に発揮された名演ではなかろうか。

第2楽章における木管の繊細な美しい表情、第3楽章におけるテンポの緩急に伴う表情の微妙な陰影を伴う変化など、ケンペならではの魅力を再確認させられた。

「作曲された音楽」と言うより、「悠久の昔から存在していた音楽」と言ったイメージの演奏だ。

こういうスタイルはケンペの得意とするところで、ブルックナーと言うより、むしろケンペを聴く録音だと思う。

朝比奈やマタチッチの豪快さを好む人には、必ずしも向かないかもしれないが、レーグナーやインバルの演奏に"もう少し迫力があったら…"と考えているくらいのリスナーには、ちょうど理想的なディスクに違いない。

そして、終楽章コーダの晴れ晴れとした雄大なスケールの音楽には誰もが魅了されることであろう。

ミュンヘン・フィルの響きも豊かで美しい。

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2011年09月29日


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1976年1月18-21日、ミュンヘン、ビュルガーブロイケラーに於けるスタジオ録音。

LP時代収録されたこのコンビによる様々な交響曲で、1975年に収録したブルックナーの第5番に続いてその翌年初めに録音された第4番であるが、このケンペ&ミュンヘン・フィルのコンビで更に曲数を増やして録音して欲しかったものである。

ほぼ同時期に、同じ職人タイプのベームが「第4」の名演を残しているが、ケンぺの本盤の演奏とは全く異なるものになっているのは大変興味深い。

もちろんオーケストラも異なるし、ホールもレーベルも異なる。

しかし、それ以上に、ケンぺは、ベームのようにインテンポで、しかも自然体の演奏をするのではなく、金管、特にトランペットに、無機的になる寸前に至るほどの最強奏をさせたり、テンポを随所で微妙に変化させるなど、ケンぺならではの個性的な演奏を行っている。

筆者としては、今回XRCD化されたケンぺのブルックナーの中では、「第5」の方をより評価したいが、この「第4」も、同じタイプのベームの名演によって、一般的な評価においても不利な立場にはおかれていると思われるが、高次元の名演であることは疑いのないところである。

オーケストラのいかにもドイツ的な渋い音と、まったく揺るぎのない堅牢な構築美が作品にピタリとはまっている。

その造形感覚はあくまで雄大で、しかも芯には強い力がみなぎっており、ケンペ絶好調時ならではの逞しい音楽づくりが実に快適だ。

ヴァイオリン両翼の楽器配置も効果的で、第1楽章の第2主題部などでも立体的なフレーズの受け渡しが強く印象に残る。

今回、XRCDリマスタリングの元になったマスターはオリジナルの「BASF系」なので、安心してケンペ本来のサウンドが楽しめるのがポイントとなっている。

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2010年08月06日


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ドイツの名匠ケンペの初の、そして唯一となるベートーヴェン交響曲全集。

日本におけるケンペの評価を決定づけた名盤でもある。

ケンペのミュンヘン・フィル芸術監督時代の大きな成果の一つ。

1曲、1曲に彫琢の限りを尽くし、丹念に仕上げられている。

当時のベートーヴェン解釈の本流をいくもので、現代のベートーヴェン像とはやや距離を置くところもあるが、当時のほかの演奏と比べた場合、ケンペのアプローチはより普遍性を持っていることが実感される。

一切の虚飾を排し、自らが信じるベートーヴェンを明確に打ち出しているためだろう。

温かみがあり、良い意味でのローカル色が感じられるオーケストラの響きも魅力的。

チェリビダッケ時代に世界に雄飛する以前の、やや肌合いの異なるオーケストラの味わいが如実に記録されている。

この演奏からオーケストラの個々の奏者の名人芸や離れ技を聴きとることは難しい。

個人技による感覚上の美観は、ここでは強く抑制されているのだ。

従ってここに見られる音楽的美しさは、表層にたなびくものではなく、内に頑固なまでにしがみついたものである。

全9曲まったくムラのない出来だが、第4番から第7番までの演奏は特に強い感銘を与える。

地味ではあるが、存在価値の大きい全集。

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2008年11月25日


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録音後40年近くを経た今日でも、この作品を語る際に決して忘れることの出来ない名盤。

ケンペは名盤、「交響詩、協奏曲全集」を残したことでもわかるように、R.シュトラウスを得意とした指揮者だ。

オペラでその力をいかんなく発揮したのが、このディスクである。

シュトラウスの多くのオペラの初演をてがけ、揺るぎない伝統を築き上げたシュターツカペレ・ドレスデンのしっとりとした音色はここでもきわめて魅力的。

当時の東ドイツの名歌手たちに西側のスターを加えた、ヤノヴィッツ、キング、ゲスティ、ツィリス=ガラ、プライ、シュライアー、アダムという配役は、この作品の上演のひとつの理想と言えるもの。

これら錚々たる出演者たちが、各々の持ち味を十分に生かし、作り上げたアンサンブルからは、現在第一線で活躍している歌い手からは得られない格調の高さがにじみ出てくるよう。

ケンペはシュトラウス演奏に豊かな伝統を誇るシュターツカペレ・ドレスデンのしっとりとした豊かな響きを生かしながら、シュトラウス・オペラの愉悦の世界へと聴き手を誘う。

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2008年09月17日


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名匠ケンペが晩年の1970〜76年にかけて名門シュターツカペレ・ドレスデンと録音完成した全集。

ケンペは生前、R.シュトラウスに深く傾倒し、その演奏を得意としていた。彼とシュターツカペレ・ドレスデンのコンビにとって、こうした作品はまさにうってつけといえよう。

ケンペがドレスデンに里帰りをして完成したR.シュトラウスの管弦楽作品集は、この作曲家の17曲の作品、ほとんどすべての管弦楽曲を網羅しており、しかもそれぞれが最高水準の名演として仕上げられている。

その功績の多くの部分が、この作曲家にゆかりの深いオーケストラに帰せられてよいだろうが、ケンペの質朴な音楽は作品の美をまったく虚飾なく伝える。

その意味でも類例のない全集であり、シュトラウスの演奏の原点を衝いた最高の成果でもある。

事実、演奏はいずれも極めて質の高いものばかりで、骨格のがっしりとした品格のある表現には強く心を惹かれる。

アンサンブルの見事さはいうまでもないが、その確かな造形が堅固で克明な音楽をつくり、シュトラウスの精緻をきわめた書法と洗練された美学を存分に味わわせてくれる。

特に交響詩の演奏が素晴らしく、ケンペの実力が遺憾なく発揮されている。

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