ケンプ

2015年06月06日


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ドイツの巨匠ピアニスト、ウィルヘルム・ケンプ(1895-1991)は1961年10月に来日し、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲を7夜にわたり連続演奏を行った。

単独のピアニストがベートーヴェンのピアノ・ソナタを全曲集中して演奏することは日本初だったとされ、日本音楽界の一大イベントとして非常な話題となったということである。

当時ケンプは66歳で、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集は、1950〜56年のモノラルと1964〜65年のステレオの2種のセッション録音が存在し、いずれも屈指の名盤と高く評価されているが、その中間期、ケンプ最盛期の全集がもうひとつ存在したことは驚愕の極み。

歴史的資料としても貴重な演奏で、全盛期のケンプのピアニズムを堪能できる演奏内容となっている。

いずれの楽曲も至高の名演と高く評価したい。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集の録音は現在でもかなり数多く存在しており、とりわけテクニックなどにおいては本全集よりも優れたものが多数あると言える。

ケンプによる録音に限ってみても、前述の2つのスタジオ録音の方が、演奏の完成度に関しては断然上にあると言えるが、演奏の持つ閃きやファンタジーにおいては、本演奏がダントツであると言えるのではないだろうか。

本全集におけるケンプによるピアノ演奏は、例によっていささかも奇を衒うことがない誠実そのものと言える。

ドイツ人ピアニストならではの重厚さも健在であり、全体の造型は極めて堅固である。

また、これらの楽曲を熟知していることに去来する安定感には抜群のものがあり、大胆不敵でエネルギッシュな一面を覗かせながら、緩徐部分でのケンプの穏やかな語り口は朴訥ささえ感じさせるほどだ。

しかしながら、一聴すると何でもないような演奏の各フレーズの端々から漂ってくる滋味に溢れる温かみには抗し難い魅力があると言えるところであり、これは人生の辛酸を舐め尽くした晩年の巨匠ケンプだけが成し得た圧巻の至芸と言えるだろう。

筆者としては、ケンプの滋味豊かな演奏を聴衆への媚びと決めつけ、厳しさだけが芸術を体現するという某音楽評論家の偏向的な見解には到底賛成し兼ねるところである。

ケンプによる名演もバックハウスによる名演もそれぞれに違った魅力があると言えるところであり、両者の演奏に優劣を付けること自体がナンセンスと考えるものである。

全曲を通して聴いて驚いたのは、大変エネルギッシュでしかも力強い演奏でありながら、自由自在、奔放で即興的かつ詩的な味わい深い演奏となっていることである。

ピアニストは年輪を重ねるごとにテンポを落として深みのある演奏を聴かせる人が多いが、それはまた同時にテクニックの衰えを隠す一面もあることも否めない。

しかし、ケンプの演奏は速めのテンポを崩すことなく、音楽を前進させていく。

そのため、ミスタッチも目立つ演奏になることがあるが、そのこと自体が演奏の価値を貶める結果に陥っておらず、このCDを演奏順に聴いていくことでケンプの息遣いを追体験できるのである。

ケンプはライヴで最良の面が発揮されるピアニストのため、回を重ねるごとに自由かつ雄弁となり、後期作品では人間業とは思えぬ境地に達し、まさにピアノ音楽史上の至宝の音源と言えるだろう。

要するにケンプのすべてを体験できるのが今回のNHK盤だと確信したところであり、ケンプ・ファン必聴のベートーヴェンここにありと言えよう。

すべてNHKがラジオ放送用に収録したもので、モノラル録音でありながら当時最高の技術が駆使されていて、ステレオ録音にも負けない秀逸な録音となっており、ケンプの生演奏を余すところなく楽しめる演奏となっている点において、歴史的名演であることは間違いない。

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2015年03月03日


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ドイツ人ピアニストの巨匠ケンプによるベートーヴェンのピアノ協奏曲全集としては、これまで2つのスタジオ録音が知られていたところだ。

最初の録音は、ケンペン&ベルリン・フィルとともに行った演奏(1953年)であり、2度目の録音は、ライトナー&ベルリン・フィルとの演奏(1961年)である。

このうち、最初のものはモノラル録音であることから、ケンプによるベートーヴェンのピアノ協奏曲全集の代表盤としては、ライトナー&ベルリン・フィルとともに行った演奏を掲げるのが一般的であると考えられるところだ。

そのような中で、新盤が何故か廃盤となり、長らくカタログから消えていたが、今般再発売される運びとなったのは多くのクラシック音楽ファンにとって何と言う幸せなことであろうか。

演奏は1961年ものであり、ケンプが66歳という最円熟期時のものである。

いずれの楽曲も至高の名演と高く評価したい。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集の録音は現在でもかなり数多く存在しており、とりわけテクニックなどにおいては本全集よりも優れたものが多数あるとも言える。

ケンプによる録音に限ってみても、前述の旧録音の方が、テクニックに関しては断然上にあると言えるが、演奏の持つ味わい深さにおいては、本演奏がダントツであると言えるのではないだろうか。

本全集におけるケンプによるピアノ演奏は、例によっていささかも奇を衒うことがない誠実そのものと言える。

ドイツ人ピアニストならではの重厚さも健在であり、全体の造型は極めて堅固である。

また、これらの楽曲を熟知していることに去来する安定感には抜群のものがあり、その穏やかな語り口は朴訥ささえ感じさせるほどだ。

しかしながら、一聴すると何でもないような演奏の各フレーズの端々から漂ってくる滋味に溢れる温かみには抗し難い魅力があると言えるところであり、これは人生の辛酸を舐め尽くした最晩年の巨匠ケンプだけが成し得た圧巻の至芸と言えるだろう。

なお、同時期に活躍していた同じドイツ人ピアニストとしてバックハウスが存在し、かつては我が国でも両者の演奏の優劣についての論争が繰り広げられたものであった。

現在では、とある影響力の大きい某音楽評論家による酷評によって、ケンプの演奏はバックハウスを引き合いに著しく貶められているところである。

確かに、某音楽評論家が激賞するバックハウスによるベートーヴェンのピアノ協奏曲の演奏も素晴らしい名演であり、筆者としてもたまに聴くと深い感動を覚えるのであるが、体調が悪いとあのような峻厳な演奏に聴き疲れすることがあるのも事実である。

これに対して、ケンプの演奏にはそのようなことはなく、どのような体調であっても、安心して音楽そのものの魅力を味わうことができる。

筆者としては、ケンプの滋味豊かな演奏を聴衆への媚びと決めつけ、厳しさだけが芸術を体現するという某音楽評論家の偏向的な見解には到底賛成し兼ねるところである。

ケンプによる名演もバックハウスによる名演もそれぞれに違った魅力があると言えるところであり、両者の演奏に優劣を付けること自体がナンセンスと考えるものである。

なお、本全集において、巨匠ケンプの至高のピアノ演奏を下支えしているのが、ライトナー&ベルリン・フィルであるが、ケンプのピアノ演奏に触発されたせいか、ドイツ風の重厚さにもいささかも不足がない名演奏を繰り広げていると高く評価したい。

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2014年11月11日


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本盤には、ケンプの第1回目のステレオ録音で世界初CD化となる貴重盤が収められている。

いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

これらの3曲を収めたCDは現在でもかなり数多く存在しており、とりわけテクニックなどにおいては本演奏よりも優れたものが多数あるが、現在においても、本演奏の価値はいささかも色褪せていないと考える。

本演奏におけるケンプのピアノは、いささかも奇を衒うことがない誠実そのものと言える。

ドイツ人ピアニストならではの重厚さも健在であり、全体の造型は極めて堅固である。

また、これらの楽曲を熟知していることに去来する安定感には抜群のものがあり、その穏やかな語り口は朴訥ささえ感じさせるほどだ。

しかしながら、一聴すると何でもないような演奏の各フレーズの端々から漂ってくる滋味に溢れる温かみには抗し難い魅力があると言えるところであり、これは人生の辛酸を舐め尽くした巨匠ケンプだけが成し得た圧巻の至芸と言えるだろう。

同時期に活躍していた同じドイツ人ピアニストとしてバックハウスが存在し、かつては我が国でも両者の演奏の優劣についての論争が繰り広げられたものであった。

現在では、とある影響力の大きい某音楽評論家による酷評によって、ケンプの演奏はバックハウスを引き合いに著しく貶められているところである。

確かに、某音楽評論家が激賞するバックハウスによるベートーヴェンのピアノ・ソナタについてはいずれも素晴らしい名演であり、筆者としてもたまに聴くと深い感動を覚えるのであるが、体調が悪いとあのような峻厳な演奏に聴き疲れすることがあるのも事実である。

これに対して、ケンプの演奏にはそのようなことはなく、どのような体調であっても、安心して音楽そのものの魅力を味わうことができる。

筆者としては、ケンプの滋味豊かな演奏を聴衆への媚びと決めつけ、厳しさだけが芸術を体現するという某音楽評論家の偏向的な見解には到底賛成し兼ねるところである。

ケンプによる名演もバックハウスによる名演もそれぞれに違った魅力があると言えるところであり、両者の演奏に優劣を付けること自体がナンセンスと考えるものである。

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2014年07月17日


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数ある同曲の録音の中でもひときわ輝く1枚で、両手の声部が生き生きと対話し、変奏ごとの雰囲気の変化も楽しいゴルトベルク。

それでいて、1955年盤のグールドのような快活さと違い、落ち着いた深い精神性を感じさせる演奏だ。

また、こんなに優しく愛らしく、かつ自然で穏やかなバッハの演奏は、初めて聴いた。

この1枚にケンプという名ピアニストがどういう演奏を目指していたのかが凝縮されている。

現代では前提として完璧なテクニックが要求されるが、それが「一番大切な事ではない」ということを解らせてくれる良い例である。

現代のピアノでバッハを弾くとき、その機能を全く使おうとしないか、使い方を間違えている演奏が存在するが、ケンプのバッハ演奏は「なぜ現代のピアノでバッハを弾くのか? それにはどんな利点があるのか?」が良く解る。

有名なグールドの演奏も実はその辺りが良く考慮されているのだが、ケンプの方が解りやすいであろう。

この演奏を聴いた人がまず驚くのは、アリアでの装飾音の少なさのようだ。

装飾音がほとんど無いのでパサパサした演奏との評価も見たことがあるが、実際部屋に流してみると極上の空間が生まれる。

それに現代ピアノの特性を考えた場合、装飾音の問題はないし、アリアの骨格が浮き彫りになることでその後の変奏が分かりやすくなっていて、変奏曲として非常に高度な演奏である。

完成度という点では後の超絶技巧演奏に譲るが、グールド以後の、大多数の表層をいじっただけの演奏よりも遥かに独自性を出していて、素晴らしい演奏の1つである。

過去にCD化された他のゴルトベルク変奏曲とは聴き終えた後の重量感が違う。

時代、演奏家を超えた何かが記録されている気がする。

グールド・ショックも古楽運動も一段落した今だからこそ、この演奏の価値はますます高くなっているようだ。

現代が忘れてしまった数多くのことが詰まっており、本当に大切なことを語りかけてくれる。

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2013年11月01日


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ケンプは2つの「ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全集」を完成したが、その一つが、このモノーラル盤で、1950〜51、56年の録音。

技巧的には最盛期とも言える時期の演奏で、後年の録音よりも情緒的には濃密であり、殊に中期の作品の精力的な表現を高く評価したい。

戦前と晩年の中間に位置しているが、内容的にもその通りと言えるところであり、人によっては、ステレオ録音よりこのほうを高く評価するかも知れないが、筆者は両方を座右に置きたいと思う。

本全集におけるケンプのピアノは、いささかも奇を衒うことがない誠実そのものと言える。

ドイツ人ピアニストならではの重厚さも健在であり、全体の造型は極めて堅固である。

また、これらの楽曲を熟知していることに去来する安定感には抜群のものがあり、その穏やかな語り口は朴訥ささえ感じさせるほどだ。

しかしながら、一聴すると何でもないような演奏の各フレーズの端々から漂ってくる滋味に溢れる温かみには抗し難い魅力があると言えるところであり、これは人生の辛酸を舐め尽くした巨匠ケンプだけが成し得た圧巻の至芸と言えるだろう。

同時期に活躍していた同じドイツ人ピアニストとしてバックハウスが存在し、かつては我が国でも両者の演奏の優劣についての論争が繰り広げられたものであった。

現在では、とある影響力の大きい某音楽評論家による酷評によって、ケンプの演奏はバックハウスを引き合いに著しく貶められているところである。

確かに、某音楽評論家が激賞するバックハウスによるベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集についてはいずれの楽曲も素晴らしい名演であり、筆者としてもたまに聴くと深い感動を覚えるのであるが、体調が悪いとあのような峻厳な演奏に聴き疲れすることがあるのも事実である。

これに対して、ケンプの演奏にはそのようなことはなく、どのような体調であっても、安心して音楽そのものの魅力を味わうことができるのである。

筆者としては、ケンプの滋味豊かな演奏を聴衆への媚びと決めつけ、厳しさだけが芸術を体現するという某音楽評論家の偏向的な見解には到底賛成し兼ねるところである。

ケンプによる名演もバックハウスによる名演もそれぞれに違った魅力があると言えるところであり、両者の演奏に優劣を付けること自体がナンセンスと考えるものである。

録音はモノーラルだが、十分に観賞に耐え得る満足できる音質だと思う。

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2012年06月24日


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ドイツ人ピアニストの巨匠ケンプによるベートーヴェンのピアノ協奏曲全集としては、これまで2つのスタジオ録音が知られていたところだ。

最初の録音は、ケンペン&ベルリン・フィルとともに行った演奏(1953年)であり、2度目の録音は、ライトナー&ベルリン・フィルとの演奏(1961年)である。

このうち、最初のものはモノラル録音であることから、ケンプによるベートーヴェンのピアノ協奏曲全集の代表盤としては、ライトナー&ベルリン・フィルとともに行った演奏を掲げるのが一般的であると考えられるところだ。

そのような中で、今般、最晩年のケンプが来日時にNHK交響楽団とともにライヴ録音した全集が発売される運びとなったのは何と言う幸せなことであろうか。

演奏は1970年ものであり、ケンプが75歳の時のものである。

いずれの楽曲も至高の名演と高く評価したい。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集の録音は現在でもかなり数多く存在しており、とりわけテクニックなどにおいては本全集よりも優れたものが多数あると言える。

ケンプによる録音に限ってみても、前述の2つのスタジオ録音の方が、テクニックに関しては断然上にあると言えるが、演奏の持つ味わい深さにおいては、本演奏がダントツであると言えるのではないだろうか。

本全集におけるケンプによるピアノ演奏は、例によっていささかも奇を衒うことがない誠実そのものと言える。

ドイツ人ピアニストならではの重厚さも健在であり、全体の造型は極めて堅固である。

また、これらの楽曲を熟知していることに去来する安定感には抜群のものがあり、その穏やかな語り口は朴訥ささえ感じさせるほどだ。

しかしながら、一聴すると何でもないような演奏の各フレーズの端々から漂ってくる滋味に溢れる温かみには抗し難い魅力があると言えるところであり、これは人生の辛酸を舐め尽くした最晩年の巨匠ケンプだけが成し得た圧巻の至芸と言えるだろう。

筆者としては、ケンプの滋味豊かな演奏を聴衆への媚びと決めつけ、厳しさだけが芸術を体現するという某音楽評論家の偏向的な見解には到底賛成し兼ねるところである。

ケンプによる名演もバックハウスによる名演もそれぞれに違った魅力があると言えるところであり、両者の演奏に優劣を付けること自体がナンセンスと考えるものである。

なお、本全集において、巨匠ケンプの至高のピアノ演奏を下支えしているのが、森正率いるNHK交響楽団であるが、ケンプのピアノ演奏に触発されたせいか、ドイツ風の重厚さにもいささかも不足がない名演奏を繰り広げている。

音質は、名指揮者の来日公演の高音質での発売で定評のあるアルトゥスレーベルがマスタリングを手掛けているだけに、本全集においても1970年のライヴ録音としては十分に満足できる良好な音質に仕上がっているのが素晴らしい。

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2011年03月14日


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ケンプ晩年の録音で、どの作品も、シューベルトの"歌心"を、ごく自然に、温かくひきあげたもので、こうしたぬくもりのある演奏というのは、こんにちでは少なくなった。

ケンプの格調の高い叙情性は、シューベルトにふさわしく、叙情的な資質を実に端的に表明している。

ソナタは18曲を演奏しているが、どの曲もシューベルト特有の詩情とロマンが芳醇な薫りをもってあふれんばかりに示されている。

そのすべてに共通した、滋味ゆたかな、温かさにみちた演奏は常に高雅であり、繊細で柔軟な歌にあふれている。

この自然体の音楽は作品の本質そのものの表現といってよい。

アゴーギクも妥当で、数多いシューベルトの録音でも特筆すべきアルバム。

ケンプの資質の最良の部分があらわされており、彼の芸の深さをうかがうことのできる名演である。

最近でこそ多くのピアニストが取り上げるようになったが、かつては繰り返しの多い退屈になりかねない音楽として、シューベルトのソナタは敬遠されがちであった。

しかしその頃から積極的に演奏に臨み、後期の有名な作品ばかりでなく、ついには全曲を録音したのは、メジャーな演奏家としてはケンプが初めてではなかったろうか。

この全集を聴けば良く分かるが、まるで天国から啓示を与えるかのような至福の表情を持つケンプの音楽性は、まさにシューベルトにぴったりだったのだ。

近年はシューベルトに関心を示すピアニストも多くなったが、全集まで録音しようとする人は少ない。

今聴き直してみても、その存在価値にはいささかの揺らぎもない。

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2011年01月23日


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ケンプはバッハや、さらにはモーツァルトやベートーヴェンといった作曲家に対して素晴らしい解釈を繰り広げたピアニストであったが、それと並んで忘れられないのがシューベルトやシューマンといったドイツ・ロマン派の作品に対する解釈である。

ケンプはシューマンでも数々のすぐれた演奏を聴かせた。

いずれも作品に秘められた夢と幻想を、日常的な親しみの感情をもってあらわしている。

ケンプのシューマンは、どの曲を採っても作品の内奥に迫っている。

これらの演奏は、楽想への強い共感をあらわにしながら、テンポや解釈の無理を絶対にしないところが特色といえる。

至難な技巧をもって知られる曲も、表面的に空虚な音楽となることがまったくない。

彼の音楽性にはもともと夢見るような豊かなファンタジーの発露があるのだが、その特質が最高に生きたのが、シューマンのピアノ作品ではなかったろうか。

この4枚組のアルバムに含まれるどの作品を聴いていても、ケンプが心から作品に共感し、感じた歌を自由奔放に奏でているのが良く分かる。

そしてそれがまたどこまでもシューマネスクであり、同じドイツ人としての感性の共通性を感じずにはいられない。

真にロマン的な作曲家であったシューマンに対する深い理解と愛情が示された内容である。

シューマンの真髄を率直にあらわした巨匠ならではの音楽である。

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2010年10月01日


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これは1970年のベートーヴェン生誕200年を記念して行われた録音である。

古きよき時代の名演だ。

シゲティとかシェリング、あるいはハイフェッツやオイストラフ等々の巨匠たちの盤も捨てがたいのだが、ベートーヴェンのピアノ・ソナタの演奏で一つの頂点を築き上げているケンプとの二重奏ということで、トータルとして素晴らしい音楽感興の高まりがある。

全体的に遅めのテンポをとって、じっくりと作品に対決しているかのようだ。

確かに、現代の若手俊英たちが極めて精度の高いテクニックでピッチに微塵の乱れも見せずに弾ききるのとは違い、ところどころにピッチの決まりきっていない音もあるが、その音楽表情には、豊かな演奏体験と人間的な成長を経なければ達することのできないような深い味わいがある。

細かいことをいえば、アンサンブルにキズがないわけではないが、50代半ばのメニューインと70代半ばのケンプが織りなすベートーヴェンは、腕だけに頼りがちな若い演奏家にはない、人間的なぬくもりのあるうるおいを感じさせる。

このヴェテラン2人は、二重奏ソナタということで必要以上に対抗対峙することはない。

それぞれの役割と作品全体のコンセプトの中で捉えられた自然な音楽高揚を心がけているのである。

2つの楽器のコントラストとバランスの見事さが品位の高い音楽を作る。

「クロイツェル」は風格を感じさせる演奏だ。

ヴァイオリンもピアノも、やや動きが重いが、昨今の若い演奏家のスピードだけを重んじるような演奏に不満の向きには、花も実もある演奏として受け入れやすいかもしれない。

「春」ではおおらかな歌が聴かれる。

ここでも軽快さが乏しいのは否定できないが、円熟の表情がその不満を和らげてくれる。

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2009年12月26日


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絶妙に息のあった名コンビとして知られた2人の大家の最良の時を記録したともいえる1965年、パリでの充実しきったライヴ録音である。

室内楽的融合感と流れのよさが際立つ名演だ。

さすがに、フルニエの最盛期の録音だけあって、高雅に旋律を歌い上げながらも、自由闊達な気分にあふれていて、まさに音楽する喜びといったものがじかに伝わってくるような演奏だ。

デリケートな詩情が美しいフルニエのチェロは、非常に細部にわたって洗練され、磨きぬかれた演奏で、高度の様式美を作り出している。

フルニエはベートーヴェンの古典的な性格がもたらす高貴な精神と落ち着いた情感に基づいて演奏しており、2人の共演はベートーヴェンの全体像を具現している。

ケンプのベートーヴェン演奏は戦前から著名で、ある意味ではロマン的な性格に焦点を当てている。

ロマン的表情で高雅に歌うフルニエのチェロ、積極性と清潔感をあわせもつケンプのピアノ。

端正な引き締まった造形感は、大家同志でなくては生まれようもないものだろう。

熟し切った音楽の年輪だけが放つ輝きであり、巨匠の共演が幸福感を味わわせてくれる録音である。

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2009年03月14日


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ケンプ向きの曲が収められている。つまり集中力とエネルギーをあまり必要とせず、歌謡性と抒情性が際立っている作品。こういうところでケンプは持ち味を発揮する。

「エリーゼのために」をなんの気負いも感じさせず、ごく自然に歌いあげて聴き手を説得してしまうのは見事。

スケールの大きさこそないが、独特の味わいがあって耳を傾けさせる。

ベートーヴェンのピアノ曲のうちで、いちばん地味で小じんまりとし、聴き手に強くアピールするような演奏効果をあげるのが難しい曲が並んでいる。

そうした曲にあっては、無理に面白く聴かせようと小細工をしたりせず、正攻法で風格豊かに弾きこなす巨匠の演奏のみが、曲の真の聴き応えを教えてくれる。

その意味で、ケンプの演奏が最高である。

ケンプは、もともと技巧の冴えを誇るピアニストではなく、また演奏法もむろん旧世代のそれで、たとえば特別繊細な弱音効果を駆使して感覚鋭い音楽を聴かせたりはしないが、なによりも曲に対する愛と尊敬をもって、フレーズのひとつひとつを、大切に心をこめて弾いてゆく。

しかもベートーヴェンを繰り返し弾き込んだ豊富な演奏体験と研究・考察から、ベートーヴェンのピアノ音楽のなんたるかを知りつくし、自分の確固たる演奏様式を確立している。

ベートーヴェンの小曲集が、安定した古典的様式を得て、素直で愛らしく、しかも凛とした気品をもった音楽となるのである。

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2009年03月07日


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ケンプは2つの「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集」を完成したが、その1つがこのモノーラル盤。技巧的には最盛期ともいえる時期の演奏で、後年の録音よりも精力的で情緒的には濃密である。

演奏は雄渾にして高雅、伝統的なベートーヴェンの演奏様式に立脚して、まったく音楽的に自然である。

伝統的な演奏様式を継承した壮麗な表現だが、威容と力で押し切るのではなく、ケンプならではの叙情性が作品を親しみやすいものにしている。

ベートーヴェンを弾いて、ケンプほど安定した妥当な解釈を聴かせるピアニストは、いまも存在しない。

どの曲も音楽的に練りぬかれ、気品にみち、その透徹した精神美とゆたかな幻想のひろがりが深い感銘をあたえる。

あらゆる演奏はこのような解釈を基礎としていると思うが、それだけに最も普遍的であり、作品の理解に不可欠な表現である。

ケンプはおそらくすべてにおいてベートーヴェンと自己の同質性を感じていたのであろう。

特に第4番は味わい深い演奏である。

ケンペン指揮のフルトヴェングラー時代のベルリン・フィルも男性的で逞しく、ゲルマン魂溢れる懐かしの名演を聴かせる。

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2008年02月22日


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ケンプのベートーヴェン演奏は、今日でもまだ感銘を呼ぶものだ。

ケンプは決して行為やテクニックによって、聴き手を説得しようとはしない。

この演奏を聴いて痛切に感じるのは、ケンプがいかにベートーヴェンの音楽の世界を大切にして、本質に迫ろうとしているかということだ。

ひとつひとつの音色を大切にしながら、陰影をはっきりとつけたロマン的感覚の、実にコクのある演奏である。

ケンプの演奏はきわめて率直に聴き手の心に迫る。

というのもケンプがこれらの作品を、いかなる作為もなく自然体で演奏しているからだ。

その裏付けとなっているのは、彼が一生捧げて取り組んだベートーヴェン解釈であり、その結果としてのヒューマンなベートーヴェンである。

バックハウスのようなスケールの大きさこそないが、独特の味わいがあって耳を傾けさせる。

円満で全人的な表現は、まさにベートーヴェンの音楽の故郷へつながる音楽といえよう。

ケンプが当然のこととして全人生をかけたベートーヴェンを、ここに聴くことができる。

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