プレヴィン

2017年03月16日


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最近のニコライ・ルガンスキーはそれまでの正確無比なヴィルトゥオーゾ・ピアニストとしてのプロフィールから脱皮して、古典的な作品もじっくり聴かせるような音楽的成長を遂げている。

それが前回のシューベルト・アルバムに着実に示されていたが、このセットの前半4枚に収録されたピアノ協奏曲全4曲とオーケストラ付ピアノ作品及びピアノ・ソロでは彼のロシア的抒情と若い頃の典型的なテクニックが発揮された華麗なピアニズムを堪能できる。

ラフマニノフは言ってみれば時代に取り残されたロマン派の残照のような存在で、彼の拭い切れない憂愁を爛熟したロマンティシズムが引き摺るように覆っている。

その作品の演奏には洗練された超絶技巧が欠かせないが、勿論メカニックな技巧だけではその深い情緒を表現することはできない。

ルガンスキーの高踏的なカンタービレとバランスのとれた精緻な表現力は伝統的なロシア派のピアニズムを継承するピアニストだけに秀逸だ。

オーケストラ付の作品はサカリ・オラモ指揮、バーミンガム交響楽団との協演になる。

後半の4枚でルガンスキーが参加しているのはCD5のチェロ・ソナタト短調及び『ヴォカリーズ』のウォルフィッシュによるチェロ編曲版のそれぞれピアノ・パートで、伴奏者としての腕も披露している。

それ以外の3曲の交響曲、合唱交響曲『鐘』、オーケストラ版『ヴォカリーズ』、交響詩『死の島』、歌劇『 アレコ』の間奏曲及びシンフォニック・ダンスはアンドレ・プレヴィン指揮、ロンドン交響楽団、同合唱団の演奏になる。

プレヴィン自身やはりロシア系であることからラフマニノフには特別の敬意と情熱があったと思われる。

ラフマニノフのオーケストラル・ワークにはソナタ形式、変奏、フーガ、エスニカルなリズムやメロディーなど多様なエレメントが同居しているが、プレヴィンは幻想的な物語性の表出に優れた手腕を発揮している。

交響曲第2番では習慣的なカット部分を復活させてオリジナル版全曲演奏を定着させたのもプレヴィンの功績だ。

彼はロンドン交響楽団の音楽監督を務めただけでなく1992年からは桂冠指揮者に列せられていて、自在に従うオーケストラとの相性の良さも聴きどころだ。

ただし後半3枚の音質では、この時期のEMIの録音のバランスの悪さが弱点になっている。

19ページのライナー・ノーツには演奏曲目の他にユグ・ムソーによる『失われた楽園への追想』と題されたラフマニノフの作品とその傾向に関する短いが書き下ろしのエッセイが掲載されているが、録音データは各ジャケット裏面にのみ掲載されている。

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2016年10月08日


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素朴なオリジナル版と、華麗なラヴェル編曲版を聴き比べる企画の面白さに惹かれるし、演奏がまた両方とも実に素晴らしい。

オーケストラの名曲として名高いこの曲は、もともとピアノ独奏用に書かれたものである。

ところが、不幸なことに、ムソルグスキーの生前には1度も演奏されることはなく、彼の死後、有名なラヴェル版をはじめ、多くの人たちの手でオーケストラ用に編曲され広く知られるようになった。

オリジナルのピアノ独奏版も、名手の手にかかると大変聴きごたえがある。

ドイツ・オーストリア系の作曲家の作品を得意としているブレンデルだが、この作品をコンサートでも頻繁に取り上げており、録音もこれが2度目にあたる。

自由な即興を加え絢爛豪華に仕上げたホロヴィッツ盤に対し、ブレンデル盤は正統派の演奏とでも言えようか、彼は、自身の考えるところのこの作品の本質をじっくりと、深く掘り下げ、慎重な運びで弾き進めている。

ブレンデルは決してピアニスティックな効果を展示しようとはせず、むしろ抑制された表現の内で彼の考えるこの作品の本質に迫ろうとする。

最強音を排した強弱のグラデーションの多様さ、常に求心的であろうとする表現は、その演奏においてあらゆる意味での押しつけがましさの要素を無縁なものとしながら、確固とした自己主張を行い、何よりも新鮮である。

実にどっしりと落ち着いた演奏で、ロシア臭の強いリヒテルとはやや異なり、各曲の性格を的確につかみ、隙のない精巧なまとまりを特に強く印象づける。

ここで彼は、1枚1枚の絵を、まるで細密画を思わせるかのように実に丹念に仕上げているのが特徴で、〈古い城〉〈卵の殻をつけた雛鳥の踊り〉〈バーバ・ヤーガの小屋〉など、その繊細な描写力は凄いの一言に尽きる。

プレヴィンとウィーン・フィルによる管弦楽版は、プレヴィン、ウィーン・フィル共にこれが初録音で、“プレヴィンがウィーン・フィルとのコンサートでラヴェルのスコアを再現している”ということが、このディスクの1つのセールス・ポイントになっている。

ラヴェルの色彩的なオーケストレーションを生かしながら、ロシア的情感を豊かに盛り込んだ大変充実したもので、しかも、ここにはライヴにありがちな演奏上の問題がほとんどない。

プレヴィンのスタイルは、どちらかといえばオーソドックスで、不要な作為や演出はどこにもみられず、ここでは、伝統あるオーケストラの中にひそむ近代的なフレキシビリティの存在を意識させ、ドラマティックな起伏や多彩な音色を自然に楽しませている。

切れ味鋭いリズム、加えて個々の楽器にしろ合奏にしろ、どこをとっても響きが美しく鮮烈かつ高度に音楽的な《展覧会の絵》だ。

この作品は、むろん標題的な要素をはっきりともった作品なのだが、プレヴィンは、とりあえずそうした音楽外の事柄にこだわらず、スコアに書かれた音楽を純度高く演奏することにだけ没頭する。

そうした方法が、ウィーン・フィルという自発性と室内楽精神に富んだオーケストラから、演奏者同士、そして演奏者から指揮者への共感と協調に満ちた気持ちのいい音楽を紡ぎ出す。

個々の音色の音色美、そして合奏時の全体の美しさはウィーン・フィルならではで、こうした本質的には純粋に音楽のテクスチュアを追求する絶対音楽志向のアプローチながら、演奏者たちを、そしてなによりも作品そのものを強引に引っ張りまわさないプレヴィンの柔軟な音楽づくりから、自然な標題的起伏が浮かび上がるのである。

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2015年07月28日


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プレヴィンはオルフのカルミナ・ブラーナを2度ににわたってスタジオ録音を行っている。

最初の録音が本盤に収められたロンドン交響楽団ほかとの演奏(1974年)、そして2度目の録音がウィーン・フィルほかとの演奏(1993年)である。

いずれ劣らぬ名演と評価したいが、筆者としては、プレヴィンの全盛期はロンドン交響楽団とともに数々の名演を成し遂げていた1970年代前半であると考えており、本盤に収められた演奏の方を僅かに上位に掲げたいと考えている。

それにしても、本演奏は素晴らしい。

何が素晴らしいかと言うと、とにかく奇を衒ったところがなく、カルミナ・ブラーナの魅力を指揮者の恣意的な解釈に邪魔されることなく、聴き手がダイレクトに味わうことが可能であるという点である。

同曲はあまりにもポピュラーであるため、個性的な解釈を施す指揮者も多く存在しているが、本演奏に接すると、あたかも故郷に帰省してきたような安定した気分になるとも言えるところだ。

プレヴィンは、クラシック音楽の指揮者としてもきわめて有能ではあるが、それ以外のジャンルの多種多様な音楽も手掛ける万能型のミュージシャンである。

それ故にこそ、本演奏のようなオーソドックスなアプローチをすることに繋がっていると言えるだろう。

楽曲を難しく解釈して峻厳なアプローチを行うなどということとは全く無縁であり、楽曲をいかにわかりやすく、そして親しみやすく聴き手に伝えることができるのかに腐心しているように思われる。

プレヴィンは、ポピュラー音楽の世界からクラシック音楽界に進出してきた経歴を持っているだけに、楽曲の聴かせどころのツボをしっかりとおさえた明瞭なアプローチを行うのが特徴と言える。

本演奏においてもそれは健在で、特に、楽曲がカルミナ・ブラーナという世俗カンタータだけに、かかるプレヴィンの明瞭なアプローチ、演出巧者ぶりが見事に功を奏している。

本演奏のどの箇所をとっても曖昧模糊には陥らず、各フレーズをくっきりと明快に描くのに腐心しているとさえ感じられるところである。

かかるアプローチは、ベートーヴェンやブラームスの交響曲などのような陰影に富む楽曲の場合、スコアに記された音符の表層だけをなぞった浅薄な演奏に陥る危険性を孕んでいるが、前述のように、楽曲が当該アプローチとの相性が抜群のカルミナ・ブラーナであったということが、本演奏を名演にした最大の要因であるとも考えられるところだ。

聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりは心憎いばかりであり、プレヴィンの豊かな音楽性が本演奏では大いにプラスに働いている。

特筆すべきはロンドン交響楽団、そして同合唱団及び聖クレメント・デインズ小学校少年合唱団の見事な好演であり、シーラ・アームストロング(ソプラノ)、ジェラルド・イングリッシュ(テノール)、トーマス・アレン(バリトン)による名唱も相俟って、本名演をより一層魅力のあるものにするのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

クラシック音楽入門者が、カルミナ・ブラーナを初めて聴くに際して、最も安心して推薦できる演奏と言えるところであり、本演奏を聴いて、同曲が嫌いになる聴き手など、まずはいないのではないだろうか。

いずれにしても、本演奏は、プレヴィンによる素晴らしい名演であり、同曲を初めて聴く入門者には、第一に推薦したい名演であると評価したい。

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2015年07月25日


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近年では、その活動も低調なチョン・キョンファであるが、本盤に収められたチャイコフスキー&シベリウスのヴァイオリン協奏曲の演奏は、22歳という若き日のもの。

次代を担う気鋭の女流ヴァイオリニストとして、これから世界に羽ばたいて行こうとしていた時期のものだ。

チョン・キョンファは、シベリウスのヴァイオリン協奏曲については本演奏の後は1度も録音を行っておらず、他方、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲については、ジュリーニ&ベルリン・フィルとの演奏(1973年ライヴ録音)、デュトワ&モントリオール交響楽団との演奏(1981年スタジオ録音)の2種の録音が存在している。

両曲のうち、ダントツの名演は何と言ってもシベリウスのヴァイオリン協奏曲であろう。

とある影響力のある某音楽評論家が激賞している演奏でもあるが、氏の偏向的な見解に疑問を感じることが多い筆者としても、本演奏に関しては氏の見解に異論なく賛同したい。

シベリウスのヴァイオリン協奏曲の演奏は、なかなかに難しいと言える。

というのも、濃厚な表情づけを行うと、楽曲の持つ北欧風の清涼な雰囲気を大きく損なってしまうことになり兼ねないからだ。

さりとて、あまりにも繊細な表情づけに固執すると、音が痩せると言うか、薄味の演奏に陥ってしまう危険性もあり、この両要素をいかにバランスを保って演奏するのかが鍵になると言えるだろう。

チョン・キョンファによる本ヴァイオリン演奏は、この難しいバランスを見事に保った稀代の名演奏を成し遂げるのに成功していると言っても過言ではあるまい。

北欧の大自然を彷彿とさせるような繊細な抒情の表現など、まさに申し分のない名演奏を展開しているが、それでいていかなる繊細な箇所においても、その演奏には独特のニュアンスが込められているなど内容の濃さをいささかも失っておらず、薄味な箇所は1つとして存在していない。

チョン・キョンファとしても、22歳というこの時だけに可能な演奏であったとも言えるところであり、その後は2度と同曲を録音しようとしていないことに鑑みても、本演奏は会心の出来と考えていたのではないだろうか。

こうしたチョン・キョンファによる至高のヴァイオリン演奏を下支えするとともに、北欧の抒情に満ち溢れた見事な名演奏を展開したプレヴィン&ロンドン交響楽団にも大きな拍手を送りたい。

いずれにしても、本演奏は、チョン・キョンファが時宜を得て行った稀代の名演奏であるとも言えるところであり、プレヴィン&ロンドン交響楽団の好パフォーマンスも相俟って、シベリウスのヴァイオリン協奏曲の演奏史上でもトップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

他方、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲については、ヴィルトゥオーゾ性の発揮と表現力の幅の広さを問われる楽曲であることから、人生経験を積んでより表現力の幅が増した1981年盤や、ライヴ録音ならではの演奏全体に漲る気迫や熱き生命力において1973年盤の方を上位に掲げたいが、本演奏もチョン・キョンファの卓越した技量と音楽性の高さを窺い知ることが可能な名演と評価するのにいささかの躊躇もするものではない。

音質は、従来CD盤では、LPで聴いていた時に比べ、チョン・キョンファのヴァイオリンの透明感がやや損なわれている印象を受けたが、今般、ついに待望のSACD化がなされるに及んで大変驚いた。

従来CD盤とは次元が異なる見違えるような鮮明な音質に生まれ変わった。

チョン・キョンファのヴァイオリンの弓使いが鮮明に再現されるのは殆ど驚異的であり、あらためてSACDの潜在能力を思い知った次第だ。

いずれにしても、とりわけシベリウスについて、チョン・キョンファとプレヴィン&ロンドン交響楽団による至高の超名演を、SACDによる高音質で味わうことができることを大いに歓迎したい。

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2015年06月13日


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クラシック音楽をはじめ様々なジャンルの音楽を手掛けてきた稀代のミュージシャンでもあるプレヴィンが、これまでクラシック音楽のジャンルで遺した録音の中で最も偉大な業績は何かと問われれば、筆者は躊躇なく本盤に収められたラフマニノフの交響曲全集&管弦楽作品集を掲げたい。

プレヴィンは、若い頃からラフマニノフを得意としており、本盤に収められた全集のほかにも、第2番についてはロンドン交響楽団(1966年)及びロイヤル・フィル(1985年)とのスタジオ録音を行っており、ピアノ協奏曲についてもアシュケナージ及びロンドン交響楽団とともに全集(1970〜1971年)を録音している。

しかしながら、ピアノ協奏曲は別として、本盤に収められた演奏こそは、プレヴィンによるラフマニノフの交響曲(第2番)のベストの名演であるとともに、他の指揮者による様々なラフマニノフの交響曲全集&管弦楽作品集にも冠絶する至高の超名演集と高く評価したいと考える。

プレヴィンのアプローチは、ラフマニノフ特有の甘美な旋律の数々を徹底して美しく歌い上げると言うものである。

もっとも、そのような演奏は、近年、急速にその人気が高まっているラフマニノフの交響曲だけに、他にも数多く存在していると言えるが、プレヴィンの演奏の素晴らしいのは、どこをとっても陳腐なロマンティシズムに陥ることがなく、格調の高さをいささかも失っていないという点にあると考える。

要は、とかくラフマニノフの演奏では、旋律のあまりの甘美さ故に、厚手の衣装を身にまとったような重々しい演奏やお涙頂戴の哀嘆調の演奏などが散見されるが、プレヴィンの場合は、いささかも重々しくなることはなく、さりとて軽薄になることもなく、各種旋律を格調の高さを保ちつつ情感豊かに歌い抜くという、ある意味では難しい剛柔のバランスのとれた演奏を実現しているのである。

かかる演奏は、まさにラフマニノフ演奏の理想像の具現化と言えるところであり、それ故に、本交響曲全集&管弦楽作品集が現在においても随一の名演であり続けるとともに、その後の演奏に大きな影響力を発揮するという普遍的な価値を有している所以であると考えられるところだ。

加えて、第2番については、それまで大幅なカットを施して演奏されていたのを史上初めて完全全曲版により演奏したものであり、第2番の真の魅力を広く世に知らしめるとともに、その後広く普及することとなった完全全曲版による演奏に先鞭をつけたという意味においても、本演奏の意義は極めて大きいものであることを忘れてはならない。

なお、前述のように、プレヴィンは、ロイヤル・フィルとともに第2番を再録音しているが、当該演奏はテンポが若干遅くなるなど円熟の名演ではあると言えるものの、若干角が取れた分だけいささか甘美さに傾斜した点が見られなくもないところであり、筆者としては、若干ではあるが本演奏の方をより上位に置きたいと考える。

音質は、1973〜1976年のいわゆるアナログ録音の完成期のものであるが、EMIだけに必ずしも十分な音質とは言い難い面がある。

もっとも、あらゆるラフマニノフの交響曲全集&管弦楽作品集中の随一の超名演集であることもあり、既にHQCD化されている第2番以外の楽曲についてのHQCD化、可能であればすべての楽曲のSACD化(第2番については、今後SACD化が予定されているとのことであり、大いに歓迎したい)を図るなど、更なる高音質化を大いに望んでおきたいと考える。

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2015年06月03日


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本盤には、プレヴィンが当時の手兵であるロンドン交響楽団とともに1970年代にスタジオ録音したチャイコフスキーの3大バレエ音楽からのハイライトが収められている。

プレヴィンは元来ロシア音楽を得意としているだけあって、こうした作品を指揮すると卓越した手腕を発揮する。

決してバレエ風の表現ではなく、演奏会風のスタイルなのだが、リズムが抜群に弾んでいるので、実に面白く聴くことが出来る。

その語り口の巧さといい、音楽的な洗練度といい、いまだに魅力を失っておらず、文句のつけようがない見事な名演と言えると思う。

非常に完成度の高い出来ばえで、ほどよい距離を保ちながら、全体を的確に把握しており、危うさがない。

プレヴィンは、クラシック音楽の指揮者としてもきわめて有能ではあるが、それ以外のジャンルの多種多様な音楽も手掛ける万能型のミュージシャンと言える。

映画音楽で鍛えたブレヴィンだけに、そのストーリー・テラー的な巧さと絵画的な表現力にかけては、抜群の威力を発揮する。

したがって、本演奏においてもそのアプローチは明快そのものであり、楽曲を難しく解釈して峻厳なアプローチを行うなどということとは全く無縁であり、楽曲をいかにわかりやすく、そして親しみやすく聴き手に伝えることができるのかに腐心しているように思われる。

したがって、ベートーヴェンなどのように、音楽の内容の精神的な深みへの追究が求められる楽曲においては、いささか浅薄な演奏との誹りは免れないと思うが、起承転結がはっきりとした標題音楽的な楽曲では、俄然その実力を発揮することになる。

本盤に収められたチャイコフスキーの3大バレエハイライツは、そうしたプレヴィンの資質に見事に合致する楽曲と言えるところであり、加えて若さ故の力強い生命力も相俟って、素晴らしい名演に仕上がったと言っても過言ではあるまい。

プレヴィンが自家薬籠中のものとしているチャイコフスキーのバレエ音楽だけに、巧みな棒さばきで各場面を的確に描き分けながら、作品の幻想的な持ち味をあますところなく表出している。

全体にややテンポを遅めにとり、チャイコフスキー独特の抒情的な旋律をたっぷりと歌わせながら、極めてパノラミックな表現で、どの曲も表情豊かにまとめている。

聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりは心憎いばかりであり、プレヴィンの豊かな音楽性が本演奏では大いにプラスに働いている。

情緒的なものに過度にのめり込むことなく、かといって、非情につぱねるようなこともなく、知情意のバランスが無理なくとれていて、どの角度からみても、プレヴィンならではの、安定した性格の演奏と言えよう。

決してとりわけ優美であるとか、ファンタジー的であるという性格ではないが、個々のことが整然と把握されており、全体のバランスがよく、洗練されたスマートなプロポーションで、プレヴィンの力量のほどを物語るような安定した出来ばえを誇る内容だ。

ロンドン交響楽団もプレヴィンが首席指揮者時代の演奏で、呼吸もぴったりの相性の良さと言える。

クラシック音楽入門者が、チェイコフスキーのバレエ音楽を初めて聴くに際して、最も安心して推薦できる演奏と言えるところであり、本演奏を聴いて、嫌いになる聴き手など、まずはいないのではないだろうか。

いずれにしても、プレヴィンによる本演奏は、チャイコフスキーのバレエ音楽には、ロジェストヴェンスキー、ゲルギエフなどによるロシア風の民族色溢れる名演や、アンセルメやデュトワによる洗練された色彩美を誇る名演などがあまた存在しているが、安定した気持ちでチャイコフスキーのバレエ音楽を魅力を味わうことができるという意味においては、第一に掲げるべき名演と評価したい。

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2015年05月09日


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ホルストの組曲「惑星」を、プレヴィンは2度にわたってスタジオ録音している。

最初の録音がロンドン交響楽団との演奏(1973年)、そして2度目の録音が本盤に収められたロイヤル・フィルとの演奏(1986年)であるが、いずれ劣らぬ名演と評価したい。

それにしても、本演奏は素晴らしい。

何が素晴らしいかと言うと、とにかく奇を衒ったところがなく、組曲「惑星」の魅力を指揮者の恣意的な解釈に邪魔されることなく、聴き手がダイレクトに味わうことが可能であるという点であると考える。

同曲はあまりにもポピュラーであるため、個性的な解釈を施す指揮者も多く存在しているが、本演奏に接すると、あたかも故郷に帰省してきたような安定した気分になるとも言えるところだ。

プレヴィンは、クラシック音楽の指揮者としてもきわめて有能ではあるが、それ以外のジャンルの多種多様な音楽も手掛ける万能型のミュージシャンと言える。

それ故にこそ、本演奏のようなオーソドックスなアプローチをすることに繋がっていると言えるだろう。

プレヴィンはこの曲をスペクタクルにせず、それまでになかった都会的な洗練された優雅さを感じさせる。

楽曲を難しく解釈して峻厳なアプローチを行うなどということとは全く無縁であり、楽曲をいかにわかりやすく、そして親しみやすく聴き手に伝えることができるのかに腐心しているように思われる。

したがって、ベートーヴェンなどのように、音楽の内容の精神的な深みへの追求が必要とされる楽曲においては、いささか浅薄な演奏との誹りは免れないと思うが、起承転結がはっきりとした標題音楽的な楽曲では、俄然その実力を発揮することになる。

組曲「惑星」も、そうしたプレヴィンの資質に見事に合致する楽曲と言えるところであり、加えて、プレヴィン円熟のタクトも相俟って、素晴らしい名演に仕上がったと言っても過言ではあるまい。

聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりは心憎いばかりであり、プレヴィンの豊かな音楽性が本演奏では大いにプラスに働いている。

確かに、イギリスには作曲者による自作自演盤を筆頭に、ボールト盤、サージェント盤など名盤の歴史があり、それらはスペクタクルにはいささかも傾くことなく、表現の奥ゆかしさ、自然に醸し出される味わいの豊かさなどの点で、作品との特別な連帯感、一体感を堪能させてきたが、プレヴィンはそこに新しい筆を持ちこみ、タッチも、輪郭も、色彩も、より鮮やかで初々しい《惑星》像を再現して、伝統を一歩先へと推し進めたように思われる。

クラシック音楽入門者が、組曲「惑星」を初めて聴くに際して、最も安心して推薦できる演奏と言えるところであり、本演奏を聴いて、同曲が嫌いになる聴き手など、まずはいないのではないだろうか。

ロイヤル・フィルも、常にこの曲を弾きこんでいるせいか、たいへんうまい。

この精緻な味わいは他のディスクではなかなか味わうことが出来ないので、是非一聴をお薦めしたい1枚である。

いずれにしても、本演奏は、プレヴィンによる素晴らしい名演であり、同曲を初めて聴く入門者には、第一に推薦したい名演であると評価したい。

テラークの優秀録音も本盤の価値を高めるのに貢献しており、安心して万人に推薦できる名盤である。

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2015年02月14日


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プレヴィンがかつて首席指揮者を務めたロンドン響と録音したショスタコーヴィチの大作、交響曲第8番。

高性能軍団ロンドン響を駆使して、プレヴィンが壮大な音のドラマを繰り広げる。

みごとな完成度をもった演奏だ。

ショスタコーヴィチの音楽はどれを聴いても、独裁体制下でのインテリゲンチャの生き方のむずかしさを考えさせられる。

体制に迎合すると見せかけて、研ぎ澄ました牙のちらつくこともある。

隠蔽が行き過ぎて自虐的、韜晦的になることもある。

この交響曲第8番も例外ではない。

第2次世界大戦中に作曲されたこの曲は、戦争の悲惨さを訴えながら、どんな苛酷な現実のなかでも譲ることのできない芸術家の良心を滲ませている。

むしろ現実が苛酷なほど、自己の芸術を磨くチャンスになる。

プレヴィンはそれを追求してゆく作曲家の超人的な努力に同調しつつ、同時に表面からは見えにくい芸術理念を、透かし彫りのように浮かび上がらせている。

この交響曲は、当初作曲者が表明したように人生を肯定的に表現したものか、それとも、のちに作曲者が遺言したように、レクイエム、悲劇の音楽なのか。

「物語」あるいは「神話」が付随した作品だ。

プレヴィンは、とりあえずそうしたものから自由になって純粋に音楽そのものに立ち向かう。

悲劇性を押し売りすることなく、逆に、耳に聴きやすくテクスチュアを整理することもない。

特筆すべきは響きの混ぜ合わせの妙で、極小の響きの断片が微細に色合いと明暗を変えてゆく。

第4楽章は入魂の名演で、とくに後半は静かな眩暈すら呼ぶ。

戦争の恐怖や悲惨さから生まれた曲ではあるが、いたわりに満ちた音色で奏でられるアダージョを聴くとき、プレヴィンは曲の背景にこだわることなく、あくまで音楽自身がもつエネルギーを描き出そうとしている気がする。

第5楽章も圧倒的だ。

人生の否定か肯定かという「物語」を超える、音楽のみが表現できるゲミュートが聴き手を包む。

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2015年02月07日


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本盤には、プレヴィンが当時の手兵であるロンドン交響楽団とともに1970年代にスタジオ録音したチャイコフスキーの3大バレエ音楽のうち、「眠れる森の美女」全曲が収められている。

プレヴィンは、クラシック音楽の指揮者としてもきわめて有能ではあるが、それ以外のジャンルの多種多様な音楽も手掛ける万能型のミュージシャンと言える。

したがって、本演奏においてもそのアプローチは明快そのもので、プレヴィンはロンドン響を指揮して、極めてパノラミックな表現を聴かせる。

楽曲を難しく解釈して峻厳なアプローチを行うなどということとは全く無縁であり、楽曲をいかにわかりやすく、そして親しみやすく聴き手に伝えることができるのかに腐心しているように思われる。

したがって、ベートーヴェンなどのように、音楽の内容の精神的な深みへの追求が求められる楽曲においては、いささか浅薄な演奏との誹りは免れないと思うが、起承転結がはっきりとした標題音楽的な楽曲では、俄然その実力を発揮することになる。

本盤に収められたチャイコフスキーのバレエ音楽「眠れる森の美女」は、そうしたプレヴィンの資質に見事に合致する楽曲と言えるところであり、加えて若さ故の力強い生命力も相俟って、素晴らしい名演に仕上がったと言っても過言ではあるまい。

ほどよい距離を保ちながら、全体を的確に把握しており、危うさがない。

情緒的なものに過度にのめり込むことなく、かといって、非情につっぱねるようなこともなく、知情意のバランスが無理なくとれている。

すべては他の曲の場合と同じで、ストーリー・テラー的な巧さによっていて、聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりは心憎いばかりであり、プレヴィンの豊かな音楽性が本演奏では大いにプラスに働いている。

プレヴィンならではの、安定した性格の演奏で、完成度の高い出来映えである。

クラシック音楽入門者が、バレエ音楽「眠れる森の美女」を初めて聴くに際して、最も安心して推薦できる演奏と言えるところであり、本演奏を聴いて、同曲が嫌いになる聴き手など、まずはいないのではないだろうか。

いずれにしても、プレヴィンによる本演奏は、チャイコフスキーのバレエ音楽「眠れる森の美女」(全曲)には、ロジェストヴェンスキーやゲルギエフなどによるロシア風の民族色溢れる名演や、アンセルメやスラットキンによる洗練された色彩美を誇る名演などがあまた存在しているが、安定した気持ちで同曲を魅力を味わうことができるという意味においては、第一に掲げるべき名演と評価したい。

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2015年01月18日


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本盤の売りは何よりもXRCDによる極上の高音質録音ということになるのではないだろうか。

本盤に収められた演奏は1965年の録音であるが、約50年近く前の録音とはとても思えないような鮮度のある高音質に生まれ変わっており、あらためてXRCDの潜在能力に驚き入った次第である。

XRCDのポリシーとしては、マスターテープに刻み込まれた原音を忠実に再現するということであり、いかに約50年近く前と言えども、マスターテープには良好な音質が記録されている証左であるとも考えられる。

現在においても、1960年代に録音された演奏を収めたCDが大量に流通しているが、SACD化されたものは別格として、本盤のような水準に達した高音質のCDは非常に少ないと言わざるを得ない。

1960年代は、ワルターやシューリヒト、クナッパーツブッシュが最後の輝きを見せるとともに、クレンペラーなどの往年の大指揮者がなお活躍していた時代である。

これらの大指揮者による名演のうち、SACD化されたのは現時点ではワルターやクレンペラーによる一部の録音に限られており、その他の大半の録音はいまだに音質の抜本的な改善が図られているとは言い難い状況にある。

今後は、マスターテープに刻み込まれた原音を忠実に再現すべく、XRCD化や、あわよくばSACD化を行うことによって、かつての名演の再生につとめていただきたいと考えている。

本盤に収められた演奏は、1965年8月に録音された若き日のプレヴィンによるショスタコーヴィチの「第5」である。

プレヴィンにとって、協奏曲を除き、RCAにおける最初のクラシック音楽のレコーディングの1つとなった。

プレヴィンにとっては、いわばRCAにおける最初の交響曲アルバムとなったもので、1960年代の絶頂期のロンドン響から、若々しく濃密なサウンドを引き出して、「20世紀最大のシンフォニスト」であったショスタコーヴィチのオーケストレーションを緻密に再現した名盤としてLP時代から高く評価されている。

プレヴィンは、クラシック音楽のみならず、多種多様な音楽のジャンルでも活躍する万能型のミュージシャンと言える。

それ故に、プレヴィンのアプローチは、楽曲の聴かせどころのツボを心得た非常にわかりやすいものと言えるだろう。

本演奏においても、プレヴィンはいささかも深刻には陥ることなく、起承転結が明快な演出巧者ぶりを発揮している。

他方、ショスタコーヴィチが同曲に込めた粛清への恐怖や、それと裏腹の強制された歓喜などとは無縁の演奏でもあり、苦悩から歓喜へという単純な図式に基づいて外面的な効果を狙った演奏に陥っているとも言えなくもない。

しかしながら、本演奏の録音当時はショスタコーヴィチがなお存命であり、その評価が定まっていない時期であったことや、プレヴィンが本演奏に示した類稀なる音楽性の豊かさ、そして前述のXRCDによる素晴らしい高音質を加味すれば、名演との評価をするのにいささかの躊躇もしない。

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2015年01月03日


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メシアンのトゥーランガリラ交響曲は、近年では録音点数もかなり増えてきており、クラシック音楽ファンの間でもその人気が少しずつ高まりつつある。

前衛的な典型的近現代音楽であるだけに、演奏の方もそうした前衛性に光を当てた切れ味鋭いシャープなアプローチによるものが多いと言えるのでないかと考えられる。

そうした中で、本盤のプレヴィンによる演奏は、複雑で難しい同曲の構造を明瞭に紐解き、できるだけわかりやすい演奏を心がけたと意味において、極めて意義の大きい名演と言えるのではないだろうか。

ポピュラー音楽等の世界からクラシック音楽の世界に進出してきたプレヴィンの演奏は、そうした異色の経歴を反映して、聴かせどころのツボを心得た、まさに聴かせ上手の演奏を行っているが、こうしたアプローチによって、一般的には親しみにくいと評されていた楽曲を、多くのクラシック音楽ファンにわかりやすく、なおかつ親しみを持ってもらうように仕向けてきたという功績には多大なものがあると言っても過言ではあるまい。

本盤のメシアンのトゥーランガリラ交響曲の演奏も、そうした列に連なるものと言えるところであり、複雑で輻輳した同曲の楽想が、プレヴィンによる演奏によって、明瞭に解析され、多くのクラシック音楽ファンに身近な存在するように貢献した点については高く評価しなければならないと考えられるところだ。

もっとも、プレヴィンの演奏が、単なる大衆迎合型の演奏に陥っているわけではない。

多くのクラシック音楽ファンに同曲の魅力を知らしめようという姿勢を持ちつつも、テンポの大胆な振幅や思い切った強弱の変化など、ドラマティックな表現を駆使しており、演奏全体に漂う気迫や緊迫感においても、いささかも不足はないと言えるところである。

クラシック音楽ファンが同曲の演奏に求める様々な期待の全てに応え得るこのような本演奏を成し遂げたということは、プレヴィンが、同曲の本質を深く理解するとともに、愛着を有している証左とも言えるところだ。

いずれにしても、本演奏は、プレヴィン&ロンドン交響楽団が成し遂げた同曲演奏史上でも最も明晰でわかりやすい名演であると高く評価したい。

音質は、1977年のスタジオ録音であるが、もともと録音面で定評があり、従来CD盤でも十分に満足できる音質であった。

しかしながら、今般、ついに待望のシングルレイヤーによるSACD化が行われることによって、見違えるような鮮明な音質に生まれ変わったところだ。

音質の鮮明さ、音場の幅広さ、そして音圧のいずれをとっても一級品の仕上がりであり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、このようなプレヴィンによる素晴らしい名演を、現在望み得る超高音質SACD盤で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年11月23日


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作曲・指揮・ピアノと、音楽のジャンルを問わずボーダーレスな活躍を続けるマルチ・ミュージシャン、アンドレ・プレヴィンの生誕80年と、NHK交響楽団の首席客演指揮者就任(2009年時)を記念したアルバム。

今回、そのN響を指揮するために来日したプレヴィンの来日記念盤として、コロンビア・レーベルに録音したクラシックとジャズの名盤をそれぞれ厳選してリリースされた。

アメリカ近現代の音楽の録音に強いプレヴィンだが、ここではコープランドが映画『赤い子馬』のために作曲したものを自身が管弦楽用にアレンジした組曲を演奏。

また、カップリングのブリテンの『シンフォニア・ダ・レクィエム』は、日本政府が皇紀2600年奉祝曲として依嘱し作曲されたが、祝う曲に『レクイエム』というタイトルが付けられていたため、演奏するのはふさわしくないとされ却下されたという逸話でも有名。

本盤はプレヴィンがクラシック音楽の録音に初挑戦した際の演奏とのことであるが、プレヴィンの抜群のセンスと音楽性を味わうことができる名演だと思う。

ブリテンの『シンフォニア・ダ・レクイエム』は、冒頭の「ラクリモサ」の重厚な迫力に圧倒されてしまう。

あたかも20世紀の世界が経験しなくてはならない惨禍を予見するような音楽であり、プレヴィンは、そうした悲劇を克明に描いて行く。

「ディエス・イレ」のたたみかけるような音楽の卓越した表現も、プレヴィンの真骨頂を見るようで、終楽章の「レクイエム・エテルナム」の天国的な美しさも感動的である。

作曲者による自作自演は別格として、現在入手できる最高の名演と評価したい。

コープランドは、プレヴィンによる編曲ということであるが、そのオーケストレーションの実に巧みなこと。

各部の描き分けも見事の一言であり、眼前に各場面が思い浮かぶような表現ぶりだ。

このような名演が、約45年もの間、我が国において発売されなかったというのは損失ではあるが、逆説的に言うと、今日の我が国において、クラシック音楽の受容の幅が広がってきたとも言えるところであり、併せて、発売の英断を下したソニーにも大いに感謝したい。

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2014年10月18日


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若きプレヴィンによる素晴らしい名演と高く評価したい。

プレヴィンは、本演奏の13年後にウィーン・フィルとともに交響組曲「シェエラザード」を録音(1981年)しており、それも円熟の名演とも言えるが、楽曲の頂点に向けて畳み掛けていくような気迫や力強い生命力においては、本演奏の方が数段勝っており、両演奏ともに甲乙付け難いと言ったところではないだろうか。

プレヴィンは、クラシック音楽の指揮者としてもきわめて有能ではあるが、それ以外のジャンルの多種多様な音楽も手掛ける万能型のミュージシャンと言える。

したがって、そのアプローチは明快そのもの。

楽曲を難しく解釈して峻厳なアプローチを行うなどということとは全く無縁であり、楽曲をいかにわかりやすく、そして親しみやすく聴き手に伝えることができるのかに腐心しているように思われる。

したがって、ベートーヴェンなどのように、音楽の内容の精神的な深みへの追求が求められる楽曲においては、いささか浅薄な演奏との誹りは免れないと思うが、起承転結がはっきりとした標題音楽的な楽曲では、俄然その実力を発揮することになる。

交響組曲「シェエラザード」は、そうしたプレヴィンの資質に見事に合致する楽曲と言えるところであり、前述のような若さ故の力強い生命力も相俟って、素晴らしい名演に仕上がったと言っても過言ではあるまい。

聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりは心憎いばかりであり、プレヴィンの豊かな音楽性が本演奏では大いにプラスに働いている。

クラシック音楽入門者が、交響組曲「シェエラザード」を初めて聴くに際して、最も安心して推薦できる演奏と言えるところであり、本演奏を聴いて、同曲が嫌いになる聴き手など、まずはいないのではないだろうか。

いずれにしても、安定した気持ちで同曲を味わうことができるという意味においては、第一に掲げるべき名演と評価したい。

併録の歌劇「サルタン皇帝の物語」からの抜粋2曲も同様のアプローチによる名演だ。

そして、さらに素晴らしいのはXRCDによる極上の高音質録音である。

本盤の録音は1968年であるが、とても45年も前の録音とは思えないような鮮明な高音質に仕上がっている。

プレヴィンによる素晴らしい名演を、現在望み得る最高の音質で味わうことができることを大いに歓迎したい。

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2014年10月15日


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近年では数多くの演奏がなされているオルフのカルミナ・ブラーナであり、名演には事欠かないところであるが、現在においてもなお随一の名演として掲げられるのは、ヨッフム&ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団ほかによる超名演(1967年)であると言えるところだ。

初演者ということもあるのであろうが、ヨッフムの確信に満ち溢れた強靭な気迫と力強い生命力は、圧倒的な迫力を誇っており、あたかも壮大なドイツオペラを鑑賞しているような趣きがある豪演でもあった。

もっとも、当該盤は音質が今一つ冴えないという欠点があったのであるが、ユニバーサルがSHM−CD盤やシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤などを相次いで発売することによって、音質の問題もほぼ解消し、今では随一の超名演の地位を確固たるものとしていると言えるだろう。

したがって、ヨッフムによる当該超名演を超える演奏というのは今後も容易には現われないのではないかとも考えられるが、現在のところ、これに唯一肉薄する名演こそは、本盤に収められたプレヴィン&ウィーン・フィルほかによる演奏(1993年)であると考えるところだ。

プレヴィンは、ポピュラー音楽の世界からクラシック音楽界に進出してきた経歴を持っているだけに、楽曲の聴かせどころのツボをしっかりとおさえた明瞭なアプローチを行うのが特徴と言える。

本演奏においてもそれは健在で、特に、楽曲がカルミナ・ブラーナという標題音楽だけに、かかるプレヴィンの明瞭なアプローチ、演出巧者ぶりが見事に功を奏している。

本演奏のどの箇所をとっても曖昧模糊には陥らず、各フレーズをくっきりと明快に描くのに腐心しているとさえ感じられるところである。

プレヴィンの指揮は雄弁そのもので、ホルン、ティンパニ、木管群などの濃厚な音色は光彩陸離として愉しさのかぎりをつくし、ドラマティックな振幅の大きさも最高、思い切りのよい、しかも歌心にあふれたハーモニーを創り出す。

かかるアプローチは、ベートーヴェンやブラームスの交響曲などのような陰影に富む楽曲の場合、スコアに記された音符の表層だけをなぞった浅薄な演奏に陥る危険性を孕んでいるが、前述のように、楽曲が当該アプローチとの相性が抜群のカルミナ・ブラーナであったということが、本演奏を名演にした最大の要因であるとも考えられるところだ。

特筆すべきはウィーン・フィル、そしてアルノルト・シェーンベルク合唱団及びウィーン少年合唱団の見事な好演であり、バーバラー・ボニー(ソプラノ)、フランク・ロパード(テノール)、アントニー・マイケルズ=ムーア(バリトン)による名唱も相俟って、本名演をより一層魅力のあるものにするのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

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2014年10月13日


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本盤には、プレヴィンが当時の手兵であるロンドン交響楽団とともに1970年代にスタジオ録音したチャイコフスキーの3大バレエ音楽のうち、最晩年の傑作「くるみ割り人形」全曲が収められている。

プレヴィンは、クラシック音楽の指揮者としてもきわめて有能ではあるが、それ以外のジャンルの多種多様な音楽も手掛ける万能型のミュージシャンと言える。

したがって、本演奏においてもそのアプローチは明快そのもの。

楽曲を難しく解釈して峻厳なアプローチを行うなどということとは全く無縁であり、楽曲をいかにわかりやすく、そして親しみやすく聴き手に伝えることができるのかに腐心しているように思われる。

したがって、ベートーヴェンなどのように、音楽の内容の精神的な深みへの追求が求められる楽曲においては、いささか浅薄な演奏との誹りは免れないと思うが、起承転結がはっきりとした標題音楽的な楽曲では、俄然その実力を発揮することになる。

本盤に収められたチャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」は、そうしたプレヴィンの資質に見事に合致する楽曲と言えるところであり、加えて若さ故の力強い生命力も相俟って、素晴らしい名演に仕上がったと言っても過言ではあるまい。

聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりは心憎いばかりであり、プレヴィンの豊かな音楽性が本演奏では大いにプラスに働いている。

クラシック音楽入門者が、バレエ音楽「くるみ割り人形」を初めて聴くに際して、最も安心して推薦できる演奏と言えるところであり、本演奏を聴いて、同曲が嫌いになる聴き手など、まずはいないのではないだろうか。

いずれにしても、プレヴィンによる本演奏は、チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」(全曲)には、スヴェトラーノフやロジェストヴェンスキー、ゲルギエフなどによるロシア風の民族色溢れる名演や、アンセルメやデュトワによる洗練された色彩美を誇る名演などがあまた存在しているが、安定した気持ちで同曲を魅力を味わうことができるという意味においては、第一に掲げるべき名演と評価したい。

音質は今から40年ほど前の録音であるが、従来CD盤でも比較的満足できる音質であったが、数年前にリマスタリングも施されたことによって、音質は更に鮮明になるとともに音場が幅広くなったように感じられるところであり、筆者も当該リマスタリングCD盤を愛聴している。

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2014年09月22日


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クラシック音楽をはじめ様々なジャンルの音楽を手掛けてきた稀代のミュージシャンでもあるプレヴィンも、最近では座って指揮をするようになるなど、すっかりと高齢(83歳)になってしまった。

もっとも、NHK交響楽団の首席客演指揮者に就任するなど、指揮への意欲はまだまだ強いようなので、今後は少しでも長生きをして、様々な名演の数々をできるだけ多く聴かせてくれることを望んで止まないところだ。

プレヴィンが、これまでクラシック音楽のジャンルで遺した録音の中で最も偉大な業績は何かと問われれば、私は躊躇なく本盤に収められたラフマニノフの交響曲第2番を掲げたい。

プレヴィンは、若い頃からラフマニノフを得意としており、本盤に収められたロンドン交響楽団とのスタジオ録音(1973年)のほかにも、ロンドン交響楽団(1966年)及びロイヤル・フィル(1985年)とのスタジオ録音を行っている。

しかしながら、本盤に収められた演奏こそは、プレヴィンによるラフマニノフの交響曲第2番のベストの名演であるとともに、他の指揮者による様々なラフマニノフの交響曲第2番にも冠絶する至高の超名演と高く評価したい。

プレヴィンのアプローチは、ラフマニノフ特有の甘美な旋律の数々を徹底して美しく歌い上げるというものである。

もっとも、そのような演奏は、近年、急速にその人気が高まっているラフマニノフの交響曲だけに、他にも数多く存在しているが、プレヴィンの演奏の素晴らしいのは、どこをとっても陳腐なロマンティシズムに陥ることがなく、格調の高さをいささかも失っていないという点にある。

要は、とかくラフマニノフの演奏では、旋律のあまりの甘美さ故に、厚手の衣装を身にまとったような重々しい演奏やお涙頂戴の哀嘆調の演奏などが散見されるが、プレヴィンの場合は、いささかも重々しくなることはなく、さりとて軽薄になることもなく、各種旋律を格調の高さを保ちつつ情感豊かに歌い抜くという、ある意味では難しい剛柔のバランスのとれた演奏を実現しているのである。

かかる演奏は、まさにラフマニノフ演奏の理想像の具現化と言えるところであり、それ故に、本盤が現在においても随一の名演であり続けるとともに、その後の演奏に大きな影響力を発揮するという普遍的な価値を有している所以であると考えられるところだ。

加えて、第2番はそれまで大幅なカットを施して演奏されていたのを、史上初めて完全全曲版により演奏したものであり、同曲の真の魅力を広く世に知らしめるとともに、その後広く普及することとなった完全全曲版による演奏に先鞭をつけたという意味においても、本演奏の意義は極めて大きいものであることを忘れてはならない。

なお、前述のように、プレヴィンは、ロイヤル・フィルとともに第2番を再録音しているが、当該演奏はテンポが若干遅くなるなど円熟の名演ではあると言えるものの、若干角が取れた分だけいささか甘美さに傾斜した点が見られなくもないところであり、筆者としては、若干ではあるが本演奏の方をより上位に置きたいと考える。

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2014年09月19日


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ホルストの組曲「惑星」を、プレヴィンは2度にわたってスタジオ録音を行っている。

最初の録音が本盤に収められたロンドン交響楽団との演奏(1973年)、そして2度目の録音がロイヤル・フィルとの演奏(1986年)である。

いずれ劣らぬ名演と評価したいが、筆者としては、プレヴィンの全盛期はロンドン交響楽団とともに数々の名演を成し遂げていた1970年代前半であると考えており、本盤に収められた演奏の方をより上位に掲げたいと考える。

プレヴィンは、自らの得意のレパートリーをロイヤル・フィルとともに再録音しているが、例えばラフマニノフの交響曲第2番などにもみられるように、ロンドン交響楽団との旧録音の方がより優れているケースが多いと言えるのではないだろうか。

それにしても、本演奏は素晴らしい。

何が素晴らしいかと言うと、とにかく奇を衒ったところがなく、組曲「惑星」の魅力を指揮者の恣意的な解釈に邪魔されることなく、聴き手がダイレクトに味わうことが可能であるという点である。

同曲はあまりにもポピュラーであるため、個性的な解釈を施す指揮者も多く存在しているが、本演奏に接すると、あたかも故郷に帰省してきたような安定した気分になるとも言えるところだ。

プレヴィンは、クラシック音楽の指揮者としてもきわめて有能ではあるが、それ以外のジャンルの多種多様な音楽も手掛ける万能型のミュージシャンである。

それ故にこそ、本演奏のようなオーソドックスなアプローチをすることに繋がっていると言えるだろう。

楽曲を難しく解釈して峻厳なアプローチを行うなどということとは全く無縁であり、楽曲をいかにわかりやすく、そして親しみやすく聴き手に伝えることができるのかに腐心しているように思われる。

したがって、ベートーヴェンなどのように、音楽の内容の精神的な深みへの追究が求められる楽曲においては、いささか浅薄な演奏との誹りは免れないと思うが、起承転結がはっきりとした標題音楽的な楽曲では、俄然その実力を発揮することになる。

組曲「惑星」も、そうしたプレヴィンの資質に見事に合致する楽曲と言えるところであり、加えて、後年のロイヤル・フィルとの演奏とも異なり、若さ故の力強い生命力も相俟って、素晴らしい名演に仕上がったと言っても過言ではあるまい。

聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりは心憎いばかりであり、プレヴィンの豊かな音楽性が本演奏では大いにプラスに働いている。

クラシック音楽入門者が、組曲「惑星」を初めて聴くに際して、最も安心して推薦できる演奏と言えるところであり、本演奏を聴いて、同曲が嫌いになる聴き手など、まずはいないのではないだろうか。

いずれにしても、本演奏は、プレヴィンによる素晴らしい名演であり、同曲を初めて聴く入門者には、第一に推薦したい名演であると評価したい。

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2014年09月10日


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本盤には、プレヴィンが当時の手兵であるロンドン交響楽団とともに1970年代にスタジオ録音したチャイコフスキーの3大バレエ音楽のうち、最晩年の傑作「白鳥の湖」全曲が収められている。

プレヴィンは、クラシック音楽の指揮者としてもきわめて有能ではあるが、それ以外のジャンルの多種多様な音楽も手掛ける万能型のミュージシャンと言える。

したがって、本演奏においてもそのアプローチは明快そのもの。

楽曲を難しく解釈して峻厳なアプローチを行うなどということとは全く無縁であり、楽曲をいかにわかりやすく、そして親しみやすく聴き手に伝えることができるのかに腐心しているように思われる。

したがって、ベートーヴェンなどのように、音楽の内容の精神的な深みへの追求が必要になってくる楽曲においては、いささか浅薄な演奏との誹りは免れないと思うが、起承転結がはっきりとした標題音楽的な楽曲では、俄然その実力を発揮することになる。

本盤に収められたチャイコフスキーのバレエ音楽「白鳥の湖」は、そうしたプレヴィンの資質に見事に合致する楽曲と言えるところであり、加えて若さ故の力強い生命力も相まって、素晴らしい名演に仕上がったと言っても過言ではあるまい。

聴かせどころのツボを心得た演出巧者ぶりは心憎いばかりであり、プレヴィンの豊かな音楽性が本演奏では大いにプラスに働いている。

クラシック音楽入門者が、バレエ音楽「白鳥の湖」を初めて聴くに際して、最も安心して推薦できる演奏と言えるところであり、本演奏を聴いて、同曲が嫌いになる聴き手など、まずはいないのではないだろうか。

いずれにしても、プレヴィンによる本演奏は、チャイコフスキーのバレエ音楽「白鳥の湖」(全曲)には、ロジェストヴェンスキー、ゲルギエフなどによるロシア風の民族色溢れる名演や、アンセルメやデュトワによる洗練された色彩美を誇る名演などがあまた存在しているが、安定した気持ちで同曲を魅力を味わうことができるという意味においては、第一に掲げるべき名演と評価したい。

音質は今から40年ほど前の録音であるが、従来CD盤でも比較的満足できる音質であった。

数年前にリマスタリングも施されたことによって、音質は更に鮮明になるとともに音場が幅広くなったように感じられるところであり、筆者も当該リマスタリングCD盤を愛聴してきたところだ。

しかしながら、今般、ついに待望のSACD化が行われることによって大変驚いた。

従来CD盤やリマスタリングCD盤とは次元が異なる見違えるような、そして1970年代のスタジオ録音とは到底信じられないような鮮明な音質に生まれ変わった。

いずれにしても、プレヴィンによる素晴らしい名演を、SACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2013年11月05日


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本盤に収められたチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、ムターによる15年ぶり2度目の録音になる。

最初の録音は、最晩年のカラヤン、そしてウィーン・フィルとの演奏(1988年ライヴ)であった。

当該演奏においても、ムターは決してカラヤンの言いなりになっていたわけではなく、むしろ、自由奔放とも言うべき個性的な演奏を展開していた。

したがって、当該演奏については、巨匠カラヤンによる枯淡の境地をも感じさせる味わい深い名演奏とも相俟って、現在においても燦然と輝く名演である。

これに対して、本演奏は、ムターの個性がさらに深まったと言っても過言ではあるまい。

ムターのヴァイオリンは、いささかも線の細さを感じさせない骨太の音楽づくりが際立っているが、これによって、同曲の演奏に必要不可欠な強靭な迫力や豊麗さが過不足なく表現し尽くされている。

そして、同曲の特徴でもあるロシア風の民族色豊かな美しい旋律の数々を、ムターは格調の高さをいささかも不足することなく濃密に歌い抜いており、その妖艶な美しさには聴き手を酔わせるほどの抗し難い魅力に満ち溢れている。

また、粘ったような奏法や、土俗的とでも言うべき思い切った表情づけを、いささかの格調の高さを失うことなく随所において行っており、楽曲の細部に至るまで彫琢の限りを尽くした演奏を展開している。

このように、音楽のスケールは一段と大きくなるとともに、表情づけなども格段に濃厚になってきており、これはムターの円熟の至芸と言ってもいいのではないだろうか。

このような超個性的なムターのヴァイオリンを下支えしているのが、夫君であるプレヴィンとウィーン・フィルであるが、ムターのヴァイオリンを巧みに引き立てるとともに、聴かせどころのツボを心得た名演奏を展開しているのが素晴らしい。

他方、コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲はプレヴィンの十八番であり、何度も録音を繰り返してきた楽曲ではあるが、現代音楽にしては親しみやすい旋律に満ち溢れた同曲を、ムターは格調の高さを保ちつつ、濃厚なロマンティシズムに満ち溢れた情感豊かな名演奏を展開しているのが素晴らしい。

録音は本従来盤でも十分に満足できる音質である。

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2011年09月26日


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《真夏の夜の夢〉は語り入りのアバドやアーノンクール、ピリオド楽器によるブリュッヘンなど、すぐれた演奏は多いが、プレヴィン盤はこの幻想的な劇音楽の魅力を明快に表現している。

プレヴィンのうまさは、どのオーケストラを指揮してもそれぞれの持ち味を生かしながら作品の本質を見事に表現できることにあり、このウィーン・フィルとの《真夏の夜の夢》もプレヴィンのそうした特徴がよくうかがえる演奏のひとつである。

プレヴィンは、艶やかなオーケストラの響きを存分に生かしながら、舞台の動きを彷彿とさせる、描写のうまい演奏を行っている。

プレヴィンは1976年にもロンドン交響楽団と《真夏の夜の夢》序曲と劇音楽全12曲を録音(EMI)しており、それもとてもすぐれた演奏だったが、このウィーン・フィルとの録音では、第4、6、8曲の3曲が省略されているとはいえ、プレヴィンはメンデルスゾーン特有の爽やかなロマンティシズムを瑞々しい響きで鮮明に表現している。

この2度目の録音では、とくにウィーン・フィルの陰影豊かな柔らかな響きの美しさが際立っていて、冒頭の序曲からプレヴィンの安定したテンポと軽快なリズム感は見事で、弦楽器のこまやかな動きと木管の調和した響きにより、聴き手を幻想的な世界に誘う。

軽やかな明るさにあふれたプレヴィン&ウィーン・フィルは、序曲の第1主題、ささやくような弦にまとわりつくピチカートの動きのいたずらっぽい無邪気さに、まず惹きつけられる。

そして細部まで透けた小さな振幅で、よく音の摘まれた妖精的な小世界を導き出している。

落ちついたテンポで妖精を描く〈スケルツォ〉、牧歌的なホルンの響きではじまる〈夜想曲〉の夢幻的な美しさと華麗な〈結婚行進曲〉、また〈間奏曲〉やコミカルな〈道化師たちの踊り〉などのさまざまな情景と雰囲気を描写も実に巧みであり、若い歌手を起用した独唱も成功している。

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2011年01月13日


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チョン・キョンファならではの名演だ。抜け切った天才の業といってもいい。

まだ20代のときのレコーディングだが、表現とテクニックは完全に融和し、陰影に満ちた音楽の襞を深々ととらえていくさまはただごとではない。

例によって情熱を惜しげもなく迸らせる全力投球の熱演で、誰をも自分の世界に引きずり込まずにはおかない異様なまでの説得力に満ちている。

その一途さ、激しさの向こう側に、何か言うに言われぬ神秘性を漂わせるところが、彼女のヴァイオリンのもう一つの魅力である。

それを東洋的と言って良いかどうかは難しいところとしても……。

第1番での虚無と哀切、第2番での崇高な祈り、ともに作品の核心をついた最良の演奏に違いあるまい。

第1番は抜群のテクニックでひきあげた演奏で、そのニュアンス豊かな表現には魅せられてしまう。

音楽への切り込みの深さも見事で、ことに、第2楽章の情熱的な激しさには、圧倒されてしまう。

チョン・キョンファは、第2番のもつロマンティックな情感を実に繊細に、かつ大胆に表現していて魅力的だ。

旋律の歌わせ方の美しさが抜群にうまく、緩徐楽章などうっとりとしてしまう。

ソロにぴったりと寄り添うプレヴィンの指揮も立派なもので、ここではさすがにインスピレーションを強く刺激されたようだ。

ことに第2番では、ロシア的な情緒を存分にあらわしており、見事だ。

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2011年01月07日


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ムターのシベリウスはきわめて濃厚な表現で妖艶とも言える演奏である。

これは彼女が自らの演奏スタイルを切り開き新たな地平を見いだしたころの演奏で、実に能動的でドラマティックな仕上がりである。

ムターのネメつけるごとく噴き出す情のコワさと作品が内包する"女の肉体性"のようなものが共振して、なにやらたじろいでしまうほど激しく濃く情緒に絡みついて迫りくるシベリウス。

この曲の大自然の美しさや人々の純粋なエネルギーといった要素をさらに豊かに脚色し、あたかもドイツ後期ロマン派のような深い抒情的世界をつくりだしている。

多くの人が聴き慣れている曲の、コンサートで大拍手を受けるタイプの演奏とはまさに正反対のところにあるのがこれだ。

力を入れちゃいけない、泣いちゃいけない、というムターのヴァイオリンは、あくまで美しく、時には冷たい。

それだけじゃなくプレヴィン指揮のオーケストラがムターの方向をさらに先へと進ませようとしているんじゃないか、と思えるくらい。

つまり意欲とか覇気がない。

でも、聴いているうちに、聴き慣れたシベリウスでなく、こちらのシベリウスのほうがずっと自然な美しさを持っているんじゃないかという気になってくる。

シベリウスのヴァイオリン協奏曲は、落ち着いて味わうべき曲である。

興奮せず、静かに聴く音楽の良さもある。

プレヴィンの没入しないエモーションも情景として就かず離れぬ肉声のモノローグ。

ドレスデン国立管のやや湿った響きもムターの演奏には最適である。

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2010年12月27日


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素朴なオリジナル版と華麗な編曲版を聴き比べる企画の面白さに惹かれるし、演奏がまた両方とも実に素晴らしい。

プレヴィンとウィーン・フィルによる管弦楽版は、ラヴェルの色彩的なオーケストレーションを生かしながら、ロシア的情感を豊かに盛り込んだ大変充実したもの。

"プレヴィンがウィーン・フィルとの演奏会でラヴェルのスコアを再現している"ということが、このディスクの1つのセールス・ポイントになっている。

しかも、ここにはライヴにありがちな演奏上の問題がほとんどない。

プレヴィンのスタイルは、どちらかといえばオーソドックスで、不要な演出はどこにも見られない。

ここでは、伝統あるオーケストラの中にひそむ近代的なフレキシビリティの存在を意識させる。

この作品は、むろん標題的な要素をはっきりともった作品なのだが、プレヴィンは、とりあえずそうした音楽外の事柄にこだわらず、スコアに書かれた音楽を純度高く演奏することにだけ没頭する。

そうした方法が、ウィーン・フィルという自発性と室内楽精神に富んだオーケストラから、演奏者同士、そして演奏者から指揮者への共感と協調に満ちた気持ちのいい音楽を紡ぎ出す。

個々の楽器の音色美、そして合奏時の全体の美しさはウィーン・フィルならでは。

こうした本質的に絶対音楽指向のアプローチながら、演奏者たちを、そしてなによりも作品そのものを強引に引っ張りまわさないプレヴィンの柔軟な音楽づくりから、自然な標題的起伏が浮かび上がる。

ピアノ版も見事で、ブレンデルは各曲の性格を的確につかみ、じっくりと運びながら、全体を精巧にまとめている。

ドイツ・オーストリア系の作曲家を得意としているブレンデルだが、この曲もコンサートでは頻繁にとりあげていた。

これは実にどっしりと落ち着いた演奏で、ロシア臭の強いリヒテルとはやや異なり、1枚1枚の絵を丹念に、まるで細密画を思わせるかのように仕上げているのが特徴だ。

〈古い城〉〈卵の殻をつけた雛鳥の踊り〉〈バーバ・ヤーガの小屋〉など、その繊細な描写力は凄いの一語に尽きる。

ブレンデルは決してピアニスティックな効果を展示しようとはせず、むしろ抑制された表現の内で彼の考えるこの作品の本質に迫ろうとする。

最強音を排した強弱のグラデーションの多様さ、常に求心的であろうとする表現は、その演奏においてあらゆる意味での押しつけがましさの要素を無縁なものとしながら、確固とした自己主張を行い、何よりも新鮮である。

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2010年08月28日


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ラフマニノフの全集の1970年代の名盤。

アシュケナージはラフマニノフを得意としているピアニストで、このプレヴィンとの全集は1970年から71年にかけて完成させたもの。

まだ彼がソヴィエト国籍にあった若い時代の、華麗なまでに鮮やかな演奏だ。

アシュケナージは1980年代半ばに、ハイティンク&コンセルトヘボウ管と2度目の全集を完成して、より精妙に円熟した演奏を聴かせてくれたが、若々しい力を存分に発揮するとともに、みずみずしく豊かな情感をたたえたこの旧盤の演奏も、それに劣らず魅力的である。

ダイナミックな表出力とロシア的な情趣の深さを見事に合わせた演奏には、アシュケナージのラフマニノフへの共感がストレートに示されているといってよいだろう。

しかも、その演奏はお国ぶりに流れたり、感傷に溺れたりすることなく、あくまで真摯に作品に対して、各曲を存分かつ巨細に描ききっている。

そうしたアシュケナージを緩急巧みにバックアップしたプレヴィンの指揮も見事である。

ハイライトは何といっても第2番と第3番。

第2番はアシュケナージがとことん弾き込んだ曲だけあって随所にひらめきが感じられるし、表情も豊か。

第3番はこの曲のもつロマン的情感を見事に表出したもので、アシュケナージらしい繊細透明な音色と抒情味豊かな表現が光っている。

アシュケナージと同じく、ラフマニノフを自家薬籠中のものとしていたプレヴィンの棒の巧さにも拍手を贈りたい。

15年後に録音されたハイティンクとの共演盤の円熟には及ばないが、これは若きアシュケナージの、ラフマニノフへの深い共感がうかがわれる全集だ。

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2010年05月08日


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現在ではスタンダードな名曲の仲間入りをしているが、再評価のきっかけになったのがこの録音で、この曲の真価を広く知らしめるのに貢献した名盤。

この曲はカットして演奏される慣習が今も残っているが、これは完全全曲盤で、プレヴィンとロンドン響の傑作のひとつである。

爛熟したハプスブルク王朝を思わせる一大ロマン叙情詩といった雰囲気を持つこの曲は、プレヴィンが得意中の得意とするナンバー。

ロンドン響との蜜月時代に録音されたこの演奏には、現在の彼の演奏にはない艶っぽさと強烈なロマンとエネルギーのほとばしりがあふれるばかりで、吹きつけるようなロンドン響の弦の高まりが圧倒的だ。

全体に実に豊かな情感を持った感情豊かな演奏で、特に奇数楽章の表情にはプレヴィン独自の魅力がある。

広大なロシアの大地をイメージさせる第1楽章、こぼれるようなロマンティシズムにあふれた第3楽章、情熱的なフィナーレなどなど、聴きどころは満載だ。

そして全体にいくらか楽天的な印象を与えるのがすぐれた特色であり、弱点でもあるが、その評価は聴き手によって異なるだろう。

モスクワで演奏した際にはセンチメンタルな歌わせ方で女性の聴衆を泣かせたというエピソードも、心のひだに訴える音楽家プレヴィンの真骨頂なのである。

録音は色褪せてきたものの、安定した解釈と温かみのある音楽は今なお価値が高い。

ラフマニノフの交響曲第2番の愛好者は、プレヴィンに足を向けて寝ることはできない。

なぜなら、「長すぎる」「甘ったすぎる」「締まりがない」などと非難され、演奏ではカットされるのが日常的になっていたこの交響曲を、プレヴィンは元に戻しただけでなく、完全全曲版でなくてはこの作品の本質は味わえないと先駆的名演を聴かせてきたからである。

そこに解釈の緻密さ、演奏家としての美学と責任感があることは言うまでもないが、作品との強い一体感、音符一つ一つを抱きしめるかのように再現していくプレヴィンの共感に満ちた演奏に耳を傾けていると、プレヴィンとラフマニノフとが互いに求め合う磁気のように強く結ばれていることが納得される。

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2010年04月19日


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パールマンというヴァイオリニストは、いつも高度なテクニックを万全に発揮させ、明るい音色を駆使しながら、活気あふれる雄弁さで底抜けに楽天的な音楽を、高い完成度でつくり上げていく。

それはここに聴くシベリウスの協奏曲(併録されているコルンゴルド、シンディングともども)においてもかわりはない。

きわめて明るく開放的な音色をもつパールマンだけに、重く暗い北欧的な情緒にはやや乏しいが、内に秘められた情熱を、メリハリをつけながら、巧みな設計で表出しているところにひかれる。

複雑に屈折したり、暗く悲観的になったりはしないで、どこまでも明るく、のびやかに発想された演奏となっている。

ごく通念的な見かたでは、シベリウスの協奏曲は北欧ふうの澄みきった情感とほの暗いトーンが入り混じっていると解されることが多い。

その点ではこのパールマンの演奏はユニークだ。

ユニークで、完成度の高い演奏である。

シベリウスはパールマンが真正面からケレン味なく切り込んだ演奏で、凛然たる音色が美しく、緊張感に満ちている。

北欧の楚々としたいじらしい香りには乏しいが、高度な実力に支えられた開放感と雄弁な迫力がすさまじい。

フィナーレなど後期ロマン派の作品を聴くような趣だ。

シンディングも鮮やかな技巧によって、ものおじせずに楽器を鳴らしきった名演だ。

プレヴィンのバックも立派。

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2010年01月21日


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「メタモルフォーゼン」は、第2次世界大戦末期にシュトラウスが書いた、ドイツ(特にドレスデン)やウィーンとその文化へのレクイエムである。

ベートーヴェンの《英雄》交響曲の葬送行進曲をモチーフに使い、美しくもはかない祈りとオマージュの音楽を作り出した。

弦楽器のみによる「メタモルフォーゼン」は、プレヴィンの性格のにじみ出たやや粘りの強い表現だが、それがかえって、この悲痛な音楽の内容を色濃く表出する結果となっている。

プレヴィンはウィーン・フィルの弦楽セクションを歌わせ、やや明るめの音色で曲を進めていく。

それがまた終盤の「イン・メモリアム」部分で大きなコントラストを生み出し、静かな感動を呼び起こすのだ。

それに、中間部でのせつせつとした表現は、聴いていて思わず涙ぐんでしまうほど感動的だ。

緻密なアンサンブルから生み出される、しなやかで艶のある、しかも重厚な響きはたまらない魅力だ。

シュトラウスが書いた対位法(23声部)も素晴らしいが、このCDでは流れるような旋律に酔いしれる方が先決。

ヴィオラとチェロの音色が、全体のトーンに大きな影響を与えているのも特徴だ。

現在唯一のレコードである、管楽器のみによる「病人の仕事場から」もまた魅力的な響きを具えており、ウィーン・フィル独特の音色がよく生かされた名演。

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2009年10月25日


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この珠玉のような音楽の集まりを、どうか全曲、余すところなく録音してもらいたい。

記録としての意義だけでなく、ほんの数小節のつなぎの音楽と見えても、それなりの魅力をはらんでいるのだから。

しかし残念ながら今のところ、メンデルスゾーンが書いた全ての音を1枚に収めたディスクは、プレヴィンの旧盤1枚だけ。

もちろんこれは掛け値なしの名演であり、これで充分以上なのだが、録音の鮮度が落ちていることは否めない。

プレヴィン自身は、なぜか再録音では一部の曲を省いてしまった。

しかも今度は声楽部分にドイツ語を用いている。

英語とドイツ語、どちらが正しいとは言えないが、個人的には英語の方が似つかわしい気がする。

その意味でも、新録音は旧録音の補遺でしかないと思う。

プレヴィンの演奏は、軽やかな明るさにあふれた序曲に、まず惹きつけられる。

細部まで透けた小さな振幅で、よく音の摘まれた妖精的な小世界を導き出している。

プレヴィンの指揮で聴くメンデルスゾーンは、音楽の表情がとても優しく、またなめらかで、聴き手をファンタジーの世界へとごく自然に導く、そんな魅力にあふれている。

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2009年10月12日


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メンデルスゾーンのこの美しいトリオには名盤が多いが、その中でもこの3人の名手による共演盤は傑出している。

世代も出身国も音楽性も異なる3人が、互いに触発された白熱的な演奏を繰り広げる。

トルトゥリエの逞しい表現と、情熱的なチョンの音楽を、プレヴィンが見事なバランスでまとめ上げている。

プレヴィンがピアノの名手である事は改めて述べるまでもないが、ここでの確かなテクニックと指揮者らしい構成感、そして見通しの長い音楽の流れは、2人の個性的な弦楽奏者の仲介者となって全体を見事にまとめ上げている。

このプレヴィンの名伯楽ぶりに支えられて、チョン・キョンファはその本来の音楽性である強い集中力を伴った音楽への自己同化を示している。

一方のトルトゥリエのベテランらしいアンサンブルの中での緩急の作り方は、この演奏に深い奥行きを与えている。

楽譜を手に開いてみればこの名演の凄さに納得する。

シューマンも第1楽章では全体をやや抑えて内燃する情熱を表現し、終楽章に向かって劇的な高揚へと高めていくところなど実に巧みな設計だ。

即興的な味わいも十分で、聴き応えがある。

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2009年09月30日


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プレヴィン指揮ロイヤル・フィルの演奏は、実に抒情的な美しさを大切にした、SFロマンを思わせる名演である。

この演奏は、各曲の性格をしっかりと把握し、精密な計算で表情豊かに表現している。

ここにはプレヴィンの表現力の豊かさが如実に示され、スケールの大きなドラマティックな展開と、スペクタキュラーな表現効果が巧まずして表出されている。

彼はロイヤル・フィルを巧みにコントロールし、音色的にも機能的にも十分に力を発揮させながら、各曲の独自の性格や特徴を描き出す。

力感にあふれた「火星」も素晴らしいが、なかでも白眉は「木星」で、特に中間部のあの有名な民謡調の旋律の歌わせ方や、色彩的な音づくりのうまさなどは、この人でなければ表出できない独特の味である。

また「金星」「海王星」といったナンバーの表現も素晴らしく、映画音楽で苦労したヴェテランならではの、職人芸が光っている。

少しもあざとい演出を加えずに、これだけ雰囲気豊かな表現を成し遂げたのは、プレヴィンの読みの深さというしかない。

これは、プレヴィンの器用さと表現力の豊かさが如実に示された名演奏である。

オーケストラも、常にこの曲を弾きこんでいるせいか大変うまい。

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2009年09月19日


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プレヴィンはスコアを徹底的に分析・研究し、ひとつひとつのフレーズのもつ意味を充分に考慮して、巧妙な演出を行っている。

「ドン・キホーテ」の第4変奏のドゥルシネア姫を思慕するくだりや、木馬に乗せられて空中で戦うドラマティックなシーンなど、ウィーン・フィルの音が実に素晴らしい。

「ドン・ファン」は幾分重いところもみられるが、若さにあふれ力強く堂々としており、オケの艶やかなハーモニーが何とも美しい。

「ツァラ」は彫りの深い感動的な演奏。全体にテンポが遅く粘りがちだが、それがかえってプラスに働いている。

冒頭の部分など、まさに旭日昇天を思わせるような圧倒的な表現だし、指揮者とオケが完全に一体となった稀有の名演奏。

「死と変容」も悲劇を感じさせるラルゴの部分からして聴き手を惹きつける魅力をもっており、展開部のドラマティックな盛り上げ方も秀抜。

「アルプス交響曲」は極めて優れた演奏である。こまやかな音の美しさとニュアンス豊かな感情表出があり、しかも外面的・描写的な側面の魅力にも欠けていない。

特にアウフタクトを長めにとったしっとりとした旋律の処理が、この大規模な曲全体に深い息づきを与えていることに注目したい。

ウィーン・フィルの音の美しさも格別で、「頂上」冒頭のオーボエ独奏をはじめ、個々の楽器の音色にも独特の味わいがある。

「英雄の生涯」でプレヴィンは遅めのテンポをとっているが、それがこの曲をスケールの大きな、雄渾なものとしている。

冒頭の「英雄」はまさにその好例。「英雄の敵」では木管の絡み合いが見事だし、また「英雄の妻」ではヴァイオリン・ソロが艶麗で、全体にねっとりとしたうねりをもっている。

オジェーの歌う「4つの最後の歌」では第3曲が絶唱。ここでも歌唱とともに、オーケストラの響きの美しさに魅了されてしまう。

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2009年08月03日


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シベリウスのコンチェルトの清冽さ、純潔な厳しさ、凛としてデリケートなニュアンスを、チョンぐらい見事に表出した例はない。

これは彼女のデビュー盤であるが、最も得意とするチャイコフスキーと組み合わせたところに、キョンファの並々ならぬ自信のほどが知られるのである。

彼女は音楽と完全に一体になっている。他にも名盤は多いが、それらは曲とは離れた名技、名表現というのがほとんどだ。

ところがチョンの場合は、いったいどこまでが作品の魅力でどこまでがヴァイオリニストの魅力なのかがはっきりしない。

彼女をほめればそれがそのまま曲への讃辞になってしまうのである。

チョンのヴァイオリンはスリムに引き締まっていて、聴き手に極度の集中力を要求し、享楽的な要素のほとんど感じられない、一途不可逆なひたむきさは、あるいは最も日本人の感性に適した演奏といえるかもしれない。

外面はクールなのだが、内には燃えるような情熱を秘めて、真剣勝負に立ち会うような勢いで曲の核心に迫ろうとする。

むしろここではプレヴィンの指揮が、一種の中和剤の役割を果たしているかのようだ。

刃の上を渡る曲芸や綱渡りを思わせるスリルが、チョンの演奏には確かにある。

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2008年12月09日


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ルプーが音楽界に登場してまもない1973年に録音されたディスクである。

夭逝した名ピアニスト"リパッティの再来"とまで呼ばれているこの人の、鋭敏な感覚の冴えた演奏で、シューマンの濃厚でロマンティックな味を見事につかんで、清新な音楽をつくりあげている。

夢とデリカシーに満ち、多感なニュアンスが作曲者の傷つきやすい魂を伝えてやまない。

2曲のうちでは特にグリーグがみずみずしい音色を駆使した美演である。

これほどていねいに、じっくり間をとった演奏も珍しい。

この人固有の弱音を生かしながら、みずみずしく弾きあげた演奏である。

ルプーは"千人に一人のリリシスト"といううたい文句で音楽界に登場したとき、いくつかのレパートリーとともに、この曲を、その最も得意とする作品のひとつに入れていた。

彼は決して技巧まかせに弾きまくるタイプではなく、音楽の流れの美しさを大切にする人だけに、ここでも、そのしなやかな旋律の歌わせ方は聴きものだ。

プレヴィンの指揮もルプーに負けないほどの抒情や愁いを前面に押し出しており、ソリストに表情もテンポもぴったりの伴奏ぶりだ。

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2008年12月05日


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かつては「ジャムと蜂蜜でべたべたの交響曲」と非難された作品だが、今では、ラフマニノフならではの慰めにあふれた音の世界が世の音楽ファンすべてを虜にしている名曲中の名曲。

聴きすすむほどに、深みへ深みへと誘い込まれる、そんな媚薬にも似た雰囲気をもつ作品で、こんなに甘美に書き上げられた交響曲というのも珍しいだろう。

名演も数多いが、やはり筆頭は、この交響曲の普及に尽力してきたプレヴィン盤に尽きるといえよう。

実に3度目の録音だ。第一人者の貫録で聴かせる名演である。

56歳のベテランとなってからのこの演奏は、愛情の深度が深く、しかも穏やかさと誠実さも併せ持っている。

手に入った演奏で、ラフマニノフに対するほとんど体質的ともいえる共感が表れており、音の艶やかさもプレヴィンの特色だ。

第1楽章や第3楽章はよく歌い、フレーズが息長くとられている。

第2楽章は響きが瑞々しく、モデラート部には独自のしなやかな美しさがあり、第3楽章も曲の抒情感は甘美なほど表現され、第4楽章では作品の劇性を端的に表している。

現代人の苦悩が的確に捉えられた演奏である。

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プレヴィンは元来ロシア音楽を得意としているだけあって、こうした作品を指揮すると卓越した手腕を発揮する。

この「白鳥の湖」の演奏もそうで、全体にややテンポを遅めにとり、チャイコフスキー独特の抒情的な旋律をたっぷりと歌わせながら、どの曲も表情豊かにまとめている。

ことに劇的に描きあげた終幕は秀逸だ。

「白鳥の湖」のコンサート・スタイルによるすぐれた演奏といえよう。

「眠りの森の美女」も実に素晴らしい演奏だ。

プレヴィンが自家薬籠中のものとしているチャイコフスキーのバレエ音楽だけに、巧みな棒さばきで各場面を的確に描き分けながら、作品の幻想的な持ち味をあますところなく表出している。

特に第3幕は見事な出来映えで、生き生きとした表情のポロネーズから、変化に富んだ踊りと続き、絢爛豪華な「アポテオーズ」で終わるまで、息をもつかせぬ優れた演出力には感激のほかはない。

「くるみ割り人形」でもプレヴィンは1曲1曲を丹念に練り上げながら、この作品のもつメルヘンの世界をものの見事に表出しており、いかにもこの人らしい語り口のうまい演奏だ。

第1幕第2場の「情景(冬の松林で)」や「雪のワルツ」、第2幕最後の「終幕のワルツとアポテオーズ」などの、ロマンティックな雰囲気にあふれた卓抜な表現は、プレヴィンならではのもの。

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2008年05月15日


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全曲ともアシュケナージの唯一の録音である。

アシュケナージのみずみずしい、澄みきったタッチが魅力的な、詩情あふれるプロコフィエフだ。

極めて力強く、それでいて打楽器的用法の部分でさえ少しも美感を失うことがない。

リズムは閃きに満ち、洒落っ気も豊かだ。

特筆すべきはプレヴィンの指揮で、どこもかしこもセンス満点。ほとんどオーケストラの出す音と思えないようなニュアンス豊かな響きには、ただ脱帽するほかないだろう。

第3番は特に傑出しており、この曲のロシア的情感と、プロコフィエフ固有の抒情性とを、あますところなく表出した演奏である。

プロコフィエフのピアノ曲は、ともすると技巧的に華やかな効果を狙ったものが多いが、アシュケナージは、抑えるべきところはぐっと抑え、温かい感触をもった演奏をおこなっている。

ロシア物を得意とするプレヴィンの棒もあざやかだ。

第4番ではアシュケナージは、きわめてダイナミックに、かつ詩情豊かに弾きあげていて、すばらしい。

プレヴィンの指揮も特筆すべきうまさだ。

第5番ではアシュケナージは、この作品の変化にとんだ曲想をあざやかに弾きわけており、ことに、抒情的な表現の美しさは、アシュケナージならではのものだ。

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