メンゲルベルク

2015年06月22日


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メンゲルベルクの名を聞いただけで、顔をしかめる人がいる。

「あんな時代錯誤の音楽。妖怪のようなデフォルメについていけない」というわけだが、そういう先入観から、この素晴らしい芸術を享受できないとすればまことに残念なことである。

徹底したパート練習、全体練習を繰り返し、作品の襞の襞まで自分の意志を徹底させるやり方は、僅か2、3回の稽古で要領よく仕上げる現代のシステムからは生まれ得ない、超個性的な芸術を生み出した。

今では、アマチュアだけに許された贅沢である。

頻出するテンポの動きから、艶めかしいポルタメントまで、すべてが様式的に練り上げられている。

これを現在の流行ではないからといって「時代錯誤」のレッテルを貼ることを戒めたい。

問題は、この様式美が演奏芸術の本質に迫っているか、ということなのである。

さて、メンゲルベルクの音楽作りは、緻密を極めながらも神経質さのない点が素晴らしい。

とても男性的に力強く、大らかで、さらに決して不健康にならない色香すらある。

こうした特質が、人類愛を歌うベートーヴェンにたいへんマッチして、いずれも古い録音であることを超えて圧倒的な感銘を与えてくれる。

「第1」は、SP発売当時、トスカニーニ&BBC響とワインガルトナー&ウィーン・フィルとてい立した。

剛直なトスカニーニ、無造作だが自然なワインガルトナーと比較すると、メンゲルベルクはこの曲を手際よくまとめ、円満な解釈でベートーヴェンらしさを誇張なく表出した。

「英雄」は昔からメンゲルベルクのお家芸で、1930年1月にニューヨーク・フィルを率いて録音したレコードは今でも人気がある。

1940年11月の再録音盤も基本的にはロマンティシズムの円熟性を保持した旧盤とは変わっていないが、その円熟性に加えて、新盤には逞しい迫力があり、テンポも速くなり、率直で荒々しいほどの男性的特徴も顕著になった。

「第4」はゆっくりしたテンポではあるが、メンゲルベルクとしては、情緒に満ちてはいても、あまり誇張なく歌わせた古典的演奏で、終始円満に演奏を進める。

メンゲルベルクがいかに表情を立派につかんでそれをうまく表現するかに感心する。

「第5」はメンゲルベルクが最高。

SP時代でも、フルトヴェングラーとトスカニーニの両盤の評判が高かったが、この曲には、円満で、強壮な威圧感もありながら、全体に悲劇性が薄く、健康な芸術性に満ちたメンゲルベルクの解釈が最適。

「田園」はあたかもオランダの絵のように重い色調で、時に流麗さを失うこともあるが、自然の雰囲気が実に豊かであり、メンゲルベルクのレコードの中でも特徴が最もよく出ている個性的な演奏である。

「第8」では、クリスタル細工のように精緻な彫琢をほどこしたアポロ的なワインガルトナー&ウィーン・フィルと競合、メンゲルベルクは情緒と熱情で統一し、特に第4楽章は血湧き肉躍る。

そして何より「オーケストラのストラディヴァリウス」と謳われた当時のコンセルトヘボウ管の豊穣な響きを堪能したい。

少なくとも技術的にはウィーン・フィルさえ問題にならない程の高みにあったと認めるべきであろう。

マーラーが信頼を寄せ、R.シュトラウスが愛した本物の音楽がここにある。

惜しむらくは、これがあと10年後だったら、こんなに凄まじいまでに美しい音が、英デッカにステレオ録音されていたら、どんな音に聴こえるだろうと想像するだけで、息が止まりそうになる。

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2014年03月27日


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作曲者と指揮者を結ぶ「絆」の強さを音で聴かせる名盤だ。

R.シュトラウスは交響詩《英雄の生涯》をオランダの名指揮者で、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団を一代で世界屈指の名門オーケストラに育成したウィレム・メンゲルベルク(1871-1951)と彼のオーケストラに捧げている。

R.シュトラウスは「若々しい心と情熱にあふれ、しかも練習熱心な」指揮者とオーケストラの賛美者であり、たびたび客演もしていたのだが、自画像のような名作を捧げることで友情と賛美の証としたのである。

R.シュトラウスの「超絶技巧のオーケストレーション」とも言える煌びやかな音響の「超絶」を統率するのは当時の指揮者にとっては至難の業であったが、複雑なスコアを楽に紐解くことができ、大音響を好んだメンゲルベルクにとって、R.シュトラウスの作風はまさに望むところであった。

すぐにメンゲルベルクはこの作品を指揮するようになり、彼の技術と作品との最高のコンビネーションの証拠がこのCDにもあらわれているが、アムステルダムでは他の指揮者が採り上げることを許さなかったというから偉かったのである。

そんな演奏を聴いたR.シュトラウスは芳醇さと優雅さを絶賛しながらも、さらにより鋭利なアクセントと活力、そして荒々しさも求めたというから面白い。

全盛期を謳歌していたメンゲルベルク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団は1941年に《英雄の生涯》を録音しているが、芳醇さと鋭さ、優雅さと荒々しさに加えて、惚れ惚れとするばかりの巧さを加味、記念碑的名演としている。

隅から隅まで作品を知り尽くした指揮者とオーケストラが、愛情と責任感とを背景に歌い上げた熱演であると同時に、トランペットなどソロをとる首席奏者たちの素晴らしさが際立っており、どこか風格すら感じてしまうほどである。

作曲者が求めていた理想の作品の姿がこうした名演で残されたことは値千金の価値を持つ。

SP録音ながら信じ難いサウンドの優秀さにも驚かされるし、名ホールのアコースティックまでもが味わえるのも奇跡のようである。

これを聴いてしまうと、その後のオーケストラは本当に成長し、発展したのかと、しばし考え込むことにもなりかねない。

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2014年03月26日


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当盤は1937年の有名な「悲愴」ではなく、メンゲルベルクが1937年録音のハウリングを嫌い、1941年に再度「悲愴」をスタジオ録音したものである。

指揮者メンゲルベルクの比較的後期に当たる録音であるが、その演奏はロマンに満ち溢れ、現代の数ある指揮者でも決して辿り着けない究極のロマンがここにある。

この「悲愴」を初めて聴いた人は絶句するに違いない。

作曲家グリーグも、若き日のメンゲルベルクの「悲愴」を聴いて打ちのめされたそうだ。

これほどまで雄大で濃密な「悲愴」は空前絶後で、メンゲルベルクはあらんかぎりの個性を投入し激しくデフォルメしながら、チャイコフスキーの狂おしい情熱を極限まで高めることに成功している。

地滑りのようなテンポの緩急、すすり泣くようなポルタメント、むせかえるほどの音色の熱気、全てが呪術的なオーラを放っている。

古臭いという声も聞かれるが、これこそ19世紀感覚の演奏かもしれない。

まさに、メンゲルベルクの個性が最も良く出た演奏の一つであろう。

特に第1楽章ではテンポを大きく揺さぶり、更に第2主題で大きく弦を震わせてはポルタメントで聴く者をうっとりさせながら、後半ではSPというレンジの狭さを感じさせないほどのダイナミックな表現をしている。

その凄まじいまでの手法はまさに絶品で、この楽章の終盤での静寂部では、その余韻までもが聴く者を離さない。

第2楽章でも、ロマンティシズムに溢れる歌わせ方は第1楽章同様で、まさに情緒溢れる表現で歌わせている。

第3楽章は打って変わって豪快な棒さばきで進んでいく。

とどめは終盤、ここで大見得を切ったメンゲルベルクはテンポをガクッと落とした後、SPの狭いレンジをフルに使ってパワーを全開させ、アッチェランドをかけて突っ走っていく。

そしてラストはお得意のリタルダンド!

もっともこの手法は当時では珍しくないようで、フルトヴェングラーやアーベントロートも同様にテンポダウンしている。

そして最終楽章はまさに慟哭するような表現に終始している。

時折テンポを大きく変えながら、弦を震わせてはポルタメントを有効に活用し、聴く者にふと幻想を抱かせるような演奏である。

1937年録音と1941年録音、どちらが好むかは人それぞれであろうが、いずれにせよメンゲルベルクのロマンが集約された「悲愴」と言えよう。

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2014年02月09日


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今までありそうでなかったメンゲルベルク&コンセルトヘボウ管によるブラームス:交響曲全集セット化。

演奏は、第1番フィナーレに見られるような、コーダをどこまでも延ばすような過激な表現意欲に満ちており、この辺りはミュンシュなどに強い影響を与えていることがわかる。

第3番は、一番録音年代が古いものの実に良い音質で、トロトロに甘美なロマン主義演奏の最右翼である。

第4番は、古典的風格を守っておりグイグイと引張る推進力に敬服する。

第2番も圧倒的な逞しさを誇る名演。

考えてみると、1940年というのは、ブラームスが亡くなってからまだ50年も経っていないわけで、ヨーロッパにはまだブラームスの面影があったのだろう。

現代の理路整然とした演奏と比較すると、大胆なテンポ、起伏の大きな演奏となっているが、先にも述べたように音楽が語りかけてくるような力をもっている。

例えば、カラヤンのブラームスが美しい彫像を見るような思いを抱かせるとすると、メンゲルベルクのそれは、生々しく生きている。

それぞれのシンフォニーを書いた30代、40代さらに晩年のブラームスが伝わってくる。

これはクラシックに限ったことではないのだが、こうした自由で大胆な音楽表現がなくなってしまったのは淋しい。

正確であること、形が美しくあること、美しい響きであることだけが、すべてではないはずだ。

CD化に当たっての音質補正にも無理がなく、演奏の細部がよくわかる。

既出の盤があるものはノイズの取り過ぎで、真の音が削がれているのに対し、MEMORIES盤はノイズをむしろ残してエコーを付けたりしない誠実な復刻に好感が持てる。

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2014年02月08日


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メンゲルベルクの強烈な個性が示された全集。

形而上的なフルトヴェングラーに対し、同じロマンティックな指揮者でもメンゲルベルクの場合は、トスカニーニ同様、音そのもので勝負だった。

その意味で彼のベートーヴェンは演奏の彫りが深く、誇張された音芝居を如実に味わえるのが嬉しい。

ルバートやアゴーギクを多用した細かいテンポの動き、克明に変化するダイナミクス、音やリズムの改変など、濃厚に表情付けされたロマン的な演奏だが、フルトヴェングラーのようにその場の感興を重んじたロマン性でなく、綿密な設計のもとで細部の表現を彫琢しつつ、全体をスケール大きな堅固な造りでまとめるという、知的に考え抜かれたロマン性であるのが特徴。

ライヴ録音でも、そうした表現操作が徹底されている点も凄い。

しかもそれが作りものとしてでなく、説得力をもった雄弁さで迫ってくる。

大時代的という批判もあるが、むしろ今日こそこれらの演奏の持つ意義と価値の高さを考える必要があろう。

確かに様式的な古さが気にはなるが、峻厳さと歌謡性を兼ね備えた偉大な演奏である。

録音データは以下の通り。

CD1 交響曲第1番、交響曲第3番「英雄」 ニューヨーク・フィル 1930年1月スタジオ録音
CD2 交響曲第4番、交響曲第5番「運命」 コンセルトヘボウ管、1940年4月25日、4月18日ライヴ録音
CD3 交響曲第8番、交響曲第6番「田園」 コンセルトヘボウ管、1940年4月18日、4月21日ライヴ録音
CD4 交響曲第2番、コンセルトヘボウ管、1940年4月21日ライヴ録音 交響曲第7番、ベルリン放送交響楽団 1942年1月28日ライヴ録音
CD5 交響曲第9番、コンセルトヘボウ管、トー・ファン・スルーズ(S)、スーゼ・ルーゼ(CA)、ルイーズ・ファン・トゥルダー(T)、ウィレム・ラヴェッリ(Bs)、トーンクンスト合唱団、1938年5月31日ライヴ録音

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2008年08月28日


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メンゲルベルクの芸術を知るのにもってこいのディスク集である。

19世紀ドイツ・ロマン派音楽を最もよく体現したのが、メンゲルベルクの解釈・演奏であると断言しても過言ではあるまい。

スコアが要求するものから逸脱こそしないが、許容範囲内で、彼は自由に旋律を唱い、リズムやテンポを自在にコントロールし、いやが上にも曲想を盛り上げた。

スケールは大きく、正しく雄大な気宇を持った意気揚々たる演奏は、聴いていて心地良い。

精神的骨格ががっしりし、神経は太く、迫力豊かで、豪放磊落、大人の風格十分である。

半面、感情を沈潜させ、あるいは細やかな情緒で豊かに歌い上げ、繊細な神経を張り廻らせ、抒情をないまぜる箇処は、まるで別人の様であり、この硬軟両面の使い分けは見事である。

メンゲルベルクはクナッパーツブッシュやフルトヴェングラーの様な魔術師でもなければ、催眠術師でもない。またワルターの様な倫理的瞑想家でもない。

彼は目を爛々と輝かせ、威風堂々、辺りを睥睨しながら、肩で風を切りつつ、壮大な男のロマンを唱い上げながら、また道端の名も知れぬ、密やかに咲く小さな花を愛でつつ、大股で颯爽と闊歩する男らしいロマンティストなのである。

欲をいえば、愛弟子ワルター以上にマーラーの高い評価を得たメンゲルベルクのマーラー演奏の録音をもっと残してほしかった。

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2008年04月10日


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メンゲルベルクが最も得意としたレパートリーは、ベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキーで、常に名演の名をほしいままにしていた。

特にチャイコフスキーはメンゲルベルクの体質と合い、スーパー・ロマンティシズムを感じさせる。

メンゲルベルクは男性的で情熱に燃えており、同時に柔らかく丸味もある繊細さも持っていて、この二つを渾然と融合させている。

彼の音楽はいつも暖かいし、迫力がこもっている。

ロマンティックに旋律を歌い上げ、必要とあれば憂愁性をこめることが出来る。

だが決して感傷におぼれることがなく、客観的に曲を把握することも出来る。

だからチャイコフスキーに最適なのである。

特に「悲愴」は無数のチャイコフスキーの録音の中の金字塔である。

多くの指揮者はこの美しい旋律をただ美しく描出すればよいという態度で表面的に解釈するか、そうでなければ憂鬱にはまりこんで、にっちもさっちもゆかなくなって感情の流れを停滞させてしまうが、メンゲルベルクは憂鬱を客観的に把握して、おぼれこんでしまうことがない。

もっと大局的この曲と対決し、自分の特長のロマン性をいかんなく発揮している。

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2008年02月09日


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バッハを面白く聴きたければメンゲルベルクにとびつくに限る。

第2次世界大戦前夜の演奏会のライヴ録音で、少なからぬカットがあるが、記念碑的名演として知られている。

これほど人間的で、ロマンティックな演奏はほかにないだろう。

どこからみてもオーソドックスな演奏とはいえないが、実に自由奔放でロマンティシズムの限りを尽くし、くまどりが濃く、劇的な誇張が興奮と感動を呼び起こす。

メンゲルベルクの音の捉え方、動かし方はもはや奇蹟に近い。

彼には厳格なイン・テンポということがなく、感情の昂まりとともに波打つ血の流れのように、聴き手に熱さが伝わってくる。

ここには19世紀後半から20世紀初頭に生きた、まぎれもない真実の感情が波打っている。

世界最後のエヴァンゲリストといわれたエルプの名唱も新鮮な感動を呼びおこす。

メンゲルベルクはかなりのカットを行っているが、アカデミックにこの曲を聴きたい人以外には、これでも一向にさしつかえはない。

別項で紹介した、リヒターの1958年盤と共に必聴の名盤だ。

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