チョン・キョンファ

2015年07月25日


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近年では、その活動も低調なチョン・キョンファであるが、本盤に収められたチャイコフスキー&シベリウスのヴァイオリン協奏曲の演奏は、22歳という若き日のもの。

次代を担う気鋭の女流ヴァイオリニストとして、これから世界に羽ばたいて行こうとしていた時期のものだ。

チョン・キョンファは、シベリウスのヴァイオリン協奏曲については本演奏の後は1度も録音を行っておらず、他方、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲については、ジュリーニ&ベルリン・フィルとの演奏(1973年ライヴ録音)、デュトワ&モントリオール交響楽団との演奏(1981年スタジオ録音)の2種の録音が存在している。

両曲のうち、ダントツの名演は何と言ってもシベリウスのヴァイオリン協奏曲であろう。

とある影響力のある某音楽評論家が激賞している演奏でもあるが、氏の偏向的な見解に疑問を感じることが多い筆者としても、本演奏に関しては氏の見解に異論なく賛同したい。

シベリウスのヴァイオリン協奏曲の演奏は、なかなかに難しいと言える。

というのも、濃厚な表情づけを行うと、楽曲の持つ北欧風の清涼な雰囲気を大きく損なってしまうことになり兼ねないからだ。

さりとて、あまりにも繊細な表情づけに固執すると、音が痩せると言うか、薄味の演奏に陥ってしまう危険性もあり、この両要素をいかにバランスを保って演奏するのかが鍵になると言えるだろう。

チョン・キョンファによる本ヴァイオリン演奏は、この難しいバランスを見事に保った稀代の名演奏を成し遂げるのに成功していると言っても過言ではあるまい。

北欧の大自然を彷彿とさせるような繊細な抒情の表現など、まさに申し分のない名演奏を展開しているが、それでいていかなる繊細な箇所においても、その演奏には独特のニュアンスが込められているなど内容の濃さをいささかも失っておらず、薄味な箇所は1つとして存在していない。

チョン・キョンファとしても、22歳というこの時だけに可能な演奏であったとも言えるところであり、その後は2度と同曲を録音しようとしていないことに鑑みても、本演奏は会心の出来と考えていたのではないだろうか。

こうしたチョン・キョンファによる至高のヴァイオリン演奏を下支えするとともに、北欧の抒情に満ち溢れた見事な名演奏を展開したプレヴィン&ロンドン交響楽団にも大きな拍手を送りたい。

いずれにしても、本演奏は、チョン・キョンファが時宜を得て行った稀代の名演奏であるとも言えるところであり、プレヴィン&ロンドン交響楽団の好パフォーマンスも相俟って、シベリウスのヴァイオリン協奏曲の演奏史上でもトップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

他方、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲については、ヴィルトゥオーゾ性の発揮と表現力の幅の広さを問われる楽曲であることから、人生経験を積んでより表現力の幅が増した1981年盤や、ライヴ録音ならではの演奏全体に漲る気迫や熱き生命力において1973年盤の方を上位に掲げたいが、本演奏もチョン・キョンファの卓越した技量と音楽性の高さを窺い知ることが可能な名演と評価するのにいささかの躊躇もするものではない。

音質は、従来CD盤では、LPで聴いていた時に比べ、チョン・キョンファのヴァイオリンの透明感がやや損なわれている印象を受けたが、今般、ついに待望のSACD化がなされるに及んで大変驚いた。

従来CD盤とは次元が異なる見違えるような鮮明な音質に生まれ変わった。

チョン・キョンファのヴァイオリンの弓使いが鮮明に再現されるのは殆ど驚異的であり、あらためてSACDの潜在能力を思い知った次第だ。

いずれにしても、とりわけシベリウスについて、チョン・キョンファとプレヴィン&ロンドン交響楽団による至高の超名演を、SACDによる高音質で味わうことができることを大いに歓迎したい。

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2015年01月26日


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いずれもチョン・キョンファ2度目の録音で、彼女の全盛時代の大胆さと繊細さを兼ね備えた超名演だ。

チョン・キョンファのヴァイオリンは素晴らしく、透明感のある研ぎ澄まされた精緻な響きと、決して粗暴にならない情熱がバランス良くまとまっており、旧盤とは別人の様な完成度の高い演奏だ。

ベートーヴェンは独特の歌いまわしと起伏の大きなつくり、強めのアクセントなど、感情移入の激しいチョン・キョンファならではの演奏。

圧倒的なテクニックをベースとしつつ、女流ヴァイオリニストの常識を覆すような力強い迫力と、繊細な抒情の美しさが、いい意味でバランスがとれており、そうした表現力の幅の広さが、この録音当時のチョン・キョンファの最大の長所であった。

本盤でも、そうしたチョン・キョンファの長所がすべてプラスに出ており、コンドラシンとの共演盤よりはるかにスケールが大きく深い演奏を聴かせる。

旧盤は、指揮者のコンドラシンに譲歩しすぎたのか、はたまたベートーヴェンということで、慎重になりすぎたのか分からないが、チョン・キョンファの持ち味である奔放さが欠けていたように思う。

それに対し新盤は、気迫あふれるのチョン・キョンファのソロを、テンシュテットが力強く雄大なスケールで包み込んだ素晴らしい演奏。

チョン・キョンファの持ち味である激しさと厳しさ、限界ぎりぎりでの、その驚くようなバランスの良さに、思わず引き込まれてしまうこと請け合いである。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、ベートーヴェンが作曲した最も美しい曲の1つと言われているが、チョン・キョンファは、同曲に満載の美しい旋律を実に情感豊かに歌い抜いて行く。

起伏の大きい独特の歌いまわしなど、チョン・キョンファ節にあふれている。

それでいて、いささかも感傷に陥ることなく、常に高踏的な美しさを保っているのが素晴らしい。

感情移入は激しいが、それでいて透き通るような輝きがあるのがチョン・キョンファならでは魅力だ。

他方、力強さにも不足はなく、特に終楽章の迫力は圧倒的だ。

ブルッフも可憐な雰囲気も漂わせていた旧盤に較べて、濃厚なロマンティシズムに覆われ、スケール感のアップした超名演だ。

ベートーヴェン以上に美しい旋律満載の同曲を、チョン・キョンファは、これ以上は求め得ないような情感豊かさで歌い抜いて行く。

そして、これらのチョン・キョンファのヴァイオリンに優るとも劣らない気迫溢れる指揮をしているのがテンシュテットで、オケの重心が低くスケールも大きな充実した響きも素晴らしい。

咽頭癌を発病した後、病と闘いながら指揮をしていたが、本盤でも、まさに命がけの指揮を行っており、その気迫と力強さには、涙なしでは聴けないような深い感動を覚える。

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2014年08月19日


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本盤には、ブラームスのヴァイオリン協奏曲と二重協奏曲が収められているが、いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

本盤の演奏は1982年であるが、これはバーンスタインがウィーン・フィルを指揮してライヴ録音を行ったブラームスの交響曲全集とほぼ同時期のライヴ録音である。

バーンスタインの芸風は、1980年代になって大きく変容したと言えるのではないか。

かつてのニューヨーク・フィルの音楽監督時代には、いかにもヤンキー気質丸出しの爽快な演奏を行っていたが、1980年代に入ると、テンポは異常に遅くなるとともに、濃厚でなおかつ大仰な演奏をするようになった。

このような芸風にはうまく適合する楽曲とそうでない楽曲があり、マーラーの交響曲・歌曲やシューマンの交響曲・協奏曲などにおいては比類のない名演を成し遂げる反面、その他の作曲家による楽曲については、疑問符を付けざるを得ないような演奏も目白押しであったように思われる。

ブラームスの交響曲全集についても、どちらかと言えば疑問符を付けざるを得ない点も散見されたところであるが、ウィーン・フィルの懐の深い音色が演奏を浅薄なものに陥るのを避けるための大きな防波堤になり、少なくとも佳演との評価は可能な演奏に仕上がっていたと言える。

ところが、本盤のヴァイオリン協奏曲の演奏においては、交響曲全集で聴かれた、極めて遅いテンポ、粘ったような曲想の進行、濃厚さの極みとも言うべき表情過多な表現などを駆使したバーンスタインの晩年の芸風が緩和され、いい意味での剛柔のバランスのとれた演奏を行っていると言えるところだ。

これには、クレーメルの清新とも言うべき現代的なセンスに満ち溢れたヴァイオリン演奏を尊重した結果によるところが大きいと言えるのではないだろうか。

クレーメルは、本演奏においてヴァイオリンを意図的に歌わせずに、あたかもピリオド奏法を思わせるような奏法を行っているが、かかる演奏は、1982年の演奏としては極めて斬新というほかはないと言えるだろう。

第1楽章のカデンツァにマックス・レーガーの作品を使用しているのも、いかにもクレーメルならではの現代的なセンスの表れとして評価したい。

このようなクレーメルの斬新とも言うべきヴァイオリン演奏を尊重するとともに、引き立て役に徹した結果として、バーンスタイン&ウィーン・フィルの演奏も、いわゆる中庸の美徳を備えた演奏に落ち着いたと言えるのはないかと考えられるところだ。

もちろん、そうは言っても、演奏の随所においては、バーンスタインがマーラーの交響曲の演奏で垣間見せるヒューマニティ溢れる熱き心で満たされていると言えるところであり、ウィーン・フィルによる美演ともども、クレーメルのとかく無慈悲で冷たくなりがちなヴァイオリン演奏に、適度の潤いと温もりを付加するのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

いずれにしても、本演奏は、クレーメルによる現代的なセンスに満ち溢れた斬新なヴァイオリン演奏、そしてバーンスタイン&ウィーン・フィルによる人間的な温もりのある美演が見事に融合した素晴らしい名演に仕上がっていると高く評価したい。

他方、二重協奏曲は、マイスキーの雄弁で人間味溢れるチェロ演奏が加わるとともに、クレーメルがマイスキーのチェロ演奏に合わせることによって自らの個性を若干なりとも抑制したヴァイオリン演奏を行っていることから、ヴァイオリン協奏曲と比較すると、前述のようなバーンスタインの晩年の芸風がより色濃く反映された演奏に仕上がっていると言えるところだ。

したがって、バーンスタインの体臭がふんぷんとしている演奏とも言えるところであり、これは好き嫌いが明確に分かれる演奏であるとも言えるのかもしれない。

もっとも、ウィーン・フィルによる懐の深い美演が演奏全体に適度の潤いを与えているのを忘れてはならないところであり、マイスキーやクレーメルの渾身の名演奏も踏まえて総合的に勘案すれば、本演奏を素晴らしい名演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

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2014年03月06日


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チョン・キョンファが鬼才コンドラシンと1979年に共演したベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲と、デビュー間もない頃の1972年に名匠ケンペと共演したブルッフの「スコットランド幻想曲」の録音。

ベートーヴェンは初出時、コンドラシン&ウィーン・フィルの初顔合わせ、さらにチョン・キョンファとの初コンビでも話題となった。

輝くばかりの音色と情熱的なアプローチで音楽の核心に肉薄するチョン・キョンファ。

このベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲でも入魂の演奏を聴かせてくれる。

遅いテンポで丁寧に情を通わせたベートーヴェンで、その中にチョンならではの深い表現が見られる。

やや線の細さはあるものの、緻密で磨き抜かれた音は美しい艶を帯び、フレージングにも硬さがなく、伸び伸びと、しかも強い集中力を反映させている。

聴き手に極度の緊張を要求し、享楽的な要素のほとんど感じられない、一途不可逆なひたむきさは、あるいは最も日本人の感性に適した演奏と言えるかもしれない。

刀の上を渡る曲芸や綱渡りを思わせるスリルが、チョンの演奏には確かにある。

コンドラシンの指揮も魅力があり、ウィーン・フィルの緊張感漲るドラマティックなサポートも万全。

彼の堂々たる解釈は骨太の音楽を形づくっており、力強く、優美で威厳がある。

カップリングのブルッフ「スコットランド幻想曲」は、チョンの名声を確立した録音で、その演奏は説得力に富んでいる。

強靭な意志が美しい緊張感を生み出し、緩急自在なフレージングはハイフェッツに次ぐ。

ケンペの指揮も力強く、風格がある。

いずれもデッカの優秀録音が音楽的で、サウンドそのものに音楽性を感じさせる。

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2012年07月29日


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1973年5月10日&11日 ベルリン、フィルハーモニーザールに於けるステレオ(ライヴ)録音。

ジュリーニにとって1970年代はもっとも脂が乗っていた時期。

加えて、ベルリン・フィルも、名うてのスタープレーヤーが勢ぞろいした、力量的にも史上最高の状態にあった。

したがって、このような両者が組んだ演奏が悪かろうはずがない。

特に超名演と言えるのははじめの2曲だ。

ムソルグスキーの歌劇『ホヴァンシチナ』前奏曲(モクスワ河の夜明け)は、我々はムラヴィンスキーの名演を知っているが、本演奏は、あのように引き締まった緊張感を強いるようなものではない。

むしろ、明朗なイタリアの明るい太陽に照らされるようなイメージであるが、美しさにおいては、ムラヴィンスキーの名演にも引けを取らないと思う。

比較的ゆったりとしたテンポによる曲の進行も、楽曲の持つ美しさを丁寧に描き出していくのに大きく貢献している。

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲も素晴らしい。

若き日のチョン・キョンファを温かくリードしつつ、ゆったりとしたテンポで、隅々に至るまで優美に曲想を描いていく。

しかも、高貴な気品にも満ち溢れており、ジュリーニがこの曲をスタジオ録音しなかったのが不思議なくらい、楽曲を自家薬籠中のものにしている。

ドヴォルザークの「第7」も名演であるが、同時期にクーベリックが同じくベルリン・フィルを指揮して超名演を成し遂げており、それと比べられてしまうのが少々不利ではある。

第1楽章など、ベルリン・フィルとしては珍しいようなアンサンブルの乱れも見られるが、第2楽章、第3楽章と順次調子を上げ、特に素晴らしいのは終楽章。

ベルリン・フィルの圧倒的な合奏力をベースにして、地鳴りがするような重量感あふれる名演を成し遂げている。

クーベリックのような民族色を加味すると、どうしても及ばない面はあるものの、総体として、名演と評価するのに躊躇しない。

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2011年06月27日


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1948年生まれの韓国女流ヴァイオリニスト。

まず4歳からピアノを始め、6歳でヴァイオリンに転向したが、10歳の頃にはステージで演奏するほどの天才ぶりを発揮した。

そして12歳の時にアメリカに渡り、ニューヨークのジュリアード音楽院で、名教師ガラミアンに師事して、1967年レーベントリット・コンクールでピンカス・ズーカーマンと優勝を分けあったのち、演奏活動を始めた。

デビュー当初から彼女の演奏は、一般的に名ヴァイオリニストと呼ばれるための条件、すなわち美しく艶やかな音と高度に磨かれたテクニック、そして楽器を美しく歌わせる情感の豊かさといったのものを備えていることは当然だが、さらにそれらに加えてその表情に、彼女ならではの燃えさかる火のような情熱を感じさせることが大きな特徴となっていると言えるだろう。

それはいかなる作品においても、独特の緊張感のある音楽運びとなって現われ、もしかして東洋人ならではと言えそうな、瞑想的で陰影豊かな表情とともに、聴き手を惹きつけずにおかない魅力となっている。

それは充分に個性的な演奏であることに間違いないのだが、作品の持ち味を余すところなく表出していることも、また、確かである。

1990年代以降になると、そこに、より柔和で大らかな表情も加わってきて、一段と深い味わいを宿すようになり、ますます充実した演奏を聴かせてくれた。

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2011年05月11日


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まだチョン・キョンファが若いころのライヴ映像を見たことがある。

そのとき、舞台にいたヴァイオリニストは演奏が始まると激しく弓を楽器にぶつけ、身体を揺らし、髪を振り乱し、あるいは靴で床を何度も蹴った。

演奏者の顔には歓喜、恍惚、苦痛、憂鬱、安堵と、ありとあらゆる表情が浮かんだ。

それは、まるで何かにとりつかれていたといってもよかった。

筆者は、一丁のヴァイオリンが、大ホールの空間を切り刻むような、こんな空恐ろしい迫力を持っていたのかと、心底驚いたのである。

だがその後、彼女は結婚し、2度の出産を経験してから、どうにも調子がよくない。

彼女のあの凄まじさは、やはり年齢のせいだったかとあきらめかけたころの1998年、彼女はあの激しさに、途方もなく深く大きなスケールを加えた、まったくみごとな演奏を披露してくれたのだ。

そのとき、プログラムにはバッハの「G線上のアリア」があったが、このわずか5分程度の曲がなんと繊細で微妙に変化し、瞑想的な深さをたたえていたことだろう。

しかも、その公演のあとに録音されたこのアルバムには、そのときの感動がかなりの高い割合で入っている。

冒頭の「ユモレスク」だって、始まるやいなやギクリとするなまめかしい音に、胸がキュンとなってくる。

「タランテラ」も凄まじいし、有名な「ツィゴイネルワイゼン」も、これほどこまやかな表情に彩られた演奏を筆者は知らない。

彼女の新作は、過去のほとんどすべてが、予告されながら半年から2年近く延期(ないしは中止)になっていた。

ところが、このアルバムは例外的に予告通りに出た。

ある雑誌の記事によると、チョン自身も会心作だと思っているとのことである。

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2011年04月20日


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ベートーヴェンは非常に遅いテンポだが、チョン・キョンファのソロには緊張感が保たれている。

音色には艶があり、響きはしなやかで、以前のような気迫は感じられないが、そのかわり一層の柔軟性が加わり、演奏が伸びやかになっている。

今ならチョン・キョンファの新盤がいちばん好きだ。それはヴァイオリンが自由闊達に弾いているのに、なおかつ自然さも獲得しているからである。

やりすぎも、踏みはずしもないのに、ひたすら聴き手の心をつかんで離さない。

第1楽章展開部後半の短調のメロディーなど、特別なことは何もせず、心をこめて弾いているだけなのに、澄みきった悲しみが切々と迫ってくる。

テンシュテットのオケも有機的だ。

まず、冒頭の静けさと第2主題の暗さ、それがおずおずと明るく変化していく提示部の美しさを聴いただけで、このオケ部分がすごいことがわかるし、ソロと絡むとき同じ気分で反応していくのには感動してしまう。

この演奏でもっともすごいと感じるのは、第2楽章かもしれない。

静謐な美しさというのはこういうものであろうか。とにかく静かなのだ。心地よい緊張感とともに、音楽がすっと心に入ってくるのである。

オケのデリカシーに満ちた伴奏も特筆ものだ。

第3楽章は、ソロ・オケともども心が弾んでいるのがよくわかる。音楽が前へ前へと流れるので、曲が短く感じられるほどだ。

でもこの楽章でも、例の「静けさ」が時折顔を出す。オーボエとソロヴァイオリンの対話もそれであり、だからこそ終結へなだれ込んでいくクレッシェンドが、こんなにも感動的なのだと思う。

ブルッフでは落ち着いた情感と強い集中力が結びついており、息の長いフレージングで丹念に演奏している。

テンシュテットも息の合った共演ぶりだ。

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2011年01月13日


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チョン・キョンファならではの名演だ。抜け切った天才の業といってもいい。

まだ20代のときのレコーディングだが、表現とテクニックは完全に融和し、陰影に満ちた音楽の襞を深々ととらえていくさまはただごとではない。

例によって情熱を惜しげもなく迸らせる全力投球の熱演で、誰をも自分の世界に引きずり込まずにはおかない異様なまでの説得力に満ちている。

その一途さ、激しさの向こう側に、何か言うに言われぬ神秘性を漂わせるところが、彼女のヴァイオリンのもう一つの魅力である。

それを東洋的と言って良いかどうかは難しいところとしても……。

第1番での虚無と哀切、第2番での崇高な祈り、ともに作品の核心をついた最良の演奏に違いあるまい。

第1番は抜群のテクニックでひきあげた演奏で、そのニュアンス豊かな表現には魅せられてしまう。

音楽への切り込みの深さも見事で、ことに、第2楽章の情熱的な激しさには、圧倒されてしまう。

チョン・キョンファは、第2番のもつロマンティックな情感を実に繊細に、かつ大胆に表現していて魅力的だ。

旋律の歌わせ方の美しさが抜群にうまく、緩徐楽章などうっとりとしてしまう。

ソロにぴったりと寄り添うプレヴィンの指揮も立派なもので、ここではさすがにインスピレーションを強く刺激されたようだ。

ことに第2番では、ロシア的な情緒を存分にあらわしており、見事だ。

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2010年11月20日


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アシュケナージとショルティによるバルトーク:ピアノ協奏曲全集がカップリングされているが、その演奏内容については別項に書きたい。

チョン・キョンファが特に輝いていたのは、いったい何時だったというべきなのだろうか?

そうした問題を考えるには、このバルトークの2曲の協奏曲を収録したディスクは、ある一定の解答を示してくれるに違いあるまい。

とりわけ、1976年に録音された第2番(オケはロンドン・フィル)の演奏は、ピリピリとした緊張感に貫かれ、なべてのものがピン・ポイントの明快さで把握されており、いかにもチョン・キョンファらしいところがよく出ている。

それは1983年に録音された第1番(オケはシカゴ響)と比較してみても、ある程度明らかといえるだろう。

とりわけ第1番の凄まじさは絶後、迫力あるオケのサポートと相まって、鳥肌の立つ瞬間が頻出する。

鬼気迫るような怖ささえ感じられる演奏だ。

20代後半と30代半ばの、まさに音楽にのめりこみ猛進していた時期の演奏で、チョンのひとつのピークを物語る上では最良のものであろう。

気迫のこもった歌心と鮮烈な技巧、そして強力な集中力など、心の底を揺さぶられるようなバルトークである。

この種の音楽はチョンがもっとも得意とするだけに、ここでもひたすら音楽に没入し、比類のない凝縮度の高い演奏を実現している。

高いテンションを維持しながらそこにバルトークにふさわしい歌をもりこみ、音楽の起伏を巧みに描き出す奥行きのある表現を聴かせるところもこのヴァイオリニストならではで、テクニックの切れ味も申し分ない。

身を切るごときバルトークの鋭敏な音楽から、これほど情熱と暖かさを引き出した演奏はあるまい。

これら2曲の収録時と比べると彼女の芸風は変化してきているが、少なくともバルトークを弾くにはこの頃がベストだったのではなかろうか。

両曲の演奏を通して、指揮者ショルティが圧倒的な存在感を示している点も、忘れずに指摘しておきたい。

作曲家に対する深い共感に裏打ちされたショルティの指揮は、チョンの火の玉となったようなソロに一歩も譲らない。

チョンとショルティの、この音楽へのシンパシーと感性の同一性を感じないではいられない。

協奏曲録音における一つの理想といえるだろう。

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2010年04月15日


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チョン・キョンファとルプーの唯一の共演盤で、彼女の初のソナタ録音だった。

"情熱"のチョンと"抒情"のルプーがコンビを組んだ異色のアルバム。

数多くあるフランクのヴァイオリン・ソナタの録音の中でも、チョン・キョンファとラドゥ・ルプーが1977年に録音したこのディスクは、全く別格の演奏を聴かせてくれる。

チョンもルプーも、共に完璧なテクニックの持主でも特別な美音の持主でもない。

その代わりチョンには余人をもって代え難い集中力が、ルプーには心の襞に染み入る繊細さがある。

その反面チョンには時に激し過ぎる感情表出、ルプーには内省的過ぎる弱さもある。

ここでの2人の共演は、2人の長所を融合する事によって短所を駆逐し、高度の精神的営みとも呼べる演奏を達成している。

崇高なまでの音楽の優しさと慈しみがここでは美しく歌われている。

チョンは初めてのソナタ録音だけに少々構えたのか、フランクでは控え目な表現になっており、彼女にしては音がスリムだが歌いまわしはロマン性に富んでいる。

これに対しドビュッシーでは積極的に発言しようとする姿勢が目立つ。

おそらくチョンとルプーの2人に"弱々しいドビュッシー"に反発する気持ちがあったためだろう。

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2009年10月12日


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メンデルスゾーンのこの美しいトリオには名盤が多いが、その中でもこの3人の名手による共演盤は傑出している。

世代も出身国も音楽性も異なる3人が、互いに触発された白熱的な演奏を繰り広げる。

トルトゥリエの逞しい表現と、情熱的なチョンの音楽を、プレヴィンが見事なバランスでまとめ上げている。

プレヴィンがピアノの名手である事は改めて述べるまでもないが、ここでの確かなテクニックと指揮者らしい構成感、そして見通しの長い音楽の流れは、2人の個性的な弦楽奏者の仲介者となって全体を見事にまとめ上げている。

このプレヴィンの名伯楽ぶりに支えられて、チョン・キョンファはその本来の音楽性である強い集中力を伴った音楽への自己同化を示している。

一方のトルトゥリエのベテランらしいアンサンブルの中での緩急の作り方は、この演奏に深い奥行きを与えている。

楽譜を手に開いてみればこの名演の凄さに納得する。

シューマンも第1楽章では全体をやや抑えて内燃する情熱を表現し、終楽章に向かって劇的な高揚へと高めていくところなど実に巧みな設計だ。

即興的な味わいも十分で、聴き応えがある。

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2009年08月03日


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シベリウスのコンチェルトの清冽さ、純潔な厳しさ、凛としてデリケートなニュアンスを、チョンぐらい見事に表出した例はない。

これは彼女のデビュー盤であるが、最も得意とするチャイコフスキーと組み合わせたところに、キョンファの並々ならぬ自信のほどが知られるのである。

彼女は音楽と完全に一体になっている。他にも名盤は多いが、それらは曲とは離れた名技、名表現というのがほとんどだ。

ところがチョンの場合は、いったいどこまでが作品の魅力でどこまでがヴァイオリニストの魅力なのかがはっきりしない。

彼女をほめればそれがそのまま曲への讃辞になってしまうのである。

チョンのヴァイオリンはスリムに引き締まっていて、聴き手に極度の集中力を要求し、享楽的な要素のほとんど感じられない、一途不可逆なひたむきさは、あるいは最も日本人の感性に適した演奏といえるかもしれない。

外面はクールなのだが、内には燃えるような情熱を秘めて、真剣勝負に立ち会うような勢いで曲の核心に迫ろうとする。

むしろここではプレヴィンの指揮が、一種の中和剤の役割を果たしているかのようだ。

刃の上を渡る曲芸や綱渡りを思わせるスリルが、チョンの演奏には確かにある。

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2008年02月07日


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サン=サーンスの第3番はチョン・キョンファのベストCDのひとつ。

この曲のフランス風のデリケートな感覚と、がっしりとした構成を、バランスよくあわせもった演奏である。

きわめて緊密な音楽づくりで、音楽の内面を深く掘り下げ、鋭く切り込んでいるのが特徴だ。

美しい音色で、情感豊かに、しかもほとばしるような情熱で弾きあげているところがすごい。

冒頭から異常ともいえる精神の充溢を実感させるその演奏は、きわめて高い芸術的感動を与えてくれる。

その表情の豊かさと大きさ、その情熱の凄まじさと生々しさ、それに対する女性的な優しさとデリカシー、まことに表現の幅が広く、以上すべてをチョン・キョンファ独特の体当たり的な弾き方で綴ってゆく。

ことに、第3楽章の有名な主題は、実にあざやかに歌わせている。

これくらい彼女の生の素晴らしさを伝えた演奏はなく、彼女の天才、その激しい情熱と雄弁な節回しを知るのには絶好のものといえよう。

フォスターの立派な立体感と音楽性も類例をみない素晴らしさだ。

現代にもこんなに精神的な演奏家が存在していることが嬉しくなるような、真の意味での名演といえる。

ヴュータンも曲は落ちるが演奏は全く同じだ。

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