スクロヴァチェフスキ

2015年05月08日


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現役でありながら、他の長老が次々にこの世を去る中、半ば伝説化しつつある巨匠スクロヴァチェフスキがザールブリュッケン放送響とともに取り組んできたブルックナー交響曲全集。

手兵のザールブリュッケン相手なだけにかなり指揮者の意思は伝わっているとはいえ、オケの実力が必ずしも一流でないため十分ではないところはあるが、廉価で、00番、0番も聴けるということでお奨めしたい。

1990年代にブルックナーの交響曲の神々しいまでの崇高な超名演の数々を遺したヴァントや朝比奈が相次いで鬼籍に入ったことにより、現在では、いわゆるブルックナー指揮者と称される巨匠はスクロヴァチェフスキ1人となってしまった。

とりわけ、ここ数年のスクロヴァチェフスキのブルックナー演奏は、かつてのヴァントや朝比奈のような高みに達しており、数年前の来日時に読売日本交響楽団と演奏された第7番及び第8番は、神々しいまでの崇高な超名演であった。

もっとも、スクロヴァチェフスキが、このような崇高な超名演を成し遂げるようになったのは、この数年間のことであり、それ以前は名演ではあるものの、各楽器間のバランスや細部の解釈に気をとられるあまりいささか重厚さを損なうなど、もちろん名演ではあるが、ヴァントや朝比奈のような高みには達していなかったと言えるところだ。

本盤に収められたブルックナーの交響曲全集は、ヴァントや朝比奈が崇高な超名演の数々を成し遂げていた1991年〜2001年にかけて、スクロヴァチェフスキがザールブリュッケン放送交響楽団とスタジオ録音を行ったものである。

スクロヴァチェフスキのブルックナーは、「重厚」「雄大」というようなキーワードと無縁、あるいは「大自然」「神への祈り」などというような要素とも無縁である。

これは、作曲家でもある氏の目を通し、いったん解体され再構築された「新しい音楽」なのであり、そのため、上記のような要素を重視して聴こうとすると肩すかしを食らうであろう。

しかし何度も聴けば、スクロヴァチェフスキによる細かい仕掛けや絶妙なテンポ、繊細なバランスにうならされること請け合いだ。

前述の来日時の超名演においては、もちろん細部への拘りもあったが、むしろスケール雄大で骨太の音楽が全体を支配していたので、当該演奏と比較すると、本演奏でのスクロヴァチェフスキは、前述のように各楽器間のバランスを重視するとともに、スケール自体も必ずしも大きいとは言い難いと言える。

もっとも、各楽器間のバランスを重視しても、録音の良さも多分にあるとは思われるが、重厚さを失っていないのはさすがと言えるだろう。

また、細部への拘りも尋常ならざるものがあり、その意味では楽曲の細部に至るまで彫琢の限りを尽くした表現と言えるのかもしれないが、いささかも違和感を感じさせないのはさすがと言えるだろう。

緩徐楽章などにおける旋律の歌い方には、ある種のロマンティシズムも感じさせるが、それが決していやではないのは、スクロヴァチェフスキがブルックナーの本質をしっかりと鷲掴みにしているからに他ならない。

各交響曲の演奏ともに出来不出来はさほど大きいとは言えないが、それでも、第00番、第0番、第1番、第2番及び第6番といった、比較的規模の小さい交響曲においては、スクロヴァチェフスキによる細部への拘りや各楽器間のバランスを重視するアプローチがむしろ功を奏しており、他の指揮者による名演と比較しても十分に比肩し得る素晴らしい名演に仕上がっている。

他方、第5番や第8番については、一般的には名演の名に値すると思われるが、そのスケールの若干の小ささがいささか気になると言えなくもない。

いずれにしても、本全集は、さすがに近年の演奏のような崇高な深みがあるとは言い難いが、現代を代表するブルックナー指揮者である巨匠スクロヴァチェフスキの名をいささかも辱めることのない、素晴らしい名全集と高く評価したいと考える。

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2015年03月15日


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スクロヴァチェフスキは、今日において現役として活躍している世界最高齢の巨匠指揮者であるが、ブルックナーの交響曲第7番については、DVD作品を含めて、既に4種ものレコーディングを行っているなど、自家薬篭中のものとしているところである。

本演奏は、現時点においては最新の5度目のレコーディングに相当するが、何よりも演奏時間が5種の演奏の中で最も長くなっており、とりわけ、これまで比較的速めのテンポで演奏することが多かった第3楽章及び終楽章のテンポがややゆったりとしたより重厚なものとなっているのが特徴である。

第1楽章は、ゆったりとしたテンポに乗って奏されるチェロの音色が実に美しく、ヴァイオリンのトレモロとのバランスも見事である。

ヴァイオリンから受け渡される低弦によるトレモロの刻み方も味わい深く、この冒頭部分だけでも全体を包み込むような深い呼吸を有したスケール雄大さを誇っており、抗し難い魅力に満ち溢れている。

その後も、各旋律を陰影豊かに美しく歌わせる一方で、各楽器セクションの響かせ方は常に明晰さを保って透明感を確保するなど美しさの極みであり、木管楽器やホルンの音色の1つ1つに意味深さがある。

時として、テンポを落としてフレーズの終わりでリテヌートをかけるなど、音楽の流れに明確な抑揚があるのも素晴らしい。

コーダ直前の底知れぬ深みを感じさせる演奏や、コーダの悠揚迫らぬ堂に入った表現もスケール雄大である。

それにしても、ロンドン・フィルの充実した響きには出色のものがあり、とりわけブラスセクションや木管楽器の優秀さには舌を巻くほどである。

第2楽章は、冒頭のワーグナー・テューバの奥深い響きと弦楽合奏のバランスの良い響かせ方からして惹き込まれてしまう。

ゆったりとしたテンポで、1音1音を確かめるような曲想の運びであり、時には止まりそうになるほどであるが、しみじみとした奥深い情感豊かさは、これまでの4種の演奏を大きく凌駕していると言えるだろう。

同楽章において、一部の指揮者は、全体の造型を弛緩させないために、強弱の変化やアッチェレランドを施して冗長さに陥るのを避けているが、本演奏においては、そのような小細工は一切弄しておらず、あくまでもインテンポを基調とした直球勝負の正攻法のアプローチで一貫しており、我々聴き手は、紡ぎ出される情感豊かな美しい音楽の滔々たる流れにただただ身を委ねるのみである。

例によって、スクロヴァチェフスキは、本演奏においても、ノヴァーク版に依拠しつつ、頂点においては、ティンパニを一発目の強打の後は徐々に音量を絞っていくという独自のバージョンによる演奏を展開しているが、賑々しさを避けているのは本演奏の性格からしても至当である。

その後のワーグナー・テューバやホルンの演奏の意味深さ、フルートの抑揚の付いた吹き方など実に感動的で、いつまでも本演奏が醸し出す奥深い美の世界に浸っていたいと思わせるほどである。

第3楽章は、前後半は、中庸の落ち着いたテンポによる演奏であり、これまでの4種の演奏よりも重厚さが際立っている。

ここでも、ロンドン・フィルのブラスセクションの充実した響きが実に魅力的である。

トリオは、ややテンポを落として情感豊かに歌い上げているが、各フレーズの表情付けの巧さは、もはや神業の領域に達していると言っても過言ではあるまい。

終楽章は、冒頭はやや速めのテンポでひそやかに開始されるが、その後はテンポを落として、落ち着いた足取りによる演奏が展開される。

ブラスセクションと弦楽合奏のバランス良い鳴らし方も巧みであり、重厚さにもいささかも不足はない。

随所においてテンポを落としてホルンによる意味深いコラールを響かせたり、ブラスセクションの咆哮にリテヌートを施したりするなど、これまでの4種の演奏と比較して表情の起伏が大きくなったようにも思われるが、それがむしろ功を奏しており、同曲の弱点でもある終楽章のスケールの小ささを微塵も感じさせないのは見事という他はない。

そして、コーダにおいては、微動だにしない荘重なテンポによる威容に満ちた壮麗なクライマックスを築き上げて圧倒的な高揚のうちに全曲を締め括っている。

なお、演奏終了後の拍手は収録されていない。

いずれにしても、本演奏は、スクロヴァチェフスキの5種ある演奏の中でも最も優れた演奏であり、今後、スクロヴァチェフスキが同曲をレコーディングするか予断は許さないところではあるが、現時点においては、スクロヴァチェフスキによる同曲の演奏の掉尾を飾るのに相応しい至高の超名演と高く評価したいと考える。

音質も、各楽器セクションが明瞭に分離するなど、素晴らしく鮮明なものと評価しておきたい。

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2015年03月13日


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世界的にブルックナー指揮者として高い評価を得ている“ミスターS”ことスクロヴァチェフスキの魅力を堪能できる1枚。

本盤に収められたブルックナーの後期作品は、大曲ゆえに映像タイトルがあまり多くなく、カラヤンとブーレーズのウィーン・フィルとの録音盤(DVD)以降、長らく新タイトルの登場を待ち望んでいた作品であるが、そんな長年の「渇望」を一気に癒してくれたのがこのBlu-ray名盤であった。

まずはライヴ盤だけに演奏に多少のキズはあるものの、日本のオケがここまで完成度の高いブルックナーを披露したことに賞賛を贈りたい。

スクロヴァチェフスキの年齢を考えれば、間違いなく貴重な記録となる作品であるが、それだけにとどまらず、演奏自体も十二分に聴き応えがある。

今や、ドイツものの重厚なシンフォニーに限って言えば、読売日本交響楽団が日本のトップと言って良いかもしれないと思ったほどである。

まさか日本のオケがここまで完璧にブルックナーの神髄に迫る演奏を聴かせてくれるとは、まったく想像すらできなかった。

しかも、録り直しなしの「一発ライヴ録音」でこの演奏水準を出せたということが二重の驚きだ。

日本のオケの演奏技術が向上したというのもあるのだろうが、綿密なリハーサルの積み重ねと共に、指揮者スクロヴァチェフスキの統率力、即ちタクトの力が大きいのであろう。

音響の諸相を明晰に、魔境を鮮烈に「映し出す」驚異の職人芸、あくなき芸術的探究心と覇気を掲げた老匠の指揮に、懸命に応えるオーケストラ。

マエストロの至芸、渾身の演奏、スケール感という、いつもの褒め言葉で事足りるブルックナーではない。

指揮者の精緻な「こだわり」が生きた、壮絶かつ豊穣な音楽づくりであり、ライヴの凄み、ここに極まる、と評したい。

ここに聴く、観るブルックナーは、いずれも音の巨大な塊が押し寄せてくる、モノクロームのブルックナーではなく、巨匠がこれまでの歩みを振り返り、感慨にふけった演奏でもない。

ここぞという場面での、剛毅さ、決然とした運び、創りに驚き、響きの美しき綾に酔いしれる。

そんなスクロヴァチェフスキの秘技をも、カメラは捉えた。

マエストロの好きな言葉「音楽の律動」を目の当たりにすることも出来る、画期的なライヴ映像の誕生だ。

ザールブリュッケン放送交響楽団とのスタジオ録音も良い演奏であったが、今回の演奏はそれを技術と音の美しさで凌ぐ名演中の名演である。

  
加えてBlu-rayならではの映像の美しさ、さらに、奏者を的確に捉える画面構成と、指揮者の解釈をも映像に反映した映像チームの力量は、NHKの番組をも凌駕するものと言えるだろう。

ぜひ来日オケや、サイトウ・キネンなどもこのチームに作って欲しいと願ってしまう。

また、5.1chサラウンドの効果も目覚ましいものがあり、響きも楽しく、がっしりとした低弦群の土台の上に、美しい中高弦楽器群と管楽器のサウンドが重なり、えも言われぬ美しい音の「ピラミッド」が形成される。

演奏時は違和感なく演奏に集中でき、カーテンコールではより臨場感を持って体感することが出来た。

スクロヴァチェフスキが80歳半ばを過ぎてなお、その指揮芸術がますます深化していることを十二分に窺い知ることが可能であると言えるところだ。

また、大曲2曲で1枚ということを考えれば、価格も良心的と言って良いと思う。

スクロヴァチェフスキには、今後とも出来るだけ長生きしていただいて、ブルックナーの交響曲をできるだけ多く演奏・録音して欲しいと思っているクラシック音楽ファンは筆者だけではあるまい。

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2014年10月26日


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本盤にはブラームスの交響曲第4番とハイドンの主題による変奏曲が収められているが、スクロヴァチェフスキ&読売日響は、既にブラームスの交響曲第1〜3番を録音していることから、本演奏はまさにスクロヴァチェフスキ&読売日響によるブラームスの交響曲全集の完結編ということになる。

また、スクロヴァチェフスキは、ハレ管弦楽団とともにブラームスの交響曲全集をスタジオ録音(1987年)しており、本盤を持って2度目の全集の完成ということになるが、演奏内容については、今般の2度目の全集の方がダントツの素晴らしさと言えるだろう。

そして本盤の第4番の演奏も、スクロヴァチェフスキによる2度目のブラームスの交響曲全集の掉尾を飾るに相応しい至高の圧倒的な超名演に仕上がっていると高く評価したい。

ブラームスの交響曲第4番のこれまでの他の指揮者による名演としては、シューリヒトやムラヴィンスキーなどによる淡麗辛口な演奏や、それに若さを付加したクライバーによる演奏の評価が高く、他方、情感溢れるワルターや、さらに重厚な渋みを加えたベームによる名演、そして本年に入ってSACD化が図られたことによってその価値が著しく高まったドラマティックなフルトヴェングラーによる名演などが掲げられるところだ。

これに対して、スクロヴァチェフスキによる本演奏の特徴を一言で言えば、情感豊かなロマンティシズム溢れる名演と言ったことになるのではないだろうか。

もっとも、ワルターの演奏のようなヒューマニティ溢れる演奏とは若干その性格を異にしているが、どこをとっても歌心に満ち溢れた豊かな情感(感極まって、例えば第1楽章などスクロヴァチェフスキの肉声が入る箇所あり)を感じさせるのが素晴らしい。

それでいて演奏全体の造型は堅固であり、いささかも弛緩することはない。

加えて、第3楽章の阿修羅の如き快速のテンポによる畳み掛けていくような気迫溢れる豪演など、86歳の老巨匠とは思えないような力感が演奏全体に漲っているが、それでも各楽章の緩徐箇所においては老巨匠ならではの人生の諦観を感じさせるような幾分枯れた味わいをも有しているところであり、その演奏の彫りの深さと言った点においては、これまでの様々な大指揮者による名演にも比肩し得るだけの奥行きのある深遠さを湛えている。

また、すべてのフレーズに独特の細やかな表情付けが行われており、終楽章のゆったりとしたテンポによる各変奏の巧みな描き分けも含め、演奏全体の内容の濃密さにおいても出色のものがあると言えるだろう。

いずれにしても、本演奏は、現代最高の巨匠指揮者スクロヴァチェフスキが最晩年になって漸く成し得た至高の超名演と高く評価したい。

ハイドンの主題による変奏曲は、まさに老巨匠ならではの職人技が際立った名演奏。

各変奏の描き分けの巧みさは、交響曲第4番の終楽章以上に殆ど神業の領域に達している。

加えて、各フレーズの端々に漂う豊かな情感においても、そしてその演奏の彫りの深さにおいても、同曲の様々な指揮者による名演の中でもトップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

読売日本交響楽団も、崇敬する巨匠スクロヴァチェフスキを指揮台に頂いて、その持ち得る実力を十二分に発揮した渾身の名演奏を展開しているのが見事である。

ホルンなどのブラスセクションや木管楽器なども実に上手く、弦楽合奏の豊穣さなど、欧米の一流のオーケストラにも匹敵するほどの名演奏とも言えるだろう。

なお、本盤で更に素晴らしいのは、マルチチャンネル付きのSACDによる極上の高音質録音である。

各楽器の位置関係までもが明瞭に再現される臨場感溢れる鮮明で豊穣な高音質は、本超名演の価値をより一層高いものとしていることを忘れてはならない。

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2014年09月16日


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卓越したオーケストラ・ビルダーとしての手腕を発揮し、ザールブリュッケン放送交響楽団をドイツ屈指のオーケストラに育て上げたスクロヴァチェフスキのベートーヴェン交響曲全集の登場だ。

ギュンター・ヴァントや朝比奈隆亡き後ブルックナー指揮者として高い評価を受けている巨匠スクロヴァチェフスキのベートーヴェンは、ベーレンライター版を使用しているせいもあるが、非常に切れ味の良い颯爽とした若々しい演奏である。

年輪を重ねた枯淡な味わいとは一線を画するエネルギッシュな演奏でもあり、また同時にため息が出るくらいに巧い演奏である。

精緻をきわめたサウンド、余情を排した快速テンポによる進行の中に満載された情報量には圧倒されるばかりで、長いキャリアに裏打ちされた語彙の豊富さはもちろん、時代考証まで視野に入れてそれらを自由自在に操る手腕の冴えはまさに完璧で、さすがスクロヴァチェフスキというほかはない。

いわゆるモダン楽器による伝統的なアプローチにおける典型的なスタイルで貫かれているが、オリジナル楽器によく聴かれる先鋭的なサウンドとモダン楽器の豪華なサウンドが非常にいいかたちでマッチしたサウンドである。

疾走するテンポや躍動するリズムの素晴らしさは言うまでもないが内声部を強調した立体的な音作りは非常に特徴的で新鮮な音が堪能できる。

つまり歯切れが良い演奏であり、かつ重厚でしっかりとしたサウンドで、現代における理想的なベートーヴェン像がここにある。

さらにこの録音では前述のように内声部が良く聴こえる演奏で、音楽に深みと多重性を感じさせる演奏になっていて、縦割りしたような強靭な推進力とこの明晰な見通しの良い演奏が特徴的である。

そこへきてザールブリュッケン放送響の重厚な音色とサウンドであるのにもかかわらず、明快でエネルギッシュな演奏であり、主観的な深い精神性などは皆無で、極めて即物主義的な雰囲気をもっている。

トスカニーニやセルなどと同じ系譜に立っているように感じられるところでもあり、流れていく旋律が非常に太いのであるが決して音楽が停滞しない。

よく聴くと、とにかく端整で整然とした演奏であり、この「端整」と「整然」の極地が品格を持った「抒情性」というものであるのだろう。

折り重なっていく音とそれを形成する構成などという音楽の感覚を横のラインで捉えていく手法というよりも、サウンドは非常に太く重厚であるのにもかかわらず指揮者は絶えず音楽を縦方向からの視点で捉えているところに発生する微妙なバランス感覚があり、非常に新鮮である。

長年手塩にかけたアンサンブル、ザールブリュッケン放送響の高度な実力は言うまでもないところであるが、ここではバイエルン放送合唱団の技量も素晴らしく、オケともども見事に透明な響きを聴かせてくれる。

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2014年09月14日


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2003年5月 ベルリン・フィルハーモニーに於けるライヴ録音。

巨匠スクロヴァチェフスキが、近年客演を繰り返すドイツの名門ベルリン・ドイツ響(旧西ベルリン放送響)の優秀さを存分に生かし、稀に見る緊張感を孕んだ強烈な演奏の登場で、これは確かに素晴らしい演奏だ。

スクロヴァチェフスキは、当曲をマンチェスターのハレ管弦楽団とも録音していたが、オーケストラの能力には如何ともし難い部分があったのは事実であり、今までどうしても優秀オケとの共演盤に恵まれなかっただけに、この演奏は歓呼を持って迎えられた。

スクロヴァチェフスキは、オーケストラに対し非常に要求の厳しい指揮者であり、その指示命令を完璧にこなすには、相当の技量を持ったオーケストラでないと上手くいかないことは、ファンなら良く知る所と言えよう。

ムラヴィンスキーを想起させる辛口でキリリと引き締まった快速テンポが採用され、変幻自在な棒さばきにベルリン・ドイツ響が見事に反応する様子は魔術のようである。

音量の強弱、大小のコントラストの強さは、凄絶を極めているが、指揮者が音楽をあまり締め付けず、手綱を緩めた結果、オケの自在性がその潜在力を最も発揮した例のように思われる。

ベートーヴェンでもブルックナーでも、スクロヴァチェフスキはあまりに厳格なコントロールがやりすぎの感を抱かせるときがあり、それが音楽をスケールの小さなものにしている気がする。

そんな演奏は「箱庭」の音楽などと揶揄されるが、ベートーヴェンでも「第9」やブルックナーでも「第6」(CD)、「第7」(ザールブリュッケン放送響の東京公演)など、はまった演奏のときは大抵オケに自在感があり、揺るぎない造形の上に一期一会の名演となる。

オーケストラのアルチザンとしては、造形の破綻は言語道断なのであろうし、造形を揺るがせてまで表現に賭けるという、あるいは造形には目を瞑って表現に賭けるなどということは、スクロヴァチェフスキには考えられないことなのだろう。

これが、ヨーロッパ・シリアス音楽の伝統というものであるが、その職人性が度外れな場合、悪くすると凝り固まった凡演ともなる。

CDのブルックナー全集は多くがそうしたものだったが、これは、いずれも造形に対する執拗な追究が音楽から色や艶を拭い去り、曰く言い難いインスピレーションを消去してしまうのだろう。

本ディスクは、スクロヴァチェフスキの美点がすべてプラスとなって、近年では、インバル&都響と並んで稀に見る名演となっている。

ショスタコーヴィチを愛する人は勿論、初めて聴く人にも一番にお薦めできる。

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2013年12月31日


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明晰で妥協のないアプローチで、ミスターSの真価が遺憾なく発揮されたプロコフィエフ。

ようやく晩年になってからその凄い実力が正当に評価され始めた指揮者として、故ギュンター・ヴァントと並ぶ存在のスクロヴァチェフスキ。

作曲家でもあるスクロヴァチェフスキは、ブルックナーなどのドイツのメインストリームを特に得意としているが、これまで発売されたCDでのカップリングでもわかるように、近現代の作曲家の作品も得意としている。

本盤は、そのようなスクロヴァチェフスキの実力が存分に発揮された名演と高く評価したい。

プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」は、近年では多くの指揮者による録音が相次いでいる有名曲であるが、そのような数々の演奏の中でも、最上位に掲げられる名演と言える。

スクロヴァチェフスキの指揮は、ブルックナーを指揮する時のようなインテンポではなく、各場面ごとの描き分けを巧みに行い、テンポの大きい変化やダイナミックレンジを相当に幅広くとるなど(特に、有名なモンタギュー家とキャピュレット家で顕著)、ドラマティックな演奏を行っているが、それでいて各組曲全体の纏まり具合も完璧。

曲によってややばらつきがあるものの、全体的に透明感のある音楽で、なかなか聴き応えがあり、ひとたび聴き始めたら最後まで耳をそらせなくなる求心力あふれる演奏と言えるだろう。

オーケストラに、ドイツの名オーケストラであるケルン放送交響楽団を起用したのも大正解であり、重心の低い腰の据わった深みのある音質も大きな魅力だ。

「ロメオとジュリエット」は、バレエ音楽ではあるが、本演奏では、あたかも一大交響曲のようなシンフォニックなスケールの大きさが全体を支配しているとも言える。

音質が素晴らしく鮮明なのも、本名演の価値を高めるのに大きく貢献している。

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2013年12月30日


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1923年生まれの現役最長老指揮者(2012年時)スクロヴァチェフスキが、第8代常任指揮者を経て桂冠名誉指揮者となっている読売日本交響楽団と完成させた、ブルックナーの後期交響曲をセットにしたアルバム。

スクロヴァチェフスキは、ヴァントや朝比奈、ザンデルリンクが他界した今、ブルックナーを得意とした巨匠の最後の生き残りである。

より若い世代では、ズヴェーデンやヤングなどがいるが、まだ円熟の域には達していないのではないかと思われる。

既に、スクロヴァチェフスキは89歳であり、これから遺される録音は、貴重な遺産としていずれも見逃すことができないだろう。

「第7」は冒頭の弦楽のトレモロから、あたかも聖フローリアンを吹く一陣のそよ風のような至純の美しさであり、その後は、ゆったりとしたテンポによる巨匠の歩みで曲想を進めていく。

テンポは微妙に変化するが、恣意的な箇所を聴くことはない。

造型は堅固であるが、スケールは雄渾の極み。

弦楽器も管楽器も実に美しい音色を出しており、トゥッティにおいても金管楽器はいささかも無機的な音を出すことはない。

これは、巨匠スクロヴァチェフスキの圧倒的な統率によるところも大きいが、これに応えた読売日響の抜群の力量も大いに賞賛に値する。

特に、第1フルート奏者や第1ホルン奏者は特筆すべき圧巻の技量を誇っている。

これほどの高みに達した演奏になると、聴き手は、滔々と流れる極上の音楽にただただ身も心も委ねるのみだ。

「第8」は演奏が開始されると、冒頭の心底から絞りだすような低弦の響きからして、もはやこの世のものとは思えないような次元の高い音楽だ。

一部の高名な批評家からは、朝比奈やヴァントのブルックナーに比して、スクロヴァチェフスキのそれは、やたらバランスを重視し過ぎとの批判も寄せられているが、本CDからは、そのような欠点はいささかも感じられない。

第1楽章では、さすがに来日の疲れもあるのか、やや調子に乗り切らないところもあるように思うが、第2楽章からはほぼ完璧。

第3楽章の清澄な音楽は、巨匠スクロヴァチェフスキとしても、最晩年に至って漸く到達し得た至高・至純の境地と言える。

終楽章の、ややテンポを速めに設定した生命力溢れる力強い指揮ぶりは、もはや86歳(当時)の老巨匠の指揮とは思えないような迫力である。

「第9」は第1楽章の冒頭から実に荘重で深沈とした開始であり、ここだけでも他の指揮者とはそもそもものが違う。

ただ、いささか残念なのは中間部で、テンポをやたらいじっていることだ。

これでは音楽が矮小化してしまわないか。

本盤でマイナス点を指摘するとすればこの部分であり、他の箇所が素晴らしいだけに大変残念だ。

終結部は再びインテンポによる堂々たる進軍だ。

第2楽章は凄まじいスピードだ。

それでいて、金管楽器などは決して上滑りすることなくしっかりと鳴り切っており、迫力においてもいささかの不足はない。

そして本名演の白眉は終楽章。

これは、ヴァントや朝比奈にも匹敵する至高・至純の高みに達していると思う。

ゆったりとしたインテンポで一貫しており、スケールの雄大さにおいても比類がない。

まさに、スクロヴァチェフスキのブルックナー演奏の総決算であると高く評価したい。

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2011年09月07日


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本盤に収められたブルックナーの交響曲全集(00番、0番を含む)は、ヴァントや朝比奈が崇高な超名演の数々を成し遂げていた1991年〜2001年にかけて、スクロヴァチェフスキがザールブリュッケン放送交響楽団とスタジオ録音を行ったものである。

本演奏でのスクロヴァチェフスキは、各楽器間のバランスを重視するとともに、スケール自体も必ずしも大きいとは言い難いと言える。

むしろ細かな工夫で知られるスクロヴァチェフスキならではの刺激に満ちたアプローチが随所で楽しめる内容である。

もっとも、各楽器間のバランスを重視しても、録音の良さも多分にあるとは思われるが、重厚さを失っていないのはさすがと言えるだろう。

また、細部への拘りも尋常ならざるものがあり、その意味では楽曲の細部に至るまで彫琢の限りを尽くした表現と言えるのかもしれないが、いささかも違和感を感じさせないのはさすがと言えるだろう。

緩徐楽章などにおける旋律の歌い方には、ある種のロマンティシズムも感じさせるが、それが決して嫌にないのは、スクロヴァチェフスキがブルックナーの本質をしっかりと鷲掴みにしているからに他ならない。

各交響曲の演奏ともに出来不出来はさほど大きいとは言えないが、それでも、第00番、第0番、第1番、第2番及び第6番といった、比較的規模の小さい交響曲においては、スクロヴァチェフスキによる細部への拘りや各楽器間のバランスを重視するアプローチがむしろ功を奏しており、他の指揮者による名演と比較しても十分に比肩し得る素晴らしい名演に仕上がっていると言える。

他方、第5番や第8番については、一般的には名演の名に値すると思われるが、そのスケールの若干の小ささがいささか気になると言えなくもない。

いずれにしても、本全集は、さすがに近年の演奏のような崇高な深みがあるとは言い難いが、現代を代表するブルックナー指揮者である巨匠スクロヴァチェフスキの名をいささかも辱めることのない、素晴らしい名全集と高く評価したい。

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