レオンハルト

2016年10月22日


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第101番冒頭の合唱は、アーノンクールの思い切った表現が効を奏し、緊張に満ちた表現を築いている。第102番では第4曲のバスのアリオーソはよいが、テノールのアリアは劇的になり過ぎている。このカンタータではエスウッドの声の美しさが印象に残る。第103番はまず冒頭の合唱が素晴らしい。音程に甘さはあるが、実にきっちりと揃っているし、リズムの切れもよい。エスウッドのアリアもしみじみした表情を宿している。第104番ではアーノンクールのアクセントの強調が気になるが、独唱者たちがそれを補っている。第105番は全体的にあまりよい演奏ではないが、第106番では独唱者、合唱、合奏団ともに立派な演奏を示しているし、作品そのものも素晴らしい。第107番はボーイ・ソプラノがしっかり歌えており、エグモントのバスも軽やかなリズムを快く歌い出しなかなかの好演。第108番および第109番のテルツ少年合唱団は、歌い込みの行き届いた見事な歌いぶりだし、第109番のエスウッド、エクヴィルツも見事だ。第110番ではアーノンクールらしい現代的なリズム処理をみせ、一気に演奏している。少年達の独唱も印象深く、合唱も生気に溢れていて気持ちがよい。第111番のテルツ少年合唱団は好演。エスウッドの叙唱も冴えている。第112番もエスウッドのアリアが見事だ。第113番のレオンハルトではアーノンクールと別な伸びやかなバッハが聴かれる。第114番はコーラスが充実し、アリアをエクヴィルツが実に美しく歌っており、フラウト・トラヴェルソとの見事な絡み合いを聴かせてくれる。第115番はアーノンクールらしい緊張と弾力に満ちた音楽を作り、第2曲のエスウッドの流麗な歌唱が美しく、第4曲のボーイ・ソプラノも懸命な歌唱ぶりを聴かせる。第116番はコラール合唱の多彩な表現の中に、大きな音楽のうねりを聴く者の心の中に押し寄せてくる。第117番は華麗な色彩に溢れ、レオンハルトらしく伸びやかな表現である。第119番はエスウッドの成熟した歌唱が聴きものだ。第120番はエスウッドが最初から円熟した歌いぶりで見事。テルツ少年合唱団もなかなかしっかりした合唱を聴かせている。第121番はエクヴィルツ、エスウッド、フッテンロッハーともどもよく歌っている。第123番は冒頭の合唱が充実していて、生き生きとした生命を漲らせている。バスのホルは音楽的表出力が豊かだ。第124番はテルツ少年合唱団が健闘し、ソプラノとアルトの二重唱の2少年がよく歌っている。第125番は冒頭のコラール合唱が規模の大きな作り方をみせている。第126番は動きの激しい戦闘を表す音型をアーノンクールが独特の鋭角的表現で劇的に展開する。第127番はレオンハルトが“死と永遠”“受難と復活”を慎み深く描き出し、エグモントの深い歌いぶりも印象的。第128番は冒頭のホルンが、古雅な音色と華麗なテクニックで見事な演奏を聴かせる。第129番はレオンハルトらしい穏健なまとめぶりで、オーボエ・ダモーレとヤーコプスの声の音色がぴったり合って美しい。第130番はアーノンクール好みのティンパニが雄弁だが、弦を消しがちなのが気になる。第131番の導入のシンフォニアと合唱は伸びやかで美しい出だしだ。第132番は第1曲からソプラノの長大なメリスマを含むアリアだが、この難技巧のアリアをボーイ・ソプラノが見事に歌い切っている。第133番はコラール・カンタータの形をとっているが、合唱の占めるウェイトはそれほどでなく、むしろ独唱陣と器楽陣が充実した音楽を展開していて、レオンハルトの腕の見せどころでもある。レオンハルトの中庸をゆく表現はいつも通り。第138番は優れた出来で、第1曲の合唱ではアーノンクールの引きずるような重い運びが、テキストの意味をよく反映している。波打つような癖のある強弱の扱いも、曲の性格のせいか気にならない。また第9曲のアリアでのホルの歌唱が素晴らしく、バッハの書いた旋律を美しく生かしている。作品としても最も充実したもののひとつだ。第139番もよいまとまりを示し、ホルの歌唱も光る。レオンハルトの第143番、第144番の2曲は、美しいバランスのとれたアンサンブルと合唱を展開している。アーノンクールは第146番で素晴らしいエネルギーを噴出させている。開始のシンフォニアでの沸騰する情熱に、オリジナル楽器が巧みにフィルターをかけていく呼吸は見事だし、続く第2曲への対比も鮮やかだ。アーノンクール会心の演奏であり、エスウッドがこれまた最高といってよいほどの名唱。バッハの全カンタータ中、最も人気のある第147番には音楽の生命の自然な営みが示され、アーノンクールの進境と円熟がみられる。第151番での信じがたいほどの美しいボーイ・ソプラノを始め、全曲を通して独唱陣が極めて充実している。第152番はクリスマス後日曜日用のもの。第6曲のソプラノとバスの二重唱が印象深い。第153番は新年後の日曜日用で、第8曲のアルトのアリアが美しい。第154番はM.ヤーンのイエス思慕のコラールによる合唱曲がなんとも優しい気分を描き出す。ハイライトは第7曲のアルトとテノールの二重唱。第155番は第2曲が印象的。第156番の導入部分のシンフォニアは名旋律だ。第157,158,159番でレオンハルトは落ち着いた展開の中にバッハのよさを自然に表しており、テノールのエクヴィルツも安定したテクニックで危なげがなく、バスのエグモントも好演している。なかでも第157番が作品、演奏ともに素晴らしい。第161,162,163番は、アーノンクールの歌詞の内容に則した表現の変化と、劇的な音楽の扱いや音符の扱いなどに細やかな配慮が感じられる。第167番でのアーノンクールの指揮は聴きもので、キビキビした音の運びの中に優しさが加わっているのがいい。歌手も好調。第169番も冒頭のシンフォニアから活気が溢れている。この曲はアルトのソロ・カンタータでもあるが、エスウッドがいい。第170番は各曲の性格をレオンハルトが穏健な表現でよくまとめており、第172番も飾り気のない素朴な表現だが力強い。アーノンクールによる第173番は出色で、エクヴィルツが最初から引き締まった歌いぶりを示し、コンツェントゥス・ムジクスも瑞々しい表現を展開している。第174番もアーノンクールが最初のシンフォニアから積極的な指揮で、生気に満ちた演奏を行っている。第175番には最初のレチタティーヴォと第2曲のアルトのアリアに3本の堅型フルートが付されており、その鄙びた響きがレオンハルトの素朴な表現と合致して快い。第177、178、179番はアーノンクールが前進性に富んだテンポや各楽器の動きの線の明確化を目指しており、第178番冒頭のコラール合唱が力強く劇的な表現だ。第180番はボーイ・ソプラノが力及ばず、発声も柔軟さを欠く。第181番はエグモントのバスがしっかり歌って安心させる。第182番はコーラスもソロも緊張感に満たされ、充実した演奏。第183番はエクヴィルツがしっかり歌っており、どんなパッセージも空白な箇所を残さない。第184番はカウンター・テナーとボーイ・ソプラノがぴったり合っているし、コーラスもよく、リズムのさばきも見事。第185番はアーノンクールが性急なテンポで、いまひとつの余裕がほしいが、ハンプソンのバスは説得力のある歌を聴かせる。第186番は古楽器奏法に合わせた合唱の様式的唱法がやや煩わしいが、ホル、ヴィテクが見事に歌っている。第187番ではレオンハルトがおっとりと暖かいバッハを作り出している。第188番はアーノンクールらしいパワフルな演奏で、エスウッドも素晴らしい歌唱を聴かせる。第192番でアーノンクールは2つの合唱曲を、溌剌としたリズムと明るい響きによって極めて生き生きと再現しており、合唱団・合奏団の音の動きも明快で優れた演奏だ。第194番では舞曲調のリズムを軽やかに生かし、よくまとめあげている。独唱ではハンプソンの整った美しい歌唱が光る。第195番ではレオンハルトが華やかさを抑え、どっしりとしたリズムで滋味溢れた演奏を展開している。アーノンクールは第196番の優美な曲調をよく生かしているし、テルツ少年合唱団もしっかりと歌っており充実した演奏が聴かれる。第197番ではレオンハルトが落ち着きのあるしみじみとした演奏を展開し、ヤーコプスのアリアが心に残る。第198番は感動的な演奏でいぶし銀のような響きと、穏やかな音の中から死を悼む切実な心が伝わってくる。第199番でのボニーは美しい歌唱だが、甘く流れ過ぎている。

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2016年10月20日


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アーノンクールとレオンハルトというバッハの権威を2つの柱に据え、オリジナル楽器を使って原典に忠実な再現を目指したシリーズ。アーノンクールのリズムを強調した先鋭に加え、現代におけるバッハへのアプローチの新視点に対し、かたやレオンハルトの穏やかな自然体の暖かさの中で、これも新しいバッハ像の確立と、それぞれの受け持ちナンバーから様々なバッハが見えてくるのも楽しい。精密な考証で現代にあるバッハの命をふくよかに伝え、学問的リゴリズムに陥らず、バッハ当時の音楽再現と共にひとつのスタンダードな演奏法を確立しているカンタータ大全集で、10年以上もかけて完成した労作だけに、入念な考証、演奏法、テキスト・クリティックが素晴らしい。目の覚めるような新鮮な演奏で、合唱、独唱、楽器陣、いずれも神への賛美と感謝の心が漲っている。一桁のナンバーでは少年たちが何という美しい声をきかせてくれることだろう!合唱指揮者ギレスベルガーの徹底した指揮もあってのことだろうが、信じがたいほどの充実ぶりで、ソロも素晴らしい。教会の中で聴く場合は別にして、この手の録音には少年たちの受け持つソプラノやアルトの音程が定まらないことや、ヴィブラートのない直線的な声と男声パートの間に隙間が感じられたりするが、ここにはそういう心配がまるでない。第10番は「マニフィカト」のドイツ語版。レオンハルトの演奏は、合唱(テノール、バス)がやや暴走気味なのが惜しい。第11番は、カンタータというよりむしろ“昇天祭オラトリオ”とでも称すべき作品だが、ここでのアーノンクールの指揮はまろやかな音を前面に押し出して堅実な構成を見せている。歌い込みも充分で、各曲の対比感がうまく捉えられている。第12番は細やかな配慮が随所に感じられ、この曲の持っているロマン的性格をエクヴィルツ以下の歌手が恐れずに表出している。第13番は曲が第12番と比べて難しく、バスのアリアも妙なアクセントがついている。第16番は冒頭のコラールを歌う少年合唱の発声がウィーンのものと違ってひどくローカルなのが残念。アーノンクールはできる限りの原典考証を学究的研究で突き詰め、不備な書法を補いながら優れた演奏を刻んでいる。特に第18番の第3曲は難曲だが、ここでの完璧なメリスマ唱法と通奏低音の気魄のこもった応答には頭が下がる。ソプラノ、テノール、合唱共に名演である。第19番の合唱も熱の入ったもので、1音符ともゆるがせにしない。第20番も全篇を通じて楽器の選び方に細心の注意が払われている。第21番は、バッハの青年時代のカンタータの総決算とも言うべき最も壮大な記念碑である。アーノンクールを始め、メンバーの呼吸の合った演奏は見事で、深い敬意を払わずにはいられない。第22,23番は、共に1723年2月7日の聖日のために作曲されたものだが、第23番の方が作品としては強い説得力に溢れ、深い感動を聴く者に呼び起こす。レオンハルトの指揮も熱っぽい演奏で生き生きと描いている。第24番は“三位一体祭”後第4日曜日用のカンタータで、ノイマイスターの台詞によっている。第25番も第14日曜日のためのもので、冒頭第1曲の合唱におけるコラールの扱い方が見事。第16日曜日のための第27番は優れた内容と技法を持っており、充実した演奏でアンサンブルもよい。第28番は第1曲のソプラノのアリアの音楽的表現力の確かさが優れており、第29番では第3曲のテノールのアリアが、エクヴィルツの数多いバッハの中でも特にその音楽性の豊かさで抜きん出ている。第30番でも独唱者がよく歌い、舞曲のリズムや切分音の特徴あるリズムを生き生きと描き出している。第31番は、初演当時の演奏様式の再現として短三度も上の調性で演奏されており、多少無理押しした感じもあるがそう気にならない。第32,33番では、レオンハルトが緊張感に満ちた好演をみせ、エグモント、ヤーコプスがそれぞれ美しい歌唱を聴かせる。第34番でのエスウッドの円熟したアリアも素晴らしい。ここではアーノンクールが目立たないようにテンポを効かせながら、曲にニュアンスを添えている。第35番は、アルトのためのソロ・カンタータとしての性格に多彩な変化を与えており、エスウッドの円熟した歌唱が聴きもの。第36番は2本のオーボエ・ダモーレが雅びた音色の中に美しく演奏され、ウィーン少年合唱団員が清澄な歌唱を聴かせてくれる。第37番では、デル・メールによるアリアが美しい。レオンハルトが指揮した第39、40番では、デビュー当時のルネ・ヤーコプスの若々しいカウンター・テノールが、エスウッドとは一味違った色彩感いっぱいの歌唱を繰り広げる。第43番は第7曲のバスのアリアにおけるC管無弁トランペットの至難なパッセージでも、この超絶技巧を見事に克服し、歌ともども名演の極致を聴かせる。第44番では第3曲のアルトとオーボエのかけ合いが美しく、第4曲のコラールを支えるファゴットの慰めに満ちた音色とエクヴィルツの緊張感が感動的に対照を作っている。第45,46番はヤーコプスがまだ若い故の気負いがあるが、美しい声質だ。第47番から第50番にかけては、アーノンクールの強力な統率力がうかがわれる。ウィーン少年合唱団のイェーロジツがなかなかの名唱で、明るく澄んだ声と正確なパッセージの歌唱はなかなかのもの。第49番の新郎と新婦の対話など微笑ましい。第51番のボーイ・ソプラノのクヴェックジルバーは、なまじ生活感情の入り込まぬ子供の無垢な心で全く見事に歌い切っており、子供というものの可能性の無限への広がりに驚嘆の念を禁じ得ない。レオンハルトは第54番で、このテキストの熱烈なムードがそのまま反映した音楽を生々しく描き出しており、第55番においても非常に緊張力に富んだ演奏を展開している。第57番でアーノンクールは、テキストと音楽を突き詰めてのアゴーギクやフレージング、アーティキュレーションを効果的に用いながら曲を進めている。この第5曲目のアリアの至難なパッセージを、バスのデル・メールが驚くべき正確さと音楽性をもって歌い切っているのも驚嘆させられる。第58番のボーイ・ソプラノも不完全な部分はあるが、健気で一途な歌いぶりには不思議な感動に誘われる。第61番から第64番にかけては喜ばしい気分の曲が並んでおり、古楽器を使いながらも現代的感覚を生かそうと付点音符の扱いをやや鋭くしたり表情を細分化したりして、待降節のふくらむ気持ちを描き出そうと試みているが、テルツ少年合唱団が実力不足で、アーノンクールの意図に沿いきれていない。総じて、緻密な仕上げが感じられず、何とも不満足な出来。第65番はデル・メールの朗々たる歌いぶり、エクヴィルツの音楽的充実が快い興奮を誘う。第66番はエスウッドとエクヴィルツの音色が実によくマッチして名唱。第67番はテンポの変化の難しい曲だが、指揮のレオンハルトが自然な流れの中にこれを捉え、成功している。ハノーヴァー少年合唱団の素直な歌いぶりもよい。第68番はイェーロジツが見事な歌唱を聴かせる。第69番から第72番にかけてはテルツ少年合唱団は引き締まった音色と音楽を作り出している。殊にボーイ・ソプラノのヴィードツが健闘して、感動的な歌を聴かせてくれる。音楽的な成熟が感じられ、大人も及ばないような立派なアリアだ。アーノンクールは全編に漲る劇的な世界をリアルに表現するように心がけている。なかでも第2部のバスのアリアは見事な歌い込みだ。第73番冒頭からレオンハルトはアクセントのはっきりした音色設定を試み、合唱もマルカート唱法で進められ、各フレーズの相関的遠近感覚がくっきり浮かび上がってくる。合唱は、子供ながら感情のこもった表現と言葉に対する鋭敏な反応を示している。第74番第4曲のバスのアリアにおけるエグモントは極めて好調。第75番のクラウスのレチタティーヴォとアリアが技巧的にも余裕があっていい。第76番は、冒頭の合唱からテルツ少年合唱団の声の不透明さとリズムの切れの悪さが気になる。アーノンクールはそれを是正しようとかなり無理なドライヴをしている。第77番のハノーファー少年合唱団は、テルツ少年合唱団に比べると引き締まった演奏を聴かせる。第78番はソプラノもよく歌えていて、音色もリズムもぴったりと合っていて見事。リズムの処理は全体的に鋭い。第80番から第83番は4曲すべてアーノンクールのチームによる演奏で、鮮烈な響きの感覚と躍動感に溢れている。第80番と第82番が名作として知られ、特に前者でのエスウッドとエクヴィルツが充実しており歌唱も美しい。その他の男声はボーイ・ソプラノを含めて少しばらつきがあり、合唱も表情が淡泊だが全集としての安定感には欠けていない。第83番は今となっては表現がいささか古めかしくなった。第84番は冒頭から全曲にわたりオーボエの美しい音色とフレージングの豊かさが強い印象を与える。ヴィードルも立派に歌っていて見事だ。第86番はオーボエ・ダモーレが印象的。第87番はソリスト達が冴え、白眉とも言うべき名演。第88,89番ではエグモントが余裕たっぷりに歌い、第90番は無弁トランペットが強烈な印象を残す。第95番はエクヴィルツが印象深い歌唱を展開する。第96番はフッテンロッハーが名演で、清潔な音楽作りの中にバッハをゆったりと実感させてくれる。第97番は冒頭の合唱に珍しくフランス風序曲の形式がとられ、合唱と器楽の輝かしい協奏が繰り広げられる。それぞれのソリスト達も力演している。第98番はエスウッドのレチタティーヴォが深い表現を聴かせている。第99番は第3曲のテノールのアリアが曲として美しく、第100番は第2曲のテノールとアルトの二重唱が2人がよく和して美しい。

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2016年07月13日


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仏ディアパソンによる編集で昨年リリースされた『17世紀のクラヴサンとオルガン』と題したグスタフ・レオンハルトの3枚組のアルバムで、音源はソニー・クラシカルが中心になっている。

録音は彼の初期のもので、例えばCD1フローベルガー作品集は1962年、彼が33歳の時のセッションで1640年製のルッカースの小型チェンバロを弾いている。

その他の曲も1968年及び79年に収録されているが、いずれもヒストリカル楽器を使っていてこの内ハインリヒ・シャイデマン、ニコラウス・ブルーンズ、ゲオルク・ベームの数曲はハンブルク聖ヤコビ教会に設置されたアルプ・シュニットガーのオルガン演奏になる。

レオンハルトは早くからヒストリカル楽器に拘っていて、自身歴史的チェンバロのコレクターでもあったが、古楽黎明期にあって博物館の調度品に成り下がっていた古楽器を修復して実際の演奏に供するにはかなりの困難があったと思われる。

また失われてしまった奏法や音律を再構築したり手稿譜の校正に関わる知識の習得などの努力は想像に難くない。

しかし彼は当時普及していたモダン・チェンバロには懐疑的で、常にオリジナルの響きとそこから自ずと生まれ出る独自の表現を開拓する道を選んだ。

この3枚のセットにその研究の成果が示されていると言って良いだろう。

CD2はフランソワ・クープランの伯父ルイ・クープランの3曲の組曲を中心にジャン=アンリ・ダングルベールとマティアス・ベックマンのクラヴサンのための作品を収録しているが、こうしたプログラムも資料として貴重なだけでなく、往時の響きをイメージすることができる最良のサンプルである。

CD3は文字通り17世紀にヨーロッパ各地で活躍した鍵盤音楽の作曲家たちのオン・パレードである。

英国ではトマス・トムキンス、ジョン・ブル、ウィリアム・バード、オルランド・ギボンズ、ジャイルズ・ファーナビー、イタリアではジョヴァンニ・マリア・トラバーチ、ジローラモ・フレスコバルディ、ミケランジェロ・ロッシそしてベルナルド・パスクィーニの作品がチェンバロとオルガンによって再現されている。

低いレベルでノイズが混入しているトラックもあるが音質は概ね良好。

ディアパソンが独自に編集したCDは厳選された演奏が鑑賞者の選択肢として良いサジェスチョンを提供してくれるが、装丁の方はどれも合理性が優先されていて、音楽以外のことにはそれほど頓着しない傾向がある。

このセットは5面開きのデジパックだが、独立したライナー・ノーツは付いておらず、収録曲目の他はわずか1面にレオンハルトと17世紀の鍵盤音楽についてのコメントが記載されているのみだ。

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2016年05月17日


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2012年に他界したグスタフ・レオンハルトが1984年から1996年にかけてフィリップスに遺した音源を15枚のCDにまとめたバジェット・ボックスで、この中の何枚かは現在既に入手困難になっているだけに今回の復活を歓迎したい。

チェンバリストとしては勿論、オルガニスト、ピリオド・アンサンブルの指導者、また指揮者として古楽復興の黎明期を支え、生涯古楽への情熱を傾けたパイオニア的存在感と、彼に続いた後継者達に与えた影響は計り知れない。

このアンソロジーではバッハは言うまでもなくクープランやラモーではフランス趣味を、またフレスコバルディやスカルラッティではイタリア様式を、更にブルやパーセルでは典型的なイギリス風の奏法を聴かせる多才さも聴きどころだ。

バッハの鍵盤楽器用の作品については他のレーベルからよりインテグラルなセットが入手可能なので、ここではむしろレオンハルトの幅広いジャンルに亘る古楽研究とその豊富なレパートリーを集成しているところに価値がある。

ピリオド楽器を使った古楽演奏の録音が試みられたのはそう古いことではない。

レオンハルト、アーノンクール、ビルスマやブリュッヘンなどによって博物館の調度品に成り下がっていたヒストリカル楽器が再び日の目を見るのは1960年代だが、それらの楽器を演奏可能なまでに修復して、その奏法を復元する作業は一朝一夕のことではなかった筈だ。

古楽を教える教師さえ稀だった時代にあって、おそらくそれは試行錯誤による古い奏法の再構築と演奏への全く新しい発想があったことが想像される。

チェンバロに関してはまだモダン楽器が主流だった頃に、初めてオリジナルの響きを堪能させてくれたのもレオンハルトだったと記憶している。

確かにこの頃既にヘルムート・ヴァルヒャがバッハの鍵盤楽器のための主要な作品を体系的に録音していたが、最大限の敬意を払って言わせて貰えば、彼はバッハの権威としてその作品を、チェンバロという楽器を媒体として表現したに過ぎない。

言い換えればバッハの音楽が楽器を超越したところにあることを教えている。

だからヴァルヒャはバッハ以外の作曲家の作品をチェンバロで弾くことはなかった。

彼とは対照的に楽器の音色や機能、あるいはその特性に沿って作曲された曲目の価値を蘇生させたのがレオンハルトではないだろうか。

彼はまた古楽器のコレクターでもあり、このセットでも何種類かの異なったチェンバロとクラヴィコードの個性的な音色を楽しむことができるが、幸いフィリップス音源も共鳴胴の中で直接採音したような鮮烈な音質で、繊細かつヒューマンな響きとスタイリッシュなレオンハルトの至芸を良く捉えている。

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2016年04月11日


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レオンハルトはひとつひとつの短い曲に豊かなアーティキュレーションと控えめだが自在なフレージングで個性を与え、全体的にも精彩と変化に富んだ曲集に仕上げている。

また良く聴いているとレジスターの使い分けも多彩で、チェンバロの機能と音色の魅力を巧みに引き出しているところにも斬新さがある。

鍵盤楽器の学習者にとってバッハのインヴェンションとシンフォニアは避けて通れない、言わば必須の練習曲だが、レオンハルトの演奏はそうした教則本をイメージさせるような陳腐さや退屈さから一切解放された、音楽としての価値を改めて問い直し、最高の教材は同時に最高の芸術作品でなければならないというバッハ自身の哲学を実践した演奏と言えるだろう。

特にシンフォニアになると各声部を注意深く感知させるだけでなく、装飾音の扱いにもさまざまな工夫が聴かれるし、時には大胆とも思える拍内でのリズムのずらしやハーモニーを崩して弾く方法を試みて、チェンバロ特有の表現力の可能性を追究すると共に、この曲集の持つ音楽的な高みを明らかにしている。

彼らによって復元されたこうした奏法は、ヒストリカル楽器の持つ構造的な機能を熟知して初めて可能になるもので、それ以前のモダン・チェンバロによる演奏では聴くことができない。

楽譜に対する深い洞察により作品の本質に鋭く迫った演奏で、厳格なバランス感覚に裏打ちされた知的な自由さが大きな魅力となっている。

気品あるチェンバロの音色も一聴に値するものであるが、1974年にアムステルダムで録音されたいくらか古い音源なので、音質がやや硬く聞こえるのが惜しまれる。

ここでの使用楽器はアントワープの名匠J.D.ドゥルケンが1745年に製作した二段鍵盤のチェンバロを、1962年にマルティン・スコヴロネックがレオンハルトのためにコピーしたもので、典型的なルッカース系の暗めだが品のある豊かな余韻を持った響きが特徴だろう。

レオンハルトはピリオド楽器による演奏の先駆者として楽器の選択にもかなりの拘りを持っていた演奏家の1人だ。

尚ピッチは現代よりほぼ半音ほど低いa'=415Hzに調律されている。

このふたつの曲集ではバッハの明確な意図に基く全く無駄のない学習方法が考案されている。

これから鍵盤楽器を学ぼうとする人のために、始めは指の独立と2声部を巧く弾けるように、そして上達するに従って3声の曲に移り、とりわけカンタービレ、つまりそれぞれの旋律を歌わせる基本的なテクニックを学びながら、更にはテーマを展開して曲を構成するための作曲技法習得の手本としても役立てるようにと添え書きしている。

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2012年01月20日


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グスタフ・レオンハルトは、バッハの《パルティータ》に2度挑戦している。

「現代のバッハ」と呼ばれたレオンハルトだけに、いずれも名演だが、2度目の録音を聴いた時、まずチェンバロの素晴らしい音色に驚いた。

ここで使用されているミヒャエル・ミートケの楽器(ウィリアム・ダウッド製作)は、1719年にバッハがみずからベルリンを訪れて注文したものをモデルとしている。

ミートケの楽器の特徴は、音域全体にわたる落ち着いた音色にあり、バッハの音楽のように、各声部の旋律が絡み合うポリフォニー音楽にふさわしい。

レオンハルトのCDでも、ファンタジアやトッカータなどの壮麗な冒頭楽章や端正なアルマンドで、素晴らしいポリフォニーが展開されている。

バッハ研究家レオンハルトの、楽譜の深い読みがすみずみまで行き届いた演奏だ。

またレオンハルトは2度目の録音にあたって、たとえば組曲では一般にクーラントからサラバンドに続くことから、第4番のアリアとサラバンドの順序を逆に弾いたり、各舞曲の反復を省略したりするなど、前回とは違った試みをおこなって、簡潔で奥深いバッハの世界を築き上げていくのである。

旧盤にみられた細部へのこだわりがなくなり、スケールのいっそう大きな、品格高い音楽となっている。

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2011年12月04日


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ピリオド楽器によるチェンバロ演奏の開拓者ともいえるレオンハルトによるバッハの名盤。

楽器の特性を知り尽くした彼ならではの磨き抜かれた表現に魅了される。

学問的にも音楽的にも、一点の疑問も残さぬ説得力をもつレオンハルトのバッハだ。

バッハの時代の様式感を的確にとらえたもので、現代的な溌剌とした演奏とはひと味違った、きわめて端正な演奏である。

特に《フーガの技法》はレオンハルトのバーゼル音楽院の卒論のテーマでもあったため、オルガンではなく、チェンバロを選択した演奏は興味深い(アスペレンが4曲に参加)。

レオンハルトの演奏に凝縮された世界の大きさにあらためて驚かされる(ただし最終フーガは収められていない)。 

トゥッティとソロが対置される協奏曲の形式を表現に生かした《イタリア協奏曲》は、今日でも作品解釈の模範となるもの。

緩徐楽章における主旋律の歌わせ方からは、音楽家レオンハルトの重ねてきた年輪が感じられる思いが……。

《フランス風序曲》でもチェンバロの華麗でしなやかな音が、彼一流の味わいのある響きのテクスチュアを生み出したいる。

《前奏曲、フーガとアレグロ》の、フーガにおける着実な歩みによって次第に音楽が高揚していく様も見事。

いずれも哲人レオンハルトの面目躍如たる演奏といえよう。

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2009年12月20日


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レオンハルト率いるレオンハルト・コンソートは、クイケン兄弟(ジギスヴァルト、ヴィーランド)、ビルスマ、ブリュッヘン、ブッケなどが参加した、まさに夢のオールスター・アンサンブル。

残念ながらその活動は、それぞれが自らのアンサンブルで独自の活動を始めた1980年代初頭で終わってしまったが、その絶頂期に録音が残されたことは幸いというべきだろう。

その顔ぶれが、単に古楽器演奏のエースであるばかりでなく、知的で学殖豊かな音楽家たちであるということは重要である。

モダン楽器で頂点を示したリヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団盤と双璧を成すオリジナル楽器盤といっても過言ではあるまい。

その演奏では、彼らが室内楽的なアンサンブルに妙味を見せるとともに、ひとりひとりの奏者の自発性が予期以上に発揮されているのが楽しみを加えている。

皆、強い個性の持ち主ばかりだが、もともと彼らの背景にはオランダ、ベルギーの古楽という一つの流派から出発しただけあって、音楽上の語法は同じ。

さらにレオンハルトの統率力のもと、互いに協調し、触発しあい、そしてまた語り合う音楽的な対話は実にスリリングだ。

再録音はおそらく不可能な、貴重な盤で、1970年代に奇蹟的に生まれた"名手の集い"の観は充分にある。

極めて少人数による演奏だが、第2番は遅めのテンポによる古雅な美演で、まるで木管のようなトランペットにブリュッヘンの吹くブロックフレーテが加わり、哀しいほど透明なデュエットを聴かせる。

第3番の軽快な第2楽章と、雅びやかで繊細な第5番も聴かせるが、第4番の小味に弾ませるリズムは言葉につくせぬほどチャーミングで、洗練されたスマートさの中の深いニュアンスが素晴らしい。

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2009年06月27日


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古楽器を用いての演奏だが、きわめて明快でフレッシュな表現で、実に軽やかなバッハだ。

アーノンクールの緊張力あふれるバッハとは対極にある演奏といえるだろう。

バッハの演奏に多くありがちな構えたところがなく、全体をリズミカルに流しながら、あたたかな音楽をつくりあげているのが魅力だ。

合唱、オーケストラともに小編成だが、技量は抜群で、レオンハルトのキビキビとした棒によくこたえている。

この小編成の合唱の質は実に高く、まったく狂いのないフレージングには驚かされる。

ラ・プティット・バンドのすぐれた演奏も特筆すべきもので、そこには今失われかけている"優しさ"がある。

これはレオンハルトの音楽の美質ともいえよう。

もともとラ・プティット・バンドはレオンハルトの要望で結成されたオーケストラで、初期の頃はレオンハルトが振ることが多く、クイケンが振る時とは違った静謐感と第一級の造型芸術のような上質な質感と光沢を帯びている。

ソロも皆よく歌っているが、本来アルトの歌うべきパートを、男性のきわめて高い声域をもったカウンター・テナーが受けもっているのも特徴で、そのパートのヤーコプスがいちばん素晴らしい。

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2009年05月04日


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《音楽の捧げもの》は《ゴルトベルク変奏曲》や《フーガの技法》とともに、バッハの晩年を飾る三大傑作のひとつである。

レオンハルト夫妻/クイケン兄弟盤はオリジナル楽器による最も正統的な演奏で、しっかりとした構成美と自然で透明な響きが素晴らしく、正しく、"王の気品"を湛えた演奏だ。

オリジナル楽器の、ごく小編成による演奏で、3声/カノン/6声/トリオ・ソナタ/カノンの順に収め、3声と6声のリチェルカーレはチェンバロのソロによる。

17〜8世紀のオリジナル楽器(ただしチェンバロは1台がコピー)を用いての演奏である。

全13曲、楽器の組み合わせは様々に変化し、音色の対比が耳を慰めてくれる。

作品の性格から古楽器による演奏が多いものの、様式は様々で、聴き手に感銘を与えるのは、楽器の種類を問わず演奏者の力量であることを改めて認識させられた。

その意味で、最も優れているのはレオンハルト夫妻とクイケン三兄弟を中心とした演奏で、堅実な様式力と明晰な知性が解釈の根底にある。

楽器の奏法も正統的で、とくにアーティキュレーションが聴き手を納得させる。

いわゆるバロック奏法による演奏であるが、バロック音楽ファンならずとも愉しめる表現、表情になっている。

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2008年11月24日


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古楽演奏界のカリスマといえば、やはりこの人にとどめを刺すであろう。

レオンハルトのバッハには、端麗な風格とともに一種独特の風情がある。

それを彼の"大家らしい弾き癖"と受け取る人もあるかもしれないが、この人の場合、すべてはバッハとその時代の様式を深々と究めた結果が表現に表われるのであって、恣意的かつ大時代的な身振りと混同されてはならない。

いかに表情豊かであれ、19世紀的な"ロマンティックなバッハ"とは明らかに一線を画しているのである。

この演奏の魅力のひとつは、クリスティアン・ツェルが1728年にハンブルグで製作したチェンバロの明るい響きが実に新鮮な驚きをもたらし、このコンチェルト様式の作品にいっそうの輝きをもたらしていることだ。

このチェンバロのイタリア風の響きはイタリア風の作品以外でも力を発揮しており、バッハの作品としては珍しく音たちが明るい陽光のもとで遊びたわむれる様を楽しむことができる。

レオンハルトの第1回の録音に比べて、この再録音はいっそうのゆとりと、自在さが感得される。

さらに2篇の「トッカータ」や「半音階的幻想曲とフーガ」など魅力ある名曲名演が揃っていることも、CDとしての価値をさらに高めている。

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2008年11月23日


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いうまでもなく、レオンハルト(1928〜)はモダン・チェンバロ全盛の時代にあって、歴史楽器の魅力の普及に努めてきた第一人者である。

その徹底した時代考証に裏づけられた解釈と洗練された音楽的趣味ゆえに、今日のオリジナル楽器の演奏家たちから絶大な信頼を寄せられている。

レオンハルトは何十年という演奏活動を通して夥しい数の録音を行っているが、膨大なチェンバロ・ソロの録音から後世に伝えるべきものを選ぶとなると、このディスクは無視できない。

しみじみとした語り口のアリアで始まり、どの変奏曲もレオンハルトならではの優美な節回しや18世紀的なマニールを聴くことができる。

たおやかな詩情に満たされた名演だ。

レオンハルトは若い頃のいわば直線的な造形ではなく、心のゆとりをもって作品に向かっているだけに、細部までニュアンスに満ち、全体としてはある種の普遍性に通じるといってよい広がりをもっている。

適切なアゴーギクとフレージングによって切り開かれてゆく響きの世界は、モダン・ピアノによる演奏とはひと味違う古雅な味わいで魅力的だ。

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2007年12月30日


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いずれもオランダのエディソン賞を受賞している銘盤。

第1巻はイギリスで1972年に製作された複製チェンバロ(18世紀モデル)を使用している。

チェンバロの機能に忠実な演奏を目指すレオンハルトは、独自の観点からテンポを設定しており、ゆったりと弾き進んでゆく。

信念を曲げず、考えた通り、信ずる通りにバッハを構築してゆく強い意思が、その演奏に一種の重みと風格を添えている。

作品自らのうちにそれ本来の魅力を語らせるレオンハルトの流儀がここでも生きている。

彼がチェンバロで演奏したバッハの中で最も説得力のあるものだ。

第2巻は西ドイツで1962年に制作された複製チェンバロ(18世紀モデル)を使用。

レオンハルトはチェンバロの機能に忠実な歴史的な演奏を志向しているだけに、独自の観点からテンポを設定しており、フーガおよびそれに先立つプレリュードという形式での彼のテンポ感覚は聴き手に違和感を与えず、充分納得させるものだ。

アーティキュレーションは吟味され、彫琢されて、意味深く演奏される。

個々のプレリュードには可能な限り明確な性格づけがなされ、フーガにはプレリュードと十分な対比がなされている。

各テクスチュアの描き分けの明晰さにも特筆すべきものがある。

これは彼のバッハ演奏の意図が最も抵抗なく受け入れられる演奏である。

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