ノイマン

2017年08月05日


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作曲家スメタナはこの連作交響詩『わが祖国』をチェコの首都プラハに捧げている。

歴史的に外部からの度重なる苦難を強いられ、そして奇しくもこの曲が作曲された後の時代にも、更に国家的な危機を迎えなければならなかったチェコの民衆の愛国心を鼓舞し続けた、まさにチェコの象徴とも言える作品だ。

この演奏は1975年にプラハのルドルフィヌム、ドヴォルザーク・ホールで録音されたもので、ヴァーツラフ・ノイマン&チェコ・フィルハーモニー管弦楽団のコンビの底力を見せたセッションとしても高く評価したい。

ノイマンは冷静なアプローチの中に緻密なオーケストレーションを再現し、しっかりした曲の造形を示している。

テンポの取り方も中庸をわきまえた、ごく正統的な解釈を貫いているところに本家の強みを思い知らされる。

ここでもチェコ・フィルは弦のしなやかな響きと管、打楽器の機動性が相俟って鮮烈な情景描写を表出している。

チェコ勢以外の演奏者の場合、こうした曲にはかえって厚化粧を試みて、シンプルな美しさと新鮮さを失ってしまう可能性が無きにしも非ずだ。

この曲を祖国への滾るような想いを秘めて演奏したのはカレル・アンチェルで、1968年のプラハの春音楽祭のオープニングで彼が亡命直前にチェコ・フィルを指揮したライヴのDVD及びCDの双方がリリースされている。

アンチェルの後を継いで同オーケストラの主席指揮者として返り咲いたのが、当時ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の音楽監督だったノイマンで、彼はラファエル・クーベリック亡命後の一時期、常任指揮者としてチェコ・フィルを委ねられていた。

そしてアンチェル亡命後もソヴィエトの軍事介入を受けながらオーケストラを守り抜いて彼らの全盛期を築き上げた功績は無視できない。

ライナー・ノーツは10ページほどで英、独、仏及びチェコ語で作品と指揮者について簡単な解説付。

音質は鮮明で、欲を言えばもう少し低音が欲しいところだが、この時代のものとしては極めて良好だ。

尚この録音は1975年の日本コロムビア・ゴールデン・ディスク賞を受賞している。

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2017年05月31日


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チェコを代表するチェンバリスト、ズザナ・ルージィチコヴァの自由闊達で鮮烈な奏法がバッハの協奏曲に華やかな精彩を加えている魅力的なアルバムだ。

本盤に収録されているのはチェンバロ協奏曲第1番から第7番までの7曲、つまりソロ・チェンバロ用及びブランデンブルク協奏曲第4番から編曲されたチェンバロと2本のリコーダーのための協奏曲で、断片のみが残された第8番及び2台から4台用の6曲は含まれていない。

またブランデンブルク協奏曲第5番と三重協奏曲イ短調の2曲に関しては、ルージィチコヴァがエラートに録音した音源が昨年彼女のバッハのソロのための作品を集大成した20枚のボックス・セットの方に組み込まれて復活しているが、幸いこの2枚との曲目のだぶりはない。

ルージィチコヴァのソロは、デリケートな爽やかさには欠けるが多彩を極め、強靭かつ雄弁なバッハだ。

第3番から第7番にかけての鮮明な華やかさは彼女の独壇場だし、第1番の真摯さ、第2番のリュート奏法の愉悦的なリズムの弾みなど、その美点を挙げ出したら切りがない。

冗舌な感もある第3番は好き嫌いの分かれるところだろうが、ここに見られるロマンへの傾斜と内容に重きを置こうとする意志は特筆しておきたい。

ヴァーツラフ・ノイマン&プラハ室内合奏団の凝り過ぎない明快なサポートにも好感が持てる。

全曲プラハ・ルドルフィヌムに於けるステレオ録音で、スプラフォン音源によるが、新規リマスタリングの成果で時代相応以上の音質が再現されている。

確かに楽器編成は現在では考えられないモダン・チェンバロとモダン・オーケストラとの組み合わせによるa'=440Hzの現代ピッチを採用したセッションで、そこから響いてくる音響には如何にも隔世の感がある。

この頃はバロック音楽再興の黎明期に当たり、博物館の調度品に成り下がって使用不可能な状態だったヒストリカル・チェンバロの代用として、著名な古楽演奏家でも便宜的にモダン・チェンバロを使用していた。

それは巨匠ヴァルヒャやリヒター、初期のレオンハルトも例外ではない。

しかしそこには当時のバロック音楽の発掘と再現に賭けた演奏家達の意気込みと情熱を伝えた捨て難い魅力がある。

彼らがその後のいわゆるピリオド楽器による演奏形態の誕生を促したことは疑いのない事実だろう。

そうした過渡的な時代のサンプルとしても無視することができない興味深い演奏に違いない。

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2017年05月21日


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総てチェコ勢で固めた演奏で、スプラフォンではこうした音源に事欠かないのは幸いと言うほかはない。

マルティヌーの2曲のヴァイオリン協奏曲、そして実質的なヴィオラ協奏曲の形をとるラプソディー・コンチェルトをヨセフ・スークのソロ、ヴァーツラフ・ノイマン指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団によるセッションで収めている。

ラプソディー・コンチェルトのみが1987年、ヴァイオリン協奏曲はどちらも1973年の録音になる。

この1973年はヴァイオリン協奏曲第1番が同じくスークのヴァイオリン、ショルティ指揮、シカゴ交響楽団によって初演された年だった。

元来この曲はヴァイオリニスト、サミュエル・ドゥシュキンからの委嘱作品で、初演が遅れた理由は楽譜の散逸とその再発見という皮肉な巡り会わせらしいが、基本的に無調で描かれた斬新でパワフルな曲想を持っていて、リズムにはチェコの民族的な要素が入り込んでいる。

スーク特有の明快なテクニックと気品のある表現が全開の演奏で、また初演への意気込みと自負も感じられる。

ヴァイオリン協奏曲第2番はエルマンのコミッションで、初演は1943年にミッシャ・エルマン自身のソロ、セルゲイ・クーセヴィツキー指揮、ボストン交響楽団によって行われた。

当時エルマン・トーンと言われた美音とスタイリッシュな奏法で一斉を風靡したエルマンの演奏を想定して作曲されたためか、第1番よりずっとリリカルなカンタービレに支配されていて、当然ながら彼の聴かせどころを最大限に活かした曲想を持っている。

その意味では美音家スークの艶やかで甘美な音色を駆使した、彼の面目躍如たるセッションでもある。

それは最後のヴィオラと管弦楽のためのラプソディー・コンチェルトにも共通していて、ヴィオラのふくよかな音色とこの楽器の機能を良く知り尽くした巧みな表現で、比較的稀なヴィオラのための協奏曲を牧歌的な魅力に溢れた作品に仕上げている。

ヴァーツラフ・ノイマン、チェコ・フィルのサポートはこれらの曲のスペクタクルで充実したオーケストレーションに彼らの機動力を発揮した、しかもバランスの良い再現が鮮烈だ。

それほど民族的なエレメントは使われていないが、マルティヌーは彼らの最も得意とするレパートリーのひとつであることも証明している。

音質は1987年のラプソディー・コンチェルトのみがデジタル録音で、やはり最も良い状態だが、その他も2009年の新しいリマスタリングでオリジナル・マスターの特徴が蘇っている。

ライナー・ノーツは42ページあり、かなり充実した解説と演奏者紹介が英、独、仏、チェコ語で掲載されている。

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2016年03月01日


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ノイマンは、ライナーノーツにも記されているように、ドヴォルザークの「新世界より」を160回も演奏したようである。

チェコ出身の指揮者だけに、同曲はバイブルのような存在なのかもしれないが、それにしても、その演奏回数は尋常ではないと言えるのではないか。

筆者がこれまでCDで聴いてきたノイマンの演奏では、1973年の旧全集盤、1982年の新全集盤、N響との1986年盤、ポニーキャニオンに録音した1995年盤、そして本盤の1993年盤の5種であるが、いずれも、ノイマンの同曲への深い愛着を感じさせる名演であり、甲乙つけ難い高水準の演奏に仕上がっている。

ただ、どれか1枚をあげろと言われれば、同曲の初演100周年を記念して録音された本盤ということになるのではないかと考える。

数え切れないほどこの曲を演奏してきた巨匠ノイマンとチェコ・フィルにとっても、この演奏会は特別なものであり、その堂々たる演奏は他の追随を許さない王道中の王道といえるものだ。

「本場」と言えば、まさにそのことを誇る演奏で、歴史と愛着と、そして自信をこめた演奏がここにあり、同曲の模範的演奏であると確信するものである。

知と情のバランスのとれた名演で、何の気負いも衒いもなく、きっちりとドヴォルザークの音楽が展開される。

「チェコの指揮者とチェコ・フィルのよる100年記念の演奏」ということで、この曲に内在する深い郷愁の感情を前面に押し出した祝祭的な演奏を期待するとややはぐらかされるかもしれない。

そのかわり、しっかりした三次元的なバランスのいいオーケストラの音と、余計な恣意的なものの付け加わらない、実に純粋で真摯な《新世界》の音楽が伝えられる。

かといって、決して情緒の深さに欠けているという意味ではなく、第2楽章の哀愁も、第4楽章の激しい感情の起伏も十分に堪能できる。

ただ、ノイマンの音楽は、常に「ノリ」を超えないというか、過度に情緒に浸ることは絶対にない。

オーケストラは、木管群も金管もどちらかというと地味だが、さすが第4楽章のホルンをはじめ金管群は凄く、第4楽章全体は、抑えていたものが一気に爆発するような感じがある。

個性を強調したり、やたら民族色を振りかざすアプローチではないが、どこをとっても人間的な温もりのあるふくよかな抒情に満ち溢れており、ノイマンの同曲への愛着も相俟って、最もゆったりとした気持ちで同曲を満喫することができる点を高く評価したい。

これだけの名演だけに、コロンビアは、DVD−audio盤、HQCD盤とこれまで高音質録音盤を発売してきたが、DVD−audio盤はイマイチ。

するとHQCD盤との比較になるが、臨場感という意味において、本盤のblu-spec-CD盤に一日の長があるのはないかと考える。

故郷ボヘミヤへのドヴォルザークの想い、周辺国の支配から独立した自国へのチェコの人々の想い、そして自国の英雄ドヴォルザークへの想いなど、いろいろな想いが込められた熱演で、聴く側にもその想いが伝わって来る好アルバムと言えよう。

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2015年09月02日


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プラガ・ディジタルスがリリースしている版権切れ音源の新リイシュー・シリーズは総てがSACDなので、そのつもりで買ったが当ディスクは何故かレギュラー盤のCDだった。

全曲ともコンサートから採られたライヴ録音で、ヴァーツラフ・ノイマン、チェコ・フィルの実力がいやがうえにも示されたお国物ヤナーチェクのアルバムだが、その音質と分離状態の良さや臨場感からも今回敢えてSACD化されなかったことが納得できる。

尚後半のオペラ『死の家から』のオーケストラのための組曲は、ヤナーチェクゆかりのブルノ・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者で、この3曲をピックアップしてまとめたフランティシェク・イーレク自身の指揮になる。

ちなみにトラック1の同オペラの前奏曲はトラック9の組曲第1曲と同一曲で、ノイマンとイーレクの2人のチェコの指揮者で聴き比べることができる。

ノイマンはヤナーチェクが用いた発話旋律を強調することによって、音楽により言語的なメリハリをつけた効果を試みている。

客席及び舞台からのごく僅かな雑音が聞こえてくるが、この時代のライヴとしては稀にみる高い水準の録音で拍手も入っていない。

カンタータ『アマールス』はヤナーチェクのシュールレアリズム的なオーケストレーションとコーラスに支えられて、墓地に惹きつけられるように向かう、愛に目覚めた薄幸の孤児アマールスの死が鮮烈に描かれている。

こうした特殊なシチュエーションや心理を舞台音楽に写し取る描写能力とその音楽語法はヤナーチェクの独壇場だが、ここでもチェコ語の歌詞に密着した旋律を徹底して活かし切るノイマンのアプローチは流石に地に足が着いている。

光彩に包まれて母の墓の上に倒れるアマールス少年の最後は、第5楽章に殆んど狂気と紙一重の壮麗な葬送行進曲で締めくくられている。

アマールス役のテノールが語り手を兼ねているがカンタータとして全く違和感はなく、かえってこの作品から俗っぽい演出を避けた特異な統一感を与えている。

『アマールス』は録音自体が少なく、マッケラス、チェコ・フィルのセッションと並んで貴重な記録でもある。

ライナー・ノーツにはオリジナルのチェコ語の歌詞に英語対訳が掲載されている。

オペラ『利口な女狐の物語』からのオーケストラ用組曲は、ヴァーツラフ・ターリヒのアレンジにヴァーツラフ・スメターチェクが手を入れたもののようだ。

ヤナーチェクの音楽には前置きがなく、強引とも思われる、いきなり核心に迫ってくる凄みがあり、ここでのノイマンの指揮にも単刀直入の大胆さと確信に満ちた力強さが感じられる。

勿論モラヴィアの深い森の中での大自然の神秘な営みを髣髴とさせる情景描写も巧みだが、むしろあれこれ小技を使って音楽を脆弱にしないストレートな表現と、それを支えるチェコ・フィルの弦の瑞々しさや管打楽器の機動力は、この物語のテーマでもある宿命的な死と再生の繰り返しを感知させていて秀逸だ。

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2015年08月19日


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2011年に他界したチェコのヴァイオリニスト、ヨセフ・スークのソロとヴァーツラフ・ノイマン指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の協演によるチェコの作曲家の作品4曲を収めた純血種のセッションである。

作曲家から演奏家までを総てチェコ勢で固めただけでなく、スークにとっては作曲家ヨセフ・スークは祖父、ドヴォルザークは曽祖父でもあり、当然チェコの老舗スプラフォンからのリリースという純血種のコンビネーションが冗談抜きで楽しめる1枚だ。

実際のコンサートでは取り上げられることがそれほど多くないドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲だが、このメンバーで聴く限りは本家の威厳を感じさせるだけでなく、流石に音楽性に溢れる説得力のある演奏に引き込まれる。

美音家スークのソロは特に第2楽章アダージョ・マ・ノン・トロッポで独壇場の冴えを聴かせてくれる。

尚4曲目のスークの『おとぎ話』のみが1978年のライヴから採られた初のCD化になり、3曲目の『幻想曲』は1984年、それ以外は1978年のセッションで既に別のカップリングでリリースされていたものだ。

名演奏家の組み合わせが国際化した現代では、より普遍的な音楽の解釈が一般的であり、わざわざ同国籍のアーティストを揃えてお国ものを披露すること自体むしろナンセンスで、またそれによって高い水準のセッションが可能になるとは限らない。

しかし彼らにとって自国の作曲家の作品を謳歌する風潮がソ連の軍事介入があった1968年の「プラハの春」前後に最高潮に達していることを思えば、単なる民族の祭典的な意味に留まらず、やむにやまれぬ政治的な背景が彼らを演奏に駆り立てていたに違いない。

皮肉にもこうした状況が実際彼らの強みでもあり、また自負となって演奏に反映しているのも事実だ。

指揮者ヴァーツラフ・ノイマンはスメタナ四重奏団創設時のメンバーでもあり、またラファエル・クーベリックとカレル・アンチェルの2人の常任指揮者の相次ぐ亡命という異常事態の後を継いでチェコ・フィルを守り全盛期に導いた。

ここに選ばれた作曲家のほかにもマルティヌーやヤナーチェクなど自国の作曲家の作品を世に問うた功績は大きい。

当時のチェコ・フィルは弦の国と言われるだけあって、特に弦楽器のセクションが流麗で、独特の統率感に支えられた合奏力の巧みさも聴き所のひとつだ。

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2015年06月02日


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本盤には、ノイマンが2度にわたってスタジオ録音を行ったドヴォルザークの交響曲全集のうち、最初のもの(1973年のレコード・アカデミー賞を受賞)から抜粋した交響曲第7番及び第8番が収められている。

当該盤については、数年前にBlu-spec-CD盤が発売されたところであり、筆者はその際、次のようなレビューを既に投稿済みである。

「ノイマンは、ドヴォルザークの交響曲全集を2度完成させるとともに、交響曲第7番〜第9番については、全集以外にも何度も録音している。

いずれの演奏も、ノイマンの温厚篤実な性格があらわれた情感豊かな名演と考えるが、一般的には、2度目の交響曲全集や、ポニーキャニオン(現在は、エクストンから発売)に録音した第7番〜第9番、そして、ドヴォルザーク生誕100年を記念した第9番あたりの評価が高い。

それ故に、1度目の交響曲全集の旗色が悪いが、レコード・アカデミー賞を受賞した名盤でもあり、忘れられた感があるのはいささか残念な気がする。

本盤は、その旧全集から、第7番と第8番を収めているが、筆者としては、後年の名演にも優るとも劣らない名演と高く評価したい。

全体的に格調の高い情感の豊かさを保っている点は、後年の名演と同様の傾向ではあるが、ここには、後年の名演には見られない若々しい生命力と引き締まった独特の造型美がある。

誇張を廃した純正で格調高い表現の中に、豊かな民族的情感がにじみ出ており、また後年の演奏にないきりりとした若々しさがある。

手兵のチェコ・フィルも、そうしたノイマンとともに最高のパフォーマンスを示しており、録音も非常に鮮明である。

チェコ・フィルの古雅な音色美も絶品と言えるところであり、これぞ正調ドヴォルザークの決定盤と高く評価したい。

本盤は、Blu-spec-CD盤であるが、従来盤と比較してさらに鮮明度がアップしており、ノイマンの若き日の名演を高音質で味わうことができることを大いに喜びたい」

現在でも、演奏そのものの評価については殆ど変わっていないが、あえて付け加えることがあるとすれば、「第7」を初めて聴いた時の印象は、なんて地味な曲だろうと感じたが、繰り返し聴くうちにドヴォルザークの作品の中でも最も好きな曲のひとつになっていたことだ。

「第8」の尋常ならぬ完成度の高さもまさに自家薬朧中の至芸であり、最後まで緊張が緩むことがなく、このドヴォルザークの大傑作を最も精確に堪能できる素晴らしい名演奏だ。

極めてオーソドックスな演奏なのだろう、それが噛めば噛むほど味が出る、この曲の魅力を教えくれた。

本盤では、ついに待望のシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化が行われたことから、その点について言及しておきたい。

これまで愛聴してきたBlu-spec-CD盤についても十分に満足できる素晴らしい音質であったと言えるところであるが、今般のシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化によっておよそ信じ難いような次元が異なる極上の高音質に生まれ変わったと言える。

音質の鮮明さ、臨場感、音圧のいずれをとっても一級品の仕上がりであり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

いずれにしても、ノイマン&チェコ・フィルによる素晴らしい名演をシングルレイヤーによるSACD&SHM−CDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したいと考える。

ノイマンによるドヴォルザークの演奏は、前述のレビューにも記したようにいずれ劣らぬ名演揃いであり、今後は、他の演奏についてもシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化をして欲しいと思っている聴き手は筆者だけではあるまい。

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2015年06月01日


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チェコの名指揮者であったノイマンの得意のレパートリーは、ドヴォルザークやスメタナなどのチェコの作曲家による楽曲や、ボヘミア地方で生まれたマーラー(チェコ出身の指揮者はそれを誇りとし、クーベリックや近年のマーツァルなど、チェコ出身の指揮者には、マーラーをレパートリーとした者が多い)の交響曲であった(ノイマンはドヴォルザークとマーラーについては交響曲全集を遺した)。

ノイマンはそれ以外の楽曲、意外に少ないとは言え、とりわけベートーヴェンの楽曲についてはなかなかの名演奏を遺しており、最晩年に録音された序曲集はノイマンによる遺言とも言うべき至高の名演であったことは記憶に新しいところだ。

本盤に収められたベートーヴェンの交響曲第9番は、そうしたノイマンの得意としたレパートリーの1つと言えるところであり、ベートーヴェンにも優れた解釈を示してきたノイマンの数少ない録音の1つとしても貴重である。

ノイマンは同曲を1989年に民主化の喜びに沸く「市民フォーラム」支援のためにプラハで開かれたライヴ録音も遺しているが、本盤に収められた演奏は、それから13年前の1976年に東京文化会館で行われた来日公演の記録で、非常に完成度が高く充実した演奏である。

改めて言うまでもないが、ノイマンによる本演奏は、聴き手を驚かすような奇を衒った解釈を施しているわけではない。

楽想を精緻に、そして丁寧に描き出して行くというオーソドックスなアプローチに徹していると言えるところであり、それはあたかもノイマンの温厚篤実な人柄をあらわしているかのようであるとも言える。

もちろん、ノイマンの演奏が穏健一辺倒のものではないという点についても指摘しておかなければならないところであり、ベートーヴェンの楽曲に特有の強靭にして力強い迫力においてもいささかも不足はない。

それでいて、無機的で力づくの強引な演奏など薬にしたくもなく、常に奥行きのある音が鳴っており、ベートーヴェンの楽曲を単なる威圧の対象として演奏するという愚には陥っていない。

豊かな抒情に満ち溢れた情感豊かな表現も随所に聴かれるところであり、いい意味での剛柔バランスのとれた演奏に仕上がっているとも言えるところだ。

ノイマンの解釈は極めて端正・精緻であり、一点の曇りも感じさせず、しかも悠然としていて、表面的効果を狙わず、どの部分をとっても安定感があり、堅固で気品がある。

これは、あらゆる「第9」解釈の原点、というより「第9」の原像そのものと言って良く、基本的にノイマン&チェコ・フィル演奏の基本特徴である端正で透明感のある響きはそのままに、ノイマンは高揚感を抑えて端正な演奏を聴かせる。

基本的に落ち着いた堂々たる旧スタイルのベートーヴェン演奏で、すっきりとしたいつものノイマンの基本線は変らないが、やはりライヴだけあってかなり燃えているのがよくわかる。

第1楽章は堂々とした力感と重量感を表し、第2楽章はきめ細かく、軽やかなリズムの端正な表現である。

第3楽章も穏やかな淡々とした表現が美しい流動感を作り、終楽章では合唱が熱気にあふれ、自ずと音楽を盛り上げている。

響きに厚みと勢いがあり、独唱・合唱もすぐれていて、ライヴならではの迫力にも満ちている。

聴き手によっては、ベートーヴェンの「第9」だけに、よりドラマティックな表現を期待する人も多いとは思うが、聴けば聴くほどに味わい深さが滲み出てくる、いわばいぶし銀の魅力を有する本演奏は、ノイマンならではの大人の指揮芸術の粋とも言えるところであり、筆者としてはノイマン最盛期の名演の1つと高く評価したいと考える。

当時、一流の弦セクション及びブラスセクションを擁していたチェコ・フィルの演奏も秀逸であり、本演奏を名演たらしめるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

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2015年05月16日


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1974年6月30日 東京文化会館に於ける伝説的名演のライヴ録音。

ノイマンは同曲を4度にわたってスタジオ録音しているが、ノイマンの最も脂の乗り切っていた時期に収録された本ライヴ録音こそ、永遠の名盤であると言うべきであろう。

スメタナの交響詩「わが祖国」はチェコ音楽の1丁目1番地とも言える国民的作品である。

それだけに、チェコ・フィルにとっても名刺代わりの作品であり、累代の常任指揮者や錚々たる客演指揮者などがこぞって同曲を録音してきた。

かつてのターリッヒをはじめ、アンチェル、クーベリック、スメターチェクなどの大指揮者の名演は燦然と輝いているし、小林研一郎などによる個性的な名演も記憶に新しいところだ。

こうした個性的な名演の中で、いぶし銀とも言うべき渋い存在感を有している名演こそが、本盤に収められたノイマンとのライヴ録音である。

ノイマンは、実力の割には必ずしも華々しい経歴を有しているとは言えず、チェコ・フィルとの演奏も今や、知る人ぞ知る存在に甘んじているとさえ言えるが、本演奏は、そうした地味な存在であったノイマンの実力を窺い知ることが可能な稀代の名演奏であると言っても過言ではあるまい。

本演奏も、ノイマンの華麗とは言い難い経歴を表しているかのように、華麗さとは無縁の一聴すると地味な装いの演奏である。

テンポもどちらかと言うとやや速めであると言えるところであり、重々しさとは無縁とも言えるところだ。

しかしながら、各フレーズに盛り込まれたニュアンスの豊かさ、内容の濃さ、そして彫りの深さには尋常ならざるものがあり、表面上の美しさだけを描出した演奏にはいささかも陥っていない。

そして、ノイマンも、同曲の込められた愛国的な情熱に共感し、内燃する情熱を傾けようとはしているが、それを直截的に表現するのではなく、演奏全体の厳しい造型の中に封じ込めるように努めているとも言えるところであり、そうした一連の葛藤が、本演奏が、一聴すると地味な装いの中にも、細部に至るまで血の通った内容の豊かな演奏になり得ているとも言えるのかもしれない。

加えて、本演奏で優れているのは、演奏全体に漂っている格調の高さ、堂々たる風格である。

同曲は、チェコの民族色溢れる名旋律の宝庫であるが、ノイマンは、陳腐なロマンティシズムに陥ることなく、常に高踏的な美しさを保ちつつ、まさに大人の風格を持ってニュアンス豊かに描き出していく。

ノイマンの指揮は決して奇を衒うものではなく、あくまでも自然体の正統的なアプローチであり、楽曲によっては時として物足りなさを感じることもあるが、「わが祖国」のようないわゆるお国ものを採り上げた時は、こうしたアプローチが見事に効を奏し、チェコ以外の指揮者や団体では到底達しえないような境地の名演に仕上がっている。

その境地とは、まさに祖国への愛や民族の誇りであり、それが本盤を聴いた我々を深く感動させるのだと思う。

これぞ、まさしく巨匠の至芸と言うべきであり、累代の常任指揮者による同曲の名演と比較しても、いささかも遜色のない名演に仕上がっていると評しても過言ではあるまい。

本演奏については、これだけの名演であるにもかかわらず、これまで発掘されず埋もれていたため発売はおろか高音質化の波から取り残されてきた。

そのような中で、今般、かかる名演がSACD化がなされ発売されたということは、本演奏の価値を認識させるという意味においても大きな意義がある。

いずれにしても、ノイマン&チェコ・フィルによる素晴らしい名演を現在望み得る最高の音質SACDで味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2015年05月07日


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巨匠ノイマンが最晩年にレコーディングした至高のマーラー・サイクルの頂点とも言える「第6」がSACDハイブリット化して再登場した。

これこそクラシック音楽演奏史上燦然と輝く金字塔であり、 このレコーディングの数ヶ月後に他界したノイマンの精神が、この演奏の細部にまで宿っている。

互いに敬愛を寄せるノイマンとチェコ・フィル、そのすべてが完全に昇華された充実の極みとも言える演奏が繰り広げられている。

もちろん、チェコ・フィルの顔と呼べる、唸るホルン・セクション、法悦するミロスラフ・ケイマルなど聴き応え満点の演奏内容だ。

全体を通して力強い演奏であるが、タイトルにとらわれない解釈も非常に好ましく、その内には人間の悲哀が込められているように感じられるところであり、そういう意味で「悲劇的」要素も充分に表出していると思う。

第1楽章は恐ろしい死の行進で開始されるが、冒頭からしてノイマンの気迫あふれた指揮は異次元空間を作り上げている。

チェロ、バスのリズムがすごい意味を感じさせるが、少しも力んではいないのに音楽的かつ有機的なのだ。

各楽器のバランスや全体の響き、ハーモニーの作り方も素晴らしく、例えばトランペットが柔らかい音で意味深く突き抜けたかと思うと、木管合奏が哀しく訴えかけ、ティンパニが心に痛みを感じさせつつ強打される、といった具合なのだ。

それにしてもオケの各パート、そしてマーラーのオーケストレーションを完璧に自分のものにしたノイマンの実力は神業とさえ言えよう。

この作曲家独自の鮮やかな音彩を保持したまま、常に深い内容を湛え、メカニックな楽器自体の音は1音たりとも出していない。

ホルンの最強音がため息に聴こえたり、ときにはかくし味の色合いを見せたり、あえかなデリカシーを魔法のように現出させたり…、アルマの主題は(2:30)に顔を出す。

第2楽章のスケルツォも冒頭のティンパニのアクセントから分厚く、音楽的な意味深さは相変わらずだし、その上メリハリの効果にも富み、各種打楽器の実在感、リズムの生命力、悪魔的なホルンなど、どこをとっても味わい濃厚であり、美感も満点、そしてそれらをマイクが100%とらえ切っている。

第3楽章は歌い方にもルバートにも心がこもり切り、マーラーの夢のように美しい管弦楽法がその心の訴えとともに表われるところ、これ以上の演奏を望むことはできない。

そして終楽章。

出のハープがものをいい、ヴァイオリンははかなく、突然の恐怖から低弦の雄弁な語り口にいたるわずか20小節ほどの間に激変する音楽の対処の仕方だけを見ても、ノイマン&チェコ・フィルの質の高さ、密度の濃さは際立っている。

演奏はどこまでも生々しく進み、アンサンブルは揺るぎなく、第1楽章のアルマの主題の変形である序奏主題の哀切さは、それが登場するたびに情感を増して比類がない。

コーダの途中(28:56)など、すでに力尽きたマーラーの姿であり、それゆえ、いっそうアルマを恋い慕うのだ(29:04)。

ティンパニによる破滅の運命の動機(29:20)もここでは弱いが、ついに終結の3小節で最後の鉄槌が振り下ろされ(31:18)、英雄は死ぬ。

マルチチャンネル付きのSACDによる臨場感あふれる極上の高音質録音も実に効果的であり、ノイマン&チェコ・フィルによる本名演の価値を更に高めるのに大きく貢献している点も忘れてはならない。

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2015年02月01日


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本盤には、ノイマンがチェコ・フィルを指揮してスタジオ録音(1971年)したドヴォルザークのスラヴ舞曲全集とスラヴ狂詩曲集が収められている。

同曲は、ノイマンの十八番とも言うべき得意中の得意とする楽曲であり、本盤を皮切りとして、その後も手兵チェコ・フィルとともに、1985年、そして1993年にもスタジオ録音を行っている。

3度も同曲をスタジオ録音したのは、現時点においてもノイマンただ1人であり、これは、いかにノイマンが同曲を深く愛していたかの証左であるとも考えられるところだ。

それはさておき、ノイマンによる3つの演奏の中で、最も優れているのは1985年の演奏、次いで1993年の演奏であることは論を待たないところであるが、本盤の演奏も、決して凡庸な演奏ではなく、若きノイマンによる素晴らしい名演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

本盤の演奏は、3種の演奏の中で最も若い時期のものであるだけに、後年の演奏よりも、躍動感溢れるリズムや畳み掛けていくような気迫においては勝っていると言えるだろう。

演奏の持つ味わい深さや彫りの深さにおいては、後年の演奏には到底敵わないが、楽曲がスラヴ舞曲集であるだけに、そうした点は必ずしも演奏全体の瑕疵には繋がらないと言える。

それにしても、後年の演奏もそうであるが、ノイマン&チェコ・フィルによるスラヴ舞曲集の演奏は、何故にこれほどまでに魅力的なのであろうか。

ノイマンの同曲へのアプローチは、基本的には楽想を精緻に描き出していくというオーソドックスなものと言えるだろう。

もっとも、オーソドックスと言っても、それはノイマンがチェコ人であるとともに、チェコ音楽を数多く指揮してきた者として、チェコ音楽が血となり肉となっている指揮者であるということを忘れてはならない。

要は、ノイマンが何か特別な個性を発揮したりしなくても、ごく自然体の指揮をすれば、スラヴ舞曲集の理想的な演奏に繋がるということを意味するところであり、ここにノイマン&チェコ・フィルによるスラヴ舞曲集の演奏が魅力的である最大の要因があると言えるところだ。

そして、本演奏の録音時点では、ノイマンがチェコ・フィルの音楽監督に就任してから間もない頃ではあるが、ノイマンもチェコ・フィルをしっかりと統率しており、加えて、チェコ・フィルの弦楽合奏をはじめとした音色の美しさが、ノイマンによる本演奏に更なる深みと独特の潤いを付加するのに大きく貢献しているとも言えるところであり、その意味では、ノイマン&チェコ・フィルのその後の実りある関係を予見させるような名演とも言えるのではないだろうか。

カップリングされているスラヴ狂詩曲集も、そもそも録音自体が珍しい楽曲であるだけに、ノイマン&チェコ・フィルの演奏は単に名演であるだけにとどまらず、極めて稀少価値のある演奏ということが言えるだろう。

そして、今般のSACD化によって、圧倒的な高音質化が図られたことも、本盤の価値を高めるのに大きく貢献していることを忘れてはならない。

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2014年04月29日


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ドヴォルザークが作曲した協奏曲は、作曲年代順にピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲、チェロ協奏曲の3曲が知られている。

ピアノ協奏曲については、若書きであるせいもあって、リヒテル&クライバーによる名演で知られてはいるものの、いささか魅力に乏しい作品と言わざるを得ない。

チェロ協奏曲が、あらゆる作曲家によるチェロ協奏曲の中でも玉座の地位を獲得している不朽の名作であることは衆目の一致するところであるが、ヴァイオリン協奏曲も、ドヴォルザークならではのチェコ風の民族色溢れる美しい旋律に満ち溢れた名作であり、録音もチェロ協奏曲ほどではないものの、比較的多いところだ。

本盤には、そうしたチェロ協奏曲とヴァイオリン協奏曲をカップリングするという極めて珍しいCDであるが、両演奏ともに、演奏者がチェコ出身者で固められているということもあり、まさにチェコの民族色を感じさせる魅力的な名演奏であると言えるのではないだろうか。

とりわけ、チェロ協奏曲については、かつてのカザルスをはじめとして、ロストロポーヴィチ、マイスキーなど、世界的なチェリストがスケール雄大な名演の数々を成し遂げてきているが、本盤に収められたフッフロの演奏は、そうした海千山千のチェリストの演奏と比較すると、雄大なスケール感とか超絶的な技量という点においては、はっきり言って太刀打ちはできないと言わざるを得ないところだ。

しかしながら、演奏の端々から漂ってくる野趣溢れるとも言うべきチェコ風の情感豊かさと言った点においては、そうした世界的チェリストによる演奏よりも味わい深いと言えるところであり、演奏内容の総体としては、決して劣っているものではない。

少々表現は悪いが、豊かな自然に囲まれたチェコの片田舎を思わせるようなひなびた情緒があるとも言えるところであるが、こうした独特の味わい深さこそが本演奏の最大の魅力であると言っても過言ではあるまい。

人工的な美の世界に毒されている都会人である多くの聴き手に一服の清涼剤を与えるかの如き演奏とも言えるところであり、筆者としては、現代においてこそ希少価値のある極めて優れた名演と評価するのにいささかの躊躇をするものではない。

ヴァイオリン協奏曲については、フッフロのチェロ演奏と同様のことがスークのヴァイオリン演奏にも言えるところであり、楽曲の性格からしても、チェロ協奏曲以上にその性格に合致した素晴らしい名演と高く評価したい。

ノイマン&チェコ・フィルによる演奏も、フッフロのチェロ演奏やスークのヴァイオリン演奏を見事にサポートするとともに、両曲のチェコ風の民族色を全面に打ち出した見事な名演奏を繰り広げている点を評価したい。

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2014年03月15日


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チェコの名指揮者であったノイマンの得意のレパートリーは、ドヴォルザークやスメタナなどのチェコの作曲家による楽曲や、ボヘミア地方で生まれたマーラー(チェコ出身の指揮者はそれを誇りとしており、クーベリックや近年のマーツァルなど、チェコ出身の指揮者には、マーラーをレパートリーとした者が多い)の交響曲であったが、それ以外の楽曲、とりわけベートーヴェンの楽曲についてはなかなかの名演奏を遺しているところだ。

本盤に収められたベートーヴェンの序曲集は、そうしたノイマンの得意としたレパートリーの一つと言えるだろう。

こうして、エクストンが、最晩年のノイマンとの録音を行ってくれたことは大変に素晴らしいことであったとも言える。

ノイマンによる各序曲集の演奏は、聴き手を驚かすような奇を衒った解釈を施しているわけではない。

楽想を精緻に、そして丁寧に描き出して行くというオーソドックスなアプローチに徹しているところであり、それはあたかもノイマンの温厚篤実な人柄をあらわしているかのようであるとも言える。

もちろん、ノイマンの演奏が穏健一辺倒のものではないという点についても指摘しておかなければならないところであり、ベートーヴェンの楽曲に特有の強靭にして力強い迫力においてもいささかも不足はない。

それでいて、無機的で力づくの強引な演奏など薬にしたくもなく、常に奥行きのある音が鳴っており、ベートーヴェンの楽曲を単なる威圧の対象として演奏するという愚には陥っていない。

豊かな抒情に満ち溢れた情感豊かな表現も随所に聴かれるところであり、いい意味での剛柔バランスのとれた演奏に仕上がっているとも言えるところだ。

聴き手によっては、ベートーヴェンの序曲集だけに、よりドラマティックな表現を期待する人も多いとは思うが、聴けば聴くほどに味わい深さが滲み出てくる、いわばいぶし銀の魅力を有する本演奏は、ノイマンとしても最晩年になって漸く成し得た大人の指揮芸術の粋であり、筆者としては、ノイマンによる遺言とも言うべき至高の名演と高く評価したい。

当時、トランペットのケイマルやホルンのティルシャルなど、一流のブラスセクションを擁していたチェコ・フィルの演奏も秀逸であり、本演奏を名演たらしめるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

そして何と言っても音質も素晴らしい。

このエクストンのゴールドラインシリーズは、音質の鮮明さ、音圧の凄さ、音場の幅広さなど、いずれをとっても一級品の仕上がりである。

いずれにしても、ノイマンの最晩年の至高の名演をSACDによる高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2014年02月27日


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ノイマンは、ドヴォルザークの交響曲全集を2度完成させるとともに、交響曲第7番〜第9番については、全集以外にも何度も録音している。

いずれの演奏も、ノイマンの温厚篤実な性格があらわれた情感豊かな名演であるが、一般的には、2度目の交響曲全集や、ポニーキャニオン(現在は、エクストンから発売)に録音した第7番〜第9番、そして、ドヴォルザーク生誕100年を記念した第9番あたりの評価が高い。

それ故に、1度目の交響曲全集の旗色が悪いが、それでも尋常ならぬ完成度の高さがあり、まさにノイマン自家薬朧中の至芸である。

本盤は、その旧全集から、第7番と第8番を収めているが、筆者としては、後年の名演にも優るとも劣らない名演と高く評価したい。

全体的に格調の高い情感の豊かさを保っている点は、後年の名演と同様の傾向ではあるが、ここには、後年の名演には見られない若々しい生命力と引き締まった独特の造形美がある。

誇張を排した純正で格調高い表現の中に、豊かな民族的情感が滲み出ており、また後年の演奏にないきりりとした若々しさがある。

極めてオーソドックスな演奏だが、緻密に譜読みして真摯に演奏することが本当の意味での(=ドヴォルザークが表現したかった)「民俗」を奏でる唯一の手段であり、嚊めば嚊むほど味が出てくる模範的な表現だ。

両曲とも最後まで緊張が緩むことがなく、このドヴォルザークの傑作を最も精確に堪能できる素晴らしい名演奏だ。

手兵のチェコ・フィルも、そうしたノイマンとともに最高のパフォーマンスを示しており、この時代のチェコ・フィルの古雅な音色美も絶品。

これぞ正調ドヴォルザークの決定盤と言いたい。

本盤は、Blu-spec-CD盤であるが、従来盤と比較してさらに鮮明度がアップしており、ノイマンの若き日の名演を高音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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2014年01月02日


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1982年 プラハ、芸術家の家での録音。

ヤナーチェクの2大管弦楽曲を収めたCDは、近年発売された村上春樹氏の小説の影響もあって、かなりの点数が発売されている。

両曲ともに、ヤナーチェクならではのモラヴィアの民俗音楽を高次元で昇華させた独特の美しい旋律に満ち溢れた傑作であるが、特に、「シンフォニエッタ」の第1楽章の金管楽器によるファンファーレなど、技術的にも相当なものが求められることもあって、現代の名うてのオーケストラにとっても、演奏しがいのある楽曲と言える。

それ故に、オーケストラの輝かしい音色や技量などが売りの演奏(それも重要な要素であるが)が多いが、このノイマン盤は、そうした音色や技量面を売りにした演奏ではない。

故国の大作曲家への畏敬の念を踏まえた全体を貫く情感の豊かさは、過去のどの演奏にも優る。

したがって、本盤にオーケストラの技量や輝かしい音色などを期待する聴き手には、いささか物足りないという印象を与えることもあるとは思うが、同曲のモラヴィアの民俗音楽を土台とした本質的な魅力を味わいたいという聴き手には、底知れぬ感動を与える名演である。

ノイマンとチェコ・フィルは2曲ともヤナーチェクの音楽の本質をよく摑んだ演奏で、リズムや音色の面でのヤナーチェクの特色を余すところなく伝えている。

モラヴィアの生んだ異色の大作曲家ヤナーチェクの作品は、同じチェコ出身のスメタナやドヴォルザークとは一味違った色合いを持っているが、ノイマンとチェコ・フィルはそうしたヤナーチェクならではの音楽的魅力を余すところなく描き出している。

「シンフォニエッタ」の金管と弦の扱いもすばらしいし、「タラス・ブーリバ」の各曲の表す物語の描き方もうまく、綿密な計算のもとに巧緻に組み立てられている。

全体を通じてチェコ・フィルの弦の美しさと金管のうまさに圧倒される。

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2013年12月27日


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ノイマン&チェコ・フィルのキャニオン・クラシックス録音をハイブリッドSACD化するシリーズ「ノイマン・ハイブリッド・シリーズ」の第2弾は、第1弾『新世界より』に続いてドヴォルザークのシンフォニー。

ファンにとって忘れ難い、同コンビ最後の来日公演からのライヴ・レコーディングである。

この頃のノイマンは、22年間務めてきたチェコ・フィル首席指揮者のポストを後輩ビエロフラーヴェクに託して自由な客演活動をしていた時期。

来日直前の10月にはウィーン・フィルの定期公演でヤナーチェクの『グラゴル・ミサ』を振って大成功を収めるなど、円熟の最中にあった。

当盤に収録された2曲からも、そんな両者の充実ぶりを感じ取ることができる。

特に第7番は、実況ならではの熱気も加わって気迫満点、遅めのテンポ設定による重量級アプローチで壮大なドヴォルザークを聴かせてくれる。

重厚で熟成されたチェコ・フィル・サウンドも格別で、首席の座を退いたとはいえ、名誉桂冠指揮者の称号を送って変わらぬ協調関係を保っていたノイマンとの名コンビぶりにはさすがに隙がなく、密度の高い、堅牢かつ深い味わいに富む見事な演奏で聴き手を魅了する。

第8番では、作品の性格を反映してか細部のニュアンスが豊富。

ソロ楽器の巧さ、第3楽章における弦楽セクションの美しさ、煽り立てるようなそぶりは示さないにもかかわらず感興を高めていく終楽章など魅力的である。

楽曲の隅々まで指揮者の意志と気力が横溢した1970年代の演奏とは趣が異なり、どこか懐古的な響きで満たされてるが、聴きながら、やはりドヴォルザークはノイマン&チェコフィルが最高、と納得してしまう名演奏だと思う。

そんなノイマンが最晩年に残した東京ライヴが、EXTONのリマスタリングでSACD化された。

20年以上前のライヴ録音なので、最新のDSD録音のような美麗かつ鮮明な録音ではないが、収録バランスは良好で、気になるような演奏上のミスもなく、楽章間の客席のノイズや終演後の拍手もカットされており、じっくりと演奏に浸ることが出来る。

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以前にキャニオン・クラシックスからリリースされていた音源をSACDハイブリッド化する「ノイマン・ハイブリッド・シリーズ」の第1弾で、今後はドヴォルザーク交響曲第7&8番、スラヴ舞曲や、一連のマーラーの交響曲が続々登場、とのこと。

1995年1月、チェコ・フィルとの終生の記録を永遠のかたちとして残したいという巨匠ノイマンの強い希望で実現した、最後の『新世界より』。

定番ともいえるノイマンとチェコ・フィルのコンビによる『新世界より』。

端正で細部まで磨き抜かれた演奏は、幾分玄人好みともいえるが、ノイマンの手腕には感服する。

メンバー全員との熱い絆で結ばれたノイマンの“うた”には、民族、歴史、社会など、人間を取り巻く全ての世界観がそこにあり、言葉では語れない音楽の底力に感動できる伝説の一枚となった。

チェコ・フィルの名手、ティルシャル(ホルン)、ケイマル(トランペット)、ヴァーレク(フルート)、キメル(オーボエ)等、ノイマンが信頼を寄せていた名手が勢ぞろいし、音楽音色ともに聴くものをしびれさせてくれる。

この作品のいろいろな演奏を聴く機会に恵まれてきたが、こんなにも慈しむような演奏は想像すらできなかった。

澄んだ響きで、ほとんど力むことも煽ることもなく、やや遅めのテンポでじっくりと丁寧に音が紡ぎ出されていく。

ダイナミックな楽章すら孤高の余情に打たれる。

ドヴォルザーク最後の交響曲が、あたかもマーラーやブルックナー晩年の作品を思わせるような深さを伴って再現されているようにすら思えた。

一聴して何の変哲もないようでありつつ、実にこの作品を愛し続けてきたノイマンとチェコ・フィルの驚くべき深みが、問わず語りのように静かに深く歌われている。

1993年の凛としたライヴ録音も素晴らしいが、この最後の録音はまた別格の味わいがある。

交響的変奏曲では対照的なまでにダイナミックでスケールの大きい迫力に満ちた響きで圧倒する力演である。

そして、本盤で素晴らしいのは、SACDによる極上の高音質録音である。

最晩年のノイマンとチェコ・フィルによる素晴らしい名演をSACDによる高音質で味わうことができるのを大いに噛み締めたい。

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2013年07月29日


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1975年に、チェコ・フィルと再録する前の、1967年録音のゲヴァントハウス管弦楽団との演奏で、ノイマン初の《わが祖国》(テルデック盤)である。

《わが祖国》の指揮者としては当然、ノイマンの存在も重要。

そしてノイマンなら当然、チェコ・フィルというのが常識的な流れかもしれないが、ここで取り上げるのは懐かしいゲヴァントハウスとの全曲盤である。

ノイマンはコンヴィチュニーが死去したあと、1964年、44歳の年にライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席指揮者に迎えられた。

そうした経緯の中で、このレコーディングはごく自然な形で誕生したものではないだろうか。

もっとも「プラハの春」事件が起きたのはおそらくちょうどその直後のこと。

当時、ノイマンの胸中は複雑だったはずであり、ライプツィヒで母国を思って録音したスメタナの《わが祖国》と言えるかもしれない。

しかしこのあくまで格調高い《わが祖国》の演奏が、彼の音楽家としての揺るぎない信念を物語っている。

ノイマンの《わが祖国》は、後年のチェコ・フィルとの演奏も素晴らしいが、ライプツィヒ時代の、より強固な造形意志に貫かれた演奏も忘れられない。

推進力と構成美に富んだ高質の交響世界が構築されており、今となっては、この演奏スタイルは、望んでも得がたいものと言えるだろう。

自然に対する畏敬の念からか、ノイマンの《わが祖国》では、全6曲いずれも、湧き出てくる素朴な感情と感謝の念に溢れている。

重厚にして精緻な、この時代のゲヴァントハウスはいい。

ゲヴァントハウス管弦楽団の飾らぬ音色が、より深い色彩を感じさせてくれるので、何度でも聴きたくなる不思議な魅力を持っている。

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2012年06月20日


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ノイマンは手兵チェコ・フィルを引き連れて何度も来日を行ったが、単身で来日してNHK交響楽団を指揮して数々の名演を成し遂げたことでもよく知られているところだ。

本盤に収録されたスメタナの「わが祖国」とドヴォルザークのスラヴ舞曲全曲は、ノイマンが1978年及び1990年に来日した際にNHK交響楽団を指揮した際の演奏であり、1986年の来日時の演奏よりもはるかに優れた素晴らしい名演に仕上がっていると高く評価したい。

特に、スメタナの交響詩「わが祖国」は、録音年代はいささか古いが、圧倒的な名演と言っても過言ではあるまい。

ノイマンによる同曲の録音は意外にもあまり遺されていない。

最初の録音はライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団との演奏(1967年)、2度目のものはチェコ・フィルとの演奏(1975年)、そして3度目は、チェコ・フィルとの来日時のライヴ録音(1982年)ということになる。

クーベリックが6種類もの録音を遺していることに鑑みれば少ないと言えるが、今般、NHK交響楽団との1978年のライヴ録音が加わったことは実に素晴らしいことである。

ノイマンによる交響詩「わが祖国」の代表盤は何と言っても1975年のスタジオ録音盤であるというのが衆目の一致するところであると思われるが、本演奏は、それにライヴ録音ならではの気迫や熱き生命力が付加されたものと言っても過言ではあるまい。

ノイマンによる同曲の演奏は、民族色をやたら振りかざしたあくの強いものではなく、むしろ、淡々と曲想が進んでいく中で、各旋律の随所からチェコの民族色や祖国への深い愛情の念が滲み出てくるような演奏と言えるところだ。

NHK交響楽団も、さすがに技量においてはチェコ・フィルには及ばないが、その渾身の名演奏ぶりにおいてはいささかも引けを取っておらず、ノイマンともどもチェコの楽団とたとえてもいいような味わい深い演奏を繰り広げていると言ってもいいのではないだろうか。

他方、スラヴ舞曲全曲については、ノイマンは、いずれもチェコ・フィルとともに3度にわたってスタジオ録音を行っている(1971〜1972年、1985年、1993年)。

いずれ劣らぬ名演であるが、本演奏は、ライヴ録音ならではの畳み掛けていくような気迫や強靭な迫力が全体に漲っており、演奏の持つ根源的な力強さという意味においては、ノイマンによる随一の名演と言っても過言ではあるまい。

1990年代に入って、その技量を格段に向上させたNHK交響楽団も、ノイマンの統率の下、最高のパフォーマンスを発揮している。

音質は、名指揮者の来日公演の高音質での発売で定評のあるアルトゥスレーベルがマスタリングを手掛けているだけに、十分に満足できる良好な音質に仕上がっているのが素晴らしい。

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2012年01月19日


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チェコを誇る最後の巨匠であったノイマンは1995年に惜しまれつつ他界した。

ノイマンは晩年にこの曲をチェコ・フィルと2度(85年、93年)録音しているが、どちらも彼ならではの語り口で、他の追随を許さない稀代の名演である。

甲乙付け難いところだが、この曲の性格上、ここでは敢えて最晩年の方を選んだ。

スラヴ舞曲の魅力を存分に味わうことができる名演。

あふれるようなスラヴの抒情をすばらしく表現し、発売以来同曲集の決定盤として定評のあるものだ。

この曲集は言うまでもなくチェコの様々な地方の舞曲スタイルを借りて組まれているが、ノイマンは晩年になるにつれ、より自然にこれら舞曲のイントネーションを身につけて、あたかもウィーン人がウィンナ・ワルツのあの独特の3拍子を身体で表現するように、彼らも自国の音楽を身体と心の中から紡ぎ出していった。

スラヴの語法を肌で感じながら演奏する彼らの演奏には抜群の説得力があふれている。

一聴すると何の変哲もないような演奏に思えるが、じっくり聴き込んでいくと様々なリズムの動きの中から表情が滲み出る、味わい深い演奏である。

世評高いクーベリックがバイエルン放送響を振った録音は、この全集を聴いたあとでは少し作為的な演奏に思えてくる。これも本当の本場ものの威力だろう。

ノイマンがチェコ・フィルの首席指揮者になった頃は低迷していたこのオーケストラをノイマンが再建し、1990年代再び黄金期を迎えていたチェコ・フィルの音色美と機能美をノイマンが100%生かしきった充実の名演である。

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2011年11月22日


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1982年11月5日に東京文化会館で行なわれた《わが祖国》初演100周年記念コンサートのライヴ録音である。

ノイマンにとって3度目の《わが祖国》全曲盤だが、いずれも基本的な解釈の上で変わりはなく、彼の温厚で誠実な人柄がそのまま滲み出た演奏である。

決して大仰にならず、抑制のきいた表現、それぞれの曲の核心を鋭く衝いている。

オーケストラを意のままに動かしながら、それぞれの曲の性格を鮮やかに浮き彫りにしているあたりは、この人ならではの手腕といえよう。

特に「モルダウ」は描写力が巧妙で、いかにもノイマンが声高らかに歌っているような感じがする。

さらに、気宇壮大な「ボヘミアの森と草原より」、そして大きなスケールでたたみ込んでいく「ブラニーク」の激しさには心を揺さぶられる。

こうした演奏は、ほかの国の指揮者やオーケストラでは、なかなか真似のできないものだ。

ライヴだけにオーケストラに多少のキズはあるが、それらが気にならないほど緊張度が高く、密度の濃い演奏で、聴いたあとに深い感動が残る。

ノイマンとチェコ・フィルとの完全な精神的一致と、この作品に対する彼らの自信と誇りから生まれた名演である。

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2011年07月01日


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このノイマン晩年のマーラー新録音はバーンスタイン以後のマーラー演奏における最大の収穫であろう。

力づくではないのに音楽の意味が心に痛いくらい迫り、各楽器のさばき方はまるで魔法を見るようだ。

オーケストラの美感と雄弁な表現力、それを如実にとらえた録音も最高!

ノイマン最晩年の2度目のマーラー全曲録音計画が未完に終わったのは返す返すも残念。

せめても7曲が録音されたのは救いで、特にこの「第6」は恐ろしくレヴェルが高く、チェコ・フィルも好調。

ノイマンのマーラーには、野の花のような自然な生命が息づく。

ドヴォルザークとマーラーとのあいだに意味ぶかいアーチが架かる。

あえて名付ければボヘミア様式のマーラー。

マーラーの音楽のなかに多様に含まれる土着的な民謡あるいは歌謡的要素を大切にして、つねにそれらを心をこめてしみじみ歌う。

だが歌に溺れない。

音楽のフォルムは峻厳なまでに端整でしっかりとしている。

この静かな偉大さ。

ことに最後の録音となった「第6」(と「第9」)の孤高の境地は驚異的だ。

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2010年06月10日


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ポピュラー名曲の常だが、この曲の場合にも慣習的な解釈が独り歩きしてしまっている部分が多い。

初演はニューヨークだが、たとえばチェコを代表する名門チェコ・フィルの場合、細部を検証してみると明らかに"チェコ・フィルの「新世界」"という伝統を見出すことができる。

それが、こうした曲の場合、"伝承的"的な重みも無視できない。

その代表として、ノイマン盤を挙げておこう。

ノイマンは構築優先の中庸な解釈が特色で、さすがにチェコの指揮者だけあって、民族的な情緒を色濃くあらわした演奏だ。

スメタナ四重奏団でヴィオラを弾いていたせいか、常に各パートを見据えたバランス感覚に富んだ指揮をする。

局部的なデフォルメをしたり、劇的効果を煽ったりする場面は皆無なので、入門者にも安心して薦められよう。

適度に重厚で、カンタービレも感傷的になり過ぎることはない。

チェコ・フィルの指揮者は、当然のことながら、代々この曲を看板にしているが、ノイマンの場合は決して力まず、楽員の自発性を大切にしながら、こく自然体で音楽をつくりあげている。

初演100年記念コンサートであるこの1993年の演奏は人間的な優しさと美しさ、そして1回の演奏にかける情熱が凝縮された熱演であり、ノイマン色が濃く、熱い。

チェコ・フィルの状態もよく、感動はどこまでも素朴で晴れやかだ。

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2009年12月06日


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ノイマンとチェコ・フィルによる演奏は、高雅ともいえるほど格調が高い。

純粋で率直、少しの誇張もなく名曲を表現している。

これらの曲は彼らの血肉に伝えられてきた音楽であり、素晴らしく彫琢された表情が意味深く、また民族的な感情を最も純粋な形で示している。

ノイマンの民族的な感情がその中に自然に浸透し、実に音楽的な演奏となっている。

ドヴォルザークは、まさにノイマンの自家薬籠中なものだが、年輪も加わり淡々としたドヴォルザークとして味わいが出ている。

地味だが熱い情熱を内に秘めた第7番を、ノイマンはじっくりと味わうように進めていく。

第8番は、第1楽章第2主題の素敵な味わい、昔の思い出を回想するような第2楽章、抑えた表情のスケルツォ、ゆっくり目なテンポのフィナーレと、全曲を一貫して大人の芸が楽しめる。

ノイマンの「新世界より」は少しの誇張もない着実な演奏だ。

ノイマンの「新世界より」は、率直に押していく演奏で、造形的な歪曲や粘りがなく、はつらつとして生命がみなぎり、実に爽やかな印象を与える。

端正な造形はノイマンの新古典主義的な主張と感性を確実に示しているが、その内部に激しい生命感をたたえ、音楽の自発性と流動性を与えている。

音楽的には純正で格調が高い表現だが、それでも第2楽章をたっぷりと歌わせて豊かな情感を伝えてくる。

演奏者たちのルーツにあるのがこうした作品なので、それは当然のことといえるだろう。

したがって優れた作品であればあるほど、演奏の出来栄えも素晴らしい。

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2009年07月27日


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ノイマンはここで、彼らしい新古典主義的な姿勢を堅持している。

彼はマーラーの精緻な管弦楽法をあらゆる角度から研究しつくし、細部もなおざりにしない。

ノイマンの「巨人」にはマーラーの初期作品にあるボヘミアの香りが漂う。

その直截な表情は新古典主義的であり、確かに全体が端正で、内部には冷徹とさえいえる正確さがある。

すべてがよく整理され、そのなかにマーラー特有のアイロニーと抒情感が色濃く織り込まれているが、まったく押しつけがましくないので、聴き手は自由な姿勢で作品を受容することができるだろう。

好感のもてる演奏だ。

「復活」は表情が極めて直截的で明快、リズムも軽く、新古典主義的な端正さに覆われたノイマンらしい演奏だ。

全体を透視したように表出した第3楽章だけでなく、どの楽章も引き締まり、内的な緊張感も強い。

誇張やものものしさとは無縁の表現だが、少々もの足りない印象もある。

独唱の2人はいずれも深味のある声と表情で充実した歌唱を展開し、その端麗な表現はノイマンの音楽にふさわしい。

「第9」の第1楽章は過去への愛情に満ちた痛切な曲想を格調高く描き、終曲では一部の指揮者のように文学的な彫りの深さを追求したりはしない。

むしろ淡々と磨かれ、純音楽的とさえ感じさせる。

その端正さの中からマーラーの孤高な感情が自然に聴き手を捉える。

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2009年01月30日


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「スラヴ舞曲」全曲は、ノイマンとチェコ・フィルにとって日常的なレパートリーだけに、さすがに手慣れた演奏を聴かせる。

彼らが舞曲として肌で感じとっているものが、音楽の姿をかりて多様に表出されている。

この演奏は、どの曲も表情が生き生きとしており、緩急起伏のつけ方や、旋律の歌わせ方が実に自然である。

指揮者とオーケストラとが一体となって自国の大先輩の作品を、楽しみながら演奏している様子がありありと浮かんでくる。

チェコ人ならではのきわめて民族色の強いもので、熱っぽく激しい曲ではいかにも民族の血の躍動や、呼吸を感じさせるし、また第2番や第10番のような曲では、ボヘミア的な気分のあふれたメロディーの歌わせ方が素晴らしい。

オーケストラは、実によい音で鳴っており、録音も優秀だ。

ただ、ノイマンはここで独自の版選定を行い、細部のオーケストレーションについてはオリジナル通りではない。

彼がいわゆるヴィルトゥオーゾ時代の指揮者の流れを汲んでいるためだろう。

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2008年03月22日


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チェコ音楽の代名詞ともいうべきスメタナの傑作をノイマンは3度録音しているが、これは第2回目の1975年のスタジオ録音である。

後の来日公演のライヴ盤に比べてより格調が高く彫りの深い表現が特徴的。

全体によく練り上げられた民族的な色彩豊かな表現で、ノイマンとチェコ・フィルの楽員達の、自国の偉大な先輩スメタナに対する尊敬の念と愛情とが強く滲み出ている。

チェコの大自然のたたずまいを感じさせる「ボヘミアの森と草原より」、劇的で熱気にあふれた「ターボル」、たくましく雄渾に描き上げた「ブラニーク」は特に素晴らしく、感動的な名演奏だ。

ノイマンの気力が充実していたころの録音で、チェコ・フィルも彼に全幅の信頼を置いて演奏していることが、曲の細部でのいきいきとした表情からも推察される。

この時期のチェコ・フィルには、いまだに昔ながらの街並みを残す古都プラハを彷彿とさせるかのような風味あふれる音色や音質を聴けることが魅力だ。

同オケには金管や打楽器などにパワフルさや野趣味が潜在するが、ノイマンは要所要所にそうした特性をちらつかせ、独特の味わいを滲み出させている。

さらには整ったアンサンブルや自在な表現など、同オケとの緊密さが如実に表われているところも魅力のひとつと言える。

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